岸田政権の支持率が落ちて、政治家に批判の矛先が向いている。しかし、現状の政治腐敗は本質的には有権者の問題である。こういう政権をもって良しとしてきたのは有権者だからだ。

安倍政権期にも、加計学園・森友学園のような縁故主義的利益誘導はあった。それを野党が追及すると、「いつまでやっているんだ」と野党を批判し始め、疑惑が解明されないと「野党がだらしないから」と与党の腐敗を野党の責任にすり替えた。これは有権者の判断である。

野党には強制捜査権がない。したがって、政権与党側が桜を見る会のように領収書の提出を拒んだり、公文書を廃棄・隠匿すれば、当然疑惑は解明されない。

強制捜査権を持つ検察に対しては、人事権を振りかざして、不見識極まりない定年延長まで画策していた。そのあからさまな意図に見て見ぬふりをして、安倍政権を支持し続けたのは有権者である。

安倍のスシ友と揶揄された田崎史郎氏は、先のTV番組で安倍政権と検察当局の関係について、「法務省が官邸と内々に打ち合わせをして、黒を白にすることはないですけど、“このへんでね”という(妥協案の提示の)話が、行われるものなんですよ。安倍政権ではあったんです。それを岸田官邸は一切やってない」と明け透けに捜査当局との癒着を証言していた。https://news.yahoo.co.jp/articles/a457be59b627c9140c134d881f2d4d396edbfdc9

田崎氏のジャーナリストとしての倫理と見識の低さは呆れるほかないが、このような司法手続きへの介入が日常的にあったであろうことは、何も政権幹部とスシを食わなくとも容易に想像できた。そういう政権を良しとしたのは有権者である。

自分に不都合な疑惑を隠すために公文書を大改ざんして、その過程で公務員を自殺に追いやり、改ざん指示を出した人間は国税庁長官に昇進させる。目をむくほどの悪政だが、有権者はそれを許してきた。

今、岸田政権はどうやら安倍官邸が行ってきたほどの検察への捜査介入をしていないらしい。田崎史郎氏が言うのだから間違いない。

私の見るところ、岸田総理には政治的戦闘力がない。だから自力で安倍派と政治抗争する腕力も胆力も覚悟もない。しかしどうやらその弱さが奏功して、検察という政治腐敗の浄化システムが人事的圧力から解放されて正常に機能できるようになってきたようだ。

岸田総理には検察に介入してまで安倍派を守る動機がなく、また安倍派ほどに悪辣になり切る度胸もなかったから、捜査が進んでも大して恐れるところがないのだろう。

安倍氏はその陰湿で不道徳な気質ゆえ、悪事に対してためらいがなかった。広島の溝手顕正氏に対して行ったように、政敵は買収選挙をしてでも追い落とすというえげつなさである。しかもその買収選挙の実行者を法務大臣に据えるほどの倫理的倒錯ぶりだ。その結果、「1強」とまで評される未曽有の実力者になった。

だがその副作用として、安倍氏亡き後の自民党には「多弱」だけが残った。それが今の岸田総理の地位を安泰にしている。

私は岸田政権が出来た時、岸田氏が安倍官邸がやった検察介入を逆方向に利用して、安倍政権期の悪事を徹底的に検察に暴かせたら、自民党は痛むが、岸田氏の宏池会は自民党のヘゲモニーを奪回できるだろうにと思ったものだ。実際には彼にそのような戦闘力はなかったが、彼の弱さは検察にとっては介入以上のエンパワメントとなったようだ。

残る問題は有権者である。政権与党によるこれほどの腐敗堕落を「野党がだらしないから」だと、意味不明の理屈で容認してきた有権者は、果たして検察による腐敗剔抉によって少しは倫理を取り戻すだろうか。

「政治とカネ」と言って政治家批判をする姿をTVではよく見かけるが、批判すべきは政治家ではないのだ。有権者が変わらない限り、安倍派的腐敗政治家もなくならない。

私としては、このまま桜を見る会疑惑や、森友学園を巡る不可解な値引き、加計学園への利益誘導など、安倍政権期の腐敗を再度検察に捜査してほしいくらいである。