マイスペース2

半径100km以内の出来事を物語に仕上げております。

愛のカタチ(20)

修二は、二人が初めてお茶を飲んだホテルを待ち合わせ場所に選んだ。平日のホテルのラウンジは空いていた。冴子はあの時と同じようにミルクティーを飲みながら修二を待っていた。ラウンジの中を見渡すと、テーブルもソファーも心なしか古くなったような感じがした。修二が冴子を運命の人だと言ったあの時から、それだけの月日が流れていることを物語っていた。

この場所で、修二の言葉を受け入れた瞬間、運命という名の魔法にかけらてしまったと思った。自分の力で解くことなどできない魔法。永遠に魔法が解けることはない・・・そう思ったが、修二の言った「ごめん」の一言が、魔法を解く呪文のように思えてきた。冴子は、「ごめん」の意味に囚われていた。

 修羅場に冴子一人を放り込んだことを謝ったのだろうか。
 それとも、ふたりが出会ったことを謝ったのだろうか。
 それとも、ふたりの過ごした時間を謝ったのだろうか。
 それとも、ふたりに終わりがくることを謝ったのだろうか。

修二が、現われればわかること・・・。
冴子のティーカップはすっかり空になってしまっていた。


冴子との待ち合わせ場所に向かうために車に乗り込んだ修二を、事務所から大慌てで走り寄って来た同僚が呼び止めた。S港から出航する貨物船に乗せるはずの積荷が一個不足していた。そう言って、同僚は、修二に荷物を託した。渋滞の中、ようやくS港に着いた時には既に冴子との約束時間を過ぎていた。更に荷物のチェックに手間取り、一時間近く冴子を待たせていることに修二は焦った。

車に飛び乗った修二の、冴子の待つ場所へと逸る気持ちが思いっきりアクセルを踏み込ませた。ギアをバックにしなければいけないことを忘れるほど修二は焦っていた。前進のままアクセルを踏み込んでしまった修二を乗せた車はそのままS湾に沈んでいった・・・。






冴子は、己が未練が修二を殺してしまったと言って泣いた。修二と会うことを選んでしまった自分を責めた。

あの日。修羅場と化してしまったあの部屋で、粉々に砕け散ったガラスの欠片に我が身を重ね、冴子は絶望の淵にいた。修二のいない時間を思うと、冴子の身も心も押しつぶされそうだった。それでも生きてさえいればいつかまた会うことは出来ると思った。20年の時を経て二人が出会ったように。いつか再び会う日が来ることを信じたかった。そう思うことを心の拠りどころにしたかった。それなのに、どうして修二と会うことを選んでしまったのだろう・・・。

果たされなかった再会も、答えのない修二の言葉も、すべてが天の裁きなのだろうか。修二の言った、「ごめん」の真の意味を考え続けることが、冴子に与えられた償いなのだろうか。

修二の魂は冴子の心にその住処を求めたのかもしれない。
しかし、それこそが、冴子が犯した罪への未来永劫に続く重い枷に他ならないのだと、カオルは思った。

                                                  完

                                                           




44okok

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愛のカタチ(19)

あの日。踊り場に女の姿を見つけた瞬間、冴子は、妹の理恵が夫の浮気相手に別れを懇願しに行ったように、目の前の女は、修二を取り戻すために冴子の前に現れたのだと思った。かつて理恵がとった行動を、惨めで無意味だと冴子は思った。その惨めで無意味な行動が目の前で繰り広げられるのだと冴子は思った。

「修二と別れて」 女は懇願する。
「修二の気持ちのままに」 冴子が言う。

修二の愛情を確信する揺ぎ無い自信に満ちた言葉に、女は返す言葉を失う。修二の妻を見た途端、そんなシナリオが浮かんだ。だが、それは冴子の誤算だった。

「もう修二は要らないわ・・・ご自由にどうぞ」 
考えてもみなかった言葉に冴子は軽い眩暈を覚えた。

そして、女は言った。
「あなたのご主人もここに来ます」
女の目的は、冴子の家庭を崩壊させることだと瞬時に理解した。



あの日。冴子は、誰もいなくなった部屋で散らばったガラスの片を拾いながら、修二の妻の言葉を反芻していた。「もう修二は要らないわ」あの言葉が本当ならば、妻から見放された修二が哀れだ。もし、あの言葉が賭けだとしたら、妻は大勝負に出たことになる。どちらにしても、冴子は妻に勝つことができなかったのだ。あの場の冴子には為す術がなかった。

冴子は初めて味わう敗北に、今までかけがえのないと思ってきた修二との暮らしが急に色褪せて思えてきた。
揺ぎ無いと思っていた時間にも、終わりが来ることを認めないわけにはいかなかった。しかし、修二と過ごした長い時間を思うと、冴子の心は自ら終止符をうつことを躊躇っていた。そして、未だに修二を求めている自分がいることも否定できずにいた。終わりにしなければいけないと思う母としての気持ちと、修二の妻によって終わりを迎えることの悔しさに苛まれる気持ちの間で、冴子の心は大きく揺れ動いていた。

修二の気持ちのままに・・・。
揺ぎ無い自信に満ちた言葉は、冴子の躊躇いを収める都合の良い言葉になっていた。


修二と会う決断が出来ないまま、どれだけの時間が過ぎたのだろう。冴子の人生に、迷いなんて言葉は無縁のものだと思ったが、冴子はあの日からずっと迷い続けていた。心が彷徨い続けて、修二に連絡をとることができなくなってしまっていた。電話のナンバーを押そうとすると、誰かがその手を押し止めているような気がした。
あの日の出来事も、あの日からの出来事も、修二が知れば苦悩する・・・。このまま時間が過ぎて、修二への思いも、修二との思い出も消えてしまえば良いとさえ冴子は思っていた。


あの日。修二の妻は、目の前で見た修羅場のすべてを修二に語った。修二は絶望の中で冴子の苦悩を思った。

会いたい。会って謝りたい。震える肩を抱きしめてやりたい。ずっとそばにいてやりたい。冴子を按ずる気持ちが募るほど、そのどれをも果たせないでいる自分が歯痒かった。あの日、止まってしまった二人の時間がどうなるものでもないことは分かっていたが、このまま終わりになんて出来るわけがないと修二は思った。

修二は、何かに急き立てられるように冴子に電話をかけた。冴子の声が明るかったことに修二は救われる思いがした。話したいことがたくさんあり過ぎて、何から伝えれば良いのかわからなかった。

修二は、冴子と会えない日々の中で、郷里での少年の日を思い返していた。少年の憬れのままの自分でいたら、冴子を苦しめることはなかったのだ。この地で、冴子と出会ったことを運命と思ってしまったことに懺悔の気持ちでいっぱいになった。冴子に巡り逢ってしまったことも、冴子を愛したことも、冴子と暮らした日々も、そしてあの日の出来事も、すべて自分のせいだ。もう冴子の前から消えよう、と思った。しかし、それでも尚、冴子への気持ちを断ち切ることができない自分を持て余していた。

冴子に伝えたい思いは錯綜するばかりで、まるで言葉にならなかった。「ごめん」 と言うのが精いっぱいだった。次に続く言葉が見つからなかった。それでも、この電話がふたりの最後になってしまうことだけは嫌だと思った。

「会いたい」 
搾り出すように言った修二の言葉に冴子も頷いた。

修二は、何を「ごめん」と言ったのだろうか・・・。冴子は気になったが、会ってから聞こうと思った。
電話を切った後、冴子は待ち合わせ場所へ向かった。だが、冴子は修二からその答えを聞くことはできなかった。


つづく


44okok

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愛のカタチ(18)

疑う余地のない我が母の邪悪を目の前に突きつけられて、直樹は、怒りで身体を震わせながら泣いた。妹の奈々までが、母の邪悪に加担していた事実に、言いようのない虚しさを覚えた。
母に裏切らていながら母を慕っていた日々の自分が惨めに思えた。自慢の母であった冴子など、虚像だったのだ。幼い頃から、母の考えた通りの進路を進んで来た自分を消したいと思った。
冴子に対する憎しみと共に、この部屋で母と時間を共有してきた男の存在が許せないと思った。
直樹は、とどまることのない怒りを抑えきれずに叫びながら泣いた。

女は、そんな直樹を部屋の外から無表情に眺めていた。夫の裏切りを知った時から、この時を企んでいた。冴子の息子がこの場に来たことは予想外であったが、目の前の少年への同情など微塵もなかった。女は、自分の描いた報復の結末を見届けると、その場を立ち去った。
冴子は、直樹にかける言葉が見つからないまま、部屋中に散らばったガラスの欠片を拾い集めていた。夫はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、父として、息子を車へと促した。そして車を理恵の家へと走らせた。理恵に事情を話して、しばらく理恵の家に直樹を置いてもらうよう頼んだ。
しかし、直樹を慰めようと、理恵の娘が、我が父の浮気問題で理恵が悩んでいることを直樹に話したことで
直樹は、やり場のない怒りを叔父にぶつけてしまった。直樹は、理恵の家を出て麻美の家へ転がり込んだが自宅へ連れ戻された。

予備校にも通わず部屋に閉じこもるだけの日々が何日も続いた。部屋にひとりでいると、母と男への憎しみは増すばかりだった。「殺してやる。殺してやる。」 そう言いながら、直樹が自室の壁を殴る音が、奈々には自分に対しての兄の怒りのようにも感じられた。

夫の思いも複雑であった。奈々が修二を受け入れて過ごした月日の長さを思うと、それに気づいてやることの出来なかった自分自身に忸怩たる思いがあった。

直樹が壁を殴る音はその後も続いた。その度に奈々は怯えた。「ママの大好きなおじちゃん」が、不倫相手だと理解できる年齢になっても、奈々は、その秘密を誰にも口外しなかった。自分が秘密を守ることが、家族を守ることだと思っていた。そんな長い年月で蝕まれていった奈々の心を思わぬ病魔が襲うのだった。


カオルが修二の部屋での出来事を知ったのは、理恵からの電話であった。それは、最初にカオルが懸念していたことであったが、そんな形で母の裏切りを目にした直樹の気持ちを思うと遣り切れない気持でいっぱいになった。

しばらくして、理恵から電話があった。

カオルちゃん、多重人格って聞いたことある?奈々は、突然赤ちゃんになってしまうの。言葉も喋れなくなってしまうの。頭を抱えて泣いているだけなの。赤ん坊のような泣き声でね。
最初、聞いた時は信じられなかったけど、時々そういうことが起こるらしいの。
専門の先生がこちらにはいなくてね・・・。姉さんが東京までカウンセリングに連れていっているわ。奈々も、そこへ行くと心が落ち着くんですって。
奈々が高校生になったばかりの頃かしら、学校で階段から誰かに突き飛ばされたとか、エレベーターの中で誰かに刺されたとか言って、身体に痣や傷を作って帰ってきたことがあってね。姉さんは苛めを受けていると思って学校に抗議に行ったんだけど・・・。それも奈々の一人芝居だったってことが分かったの。
あの時から奈々はSOSを出していたのね。
すべて姉さんのせいよ。男の部屋に奈々を連れて行くなんて、母親のすることじゃないわ。うちの亭主だってそんなバカなことはしないわよ。姉さんが子ども達の人生をボロボロにしてしまったのよ・・・。

でもね。姉さんも義兄さんも離婚はしないんですって。今は、直樹と奈々を元通りにするために頑張るだけだって言ってたわ。姉さんもさすがに奈々の病気には驚いてたけど、でも相変わらずよ。姉さんはいつだって前しか見ていないふりをするのよ。ずるいのよ。義兄さんだっていつもと変わらない感じよ。
姉さんに、あんなひどい裏切りを受けたというのに・・・。よっぽど姉さんを愛しているのか、その反対なのか・・・私には理解できないわ。

淡々と語る理恵の声を聞きながら、冴子の罪の償いがこれから始まるのだ、とカオルは思った 。




【つづく】




44okok

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