不登校と戦う〜母をなめるな
「お子さんはひきこもることで自分を守っているんですよ!」

なんじゃらほい???というようなニュースがありました。

新聞に子どもの写真が載ろうものなら家族みんなで
誇らしげに喜んでいた頃とは時代が違うんですね〜。
ちなみにうちの子が地元新聞の「めんこちゃん登場」
に載った時はもうお祭り騒ぎでした!!!


朝日新聞の「見知らぬ男が勝手に娘写す」より

最近は、30代の親の言動で、目や耳を疑う話が多い。

  ・保育園の運動会で(保育士が撮った)わが子の写真が園内祭で無断掲示された。理事長に抗議し、すべての写真展を止めさせた
  ・小学校に通うわが子が泣かされたから、担当教師を飛び越え、学校長や教育委員会に訴える。数ヶ月にわたって執拗に抗議した

 今回の朝日新聞の投書の主は、秋祭りで、わが娘の写真を撮られたからといい、相手を性犯罪者の容疑、わが子は犯罪被害者の立場で警察に通報しているのだ。これらの当事者は自分の考えがアブノーマルで、異常行動だと気づいていない点がこわい。

 こうした社会現象のひずみはどこから生まれてきたのだろうか。

 子育てのさなかの30代は、かつて団塊世代の親の上昇志向から、大切な10代を進学塾、学習塾などに送り込まれて育ってきた、という背景がある。自分の成績しかみえず、友だちとのつながり、地域とのつながりが薄かった。親はただ成績への期待が強く、しつけが満足にできず、わが子のわがままに目をつぶる傾向にあった。他方で、外で遊ばない子どもたちは、住人などから注意される機会が少なくなった。この環境では、自分の行動が中心に座る。『唯我(ゆいが)』。ただ我のみ、という自己中心主義で、他人をいたわる心が欠けている。相手のミスは徹底して責めまくる。他方で、自分は正しい判断を持つ人間だと信じ込む。

 成人して、子どもを持つ親となった今も、他人から受けたミスが許されず、攻撃的な人間のままだ。日本人の美のひとつ『お互い様』という言葉は、この世代ではもはや死語だ。「店長出せ」「社長出せ」「市長出せ」「校長出せ」──。あちこちから聞こえてくる。知ったかぶりで、個人情報保護法、プライバシー、肖像権などを持ち出す。法的な解釈も満足にできないのに、法律の表層だけを振り回す。

 東京・葛飾区内の神社の境内で、9月15日(投書と同日の秋祭り)、PJはヤグラ太鼓の少年少女や、踊る老若男女を撮影していた。屋台の周りに集まる子どもにカメラを向けると、ほとんどの親は、「ほら、ほら写真を撮ってくれるのよ」と振り向かせてくれていた。本殿の前で、小学校高学年の浴衣姿の姉妹にカメラを向けたところ、「撮らないでください」と母親から冷淡な口調で拒絶された。素直に引き下がった。

 今回の投書を、PJはその取材現場に置き換えてみた。写真を撮った親から、抗議された挙げ句の果てに、警察に通報される。地元警察署のパトカーがやってくる。祭りの境内は、複数の制服警官の出現で騒然となる。母親はきっと娘の肖像権を持ち出すだろう。PJが諸々と反論する。「署で話を聞こう」となる。PJは「取材の自由」で拒否するだろう。しかし、一般人やアマチュアカメラマンならば、連行に応じるだろう。

 投書の主は、『性犯罪者の対象者かどうか確認しろ、それが警察官の最低限の務めではないか』と主張している。一般人が少女を撮った。それで連行される姿を想像すると、戦前の治安維持法の下では、市民の通報で特高警察が土足で踏み込んできたという、弾圧の世相が浮かぶ。

 朝日新聞の「見知らぬ男が勝手に娘写す」という、タイトルの投書の主は、そんな暗い世の中を求めているのだろうか。むしろ、「唯我時代」の現代病の一端だと捉えたい。【了】

なんか変な気がするな〜





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1. 雑感。朝日新聞の部局再編「後」について  [ いわいわブレーク ]   2007年09月23日 18:04
今月1日付で機構を再編した『朝日』の紙面について、思うところを羅列します。  幾つか切り抜きました、繰り返し読もうと思って・・。
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