2010年09月11日

東京島

B004B8V8L2東京島 [DVD]
2010年 日本
監督:篠崎誠
原作:桐野夏生
出演:木村多江 窪塚洋介 福士誠治
   柄本佑 木村了 染谷将太 清水優
   山口龍人 南好洋 結城貴史 阿部亮平

by G-Tools

   
 Chiquitita, tell me what's wrong

ネタバレ有りです。

夫と旅行中に遭難し、無人島に辿り着いた40代主婦の清子。
やがてその島に、仕事がキツくて抜け出してきた若いフリーターの男たちがやって来た。
清子の夫が謎の死を遂げ、その後彼女と「結婚」したのは暴力的な独裁君主のカスカベ。しかし彼もまた崖から転落して死亡。清子の次の夫はクジ引きで決められた、記憶喪失のGM。
そんな時、また新たに6人の男たちが島に現れる。その中国人である彼らとなぜかコミュニケーションがとれる、清子の天敵であるワタナベ。
23人の男とたった1人の女の生活が、ここ東京島で始まった。

とりあえずリアリティを求めてはいけないのだろう現代の寓話。
実際に同じような事件はあったものの、ここで描かれるのは、力づくでのレイプもなく、サバイバル性も薄く、色々動向はあるものの基本的には淡々とした男女の相関関係だ。

日本の男たちは愚かで、食べ物の絵を描いているだけで生きる気力を失くしている清子の夫を筆頭に、何かと云うと清子に近づく者たちを殴り倒すカスカベ、産業廃棄物に囲まれて生活をしている異端児のワタナベ、刹那的に生きるだけで生産性に乏しい人々など、脱出のためにポジティブになる人間はほぼいない。
性欲をもてあませば、ワタナベのように男を襲うようにもなるし、犬吉とシンちゃんのようにホモカップルも誕生していたりする。

そんな中で、中国人たちは異なった顔を見せる。
ドラム缶を解体して鍋を作り、海水から塩を取り、豚を殺して保存食にし、筏まで作って着々と「未来に生きる」ための準備をしている。
そのリーダー格であるヤンが、清子を積極的に求めるのも日本の男たちとは対照的。
欲しいものを貪欲に求め、そしてそれに応えて自分だけでも助かろうとする清子もまたこの島でたくましさを発揮する。
それにしても最初は筏での脱出を拒否していた清子が、「ショウロンポウ」の言葉で立ち止まり、つづく「チンジャオロースウ」や「マーボードウフ」にたまらず駆け戻るシーンは笑った。「ケンタッキーがいい!」というのも今時の40代のジャンクフード漬け(一部だとは思うけれど)を象徴しているようで可笑しい。

結局筏は出航したものの、元の島に戻ってしまい、清子はGMに「中国人に拉致された」と嘘をついて元の鞘に収まろうとする。
けれどGMは記憶を取り戻してから、元来のリーダーシップを発揮し、島の住人をまとめ、仕事を決めて割り振る等の別人となっていた。なので島に一人だけの女性を尊ぼうと口で言ってはいるものの、どこか清子によそよそしくなる。

前のようにちやほやされなくなった彼女は、ワタナベに「年増の娼婦」と罵られ、屈辱感に顔を歪ませるも、懐妊が発覚し、再び女王の座に就くこととなる。

それをシンボライズしているのが、彼女の持ってきたエルメスのスカーフで作られた旗で、一旦取り除かれたそれは、清子の妊娠を期にまたはためくこととなる。
それが風になびくたびに、彼女の哄笑が聞こえてきそうな気分となった。

とにかくこの清子のサバイバル精神が凄い。
記憶を取り戻したGMも、やっとリーダー的な飄々たる風情をなびかせるも、トーカイムラで皆が船に乗って行ってしまったと勘違いし、大いに取り乱すところでその威厳を失くしてしまう。
清子といえば、恥も外聞もかなぐり捨てて、自分とその子供のために常に有利な方向を捜し求めている。
そんな厚顔無恥である彼女になぜか嫌悪感がわかないのは、その後必死で生まれた子供を守ろうとした母の強さに帰結したからだと思う。

そう、最終的に清子は、新たに漂着したフィリピン系の女性たちの一人と共に、この島を脱出する。
その際争いとなり、チキとチータと名づけた双子のうち、チキしかボートに乗せられなかったものの、清子はチータのことを、日本に帰ってからもずっと忘れたことはなかった。

その後東京島では、10歳になったチータの誕生祝が催されていた。
そこでは日本人も中国人も、フィリピン系の女性たちも衣裳を身に纏い、子供も幾人か誕生し、それなりに文化的な生活を送っているようだ。

日本では、清子がチキのお祝いをしている。
さて、このラストシーンがよく判らなかった。
その祝いのテーブルの一席は空席。
「みんなそろっていないけれど始めましょうか」
の台詞があり、誰かがそこに来る予定だというのが判るけれど、それが誰かというのは最後まで明かされない。

もしかしたらチータの席としてただ空席にしてあるのかな、と思ったけれど、最後の最後に、清子はチキに
「あなたに話すことがあるの」
と意味深に言うシーンがあるので、これまで双子の弟がいることは秘密にしていたのだろうということが読み取れる。
ということはあの席はチータのものではない。

ただ、チキが「何でもあるけど何でもないよ」と、かつてワタナベが島で歌っていた歌を口ずさむシーンがあり、そうするとあの席はワタナベのものだったと推測できる。

あれだけ敵対していた男女が、そういった関係になっているかどうかは不明であるものの、同じテーブルを囲む家族のような形になっているとしたら。
これも男女の謎。
やはり寓話性の高いシュールな物語だ。


cocoroblue at 00:55│Comments(0)TrackBack(1)││邦画ホモ 

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1. 『東京島』 なぜ24歳ではないのか?  [ 映画のブログ ]   2010年09月11日 20:37
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