ホモ

2014年11月11日

トム・アット・ザ・ファーム

B00T77LBAKトム・アット・ザ・ファーム [Blu-ray]
2013年 カナダ/フランス
監督:グザヴィエ・ドラン
出演:グザヴィエ・ドラン
   ピエール=イヴ・カルディナル
   リズ・ロワ
   エヴリーヌ・ブロシュ

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捕らわれたのは僕。囚われにいったのも僕。

ネタバレ有りです。

紙ナプキンにトムが亡き恋人への思いを綴るファーストシーン。
青いインクが、まるで彼が流せない涙を吸収したかのように滲むところから始まる呪縛。
やがてそれが恋人の兄フランシスの暴力的な縛めによる歪な恍惚に変わるストックホルム症候群と共依存。

閉鎖的な田舎の保守的な世界。
そこで生きていくことを選びながらもうんざりしている兄フランシス。
そこから逃れた弟ギョーム。
弟を溺愛していた、閉じた世界で暮らしてきた母親。
そこでは同性愛など命取りであり、だからトムも彼らの母親に自分の素性を明かせない。

この同性愛が非常に大きなネックとなっている作品。

そこに大きく介在しているのはダンスシーン。
実際に踊るシーンはトムとフランシスのタンゴのワンシーンしかない。
けれどその後の会話で出てくるダンスのエピソードはすべて同性愛絡みだ。

トムとフランシスのタンゴ。
お互いがお互いにギョームを投影しているのは間違いない。
ここでのひとときの安寧と恍惚感がすばらしい。

「踊れるんだな」と云われ曖昧に微笑むトム。ギョームに習ったのだというのは明白。

そしてフランシスが弟のダンスの相手にひどい暴力を振るったエピソード。
弟がホモであることを仄めかされたからだ。

このダンス=同性愛要素として捉えると、フランシスとギョームの近親相姦の可能性も見えてくる。

でも物語はすべてをはっきりとはさせない。
トムの心情も行動も同じ。

最初は粗野なフランシスからどうにか逃れようとしていたトム。
けれど彼はどうしようもない引力に牽かれるようにして戻ってきてしまう。

引き摺られる牛、横臥する子牛の死体がそれぞれトムとギョームの姿のようで、農場を統べるフランシスの狭い世界にトムが囚われていくのが見てとれるようだ。画面のアスペクト比が変化するのは、そのまま彼の視野狭窄、そして迷いや惑いのように見える。

そして弾圧されるセクシュアリティとその秘匿、母親への責任の重圧さに押し潰されそうになっているフランシス視点で見ると凄くせつない。

トムとフランシスの間に濃密な親愛さがそこかしこに漂うもの見逃せない。
実際にキスひとつ交わさないにも関わらず。


最初は間隔を空けて置かれていたそれぞれのベッドが、数日が経過したあとにはぴったり横づけされていたり。
前述のタンゴシーンだったり。
首絞めのシーンもひどくエロティックだ。

そんなフランシスの元をようやく去るトム。
けれどエンドロールが終わるまで彼は迷う。
最後の最後まで。
握り締めたハンドルを彼は農場に向けてきるのか。それとも。
観客の予想に委ねたラストがにくい。

とにかく『マイ・マザー』 『胸騒ぎの恋人』 『わたしはロランス』と恐ろしい才覚をもって作品を作り続けているドランの傑作。
これは見逃す手はないよ!


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2012年07月24日

あしたのパスタはアルデンテ

B006QO65RQあしたのパスタはアルデンテ [DVD]
2010年 イタリア
監督:フェルザン・オズペテク
出演:リッカルド・スカマルチョ
   ニコール・グリマウド
   アレッサンドロ・プレツィオージ
   エンニオ・ファンタスティキーニ
   ルネッタ・サヴィーノ
   イラリア・オッキーニ
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トスカーナの花嫁が歩く道。

ネタバレ有りです。

パスタ会社を経営するカントーネ一家の次男トンマーゾは、長兄とその経営を父に望まれながら、小説家への夢を捨てられずにいた。
おまけにトンマーゾはゲイ。
保守的な両親にそれがずっと言えずにいた。
カミングアウトをしようとしたあるパーティーの夜、なんと長兄が驚きの発言をする。
「僕はゲイだ」
激怒した父親は彼を勘当、ショックのあまり心臓発作を起こし、トンマーゾは何も云えなくなってしまう。

経営から外された兄の代わりに、共同経営者の美しい女性アルバと稼業を手伝うことになったトンマーゾ。
彼が住んでいたローマには、同性愛の恋人マルコがおり、彼のことを気にしながらも故郷を離れられない。

冒頭、ウェディングドレスを着た花嫁が銃を持ってひた走る。
その先には青年がおり、彼の前で銃で自殺を図る花嫁。
でも彼に止められ、彼女は涙を流す。
この一見異質なシーンが実はとても重要で、あの花嫁は現在のカントーネ家の祖母であることが明かされる。

彼女はあの青年と想いを通じ合わせていながらも、その青年の兄と結婚するのだった。
「いつまでもずっと彼を想い続けている」
と老人になった今でも恋心を抱いている祖母は、その後悔と過ちを孫に継承させまいとする。

結果から言うと、祖母は身を挺してばらばらになろうとしていた一家を纏め上げる。
きれに着飾って、アレルギーなのか、禁止されていたお菓子を口いっぱい頬張って。
まるでそのお菓子を食べることでやっと自由を謳歌するように。
このシーンはとても象徴的。


そうして命を絶った彼女の葬儀に、彼女を慕っていた皆が参加することになる。
もちろん勘当された長兄も。

何も言わず、家族が棺をそれぞれ肩に乗せ、車まで運ぶ。
そして葬儀までの道のり、彼らは一緒に黙々と歩いていく。
誰が何を言うでもない。
でも自然に腕と腕が重なり合い、目と目を交わし、口には微笑み。
家族がまたひとつになっていく、互いが互いを認め合う素晴らしいシーンだ。


その「現在」のシーンに、「祖母の過去」のシーンがシンクロする。
「トスカーナの花嫁」と呼ばれるほど美しかった若い祖母が、青年と連れ立って歩く道を、その後作り上げられる彼女の家族が同じく歩いていく。
このメタな構成が見事としか言いようがない。

とても感動的な作品だけれど、基調はコメディで、クスクス笑って見られるのも良。

窓から泥棒が入ってくると騒ぎ立てる視力の弱い叔母の人違いエピソードだったり、トンマーゾのローマでのゲイ仲間が訪ねてきて、必死にノンケのふりをするも、ところどころ本性が出てしまうところだったり。
その明るさが魅力を倍増している。

トンマーゾとマルコの抱擁とキスシーンもばっちり入っており、ようやく出会えた恋人たちの愛を交わす仕草は目の保養となった。

トンマーゾとアルバの、ぎりぎり一線をひいているような関係も妙にドキドキした。
彼らは一度だけキスするも、それ以上には進まない。
トンマーゾに想いを抱き始めたアルバが、マルコと彼の睦まじい様子を少し淋しそうな瞳で見つめているシーンはせつなかった。

ある家族の在り方を陽気に丁寧に描いた良作。

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2012年03月30日

人生はビギナーズ

B00812TYJ2人生はビギナーズ [DVD]
2010年 アメリカ
監督:マイク・ミルズ
出演:ユアン・マクレガー
   クリストファー・プラマー
   メラニー・ロラン
   ゴラン・ヴィシュニック
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ライオンは来ないから、キリンを選んだ男。

ネタバレ有りです。

オリヴァーは38歳のアートディレクター。
彼の父親ハルは、44年連れ添った妻を亡くした後、いきなり
「私はゲイだ」
とカミングアウトし、若い同性の恋人を作り、ゲイコミュニティに参加し、新しい人生を謳歌するようになった。
対して恋に臆病でなかなか恋人としっかりとした関係が築けないオリヴァーは、美しい女性アナと知り合い親密になる。
が、父が死んで、その喪失感を埋められないままの彼は、アナとの関係も徐々に上手くいかなくなっていく。

愛していた父親が既に死んでいるという事実が最初に提示され、だから仕方のないことだとは思うのだけど、全体的に作風が暗い。暗すぎる。

ゲイを公言してから仲間とつるみ、恋人とキスを交わすハルの姿は快活ではあるけれど、実は治らない病を抱えており、その余命は長くないことから、その元気に振舞っている姿が逆に痛々しい。
アナと恋仲になってもオリヴァーの心は晴れず、どこかいつも淋しそうな目をしている。
アナもオリヴァーと共に暮らすことをどこかで不安で躊躇しており、それは彼の傷を自分では埋められないことに気づいていたのかもしれない。
オリヴァーの幼少期、母親と過ごした思い出も、決して楽しいものではない。
だからもう少し明るいエピソードなり、ノーテンキなキャラなりが欲しかったところ。

その陰鬱さを緩和しているのは、ハルが飼っている犬。
「150の言葉を知っているのに話せないんだ」
という「彼」は、時々字幕で主人公と話す。
恋のアドバイスや人生のことを。
この犬の扱いはユニークでとても気に入った。

ハル演じるクリストファー・プラマーはアカデミー賞助演男優賞受賞が記憶に新しく、その人生の深みをと懐の大きさを思わせる演技は素晴らしかったけれど、その笑顔を見るたび、既にそこに死の影が及んでいてかえって哀しい気持ちにさせられた。

時代が違って、まだゲイがこれほど認められなかったハルの若い頃。
自分が同性愛者だと自覚していた彼は、その後妻となる女性に
「私が治してあげる」
と言われ結婚に踏み切る。
本当はライオンが欲しかったのに、ライオンは来なかった。
だからそこにやってきたキリンを選んだ彼は、それなりに過ごせたけれど、やっぱりライオンを待つべきだった。

ハルがライオンを得て、新しい人生を歩んだように。
ラストはオリヴァーもアナを求めて、今までと違う人生を選ぶ。
そこではじめてタイトルロールの「Beginners」も文字が映し出されたときはにやりとさせられた。
そう、人生はこれからだ。

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2011年07月19日

スプリング・フィーバー

B004NJVVFWスプリング・フィーバー [DVD]
2009年 中国・フランス
監督:ロウ・イエ
出演:チン・ハオ
   チェン・スーチョン
   タン・ジュオ
   ウー・ウェイ
   ジャン・ジャーチー
   チャン・ソンウェン

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春の嵐に揺れる。

ネタバレ有りです。

人里離れた小屋で体を重ねる男二人。
ジャンとワン。
ワンにはリン・シュエという妻がありながらもこの関係を続けている。
妻は夫が浮気をしていることに気づいており、ルオという探偵を雇って彼が男と関係を持っていることを知る。
その探偵ルオは、いつしかジャンに魅かれていった。
けれどルオにもリー・ジンというれっきとした女性の恋人がいて……。

5人の男女を巡る“欲”の物語。
誰かを狂おしいほど好きになる。
5人が5人ともそんな普遍的な感情を抱き、でもそれぞれが異なる決着をつけるのが面白い。


妻に浮気がばれ、ジャンに別れを告げられたワンは自殺を選ぶ。
リン・シュエは何もかも奪ったジャンを刃物で刺す。
ルオは男と女二人の間を行き来し、どちらにも見限られる。
リー・ジンは恋人が男と寝ていることを知りながらも、誰も詰らず、少しだけ涙を見せ、何の前触れもなく姿を消す。
そしてジャンは失意のうちに、旅行会社の職を辞め、チンピラのような格好をし、傷の残る首筋にタトゥーを入れ、新しい恋人と過ごしている。

感情に走るタイプキャストがいたり、内面を表さず潔さを見せる女性がいたり、判りやすいキャラと、逆にひどく抽象的なキャラを配置しているのがユニークな効果となる。
物語だけを見れば、ただの5人の男女の痴話喧嘩や蜜月だけ。
それを睡蓮の花を最初に配し、時折詩を交えて、叙情的に見せる手腕は見事だと思う。

ただ、わたしは誰にも感情移入できずにいて、エモーショナルな映像に心を動かされることはあっても、彼らのせつない心情に少しも入っていけなかった。

それは人を狂おしく愛してはいても、裏切った相手に対する罪悪感が誰からも読み取れなかったからかもしれない。

男性同士のラブシーンは、冒頭からてんこもり。
かなり激しいキスシーン、ベッドシーンがくり広げられ、それは眼福にはなったけれど、その情欲のためだけに女性が傷つく展開が繰り返されるのはいただけない。

その報いを受けるかのようにワンは自殺し、ルオは涙目でひとりとぼとぼと道を歩いていく。
なるほど、“報い”と考えると、男性3人が誰ひとりとして幸せになっていない結末は有りなのかもしれない。
ジャンにしても、最後は新恋人と心穏やかに暮らしているようではあるけれど、彼は町のはぐれものだ。
ジャンが刺されて道中に蹲るシーンがある。
通行人はそれを気にしつつも、遠巻きに眺めて去っていってしまう。
それと同じ描写が、ジャンがチンピラ風の格好をするようになってから見受けられる。
犬の死骸を見て、町の人々は、あの時のジャンを見るような目つきで眺めている。
彼は犬畜生と同等になってしまったのだと思う。世間的に。
それでも愛する人といられる彼自身は幸せなのか。
わたしにはよく判らない。

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2010年12月09日

ブルーノ

B003QQYET8bruno 完全ノーカット豪華版 [DVD]
2009年 アメリカ
監督:ラリー・チャールズ
出演:サシャ・バロン・コーエン
   グスタフ・ハマーステン

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オーストラリアのゲイでファッションリポーターのブルーノ。
彼に扮したサシャ・バロン・コーエンが、セレブに、テレビ界に、シャレにならない国に突撃していく。

ネタバレ有りです。

ブルーノというキャラクターはフィクションであるものの、彼が仕掛け、突撃する人々は彼を本物のリポーターだと思っている。
だからその破天荒で下品極まりない行動に対する反応がリアルで面白すぎる。

・ポーラ・アブドゥルにインタビュー。慈善活動をしている彼女を人間椅子に座らせるという構図が皮肉。
・自分の番組をアピール。オーディエンスが見守る画面には男性器がぐるぐる回転!席を立つ者、天を仰ぐ者、そりゃそうだ。
・ハリソン・フォードの独占インタビュー。彼の姿を見るなり「うせろ」と一蹴したハリソンの対応は正しい。
・何かのチャリティをしたくて、中東に飛んでパレスチナ前議長エルサレム市長を同席させる。凍りつくような雰囲気。
・アルカイダに誘拐してもらって有名人になろうと目論む。彼らの目の前でビン・ラディンを揶揄する底知れぬ無謀さ。
・黒人の赤ちゃんを養子に。しかもiPod交換。さらに名前がOJ!もちろん黒人の観客は激怒。ここまで人の神経を逆撫でする行為は難しいといえる。
・やっぱり人気者になるには異性愛者でなければいけない。ストレートになるために軍隊に入隊。でもドルガバのベルトをしめてドン引きされ、更にアウトドアで狩りのチームに参加した夜、素っ裸で彼らを誘惑して命の危険に。

いやもうこれは「ヒッドイなあ~」と笑って見る事ができたら勝ちでしょう。
ゲイからもストレートからも黒人からも白人からも全員に忌み嫌われる言動ができるって人はそうはいない筈。

上記以外にも、「こうしてゲイから襲われたらどうする?」とディルドを両手に握り締めて迫ってくるブルーノを淡々と「こうしてかわします」と技をかけてくれる格闘家さんとのシュールなやりとりとか、霊を召喚した霊能力者の前で延々続けるエアフェラチオとか、ヤバい映像は満載。
このゲイになりきっているサシャ・バロン・コーエンが素晴らしい。もうどこからどう見ても立派なゲイだ。

そしてクライマックス。
ゲイアンチの多い州で、そんな観衆の目の前で付き人と男同士の熱いキスと濡れ場を披露したシーンは大笑いするとともになかなか感動してしまった。
その付き人というのがずっとブルーノに報われない恋をしていた人だったので。
もちろん観客は大騒ぎ。怒号とジュースのカップと時には折りたたみ椅子が飛び交う中で、愛撫を続けたブルーノたちはある意味神々しかった。
それを見て涙を流す(もちろん感動してではなく。そこまでいやがらんでも。)マッチョな男の表情がリアルな分滑稽さが増していた。

そして最後はレコーディングをするブルーノの周りに信じられないシンガーたちが姿を見せるときた。
スティングにボノにエルトン・ジョン!
顔がわかったのはこの三人だけだけれど、他にも豪華な顔ぶれがそろっていた模様。
そっくりさんを集めたのかと思っていたらガチで出演だったらしい。
しかも彼らが歌う歌詞が「北朝鮮と韓国は仲良くしろ。お前ら基本的に中国人だろ」とか、これもヤバいって!

とにかく楽しませてもらいました。
でもひとつだけ。
自分の子供を売り出したい親が、子供虐待としか思えない条件を次々に呑むエピソード、あれだけは仕込みだと思いたい。

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2010年11月22日

約束の葡萄畑〜あるワイン醸造家の物語

B007UNGTXC約束の葡萄畑 -あるワイン醸造家の物語 [DVD]
2009年 ニュージーランド=フランス
監督:ニキ・カーロ
原作:エリザベス・ノックス
出演:ジェレミー・レニエ
   ギャスパー・ウリエル
   ヴェラ・ファミーガ
   ケイシャ・キャッスル=ヒューズ
   ヴァニア・ヴィレール
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 「これは禁断の友情か?」

ネタバレ有りです。

19世紀、ブルゴーニュ地方。
ワイン造りに野心を燃やす農夫のソブラン。彼は恋人セレストとの結婚を父親に反対されて悩んでいた。
ある夜、彼は天使と出会う。
天使はソブランを気に入り、ワイン造りのヒントや、セレストとの仲に対するアドバイスをし、毎年この場所で会おうと誓わせる。
やがて年月は経ち、結婚したセレストと何人かの子供をもうけ、父親の死を乗り越え、貧乏をしながらもワイン造りに明け暮れるソブラン。
そんな時、農園のオーナーの姪で、美しく聡明なオーロラが現れ、ソブランを雇用する。
彼の腕は冴え渡り、最高のワインが生まれる。
しかしソブランの次女の死、それによって生じた天使との溝、オーロラの癌、天候による凶作等の災いが彼を待っていた。

ワイン造りは人生に喩えられる。
天使が言うように、豊作があれば凶作があるように、苦しみがあるから喜びがある。

それを初めは受け入れられないソブラン。
天使がついているのだから自分は超ラッキーガイ!とばかりに自信満々でことに及び、それらが失敗(自らの出征、父親の死、娘の死、凶作)する度に、守ってくれなかった天使を詰る。
その天使の存在がまた面白く、彼は単にソブランのガーディアンではない。
実は彼は堕天使であり、前述したような人生哲学を言い含めるその姿は実に人間くさい。
というか、本当に後半彼は翼をもいで、人間になってしまうのだけれど。

そしてその天使の同性愛を匂わせる風情にやられた。
いや、途中で完全にホモ展開になると言っていい。


初登場シーンから、胸を大きくはだけた半裸姿で気絶したソブランを膝枕。
毎年一度だけ会おうという恋する乙女発言。
ソブランに嫌われたくないから、死んだ娘が元気で天国でやっているよと嘘もつく。
「僕を愛しているなら」とか「禁断の友情」とかやたらと思わせぶりな言葉を吐く。
そのくせソブランからキスされそうになり、唇が触れる寸前で「よせ」と身を引く。やっぱ乙女。
次女関連の嘘がバレてソブランと縁切りされ、窓の外で淋しそうに佇んだりもする。

何しろ夫が身奇麗にして天使と会いに行くのを、その相手がオーロラであると誤解してセレストが嫉妬してしまうのだから。
それくらいに一年に一度の逢瀬は濃い。

もちろん真面目にワインについて、人生について語っているのだけれど、ときにお互いを抱擁するシーンは、それを目撃した二人の女性(セレストとオーロラ)が目を逸らして逃げ出してしまうほどに親密でエロティックだ。

その最たるものは、小屋でソブランと天使がじゃれあっているシーン。
ソブランを宙吊りにしたり、抱えあげたりとうれしそうな天使。
やがて床に彼をおろし、逃げる脚をつかまえてにじり寄り、キスを求める天使は完全に恋愛モード。
その逃げるソブランも本当にいやがっているのか、単に焦らしているのか、いちゃついているだけなのか、でも最終的に天使の腕の中でぐったりと身を任せているショットはかなりドキドキした。

そんなわけで、色々含蓄のある台詞とかも多いし、自然の中で育っていくぶどうの芽や昆虫のアップも豊かな人生を象徴している撮り方も良いし、ワインテイスティングならぬソブランテイスティングとなったオーロラの目隠しシーンもエロティックだし、見所は多々あるものの、煩悩が邪魔してそれらがあまり頭に入っていかなかった自分の腐りようを改めて実感。

オーロラ役のヴェラ・ファーミガ(やっぱりこの人良いな。上手い)のため息の出そうな美しい胸の形も、撮影当時まだ10代であったセレスト役のケイシャ・キャッスル=ヒューズのヌード(でもあまり初々しく見えないのはなぜだろう)も見所なんだろうけれど、どうしても主役の男性二人に目がいってしまった。

ソブラン役のジェレミー・レニエは『ある子供』や『ロルナの祈り』の情けない風情を残しながらも、ワインと愛に生きた男を熱演。
天使役のギャスパー・ウリエルは、その美貌と媚態で魅せてくれた。
彼の存在がなかったら、その美しさが画面に表れなかったら(というか作品自体にこの天使が存在しなかったらと言い換えても良い)、ワイン造りは人生そのものであるというテーマだけが描かれたそれなりに良作、でも凡作の部類に入ってしまったに違いない。
ラストは病に倒れたソブランが、自分が愛し、愛された三人、セレスト、オーロラ、天使に囲まれて天に召されるという至福の逝去が描かれていた。
その中でも、天使が彼と最後に言葉を交わしていたというのもツボ。

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2010年10月15日

シングルマン

B004ELAWZYシングルマン コレクターズ・エディション [Blu-ray]
2009年 アメリカ
監督:トム・フォード
出演:コリン・ファース
   ジュリアン・ムーア
   マシュー・グード
   ニコラス・ホルト
   ジョン・コルタジャレナ

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死を決意した 愛する者のいない朝

ネタバレ有りです。

観終わってすぐ、クリストファー・デイヴィスの著作「ジョゼフとその恋人」を思い出した。
あれも歳をとったゲイの主人公が、若い恋人を事故で亡くし、その喪失感に耐えられず自殺を図る小説だった。17歳の時に読んだので細部は忘れてしまったけれど、ラストに向かって高まっていく悲哀に号泣したのはよく覚えている。
そういえば海というモチーフも『シングルマン』と共通している。
しんしんと身に迫ってくる孤独と死の影。

ゲイの大学教授のジョージは、16年間一緒に生活をしてきたパートナーのジムを交通事故で亡くしてしまう。
彼はある朝、銃で自殺することを決め、身辺を整理していた。
そこに現れる美青年の教え子ケニー。
通りすがりにナンパしてきた魅力的な外国人。
最後の晩餐を共にする、以前恋愛関係になったことがある女性チャーリー。
彼らとの逢瀬を経て、ジョージは人生を終わらせようとしていたが……

ジョージのねっとりとした同性への視線が、観ている方が照れてしまうほどにあからさまで、けれどそれが不埒なものでない不思議。
それは死を選んだ男が、最後に瞼に焼きつけようとしている現世への視線だからかもしれない。
ケニーの穢れのない双眸、ナンパ青年の魅力的な筋肉をつけた体、そして思い出の中でのジムのやさしい笑顔と幾度も交わすキス。
それははっきりと輝きを増してジョージの目に飛び込んでくる。
反対にジョージが映るシーンでは、色調が落とされ、その身に死が迫ってくることを印象づけていた。


そして女性の目のアップも多用される。
ケニーのガールフレンドでヘビースモーカーの彼女や、ジョージの来訪のためにアイラインを引きまくるチャーリー、大学の受付嬢等。それらはジョージの興味をひくことはない。
それが顕著に表れているのはジョージがナンパされた(した)場面だろう。
そこの背景に、女性の目のアップが強調されたポスターが貼られ、男同士の間の中に入れない女性、蚊帳の外の存在という暗喩が成されていたような気がした。

木の造りの瀟洒な邸宅も、高価な車も、女性と同じく、彼には意味を成していない。
ジムとの思い出を共有する飼い犬も、一匹は死亡、もう片方は行方不明だ。
それと犬種が同じ犬に顔を寄せている時、彼はかすかに幸せそうだった。

そんな彼が生への希望を見出したきっかけは、自分を心配して会いに来てくれた教え子の存在だった。
夜の海に入り、その酔狂に身をゆだねた時、ジョージはジムと出会った頃を思い出す。
波にさらわれ浮遊していた彼が引き上げられたのは「生」への蘇りを表しているんだろうか。
そして傍にいるのは若く美しいケニー。
彼がジョージの性向を知った後に、「濡れた服を脱げ」と言われ、身につけているものを全て脱ぎ捨てるシーンはドキドキした。
そのぎりぎりの線を保つ駆け引き。
やがて穏やかな夜が訪れ、ジョージは銃を引き出しにしまい、鍵をかける。

けれどまるで運命のように死は突然やってくる。
持病の発作が起き、薬が手元にないジョージは成す術もなく床に身を落とす。
そこにスーツ姿のジムが「迎えに」来る。
再び波の中に呑み込まれていくように緩慢な死を迎えるジョージ。
すべてが美しく、静謐で、まるでうたかたのような儚いラストシーンに胸が詰まった。

ジョージ役のコリン・ファースのノーブルないでたちと、雰囲気はそのままなのに妙に色っぽくなる同性同士のラブシーンは見物だった。
ケニー役のニコラス・ホルトは『アバウト・ア・ボーイ』のいまいち垢抜けないガキっぷりからは想像もつかないほどの美青年に成長していて驚き。
チャーリー役のジュリアン・ムーアは報われない女性役がよく似合う。
トム・フォードの美意識とゲイならではの視線がうまく合致した、美しい同性愛映画。

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2010年08月01日

ミステリアス・スキン

B0009RS5NIMysterious Skin
2004年 アメリカ=オランダ
監督:グレッグ・アラキ
出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット
   ブラッディ・コーベット
   ミシェル・トラッチェンバーグ
   エリザベス・シュー
   メアリー・リン・ライスカブ
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ふたりの人生。ひとつの発端。

ネタバレ有りです。

グレッグ・アラキ監督作を久々に見た。ジョセフ・ゴードン=レヴィットがまさか彼の作品に出ているとは。

少年期に植えつけられたトラウマを容赦なく描いた人間ドラマ。

8歳の時、ニールはリトルリーグのコーチに気に入られ、家に招かれるようになる。
その内コーチは彼にキスをし、性的な関係を結んでしまう。
もう一人の少年ブライアンは、ある日鼻血を出して茫然自失しているところを父親に発見される。ブライアンには空白の5時間があり、そこで何があったかをまるで覚えてはいなかった。第一発見者である父親は息子に無関心で、彼に構うことはなかった。
ブライアンは自分がUFOにさらわれて記憶を失くしたのだと思い込んでしまう。

月日は経ち、ニールは町の男娼として中年男たちに身を売る生活をしていた。
奔放ながらも息子を愛してはいる母親と、彼を心配して時々忠告をおくってくれる友人がいても、ニールはそんな生活をやめようとはしなかった。
一方ブライアンはテレビでエイリアン特集は欠かさずチェックし、その被害に遭った人にコンタクトを取るようになっていた。
自分の身に何が起きたのかを知るため、アヴァリンという女性に手紙を書き、そして二人は互いの家を行き来するようになった。
けれどアヴァリンがブライアンに迫ったため、その関係は崩れてしまう。
新たな手がかりを求め、ブライアンはリトルリーグで一緒だったニールに辿り着く。

すべての発端となったペドフィリアのコーチには反吐が出る。
ブライアンの空白の時間。
それはニールを餌にコーチにおびき寄せられた彼がコーチの性的な玩具にされた時間だった。
コーチとニールとの愛撫の目撃。
ニールとのキス。
そしてコーチに頼まれて行った、コーチへのフィストファック。
直接的にそのシーンは見せなくても、キスするために寄って来る相手の顔のフォーカスがぼけたり、コーチの浅黒い裸の背中が生々しく映ったりと、想像をかきたてられる映像はかなり鬱になる。
子供を性的な道具に使っては絶対いけない。
当然すぎるこの教訓を噛み締める場面だった。


そしてニールが男たちに体を売る場面は直接的描写が成される。
部屋に入るなり服を脱いで熱烈なキス、口での愛撫、そしてセックス。
色々なパターンのそれらが見られるものの、それがあの少年時代の体験が起因しているという点から決して楽しく見られるものではなかった。
そしてそこには愛がない。
最たるものは、イヴの夜に出会ったサディストにニールがレイプされるシーン。
あれはかなり辛かった。

ブライアンも自分にずっと関心を払ってくれなかった父親に感情を爆発させる。
あそこで父親が何かあったかを心配してくれていたら。原因を突き止めようとしてくれたら。彼はこんなに苦しむことはなかった。

だからこのドラマでは、肉体関係を介在しない人たちのふれあいが数少ない心あたたまる要素だった。
ニールに男娼を辞めさせたくて仕事を用意してくれる女友達のウェンディ。
ニールの友人で、その後ブライアンに服をプレゼントするくらい仲良くなるエリック。
そしてすべてを打ち明けてトラウマの現場で静かに寄り添うニールとブライアン。

彼らはこれからどうなっていくのか。
ブライアンはトラウマを自分の内々に収めることができるのか、消えてしまいたいと願うニールは男娼をやめられるのか…。
過去と対峙し、それを克服するにはあまりに事実は酷だ。

オープニングのファンタジックに舞う色とりどりのシリアルからは想像もできないような真摯で鬱度の高いドラマ。
グレッグ・アラキがこんな“一般的な”(題材はヘビーだけど)映画を撮っていたことに驚いた。

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2009年11月27日

秘密 -Desire-

B001MKHT1U秘密-Desire- [DVD]
2002年 韓国
監督:キム・ウンス
出演:イ・スア
   イ・ドンギュ
   アン・ネサン
   チャン・ソヨン
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夫の恋人は、若い男性だった。

ネタバレ有りです。

ある夜、ロサは夫キュミンの後をつけ、浮気の現場を目撃する。
車の中で夫はレオという青年と長いキスを交わしていた。
それでもそれを問い詰めるわけでもなく、かと云って平穏な態度で接するわけでもなく、ロサは喪失感を抱えたまま、レオと出会い、彼と関係を結んでしまう。
一方レオのアパートの隣に住む女性ソヨンはレオに興味を持ち、彼の部屋にひそかに侵入する。

と、入り組んだ人間関係で始まるものの、これが面白いほどに展開を見せない。
不倫に同性愛に不法侵入にハメ撮り。
これだけ色々要素をそろえながらちっともドラマ的にならないのは逆に感心する。

キム・ギドクでも狙っているのか、登場人物は極端に台詞を喋らない。
その代わりに何かというとセックスになだれこんで、しかもその前後のキャラクターの心理描写だとか、ムードだとかが全く無視され、こちらはどうしてそうなったのか毎回首を傾げながら、それほどエロティックでもないベッドシーンをただ眺めるしかない。

例えば、客を大勢招いておきながら、その客の一人であるソヨンを侮辱し、ケラケラ笑いこけながら寝室に行き、怒って追いかけてきた夫を誘ってセックスするロサ。
殴る蹴るの暴行をしながら、少し時間が経って風の強い屋外で抱き合ってキスをするキュミンとレオ。
ほぼ何の会話も交わさずに、相手が誰なのかわかっているかさえ微妙な状態で結ばれるロサとレオ。
人の機微が全く無視されているので、いつも唐突にはじまるセックスに戸惑い、しまいにはワンパターンぶりに呆れる。

そうやって無駄に濡れ場を多くしてポルノ鑑賞用にしてあるかと云うと、前述したように、観客が興奮するような撮り方をしていないので(女性の裸もそれほど胸を映さず、遠くからのショットも多いため)これも当てはまらない。
人物の表情から感情を読み取ることも至極困難で、結局作り手からのメッセージは何も受け取ることができなかった。

ラストシーンで、ロサが夫の股間に顔をうずめ、そして終わった後に涙をこぼすのは、そんなからっぽの肉欲だけしか自分たちに残っていないことへの寂寥感からだろうか。

とりあえず、男同士のラブシーンはディープキスが二回あるだけで肝心のベッドシーンが入っていなかったことも肩透かし。エキセントリックさを前に出すならもうちょっと踏み込んでほしかった。

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2009年05月24日

アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜

B002PL5F8Yアンティーク~西洋骨董洋菓子店~ [DVD]
2008年 韓国
監督:ミン・ギュドン
出演:チュ・ジフン
   キム・ジェウク
   ユ・アイン
   チェ・ジホ
   アンディ・ジレ
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  今まで俺が食ってきたもんをケーキと呼ぶなら
   これはもうおケーキさまさまと呼ぶしかねえっ!!
                (よしながふみ『西洋骨董洋菓子店』)

ネタバレ有りです。
そして無駄に長いです。


もうね、凄いです。
満足なんてものじゃないです。
ここまで原作に忠実に、忠実すぎるほどに作ってくれた映画ってそうそうないのでは。
細かいエピソードを拾い上げ、主役級はもちろん、端役に至るまで、その人物の発する台詞のニュアンスをいっさい変えずに再現、オリジナルの部分はほぼミュージカルシーンのみ(まあ他にも色々凄く細かいところもあるけれど大筋では)といった原作愛に溢れた映画。

西洋骨董洋菓子店 (1) (Wings comics)

・急に会社を辞めて、ケーキ屋を始める御曹司ジニョク(橘)。でも彼は子供の頃誘拐された時のトラウマで、ケーキを食べると吐いてしまう。

・ちょっといいなと思っただけで、どんな相手も篭絡させてしまう魔性のゲイであり、天才パティシエであるソヌ(小野)。彼は唯一彼をふった相手であるジニョクの下で働くこととなる。

・天才ボクサーでありながら、網膜剥離のため天職を去り、ソヌのもとでケーキづくりにいそしむやんちゃなギボム(エイジ)。

・こちらも天才的に不器用でやることなすこと失敗ばかり、でも心根が天使のようにやさしいソヌの側近のような立場のスヨン(千影)。

この4人を中心に繰り広げられる洋菓子店での悲喜こもごも。
なんかどうしても韓国名に馴染みがないので、()内に出ている原作での名前で感想を書きます。

甘いものを食べて幸せになれない人がいるか?
そうテレビで語りかける、小野の元恋人のフランス人パティシエ・ジャンを見ながら、「ここにいるさ」とひとりごちる橘。
最初に彼の持っている傷を提示し、高校時代の小野とのエピソードに顔面にケーキをぶつけるというインパクトをオリジナルで挿入し、エイジのプロボクサー時代やら、その後の魔性のゲイとなっていく小野の変貌やらを瞬く間に繰り広げたオープニングは忙しなくも、原作愛読者にとってはうれしい限り。

ただ、その後も、監督さんが、あれもこれもエピソードを入れたい、この人物も出したい、という気持ちが伝わってくるような駆け足感は否めないし、もう少しじっくりケーキも見たいなと思いつつ、それが一瞬でおいしそうな姿を消してしまったり、とにかくあわただしい印象は拭えない。

特に千影と小野の恋の決着のつけ方は中途半端になってしまって残念。
あそこでどれだけ千影が純真か判る貴重なエピソードなのに。
それにつけこむことができずにやさしく彼を振る形となった小野の一筋の涙も見たかったなあ。映画だと、何の反省も見受けられなかったので。
そしてもっと云えば、あの雨でくるくる30を過ぎた男たちが踊るシーン、あれも時間をかけて見たかった!

と、まあ、小さな不満はあるはあるにせよ、冒頭に書いた通り、全体的には大満足。

ゲイの小野の色っぽさ(クラブでのダンスは女性顔負けの艶っぽさ!)と、彼が何かにつけて橘を誘惑するシーンは楽しいやらうれしいやら。
小野とジャンのベッドシーン(原作と同様事後ですが)、ディープキスシーンもきっちりと入れてくれて、同性愛描写もぬかりなし。

そして今までの急ぎ足がこのためだったのか、と思わせてくれた橘のトラウマと対峙するシーンはじっくり時間をかけて描いてくれた。

連続して子供が誘拐されて殺されるという事件が勃発。
その遺体から検出された胃の中のケーキ。
そのケーキは橘の店アンティークのものである可能性が浮上。
刑事に依頼を受ける橘。

   俺はこの日を
   待っていたんじゃないのか?

以下のモノローグの運びが、まんま原作漫画通りで驚いた!


  美味いケーキ屋に
  しようと思った
  どんなに遠くからでも
  洋菓子を好きな
  人間なら
  必ず一度は
  訪れたくなるような店に


  小さな店に
  しようと思った
  店内すべてに
  自分の目が
  届くような店に


  そして営業時間は
  なるべく遅くまで
  職種も年令も
  性別も関係なく
  どんな人間でも
  気軽に洋菓子を
  買える店に

  そういう店に
  しようと思ったのは

  全てこの日の


そしてとうとう橘が犯人と対決。
それまでに彼を小さい頃に誘拐した老人との邂逅と思わせるミスリードを入れてあるのも見事。


  せめて
  教えてくれ
  何も俺に返しては
  くれないのなら


今までの自分の人生のこと、トラウマが去らなくて別れていった女性たち、誘拐犯に抱きしめられた感触を思い出して小野にひどい言葉をかけて振った高校時代、モノローグの間にそれらが巧妙に挿入され、「逆らえない何かに命令される」ように犯人は扉を開け、橘にボコボコ殴られる。

でも彼はもちろん橘を誘拐した犯人ではなく、橘も記憶を取り戻せないし、夜にうなされることも治りはしない。
何も変わりはしなかった。
でも彼は朝起きて、いつものようにケーキを売りに出る。
彼の大事な仲間がいるアンティークに。

晴れ晴れとした橘の表情そのままに映画でも締めくくってくれたのがうれしい。

個性豊かなアンティークの従業員、客、そしてオーナー。
ケーキを食べて幸せになれない人もいるけれど、この映画を見て幸せになれない人(原作ファン限定かな)はいないだろう。



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2009年04月04日

後悔なんてしない

B001MHS9FI後悔なんてしない デラックス版 [DVD]
イ・ハン, イ・ヨンフン, キム・ジョンファ, イ=ソン・ヒイル
ジェネオン エンタテインメント 2009-01-23

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孤児院で育ち、昼は工場、夜は運転代行の仕事をしているスミン。
スミンの働いている工場を経営するリッチなジェミン。
二人の恋の行方をじっくりと描いた、韓国映画にしては珍しい男性同性愛作品。

ネタバレ有りです。

追いつ、追われつ。
最初に恋に落ちたのはジェミン。
彼は運転代行として現れたスミンに一目惚れする。
けれどスミンは自分をクビにした工場のオーナーであるジェミン(彼自身は全く知らないことだったけれど)を許せない。

ゲイバーに勤め、その内身を売るようになったスミンにつきまとうジェミン。
どんなに邪険にされても通い詰め、“客として”寝ることになっても挿入が不可だと判ると自分が受身となってスミンに抱かれる。
詰られようが、殴られようが、ずっと想い人を諦めない。
それほどに彼とつながっていたいジェミンの姿は、本当ならストーカーチックに映ってもおかしくないのに、遂にスミンは彼を受け入れる。
でも本当は、とっくの昔にスミンも相手に惹かれていて、でも立場の差やプライドで素直になれなかったんだろう。

それからは作品のトーンががらっと変わったかのように、二人のラブラブっぷりが描かれる。
二人で一緒に暮らし、ベッドで睦みあい、ピロトークもこちらが赤面するほど甘ったるい。

けれどそんな日々は長く続かない。
ジェミンには婚約者がいて、その彼女と関係も結んでおり、結婚も秒読み状態だ。
息子がゲイであることを知りながらもその結婚話を進めるジェミンの両親。
そんな現実の壁にぶち当たり、ジェミンはスミンから離れようとする。
それを哀しい一途な目で見つめるスミン。

結局ジェミンは婚約者にすべてを暴露して、スミンを選ぶ。
でもそんなことを知らないスミンは、彼と懇意にしている先輩と一緒に、裏切った男を山奥に埋めようとしていた。

ここでもまた作品のトーンが変わる。

掘った穴にジェミンを落とし、その上から砂をかけていく先輩。
それをやっぱり止めるスミン。
そのスミンまでスコップで殴りつける先輩。
ここら辺はやけにサスペンス的で、恋愛の縺れからくる悲劇としては少し重い気がする。

こんなんでどうやって話が終わるんだろう、と思っていたら。
何とか助かった二人が車に乗っている。
運転していたジェミンが、故意なのか、ハンドルを切って木に衝突させる。
そんな事故現場に到着する警察の車。
その警官が窓から覗きこむと、スミンがジェミンの股間を握り締めていた…。

いやあ、凄いラストシーン。

どう解釈したらいいんだろう。
ハッピーエンドにはどう考えても受け取れないけれど、そのすべての“もと”(男として、恋人としての)を掴むということは、その性癖の根源を示しているようでもある。
自分のセクシュアリティを他人に見せることによって、彼らは解き放たれたんだろうか。

けれどゲイバーという小さな箱庭から出た外界は、その同性愛というものは枷にしかならないのかもしれない。
だから、これからの彼らの未来は明るいとは云えない。


現実を考えると、『モーリス』のような、悩みに悩んだ末にもたらされるハッピーエンドというのは望めないのかもしれない。

同性愛描写はかなりなまめかしく、過激。
ベッドシーンもフェラチオシーンも辞さなかった役者さんに拍手。


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2009年03月26日

ダウト 〜あるカトリック学校で〜

B0029HLNLMダウト ~あるカトリック学校で~ [DVD]
メリル・ストリープ, フィリップ・シーモア・ホフマン, エイミー・アダムス, ヴィオラ・デイヴィス, ジョン・パトリック・シャンリィ
ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント 2009-08-19

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疑惑を持たれた神父。
確信を持った校長。
真実にゆれる若いシスター。

ネタバレ有りです。

もの凄い演技合戦!!
観ていた間中、言葉もなく圧倒された。

1960年代のカトリック学校。
そこに編入してきた初の黒人生徒のドナルドを何かと気にかけ、庇護するフリン神父。
その二人の関係に疑惑を持つやさしいシスタージェイムズ。
フリン神父がドナルドを授業中に呼び出し、戻ってきた彼の様子がおかしく、また少年からはアルコールの匂いがたちこめていたためだ。
それを校長のシスターアロイシアスに相談すると、彼女はその不適切な関係に確信を抱いた。
その思惑が乱れ、丁々発止のやり取りが展開される。

果たしてフリン神父と少年は関係を持ったのか。
それは明らかにはされない。
観ている側の判断に委ねられるパターンとしては少々消化不良気味だけれど、一応の決着がもたらされるまでのプロセスに目が釘付け。

何かと厳格で保守的なシスターアロイシアス。
神父の説教中の生徒の居眠りもおしゃべりもピシッと佇まいを正し、異性に色めき立つちょっとませ気味の男子と女子に厳しく目を遣り、さぼったり風紀を乱す子は校長室に呼び出して対峙、シスター同士の食事の時も無駄な会話はせず、発言権さえも握っている。

それとは対照的に描かれているのがフリン神父。
開かれた教会を目指し、俗的な歌を取り入れようとしたり、生徒の恋愛を応援したり、人々からの信奉も篤い。
神父同士の食事のシーンは、あのシスターたちのそれと対を成しているように描かれていて面白い。
豪勢な食卓で、みんなで下世話な会話で大笑いしながら肉に食ついているのだから。

なのでどうしてもアロイシアスがガチガチに頭の固いオバハンで、神父がやさしく子供思いの人格者という刷り込みがはじめに成されてしまう。

だからフリン神父の罪を糾弾するアロイシアスに「あ〜あ、突っ走っちゃって困った人だなあ…」と生暖かく見つめていた。
もちろん彼女はそんな目で見てはいないけれど、シスタージェイムズと同じ立場でものを見て、思惑をかき乱されるようになるつくりは上手いと思う。

シスタージェイムズもはじめこそ神父を疑ったものの、合理的な言い訳をきき、神父と少年の間に何もなかったことに安堵する。
というより、その方が自分が安心できるからという“逃げ”があったのかもしれない。
生徒を思い、神父を尊敬するからこその彼女の中の解決は、最初は共感するものの、ドラマが進むにつれて、安易なものだったという感想に変わっていく。

それはアロイシアスとフリン神父の見方も変わってきたということでもあり。

思えば、アロイシアスは、目が見えなくなってきている老シスターをかばうシーンがあり、人間味が加味された描写があったことを思い出す。

そしてドナルドのロッカーに彼の下着を返していたフリン神父の行いは、たしかに何かがおかしい気がする。

神父がシロかクロか。
それを疑いはじめると、同級生にいやがらせを受けたドナルドを、公衆の面前で抱きしめたフリン神父のシーンも、見方を変えると堂々としたラブシーンに見えてきてしまう。

そんな疑惑が生まれたのは、アロイシアスとドナルドの母親との相対のシーン。
神父との関係を告げられた母親は、意外にもそれならそれで良いのだという。
もう数ヶ月で卒業だし、神父は息子を気にかけてくれている。
そして息子がゲイであることを知っている。
彼が望んだことなら目をつむるのだと。
これはアロイシアスでなくても仰天の告白だけれど、それも母の愛の形なんだろうか。
公立学校に通わせればゲイの息子は殺される。そんな息子を父親も嫌っている。彼を守ってやれるのは自分と、その体を好きにしても仕方のない権力のある神父だけ。

ここでまたひとつの可能性が提示される。
つまり、もし神父と少年が関係を持ったとして、それは少年の方から誘ったのではないかということ。少なくとも実の母親はそう考えているらしい。

はじめは鼻で笑っていたアロイシアスの確信は、わたし=観客にも疑惑として芽生えてくる。

そのアロイシアスと神父との“対決”の場面は息を呑む緊張感。
拳を握り、唇を震わせて神父を糾弾するシスターの迫力、聖人の面がだんだんと崩れ、“ただの男”になっていく神父の憐れさ。
そこにゴングを鳴らすかのように点滅する電球とがなりたてる電話の音。

ただ、神父は“罪”を認めたわけではない。
それでも、アロイシアスの“ハッタリ”にひっかかったのは、完全にシロではなかったからだろう。

そしてフリン神父は教会を移ることとなった。ただし、栄転という形で。
上への報告はまったく無視された形となった。
それでもアロイシアスは信念を曲げなかった。
“疑惑”を持ってしまった。その心を貫き通した彼女は、最後にシスタージェイムズの膝で泣き崩れる。

疑惑は、神父が説教していたように、無数の羽となって飛び散った。
でもそれに目を向けたのは誰だったんだろう。
シスタージェイムズはその羽を拾ったのかもしれない。
事実無根と確信の間の疑惑の羽を。

そして最初にも書いたけれど、オスカーノミネートされた4人の役者が素晴らしい!
アロイシアス役のメリル・ストリープが圧巻で、この人は女性を感じさせる役よりも、こうした厳格な人物が合っていると思う。
神父役のフィリップ・シーモア・ホフマンは聖人にも変態にもどちらにも見える演技で惑わせてくれた。
シスタージェイムズ役のエイミー・アダムスは純情可憐な役柄ながら、存在感発揮。
最後にドナルドの母親役のヴィオラ・デイヴィスが印象的だった。
出番も2シーンしかなく、あのメリルとの競演なのに、一歩も退かないところが凄い。
泣きのシーンも、鼻水をたらしたままのリアル演技。複雑な母親の心境を語るところは白眉。
とにかくこの役者さんたちだけでももの凄いものを見せてもらった気になれる作品。

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2008年09月15日

花蓮の夏

B0012AGLM8花蓮の夏
ワン・ジーヤオ シュー・チェンピン
ポニーキャニオン 2008-03-19

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 夢中で遊んだ夏
 残酷な未来は 光年の彼方に

ネタバレ有りです。

小学校時代、多動症状が見られるショウヘンは問題児だった。
誰も友達がいない彼に近づいてきたのは優等生のジェンシン。
それから成長してからもずっと彼らは親友のままだった。
けれど一人の女性ホイジャが現れ、三角関係が生まれた。

ホイジャと二人でホテルに泊まるも、肝心の行為ができなかったジェンシン。
彼は自分が同性愛者であること、ショウヘンを愛していることを自覚する。
でもショウヘンとホイジャは高校を卒業してから、彼に秘密で交際を始めていた。

大人になるにつれていろいろな変化がもたらされる。
周りに溶け込めなかったショウヘンは、バスケの才能を発揮して高校では人気者となっていた。
対してジェンシンはショウヘンが受かった大学の受験も失敗し、恋に苦しむあまり、行きずりの男性に身を任せることまでしてしまう。

けれどショウヘンにとって、淋しかった子供時代にそばにいてくれたジェンシンの存在はずっと変わらないものだった。

校庭にぽつんと置かれた机と椅子。
その心細さの象徴の中に入ってくるのはジェンシンの頑是無い笑顔。

彼がどれだけ大切な人なのか、それを思い知ったショウヘンはジェンシンを抱く。
戸惑うジェンシンの唇と体に口づけていくショウヘンの仕草がたまらない。
いとしさを抑えられない行為。

どこかメロウでエモーショナルなシーンはラストの明け方の海での告白シーンでも継続される。
三人のうち、誰かが車の中にいて、心はばらばらなのが判る。
でも話をし、気持ちを受け止め、最後は三人がそろって海辺に佇む。
せつなくて、とてつもなくやさしいラストシーンが心に染み入る。


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2008年06月20日

美しすぎる母

B001DCIVP0美しすぎる母
ジュリアン・ムーア, スティーヴン・ディレイン, エディ・レッドメイン, エレナ・アナヤ, トム・ケイリン
角川エンタテインメント 2008-10-24

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 ハハ ハ ムスコ ニ コロサレタ。

ネタバレ有りです。

大富豪と結婚したバーバラ・ベークランド。
一人息子のアントニーも授かり、自分は奔放なまま、優雅な生活を満喫していた。
けれど夫が息子のガールフレンドと浮気。
母と子は二人で世界の各地を転々とする。
そこで何が芽生えたのか。
アントニーが母を殺すまでを描く退廃的な物語は実話がもとになっている。

さて、これがよく判らない。
人物の心情と行動がつかめず、次々に起こる展開に頭の中は「?」だらけ。

バーバラ役のジュリアン・ムーアは白痴がちな女性も知的なキャラクターも何でもござれの演技派で、今回も不安定な母親役にもうってつけだったけれど、いかんせん一代で財を築き上げた男が入れ込む女性に見えなかったのが残念。
夫を振り回して、でもセックスの魅力で繋ぎとめているという関係も、端的にワンシーンで表しているのみ。
フランス語をどうせ解せないだろうと彼女に性的な台詞を吐く客人にキレるところも、庶民出のコンプレックスを彼女が強く感じているためだということなんだろうけどイマイチ気づきにくい。

息子のアントニーも同じ。
まだ幼い頃に友だちを家にあげて、留守にしていた両親が複雑な表情をするところが出てくるけれど、ここでああアントニーはゲイに目覚めたんだなとピンとくる。
でも次に青年に成長した彼は、気の合う友だちらしき男性といちゃいちゃしながらもスペインの美女をナンパしベッドインしている。
ん?ホモ設定だと思ったのは間違い?
と思いきや、やっぱりあの男性とセックスする場面が用意されていたり。

その後もゲイの後見人とバーバラが寝たり、そこにアントニーも参戦したりと奇妙な親子丼を見せられて性差って何だろうと軽く混乱。

妻と子を見捨てた夫はそれ以降ほぼ描かれずにフェードアウト。

人物関係の描写がひどく曖昧で薄い。
これで物語に入っていかれるはずがない。


夫を心底愛していたように見えなかったバーバラ。
だから彼女の傷が掴み取れなかった。
夫を失ってそのベクトルが息子に向かったということなんだろうけど、同じく溺愛していたようにも感じられない。

だからショッキングであるはずのラスト近くの近親相姦シーンも、淡々とした流れの中で、なるようにしてなっただけにしか見えなかった。
そして一時だけ幼児退行してしまうアントニーの傷も窺えない。

スキャンダラスな実在の事件を、自分の趣味的要素を取り込んで(トム・ケイリンだからゲイ要素は出てくるかなと思っていたけれどここまであからさまとは)上っ面だけなぞった映画にしか思えなくて残念。


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2008年04月20日

スルース

B001BAODCOスルース 【探偵】
マイケル・ケイン, ジュード・ロウ, ケネス・ブラナー
Happinet(SB)(D) 2008-09-26

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男二人の騙しと駆け引き。

ネタバレ有りです。

高名な小説家ワイクを訪ねる一人の男。
ワイクの妻の愛人のマイロだ。
彼はなかなか離婚を承諾しない作家に同意するよう求める。
それに対してワイクは、妻にはうんざりしているので、自宅にある宝石を盗んで、それを売った金で彼女と暮らすといいと提案する。
疑心暗鬼になりながらもそれを呑むマイロ。
こうして彼らのゲームが始まった。

はじめ、マイロが家を訪問してから二人が相対する数分間、彼らの顔はなかなか画面に映し出されない。
自宅の監視カメラの映像としての俯瞰だったり、ガラス瓶の向こうに位置させてはっきりと画を結ばせなかったり。
そんな曖昧さの中で皮肉の応酬が飛び交う。
マイロが役者だと言っているのに、何かと妻のもう一人の浮気相手らしき男性の職業・美容師と(わざと?)間違えたり、マイロもワイクの本を一冊もその題名さえ知らないと云ってプライドを傷つけたり。

そんな不穏な雰囲気をはっきり顔出しさせないまま醸し出し、やっと表情が判るまでのアップが見えてきた時にゲームは始まる。

助走を終えてからの疾走は見もの。
息つく間もなく彼らのやりとりを見守り、今度は多発するアップの顔の表情を汲もうと必死になり、台詞の裏に隠された真実を見つけようと躍起になる。

第1セットはワイクの圧勝。
うまくマイロを玩び、最後には銃をつきつけて死の恐怖をたっぷりと浴びせる。
そこで今まで妻のマギーが
「彼は無慈悲で尊大。セックスも下手」
と云っていたと楽しげに吹聴していたのに、打って変わって
「彼女はあんたをすばらしい人物だと云っていた!」
と豹変するマイロが実に滑稽で可笑しい。
挙句
「僕は女なんか好きじゃないんだ!そうだ犬や羊が好きだ」
と言い出すところはそのあまりの必死さに苦笑。
それがまたいい男なものだから、その崩れっぷりのギャップがまた良い。
詰め寄ったところで突然撃たれるマイロ。
そしてその後どうなったのか全く映さずに、日が経った後のワイク邸に刑事がやってくる。

この第2セットは、マイロが勝利する。
もうあの刑事がマイロの変装であることはうすうす勘付くものの、彼がどうして生きているのか、あの日その後何があったのかをこちらは知らないため、ここも興味深く見られた。

さて、第3セット。
ここからが大混乱。
予告からほんの少しホモっぽい要素があるのかな?と思っていたら、いきなり濃厚な同性愛要素が絡んできてびっくり。

何しろワイクがマイロの魅力に参ってしまって(?)
「妻なんかどうでもいい。ここで一緒に暮らしてくれ」
と豪奢なゲストルームに案内するときた。

マイロもマイロで、ワイクに件の宝石を身に着けさせ、後ろから耳朶にキスしたり、バスローブの隙間に顔をうずめて目を閉じてみたりと、やけに倒錯めいた科を作ってみせる。

これは死と隣り合わせのための精神錯乱なのか、それとも隙を見て相手を出し抜こうとする作戦なのか、野卑で美しい若い男を求めてしまう倒錯愛が突然芽生えたのか、フェイク塗れの言動にハラハラっ放し。

一体なにが真実なのか?
それの一番象徴的なのは、彼らの話だけで実像となかなか実を結ばない妻のマギーだろう。
彼女が優れたインテリアデザイナーで、容姿も端麗なことは確かだろう。
でも彼女は本当にマイロと一緒になりたいのか?それともワイクの元に帰ってきたいのか?
それは彼らが見聞きしたことを嘘も交えて話しているため、余計に判りづらくなっている。
冒頭で書いた顔がなかなか見えない演出の曖昧さがここでも浮き彫りにされている。
そのイライラ感や焦燥は、男二人だけでなく観ているものも一緒に巻き込まれてしまう。

結局ワイクの愛(?)を拒絶したマイロは、こんどは実弾で撃たれて死亡する。
愛した妻に去られ、愛した男に拒まれた老作家は果たしてこのゲームに勝ったのだろうか。
ラストにマギーらしき人物の乗った車が家に着くという帰着も皮肉だ。

芸達者なマイケル・ケインとジュード・ロウ二人の演技で魅せてくれた89分。
ジュードの男をも惑わす色っぽさはさすがに年季が入っていた。


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2008年04月09日

マラノーチェ

B0012T9CTSマラノーチェ
ティム・ストリータ ガス・ヴァン・サント
Victor Entertainment,Inc.(V)(D) 2008-03-28

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マラノーチェ。最悪な夜。どの想いも通じない。

ネタバレ有りです。

食料品店で働くウォルトは、メキシコからの不法移民のジョニーに一目で心を奪われてしまう。
何かとアプローチするも、ゲイということで邪険に扱われるウォルト。
それでも宿を提供したり食品をサービスしたりと健気に振舞う。

このウォルトがシンプルにただ「彼とヤリたい!」という欲望を隠そうとしていないのが良いなあ。潔い。
ひたすら親切にし、面倒を見て、車を暴走させても許してしまう。

そんな彼でも、アメリカの白人という矜持がそこかしこに見えるのが興味深い。

ジョニーの部屋に行って彼の足元に這いつくばって愛を請う行為を想像し、
「こんなことしてくれる白人がいるか?」
とひとりごち、他の場面では
「メキシコ人にはチャンスなんかない」
と切り捨てる。

そんなマイノリティをゲイという別の意味のマイノリティが夢中になるという構造が面白い。

でもウォルトは純粋だ。
そして生粋のお人よし。
成り行きでジョニーではなくその友人のロベルトとベッドを共にすることになるも、なぜか抱かれる方にまわり
「尻が痛い」
と翌朝げんなりするシーンが笑える。

急にジョニーが姿を消して落ち込むロベルトの世話もするウォルト。
体調を崩せば甲斐甲斐しく看病し、車の運転も教える。
いつしか夜毎寝る仲になりながら、本当に抱きたいのは彼ではない。

そんな時、警察に追われたロベルトは銃を所持していたことから射殺されてしまう。
戻ったジョニーはそれを知り、ウォルトを詰ってまた姿を消す。

そんな最悪な夜。
誰も好きな人と心を通わせられず、仲間を失い、ガス・ヴァン・サントお得意の先の見えない一本道をひたすら走る車のように未来はあてどない。

けれど最後にウォルトはバックミラーでひとりぼっちとなった迷子のように頑是無いジョニーの姿を見る。
寄る辺のないジョニーはウォルトを頼るかもしれない。
もちろんそれに嬉々としてウォルトは応えるだろう。
もしかしたら彼の願望も果たされるかもしれない。
そんな希望も持たせてくれるような、そこだけパートカラーのかつてのカメラ映像がまぶしい。

ガス・ヴァン・サントの長編デビュー作。
男同士のベッドシーンがあるものの、そのものを直接とらえず、光陰のはっきりとした中で、肢体をなまめかしく描写しているあたり、見せ方を知っている人だなと感心してしまう。

さて。最新作『パラノイドパーク』の公開が待たれる。


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2008年02月24日

THE LAST DAY

B000U75C6ATHE LAST DAY
ギャスパー・ウリエル ロドルフォ・マルコーニ
ケンメディア 2007-10-26

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荒涼とした土地。ブルー・トーンの景色。
一人の青年が窓に頭を叩きつける。
そこに至るまでの物語。

ネタバレ有りです。

18歳のシモン。
彼は実家に帰る途中の電車で美しい少女ルイーズと出会う。
そのまま彼女を連れて帰るも、家の中の人間関係は寒々としていた。
母親だけは温かく二人を迎えていたが、彼女は外で昔関係を持ったと思しき男性との逢瀬を続けている。

急激に仲良くなり、一緒のベッドに眠るまでになるシモンとルイーズ。
けれど二人の間に肉体関係はなかった。
実はシモンは灯台守の友人マチューに密かに想いを寄せていた。
それを知らないルイーズはマチューと愛し合うようになってしまう…。

人との関係が築けなくて、保てなくて、だからここに出てくる人たちはどこか淋しげだ。
シモンはマチューに何も求めない。
「僕たちの関係は変わったね」
と呟くのがやっと。
ルイーズと彼の距離が縮まるのもただ傍観するのみ。
ひどく不器用な彼が、内に秘めた想いを滾らせたのは、マチューのベッドで残り香をかぎながらする自慰のシーン。
その一人でするしかない行為がシモンの孤独をよく表している。

シモンの母親もバラバラになった家族を収束できず、昔の男の部屋にでかける。
彼が単に愛人というだけでなく、もっと重要な役割を担っているということは最後に明かされるも、一人目の子を失ってしまったその喪失感を誰よりも彼女自身が実は乗り越えられなかったのかもしれない。

自由奔放に振舞うルイーズでさえ、マチューと相思相愛になっても、心はシモンを求めているような風情がある。

おふざけで、シモンとルイーズとマチューがそれぞれの相手とキスを交わす場面がひときわ輝いている。
シモンとマチューもルイーズの指示によってディープキスをする。
そんな三人の関係のままをシモンは望んだのだろうか。

好きな相手が自分が連れてきた女の子と去り、更に母親から実の父親の存在を明かされて、シモンは絶望のあまりか、突発的なものか、ファーストシーンの“自殺”を決行する。

額や唇から流れる血。
そこから場面は変わり、船にゆられながらおだやかにほほえむシモンの姿が映し出される。
「ぼくは生きているのか、死んでいるのか」
そのモノローグはまだ生死の答えを明確に出してはいない。
けれど多分彼は死んだのだろう。
でなければあんなすっきりした表情はできないはず。

そんなもの哀しい一人の青年の物語。
でもストーリーに起伏はなく、プールのシーンや、寒々とした風景の中でのシーンがやたらと長く、そういった心象風景を描いた作品に耐久があるわたしでもこれは辛かった。正直退屈してしまった。

それでも最後まで見続けられたのは、シモン役のギャスパー・ウリエルの儚い美貌のため。
なんでこんな線の細い役が似合うんだろう。
『ハンニバル・ライジング』でも感じたけれど、あの頬にできる窪みがなんとも云えずセクシー。
前半、同性への思慕は気をつけて見ていないと見逃しそうなほどささやかなものの(三人でキスするシーン、画面はルイーズのお尻や股間を大写しにしているのに、その次のショットではシモンの視線がマチューにいっている等)、後半は息苦しいくらいにどうすることもできない想いに絶望する役がはまっていた。

劇場未公開が納得の出来ながら、ウリエルの姿だけでも一見の価値有り。


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2007年09月28日

プリンス・イン・ヘル

プリンスインヘル
B00005ILHBプリンス・イン・ヘル
1993年 ドイツ
監督:ミヒャエル・シュトック
出演:ヴォルフラム・ハーク
   シュテファン・ラーマン
   ミヒャエル・シュトック
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 今日誰かが築いた物を
 明日他の誰かが破壊する


荒廃したダウンタウン。
そこでは道化が人形劇を披露し、はみ出し者と思われる人間たちが群れ、夜になると鶏を絞め、ゲイたちは乱交を繰り返す。

主となるのは同性愛カップルの二人の男。
一人はヘロインにおぼれるパートナーに心を痛めている。
そこに介在する、望むものを何でも与える第三の男。
思慮のないやさしさが、その運命を狂わせていく。

でも何だかよく判らない作品。
こうした無気力な若者の問題提起をするでもなく、完全に突き放した描写にするでもなく、ただただ相手を変えて交じり合うゲイたちの姿を随所に散りばめた趣味的な映画に思えてしまう。

同性愛者がネオナチに襲撃されるところは、一定の枠内からはみ出た者の受け入れられない哀しさが表されたものなのかな、と考えはしたけれど(それまでの彼らのコミュニティーは奇妙な仲間意識の中に成り立っていたから)。

人形劇の中の王子様は粉屋の若者と添い遂げることができる。
けれどリアルでは薬で身を滅ぼした男はこの世を去る。
創作と現実のどちらも見つめてきた道化もまた首を括って映画は終わる。
登場人物も語り手もいなくなったぽっかりとした空虚感だけはっきり残った。


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2007年09月16日

ショートバス

B003V1D2G4ショートバス [DVD]
2006年 アメリカ
監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演:リー・スックイン
   ポール・ドーソン
   PJ・デボーイ
   ジャスティン・ボンド
   リンジー・ビーミッシュ
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自由の女神。ビルの群れ。アパートなどの街並。
それらがペーパークラフトのようなアニメーションで映し出される。
やさしい質感。きれいな青色。
こんなオープニングで一気に引き込まれた。

けれど。

それがリアルの建物となってから様相は一変する。
そこではただひたすらセックスとマスターベーションに励む人々の姿が。
無理です。
もう無理。
やっぱりわたしにジョン・キャメロン・ミッチェルの良さは全然判らない。


・恋愛カウンセラーのソフィア。彼女は夫との営みでオーガズムに達したことがない。
・ゲイカップルのジェームズとジェイミー。仲睦まじく一緒に暮らしながらも、第三者を介入させようと計画を立てている。
・SMの女王をしているセヴェリン。アーティストでもある彼女は自分の生活に絶望している。
・ジェームズたちの新たな相手となるハンサムな青年セス。
・ジェームズの生活を覗き見、彼にひそかに恋心を抱いているカレブ。

そんな彼らはショートバスというサロンに集まる。
そこでは性が開放された、愛の集う場所だった。

と云えば聞こえはいいけれど、実際はただ乱交が行われている性のメッカ。
もちろん、真面目にセックスについて話し合ったり、フランソワ・オゾンの短編映画『アクション,ヴェリテ』で見られた「行動か告白か」のゲームが行われたりもしているんだけど、結局は性交に行きつくような。

誰かと触れ合いたくて、一人じゃないと実感したくて、という人間らしい希求はよく判るものの、それがすべてイコールセックスになっているのはどうなのかな。

それが顕著なのがオーガズムを感じようと懸命になっているソフィア。
あなたにはそれしかないの?というくらいイクことに拘泥する。
ファーストシーンで、これでもかというくらいアクロバティックないくつもの体位で夫とセックスしているけれど、本当に感じたことはないらしい。
だから彼女はショートバスに通いつめる。
そこまで求めたオーガズムは果たして訪れたんだろうか?
海辺のベンチでの自慰、そしてラストで自分が惹かれたカップルと交わって、その瞬間が来たような描写がある。
けれどそれが自分自身で、あるいは夫でない他者によってもたらされたものなら意味はあるの?

愛の描写がいまひとつよく判らない映画だ。

ジェームズたちゲイ4人にしても、何がなんだか。
大体どうして自殺を決めたジェームズが、恋人に残すフィルムに自分の凄い方法での自慰をしている姿を残すのか?
ずっと挿入しないままのセックスだったのに、何故カレブにはそれを許したのか?
セスは当て馬と解釈させてもらったけれど、そんなプロセスを経て、またラブラブになりましたな画で終わられても。

心が見つからない。
誰ひとりとして。
だからわたしはこの映画が嫌い。


セックスシーンは、R18が納得の過激なもの満載。
男同士のそれがやたらと多く、3人で色々なさっているところは、他人事ながら役者さん、お疲れ、とつぶやいてしまった。
女性同士ももちろんあり、老若男女、すべてがセックスに耽っている感じ。
あまりにあっけらかんとしている、その奔放さはきっと魅力なんだろうけどね。
下手に自殺だとか自分探しを続けているとかいうエピソードを入れている分、それが伝わってこない。

まあでも単に好みの問題だと思う。
個人的にはうけつけなかった作品。


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2007年07月07日

キンキーブーツ

B000KGGFZ8キンキーブーツ
ジョエル・エドガートン ジュリアン・ジャロルド キウェテル・イジョフォー
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2007-02-23

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「赤よ、赤!アタシが欲しいのは長い筒のセックスなの!」

丈夫な事だけを重視して作った、とびきりダサいくすんだ赤色のロングブーツをひっつかんで叫んだドラッグクイーンの台詞。
なるほど、ヒールの高いシャキンとした明快な赤色のブーツはいかにもその塊とも云える。
そんな爽快さ抜群のサクセスストーリー。

亡き父の後を継いで靴工場の社長となったチャーリー。
けれど経営は厳しく、倒産寸前。
そんな時彼はひょんなことからドラッグクイーンのローラと知り合い、彼女らが足に合わない女物の靴しか買えないことを知る。
そしてチャーリーはそんな彼女たち専用のブーツを作ろうと決める。

優柔不断で気弱、でも心根のやさしいチャーリー。
明るく大胆な振る舞いの影で、とても繊細で人の機微に聡いローラ。
どちらもキャラが立っていて、そして感情移入しやすくてすんなりドラマに入っていけた。
チャーリーがリーダーシップを発揮したり、ドラッグクイーンをバカにしていた従業員がその偏見をなくしていくプロセスがあったり、ローラのシャイな一面が見られたりと展開は地味ながらも安心してみていられる。

だからいきなりチャーリーとローラがレストランで仲たがいするシーンは、そこで盛り上げを狙った感じがして違和感があった。
それがなくてもあのクライマックスシーンは霞まないと思うけど。

そう、ミラノでのファッションショーならぬ靴のお披露目ショーは素晴らしい!
自らモデルを務めるも、履いたことのないハイヒールブーツで見事にすっ転び、そのまま動けなくなってしまったチャーリーの横を颯爽と歩くローラのかっこよさといったら!
そして次々に見事な足捌きでステージを闊歩するドラッグクイーンたち。
あのヒールであのツルツルの床を思いのまま歩ける技術は凄いなあ。
彼女たちのセックスの象徴はいい意味で自己主張が激しい。
それこそドラッグクイーン。
そして靴が主役に躍り出た瞬間でもある。
ローラの赤いブーツ姿は小気味良いったらありゃしない。

実話を元につくられたというこの作品。
今でもどこかの工場では筒状のセックスが作られているんだろうか。


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2007年05月23日

明日、君がいない

B000ZH1BIS明日、君がいない
テレサ・パルマー ジョエル・マッケンジー クレメンティーヌ・メラー
アット エンタテインメント 2008-01-25

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2:37。
高校のトイレの扉の向こうで誰かが手首を切って自殺している。
物語はその日の朝から遡って始まる。
そこに出てくる高校生の誰かが午後には死んでしまう…。

ネタバレ有りです。

メロディ:子供と動物を愛するやさしい少女。けれど彼女はその朝激しく泣いていた。

マーカス:メロディの兄。両親からの期待も大きいエリート。父親から失望されることを恐れている。

ルーク:ハンサムで肉体自慢のスポーツマン。彼には誰にもいえない秘密があった。

ショーン:ゲイをカミングアウトして家族からも級友からも理解を得られていない。

スティーヴン:生まれつき尿道がふたつあり、コントロールできずに度々漏らしてしまう。そのことでいじめられている。

サラ:ルークの恋人。彼の姿を見るといちゃずかずにはいられない。

10代の子供たちの悩み。
性格が悪くてもルックスがよければモテるし、生まれつきの体のつくりの違いでいじめられるし、異端は排斥される。
どの国でもどの時代でも同じだ。
わたしもそれを経験してきた。
だから誰でもこの世界に入ることができると思う。
その中の誰かが死んでしまうという事実。
一人一人の事情が判るにつれ、その後に必ず来る“死”がずしんと重くなる。

ストーリー的には、実はルークが隠れゲイでありショーンとひそかにできていること、マーカスとメロディが近親相姦の関係にある(というと誤謬がある。あれはマーカスのレイプだから)ということが早くから察せられる。
だからそれぞれの苦しみはダイレクトに伝わってくる。
いや、マーカスだけは地獄の業火に焼かれるべきだけれど。

何の悩みもない、イヤな女というだけだと思ったサラにしても、彼女はルークに抱かれていないことでその愛に不安を感じていることがのちのちわかってくる。
追い討ちをかけるように、ルークと親しくしているメロディの妊娠を知ってしまい、その相手が彼氏であると思い込んでしまう。

つまり、誰もが自殺をするのに十分な理由をもっている。

ところが、実はその命を絶つ者は主要人物の6人の誰でもなく、ほぼ遠景として描かれていたケリーという女の子であることが判ったときの衝撃といったら。

ケリーはマーカスを気遣ったり、みんなからバカにされているスティーヴンに唯一やさしく声をかけるといった描写しかなされていない。
彼女の事情、悩みなどはいっさい描かれていないのだ。
なのに死んでしまう。
これは実際に友人を自殺でなくした監督の経験がリアルに表現されている。
そのショックを観客に分かち合うように。
最後にケリーのインタビューが流れた時は涙が出た。
インタビューシーンでは、6人の誰もが思い出などを語りながら、自分の苦しみも吐露していたのに、彼女は最後まで幸せなエピソードしか話さない。
しかも彼女が鋏で手首を切ってこときれるまでをやたらと長く撮っていてやりきれない。

と、見所は多々あるものの、やはりどうしても『エレファント』と酷似しているところが気になってしまった。

同じシーンが、登場人物の視点を変えて繰り返されるところ。
クラシック音楽の使い方。
シーンのつなぎ目にたびたび現れる空。
男性同士のキスシーン。
トイレで食べたものを吐く女の子。

ああ、あれもこれも見たことあるな…と。
前例がなかったら手放しで褒め称えられたんだけど。
19歳でこの映画を撮ったのは驚異ではある。
でもオマージュであってもこの“二番煎じ”な感じは払拭できない。

まあそれでも『エレファント』と違って空虚な気分にならなかったのは良。
悩み多き6人は何も解決していないけれど、とにかく彼らは生きている。
生きている。
それが大切。



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2007年04月23日

トランスアメリカ

B000FDK9TYトランスアメリカ
フェリシティ・ハフマン ダンカン・タッカー ケヴィン・ゼガーズ
松竹 2007-01-27

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性同一障害のブリー。
彼は女性となるための手術を心待ちにしていた。

そんな中ひょんなことから、自分が一度だけ関係を持った女性との間にできた息子トビーと旅路を共にすることになる。
自分が父親であることを云えないブリー。
その真実が明かされた時二人は……

このブリーを演じたフェリシティ・ハフマンが素晴らしい。
わたしはてっきり男優が女性のふりをしているものだと思っていた。
女性が女性らしい仕草をしているのに、それに違和感を持たせるのは凄いこと。

初めはいきなり判明した息子の存在にとまどい、手術の足枷になるとうんざりしながらもだんだん“母性”に目覚めていく過程が良い。
教養のないトビーに言葉遣いを直させ、歴史の話をし、マナーを教える。

男娼で身銭を稼いでいたトビーもまた彼女の献身とやさしさに触れてその絆を深めていく。
途中でブリーが用を足すところを目撃して彼女が男であることを知っても、罵りながら離れようとはしない。
そんな彼女は旅先で出会う人をも魅了していく。
行きずりの男性がブリーに
「私には秘密がある。前科者だ。でも近くに来たら連絡してくれ」
と秘密を告白し、連絡先のメモを渡すシーンはじんわりさせられる。

一方では理解されないトランスセクシュアル。
実の親に
「息子が恋しいよ」
と嘆かれ
「息子はいなかったのよ」
と返すブリーのいたましさがその過去をのぞかせる。
だから彼女はトビーになかなか自分の正体を打ち明けることができない。

けれどある夜、トビーにキスされ、体を求められた時にブリーは告白するしかなかった。
このシーンはどぎまぎすると共に「それは…だめだよ…」と思わずつぶやいてしまった、ちょっと目を覆いたくなる場面だった。
ブリーにもトビーにも感情移入してしまっていたから。

結局トビーは家を飛び出し、俳優という夢がありながらゲイポルノ俳優に甘んじることとなる。
ブリーは無事性転換手術を受けながらも、期待していた無上の喜びとは程遠い感情に突き動かされて慟哭する。
このドライなリアリティがなかなか良い。

でもブリーとトビーは再会し、わだかまりは完全に溶けたわけではないけれど二人の表情は穏やかだ。
この先どうなっていくのか…
はっきり提示されないラストではあるけれど、後味は良い。


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2007年01月15日

僕の恋、彼の秘密

B000FBG2BA僕の恋、彼の秘密
DJ チェン トニー・ヤン ダンカン・チョウ
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ 2006-06-07

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なんて悩みのないお気楽ゲイムービーなんだ。
ここまであっけらかんとしていると却って新鮮… イヤ、そうでもないか。

台北にやってきたティエン。
彼は心のつながった愛を求めるロマンチスト。
けれどティエンが恋をしたのは一夜だけの関係を続けるプレイボーイのバイという名の青年だった…。

ティエンの恋を応援するこれまたゲイの友人たち。
色々笑わせようとしている演出がけっこう寒くてテンポも悪い。

バイは江口洋介似だし、ティエンはドラマ版電車男(名前ググる気なし…)にしか見えないのものめり込めない理由のひとつ。

ラブシーンは一応きれいに撮ってあるものの、それが妙にきれいすぎておまけにBGMも恥ずかしすぎて見ていられない。

これが男女間のストーリーだったら見向きもされなかった内容。
なんせバイが特定の恋人を作れなかったのは、昔占い師に
「おまえが愛する者は不幸になるだろう」
と予言され、恋することに臆病になっていたから…
ってなんだそれ…

女性もノンケの男も一切出てこない(通行人程度のおじさんでさえゲイだ… あ、バイの親友は別かな)珍しい映画。


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2006年12月15日

王の男

B000MEXAOW王の男 スタンダード・エディション
イ・ジュンギ イ・ジュンイク カム・ウソン
角川エンタテインメント 2007-04-18

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16世紀初頭。
芸人のチャンセンとコンギルは時の王・ヨンサングンを揶揄する芸で民衆の人気を博していた。
その噂を聞きつけた重臣によって捕らえられた二人。
けれどその芸を見て王が笑ったことから、宮廷に迎えられることとなる。
特に美しい容貌をしたコンギルは王の寵愛を一身に受けるのだった…

ネタバレ有りです。

人の強い思慕が渦巻く宮廷。
この“思い”の解釈はけっこう厄介だ。

男ばかりの三角関係。

チャンセンとコンギルに肉体関係はないようだ。
同衾はしているものの、そんな雰囲気は見当たらない。
けれど二人の絆は驚くほど強い。
上の者の慰み者にされそうになるコンギルを必死に阻止しようとするチャンセン。
それが王が相手でも同じだ。
友情を軽く超えた慈しみと執着が窺えるこの関係は、とてもプラトニックな恋愛関係に思える。

ただし、パンフレットを見るとチャンセン役のカム・ウソンはこれをきっぱり否定。
「同性愛的なことは一切出ていません」
「コンギルがいなくなると芸人として死活問題だから(王に奪われまいとした)」
ってこれは明らかに違うでしょ。
そんな打算的なことでコンギルを守る男には到底見えなかった。
ただ演じている当人がそんな心算だったというのは少しショック。

そして王とコンギルの関係。
一度だけ何か熱に浮かされたようにコンギルの唇にキスする王のシーンがあるけれど(ここは実は台本になかったらしい)、それが性的なものかというと疑問符がまとわりつく。

王は子供がそのまま大人になったような男だ。
小さい頃に実母を毒殺され、偉大だった父王の呪縛から逃れられず、子供じみた遊びに興じてばかり。
実際愛人(女性)とは赤ちゃんプレイ(?)らしきことを常時しているようだ。
観覧していた芸があまりに面白ければ自らその場に躍り出て参加してしまうし、人形劇や影絵に狂喜する少年のような精神状態の王。

そんな王に同情して傍にいながらも、何もせず、何も与えず、何も求めないコンギルの存在は不思議だ。
彼らに性的関係があったかどうかも判らずじまい。
ただ、ずっとどこかで母を求めていたらしい王がただ包容されたくてコンギルを傍に置いていたのかもしれない。

どちらにしてもその“愛”は破滅を生む。

暗愚な王はクーデターを起こされ、チャンセンは目を焼かれ失明、コンギルは自殺を図るもそれも叶わない。

見事なのは、王は最後まで王であり、チャンソンとコンギルは生粋の芸人であったこと。

綱渡りで思いを吐露した二人のシーンは涙がにじむ。

注目はやっぱりコンギル役のイ・ジュンギの美しさ。
切れ長の目と憂いの表情がなんとも言えない。
そういえばこの作品で彼は可憐に泣いてばかりいたような気がする。
その儚さがどんな女よりも乙女で良い。

同性愛映画とするには難しい作品ではあるけれど、せつなさの余韻に浸れる良作。
好き!

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2006年12月07日

イノセント・ラブ

B000HA45JUイノセント・ラブ
コリン・ファレル
タキコーポレーション 2006-11-03

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『この世の果ての家』をわたしが読んだのは10代の時。
そして夢中になった。
マイケル・カニンガムという作者の名前はずっと頭に刻まれたままとなった。
映画化されるという話が浮上しては消え、期待するのをやめたころ。

こんなトンデモ邦題となって劇場未公開作品としてレンタル屋に並んでいた。
嗚呼。


ボビー、ジョナサン、アリスといった主要人物の視点で展開されていった原作。
あの丁寧で緻密な描写を映画で表すのは無理があると思っていたけれど。
やっぱりどうしても薄っぺらく感じてしまう。

友情からいつしか肉体関係を結んでしまうボビーとジョナサン。
そこに割り込むように、でもたしかな絆を結んでいくジョナサンの母親のアリス。
そこら辺はあっさりと描かれる。

私事になるけれど、10代の頃は男同士の愛が全てで、そこに女なんて邪魔なだけだと思い続けてきた痛い青春時代を送ってきたわたしが、この本のアリスだけはそうだとは思わなかった。
彼女の思惑の描写が細やかで、そのキャラがとても好きだったから。
だからどうしても映画でのアリスの“ただそこに存在しているだけ”感が拭えず、シシー・スペイシクがいい演技をしているにも関わらず入り込めなかった。

一応ストーリーは原作の良いとこどりで軽快に進む。
ボビーの元から逃げるようにNYに行ってしまったジョナサンとの再会。
クレアという女性との出会い。
彼女の妊娠。
飽きもしないけれどそれほど印象にも残らない演出。
やっぱり…原作が偉大でそれが好きすぎたためにどうしても入っていけなかった。

何より、原作で大切な役割を果たすエリックが登場しなかったのが痛かった。
病名は最後まで出てこないけれど、エイズにかかったことが暗示される彼。
それが三人の関係に陰を落としていく。
代わりにエイズに感染したのは何とジョナサン。
だから、本当に心に染み入るほどに好きだった原作での海のラストが描かれなかったことが残念でならない。

と、色々書きつつ良いシーンがあったこともたしか。

疎外感を感じていたジョナサンにやさしく寄り添うボビー。
モーツァルトの歌劇の曲に合わせてダンスをし、唇を合わせるシーンはドキドキした。
ボビー役のコリン・ファレルは何だか妙に色気がある。

ダンスのシーンは他にもいくつか出てきて、それが絆をつないでいく過程であったり、愛を確かめ合うシーンであったり、けっこう重要な役割を果たしている。

多分、原作を知らなかったら満足な出来だったと思う。
文庫もあることだし、本買おうかな…


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2006年12月06日

変態村

B000H4W91M変態村
ファブリス・ドゥ・ヴェルツ ロマン・ブロタ ローラン・リュカ
キングレコード 2006-10-04

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 狂気の真っ只中へ堕ちて行く。

ネタバレ有りです。

歌手のマルクはある日車で移動中に小さな村に迷い込む。
そんな彼を泊めてくれたのは孤独な中年男性のバルテル。
バルテルにはグロリアという妻がいたが、どうやら逃げられてしまったようだ。
次第にマルクをグロリアと混同しだすバルテル。
そして村人もまた同じ目で彼を見つめていた―。

とにかく不条理で主人公以外の登場人物が皆狂っているとしか思えない受難劇。

マルクに女物の服(グロリアのものと思われる)を着せ、逃げた罰として板に磔にするバルテル。
ベッドでは愛しそうに“妻”の体を撫で回す。
バルテルの知り合いで、ずっと自分のいなくなった犬を探している青年にしても、ようやく見つけたと歓喜して抱えてきたのは子牛だったりする。
一方村人たちも普段は家畜を性欲を満たす道具としている異常な人々だ。

その“異常”さはクリスマスパーティで絶頂を迎える。

テーブルを取り囲んでの晩餐。
陽気に笑うバルテル。
ペットが戻ったと喜ぶ青年。
叫ぶマルク。
彼らの顔がぐるぐる回って映しだされる狂気への加速。
そして銃声。
流れる血。
村人たちの襲撃。
レイプされるマルク。
それを俯瞰で撮ることで監督は第三者の目でそのシーンを捉える効果があるのだと云った。
いや、もう既に観客蚊帳の外ですから。
あまりに異常なシチュエーションと登場人物で物語早々から麻痺状態。

そして最たる異様な場面。
陰鬱なバーで、ピアノの伴奏にのって踊りだす村人たち。
とにかく印象に残ってしょうがない迷場面。
この映画の不気味で少しだけ可笑しくてでもやっぱり笑えない本質を表している凄いシーンだと思う。

どう理解したらいいのか判らないシーンも多々ある。
まず、グロリアの存在。
彼女は本当にバルテルのもとからいなくなっただけなのか?
村人たちもマルクをグロリアだの彼女だの呼ぶところを見ると、彼女は特別な存在だったことが窺える。
そもそも村には女性が一人も登場しない。
とすると、もしかすると彼女は一人村の慰みものになっていた可能性もある。

そして一瞬だけ現れる赤い服を着た子供たちの存在。
あれはグロリアが生んだ子供なのか?
それとも村の狂気を見つめるだけの無垢な傍観者として表現された実在しない存在なのか?

最後の磔にされていた人物は?
あれがグロリアだとしたら?
バルテルや他の村人によって実は殺されていたとしたら。
愛を求めてやまない人々の狂気の源であるとしたら…

マルクの最後も気になる。
エンドロール後に、彼の叫びだけが轟く。
村人に捕まったのか。
底なし沼にはまったのか。
はたまたあの子供たちを見ての悲鳴なのか…

これがラブストーリーとは決して思えないけれど、人を狂わせるのはやはり愛と人間。
インパクト大な邦題は苦笑しつつ正しかった。



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2006年11月15日

フローレス

B000FFL42Iフローレス
ロバート・デ・ニーロ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2006-06-17

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見たことはたしかなのに、ほとんど内容を覚えていない作品。
本当は見たはずなのに思い出せない映画パート1パート2の方に入れた方が良かったかも。

ウォルトは堅物の元警察官。
同じアパートに住むドラッグクイーンのラスティとは顔を突き合わせると喧嘩ばかりの犬猿の仲。
ある日ウォルトはアパートで銃声をききつけて飛び出すも、脳卒中によって半身不随の身となってしまう。
言葉もはっきり話せなくなってしまった彼は音楽がリハビリに効くと知り、ラスティに歌のレッスンを頼むこととなる。

筋としてはありがちな、いつも喧嘩ばかりしている二人があるハプニングをきっかけに親交を深めてお互いを理解していく、というパターンながらもそれが中年男とドラッグクイーンであることがちょっと新鮮。

でも二人が恋に落ちるわけではなし(そこまで都合よくないか…)、そこら辺を期待して見たわたしはとにかく退屈。
ここにサスペンス要素も絡めてあって非常に散漫になってしまった感が強い。

役者もウォルト役にデ・ニーロ、ラスティ役にシーモア・ホフマンと贅沢に揃えてあるものの、うまい芝居合戦も特別見られず、結果ほとんど印象に残らない映画となってしまった。

ドラッグクイーンが派手で明るく情に厚いタイプキャスト的な描かれ方をしていたのもその要因のひとつ。
意外性がまったくなくて安心して見られる反面、何も残らない。

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2006年10月19日

バンジージャンプする

B000HT2N3Gバンジージャンプする
キム・デスン イ・ビョンホン イ・ウンジュ
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン 2006-11-30

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うわあ…
ものすごいトンデモ映画掴んじゃった…。

ネタバレで書きます。

大学生のソ・インウがテヒという女性と恋に落ちる。
なんだかんだの蜜月後、会おうと約束した駅にテヒは現れず、それから数年の月日が経つ。
ソ・インウは高校教師に。妻も子もいる順風満帆な人生。
けれどテヒの内面を宿したかのような17歳の教え子ヒョンビンと出会ってしまう。
彼は一体誰なのか。
そしてインウはヒョンビンへの想いが抑えられなくなっていく―。

前半のぬるい男女の恋愛模様からは想像もつかない後半のトンデモ展開。

ヒョンビンを意識してしまってからのインウの行動はただの一人の“男”となってしまう。
ヒョンビンのガールフレンドを授業でいびったり、熱い視線を彼に送り続けたり、肩にそっと触れたり。
これはテヒへの一途な想いの形なんだろうけど、自滅していく本来は人望の篤い教育者の姿がただ哀れでならない。

彼の行動が問題となり、インウは教師をクビになり、妻からも見放される。

そんな時、なぜか唐突にヒョンビンは自分が前世でテヒという女性であり、インウを愛していたのに、約束の日事故死してしまったことを思い出す。

そしてインウのもとへ駆けつけ、見つめあい、肩を抱き、手を握りあいラブラブに…

と、ここまでもびっくりなのに、ラストは崖の上から二人して満面の笑みをたたえながらダイヴするときたもんだ。

何なの?!

バンジージャンプするってこのことか!
同性同士には未来がないってことなのか…
輪廻転生の皮肉な形を見た。

なんというか… インパクトだけは残った作品。


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2006年09月09日

プルートで朝食を

B000IMUX7Aプルートで朝食を
キリアン・マーフィー ニール・ジョーダン リーアム・ニーソン
ポニーキャニオン 2006-12-22

by G-Tools


 最後は、すべてうまく行く―

そう信じて、どんな過酷なできごとにもポシティブに立ち向かったキトゥンという青年の物語。

捨て子だったキトゥンは本当の母親を探す旅に出る。
ある女優にそっくりだったと言われる美しい母への憧憬は募るばかり。
自らも美しい衣服に身をつつみ、化粧をして、そんな“女性”になろうとするキトゥン。

バンドのリードヴォーカルの男と恋に落ちるも、彼のIRA活動がその僅かな蜜月に終わりを告げる。
いつもつるんでいた友人が、やはりIRA絡みで命を落とす。
行きずりのマジシャンと恋仲になっても本当の愛を得られず。
偶然飲んでいたバーで爆発テロが起こり、キトゥンが犯人と間違われ尋問。

そんな数奇な運命の中で、彼は常に前を向き、そして笑顔を忘れない。

辛いことを韜晦するかのように。
それをいち早く見抜いていたのは、のちのちに判明する彼の本当の父親だ。

そう、彼の母親探しの旅で見つけたのは真の自分を理解してくれる父親であったのだ。

本当の母と対面もするけれど、彼は最後まで真実を明かさない。
憧れは憧れのまま。
その母親が今築いている新しい家族と相対するキトゥンの穏やかで優しい表情はどうだろう。

そして彼の想像の可笑しいこと、優しいこと!

神父が自分の母親を襲うところを空想。
自分が本当にテロリストで、香水ひとつで標的を倒していく妄想。
そして命を落とした友人とダンスを踊る夢想(このシーンはほんとに良い!)。

決して悲観的にならず、人に優しく、自分の美しさを最大限に引き出しているキトゥンに魅了されずにはいられない。

時折語り部となる小鳥の使い方もうまく、この過酷な“彼女”の旅をちょっとしたおとぎ話に仕立ててくれている。

ニール・ジョーダン監督の最高傑作と呼び声も高い。
でもわたしにとってはやっぱり『クライング・ゲーム』が一番。


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2006年06月16日

Sugar

B000BX4DYUSUGAR/シュガー
ブレンダン・フェア ジョン・パーマー アンドレ・ノーブル
ビデオメーカー 2005-12-27

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18歳の誕生日を迎えたクリフ。
彼はスケートボードを片手に夜の街へと繰り出す。そこで男娼のブッチと出会う。
熱烈にキスを交わすものの、ブッチはクリフを不意に突き放す。
けれどクリフは彼に強く魅かれてしまった…。

同性愛の片想い、ドラッグに身を滅ぼしていく男娼、少年趣味の中年男性等々の出てくる苦い青春譚ながらも、そこは原案がブルース・ラ・ブルース。
何かを考えさせられる問題作では決してない。

男たちの下半身はむやみに露出されるし、自慰シーンは渾身の出来、しかも恋するブッチが死亡してしまったその日の内に新しい男とトイレで愛を交わす主人公、とやっぱりゲイポルノ風味の映画。ていうか、明白にポルノなのかも。

…こういうのは、最近とみに見るのが辛くなってきた。
ストーリー性とメッセージ性の両方ない作品って「ふーん」で流せれば良いのだけど、やっぱりイライラしてしまう。

ドラッグの売人役にサラ・ポーリーが出ているのが驚き。
…なんで出演しちゃったんだろう?


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2006年06月05日

ぼくを葬る

B000GRTSUUぼくを葬る
フランソワ・オゾン メルヴィル・プポー ジャンヌ・モロー
日活 2006-10-06

by G-Tools


ゲイでフォトグラファーのロマン。ある日癌を宣告され、自分があと3ヶ月の余命であることを知る。
家族に一旦は話そうとするも、素直な態度がとれずに姉と喧嘩になり、父母ともぎこちなく別れてしまう。
恋人のサシャにも「愛していない」と告げ、追い出してしまうロマン。

そんな彼は離れて暮らしている祖母だけには事実を告げる。
「どうして私に話すの?」
「似ているから。もうすぐ死ぬところが」

すべて自暴自棄になったかのように見える彼は、それでも心の内々に“何か”を模索し続ける。
人と話し、別れる時にはいつも涙目になっているロマン。
彼の後悔。永遠の決別を前にして何もできない歯がゆさ。
主演のメルヴィル・プポーはその目の演技でぐいぐい引き込んでいく。

なのに… どうもわたしには感情移入し辛かった。

なぜ彼はあんなに姉と確執があるのか?
昔仲良かったころの彼らが回想シーンで何回か出てくるも、溝が生じた原因となる要素は皆無。
だからとても感動的なはずの和解シーンもいまいち心に響いてこない。
絶対に家族に向けなかったカメラを、こっそりと姉とその子供に向けるシーンはとてもいいシチュエーションであるのに。

そしていきなり行きずりの女性に「夫が原因で不妊だから、私と寝て子供を作ってほしい」と頼まれる場面もご都合的すぎてリアリティがない。

奇妙な夫婦とロマンとの複数人でのセックスシーンも、新たな生命の誕生、そして(死にゆく)ロマンの血を引き継ぐ者の息吹の場面という意味ではすばらしいのに、やっぱり感情移入が乏しかったため、単なる扇情的なものにしか写らなかった。

ただ、波の音に包まれるラストだけはひどく美しく、儚く、胸が苦しくなった。
フランソワ・オゾンの海はなんて残酷で、時にやさしくなるんだろう。

総合的にはちょっとがっかりさせられた作品だった。
次回作に期待。


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2006年04月30日

Jの悲劇

B000EHQV2AJの悲劇
ダニエル・クレイグ ロジャー・ミッチェル サマンサ・モートン
メディアファクトリー 2006-04-28

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ネタバレ有です。

恋人同士のジョーとクレアが草原でピクニックを楽しんでいたところ、気球の事故に遭遇する。
そして一人の男が墜落死し、ジョーは彼を救えなかったことに罪悪感を覚える。
やがて大学教授としての日常に戻るジョーだったが、そこに事故の時に居合わせたジェッドという青年が現れる。

「僕に何か言いたいんだろう?僕を愛しているんだろう?」

やがて彼はジョーのストーカーと化し、その生活に陰を落としていく…

愛の科学を説く大学教授が実際の愛に翻弄される皮肉と不条理。
ジェッドの思い込みとポシティブシンキングは本当に怖いものがある。
カーテンを閉める仕草で自分に愛を伝えているという錯覚。
あの事故は二人を結びつけるためだったという運命論。

ただでさえ人を救えなかったことに心を痛めているジョーはそんな彼のために精神的に追い詰められていく。

ここでは赤色が効果的に使われている。
オープニングの事故では赤い気球が登場。ジョーを追い回すジェッドが食堂でかぶりつくスイカ。
ゆらゆらとオフィス街をのぼっていく風船。
ジェッドのアパートに乗り込んでいく時の階段の手すり。
その部屋の中の壁。
そして血の色。
不気味で不穏な赤が薄暗いカラーの中に冴え渡る。

我慢の限界にきたジョーは、ついにクレアに危害を加えたジェッドと対峙する。
その時、熱烈に唇を合わせる二人には度肝を抜かれた。
その一瞬だけは、ジェッドは彼を手に入れたのだろう。
ラストカットにこちらを向いて静かに微笑む彼はどこか満足げだ。

罪悪感とストーカーからの束縛から解き放たれたジョーは、穏やかながらもどこか淋しそうだ。
サスペンスとしてはなかなかなものの、ひどい邦題で損をしていると思う。


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2006年04月01日

Kiss the Boys

3000ピース 接吻
1999年 アメリカ
監督:アラン・スミシー
出演:エリアス・コーティアス
   トム・ウィルキンソン
   アマンダ・ピート


日本未公開作品。

監督が、ワケありで名前を公表したくない時に使う「アラン・スミシー」名義(コレまだ使われてるんですね。別の名に変わったとかいう話もきいたことがありますが…)だったので、わたしにしては珍しくアマゾンで購入。
正直英語字幕でサッパリだったんだけど、とにかく異様に濃い同性愛要素があり、雰囲気だけで満足でした。

書店の店主ラリーは撮り得のない中年男性。若い妻のアイリス(これがアマンダ・ピートだ!)とは倦怠期気味。
そんな時、万引きの少年を捕まえてくれた謎めいた青年カイルと懇意になっていくが…。

多分そんなあらすじだと思う。

カイルからは別に何のモーションをかけるでもないのに、夫婦が彼の虜となっていく感じだ。『ドライクリーニング』と似たような作品。

バスローブからはだけた胸毛にアイリスがちらっと目をやって唇をかむあたり、欲求不満の妻の情感がよく表れていたと思う。

でも夫の欲情の仕方があまりにもダイレクトで困る。

洗車するカイルの濡れたジーンズのお尻を口半開きで見つめたり、青年を想いながら妻の横で自慰をはじめたり…。
これをラリー役のトム・ウィルキンソンはよくやってのけたなあ。

そしてせりふが全然判らないながらも、とにかく夫婦二人と青年はできてしまう。

すべてが明るみになって修羅場と化す書店内。

互いに口汚く罵りあったその最後、カイルの口から衝撃の言葉が。

「僕は本を愛してるんだ!欲しいのはこの本屋なんだ!」(多分こんなせりふ)
そして何とカイルは夫婦を殺してしまうのだ。

血に染まった本の一冊を拾い上げ、不気味な笑みをたたえてその血を舐めて拭い去るカイルの姿がラストショット。

いやあ…
これはトンデモ映画でした。
カイル役のエリアス・コーティアスは今回も目のはなせない怪演で魅せる。

けれどとにかく唐突な展開と脚本の破綻で完全な失敗作となってしまった。


ちなみに、もちろんこんな映画はありません。
エイプリル・フールの寒いネタでした。
万が一最後まで読んでしまった方がいたら、ごめんなさい。


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2006年03月18日

ブロークバック・マウンテン

B000EXZA1Wブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション
2005年 アメリカ
監督:アン・リー
原作:アニー・プルー
出演:ヒース・レジャー
   ジェイク・ギレンホール
   ミシェル・ウィリアムズ
   アン・ハサウェイ
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 「ジャック、俺は誓う……」

その言葉を、どれだけ聞きたかったか。

ネタバレで書きます。

1963年。イニスとジャックは出会った。
ブロークバック・マウンテンの農牧場で季節労働者として雇われた二人。
羊の番をし、野営地で食事を作り、気候の移り変わりの激しい山の中で、彼らは友情以上のものをつないでいく。
そしてそれはそれぞれに家庭を持ち、遠く離れて暮らしていても続いていた。
そう、20年にもわたって。
けれどそれは悲劇的な形で破綻する…。

体中が微熱を帯びているように、せつなくて、苦しくて、でも思い出されるのはブロークバックマウンテンの雄大な自然とそこでつないだ二人の絆であって、鑑賞後はわけもなく涙だけが流れていた。

無骨で無口なイニス。
天衣無縫で自分の気持ちに素直なジャック。
この二人の心の通わせ方の描写が好きだ。
車のバックミラーからちらりと相手を覗き見したり、かと思えば全裸になって水を浴びるイニスを一瞥もできないジャックの“照れ”。
体を初めて交わす時のふとした激情。
2回目のうってかわったやさしいキス。
ブロークバックでのできごとがすべてだった。
そのサンクチュアリは現実に剥奪される。

二人の関係に気づいた牧場主は彼らを山からおろし、イニスは同性愛者を惨殺した父親がいるというトラウマを植えつけられる。
だからジャックがイニスと小さな牧場を持って一緒に暮らそうというプランを彼は受け入れられない。
年に数回だけの人目を忍んだ逢瀬。
それでも、不意に感情を爆発させるイニスの姿には心が詰まる。
ブロークバックでジャックと別れて路地にうずくまって慟哭したり、4年ぶりの再会を果たして何かに衝き動かされたように唇を重ねたり。
これだけ求め合っても成就できない想い。
愛しているのに、その言葉はない。
そう、イニスからは。

対照的なジャック。
ずっと彼はイニスと暮らす夢をあきらめていなかった。
まっすぐなまなざし。傷つきやすい心。
それが顕著だったのは、イニスが離婚したことを知ってプランが叶うと有頂天になって彼の元へ車を走らせたシーン。
それができないと判り、泣きながら来た道を戻っていく。

そして長く年月が経って、ぽつりとつぶやく。
「時々、お前のことが恋しくて仕方がなくなる」
それにイニスが答えてあげることができたら。

他方では、イニスの妻アルマが可哀想でならない。
夫とその“釣り仲間”との関係が普通でないことを知りつつも耐え忍んだ日々。
魚籠には新品の値札がついたまま。
それが爆発したシーンは痛々しく、その叫びの責めをイニスは受けるに値すると感じてしまう。

けれどジャックの想いにこたえられないのも、妻を娶ったのも、すべては男同士の枷、それがすべてだ。

そしてジャックは表面上は事故死、実際はホモフォビアの連中にリンチされて殺されてしまう。
そのことをジャックの妻ラリーンから電話できくイニス。
ジャックが口にしていたブロークバック・マウンテン。
妻はずっとそれが空想の土地だと思っていた。
それがイニスからの電話で本当に存在すると判った時、ラリーンは涙ぐむ。
彼女はすべてを悟ったのかもしれない。
それが夫にとってどんな意味をもっていたのか。
イニスもそれは同じだ。

どれだけ愛されていたのか。
どれだけ彼を愛していたのか。

決定打はジャックの部屋で見つけた、ブロークバックで着ていた自分(イニス)のシャツ。
それは二枚の皮膚が一枚にぴったり重なったかのようにジャックのシャツに包まれていた。

そして冒頭で書いたように、イニスははじめて言葉にする。

“Jack,I swear…”

イニスのクローゼットにはふたつ重ね合わさったシャツとブロークバック・マウンテンのポストカード。
その山の大気は残ってはいなかったけれど、彼はジャックとそうしてずっと一緒に生きていく。

抉られるような痛みでなく、大感動したと喚くのでもなく、ただただ心に浸透する大傑作。必見。


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2006年03月09日

ルッキング・フォー・ラングストン

B000RO6KAILooking for Langston (B&W)
1988年 イギリス
監督:アイザック・ジュリアン
出演:ベン・エリソン
   マシュー・ベイドゥー

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黒人でゲイだった詩人ラングストン・ヒューズの人生を描いた作品。

草原に佇む全裸の男。
「君を待つ」
困惑したようにあてどなく彷徨うスーツの男性。
そんな夢から覚めて、隣に横たわる男にそっと口づけする。

詩的なナレーション、叙情的な映像、ダンスする男たち、あるいは愛を交わすゲイたち。モノクロの画面で繰り広げられる45分間。

けれど致命的な退屈さ。

結局どの男がラングストンだったの?って根本的なことが判っていないわたしは多分この映画を見る資格がなかったな。
ただ、男たちが見つめあい抱き合いキスしあうだけの映画にどうやっても入ってはいけなかった。ゲイポルノというジャンルでないから尚更困る。


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2006年03月06日

花火

6303504426Fireworks
1947年 アメリカ
監督:ケネス・アンガー
出演:ケネス・アンガー
   ゴードン・グレイ
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 花火で私は、夢の打ち上げ花火をすべて放った


そう語るアンガー監督の17歳の時の作品。

一人の少年が部屋でシーツにくるまりながら夢想に耽る。
そこには彼と一人の水兵がいた。
筋肉隆々の相手にいたぶられる主人公。
それはやがて、何人もの水兵たちに囲まれ、痛めつけられ、贓物を抉り出されるイメージへと膨らんでいく。

主人公の絶叫する表情は、苦痛のかげにどこか快感を伴っているようにも見える。
実際、無残に切り刻まれた体にとろりと白い液体がかけられ、血と混じる映像が映し出され、それはかなりエロティックだ。

そしてこの15分の短編の中で最も目をひくのが、水兵の股間から打ち上げ花火が発射されるクライマックスシーン。

それはとても鮮烈で、若々しい感覚に満ち溢れている。

ゲイ映画の古典としても有名なこの作品は、ジャン・コクトーやテネシー・ウィリアムスも賞賛した。


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2006年03月05日

レゾナンス

1991年 オーストラリア
監督:スティーヴン・カミンズ
出演:マシュー・バーガン
   チャド・コートニー
   アネット・エヴァンズ


ファーストシーン、一人の男がリンチに遭っている。
殴られ、蹴られ、割ったビール瓶で顔を傷つけられる。

そんなゲイ・バッシングに対抗する心理を踊ることで表現した数分間の短編作品。

画期的といえば画期的だけれど、これは少々滑稽に見えてしまう。

ボクシングをする二人の男たちがいつの間にか動きを揃え、フィギュアスケートのペアのように体を支え、最後は熱い抱擁にその姿を変える。
あるいは、男女3人で屋外で踊り狂う。

その合間に、男同士のキスシーンやベッド上で睦みあう姿が映し出される。

面白くないこともないんだけれど…
訴求力もエンタテイメント的なものも弱い。


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2006年03月03日

ストーン/クリミアの亡霊

ストーン
1992 ロシア
監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:ピョートル・アレクサンドロフ
   レオニード・モズゴヴァイ



白亜の館。
番人の青年は、そこで一人の男を発見する。

彼はあの世から甦った文豪チェーホフだった。

モノクロームの世界で一人の人間と一人の亡霊が触れ合う蠱惑的で静かな映像美。

生身の感覚を失っていたチェーホフの挙動は不審だ。
そんな彼と青年のちぐはぐな生活が、やがてその距離を縮めていく。
傍らには、いつも一羽の鶴がはべっていた。

チェーホフが服を見つける場面がある。
においを嗅ぎ、ゆっくりと、素肌になじませるように滑らかな生地に袖を通すシーンは、そこはかとないエロスが感じられる。

そして二人で食事する。
だんだん“人間”らしさを思い出していくチェーホフ。

リスの皮の外套を撫でる手の動きがまたなまめかしい。

二人は海を見つめ、冷たい外気を分かち合う。

次第に惹かれていく男たち。


静かに、しずかに。


やがて彼らは互いに見つめ合う。

仄暗い屋敷の中で白く浮き立つ青年のすっと通った鼻梁。
長くお互いの顔を見たまま、チェーホフはゆっくり手をのばす。

青年は言う。

「僕は、あなたと―」

不意に訪れる終幕。
肌の皮ひとつ触れ合わないのにぞくぞくする交歓のシーンは忘れることができないだろう。


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2006年02月26日

僕たちの時間

B000CCQDI4The Hours and Times [DVD] [Import]
1991年 アメリカ
監督:クリストファー・ミュンチ
出演:デイヴィッド・アンガス
   イアン・ハート

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ジョン・レノンと彼のマネージャーであるブライアン・エプスタインの物語。
同性愛者として有名だったブライアン。
当時から二人の関係は好奇の目で見られていたとか。

ただし、この映画で描かれたことはまったくのフィクション。

バルセロナへ旅行する二人。

ジョンに想いを寄せるブライアンをよそに、彼はスチュワーデスをナンパしたり、色目を使ってきた紳士を撃退したりする。
でもゲイ・セックスの仕方を不意に訊いてきたり、「この旅行は君と一緒にいることに意味があるんだよ」と思わせぶりなことを囁いてきたりとなかなか小悪魔っぷりを発揮。

そして遂に、バスタブに浸かり、自分から唇を合わせるジョン。

ジョンの背中を拭いていて、ふとその動きが止まり、見詰め合う二人からそのキスシーンに至るまでの流れが好きだ。

けれどジョンは何もかも相手に与えるわけではない。
ブライアンが自分から離れないことは本人よりもよく知っているのだろう。

美しい建造物の中を歩く二人。
この旅行がブライアンにとって永遠となる。


さて、この作品、関係者にまったく許可を得ずに撮影されたらしい。
すごい武勇伝ですな…。


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2006年02月25日

リメンバランス ―記憶の高速スキャン―

リメンバランス

1993年 イギリス
監督:ジョン・メイブリィ
出演:ルパート・エヴェレット
   ティルダ・スウィントン



 本当の話 嘘の映像

舞台は世界衛星TVステーションのスタジオと、モニター上にスキャンされたヴァーチャルな画像の世界(ビデオパッケージより抜粋)。

そこではゲイの男たちが体を交わし、男性器を惜しげもなくさらけ出す。

ドラッグクイーンたちは、自らの“本当の体験”を“嘘の世界”で告白する。

イギリスの学校でのできごと。
父親との確執。
ナンパされた後の性体験。

ある時はモノクロの映像に自分の姿を映してあでやかに。
ある時はミュージッククリップ集のようにステップを踏んで軽やかに。


でも、だから何なの?


ここまで映像が奇をてらうことに意味はあったんだろうか?
本人が「本当の話」をするのがコンセプトである割に、名の知れた俳優、ルパート・エヴェレットとティルダ・スウィントンの独白は非常に抽象的だ。

バーチャル画像という実像と虚構のラインの上に成り立つ世界で、そこを曖昧にしてしまっては、こちらも戸惑ってしまう。

前衛的な作品ではあるけれど、ただそれだけのものでしかないように思われる。


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2006年02月17日

ボーイ・ミーツ・ラブ

B0009J8F2Mボーイ・ミーツ・ラブ
カイル・マクラクラン ジミ・ミストリー イアン=イクバル・ラシード
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2005-07-06

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ゲイのアリムは故郷を離れ、ロンドンで恋人のジャイルズと同棲している。
そこに何も知らないアリムの母親が訪ねてくる。
彼女は敬虔なイスラム教徒。
アリムは果たしてカミングアウトできるのか…


期待せずに見たら、とてもハートウォーミングな素敵な映画だった。

自分に自信が持てないアリム。
息子を愛しているからこそ懊悩する気丈な母親。
「君の欠点を?そんなものないよ」と言わしめてしまうのが納得のやさしいジャイルズ。

それぞれがちゃんと個性を持っているのそれぞれのキャラに感情移入しやすい。

そしてユニークなのが、あのケイリー・グラントがアリムの想像の産物として、いつも彼に寄り添っているという点。

しかもアリムにいつも助言を欠かさない。

「ボタンを最後までとめるな。着崩せるのが洒落た男だ」
「ゲイの本は母親から隠せ」
「ジャイルズの妹を婚約者に見せろ」

台詞として直接言っていないシーンもあるけれど、紳士然とした彼が見せるコミカルさが可笑しくって!
このグラント役は何だかお久しぶりのカイル・マクラクラン。

やがてアリムは真実を伝える時が来、それが原因ですべての人間関係がギクシャクしてしまうこととなる。
そして昔肉体関係のあった、もうすぐ結婚する従兄弟に迫られて…なんて一幕もある。

けれど、最後にはちゃんと収まるところに収まる。

アリムの親戚一同が集まる中で、熱烈なキスを交わす主人公カップルにはじんわり来る。

やっと自分というものを掴めたアリム。
妄想のグラントともサヨウナラ。
アリムよりも別れが淋しそうなグラントとの抱擁シーンがとても好き。

作中、所々この実際のケイリー・グラントの映画ネタが入るんだけど、クラシック作品に詳しくないわたしには判らないものがほとんど。
なので、そのジャンルに長けている人ほどおすすめ。


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2006年02月08日

ラスト・オブ・イングランド

B00005G1SOラスト・オブ・イングランド
ティルダ・スウィントン スペンサー・レイ デレク・ジャーマン
ビデオメーカー 2000-07-25

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子供たちと遊ぶ家族のやさしい情景。
ロンドンやリヴァプールの街で撮影された廃墟。
そして荒廃した近未来。

解説では、この3つの要素から映画は成り立っているという。

なるほど、一見バラバラに見えるこれらのコラージュは、“イギリスの最後”に向かってその幸せな良き時代が瓦解していくさまが覗える。

テロリストは虐殺を繰り返し、
少年は宗教画の上で自慰に耽ってそれを冒涜する。

街の人間の哀しいまなざしと、貧困で飢えた全裸の男が生のカリフラワーを齧っては嗚咽を洩らすシーンが退廃に輪をかける。

とどめは、イギリス国旗の上で殺戮者と激しく抱き合う男のセックスシーン。


青と赤の映像が交互に繰り返され、その躍動感は眩暈を覚えそうだ。

その最たるものは、恋人を射殺された女性のラストシーン。

ドレスを、ヴェールを、鋏で切りつけ、または歯で噛み切り、強風に晒されながら狂ったように乱舞する姿の強烈なこと。

失われてしまったものを嘆く姿が凝縮された見事なシーンだ。


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2006年02月07日

エンジェリック・カンヴァセーション

B00005HQ00エンジェリック・カンヴァセーション
ポール・レイナルド フィリップ・ウィルアムスン デレク・ジャーマン
ビデオメーカー 2000-11-27

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ストーリー性を排した、デレク・ジャーマンのイメージフィルム。

ざらついた映像。
何人かの男たちがその中を歩き続ける。

黄土色の廃墟。
吹きつける黄砂。
時々炎がまるで生きているかのように躍動する。

そんな映像に、シェイクスピアのソネットが朗読される。

けれど“天使の会話”は実は言葉を介在しない。

はじめは個々だった青年たちがやがて出会い、寄り添う。
ある男は刺青だらけの体を水に浸した布で拭かれ、
ある男は灯りを持って佇む。
そして二人の男たちがまるで戦うようにもつれあう。
その後、やさしくキスを何度も交し合い、肌に触れ合う。

それが彼らの“カンヴァセーション”だ。


大地と、きらめく水飛沫と、発火する炎。
自然の要素を絡めながら、ホモセクシャルの男たちの交歓がつむぎだされる。

デレク・ジャーマンの原点、といった作品だと思う。


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2006年01月24日

メルシィ!人生

B00008OJYJメルシィ!人生
ダニエル・オートゥイユ ジェラール・ドパルデュー ティエリー・レルミット
キングレコード 2003-05-01

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真面目だけが取り柄のピニョンは、冴えないサラリーマン。
2年前に離婚し、妻と子は彼の電話も取ろうとはしない。
そして彼が勤めるコンドーム会社から、リストラを勧告されてしまう。

人生に絶望した彼に、隣のやさしきゲイの老人がアドバイスする。

「ゲイのふりをしろ」

…つまりピニョンがリストラされれば、会社はゲイ差別をしたのだと、世間から糾弾されてしまうから。

そして会社にはピニョンがレザーパンツでお尻を出して、ハードゲイとしっかと抱き合う写真が送られ、社員は大騒ぎ。
ピニョン自身は特別何もしていないのに、周りの言動がドタバタしだすのが実に可笑しい。

事なかれ主義の社長はあっさりピニョンのリストラを取り消し。
女上司は、退屈なだけだと思っていた彼に興味を持ち始める。
息子はゲイであることを公表した父親を英雄視する。


傑作なのが、自分がリストラされないように、ピニョンに取り入るのに右往左往するホモフォビアのサンティニ。

ランチに誘い、
ピンクのセーターをプレゼントし、
チョコレートの差し入れだってしちゃう。

その内、本当にピニョンに恋してしまう過程が面白いったらありゃしない!

クスクス、ニヤニヤの笑いの中に、人情味を出してじんわりさせてしまうのは、この監督さんならではかな。『奇人たちの晩餐会』は抱腹絶倒の大傑作!


役者は、フランスの名優をよくぞここまで集めた!というほどの豪華キャスト。
オヤジの味わい深いです。

それから脇役(?)で出てくる仔猫がまたべらぼうにカワイイのだ!
猫好きにはたまらない一作。


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2006年01月21日

BLUE

B00005G1SMブルー
デレク・ジャーマン
ビデオメーカー 2000-05-25

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画面は、終始青一色。

そこにナレーションと音楽と効果音が被さる、デレク・ジャーマンの遺作。

エイズに冒された彼の独白。

病院でのできごと。
失われた友への呼びかけ。
失明への恐怖。


その中で纏わりつく“青”のイメージ。


「感性の血の色は、青」

そう語った彼の青色への探求は続く。

見えないウィルスに冒された彼の言葉は、何の映像も結ばない分、とてもリアルだ。

生への強い叫びでも、完全な諦念でもない。
ブルーのイメージの中で、日々のできごとと思念を淡々と彼は語る。

群青色をした海。
あるいは擬人化される青。

それに呑み込まれ、漂い、詩を吟ずるように唇は貪欲にキスをねだる。

そして最後は美しいデルフィニュームの青にイメージは終着する。
その花を、墓に手向けたのは自分自身へなのか。

青色に包容されるのは、観客も同じ。
悼みと哀しみと不思議な心地よさが心に浸透する。


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2006年01月20日

ジョンズ

B000034DDIJohns
1997年 アメリカ
監督:スコット・シルヴァー
出演:ルーカス・ハース
   デイヴィッド・アークウェット
   キース・デイヴィッド
   エリオット・グールド

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ジョンズ:男性公衆便所。そこから派生して、男娼のこと。
…だったと思った。たしか。

男に体を売る商売をしていたジョンは、ある日外で寝ている間に、スニーカーを盗まれてしまう。
その中には、彼の全財産が入っていた。

誕生日もクリスマスもおかげでみじめったらしく過ごす彼に寄り添う、男娼仲間のドナー。

けれどジョンはそういう馴れ合いはしようとしなかった。


 −友達だろ?
 −誰が?



やがてジョンは最後の仕事として客をとるが、その客に殺されてしまうこととなる。


夢も愛も友情もかなえられないハスラーの世界をドライに描いた問題作。

体を売るシーンはさらりと描かれ、殺人シーンも直接的ではない。
その分苦さは薄れたものの、最後の靴泥棒の正体が判るところではしみじみとしてしまう。

ドナー役のルーカス・ハースはいつ見ても人形のような造詣の美しさで、どうも地に足がついていないというか…。『刑事ジョン・ブック/目撃者』の子供のころがなつかしい。

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2006年01月17日

ザ・ガーデン

B00005G1SNザ・ガーデン
1990年 イギリス・日本・西ドイツ
監督:デレク・ジャーマン
音楽:サイモン・フィッシャー=ターナー
出演:ティルダ・スウィントン
   ジョニー・ウィルズ
   ロジャー・クック
   スペンサー・リー
   ピート・リー・ウィルソン
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デレク・ジャーマンの描く“庭”。

そこでは、
一組のゲイカップルが何度も接吻を交わし、
老女たちが水の入ったグラスで音を奏で、
キリストが荒野に足を踏みしめ、
マグダラのマリアは暴力的なカメラに追い詰められる。


波の漂い。
発光する花火。
木々のさざめき。
移りゆく空の模様。

そんな映像詩を織り交ぜながら、いきなり異質のシーンも挿入される。

ユダが首を吊るのを背景に、クレジットカードの宣伝をする男。
ピンクファッションを説く女。

そして、
警官に延々といたぶられるゲイカップルの姿。
女たちに迫害されるオカマ。
手を前にかざし、叫びながらも無音で表される悲痛な女性の姿。

そんなものが痛烈に画面に突きつけられる。


これは、監督が見てきた社会、彼の人生だろうか


エドワード』で、アンチ・ゲイバッシングを激しく叫んだ彼は、ここではどちらかと言うと、糾弾する社会に対して悲哀を表しているように思える。


時に禍々しく、時に神々しく、時にコミカルに、時に静謐に変わりゆく彼の庭。

実際に、メイキングを見ると、イギリスのダンジェネスという場所に監督が移り住み、そこで撮影されたことが判る。
荒涼とした庭が良いのだと彼は云った。

その大地で、自ら聖痕を見せても、人に無視されるキリストの姿を描いた彼は、神でさえも、人間と同じ次元までひきずり下ろしてしまった。

ラストシーンは、不思議なやさしさが満ちている。
ゲイも、女性も、子供も、老人も、今まで迫害されてきた人々が小さな遊びに興じるシーンは、ゆるやかな救済を予感させている。





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2006年01月16日

バッド・エデュケーション

B000BH4C42バッド・エデュケーション
フェレ・マルチネス ペドロ・アルモドバル ガエル・ガルシア・ベルナル
アミューズソフトエンタテインメント 2005-11-25

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映画監督・エンリケのもとに、神学校時代の同級生・イグナシオが訪ねてくる。
ひそかに愛し合っていた二人の16年ぶりの再会。
イグナシオは役者で、自分たちの学生時代の体験を描いた『訪れ』というタイトルの脚本を執筆、エンリケに映画化をもちかけるのだった。


同性愛描写が濃厚な作品。

とは云え、全体的に、愛が感じられない交歓シーンであることも確か。

神父が10歳のイグナシオに寄せる愛情は異常以外の何者でもないし、
イグナシオとエンリケ二人の淡い思い出はあまり丁寧に描かれていないため、成長した二人がベッドインするところも、ただお互いの駆け引き沙汰が表立っていて、どうものめりこめない。


ただ、時系列をちょっと複雑にしてある構成と、トリッキーな場面、鮮やかな原色の背景、そして明らかになってくる意外な事実の件はけっこう好み。

それから、直接的なふれあいのない、主人公二人の、プールでの視線のやりとりのシーンはドキドキした。
でも肝心のベッドシーンが… ってもういいか。


少年愛者。
神学校での同性愛。
性転換。
女装。
脅迫。
殺人。
ストーカー。


初期のアルモドバル作品を彷彿とさせるキーワード満載。


ラストに大写しにされる「PASION」の文字。
そう、その情熱で監督は、自分の半自伝的な作品を撮ったのだと思う。


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2005年12月30日

アレキサンダー

B0009G3F2Aアレキサンダー 通常版
コリン・ファレル オリバー・ストーン アンジェリーナ・ジョリー
松竹 2005-07-29

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20歳にして王の座についたアレキサンダー。
32歳で生涯を閉じるまでをじっくり描いた歴史大作。

その大作の名に恥じない戦闘シーンが(多分)ド迫力。
…すみません。
実は残虐なシーンがまったくダメなわたしは殆ど目を逸らせていました。
でも音だけでも十分凄惨な殺戮が行われたことは窺えたよ…。

で、もちろんわたしの興味はアレキサンダーが同性愛者として描かれていたこと。

意外に、この若き王の心情の描写が細やかで驚いた。

役者も美形とはちょっと違った面持ちのコリン・ファレルを持ってきたのは正解だと思う。

完全な豪傑でもなく、ヒーローでもなく、人らしい驕りとトラウマと愛情を併せ持つアレキサンダー像に好感を覚えた。


そして濃厚な同性愛要素、よくやった。

とは云っても、ラブシーンは男同士のキスどまり。
それでも、裸になったアレキサンダーがゆっくりベッドに入り、それを見つめて、半裸のお小姓が灯りを落とすところなんて、ちょっとぞくっとするなまめかしさ。

何より、彼の恋人であり、同士であり、最後まで彼を支え続けたヘファイスティオンとの絆が全編にわたって描かれているのが良い。

「きみは風の音を聴く鹿のように魅力的だ」
って、このせりふ、やられました。


けれど、アレキサンダー自身は、遠征に継ぐ遠征の中、仲間に裏切られ、信頼をなくし、最後は陰謀の手中に落ちる。

人間同士の感情の行き来を順を追って判りやすく描写してあって、それぞれの人の死はとても重い。

評判はあまりよくないらしいけれど、3時間を堪能できた作品だった。


cocoroblue at 20:56|PermalinkComments(5)TrackBack(0)

2005年12月09日

恍惚/バレンティノより美しい

恍惚
B00005FU1Y恍惚〜バレンティノより美しい〜
ダニエル・シュラケット トム・ケイリン
ポニーキャニオン 1993-12-17

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少年を意味もなく惨殺した、二人の美青年。
二人は同性愛関係にあった。
「理由なき殺人」の第一号として認定された二人の実話を元に映画化。
かつてヒッチコックも『ロープ』でこの殺人事件を扱っている。

…さて。

画像はモノクロ、オープニングも、モデル撮影を絡めて極めてスタイリッシュだ。

けど哀しいかな、二人の描写の仕方が俗っぽくて、何か画とそぐわないのだ。

快楽殺人でつかまった後、二人は罪をなすりつけあう。

愛憎の縺れが一般の映画の描き方となんら変わりがない。

彼らの異常性を突き詰めるでなく、同性愛者であることで精神異常とみなされ、絞首刑を免れた当時の裁判を揶揄するでもなく、アートフィルムに徹するでもなく、中途半端なつくりになってしまったのが残念。



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