アイのカタチ【激情】

2013年05月02日

オブリビオン

B00HY0CGSSオブリビオン [DVD]
2013年 アメリカ
監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:トム・クルーズ
   オリガ・キュリレンコ
   モーガン・フリーマン
   アンドレア・ライズブロー
   メリッサ・レオ

by G-Tools


愛の記憶が残るということ。

ネタバレ有りです。

スカヴというエイリアンに侵入され、人類は地球を捨て、土星の衛星タイタンへと移住した。
ジャックとそのパートナー・ヴィクトリアは二人だけ地球に派遣され、偵察を続けていた。
あと数日でその任務も終了しようという頃、ジャックは飛行物体が墜落するのを目撃し、そこでカプセルの中で横たわる美女を発見する。
彼女はジャックが夢の中でたびたび見かける女性と酷似していた。
その後、彼はこの世の真実を知ることとなる。

これねえ。
観始め、どうも『月に囚われた男』に似てるなあと思っていたんだけど。
そのまんまでした。


いやそのまんまとまで言い切るのは乱暴だったかな。
でも途中でジャックのクローンが出てきた時は
「おんなじじゃん!」
と口をついて出そうになった。

実は人類はまだ地球上に隠れて暮らしており、タイタンにいるのはエイリアンのみ、ジャックとヴィクトリアのクローンを何体も作り上げたスカヴは彼らの記憶を抹消して地球を偵察させていた。

ジャックはカプセルの中の美女ジュリアと夫婦であり、彼が彼女にプロポーズしたエンパイア・ステートビルでのデートの様子をずっと夢に見ていたのだった。

と、まあ新鮮味のないプロットに、トム・クルーズのシャワーシーン(サービス)と、プールの中でのラブシーン(サービス)と、派手なドンパチ(サービス)と、初めは敵対していたのに後に頼もしい相棒になるバディ要素要員のイケメン軍曹配置(サービス)と、出てくるだけで重厚な映画と錯覚させるモーガン・フリーマンの無駄遣い(サービスか?)を加えたいかにもなハリウッド大作。

結局ジャックはモーガン・フリーマン扮する人類のリーダーと共にタイタンに突っ込み、自爆する。

数年後、ジュリアが一人娘とかつてジャックが好んだ池辺の小さな小屋で暮らしている様子が描かれる。
そこに軍曹に連れられたジャックが。
それはまた別のクローンであったけれど、彼らはすべてを分かち合ったように微笑みあう。

これがラストシーンなわけだけれど。
ここでちょっと興味深かったのが、クローンがすべて愛の記憶を持ち続けているということ。

『月に囚われた男』のサム・ベルも愛する妻の記憶を希望の糧にしていた。

それほどまでに愛というのは普遍的で、人も、クローンも衝き動かす原動力になっている。

そんなテーマは良いのだけど、いかんせん二番煎じ的な感が拭えないのが残念。


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2013年02月24日

世界にひとつのプレイブック

B00CU3DC64世界にひとつのプレイブック Blu-rayコレクターズ・エディション
2012年 アメリカ
監督:デヴィッド・O・ラッセル
出演: ブラッドリー・クーパー
    ジェニファー・ローレンス
    ロバート・デ・ニーロ
    ジャッキー・ウィーヴァー
    クリス・タッカー
by G-Tools


Every cloud has a silver lining.

ネタバレ有りです。

今年の傑作、1本目。

妻の浮気現場を目撃した。
その浮気相手をボコボコに殴った。
怒りがコントロールできなくなった。
病院に収容された。
退院しても、妻への接近禁止令が出されて、よりを戻したいのに気持ちも伝えられない。
そんな時、ティファニーという魅力的な、でもエキセントリックな未亡人と出会った。
彼女の特技であるダンスのパートナーになった。
だんだん気持ちが穏やかになった。
雲の裏側はいつだって銀色に輝いている。どんな時だって希望はある。

主人公パットは黒いゴミ袋を被って毎日走る。
その外見だけで、彼が少し“変な人”であることが窺える。
躁鬱らしいパットは、夜の3時にヘミングウェイの小説を読破してそのあまりな結末に喚き始め、近所中をたたき起こす。
妻と復縁すること以外に余念がなく、周囲を巻き込んでコンタクトを取ろうと必死。
そんな心のバランスを失った人物を、変な遠慮をするでなく、逆にデフォルメして揶揄することなく、ありのままに描いているのがこの作品の突出しているところだと思う。

“イカれてる”人物は他にもいて、ティファニーは夫を事故で失ってから、職場の全員と寝たり、パットにつきまとったりと奔放な行動を取る。
パットの父親も、職を失い、ノミ屋に転向し、その賭けでレストラン経営を目論んでいるちょっと神経質な験担ぎ好きの老人だ。

でも誰もが今より良い方向へと歩み始める。
妻への想いに一極集中していたパットは、初めは遠慮のないもの云いでティファニーを傷つけたりするも、彼女をよく知るようになってから、その尊厳を守り、頓着しなかった“サイン”にも気づくようになる。
パットの父親は、ツキのなさをティファニーのせいにして詰り、でも逆に彼女に見事に理詰めで反論され、目を覚ます。
そのティファニーも、パットとの交流によって自分の得意分野に集中し、ヤリマンを脱する。

大金を賭けたダンスコンテストは見もの。
大技は失敗するけれど、パットとティファニーは微笑みあう。
そして賭けの5点ぎりぎりが出た瞬間の幸福感といったらない。
最後の審査員が前の二組のペアに辛口の得点を出す、というハラハラ感を煽っておきながら、パットたちには誰よりも高得点をつけるという一発逆転ぶりがまた良い。
10点満点中の低得点なのに、本人たちとその関係者たちが大歓喜しているのを不思議そうに眺める部外者たちの絶妙なリアクションが凄く可笑しい。

そしてあれほど妻に執着していたパットが、コンテストを見に来ていた彼女に(多分)別れを告げ、ティファニーにキスするシーンで涙が。
今までずっとランニングをしていたパットを、ティファニーが追いかけるばかりだったのに、ここにきて逆に彼が彼女の後を追う。
雲の裏側の輝きが見えた瞬間だ。

役者陣の演技が凄く良くて、ブラッドリー・クーパーは自分をコントロールできないパットをオーバーアクトすぎずに体現していた。
ロバート・デ・ニーロの情けない父ちゃんぶりも、いつも困った顔で、でも家族を包み込む愛にあふれた母親役のジャッキー・ウィーヴァーも良い。

でも何たって、ティファニー役のジェニファー・ローレンスがもう最高。
傷ついた心を抱えながら、でも意志が強く、まっすぐパットにぶつかっていき、その目を射すくめる。
挙動や表情がとにかく魅力的で、やっぱり凄い女優さんだと再認識させられた。

明日のアカデミー賞が俄然楽しみになってきた。


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2013年02月11日

つやのよる

B00BWH3XAYつやのよる ある愛に関わった、女たちの物語 [Blu-ray]
2012年 日本
監督:行定勲
出演:阿部寛  小泉今日子
    野波麻帆  風吹ジュン
    真木よう子 忽那汐里
    大竹しのぶ  田畑智子
by G-Tools


 ♪気持ちいいこともそう 真珠もそう あんたのため

ネタバレ有りです。

艶が死にかけている。
夫の松生春二は、彼女が以前関係した男たちと連絡を取ろうと奔走していた。
そこから見えてくる、艶という女性像。

艶の顔は最後まで画面にはっきりと映らない。
その彼女の奔放な男性遍歴も、少しずつ明らかになるものの、それも艶の男と何らかの関係を持つ女性たちの視点というワンクッションを置いた作りであるため、実際の彼女の言動をこちらが想像するしかない。
この構成がとても見事だ。


艶が12歳の時、彼女をレイプした従兄弟で、今は小説家として名を馳せる男の妻。
艶の最初の夫の愛人であるキャリアウーマン。
艶の愛人で、彼に先立たれてしまったその妻。
艶がストーカーをしていた若いバーテンダーの男の恋人。
そして艶と駆け落ちした松生の元妻と娘。

5つのエピソードの中に共通するのは、松生の艶へのゆるぎない愛情。

それはレイプ犯だった夫に動揺し、彼の今の愛人に怒りをぶつける女であったり、
どの男でもフラフラと関係を持ち、でも確たる愛を実感できない美女であったり(同僚が彼女を口説くときに、好きとか愛してるでなく、ただ「お前とやりたい」と言い放ったところにその片鱗が窺える)、
自殺した夫の帰りを今でも待ち続ける未亡人であったり、
甘いマスクでモテすぎるチャラい男に常に不安を感じている恋人であったり、
そのまんま夫に捨てられた妻子であったり。

その不安定な、または得られない愛情を抱える女性たちは一見まともで、普通の人たちではあるけれど、反対にエキセントリックで性に自由な周囲の厄介者である艶の愛し方、愛され方に羨望を覚える。

なぜならどんな時にもそこに松生の影が存在し、彼は妻だけを一心に案じ、見つめているのだから。

艶の病室を訪ねた松生の元妻は、横たわる彼女の胸をはだける。
そして乳房に無数に残る噛み跡を見つける。
こんな状態になっても、今でも松生に愛されている艶。
この時の元妻役の大竹しのぶの表情が素晴らしい。
今まで自分を捨てた元夫を詰ることも悲哀を表すことのなかった彼女が、顔を歪ませる。
完全なる敗北の顔であり、自分に注がれなかった愛情を受ける艶への嫉妬であり、完全に吹っ切ることのできる契機であり。
その時初めて「女」の顔になっていた。

このシーンで、唯一はっきりと艶の乳房が映し出されるのも印象的。
顔や体の全体像はぼやけたまま、でも彼女が生きた証であるような甘噛みの残る裸体は、そのまま彼女の生き様を表しているように感じられた。

そして多分タイトルのダブルミーニングである、通夜の日。
結局連絡を取った男たちは誰も来ず、松生は
「ざまあみろ。お前に残ったのは俺だけだ」
と棺の中の艶に話しかける。

でもその時、一人だけ「男性」が現れる。
松生の周りをいつもウロチョロしていた少年だ。
少年は棺の中を見て云う。
「艶の死に顔、きれいだね」

これこそが松生が聞きたかった言葉だったのだろう。
艶が生前関係した、愛した男たち、誰かひとりだけでも。
妻がきれいだと。
そう言って欲しかった。
そう思うと、彼の想いの強さに涙が溢れて止まらなかった。

何だか全体的にツボに入ってしまった作品。
内容は生々しいのに、艶の具体像をぼやかした効果で、どこか幻想的でエモーショナルな映画だった。
わたしは好き。

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2012年06月26日

ワン・デイ 23年のラブストーリー

B009H346GAワン・デイ 23年のラブストーリー ブルーレイ [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:ロネ・シェルフィグ
出演:アン・ハサウェイ
   ジム・スタージェス
   パトリシア・クラークソン
   ケン・ストット
   ロモーラ・ガライ
by G-Tools


この副題は問題。

ネタバレ有りです。

エマとデクスターは大学卒業時に意気投合してベッドイン。
でもそこでは何事もなく、二人は親友として毎年7月15日に会うことを約束した。
作家志望ながら芽が出ず、ウェイトレスや教師として働くエマ。
華やかなテレビ業界で羽振りの良い生活を送るデクスター。
時が経つにつれ、エマは作家として認められ、逆にデクスターは凋落して大学時代の友達の経営するチェーン店で働くようになっていた。
お互い別の相手との恋愛、結婚、別れを経ながら、彼らは毎年ずっと同じ日を一緒に過ごす。
そして遂にお互いの本当の気持ちに正直になり、エマとデクスターは結婚するが……。

冒頭で書いた副題。
「23年のラブストーリー」は、この二人が結ばれるまで、つまり結婚するまでの期間かと思っていたら。
夫婦としてまだストーリーは続いていく。
ということは、23年で二人に終止符が打たれるということで。
なのでエマの死亡フラグがその後立ちまくりで、それを予感させてしまうこの副題はどうかと思う。

物語はなんてことないエピソードがけっこうだらだら続くだけだし、だから最後にインパクト与えたのかもしれないけれど……。
どうだろう。
エマの死に意味があったのかといえば、同じく妻を亡くして失意の日々を送っていたデクスターの父親との和解という要素を除けばあまりないような気がする。

そして全体的に散漫でぼやけた感じのラブストーリーで、正直退屈な部分が多かった。

そう感じさせられたのは、二人の心理が丁寧に描かれていないのと、肝心な部分を端折っていたことに因る。

大体ヤル気満々で最初の夜に同じベッドに入った二人が、セックスしないままいきなり親友発言に至ったか謎だし(その後、ラストシーンで回想が入って、実は翌日彼らは結ばれようとしていたのが判るけど)、エマがフランス人の恋人をいきなり捨ててデクスターに告白するくだりも何だか唐突だし、それまで友人関係を強調してきたくせに、毎年けっこうな濃度でイチャコラしていて、なぜもっと早くに恋人同士にならなかったのか、そこがもうよく判らない。

そしてデクスターがシルヴィーという女性と離婚した夜にとうとうエマと肉体関係を持ったことが台詞で明かされるけれど、こここそ映像が必要じゃないの?
ベタでもいいからそういったターニングポイントは見せてくれないと……というのは個人的な要望だけれど。

そしてエマを失ったデクスターは荒れて元妻に世話をかけ、一人娘が父親の手を邪険に払いのけるシーンがある。
なのに数年後立ち直ったデクスターはその娘と実に仲睦まじくピクニックなんかしちゃって、今度は娘と親友宣言をする。
ここも娘との距離が何の説明もなしにいきなり埋まってしまって違和感が残った。

主演の二人アン・ハサウェイとジム・スタージェスはとても魅力的で、ファッションの変遷とか、自然な老けメイクとかは楽しめたんだけれど。
ラストシーンもだらだら長すぎ。
お金のことを書くのはいやらしいけれど、1300円の価値はなかった。

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2012年06月05日

ファウスト

B009LETJASファウスト Blu-ray
2011年 ロシア
監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:ヨハネス・ツァイラー
   アントン・アダシンスキー
   イゾルデ・ディシャウク
   ゲオルク・フリードリヒ
   ハンナ・シグラ
by G-Tools


さすがはソクーロフである。
名作『ファウスト』を大胆に解釈、蠱惑的な映像美で観るものを惹き付け、アウエルバッハ・ケラー酒場でのアクションはドラスティック、その後はユビキタス社会のアンチテーゼとしての絵画的エクリチュールはサイケデリックでデリシャスで、ああもういいや。
嘘です。嘘。
さっぱり意味が判りませんでした。

(念のため、前述の横文字も誤用承知でテキトーに使ってます)

いや、ソクーロフは今まで何作か見ているんだけれど。
そしてけっこう好きな監督さんだけれど。
観念的な映画も好みの方ではあるけれど。
これは無理でした。
はっきり言って忍耐の2時間20分。
体感時間としては3時間越え。

ファウストが悪魔(メフィストフェレスの名は最後まで出なかった)に魂を売るのはようやく終盤にさしかかったところ。
それまで何を見せられていたかというと。

ファウストの弟子で狂ったワグナーがホムンクルスを作るグロ映像がファーストシーン。
悪魔に連れられて貧しい界隈を練り歩き、観念的な会話を交わすシーンが延々と。
風呂場に侵入したり、酒場で暴れたり、いったい何してんのか観ている側はもちろん、キャストも実はよく判っていないんじゃなかろうかという珍道中を繰り広げ。
清純な乙女マルガレーテの心情などまったく判らず(葬式の場面でファウストに手を握られようとして見返す表情、ありゃなんだ。吐く寸前の顔に見えたぞ)。

物語を物語として追う作品でないことは判っている。
でも判っちゃいるけれど、ここまで人間の行動原理がむちゃくちゃだとついていけない。


最後はマルガレーテを池に沈め(比喩的表現かもしれないけどもうそれさえ判らん)、黄泉の国で悪魔を岩で叩きのめし、不毛の荒野を歩いていくファウストは、自分の運命を切り開いたということだろうか。

酒場の喧騒、悪魔に纏わりつくレディ、マルガレーテにホムンクルスを見せようとつきまとう狂った助手、泉の大爆発等、不穏で不快な行動と音にあふれる作品だった。

ただ、親子とは思えないほど親密に息子を後ろからエロく抱きしめる父親だとか、黄泉の国で三人の男に抱きつかれ愛撫されるファウストだとか、ソクーロフお得意のどこか同性愛めいた場面だけは楽しめた。

そしてもうひとつ。
これもソクーロフ作品に頻出している謎の一羽の鶴。
この鳥の登場にもにやりとさせられた。

でも全体的にはかなり観るのが辛かった作品。
ベネチア国際映画祭で金獅子賞を取っているので、多分識者とか玄人には良さが判るんだろう。
わたしには、無理。

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2012年04月05日

ドラゴン・タトゥーの女 ミレニアム<完全版>

B005UKP0X2ドラゴン・タトゥーの女 ミレニアム<完全版> [DVD]
2009年 スウェーデン
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ
原作:スティーグ・ラーソン
出演:ノオミ・ラパス
   ミカエル・ニクヴィスト
   スヴェン・バーティル・トープ
by G-Tools


ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』の完全版。
劇場公開版よりも30分くらい長く、ファンとしては興味深いシーンが付け加わっていた。

・先ず、全編・後編と二部構成になっていて、それぞれのオープニングにイラストがつけられている。
血のついたつららを見つめるミカエル。
ビュルマンに辱めを受けるリスベット。
他にも父親を火だるまにしたり、テレボリアン医師が少女時代のリスベットをベッドに縛り付けていたりと、二作目以降の絵も見られる。

・ミカエルとエリカの関係が判りやすく、長くなっている。
最初に二人が不倫であることをタブロイド紙がすっぱ抜いたエピソードを追加。
その後ヘーデビー島にミカエルを訪ねていったエリカとミカエルのベッドシーンも有り。

・元後見人のパルムグレンが倒れた一報を聞き、病院に行くリスベット。
「何で倒れんのよ」
と言い捨てて病院の機材をなぎ倒す。

・ミレニアムにスパイとして入り込むヤンネ。実はヴェンネルストレムの配下にあった。
その正体に気づいてエリカに注進をするマーリン。
ヤンネを陥れる部分は具体的にもうちょっと見たかったところ。

・原作ファンにはたまらない(ってわたしだけ?)、ミカエルがリスベットを「サリー」と呼ぶシーン追加。
ここが一番嬉しかったなあ。
テレビクルーを装って、「彼女はMCのサリー」と紹介するミカエル。
「サリー?」と眉を顰めるリスベットに対して彼がにやにやしてるのも好き!

・初見ではわたしには判りづらかった、リスベットのミカエルへの想いがこの完全版ではちゃんと読み取れた。
母親に「男に恋はしない」と宣言するところはその裏返しだね。
そして姿をくらます前に、実はミカエルに会いに来ていたリスベット。
彼の姿を見つけて声をかけようとしたところにエリカが来て、二人仲睦まじく腕を組んでいるところを見て、何も言わずにそこを去るリスベット。
ミカエルへのプレゼントの有無の違いだけで、ここは原作とアメリカ版映画と同じシーン。
やっぱりせつない!

2年ぶりにこのスウェーデン版を見たけれど、やっぱり夢中になった。
3時間がちっとも長いと思わなかったほど。

そしてアメリカ版のルーニー・マーラももの凄く素晴らしいと思ったけれど、やっぱり見返してみると、ノオミ・ラパスのリスベットが完璧すぎたと思い知らされた。
リスベットは決して自分の過去を、たとえその一端だけでも人に洩らすことはしないし、ルーニー・マーラはやっぱりどこか清楚な感じが残っているから、個人的には甘さを排して尚魅力的なノオミ・ラパスにもう夢中。

原作も全て読み終わってしまったし、なのに一向に熱の冷めない自分をもて余し中。

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2012年02月10日

ドラゴン・タトゥーの女

B009D9UJNWドラゴン・タトゥーの女 [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:デヴィッド・フィンチャー
原作:スティーグ・ラーソン
出演:ダニエル・クレイグ
   ルーニー・マーラ
   ロビン・ライト
   ステラン・スカルスガルド
   クリストファー・プラマー
by G-Tools


レザー、鋲、ピアス、小柄、手負いの獣。

ネタバレ有りです。

世界的ベストセラーをフィンチャーが映画化。
既に『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』としてスウェーデン版が作られており、比較するのも一興。
そちらのレビューにストーリーを書いているので今回はほぼ割愛。

見るべきは、最高にかっこいいオープニング。
特報で流れていた"Immigrant Song"にのせて、タールのようなレザーのような漆黒に呑まれて、リスベットとミカエルらしき人物の顔と体躯がそれに塗れ、あるいは壊され、あるいは恋人同士のようにひきつけあう。
さすがPV畑出身のフィンチャーの真骨頂といえる映像。
脳天直撃されて、涙まで出てきた。

残念だったのは、最後らへんにかけての冗長さ。
殺されたと思っていたハリエットが実は生きていて(ここはスウェーデン版と一緒だね)、実は彼女がロンドンでアニタとして暮らしていた、というオリジナル展開まではまだいい。
でもその後、ヴェンネルストレムを破滅に追い込むところが長すぎて、大金を掻っ攫っていずこかへと消えたスウェーデン版リスベットと比べるとスマートさに欠ける気がした。

あと、細かいところでは、スウェーデン版では、リスベットが助けられた筈のマルティンをそのまま見殺ししたのに対し、今回はその選択の前にマルティンは火だるまになって死んだこと。
前者ではそんなリスベットにミカエルが
「僕なら助けた」
とひとりごちるのに、
後者ではリスベットの「(マルティンを)殺していい?」
と訊くのに対してミカエルはわずかながらも頷くという正反対の描写となっている。
ただの色男なだけでなく、なぜ皆ミカエルに魅かれるのか、そのひととなりが判るシーンだっただけにここも残念。

でも後はほぼ満足。
特にアメリカ版ではミカエルとリスベットの関係にもう少し踏み込んだ感じで良かった。

初めは顔を近寄せてPCを見る仕草だけで警戒していたリスベットが、ベッドの上で撫でてくる彼に対して
「もっと触って」
とねだるところなんか悶えるほど可愛らしかった。

元後見人に
「友人ができたの」
といつもと少しだけ柔らかな表情で報告するところも良かった。
これはのちの二作目で
「友達でいてくれてありがとう」
とリスベットがミカエルに送るメッセージと呼応しそう。

でも、クリスマスプレゼントなのか、リスベットが服を包んでもらい、ミカエルの元へ行く途中、彼がエリカと仲睦まじそうに寄り添って歩く姿を見て、その包みを捨て、その場を去るというせつないこのシーンがラストときた。
この辺りは原作通りなんだろうか?
リスベットのミカエルへの思慕はこちらの方がはっきり描かれている分、このラストがますます彼女を孤高の存在へと追いやっている。
というわけでエリカ憎し。
あんな不倫ババアよりリスベットの方がずっと魅力的だろうよ……!

そのモテモテ男ミカエル役のダニエル・クレイグはまさにハマり役。
とにかくハンサムで女性に優しく、危機に陥ればオタオタして弱音も吐く、そんな007とはかけ離れた人物像がいかにも人間臭くて良い。

そして最大の収穫、リスベット役のルーニー・マーラが実に良かった。
正直、スウェーデン版のノオミ・ラパスには及ばないだろうと高を括っていたら、あの凶暴で、でも哀しい、とっても愛しいリスベットにどんぴしゃだった。
線の細さも、全世界が敵といわんばかりの孤独さも、それを具現化したファッションも、ときおり見せる警戒を解いた表情も、ノオミ・ラパスと甲乙つけがたい(ノオミは骨太な感じだけれど。それもまた良い)。

あの胸糞悪くなるレイプシーンをまた観るのは辛かったけれど、ソフトさを排してルーニー・マーラ、よくやった。
女性とのラブシーンも雰囲気出ていて素敵。
ただこれは役者は全然悪くないけれど、リスベットとミカエルのベッドシーンでのモザイクはどん引き。
あれだけでもの凄く画が安っぽくなってしまった。

とにかくトータルではやっぱりスウェーデン版に軍配が上がるけれど、アメリカ版もかなり良い出来。
二作目以降の伏線もいくつか出てきていたし。
リスベットとミリアムの出会いと関係。
リスベットの父親に纏わる過去の告白。
ミカエルの弁護士の妹の登場。
主演二人は三作目まで続投らしいし、できればこのままフィンチャーが監督してほしい。

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2012年01月26日

パーフェクト・センス

B006Z25P4Sパーフェクト・センス [DVD]
2011年 イギリス
監督:デヴィッド・マッケンジー
出演:ユアン・マクレガー
   エヴァ・グリーン
   ユエン・ブレムナー
   コニー・ニールセン
by G-Tools


シェービングクリームと石鹸は旨いのか

ネタバレ有りです。

遊び人のシェフ、マイケル。
感染症専門の科学者スーザン。
二人が恋に落ちたとき、世界に異変が起きていた。
人々は先ず嗅覚を失い、その次に味覚、聴覚がなくなっていった。
五感が喪失していく中で、彼らが思うこととは。

なかなか面白い題材だった。
それぞれの感覚が失われる前に、予兆として感情の爆発があるのもユニークだ。
嗅覚の時は「哀」が。
味覚の時は「怒」が。
聴覚の時は食欲が。
そして視覚の時には愛が。
その感情のままに動く人間たちの動向を、主人公たちの周囲だけに絞ったミニマムな世界で展開させているのはいかにも寓話的。

そう、これは寓話なのだと思う。
だからリアリティを求めてはいけない。
一応ナレーションで、感覚が失われていくたびに、世界で狂乱が起こる映像が幾度も流れはするし、実際主人公たちが暮らす街でも暴動や略奪が行われたりもするけれど、時間がたつにつれて彼らは日常へ回帰しようと誰もが一歩を踏み出す。

それが端的に表れているのが、マイケルの勤めるレストランだ。
嗅覚と味覚がなくなって客足が途絶えたそこで、スタッフは味が判らなくとも、歯ごたえで、または熱さ冷たさで客を楽しませようとし、それは成功を収める。
聴覚を失っても、皆が即興の手話でおしゃべりを楽しむシーンも盛り込まれている。
どんな時で人生の楽しみをあきらめない人間の強さがその一角に集中している。

そしてマイケルとスーザンは何回も何回もキスをし、体を重ねる。
今残っているもの=触感に縋る、ということだろうか。

さて、この触感が問題。
映画では、主人公二人が仲違いをし、再び会って抱き合う刹那、視覚が失われてしまったところで終わっている。
4つの機能が失われて、残っているものは相手に触れるぬくもりのみ。
最後に愛が残ったのだとポジティブに考えられなくもない。
でもこの後物語では語られなかった触覚も失われてしまったらどうなるのか。
そこには絶望しか残っていないのだと暗に匂わせているのかもしれない。
だから今まで執拗に描き続けた「触れ合うこと」=セックスがずいぶん残酷なもののようにも思われる。

主役の二人、ユアン・マクレガーとエヴァ・グリーンはいつものように脱ぎっぷりがよくて楽しませてくれた。
が、画一的すぎて後の方になると飽きてくる。

世界のパニックと人間の醜悪さを描いた『ブラインドネス』や『コンテイジョン』とくらべると、アプローチの仕方が違っていて面白い。

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2012年01月06日

永遠の僕たち

B0055E54HARestless
2011年 アメリカ
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ヘンリー・ホッパー
    ミア・ワシコウスカ
    加瀬亮
    シュイラー・フィスク
    ルシア・ストラス
by G-Tools


ガス・ヴァン・サントが監督したとは思えない出来。

ネタバレ有りです。

両親を事故でなくし、自らも生死の境をさまよったイーノック。
彼は日本兵の幽霊ヒロシだけが友人で、見ず知らずの人間の葬式にもぐりこむことを日常にしており、死に取り付かれていた。
そんな時、彼はある葬式の場でアナベルという少女と会い恋に落ちた。
でも彼女もまた余命わずかという運命を担っていた。

主演の二人、特にミア・ワシコウスカはベリーショートがとてもよく似合い、容姿は魅力的。
幽霊役の加瀬亮もユニークな役どころで、準主役の位置にたつ大事なポジション。
でもそれ以上のものが何もなかった。

死というものを重いとも軽いともつかない扱いで、どう鑑賞したらいいのか判らなかった。

両親の死、せっかく恋をした大事な相手も余命いくばくもない、という設定はまちがいなく重い。
でも少女の病気に苦しむシーンはほとんどなく、彼女はほぼ最後まで元気に走り笑いセックスだってする。
そういう手法で貫くなら良いけれど、ところどころ少年の心の傷を描いて、「普通の」難病もの仕立て風にもするものだから、そのどっちつかずの演出に戸惑ってしまう。

そう、演出の方法が一番の難だったかも。

イーノックとアナベルがデートを重ねるシーンがいくつかあるんだけれど、そこで二人はまるでパリっ子のような瀟洒なファッションできめている。
そのおしゃれさがどうも陳腐でならない。感動がそがれてしまった。

ヒロシがイーノックの前から完全に姿を消したような展開も、後半に2回も3回も繰り返されるとげんなりする。
最終的にアナベルを迎えに来た彼がシルクハット姿で現れたシーンはもうギャグにしか見えなかった。

あとはヒロシの手紙がイーノックの手元から消えるときにかすかに鈴の音を鳴らしてみたり、アナベルの葬式でスピーチに立ったイーノックが、彼女との思い出を走馬灯のようにフラッシュバックさせるところなんか演出がダサすぎた。

もの凄い偏見であるとは思うのだけど、ガス・ヴァン・サントは正統派ラブストーリーに向かない気がする。

昨年中に観ていたら、2011年のワーストに挙げていたかもしれない。
次回作に期待。

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2011年12月05日

ラブ・アゲイン

B006Z0AIGAラブ・アゲイン ブルーレイ&DVD(初回限定生産) [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:グレン・フィカーラ/ ジョン・レクア
出演:スティーヴ・カレル
   ライアン・ゴズリング
   ジュリアン・ムーア
   エマ・ストーン
   ジョン・キャロル・リンチ
   マリサ・トメイ
   ケヴィン・ベーコン
by G-Tools


ものすごくいとしくて、ありえないほど遠い。

ネタバレ有りです。

ああ、これ好き!
ものすごく好き!

冴えない中年男キャルは、ある夜妻から離婚話を持ち出される。
しかも彼女は会社の同僚デイヴィッドという男と浮気までしたというのだ。
すっかり気を落としたキャルは、毎夜バーで飲んだくれ、相手かまわず愚痴をたれるようになった。
それを聞いていた、毎日女性を取っ替え引っ替している伊達男ジェイコブが彼に助言をする。
どうしたら女性にモテるようになるか。
そして妻の心を取り戻せと。
かくして妻しか女を知らない男の変身が始まった。

これがメインのストーリーで、そこにキャルの長男ロビーと、彼が恋をするベビーシッターのジェシカ(彼女はキャルが好き!)、のちにジェイコブと結ばれる魅力的な女性ハンナ、キャルがナンパした第一号女性のケイト等さまざまなキャラクターとエピソードが入り混じっていて、その枝葉の分かれの多さに、ちょっとまとまりがないかなと(群像劇というスタイルでないから)思わせておいて、終盤に実はこれがひと家族の物語であったことが判明して唸らせられる。

ケイトがロビーの担任教師であったり。
ハンナが実はキャルの娘だったり。
一見バラバラに見えたピースがひとつの家族につながっていくさまは見事。
特にハンナの件は、それまでもキャル夫妻が意味深に「ナナ」という女性の名を出していたという伏線をちゃんと敷いている。ナナ=ハンナのことだとは、鈍いわたしはちっとも気づかなかったので驚嘆した。

ジェイコブによるモテ男指南も面白い。
お酒をストローで飲むなとか。
「スニーカーはスティーブ・ジョブズでなければ履くな」とか。
バリバリ音のするマジックテープ財布は取り替えろとか。
女性との会話のとっかかり、お持ち帰りするための駆け引き、それをマスターしたキャルがどんどんスマートに女性をテイクアウトする様は痛快。

でもどんなにモテても、人間の本質は変わらない。
キャルには妻だけがソウルメイトだという結末も好きだ。


このソウルメイトという言葉、実際に信じて使っている人は到底お近づきになれないけれど(色んな意味で)、映画の中だけではアリだな。
恋する人は、たとえそれが中年男だって可愛らしい。それに尽きる。

あと、ジェイコブがハンナに教える「女をその気にさせる最後の手段」が『ダーティー・ダンシング』ごっこなのは笑った。
つい最近『ハートブレイカー』でもロマン・デュリスとヴァネッサ・パラディがやっていたっけ。
ひそかに流行りなのか?

妻と夫、キャルに振り向いてほしくて自分の全裸ヌードを撮った写真を送ろうとしていたジェシカ、それを知ったジェシカの両親、傷心のロビー、妻の浮気相手、長女とその恋人、つまり登場人物が一同に会して、殴り合い、罵りあい、泣き、なだめ、また暴れるクライマックスは最高!
こんな面白い場面、滅多に見られるもんじゃない!

キャストも全員素晴らしい。
キャル役のスティーヴ・カレルは相変わらず軽やかだし。
妻役のジュリアン・ムーアはいつもより抑えた演技でそれが調和していて良い感じ。
最近なんだか恵まれない役の多かったライアン・ゴズリングはハンサムな男にハマっていてびっくり。ただモールでサンドイッチを食べているだけでスローモーション多用の大仰な音楽をかけ流しているシーンは大笑い。
教師役のマリサ・トメイはなんだかめちゃくちゃ楽しそうに演技していて嬉しくなってしまう。
ハンナ役のエマ・ストーンはとてもきれい。でもその友達の方がキャラが立っていた。彼女、好きだ。
ジェシカ役のアナリー・ティプトンはもう可愛らしいったらない。あの写真の小道具の使い方、上手い!
映画の最後の最後のカットに映るロビーは凄く魅力的でなおかつ儲け役。
そしてお前がデイヴィッドか!と出てきたときにめっちゃテンションが上がったケビン・ベーコン!
これはかなりハマったラブコメ。
多分今年のマイベスト10内に入る。

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2011年07月16日

シルビアのいる街で

B004IPQE8Kシルビアのいる街で BD [Blu-ray]
2007年 スペイン・フランス
監督:ホセ・ルイス・ゲリン
出演:グザヴィエ・ラフィット
   ピラール・ロペス・デ・アジャラ
   ターニア・ツィシー

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“elle”

ネタバレ有りです。

カフェで、一人の青年がノートにスケッチをしている。
彼はカフェの店員や女性客たちをずっと眺めている。
ふと、オープンカフェから店内に目を移すと、赤いキャミソールを着た女性が目に留まった。
その女性の後を追い、青年はストラスブールの町を彷徨い歩くことに。

何も説明なしに、ここまで数十分が費やされる。
台詞もほとんどなく、ただ主人公の青年の目に留まる女性たちの顔や髪や肢体や仕草をカメラは映し続ける。
ようやく物語に展開が見られ、女性を追うことになっても、尚も淡々と市井たちの生活風景の描写は続く。
概要が掴めるのは、青年が女性と市電の中で会話するようになってから。
彼は6年前に出会ったシルビアという女性ともう一度会うために、彼女が通っていたという演劇学校近くにあるカフェで毎日時間を費やしていた。
でもシルビアだと思って追った女性はまるきり別人だった。
人違いでした。はいこれで終わりです。
と、信じられないことに本当に物語としてはこれで終了する


彼女がシルビアでないと判った後もまだ映画は続くのだけど、また台詞はほとんど介されず、青年の女性ウォッチングと町の人々の挙動を相変わらず撮り続け、そのまま映画は終わる。

それが退屈だとか駄作だとか言ったらこれがそうではない。

“シルビア”という存在がマクガフィンで(ちょい無理してこの言葉使ってみた。合ってる?)、実は彼女がどこかにいる筈の町が主役なのかもしれない。

事実、前述した通りカメラは主要人物の二人の他に多くの町の人々を映し出す。
建物の角っこに座るホームレスとか。
毎日同じ通りを歩く花屋の男性とか。
はたまたカフェの魅力的なウェイトレスや、無愛想な女性客や、強い風にさらされて舞い踊る美しいブロンドを持つ娘の後姿や、ありとあらゆる名もなき、ストーリーに関わってこない人物たちが登場する。
青年がカメラから姿を消しても、その通りを往く人々をそのまま撮っているのがユニークだ。

何となく人恋しくなる不思議な作品。

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2011年06月25日

赤ずきん

B004PVTF4C赤ずきん ブルーレイ&DVDセット [Blu-ray]
2011年 アメリカ・カナダ
監督:キャサリン・ハードウィック
出演:アマンダ・セイフライド
   ゲイリー・オールドマン
   ヴァージニア・マドセン
   シャイロー・フェルナンデス
   マックス・アイアンズ
   ジュリー・クリスティ
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大人になった。恋をした。
お伽話の主人公は成長し、ダークな世界に翻弄される。

ネタバレ有りです。

まあ始めに翻弄される、と書いてしまったものの、それほどヒロインのヴァレリーはピンチに陥らない。

彼女はピーターという幼馴染と恋仲で、でも閉鎖的な村でその恋は成就し難かった。
母親はヘンリーという男性をヴァレリーの婚約者にしてしまう。
そんな中、狼が村を襲い、何人かが犠牲となった。
よそからやって来たソロモン神父の指揮のもと、普段は人の形をして村に潜んでいるという狼を退治するハンターたちが周囲の警備にあたる。
誰が人狼なのか。
疑心暗鬼の中、ヴァレリーはその狼と対峙することに。
驚くことに、彼女だけが狼の言葉を理解できた。
狼は彼女が村から出れば殺戮をやめるという。
そのことからヴァレリーは魔女としてソロモン神父に拘束されてしまった。

二人の男の間で揺れる想い、人狼の正体探し、魔女疑惑などたしかにヴァレリーは前途多難に陥るも、それが厳しい試練となるかと云うとそれは違う。
ピーターは命がけで彼女を守り愛するナイトだし、ヘンリーも凄く物分りが良くて二人を応援する側にまわる。
女友達も裏切りを見せても、結局ヴァレリーの危機には前に立ちはかだってそれを阻止する結託っぷり。

だからせっかく大人のダークな世界を描きながらも、人間ドラマが薄っぺらく感じてしまう作りはいただけない。
閉鎖的な村の設定なのだから、トリアー監督の『ドッグヴィル』ほどではないにしろ、もう少し心理的にヒロインを追い詰めても良かった気がした。

その代わりというわけではないけれど、登場人物たちが非情にどんどん殺されていくのは参った。
始めに狼を仕留めて英雄視されていた男や、知恵遅れらしき青年や、村人を救おうと尽力していた良心的な神父たちが見るも無残に死んでいく。
ソロモン神父の最期も自業自得だけれど、最初に彼に幼い娘が二人いるシーンが描かれているので結果後味はよろしくない。

ただ、わたしは狼の正体がまるで見当がつかなかったので、そこに至るまでは興味深く見ることができた。
狼はヴァレリーの父親。
彼は妻の不貞を知り、その相手を殺し、自分の娘だとばかり思っていた実は不義の子をも手にかけていた。
そして愛する我が子ヴァレリーを連れて村から出ようとしていた。
それまでにピーター、ヘンリー、神父、祖母等様々な人物に狼疑惑を抱くヴァレリーの視線にシンクロしてしまった者の勝ち。
鈍いには違いないけれど、そちらの方が作品的には楽しめる。

雪に映える真っ赤なヴァレリーの赤ずきんは美しく、その色彩に負けず劣らず主演のアマンダ・セイフライドの容姿は目を引く麗しさ。
ソロモン神父役のゲイリー・オールドマンはこれといった見せ場がなくて彼の無駄遣いのような気がして残念。
すっかり美青年時代を置いてきてしまったルーカス・ハースは『インセプション』よりもずっと出番が多くて何だか嬉しかった。

全体的に面白味に欠ける映画ではあるけれど、犯人探しという点だけ見ごたえは有り。

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2011年06月05日

ジュリエットからの手紙

B005BKSL3Cジュリエットからの手紙 [DVD]
2010年 アメリカ
監督:ゲイリー・ウィニック
出演:アマンダ・セイフライド
   バネッサ・レッドグレーブ
   クリストファー・イーガン
   ガエル・ガルシア・ベルナル
   フランコ・ネロ

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ジュリエットへの手紙。
 
ネタバレ有りです。

ソフィは婚約者のヴィクターとイタリアに旅行に出かける。
けれどヴィクターは近々オープンする自分のレストラン用のワインや食材探しに夢中。
別行動でヴェローナを観光していたソフィは、「ロミオとジュリエット」の舞台となったジュリエットの家に辿り着く。
そこは世界中の女性がジュリエット宛に恋の悩みを手紙にして壁に貼り付けている名所だった。
ソフィはひょんなことから、50年前に書かれた手紙を発見する。
クレアという女性が、ロレンツォという現地の男性と恋に落ちるも、一緒になれなかったことを悔やむ内容だった。
ソフィはクレア宛に返事を書く。
するとそのクレアが孫のチャーリーと共にイタリアにやって来た。
3人は想いを伝えるため、ロレンツォを探す旅に出る。

できすぎな展開でもいいんです、はじめ良い印象を持たなかった二人が一緒に行動するうちに心を通わせていく王道でもいいんです、こういったベタすぎるラブストーリーはやっぱり映画には必要。

なかなか見つからず、実はもう死亡している可能性も仄めかされたロレンツォが生きていて、しかも実にかっこよく渋い男性で、クレアも彼もつれあいを亡くしていて再び恋に落ちるには無問題、結果二人とも結婚するというパーフェクトな締めくくり。
ソフィもすれ違いのある婚約者に別れを告げ、チャーリーのもとへ。
でも彼が恋人と一緒にいるのを見て意気消沈、けれど恋人と思っていた女性は実はただの従姉妹でした、こちらも無問題!
って本当に繰り返すけれど出来すぎた王道展開に揶揄する気が起きないのは、キャラクターの魅力と、イタリアの美しさと、素直で情感たっぷりのストーリーだったから。

50年前の想いを伝える旅なんてもの凄くロマンチックだし、その道中に出会う同姓同名のロレンツォたちも、クレアを口説く伊達男だったり、妻から追い出されそうなダメ男風情だったりとそのキャラもいちいち楽しい。

クレアはおばあちゃんになっても凜として美しく、でもいざ“本物の”ロレンツォに出会える場面になって怖気づいてしまうような可愛らしさも持っていて、その恋を応援したくなること請け合い。
チャーリーはスノッブで現実主義のイギリス男として登場しながら、実は貧しい人のために無料弁護を請け負っていたり、祖母を心から愛し大切にしていたりとヒロインの心が傾くのに充分説得力のあるキャラ描写が成されている。

そしてソフィのはちきれんばかりの魅力ったらない。
アマンダ・セイフライドのこぼれそうな大きな瞳、豊かな胸、なのに細い手足に目をひかれる。
内面も情熱を秘め、なにごとも諦めないその姿勢が共感を呼ぶ。
最初にソフィがクレアに手紙で何を語ったのか、それが明示されないままストーリーは進み、終盤、クレアの結婚式でそれが明かされる作りも上手い。

割と小さな役で出演のヴィクター役のガエル・ガルシア・ベルナルでさえ、終始しゃべりっぱなし、仕事大好き、俺陽気!なキャラで印象を残す。
ソフィに別れを告げられて見せる、捨てられた子犬のような顔は彼の真骨頂を見た。

そしてラストシーンはバルコニーに佇むソフィに愛を告げるチャーリーという「ロミオとジュリエット」そのまんまのラブシーンできっちり決めてくれる。

何の衒いもないラブストーリーは、自然と口元をほころばせてくれる。
幸せな気分を満喫したいなら是非。

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2011年05月18日

彼女が消えた浜辺

B004KKX4QS彼女が消えた浜辺 [DVD]
2009年 イラン
監督:アスガー・ファルハディ
出演:ゴルシフテェ・ファラハニー
   タラネ・アリシュスティ
   シャハブ・ホセイニ
   メリッラ・ザレイ

by G-Tools


カイトは高く舞い上がり。そして彼女は姿を消した。

ネタバレ有りです。

バカンスに出かけた数人の男女グループ。
その内の三組は夫婦で、子連れのカップルもいる。
独身なのは、ドイツ人の妻と離婚したアーマド、そしてエリという女性のみ。
実はエリの同僚セピデーが彼女をこの旅に誘っており、それはアーマドと引き合わせるためだった。
けれどバカンス二日目に、子供の一人が海で溺れてしまう。
その子は助かるも、子供たちを見ていたエリが行方不明となってしまった。
助けるために海に入ったのか、それとも家に帰ったのか……
エリのフルネームも、家族の連絡先も何も知らなかった一行は途方に暮れる。
しかしエリの携帯が見つかり、その着信を辿った時から意外な事実が浮かび上がってくる。

派手な演出はないけれど、非常に面白いミステリー寄りの心理劇。

初めはイラン特有の体や顔に布を巻きつけるスタイルで、女性陣の区別がつかなくて、誰が誰の伴侶で、消える彼女さえ誰なのか判らず、ストーリーを追うのが大変なのではと危惧したものの、それは話が進むにつれてきちんと把握できるようになっている。

先ずエリのバックグラウンドが全く判らないというシチュエーションが面白い。
ロッジに着いてからも、彼女の行動はどこか不思議なところがあった。
鳴っていても出ない携帯。
アーマドとの仲を期待しはやし立てる周囲に対して戸惑ったような困ったような、ただ迷惑がっているだけではなさそうな素振り。
いつもどこか哀しげな表情をしていたのも印象的。
だから彼女の人となりも一行が判るはずもなく、最初は溺れているのではと死に物狂いで捜索していた彼らが、
「実は黙って帰ったのでは」
「彼女は“そういった人”なのでは」
とエリの内面を疑うようになり、しまいには
「誰々があの時こんなことを言ったからエリは怒ったのでは」
という罪のなすりつけ合い、疑心暗鬼にとって変わる。
この変化が実に興味深く、人々のエゴと本心が垣間見えていくのが面白い。

けれど携帯の着信からエリに近しい一人の男性が浮かび上がってくる。
彼は実はエリの婚約者で、事情を知って浜辺にやってくる。
そして次第に明かされていく事実。
セピデーだけがエリに婚約者がいることを知っていた。
そしてエリが彼をちっとも愛しておらず、別れたがっていたことも。
だからセピデーは「婚約者がいる身では会えない」とアーマドとの逢瀬を拒否していた彼女を強引に連れて来たのだった。

このセピデーの立ち位置もよくできていて、旦那が呆れるほどみんなの世話をやき、何かとお膳立てするのが得意な女性だったようだ。
良く言えば頼りがいのある、悪く言えばしゃしゃりでるキャラクターが、もちろん複合的な要因はあるけれど、悲劇の一端を担ったのは間違いない。

結局エリの溺死体が発見され、彼女はやはり子供を助けるために海に身を投じたことが判明する。
婚約者はセピデーに執拗に、エリに男を紹介すると言った時に、彼女は婚約していたことを告げたかどうかを確認する。
躊躇したものの、結局セピデーは「彼女は何も言わなかった」と嘘をつく。

実際のエリは節度を重んじる、溺れる子供を多分必死で助けようとした、身も心もきれいな女性だったのだろう。
けれどセピデーの嘘で、婚約者には永遠に「自分を裏切った」女性として心に刻まれるだろう。

オープニング、ポストの内側から視点が外に飛び出して、はしゃぐ一行のドライブに移り、そしてラストシーンは砂に足をとられた車がなかなか浜辺から脱せない様子を映し出している。
これはエリの人生そのもののような気がした。
多分自分に冷淡な母親、愛していない結婚を間近に控え、閉塞的な人生に陥った彼女が、新しい出会い=新しい人生のきっかけとなるバカンスに出かけ、でも結局身動きの取れない状態となり、最後は死が待っていた。
あるいは、あのラストは彼女の死で痛手を負った婚約者、セピデー、エリが気になりはじめていたアーマドなどが背負う癒されない傷の象徴のようでもある。
サマリア』のラストシーンを彷彿させられた。

イランの文化も興味深く見られる作品。
一般市民が高級車に乗っていたり、ヴィトンのバッグを持っていたり、普通にみんなが携帯を所持していたり、女性の服装と異なってかなり近代的で新鮮だった。
でも婚約者のいる女性が男性メンバーのいる旅に同行など言語道断といった強い風潮も残っており、もちろんモラルの点では同じなのだろうけれど、日本だとここまで厳しく糾弾されないだろうなと思わせられた。

出番が前半だけながらも清廉で儚げな印象を残すエリが、凧を高くあげているシーンがことさら美しく、その後の展開を知るととてもせつない。


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2011年05月14日

ミスター・ノーバディ

B005GIHH0Cミスター・ノーバディ [DVD]
2009年 フランス=ドイツ=カナダ=ベルギー
監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
出演:ジャレッド・レト
   ダイアン・クルーガー
   サラ・ポーリー
   リン・ダン・ファン
   リス・エヴァンス
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誰でもない男の選択。

ネタバレ有りです。

2092年。人が不死となり、セックスという繁殖行為もしなくなった未来。
その世でたった一人だけ、「死ぬことができる」人間ニモは研究所でインタビューを受ける。
まだ生まれる前に記憶があった自分。
9歳の時に両親が離婚し、どちらについていくか選択を成さなければならなかった運命の時。
母親を選んだ場合。彼は母の再婚相手の娘アンナと恋に落ちるも、15歳で別れはやってきて……
父親を選んだ場合。車椅子生活を送る父の介護に明け暮れていたニモは、情緒不安定ながら魅力的なエリースに出会い結婚。子供を授かるも、妻は鬱を患い、家庭は破綻する。
はたまたエリースとすれ違いがあった場合。ニモはパーティーでダンスを踊ったジーンと結婚。プール付きの豪邸に暮らすが、心は満たされないままだった。

“あの時、こうしていたら”
という枝葉が分かれ、パラレルワールドがいくつも発生する不思議なニモの人生。
けれど実はその並行世界の元となった両親の離婚時の彼の選択が、どちらでもなく第三の道を進んだのだという事実が終盤明かされる。
それまでニモの話をきいていたインタビュアーが、己のアイデンティティを失い、未来世界がパズルのように崩れ落ちていくシーンはカタルシスに満ち溢れている。 

かと言って、今までの話がすべて架空であったかというとそうではなくて、どの可能性も118歳のニモには起こり得た、あるいは実際に起こったことなのだろう。
この辺は多分明確な答えはないのだと思う。
難解で1回観ただけのわたしの理解力が乏しいだけかもしれないけれど。

3人の女性が少女時代に着ていた服装通り、三色の色分けがされたそれぞれの人生。
少年と少女のみずみずしくきらきらとした睦み合い。
洗練されながらも色を失ったかのような白さが基調とされた硬質な未来世界。
火星に飛んでエリースの遺灰を撒き散らす横にいる筈のないアンナの存在。
イマジネーションの奔流に巻き込まれるように世界はニモの人生をあたたかく、辛辣に、せつなげに包み込む。

ラストシーン、ニモが死んですぐに時計の針が逆戻りをはじめ、彼は巻き戻しの人生に辿り着く。
その幸福感といったらない。
彼はアンナに出会うのか、エリースを選ぶのか、安定したジーンと暮らすのか……
煙草の煙は決して戻ってこないとされた世界に縛られない彼の新しい人生に幸あれと願わずにはおれなかった。

とにかく久しぶりのジャコ・ヴァン・ドルマル監督作は、大満足の出来。
『トト・ザ・ヒーロー』を彷彿とさせるような俯瞰のシーンにやさしい囁きを聞いた気がした。  

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2011年05月11日

ブルーバレンタイン

B004HO59UQBlue Valentine [DVD]
2010年 アメリカ
監督:デレク・シアンフランス
出演:ライアン・ゴズリング
   ミシェル・ウィリアムズ
   フェイス・ワディッカ
   マイク・ヴォーゲル
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ふたりの終わりとはじまり。

ネタバレ有りです。

小さな町で暮らすディーンとシンディの夫婦。愛娘のフランキーを溺愛する父親。どこか倦怠感漂う風情を見せる母親。
ある日彼らが飼っていた犬が死んでしまう。フランキーを祖父に預け、その死体を葬ってやるディーン。
落ち込む彼は、憂さを晴らそうと妻とラブホテルに向かう。
その途中でシンディは元彼のボビーと出会う。
そのことを知って不機嫌になるディーン。
悪趣味なラブホテルに着いてからも、ちょっとしたことで口論となり、険悪なまま朝を迎える二人。
そして一人先に仕事場に出発した妻に腹をたて、彼女の職場に怒鳴り込むディーン。
それが夫婦の終わりの日だった。

過去。
身勝手なセックスでボーイフレンドのボビーに中出しされてしまうシンディ。
そんな時ディーンが彼女を見初め、デートに誘う。
ユーモアに富み、やさしさ溢れるディーンに心を開いていくシンディ。
けれど彼女は妊娠していた。
ボビーの子だと承知しながらディーンは結婚を申し込み、二人は役場で永遠を誓い合った。

現在の別れと、過去の出会いが交差し、ラストでその別れの決定的なシーンが、はじまりである結婚式の抱擁とリンクしているところがとてもせつない。

シンディは勤勉で上昇志向を持ち、医師になることを望んでいる。近々栄転で遠くに勤務になることも上司から告げられている。
一方ディーンは定職に就くわけでもなく、午前中からビールを飲んで気楽に働く、妻とは対照的な性格だ。
どこで彼らはすれ違っていったのだろう。
いや、はじめからその志向の違いは大きかったのかもしれない。
加えてフランキーがディーンの実の娘でないことも。
もちろんディーンはその娘を目に入れても痛くないほどに可愛がる。
その分シンディにはその“負い目”に苦しんだのかもしれない。

男女の在り方はそれぞれで、でも確実に「終わり」が来る時は、その予感が押し寄せる。
それを感じたからこそディーンは必死で妻を繋ぎとめようとする。
ラブホテルに持っていってかけたあのCDが、後のシーンで二人の思い出の曲だったと知った時は涙が出た。
セックスレスな夫婦が体を繋げようとする時、
「僕の子を作ろう」
とディーンが言ったことは、この時のシンディには言ってはならない台詞だったのかもしれない。

シンディもシンディで、13歳の時に性体験をし、25人と関係を持つという少々驚きの経歴を持っていて、仲の悪い両親のようにはなるまいとしながらも、しっかりとした行動はとっていなかったようだ(コンドームなしのセックスだったり、つきあった男性を身内に会わせるのがディーンが初めてだったり)。
自分のキャリアが認められての出世かと思いきや、上司の欲望の対象となっていただけだった事実。

恋愛をしたことがあるなら、誰もがどこかで経験する、傷つけあいや倦怠、別れの予感、予兆、そして出会った時、関係が始まった時の高揚感と幸福感がリアルに詰まっていて、それが同時進行するものだから、このドラマに心を鷲掴みにされてしまう。

二人が背を向けて別々の道を歩き出し、その周囲では花火が派手に音をたてている。
その花火が走馬灯のように幸せだった頃の二人を映し出す。
このラストシーンからエンドロールにかけての流れがもの凄くせつなくて素晴らしい。

主演のライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズが好演。
どこかで出会ったことのあるような感情を思い起こさせるリアルな演技で魅せる。

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2011年03月27日

わたしを離さないで

B004U4QVM8わたしを離さないで [DVD]
2010年 イギリス・アメリカ
監督:マーク・ロマネク
原作:カズオ・イシグロ
出演:キャリー・マリガン
   アンドリュー・ガーフィールド
   キーラ・ナイトレイ
   シャーロット・ランプリング

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 あなたたちはアメリカには行けない。
 スーパーの店員になることも。
 カーレーサーになることも。
 なぜなら……

ネタバレ有りです。

外界から遮断された寄宿学校ヘイルシャム。
そこでは体の内も外も健康を保つことを一番の大事に教育された生徒たちがいた。
彼らはある日、新任のルーシー先生によって真実を告げられる。
「あなたたちはいずれその体を他者に提供するためにここにいる」のだと。
18歳になり、キャシー、トミー、ルースの仲良し三人組は、ヘイルシャムを出て外界に出る。
そこで知り合った同じ境遇の違う学校で育ったカップルに、ある噂をきく。
「本当に愛し合う二人だと証明できれば、“提供”までに数年の猶予が与えられる」

映画は終始キャシーの静かな語り口で紡がれる。
その信じがたい残酷な運命に逆らうでもなく。
そんな境遇に追いやった先生や他の誰かを呪詛するでもなく。
淡々と数回もの「提供」を行う、その唯々諾々とした姿勢が、あの教育の賜物なのか、反抗した者は知らずのうちに何らかの処分があったのか、それは判らない。

「提供」は一回で“終了”する者もいれば、3回行う者もいる。
眼帯をつける者、歩行器なしでは歩けなくなっている者、痛々しい手術の痕がくっきりわき腹に残っている者……。
ルースが最後の「提供」を終えて、体から臓器を取り出された後、目を見開いたまま死亡し、そのまま取り残されるシーンは信じがたいほどに恐ろしかった。
人間の尊厳なんてそこには何もない。
あれだけ美しくて情熱的だった彼女が。
ただの臓器の入れ物に過ぎなかったのか。

ただの「予備」として使い捨てされる彼らが、自分たちはクローン的な何かで、どこかに自分のオリジナルが生きているのだという思考を持つのがとてもせつない。

それ以上にやはり「生きたい」という人間なら誰でも持つ希求の先が真実の愛なのだと信じ込む姿に涙が出た。

「もしか」の可能性が否定され、トミーは絶叫する。
子供の頃に癇癪を起こした時のように。
キャシーとの本物の愛を見つけたのに。
今まで誰もそんな絶望と激情を表すことはなかった。
だから殊更このシーンに胸が張り裂けそうになった。
あれは提供者全員の叫び。
人間らしさも、愛さえも否定された運命の子供たちの。


子供時代、外界から持ち込まれる、壊れかけた時計や使い古された人形などに嬉々として学校で使用できる通貨で買い物をする生徒たち。
その中で、トミーがキャシーに歌のカセットテープを贈るシーンが印象深い。
「あたしを離さないで。キスして」
の歌詞にうっとりとするキャシーの少女時代を思い返すと、最後の
「私にも提供の通知がきた」
と淡々とモノローグで述べる彼女の静かなる悲哀が迫ってくる。

魂ある彼らの犠牲で、そんな暗黒面を裏に、先進医療が発達して「普通の人々」の寿命が格段に延びたとする、残酷な、けれど哀しいくらいに映像の美しい現代のSF。

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2011年03月19日

アンチクライスト

B0056FPMKMアンチクライスト [Blu-ray]
2009年 デンマーク=ドイツ=フランス
監督:ラース・フォン・トリアー
出演:シャルロット・ゲンズブール
   ウィリアム・デフォー
   ストルム・アヘシェ・サルストロ
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赦されない魂は、森の中でこたえを見つける。

ネタバレ有りです。

妻と夫が愛し合っている最中、幼い息子が窓から転落死した。
自分を責める妻は、心を蝕まれていく。
それを見るに耐えかねたセラピストの夫は、彼女を連れて森の中の小屋でリハビリを始めた。

花瓶に刺さっている花の茎が、淀んだ水の中で腐っていくように、鬱蒼とした森で妻の狂気は増していく。
いや、本当は彼女ははじめからどこかおかしかったのかもしれない。
生前、息子に左右逆の靴を履かせ続け、その足に畸形をもたらすという虐待を行っていた妻。
息子の転落時も、プロローグでは目を閉じてオーガズムを感じていたのに、後に出てくる回想シーンでは、彼女は息子が落ちていくところを凝視し、笑みさえ浮かべている。
どちらが本当なのかは判らない。
自責の念に駆られて嘆く姿も嘘とは思えない。
そんな彼女の二面性は、悲嘆、苦痛、そして殺戮へと発展していく。

セックスに夢中になったがために子供を死なせてしまった妻は、夫にたびたびそのセックスをせがむ。それこそ無我夢中で。
細い肢体は痛々しく、脚を広げて全裸で行う自慰シーンは、瞬間的に情を煽るけれど、エロティックなものでは決してない。
その後に、大きな木の下で妻と夫が体を交えるシーンも、破壊の前兆としか受け取れなかった。
二人が向かった森は“エデン”ではなかった。
その頂点に君臨するのは妻自身。悲嘆と、苦悩と、絶望に塗れていたかに見えて、実は操っていたのは彼女だったのかも知れない。


だから妻は、感情に押し流されない、理知的ながらも独善的な夫を“罰する”。

勃起したものを板でぶちのめし、更に逃げられないように脚に穴を開けて大きな砥石をそこに取り付ける。
そして彼女自身も、すべての元凶である、悦びを感じる部分、股間を鋏で切り取ってしまう。
性欲がもたらした悲劇を自分で摘み取る強烈なシーンだ。

そして夫は妻の首を絞めて殺し、遺体を焼き、ほうほうの体で小屋を逃げ出す。
異常な妻からやっと解放され、生き延びたかにみえた。
けれど、エピローグで、森を歩いている彼の前に無数の少女たちが現れる。
彼女たちに顔はなく、そして夫を皆が素通りしていく。
それはかつて「女というだけで死刑にされた」という歴史上の女たちだったんだろうか。
だから夫は実は既に死んでいたのかもしれない。

彼は森に入ってから、不吉な動物たちを目撃していた。
出産途中で、体内から半分子供を出したまま走り去る鹿。
血にまみれて草に横たわる狐。
生んだばかりの子を蟻に喰われ、しまいには鷹にさらわれてしまうカラス。
それらが「悲嘆」「苦悩」「絶望」のそれぞれのメタファーなのだとしたら、並行して彼らは死神の役割も与えられていたような気がする。
鹿は、息子が転落死する回想シーンで姿を現し。
狐は「カオスが支配する」と夫に語りかけ。
カラスは姿を隠した夫の居場所を妻に告げるために鳴きわめく。

どの時点で夫が死んだのか、そもそも死んでいる説が正しいのかどうかは判らない。
けれど、小屋に着いた最初の方で、いくらマッチを擦っても灯かなかったのが、洞穴に入った時は何本もいとも簡単に点火したり。
いくら気を失っているとは云え、脚に穴を開けられている時に全く無反応だったりと、夫の動向で気になった部分がある。
もし死んでいるのだとしたら、彼はあの世でもエデンには迎えられなかったということになるんだろうか。
あの少女たちは妻を迎えに行ったのかもしれない。

とにかくラース・フォン・トリアーらしい、女性を(今回は男性もか)とことんまで追い詰めて追い詰めて絶望の淵に5トンくらいの錘をつけて投げ落とす作りは流石としか言いようがない。
その狂気の妻をシャルロット・ゲンズブールが文字通り体当たりで演じていた。
受難の夫役のウィリアム・デフォーも尻をふりふり熱演。
ほぼこの二人きりで構成されるドラマは、面白いとか面白くないとかの次元を軽く超えてしまった。

cocoroblue at 21:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年12月21日

ノルウェイの森

B002AQTCWEノルウェイの森 [DVD]
2010年 日本
監督:トラン・アン・ユン
原作:村上春樹
出演:松山ケンイチ 菊地凛子
   水原希子 高良健吾
   玉山鉄二 霧島れいか
   柄本時生 初音映莉子

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 どうにもならない。

ネタバレ有りです。

序文は、この映画のキャッチコピーを一般募集し、大賞こそ逃したものの、特別賞を与えられた高知在住の女性が考えた言葉。
この作品の本質を捉えた、見事なコピーだと思う。ほとほと感心した。

それに呼応するように、映画の登場人物たちはよく同じ言葉を洩らす。
「どうしようもないんだ」
と。

ワタナベが渇きを癒すように女の子と寝まくるのも。
好きな人と体を繋げたいのにどうしても濡れない直子も。
恋人がいながら行きずりの関係を持ち続け、それでも恋人を愛していないわけではない永沢さんも。
恋人の浮気を知りつつそれについて何も責めない、でも傷ついているハツミさんも。

ワタナベが直子のすべてを受け止めようとして、それがかえって彼女を追い詰める形になってしまったことも。
ワタナベがどれほど自分を大切に思っているか、愛しているか知っていながら、死んだ恋人キズキにずっと囚われている直子の姿も。
直子の死後、通常社会に出る前に、儀式としてのセックスをワタナベと行うレイコさんも。
父親がウルグアイに行ってしまったのだと嘘をつくことで、充分に愛されなかった肉親の情を韜晦する緑も。
ハツミさんが永沢さんとは別の男と結婚し、その2年後に自殺したことも。

どうしようもない。
愛に理屈なんてない。

だから人は人に惹かれ、傷つき、森を彷徨うように暗中模索を繰り返す。

直子がキズキのことを、彼の自殺後はじめてワタナベに話すシーンは見事だった。
だんだん高ぶる感情、速度を増す足の速さ、そして悲鳴のような告白。
ワンカットの長まわしを、直子役の菊地凜子はよくぞやりきった。

彼女の痛みが、原作を読んだときよりもダイレクトに伝わってきて、涙が止まらなかった。
直子の喘ぎ声さえも甘くなく、悲痛な叫びにきこえた。

そんな直子を包容しようとするワタナベの無限のやさしさと愛とそして残酷さも良かった。
彼が怪我をした手のひらのかさぶたをはがす、原作にはないシーン。
あれは痛みを感じるためだったんだろうか。
生きるということの痛み。
自分は生きる方を選択した。
キズキとは逆に。
そのための通過儀礼なのかもしれない。

トラン・アン・ユンらしい叙情的な画も印象的だった。
くゆる煙草の煙の中で微笑む永沢さん。
水のしたたりが白い肌と黒髪をより美しく見せてくれた、プールのシーンでの緑。
ネオンが照らす灯りにひときわ映える首筋のほくろ。
ワタナベが寮の階段をぐるぐる駆け上っていくところを下からとらえたカメラ。
どこまでも青々とした緑が続くサナトリウムの外の風景。
生と死が、分かれるのでなく、混在した美しさがそこに在った。

キャストは誰もがハマっていて、わたしは原作にそれほど思い入れがないせいか、すんなり受け止められた。
中でもやっぱり前述した菊地凜子と、ハツミさんの凜とした美しさと怖さを体現した初音映莉子が素晴らしかった。

ラストシーンも原作通りで良かった。
緑にどこにいるのかを訊かれ
「どこにいるんだろう」
とひとりごちるワタナベは、だから原作で37歳になっても、悲しみを置く場所を見つけられないままだった。
緑に愛していると告げた直後でさえ、彼はまだ深い森で迷っている。
でもそれは仕方がない。
だってそれって「どうにもならない」ことなのだから。


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2010年11月17日

悪人

B004FLK6B8悪人 スタンダード・エディション [DVD]
2010年 日本
監督・脚本:李相日
原作・脚本:吉田修一
音楽:久石譲
出演:妻夫木聡
   深津絵里
   岡田将生
   満島ひかり
   樹木希林
   柄本明

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逃避行の果て。悪人になる必要があった。

ネタバレ有りです。

悪とは何かを考えさせられる。

殺人を犯した祐一。
出会い系サイトで知り合った男が殺人犯と知っても、自首する彼を止めて一緒に逃亡した光代。
祐一にお金を払わせてセックスを楽しむ一方裕福でかっこいい大学生にのぼせあがり、でも手ひどくその彼にふられ、八つ当たりで祐一の人生を破壊するような言動をして殺されてしまった佳乃。
佳乃をもてあそび、ドライブ中に山道に蹴り捨て、彼女が殺された後も仲間内で笑いものにしていた大学生の増尾。

誰もが愚かで、罪深いことには変わりはないけれど、善悪二元論で片付けられるものでは決してない。

でもその中で、一番判りやすい「悪」として描かれているのは、漢方薬販売の悪徳業者だろう。
それはほぼシンボライズされた「悪」であり、ラストあたりで祐一の祖母が彼の事務所に敢然として立ち向かっていくさまは、彼女が初めて孫の悪の部分と向き合えたことの暗喩となっているような気がした。

また、祐一の祖母を励ますバスの運転手や、あまりに自分勝手で心が貧しい増尾に怒りを覚える友人が、荒んだドラマの中で善良の象徴のように存在していた。

そんな暗喩だったり象徴だったりと曖昧な善悪とは異なり、主要キャストたちのドラマは複雑で、もの哀しくて、とても濃い。

不器用で、若さを謳歌することもなく、誰かと出会いたくて、でも体で交わることしかできず、つい光代にもセックスの後お金を渡してしまう祐一像が強烈だった。
生きているのか死んでいるのか判らなかった毎日は、光代がその名の通り光を与えてくれた。
自分のすべてを受け止めてくれる女性が現れたら愛さずにいられないだろう。
だから最後の最後で、彼はその愛を光代にそそぐ。
彼女の首を絞めるという形で。
「俺はあんたの思っているような男じゃない」
すべてはこれから警察に捕まって長い刑期を送るだろう自分を彼女が待たなくて良いように。彼女を平凡ながら安全な日常に戻してやるために。
彼は自ら「悪人」となった。
こんな至上の愛の形があるだろうか。


そして佳乃のパートはどれも印象に残った。
両親や、かっこいい男の子の前では笑顔をふりまく良い子で、でも裏では出会い系サイトで男と会って、彼を下に見ていいように扱う別の顔を持っていて。
彼女が女性の同僚と食事するところ、一人がいなくなったらその子の悪口を言い、でも表向きは仲の良い友人を気取っているシーンはとてもリアルだった。女性同士でこういうことは本当によく見るパターン。
でもそんな子でも、父親にとったらただかわいい娘というのもまた事実。
父親が佳乃の幻に手を差し伸べるシーンはせつなかった。娘がどんなことをしてきたか知っていても、それでも親には純粋で可愛らしいイメージしか残っていない。
そのギャップ埋められることは永遠にない。

祐一役の妻夫木聡の繊細な演技にやられた。
ラストシーン、灯台で光代と朝焼けか夕焼けを見つめるところ。
初めて生を実感しているような、恍惚としながら泣きそうな顔になっているその表情づくりがラストカットに相応しい。

モントリオールで賞を獲った光代役の深津絵里もここで良い表情を見せる。

ただ、彼女を食ってしまったように(わたしは)思われる佳乃役の満島ひかりの素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。
同僚と会話するところの自然さ、増尾に尻尾を振ってついていく時の媚びた喋り方の見事さ、そして見せ場である祐一との殺されるまでの一連のやりとりが凄い。
肩を強くつかまれた時の悲鳴とか、若手女優でただ声を張り上げるだけでなく、きちんと悲鳴になっている悲鳴を出せるのは今彼女だけではないかと思う(昔「ケイゾク」のドラマで中谷美紀があげた悲鳴に匹敵する上手さ)。

もちろん樹木希林や柄本明のベテラン勢の上手さは言うに及ばず。
今回憎まれ役の岡田将生もおいしい役どころで得をしていた感じ。

先に観た人に
「観た後、一週間は引きずりますよ」
と言われていて、たしかにかなり落ち込み、きっかり一週間経って感想を書くことができた。
今年の忘れられない邦画2(1は『告白』)。

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2010年10月28日

雷桜

B004KNWRD6雷桜 スタンダード・エディション [DVD]
2010年 日本
監督 : 廣木隆一
出演 : 岡田将生 蒼井優 小出恵介
    柄本明 時任三郎 宮崎美子
    和田聰宏 須藤理彩 柄本佑
    大杉漣 池畑慎之介 坂東三津五郎
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バカ殿、ご乱心なう。

ネタバレ有りです。

とにかく退屈で退屈で仕方なく、もう劇場を出ようかと思ったほどだったけれど、途中からわたしの中の笑いの神がわんさか降臨してきて、ある意味とっても面白い作品となった。

斉道は将軍家に生まれながらも、母から精神的虐待を受けて育ち、その心に大きなトラウマを抱えていた。
些細なことでも刀を振り回して家臣を斬り付けようとする斉道は、忠実な家臣瀬田の故郷の田舎で静養することとなった。
そこで出会ったのは、ある理由から自然の中で育った野生児のような女の子・遊だった。
身分の違いも俗世のことも知らない彼女は斉道にもあけっぴろげな口をきき、「お前はお前だ」と彼の存在を本当の意味で認めてくれた。
そんな二人は恋に落ちる。
けれど斉道には政略結婚の話が持ち上がり、それを断ることは破滅を意味していた。
斉道は遊に別れを告げるが……

まあ正統派の身分違いによる悲恋なんだけどねえ……
最初に書いた通り、その恋模様が苦痛なほどに退屈。
刀をつき合わせて戦ったばかりの二人が抱き合う過程も、斉道に押されて引き気味に見えた遊が激しく彼を愛するようになる心の機微も、わたしには伝わってこなかった。

主演二人に魅力がまるでない。
斉道役の岡田将生は感情の高まりを表現するのに、ちょっと遠くを見つめて顔を歪めるだけのワンパターン演技で、それも決して上手いとはいえないと思う。
「殿の笑い声を聞いたことがない」という瀬田の台詞が伏線になって、遊と出会ってからは斉道は笑顔を見せるようになるものの、それが自然なやわらかな笑みに見えずこちらも残念。
遊役の蒼井優は、終始ギャーギャー喚いているだけの印象。せっかく可愛らしい子なのに美人に撮って貰えていないような。それが野生児を表現するつもりであるなら明らかに失敗。
『重力ピエロ』の、『フラガール』の、『百万円と苦虫女』の、あの輝きは二人ともどこに行っちゃったんだ。

でもその後がすこぶる面白い。

遊が、ピーッと口笛を吹くと、いつも彼女の白の愛馬がどこからともなくやってくるという設定があって、「お前もやってみろ」と勧められて斉道もピーッとやってみる。
すると遊の白馬と斉道の馬両方がやってきた!
いやわたしが無知なだけで、馬ってそうやって呼ばれたらどんな馬でも訓練なしに飼い主のもとにやってくるという習性があるのだったら謝るけれど。
馬が二頭ぱっぱかぱっぱか同時に駆けてくる画は面白すぎた。

そしてなんたってピーター、いや池畑慎之介、あ、やっぱピーターが出てくる度に面白くて面白くて。
どうやってもピーターなんだもの。時代劇の中で立派すぎるほどにその存在感が確立されているんだもの。
だから彼の正面顔がアップになる度現実に戻されて笑い、時任三郎をざっくり刀でぶっ刺すところでまた正面顔のキメ顔になって笑い、そのとどめをさされるまでにザクザク斬られて即死してもなんら不思議のない時任三郎がなかなか死なずに遊と別れの言葉を延々交わしているところで笑い、あの殺陣シーンはどうしようかと思った。

数日後、斉道が江戸に帰る途中、家臣を蹴散らして彼をさらいに来た遊。
けれど将軍家のために生きると誓った斉道は籠から出るのをぐっと我慢。
斉道が顔を見せるのを健気に待つ遊。せつないぞ。
斉道は最後籠の中から叫んだぞ。「遊ーーーーー!!!」
直後。
「出立!」
と何事もなかったかのように瀬田の号令で出発。
家臣と兄によるまさかの放置プレイ。

その後なんだかんだで18年の月日が経ち。
斉道はまったく老けることなくこの世を去る。
そして瀬田は遊を訪ねる。
その道すがら、遊の子供と彼は遭遇する。
その子供役が岡田将生。
当然ながら顔がそっくりってレベルじゃない。

ここは我慢しきれずに盛大に噴き出した。

映画でこんなに笑ったのは本当に久しぶりで。
肝心の雷桜って何の役割を果たしていたっけ?と考えても思い出せない体たらく。

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2010年10月19日

ナイト・トーキョー・デイ

B004REFNHKナイト・トーキョー・デイ [DVD]
2009年 スペイン
監督:イザベル・コイシェ
出演:菊地凛子
   セルジ・ロペス
   田中泯
   中原丈雄
   榊英雄
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東京の音が聞こえる。

ネタバレ有りです。

日本公開を心待ちにしていた分、その膨らんだ期待が裏切られた失望が大きかった。
凄い珍作。

ストーリーは単純。
築地市場で働くリュウは、同僚とも他人とも交流を持たない孤独な女性。
そんな彼女がひょんなことから録音技師の老人と知り合い、一緒に食事を取る奇妙な友人関係となった。

ナガラは初老のサラリーマン。ある日彼の愛娘ミドリが自殺する。
彼女が死ぬ前に残したメッセージにより、ミドリの死が外国人の夫ダビの愛情不足と感じたナガラは、前にも増して彼への憎しみを募らせた。
ナガラの部下で、ひそかにミドリに想いを寄せていたイシダは、憔悴する上司の姿を目の当たりにし、ダビを葬ろうと殺し屋に依頼する。

実は裏稼業で殺し屋をしているリュウ。
ダビ殺しの依頼を受け、彼が働いているワイン店に下見に行く。
そこでダビと意気投合し、体の関係を持ってしまう。
彼を愛してしまったリュウに仕事を遂行することはできなかった。
苛立ちを募らせるイシダ。
やがてダビが国に帰る日がやってくる。

何だろう、この居心地の悪さは。

それは録音技師のナレーションの多用に多くが起因する。
彼はストーリーに関わってくることはなく、自分の気持ちや、リュウやダビのことを淡々と一人で話すのみ。
リュウとの馴れ初めも映像で見せることもなく、彼女との語らいはごく少なく、一緒にただ寄り添っているだけ。
彼はそうして何も知らない筈なのに、リュウとダビが逢瀬を重ねていること、そしてダビとは一度も面識がないのに、彼が国に帰って現地で再婚し、新しい家族を築く顛末を語っている。
これらのことから、録音技師は現世に存在しているとはどうしても思えない。

東京の雑多な音をひたすら録る彼は、その中でリュウの声を聞いた時にこの世に降りてきたガーディアンのような存在に感じた。

ただそれが美しい無垢な存在ではなく、自分に愛が向けられないことをよく判っている悲哀溢れる存在だから居心地が悪いのかもしれない。
時折地下鉄に佇む葉っぱにまみれた人間(リアルモリゾーだなありゃ)が出てきて、エンドロール後にもカメラに向かってアップとなる意味深なシーンが挿入されるけれど、あれも現世に存在しているとは考えにくい“何か”だ。
そんなものが跋扈しながら、トウキョウでは哀しい愛の模様が繰り広げられている。

リュウとダビは、電車内を模した風変わりなラブホテルの一室で体を重ねる。
その色々な模様はもの凄くエロティックで、初回は下着のみ着衣のラブシーンでこんなものか、と思わせておいて、次からは全裸でいきなり挑み、愛撫の方法もエスカレートして度肝を抜かせてくれる。
リュウ役の菊地凜子が躊躇ないベッドシーンを熱演。
バベル』の頃と比べると、痩せて肌も滑らかで、大分きれいになっていて見とれてしまった。
けれど言い換えると、そこしか見所がないというのも如何なものか。

結局リュウはイシダの凶弾に倒れる(ダビを庇う形で)。
でもそれまでに殺し屋としてのプロ意識がまるでなく、
「私は殺さないの。契約?そんなもん知らないわ。やりたくなくなったんだもの。
前金に50%加算させて返すからいいでしょ?いちいちうるさいわねえ」
と逆ギレするところはトホホ。
もう少し悩む描写があったらドラマティックだったのに。

トホホといえば、冒頭ナガラが外国人の取引先の接待に女体盛りを振舞っているシーンも失笑もの。

リュウがダビと付き合い始め、いつもは憮然と電車に乗っていた彼女が、このときは自然と浮かんでくる笑みをおさえきれず、えくぼを作って幸せを噛み締めるシーンなんてとても良かったのに。
それを上回る「なんじゃこりゃ」な場面が多すぎることが残念。

ダビの仕事仲間で、物語でけっこう重要な役割を担っていた押尾学のシーンが全カットされたことで、編集がおかしくなりこんな出来になってしまったんだろうか。
イザベル・コイシェの初黒星。

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2010年10月13日

17歳の肖像

B003U3J3TS17歳の肖像 [Blu-ray]
2009年 イギリス
監督:ロネ・シェルフィグ
出演:キャリー・マリガン
   ピーター・サースガード
   エマ・トンプソン
   アルフレッド・モリーナ
   ロザムンド・パイク
   オリヴィア・ウィリアムズ
   ドミニク・クーパー
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手ほどきを受ける、学校以外の教育。

ネタバレ有りです。

オックスフォード大学への進学を目指す16歳のジェニー。
ある雨の日、ずぶぬれの彼女に声をかけたのはずっと年上の魅力的なデイヴィッド。
彼はジェニーの両親を口八丁で丸め込み、彼女を音楽会や食事会に連れ出す。
デイヴィッドの友人で、裕福な暮らしをしているダニーと、その恋人で教養はないけれど美人で社交家のヘレンとも知り合い、世界は変わっていく。
遂には憧れの地パリ旅行に繰り出し、17歳になって処女をデイヴィッドに捧げるジェニー。
進学すること、そのために勉強をすることの意義を見出せなくなってしまった彼女はとうとう退学を決意する。デイヴィッドにプロポーズされたからだ。
けれどある日ジェニーは彼の秘密を知ってしまう。

17歳の女の子ならではの愚かさ、幼さ、そして輝きが描かれている。

そりゃあ大人の男にエスコートされ、色々な世界に連れて行かれ、パパと冴えないボーイフレンドはラテン語の辞書しかくれなかったのに、誕生日には豪華な花と抱えきれないくらいのプレゼントを贈られ、知識と教養を褒めちぎられ、そんなことをされたらこのくらいの歳の女の子はイチコロだろう。
お堅いブレザー姿から、肩を露出させたドレスへ、まっすぐにただ伸ばした髪型からアップにしてカールを入れた洒落たヘアスタイルへ。
外見からも彼女は変わっていく。
その思い切り背伸びした格好は思考にも反映され、校長や恩師に判った風な口をきいて教育を否定するジェニーは本当に愚かしいことこの上ないけれど、どうしてそんな考えに至ったかをこちらは見ているから嫌な感じはまるでなかった。

そして彼女は痛いしっぺ返しを食うこととなる。
実は既婚者だったデイヴィッド。
そのことがばれても、ジェニーの両親に説明したり謝罪するどころか、スタコラ逃げてしまうような矮小な人間だった。
ダニーもヘレンもジェニーに多少同情してデイヴィッドと絶交はするものの、自己責任とばかりに取り合ってはくれない。
ヘレンが
「気持ち判るわ。私も……」
と言い掛けた後は何を言うつもりだったんだろう。彼女もまたダニーの愛人なんだろうか。
そんなまやかしの大人の世界を抜け、自分の足で分相応の世界に戻り、見事オックスフォードに合格したジェニーは本当の意味で輝く。

パリのお土産を固辞した恩師の姿や、ジェニーの閉じこもる部屋の前にビスケットを置く父親の姿が印象的だった。
前者はかりそめの世界に嵌る優秀な教え子を心配した、のちの彼女の理解者としての行動を、後者はまだまだ子供である娘を庇護しようとする父親の愛情が描かれていたと思う。

絶賛されていたジェニー役のキャリー・マリガンがとにかく魅力的。
彼女が今何を考えているのか、その表情でほぼ読み取れるのが凄い。
大人ぶった顔も、傷ついた表情も、どちらかといえば老け顔の彼女が10代の危うさを表現していたと思う。
デイヴィッド役のピーター・サースガードはこちらの期待を裏切らないカスっぷりを見せ付けてくれて満足。
ジェニーの父親役のアルフレッド・モリーナも少し滑稽で単純な、でも娘への愛情に溢れた人物を好演。
お気に入りの青春映画となった。

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2010年10月09日

抱擁のかけら

B003JEYDUM抱擁のかけら [DVD]
2009年 スペイン
監督:ペドロ・アルモドバル
出演:ペネロペ・クルス
   ルイス・オマール
   ブランカ・ポルティージョ
   ホセ・ルイス・ゴメス
   ルーベン・オカンディアノ
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あの日に彼は“マテオ”を葬った。

ネタバレ有りです。

盲目の脚本家ハリー・ケインは、突然ライ・Xという若手監督から脚本を依頼される。
そのライ・Xは実はハリーと因縁のある人物エルネストという男の息子だった。
14年前に何があったのか。
ハリーはその過去を静かに語り始めた。

ハリーが本名であるマテオの名で監督業をしていた1994年。
彼の元に美しい女性レナが女優のオーディションに現れる。
一目で彼女の虜となったマテオはオーディションの結果が芳しくなかったにも関わらず、彼女を主演女優に抜擢する。
彼女にはエルネストというパトロンが居り、彼はレナの父親の命の危機を救ってくれた恩人だった。
けれど異常な独占欲と老いてもなお盛んな性欲にうんざりしていたレナは、自然とマテオと恋に落ちた。
父親からの命令でビデオカメラでずっとレナの様子を撮影し続けるエルネストの息子(のちのライ・X)。
やがてそこに映し出されるマテオとレナの心を通わせた画を見て激しい嫉妬に駆られるエルネスト。
愛する二人がカナリア諸島に逃避行をしている内に、映画の出資者でもあるエルネストは、撮影を終えた映画をめちゃくちゃに編集し、勝手に公開。作品は酷評の嵐だった。
そんな中、マテオとレナの乗った車が事故に遭い、レナは死に、マテオは命を取り留めたものの視力を失ってしまった。

と、つらつらあらすじを書きなぐっておきながら、わたしはとんでもない誤解をしていて。
ハリーと懇意にしている映画製作者のジュディットが彼の妻であり、当然ディエゴも彼の息子だと初めからそう認識していたので、後半ジュディットが息子に
「あなたの父親はハリーなのよ」
と告白したシーンで、ええ?!そういう設定として見てたけど?!と逆に衝撃。
だから妻子がいる身で主演女優にうつつを抜かしているけっこうなロクデナシ野郎だなコイツという、あまりにも筋違いなイメージを主人公に持ってしまったため、二人の悲恋になかなか心が動かされなかった。
というわけでできれば記憶を消してもう一度きちんと最初から見てみたい映画。
前半『ノルウェイの森』を再読しながら見ていたのがやっぱり悪かったのか。

でもそれが判ってから見ると、失った恋に喪失感を抱く主人公の姿はとてもせつない。
あの時レナを愛し、愛されたマテオという男は死んだ。
海岸でジュディットに「ハリー」と呼ばれて手を振り返す彼はレナと共に、生きる喜びも映画への情熱も失ってしまった。

けれどそれは再生される。
ライ・Xの撮り溜めたレナのフィルムに手をかざし、彼女を感じるハリー。
失敗作で片付けられたあの映画を再編集することで、彼女への愛も、本当の自分も取り戻していくハリー、否、マテオの姿は感動的だ。

エルネストがばらばらにした二人の写真のピースを繋ぎ合わせていくディエゴ。
そのパズルが完成するにしたがって映画も息を吹き返す。
作業をするのは、14年前の過去に捉われ後悔を抱えていたジュディットと、父親との過去に復讐を果たしたいライ・X。そして新しい未来を背負うディエゴ。
彼らが集って映画を再編していく様子は大きな希望と明るい未来を孕んでいる。
長い間捨て去っていたマテオをハリーは取り戻す。

レナ役のペネロペ・クルスが大きな瞳と堪らなくセクシーな体つきで魅せてくれる。
どうしても独占したい女、その死に全てを喪失してしまうほどの存在感あふれる女、そんなファム・ファタルに説得力がある。
アルモドバルお得意の原色、今回は特に赤色が彼女と共に映える。

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2010年09月24日

食べて、祈って、恋をして

B003U2SXFO食べて、祈って、恋をして[DVD]
2010年 アメリカ
監督:ライアン・マーフィー
出演:ジュリア・ロバーツ
   ハビエル・バルデム
   リチャード・ジェンキンス
   ジェームズ・フランコ
   ビリー・クラダップ
   ヴィオラ・デイヴィス
by G-Tools


異国の地で、本当の自分を見つけた(けっ)。

ネタバレ有りです。

私はリズ。30代でライターの仕事は好調、夢追い人だけれど優しい夫もいる。
でもね、何かが足りない、何かが不安なの。
だから夫に一方的に離婚を申し出たの。
彼は納得してくれなくて……離婚が成立しない内に、若い舞台役者と恋に落ちたけど仕方ないわよね。
でもそんな恋人ともすれ違い。
考えてみれば15歳からずっと男とくっついたり離れたり。自分を見つめなおす時間ってなかった。
だから恋人は傷ついた顔をしたけれど1年間外国に旅に出ることにしたわ。
でもこれも仕方ないわよね。だって自分探しってとても大切なことなんだもの。

最初の地は「食」のイタリア。
ここでカロリーを気にせずに食べまくったわ。
行きずりのスウェーデン人の女性や彼女の恋人たちと知り合って、イタリア語を習い、毎日を楽しく過ごしたの。
太る強迫観念を捨てたら、何だか役者の恋人と別れなくちゃって思ったわ。
自分の難点を許したら新しい自分を発見できたの。
でもまだ彼を愛している自分もいる。
女って複雑ね。

次の地は「祈り」のインド。
ヨガと瞑想に耽るつもりだったけど、雑念が払えないの。
そこに何かにつけて皮肉を言ってくるリチャードってオヤジがムカつくわ!
でも何だかんだで私の魅力で彼も最後は素直に自分の過去を吐露してくれた。
祈りも、現地で仲良くなった女の子の幸せを望んで祈ったらうまくいったわ。
私って人格者ね。すごいでしょ?

最後の地は「恋」のバリ。
交通事故で運命的な出会いをしたの。
彼はバツイチで息子を溺愛して「ダーリン」を連発するブラジル人のフェリペ。
役者の彼氏をひきずっていた筈なのに、簡単にフェリペを受け入れられたわ。
これも新しい自分なのかな。
そして離婚したことで周囲から白い目で見られている親子とも知り合ったの。お国柄って大変なのね。
彼女たちのために家を建ててあげたいと思ったの。ほら、前も書いたけれど私って人格者だから。
そのためにニューヨークの友人や、イタリアとインドで少し知り合っただけの人たちにメールしまくってお金を無心したの。
繰り返すけど私、人格者だから。
善いことをしたわ。
「自分を救うための旅が、皆(トゥッティ)を救う旅になる」
ああすっごい良いフレーズ!
フェリペとも色々色々色々あったけれど、遠距離恋愛決定!
この体験、本にしたらめちゃ売れ間違いなしね!


うん、無理だ。

男が常に寄ってきて、全財産を失った筈なのに1年も旅行が出来るご身分は素直に羨ましいとは思うけれど、彼女の生き方に憧れはしないし、ましてやその考え方に共感はいっさいできない。

初っ端の離婚を決意するところからして全然気持ちが判らなく、夜中に泣いて今まで祈ったことのない神に語りかけるシーンなんて、10代の女の子だったらその不安定さを理解できただろうけれど、責任ある結婚した女性の行動とは思えない。

一番嫌だったのが、彼女が人の気持ちをまるで尊重していないところ。

夫を詰る資格はないと思うのに離婚調停の場でわめき散らし、インドで彼の妄想とダンスして勝手にきれいに別れた風に仕上げちゃってるし。
リチャードに
「自分を許すまでここにいるんだよ」
と諭されるシーンも、彼女自身が全く罪悪感を持っていないものだから白けるばかり。
リチャード役のリチャード・ジェンキンスの演技がとても良かっただけにとても残念なシーンとなってしまった。
役者の恋人とも関係を修復しようと努力は一切なし。
外国の遺跡に触発されてメールでライターらしい哲学的な文章で別れを言い渡すのもどうなのか。
それからこれはちょっと違うかもだけれど、あのインドの女の子にちゃんと品物でお祝い贈ったれよ。

とにかく久々に最後まで観るのが苦痛な140分だった。
ジュリア・ロバーツの表層的な美と、イタリアでの食べ物のおいしそうな様子で何とか耐えられた感じ。
今年のマイワースト作品に入ることは間違いない。

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2010年08月28日

瞳の奥の秘密

B004CCQSTY瞳の奥の秘密 [DVD]
2009年 スペイン=アルゼンチン
出演:リカルド・ダリン
   ソレダ・ビジャミル
   ギレルモ・フランチェラ
   パブロ・ラゴ
   ハビエル・ゴディーノ

by G-Tools


目は口ほどにものを言う。

ネタバレ有りです。

以前刑事裁判所に勤めていたベンハミンは、実際に起こった事件をもとに小説を書き始める。
それは25年前、新婚の若妻がレイプされた上殺された事件だった。
被害者の夫リカルドの妻への深い愛に突き動かされ、ベンハミンは同僚のパブロと共に犯人を捜し始める。
そしてその当時の女性上司のイレーネへの想いもまたベンハミンは抱き続けていた。

途中まで観ていて、退屈はしないものの、突出している部分もなく、これがアカデミー賞外国語映画賞受賞作なのかとぼんやり考えていたけれど、仰天するラストで言葉を失った。

色々妨害に遭いながらも手がかりを得て、真犯人を捕まえることに成功するベンハミンとパブロ。
犯人のゴメスという男は、被害者に長年横恋慕していた幼馴染だった。
しかし彼は投獄されるものの、ベンハミンと敵対する者の手によって釈放され、自由を謳歌することになった。
やりきれなさを抱いたまま成す術もないベンハミンたちとリカルド。
そんな折、パブロがベンハミンと間違われて銃殺される事件が起きた。
罪悪感に苛まれるベンハミン。
心の拠りどころであったイレーネも別の男と結婚した。
後悔を抱えたまま25年が過ぎ、ベンハミンはふとリカルドを思い出し、彼を訪ねる。

ベンハミンは自問する。
リカルドの亡き妻への愛は本物だった。
25年の月日が経って、ゴメスは行方不明となっている。
そんな憎い相手がどこかでのうのうと生きている、そのことがあってなぜリカルドは心穏やかに暮らしていけるのか、と。
それを再会した彼に突き詰め、リカルドは実は自分でゴメスを殺したことを告白する。

けれどベンハミンは思い出す。
妻が殺された当初、リカルドは
「犯人には少しでも長く生きてほしい」
と言っていたことを。
けれど彼の望んでいた終身刑どころか、ゴメスは自由の身となった。
そしてベンハミンはパブロの言葉も思い出す。
「人は顔や職業は変えられても、情熱だけは変えられない」

その夜、こっそりリカルドの家に戻るベンハミン。
そこで見たのは、皿に少し盛ったパンと飲み物のトレイを持って地下室に行くリカルドの姿だった。
そこには、檻に囚われたゴメスの姿があった。
ゴメスはベンハミンの姿を見つけ、こう言う。
「彼(リカルド)に言ってくれ。どうか俺に一言でも声をかけてくれ」と。

つまりリカルドは、法で裁けない憎き犯人を地下に捕らえていたのだった。
しかも数十年、ただ最低限の食物を与えるだけで、一言も話すことなく。
ゴメスが第三者を見て初めて発した言葉が
「助けてくれ」でも「ここから出してくれ」でもなかったことに震えが走った。

そう、リカルドの情熱は失われることはなかった。
妻を心から愛し、それを奪った犯人を赦すことなど決してなかった。
その情熱をベンハミンは彼の目を見た25年前に既に感じ取っていた。


その「瞳」が雄弁に語るというのは作品のテーマでもある。

リカルドが逮捕された直後、彼が真犯人であるか疑わしく思っていたイレーネが、尋問の時にわざとブラウスのボタンを外し、胸の谷間が見えるように細工した時、リカルドの舐めるような視線で、彼女は彼がレイプ犯だと確信する。

そしてベンハミンとイレーネの決して言葉にできなかった恋。
それも電車での別れの時、二人の瞳はたしかに愛を語り合っていた。

この二人の長年の想いというのが、凄惨な事件と並行して描かれているのがまた素晴らしい。

だから、ゴメスの末路を見た後に、ベンハミンとイレーネの歳をとってやっとその想いが通じたラストカットはひどく心温まるものだった。
彼女は夫と離婚するのだろう。
遅すぎた決断ではあるけれど。
彼らの未来に幸あれと祈らずにはおれなかった。
イレーネのあのラストの表情は、愛する者にしかみせないという極上の笑顔だ。
いちいち伏線回収が素晴らしい。

コミカルな場面も多く、パブロの言動には劇場が揺れていた。
「A」の文字が入力できないタイプライターを使っていた伏線が、最後のあのメモに活きてくるのも唸った。
何より人の想いの描き方が丁寧で、サスペンス的な要素も息を呑む展開の秀作。
最近のアカデミー外国語映画賞受賞作はハズレがない。


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2010年05月26日

パーマネント野ばら

B00457W03Eパーマネント野ばら [DVD]
2010年 日本
監督:吉田大八
原作:西原理恵子
出演:菅野美穂  小池栄子
   池脇千鶴  宇崎竜童
   夏木マリ  江口洋介
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 好きやずっとはどこにもないから
   私はまいにちうそをつく

ネタバレ有りです。

なおこは離婚して一人娘のももを連れて実家に戻っていた。
母親が経営するのは漁村で唯一の美容院「パーマネント野ばら」。
そこはヤギのクソくらいに固くあてたパンチパーマのおばちゃんたち、フィリピンバーを営むみっちゃん、暴力を振るったりギャンブルにハマったりとロクでもない男とばかり縁のあるともちゃん等が訪れる場所だった。
高校教師のカシマとひそかにつきあっているなおこは、なぜか判らない淋しさをいつも感じていた。

西原さんの原作が大好きだったので、映画はハマりきれなかった。

一番違和感があったのが、映画のウェットさ。
なおこの肩の傷にまつわる母親の再婚エピソード、ももとしっくりいかない描写(離婚した父親と会う日にかわいいアクセサリーが見つからずにぐずるもものエピソードは『ヒート』でのナタリー・ポートマンまんまだね)、そして後述するけれど、肝心のなおこの恋の秘密をメランコリックに描きすぎだと思った。

で、逆に新しい男をホテルに叩き込んだパンチのおばちゃん(原作ではゆきママ)のエピではただのコミカルな恋愛模様に終始し、「好きな男のいなくなったあとのふとんは 砂をまいたみたいだ」の哀愁が描かれないときた。

流れるようなモノローグ多用の原作からそれを取り除いてしまったため、ひとつひとつの物語がブツ切れで且つテンポが悪いのも気になるところ。

そしてラストのどんでん返し。
なおこの恋人カシマが、実は付き合っていた高校時代に既に死亡しており、今の彼はなおこの幻にすぎないというところ。
原作ではカシマは初老のおじさんであり、なおこの妄想の中の人物であり、実在してはいなかった。
でも映画では設定を変え、なおこのトラウマをはっきりとさせている。
ここも是か非か分かれるところだと思う。
わたしは、はっきりとした心の傷を描かないために、登場人物の中で一番まともに見えながら「くるって」いるなおこのモノローグに涙が止まらなかった。


 あなたがどんどんうすれてゆく。

 すきな人を
 忘れてしまったのに

 恋をしている私は
 
 もうだいぶん
 狂っているのかもしれない。


いつものことながらやっぱり原作への思い入れが強すぎる作品は、比較することに集中してしまってよくないなあ。

ゴミ屋敷の二人の老人とか、木の電柱をチェーンソーで切りまくるみっちゃんの父親とか、ちんこを連呼するおばちゃんたちとか、実写で見せてくれて嬉しかった部分は大きいのだけど。

なおこ役の菅野美穂は、二重のくっきりした瞳がとにかく可愛くて、それが歪む電話ボックスのシーンは胸を打たれた。
カシマ役の江口洋介は、相変わらずかっこよく、相変わらず演技が軽い。
ハマリ役だったのはみっちゃん役の小池栄子。破天荒で激情型で、でもなおこのすべてを判って見守る包容力のある女性にうってつけ。
夏木マリも池脇千鶴も、本人は垢抜けた容姿なのに田舎のおばちゃんになりきっていて良。

最後にももがなおこを迎えに行く映画オリジナルのラストシーンはとても良かった。
恋人の手を掴むつもりでそれが一握の砂でしかないなおこを呼ぶもも。
それに振り返ったなおこの笑顔は、カシマに向けていた愛情深いそれだった。
これからカシマの代わりにきっとももがなおこを癒してくれるだろう。
そんな希望を感じさせた終わり方に拍手。

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2010年03月31日

パラノーマル・アクティビティ

B002UHJ9GCパラノーマル・アクティビティ [DVD]
2009年 アメリカ
監督:オーレン・ペリ
出演:ケイティ・フェザーストーン
   ミカ・スロート   
   マーク・フレドリックス
   アンバー・アームストロング
by G-Tools


教訓。
ホラー映画でセックスをしてはいけない。そして十字架を焼いてはいけない。

ネタバレ有りです。

ケイティとミカは若い同棲カップル。
しかしケイティの周りで怪奇現象が起こり、その解明のため、ビデオカメラを取り付けて、就寝中に何が起きているのかを調べようとするミカ。
そしてカメラに映っていたのは、謎の足跡、ドアの自動開閉、ケイティの自覚のない行動、そして何かの咆哮だった。
やがてそれ以上の事態が二人を直撃することとなる。

モキュメンタリー映画が開花した作品『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』と比べると、怖さもリアリティも半減。
そのジャンルを『ブレアウィッチ』で初めて目にしてたから新鮮味が薄れた、ということもあるかもしれない。あれは当時本当に臨場感あふれていて震えたので。

けれど就寝時に時間が早送りされて、何かが起きる手前で普通再生に戻るパターンや、ウィジャボードが勝手に動き、火を出したりする場面で怖さがそがれてしまった感が否めない。

一方ミカとケイティのドラマとしてはこちらは現実味があって良。
ケイティもモデル体型の美人というわけでなく、グラマラスでどこか野暮ったい普通の女の子だし、はじめの内オカルト現象が面白くてたまらないといったミカは一般人の感覚にマッチしている。
その彼が、どんな恐ろしい目に遭ってもケイティを見捨てずにずっと傍についていたのは、興味よりも愛がないとできない行為だから余計好感が持てる。

それでも、冒頭に書いたように彼女とセックスしたり(カメラには収めていないけれど)、宗教を冒涜したり、霊を煽ったりと次々に死亡フラグをたてていく様子はもはや笑うしかない。

そんななるようにしてなったミカ死亡のラストシーンは、それまでさほど怖くなかった分も相まって震え上がるほどに恐ろしかった。

悪霊に乗り移られたとみられるケイティが数時間眠っているミカを見下ろす(ここで既にかなり怖い)。
そして無言で階下におりる。
ケイティの凄まじい悲鳴。
飛び起きたミカも階下へ。
二人の悲鳴。
それがいきなりぷつっと止む。
階段を上がる足音。
ケイティが来た、と思った瞬間、カメラに向かってミカらしき“もの”が投げつけられる。
シャツが血みどろのケイティ。
カメラ目線でにやっと笑って咆哮。

ここの一連の流れは息を呑んで、身じろぎもせずにただ固まって見ているしかなかった。
やっぱり無言で佇む人物というのはかなり怖い。『ブレアウィッチ』のラストシーン、階段でただ立っている後姿の男なんて夢に出てくるくらいの恐怖だった。

エンドロールを排し、ただ黒い画面だけが延々とつづくラストは放心状態から現実に戻るのにちょうどよかった。どうせ何も映さないだろうということは判っていたので。

とにかく一目で低予算とわかる作りのホラー映画でこれだけヒットしたのは流石。
悪霊の姿かたちを出さなかったのと、ミカ殺害シーンを映さなかったセンスは良。

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2010年02月10日

ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女

B003CGD1FAミレニアム ドラゴン・タトゥーの女 [DVD]
2009年 スウェーデン
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ
原作:スティーグ・ラーソン
出演:ノオミ・ラパス
   ミカエル・ニクヴィスト
   スヴェン・バーティル・トープ
   ステファン・サウク
by G-Tools


原題は“MAN SOM HATAR KVINNOR”
女を憎む男たち。
その意味とは。

ネタバレ有りです。

ミレニアム誌に権力に臆することなく記事を書き続け、ジャーナリストとして名を馳せているミカエル。
しかし、ある陰謀により大物実業家を誹謗したとして裁判で敗訴してしまう。
ミレニアムを離れた彼は、大企業ヴァンゲルグループの元会長ヘンリックからある依頼を受ける。
40年前、一族が集まった孤島で当時16歳の姪ハリエットが忽然と姿を消してしまったという。殺人事件として捜査されたものの、何の手がかりもなく、以前ハリエットが子守として接触したことのあるミカエルに白羽の矢が立てられたのだ。

同じ頃、ミカエルの身辺を探っていた女性がいた。
リスベット、24歳。
ピアスを数個つけ、鋲打ちのベルトをつけた全身黒づくめのファッションの小柄な彼女は、謎めいた天才ハッカーだった。
ミカエルのことを調べるうち、ハリエットの捜査に行き着く。
そして彼女は解決へのヒントをミカエルにメールする。

もの凄く面白かった!
上映時間が長めなのに全くそれを感じさせないほど。

ストーリーはミステリとして破綻がない。
細部の伏線をすべて拾い集め、結末もキャラの性格を突出する出来栄えに仕上がっている。
事件の全容はかなり陰惨。
ナチを信奉する父親から14歳の頃からレイプされていたハリエット。実の兄マルティンもそれに加わるようになり、彼女はいとこのアニタの手伝いで島を抜け出した。
その父と息子は聖書の記述になぞらえて、ユダヤ名を持つ女性たちを強姦した上殺害するという凶行に及んでいた。そのことも気づいていたハリエットは、島を出る前に父親を溺死させていたのだ。
生きていた彼女がヘンリックと再会するシーンは感動的。
けれどそこに行き着くまでの描写は容赦がない。

レイプという卑劣な行為が作品の中で大きな位置を占めている。

“それ”がはっきりと描写されるのはリスベットだ。
彼女は何らかの問題を抱え、保護観察を受けているようだ。その後見人に新しく就いた弁護士のビュルマンは、その立場を利用してリスベットに性的に接触し、ある日とうとう縛り上げて彼女をレイプする。
その時の悲痛な叫び、どうすることもできないあがきに胸が抉られる思いだった。
同時にビュルマンに対する憤りは言葉にできないほどに湧き上った。

この痛烈なシーンがあるからこそ、その後のリスベットの復讐はスカッとさせられるし、ハリエットやユダヤ名を持つ女の子たちを犯した父子の愚劣な最低の行為が直接描写されなくても際立つようになっている。

そして今回ははっきりとは描かれないものの、少女時代に火をつけて殺した男性=多分彼女の父親(義父?)にもそのような目に遭っていたのだと思われるリスベットの過去も示唆されている。

そんな孤高のヒロイン、リスベットが最高に魅力的。
手を触れれば噛み付かんばかりの野良猫っぷりで、150僂靴身長がなくガリガリに痩せた小柄な肢体も美しい。
時には女性とも寝たり、いきなりミカエルと体を重ね、かと思うと同衾することに柳眉を顰める。
天才的なひらめきとハッカーの腕前をもち、でも孤独で謎にまみれていて。

彼女が助けられたはずのマルティンを見殺しにするシーンは、彼女の過去が、自分を踏みにじってきた種類の男(レイプ犯)への憎しみがそうさせたんだろう。

それと反するミカエルは善良な男だ。
「僕だったら助けた」
と呟くそんな彼だからこそリスベットはかすかにも惹かれたんだろう。
ただ、正直このミカエルがそれほど魅力的かというと、容姿の点からもなかなかうかがえないのが残念。
でも三部作のうちにまた二人は絡むようなので、その魅力はまた別のところで見えてくるのかもしれない。

さて、エンドロールも終わり、さあ帰ろうかと立ち上がったわたしを含めた観客が、その後画面に「特報」の文字が映し出され、ミレニアムの次回作『火と戯れる女』の予告映像がはじまったとたん、一斉に椅子に座りなおした様子はなかなか面白かった。


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2010年01月19日

(500)日のサマー

B003I3QO4M(500)日のサマー [DVD]
2009年 アメリカ
監督:マーク・ウェブ
出演:ズーイー・デシャネル
   ジョセフ・ゴードン=レヴィット
   クラーク・グレッグ
   ミンカ・ケリー
by G-Tools


夏が去り、そして秋がやって来た。

ネタバレ有りです。

と、序文から既にネタバレしていますが。
物語は“ボーイ・ミーツ・ガール”。
でも恋の話ではないという但し書きに疑問を持ちつつ鑑賞を始めると、すっかりトムとサマーとの過ごした日々に取り込まれてしまった。

彼女との500日。
ファーストシーンは488日目。
ベンチに腰掛ける男女。サマーの薬指には輝くダイヤの指輪が。
そこに手を重ねて微笑んでいるトム。
なるほど、この映画は彼らが結婚に辿り着くまでを描いた作品なんだなという先入観が植えつけられる。

そして1日目。
建築家の夢が叶わずグリーティングカード会社で働くトムのオフィスにサマーが新しく入社する。
恋を信じる男と運命を信じない女。
恋愛について対照的な価値観を持つ二人は、音楽の趣味が合うことから次第に距離を縮めていく。
28日目、カラオケバーで時を過ごし、サマーがトムにキスをした。

34日目、IKEAではしゃぐ二人。キッチンで新婚ごっこ、ベッドルームで他のお客に呆れられながらいちゃつき。
でも恋人のように過ごし、セックスだって一緒に見たAVと同じプレイまで試み、楽しい日々を過ごしながらも恋人同士という枠に収まろうとしないサマー。

そうして時系列順にストーリーが進むわけでなく、例えば34日目の仲睦まじく時を過ごす二人のチャプターの前には、200日を過ぎたくらいのちょっと関係が冷めてきて同じくIKEAでかつてと同じおどけ方をしてもサマーは冷たくあしらう…といったギャップが練りこまれている。

恋の進行を描きながら、同時にその停滞と退行を織り交ぜる構成が面白い。

サマーとうまくいかなくなって一人でキッチンで延々お皿を割っている次のシーンでは、そのトムが初めてサマーとベッドインした朝、何もかもがハッピーに思える浮かれポンチぶりがミュージカル調で描かれたりする。
カートゥーンの青い鳥が飛び、道行く人々が花を撒いて祝福を投げ、窓をのぞきこむと自分の顔がハリソン・フォードに見える!

そんなギャップがせつなくて、でも一度ダメになったかに思える彼らの仲も500日が近くなれば結ばれるのだから、と見ているとこれがきれいに裏切られる。

何とサマーはトムと別れた後、カフェで読んでいた『ドリアン・グレイの肖像』について話しかけてきた男性と恋に落ち、結婚まで決めてしまう。
そのことをまだ知らずに、共通の知り合いの結婚式で再会し、よりが戻ることを夢見るトムの「理想」と「現実」の場面が二分割されて同時進行する構成はひどく世知辛い。

こうして巡ってきた488日目のファーストシーン。
そう、サマーがはめていたのは別の男性と結婚した証。
彼女との訣別の場面というからくりだった。

このサマーがとっても魅力的。
青い瞳に呼応したように、彼女のファッションにはいつもブルーが使われている。
水色のワンピースだったり、アーガイルのセーターだったり、タイトなブラウスだったり、髪留めやカチューシャにもその爽やかさが印象的に映し出されていた。
翻弄しながらもむかつくワガママさはなく、『卒業』を観て涙の止まらない繊細さを持っていて、誰のものにもならない筈だったのに結局彼女も普通の女の子よろしく運命の男性と結ばれる。

この「運命」の扱われ方が面白い。
サマーの心変わり、主義の変換はさっきも云ったように運命の人と出会ったから。
トムがその後カード会社を辞めて建設会社に就職活動を始めたのもサマーを失った経緯があったから。
そして運命なんてこの世にはない、と悟ったその直後にデートの約束をとりつけた女の子の名前がなんと「オータム」。
このラストシーンに思わずニヤリ。

サマー役のズーイー・デシャネルの魅力はもちろん、トム役のジョセフ・ゴードン=レヴィットが等身大の男性を、可笑しく、情けなく、人間味あふれる演技でとても素敵だった。
自らの体験談を取り入れたリアルな脚本も面白い。

新年になってまだ日が浅いものの、いきなり素晴らしい恋愛映画に出会ってしまった。

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2010年01月12日

パブリック・エネミーズ

B006QJT0LEパブリック・エネミーズ [Blu-ray]
2009年 アメリカ
監督:マイケル・マン
出演:ジョニー・デップ
   クリスチャン・ベイル
   マリオン・コティヤール
   ビリー・クラダップ
by G-Tools


大恐慌時代に実在した銀行強盗ジョン・デリンジャー。
彼が心から愛した女性ビリー。
二人の愛、仲間との絆、FBIとの攻防を描いたマイケル・マン監督作。

ネタバレ有りです。

さて、骨太な男のドラマを描かせたらハリウッドで右に出るものはいないマイケル・マンながら、今回はデリンジャーという一人の男だけに脚光を浴びせた感がある。それは容姿と雰囲気がもうこれ以上ないほどかっこいいジョニー・デップの存在感に他ならないのだけど。
でもその顔立ちも演技力もデップと遜色のないFBIのメルヴィン役のクリスチャン・ベイルがまったく印象に残らないのは困ったもの。

話も、デリンジャーが投獄され、脱獄し、銀行強盗を働き、また捕まり、また脱獄し…という繰り返しで起伏がないわけではないのに単調な印象。
ビリーとの恋も要所要所に語られるけれど時間にしたらそんなに長く割いていない。

しかもエンドロールが流れる前に、実在の人物たちの顛末が語られるんだけど、メルヴィンがその後自殺した事実が判明して軽く衝撃。
上司にじわじわと責められる(あの電話で「あん?聞こえないなあ。もっかい言って」って2回も屈辱的な内容を言わされるところはいやったらしいなあ)シーンはあったものの、そこまで追い詰まれていたのだという彼の内面が全く描かれていなかったので、その数行の字幕にただ唖然。

やっぱり物足りないのは、今までのマン監督作に欠かせなかった男と男の対決という要素が薄かったせいか。

デリンジャーとメルヴィンが対峙したのも、デリンジャーが投獄された時のみ。
それ以外に直接顔を合わせたシーンってなかったんじゃないだろうか。

それでもマン監督らしさがところどころあったのが救い。
あの山小屋での激しい銃撃戦は手に汗握り、腹の底に響く銃声に痺れた。
デリンジャーがひらりと銀行のカウンターを乗り越えるところ、二丁拳銃を構えるところのショットも最高にかっこいい。
彼が最後映画館から出て歩いていくところのスローモーションも、自分の最期を受け入れた漢気が表れていてゾクゾクした。

デリンジャーとビリーの恋模様は、まあ美男美女の障害ある道のりにハマれたらのめりこめたのかもしれないけれど。
わたしは基本マン作品は男を主体に見ているから、その愛そのものはけっこうどうでもよくて(『ヒート』は別)、特にハラハラしたりせつなくなったりもしなかった。
とは言え、ラストシーン、デリンジャーを撃った捜査官がビリーを訪ね、「ブルーバード」の言葉を伝えたところはさすがにぐっときた。

というわけで、印象としては大きな可もなく不可もなく、普通の映画な感じ。
ジョニー・デップファンなら文句なしなのかもしれない。   

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2009年11月15日

スペル

B00349E8C0スペル コレクターズ・エディション [DVD]
2009年 アメリカ
監督:サム・ライミ
出演:アリソン・ローマン
   ジャスティン・ロング
   ローナ・レイヴァー
   アドリアナ・バラッザ
by G-Tools


呪われちゃって超サイアク!

ネタバレ有りです。

ここまで突き抜けてやりたい放題しちゃったホラー映画だといっそ清々しい。
明らかにもう怖がらせるというよりは笑いをとろうとしている作り手にまんまと乗せられて大笑い。
効果音でビックリさせられるパターンも一辺倒でそれも狙いか。

主人公クリスティンは銀行融資係。
ある日ローン返済延期を申し出た老婆の申請を却下したことから、彼女に呪いをかけられてしまう。
ポルターガイスト現象、見えない何かに殴打、しかも数日後には自分を地獄の底に連れて行くというラミアと呼ばれる悪魔の存在を明らかにされる。
彼女は恋人クレイや霊媒師の助けを得て、何とか運命に立ち向かおうとする。

この受難のヒロインを全面的支持できないことで、作品を客観視でき、結果面白く観ることができてしまった。

初めは彼女も普通の女の子で、彼氏のエリート両親に「農家の娘」とバカにされながら何とか職場で出世を望んで懸命に働いていただけだった。
老婆の申請を拒否したのもその出世のためであり、彼女個人としては家を失ってしまう老婆に同情的であった。
そんな“ツイてない”状況下ではクリスティンに感情移入できたものの、それからいくつかの反撃と解決策に奔走を経て、ついに自分の身代わりに飼っていたかわいらしい仔猫を殺したところで完全に見放した。

だから、クリスティンが上司に向かって豪快に鼻血を噴くところも、倉庫で老婆と格闘して彼女の目が飛び出すところも、何かにつけて顎に噛み付かれているところも、墓場での雨に流されてドロドロぐちゃぐちゃの死闘も、すべて可笑しくてたまらなかった。

あれだけ予告で煽っておいたラスト60秒の衝撃も、それ以前にもの凄くわかりやすい伏線を入れてくれていたので、幸せの絶頂から文字通り奈落の底に突き落とされるヒロインの末路が意外でもなんでもなく。

とにかくB級を究めるだけ究めた痛快作。

クリスティン役のアリソン・ローマンはそれこそ体当たりの演技が拍手もの。
老婆役のローナ・レイヴァーは鬼気迫る面持ちと執念深さが最高。
霊媒師に『バベル』で強い印象を残したアドリアナ・バラッザの姿を見られたのもうれしかった。


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2009年11月14日

ゼロの焦点

B002TKK2JSゼロの焦点 [DVD]
2009年 日本
監督:犬童一心
原作:松本清張
出演:広末涼子
   中谷美紀
   木村多江
   杉本哲太
   西島秀俊
by G-Tools


時代に翻弄される三人の女たちの過去と現在。
その人生に大きく関わる一人の男。

ネタバレ有りです。

今でこそパターン化され、時にはギャグにすら使われる(『トリック2』とかテレビCMとか)、ミステリードラマでの崖の役割。
そこで殺人が行われたり、犯人が告白したり。
そんなテンプレートの先駆けとなったのがこの作品だとか。

主人公禎子は結婚したばかりの若妻。
10も年上の夫憲一が、新婚一週間目にして出張先の金沢で失踪する。
その足取りを辿る禎子は、夫の得意先である煉瓦会社のワンマン社長である室田と、その妻で憲一と懇意にしていたという美しい佐知子と出会う。
そしてふと耳にとまった英語のスラングを話す受付嬢の田沼久子。
憲一と彼女らの関係を探るうち、自分と同じく調査を進めていた憲一の兄と同僚が殺される事件が勃発した。

誰が犯人か、というよりも、なぜこうなったか、に重点が置かれた人間ドラマの色あいが強いミステリー。

戦後まもなくの日本。
まだ米兵が土地を占領していたころ、彼ら相手に春を売るパンパンと呼ばれる女たちがいた。
佐知子と久子も実は売春婦であり、その当時に巡査だった憲一と知り合う。
久子は彼と恋に落ち、その後1年半同棲するも、実は憲一は偽名を使って彼女と生活をしていた。
今は社長夫人となった佐知子も憲一と偶然知り合い驚愕。
自らの過去が夫や周辺にバレるのを恐れ、崖から憲一を突き落として殺害。
それを調べていた男たちも毒殺、刺殺と罪を重ね、それを久子になすりつけようとしていた。

次第に明かされていく夫の過去と、別の女との二重生活を送っていた事実を前に、禎子もただの可憐な新妻から情念の“女”へと変貌を遂げていく。
の、筈なのに、哀しいかな、禎子役の広末涼子の力が足りない。
前半のおどおどとした初々しい若妻はそのかわいらしい容姿が引き立って悪くなかったものの、夫を奪い、自分の夢を壊した佐知子に向ける憎悪が感じられない。

もうこの上ないクライマックスであろう、女性の立場を向上させようとして選挙に勝った佐知子のきらめくステージの上でスピーチをする場面。
それを打ち砕く痛烈な
「マリ!」
という佐知子のパンパン時代の名前を彼女に向かって叫ぶ禎子の発声が壊滅的に酷い。
あそこが禎子の最大の復讐だった。
その一言だけですべてを壊してしまう名場面になる筈の場面だったのに。
ただ犬か猫の名前を叫んでいるだけにしか思えなかったのが本当に残念。
その後の長くアップを捉えられる佐知子役の中谷美紀の演技が素晴らしかっただけに。

そう、中谷美紀の演技はいつもながら見事。
凜とした前半の社長夫人としての佇まいも、だんだん忌まわしい過去が追いかけてきて壊れていく様子も、時代を意識したのか少し古めかしくした演技が凄い。
久子を一旦は殺そうとして、でも彼女自らが崖から身を投げ、その後かけがえのなかった友達を失ったこと、久子が妊娠していたことを知って狂乱する姿が痛ましく、凄まじく、完全に彼女の独壇場となっていた。

そして出番は少ないながらも、幸薄い女性を演じさせたらもはや右に出るものはいないだろう久子役の木村多江も印象を強く残す。
後半まであまり画面に登場することなく、彼女の人となりを全く知らないのに、終盤になって佐知子との語らいや憲一との蜜月が描かれるだけで、その愛情と懐の深さ、そして時代の犠牲者となった憐れさがうかがえるのは彼女の演技力の賜物だろう。

物語としては、だんだん過去の糸が紡ぎだされて現在と重なっていくさまが面白いのだけど、演出に難があって興がそがれてしまうのが残念。

一番は音楽の使い方が酷い。
崖の上で憲一を思う禎子のシーンで英語の歌が流れるんだけど、それに字幕がつく。シーンと呼応した歌詞なのはわかるけれど、いきなり一部だけ抜粋した字幕が唐突に感じてかえってあざとくなってしまった。
そしてうちひしがれる禎子をバッグに流れる「オンリー・ユー」。今までその曲の伏線は使ってきたものの、メロディーがどう考えてもここでは相応しくない。
中島みゆきの主題歌もエンドロールにとりあえず流しておきました、な感じだったし。

それから憲一以外の男の描き方が雑。
あのイヤな男として描写していた室田がどうして妻の罪を全て被ろうとしたのか、それくらい佐知子に惚れていたのか、その関係が全く描かれていなかったのでその行動に首をかしげてしまった。
佐知子の弟も、姉の犯行を知っていながらもただ黙っていたのは、ここまで自分を育ててくれた彼女のためだと何となく判るものの、とにかく印象が薄く、ただあちこちで立って少ししゃべって終了となってしまったのは肩透かし。

ラストも、その弟の描いた佐知子像が現代の日本の画廊にかざられている、というシーンを見せられても何が言いたいのか全く判らない。

あの時代の女性の悲劇性は二人の女優によって体現されているものの、一番の主演女優と演出の酷さで凡作となってしまった気がする。


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2009年10月30日

マイケル・ジャクソン THIS IS IT

B002YK4U4Gマイケル・ジャクソン THIS IS IT デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]
2009年 アメリカ
監督:ケニー・オルテガ
出演:マイケル・ジャクソン
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彼は云った。
「ファンの望みは、日常を忘れること」
その言葉通り、映画の中で彼を観て、日常を忘れた。
マイケル・ジャクソンがもうこの世にいない現実を。

映画は、幾人かのダンサーのインタビューから始まる。
マイケルのコンサートツアーに参加することになっていた才能溢れる人々。
その絶賛の中、彼のリハの映像が流れ出してから、涙は溢れ続けた。

最初の曲はWanna Be Startin' Somethin'
スタートに似つかわしい選曲。
つづくJamThey Don't Care About Usのしなやかな身のこなし、ダンサーと息の合ったピシッと決めるポーズ、彼の一挙手一投足に熱狂した。

そしてHuman Natureのアカペラ部分で涙腺決壊。
その後の曲でもそうだけれど、彼が拘る余韻に導く歌い方がたまらない。
ささやくように。
慈しむように。
時々演奏を止めて。不意にまた始め。
そのステージに彼一人しかいないのに、すべてを支配し、すべてを彼だけに激情を注ぎ込ませる術を持つ稀有なアーティスト。

Smooth Criminalでは古い洋画と合わせて犯罪者を演じ。
The Way You Make Me Feelは女の子の尻を追いかけながら。
これもどの曲にも当てはまることだけれど、PVと同じ作りのステージを繰り広げてくれたのもうれしかった。
ThrillerEarth Songも。

ジャクソン5時代の懐かしいナンバーもいくつか披露。
兄弟の名を読み上げ、「愛している」と。
そして両親にも感謝の言葉を。
後年の確執を知っているだけに、ここも胸が痛くなった。

Beat Itの力強さ、女性ギタリストとの絡みも最高。
Billie Jeanでは、ダンサーやスタッフがまるで宝物を見る少年のようなきらきらとした目で彼を凝視していたのが印象的。

I Just Can't Stop Loving Youの女性ヴォーカルとのデュエットはうっとり。
Beat ItやBlack Or Whiteと同じく共演する人間を、良い意味で煽り、盛り上げ、「君の見せ場だよ。大丈夫。一緒にいるから」と囁き、曲の終わり方にもこだわりを見せる。

決して妥協せず、とことんまで自分と観客を魅せようとするプロ根性には本当に頭が下がる。

Man In The Mirrorで、一旦おさまった涙がまた頬をつたった。

新曲のThis Is Itを聴きながら、彼こそがわたしの“This Is It ”なんだと思った。自分にとって絶対の存在。そんなファンは多いだろう。
一体そんな人が何人いるのか想像もつかないマイケルは、途轍もない愛に包まれている。

すばらしいステージをありがとう。
十数年間夢中にさせてくれてありがとう。
あなたほど恋焦がれた人はいない。


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2009年10月12日

愛のむきだし

B002AE5A7M愛のむきだし [DVD]
2008年 日本
監督:園子温
出演:西島隆弘
   満島ひかり
   安藤サクラ
   渡部篤郎
   渡辺真起子
by G-Tools


愛をむきだす。
その日、マリアに出会った。
一目惚れと初めての勃起が同時にやって来た。

ネタバレ有りです。

ほぼ4時間の上映時間。
まともな人物が誰一人として登場しないキャラの強烈さ。
盗撮、レズビアン、新興宗教、情に溺れた神父、血みどろ展開。
園子温ワールドが爆発した愛の賛歌。

もう何が凄いって、ヒロインが出てくるまでに1時間を費やし、その登場時に「愛のむきだし」のタイトルロールが重なり、ここまでの流れがかっこよすぎて痺れが走り、そしてなぜか大笑いして画面に見入ってしまった。

主人公ユウは神父のテツを父に持つ善良な高校生。
けれど妻が死んでから人が変わってしまった父親に懺悔を強要され、罪を犯したことのない彼は、父親に相手にしてもらいたいがためにパンチラ盗撮のカルトと化す。

ヨーコは女たらしの父親にレイプされそうになって以来、カート・コバーンとキリスト以外の男を毛嫌いする女子高生。
義理の母カオリが再婚することとなり、いやいやユウと兄妹として暮らすことに。
彼女は自分を助けてくれたサソリという謎の女に恋をする。
それがユウの女装であることを知らずに。

コイケは新興宗教団体の幹部。
パンツをユウに盗撮されて以来、彼に興味を持つ。
ユウ一家を自分の宗教に引きずり込もうと画策する。

カオリはテツの説教でキリスト教に目覚め、あらゆるストーカー行為を行ってテツを手に入れる。

こんな“変態たち”がドラマを繰り広げながら、そこに明示されるのは体当たりの愛。

「愛のむきだし」の言葉が出てきたのはヨーコのモノローグ。
カオリの生き方を見て称したものだけれど、その後彼女はユウによってもっと愛をむきだされることとなる。

ユウは彼女のためにカルト団体の洗脳から脱却させようと拉致し、その激情と対峙する。
それもかなわなくなるとその団体に属し、コイケのセクハラを受けながら修行を積み、ヨーコに近づける機会を窺う。

いつでも彼の愛は逡巡がない。
父親に振り向いてほしくて始めた盗撮の全身全霊のかけ方はハンパではない。
そのポーズは無駄にかっこよく、そのバカバカしさに笑いながら迷わない子羊の潔さに感服する。
ヨーコに出会ってからはひたすら彼女を見つめ、追いかけ、縋り、人をも殺す。

その愛が昇華されたラストチャプターは、若干展開が甘いと思いながらも、精神病院を抜け出して手をつなぐユウとヨーコの姿に、今までのことを思い返して感動せずにはいられない。

『紀子の食卓』を彷彿とさせる、やはり擬似家族が囲む鍋の食卓のシーンは、その和やかさが破壊の前兆としてひどく不気味だった。
それはテツとカオリが長い回り道をして、本当の家族となるまでの通過儀礼。
そこにやがてユウとヨーコも加わるだろう。

変態には変態の生き方がある。
そんな彼らの前途に幸あれ。

俳優は、女性陣が誰もが強烈な印象を残す。
ヨーコ役の満島ひかりは、女同士のキスも自慰シーンも辞さずに潔い。
でもそれだけでなく、男性に敵意丸出しにする目力や、恋してとろけるような表情や、激昂して叫ぶように聖書のコリント書第13章を暗誦するシーンは震えた。

コイケ役の安藤サクラは、もうサイコとしか思えない目つきが心底気持ち悪くて怖くて良。容姿は決して美しいとは云えないのに妙な色気があり、同性としてはそこにまた不快感が増し、結果脳裏にやきついた。

ただものでない監督が、ただものでない女優を使って、ただものでないテーマで撮った途轍もない作品。
傑作と呼ぶには憚られるものの、ずっと心の中に留まるだろう逸品。


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2009年08月20日

ココ・シャネル

B002V0CWBWココ・シャネル [DVD]
2008年 アメリカ
監督:クリスチャン・デュゲイ
出演:シャーリー・マクレーン
   バーボラ・ボブローヴァ
   マルコム・マクダウェル

by G-Tools


誰もが知っているトップブランドの創始者、ココ・シャネル。
彼女の半生を追った物語。

ネタバレ有りです。

率直に言うと、えらいことつまらなかった。

ブランドに詳しくないわたしは、当然その中でもハイブランドなシャネルの商品なんて全く知らず、だから彼女の私生活と共に、どんな衣装や斬新なデザインが繰り広げられるのかとワクワクして鑑賞に臨んだ。

それが、ほぼココの惚れたはれたのラブロマンスに費やされて途中から退屈で仕方がなかった。

母親が死に、父親にも見捨てられ、お針子として生計を立てていたココが将校に見初められ、彼の屋敷で暮らし始める。
そこで将校の友人カベルとの運命の出会い。
いくつかの別れを繰り返し、ようやくカベルとの愛に道が拓かれようとしたときに訪れる彼の死。
それを思い出して涙ぐむ、現在のココ・シャネル。

そんな中で、彼女のデザイナーとしての開花の描写がいまいちな出来だったような気がする。

序盤で太った婦人の衣装を手直ししたり、美しい姪のドレスを大胆に改造して、カーテン(!)を肌に巻き付けさせてパーティーに行かせたりと、彼女の才能の片鱗が見えるシーンもあったはあったけれど、恋愛要素に比重をさきすぎて、それが目立たなくなってしまっている。

しかも彼女のコレクションの見せ方がいまいち。
復帰コレクションは失敗に終わったというのは判った。
たしかに出てきた服の数々はちっとも素敵に見えなかった。
そしてこの時点で次の雪辱戦では大成功を収めるに違いないだろうことは容易に想像がつく。そこで繰り広げられるのはどんな素晴らしい衣装なのか。
と、過度な期待を持ったものの、お約束どおり展開されるコレクションに歴然な差が見られなかったのは、やっぱりわたしに見る目がないからか。

それでも、三着目の白いコートは素敵で、ギャラリーから初めて拍手がおこるのも判る気がしたけれども、なかなかカメラはその全貌を映してくれない。
その後も箔がついたように拍手に包まれるコレクションの数々は前景を拝めず、胸元だったりベルト等の小物だったりをクローズアップして、せっかくの良い出来でシャネルの名誉挽回というシチュエーションへのカタルシスが薄くなってしまった。

まあこう感じるのは、繰り返すようにわたし個人の問題なんだろうけれども。
シャネルに詳しい人たちにはあれがどう見えたか聞きたいところ。

その割には将校とカベルとココとの三角関係に手間を割き(あの夜中のタンゴシーンの演出の熱の入れようは凄い)、カベルとの死別シーンでは今までの恋愛走馬灯をじっくり流し、メロドラマさながらの描写にげんなり。

来月公開される、アンヌ・フォンテーヌ監督の『ココ・アヴァン・シャネル』が俄然楽しみになってきた。



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2009年06月12日

ウェディング・ベルを鳴らせ!

B002VWH0GCウェディング・ベルを鳴らせ! [DVD]
2007年 セルビア・フランス
監督:エミール・クストリッツァ
出演:ウロシュ・ミロヴァノヴィッチ
   マリヤ・ペトロニイェヴィッチ
   リリャナ・ブラゴイェヴィッチ
   ストリボール・クストリッツァ

by G-Tools


花嫁のために、村を出て牛を売って銃を手に取り、娼館をブッ叩く。

ネタバレ有りです。

12歳のツァーネは、自分が亡き後を心配する祖父によって、お嫁さん探しの旅に出される。
そこで一目ぼれした美しい学生のヤスナの気をなんとかひこうと努力するも、彼女のまわりでは不穏なギャングが動き出していた。
一方ツァーネの祖父は、彼との結婚を待ちわびている女性ボサと、彼女に恋をした富豪との三角関係に頭を悩ませていた。
そして物語は奇跡の大団円へ。

とにかく全編ドタバタが繰り広げられる他愛ないコメディ。

わたしはクストリッツァは『アリゾナ・ドリーム』と『アンダーグラウンド』しか観たことがなく、でもこの二作品の強烈なイマジネーションとシニカルさに圧倒され、凄い才気を持った監督さんがいるものだなと驚かされたものだけれど、もともとコメディを撮ったらこんな感じの作品に仕上がるのかな、と少し拍子抜け。

基本的に悪役ギャングは誰もが悪辣で頭も悪く、獣姦ネタが畳み掛けられるのにはもう笑ってやり過ごすしかない。

主人公の少年はいじらしくもちゃっかりとしていて、ヤスナにせっせとパンを贈り、口紅で顔に血を描き介抱してもらいながらキスも頂戴し、娼館に売り飛ばされそうになった彼女をヒーローの如く助け出し、遂には彼女の身も心も奪ってしまうときたもんだ。

ツァーネのおじいちゃんも、ずっと拒絶してきたボサと、吊り橋効果ならぬ吊り鐘効果で結ばれてしまい、ラストは祖父と孫と二組のカップルが襲撃を受けながらも同時に結婚式を挙げるという、最後まで落ち着かないハッピーエンドがもたらされる。

ああ面白い映画を観た、とにっこりご満悦に浸れるわけでもなく、コメディ要素にすべて笑えるわけでもなく、何か目にやきついて離れないシーン(たとえば『アンダーグランド』でのシャガールの絵を模したシーンとか)があるわけでもない。
好きかキライかと聞かれたら正直答えに迷う。
それでもこの監督さんの作品として、完成された何かがあるような気になった映画だった。
その何かは、突き抜けた明るさ(登場人物の物怖じしないポジティブさ、風光明媚な土地等)と、ヤスナ役の女優さんの美しさが大いにもたらしている。


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2009年03月04日

愛を読むひと

B002TEYRSG愛を読むひと (完全無修正版) [Blu-ray]
2008年 アメリカ・ドイツ
監督:スティーヴン・ダルドリー
原作:ベルンハルト・シュリンク
出演:ケイト・ウィンスレット
   レイフ・ファインズ
   デヴィッド・クロス
   ブルーノ・ガンツ
   レナ・オリン
by G-Tools


少年は彼女の朗読者となる。

ネタバレ有りです。

15歳のマイケルは、学校帰りに具合が悪くなり、通りすがりの女性ハンナに助けられる。
猩紅熱から回復したマイケルは彼女に会いに行く。
年の差21。
それでも二人は関係を結び、逢瀬を重ねていく。
やがてハンナは情事の前にマイケルに本の朗読をして貰うようになる。
テェーホフ、ディケンズ、D・H・ロレンス、あるいはマンガに至るまで彼は流暢に、時には身振り手振りを加えて話してきかせる。
けれどそんな蜜月は、ハンナの突然の失踪で幕が下ろされた。

年月は過ぎ、大学の法科に通うマイケルは、ゼミの特別授業で実際の裁判を傍聴する機会を得ていた。
そこでマイケルは被告席にハンナの姿を見つける。
戦争中、ナチ親衛隊の看守として収容所で働いていた彼女が、ある事件で300人もの囚人を皆殺しにした罪に問われた裁判だった。
ハンナはある秘密を抱えており、それを守るために、他の元看守仲間の罪を一人で被って無期懲役の判決を言い渡された。

あれから成長したマイケル。
彼はテープレコーダーのマイクに向かい、少年の日に読んできかせた物語を再び朗読し始めていた。

この朗読のシーンが白眉。
少年マイケルが、若さにあふれた声でいきいきと、愛する人のために読み聞かせるのも良いのだけど、それなりに年を取り、離婚も経験し、少し枯れた風情が見え始めた彼が再び朗読を始めるシーンは、そのやわらかな口調がまるで新しい息吹を運んでくるかのように、ハンナの耳と心に届く。
その声に呼応するかのように、彼女は文字を勉強し始める。

そう、彼女がずっと隠し続けていた秘密は文盲だということ。
それは人生を狂わすまで抱えなければならないことだったのかと少し疑問が残りつつも、今まで何の不安もなく勉強させてもらった自分には、義務教育さえ受けられなかったと予想されるハンナの過去は想像もできない。
マイケルと一緒に旅行に行った先でもオーダーやガイドブックに載っている行き先を彼任せにしていたハンナ。
車掌としての働きが認められ、上司に事務職に昇格してもらうことを告げられた時に塞いだ表情も見せていた。
文盲だということが判ると、そのすべてのシーンに納得がいく。
そしてナチスの元での行為。
時々の翳りを見せる彼女の背景はあまりにも重い。

そんな彼女にただマイケルは朗読を続ける。
テープレコーダーを送り、ハンナから最初に受け取った手紙にはかつての日のように「坊や」という呼び方が記されていた。
これは時を越えた二人のぎりぎりの愛の遣り取り。
それも漠然とした愛。
憐憫なのかもしれない。懐旧だけなのかもしれない。またはどちらでもないのかもしれない。
いつか、少年マイケルに
「僕を愛している?」
と聞かれて、どこか不安そうに、怪訝そうに眉間に皺を寄せてうなずくだけだったハンナの姿と同じように。
明白なこたえを出すには、彼らはあまりに違いすぎ、不器用すぎた。

結局ハンナはマイケルと再会した後に自殺してしまう。
収容所を出て外の世界に触れるにはあまりに長すぎた年月が過ぎていたんだろう。

そしてマイケルはハンナの僅かな遺産を持って、ホロコーストの生き残りである婦人を訪ねる。
彼女はハンナを許しはしない。
けれどお金を受け取らず、子供の頃に宝物にしていた同じようなお茶の缶をそっと手元に置く。
ナチスの冥い歴史に幕が下ろされないのと同じように、収容所のできごとは婦人に纏わりつくだろう。
それでもマイケルはハンナの遺志を継いだ。
お金を識字教育団体にハンナの名で寄付することの許しを婦人から得たのだから。
彼にはそれで十分だったと思いたい。

そして彼は今までその婦人以外に話したことのなかったハンナとの過去を、今度は自分の娘に話してきかせる。
それは彼の新しい朗読。
そこにハンナと築けなかった永遠の絆を親子で結ぼうとするかのように。


ハンナ役のケイト・ウィンスレットがアカデミー主演女優賞に輝いた本作。
脱ぎっぷりのよさには感動すら覚えたけれど、もちろんヌードや濡れ場だけが見所ではなく。
複雑な胸中にある女性を表情ひとつで表現したその演技力は見事。
朗読をせがむ彼女は少年よりずっと年上でありながらどこか子供っぽく、謎めいていた。
そして決して美人に撮られていないのも良い。
そこに人間の生の姿が見て取れた。

製作はアンソニー・ミンゲラとシドニー・ポラック。
どちらも死が惜しまれる名監督。
その名がクレジットされているのを見てとてもうれしくなった。
もちろん作品全体を統括したダルドリー監督の手腕も見事。


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2009年02月11日

ロルナの祈り

B002DYGZOQロルナの祈り [DVD]
2008年 ベルギー
監督:ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:アルタ・ドブロシ
   ジェレミー・レニエ
   ファブリツィオ・ロンジョーネ
   アルバン・ウカイ
   オリヴィエ・グルメ
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ロルナは沈黙する。
自分のために。恋人のために。自分の夢のために。

ネタバレ有りです。

ロルナはアルバニア出身。ベルギーの国籍を取るため、クローディという青年と偽装結婚をしている。
表向きはタクシー運転手、裏では国籍売買のブローカーをしているファビオがその手筈を整えており、ロルナはその報酬で恋人とスナックバーを経営することを夢見ていた。
クローディは麻薬中毒者。
それはファビオにとって都合が良かった。なぜならヤク中ならいつ“事故死”してもおかしくないからだ。
クローディにそのことを言えないまま、ロルナは何とか“未亡人”にならず、離婚でことを収めようとする…。

はじめはロルナはうんざりしていた。
仕事を終えて家に帰ってみれば、麻薬を絶とうと苦しんでいる“他人”に濡れ落ち葉のように纏わり付かれ、眠ろうとベッドに入ってもひっきりなしに彼女の名を呼ばれ、どんなに冷たく接しても、必死でしがみついてくる。
「君の助けが必要だ」
そう言って縋りつくクローディは、もがき苦しみながら立ち直ろうとしていた。その姿は哀れで鬱陶しいことこの上ないけれど、たしかに真摯ではあった。

ロルナの仕事場に来て薬をやっていないことをアピール、自身が受け取った報酬も彼女に預け、その中からわずかなタバコ代と食事代を小出しにしてもらっている。
離婚のためにDVを受けているようにロルナが画策し、
「思い切り殴って」
と頬をつきだしても、どうしても手が出せない。
逡巡した挙句の平手打ちがやっと。
そんな全身全霊をかけてロルナを愛し、必要とし、大事にしているクローディにロルナはある情を抱いていく。

それが純粋な愛情なのか、憐憫なのか、絆された結果生まれた家族に対するような情愛なのかは判らない。
ただ、クローディの禁断症状が限界に来て、彼がまた麻薬を買いそうになった時、彼女は言葉どおり全身で彼を止める。
服をすべて脱ぎ捨てて全裸となり、彼と真正面から向かい合ったその姿のなんて美しいことだろう。
生身の人間が、傷ついた魂の救済が、そこに息づいていた。

そして二人は新しい鍵を買う。
自転車も買う。
それに乗るクローディ。
一旦分かれ、でも振り返って彼の元へ走り出すロルナ。
この二人の満面の笑みが見られた次のシーンでは、クローディは既にこの世にいない。
そのあっけなさ過ぎる終焉、残酷な現実。
ロルナの沈黙は、永遠に彼を消し去ってしまった。

ファビオにとっては、結局すべてが捨て駒に過ぎなかった。
クローディも。
ロシア人との偽装結婚に失敗したロルナも。
だからロルナはそこから逃げ出す。
恋人も夢もお金も何もかも持たずに。
ただ、クローディとの子供と“二人きり”で。


でも実はロルナは妊娠なんかしていない。
けれど彼女は頑なにお腹にクローディとの赤ちゃんがいるのだと信じ込む。
失ってしまった、助けてあげられなかったやさしい命。
その忘れ形見がどうしてもほしいかのように。
ようやくここにきて愛に気づいたかのように。

森をさまよい、小さな小屋で横になるロルナ。
お腹の中の子供に話しかける。
大丈夫よと。守ってあげるよと。
それはクローディに言えなかった言葉。
あの時すべてを話していたら。

現実的に考えると、彼女の行く先は明るいとは思えない。
組織の手がのびていることだろう。
もしかしたら森から出られないことだってあり得る。
でも彼女を捉える視線はとてつもなく穏やかでやさしく、今まで音楽を劇中で使っていなかったダルデンヌ兄弟が、はじめてこのラストシーンで、心に染み入るベートーベンのピアノソナタをかけ流す。
その美しすぎる旋律に、ロルナは何かに守られているかのように感じられ、涙が止まらなかった。


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2009年01月09日

BOY A

B001TBUJ6EBOY A [DVD]
2007年 イギリス
監督:ジョン・クローリー
出演:アンドリュー・ガーフィールド
   ピーター・ミュラン
   ケイティ・リオンズ
   ショーン・エヴァンス
   シヴォーン・フィネラン
by G-Tools


彼はBOY A(少年A)と呼ばれた。

ネタバレ有りです。

オープニング、かつての名前を捨て、ジャックとして出所しようとしている青年がいる。ソーシャルワーカーのテリーに真新しいスニーカーを贈られ、破顔する彼は24歳。どうやら長い間刑務所に入っていたようだ。
でも何の罪を犯したのか、そもそもこんな好青年が本当に罪になるようなことをしたのか、それすら疑いたくなるような人物がそこにいた。

彼は前科を車泥棒と詐称し、仕事に就く。
クリスという相棒は少し軽薄だけれど気が良く、仕事仲間もジャックを歓迎してくれた。
「白鯨」とあだ名されている白くて大きな(ぽっちゃり体型だけれどとてもセクシー)皆の人気者のミシェルとも恋人同士になった。

パブで飲み、遊園地ではしゃぎ、彼女の家でDVDを鑑賞して、初めてのセックス。
どれもが彼にとって初の体験だった。
そんな現在に、徐々に過去のパーツが組み込まれていく。

ジャックの罪はなかなか具体的に明かされない。
10歳の頃の内気な少年。
上級生にいじめられ、家庭では癌を患った母親に相手にされず、父親もどこか息子と距離をとっているようだ。
そんなパートを見ていると、ジャックはいじめに耐えかねて相手を殺してしまったのではないか、と推察し、ますます今現在の一生懸命生きている彼に同情しきり、本当はとってもいい子なんだと胸が痛んだ。

でもそれは全て明かされる頃に覆される。

唯一の友人フィリップと一緒に10歳の少女を惨殺したという事実。
このフィリップは過去パートで一度も名前を呼ばれることがなかった。
それはジャックにとって彼もまた自分と同じ「BOY A」だからだろうか。

とにかく「悪魔の子」と呼ばれたもう片方は表向き自殺という形で姿を消している。ジャックはそれをずっとリンチによる殺人だと思っているけれど。

とにかくそれを知ってからはとても複雑な胸中となった。

ジャックがやっと青春を謳歌している場面が続くほど、この後待ち構えているだろう悲劇を予感させられて苦しかった。
このまま彼をそっとしておいてほしかった。
でも彼が「本当に」殺人を犯していることを知った後では見方が変わった。

ジャックとフィリップが池で釣ったウナギのようなものを釘や刃物で痛めつける場面が出てくる。
それはそのまま少女惨殺のメタファーとなっている。
少女は恒常的に彼らをいじめていたわけではない。
ただ軽蔑と軽口をたたいただけで。
それまでに、フィリップが実兄に繰り返しレイプされているという告白をジャックにしている。想像をはるかに超えた壮絶な家庭環境が予想され、フィリップが歪んでしまったのは判る。
それに追従していたジャックも同じく残酷な面が現れてしまったのかもしれない。
そんな背景を思いつつも、彼らがしたことは到底赦されることではない。

では、今は。
14年間刑務所に入った更正した「今」は。


罪は償われたんだろうか。
彼にも幸せになる権利はあるんだろうか。
少女はもう戻らないのに。

でも、彼が完全にあの頃とは「別人」となったエピソードが出てくる。
事故車から幼い少女を助け出したジャック。
命の重さを、それが助かったことを心から喜ぶ姿に、少年Aの面影はない。

その現在の彼があまりにやさしく、傷つきやすく、繊細なので、やっぱり職場に彼の過去がバレてしまった後の環境の180度の豹変(ミシェルは姿をくらまし、クリスからは絶交され、雇い主からは解雇を告げられる)ぶりを見ているととても辛かった。

顔をフードで隠し、捻った足を引きずり、背中を丸めて逃亡する彼は、息をするのさえ苦しそうだ。

その果てでミシェルに再会したのは、あれは現実なのか。
でも彼女はいつものように微笑み、愛していると云ってくれた。
儚い夢のような逢瀬。

手紙も受け取った。
彼が車から助け出した少女が書いたものだ。
かつて同級生を刺した刃物と、少女を救出するためにシートベルトを切った刃物。
その対比が強烈でせつない。

けれどもう彼には生きていけるだけの力がなかった。
意味はある。
でも限界が迎える哀しすぎる終焉。

最後までずっとジャックを慈しんだテリーの描写も皮肉だ。
彼にはニートの息子がいて、毎日飲んだくれているのを憂いている。
そしてジャックを誇りにしていることを息子の前で口にしてしまう。
自分の家庭はうまくいっていないソーシャルワーカーの息子が悲劇の引き金になってしまうなんて。

色々書いてきたけれど、まだわたしはジャックをどう捉えてよいのか判らない。
彼の人柄は知っている。
でもその罪が赦されるのか…
そしてラストは死しかなかったのか。

とにかくこのジャックを演じたアンドリュー・ガーフィールドが素晴らしい。
どこかいつも哀しい瞳をしたまるで無垢な存在だった。
その彼の縋るような、想い出を辿るような、クリスに残した電話の声が忘れられない。


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2008年12月21日

ブロークン・イングリッシュ

B0026HZF00ブロークン・イングリッシュ [DVD]
ゾエ・カサヴェテス
ポニーキャニオン 2009-07-02

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仕事は出来る。容姿だってイケてる。30代だけど「ホットな女だ」ってよく言われる。
でも、男運がない。
もう恋愛なんて諦めた方がいいの?

ネタバレ有りです。

ブロークン・イングリッシュ。
ネイティブ以外の人間が話す英語は、間違っているかもしれないけれど、完璧ではないけれど、でもコミュニケーションをとる大切なツール。
主人公ノラが出会うフランス人のジュリアン(彼がハングリーをアングリーと発音していたのはおフランスっぽいね。無音のHか)。
たった2日間ではあるけれど、彼らの交流はまさにタイトル通り。
それは言語だけではなくて、異性との距離の詰め方も、生き方も異なる男女が“完璧ではない”交流を果たして結ばれるまで。

それまでのノラは本当に不運続き。
難点のないマークは親友オードリーと結婚してしまい、映画スターと知り合ってベッドインするも結局は遊ばれてただけ、ママの知り合いから紹介された男は別れたばかりの彼女に未練たらたら。
ノラもノラで、いつもお酒をガバガバ飲んでは理性を失くし、仕事中にネットで良い男がいないか検索し、美人といえども多難な道を歩んでいる。
そんな人間くささが、モテまくり(バーにいても、美術館にいても、外国でだって、どこでも男が寄ってきて口説くという非常に羨ましい状況ばかり)なのに親近感がわくキャラとなっている。

でも、最初はコメディタッチで軽快に物語が進むものの、途中から不安症の症状が出たり、パリに届け物をするといういきなりの状況が説明なしに組み込まれたり、タッチの変化と判りにくいシチュエーションに戸惑ってしまった。
ジュリアンとのエピソードも若干中だるみ。

そんなまとまりのなさがありつつも、ラストの映画ならではの偶然の再会、そしてようやく彼女の想いが報われると予感させられる、ノラの笑顔のラストカットは幸せな気分にさせられた。

その前に、今まで愚痴るばかりだったノラが、まったくツテもなしに一人外国に残ってジュリアンを探すという受身からの脱却を図った姿に感動。
そんな彼女と再会し、何かを深く考え、いきなりノラの手を掴んで地下鉄から降りるジュリアンの男気にも惚れてしまった。

イイ女がイイ男と最終的に結ばれるだけという、下手したら鼻白むだけのお話の、ハッピーエンドがこんなに心地よいなんて。

これはノラ役のパーカー・ポージーの上手さかな。
等身大の女性の演技がとても自然。
監督はジョン・カサヴェテスの娘さんとか。
だからノラの母親役にジーナ・ローランズが出ていたのか。


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2008年11月05日

P.S.アイラヴユー

B001Q2HO32P.S.アイラヴユー プレミアム・エディション [DVD]
ヒラリー・スワンク, ジェラルド・バトラー, キャシー・ベイツ, ハリー・コニックJr., リチャード・ラグラヴェネーズ
ジェネオン エンタテインメント 2009-03-25

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死んだ夫から手紙が届く。
僕の荷物は捨てて。
誕生日は着飾って友達と出かけて。
アイルランドにバカンスに行って。
そして…

ネタバレ有りです。

自分が期待していたものとは少し違った感じのラブストーリーだった。

予告を見ると、大体ラストは予想がつく。
夫が死後に手紙という形で傷心の妻に語りかけ、妻は次第に立ち直ってゆき、最後は
「僕を忘れて新しい恋を見つけて」
ってな内容の手紙を受け取るんだろうと。
それは大筋では合っていたんだけれど。
けれどそのラストを迎える前に、すでに妻のホリーが旅先でセクシーなアイルランド人とベッドインしているというこの展開はどうなんだろう。

最愛の人を亡くして1年と経っていないこともひっかかるし、あまりの空虚感と寂寥感から刹那の快楽と慰めを求めた(って書き方が昭和だ…我ながら)という風でもない。
ただ肉体的に“ヤリたい!”ってだけの衝動にしか描かれていなかったような。

その他にも、どうもこのホリーに良い感情が持てなくて困った。

最初の夫婦喧嘩のシーンは、ああ、夫婦ってこんなもんよね、と怒涛の言い争いの後、ふっと冷静になってお互いに謝り合ってベッドでいちゃつく二人を笑いながら見ていられたんだけど。
その後のダニエルの想いをのらりくらりとかわすところとか、大事な友達のブライズメイドへの誘い(まあ、これは酷かもしれない。後で謝罪もあったけど)に返事もしないところとか、ヒロインに感情移入できないと映画ってどうしようもなくなる。

そういった“普通”な女性に、今まで認められてきた役があまり“普通”でなかったヒラリー・スワンクだったのものめりこめなかった一因かも。
表情がすごく強いという印象なので、怒鳴っているとことさらキツく、泣くとヒステリックに見えてしまって。
『ブラック・ダリア』でも感じたことだけれど、美女役とか、普通の等身大の女性役とかはこの人にはあまり似合わない気がする。
そんな彼女だから、何かにつけ下着姿になったり、やけに胸のあいた服を着たりしているのも違和感が。スタイルはとても良いのだけど。

というわけで回想をむやみに挟むテンポの悪い展開も、せっかくのリサ・クードローの面白いキャラを活かすことのない扱い方も(最後はあっさり難なく結婚て)、エンドロールの不意打ち日本人歌手の曲採用も、不満が残る出来だった。

夫の声が聞きたくて、留守電に入った彼の声をケータイからずっと聞いているホリーのシーンや、仲が悪かったはずの義母に手紙の手配を託していた夫のことが判明するシーンに涙しただけに、惜しい。

そして最後にひとつ。
ホリーのもう一人の友人役で出ていたジーナ・ガーションのあの色っぽかった唇がなんだか薄くなっているように思えたのはわたしだけ?


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2008年08月27日

スカイ・クロラ

B001NAW2MKスカイ・クロラ [DVD]
菊地凛子, 加瀬 亮, 谷原章介, 栗山千明, 押井 守
VAP,INC(VAP)(D) 2009-02-25

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大人にならない永遠の子供「キルドレ」。
彼らは空で戦う。理由も判らないままに。

ネタバレ有りです。

不思議な世界。
日本名を持ち、日本語も話しているキルドレたちが「守る」町の人々は外国人の容貌をしていて、言語も英語。
ダイナーもホテルもアメリカンナイズされている。

世代、国籍、戦争の理由、そして記憶までがすべて曖昧。
生きることの意味が希薄というわけでもなく、むしろ逆にいつ死ぬか判らない身だから大人になる理由があるのかと函南は問う。

地上で死ぬことを考えていないような口ぶり。
函南が時折意味ありげに見つめる、ダイナーの入り口で座り込む老人の背中には、自分と違った人生が滲んでいたのかもしれない。

けれど皮肉なことに、函南は実は地の上で死んでいる。
しかも恋人水素に撃たれて。
その記憶を失くし、別人として蘇り、同じ任務につく。

想いは巡っていくんだろうか。
函南が赴任してきた日、水素はタバコをつけるのに彼が使った折れたマッチを見つめる。
「前の彼」もそうしたクセがあったのかもしれない。
それはまた函南が死に、新たな「彼」にも引き継がれていく。
エンドロール後にその「彼」を迎えた水素は、
「あなたを待っていたわ」
とにっこり笑う。
ループされる世界で、でもたしかに待っていたもの、失いたくないものを自覚した笑みなんだろうか。

どうしても勝つことのできない、まるでモンスターのような「ティーチャー」の存在にまた向かっていくだろうという展開は、空の上での戦いをインプットされたかのようなキルドレたちの姿に哀愁を感じたらいいのか、それが性なのだと達観すればいいのか。

「かわいそうなんかじゃない!」と叫ぶ水素(この時の菊地凛子の発声ははっきり云ってひどかった)の激情は、見ていて痛々しかった。
誇り高い発言ではあるけれど、実は彼女自身が誰かに殺してほしかったから。

彼らが決死をかけて飛ぶ空も、函南が撃ち落された後に仰ぐ空も、とても美しかった。


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2008年08月17日

アヒルと鴨のコインロッカー

B000ZGSQQOアヒルと鴨のコインロッカー
濱田岳, 瑛太, 関めぐみ, 田村圭生, 中村義洋
アミューズソフトエンタテインメント 2008-01-25

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広辞苑、なくなった教科書、本屋襲撃、隣のブータン人、その恋人、その恋人の元恋人、鳥葬。
すべてのキーワードがぴったりと嵌まり、「事件」の全貌が見えてきた時の驚きとせつなさといったらない。

ネタバレ有りです。

「彼らのドラマの中に参加させられている」
その言葉どおり、隣人河崎に振り回される大学生椎名。
彼の視点で観客もドラマを追うこととなり、戸惑いも、共感も、すべての感覚がシンクロする。

引越しの挨拶をしてもほとんど言葉を発しない逆隣の住人が外国人でないことはうすうす勘付くものの、河崎の話すブータン人こそが河崎自身だったということまでは判らなかった。

洋楽を口ずさむ椎名に
「ディラン?」
と声をかける河崎(ドルジ)のシーン、これが後に出てくるけれど、すべてのことを知った後では、もう本当にせつなくてせつなくて、笑っているドルジの心情に思いを馳せずにはいられなかった。

役者を変えて同じシーンが再現されるところでは、1回目はただの男女や友情のあれこれを描いていて、青春だなあと呑気に見ていたのに、不穏な空気が流れ、「何か」が起こったのだと知った後の2回目では全く見方が違ってしまった。

ドルジの恋人琴美や本物の河崎がおそらくもうこの世にいないこと。
それに関与した事件があったこと。
ドルジの現状。
それを知っているから、まだ何も知らず輝いていた彼らがせつなくて、眩くて。

暴力を忌み、恋人を守るために仕方なくそれを使った時さえ謝罪の言葉を口にしていたドルジが、復讐のため「鳥葬」の舞台を用意するまでになったその変貌には激しい愛がみてとれる。

けれど、ディランを神と崇める彼が、その歌を口ずさむ椎名に自分のことを客観的に語るのを見ると、それがドルジの「(罪の)告白」でもあったんだろうか。
その「神」をコインロッカーに閉じ込めた椎名の何気ない行為は救済に値したのか。

いつかと同じように犬を助けるために車の前に飛び込んだドルジの末路(彼がどうなったのかは明示されてはいないけれど)を考えると…。
河崎のように、琴美のように、ドルジ自身が常に言っていたように、必ず生まれ変わるのだと信じたい。

まさかこんなドラマだとは思わなかった。ただのちょっとイカれた若者の破天荒な青春譚だとばかり…。
日本映画はまだまだ捨てたもんじゃない。


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2008年08月11日

ダークナイト

B001AQYQ1Mダークナイト 特別版 [DVD]
クリスチャン・ベール, マイケル・ケイン, ヒース・レジャー, ゲーリー・オールドマン, クリストファー・ノーラン
ワーナー・ホーム・ビデオ 2008-12-10

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ラストシーンでTHE DARK KNIGHTのタイトルが出た時は鳥肌がたった。
なぜこの映画が「バットマン」でないのか。
その意味を噛み締めながら、観た後身じろぎひとつできなかった。

ネタバレ有りです。

宿敵ジョーカーの圧倒的な存在感。
はじめはそう思わせておいて、じわじわとハービーのキャラクターが活きてきて、その豹変ぶりに息を呑む。
彼が「トゥー・フェイス」になった時。あの病院で爛れた半顔を向けたシーンまで気づかなかった。こうして光の騎士がダークサイドに堕ちていくなんて。

そんな人の闇をすべて背負い込むバットマン。
比喩ではなく、「ヒーロー」にならずにハービーの罪を被ったその行為は、かつてハービーが自分こそがバットマンだと名乗り、逮捕されたことへの代償とするにはあまりに哀しい選択。

そんな罪を犯したハービーの堕ちるきっかけは、愛。
恋人レイチェルが爆破(これもかなりショックだった。どうせヒロインだから死なないだろうと高を括っていたから。事実、最初の方でジョーカーからビルから突き落とされた時は様式美としてバットマンにきれいに助けられていたし)され、その復讐心が彼のふたつめの顔を露呈することとなる。

彼女に自分こそが愛され選ばれたのだと確信する二人の男。
バットマン=ブルースとハービー。
ブルースはレイチェルの手紙を読むことはない。
激しい愛の感情に衝き動かされての結果がこれほどに違う(バットマンはジョーカーを殺せなかった。轢くことも、殴り殺すことも、突き落とすことも。対してハービーは殺しまくった)のは、人間の多面性を示しているんだろうか。

その人間の「可能性」を試した船の起爆装置を巡るエピソードがまた素晴らしかった。
もうどれだけ拳を固めて見入ったことだろう。
「押すな、押すな、ああもうだめだったら!」
と馬鹿のように心で叫び、
「コイツ絶対押す気だ!」
と一般人のおじさんと、意味ありげに大写しにされる黒人の囚人を勝手に糾弾し、でもどちらもボタンを押さなかったシーンではぼろぼろ泣いてひそかにガッツポーズ!
ゴッサム・シティの人間たちはちゃんと生きていた。
人間性を持っていた。
命の尊厳の意味を知っていた。
それが何よりうれしかった。

その点だけはジョーカーに一矢を報えたのか。
金でも欲でもなく、ただただ人の暗黒面を晒す、理屈の全く通じない彼の存在はひどく恐ろしかった。
自分の口が裂けたエピソードは、話す相手によって異なる。
真実や愛や正義なんてものを全く意に介さない人格が端的に表されている気がした。

そのジョーカーを演じたヒース・レジャーの凄まじいこと素晴らしいこと。

不気味なメイクと佇まいから気迫があふれていた。
常に笑っている顔はスマートさと狂気が混在し、ふらふらと夢遊病者のようにして歩く姿はコミカルに見えて不穏なことこの上ない。
ヒース・レジャーの若すぎる死がやっぱり悔やまれる。
こんなに圧倒させられる演技ができる俳優だったのに。

あとはハービー役のアーロン・エッカートも得意のナイスガイぶりを途中まで存分に発揮しておいて、その後にくる復讐鬼というギャップで驚かせてくれた。
前作から続投のゲイリー・オールドマン、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマンは安心できる存在感、ヒロイン交代のマギー・ギレンホールはケイティ・ホームズと比べると少し歳がいっている気がしたけれど、でしゃばらない演技でそつがなかった。

そしてバットマン役のクリスチャン・ベール。
ノーラン作品にこの人ありき、になってきたけれど、それが納得の存在感。
繊細にも、豪胆にも、やさ男にも、マッチョにもなれる、見える、その変幻自在さがバットマンと大富豪の二重生活をする男にぴったり。大好き。

あまりに暗く、重く、でもその分唸るほど考えさせられる脚本と演出、ハンス・ジマーの音楽、目もくらむような視覚効果、役者陣の演技、どれをとっても一流。
あらゆる記録を塗り替えている最中だけれど、それが納得。


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2008年05月27日

つぐない

B001CPPU4Sつぐない
キーラ・ナイトレイ, ジェームズ・マカヴォイ, シーアシャ・ローナン, ロモーラ・ガライ, ジョー・ライト
ジェネオン エンタテインメント 2008-09-26

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1935年、イングランド。
暑い夏。
政府高官の長女セシーリアと使用人のロビーは、お互い想い合いながらも素直になれずにいた。
意地を張る二人の表層的な面しか見ていなかったセシーリアの妹ブライオニーは、ある日とんでもない嘘をついて彼らを引き離してしまった。
そしてそれから4年。
自分の罪を贖おうとしている看護士になったブライオニーの姿があった。

ネタバレ有りです。

きらきらというよりは、ぎらぎらとした日差しの中での夏の日の邸宅。
そこに清涼剤のように登場する“水”によって姉妹の想いは募る。
セシーリアはロビーの落とした破片を拾いに噴水の中へ。
ブライオニーはロビーに助けてもらうために川の中へ。
その少女らしい刹那の激情の中で、彼女たちは相手への愛を自覚する。

だから想像の中で、セシーリアとロビーが海岸で仲良くじゃれあっているというやはり海の水を介在したシーンは納得がいく。
実際にはセシーリアは愛しい人と共に過ごすこともなく、洞窟の中で水攻めにあって死んでしまうのだけど。

この夢想と現実とのギャップ。
今まで見せられていたものがすべてブライオニーの創作だったと知った時の衝撃ときたら。

彼女の“つぐない”は、こうして現実には訪れなかった姉とロビーとの蜜月を小説という形で再現することだったんだろうか。
でもレイプ犯というレッテルを貼り付けて、結果的には戦場に送った男への仕打ちを考えたら、到底贖いになっていないと思う。
彼女は誰かに糾弾されるべきだった。
それこそ想像の中でロビーが謝罪文を
「何の韻も修辞もなしに書け」
と声を震わせたように。

ただ、そんな事件が起こるまでのあの邸宅でのできごとはすばらしくよくできている。
多感で想像力豊かな少女ブライオニーのまっすぐ突き進む歩き方からはじまって、タイプライターの規則的な音、少女の目線を通しての大人の世界のできごと等、もうひとつ別の視点から同じ場面が繰り返されるという丁寧なつくりの中で、彼女の誤解していく様子が手に取るようにうかがえ、またその性格までも感じ取ることのできる最初の何分かは本当にすばらしい。

恋のかけひきなんか判らなくて(いいとこ、相手が助けてくれると判って入水するくらい)、卑猥な言葉が頭の中をリフレインしていて、愛の行為が強姦にしか見えなくて、そんな純粋な少女の残酷さを演じたシアーシャ・ローナンが見事すぎる。
見た目はもうちょっと大人に感じたけれど、声はまぐれもなく子供。
それが打ち震えるとき、その繊細な心のゆれまでも表現できていて、書斎でのシーンは息を呑んだ。

看護士時代のブライオニー役のロモーラ・ガライは『エンジェル』でのこまっしゃくれた、でもかわいらしい小悪魔的な魅力をばっさり切り捨てて登場。最後まで彼女が演じていたとは判らなかった。
セシーリア役のキーラ・ナイトレイは美しい姉にうってつけ。看護士であれだけばっちりメイクなのが少し疑問ではあるけれど、それもブライオニーの想像の中で、いつでもきれいな姉という像がそうさせていたのであれば納得できる。

戦場でのびっくりするくらいの長まわしも見もので、あの夏の館とうってかわった、色を失って馬は殺され人は血を流して倒れている海岸に絶望を抱かざるを得ない。
もうそこで本当はロビーの死も予感はしていたのだけれど。

やりきれないラストながら、いやな後味だけを残さないのは、やっぱり夏の日の輝きがまぶたにやきついて離れないから。


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2008年04月10日

クローバーフィールド/HAKAISHA

B001B9CMQEクローバーフィールド/HAKAISHA スペシャル・コレクターズ・エディション2008年 アメリカ
監督:マット・リーヴス
製作:J・J・エイブラムス
出演:マイケル・スタール=デヴィッド
   マイク・ヴォーゲル
   オデット・ユーストマン
   リジー・キャプラン

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「いい一日になりそう」
そう云って彼と彼女は笑った。

ネタバレ有りです。

目を瞠り、呼吸を止め、時には小さく叫びそうになった85分。
すっかりこの映画に呑み込まれてしまった。

ある日突然NYを襲う謎の怪物―“破壊者”。
そこでパーティーを催していた若者5人を中心にパニックは展開される。
その内の一人ハッドのハンディカメラの映像が臨場感を感じさせる。
気になる女の子マリーナをついついカメラで追ってしまったり、友人であるロブ、ジェイソン、リリーたちの関係をつぶさに撮ったり、そんな人間らしいあたたかみのある映像から一転、破壊者が街に攻撃を仕掛けてから、逃げ惑う姿が激しい手ブレ映像で表現される。
そんな一人称カメラに引き込まれないわけがない。

その破壊者の姿はビルに紛れてなかなかその全貌を現さない。
こちらにはっきりと見えるのは、首を落とされた自由の女神の無機質の塊。
強烈な印象を残すこれは宣戦布告なのかもしれない。
その女神の首をケータイカメラで撮影している人々の姿もリアルだ。

やがてまた攻撃を受け、仲間が無事を確かめあった後、マリーナがぽつりと
「あいつ、人間を食ってた」
と洩らす台詞に戦慄した。

そうしてちらちらと見える姿、小出しにされる情報にいちいちドキドキさせられる上手い演出が成されていたと思う。

よせばいいのに、破壊者が暴れまわっている地区で身動きがとれないらしいベスを助けに行く仲間たちとか、絶対何かあるに違いない真っ暗な地下鉄の線路を歩くとか、ここら辺はパニック映画のセオリーを踏襲しているけれど、ここは素直にまたドキドキハラハラさせられてしまった。

そう、前半できちんと人間ドラマを、あのカメラだけの映像だけで描写していたのがここで効いてくる。
ベスと愛し合っていながら、遠い異国への赴任のため受け入れられなかったロブ。
それがこんな極限状態の中で愛の確信へと動く。

ただその愛さえも立ち向かえない圧倒的な破壊者のパワーに絶望する。

普通だったら誰かしらは生き残る。
これもパニック映画のセオリーだろう。
でもここでは見事に裏切られてしまう。

ジェイソンは早々に姿を消し、巻き込まれながらも人助けをしたマリーナはやはり正体不明の大きな虫のようなものに咬まれて腹を破裂させて死に至る。
ベスとロブという、普通の映画だったらヒーロー、ヒロインポジションでまず死にそうにない二人も、破壊者攻撃の余波を受けてしまう。
この映像を撮るという重大な役割を果たしていたハッド―彼がいなくなったら撮る者がいなくなるから彼だけは大丈夫だと思い込んでいた―が死ぬシーンも強烈。

投げ出されたカメラを拾いに行き、ふと見上げるとそこに破壊者の姿が。
ここで初めてその姿が鮮明に映し出される。
それと同時に襲う恐怖と絶望感は言葉にできないほど。

固まるハッドをそのまま喰らいつく化け物。
その咀嚼の音が、カメラの映像が、悲鳴さえ呑み込んでしまうほどの衝撃。
その後ハッドの首だけが投げ出されているところが、自由の女神のそれとリンクして尚更鬱になる。

唯一リリーだけは先に乗ったヘリで脱出できたに見えるも、その生死は不明。

とにかく誰もいなくなり、何も映さなくなったカメラからは、それまでも時折見せていた、上書きされる前の恋人同士の幸せな情景が流れ出ている。
幸せそうなベスの笑顔。
それを撮るロブ。
そんなギャップもまたこの悲壮感を倍増させている。

近年のパニック映画の中では出色の出来だと思う。
続編のうわさがあるけれど… 正直この一作でやめてほしい。
一作目だけだったら間違いなく傑作な『マトリックス』と同じ轍を踏みませんように。


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2008年02月13日

ラスト、コーション/色|戒

B001AG6CWIラスト、コーション
トニー・レオン, タン・ウェイ, ワン・リーホン, アン・リー
Victor Entertainment,Inc.(V)(D) 2008-09-16

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舞台は1942年、日本占領下の上海。
大学生のチアチーは劇団を率いるクァンらの抗日運動に参加する。
彼らの暗殺の標的となったのは政府の特務機関に身を置くイーという男。
彼に近づき、愛人となるチアチー。
そして“その日”はやってきた。

ネタバレ有りです。

物語は実にその決戦日から始まる。
カフェで電話をかけるチアチー。
それを合図に何やら銃を手に持ち出す若者たち。
何が起こるのか― 見まがえていると、ストーリーは4年前に遡る。憎い構成だなあ。

それから語られるのはチアチーの軌跡。
ただの少女だった彼女が工作員として無体な仕打ちを受け、イーとの情事にはまっていくまで。
何しろ商人の妻という触れ込みでイーに接触し、ハニートラップを仕掛けるため、処女のままではマズいということで、仲間の一人とロストバージンを果たしてしまう。
心ひそかにクァンを愛していた彼女が無表情なまま、彼ではない相手とセックスに励む(あれは“練習”も兼ねていたんだろうか)姿はあまりにも痛ましい。

その“策”であるセックスはひどく生々しく描写される。
事前練習ではシーツをかぶりながらだったのに、イーとの営みは初回からひどく乱暴。
着衣のまま後ろ手で縛られ、ドレスの下半身を引き破られていきなり挿入(表現下品ですみません)される。
まるでレイプのような始め方をしたイーという男がクセ者。
そういう関係になるまでは紳士然としたストイックな雰囲気を漂わせていたのに、二人きりになると豹変。
はやる彼を抑えてストッキングを艶かしくちらつかせるチアチーのムードづくりも台無し。

それを皮切りに、二人の逢瀬のシーンは過激を極める。
言葉にするのも憚られる様々な体位の数々を、これでもかと言わんばかりに見せ付けられてびっくりした。
ただ、そのシーンも重なるにつれて微妙な変化が見られる。
はじめはイーの文字通りやりたい放題だったのに、後になってくると、チアチーの方が動きを見せ、それまで吐息のみ洩らすか洩らさないか程度だったイーが喘ぎ、快楽に顔を歪ませるようになる。
主導権を女が握った、というよりも、チアチーにのめりこんでいくイーの変遷の様子が判るようなシーンだった。

事実、イーはチアチーに対し、時折鉄面皮を脱ぎ捨て、とてつもなくやさしい顔を見せるようになる。
車の中で
「お前だけは信じられる」
と告げたときの表情のなんて慈愛にあふれていることか。
だから彼の妻にも贈らなかった見事な宝石の指輪をチアチーにプレゼントしたりもする。

そんな彼へのチアチーの想いはとてつもなく複雑だったろう。
工作員の前でイーとの情事を吐露する彼女は激しい炎のようだった。
嘘もごまかしも鋭く見破る男だから、すべてを晒して呑み込まれるしかない彼女は、いつしか本当に身も心ももぎ取られてしまったのか。
衝動的に唇を重ねてきたクァンに対し
「どうして3年前にしてくれなかったの」
と呟くように云う彼女の台詞が、もうすべて遅いのだと告げていたのかもしれない。

だから彼女は、土壇場でイーを暗殺の手から逃がす。
それまでの彼女の息遣いと表情が忘れられない。
躊躇と、焦燥と、迷いと、ほのかな愛しさ。
それを全部含有し、たった一言
「逃げて」
という台詞は、彼女の愛だったんだろう。

本当にイーを愛していたかは判らない。
肉欲に溺れて心も奪われるというパターンは陳腐であるものの、ここでは息苦しいくらいせつなくて、一瞬の間で永遠の別れをしなくてはならない彼らに胸が詰まりそうだった。

ただ、その「逃げて」の直後。
イーのもの凄い速い身の翻しっぷり、そのまま体横一直線にして車にダイヴする逃げっぷりがあまりに見事すぎて大笑いしてしまい、そのために緊張が中和して良かったというべきか台無しになってしまったというべきか。
いや、あれは自身の危機を回避するため人間がとるであろう行動をリアルに表現しているんだろうけれどね。
すみません。ものすごく面白かったです。

でもその後はやっぱりせつなかった。
自転車漕ぎの青年の素朴であたたかな笑顔、道行く平和な市井を目に、最後にチアチーは自殺を思いとどまる。
あの薬で一人楽に死ねたはずなのに、彼女は仲間とともに銃殺される道を選ぶ。

すべてを知ったイーは目に涙をためる。
近しい存在であるはずの妻に何も云えない。
やっと信じられる人間と出会えたと思ったのに。
これからの彼は疑心暗鬼で生きていくしかない。
それはきっと心の地獄なんだろう。

このイー役のトニー・レオンの憂いは健在。
チアチーの歌をきいて感銘を受ける時のすべてを包み込むような表情も忘れがたい。
凄く直接的でアクロバティックな濡れ場よりも、そっちの方が印象に残った。
そしてその相手役のタン・ウェイ。
新人女優というのが驚きな彼女の大胆さと、裸体のインパクト(乳首とか腋毛とか)で、こちらはベッドシーンがとにかく印象的。
学生の時のあどけない髪をおろした彼女の可憐さが粉々にされるという意味でもやっぱりあのセックスシーンは必要だったんだろう。
そしてひとつの愛の形でもある。

この作品の前売り特典がリングだったのが、鑑賞後だと納得できる。
イーの机に転がるあの指輪は、愛しい人の指におさまることがなく、ただの冷たい塊として所在をなくしたままだ。


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2008年01月26日

シルク

B0015HPZM0シルク スペシャル・エディション
2007年 カナダ・イタリア・日本
監督:フランソワ・ジラール
音楽:坂本龍一
出演:マイケル・ピット
   キーラ・ナイトレイ
   役所広司
   アルフレッド・モリーナ
   中谷美紀
   芦名星
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ラストの展開と、中谷美紀の演技は見もの。
後は女のためにチャラチャラ渡航するどうしようもない男の姿を描いているだけ。

ネタバレ有りです。

19世紀、フランス。
美しい妻エレーヌを娶ったばかりのエルヴェは、蚕を求めて日本に密入国する。
そこで蚕業者の原の妻に出会う。
まだ少女と見まごうばかりの彼女は、美しい絹のような肌をしていた。
エルヴェは少女に心魅かれ、危険を顧みず、何度も日本へと足を運ぶようになった。

さて、この少女がよく判らない。
どこら辺でエルヴェに心を動かされたのか、他人に対する夫の冷徹さをどう思っていたのか(彼から逃げたかったのか)、その心情は掴みとることができなかった。
思えばエルヴェとの初対面のシーンから不可解。
着物を着て、ひどく優雅に茶を淹れるその立ち居振る舞いはよく躾けられた毅然さがあった。
なのに夫がやってくると、しどけなく彼の膝枕で甘える仕草をする。
どういう人物像にしたいのかイマイチ判らない描写。

エルヴェに女をあてがうシーンも、そこに自己を投影して恍惚とするでもない。
単に手引きをしただけ、という感じで。

ただ、ずっと伏目がちな彼女が、ふっと前を見るとき、そこにはエルヴェの姿があった。
湯に彼女が浸かっていた時、エルヴェの姿をそこに見て、彼女は初めてずっと彼の瞳を見据えて裸体を晒す。
そんな捉えどころのない少女の目の動きだけは印象に残った。

そんな彼女に会いたいがために三度も日本に渡る夫を、エレーヌはずっときづいていた。
ラストの手紙の主が彼女だと知って、それまでの表情と挙動を思い起こす。
ずっと静かに寂しさと不安を耐え忍び、儚く微笑む美しい妻。
でも一度、セックスの途中で彼女は泣き出す。
それも最後まで見ると納得がいく。
声高には決して叫ばない、“静”の激しい愛。
そんなものをひしひしと感じた。

少女が湯に身を沈めるところとリンクするかのように、エレーヌが海か湖らしきところにやはり沈んでいくシーンがある。
少女からと思っていた激情の言葉が妻のものだった。
そのことが示唆された場面だったのか。

物語が大きく覆される手紙を翻訳してあげるのが、中谷美紀演じるマダム。
娼館の女主人というには年が若すぎだけれど、その風格と気品、何より美しさはぴったりはまっていた。
同じ女性として感じ入るところがあったのか、深い愛の言葉に衝き動かされたのか。
最後の彼女の目に涙をためてうっすら微笑む表情がなんとも云えずすばらしかった。
青い小さな花の小物も上手く使われていて良。

後は、光り輝く緑の茂った庭園がまぶしいフランスの風景と、モノクロで厳かな趣のある冬の日本の風景の対象が印象深い。
苗を植え、その木が育って葉を、実をつけるフランスの庭園。
けれど日本は三度とも不毛の冬の景色で、最後の渡航に至っては、家屋も壊され、残るのは焼かれた木材のみ。
主人公の愛の終焉が表されたシーンのようでもある。

他はけっこうグダグダした感じで、アルフレッド・モリーナなんか何のために出てきたのか判らない立ち位置。
男の勝手なロマンを良い音楽を使って壮大に見せかけている。


cocoroblue at 21:28|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2008年01月15日

マイ・ブルーベリー・ナイツ

B001AP0GLWマイ・ブルーベリー・ナイツ スペシャル・エディション [DVD]
ノラ・ジョーンズ, ジュード・ロウ, デヴィッド・ストラザーン, レイチェル・ワイズ, ウォン・カーウァイ
角川エンタテインメント 2008-09-12

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失恋した。カフェに行った。
丸ごと売れ残ったブルーベリー・パイを食べた。
オーナーに、元彼の部屋の鍵を預けた。
そして私は遠くに旅立つ。

ネタバレ有りです。

待望のウォン・カーウァイの新作。しかも全編英語。舞台もアメリカ。

『恋する惑星』で彼と彼女の距離がとても近かったのに対し、こちらの主人公エリザベスとカフェオーナーのジェレミーのそれは、一気に離れる。NYからメンフィス、そしてラスベガスへと物理的なものではあるけれど。
でもどちらの場合も凄く不器用な恋には変わりがない。

彼から遠く離れて、エリザベスははがきを送り続ける。
自分の素直な気持ち。
彼の作るブルーベリーパイがとてもおいしかったということ。
それはよくある「会いたい」とか「恋しい」とか想いを綴ったものではなかったけれど。
ジェレミーは彼女を電話で探しはじめる。
少しの手がかりと、エリザベスという名前だけで。
ケータイもメールもナシの彼らの“距離”は想いを募らせるファクターだったのかもしれない。
監督自身が話すように、一緒にいるときでさえカウンター越しという二人にはそこから“距離”があった。
その距離を埋めることで劇は終わりを告げる。

それまでにエリザベスはさまざまな愛の形を見る。

妻に去られてアル中になってしまった男。
彼に盲目的に愛される元妻。
男に訣別の言葉を吐き出した彼女がドアの向こうに去る。
決定的な別れ。
NYを去る前に立ち寄ったジェレミーの店のドアを締めるのを躊躇したエリザベスのシーンがそこにダブって見える。
このドアもまた“距離”であり、男と元妻との徹底的な別離は、彼女の投げつける言葉と同じくらい強烈で痛々しい。
そう、距離を埋めることのできないカップルだからだ。

男の死後、元妻は彼の残したツケを払い、その伝票を「飾っておいて」とエリザベスに頼む。
思い出をそこに遺して彼女は去っていく。
託された想いをエリザベスはどう受け止めたのか。

その後エリザベスはラスベガスにいた。
そこで出会ったのは若く美しいギャンブラーのレスリー。
「人を信じないこと」
をレクチャーする彼女は、狂言だと思い込んでいた父親の死が真実と判り涙を流す。
ポーカーフェイスやブラフが渦巻くギャンブルの中で、本当は彼女は孤独だったのかもしれない。
エリザベスを騙した動機を、
「稼ぎを独り占めしたかったのかも知れない。それともただ一緒にいてくれる人が欲しかっただけかも」
と曖昧に語る彼女もやっぱり愛に不器用な人間。

そんな中でエリザベスの愛もゆっくり醸造されていく。
ゆっくりと。
一年近くをかけて。

NYに戻り、カフェのカウンターで眠ってしまう彼女に、そっと反対側からジェレミーがキスをする。
“距離”がはじめて数ミリの間隔さえ残さずに埋まったとても美しい場面。

さて、このエリザベス役のノラ・ジョーンズ。
かわいいことはかわいい、んだけど…
ジョン・ボン・ジョヴィにしても彼女にしても、ステージで歌っているときはあんなに輝いているのに、スクリーンの中に入ってしまうとどうしてこう“普通”になってしまうんだろう。
やっぱりレイチェル・ワイズやナタリー・ポートマンら本業の女優さんに比べるとオーラというか華やかさが薄い。
彼女たちは画面に出るだけで―レイチェルの額に前髪がはらりとかかるだけで何故かどきりとさせられるように―自然とその姿に釘付けになってしまうけれど、ノラ・ジョーンズにはそれがなかった。
可も不可もなく、という感じ。

ジェレミー役のジュードはやさしげな好青年が『ホリデイ』と同じようにハマっていて良。
髪も何気に増えていたし。

そして間の取り方、疾走する映像(でも今回の撮影はクリストファー・ドイルじゃないのね)、エモーショナルな音楽の使い方、どれも「ああ、ウォン・カーウァイだ!」という感じだったので、どうしてもアメリカが舞台なこと、外国人が演技していることに違和感を覚えてしまった。
普通に香港キャストで見てみたかった気がする。

それでも久しぶりに彼の作品が観られて満足。
試写会帰りの足取りは軽かった。


cocoroblue at 23:32|PermalinkComments(12)TrackBack(13)