実話ホモ

2012年02月01日

J・エドガー

B007KH5Y66J・エドガー Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)
2011年 アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
出演:レオナルド・ディカプリオ
   ナオミ・ワッツ
   アーミー・ハマー
   ジョシュ・ルーカス
   ジュディ・デンチ
   デイモン・ヘリマン
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食事を共にするということ。

ネタバレ有りです。

FBI初代長官J・エドガー・フーバー。
そのパーソナルな面に焦点をあてたイーストウッドらしい映画。

もちろん時代背景も並行して描かれる。
リンドバーグ愛児誘拐殺害事件。
ジョン・F・ケネディ暗殺。
ジョン・デリンジャーやアルビン・カーピスらパブリック・エネミーズの逮捕。
でもそれらはあくまでエドガーの生きた時代の軌跡と「フーバー長官」としての功績であり、事実真犯人があやふやだと囁かれているリンドバーグの事件はハウプトマンの処刑で終わりを告げ、ここでは掘り下げられることはない。

そう、これはフーバー長官でなく、「エドガー」の物語。

歴代大統領たちは、彼らの秘密をしたためてある機密ファイルを作成したエドガーを恐れていた。
科学捜査の導入を進めたのも彼だ。
でもそんな凄い人物が、実はゲイで女装癖があり、しかもマザコンだったという面は大変興味深かった。

それ以外にも、公民権運動が共産主義を助長させるものと危惧し、キング牧師を忌み嫌い、彼がノーベル平和賞を辞退するように中傷の手紙を送りつけたり、数多の名高い犯罪者を逮捕したと豪語するも、実際は現場にいなかったりと、そんな矮小さも見せ付けてくれる。

でもやっぱり着目すべきは彼の同性愛の相手クライドと、モンスターのような母親との関係だろう。

捜査員として抜擢されたクライドとエドガーはほとんど一目ぼれ状態だったと云っていい。
「これからずっと昼食か夕食を一緒にとること」を願い出たクライドのそれは立派なプロポーズだ。
車の中でそっと手を握ったり、一緒に休暇をとって競馬に赴いたり、直接的な言葉や描写がなくても、この二人の昵懇ぶりは感じ取ることができる。

けれどその直接的なものが介在した途端、関係があやうくなるのも面白かった。
ホテルのスイートルームで見つめあう二人。
満を持してクライドが「愛している」と告げる。
でもエドガーはそれに返さず、女友達と肉体関係を持った話をする。
激昂するクライド。
そして二人は殴りあい、床に倒れる。
そこでエドガーに唇を押し付け、そのまま長いキスをするクライド。
多分ここが映画のハイライトだろう(個人的趣味・見解ではあるのは承知)。
そのまま出て行く彼に縋るエドガー。
クライドの姿がドアの向こうに消えたときにようやく「愛している、クライド」と口に出して云える彼の姿は、多くの人が恐れ、または畏れた偉業を成し遂げた男の影はない。

こうして本来の自分=同性愛者であることを封じ込めたその原因は彼の母親だろう。
息子を溺愛した母は、常に「強くおなり」と云い含め、女性に誘惑されて言葉をうまく発せなくなったエドガーを奮い立たせ、かつて女装癖のあった「水仙」とあだなのついた少年が自殺するという末期を話してきかせ、女々しさを払拭させようとする。
この呪縛の権化のような母に一度も逆らうことのなかったエドガーの憐れさが痛ましい。
彼女が死んだ時に、その衣服を身につけて泣くエドガー。
暗喩でも、直接的な意味でもクローゼットを開けた彼の姿が印象深い。

そんな彼の秘書をずっと務めてきたヘレンという女性は、上記の二名の存在が強烈すぎたために薄れてしまったのが残念。

年をとって、互いにおじいちゃんになっても、変わらず食事を共にし続けたエドガーとクライド。
エドガーがクライドの額にキスするシーンは、かつてのホテルでのそれと対比するかのように穏やかで慈愛にあふれていた。

レオナルド・ディカプリオとアーミー・ハマーのキスシーンを撮影したというニュースを聞いてから、ずっと公開を心待ちにしていた作品。
でも同性愛シーンがばっさりカットされたとか、そんな要素もなくなったとか噂もきき、一体どんな形で編集されたのだろうかと危惧していたら、けっこうモロに描いてくれていて安堵。
老人のメーキャップはちょっと笑ってしまう出来だけれど(フィリップ・シーモア・ホフマンかと思ったよ)、落とした感じの照明、脚本の良さ、俳優陣の好演に満足できる一本。

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2010年03月16日

フィリップ、きみを愛してる!

B003WTHOZAフィリップ、きみを愛してる! [DVD]
2009年 フランス
監督:グレン・フィカーラ ジョン・レクア
製作総指揮:リュック・ベッソン
出演:ジム・キャリー
   ユアン・マクレガー
   ロドリゴ・サントロ
   レスリー・マン
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嘘を重ねる。詐欺を働く。脱獄する。
すべて愛しのフィリップのために。

ネタバレ有りです。

スティーヴン・ラッセルは実母に養子に出されたという出自に思い悩み、その母につれなくされ、突然すべてのことに吹っ切れ、本当の自分で生きようと心に誓う。
それは慈しんだ妻と子と別れ、ゲイとして生きるということだった。
しかし贅沢なゲイライフには金がかかり、彼は保険金詐欺を働くようになる。
ほどなく御用となったスティーヴンは、刑務所で心優しきフィリップと出会い、恋に落ちる。

フィリップが別の場所に移送されれば自分も刑務所内のツテを使ってそこに入り、保釈書類を偽造して外に出、弁護士になりすまして案件を片付け、会社役員になってそこの金をチョロまかす。
そうして何も知らないフィリップとのゴージャスな生活を満喫していた彼だったが、やはり悪事はバレて再び刑務所に。
自分をだましていたと傷ついたフィリップと離ればなれになってしまったスティーヴンは、何としても彼を本当に愛していると伝えたくて、大掛かりな脱走プランをたてた。

何が凄いって、これが実話だということ。

法律のことなんて何も知らないのに、相手を巧く誘導して勝訴してしまったり、数々の脱走劇にしても、ボールペン液で白の囚人服を看護師の緑の服に染め上げる、スタッフの名札を盗む、一般人を装って出入りのパターンを見て取って堂々出口から出て行く、とその手管は見事すぎる。
その行動の原動力がすべて愛のため。これは泣かせる。

スティーヴンとフィリップの馴れ初めと蜜月はむず痒くなるほどに甘く描かれている。
はにかんだ笑顔でどこかぎこちなく握手を交わしていた初対面から、刑務所で同室になっていきなり「すぐにやろう!」とズボンをひっぺがす彼らの直情的な行動が可笑しい。
夜の檻の中で隣人に音楽をかけてもらってダンスしながらキスを交わす場面はちょっと『ブエノスアイレス』を彷彿とさせられた。

そんな愛しい人にもう一度会おうと、スティーヴンはこれまた見事すぎる計画でエイズを装い、まんまと脱獄に成功する。
ここは本当に騙されてしまった。
絶食、ファイルの改竄、薬を使った危篤状態演出… そこまでして、再びフィリップと出会えた彼は、殴られながらも「愛している」ことを告げることができた。

その後懲役167年という脅威の終身刑を言い渡されたスティーヴン。
一日23時間の監視体制に置かれながらも、映画の最後でやはり彼は看守に追いかけられながら外を走り回る。
青空にはフィリップのまぶしい笑顔。
その昔、空に浮かぶ雲が男性器に見えていた幼少時代に培われた性向は、今隠すことなく全面にあらわれている。

スティーヴン役をいつものコメディセンスをもって明るく演じたジム・キャリーはあっぱれ。
それ以上にいつもながら役を選ばないフィリップ役のユアン・マクレガーがそれは見事なゲイになっていてびっくりした。
口元に持ってくるゆびさき、笑うとき、泣くときの仕草、全速力でのカマ走り、その目つきに至るまで、全くオーバーアクトでないのにオカマのそれになっていて素晴らしい。

人を騙し、コケにした主人公を描いているのに、愛に関しては不純なものがない不思議。
本当に事実は小説よりも奇なり。


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2010年02月19日

タマンナ

タマンナ
1997年 インド
監督:マヘシュ・バット
音楽:アヌ・マリク
出演:プージャ・バット
   パリシュ・ラブル
   シャリット・カプール








血のつながらない親子の愛の軌跡

ネタバレ有りです。

ティクは母親を亡くしたばかりで傷心中のオカマ。
その夜彼は道端に捨てられた赤ん坊を見つけた。
彼女をタマンナと名づけ、自分がオカマであること、実の父親ではないことを隠して育てることを決心する。
口は悪いが、いつもティクとタマンナを気遣い支えるサリム。
彼らの愛情を一身に受けて成長していくタマンナ。
けれど小さな頃からやんちゃな彼女は、小学校でも寄宿学校でも問題を起こす。

一方、とある名家ではそこの奥方が三度目の死産を夫に責められていた。
けれど実は赤ん坊は死んでおらず、男子を望む夫が生まれた赤ん坊をこっそり女中に捨てさせていたのだ。
その赤ん坊こそがタマンナだった。

このティクがむやみにかわいい!
タイトルロールのタマンナも美人で魅力的だけれど、繊細で情感豊かな父親ぶりを見ているとそれも霞む。
目をひんむいて娘に自分の愛を説く姿が大仰なのにわざとらしくなく心を打つ。
それはヒジュラ特有のものだろうか。
甲高い声も、指先まで優雅な仕草にもいつの間にか取り込まれてしまった。

物語もタマンナが実の両親と自分の出自を知ることとなり、その家族に会いに行くも拒否され、一度は自殺を試みてティクに止められ、再び彼らの前に現れ、対決する等飽きのこない展開に。
タマンナは実の父親にDNA鑑定の結果を突きつける強靭さを発揮。
母親と長男はその父親に対する不信感を募らせる。
遂に父親はティクとサリムに対して暴行を仕向ける。
と、これが実話であることが凄い。

インド映画にしては歌って踊るシーンも控えめで、家族の絆に的を絞った感じ。

それから子供が誕生するシーンで、窓の下でどうしていつもヒジュラがはしゃいでいるのか疑問だったけれど、一般人の家庭での新生児の誕生の祝福のために招かれたりするならわしがあるらしい。
そうして彼女らが汚れた存在として認識されていないかというとそうでもなく、タマンナは最初オカマのティクの存在を(ショックのためでもあるんだろうけど)罵ったりする。
そこらへんのインド事情が気になるところ。

ラストは、実の父親に殺されそうになったタマンナを助けに、ティクを先頭としたヒジュラたちが逆襲する。
突き飛ばしてガラス戸が粉々になったり、壁が一枚板のように後ろに倒れたりとそこはまるでドリフなんだけれど、その勢いが娘を殴った(というか殺す気まんまん)ことに因るのがいじらしい。

そして悪漢は逮捕され、母親と長男はタマンナとティクに謝罪とお礼を述べ、その家庭に戻ることを誘われるも、タマンナは育ての親ティクを選ぶという大団円も良い。
後味よく見られる作品。


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2009年04月22日

ミルク

B001S2QNMIミルク [DVD]
2008年 アメリカ
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ショーン・ペン
   エミール・ハーシュ
   ジョシュ・ブローリン
   ジェームズ・フランコ
   ディエゴ・ルナ
by G-Tools


ゲイであることをカムアウトし、1970年代のアメリカで公職に就いたハーヴェイ・ミルク(字幕ではハーヴィー)。
彼の私生活、個人の権利を守るための戦い、そして逆恨みの凶弾に倒れるまでを描いた、主演のショーン・ペンのオスカー受賞作品。

ミルクの人となりに魅かれた。

生涯にわたって長く付き合うこととなるスコット(恋人同士の時代も、そうでない時代もあったけれど、最後まで彼との絆は続いた)との蜜月。
初めて出会って、いくつか言葉を交わし、その場でキス。
その後のじゃれあうようなスキンシップの数々に自然に口元が緩む。
二人が営むカメラ店の前で長々とするキスシーンがまた素敵だった。

そんな性嗜好を隠すことなく、ミルクは公職に挑戦する。
結果、二度落選したものの、三度目の立候補で市議として当選を果たす。

そのまんまのゲイ(陽気)な有態のままで活動するミルクの姿が愛しい。

当選パーティーにはゲイ仲間はもちろん、ドラッグクイーンとも絡むし、若くて少しわがままな恋人の言うがままだし、何より公職に就いて、ゲイの人権を守ろうとする姿勢に説得力があるのが良い。
何しろゲイの教職者を解雇させるという「条例6」なんてふざけたものが制定されそうになっていたのだから。
それまで警察によるゲイへの迫害を見てきた彼はその条例破棄に尽力する。

「教師がゲイであることが生徒に影響を与えるのだったら、今頃生徒たちは皆シスターになっている」
と討論会で相手をやりこめるも、別の場では相手側に拍手喝采が送られたり、ホモフォビアの様相は今よりもまだ濃く立ち残っていた時代なことが窺えた。

だから、条例6を心から恐れていると顔を曇らせるミルクの真剣さに心を動かされ、だからこそそれが破棄された時の喜びといったらない。

でもそんなミルクに親しみを覚えるうちに、史実である彼の死がひたひたと迫っていることが観ている間中、怖くて哀しくて仕方がなくなった。
だから彼が元執行委員であるダン・ホワイトに銃殺されるシーンは、そのスローモーションの倒れ行く映像を正視していられなかった。

このホワイトは既婚者で子供もいる身ではあるけれど、ミルクが自分たちと同じ嗜好を持っているのだと匂わせることを呟いている。
それが事実かどうかはともかく、そんなキャラクターにしたのは、クローゼットから出られない=勇気のない者の悲劇としての面も打ち出したんだろうか。

とにかくミルクは死亡した。
その死を悼んで、何千というろうそくを掲げた市民たちの追悼の行進には涙が流れた。
そのキャンドルライトを見ながら、彼の人懐こい笑顔、同性と交わす熱い視線、いくつものやさしいキスがぶわっとよみがえってくる。

そしてラストでは、ミルクと、彼の恋人、彼を支えた人々の実際の写真が、演じた役者の横に映し出され、それぞれのその後の人生が語られる。
まだ活躍中の人、エイズで亡くなった人、その人生にも灯火が掲げられる。

ショーン・ペンのゲイ演技は言わずもがな、スコット役のジェームズ・フランコの色っぽさにノックアウト。
ガス・ヴァン・サントは本当に引き出すのが上手い。


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2006年10月02日

カポーティ

B000MGB48Oカポーティ コレクターズ・エディション
フィリップ・シーモア・ホフマン ジェラルド・クラーク ベネット・ミラー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2007-03-16

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 「彼を救えなかった」
   「そうね。救う気がなかったのよ」



フィリップ・シーモア・ホフマンが作家のトルーマン・カポーティを演じてアカデミー主演男優賞を獲得した作品。

一家四人を惨殺したペリー・スミス。
カポーティはこの事件を小説にしようと、ペリーに接見を求める。
その面会の中でペリーは彼に信頼を寄せていくようになる。

いやもうこのカポーティがイヤなヤツなんだ。実に。

自己愛と名声欲が異常に高くて、人々から絶賛されて悦に入るシーンは見もの。
殺人者ペリーに最初こそ良い弁護士を世話してやったり、ハンガーストライキで起き上がれない彼の口に離乳食を運んでやったりとかいがいしく世話をするものの、それは彼が“金脈”だから。

だんだんと事件の核心を聞き出していくカポーティ。
自分のことをただの殺人鬼として描かないと信じているペリーが、その小説のタイトルが『冷血』だと知るシーンでその信頼が崩れかけるも、ペリーはカポーティの苦しい言い訳を受け入れる。
このシーンでもカポーティのいやったらしさは満点だ。

そして聞きたい事をすべて聞き出してからは一転、弁護士も手配しなくなるし、電話も無視するし、果ては彼が死刑にならないと小説が出来上がらないとボヤく。

彼は友人も大切にしなければ、恋人にも不誠実だ。

なのに不思議に人間臭くて、時に複雑な面をのぞかせるこの魅力。

ペリーの死刑の日に彼と会い、涙にむせぶその姿もまた彼自身。
そして冒頭に書いた台詞。
女友達に言われたこの一言が見事に的を射ている。
彼の死を怖れ、また彼の死を願った一人の作家。

やっぱりフィリップ・シーモア・ホフマンの演技は凄い。
カポーティそっくりに演じたそうだけど、わたしはそれがどこまで似ているかなんて実物を知らないから判らなかったけれど、今までのシーモア・ホフマンとは明らかに違っていた。
甲高い声、顔をツンと上に向けただけで自己顕示欲の高さが窺える仕草、ゲイならではのおしゃれさ。

ただ、彼の演技が卓越しすぎて、他の登場人物やストーリーが霞んでしまったように感じた。ネル役のキャサリン・キーナー(老けててビックリ!!)がいい味を出していたくらいで、クリス・クーパーなんかそういえばいたかなあ、って感じる程度。

カポーティは昔『遠い声遠い部屋』を読んだきり。
単純ながら『冷血』が読みたくなった。


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2006年04月21日

青い棘

B000E1KHZS青い棘
ダニエル・ブリュール アヒム・フォン・ボリエス アウグスト・ディール
アルバトロス 2006-04-07

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ねえ、
ぼくらは
一番美しい瞬間に
この世を去るべきだと思わないか?



1927年に実際に起きた事件、「シュテークリッツ校の悲劇」をもとに映画化。

ギムナジウムで友人同士のパウルとギュンター。
パウルはギュンターの美しい妹ヒルデに心を奪われる。
けれど一人に縛られたくない彼女には他にもハンスという調理師見習いの男がいた。
実はギュンターとハンスも同性ながら関係を持っていた。

複雑な人間関係の中、パウルとギュンターは愛を感じられなくなった時、自らとそしてその愛を奪った者を道連れにして死を選ぶことを誓う。

若さゆえの純粋さ、奔放さ、そして陶酔と暴走。

白いシャツ、白いドレスに身を包んだ白皙の若者たちの青春のきらめきがそこかしこに息づいている。
殴られて唇から出る血、指の隙間からこぼれおちる砂、しなやかな銃身。
どれもがやけに耽美だ。
少し狙いすぎな感じはするものの、ハンスを真ん中にはさんで寝転がり、兄妹で彼にキスをし愛撫するシーンは目を奪われる。

でもヒルデ役の少女があまりにもかわいらしく魅力的で、男性たちがいまいちかすんで見えてしまったのが残念。
兄妹に愛されるハンスも説得力に欠ける。

最後に意思を翻したパウルの表情は良。
彼は美しい時間を永遠にとめることはできなかった。
ギュンターは幸せなのだろうか。


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2006年02月01日

ランボー 地獄の季節

B0002B5AVGランボー 地獄の季節
テレンス・スタンプ ネロ・リージ ジャン・クロード・ブリアリ
ビデオメーカー 2004-07-16

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詩人アルチュール・ランボーの伝記的映画。

彼とヴェルレーヌとの愛人関係はあまりにも有名。
そんな二人のパリ・ロンドン時代と、ヴェルレーヌと別れてからアフリカで武器商人として暮らすランボーの現在とを交互に描く。

レオナルド・ディカプリオがランボー役で主演の『太陽と月に背いて』と見比べると、けっこう面白いかも。

ヴェルレーヌが身重の妻をいためつけたり、彼が貧困のロンドン時代、生魚を持って立っている姿をランボーが嘲笑ったり、詩人の会で傍若無人に振舞ったり、同様の場面が見られる。

ただ、『太陽〜』が二人の同性愛に重点を置いているのとは反対に、本作では、その要素はごくさらりと描かれている。

カフェで無邪気に相手にキスをするランボー。
それくらいしか二人の愛情を示す場面はない。
なぜ破滅的な恋におぼれたのか、それはちょっと伝わってこないのが残念。

その代わり、アフリカ時代は、その抗争の描写や、ランボーの愛人となる女性のキャラクターも含めて、丁寧に描き出される。

過去編と現在編では、土地も時代もあまりにも違っていすぎて、そのギャップに作品の焦点がボヤけてしまった感じだ。

わたしとしては、「詩の才能は神だが、心は豚だ」とインテリ詩人に言わしめたランボーの奔放な魅力がもうちょっと見てみたかった。


ラストは、足の腫瘍のため、歩くこともできなくなったランボーが、奴隷に担がれて、故郷を目指す。

「故郷に帰って人生をやり直すんだ!アラーの神よ!」
と絶叫するところで幕は閉じる。
その叫びがふるさとに届かないことを知っているから、そのシーンは強烈で物悲しい。

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2006年01月19日

バロウズの妻

B00005RV2Tバロウズの妻
コートニー・ラブ ノーマン・リーダス キーファー・サザーランド
ビデオメーカー 2001-12-21

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『裸のランチ』の著者で知られるW・S・バロウズとその妻との実話。

ジャンキーで同性愛者だったバロウズは、妻を顧みず、新しい男の愛人と旅行に旅立っていった。
妻のジョーンは、旧友の男性二人を家に迎える。

その中の誰もが、真に欲する相手とは心を通わせられない様を淡々と描く。

たとえ肉体関係を結んでいても、そのつながりは希薄だ。

夫婦であるバロウズたちも然り、
週二回のセックス契約を結んで、それ以上の親しみをみせないバロウズの愛人も然り、
ジョーンに恋するルシアンも、彼に苦しい片想いをしているアレンも。

ただ、
「私は貞節すぎる女なの」
と自ら言うジョーン役がコートニー・ラブなため、どうも違和感を感じてしまう(失礼!)。
それに子供を放って何日も旅してるのはなあ…

すべての男も女も虜にしてしまうルシアンも、結局保身のための現状維持の狡猾さが入り込めなかった。

なので、実話を実話のまま、誰にも思い入れせず演出したのはどうだったのかなあ…。


ラストは有名な「ウィリアム・テルごっこ」。

ジョーンは頭にグラスをのせ、それを狙うものの、的が外れて妻を射殺してしまうバロウズ。
彼は自分を真に愛する者をうしなって、インターゾーンに入っていってしまったのか。


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2005年06月27日

キャリントン

B0000399WPCarrington
Emma Thompson Jonathan Pryce Steven Waddington
MGM/Ua Studios 2000-02-01

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B00005GRDJキャリントン(字幕)
ロナルド・シェドロ ジョン・マグラス クリストファー・ハンプトン マイケル・ホルロイド
ビクターエンタテインメント 1996-07-26

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実在の女流画家ドーラ・キャリントン。
彼女はゲイの男性リットンに恋焦がれ、肉体関係を持つことがないと判っていながら、彼と生活を共にする。

リットンが恋する男性レイフ。
彼を引き止めるためにキャリントンはレイフと関係を持ち、結婚までしてしまう。

それから次々と男をかえる彼女。

でも愛しているのはリットンただ一人。

リットンは彼女を突き放すべきだったのか。
それでもキャリントンは縋ったのか。
多分、離れることはなかったんだと思う。

それが彼女の選択であっても、やっぱり不憫でならない。

リットンにいまいち魅力が感じられなかったから尚更。

少年のような風貌のキャリントンをリットンが気に入ったというエピソードがなかなか皮肉。

ゲイの男に恋した女性の悲劇というモチーフでは、『恋人たちの曲/悲愴』と並んで悲惨。


きらきらひかる』や『ウェディング・バンケット』とは違って、これが現実なんだと思う。

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2005年06月12日

夜になるまえに

B0000A4HRN夜になるまえに
ハビエル・バルデム ジュリアン・シュナーベル オリヴィエ・マルティネス ジョニー・デップ
アスミック 2003-09-05

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映像・音楽が詩のように漂う作品。

キューバの作家レイナルド・アレナスの自伝を元に映画化。

カストロ独裁政権の中で迫害される芸術家と同性愛者。
その弾圧からの逃亡・そして逮捕。

アレナスを演じたハビエル・バルデムの肉感的な唇・生に溢れる美丈夫ぶりを晒した体。それが力強く画面に灼きつけられる。

ゲイたちとの楽園のひととき、海にタイヤひとつで亡命をはかるアレナスにかかる水飛沫。
何もかもがきらきら輝いている。
非常にエネルギッシュで、それなのに、冒頭で書いた通り、それらが全て詩的であるこの絶妙のバランス。

監獄でゆらめく、アレナスに文を書くことを催促するいくつもの灯りのシーンは殊に美しい。

あふれる言葉を、その思想を、表面上はともかく、本質は弾圧はできない。


そしてここで登場する色っぽいオカマ役のジョニー・デップの艶っぽさは一見の価値有り。
また二役で、同性愛を弾圧する側にもまわっているところがなかなかしゃれがきいている。

ことばを、映像を、愛でている作品。

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2005年05月21日

プリック・アップ

B000065BHEプリック・アップ
ゲイリー・オールドマン アルフレッド・モリーナ ヴァネッサ・レッドグレーヴ スティーヴン・フリアーズ
ジェネオン エンタテインメント 2002-05-24

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劇作家ジョー・オートンとその同性愛相手のケネス。

もともと演劇関係筋にあったケネスがジョーに芸術を教える。

でも、芽が出たのはケネスの方だった…

ジョー役はゲイリー・オールドマン。
奇抜な役どころが多い中、今作でも同性愛者という異端を演じていても、それが格別目を引くことはない。

多分、男女関係なく、相手への愛と嫉妬って普遍的なものだからかな。

まあそうは云っても、ジョーは気儘で奔放だ。
ケネスの目の前で別の男とキスしちゃったり。

そんな彼に羨望と憎しみを抱くケネス。

結果、ケネスはジョーを絞殺してしまう。

容姿も才能も同棲相手に劣る悲哀。
ケネスに感情移入したわたしはやっぱり負け組。


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2005年05月16日

野生の夜に

B000025BGHLes Nuits Fauves
1992年 フランス
監督:シリル・コラール
出演:シリル・コラール
   ロマーヌ・ボーランジェ
   カルロス・ロペス・モクテスマ

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エイズであり、バイでもある主人公。
ある日彼は若く美しいローラという少女と、エイズということを隠して関係を持つ。

ローラを愛しながらも、別の青年とキスしたり、夜の街で刹那的な快楽を貪る主人公。
やがて彼がエイズであると知ったローラは…


はっきり言って、みんな自分勝手でついていけない。
病気の自覚がなさすぎる主人公の生でセックスすることも眉を顰めるし、
少女の狂乱を通りこした醜態は(まあ無理もないんだけど)過剰だ。


愛の営みも、動物めいたそれに見えてしまう。
激情型の愛にのめりこめるならいいんだろうけど。


ローラ役はロマーヌ・ボーランジェ。
本気で恋にぶつかっていく破滅型の少女を熱演。
彼女を見たとき、なんていい雰囲気の女優さんだろう、と思った。
また体がすごい。
胸とお尻がこれでもかってほどの存在感。

主演と監督はシリル・コラール。
実はこれは彼の自叙伝的作品。


「僕は死ぬだろう
でも
今は生きている」



このラストのモノローグ、今までどうしても感情移入できなかった分、ぐっときた。

そのシリル・コラールは、もうこの世にいない。


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2005年04月19日

オスカー・ワイルド

0767814932Wilde
Stephen Fry Jude Law Vanessa Redgrave
Columbia/Tristar Studios 1999-01-12

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オスカー・ワイルド【字幕版】
スティーブン・フライ ジュード・ロウ ヴァネッサ・レッドグレーヴ ブライアン・ギルバート
ポニーキャニオン 1998-09-18


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イギリスの文豪であり、アルフレッド・ダグラス卿(通称ボジー)との関係で、男色裁判になり、投獄されたことが有名なオスカー・ワイルドの人生譚。

作品のつくりは、耽美を脱しきれず、軽薄な印象が残った。

結婚もしているワイルドが、次々と男をとっかえひっかえする前半は、そういうシーンが苦痛な人にはたまらないだろうな。
わたしは興味深く見たけどな(笑)。

そして運命の恋人、ボジーに出会う。

ボジー役のジュード・ロウの流し目にやられるべし!
この人は、我侭で気高い美青年を演じさせたら右に出る者はいないと思う。

だんだん落ちぶれていくワイルド役のスティーブン・フライも悪くない。

でも軽い。

ノーマ・ジーンとマリリン』でも感じたけど、表層を切り取って、そのまま貼り付けた実話って感じが拭えない。
心理描写をしているようで、深みはなかった。



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2005年04月17日

永遠のマリア・カラス

永遠のマリア・カラス
ファニー・アルダン フランコ・ゼフィレッリ ジェレミー・アイアンズ ジョーン・プローライト
ポニーキャニオン 2004-03-17


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実在のオペラ歌手、マリア・カラスの晩年?の物語。

しょっぱなからロン毛の初老の男(ジェレミー・アイアンズ)が、若く美しい青年を見初めるところから始まる。
しかもBGMはロック。

入った映画館を間違ったんじゃないかと思ったよ(笑)

無事ナンパは成立。
ウキウキ気分のロン毛男は、実はマリア・カラスの元プロモーター。
彼は、引退したカラスにもう一度映画で歌ってみないか再起をもちかける…。

カラス役のファニー・アルダンは熱演。
声を取り戻したい情熱と、裏腹の現状での寂寥感。
パワフルでいながら脆い。


けれど…
どうも、神格化して描写しすぎな気がする。
実話を映画化するときは大抵避けられないのが(故人であってもまだその年月が浅ければ)、実在人物に対する描写の遠慮。

もう少し、ドロドロとしたものがあったんじゃないかと…。
あまりにもドラマティックで、感動する気がそげた。

冒頭のゲイカップルも、本筋にあまり関係なく破綻する。
何に焦点をあてているのか。
誰にも感情移入できずに終わってしまった。

ただ、カラスの実際の歌声が聞けるので必見。

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cocoroblue at 15:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年04月15日

太陽と月に背いて

太陽と月に背いて
レオナルド・ディカプリオ デビッド・シューリス ロマーヌ・ボーランジェ アニエスカ・ホランド
ジェネオン エンタテインメント 1998-11-25


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見つけたぞ
何を?
永遠を
それは太陽に溶ける海



有名なランボーの詩の一節をこの映画で見られたのは感動。

天才詩人ランボーと、既婚者でありながら彼に篭絡される同じく詩人のヴェルレーヌ。

ただ、二人は痴話げんかばかりし、ヴェルレーヌは妻と愛人の間を行ったり来たりする。

そして情熱的でありながら、生粋の気まぐれ屋であるランボー。

依存したり、突き放したり、その奔放さがなぜかすごく魅力的。


のどの奥でくゆるようなアブサンを飲み干す二人はその強烈な一瞬の味わい(いや飲んだことないけど。いい加減なこと書いてんな、わたし)の如く、関係を終わらせる。


この頃のディカプリオは実によかった。
ギルバート・グレイプ』で見せ付けた細い肢体そのまま。
奇行を繰り返す、でも愛に飢えた天才をうまーく演じていた。


今は……
うん……
成長し(ちゃっ)たね。

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2005年04月13日

エレファント

エレファント デラックス版
ジョン・ロビンソン ガス・ヴァン・サント アレックス・フロスト エリック・デューレン
ジェネオン エンタテインメント 2004-12-03


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いつもの日常。
平凡な学生生活。

そんな中に挿入される、澄み切った青空。
叩きつけるように奏でられるベートーベン。


そして、銃。


色んな視点からくりかえされる高校生たちの生活に、不穏分子が姿をあらわす。

ドキュメンタリー『ボウリング・フォー・コロンバイン』でとりあげられた、コロンバイン高校2人の少年による無差別殺人。
この作品でマイケル・ムーアは銃社会を厳しく批判したのに対し、本作でガス・ヴァン・サントはただ淡々と物語を進めている。

この監督さんの作品ではよく、どこまでも続く一本道のショットが出てくる。
マイ・プライベート・アイダホ』しかり『グッド・ウィル・ハンティング』しかり。
どこにも宿り木を見つけられない少年たち、と勝手に解釈しているけれど、本作でも、ながーくつづく廊下の遠近法が見られる。
そこで少年たちは銃をぶっ放す。

扇情的なものはなく、ただあるがままを写した画面。


殺人を決行する前に、2人の少年は
「お前、キスしたことあるか?」
と、バスルームではじめてのキスを交わす。


それさえもセンセーショナルさは皆無。

“キスも知らない17歳が、銃の撃ち方は知っている”
のキャッチコピーがずきんと胸にくる。


さて、なぜこの映画のタイトルは『エレファント』なのか?
以下、パンフより引用。


誰もが一瞬、疑問に思うこのタイトルは、北アイルランドの内部抗争の中で、同じくらい暴力的な時代に生きた子供たちを描いたイギリス人アラン・クラークによる89年の同名映画にヒントを得た。
同じ部屋にいる象にさえ気づかない、見て見ぬフリをした方がいい、という意味をこめたクラークとは違い、偶然にも、盲目の仏教僧侶数人が、自分の手で触れた部分の印象しか語れず、物事の全体像は見えにくいという教訓話に行き当たったからだという。



だから、視点を違えて同じシーンを何度も写したのも頷ける。
けれど核心は見えない。


以前、監督は、ハーモニー・コリンの『ガンモ』を見て、「人生が変わる」と評した。
これととても似たテイストの作品だと思う。

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