アイのカタチ【人間以外】

2012年05月19日

レンタネコ

B0099LEJ4Eレンタネコ [Blu-ray]
2011年 日本
監督:荻上直子
出演:市川実日子
    草村礼子
    光石研
    山田真歩
    田中圭
    小林克也
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もんさん追悼。

ネタバレ有りです。

サヨコは2年前に祖母を亡くし、十数匹の猫とともに古い家で暮らしている。
ときどきなのか毎日なのか、リヤカーにその内の数匹を乗せて、川原を練り歩き、猫のレンタル業を営んでいた。

愛猫を亡くし、今から新しい猫を飼っても自分の寿命を考えるとそれも憚られるという一人暮らしのおばあちゃん。
単身赴任で家族のもとを離れ、可愛い娘に加齢臭のため嫌われて傷心中のサラリーマン。
人生に何のやりがいも見出せないレンタカーを一人できりもりするめがねの女性。
そんな人々の心のあなぼこを埋めるため、サヨコは彼らに猫を貸し出す。

この“淋しい心の穴を埋める”ために猫を用いることも、そのあなぼこがどのエピソードにも出てくるのも、少々演出にあざとさが感じられる。
おばあちゃんの作るオレンジゼリーの真ん中にくりぬかれたスプーンの穴。
サラリーマンのくつしたの穴。
受付の女性の一風変わったドーナツの穴の食べ方。
ひとつひとつは微笑ましいエピソードではあるんだけど、こうも三連続で持ってこられると、象徴的というより、前述したあざとさが目立ってしまう気がした。

猫は可愛い。
小さい頃からずっと猫を飼ってきた者としては、当然ながらここに出てくる猫は皆かわいい。
それなのにいまいちこの作品にのれなかったのは、やっぱりいつも見ていた猫の生態とは若干異なること、そしてこの監督さんの作風に飽きがきてしまったことが大きい。

エンドロール後に、猫の自然な動きを尊重しました、的なテロップが出て、たしかに画面の端々で自由に飛び回ったり、じゃれついたりしている彼らは自然だったけれど、リヤカーに押し込められてじっとしていたり、人間に長い間だっこされ続けていたり(はじめは良くても、たいていすぐに飽きて離せと暴れる猫が経験上ほとんどだったので……。まあ大人しい子を選んだんだろうけど)、どうしても映画的であるという部分にひっかかってしまった。

そして荻上監督ならではのゆるい空気、何もなく終わる作風は、初見の『めがね』やその次に見た『かもめ食堂』は新鮮で今でも大好きな作品ではあるけれど、それもこうも続くとどうかと思ってしまう。

結局何も起こりませんでした、で終わるにはちょっと今回は味気がなさすぎた。
しかもサヨコの中学時代の同級生が出てきたエピソードには猫がいっさい関わっていないときた。
この構成がわたしには理解できない。

サヨコの浮世離れしたキャラクターはなかなか良かったと思う。
ある時は株の達人、ある時は人気占い師、ある時はCMの作曲家、とどれも眉唾としか思えない肩書きを持ち、その実態は謎のまま、でも結婚に憧れる普通の女性で時には泣きたくもなる(そして隣人にブスといわれる)。そんなレンタネコ屋さんの捉え難い魅力はとても好き。

ただ、今回は心のあなぼこにしても、猫で淋しさを癒すにしても、言葉での説明が多すぎた。
それが残念。

エンドロールに、くるねこ大和さんのイラストがてんこ盛りで出てきたのは嬉しかったなあ。
この映画にぴったりの人選だと思う。

4757738870くるねこ
くるねこ大和
エンターブレイン 2008-01-15

by G-Tools



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2011年08月23日

コリン LOVE OF THE DEAD

B004WINBYIコリン LOVE OF THE DEAD スペシャル・エディション [DVD]
2008年 イギリス
監督:マーク・プライス
出演:アラステア・カートン
   デイジー・エイトケンス
   リアンヌ・ペイメン
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ひとの記憶。

ネタバレ有りです。

何らかの理由でゾンビが徘徊するようになったロンドンの街。
社会の秩序は崩壊し、残り少なくなったとみられる人間はゾンビの魔の手から何とか逃れようとしていた。
そんな中、ゾンビになりたての青年コリンがいた。
彼はふらふらと街を彷徨い、道中で“食事”もする。
コリンの姉は彼を見つけ、何とか人間の心を取り戻そうと母親に会わせるも、コリンにはそれが判らなかった。やがてその姉も別のゾンビに噛まれて屍鬼と化してしまう。
そんなことを経ながら、コリンは歩き続ける。
彼が向かった先とは―

ゾンビ映画は少し苦手で、有名なロメロの代表作も見たことはない。
『28日後…』は感銘を受け、好きな作品ではあるけれど、正視に耐えられないシーンがいくつかあった。
だから『ゾンビランド』とか『ゾンビーノ』とか、コメディタッチのものに傾倒。
なので今回のようなゾンビからの視点で描かれた作品は新鮮だった(前例はあるらしいけど)。

理性を失くして彷徨し、積極的ではないにしろ人を襲って食べる姿は典型的なゾンビのそれだ。
けれど生き残りの人間から襲撃されたり、家族から必死に語りかけられたり、今まで見てきた数少ないゾンビものにはない、はっきりとした悲哀感がある。
主観がゾンビだからこそ、周囲が何をしようとしているのか判らないというもどかしさ。
彼が何を考え、どこに行こうとしているのかラストシーンまでは観客には伝えられない。

だからコリンが死んだ恋人の眠っている家に行こうとしていたことが判るシーンでは衝撃を受けるとともに涙が溢れてきた。
ゾンビとなってもなおも残っていた愛の記憶。
こんなにせつないことってあるだろうか。


でもちょっとした伏線も張ってあって、コリンがゾンビとなって街を歩いている時、ポータブルミュージックプレイヤーを不可思議そうに弄ぶシーンがある。
あれも恋人が同じようなものを持っていたから、何かは判らなくても手にとったのかもしれない。
人間性を失いながら、人間だったころの記憶を内包するゾンビの悲哀。

超低予算で作られながら、手垢にまみれている筈のゾンビ映画に新たな感動をもたらしてくれた隠れた良作。

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2011年08月15日

モールス

B005MNAYGKモールス [Blu-ray]
2010年 アメリカ
監督:マット・リーヴス
出演:クロエ・グレース・モレッツ
   コディ・スミット=マクフィー
   リチャード・ジェンキンス
   イライアス・コティーズ
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・・ ・―・・ キス・アンド・ハグ

ネタバレ有りです。

ぼくのエリ 200歳の少女』のハリウッドリメイク作。

冒頭、いきなり自分の顔に酸をかけて救急搬送される男トーマスのシーンから始まり、ストーリーを既に知っている側からすると、このシーンを始めに持ってきたことにニヤリとさせられる。
そんなサスペンスフルな出だしは良かったものの、やっぱりオリジナルの出来には及ばない印象が残った。

話の筋、展開はオリジナルとほぼ一緒。
ただ根本的な解釈の違いを見せてしまった。ここは賛否が分かれそう。

先ず第一に、オリジナルのエリ(本作ではアビー)が実は去勢された男の子だった衝撃のシーンはばっさりカット。
原作設定をないものにしてしまっている。

そして主人公オーウェンが、若い頃のトーマスとアビーが仲睦まじく二人で写った写真を見てしまったシーンが追加されている。
これはラストの解釈に影響を与えると思う。
『ぼくのエリ』ではエリとその庇護者であるホーカンとのつきあいの長さを示さなかった。
加えて原作設定も含めて、主人公はのちのホーカンになるかならないかで意見が分かれた。
でも本作では、はっきりとトーマスとアビーの過去をオーウェンが知ることによって、その末路が暗示されているような気がした。
もちろんここも人それぞれの意見が出るのだろうけれど。
でもわたしは『ぼくのエリ』でのあの小さな幸福感をここに見出すことはできなかった。

あとは小さな違い。
オーウェンの父親は姿を現さず、電話で話すのみ。
そして一緒に暮らす母親は宗教かぶれの設定で(最初の方で鏡にキリストの絵が飾られているシーンをいやに印象強く撮っているなとは思っていたけど)、その顔はわざとフォーカスをぼやかしたり、壁や柱に遮られたりでその実像を現さない。
この両親の不在感はよく出来ていたと思う。

そしてあの凄惨なプールでの殺人の場面、オリジナルでは一人だけ生き残ったものの、こちらは見事に全員惨殺。
ドラマに深みをもたせたオリジナルも、潔い本作もどちらも好き。

ただやっぱり、あのオリジナルの凍てつくような寒さはリメイク作では感じられなかった。
吐く息さえ凍りそうなあの北欧の雰囲気と、そこに染まる赤黒い血のコントラストがとても好きだっただけに残念。

役者陣は皆好演していたものの、特別印象にも残らず。
クロエ・グレース・モレッツは『キック・アス』のヒットガールのイメージが強すぎて、こちらはインパクトに欠ける。可愛らしかったけれど。
リチャード・ジェンキンスはこういった報われない役が本当によくお似合い。
エンドロールを見るまで彼と判らなかったイライアス・コティーズも姿が見られてうれしい。

オリジナルを観ていなかったら色々比較せずに素直に楽しめたかもしれない作品。

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2010年11月28日

ゴースト もういちど抱きしめたい

B004R96FAYゴースト もういちど抱きしめたい <Blu-ray>
2010年 日本
監督 : 大谷太郎
出演 : 松嶋菜々子
    ソン・スンホン
    樹木希林
    鈴木砂羽
    黒沢かずこ
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ねえムーミン♪こっち向い……
誰だお前。

ネタバレ有りです。

女社長として成功を収めている七海は、ある日韓国人の陶芸家であるジュノと出会い恋に落ちる。
そんな幸せの絶頂の中、突然七海はバイクのひったくりに遭い、命を落としてしまう。
ゴーストとしてこの世に漂う彼女は、自分を殺した犯人を知り、ジュノにも危険が及んでいることを知る。それを知らせる術はゴーストの自分にはない。
そんな時七海は、霊媒師の五月という女性の存在を知り、ジュノとの架け橋となってくれるように頼む。

言わずと知れた名作『ゴースト ニューヨークの幻』のリメイク作品。
なんとも無謀なことをしたもんだと思っていたら案の定トンデモ映画となっていた。

オリジナルよりも時間をかけた、生前の二人の愛を育む描写。
でもその恋の始まりが、酔った七海がかっこいい韓国人男性と出会い、そのまま彼の家に泊まり、翌朝何も覚えておらず、朝食を用意してくれた彼の頬をピシャッと叩き、でも実は自分が彼をナンパした事実を知って謝罪しに彼の家を訪れる―って、20年前のトレンディドラマじゃないんだからさ。
その後の二人きりの結婚式で、指輪をありあわせのもので間に合わせるというのもやっぱり古いドラマの展開そのまま。
大体なんで相手が異国人でないといけなかったのか。
韓流ファンを取り込みたかったのが見え見えなキャストもうすら寒い。

オリジナルと同じく、二人でろくろをまわすシーンも出てくる。
ここでアンチェインド・メロディがかかるかな?と思わせておいてそこでは流れず、場所を変えてのベッドシーンで平井堅の歌うそれが流れてくる。そんな時間差アンチェインド・メロディが思いもかけず面白くて肩を震わせて笑ってしまった。

悪役の鈴木砂羽演じる美晴はただオーバーアクトに徹し(コーヒーを胸元にこぼしてジュノに迫るシーンって酷いでしょ)、七海を殺した黒田はジュノと不必要なバトルをけっこう長く続ける。これもジュノ役のソン・スンホンのアクションを見せたかっただけで、サスペンスとして盛り上がる要素には違いはないけれど、本当にただ長いだけなので冗長なシーンに成り下がっていた。

そんな中での救い主はやっぱり樹木希林演じる五月の存在感。
オリジナルのウーピー・ゴールドバーグほどではないけれど(まあエピソードもかなり削られちゃってるしね)、自分に霊感があることを知ってパニックを起こすシーンや、自分の一歳だけ年上の姉を「ばあや」と呼んでいるところや、結婚願望の強い女性を演じる黒沢かずことのやりとりはとても面白かった。
このアクセントがなかったらもっと悲惨な出来になっていた筈。

七海を指導する子供のゴーストの存在はあざといし、ラストで七海とジュノの別れのシーンはまとまりのない長さでうんざりするし、オリジナルの脚本の素晴らしさとキャストの良さを再認識させられるリメイク作だった。

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2010年11月02日

ペルシャ猫を誰も知らない

B004MMETOKペルシャ猫を誰も知らない [DVD]
2009年 イラン
監督:バフマン・ゴバディ
出演:ネガル・シャガギ
   アシュカン・クーシャンネジャード
   ハメッド・ベーダード
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 「アイスランドに行ってシガー・ロスを見る。
  それが僕の夢だ」

ネタバレ有りです。

西洋文化が厳しく規制されているイラン。その首都テヘランで、インディーズ・ロックのコンサートを開催しようとしているミュージシャンがいた。
アシュカンとネガルのカップルは、自由な音楽活動を求めてコンサート後、外国へ渡ろうとする。そのための偽造パスポートとビザの作成を、闇業者のナデルに依頼する。
お調子者で弁が達者なナデルは、彼らの音楽に対する情熱に心酔し、何かと二人を志を同じくするミュージシャンたちを紹介し、その音楽を聞かせる。
一応順調にことは運んでいたに見えたが、コンサート当日に事件は起こった。

音楽のジャンルなんて細かいものになると全く判らないし、ましてや欧米以外となるとどんな音楽が奏でられているのかも知らないわたしでも、全体にわたって繰り広げられるイランでのラップ、ロック、ヘヴィメタルの力強さに圧倒された。
それは当然のことで、演奏しただけでも逮捕されてしまうお国柄で、でも自分たちがやりたい音楽を危険を冒してまでもやるというその情熱によるパワーが伝わってきた。

あるグループは牛小屋で(演奏が始まると牛たちが「またかよ」って感じで眉を顰めるところは良いショットだ)、あるバンドは毛布で壁を覆って防音対策をした地下で、ある人物は工事中の高台で、普通ならスタジオで好きなだけ練習できる音楽を、凄い環境で演奏している。
その音楽にのせてテヘランの「今」が欧米のPV風に映し出されるのも面白い。
路上で生活する人々、チャドル姿の女性、貧困にあえぐ労働者、そして子供たち。
そんな中で、ドイツにいる親にお金を送ってもらえるアシュカンや、車もバイクも持っているネガルは、まだ富裕層に位置しているといえる。
けれどそんな彼らでも自由のために、好きな音楽をやるためにはお金が足りない。
その楽器をそろえたりする第一段階で、経済的に諦めざるを得なかったミュージシャンは山ほどいるのだろう。

ただ、そんな懸命になるアーティストたちの中で、肝心の主役である二人に魅力があまり感じられなかった。
特にネガルは、ずっと不安そうに怪訝そうに額に皺を寄せて、いつでも文句たらたらな印象で、彼女自身が何かを努力したように見えなかったので好感が持てない。
アシュカンのボーカルは抜群に上手かったけれど、ネガルはそうでもないのも一因。

その代わり、あちこちにコネやらツテやらがありまくり、罪を逃れるためならコーランに誓うと豪語して嘘八百を超早口でまくしたてるナデルの魅力と存在感はどうだろう。
彼がバイクであちこちミュージシャンのもとへ走る一連のシーンは爽快だ。

だから、ラストに全てを擲ってしまったのは残念。

ナデルは偽造パスポート作りのおじいさんが逮捕されてしまい、ぎりぎりになって計画が頓挫してしまったことに絶望し、部屋に閉じこもり、彼を連れ出そうとしたアシュカンは、警察騒動に巻き込まれ、窓から転落し、その生死はあやふやのままとなる。
別に悲劇が悪いわけでもないし、現実的に起こりうる事態でもあるけれど、最後に何もかも放り投げて終わってしまった印象のラストはちょっと唖然としてしまった。

音楽に対する強い愛を叫んでいたパワフルな作りに対して、この終わり方はちょっといただけない。

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2010年08月22日

ぼくのエリ 200歳の少女

B004DNWVIEぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]
2008年 スウェーデン
監督:トーマス・アルフレッドソン
原作:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
出演:カーレ・ヘーデプラント
   リーナ・レアンデション
   ペール・ラグナル

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「12歳だよ。ずっと昔から」

ネタバレ有りです。

オスカーは学校でいじめられている12歳の少年。
彼の家の隣に、ホーカンとエリという親子が引っ越してくる。
そんな中、喉を引き裂かれて人が殺されるという凄惨な事件が起こった。
実はエリは吸血鬼であり、父親のふりをしていたホーカンがエリのために血を調達していたのだった。
やがてオスカーとエリはお互いに心を寄せるようになる。

ストックホルムの寒々しい風景が、吸血鬼ものの雰囲気とマッチしていて良。
でも殺人手口の残忍さや、いじめっ子らの性質の悪さ、エリに血を吸われて吸血鬼化してしまった女性の壮絶な最期(陽の光を浴びた途端全身発火するシーンはビビりまくった)等禍々しさは満載ながら、オスカーとエリの交流はどこか神聖で心が温まる場面が多かった。

はじめは近づくことも牽制していたエリが、毎晩ジャングルジムでオスカーと逢瀬を重ね、ルービックキューブやキャンディをプレゼントされ(キャンディは食べた後吐いてたけど)、孤独なオスカーを放っておけなくなり、躊躇しながらも彼に魅かれていく様子がとても可愛らしかった。
オスカーもエリの助言によって、いじめられっ子に反撃をし、今までは憂さ晴らしに空をナイフで切りつけていただけだったのに、主犯格の少年を棒で殴りつけて実際に怪我を負わせるまでに成長(?)する。

孤独だったのはオスカーだけでなく、エリもまた血を飲まずにはおれない性のせいで、人を殺し、それがバレそうになるたびに土地を転々していたのだろうというのが窺える。

エリを庇護していたホーカンは、ある時殺人が未遂に終わり、自分の顔に硫酸をかけて身元を判らなくして、そのまま病院に搬送された。
それを突き止めたエリは彼の病室に忍び込み、その血を吸って、窓から彼を突き落として殺害する。
エリに大事なパートナーの女性を結果的に殺された男が、復讐をしにエリの家に忍び込み、逆に返り討ちに遭う。
もうこれ以上この土地にいられなくなったエリは、オスカーに別れを告げる。
いつもの生活に戻ったオスカーは、プールでいじめっ子らと、その兄によって溺死させられそうになる。
そこにエリが現れ、彼らを次々倒していく(水中でのオスカー視点で、くぐもった悲鳴の後、そのプールの中に生首やちぎれた腕が投げ込まれるシーンは怖すぎて笑った)。
そして二人はその後列車の中にいた。
二人で習得したモールス信号で会話をしながら。どこへ向かうのかは判らない。でも彼らはとても幸せそうだった。

という顛末で、ラストシーンを見て感じたのが、ハッピーエンド仕立てにしていながらも不穏な未来が待っているのでは、ということ。
つまりオスカーがこのまま歳をとり、彼がホーカンのような末路を辿る可能性があるのではないか、と。

けれどこのラストや、他の部分でも、原作を読んでいるとかなり解釈が違ってくるのが後で判明する。

わたしが参考にさせてもらったのは「三角絞めでつかまえて」のカミヤマさんの記事

先ず驚いたのが、エリが実は男の子で、吸血鬼になる時に去勢させられたのだという事実。
映画でエリが着替えているところをオスカーがのぞくシーンがある。
そこで映し出されたむき出しの股間はモザイクがかかっていて、これは年端もいかない少女のそれを映すことができないからだと解釈していたけれど、実はそこには去勢手術の痕が映っていたらしい。
ここをはっきり見せていないため、そんなことは思いもよらずに度肝を抜かれた。
そういえばエリはたびたび「女の子じゃないけれどいいの」とオスカーに言っていたけれど、「人間の女の子じゃない」という意味だとばかり。
これはかなり大切な要素。映画だけ観た人で、このことに気づいた人はいるんだろうか。あのモザイクはかなり問題

そしてホーカンがずっとエリを守り続けた健気な人間にしか見えなかったけれど、原作では彼はペドフィリアで、エリに血を飲ませ、そのご褒美として彼の体を触ることができたただの変態男と設定されていたらしい。

だからそれを考えると、出会いも想いも異なるオスカーが、ホーカンのようになる未来は先ずないと読み取れる。
ここでかなり安堵感があった。

そして離婚したオスカーの父親が、どうもゲイっぽく、それを感じ取ったオスカーが家族に見切りをつけたように思っていたけれど、これも間違い。
父親を訪ねてきた友人(これがまたゲイに見えたんだよなあ)が来た途端オスカーを蔑ろにし始めたのは、父親がアルコール中毒者で、友人が来る=酒が飲めるからあんな描写になったらしい。
アルコールを注ぐ場面がたしかにやけに目につくように描かれていたけれど、これもそこまで読み取るのは困難。

なので、原作を読んでいないとかなりの誤解を与える演出に難はあるものの(モザイクは日本だけかな)、それでも種族も性別も越えた少年同士の恋愛にひどく心魅かれる作品だった。

オスカーは白皙と輝く金髪が美しく、繊細な思春期の少年にぴったりだった。
ちょっと斜に構えて、エリに「入ってもいい」と言ってやらない主導権を握ったような態度の後、我慢のしすぎ(?)で血だらけとなったエリを見て慌てまくっていつもの彼にすぐに戻るところが微笑ましかった。
そしてマフラーとか、ブーツとか、シャツだとかのファッションがとてもおしゃれ。

対して身なりに気を使わないエリは、その野性味がただ美しいだけのヴァンパイアよりもいっそう魅力的だった。
血塗られた唇が美しく、最後にプールのシーンで見せた大きな瞳に完全に心が射抜かれた。

例によってハリウッドリメイクが決定しているそうだけれど、この雰囲気は絶対に出せないと確信している。

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2009年12月13日

トワイライト〜初恋〜

B002CV0CT4トワイライト~初恋~ スタンダード・エディション [DVD]
2008年 アメリカ
監督:キャサリン・ハードウィック
出演:クリステン・スチュワート
   ロバート・パティンソン
   エリザベス・リーサー
   ニッキー・リード
   ピーター・ファシネリ
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恋に落ちたのは、吸血鬼と人間。

ネタバレ有りです。

いやあ、なんかもうキラキラ!
ヴァンパイアが陽にあたって肌が宝石のようにキラキラ!
見つめあう美男美女のつぶらな瞳がキラキラ!
プロムで踊る二人の舞台も照明でキラキラ!
そして全体的に少女マンガの王道を行くストーリー展開がまたきらっきらに輝いている。良い意味で。

たまりません。
転校生の美女が、色んな男にモーションをかけられながら、いつも人と距離を置いているこれまた美男子に魅かれ、誰も彼とつきあえなかったのに、彼女の位置に納まる。
彼は謎めいていて、でも彼女の危機には最速で駆けつけ助けてくれる。
その正体は吸血鬼。
禁断の恋におちた二人は困難を乗り越えながら絆を深めていく。

そんな主人公ベラの視点にたつと、それこそ少女マンガのヒロイン気分を味わえて良い。
自分のために命をかけて戦い守ってくれるとびきりの美青年エドワードの、衆人の前で肩に手をまわしたり、ひどく官能的に喉に唇を押し当てたりという仕草がいちいち魅力的。

最初はそっけなかったエドワードとの距離の縮め方、ヴァンパイアと判ってからの煩悶、それを乗り越える恋心、ベラを“食事”として付け狙う悪玉ヴァンパイア(エドワードは動物の血しか飲まない“菜食主義”)との対決、吸血鬼ファミリーとの付き合い、ベラと父親との親子愛等魅せ方もさまざまで飽きさせない展開も良。

拙い感じのあるワイヤーアクションや、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』でも失笑した吸血鬼ファミリー全員白塗りの顔等別の意味でマンガ的要素もあるものの、きゅんきゅんするような恋愛事情にハマってしまうとそれもOK。

今公開中の続編が観たくなってきたけれど、評判が悪すぎて不安。

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2009年10月26日

空気人形

B0033BSJ8S空気人形 豪華版 [DVD]
2009年 日本
監督:是枝裕和
原作:業田良家
出演:ぺ・ドゥナ
   ARATA
   板尾創路
   オダギリジョー
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ある日心を持ってしまった空気人形。
好きな人に息を吹き込まれ、わたしは誰かの代わりをやめる。

ネタバレ有りです。

奇しくもどちらも“処女”である『ラースと、その彼女』のビアンカと、「ユリア100式」のユリアが、前者はそのまま無味乾燥な人形であり、後者は欲望が果たせないアホっ娘ダッチワイフであるのに対し、この映画の空気人形(当然ながら非処女)の透明感と心痛さはどうだろう。

自分を所有し、「のぞみ」と前の彼女の名前をつけて呼ぶ秀雄に
「元の人形に戻ってほしい」
と云われた時にはっきりと空気人形は自分が代用品であったと思い知らされる。

それは実は想いを寄せるビデオ屋の店員純一も同じだったのかもしれない。
彼の部屋に置いてあった女性の写真。バイクの傷の入ったメット。からっぽな自分。
説明はなされていないけれど、以上のことから、純一はおそらく自分が起こした事故で恋人を失ってしまったのだと想像される。
おそろしくエロティックな、空気人形の空気を抜いて、そして息を吹き込む行為の繰り返しは、その失った彼女の蘇生のつもりだったのかもしれないと思った。

もしそうだとしたら、それに空気人形は気づくことはなかったけれど、知らぬ間に恐ろしい報復をすることとなる。
純一を自分と同じ人形だと思っている彼女は、彼の腹を掻っ切って、そこに空気を入れこもうとし、結果的に彼を殺してしまうのだから。

空気人形の目には本来美しいものばかりが映っていたのに。

道端に転がったビー玉入りのラムネの瓶。
浜辺に散らばるガラスのかけら。
母親に抱かれたかわいらしい赤ちゃん。
新しい服も、ちょっとだけ変えたヘアスタイルも、体の線を消してくれた化粧品も、彼女の世界を美しく彩っていた。

でも人形が人間に近づくにつれ、そのきれいなものは現実の汚泥に蝕まれていく。

純一は自分と同じ“燃えないゴミ”でなく“燃えるゴミ”だった。
自分をさんざ抱きしめ愛を囁いていた主人は新しい人形を買った。
ビデオ屋の店長は秀雄とのことを口止めする代わりにセックスを求めた。

それでもなお、何ひとつ恨み言を云うでもなく、大きく悲嘆に暮れることなく、透明で純粋なまま、ゴミの集積場に身を横たえる彼女の姿はひどく美しくて、それをストレートに「きれい」と言ってくれた過食嘔吐常習者の女の子には涙が出るほどうれしくてたまらなかった。

ただ、そんな空気人形の背景で、現実の世知辛さを思い知らされる人物像が見ていてとても痛かった。

若くて可愛らしい子に受付嬢としてのプライドを傷つけられ、日々美容に励み、自分で自分の留守電に激励メッセージを吹き込む中年OL。
いつもテレビで犯罪のニュースをチェックし、自分がその犯人だと“自首”するもいつも軽くあしらわれる老女。
家族に見放されたのか、一人さみしく食卓でたまごかけごはんをまぜ、卵の殻がそこに入っただけで激昂する店長。

でも一番心にきたのが秀雄。
毎日食卓に空気人形を座らせて、出来の悪い同僚の愚痴をこぼし、外に連れ出してハートマークのマフラーを巻きつけて天体観測、ベッドで“愛し合った”後にひとりでオナホールをこまめに洗浄、どれもこれもがもう哀しくて、痛くて。
おまけに職場で本当は仕事ができずに年下に怒られているのは自分の方で、
「何笑ってんだよ。気持ち悪いんだよ。お前の笑顔」
といわれるシーンはいたたまれなかった。

そういう社会の“負”の要素に自分も心当たりがあるものだから、そこに大きく感情移入してしまい、とんでもなく落ち込んだ。

でも空気人形はただきらきらしていて、その足取り同様ふわふわで、そのギャップもけっこう痛かった。
でもそんな彼女だからこそ、レストランでの妄想シーンでは、彼女が相対したすべての人間がそろって登場したんだろう。
好きも嫌いも、よく知っているも知らないも関係なく。

彼女の包容力がよく表れたシーンだと思った。

空気人形役のペ・ドゥナの拙い日本語が、心を持ったばかりという人形役にぴったり。
スレンダーなのにやわらかな体の線が途轍もなく美しく、同性目線だからか、あまりいやらしさは感じられなかった。
彼女の存在感ありきの映画。

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2009年07月09日

ベルリン・天使の詩

B000EGDDLIベルリン・天使の詩 デジタルニューマスター版 [DVD]
ブルーノ・ガンツ, ソルヴェイグ・ドマルタン, ヴィム・ヴェンダース
東北新社 2006-04-21

by G-Tools


天使はそこかしこに存在していて、大人の目にはその姿は映らない。
天使のひとりダミエルもまたベルリンの街で人々の呟きを聞いている。

家事に追われる疲れた主婦。
生きる望みを失った若者。
コロンボ役でおなじみのピーター・フォーク。
かつての街並みや馴染みの店がなくなった跡地で捨てられたソファに眠る老人。

そしてダミエルが恋をする、サーカスのブランコ乗りの美しい女性。

  子供は子供だった頃
  いつも不思議だった
  なぜ 僕は僕で君ではない?
  なぜ 僕はここにいて そこにいない?
  時の始まりは いつ?
  宇宙の果ては どこ?

その呟きが、リフレインが、耳に自然と流れていく心地よさ。

それだけでなく、ただの市井の愚痴でも天使が耳を傾ける言葉は散文詩のように美しく響き渡る。


人々にはその存在すら知られてはいないけれど、手を触れることはできないけれど、ダミエルや天使仲間のカシエルは愛しそうに人間のそばに佇み、時にはやさしく抱擁する。

その想いは時には人をネガティブからポジティブに変えることもあるし、結局届かず、投身自殺させてしまう時もある。
でもどんな時も天使はゆるやかな流れにのって彼らを見つめ続ける。

けれど恋をしたダミエルは、人間になる渇望を抑えられない。
元天使だったピーター・フォークの後押しもあり、カシエルの両腕の中で天使としての死を迎え、人間としての生まれ変わりを体験する。

それまでほとんどモノクロだった世界は、一変して鮮やかなカラーへと変化する。
この変遷が良い。
そこにいたるまでも、“生”を感じさせるシーンでは一瞬だけカラー映像に切り替わることがあった。
たとえば、裸の空中ブランコ娘。
その息づく肌の美しさがはっとするほどなまめかしく、目に飛び込んでくる鮮烈さは印象的。

人間となったダミエルが、工面した金で、様様な色柄が入ったコートに着替えるシーンはちょっと笑ってしまった。
今まで天使時代に着ていたシックなコートとマフラーから、人間に生まれ変わった証となるようなシーン。

そしてこちらも色彩が美しい真紅のドレスを着た空中ブランコ娘と、なるべくしてなったように出会い、口づけを交わす。

なんて美しく、なんて静謐で、そのくせなんて情感にあふれた映画だろう。

このリメイク作『シティ・オブ・エンジェル』なぞという、よくもここまで通俗に塗れさせたなあという愚作を先に観てしまったがために、オリジナルに手を出すのにこんなに時間がかかってしまったことが悔やまれる。

見逃せない傑作。


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2009年01月23日

ラースと、その彼女

B001V9KBOOラースと、その彼女 (特別編) [DVD]
ライアン・ゴズリング, エミリー・モーティマー, ポール・シュナイダー, パトリシア・クラークソン, クレイグ・ギレスピー
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2009-08-05

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心優しきラースは、とてもシャイながら小さな町の住人に愛されている好青年。
彼の同僚マーゴもひそかに彼に想いを寄せている。
でも当のラースは女の子に近寄る気配すらなかった。
その日までは。
兄ガスとその妻カリンに恋人を紹介したいというラース。
喜ぶ二人に紹介した恋人ビアンカは、等身大のリアルドールだった…。

ネタバレ有りです。

てっきりダッチワイフを本物の恋人扱いするちょっとイッちゃった男を面白おかしく描いた作品かと思いきや、これが良質の人間ドラマだった。

もちろんビアンカが登場したシーンは大笑いだった。
職業が宣教師だの、敬虔なカトリック信者だから結婚前に一緒の家に住むのは憚られるだの(それどころかいかがわしいことをする専門のドールでしょうが)、子供が好きだのと“恋人”を紹介するラースに突っ込みたくて仕方なかった。

けれどどうして彼が“そうなってしまったのか”が徐々に明かされるにつれて、だんだん胸が痛むようになった。

自分を産んで死んでしまった母親。
その死への恐怖と負い目が、兄嫁のカリンが妊娠し、もうすぐ出産ということになって一気に噴出してしまったんだろうか。
いつも母親が編んだというマフラーを大事に肩にかけていたラース。
彼にとって母というのはとてつもなく大きな存在だったんだろう。
そして同じく母になろうとするカリンも同様に。
でもいつも(文字通り)体当たりの愛情をぶつけてくるカリンの腕を、ラースは痛がっていた。
スキンシップへのおそれ≒愛を受けることの怖さ、それがラースを人間以外への愛に(彼の中ではビアンカは人間なのだけど)走らせてしまったのかもしれない。

凄いのが、そんなラースの事情をほぼ知らない町の人々が、ラースに合わせてビアンカを普通の女性扱いしてくれるところ。

車椅子の彼女を送迎し、髪型を変え、パーティーや教会でも大歓迎。
しまいには
「彼女だって彼女の都合があるのよ」
とラースにビアンカの“人権”まで主張してくれちゃう。

そこに懐の深さを感じた。
なんて素敵な人々。なんて幸せなビアンカ。
そしてそこまで町の人に愛されるラースの人柄がじわじわと伝わってくる。

でも当人はそんなことに気づいていなくて、たまりかねたカリンに説教される。
ここでの声を枯らしてみんながラースを愛していることを訴えるカリンが凄く心に残った。
そう、ビアンカへの献身は、そのままラースへの愛情の表現なのだから。

そんなラースにも変化が出てくる。
マーゴの存在が少し気になり始める。
一緒にボーリングに行って、握手。
その温かみを感じたラースは、ラスト近くにビアンカにキスをした時、その違いをきちんと認識しただろうか?
そしてマーゴのテディベアを“蘇生”してやった後のその笑顔。
生の女性をだんだん身近に感じ始めたラースは、ビアンカの“変化”に悩まされる。

ビアンカが自分の約束より他の催し事を優先することに激昂。
時折口げんかなんかもしてしまうようになる。
そして決定打はそんな彼女の“危篤”。
人形に瀕死状態も何もないだろうと、救急車で運ばれる(!)彼女の姿がやっぱり可笑しくて仕方なかったと平行して、そんなラースの心情の変化の現れ方に感動を覚えてしまった。

そう、もうビアンカは必要ではなくなった。
と言うより、「いなくなってももう大丈夫」になった。
だから彼女の死がもたらされたんだろう。

その死に落ち込むラースの傍らに立つマーゴ。
そして二人はゆっくり歩みだす。
すぐに何かが起こったり変わるわけではない。
でもいつか、ビアンカに贈った造花でなく、生きている花をマーゴに捧げる日は遠くないだろう。

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2008年12月18日

WALL・E/ウォーリー

B001RPFHUUウォーリー [DVD]
2008年 アメリカ
監督・脚本:アンドリュー・スタントン
声の出演:ベン・バート
     エリッサ・ナイト
     ジェフ・ガーリン
     フレッド・ウィラード
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人類が地球を捨て、無人となったその地で、たった一人で働き続けているロボットがいた。
ゴミ処理ロボット・ウォーリー。
700年間孤独だった彼の前に、最新型ロボットのイヴが現れる。

ネタバレ有りです。

アニメという枠を超えて、映画史に残る(残ってほしい)大傑作!
つぶらな瞳(レンズに映る星空等がそうさせている。見せ方が上手い)とどこか人間らしい仕草が愛らしいウォーリーにまず夢中になった。
何しろ、命に危険が及ぶとガタガタ震えるし、指でつぶすのが快感な緩衝材のプッチプチを押すのが好きだし、ルービックキューブやらライターやら指輪のケースやらゴミの中から「宝物」を見つけだしてはコレクションしているのだから。

そして何より、古いビデオテープにおさめられた『ハロー・ドーリー!』というミュージカル映画を何度となく見て、ロマンティックな恋人同士のふれあいに心をときめかしている。
手をつないでみたい。
花を贈ってみたい。
そんなやさしく焦がれる気持ちを、一目ぼれしたイヴに向ける彼の動向のなんてかわいらしいことか。
なかなか手に触れることのできないシーンは、きちんとラストに向けての伏線となっている。

このウォーリーとイヴ(と不死身の虫)のほぼ台詞なしのエピソードだけでも胸がいっぱいで、なぜだか冒頭から(不恰好なビルが並ぶ寂れた地球の地で、そのビルがウォーリーの作ったゴミキューブの山だと判った時から)涙が止まらなかった。
けれど彼らが宇宙に出て、宇宙船で暮らす人間たちの生活も描かれ、物語は広がる。

ここら辺も本当に凄いと思う。
今や椅子に寝転がっているだけで、世話をロボットにすべて見てもらい、もれなくメタボ体型になっている人間たち。
自分たちで考えることも、行動することも忘れてしまった。
それは宇宙船の艦長も同じ。
けれどあることから、自ら信念に基づいて行動しようとする。
「何か」をしようとすること、直接の触れ合いで愛が生じるということ、ウォーリーがとっくに体得していることを、ようやく人類が再び取り戻すシーンは感動的だ。

それは人間だけでなく、ただただ汚れを拭きまくるお掃除ロボットのモーも、いつしか軌道を言葉どおり外れて、ウォーリーと行動を共にする。

そんなドラマもありながら、やっぱり目を引くのはウォーリーとイヴの純愛の軌跡。
フリーズしてしまったイヴを、ずっと見守り、電飾で飾りつけ、時にはようやく手をつなぎ(でも次の瞬間挟まれる)、心配そうにのぞきこむウォーリー。
そんな彼の姿を後で知るイヴもまた、任務一筋だった頃の彼女とは違った面を見せるようになる。
自分を忘れてしまった相手に、思い出させるように色々努力する姿は涙を誘う。
彼女が手をつなぎ、接吻したときにウォーリーの記憶が戻るのは、どこかでバックアップしていたメモリーの復活というより、愛の奇跡がそうさせたのだと陳腐ながらそう思った。

とにかくウォーリーの前述した通りのかわいらしい仕草やデザイン、イヴの目が語る感情(憮然としたり、くすくす笑ったり)表現が、よくぞここまでシンプルにしながらできたものだと感服する。

ピクサーの凄さを改めて思い知らされた作品。
必見!


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2008年10月23日

僕らのミライへ逆回転

B001OF640K僕らのミライへ逆回転 プレミアム・エディション [DVD]
モス・デフ, メロディー・ディアス, シガーニー・ウィーヴァー, ミア・ファロー, ミシェル・ゴンドリー
ジェネオン エンタテインメント 2009-03-06

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ある強力な磁気によってレンタルビデオの中身が全部消えてしまった。
『ゴーストバスターズ』が見られないぞ。
なら俺たちが作っちゃえばいいんじゃね?

ネタバレ有りです。

『ニュー・シネマ・パラダイス』『カプチーノ街から来た人』に匹敵する映画愛にあふれた傑作。

時代遅れのVHSしか扱っていない零細レンタルビデオ店で働くフレッチャーとジェリー。
彼らが失われたビデオの中身をリメイクしていく様子が面白いったらない。
『ゴーストバスターズ』のオープニングシーン、図書館でのポルターガイスト現象の再現は、本を釣り糸で釣ってブラブラさせるだけ、それにたまげる女性役はその辺にいる司書をカメラに収めるだけ、このチープさで心をぐっと掴まれてしまった。

他にも『ラッシュアワー2』で竹につかまるアクションを凄い低地で撮影したり、『キャリー』で豚の血をかぶる場面で女優がケチャップを浴びて文句を垂れたり、『ボーイズ’ン・ザ・フッド』で墜落死した男の脳挫傷をそのままピザを使って表したり、似ても似つかないライオンの絵(手塚アニメの盗作疑惑も揶揄しているのかな)の段ボールで学芸会のノリで動かしたり、それにとどまらず『ラストタンゴ・イン・パリ』だの『ブギーナイツ』だののきわどい性描写のある映画をそれなりにコミカルに見せてくれちゃったりと、映画への愛が止まらないチープリメイクは最高!

ただこれは元ネタの映画を知っていないとなかなか感動に結びつかないかもしれない。
わたしも名作と名高い『ドライビング・ミス・デイジー』やら『シェルブールの雨傘』やらいくつか未見の作品があって、そこのシーンでは「ああ、見ておけばよかった…」と大いに悔やまれた。
なので映画通な人ほど楽しめる作品であることは間違いない。

けれど当然というべきか、著作権法違反で、彼らの作品はひとつ残らずトレーラーで潰されてしまう。
このエピソードも、ビデオテープというアナログな形態の失墜も、今やCGに頼りきりで手作り感が失われてしまった映画界というものをそのまま表しているような気がする。

でもそれで終わらず、ジェリーたちは今度は“自分たちの映画”を撮っていく。
ファッツ・ウォーラーという(実在の?)人物の伝記ものだ。
彼の生誕の地だとホラを吹いていたビデオ店の店主のウソをそのまま取り入れ、町中がキャストと裏方に参加する。
写真を大きくひきのばして当時の車が走る町を再現したり、仮装大賞ばりの人間でできたピアノを弾いたり、みんな、みんながこの映画を慈しむ。とても大切にする。

ラストの町の人々の大喝采は『素晴らしき哉、人生』のラストシーンに似たカタルシスと感動に満ち溢れていた。

古き良き時代へ。
そして映画全体に対する大いなる愛のカタチ。


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2008年09月12日

グーグーだって猫である

B001KKR5NYグーグーだって猫である ニャンダフル・ディスク付き(初回限定特別版) [DVD]
小泉今日子, 上野樹里, 加瀬亮, 大島美幸(森三中), 犬童一心
角川エンタテインメント 2009-02-06

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漫画家の麻子は十数年飼っていた愛猫のサバを亡くす。
次に迎えた猫は、体にうずまき模様のあるグーグー。
グーグーが、どうか、長生きしますように。

ネタバレ有りです。

ファーストシーン、サバが寿命を迎えるところで、今までずっと猫を飼ってきて、そのうちの何匹かの死を看取ったわたしはすでに号泣。
ああやって飼い主の近くで逝ってしまうケースは実は稀で(家猫の場合はそうでもないのかな?)、たいていは猫は自分の死期を悟ると、人の目につかないところを探してそこで息を引き取る。
だから麻子はある意味幸せなのだと思う。
きちんと顔を見て別れられた。
しかも終盤、人間に姿を変えたサバと対面もできるのだから。

そんな麻子とアシスタントのナオミたちとのグーグーを巡る生活を描く前半は、緩やかな雰囲気で心地よく観ることができた。
無防備におなかを丸出しにして寝転び。
ダンボール等の箱を見つけるとすぐにそこに入り。
まあるい瞳でまっすぐ人を見据え。
大好きな人が帰ってくると玄関でちゃんと待っている。
そんな猫を飼っている人間には誰しも覚えのある行動が、もういちいち可愛らしくて仕方がなかった。

唐突に外国人による吉祥寺観光案内が入ってくるのは不思議ではあったけれど、もとがエッセイ漫画だからこれもありかなと思っていた。

けれど中盤以降、グーグーがあまり描かれず、麻子のほのかな恋愛とか、ナオミと彼氏と女子高生との三角関係とかに焦点が移ってからは何となく違和感が残った。
やっぱりドラマ仕立てでないと映画は難しいんだろうけれど…。
人と人とのつながりの中に肝心のグーグーの存在が希薄になってしまって、せっかくラストにその身を案じる、もしかしたら死んでしまうかもしれない麻子の述懐が活きてこない。

でも、ゆったりと、少しだけ淋しそうな台詞回しと表情が印象的な麻子役の小泉今日子がとても魅力的だった。
こういう抑えた大人の役もできるんだなあ。

そして原作者大島弓子の作品が随所に見られるのも良かった。
とは云え、これだけ著名な人の作品を読んだことがないのだけど。単純ながら漫画が読んでみたくなった。

グーグーが中心の話ではないけれど、猫好きだったら間違いなく涙腺を刺激され、前半は存分に楽しめる映画。


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2008年06月04日

僕の彼女はサイボーグ

B001D7RMQY僕の彼女はサイボーグ スペシャル・エディション
綾瀬はるか, 小出恵介, 桐谷健太, 田口浩正, クァク・ジェヨン
アミューズソフトエンタテインメント 2008-10-17

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猟奇的な僕の彼女はサイボーグを紹介します。

ネタバレ有りです。

冴えない大学生活を送っていたジローの前に、とびきりかわいいサイボーグが姿を現す。
彼女は未来の自分が作ったもので、彼の危機を救うためにやって来たのだと云う。
二人は共同生活を始め、ジローは彼女に魅かれていく。

監督は韓国人ながらキャストもスタッフも日本人の日本映画。
けれどオープニングのドタバタから、まさに韓国映画のラブコメの様相を呈している。
大げさに表情を変える男優、コミカルに徹して罪の意識さえ消去させてしまいそうな無銭飲食の逃避行の明るさ、日本にしては何となく不自然な台詞まわし(「そうさ、僕、バカなんだ!」とか「私凄く目がいいんだから!2.0以上よ」とか、声を張った言い回しのせいかもしれないけれど)。
どれもがどことなく“日本”にしっくりこない。

それでもずっと引き込まれて見てしまったのは、予想のできないラストのストーリー展開と、サイボーグ役の綾瀬はるかの眩暈がしそうなほどの可愛らしさのため。

メインストーリーは、サイボーグに恋をするちょっとオタクの入った(綾波とアスカのフィギュアが印象的。そういうものに愛着があるからのちのちあんな造型のすばらしいロボットを作ったという布石かな)ジローの情けなくもいじましい姿と、その人間の心を感じることができないサイボーグとの交流を描いたもので、想いが通じ合わないはずの“モノ”に変化が出てくるところは感動もの。
とは云え、ロボットと人間の恋を描いた『アンドリューNDR114』(←わたしは実はこの作品が好きではなかったりする)、恋ではないけれどロボットにも感情があって人間と理解するというファクターの入った『ターミネーター2』『ブレードランナー』等、こういった人間と無機質なモノの交流を描いたパターンは目新しくない。
実際本作品、『ターミネーター』のオマージュ場面があってそこは笑わせてもらったけれど。

でもクライマックスの大地震で身を挺してジローを助け、自身は下半身を失い、そして“死んで”しまったサイボーグのエピソードで終わるかと思いきや、その後にびっくりする展開が待っていた。

まさか生身の“彼女”が出てこようとは。

それを思い返すと、オープニングのシーンが色々腑に落ちる。
まあそれを懇切丁寧に繰り返してくれる演出は少し過剰な気がしないでもないけれど。

どうもはじめからサイボーグにしては人間らしい言動をするなと思っていた彼女。
なぜあんなに別れを辛そうにしていたのか。
どうして涙を見せたくなかったのか。
ああ、そうだったのかと愕然としながらうなずいていた。

サイボーグの想いを抱いて彼女はジローに恋をし、結ばれるだろう。
「あなたの気持ちを感じることができる」喜びの成就がここにもたらされる。

そしてちょこっと前述したように、綾瀬はるかのあまりの可愛らしさに言及せずにいられない。
髪型、メイク、スタイル、ドレス、どれをとっても完璧。
あの微笑みに一気に吸い込まれてしまった。
これだけ可愛く撮った監督さんはさすが『猟奇的な彼女』のクァク・ジェヨンだと思う。
彼女の魅力だけでも一見の価値あり。


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2007年06月23日

LOFT ロフト

B000GQMJCKLOFT ロフト デラックス版
黒沢清 中谷美紀 豊川悦司
ジェネオン エンタテインメント 2007-02-09

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さて。よく判らない。

台詞がほとんど聞き取れず、ストーリーがどう展開していったのかも不明だし、人物の思惑も汲み取れなかった。

一応ネタバレ有りです。

ミイラを所有する大学教授の吉岡。
彼からそのミイラをあずかることになる芥川賞作家の礼子。
この二人が惹かれあっていくんだけど、そのラブストーリーよりは、吉岡とミイラとの奇妙な関係の方が目をひいた。

ミイラに魅了された吉岡。
そしてミイラもまた彼に執着しているようでもある。
最後のあたりでのっそりと吉岡に忍び寄るシワシワの“彼女”は、本来ならぞっとする画なんだろうけど、なんだかとてもかわいらしく見えてしまった。
そこで吉岡の叫ぶ
「動けるなら最初からそうしろ!」
の突っ込みには盛大に吹いた。

怖く見せるつくりもしているんだろうけど、どうかするとギャグっぽく見えてしまうシーンや台詞があるのは狙ったものなんだろうか。
何か得体の知れないものが迫り来るときにかかるオーソドックスな恐怖感を喚起させる音楽。礼子の背後の窓にへばりつく安達祐実。
「わたしたち、自由になりましょう」「どこまで行く? ―世界の果てまで」みたいな大仰な台詞まわし。
笑わせようとしているのかなあと迷いながら苦笑で済ます。

唐突な木島の豹変とか、千年前のミイラと安達祐実の関係とか、殺人事件のあらましとか、本当に全然わたしには判らなくて、これは多分もう一回見た方がいいのかもしれないけれど、そんな気にはとてもなれない。

ラストシーンも謎のまま。
湖の底から引き上げられた死体。
悲鳴をあげて水面下に落ちていく吉岡。
それを今さっきまでその腕に抱かれてキスしていたというのに呆然と見つめているだけの礼子。
あまりのショックに成す術を知らず、という態ではなかったと思う。
すべてを虚構だったと捉えるかのような冷めた視線。
そういえば彼女はスランプ気味の作家だった。
今までのことを思い描き、小説のプロットを組み立て始めている、というのは穿ちすぎだろうか。

黒沢清監督は、『CURE』『カリスマ』がぞくぞくするほど大好きだったけれど、アタリハズレがけっこう大きいかも。


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2007年03月17日

パフューム ― ある人殺しの物語 ―

B000R59N4Cパフューム スタンダード・エディション
ベン・ウィショー トム・ティクヴァ レイチェル・ハード=ウッド
ギャガ・コミュニケーションズ 2007-09-07

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凄い映画を観てしまった!!
こんな物凄いクライマックスを観たのは『マグノリア』以来。

ネタバレ有りです。

18世紀のパリの汚れた町でジャン・バティスト・グルヌイユは産み落とされる。
彼は生まれながらにして天才的な嗅覚の持ち主だった。
やがてグルヌイユは調香師という天職に就くものの、ある日誤って殺してしまったプラム売りの少女の体から発せられる芳香をどう保存していいのか判らずにいた。
何人かを“実験”した後、彼はその方法を見つける。
それは美しい処女ばかりを狙った連続殺人という経緯を辿ることとなった―。

何から書いていいのか思いあぐねるほど、見所満載。

グルヌイユを演じたベン・ウィショーの異常なほどの目力。
ものの匂い・臭いを嗅ぐときの偏狂的なまでの仕草。
言葉数が少ないのにその存在感は圧巻。

畳み掛けるように展開していくストーリー。
グルヌイユが暮らす育児院。皮なめし屋。香水の師であるバルディーニの店。
そこから彼がいなくなると同時に、それぞれの主が非業の死を遂げるのも興味深い。
純粋な動機のために殺人を犯す怪物がまるでガーディアンであったかのように。

“におい”の描写も逸品。
スラムの吐瀉物や蔓延する魚の生臭さという悪臭から、貴婦人たちのつける高貴な香水、果ては美しい女性の肢体のフェロモンまで、まるでそこに香りが漂うかのような錯覚を覚える。
それに一役買った音楽の使い方もすばらしい。

音楽といえば、クライマックスで流れる荘厳な調べにのっての驚愕の乱交シーンは一生心に刻み付けられると思う。

グルヌイユの処刑の日、彼の究極の香水を嗅いだ数百の群集がいっせいに彼を崇め、その香りに酔い痴れる。
やがて彼らは服を脱ぎ、傍らの相手と体を交えていく。
異性同士はもとより、女性同士、果ては男性同士まで(一組だけいたらしい。無念なことにわたしは未確認。上司情報・笑)愛を交わす。

けれど一人だけ、当事者のグルヌイユだけはその蚊帳の外にいる。
群集を睥睨すれども、彼には“愛”の観念がない。
流れる涙。
愛することを知らず、愛されることを知らないモンスターの絶対的な孤独。

香りに執着しながらも自身には体臭を持たない彼の哀しさが表れたこのシーンは本当に凄い。
もしも自分が“普通”であったら。
そんな思いを抱くかのように、彼は自分が最初に殺めてしまったプラム売りの少女と体を交わす(抱き合うだけ、の方が適切かもしれない)ことを夢想する。

そして衝撃のラスト。
グルヌイユは自分が生まれた町に戻り、残った香水をすべて自らの体にふりかけ、町の人々に喰い殺される。
その末路に言葉を失い、そこで何となく嗅ぎ取っていたにおいの感覚も消滅する不思議。

今年のマイベストに間違いなく入るだろう傑作。
劇場で観るべし!


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2006年12月18日

カプチーノ街から来た人

モン・パス・タン デミタスC&S MP-086

1987年 ソビエト
監督:アーラ・スーリコワ
出演:アンドレイ・ミローノフ
   アレクサンドラ・アースミャエ

隠れた大傑作。

学生の頃、覆面上映(上映されるまでどの作品がかかるか判らない)企画のオールナイトで観た一品。いや、逸品。
これほどまでに感銘を受けながらもストーリーがあまり思い出せない情けなさはいつものこと。

ある荒くれの集まる西部(?)にやってきた一人の男。
彼はそこで映画を上映する。
するとたちまちそこの住人たちはそれに夢中になるのだった。

何しろ、バーで殴りあい、ビールを浴びるほど飲み、罵詈雑言を飛び交わせていた彼らが豹変するのが可笑しいったらない。
みんな静かにビールの代わりに牛乳を飲み、「このババア!」と言っていたのを「レディ」と敬うその変化に関わっているのは映画。

そう、表面はマカロニ・ウェスタンながらも中身は映画愛にあふれた作品。

その映画愛がたっぷり詰まっていて、ところどころで爆笑(最初のバーでの殴りあいシーンも豪快で笑った気がする)、そしてラストあたりではじんわり涙が滲む映画の醍醐味が味わえる。

何しろ瀕死の主人公がチャップリンの映画のおかげで一命を取り留めてしまうのだから。

もう一度見たいと思うものの、映画チラシも製作されなかった(日本人イラストレーターが絵を描いた日本版チラシはあるけれど)多分凄い小規模で公開された作品だからこれは難しそう。
多くの人に自信満々ですすめたい作品なのにな。


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2006年12月04日

アンジェラ

B000H4W1IIアンジェラ スペシャル・エディション
ジャメル・ドゥブーズ リュック・ベッソン リー・ラスムッセン
角川エンタテインメント 2006-10-20

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アンドレ、28歳。
チビで不細工。
自分を偽って生きる毎日。

借金を返せず投身自殺しようとしたその時。
長身で美人の“天使”が彼の目の前に現れる。

天使はよく食べる。よく喋る。
男をトイレに誘って大金を作ってくれる。
借金取りをぶちのめすのだって朝飯前。
そして。
彼を愛していると云ってくれる。

天使と人間の恋。
…というよりも、なんだか天使による自己啓発セミナーって感じだったのですが。

「あなたは美しい内面を持っている」
「あなたは私」
「自分を愛していると云ってみて」
色々いいシーンではあるんだけれどどうしても胡散臭く感じてしまうわたしは心が曇っているのかもしれない。

天国に帰ろうとする天使に文字通り縋り付いてドタバタするクライマックスシーンもどうなのよ…

そして『レオン』『フィフス・エレメント』と同じくヒロインのボブカットはどこか幼さを感じさせる。
それが監督自身の内面の幼さに通じるものがあるような気がして。
いつまで少年のままなんだ。リュック・ベッソン。

モノクロの画面や身長差のある男女のショット等好みの箇所があるだけにちょっと残念。


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2006年10月28日

レディ・イン・ザ・ウォーター

B000J6HYOAレディ・イン・ザ・ウォーター 特別版
ポール・ジアマッティ M・ナイト・シャマラン ブライス・ダラス・ハワード
ワーナー・ホーム・ビデオ 2007-01-26

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周りの評価は非常〜に悪いけれど、わたしは結構好きな作品。

ネタバレ有です。

あるアパートのプールに突如現れた水の精ストーリー。
管理人のクリーブランドは彼女を無事“青い世界”へ戻らせるため、それを阻む敵と戦おうと決意する。
そして運命的にアパートの住人たちはその手伝いの出来る能力を持ち合わせていた―。

無理やりなストーリー展開や唐突な住民の団結力等つっこみどころは無数にあるものの、おとぎ話として観るとそれも許容範囲。
何しろ、色んな個性を持つアパート住人たちがそれぞれ「役割」を与えられる(というより発見される)ところが良い。
敵を威嚇できる「ガーディアン」であったり、対策を実行する「ギルド」であったり、治癒力を持つ「ヒーラー」であったり。
それが実はその役割が全然違う人物が持っていることが判るところも面白い。
伏線が張ってあったと思いきやそれがミスリードだったりして、特にあの右側だけマッチョ男が実はガーディアンであったことが判るシーンは唐突ながらも「おおっ」と感動してしまった。

彼ら、特にクリーブランドのストーリーへの愛情は家族へのそれと似ている。
彼はずっと妻と子供を殺された過去を自分の中で封じ込めていた。
けれどストーリーを助けることで、その思い出(もしくは思い)を吐き出していく。
ストーリーこそが彼の「ヒーラー」だったのかもしれない。

そんな中、ちょっとクスッとくる笑いがちりばめられているのも好き。
韓国人のお母さんの前で「無邪気な子供」を演じなくてはならないクリーブランドのシーン、映画評論のウンチクを垂れ流している内にあっさり殺されてしまう批評家、歓迎会での主役の名前を誰も知らなかったシーン等々…。
誰一人派手な芝居をしていないのも良。

いつも自分の作品の中で何かしらの役で登場するシャマラン監督。
今回は結構重要な役。
何しろ本を書き、そのために殺され、けれど後世に彼の言葉が改革をもたらすほどの影響を与える人物なのだから。

『シックスセンス』以外どうも自分の中でしっくりこなかったシャマラン監督作の中でお気に入りの作品となった。


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2006年03月07日

ウェールズの山

B0001URNSGウェールズの山
ヒュー・グラント クリストファー・マンガー タラ・フィッツジェラルド
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2004-05-21

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1917年。二人の山の測量士がある小さな村にやってくる。

長年侵略者から村を守ってくれた、村人の誇りの山である「フュノン・ガルゥ」。
けれどフュノン・ガルゥは標高299メートルしかなかった。
305メートルないと“山”ではなくただの“丘”。

かくして村人たちの、“丘”を“山”にしてしまおう作戦が開始されるのだった。

もうもう、自分たちの山を愛する村人たちが愉快でほほえましくて愛しくてたまらないハートウォーミングな良作。
彼らは何としても山を作り上げなければならない。
こっそり盛り土をする人々のいじましい努力の可笑しさ。
測量士を無理やり村に留めるために車は故障させる、汽車は走っていないとうそをつく、挙句の果てには若い娘を使って色仕掛けまでしてしまう。

そして測量士の一人アンソン(ヒュー・グラントがハマり役)がその娘と恋仲になり、自分も山作りに協力することになるストーリー運びもなかなか良い。

歴史があるからこその愛郷心。
それを考えると、戦争の重みというのも垣間見えるような。
同時に誇り。
とにかく彼らは丘を登り、山から下りてきた。

派手な作風ではない分、余計愛着がわく。
こういう映画を作ってくれる人ってなんだか良いな。


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2006年01月31日

コーヒー&シガレッツ

B000A2Q7YGコーヒー&シガレッツ
ロベルト・ベニーニ ジム・ジャームッシュ スティーヴン・ライト
角川エンタテインメント 2005-09-09

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クスッと笑いがこぼれ、小粋なエピソードが楽しい、コーヒーとタバコにまつわる11の短編集。

カテゴリーはレビューが書きたいがため、無理やりぶっこんだので、気にしないでください…。


多くの役者が、本人役で登場するのも見所のひとつ。
ベニーニの落ち着きのなさ、ビル・マーレイのすっとぼけた可笑しさ、ケイト・ブランシェットの女優然としたほほえみ、どれもがハマっていて良い。

多くのエピソードで出てくる“気まずさ”
この空気というか、間の取り方が絶妙で、そこに緩和役として登場するコーヒー&シガレッツがまた効いている。

個人的には、「変な出会い」「カリフォルニアのどこかで」「いとこ同士」「いとこ同士?」のエピソードがお気に入り。


誰もがコーヒーをすすり、タバコをくゆらせ、そんな日常のちょっとしたひとこまを、ここまで面白く見せてくれたジム・ジャームッシュの手腕はさすが。

「ランチにコーヒーとタバコだけなんて不健康だ」というせりふや、チェック柄のテーブルなど、各話に共通項が出てくるのもお楽しみのひとつ。

たまには紙コップのコーヒーをシャンパンだと思って乾杯してみるのもいいかもしれない。
人生を祝おう。


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2006年01月29日

天使とデート

B00005MG2W天使とデート
マーサ・シューマカー トム・マクローリン
ビデオメーカー 2001-08-24

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もうこれは、天使役のエマニュエル・ベアールのかわいらしさ、輝くような美しさに尽きる映画。

申し分ないパティという女性と結婚間近のジム。
けれど自分の夢を捨てての結びつきに、ちょっと心は複雑。

そんなときにいきなり天使が彼の前に降ってきた!

婚約者、家族、悪友たちを巻き込んで展開されるドタバタコメディ。

かる〜いタッチで安心して楽しめる。

そして、店に飾ってあるメローイエローの看板とか、ダッチワイフの形状とかに時代を感じてしまうなあ。いい意味でですが。

時代と言えば、冒頭に書いた通り、ベアール嬢の若かりし頃の、それこそ本物の天使のような無垢な輝きに圧倒される。

なぜかフレンチフライが大好きで、いつでも口いっぱいに頬張ってむしゃむしゃ食べまくる姿のかわいいこと!
あ、もうだめだ。E・ベアールがどれだけ魅力的だったかということしか書けない。

天使と人間の異種間の恋の行方とは。


ただ、ちょっとだけこのハッピーエンドは安易だったと思う。
パティがどうにも浮かばれないような…。それほどいやな女に描かれていなかった分、ちょいと同情。

でも、ベアールの、透き通るような肌、大きな瞳、かわいらしい悲鳴?のような声を鑑賞できればそれですべてOKな映画。
わたしは今けっこう彼女にメロメロです。


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2006年01月09日

シモーヌ

B0001Z30S8シモーヌ デラックス版
アル・パチーノ アンドリュー・ニコル レイチェル・ロバーツ
ジェネオン エンタテインメント 2004-05-21

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かなり面白い!

監督はアンドリュー・ニコル。

トゥルーマンショー』や『ガタカ』の脚本を手がけ、困難を克服する人たちの姿に感動させてくれた彼の、コミカルな一面が見られた作品。


アテにしていた女優に逃げられ、もう後がなくなった落ち目の監督、タランスキー。
彼がひょんなことから、CGで女優を作り上げることに成功する。
もちろん彼をのぞいて、その事実を知る人間はいない。

彼女の名はシモーヌ。

彼女はその美しさと抜群の演技力で、あっという間にスターダムに登りつめた。

それから引きおこされる悲喜こもごも。

驚く設定。
多彩なキャラクター。
起承転結がきれいに決まった良作!


なんといっても、CGという虚像を愛するメディアと大衆の姿は、思い切り風刺がきいている。

ものごとの本質を見極められない愚かさであったり、つくりものに踊らされる大衆性であったり。

でも、作り手である筈のタランスキーも、同じように“彼女”に翻弄されていくのはまた皮肉だ。

彼は、清楚なシモーヌのキャラを一度壊そうとする。
タバコを吸わせ、ケバいファッションをさせ、乱暴な言葉づかいで、映画の中では豚と同等の役をやらせたりもする。
それさえもまた高評価につながる件は見ていて実に楽しい。


さて、この映画とメディアとの関連を説いた、かじゅきさんのレビューが秀逸なので、必読。


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2005年11月02日

ティム・バートンのコープスブライド

B000C0YN6Kティム・バートンのコープスブライド 特別版
ティム・バートン
ワーナー・ホーム・ビデオ 2006-03-03

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うはあ…

やっぱり好きだティム・バートン!

人形を一コマ一コマ動かして撮影するストップ・アニメーション。
そのキャラの造形のユニークなこと、美しいこと!

舞台は19世紀ヨーロッパ。

親同士の計らいで、結婚させられる主人公ビクター。
でも、初めて会った相手のビクトリアと相互に惹かれあう。

なのに、あるハプニングから、死体の花嫁(コープスブライド)にプロポーズしてしまい…

そんな状況に見舞われたビクターの内気さ、優柔不断さが細かい表情で表現されるのはびっくり。
笑ったときの口はしの肌のくぼみまできっちり映し出される。

それ以上に表情豊かなコープスブライドがとっても魅力的。
ぼろぼろの花嫁衣裳をまとって、ビクターと何としても結婚しようとする一途さはもうかわいいったらありゃしない。

そして、小物の使い方がうまい。


ビクターとビクトリアが初めて出会うときに奏でていたピアノ。

彼がコープスブライドと心を通わせるシーンでも、ピアノが出ていた(二人の連弾シーンは良い!)。

地味で両親からも「キレイとは云えない」と表現されていたビクトリアの化身のような花が、小さな白い花なら、生前は村一番の美人と言われていたブライドがいつも持っているのは青いバラの派手なブーケ。

こんな物からも、人物の性格づけが成されている。

そして、ファーストシーンでビクターが逃がしてやる蝶。
それが、あの息を呑むほど美しく感動的なラストシーンでも活きてくる。

声優陣も、ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム・カーターといったバートン作品常連さんの他に、あの実力派エミリー・ワトソンが参戦、誰もが好演。

観ないと損!


cocoroblue at 19:12|PermalinkComments(4)TrackBack(1)

2005年07月15日

浴室

2707319287Salle de bain (La)
1989年 フランス
監督:ジョン・ルヴォフ
出演: グニラ・カールセン
イルジ・スタニスラウ
イエジー・ピヴォヴァルチク
トム・ノヴァンブル

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自宅の浴室で文字通り生活を送っている主人公の“ぼく”。

でも彼には恋人もちゃんといて、浴室で愛を交わしたりもする。

何とも突飛な設定でユーモアラス。
“ぼく”は特別厭世的でもないし、内に秘めた孤独もそこには感じ取れない。

けれど世間とのコミュニケーションを拒絶しているのもたしか。

飄々とした主人公の行いを、ぼーっと鑑賞するのが一番かも。
そこに何か深いテーマがあるのかもしれないけど、わたしには判らなかった。
なのでぼーっと浴室に閉じこもる彼を見、
いきなりベネチアに旅行する彼を見、
不思議な倦怠に包まれていた。

だからこそ、唐突に彼のフラストレーションが爆発したシーンはどきりとさせられる。

そこに現代人の抱える何かを想起させることもできるけど、やっぱりわたしは、このシーンで軽いショックを受けただけにとどまった。

それからすぐにいつもの彼に自然に戻るからかな。

彼は浴室を愛しているのだ。

何とも言えない不思議なテイストの作品。


cocoroblue at 20:55|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2005年06月15日

ポゼッション

B00004CJRMPossession - The Director's Cut [VHS] [1974]
1980年 フランス・西ドイツ
監督:アンジェイ・ズラウスキー
出演:イザベル・アジャーニ
   サム・ニール
   H ベネント

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いや、これはもう……

主演のイザベル・アジャーニがこの役を演じて神経衰弱になってしまったエピソードも頷ける。

見終わって疲れたのなんの。
精神にきます。ヤバイ。

マイクは、妻アンナの挙動から、浮気を察知する。
その相手を突き止めるも、まだ「第三の男」がいることを知って…

この一連の流れからして異常。
よくあるシチュエーションなのに、皆ピリピリに張り詰め、声を荒げ、目をかっと見開く。

それが更に狂気を増していくからたまらない。

何かに憑依されたように、地下鉄を彷徨うアンナのシーンの長いこと、長いこと。
ゲロを吐きながら、まるで乱舞するようにそこを渡り歩く。

そして彼女の「浮気相手」の登場シーンは強烈だ。

もうこれは是非予備知識を捨てて見てほしい。
アンナの妄執の産物なのか、それとも現実に突きつけられた異常な愛の形なのか。

謎が謎をよび、ラストもいったい何がどうなったのやら。

それでも壮絶な映像で生涯忘れられない映画となった。


cocoroblue at 20:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)