アイのカタチ【家族】

2014年12月16日

ゴーン・ガール

B00NLZRZ4Aゴーン・ガール [Blu-ray]
>2014年 アメリカ
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ベン・アフレック
   ロザムンド・パイク
   ニール・パトリック・ハリス
   タイラー・ペリー
   キャリー・クーン
   キム・ディケンズ
by G-Tools


愛しきエイミーはすべて去りゆく。

ネタバレ有りです。

レボリューショナリー・ロード』のラストシーンは印象的だった。
周囲のゴシップを喋りたおす妻の傍らで、夫は補聴器のボリュームを絞る。それが結婚生活を保つコツだとでもいうように。
それを見て「結婚って何だろう?」と思いを馳せずにはいられなかった。
『ゴーン・ガール』にもその答えの一片が示されている。

エイミーは聡明で美人でユーモアも解す「完璧な」女性でありながら、彼女をモデルとして書かれた著書『アメージング・エイミー』の「アメージング」さには及ばなかった。
それは理想の相手と結婚したと思っていたのに、月日が経つにつれてその生活と夫に失望していく彼女にとって、またまざまざと現実を叩きつけられた辛い瞬間だったろう。

彼女はあらゆる場面で「みんなに好かれるエイミー」を演じつづけてきた。

その最たるものが、彼女が失踪を自作自演するために綴ってきた日記の中のエイミーだ。
そこでの彼女は、傷つきやすく、思いやりがあって、どんなことがあっても夫を愛していて、でも彼の暴力に怯え、彼が望まないから妊娠もできない、守ってやりたくなる存在。
でも事実は、夫のDVなど皆無で、子供も彼女の意思で作ることをせず、夫の浮気現場を見て逆上した「どこにでもいる存在」だった。

ただその「よくあること」に対しての復讐の仕方、その後の心の移り変わり、最後の驚くべき行動が、彼女の自己愛の強さとプライドの高さの表れであり、それはモンスター並みに強烈な存在となった。

夫を殺人犯に仕立てるために、自ら多量出血し、ありとあらゆるところに罠を張る。
逃亡先で髪を染め、わざと太り、自分の存在を隠す。
金を取られてしまい、高校時代の自分の絶対的な崇拝者であり恋人だったデビーと連絡をとって彼の別荘に匿われる。
夫が心を入れ替えると懇願する姿を見て「やり直そう」と心変わり。
邪魔なデビーを殺し、彼に誘拐されてレイプされたので正当防衛で彼を殺して逃げてきたのだと警察とマスコミを信じ込ませ、夫の元へ帰る。
そんな妻を受け入れられず、真実を公表しようとする夫に、以前不妊治療のために持っていた彼の精液を使ってまんまと妊娠。夫との結婚生活を維持。

と、こう書き出してみるだけでエイミーの行動はもの凄すぎる。

前半は殺人犯と疑われる夫ニックの受難と、エイミーの偽日記エピソードが交互に語られ、途中からこの「真の」エイミーの視点が挿入されていく。
わたしは原作を読んでから観たので、その時はエイミーに対して嫌悪感しかなかったのだけど、映画で観ると、ここまでやり遂げられる凄さに軽く尊敬の念を抱いてしまいそうになった。

デビーの家の監視カメラの前でレイプされた後を演じてみたり。
やっぱりレイプされた痕をのこすために瓶を使って(!)性器を傷つけたり。
哀れな姿でよろよろと夫の前に現れ、周囲の目を意識して腕の中にバタッと倒れてみたり。

いやもうここは笑うところでしょう。
まさかこの映画でこんなに笑えるとは思わなかったよ。


そして最後の行動、決定的な妊娠。
それがニックに全てを諦めさせた彼女の最大の罠。

繰り返しになるけれど、彼女はずっと演じ続けていた。
みんなが大好きなエイミーを。
どうやったら愛されるか熟知しているエイミーを。
あの本の中のような。
でも本当は彼女はいなかった。
エイミーは、少女はいなくなってしまった。
それもとっくの昔に。
けれど彼女は「アメージング・エイミー」でこれからもあり続ける。


原作では、ニックがそんな彼女に対して
「きみが気の毒だからさ。毎朝目を覚ますたびに、きみにならなきゃならないから」
と云うシーンがあって、この言葉がすべてを表している。

エイミー役のロザムンド・パイクがとにかくお見事。
ファーストシーンとラストシーンが同じながらも、彼女の表情の変化にぞっとする。
ニック役のベン・アフレックのハンサムだけどどこかまぬけな感じもハマっていた。
他のキャストも原作のイメージ通り。(特にマーゴ)
フィンチャー、今回も凄い作品を撮ってくれた。


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2014年06月29日

闇のあとの光

B00NMVPK6S闇のあとの光 [DVD]
2012年 メキシコ/フランス/ドイツ/オランダ
監督:カルロス・レイガダス
出演:アドルフォ・ヒメネス・カストロ
   ナタリア・アセベド
   ルートゥ・レイガダス
   エレアサル・レイガダス
   ウィレバルド・トーレス

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赤い視線とひとすじの光。

ネタバレ有りです。

ファーストシーン、幼子が馬とともに湿地で牛を追っている。
無邪気に動物と戯れる少女を、おもむろに嵐の前のような不穏な暗さが包み込む。
“闇”の到来。
それと呼応するかのように、少女の家に「赤い何か」が現れる。

この「赤いアレ」が凄い。

赤いアレ


見た目が動物の頭と人間の男性器と尻尾を持った悪魔のような形態。
「彼」は忍び足で家族の眠る部屋を覗き込む。
ただそれだけで、これ以降もう一度だけ「彼」は出てくるのだけれど、その存在が何だったのかいっさい説明はない。
なので自分なりの解釈を後述。

その家には、フアンとナタリアという夫婦と、幼い兄妹(妹は冒頭に出てきた少女)が住んでいる。
若干倦怠期気味の夫婦は、小さなことで云い争いをしたり、乱交が行われている浴場に出向いたりもしている。
フアンと知り合いのセブンはアル中で、家族を半ば見捨てて暮らしている。彼はよからぬことに手を染めようとしていた。

そのひとつの家族の一部始終が、ときおり扇情的な映像を挟むものの、淡々と流れていく。

映像は独特で、多くの場面で、真ん中だけにフォーカスが当たり、枠がぼやけるエフェクトが成されている。
それはまるで「赤いアレ」の眼であり、「彼」の一人称カメラのようだと思った。
「彼」が見つめる一組の家族。犬への虐待も乱交も日々の仕事も。ありのままを見つめる姿なき者の目線。


その「赤いアレ」が家族に不幸をもたらしたとは考えにくい。
なぜか道具箱を持つ「彼」は逆に「構築」を司っているようにも見える。

実際には、家族の留守中を狙って空き巣を働こうとしたセブンが、フアンに見つかり、彼を銃殺してしまうという悲劇が起こる。
「赤いアレ」を悪魔と捉えることももちろんできる。

けれど、段階を追って幼かった兄妹の成長していく姿を挿入させているのが興味深い。
それをまた「赤いアレ」の視線は追っている。
この兄妹の成長こそが、闇のあとの「光」なのかもしれない。
それを見守り続ける赤い視線。

最初の方と、ラストシーンに物語とこれまた全く関わりのないラグビーシーンが映し出される。
そこでも空は曇天。
でも選手たちの迸るような若いパワーが力強くそこに息づいている。
そう、漲る生命力のような。
それもまたひとすじの光なんだろう。


感覚を研ぎ澄まされる、圧倒的な映像美。傑作。


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2014年06月22日

サード・パーソン

B00NLW6L7Aサード・パーソン [Blu-ray]
2013年 イギリス/アメリカ/ドイツ/ベルギー
監督:ポール・ハギス
出演:リーアム・ニーソン
   ミラ・クニス
   エイドリアン・ブロディ
   オリヴィア・ワイルド
   ジェームズ・フランコ
   マリア・ベロ
   キム・ベイシンガー
   モラン・アティアス

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三人称の“彼”

ネタバレ有りです。

パリ。
作家のマイケル(リーアム・ニーソン)はホテルで新作を執筆中。そこに奔放で魅力的な愛人アンナ(オリヴィア・ワイルド)が訪ねてくる。

ローマ。
アメリカ人のスコット(エイドリアン・ブロディ)は、ひょんなことから知り合った現地の美女モニカの娘の救出を助けることとなる。

ニューヨーク。
元夫リック(ジェームズ・フランコ)と、子どもの親権問題で争うジュリア(ミラ・クニス)。彼女は生活のためにホテルの客室係として働き始める。

マイケルが三人称で小説を書いている、という時点で、ああこれはローマ編とニューヨーク編は彼の小説の中のできごとなんだなと予想はできてしまった(ドヤ顔)けれど、それでも構成の妙に唸る。

現実で起こった出来事は、マイケルが愛人からの電話にかまけたほんのわずかな時間で、目を離した幼い息子がプール(多分)で死んでしまう。そのことから立ち直れない彼と、その妻エレイン(キム・ベイシンガー)。
マイケルの日記で、自分にその死因があったことを知ってショックで去っていく愛人アンナ。彼女は実の父親と近親相姦関係にあった。

多分これが実在する人物たち。
彼らの抱えた傷、罪悪感、そして愛がその他のキャラクター(=マイケルの小説の創作人物)に投影されていく。

息子を自分の不注意(ビジネスの電話に出て子どもから目を離して死なせてしまった)スコットは、そのままマイケルと繋がる。だから彼は紆余曲折しながらも、もうひとりの子供(モニカの娘)を取り戻すことに身を挺し、有り金も全部はたく。
この娘が本当にいるのかどうか、その姿が最後まで見せない、マクガフィン手法は、とても小説的だと思う。

それからこれは公式サイトのレビューで判ったことだけれど、NYのリックとジュリアのエピソードは、アンナの両親を描いていたのではないかということ。これは目から鱗だった。
彼らの子供は息子だけれど、これはフィクションとして置き換えられた。息子なのに名前が「ジェシー」でおかしいなとは思ったけれど、この説を読んで納得。
子供を過剰に庇護するリックが、ことが過ぎて近親相姦に及んだという背景の描写。

「白。それは信頼の色」とマイケルが小説に書くと、登場人物たちはこぞって白を身に纏う。アンナの部屋に飾られた白いバラも。でもそれは同じく登場人物によって破壊され、あるいはスコットのように白いシャツを脱ぎ捨てて新しい柄ものシャツに変えられる。
それは欺瞞と韜晦であることの象徴のようでもある。


そして交わるはずのない彼らが出会い、言動がリンクしていく様子は圧巻。
ホテルのメモ、水没させた時計(子供の水の事故と帰ってこない時間の暗喩?)、トラウマを乗り越えてのプールへのダイヴ、やがて彼らはふっとその場面から姿を消す。物語の終わりを告げるように。

そうしてひとり、マイケルだけが部屋に残される。
いくら自分を“彼”と呼び、三人称に仕立て上げても。
現実は罪を背負い、激しい愛にもやぶれた作家がそこにいるだけ。


「見ていてね」
という最後の息子のつぶやきをずっと聞き続ける彼は、また作家として成功を収めるだろうけれど、罪悪感と孤独感からは決して逃れられない。

今までハズレなしのポール・ハギス。今回も素晴らしい作品を作ってくれた。


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2013年06月02日

プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命

B00F938ATQプレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命 [Blu-ray]
2012年 アメリカ
監督:デレク・シアンフランス
出演:ライアン・ゴズリング
   ブラッドリー・クーパー
   エヴァ・メンデス
   レイ・リオッタ
   ローズ・バーン
   デイン・デハーン
by G-Tools


松林を抜ける時。

ネタバレ有りです。

物語は3部構成。
第1部では、その日暮らしの生活を送っていたルークが、かつての恋人ロミーナと再会し、彼女が自分の子を生んだと知ってその街に留まり、生活費を稼ぐため銀行強盗を働くさまが描かれる。
第2部は、銀行を襲ったルークを追って、彼を射殺する警官エイヴリーが主役。
第3部は、ルークとエイヴリーのそれぞれの息子が15年後に出会い、過去の愛憎を募らせていく。

第1部が抜群に良い。
息子の洗礼時に教会の一番後ろで部外者としてそっと涙を流すシーンで、不器用な父性の萌芽を感じさせられた。
初めてのアイスクリームを与える時、ロミーナと三人で写真を撮る時、破顔するルークの哀しいまでにやさしい瞳がもう既に破滅を語っている。ロミーナのために、息子のために、金を稼がねばならないという十分な決意の表情にほかならないから。

その結果やはりルークは銀行強盗でミスをし、警官に追い詰められ、彼に撃たれて死亡する。
ルークを自分が先に撃ったという事実を隠し、ヒーローとして祭上げられた警官エイヴリー。
彼はその後腐敗した同僚たちの悪事を知り、告発することを決意する。
ここもエイヴリーの苦悩(自分は偽りの中で英雄視されているのに、正義の行いを権力者の父親の助けで成そうとしている)がじっくり描かれて見所はあるものの、ルークの存在感が大きすぎて、そのぽっかりとした穴は埋めがたかった。

でもエイヴリーがルークの子供を抱き上げるシーンは印象的だった。
ルークが初めて会う自分の子供を抱く時と同じく、それぞれの重さをそれぞれ違う立場の男たちが受け止める。

その運命の子供、ジェイソンは、エイヴリーの子供AJと高校で出会いを果たす。
エイヴリーと自分の父親のことを知ったジェイソンは、彼ら親子に銃を向ける。
謝罪するエイヴリー。
ジェイソンはそんな彼を撃つことなく、財布を奪ってその金でライダーだった父親と同じようにバイクを買い、そしてどこかへ走り去っていく。
松林を抜けて。

ルークが銀行強盗に誘われたのも、エイヴリーとジェイソンが入っていったのも松林の中だった。
その松林の向こう側へ抜けていったジェイソンの姿は、すなわち親の因果を断ち切ったと見るべきだろう。
すべての元凶が詰まった場所からの脱却。
ラストも文句のつけようがない。

ルーク役のライアン・ゴズリングの圧倒的な存在感、エイヴリー役のブラッドリー・クーパーのいかにもな青臭さと相反する保身、やがて野心に変わっていく狡さ、レイ・リオッタの邪悪さ等役者さんも見事。
そしてジェイソン役のデイン・デハーンが素晴らしい。『バスケットボール・ダイアリーズ』の頃のレオナルド・ディカプリオと、尖りながらも繊細で美しいリバー・フェニックスを彷彿とさせる容姿と雰囲気がもうスターのきらめきを放っていた。要チェックの役者さん。

そして『ブルーバレンタイン』に負けず劣らずの傑作をまた撮ってくれたデレク・シアンフランス監督、もう絶対追いかけていこうと思う。

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2013年04月12日

モンスターズクラブ

B00AJG08JIモンスターズクラブ [DVD]
2011年 日本
監督:豊田利晃
出演:瑛太
   窪塚洋介
   KenKen
   草刈麻有
   ピュ〜ぴる
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終わらない世界の理。

ネタバレ有りです。

ヴェルディのオテロがレコードで流れる中、淡々と主人公良一が爆弾を組み立てている。
その後、彼の産業社会への批判や、ピラミッド型構造の世界から自由になるためのモノローグが延々と続く。

良一はテレビ局等に爆弾を送り続けているようだ。
その生活ぶりはほぼ自給自足で、外で薪を割り、猟銃で獲物を仕留め、収穫した白菜やらハチミツやらで腹を満たし、文明社会から遠く離れた所で暮らしている。

けれど彼の前に怪物が姿を現す。
その次には死んだ兄弟たちが。
彼らは良一と日々議論を交わす。

その中で唯一“まとも”できちんと“生きて”いるのは良一の妹だけであり、良一が兄ユキの亡霊に死後の世界に来るよう唆されても、現世に残っているのは彼女の存在が大きいように思われる。

結局良一は生きていたいのだ。

プロパガンダを批判しながらも。テクノロジーを忌避しながらも。
そこから身を遠くに置いても。
現世というひとくくりにした世界に生きていたい。
だからそのジレンマが色々な妄想を呼び起こすのだろう。


なのでラスト、あの怪物そっくりに顔を塗りたくり、爆弾を抱えて街を歩く彼はバケモノに身をやつす必然性があった。

彼の咆哮は、ミュートによってかき消される。
文豪の美しい言葉が彼を包みながらも、反社会性の怪物の叫びは誰にも届かないのだ。

さて、特殊メイクアップにピュ〜ぴるの名があったけれど、あの怪物のメイクのことだとしたら、あれは『ダークナイト』のジョーカーそのもののように思えるのだけど。

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2013年03月06日

マーサ、あるいはマーシー・メイ

B00CTM891Oマーサ、あるいはマーシー・メイ [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:ショーン・ダーキン
出演:エリザベス・オルセン
   ジョン・ホークス
   サラ・ポールソン
   ヒュー・ダンシー
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マーサとマーシー・メイ、そしてマーリーン・ルイスについて。

ネタバレ有りです。

ある朝、マーサは所属していたコミューンから脱出し、2年間音信を絶っていた姉に連絡をとる。
結婚したばかりの姉ルーシーは、夫のテッドと共に彼女をあたたかく迎え受ける。
何があったのかをいっさい語らないマーサ。
彼女の非常識な言動と不安定な情緒に次第に軋轢が生じ始める。

同時に、彼女の過去のエピソードが進行する作り。
薪を割り、藁を積み、自作の音楽を奏でる牧歌的な生活を送る集団。
そこに属したばかりの彼女を歓迎する、リーダーのパトリックをはじめとする仲間たち。
けれどそこは、レイプ、乱交、強盗が日常化しているカルト集団だった。

姉の住むサマーハウスで、マーサの常軌を逸した行動が描かれる。
人目も憚らず全裸で湖で泳ぐ。
セックスしている夫婦のベッドに割り込んで眠ろうとする。
松ぼっくりが屋根に落ちる音に敏感に反応する。
それは挿入される過去のエピソードですべて説明が成されるようになっている。

つまり、コミューンでは皆が躊躇せず全裸になり、同じ部屋で、何組もの男女が相手を変えてセックスするのが当たり前となっていた。
マーサはパトリックに「マーシー・メイ」という新しい名前を貰い、最初の夜に薬を飲まされて朦朧とする中、彼にレイプされる。
それは「浄め」なのだと先輩の女性に言い含めらるマーサ。
彼女はやがて新入りの女性にかつて自分がされたことと同じことをお膳立てするようになる。

カルトの恐ろしさがじわじわ身に迫ってくる。
マーシー・メイという名前を与えられた孤独な少女に、ここでの「役割」を見つけて、と優しく手ほどきする先輩。
その「役割」が彼女をこの集団に縛り付けるものであり、確固たる自分の場所を見出すようになっている。
新しい名前。今までと違う自分。受け入れてくれるコミュニティ。

それに染まった頃、「マーシー・メイ」は、集団の資金源と思われる民家への強盗に参加させられる。
何回かを誰にも見つからずにやりおおせた頃、ある住宅で、住人と鉢合わせしてしまい、仲間が彼を殺してしまう。
つまり強盗殺人に加担してしまった。

その傷と罪の意識が消えず、「マーサ」はそこを抜け出す。
にも関わらず、カルトで培われた教育は払拭されなかった。ここが凄く怖かった。

「私は教師でありリーダーよ」と、姉には何のことだか判らない、パトリックに言われた言葉を吐き出すマーサ。
彼女は日が経つにつれ、姉やその夫を集団の人間と間違えたりもする。
「マーサ」と「マーシー・メイ」が拮抗するようになる。

それが顕著にあらわれているのは、パーティーでマーサがバーテンダーを前に取り乱すシーン。
そのガラスに映ったもう一人の彼女の姿こそが「マーシー・メイ」だったのだろう。
(これは前売り特典についてきた非売品パンフレットにも書かれていた)

彼女との同居に疲れ果てた姉夫婦は、マーサを病院に入院させることを決意する。
別れの日の朝、裸でなく、きちんと水着をつけて湖を泳ぐマーサ。
対岸に一人の男を見つける。
パトリックだった。
急いで岸にあがるマーサ。

そして車で病院に向かう道中。
パトリックといでたちの似た男が運転する車がまるで追いかけるように後を走ってくる。

ここでのマーサの呆けたような、うつろな表情が何を意味するのか。
わたしは岸にいたパトリックも、後続の車の運転手も、マーサの妄想だと思った。
ラストシーンの彼女からは今までのような焦燥も怯えも窺えない。

さて、原題の“Martha Marcy May Marlene”にはもう一人の女性の名前が挙がっている。
マーリーンだ。
マーリーン・ルイス。
それは集団が外部からの電話を受ける際に名乗る架空の女性の名。

マーサ(普通の生活を送る自分)は、マーシー・メイ(カルトに属する自分)と対峙し、拮抗し、最終的にこの「誰でもなく、誰でもある」マーリーンになってしまったように感じられた。

諦念とも窺えるラストのからっぽな表情には、これから彼女がずっとパトリックがつけてくるという妄想に囚われて人生を送ることを暗示しているように思われる。

マーサ役のエリザベス・オルセンが素晴らしく、ほれぼれするような肉体を見せてくれると共に、不安定な洗脳された女性を、表情で、ふるえる声で演じきっていた。

「居場所」を与えてくれたのが、カルトであるという不幸。
そんなマーシー・メイは世界中にいるのだと思うとぞっとする。

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2013年01月23日

ハーフ・デイズ

B009HNN5KSハーフ・デイズ [DVD]
2009年 アメリカ
監督:スコット・マクギー デヴィッド・シーゲル
出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット
   リン・コリンズ
   アサンプタ・セルナ
   オリヴィア・サルビー
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黄色と緑の分岐点。

ネタバレ有りです。

人生の岐路に立たされたカップル、ボビーとケイト。
彼らは橋の真ん中で別方向に走り出し、そして二人の二通りの一日が始まる。
イエローの人生は、タクシーの中で拾ったケータイが巻き起こす殺人事件の逃亡劇に。
グリーンの人生は、ケイトの家のパーティーで起こる家族の悲喜こもごもに。

『スライディング・ドア』という、設定が似た映画がかつてあったけれど、今その内容をほぼ思い出せないながらも、この『ハーフ・デイズ』に比べるとよくできた作品であったことを噛み締めさせられる。
それくらいに本作は設定が活かされていない投げやりな凡作だった。

何だろうなあ。
結局どちらにしても、ただ実は妊娠しており、中絶するかどうか迷っていたケイトが生むことを決めただけのラストっていうのは。
まあ子供を生むことは人生の中で大切なことは間違いないのだけど。
それなら、別にイエローバージョンのサスペンス的展開は全然要らないと思うんだ。

普通にグリーンバージョンのみで、ケイトの家族の抱える問題の多い事情をつまびらかにしていくだけでも充分映画として成立するのに。
というか、そちらに重点をおかなかったために、こちらの家族問題もかなり中途半端になっている感が拭えない。

母親との確執とか、妹に現実味のある人生を歩ませるかどうとか、死んだ兄にいたっては、そういう心に傷を負う過去がありました、ってだけで出し惜しみしていたエピソードを言葉だけで説明したのみでまったく心に響いてこない。
それから全体的にわたしの読解力が足りないのかもしれないけれど、ケイトがある時から肉を食すことをやめ、恋人にもそれを強要する理由は明らかにされたっけ?
とにかく共感を促すようなドラマに全く仕上がっていないのには呆れた。

イエローバージョンは、そもそも危ないお金に手を出してはいけないという倫理観を説いただけで、逃走劇がまったくもって無駄で、決着の着け方もひどい。
ボビーは彼らに名前も住所も知られているから、近いうちに殺されてしまうんじゃ……?

わざわざ並行世界を描きながら、シンクロするシーンが花火を見ているところとセックスしているところのみで、それが何を表しているのか不明だし、異なる決着をつけるわけでもなく「前進していこう」なラストだけで、面白い設定が全く無駄に終わっている。

うん、やっぱり『スライディング・ドア』、上手かったよなあ。

というわけで、ジョセフ・ゴードン=レヴィット主演作なのにガッカリな出来。日本公開が遅れたのにも頷ける。


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2012年10月05日

わたしたちの宣戦布告

B0058PEEOULa Guerre Est Declaree
2011年 フランス
監督:ヴァレリー・ドンゼッリ
出演:ヴァレリー・ドンゼッリ
   ジェレミー・エルカイム
   セザール・デセックス
   ガブリエル・エルカイム
   ブリジット・シィ
   エリナ・レーヴェンソン
   ミシェール・モレッティ
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走る、走る、走る。

ネタバレ有りです。

ロメオとジュリエットは一目ですぐに恋に落ちた。
順風満帆に愛を育み、息子アダムをもうけた二人だったが、ある時アダムの脳に腫瘍が発見される。
生き残る確率がわずかなガンだと宣告を受け、動揺しながらも確固たる愛情で息子を守り抜く夫婦の物語。

監督兼主役を演じるヴァレリー・ドンゼッリと、その元パートナーであるジェレミー・エルカイムがロメオ役で出演、大きくなったアダム役で二人の実の息子も出演しているという、実体験を元にしたという以前に本人が本人役を演じている極めてプライベートフィルムに近い様相を帯びた作品。

だからこそ、映画としては大きな動きはなく(物語という点で)、難病の息子の病気の判明、その手術をどこで受けさせるか、名医は果たして執刀してくれるのか、息子は助かるのか、そのために右往左往する夫婦とその家族の様子が描かれるのみ。
それが退屈かというと決してそうではなく、本人たちだけでなく、家族や友人が、それぞれ病院までの長旅に付添ったり、気晴らしにパーティーを開催してくれたり、激励したりと、こんなことがあったからこその絆の芽生えがなかなか人間らしくて良かった。

ただ、これが前述した通り、実体験に基づいているから仕方のないことだけれど、最後の方のモノローグで「んん?!」と首を傾げさせられる。
今まで延々夫婦はもちろん、他の人々との絆を見せられていたのに、突然
「私たちは孤立していった。そして夫婦も別れを選んだ」
とかいうジュリエットのモノローグが入ってのけぞりそうになった。


んじゃあ今までのドラマは一体なんだったのかと。

まあ息子がほぼガンを克服して終わるという結末は何よりだけれど、最後の最後に、ただのモノローグだけであれだけ尽くしてくれた友人と疎遠になりました、夫婦も別れました、と述懐されても。

他にも、いきなりドラマの途中で夫婦がそれぞれ別の場所で同じ歌を歌いだしたり、ガン告知を知った周囲の反応がちょっとばかり大仰だったり、演出に関してちょっといただけないところもあったけれど、基本的に真面目でみずみずしい作りに好感が持てていたのに、個人的にはこの最後で台無し。

夫婦が難病フィクションではよくある、清廉潔白なキャラではなく、イライラすると煙草を吸うし(まあこれは普通かな)、それをポイ捨てするし、ジョークとは云え、差別発言はするし、そういう等身大でリアリティのある存在として描かれていたのも良かったのに。

そして映画の定番、「走る」シーンの多用。
恋が始まった時、息子の診断を待つ時、療養中の不安をかき消そうとするかのように夫婦でマラソンをする時、エモーショナルに訴えかけるには有効なやり方で、使い古されてはいるものの、やっぱり心に訴えるものがあった。

だからかえすがえすもラストが残念。
あの海辺で戯れる三人を見れば、離婚(じゃないのかな。事実婚っぽかったので)後も絆をつないでいるのだろうとは思うのだけどね。

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2012年10月04日

ハンガー・ゲーム

B0083Z0V9Yハンガー・ゲーム [DVD]
2011年 アメリカ
監督:ゲイリー・ロス
出演:ジェニファー・ローレンス
   ジョシュ・ハッチャーソン
   リアム・ヘムズワース
   ウディ・ハレルソン
   ドナルド・サザーランド
   スタンリー・トゥッチ
   レニー・クラヴィッツ
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ボディペイントは身を救う。

ネタバレ有りです。

色々と突っ込みどころはあれど、良くできた作品だと思う。
ハンガー・ゲームが行われている背景、貧しい地区の人々の暮らし、主人公カットニスが妹の代わりにゲームに出場することになるまで、そして同地区で選出されたピータとゲームに備えての鍛錬、ようやく迎える殺人ゲーム、と構成がそれぞれ舞台を移して丁寧に構築されているので、ドラマに深みが増していた。

バカバカしい厚化粧をした、けったいな衣裳を着たハンガー・ゲームを楽しむ富裕層の愚かさと、ひとつのパンにも飢えている貧民たちの対比が、その見た目ですぐに判るようになっているのもスマートだ。

いよいよハンガー・ゲームが始まり、その始まった途端数名が命を落とすところはショッキングであれど、見せ方は上手く残酷さをカバーしており、悲痛ながらもグロさを前面に押し出していない描写が気に入った。

殺し合いをしなくてはならない状況下、さて主人公はどう出るか見ていたら、これもうまいこと処理されていたと思う。
とにかく野宿に必要なものだけを手にとって、あとは敵から隠れる。
最初の殺しは、自分を多勢で追い詰めた奴らを、蜂を使って間接的に。
その後も、協力関係になったルーという少女を庇うために矢を敵に射たり(結局ルーは死んでしまうのだけど)、「仕方の無い」シチュエーション下に置いて、「殺人」という行為を緩和させていた。
無慈悲ではなくとも、相手をただ殺していっては、観客は主人公になかなか感情移入できなくなる。
仲の良くなったプレーヤーは一体どうするのだろうと思っていたら、ルーのように他者に殺させたり、ピータに至っては、途中で同地区から選出されたプレーヤー同士なら2人とも優勝可というルール変更が成され、初めに死亡フラグ立てまくりのピータが結局生き残ることになるのも、彼らの処し方がなかなか面白かった。

無為に人を殺さない、仲間が死ねば泣き叫び、弔いもしてやる、ピータへの献身と、はじめはスポンサー集めのためだった恋愛要素も絡んで、カットニスの株はそれこそハンガー・ゲーム視聴者や貧困地区の人々だけでなく、わたし(観客)まで上げざるを得ない。

彼女が画面に向かって、三本の指を立てるポーズを取ったところは鳥肌がたった。
あれは貧困地区独自のサインなんだろうか。

結果としてはカットニスとピータが無事に生き残り、ふるさとに凱旋を果たすのだけど、これからカットニスの彼氏とピータとの三角関係や、これから起こるであろう革命の予兆等、既に続編の期待は高まるばかり。

さて、ちょろっと前にも書いたけれど、突っ込みどころもいくつか。

・酒に溺れるばかりだったヘイミッチがカットニスのために動き出す、その心の変化が原作未読者にとっては判りにくい。
・ゲーム中に届けられる薬が万能すぎ。
ひどい怪我をしているのに、特殊メイクレベルのボディペイントを自らに施すピータ(あの擬態シーンは思わず吹き出した)。
・ピータのバカ力の伏線が消滅。
・あまりにグダグダなゲームのルール変更。
等、まあ色々あるにせよ、ストーリーとキャラが魅力的なので、それも許せてしまう。

カットニス役のジェニファー・ローレンスは、女優さんとしてはそれほど美人というわけではないけれど、力強く生きるその姿がもの凄く魅力的。
ウィンターズ・ボーン』とどこかキャラ設定が似ている(父親の不在、しっかりしていない母親、庇護しなくてはならないきょうだい、貧困)こともあって、そのイメージを持ったままのわたしは単純に初めから彼女を応援できた。

そして『エスター』で凄い存在感を見せたイザベル・ファーマンがプレーヤーの一人として登場していたのが嬉しい。
不適な笑みでナイフを使い、カットニスと乱闘し、別のプレーヤーに殺される印象的な役で魅せてくれた。

エンドロールに流れる曲も良いし(劇中でカットニスが吹く口笛がモチーフになっているのかな)、全米で大ヒットしたことに納得。

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2012年07月24日

あしたのパスタはアルデンテ

B006QO65RQあしたのパスタはアルデンテ [DVD]
2010年 イタリア
監督:フェルザン・オズペテク
出演:リッカルド・スカマルチョ
   ニコール・グリマウド
   アレッサンドロ・プレツィオージ
   エンニオ・ファンタスティキーニ
   ルネッタ・サヴィーノ
   イラリア・オッキーニ
by G-Tools


トスカーナの花嫁が歩く道。

ネタバレ有りです。

パスタ会社を経営するカントーネ一家の次男トンマーゾは、長兄とその経営を父に望まれながら、小説家への夢を捨てられずにいた。
おまけにトンマーゾはゲイ。
保守的な両親にそれがずっと言えずにいた。
カミングアウトをしようとしたあるパーティーの夜、なんと長兄が驚きの発言をする。
「僕はゲイだ」
激怒した父親は彼を勘当、ショックのあまり心臓発作を起こし、トンマーゾは何も云えなくなってしまう。

経営から外された兄の代わりに、共同経営者の美しい女性アルバと稼業を手伝うことになったトンマーゾ。
彼が住んでいたローマには、同性愛の恋人マルコがおり、彼のことを気にしながらも故郷を離れられない。

冒頭、ウェディングドレスを着た花嫁が銃を持ってひた走る。
その先には青年がおり、彼の前で銃で自殺を図る花嫁。
でも彼に止められ、彼女は涙を流す。
この一見異質なシーンが実はとても重要で、あの花嫁は現在のカントーネ家の祖母であることが明かされる。

彼女はあの青年と想いを通じ合わせていながらも、その青年の兄と結婚するのだった。
「いつまでもずっと彼を想い続けている」
と老人になった今でも恋心を抱いている祖母は、その後悔と過ちを孫に継承させまいとする。

結果から言うと、祖母は身を挺してばらばらになろうとしていた一家を纏め上げる。
きれに着飾って、アレルギーなのか、禁止されていたお菓子を口いっぱい頬張って。
まるでそのお菓子を食べることでやっと自由を謳歌するように。
このシーンはとても象徴的。


そうして命を絶った彼女の葬儀に、彼女を慕っていた皆が参加することになる。
もちろん勘当された長兄も。

何も言わず、家族が棺をそれぞれ肩に乗せ、車まで運ぶ。
そして葬儀までの道のり、彼らは一緒に黙々と歩いていく。
誰が何を言うでもない。
でも自然に腕と腕が重なり合い、目と目を交わし、口には微笑み。
家族がまたひとつになっていく、互いが互いを認め合う素晴らしいシーンだ。


その「現在」のシーンに、「祖母の過去」のシーンがシンクロする。
「トスカーナの花嫁」と呼ばれるほど美しかった若い祖母が、青年と連れ立って歩く道を、その後作り上げられる彼女の家族が同じく歩いていく。
このメタな構成が見事としか言いようがない。

とても感動的な作品だけれど、基調はコメディで、クスクス笑って見られるのも良。

窓から泥棒が入ってくると騒ぎ立てる視力の弱い叔母の人違いエピソードだったり、トンマーゾのローマでのゲイ仲間が訪ねてきて、必死にノンケのふりをするも、ところどころ本性が出てしまうところだったり。
その明るさが魅力を倍増している。

トンマーゾとマルコの抱擁とキスシーンもばっちり入っており、ようやく出会えた恋人たちの愛を交わす仕草は目の保養となった。

トンマーゾとアルバの、ぎりぎり一線をひいているような関係も妙にドキドキした。
彼らは一度だけキスするも、それ以上には進まない。
トンマーゾに想いを抱き始めたアルバが、マルコと彼の睦まじい様子を少し淋しそうな瞳で見つめているシーンはせつなかった。

ある家族の在り方を陽気に丁寧に描いた良作。

cocoroblue at 00:12|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2012年07月21日

少年は残酷な弓を射る

B009CQGJ76少年は残酷な弓を射る [DVD]
2011年 イギリス
監督:リン・ラムジー
原作:ライオネル・シュライヴァー
出演:ティルダ・スウィントン
   ジョン・C・ライリー
   エズラ・ミラー
by G-Tools


 「なぜ?」

ネタバレ有りです。

10代の少年や少女が無差別殺人を起こしたというニュースを聞くと、いつも思う。
親はどんな人なの?
家庭環境が悪かったのでは?
親はちゃんと思いやりや道徳観を教えたのか?

でももし、その両親が普通にその子を育てていたとしたら。
“悪い種子”が教育に関係なく育っていったとしたら。

この物語に出てくるケヴィンという少年については、その人物像の捉え方に意見が分かれるだろうと思う。

ケヴィンは旅行作家のエヴァとフランクリンの間に生まれた。
けれどなぜか彼は母親エヴァにだけ反抗的で、彼女に対する嫌がらせは後を絶たなかった。
赤ん坊の頃は腕の中で泣き叫び、フランクリンが抱くと途端に泣き止む。
かなり大きくなるまで自分で用を足すことができず、おむつをしたまま母親を苛立たせる。
エヴァが大事にしていた壁紙をめちゃくちゃにする。
10代に入ってからは、幼い妹の大事にしていたハムスターを殺し、しまいにはその妹の片目を失明させてしまう。

その所業に我慢ができなくなったエヴァは息子のカウンセリングを申し出、でも夫フランクリンは逆に息子を疑う妻に限界を感じ、離婚を突きつける。
そのことを知ったケヴィンは、16歳になる直前、少年法で守られる時期を狙って、通っていた学校で無差別殺人を起こす。

彼のこの異常性はどこから来るのか。
たしかに彼が生まれたとき、エヴァは笑顔を見せなかった。
それはキャリアの途中で子が生まれ、仕事を中断せざるを得なかったことに因る。
でも彼女は懸命にケヴィンを育てようとしていた。
と、ここでもう観客の見解は分かれるのだと思う。

エヴァの息子を疎く思う深層心理が伝達して彼が歪んで行った。
ケヴィンは普通の子供だった。
そういう見方もあるんだろう。

けれどわたしには、先天的な「悪」が彼に根付いているとしか思えなかった。
そしてそれは母親への執着の深さに結びついている。


今こうして時系列順に書いているけれど、実際映画では、現在と過去を行き来する手法で、何があったか示唆はするも、全体像が見えてくるのは大分後半になってからだ。

前半で、エヴァが通りを歩いているだけで、すれ違った女性に平手打ちされたり、スーパーで卵を割られるという嫌がらせをさせられたり、家の壁と車を赤いペンキで汚されたりと、彼女が多くの者に恨まれている様子が描かれる。
やがてそれが息子が同級生を何人も殺め、怪我を負わせていたことが原因だと判るようになる。

昔から母親を困らせるのが好きでたまらなかったケヴィンがそんな事件を起こしたのは、はじめは母親への最大のいやがらせなのだと思っていた。
けれど最後まで観ると意見は変わった。
彼はそんな形でしか母親を繋ぎとめておけないのだと。
憎しみではなく、愛情というにはあまりにもかけ離れた行為であるけれど、大きすぎる執着ではなかったのかと。


事実、離婚話が出たとき、フランクリンは
「親権は言わなくても判っているな」
と云い、エヴァとケヴィンを引き離そうとしていた。
それを知ったケヴィンは母親から離れまいとしてあんな事をしでかしたのではないかと思う。

また、父親の前では素直で明るく懐く子を演じていたケヴィンは、学校で無差別殺人を起こす前に、家でその父親と妹を射殺している。
残されたのは、母と子だけ。
これがケヴィンの狙いだった。

その異常性は、エヴァの育児に因るものでは決してないとわたしは思う。

妊娠のきっかけとなったと思われる日、トマト祭りで赤く染め上げられるエヴァ。
この時から既に「悪い種子」の発芽が象徴されているようだ。
その後家に塗りつけられる赤いペンキにしても、逃れられない忌まわしい血の色がエヴァを追いかけてくる。

その説明の出来ない「悪」を持って生まれた少年が、成長するとともに「普通」の面影を見せるところがまた巧いと思う。
18歳になり、大人の刑務所に送られようとする日、母の前で彼は初めてナーバスな様子を見せる。
そんな彼にエヴァは事件のことを問う。
「なぜなの?」
ケヴィンは答える。
「判っていると思っていた。でも今は判らない。」

そう、彼はもはやどうしてなのかが判らなくなってしまった。
それが大人になるのだということ。
邪悪な種子を持っていた少年は、その悪行の原因を深く自分の中に閉じ込め、それを探す術さえ知らない。
人を弓で射殺し、その後堂々と扉を開けて姿を現した少年の姿はもうそこにはない。

そして母親は、彼のTシャツにアイロンをかけ、家の一室を前の息子の部屋とそっくりに仕立て上げた。
彼女は息子と生きていくことを決心したのだろう。
思えばエヴァは、たくさんの人間に恨まれ、関係のない人たちにも白い目で見られながらも遠くへ引っ越すこともせず、ただ罰を受けるように一人でひっそりと暴言や中傷に耐えてきた。
それは息子をここで待っているから。
そんな母親の壮絶な覚悟と決心が凄まじい。

人の機微の細かいところの描写も見事。
エヴァに唯一親切にしてくれた同僚の男性が、その実彼女をいやらしい目でしか見ておらず、クリスマスのダンスを断られたくらいで彼女に暴言を吐くところはかなり辛かった。
そして少年院の面会の待合室で、涙を流す保護者と思われる黒人女性の手を無言で握るところ。
同じ地獄を見る者同士の痛ましさがよく表れていた。

ケヴィン役のエズラ・ミラーの不気味すぎる美少年っぷりと怪演、エヴァ役のティルダ・スウィントンの限界ぎりぎりに追い込まれる憔悴っぷり、でも最後には腹を括って息子を受け入れる静かな威圧感がたまらない。
必見かも。

cocoroblue at 02:49|PermalinkComments(4)TrackBack(2)

2012年07月20日

月と少年

1423137663La Luna
Enrico Casarosa
Disney Book Group 2012-05-15
2011年 アメリカ
監督:エンリコ・カサローザ

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星の美しい夜。
少年は祖父と父とともに舟に乗って海に出る。

そこで少年は帽子をプレゼントされる。
祖父は上向きに。
父は目深に。
帽子の被らせ方で彼らは小さな対立をする。

やがて彼らは月の真下に舟を止める。
長いはしごをかけ、少年は月に登らされる。
そこには無数の流れ星の塊が散乱していて、それを掃くのがどうやらこの家族の代々の務めらしい。

その箒にしてもやはり祖父と父親は意見が分かれる。
祖父は昔ながらの房の大きなものを。
父は現代的な横に幅のある自由箒を。
それぞれのやり方を少年に継承させようとする。

そんな時、とびきり大きな星が流れてきて、月面にぶっ刺さる。
祖父でも父でもどうしても抜くことのできない代物を、少年のアイディアで細かく分断することに成功。

その時少年は帽子の向きを前後逆に被る。
祖父の被り方でもない。
父の被り方でもない。
まったく新しい自分のやり方を少年は見つけた。

その後は各々が、各々の道具で、やり方で、月を掃く。
家族の継承を描きながらも、同時に因習や観念に囚われない独立した考え方、やり方の素晴らしさを説いた良作。
ファンタジックな月と星のイマジネーションも見もの。
メリダとおそろしの森』と同時上映される7分間のショート・アニメーション。
必見。

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2012年07月13日

ブラック・ブレッド

B0090CKO1Eブラック・ブレッド [DVD]
2010年 スペイン・フランス
監督:アウグスティ・ビリャロンガ
出演:フランセスク・コロメール
   マリナ・コマス
   ノラ・ナバス
   ロジェール・カサマジョール
   リュイサ・カステル
   マルセ・アラーナガ
by G-Tools


ぼくたちは完全には死んでいない。
でも毎日少しずつ死んで行く。

ネタバレ有りです。

物語は凄惨な殺人場面から始まる。
森で父とその子供が覆面の男に襲われて殺された。
その少年の幼馴染であるアンドレウは、瀕死の少年の最期の言葉を聞く。
「ピトルリウア」
それは森の洞窟に棲息していると言われる怪物の名前だった。

その殺人事件の容疑者としてアンドレウの父親ファリオルが浮上する。
彼らは政治思想を共にしていた左翼の同士だった。
母親もますます仕事で稼がなくてはならなくなり、アンドレウは祖母の家に預けられることになった。

夢見がちな少年のファンタジックな想像を全部打ち砕く現実という名の怪物。

そこにはスペイン内戦という大きな傷があり、大人も子供もその背景に傷ついている。
貧しい家庭に配給される黒パン(ブラック・ブレッド)、裕福な家庭でアンドレウに振舞われる白パン、という象徴的なタイトルロールにもある小道具が、内戦後の貧富の差をよく表している。

子供も、アンドレウの従姉妹で事故で片方の手首をなくしたヌリアに見られる喪失感と悪意が顕著だ。
彼女はこともあろうか先生と肉体関係を持っており、自分の裸で同級生に金を取ることを恥としていない。
いつかは貧しい大人の女性と同様に工場に働きにでなくてはならない将来に絶望している。
だから彼女の言動は過激で、奔放で、そして哀しい。

はじめはそんなことから逃れるように、アンドレウは羽のついた怪物ピトルリウアや、屋根裏に現れるという幽霊を信じて、怖がりながらもどこかワクワクしている風情がある。

スペイン内戦、幼い子供たちの想像力、というモチーフで思い出されるのが『ミツバチのささやき』、『パンズ・ラビリンス』だけれど、少女たちが空想の中で生きたのと違い、アンドレウは容赦ない現実を叩きつけられる。

ピトルリウアは実は実在する人間で、ホモセクシュアル、資産家の農場主マヌベンス夫人の弟と関係を持ったため、リンチに遭った青年だった。
去勢という残忍な仕打ちをしたのは、殺された男ディオニスとファリオルだった。マヌベンスによる指示だった。
ディオニスはそのことで農場主を脅し、マヌベンスはファリオルに依頼して彼を殺させた。

想像の怪物も、幽霊も、人格者だと思っていた父親も、その潔白も、信じていたものがすべて崩れ去った少年は、父親が大切にしていた鳥たちを全て殺す。
過酷過ぎる少年期の終焉。

少年が慕っていた、まるで伝説の怪物のように自由に空を舞うことができると吹聴していた森で出会った青年も、助からない命だと知る。
アンドレウの美しいおばも、安定のための結婚を勧められうんざりし、自由に恋愛をしているだけなのに周囲から娼婦扱いされている。
前述したヌリアの行動、ホモフォビア、殺人、保身、そのすべてを知るにはアンドレウには早すぎたのに。

ファリオルは死刑となり、口を閉ざすことを条件に、マヌベンスにアンドレウの将来を約束させる。
マヌベンス家に引き取られ、ブルジョアの学校で勉強するアンドレウ。
面会に来た母親を冷たい態度でやり過ごし、そのみじめな後姿に涙を見せるも、アンドレウは同級生の誰何に
「ただの配達人だよ」
答える。

黒パンから白パンへと食事を変えた少年の将来は安泰だろう。
けれど心はきっと冷えたままだ。



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2012年06月03日

ファミリー・ツリー

B0071FQK9Wファミリー・ツリー [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:ジョージ・クルーニー
   シャイリーン・ウッドリー
   アマラ・ミラー
   ボー・ブリッジス
   ロバート・フォスター
   ジュディ・グリア
   マシュー・リラード
by G-Tools


キルトに綴る愛

ネタバレ有りです。

数年夫婦らしい会話がなかった妻が事故に遭い、昏睡状態に陥り、目覚めたら夫婦としてやり直そうと決意することも。
その妻が尊厳死を望んでおり、まもなく救命器具を外すことが判ったときも。
彼女が不倫をしていた事実を娘から告げられ愕然とすることも。
その相手を探そうと、なりふり構わず、事情を知る友人宅への2kmをオヤジ走りでバタバタ走ることも。

プールの中の涙も。
空気の読めない長女のボーイフレンドにくだされる鉄拳も。
その悩みのなさそうな彼もまた親を失っていた過去を持つことも。
母親の生前に喧嘩をしてしまった後悔も。

妻の不倫相手を見つけ、じわじわと責め立てることも。
その男の妻に、まるで報復のように唇にキスすることも。
もうすぐ死にゆく妻に対し、周囲の人間に呪詛を吐くことを必死で阻止しようとする姿も。
そのくせ自分ひとりきりになった時は思い切り彼女を詰るところも。

初めは不倫相手に対する嫉妬から、でも次第に本質に気づき、代々伝わるハワイの土地の売却を取りやめることも。
ついに妻の最期のとき、彼女にやさしく接吻して涙を流す姿も。

人間が人間であること。
そのジタバタしたみっともなさ、やりきれなさ、可笑しさ、不意に見せるやさしさ、親愛、すべての挙動がひどく人間くさく、お気楽なイメージのあるハワイの、しかもけっこうな金持ち家族に親近感を持ち、愛しくなる。

すべてのターニングポイントとなる主人公の妻の元気な姿は、ファーストシーンでしか描かれない。
その活き活きした表情が、ずっと脳裏にやきつくことになる。
彼女がどう生き、何を考えていたのか。
それは家族や周囲の人間の証言によってでしか観客は掴むことができず、実際に目にしたあのファーストシーンの笑顔しか実像につながらない。

だから彼女を許し、愛し、子孫を守っていく夫の姿は、とてもやさしく気高い。
わたしが知っている以外の彼女の笑顔を知り尽くした男だから。

ラストシーン、病院で妻にかけられていた黄色のキルトの毛布にくるまれて、親子3人がテレビを見るシーンが素晴らしい。
そうして家族はつながり、続いていく。

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2012年04月24日

別離

B0058GVP5UA Separation (2011) [DVD]
2011年 イラン
監督:アスガー・ファルハディ
出演:レイラ・ハタミ
   ペイマン・モアディ
   シャハブ・ホセイニ
   サレー・バヤト
   サリナ・ファハルディ
   ババク・カリミ
by G-Tools


硝子の向こうで。

ネタバレ有りです。

イランに住むナデルとシミンの夫婦。
シミンは11歳の娘テルメーの将来のために外国に移住することを望み、ナデルは認知症の父親のためそれを拒んでいた。
シミンは暫く家を出ることとなり、父親の介護のため、ナデルはラジエーという女性を雇った。
数日後、ラジエーが父親をベッドに縛り付けて外出し、しかも家の中のお金がなくなっていることが判明した。
激怒したナデルは少々手荒にラジエーを追い出す。
その後、ナデルに押されたせいでラジエーが流産したとされ、彼は殺人罪で告訴されてしまう。

同監督の『彼女が消えた浜辺』と同じく、ミステリが絡められた良質な人間ドラマ。

宗教や文化の違いはあれど、ここには娘のことを思う親の心境、介護の大変さ、保身に走る心情など人間であるがゆえの普遍的なものが描かれている。

ナデルは娘の将来や父親の世話といった家族のこれからのために嘘をつく。
ラジエーが妊娠しているのを知らなかったのだと。
もしそれを知っていて彼女を押したのなら、殺人罪を認めてしまうからだ。

そして終盤になってラジエーの嘘も発覚する。
実は事件の前日にナデルの父親を家に連れ戻そうとして車に轢かれたこと、その日からお腹が激しく痛み、その時既に流産していた可能性があるということ。

この二人の嘘は、観ていてイライラしたけれど、その背景を慮ると決して声高に責めることはできない。
愛する人のための保身。
でも結局ラジエーはコーランにその嘘を誓約することができなかった。

人間の心理は普遍だと前述したけれど、この宗教観の違いは興味深かった。
ラジエーは敬虔なイスラム教の信者で、老人の粗相に対しても、親族でない男性の体をなかなか触ることができない。
このエピソードがあるからこそ、ナデルに「流産が俺のせいだとコーランに誓え」と追い詰められるシーンが活きてくる。

『彼女がいた浜辺』でも感心したけれど、「何が起こったのか」を実際に見せない、そして再現しないところがまた上手いと思う。

ラジエーが外に出てしまった父親を探しあてた時、車通りの激しい中、老人がふらふらと歩き出すシーンだけが描写され、その後は別の画面に切り替わり、ああ無事に連れ戻したんだな、と思わせておいて、終盤で実はラジエーが事故に遭っていたことを知り、脳内補完されていたシーンが覆される。

一番印象的だったのが、ナデルがラジエーを追い出したシーン。
それは玄関の摺りガラスに阻まれ、彼がどの程度の力で押したのか、ラジエーがどのように倒れたのかが殆ど観客には見えないようになっている。
この硝子がタイトルにある「別離」の象徴のようでもある。
ふたつの家族がバラバラになる事件。
その時加害者と被害者はガラス戸によってはっきり分けられる。
ラストシーンも、離婚を決めたナデルとシミンは硝子扉を隔てた別々の廊下で座り込んでいる。

テルメーが母親と父親のどちらについていくのか、その選択の答えを最後まで明かさないのも心憎い。

細やかな人間の心理が紡ぎ出された逸品。
今回もアカデミー賞外国語映画賞受賞に納得。

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2012年04月06日

デビル

B005C2O24Qデビル [DVD]
2011年 アメリカ
監督: ジョン・エリック・ドゥードル
出演:クリス・メッシーナ
   ローガン・マーシャル=グリーン
   ジェフリー・エアンド
   ボヤナ・ノヴァコヴィッチ
   ジェニー・オハラ
by G-Tools


そのビルに集められた理由。

ネタバレ有りです。

ある高層ビルのエレベーターの内のひとつが停止した。
そこに乗り合わせたのは面識のない男女5人。
戦場経験のある整備士トニー。
ブランドの服とアクセサリーで身を固めた美しい人妻サラ。
ビルの警備官として入ったばかりの黒人ビル。
おしゃべりの尽きないセールスマンのビンス。
聞き分けのない老女のジェーン。

エレベーターは整備士が点検してもなぜか動かず、原因不明の停電を繰り返していた。
やがて、その停電のたびにエレベーター内の一人ひとりが殺されていく。
そのビルに別件の事件で捜査に来ていた刑事のホーデン。 
彼は以前ひき逃げにより妻子を失って酒におぼれていた時期があった。
カメラでエレベーター内の惨事を一緒に見ていた迷信深いビルのスタッフはホーデンに告げる。
「これは悪魔の仕業だ」と。

短い上映時間の中で無駄がなくテンポよく進み、緊張感がだんだん高まっていく演出が見事。
凄く面白かった。

オープニングで、上空を逆さまに捉えた「何か」の飛翔シーンがあり、それはやがて件のエレベーター内に入っていく。
この時点で既に悪魔がエレベーターに入りましたよ、という判りやすい説明が成されている。

それでも無論普通の人間だったら、あの迷信深い奴を除いて、悪魔の存在など信じられるはずがなく、だからあの5人の内誰かが殺人犯であると推理を働かせるところは、ミスリードであると判っていても面白い。

ホーデンが調べる内、それぞれの人物に後ろ暗いところがあると判明していく。
トニーはビルに入って来た時に持っていた筈のバッグを所持していなかった。中身は何なのか。
サラは金持ちの夫と離婚しようとしており、それを許さない夫の恨みを買っていたようだ。
ビルには過去に何回も暴力による逮捕歴が。
ビンスは悪徳セールスで何人もの人間を破滅させていた。
ジェーンは実はすりの名人で、このビルでも何人もの財布を盗んでいた。

そんな彼らが同じエレベーターに居合わせたのは偶然ではなかった。
だから悪魔によってその悪人たちは粛清されていく。
もちろん彼らはそのことを知る由もなく、誰が殺人鬼か戦々恐々の状態となる。
この辺りの人間性の現れ方も興味深い。
最初はお調子者のビンスが疑われ、ジェーンは厄介者として扱われ、その二人が死んだ後にサラとビルが結託してトニーを殺そうとしたりする。
そのハラハラ感もまた見所のひとつだ。

そしてとうとう生き残ったのがトニー一人となった時、おもむろに後ろから死んだ筈の老女ジェーンが立ち上がる。
このシーンは声をあげてしまうほどびっくりした!
悪魔はジェーンに取り付いていた。
そして、この中で一番―とするには語弊はあるかもだけど―罪深いトニーを敢えてそのまま残していく。
トニーは実は、ホーデンの妻子をひき逃げした犯人で、その罪悪感をずっと抱えていた人間だった。

そのことを知ったホーデンは、トニーの護送を買って出る。
彼がどうするのか。
この辺りでもまだハラハラさせる演出が憎い。
でもホーデンは
「俺はお前を赦す」と告げる。

「悪魔を信じる。だから同時に神も信じる」
といったこの結末は『ザ・ライト 〜エクソシストの真実〜』と同じで、ホーデンは信仰心を取り戻したというわけではないけれど、悪魔のおかげで自分がずっと追っていた犯人と出会え、その憤怒と憎しみに決着をつけられた。
彼は神を選んだのだろう。
すべてを赦すということを。

それを考えると、非道なことをしたことは間違いないけれど、悪魔はひとつだけ良いことをしたことになる。
そんな想定外の結末も面白い。

人が死んだり傷つけられるシーンは多いものの、それは暗闇の中で行われることが殆どで、グロさが殆どないのがもの凄くありがたかった。
こういった映画が増えてくれますように!

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2012年03月28日

メタルヘッド

B005EJGWE0メタルヘッド [Blu-ray]
2010年 アメリカ
監督:スペンサー・サッサー
出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット
   ナタリー・ポートマン
   レイン・ウィルソン
   デヴィン・ブロシュー
by G-Tools


タマはもうひとつあるじゃないか!

ネタバレ有りです。

TJは二ヶ月前に母親を事故で亡くしたばかりの少年で、傷ついて抜け殻のようになってしまった父親と共に祖母の家で厄介になっている。
学校ではいじめに遭い、最愛の母の形見であるような車はスクラップにされ、どん底にいたTJは、ある日粗野な風貌のヘッシャーという男と知り合う。
ヘッシャーはやることなすこと破天荒で、神出鬼没で、なぜか少年宅に居ついてしまう。
TJは、ある日いじめから助けてくれたレジ係のニコールという薄幸な女性に心を寄せるようになるが……。

一風変わった家族再生の話。
このヘッシャーという男、体はタトゥーだらけ、容姿はキリストのような風貌をしていながら発する言葉は下品なものばかり、どこに住んでいるのか、今までどうやって生きてきたか現在も過去も不明のままだ。

神に遣わされた存在とも言い難いし、でも現実に存在するには世俗に塗れていながらも、どこか浮世離れしているという矛盾を孕んでいる。

『テオレマ』でテレンス・スタンプが演じた青年の逆バージョン、といった感じか。
あれは不思議な存在の青年が突如ブルジョアの家族の前に現れ、全員を魅了して去り、家庭を崩壊させる話だった。
今作のヘッシャーは、役割は異なるものの、『テオレマ』の青年と同じ印象を受けた。

ヘッシャーは、TJのいじめの現場に居合わせ、助けを求められてもそれを無視するし、なのにいじめ相手の車を爆破するあまり意味のないことをするし、TJの想いを知りながらもニコールと寝たりするし、最後を除いて含蓄のある言葉を発しないし、ましてや落ち込んで傷ついている父と子に思いやりを与えたりはしない。

その一見意味がなく、アナーキーな行動は、このヘッシャーという男が何か家族に救済をもたらすことを期待して見ていると唖然とさせられる。
でもその思い通りにいかないのが人生なのだということの表れなのかもしれない。

それでもヘッシャーはなぜかTJの祖母だけにはやさしく、彼女が亡くなった時は唯一人間らしく荒れたりする。
“人間らしからぬ”彼が“人間”の痛みを持つ。
もしかしたらこれはヘッシャーにとっての再生の話なのかもしれない。


だから彼は生前のおばあちゃんと話をした後、その前に起きた父子の諍いで床に飛び散った皿の破片や食物を片付ける。
以前の彼だったらずっとニヤニヤしたまま放っておいたに違いない。

そして最後に祖母のお葬式で、彼はTJとその父親に初めて「意味のある」話をする。
以前事故で片方のタマがなくなってしまったこと。
それで荒れていたが、ある日もう片方のタマがあるんだと気づいたこと。
サオだって使い物になるのだということ。
「あんたたちはお袋をなくした」
でも、まだ大切な人はいる。
まさかタマの話で感動するとは思わなんだ。

そしてヘッシャーはおばあちゃんの遺体が入った棺を奪還し、生前の彼女と約束した通りそのまま散歩に出かける。
それについてきたTJと父親の姿がまた泣かせる。

翌日、TJの父親は、妻がいたころと同じようにヒゲを剃ってさっぱりとし、息子を迎える。
ヘッシャーはいなくなっていた。
屋根に大きく「ヘッシャー、ここにあり」とスプレーで書き残して。

この「天に帰っていた」ような含みを持たせるラストシーン、ヘッシャーは謎だらけの存在ではあったけれど、ここで少し腑に落ちたような気がした。

エンドロールのサイドに描かれた落書きがまた楽しい。
ヘッシャーが話していた蛇に勝ったネズミだったり、射精する男性器であったり、剃毛した女性の股であったり、ユーモアラスで下品で、まさにヘッシャーそのものらしくて笑った。

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2012年03月07日

メランコリア

B006KH6CF4Melancholia
2011年 デンマーク/スウェーデン/フランス/ドイツ/イタリア
監督:ラース・フォン・トリアー
出演:キルステン・ダンスト
   シャルロット・ゲンズブール
   キーファー・サザーランド
   シャーロット・ランプリング
   ウド・キア
   ステラン・スカルスガルド
   アレキサンダー・スカルスガルド
by G-Tools


わたしは終焉を歓迎する。

ネタバレ有りです。

トリアー監督作品ではおなじみのチャプター仕様で、今回は二部構成。
第一章ではジャスティンの結婚式の様子、そしてその日に破局を迎えるエピソードが、第二章では惑星メランコリアが地球に接近し、それに対するジャスティンの家族の動向を描く。

その物語に入る前のプロローグ、8分間のオープニングが素晴らしい。

ゆっくり目を開くジャスティン。
そこに小鳥の屍が降り注ぐ。
庭に一直線に佇む三人の人間。
木の幹のような、泥のような、禍々しい黒い紐状の何かに足を取られて、それから逃れようとするようにウェディングドレス姿で走るジャスティン。
現実には存在しない19番ホールの旗がゆらめくゴルフ場で、わが子を抱えるジャスティンの姉のクレア。
やがて惑星は地球に到達し、そして破滅が訪れる。
ここまでワーグナーのしらべにのせて展開される映像は、この作品を収斂させたものだ。
だから観る側は、地球が終焉を迎えることを予め知らされることとなる。

そんな壮大な「終わり」を知った後でも、第一章のジャスティンの結婚の「終わり」の方がインパクトがあり、胸が締め付けられる。
夫となるマイケルと幸せそのものの笑顔で披露宴に二時間遅刻して到着するジャスティン。
しっかりものの姉クレアとその夫で裕福なジョンは、どうにか式を軌道に乗せようと苦心する。
新郎新婦の挨拶、親族のスピーチ、ケーキカット……
でもひとつひとつが終わる時、あるいは始まる前、ジャスティンの心は沈んでいく。
やがてそのメランコリックな妻の心情は夫の知るところとなる。

じわじわと真綿で締め付けていくように、ジャスティンの不安定さは増していく。
離婚して久しい両親も問題ありで、母親は祝うどころか結婚に対して呪詛を投げつけ、気の良い父親は女性にかまけていて娘の名前を間違える始末。
ジャスティンの上司はこんな慶事の日でも彼女にコピーライターの仕事をさせようとし、お目付け役に仮採用の新人をあてがったりする。
ジョンは披露宴に莫大な費用をかけていることで新婦の行動を非難し、ヒマさえあれば自分の敷地の18番まであるゴルフ場を自慢している。
自分のプランに沿って進まない式に苛立つウェディングプランナーは、めちゃくちゃにしたジャスティンを恨み、「彼女の顔も見たくない」と本当に彼女が近くを通る度に顔の横に手を添えて視界に入らないようにする子供っぽい行動を取る(ここは何だか面白かった)。

そんな中で、ジャスティンは時折会場を抜け出して、ゴルフ場で用を足したり、部屋に篭ってバスタブに身をしずめたり、しまいにはお目付け役の青年と無理やりセックスをしてしまう。
彼女を唯一思いやり、やさしく声をかけ、時には常識的な態度を取るよう言い含めるのはクレアだけだ。
このヒロインを庇護する女性というのは、トリアー作品でよく見られる。『奇跡の海』しかり『ダンサー・イン・ザ・ダーク』しかり。
それでもヒロインが壊れていくというパターンもまた踏襲していて、結局鬱を患ったジャスティンはマイケルを傷つけ、静かに、でもきっぱりと夫婦は訣別する。

この辺りのヒロインの追い詰め具合、空気を読まない親族の振る舞い、何かおかしいことに気づきながらも見過ごして笑顔を忘れない招待客等、トリアーの悪趣味さがよく出ている。

第二章では、クレアの家で、心を病み、ベッドから起き上がれず、好物のミートローフも「砂を食べているみたい」と泣くジャスティンの姿を描きながら、惑星メランコリアの地球衝突の危機という軸が挿入される。

この地球滅亡をもたらすかもしれないメランコリアが出てきてから、ジャスティンとクレアの振る舞いが逆転するのが面白い。

惑星に怯え、夫に幾度も大丈夫なのかを念を押すクレア。
ジョンは余裕の面持ちで妻をいつもなだめ、衝突の可能性を否定する。
でも一方で、もしもの時のために備蓄を用意していることをクレアは知らない。
ジャスティンは、困惑し恐怖に怯える姉を、自分が鬱の時にしてもらったように包み込み、あるいは冷めた目で見つめる。

ある夜、外に出て全裸でメランコリアの光をうっとりと浴びていたジャスティンの姿が印象的。
まるでそれを歓迎するように。
そして誘惑するように。
その時の妖婦のようなヌードは、はっとするほどなまめかしくて美しい。

一度は回避したかに見えたメランコリアが、軌道をかえていよいよ地球衝突することが決定したとき、自分だけさっさと服毒自殺してしまったジョンの弱さが笑える。
その代わり、仕事も失い、伴侶もおらず、裕福なわけでもない、ジョンと正反対といえるジャスティンが、ジョンの捨てた家族、クレアとその息子に寄り添う。

その衝突の瞬間、ジャスティンとクレアと子供はそれぞれ手を繋いでいたけれど、クレアは手を離し、頭を抱える。
彼女は最後まで恐怖に打ち克つことができなかった。

心の闇に耐えられなかったジャスティンが、物理的な終焉は受け入れていたことが印象深い。
同じく鬱になっていたというトリアー監督の
「みんな終わりになっちまえ!」
と言わんばかりのある種の希望がかなったようなラストに納得する。


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2012年03月01日

ヒューゴの不思議な発明

B0088U9BTUヒューゴの不思議な発明 ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:マーティン・スコセッシ
出演:エイサ・バターフィールド
   クロエ・グレース・モレッツ
   ジュード・ロウ
   サシャ・バロン・コーエン
   ベン・キングズレー
   クリストファー・リー
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死んだ父のメッセージを見つけるため、少年は鍵を探した(あれ、なんか最近同じような映画観たぞ)。

ネタバレ有りです。

なぜこういった作品に限って高い料金を払ってしまうのか。
前売りを買ってあったため、3D料金込みで1700円。
今日は映画の日だったからもっと安くあげられたのに。

ヒューゴは最愛の父親を亡くして一人で駅の時計台に暮らす少年。
彼は父が残した壊れかけの機械人形を直すことに余念がなかった。
その道具をそろえるため、ヒューゴはジョルジュという老人の営む玩具店で螺子などをくすねていた。
ある日、ジョルジュが親代わりとして育てているイザベルという少女と出会い、彼女が持っているハート型の鍵が、機械人形を動かすことのできる最後のパーツだと気づくヒューゴ。
鍵をさしこむと、人形は紙にペンを走らせた。
それは映画『月世界旅行』のワンシーンだった。

この月の目にロケットが突き刺さる『月世界旅行』だとか、リュミエール兄弟が作ったスクリーンに汽車が到着するだけの映画『ラ・シオタ駅への列車の到着』だとか、映画ファンでなくとも一度は目にしたことのある有名な作品が出てきてワクワクさせられる。
でもそれはただ「出てくる」だけで、ラスト近く、失われた筈のジョルジュ・メリエスの作品がどっと流される感動する筈の場面においてもそれは同じだ。
何だろう、そこまでいくのにそれほど雄弁に映画愛が語られているとは思いにくいからか。
例えば映画史に残る名ラストシーン『ニュー・シネマ・パラダイス』と比べると、それまでの思い入れや伏線がこちらは断然弱い。

それを弱めている原因のひとつに、けっこう無駄なシーンが多いのが挙げられる。

ヒューゴを執拗につけ狙う鉄道公安官との追いかけっこが何回も繰り返され、その上やたら長いし、汽車が窓を突き破って暴走するところは『ラ・シオタ駅への列車の到着』のオマージュなんだろうけれど夢オチときたし(しかもその夢オチが連続2回ときた)、上記ふたつは3Dの効果を見せたいがためのものと思われる。

犬を飼っているカフェの女主人と、彼女に恋をしているらしい男性の件は何か意味があったのかさっぱり判らない。

チェイスを楽しむ「子供向け」要素と、昔を懐かしみ、古き映画を賛美する「大人向け」要素がしっくりいっていない。

3D効果も、時計台の吹き抜け部分の奥行き感と、サシャ・バロン・コーエンの迫り来るドアップと、まさか飛び出てくるとは思わなかった昔の映画のワンシーン以外は取り立てて見るところもない。

役者は安心して観ていられる面々で良。
でも公安官役のサシャ・バロン・コーエンのアクが強すぎて、彼ばかり気になってしまった。良くも悪くも。
そしてヒューゴ役のエイサ・バターフィールド。どこかで見た顔だと思っていたら『縞模様のパジャマの少年』の子だった。
しばらく見ない内になんて大きく…… 大きくなってない!全然変わってない!そちらの方にびっくりだ。

とりあえず期待しすぎて裏切られた感じ。
まあ自己責任だけど……。
なぜこんなに評価が高いのか、理解に苦しむ。

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2012年02月24日

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

B006HYN2RQものすごくうるさくて、ありえないほど近い [DVD]
2011年 アメリカ
監督:スティーヴン・ダルドリー
出演:トム・ハンクス
   サンドラ・ブロック
   トーマス・ホーン
   マックス・フォン・シドー
   ヴィオラ・デイヴィス
   ジェフリー・ライト
by G-Tools


Are you there?

ネタバレ有りです。

今年の傑作、1本目。
というか、今年はもうこれ以上の作品に出会えないような気がする。

オスカー・シェルはニューヨークに暮らす少年。
9.11で最愛の父親を亡くし、その喪失感を埋められないでいる。
でもある日、そのままにしてある父の部屋で、封筒に入った鍵を見つける。
封筒には“ブラック”と記されてあった。
これは父親からの何かのメッセージであるに違いない。
そう確信したオスカーは、ニューヨークに住む“ブラック”という名前の472人を順に訪ね歩くことにした。

とにかくよくできた原作であり脚本であると思う。
少年が無謀な探検を開始するのも、父親が生前彼にそのような調査探検―ニューヨークの6つめの行政区の位置を調べさせること―を課し、その遊びに興じていたという前置きがあったからだし、オスカーがアスペルガーの検査を受けていたという事実も、その特徴のひとつである、ひとつのことに熱中する気質を物語っている。
それゆえにとても聡明なオスカーは、とても繊細であり、とても傷ついている。

“ものすごくうるさい”―それは9.11の音。
飛行機、高いビル、叫び声、親といない子供、エレベーター、ブランコ、橋、見上げる人―
「音」でないものも、外に出たオスカーをひどくうるさく取り囲む。
悪夢の奔流のように。

その苦手なもの、地下鉄であったり橋であったり、それを乗り越えられたのは、祖母の家の間借り人である、しゃべることのできないおじいさんがオスカーに同行したからだ。
やがてオスカーは、その間借り人が自分の祖父であることに気づく。

“ブラックさん”たちは実にたくさんいた。
一人目の、夫とうまくいっていない様子の黒人女性アビー・ブラック。
同じ人の絵を描き続けているアストリッド。
ハグ好きで合計17回もオスカーを抱きしめたヘクター。
コインを集めるのが趣味なのに、それを買うお金がないレイモス。
男であり女であるクィアの人。
何十人ものブラックさんは、事情をきいてオスカーを励まし歓迎する。
もちろん中には怒鳴り散らして門前払いを食らわせたリー・アンのような人もいたけれど。

でも実は、一人目のアビーこそが、いやその夫ウィリアムが鍵穴の持ち主だった。―ありえないほど近い。
それはウィリアムとその亡くなった父親との絆をつなぐ何かが入ったものを開ける鍵で、たまたまアクシデントで手に入れてしまったオスカーの父親とは何も関係のないものだった。
その結果に失望し、今まで作った調査ノートや地図を破り捨てて泣き叫ぶオスカー。

でもそんな彼を抱きしめなだめた母親が、実はオスカーの探検に気づいていて、先回りしてすべてのブラックさんたちに事情を説明していたことが判明するシーンはひどく感動的。

それまで母親は、父親ほどにはオスカーと密接な関係が築けず、9.11の後は抜け殻のようになってしまい、幾度かオスカーと口論する描写が成されている。
それはオスカーの主観だ。
だから彼女の息子を想う愛の深さにようやくこちらも気づかされる。
その愛は、すぐそばにあった。―“ありえないほど近い”

オスカーは自分を責めていた。
あの最悪の日、父からの電話を恐怖のあまり取ることができなかったことを。
つんざくような電話のベルの“ものすごくうるさい”音は、“ありえないほど近く”にいた家族―母親、祖母、そして戻って来た祖父―の愛によって癒されていく。
ラストシーンのブランコをおもいきり揺らして笑顔を見せるオスカーにそんな希望を見出せた。

主演の少年トーマス・ホーンは奇跡の演技を見せ、間借り人役のマックス・フォン・シドーは台詞がひとこともないのに人生の辛さと深みと時にはユーモアを見せてこれまた見事だったし、トム・ハンンクスとサンドラ・ブロックは安定した存在感、『ダウト 〜あるカトリック学校で〜』で凄い印象を残したヴィオラ・デイヴィスは泣き顔の上手さは健在、誰もが素晴らしかった。

時にはあざといと思わせるくらいに場面を盛り上げる音楽も良かったし、大満足の一本。
スティーヴン・ダルドリーに外れなし。

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2012年01月11日

B005BXSD32Yumurta (Egg) (2007) [DVD]
2007年 トルコ・ギリシャ
監督:セミフ・カプランオール
出演:ネジャト・イスレーシュ
   サーデット・イシル・アクソイ
   ウフク・バイラクターシュ
   トゥリン・ウゼン
by G-Tools


今度は卵を割らないで。

ネタバレ有りです。

ユスフ三部作の第一作目。
蜂蜜』 『ミルク』の主人公の壮年期を描く。

イスタンブールで暮らすユスフに、母の死を知らせる電話がかかってくる。
葬儀にかけつけた彼は、そこで母の面倒をみていたという若い親戚の女性アイラと知り合う。
すぐに故郷を離れるつもりだったユスフは、色々な手続きやトラブルに巻き込まれ、そこに滞在せざるを得なくなった。

冒頭、老女がまっすぐこちらに向かってやって来て、そして不思議そうに辺りを見渡しながら、別の道で戻っていくシーンがある。
あれはユスフの母親が黄泉に向かって歩く様子だろうか。
あの魅力的な母親が死んでしまったことにショックを覚えた。

大好きな母と離れて暮らすユスフに『ミルク』からどんな心境変化があったのか。
詩人にはなれたものの、今はスランプで古本屋で仕事をしているユスフ。
三作を通して彼の薄幸な風情は相変わらず。でも年をとって落ち着いたやさしい態も見られ、その神に見捨てられたままではなかった人生に安堵する。

そう、こんなごくごく平凡でこれといった取り得もない(詩人は凄いことだけれど何せスランプ中)人物の地味極まりない人生模様を映画として完成させてしまったのは凄い。
しかも時代を遡って描くという手法で。


わたしは日本公開された時と同じ、つまりユスフの少年期から見たけれど、壮年期や青年期で見られる数々の伏線をちゃんと拾っていることに感心した。
ユスフの障害のあらわれだとか。
役柄は違うけれど、女優は同じアイラ役の人が『ミルク』でユスフと会っていたりとか。
逆に『ミルク』や『卵』でほぼ存在しなかった父親(まあ死んでいるから当然だけれど。言及も殆どなかった)が、『蜂蜜』で驚く存在感を示していたのも嬉しい驚きだった。

ユスフとアイラの間には、親密なものが形成されつつあり、アイラに横恋慕する青年が嫉妬してユスフの車のワイパーを折ってしまったりもする。
けれどそれは恋愛には見えず、まるでユスフが母親との絆をアイラとの間で取り戻したようでもある。

それが暗示されているのは、ラストにアイラからユスフに手渡される卵。
初めの方で、ユスフは卵を故意になのか、下に落として割ってしまう。それは母の葬儀の前後のことだ。
一度母の死によって壊れた関係を、ラストではしっかり卵を手に包むことによって取り戻したのだと。そう解釈した。

屠られし羊の儀式等、やはり宗教的なものをにおわせるのも三部作に共通する。
第一作目としても、ユスフの成長の物語としても感慨深い一作だった。


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2012年01月10日

ミルク

B005SE476QSut (Milk) [DVD]
2008年 トルコ・フランス・ドイツ
監督:セミフ・カプランオール
出演:メリフ・セリチュク
   バシャク・コクルカヤ
   リザ・アキン
   サーデット・イシル・アクソイ
by G-Tools


ミルクを配らなかった理由。

ネタバレ有りです。

蜂蜜』のユスフは青年となり、母親と牛乳配達をしたり、乳製品を売ることでかろうじて生計を立てていた。
ユスフは詩人を夢見て雑誌に投稿。果たして掲載されども、それで食べていくことはできなかった。
そんな折、母親は町の駅長と親しくなる。
二人の関係に不審と不安を覚えるユスフ。
だんだん彼はメンタル面でもフィジカル面でも不安定になっていく。

『蜂蜜』と同様、台詞はきわめて少なく、状況説明もほぼないままで、それでも美しい風景と人物の哀しそうな瞳を長まわしで見せることでゲージュツ的な何かを訴えてくる作品。
でももうハッキリ云う。
この作品はタイクツだ。


それでも、なぜか無駄な鑑賞時間だったと罵る気持ちはまったくなく、あの少年が成長した姿は感慨深く、退屈なシーンも目を離すことができなかった。

全体的・表面的なストーリーはほぼ平坦であるけれど、逆に内に秘められたものはけっこう濃いと思う。

母親への思慕と、彼女に恋人ができたことへの不安はさまざまなシーンで現れてくる。
母が牛乳配達をしていた筈のお得意さんに、牛乳が届いていなかったこと。
見知らぬ車に乗り込むのを目撃したこと。
テーブルの上の客用のカップ。
まるで聖母のように思っていた母が「女」であることを認識させられるできごとだ。

冒頭、女性(ユスフの母?)が木の上に吊り上げられて、口から蛇を吐き出すショッキングなシーンがある。
あれはユスフの夢だろうか。
姦淫の罪を唆した蛇が母親の体内に巣食っていたのだと。
そうユスフは感じていたのかもしれない。


そしてラストシーン近く。
まるで天使の羽のように羽毛が舞う中で、聖母のようにほほえむ母親をユスフが見るシーン。
一見とても清らかで美しいその姿を見て、おなじく微笑するユスフ。
でも実は彼女は鳥をしめて羽を毟っているだけだった。
その現実に、息子はショックを受けたような表情をする。
マリアであった母親の偶像が完全に破壊されたシーンで印象深い。

こうして密な二人の親子の糸が途切れる形で第二作目は終わる。
ラストシーンの長まわし、ヘルメットライトが観客側にずーっとあてられるシーンにいたっては、何が言いたいのかさっぱりで、それぞれのシーンの意図を汲み取ろうとがんばると、かなりしんどい作品でもある。
でも決して嫌いではない。

cocoroblue at 16:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年01月08日

蜂蜜

B005OMJQ9U蜂蜜[DVD]
2010年 トルコ/ドイツ
監督:セミフ・カプランオール
出演:ボラ・アルタシュ
   エルダル・ベシクチオール
   トゥリン・オゼン
by G-Tools


ミルクが飲めるようになるまで。

ネタバレ有りです。

ユスフは森の中の家で両親と暮らす幼い少年。
養蜂家の父親の仕事を手伝い、眺めることがとても好きだった。
けれどある日その父親が森で忽然と姿を消してしまう。
その日を境に、ユスフは言葉を失ってしまう。

体感時間がひどく長く感じられる映画で、退屈だと云ってしまえばそれまでだけれど、観念的で、美しい一枚画のようなシーンが多く見られるこの作品は、決して駄作ではない。

学校で上手く教科書を読むことができた子に与えられるバッヂがどうしてもほしい件は、少年期の瑞々しさが活きている。
吃ってしまい思うように音読できないユスフをみんなが笑う。
唯一彼を嗤わなかった隣の席の少年はとても良い子でありユスフの味方だ。
でもそんな彼を、自分の父親が目をかけたからといって宿題を横取りしてしまう。
その後後悔したと見られるユスフは宝物の船の模型をそっと彼に贈る。
そんなユスフが最終的に、やはり吃音を発しながらもバッヂを与えられるシーンは、少年の成長の象徴のようだ。

けれどユスフは神に見放された子供でもある。

先ず親が生計をたてている養蜂に欠かせないハチが森から姿を消し、ついで父親も失踪してしまう。
冒頭、父親が木から落ちそうなシーンがあり、ユスフは夢の中で、父親が墜落するのを目撃する。
最愛の父親とすごした森は、その大切な父親を奪う地でもあった。

鈴をかきならす聖なるユスフの姿は、泥にまみれた赤茶けた水溜りに映る影になり、バケツの中の水に映る月はどうやっても手で掬い上げられない。
少年のまっすぐなまなざしは受け入れられないかのように。

気丈な母親も、夫の死を予感し、うちのめされる。
そんな母を気遣い、それまで飲むことのできなかったミルクをユスフは飲み干す。
それさえも一瞥されない少年の孤独はここに極まれる。

父親の死が判明し、ユスフは森に入る。
そこはいつしか父と一緒に見たスミレや神々しい姿をした鹿は存在せず、まるで『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『アンチクライスト』のような鬱蒼とした森だ。
決して聖地とは呼べないそこで、まるで贄のように木の股で横たわる少年。
そうして『ミルク』で彼は成長した姿を見せる。

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2011年12月27日

みんな元気

B00472MEOCみんな元気 [DVD]
2009年 アメリカ
監督:カーク・ジョーンズ
出演:ロバート・デ・ニーロ
   ドリュー・バリモア
   ケイト・ベッキンセール
   サム・ロックウェル
   メリッサ・レオ
by G-Tools


家路へ。act2。

ネタバレ有りです。

オリジナルは未見。
それにしても、これだけのキャストがそろって日本では劇場未公開だったことが驚かされる。
しかもけっこう良い出来だというのに。

週末を子供たちと過ごすために、庭を整えたり、ワインを選んだり、バーベキュー用のゴツい機械を600ドルで買ったりして準備を進めるフランク。
でも4人の子供たちは、それぞれ理由があってすべて帰省をキャンセル。
そこでフランクはサプライズとして、それぞれ遠くに暮らす彼らに会いに行くことにした。

なんだかツボにはまってしまい、号泣してしまった作品。
フランクが子供たち一人ひとりに会うたびに、昔の姿で駆け寄ってくるシークエンスが、これが何回もやられても涙腺直撃されてわんわん泣いた。
親にとっては、子供っていくつになってもいとけない存在のままだということがよく判る。

でも子供たちは父親に秘密を抱えている。
だからフランクに何かと理由をつけて長期滞在を断るようにしている。
でもそれは年老いた父を邪険にしているのでは決してなく、長男のデイヴィッドがドラッグ絡みのトラブルで外国に拘留されていることを秘密にするためだった。

それだけでなく、プライベートでもそれぞれ問題を抱えているのが垣間見えるのが興味深かった。

長女は広告代理店の重役として成功をおさめ、聡い息子にも恵まれ、幸せに暮らしているかにみえて、実は夫とは別居しており、その理由も彼の浮気によるものだった。

次男はオーケストラでコンサートに忙しい身。
でも父親が期待していたような指揮者でなく、パーカッション担当。

次女はベガスでダンサーとして成功、昔からの夢を実現させていた。
でも実は父親に秘密で赤ちゃんを産んでおり、今のパートナーは女性だった。

誰もが父親に心配させたくないから、失望させたくないから嘘をつく。
そしてその嘘をすべて父親は見抜いていた。
その打ち明け話を、発作を起こして意識が朦朧とする中、昔の子供のままの姿の息子や娘たちと交わすシーンは上手かった。
寂寥感がありながら、大人独特の生々しさをうまく緩和させている。

そして目が覚めたときに突きつけられる現実。
デイヴィッドは結局薬物の多量摂取によりメキシコで死亡していた。
彼だけ現在の姿をそれまで映さなかったけれど、フランクの夢の中ではじめて大人の彼の姿がワンシーンだけ現れ、結果それが強く印象に残るようになっていた。

電線のコーティング業で4人の子供を立派に育てたと自負していたフランクが、亡きデイヴィッドの絵画を見るシーンがまた良かった。
そこには白い背景に、くっきり電柱と電線を黒で描いた父親に対する愛があふれた作品があった。
ここでまた泣かされた。

そして秘密を打ち明けあい、何もかもわだかまりを解いた家族は、クリスマスに一同に介する。
ファーストシーンで成されなかったことがラストシーンで成就する何とも嬉しい演出。
繰り返すけれどこれが未公開なことが信じられない。

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2011年12月24日

クリスマスのその夜に

B008RW9Z1Sクリスマスのその夜に [DVD]
2010年 ノルウェー=ドイツ=スウェーデン
監督:ベント・ハーメル
出演:トロン・ファウサ・アウルボーグ
   クリスティーネ・ルイ・シュレッテバッケン
   フリチョフ・ソーハイム
   サラ・ビントゥ・サコール
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家路へ。

ネタバレ有りです。

冒頭、子供とその母親の頭部に狙いを定めて引き金を引こうとしているスナイパーのシーンで始まって、その意外性にまず驚かされた。

あとは何組かのカップルや家族の話で展開される。

別れた妻と子どもたちにどうしても会いたい男。でも妻には既にパートナーが。
その彼を殴打し、サンタの扮装をして家族と触れ合う。

クリスマスも顧みず仕事をする医師。
あるコソボ出身のカップルの出産に立ち会う。
祖国に帰れば殺されるという彼らに医師は車を与える。

イスラム教徒だからクリスマスを祝えない黒人の少女。
彼女と一緒にいるために、自分もそうだと嘘をついて家族とのディナーより少女との時間を優先する少年。

クリスマスには妻と別れるといった甘言にのぼせあがって情熱的なセックスをする不倫カップル。
でも男は妻と愛人両方を愛しているとのたまう。

かつてサッカーの名プレイヤーだった男は、今では故郷に帰る電車賃さえなく、路頭をさまよっていた。
そして偶然トレーラーハウスで昔の恋人と遭遇する。

こうした群像劇に必要なのはある程度の上映時間だと思う。
それを90分程度にしてしまったのは無理があった。


ベント・ハーメルはまだ2作品しか観ていないけれどけっこう好きな監督さんで、お得意の北欧の寒々とした風景、それに反するようなほのぼのと暖かい人々の挙動やふれあいの描き方が好みだった。
この作品でもそれは存分に発揮されているものの、各エピソードが短すぎて、消化不良になってしまった感がある。

妻と愛人に同じ赤いストールを贈って、それを身に着けた二人が教会ではちあわせ(愛人が乗り込んでいったのだけど)した何ともユーモアラスなシーンは気に入った。この監督さんらしい。

あとはほぼ哀愁の残るエピソードばかりで、故郷にようやく迎えた元サッカー選手が電車内で死亡するところは若干唐突感があった。
でも年老いた二人の両親がいるということが判る終盤、あの写真立ての伏線に気づかなかったのは愚かだった。
ちゃんと初めのシーンで、彼がウィンドウケースに飾られたサッカーユニフォームに自分の姿を照らし合わせていたヒントがあったというのに。

よく判らなかったのがコソボの夫婦の妻。
彼女がファーストシーンに出てきたスナイパーであることがラストに明かされる。
そして彼女は結局引き金をひかなかったということも。
何の職業についていて、どうして夫と知り合ったのか。故郷に帰ると殺されるのはなぜなのか。
アルバニア人とセルビア人ということから、対立している民族だということはわかるのだけど、そこにスナイパー要素が出てきて少し混乱した。
でも結局子供を撃たなかった彼女だからこそ、異郷の地で自分の子供を無事に生めたということなんだろうか。

まあ色々書いてきたけれど、クリスマスはやっぱり特別な日なんだろうと認識させられた。
特別な日だからこそ、愛する人に会いたい。家族に会いたい。
そんな普遍性が素敵。   

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2011年11月16日

ラビット・ホール

B004V4LCFIラビット・ホール
2010年 アメリカ
監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演:ニコール・キッドマン
   アーロン・エッカート
   ダイアン・ウィースト
   サンドラ・オー
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うさぎの穴に落ちた先はパラレルワールド。
今の世界は悲劇バージョン。
別の世界では、わたしもあなたも幸せに暮らしている。

ネタバレ有りです。

幼い子供ダニーを事故で失ったハウイーとベッカの夫婦。
傷が癒えない二人。
同じく子供を失った人たちの集まるグループセラピーにもベッカは馴染めなかった。
そんな時、自由奔放なベッカの妹の妊娠が判明する。
複雑な心境の彼女の前に、ある日ダニーを轢いてしまった高校生のジェイソンが偶然現れた。

ガーデニング。
そして作中繰り返されるお菓子づくり。
それはベッカの専業主婦たる姿が強調されている。
つまり、哀しみの逃げ場のないということ。


夫に「あなたには仕事があるからまだいい」
と詰ってしまう彼女が、良き主婦であればあるほど、家の中で亡き息子のあとかたに追いかけられる。
そして気分転換に外に出かけた時、意気揚々と黒いお仕事スーツを着てキャリアウーマンのいでたちで元の職場を訪れる彼女の意味がよく判るようになっている。
そこでもかつての仲間は離散し、ベッカは結局取り残されてしまうのだけれど。
そんな彼女がダニーの遺品を次々に手放していく様子がとても哀しい。

対して夫は息子の面影にすがりつく。
セラピーにも一人で参加し続ける。
二人目の子供を作ることも考える。
ベッカとはまったく逆の悲しみのベクトルと、それでも前向きな気持ちを持つハウイーは次第にすれ違っていく。

妊婦の妹、自らも息子を失った母親(でも彼は30歳で、薬に溺れたためだった)も慰めにはならず、居場所を失ったベッカは、なぜか“加害者”であるダニーと語らうことで心を落ち着かせていく。

誰が悪いわけでもなく、最悪な偶然が重なっただけの事故で、少年もまた心を痛めていた。
彼が描くコミックには、いくつものラッパのような穴があって、それはたくさんのパラレルワールドに通じている。
一方では不幸だけれど、もう一方では楽しく僕らは暮らしている。
そんな物語に身を置きつつあるベッカ。

彼女は常にぴりぴりと神経を尖らせていて、今にも爆ぜてしまいそうなあやうい爆弾を抱えている。
そんなベッカが慟哭するのは、プロムに出かける楽しそうなジェイソンの姿を遠目に見てしまった時。
少年を責めることなどいっさいしなかった彼女の、それでも奥底にあったかすかな憎悪、そして取り残されてしまった孤独感、事故を目撃したあのときのフラッシュバック、それらすべてが重なった胸に詰まるシーンだ。

それでも彼女は少しずつ再生していく。

「悲しみはなくなる?」
「いいえ。でも変化する。
耐えやすくなるの。
今はこんなに重い石でも、いつかポケットの小石に変わる」

母親とのこの語らいがすべてを表している。
なくならない哀しみ。
でも人はそれぞれその置き場所を見つける。


ラスト、ハウイーとベッカは、身内や友人夫婦、その子供たちをよんでガーデンパーティーをする。
「つらい日になる」
それでも笑顔で彼らはその日を過ごす。
幾度か訪れるであろう通過儀礼のために。
ずっと伏線として、子を亡くしたベッカに連絡を取ることのなかった彼女の友人が会話の中だけで語られてきたけれど、それがようやくこのシーンで姿を現す。
笑顔で抱き合う彼女たち、そしてラストシーンで手をつなぐハウイーとベッカの夫婦の姿に再生の予感が暗示されている。

ドラマの見せ方の上手さ(ファーストシーンのガーデニング、実家に預けられた犬、前述したベッカの元職場訪問等次第にストーリーが明かされるにつれて判ってくる描写)、ニコール・キッドマンの演技、ジョン・キャメロン・ミッチェルお得意のカートゥーンの印象深さ、どれも見ごたえあり。

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2011年11月07日

ミッション:8ミニッツ

B005MH1KICミッション:8ミニッツ ブルーレイ+DVDセット
2011年 アメリカ
監督:ダンカン・ジョーンズ
出演:ジェイク・ギレンホール
   ミシェル・モナハン
   ヴェラ・ファーミガ
   ジェフリー・ライト
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箱の中の猫は死んでいるか。

ネタバレ有りです。

観終わって頭に浮かんだのが、シュレーディンガーの猫だった。
とは云え、頭の悪すぎる根っからの文系のわたしに理にかなった説明はできないけれど。

列車爆破テロの8分前の世界に戻ることのできる装置ソースコード。
実はそこからパラレルワールドが発生していた。

列車が爆破した世界。
テロを未然に防いで乗客が無事だった世界。
後者で主人公コルターは、乗客の一人であるショーンという男に“上書き”されて生きていく。

事件の8分前に戻った世界では、まだ蓋が開けられていない。
だから猫が死んでいるのかどうか判らない。
猫が死んでいる=元の世界
猫が生きている=パラレルワールド
その後重なり合った世界が分岐されるのがとても面白いと思った。
いや、本当にシュレーディンガーの猫理論を把握して書いていないので、凄い見当違いな意見かもしれないけれど。

とにかく短い上映時間に感動やドキドキハラハラ感やせつなさを詰め込んだ良作。
月に囚われた男』に続くダンカン・ジョーンズ監督の成功作だと思う。

8分間のミッションを繰り返す内に、コルターがクリスティーナの話に合わせられるようになったり、コーヒーがこぼれるのを未然に防いだり、切符を言われる前に車掌に差し出したりする一連の動作がスマートになっていくのが可笑しい。
そして笑顔の素敵なクリスティーナに惹かれていくのも自然な流れだ。

何度も訪れる爆破の瞬間が、最初はただ凄惨であるけれど、時に主人公たちが二人見つめ合って最後の1分をどう過ごすか話しながら炎にまかれるシーンは美しくさえある。

その美しいシーンの最たるものは、最後のミッションでの乗客の笑顔のストップモーションだろう。
乗客の一人であるコメディアンに芸を披露させるコルターのはからいが泣ける。
彼はその間クリスティーナとキスをする。
なんて素敵な場面なんだろう!
そしてここで終わると思わせておいて、そこから続きのあるパラレルワールドにつないでいくのは見事としか云いようがない。

父親への思慕、言ってしまって後悔した言葉、謝罪と感謝を伝えるところも感動的だ。

ソースコードを操作するグッドウィンがだんだんコルターに入れ込んでいくのも良い。
この辺の表情の変化をヴェラ・ファーミガは流石の演技で見せる。

変則的なハッピーエンド、でもどこかせつないラストの余韻もたまらない。
良い映画を観た。

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2011年11月02日

ウィンターズ・ボーン

B006M9VXWMウィンターズ・ボーン スペシャル・エディション [DVD]
2010年 アメリカ
監督:デブラ・グラニック
出演:ジェニファー・ローレンス
   ジョン・ホークス
   ケヴィン・ブレズナハン
   デイル・ディッキー
   ギャレット・ディラハント
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必要なのは、つめたい骨。

ネタバレ有りです。

リーは17歳の少女。
まだ幼い弟サニーと妹アシュレー、そして心を病んでしまった母親の面倒を見ている。
父親はドラッグの売人をしていたため逮捕され、保釈期間中に失踪していた。
家と森とを保釈金の担保にしていたため、一週間で立ち退きを命じられてしまう。
家族を守るため、リーは父親を探しに出た。

薪割りを女手ひとつでこなしたり、その日食べるものにも困窮したり、その貧困さは驚くべきものがある。
でもリーは妹の勉強を手伝い、家事をやってみせて覚えさせ、弟には獣を狩って解体する術を教え、生活の術を伝授する。
決して他人に食べ物を請うようないやしい真似はしないようにと諭すプライドも持ち合わせている。
なのに彼女は過酷な試練に落とされてしまう。

父親の兄であるティアドロップも、遠縁の村の権力者も、その周りも皆ドラッグや暴力に塗れている。
その大人の中に単身で乗り込んでいくリーのまなざしはいつだってまっすぐで強い。
けれど首をつっこむなと首根っこを掴まれたり、決して近づいてはならない人物に接触しようとしただけで顔をボコボコに殴られたり、その瞳が怯み潤むときに、この少女がたった17歳であることを思い知らされて辛い。

そんな彼女に最大の試練がやってくる。
どうやら父親はどこの誰かは知らないけれど何者かに殺されてしまっていることが判る。
でもその死体がないと、担保の家と土地が取られてしまう。
どうしても彼の“骨”が必要だった。
その父親の死体の在り処を知る者が、あろうことか娘のリー自身に湖に沈んだ死体を引き上げさせる。
そしてチェーンソーでその両手を切断し、証拠として警察に提出させる。
この時の悲痛なリーの表情が忘れられない。
切断した後の呆然とした姿に、かつて彼女を殴った女もそっと上着をかけてやる。
通過儀礼と呼ぶにはあまりに酷すぎる出来事だ。

彼女が弱音を吐くのは、一度きり。
廃人同様の母親に「お願いだから答えて。これからどうすればいいの」と嘆願するシーン。
なのに答えは返ってこない。
それを承知でもやはり誰かに頼らずにはいられない少女の涙が胸を抉る。

そんな中、伯父のティアドロップがリーの身を案じて色々動いてくれたのが救いか。
結局父親の骨探しも、遠縁の親戚たちが手伝う結果となった。
一族の結束と絆は強いけれど、彼らはならず者の寄せ集めでしかない。
そのミニマムな世界で生きるしかないリーの人生。


馬が象徴的に使われているのも印象深い。
リーの家の前には馬のモチーフの飾りがある。
アシュレーがトランポリンで一緒に遊ぶのは馬のぬいぐるみ。
そして父親が遺した手彫りの馬の置物。
それは父親そのものを投影しているんだろうか。
だから最初のシーンで、リーが飼葉を与えられなくなった愛馬を隣の家に譲るところは、そのまま父親の不在を、そして損失を示唆しているような気がした。

とりあえず家を手元に残せたリーは、弟と妹を抱いてポーチに座る。
これからも彼らの面倒を見なくてはならない。
でもそれがあるから彼女は生きていける。

画面は終始色を失った鈍色に塗れている。
この沈鬱な世界を語るように。
でもエンドロールで、今まで見られなかったピンクの花をつけた木が映し出される。
エンドロール後に映るアシュレーの頑是無い笑顔とともに、最後の最後で映画に救いがもたらされる。
それに安堵する。

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2011年10月14日

親愛なるきみへ

B0068CC9S0親愛なるきみへ [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:ラッセ・ハルストレム
出演:チャニング・テイタム
   アマンダ・サイフリッド
   ヘンリー・トーマス
   スコット・ポーター
   リチャード・ジェンキンス
by G-Tools


彼が最後に思い浮かべた顔。

ネタバレ有りです。

ファーストシーン、戦場で被弾した主人公ジョンの薄れていく意識の中でのモノローグが入る。
「僕が最後に脳裏に浮かべた顔は……あなただ」

ここで、この話は恋愛ものだということくらいしか知らないわたしは、当然この「あなた」はヒロインであるサヴァナのことだと思ってしまった。
そして日本語訳に違和感を持つ。
ふつう恋人への二人称なら、「きみ」って訳さないかな?と。
事実、邦題は『親愛なるきみへ』なのだから。

そしてそれは物語後半で解明される。
ジョンがこの時思い浮かべた顔は、恋人ではなく、彼の父親だった。

だからこれは遠くに離れた恋人同士よりも、父と息子に重きを置いたドラマなのだと思った。

なので、ジョンとサヴァナの恋がまるっきり心に残らない。
戦場に行ったジョンと文通という古風なやりとりで繋がっていたサヴァナは、ある日突然別の人と婚約したことを告げ、彼らの恋は終わる。
けれど彼女が結婚した相手は、隣家に住むティムで、しかも余命少ない病気に冒されていた。
彼には前妻が見捨てた知的障害を持つ息子がいた。
二人が結婚したのは、その息子のためという一面もあった。

「残酷な選択だ」
とジョンが呟くように、純粋な恋愛を放棄したサヴァナはすばらしい人格者なのだろうけれど、どこかそれは地に足のついていない小娘のようにも感じる。
事実、彼女は親の土地を解放して子供たちの乗馬スペースにしようと理想を語り、それを実現するも、金が底を尽きて1年でそこを閉めることを余儀なくされてしまう。

ティムの息子のことについても、相当の覚悟や葛藤があったのだとは思うけれど、それを映画の中で読み取ることはできなかった。

その分、ジョンと息子の細やかな感情のやりとりに心が奪われる。

軽い自閉症のような障害を持つ父親のことを、その事実をサヴァナに指摘されて激しく怒りを露わにするジョン。
毎週曜日ごとに決まった食事メニューにつきあい、父親から貰った価値あるエラーコインも最後まで離さない。
病室から出された、もう命の尽きかけようとしている父親にジョンがファーストシーンと同じことを話しかける場面は滂沱の涙が。

この父親を演じたリチャード・ジェンキンスが素晴らしい。
最初の登場シーンだけで、何の説明もないのに、この人は通常の人とは少し違っている、ということを表現していて見事。
最近この人の演技はハズレがまったくない。
サヴァナ役のアマンダ・セイフライドサイフリッドは、その零れ落ちそうな大きな魅力的な瞳に魅せられるも、役柄、演技ともに見所なし。
主人公にいたっては、悪くはないけれど、まったく印象に残らず残念。

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2011年10月05日

スリーデイズ

B006ME0A9Eスリーデイズ [Blu-ray]
2010年 アメリカ
監督:ポール・ハギス
出演:ラッセル・クロウ
   エリザベス・バンクス
   ブライアン・デネヒー
   レニー・ジェームズ
   オリヴィア・ワイルド
   タイ・シンプキンス
   ヘレン・ケアリー
   リーアム・ニーソン
by G-Tools


すべては、彼女のために。

ネタバレ有りです。

すべて彼女のために』のハリウッドリメイク作。
さすがはポール・ハギス。手堅い仕事をしている。

物語の骨格はオリジナルとほぼ一緒。
そこにハギスらしい肉付けがしてある。

初めに主人公ジョンと妻のララ、そしてもう一組の夫婦を配置して、女性同士では諍いが起きやすい、対立が生じることを伏線として描き、その後ララが女性上司を撲殺したと間違われる事件に繋げていく。
そしてジョンが冤罪なのに20年の服役が確定してしまった妻のために脱走計画をたて、その準備として新たなエピソードを盛り込んでいる。
ネットで仕入れた情報により、何でも開けてしまう鍵を作って“練習”し、それが失敗してあわや見つかるところだったというハラハラした場面だったり。
チンピラに食い物にされて金を奪われ、逃走資金が足りず、銀行前で強盗を働こうかと考え、でもぐっとそれを抑える場面であったり。

オリジナルを見ているのだから、この後どういう展開をし、どんな結末を迎えるのか判っているのに、こんなに手に汗を握らせ、主人公の計画が上手くいくように祈るようにして観させてしまう監督の手腕はさすが。

そして結末を知っていると書いたけれど、ここら辺、独自の展開が待っていて肝を冷やされる。
何とかララを外に出したジョンは、子供つながりで知り合った女性宅に預けた息子を迎え、すぐに空港に向かって高飛びする予定だった。
かつての脱獄王に教わった極意、逃走してから35分以内に空港に着かないと警備が張り巡らせられ、それ以上のロスは命取りになってしまう。
だから1分も無駄にできないのに、息子は女性宅から連れ出され、少し遠くにある動物園に行っていることが判明する。
ここでジョンは躊躇しつつ、このままララだけを連れて逃げることを決意する。
そのぎりぎりの決断にまた固唾を呑み、オリジナルとは違い、息子は置いていく展開になるのかとハラハラしきり。
でも、妻は子供のいないこれからの人生に意味はないことを、車体から身を大きく投げ出すことで訴える。
どんなに離れていても、母親の愛は揺るがない。
夫の妻を想う強い気持ちとともに、家族愛が強調された場面だ。


その家族愛はジョンとその父親の関係も見て取れる。
ここはオリジナルと一緒で、ずっと仲違いして口もろくにきかなかった父と子が、最後の最後に何もかも判っていながらそれに一言も触れることなく、ただきつく抱き合う場面はやっぱり涙が出た。

そしてジョンはやはり息子を迎えに行く。
既に警察の包囲網が敷き詰められていても、かろうじてそこを切り抜けるところは爽快だ。
夫婦と子供の3人が検問に引っかかるのを読んで、あらかじめ老夫婦を車に誘って検問を突破したり。
警察に調べられることを承知で、計画を書いたゴミを放置し、そのミスリードによって全く違う空港を探させたり。
そうして家族はベネズエラに無事逃げ切る。
けれど彼らはこれからどう生きるのか。
オリジナルでは最後の最後に、脱獄王の
「逃げるのは簡単。問題は、それからどう生きるかということ」
の台詞のリフレインがあったけれど、それに尽きると思う。
ここだけ、本作でも取り入れてほしかった。

と、残念に思うのはここだけで、よくできたオリジナルのリメイクとは思えないクオリティの高い出来に大満足。

肉付けの件に話は戻るけれど、息子を預けた女性の存在も何気に大きい。
彼女はジョンの妻が服役中であることを知りながら、でもその姿を遠めに発見し、何ともいえない表情をする。
驚きであったり、ちょっとした不審であったり、「ああ、やったのね」という感嘆であったり。
でも彼女はそれを通報しない。
あの一瞬のシーンで観客は彼女に心を奪われてしまう。

そしてジョンをマークしていた一人の警官が、ララの証言に基づき、真犯人のちぎられたボタンを探すシーンはゾクゾクした。
ここでもしかしてララの冤罪が晴れるのでは……と期待させておきながら、その決定打となる筈だったボタンはやはり見つからない。
でも諦めて探していた排水溝の蓋を戻した時、観客だけが、その縁のぎりぎりにひっかかっているボタンを見つけることができる。
実は本作では、ララが本当に殺人を犯したのかそうでないのかを少しだけ判りにくくしている。
99%やっていないだろうと思いつつ、「もしかして」と疑念を抱く場面を用意してあるからだ。
だからそれを全部払拭して命がけで妻を逃がす夫の献身と精神力に心を打たれ、またこの最後のシーンでようやく観客は妻が無罪であったのだと確信できるようになっている。
凄く巧いシーンだと思う。


ファンの贔屓目を差しひいても、やっぱりポール・ハギスは素晴らしい作品を撮る監督さんに間違いない。

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2011年09月07日

ハンナ

B005MVNT0Aハンナ [DVD]
2011年 アメリカ
監督:ジョー・ライト
出演:シアーシャ・ローナン
   エリック・バナ
   ケイト・ブランシェット
   トム・ホランダー
   オリヴィア・ウィリアムズ
   ジェイソン・フレミング

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 「お母様はなぜ亡くなったの?」
 「銃弾3発」

ネタバレ有りです。

フィンランドの山奥で、元CIAの父親エリックに戦闘の術と各国の言葉を教え込まれた少女ハンナ。
彼女は父親と分かれて初めて外界に出ることとなる。
母親の仇であり、父親の元同僚であるマリッサを殺すためだ。
全てが終わった後、ベルリンのある家で父と落ち合う筈だったが……。

何とも焦点のボヤけた、完全なる失敗作。

ストーリーが進む内に物語の骨格が見えてくる展開は良いんだけど、そこまで引っ張るような内容でないのも肩透かし。
以前マリッサとエリックたちは、胎児に手を加えて、人間兵器を作り出そうとし、それに選ばれた妊婦(堕胎希望者)20人の内の一人がハンナの母親だった。
つまりエリックはハンナの本当の父親ではなかった。
けれどハンナが2歳の時に母親とエリックが「実験」を拒否、計画がバレないようマリッサはそれに参加した者たちをことごとく手にかけていった。
だからハンナとエリックがマリッサを狙うと同時に、マリッサもまた父娘の命を奪おうと刺客を集めていた。

ハンナが通常社会に出て、年の頃も同じ少女とその家族と知り合うも、そのエピソードが上手く作用していない。
そこで今まで教わらなかった思いやりとか、娯楽とか、異性とのふれあいとかにその冷たい心が瓦解していくといった様子は殆ど見受けられない。
少女との淡い友情は芽生えないわけではないけれど、それが淡すぎるんだよなあ。
ベタで良いから、自分のために危険に巻き込まれた家族を命がけで助けるとかいう展開が見てみたかった。

それどころか、ハンナの味方だったり優しくしてくれた人たちがマリッサたちによって無残に殺されていくばかりで、その度にイヤ〜な思いを味わうこととなる。
あの少女の家族の顛末は描かれなかったので、もしかしたら助かったのかもしれないけれど、今まで関わった者たちすべて惨殺されているので、それも怪しいもんだ。

初めは「おお!」と思った疾走感と細かなカット割りも、その後やたらと繰り返されて飽きる。
ハンナが逃げる→戦う→一息→走る→逃げる→戦う、というループ状態。

アクションだけ見たら、ハンナや役のシアーシャ・ローナンが頑張っているので、そこはかっこいいと思う。
でもキャラの心情に入り込めなくて、その安否にあまりハラハラすることもない。
エリックも一体何がやりたかったのかいまいち判らないし(なぜわざわざ自分の位置を知らせるの?それに人間兵器にしたくなくて脱走させたハンナを結局アサシンに仕立てちゃってるし)。
マリッサもハンナを生け捕るように刺客に指示したり(計画の当事者を全部葬る筈じゃなかった?)、あの歯の洗浄への異常なこだわりも何を表しているのか伝わってこない。

父親を殺され、マリッサと一対一で対峙し、銃をぶっ放してタイトルロールが出るところはファーストシーンと呼応していてそこはお気に入りの場面だ。
あの鹿と同等の扱いで仇を殺すのは良いね。

でも、良い役者をそろえておきながら特別心をうつような作品にはなっていなかった。
つぐない』とはカラーの違いすぎたジョー・ライト監督が迷走したのか。

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2011年09月03日

未来を生きる君たちへ

B006FGGYZI未来を生きる君たちへ [Blu-ray]
2010年 デンマーク・スウェーデン
監督:スサンネ・ビア
出演:ミカエル・パーシュブラント
   トリーヌ・ディルホム
   ウルリク・トムセン
   ヴィリアム・ユンク・ニールセン
   マークス・リーゴード
   キム・ボドゥニア
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報復が生み出すもの。

ネタバレ有りです。

アントンはアフリカでキャンプに避難している人々の治療を行う医師。
デンマークには別居中の妻と二人の子供がいる。
長男のエリアスは学校でいじめを受けている。
そこに母親をガンで亡くしたばかりのクリスチャンが転校してきて、エリアスと親しくなる。
彼らに暴力を振るうイジメ集団のリーダーを、クリスチャンが滅多打ちにし、ナイフを取り出してこれ以上自分たちに構わないよう誓わせる。
そんな子供たちに、アントンは言う。
「バカを殴ったら自分もバカになる。
そんなことをしたら世界はどうなる?」

暴力や、復讐、報復といった手段は何も生まない。
ただ負の連鎖を作り出すだけ。
そんな明確なテーマを持った人間ドラマの逸品。


アントンの言葉は机上の空論では決してなく、彼の態度にすべてが表れている。
理不尽に自分を就き飛ばし、平手打ちを何発も食らわせた相手に、彼は何もしない。
子供たちにその姿を見せ、ただ怖がっているのではないことを悟らせ、暴力でしか訴えることのできない愚かな人間のレベルに落ちるなと言い含める。

ただ、母親を失くしたことで心が荒んだクリスチャンは、そんな大人の言葉に納得できない。
だからアントンに暴力を奮った相手への報復を考え、実行してしまう。
それに躊躇しつつも最後には彼を手伝って、ターゲットの車を爆破させてしまうエリアス。
でも無人で行われる予定の場所に、偶然人が居合わせてしまい、それを庇ってエリアスは大怪我をする。
その時初めてクリスチャンは取り乱し、泣き叫ぶ。
自分が何をしたのか、暴力が暴力を生んで、その結果何が起きたのかを知ることとなる。

なぜクリスチャンがそんなに負の方向に向かっているのかは終盤に判る。
「ママは元気になる」と言っていた父親が、最後には彼女の死を望み(それは母親がガン治療で凄まじい痛みに耐えなくてはならなかったからだけれど)、自分に嘘をついたと彼は憎悪を燃やす。
肉親の死を、助かるといった一言に縋っていた希望を打ち砕かれたことを、彼は受け入れられず許せなかった。
“赦すこと”
これも原題「報復」と表裏一体となったテーマなんだろう。


そしてアントンもまた、アフリカである事件に遭遇する。
妊婦の腹を割いて、子供が男か女か賭けをする鬼畜の行いをする悪党ビッグマンが、こともあろうかアントンに怪我の治療を求めやってきた。
周りの非難を浴びながら、「医師として」かれを診察するアントン。
けれどビッグマンが傷つけた妊婦が死亡し、その亡骸を侮辱したことでアントンは激昂し、キャンプを追い出す。
そうすれば怒りの塊の民衆にビッグマンが八つ裂きにされることが判っていても。
通常社会では復讐など意味がないと言葉と行いをもって示すことができる。
けれどそこから離れた世界で、彼も憤怒の塊となることもある。
極悪非道のビッグマンが民衆によって凄惨なリンチ(と思われる)を受けている姿に溜飲が下がる一方で、アントンの苦悩が手に取るように判って涙が止まらなかった。

だからこそアントンにはクリスチャンが理解できたんだろう。
クリスチャンが自殺をしようと上った建物にアントンが行き着いたのが印象的。
人は憎しみあい、それを相手にぶつけることもあるけれど、それだけでは何も解決しない。
クリスチャンがぶちのめした相手も、それ以降手出しはしなくなったものの、それは恐怖心で抑えているだけだ。
ビッグマンの件も、その後仲間が報復に訪れるかもしれない。
傷を抱えた者同士が抱き合う時、それは小さな希望へと昇華される。

また、ネットが小さな悪役となっているのも面白い。
クリスチャンは爆弾の作り方をネットで知り、エリアスは爆弾事件の直前にアフリカにいる父親にスカイプか何かでそれを相談しようとするも、電波が悪く会話が成り立たず、結局事件が起きてしまう。
人と人がしっかり顔を見合わせて語り、理解しあう姿を見ると、ネットが空虚なものに感じられた。

スサンネ・ビア作品では子役がもの凄く良い演技をするのが定番だけれど、今回も主演の少年二人が素晴らしい。
もちろんアントン役のミカエル・パーシュブラントも高潔な人物を熱演。
アカデミー外国語映画賞受賞に納得の傑作。

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2011年08月27日

ツリー・オブ・ライフ

B005MH1KEGツリー・オブ・ライフ ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
2011年 アメリカ
監督:テレンス・マリック
出演:ブラッド・ピット
   ショーン・ペン
   ジェシカ・チャステイン
   ハンター・マクラケン
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おい、母ちゃん浮いたぞ。

ネタバレ有りです。

厳格な父親と、優しいが夫に逆らえない母親、父親譲りの音楽の才能がある弟を持つ長男ジャック。
ある日弟の死亡の知らせが届けられる。
ビジネスを成功させ、高級住宅に住む大人になったジャックは、弟の死を払拭できない。
母親もまた苦しみ、神に縋り、答えを求める。
神は与え、奪うもの―。
そしてジャックはすべての愛する者が集う楽園へのゲートをくぐった。

とかあらすじらしきものを書いてみたけれど、我ながらどうかと思う。けっこう間違っているかも。
ストーリーは有って無いようなもので、起承転結がしっかりあるものだと思っていると痛い目に遭う。
それくらい宗教色が強いとても観念的な映画。
ただ、難解なものではないと思う。
一組の家族を通して神の見解を解いたような作品だけれど、その分家族の在り方としては普遍的な描かれ方がしていた。

ただ一般受けするような内容でないことはたしか。
何しろストーリーらしきものが少し進み、弟の死がやってきたあたりで、いきなり地球創世記が数十分を費やして延々語られる。
ビッグバンからの宇宙誕生、そして地球誕生。
恐竜が出てきて、そしてユカタン半島に隕石が墜落して絶滅、そこから人類の歴史に至るまでを映し続ける驚異の展開。
これは普通の映画監督だったら怖くてできないよ。
テレンス・マリック、さすが巨匠。

とにかく「私を導いてください」と縋る人類に答える形で、本当の意味の「神の視点」に移行するのは凄いの一言。

あの家族が木を植えるシーンが象徴的で、それは生命の木として神が創造せし人類に寄り添っているということなのかもしれない。

力がすべてで、子供を愛しながらもそれが抑圧という形でしか表すことのできない父親。
彼に見下されている信心深い母親。
自分より才能に秀でている弟をいじめてしまうジャック。
父親への憎悪や母親の愛を独占するような言動はエディプスコンプレックスを、弟への態度はカインとアベルを(これはパンフレットで書かれていたね)想起させ、いちいち神話や聖書を彷彿とさせられる。

だから家族ドラマというよりも、神の導きに重点が置かれ、結果ファミリームービーを期待していた観客は完全に置き去りにされてしまう。

それでも静謐でありながら壮大なスケールを感じさせられる画は美しいし、ラストの生者も死者も老いも若きも愛する者がすべて集まった楽園のシークエンスは心を浄化させてくれ、ラストカットのショーン・ペンの微笑みも素晴らしい。

2時間20分を、ただ呆然として観るか、呆れて途中退場するか、雰囲気だけで浸れるか、はたまた大絶賛するか(わたしの周りでは少なくともこういう人はいなかった)、鑑賞法がもの凄く分かれる作品であることは間違いない。

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2011年07月23日

BIUTIFUL ビューティフル

B0067DDCOABIUTIFUL ビューティフル [DVD]
2011年 スペイン・メキシコ
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:ハビエル・バルデム
   ブランカ・ポルティージョ
   ルーベン・オカンディアノ
   ディアリァトゥ・ダフ
   チェン・ツァイシェン
by G-Tools


綴りは、正しくないけれど。

ネタバレ有りです。

バルセロナで非合法な商売で生計を立てているウスバル。
コピー商品を売らせたり、不法滞在の中国人を集めて労働させたり。
彼には別れた妻との間に二人の子供がいる。
そんなウスバルは余命があといくばくもないと宣告される。
元妻は心を病んで行動が安定しない。実の兄と彼女はできていて、その兄も信用できない。
子供たちのために彼は何かを残そうと奔走するが……。

イニャリトゥ監督作はどれもがもの凄い感銘を受け、心酔しきっていたけれど、この作品は微妙だった。

そんな印象を残してしまったのは解釈をいくつも派生させてしまったラストのせいだと思う。
身内が誰も頼れないと判ったウスバルは、自宅に住まわせていたイヘというセネガル人の女性(ウスバルが商売を斡旋していた男の妻。男は逮捕され強制送還)に有り金を渡し、これで子供たちを養ってくれと頼む。
けれどイヘはその大金を持って故郷セネガルへ旅立とうとしていた。
駅で躊躇した彼女が列車に乗ったかどうかは判らない。
そしてその夜、ウスバルはドアの向こうに影を見つける。
「帰ってきましたよ」
とイヘの声が聞こえる。
けれどその実体は見えない。
代わりに天井に張り付いた人間の姿が。

ウスバルには死んだ者の姿や声を感知できる能力があるようだ。
これまでも現世に留まったままの死者がソファに座っていたり、やはり天井に張り付いたりしていた。

さて、ここで最後に天井にいた人間は誰なのか。
わたしはイヘなのだと思った。
彼女が駅で事故か強盗にでも遭ったかで命を落としてしまい、さまよえる魂だけが帰ってきたのだと。

でも確信が持てなかったので、レビューを読み漁ったら解釈は分かれまくっていた。
あれがイヘだという人。
ウスバルだという人(でもこの時点では彼は死んでいない筈)。
ウスバルを迎えにきた誰でもない亡霊だという人。
果てはウスバルと商売をしていた中国人だと解釈する人もいた。

ここを曖昧にしてしまったために、作品を評価しづらくなってしまった。

イヘが戻って来ていないのだとしたら、子供を託す人がいなくなって絶望が残る。
イヘが戻って来たのなら、今までのウスバルの行動が無駄でなくなり安堵できる。
この違いはかなり大きい。

父性の大きな愛を感じさせるこれまでのプロセスがよく描かれていただけに、惜しいと思う。

子供がウスバルに「ビューティフル」のスペルを聞き、
「発音の通りだ。biutiful」
と間違った綴りを教えるシーンは映画全体を象徴している。
表層の美や思いやりだけでない。
心から誰かを守り、何かを残したいと心を砕き、でも非合法なことに手を染めるそれは“beautiful”ではないけれど、“美しい”行為には違いない。

会ったことのない父親に誘われて天国の道を行くウスバルの、ファーストシーンと呼応したラストシーンは静謐で素晴らしかった。
だから返す返すも天井張り付き人間の描写だけが悔やまれる。

そして趣味的なことを最後に。
中国人二人のホモ関係はなかなか見ものだった。
片方は妻子もいるのに、仕事仲間の男性との情事にはまっていく。
トイレで耳朶やら下半身やらを愛撫されてたまらず相手にキスをするシーンはなかなか色っぽかった。
でもこの二人の顛末も悲惨で、結局妻帯者の方が相手を殺してしまうのだけど。

イニャリトゥとずっとコンビを組んでいた脚本家ギジェルモ・アリアガの不在が淋しかった。
次回作に期待。

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2011年07月02日

SUPER 8/スーパーエイト

B0052R0RZESUPER 8/スーパーエイト [DVD]
2011年 アメリカ
監督:J・J・エイブラムス
製作: スティーヴン・スピルバーグ
出演:カイル・チャンドラー
   エル・ファニング
   ロン・エルダード
   ノア・エメリッヒ

by G-Tools


“あの頃”へ。

ネタバレ有りです。

監督はJ・J・エイブラムスでも、スピルバーグよりの作品だった。
『E.T』とか『スタンド・バイ・ミー』とか、少年少女期にこれらの映画を観ていた世代には何とも郷愁を感じさせられる作りとなっている。

スリーマイル島原子力発電所事故が発生した1979年。
ケータイがまだなかった時代。少年たちは無線で会話をする。
パソコンでCGが手軽に作れなかった時代。自主制作映画の中に出てくる電車事故シーンは、実際に電車の模型を爆破させて撮影した。
iPodのない時代。人々はウォークマンに熱中していた。

そんな80年代のドラマは、主人公ジョーたちのあふれるほどの魅力に支えられる。
映画制作への情熱。
父親との心のすれ違い。
アリスとの淡い恋。
太っちょや出っ歯、メガネといった表面的にキャラ付けがされている仲間たち。
彼らの動向だけでも楽しく、青春映画として既に成り立っていると言って良い。

そこに軍が機密として捕らえていたエイリアンの反乱に遭い、人々はさらわれ、あるいは殺される事態に陥るというパニック要素が加わる。
監督のインタビューを聞くに、もともとふたつの物語があって、ひとつはキャラが魅力的だけれど話がつまらなく、もう片方はアクションは面白いけれどキャラが弱かったらしく、それを合体させての作品となったらしい。
でもその相乗効果はあまり見えず、宇宙人絡みのくだりはつまらなくはなかったけれど新鮮味もなかった。なかなか姿を現さないエイリアンって『クローバーフィールド/HAKAISHA』みたいだしね。

新鮮味がないといえば、ヒロインがエイリアンにさらわれて、それを危険を顧みず、軍の目をくぐりぬけて助けに行くジョーたちという構図はお約束ではあるものの、やはりそこは典型的なジュブナイルとして見ていて燃えてしまう。

やっぱりこの少年少女が凄く活き活きしていて、きらきらしていて、なおかつノスタルジックな映像(町を自転車で駆け巡るところとか)や音楽にノックアウトされ、肝心のエイリアン絡みのエピソードが心に残らない。
最初の鉄道事故の凄まじさに度肝を抜かれたものの、派手な映像効果よりも人間ドラマの方に興味がひかれた。

最後に少年がずっとお守りのようにして握っていた母親との写真が入ったペンダントを手放すシーンが良い。
死んだ母親への執着から逃れ、今ある家族に目を向けようとする少年の象徴的な場面だ。

エンドロールの最中には、劇中で撮影していた少年たちのゾンビ映画を一部始終観ることができる。
何気にクオリティが高くて笑う。

80年代、あの頃、少年少女だった今の大人たちへの贈り物。

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2011年06月21日

光のほうへ

B005QWSNO2光のほうへ [DVD]
2010年 デンマーク
監督:トマス・ヴィンターベア
出演:ヤコブ・セーダーグレン
   ペーター・プラウボー
   パトリシア・シューマン
   モーテン・ローセ
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彼らの光。彼らの希望。

ネタバレ有りです。

アル中の母親のいるニックとその弟。
まだ幼い兄弟は、子供の世話を放棄している母に代わって三男の赤ん坊を育てている。
けれどある日その赤ん坊が死んでしまう。
心の拠りどころを失ったまま成長した二人。
ニックはシェルターのような場所で暮らしている。刑務所に入ったこともあるようだ。
弟は妻を事故で亡くし、一人息子のマーティンを育てている。子供を愛していながらも、麻薬に溺れ、なかなかその世話ができないでいる。
そんな二人は母親の葬式で再会する。お互いに問題を抱えたまま、でも少しでも良い方向に向かおうとする兄弟だが……

アル中でネグレクトの母親を持ちながら、兄弟は優しい心を宿していた。
天使のような赤ん坊が荒んだ生活の希望だったのだろう。
それを失ってしまった彼らは、大人になっても傷を払拭できない。
だから兄は酒に溺れ、何かと暴力を振るい、弟はヤク中となってボロボロの体となっている。
前半は兄を、中盤は弟の生活を描き、その出口の見えない閉塞感に息が詰まる。
けれど一筋の光がかすかに見える。
それが穢れを知らないマーティンの存在だ。


それもその筈、はじめに死んでしまう赤ん坊の名づけが大きな伏線となっている。
彼の名前は終盤までずっと明かされない。
それが最後の最後、「マーティン」と名づけられていたことを知り、どれだけ兄弟が子供という存在に助けられていたのかを思い知らされる。
暗黒の生活に灯った希望の光。

弟は結局息子のために金を稼ごうとして麻薬の売人となり、逮捕されて刑務所で首を吊ってしまう。
残されたマーティンにそっと寄り添って葬式に出るニック。
マーティンが施設の女性ではなく、ニックの傍に座ることを選んだシーンは、彼がこれから伯父と暮らすことを暗示しているのかも知れない。

ニックの周囲の人物描写も過酷。
同じ棟に住むソフィはなにやら問題を抱え、どうやら子供の親権を取れないらしい。
そしてニンフォマニアなのか、誰とでも肌を重ねるようだ。
ニックの昔の恋人の兄であるイヴァンは、女性をつけまわしたり、こともあろうか実の妹までも手を出そうとする問題のある男だ。
挙句、ソフィに誘われたイヴァンは、ことの最中に何があったのか、彼女を絞殺してしまう。
思うに彼は女性とまともに性関係が持てなかったのだろうと思う。
だから異常性を露わにしたり、暴力に訴えたりしてしまう。

兄弟も、その周りもどん詰まりの人間ばかりだ。
だからこそ子供の存在が、その無垢な輝きが際立つ。

どうか、ニックとマーティンのこれからの未来が、わずかでも、かすかでも、光が灯り続けますように。

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2011年05月26日

川の底からこんにちは

B004F9PRSM川の底からこんにちは [DVD]
2009年 日本
監督:石井裕也
出演:満島ひかり
   遠藤雅
   志賀廣太郎
   岩松了
   相原綺羅
   菅間 勇
by G-Tools


中の下の女の生き様を見よ。

ネタバレ有りです。

もうどえらいこと面白かった。
昨年は良作を見逃しすぎていた。
『息もできない』、『白いリボン』、『キック・アス』、『エグザム』、『彼女が消えた浜辺』、『パリ20区、僕たちのクラス』、そして本作。
ざっと思い出せるだけでこれだけ挙げることができる。
昨年公開なため、2011年のマイベストに入れられないことが本当に悔やまれる。
まあそれはともかく。

「しょうがない」
が口癖の佐和子は上京5年目のOL。
歴代の男には皆捨てられ、東京に来て5番目に付き合った今の男新井は、幼稚園の娘がいるバツ一。
ある日佐和子の父親が入院し、彼女は父の経営するしじみ工場を継ぐべく田舎へ戻った。なぜか新井とその娘も一緒に。
実は18の時に駆け落ちをして家を出ていた佐和子に、工場のパートのおばちゃんたちの風当たりは強かった。
おまけに新井が佐和子の元同級生とデキてしまい、恋人と娘を捨てて東京に行ってしまった。
心配する父親をよそに、佐和子はすべてを開き直り、しじみ工場と人生を立て直そうとする。

世の中の大半である中の下レベルの人生って捨てたもんじゃない。
そう思わせてくれるほど、ふっきれた後の佐和子はパワフルだ。
しじみのパック詰めのテーマソングを作り、何の変哲もなかったパック表面に従業員と身内がモデルの写真を載せ、値段もちゃっかり40円ほど高くして売りに出すところは笑った。
しかも新井をこのまま見限るかと思いきや、「やっぱ結婚するわ」と宣言するところは唖然。
初対面ではまるでコミュニケーションを取れなかった新井の娘の面倒もよく見る彼女の、これまでの生き様は中の下だろうとなんだろうと、自分の足で一歩も二歩も踏み出す姿は感動する。

父親との和解、パートのおばちゃんたちと繋いでいく絆等も感動もので、そこはまあ映画ならではの常套的な描き方がされている。
でもそんな“普通”で終わらないのがこの映画の魅力。

「新しいお母さん」の伏線を最後まで引っ張り、結局2〜3人を除いたパートのおばちゃん全員とデキていた父親のいる佐和子に「私たち全員新しいお母さんよ」と抱擁するところが実に良い。

ラストシークエンスも秀逸。
工場で一人、出来上がった手編みのセーターを一人抱きしめる作業着姿の新井の姿でまず吹き出し。
その後川原で平謝りする新井に父親の遺骨(!)を投げて叫ぶ佐和子、散らばった骨を拾おうとわらわらと川原に下りてくる参列者の面々、新井を詰りながらも「いなくなって少し淋しかった」と吐露する佐和子、その一連のシーンを大笑いしながら号泣し、こんな凄い体験をしたのは『リトル・ミス・サンシャイン』のクライマックス以来だったなと感慨に耽ってしまった。

とにかく佐和子役の満島ひかりがもの凄く魅力的。
人生を諦めきったような前半の彼女の台詞まわしも、開き直った後の表情のめまぐるしさも、叫んでいる時のぎりぎりやりすぎにならないくらいの迫力も、どれもが上手すぎる。
最近の若手の女優さんの中ではピカ一だと思う(少し前まで吉高由里子と蒼井優もそう思っていたけれど、近作を見ていて少しがっかり)。

佐和子の撒く“肥料”で有り得ないほど立派に育ったスイカが、彼女たちの幸先をよく表していると思った。

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2011年05月17日

キッズ・オールライト

B005IMGIVAキッズ・オールライト オリジナルバージョン [DVD]
2010年 アメリカ
監督:リサ・チョロデンコ
出演:アネット・ベニング
   ジュリアン・ムーア
   マーク・ラファロ
   ミア・ワシコウスカ
   ジョシュ・ハッチャーソン
   ヤヤ・ダコスタ
by G-Tools


ママが2人。でも子供たちは大丈夫。

ネタバレ有りです。

ニックとジュールスはレズビアンのカップル。
彼女らには、優等生の娘ジョニと、自分の道を探りあぐねている息子レイザーがいた。
彼らは実は精子バンクから生まれた子供たちで、精子を提供した「父親」を探し出す。
その父親ポールはレストランを経営している魅力的な男性で、子供たちはいち早く彼に懐き、ポールもその家族に染まっていく。
けれどジュールスがポールと関係を結んでしまい、それが周知の事実となった時、家族の危機が訪れる。

どの人物もキャラクターが立っているのが良い。
医師でしっかり者、一家の大黒柱でどこかマニッシュなニック。
頼りなげで、でも自分を認めてもらいたい“ネコ”なジュールス。
トップの成績で大学に進学、けれど頭でっかちで恋愛に素直になれないジョニ。
素行の悪い友人となぜかいつもつるんでいるレイザー。
柔らかな物腰と人懐こい笑顔で女性にモテまくりなポール。

4人家族にもう一加わることで、彼らに変化が訪れる展開も自然だ。
ニックは築いてきたものが壊されることを危惧し。
庭造りの仕事を請け負うことで自立した女性になれることを喜ぶジュールス。
ジョニはひそかに想いを寄せていた男友達にキスをし、レイザーはようやく動物虐待をしようとした友人と訣別を果たす。

このままポールがファミリーの仲間入りするのかと思いきや、「間男」が受け入れられる筈もなく。
当然だけれどレズビアンだからと言って、他の人間と関係を結べば浮気・不倫になる。
あの陽気なポールが、黒人美女の彼女と別れてまでもジュールスを選び、けれど一家から放逐されてみじめな姿を晒す展開はなかなか読めなかった。

レズビアンの結婚、精子バンクを使って生まれた子供たち。
そんな「普通でない」かもしれない家族は、実に普遍的な家庭を築いていた。
ラストシーンにそれは顕著に表れている。
ジョニが大学寮に越し、一人で荷解きをしながら、ふと不安に駆られ家族を探す。
帰ってしまったかと思われた彼女らは車を移動させていただけで、そんなジョニを愛情深く抱きしめる。
どこにでもある情景、誰しもが感じたことのある感情が敷き詰められ、この一見風変わりな一家をやさしく描写した素敵なラストだと思う。

ニックとジュールスがマッチョな男のゲイビデオを見ながらセックスを行うところは驚いた。
ここは監督自身がレズビアンであることから、なかなかリアルな描写だと思う。

この二人を演じたアネット・ベニングとジュリアン・ムーアがとにかく上手い。
ポール役のマーク・ラファロも決して声を荒げない柔和で情熱的な魅力満開の男にハマっており、ジュールスがついつい傾いてしまったのも頷ける。

ユーモアと愛に満ち溢れた佳作。

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2011年05月05日

すべて彼女のために

B003YGMLFYラスト3デイズ~すべて彼女のために~ [DVD]
2008年 フランス
監督:フレッド・カヴァイエ
出演:ヴァンサン・ランドン
   ダイアン・クルーガー
   ランスロ・ロッシュ
   リビエ・マルシャム
   アムー・グライア
by G-Tools


POUR ELLE

ネタバレ有りです。

無実の罪で逮捕、20年の刑が確定した妻のために夫がその脱獄のためにすべてをかける。

スリリングなオープニング、時を遡って3年前、まだ夫婦が幸せに暮らしていた頃、そして突然の逮捕を描いた出だしが素晴らしい。
とても美しい妻リザと、彼女にのめりこむようにキスを交わす夫ジュリアン、二人の間に天使のような可愛らしい息子オスカルを配置し、どれだけ夫婦が愛し合っているかを見せつける。
そして妻が殺人罪に問われた―正確には誤認された―過程もフラッシュバック方式でスピーディーに見せる。
二人の会話で、ジュリアンが実の父親と不仲だという設定もさりげなく伏線として織り込ませる。
このスマートな見せ方で一気に物語に引き込む手腕は凄い。

リザが精神的にもう保たないことを察した夫は、無実の証明を諦め、彼女を脱獄させることを決心する。
でも所詮は素人で、偽パスポートを用意しようとするも、ワルたちに金を巻き上げられてしまう。
そんな傍から見てハラハラする“一般人”が吹っ切れたのが、意図しなかったにせよ犯してしまった殺人だろう。
麻薬の元締めを撃ち、瀕死の売人を車に放り込んで逃げるシーン、それがオープニングの闇の中の不穏な息遣いのシーンに繋がる。
そこには愛する者を守るために犠牲を出してしまった「別の男」が映っていた。
すべては、彼女のために。
普通の生活も、家も、身内も擲つその姿は凄味さえ増していた。

ジュリアンの父親は、決行前日に偽パスポートを見てしまい、息子が何をしようとしていたのか悟る。
けれど彼は息子を止めない。
どころか何も言わない。
ただ出て行こうとする、きっともう二度と会うことのない、長い間仲違いしたままだったジュリアンを黙って抱きしめる。
このシーンが素晴らしくて、家族の無言の愛に涙が出た。
説明過多で心情をすべて口に出して大仰な音楽をかけて感動を煽るような演出をしなくても、たったこれだけのシーンで多弁に愛は語られる。

そして作戦決行。
ジュリアンの行動を怪しんだ警察から辛うじてリザを連れて逃げ、当初の予定通り国外に逃亡する一家。
美しい外国の風景の中で、夫婦は見つめあい、微笑みあう。
けれどかつて投獄王がジュリアンに語った台詞がリフレインする。
「脱獄するのは簡単だ。難しいのはそれから先」。
それに呼応するように、警察が彼らの行き先を察知したような描写が挿入される。
彼らはこれからどう生きるのか、逮捕の日は近いのか、もしそうなったらまだ幼いオスカルはどうなるのか。
そんな先のことを考えずにはいられないラストだった。

夫にすべてをかけさせるのに説得力のある美貌を持つダイアン・クルーガーの存在は必須だったろう。
どこかくたびれかけた中年男がどんどんアグレッシブになっていく様を好演したヴァンサン・ランドンも良い。
ハリウッドリメイクが決定しているらしいけれど、ポール・ハギスだから何となく安心。こちらも期待できそう。

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2011年04月28日

ファンタスティック Mr.FOX

B005CMGKB4ファンタスティックMr.FOX [Blu-ray]
2009年 アメリカ・イギリス
監督:ウェス・アンダーソン
原作:ロアルド・ダール
声の出演:ジョージ・クルーニー
     メリル・ストリープ
     ジェイソン・シュワルツマン
     ビル・マーレイ
by G-Tools


素晴らしい父さんキツネは野生に生きる。

ネタバレ有りです。

Mr.FOXは昔泥棒稼業で名を馳せていた泥棒キツネ。
結婚を機に引退し、妻と息子アッシュと穴倉で暮らすも、木の上の家を買ったことから彼はまた元の職業に手を染めることとなる。
すぐ近くには醜く酷薄な3人の農場主が住んでいた。
そこの飼育場から、鶏やらりんご酒やらを、相棒カイリと共に盗みを働くMr.FOX。
しかし3人の人間から激しい追撃を受け、地中に追い込まれた一家だった……。

これが原作ありとは思えないほど、いつものウェス・アンダーソン風味爆発の良作アニメ。
天才も奇人変人も出てくるし、テーマは家族の絆をしっかり捉えているし。

野生に目覚めたMr.FOXの盗みの鮮やかな手口、すぐに目が回ってしまうカイリのぐるぐる眼、農場主から逃げるためひたすら穴を掘る抱腹絶倒の描写、偉大な父親に近づきたくてもそれがかなわず、身近にいる天才の従兄弟クリストファソンに意地悪をしてしまうアッシュの心理描写とその改心、最強ラットとの決着のつけ方等見所は満載。
一度崩れた家族が、絶体絶命の状態を経て再び再結成する展開も良い。

ストップモーションアニメらしい動きがまた味わい深さを増していて、もちろんそれぞれのキャラ造形も外見・内面ともにかわいいしユニークだしで言うことなし。

ラストに農場主たちが経営する大型スーパーマーケットに辿り着いて、そこでまた盗み放題となった爽快ラストも良いけれど、何よりMr.FOXが狼と魂の邂逅を果たすシーンが素晴らしい。ダンディズム、ここに極まれり。

そのダンディさにこれほどうってつけの役はいないだろうというMr.FOXの声優にジョージ・クルーニー。
そしてビル・マーレイ、ウィリアム・デフォー、オーウェン・ウィルソンとウェス・アンダーソン作品でおなじみの名が連なるのもうれしい。
音楽の使い方も相変わらず上手いし、ファンはもちろん、初見の人でも楽しめる大人アニメであることは請け合い。

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2011年04月25日

八日目の蝉

B005CZDKJG八日目の蝉 [Blu-ray]
2011年 日本
監督:成島出
出演:井上真央
   永作博美
   小池栄子
   森口瑤子
by G-Tools


八日目の蝉が見たもの。

ネタバレ有りです。

雨の日に起きた誘拐事件。
誘拐されたのは赤ん坊だった恵理菜。誘拐したのは恵理菜の父親と不倫をしていた女性希和子。
彼女は赤ちゃんを薫と呼び、女性だけが暮らす団体エンジェルホーム、小豆島のそうめん工場と居場所を変えては親子として暮らしていた。
けれどその生活は恵理菜が4歳の時に終止符を打つ。
希和子は逮捕され、恵理菜は本当の家族の元に戻された。
けれど実の家族になじめないまま娘は成長した。
やがて彼女は自分も妻子持ちの男性との間に子供ができたことを知る。
そんな恵理菜の前に、彼女の記事を書きたいというフリーライターの千草が現れた。

蝉は地上に出て7日しか生きられない。
でももし8日まで生きることができた蝉がいたらどうか。
そんな会話が恵理菜と千草の間で交わされる。
仲間が全部死んでしまい、取り残されてかわいそう、という感想は、ラスト近くで、八日目の蝉は他の者が見られなかった美しいものをもっと見られたから幸せなのでは、という意見に変わる。
その美しいもの、木を、山を、海を、そして人々の笑顔を、希和子は薫に見せようとしていた。
八日目の蝉の解釈の変化はすなわち恵理菜の心境変化に他ならない。


ずっと恵理菜は普通の家庭を壊した偽の母親を憎んでいた。
実の母親は自分に懐かない娘の愛情を取り戻そうともがき、結果的に罵倒に終わることが多かったようだ。
諸悪の根源である父親はその負い目からかどこか他人行儀で、「父親らしいことをするなんて無理がある」と評されている。
だから人とのつきあいもせず、愛しているのかどうか判らないまま、でも家庭が与えてくれなかった数々のイベントの楽しさを教えてくれた妻子もちの男性と子供を作り、冷めた目でただ生活費を稼ぐ彼女が、何もかも奪った希和子を恨むのは当然かもしれない。

でも自分のルーツを探す旅に出た恵理菜は、自分がどう過ごしてきたか、どう希和子に育てられたかを思い出していく。
そう、どのくらい希和子に愛されていたのかも。

エンジェルホーム脱走を経て、小豆島に着いてからは“親子”の密な描写がしっかりと成される。
お参り、劇観賞、海辺での戯れ、虫追いの行事……。
そして逮捕直前に写真館で撮った家族写真。
幼い薫に希和子はその与えられた幸せすべてを手の中に内包し、薫に渡す。

恵理菜は希和子を許す。
そして自分一人で生むと決めたお腹の子供を愛せると確信する。
傍から見れば歪な親子関係ではあったかも知れない。けれど愛情は記憶を辿り、そうして受け継がれていく。

不倫した挙句、赤ちゃんをさらってしまうという言語道断な行為をした希和子が不思議に愛しくて、いじらしくて、フェリーでの親子の別れのシーンは涙がだばだば溢れた。
一方全く落ち度のない“被害者”である本当の母親は、何かあるごとに娘を怒鳴り、刃物を持って取り乱し、希和子を罵倒するという醜悪な描写がされている。
もちろんこれは希和子に感情移入させるための計算だろう。
冷静に考えればこの母親の悲痛は言葉にできないほどであるにも関わらず。希和子と薫との永遠を望んでしまうこの心理はまさに映画マジック。

もちろんその希和子役の永作博美がいつにも増して素晴らしい演技だった所為でもある。
その顔がほころぶ度、悲しみに歪む度、どれくらい彼女が娘を愛していたかしんしんと伝わってくる。
嗚咽をおさえるように薫と最後のひとときを迎える写真館でのシーンは今でも思い出すと泣けてくる。

そして千草役の小池栄子が凄い。
猫背で、いつもシャカシャカ歩いて、少し早口で、何となく普通の女の子とは違う挙動で、こんなキャラにしたのはなぜだろうと思って観ていたら、彼女がエンジェルホームで育ち、そのため男性恐怖症に陥ってしまったことが判って合点がいった。
こういうキャラ設定も上手いし、小池栄子がまたそれにハマった(ちょっとだけ作りすぎな感はあるけれど)演技で魅せる。

恵理菜役の井上真央も、今回初めて彼女が良いと思った。
ずっと冷めた顔で闊歩し、感情を抑えて生きていた彼女が、ラストにその感情を爆発させるところは名シーン。
劇団ひとり扮する男との別れ話の時の表情も抜群に良かった。
こんな抑えた演技ができる女優さんだとは思わなかったから。

母性の業を考えさせられる良作。必見。

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2011年04月14日

ザ・ファイター

B004N3B96Oザ・ファイター コレクターズ・エディション [Blu-ray]
2010年 アメリカ
監督:デヴィッド・O・ラッセル
出演:マーク・ウォールバーグ
   クリスチャン・ベイル
   メリッサ・レオ
   エイミー・アダムス
   ジャック・マクギー
by G-Tools


己のための戦い。

ネタバレ有りです。

家族はやさしい。全力でサポートしてくれる。
けれどその期待が少し重い。自分は縛られているのではないか。
そんな思いを抱きながら、母アリスにマネージメントを、異父兄弟のディッキーにコーチをして貰っているボクサーのミッキー。

ディッキーも以前はボクシングで一応名を馳せており、あのシュガー・レイをノックアウトさせたことがご自慢だ。
けれど今はすっかり落ちぶれて、あやしげな外国人の家でヤクでラリっている毎日。ミッキーのトレーニングにもいつも遅刻。

そんなミッキーの前に、バーで働くシャーリーンという女性が現れ、二人は恋に落ちる。
彼の家族がミッキーの前途を邪魔していると感じた彼女は、彼と家族を離そうとする。
そして他のパトロンやコーチの元でミッキーはどんどん試合に勝利していく。

こうしてあらすじを書いてみると、大抵は過保護ながら間違ったマネージメントをしている家族が所謂「悪」で、新たにミッキーの才能を伸ばしてくれたシャーリーン側が「正義」で、家族のしがらみから解き放たれたボクサーの姿にすっきりするといった王道展開になりそうなものだけれど。
この物語ではそうならないところが面白い。これが実話の強みか。

大事な試合の前、ミッキーは訣別した筈の兄ディッキーと電話で話す。
ディッキーはさすがにミッキーや敵を知り尽くしていて、他のトレーナーとは違うアドバイスをする。
そしてずっと劣勢だったミッキーは兄の助言どおりに動いて、劇的な勝利を収める。
やはりディッキーは自分に必要だった。
母の存在も。
あの小うるさい姉軍団までも。
それを悟ったミッキーが、家族とよりを戻し、でも今のトレーナーたちを切り捨てない姿勢に誠実さを感じた。

そう、誰もがぱっとしない街の住人で、誰もがミッキーに自分の夢を託していた。
母親や兄はもちろん。
シャーリーンも大卒なのにバーで働く自分に不満で、だからこそ恋人の成功を望んでいた。
それらは言ってしまえばエゴであり、ずっと人のために、託された夢を実現するために頑張ってきたミッキーが、「自分のために」ファイトに臨むことにしたシーンは感動的だ。

そんなすべての人が応援に駆けつけた試合で、勝利して快哉を叫ぶ。
このラストシーンでのカタルシスといったらない。
それまで互いが忌み嫌っていたミッキーの母親とシャーリーンが、試合の途中でふらふらになったミッキーを座らせるかどうかといったシーンで、母親の方が「こういうときは座らせない方がいい」とシャーリーンに言い含める(多分。せりふは聞こえないけれど)ところは、同じ志を持つ者同士の絆が生まれたようであって、こんな小さな場面でも変化が感じられてうれしくなってしまう。

ミッキー役のマーク・ウォールバーグも良かったけれど、やっぱり圧巻だったのは、オスカーに輝いたディッキー役のクリスチャン・ベイルと母親役のメリッサ・レオ。

クリスチャン・ベイルはげっそり痩せて後頭部にハゲを作り、自堕落ながらも家族思いのおしゃべり野郎を熱演。
牢の中で、受話器を握り締めながら弟の試合を聞くシーンは白眉。
憎みきれないキャラクターにハマっていた。
素晴らしい。
メリッサ・レオは勝気で、はすっぱで、色々間違っていながらも家族を愛している女性をこれまた上手く表現していた。
正義一辺倒でない難しいキャラを演じたエイミー・アダムスも良い。

エンドロールの途中でディッキーとミッキーの実物が映し出され、二人とも映画そのままのキャラであることに笑う。

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2011年04月04日

SOMEWHERE

B0057D5BXQsomewhere Blu-ray
2010年 アメリカ
監督:ソフィア・コッポラ
出演:スティーブン・ドーフ
   エル・ファニング
   クリス・ポンティアス
   ミシェル・モナハン
   ベニチオ・デル・トロ
by G-Tools


自分に媚びを売らない。詰りもしない。賞賛もしない。
そんな女と過ごす時間。

ネタバレ有りです。

ホテル暮らしのハリウッドスター、ジョニー。
フェラーリを乗り回し、女は取っ換え引っ換え、腕を骨折してもいつも通りに仕事をこなす日々を送っていた。
ある日、前妻のもとにいる娘のクレオが訪ねてくる。
そして数日間の親子の暮らしが始まった。

良い意味でも悪い意味でも、ソフィア・コッポラらしい作品。
特に何も起こるわけでなく、淡々とその日のできごとが描写される。
そして最後の方で少しだけ大きな情感の波が押し寄せる。

11歳のクレオは少女特有の清廉さを持ち、透明感あふれる魅力をふりまく。
ジョニーはよく部屋にポールダンサーを呼んで、そのセクシーなお尻や脚を堪能するのだけれど、それに対比させるかのようにクレオのアイススケートシーンが後に挿入される。
彼を誘惑しない。
そして一度だけの関係を結ばない。
もちろん親子だから当然のことなのだけれど、そんな取引も大人の汚れた関係も介在しない時間をジョニーは体感していく。

イタリアでの授賞式を終え、キッチンで食事を作り、ゲーム機で遊び、プールサイドで午睡を楽しむ、そんな「普通」の時間を通して、ジョニーは自分が空虚な時間を送っていたことに気づく。

ずっと無邪気に笑っていたクレオが、別れ際にママとパパの不在に涙したことで、彼は
「傍にいなくてごめん」
と謝罪の言葉を洩らす。
それはヘリの音にかき消されてしまったけれど。
娘の存在を、その内面を初めて直に見つめた美しいシーンだ。

だから彼はラストシーンでフェラーリを乗り捨て、笑みを浮かべて歩いていく。
「ここではないどこか」へ。
冒頭に同じところをぐるぐると回っていた車がふと止まったシーンとリンクしていて、同じ空虚な日常をストップさせた主人公の変化が、あの爽やかなラストに現れている気がした。

そんなエモーショナルでどこかせつなく、そしてとてつもなく優しい佳作。

あと、ところどころクスリと笑わせてくれるシーンも良。
ジョニーのホテルに来て、なぜか自分も全裸になってしまう男性マッサージ師とか、衣裳が異なるだけで振り付けがほぼ毎回一緒のポールダンサーとか。
そしてエレベーター内でちょこっと顔を見せるチョイ役にベニチオ・デル・トロを、ジョニーと映画で共演して一回でヤリ捨てされたとみた女優役にミシェル・モナハンを起用しているのも面白い。

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2011年03月06日

キック・アス

B004IEB0BCキック・アス DVD
2010年 アメリカ・イギリス
監督:マシュー・ボーン
出演:アーロン・ジョンソン
   ニコラス・ケイジ
   クロエ・グレース・モレッツ
   マーク・ストロング
   クリストファー・ミンツ=プラッセ
by G-Tools


キックアスが世界を変える!

ネタバレ有りです。

デイヴは冴えない高校生。
彼はスーパーヒーローに憧れて、通販でヒーロースーツを買って悪人退治に町に出る。
けれどチンピラに刺され、挙句に車にも轢かれ、重症を負うというなんとも現実的な結果に。
それでもめげずにリンチされている一市民を助けようと果敢に飛び出し、頑張って戦う姿の動画がネットにアップされ、彼は「キックアス」として有名人となっていった。
一方、父親ビッグ・ダディにスパルタ式、でも愛情いっぱいに育てられている少女ヒット・ガールがいた。
彼らの道はいつしか交差していく。仲間として。

この尋常じゃないワクワク感と爽快感と笑いと涙の混じったドラマの作りとクライマックスは凄い!

真の主人公といっても過言ではないヒット・ガールが凄く魅力的。
まだ11〜12歳のあどけない素顔の少女が、紫のボブのかつらをつけ、仮面を目に施して、悪人相手に放送禁止用語を連発して、文字通り彼ら(女にも容赦なしだ)を切り刻んでいくシーンでハートを鷲掴みにされてしまった。

ビッグ・ダディとの絆もきっちり描かれ、その別れのシーンは涙が。
そんなシーンではあるのだけど、ボコボコにされて火あぶりにされて絶叫するビッグ・ダディ扮するニコラス・ケイジがあまりにも楽しそうに演じているものだから妙に可笑しい要素もあったりする。

敵の陣地に乗り込んでいくクライマックスは、ヒット・ガールの鮮やかな殺人手口(!)や軽い身のこなし方、優勢になった時に見せる凶悪ながらもキュートな微笑み、劣勢になって緊張する面差しなどその魅力が大爆発。
凄いもの見させてもらいました!

と、それまで若干影の薄かった主人公キックアスも、ヒット・ガールが絶体絶命のピンチに陥った時に、なんと空から助けに来るという見せ場を与えられている。

スーパーヒーロー=空を飛ぶ、というこの実現しようにも現実では実現しきれないこの図式を、きちんと伏線を張って(ビッグ・ダディが何に大金をつぎこんでいたのかここで判る)見せてくれるのだから恐れ入る。
おまけに黒幕を吹っ飛ばす活躍っぷりで、その黒幕の息子がキックアスに復讐を誓うという『スパイダーマン』展開で続編を匂わせてくれるところもニクい。

台詞の過激さ、切り株描写の凄まじさでR-15がついたのも納得のいく作品ではあるけれど、底抜けに面白い。
こういった作品が未公開にならず、それどころか立ち見まで出る盛況ぶりだったことがとても嬉しい。

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2011年02月25日

ヒア アフター

B007LJERDEヒア アフター [Blu-ray]
2010年 アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
出演:マット・デイモン
   セシル・ド・フランス
   フランキー・マクラレン
   ジョージ・マクラレン
   ジェイ・モーア
   ブライス・ダラス・ハワード
by G-Tools


イッツアファンタスティックスピリチュアル!よくわかんないけど!

ネタバレ有りです。

ジョージは死者と話すことができる霊能力者。
以前はそれを商売にしていたものの、嫌気がさして現在は工場勤務の傍ら趣味の料理教室に通っている。

マリーはフランス人ジャーナリスト。
バカンス中に津波に遭い、九死に一生を得る。
その体験がもとで、死後の世界が垣間見られるようになる。

マーカスはヤク中の母親と暮らす少年。
最愛の双子の兄ジェイソンを事故で亡くし、彼と話したくて霊能力者を探し続ける。

その三人のドラマが少しずつ語られ、運命に導かれるように彼らはある所に集まる……といった展開であるものの、ドラマティックさは皆無と言って良い。つまり大したクライマックスもなしに突然ジョージがデンパを飛ばして唐突に幕が閉じられた感じ。

マーカスが苦楽の何もかもを共にした分身のような兄を亡くし、だらしないながらも愛している母親とも引き離されて、ただ兄を求めるしかない姿や、料理教室で出会った魅力的な女性を霊視したことから関係が崩れてしまったジョージの苦悩はよく描かれていたと思う。
あの女性が父親から性的虐待を受けていたと仄めかされるその事実もハッキリさせない描き方、その後いっさい姿をみせずにフェードアウトさせるところも上手い。
ファーストシーンの津波の迫力も白眉だった。

けれどそれ以外のグダグダ感が目に余りすぎる。

特にマリーの件はどうかと思う。
死にかけたものの、それまでの彼女は自分でも言っている通り、キャリアも順調で、権力のある男性とつきあっていて、リッチで美人。
津波のことがあってからも、そのステイタスが失われそうになって泣いたりするけれど、結局ミッテランの本を書くと大嘘をついて自らの臨死体験を書いた本は外国の出版社に認められ、ノリノリでサイン会に繰り出すというなんという順風満帆な人生。
だから彼女の苦しみも、葛藤も、努力も感じられず、まるで『食べて、祈って、恋をして』の主人公を見ているような気分にさせられた。

マーカスの養父母は、何かことあるごとに前に里子として面倒を見ていた青年の話をしていて、その彼といざマーカスがご対面というシーンも用意されておきながら、これが何もないときた。
普通それくらい台詞で伏線を張っておくなら、その青年がマーカスに何か大切なことを教えてくれたり、ヒントになることを提示してくれると思うのに。

そして「死後の世界はある」ことが大前提なため、そのスピリチュアルな思想を受け入れなければならないのも辛いところ。
胡散臭さを感じてしまうと完全に置いてけぼりにされてしまう。
なのでけっこう押し付けがましい作りも気になった。

ラストあたりは唐突さのオンパレード。

マーカスとジョージは唐突に出会い。
ジョージとマリーも唐突に初対面で見つめあい。
マーカスは「あのお姉さんが好きなんでしょ」と唐突にジョージに言い放ち。
ジョージは不在のマリーに伝言を残すか聞かれ、一度は断るものの、唐突に紙とペンを持って便箋2〜3枚にわたってびっちりと自己PRとラブレター(いや内容は知らないけどさ)を書き連ね。

そして最たる唐突なシーン。
カフェでジョージはマリーと出会い。
その次の瞬間、彼はマリーと情熱的なキスをしている姿を夢想する。
なにこのフラッシュフォワードは?
そしてまさかと思っていたら、そこで暗転、画面にはエンドクレジットが流れ出した!
この珍場面は映画史に残る筈。
何のつもりなの?

近年怖いくらいに傑作を含む良作を作り続けていたイーストウッドが久々に「やっちまった」感が拭えない。
そしてどうでも良いけれど、わたしはブライス・ダラス・ハワードの顔がいつまでたっても覚えられない。

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2011年02月15日

ノーカントリー

B0037X4YZ4ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
2007年 アメリカ
監督:ジョエル・コーエン イーサン・コーエン
出演:トミー・リー・ジョーンズ
   ハビエム・バルデム
   ジョシュ・ブローリン
   ウディ・ハレルソン
   ケリー・マクドナルド
by G-Tools


年寄りに場所はない。古き良きアメリカは失われてしまった。

ネタバレ有りです。

コーエン兄弟監督作品は、どちらかと云うと茶目っ気のある『ビッグ・リボウスキ』や『バーン・アフター・リーディング』、『バートン・フィンク』が大好きで、逆に凄く評価の高い『ファーゴ』は何が良いのやらさっぱりだった。
『ノーカントリー』もアカデミー賞に輝いた秀作であることは周知の事実だけれど、前評判できいていた暴力的な作風にビビり、今日まで手を出さずにきた。
でもレンタルが50円という安さだったので、それならと借りてきて―
凄い。素晴らしい作品だった。

とは云え、わたしにこの作品の深淵が判るはずもなく。
提示された比喩も掴めず。
予備知識として仕入れていた、今のアメリカを象徴しているのだということくらいしか頭に入っていなかった。

だから今回は自分の考察というものを破棄(←それで良いのか、映画ブログとして)。

見終わった後は、当然の如く解釈を求めて色々なレビューを読み漁った。
その中で判りやすく、一番しっくりしたのが、こちらのサイトに寄せられたコメント欄に投稿された解釈。

シガーは狂気のアメリカ。
ベルは正義の象徴で、古き良きアメリカ。
だからあのモーテルでシガーは「昔の自分」であるベルを殺さなかった。
シガーが追突されたのは911の暗喩。
ベルの最後の夢の話は、「理想」である父親に追いつけなかった。だから「正義」は引退する。


と、かいつまんで書いてみたけれど、本文はもっと詳しく考察されているので必見。
こんなことわたしじゃ到底思いつかない。

ストーリー面では、とにかく殺し屋シガーの圧倒的な存在感に震えが走る。
顔色ひとつ変えずに人を殺しまくり、標的を執拗に追うその不気味さ。
そしてコンビニの店主にコインの表裏をチョイスさせ、それによって生かすか殺すかを決めるシーンが後で効いてくる。
それは同じくモスの妻に生死を決めさせるシーン。
彼女は選択しない。
なぜなら選ぶのはシガー自身なのだから。
その絶対権力を持つ怪物は、やはり自身の選択で彼女を殺したのだろう。
ウディ・ハレルソン扮する人物を殺した時、シガーはその血が靴につかないようにベッドに足を上げる。
モスの妻の家から出てきた彼は、靴を気にしている。
彼女を殺したという暗喩なんだろう。

乾いた暴力、欲望に目がくらんだ者の末路、老いぼれは今を嘆くしかない。

ずしんと心にのしかかる傑作。
自分では解釈できずに人の受け売りのみなのが情けないけれど、良い映画であることだけは感覚で判る。

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2011年01月22日

愛する人

B004XUSV7C愛する人 [DVD]
2009年 アメリカ・スペイン
監督:ロドリゴ・ガルシア
出演:ナオミ・ワッツ
   アネット・ベニング
   ケリー・ワシントン
   ジミー・スミッツ
   デヴィッド・モース
   サミュエル・L・ジャクソン
   S・エパサ・マーカーソン
by G-Tools


世代を超えて、愛は受け継がれる。

ネタバレ有りです。

カレンは14歳の時に子供を生み、その日に養子に出された娘のことを一日たりとも忘れたことのない中年女性。
エリザベスはそのカレンの子供で、実の親を探すことなく、人と距離をとって暮らしている優秀な弁護士。37歳。
ルーシーは夫との間に子供が出来ず、養子縁組に頼る母性本能の強い黒人女性。
三人の女性の人生は思わぬところで交差することとなる。

しっとりとしたもの哀しい、でも人の心の機微が細かく描かれたやさしさも溢れる作風は好みで、ラストあたりの展開にボロボロ泣きもしたんだけれど。
ところどころ他の作品を想起させられてしまったところが残念。

顕著だったのは『あの日、欲望の大地で』との類似点。
エリザベスが誰でもすぐに寝てしまう女性であること、哀しい過去がそうさせていること、しかも外に出て他人に裸を晒すといったシーンまで『あの日、~』の主人公と一緒ときた。
これはどちらも制作がイニャリトゥ監督だから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど。もう少し独自の設定が出せなかったんだろうか。

そして10代の女の子の妊娠、出産したら里子に出すという設定、でも際になって養子を取る夫の方が怖気づく、または気持ちを変えてしまうというところは『JUNO/ジュノ』そっくり。

そういった既視感がなかったらもっと素直にドラマにハマれたのにと思うと残念。

とは言え、芸達者な役者さんの演技には充分にひきこまれた。
気難しい性格で、人の好意を素直に受け取ることができなくてトラブルをよく起こすカレン役のアネット・ベニングは、そのいやみったらしい言動を取りながらその度に自己嫌悪を繰り返す女性に感情移入させることに成功している。
家政婦の幼い娘にも、最初は嫌悪感を示し、けれど子供らしいあどけない仕草を見ていて自然と心がほぐれていく過程は、カレンが育てられなかった自分の子供に育まれていく愛情に繋がっている気がした。

エリザベス役のナオミ・ワッツは、その美貌もうっとりするポロポーションもやっぱり『あの日、欲望の大地で』のシャーリーズ・セロンと重なりながら、その表層的な美だけでなく、傷ついた、愛に恵まれない、でも実は自分で愛を遠ざけている複雑な女性にぴったりだった。
彼女が妊娠し、それを堕胎するものだと決め付けた医師にキレるところは、彼女の本当の自己主張と母性が表れたシーンだ。
生き方を決めた強い女性の意思がその瞳に宿っていた。
盲目の少女にお腹を触られているときに見下ろすその瞳はまた違った色を宿らせる。慈しみにあふれたその目は母親のそれだった。このナオミ・ワッツの表情は見事だと思う。

そしてエリザベスの上司ポール役で彼女と関係を結ぶサミュエル・L・ジャクソン。
彼がエリザベスに押し倒され、スーツ姿のままあんなことこんなことされちゃって呻く姿はなかなか見れたものじゃないと思う。

ストーリー面では、エリザベスがポールの子供を生み、そのまま死亡。
生まれながらに孤児になったその黒人の赤ちゃんは、ちょうど養子縁組を断られ傷心中のルーシーに引き取られる。
そのことを知ってカレンはルーシーを訪ね、自分の孫と出会うことができた。

母と子は体面を果たせなかったけれど。
カレンのもとにはエリザベスからの手紙と写真。
そして彼女の忘れ形見が残った。
そのかけられなかった愛情をカレンは孫に残すだろう。そしてルーシーもそれを歓迎する筈。
思わぬエリザベスの死にうちのめされたけれど、この展開で救われた。

それから最後に気になったこと。
エリザベスと不倫していた隣人家族のパンティー事件(ありゃ怖え)。
あれはさぞかしその後揉めたことだろうなあ……

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2010年12月04日

エル・スール

B00005HAROエル・スール [DVD]
1982年 スペイン・フランス
監督:ビクトル・エリセ
出演:オメロ・アントヌッティ
   ソンソレス・アラングーレン
   イシアル・ボリャン
   オーロール・クレマン

by G-Tools


そして、南へ―

ネタバレ有りです。

かもめの家と呼ばれる郊外の一軒家。
そこに父と母と暮らす少女エストレリャ。
父親は雪の降ることのない南の出身。乳母のミラグロスによると、彼は祖父と政治的な諍いのため北に移り住んだのだという。そこにはスペイン内戦が背景にあり、ファシズムなフランコ政権に変わった時に、父親は南を出たのだ。

父は振り子を使って水脈を発見する天才で、エストレリャはそんな彼を慕っていた。
けれどある日、昔父親の恋人であった女優のイレーネ・リオスの存在を知る。
彼女の出演する映画を一人で観にきていた父。
その後カフェでイレーネに手紙を書く父の姿を窓越しに見つめるエストレリャ。
そんな時、父親はふらっと家を出た。
南に行く汽車を待っていたのか。でも結局彼はそれに乗らず、かもめの家に帰ってくる。

一度もスクリーンに姿を現さない「南」の存在感が圧巻。
そこはエストレリャの憧れの地であり、父親と祖父の確執の地であり、社会主義者を北に追いやった政治的な地であり、父親の見知らぬ蜜月が存在した地であった。

エストレリャという子供からの視点で進む映画は、『ミツバチのささやき』のアナよりは年齢が高い分、大人の思慕や苦悩、歴史的背景が判りやすく点在している。
そしてエストレリャは父親の死を乗り越えて、アナとは違い、大人の階段を上っていくのも印象深い。
象徴的だったのが、父の死後に映し出されたかもめの家の外観で、そこには子供の頃エストレリャが遊んでいたブランコの紐が切断されている。
少女時代への訣別と、父親の思い出に悪い意味で囚われない彼女の姿がそこにこめられているような気がした。
だから彼女はラスト、心が傷つきながらも南へと向かう。
因習を乗り越えて。新しい世界へ。

父親が自殺する前、エストレリャとレストランでエン・エル・ムンドの曲を聴くシーンは名場面。
二人でかつて踊った思い出の曲。
そこに溢れるような思いをこめて聞き入る父親の姿には涙が出た。

一枚の絵画のようなシーンもいくつか見られ、そのひとつひとつの場面の美しさに心をうたれる。
名画ここにありき。

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2010年11月13日

ミツバチのささやき

B00005HARNミツバチのささやき [DVD]
1973年 スペイン
監督:ビクトル・エリセ
出演:アナ・トレント
   イサベル・テリェリア
   フェルナンド・フェルナン・ゴメス
   テレサ・ジンペラ
   クエエティ・デ・ラ・カマラ
by G-Tools


 少女のささやき

ネタバレ有りです。

スペイン内戦直後のオジュエロス。
荒廃した村に、移動巡回映写のトラックがやってきて、『フランケンシュタイン』のフィルムをまわす。子供たちは大喜びだ。
幼い姉妹イザベルとアナもそれに見入っていた。
アナは現実と虚構の区別がまだついていない。だから姉にフランケンシュタインは実は精霊で、人里離れた小屋にひっそりと棲んでいるという話を吹き込まれてそれを信じてしまう。
奇しくも時を同じくして、一人の脱走兵が村はずれの一軒家に身を隠していた。
それを見つけ、果物や外套を彼に与えるアナ。
彼女にとって彼は精霊だった。
けれど脱走兵はある夜殺される。
アナは彼に手をくだしたのは自分の父親だと思い込んでしまう。
そして彼女は家を出、衰弱しきったところを発見される。

アナ役のアナ・トレントのまっすぐで大きな穢れのない瞳にノックアウトされる。でも純粋だからこそ、彼女は少女から大人になるまでの通過儀礼をクリアできない。
フランケンシュタインが作り話であることを理解できないその幼さが悲劇を呼ぶ。

一方、姉のイザベルはそれを超過していることを示唆されている。
猫にいたずらをして引っかかれた傷から出た血を唇に塗りたくる。これは大人の女性の仕草として描かれているのだろう。
そして最も象徴的なのは、焚き火をジャンプして乗り越えるシーン。
イザベルをはじめとした少女たちはそれをやすやすとやってのけるのに対し、アナは少し離れたところから蹲ってそれを眺めるのみ。
成長を拒んだ彼女は、だから家出した夜にフランケンシュタインと出会うことができた。

スペイン内戦、少女が体験するファンタジー、という点で『パンズ・ラビリンス』を思い出した。
あれは辛い現実からの逃避が描かれていて、最後も悲惨だったけれど、こちらはかすかな希望がうつし出される。
それまで家族を、殊に妻を顧みなかったミツバチ養蜂場で働く父親。
彼は妻のベッドに無言で潜り込んで背中を向ける。
そんな夫に同じく距離をとっていたような妻は、最後にうたたねをする彼にやさしく上着をかけてあげる。
誰にあてて書いていたのか不明の手紙も燃やしてしまった。
そうして家族は静かに、そしてたしかに寄り添っていく。
戦争で傷ついたスペインが再生していくように。


まるでミツバチの巣のような形をした六角形の窓も印象的。
姉妹が線路に耳を押し当てて列車が近づく音を聴く場面も何ともいえない叙情的な美しさにあふれている。

子供の無垢な視線がせつなくもやさしい名作。

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2010年11月08日

サクリファイス

B000062VMCサクリファイス [DVD]
1986年 スウェーデン・アメリカ・フランス
監督:アンドレイ・タルコフスキー
出演:エルランド・ヨセフソン
   スーザン・フリートウッド
   アラン・エドヴァル
   グドルン・ギスラドッティル
   スヴェン・ヴォルテル

by G-Tools


 はじめに言葉ありき

ネタバレ有りです。

海辺の村で、父と子供が枯れた松の木を植えている。
父アレクサンデルは昔俳優をしていたが、今は引退し、大学教授として過ごしている。子供は口をきくことができないようだ。
昔、師のいいつけを守って枯れ木に水をやり続け、花を咲かせたという弟子の奇跡の寓話を話してきかせる。

家にはアレクサンデルの妻アデライデと、娘のマルタ、医師のヴィクトル、召使のジュリアとマリアがいる。
アデライデは名声を捨てて田舎に篭った夫に不満を抱き、その仲は険悪だ。
そんな中、いきなり轟音が屋敷を轟かせる。
核戦争が始まったのだ。
無神論者であったアレクサンデルは、自分のすべてを犠牲にするから愛する者たちを救ってほしいと初めて神に祈る。
そこに郵便配達人のオットーが現れ、召使のマリアと愛を交わせば世界を救えるのだと話しかける。

相変わらず観念的な台詞と象徴的な画と、圧倒される映像美がつらなるタルコフスキーの遺作。

アレクサンデルがマリアを抱くシーンが象徴的で、彼女の家に行った彼は先ず手を洗われる。それは今まで神を信じなかった彼への初めての洗礼なんだろうか。
そして二人が抱き合い、その翌日何もなかったかのように世界が安定していたのは、マリアの救いがもたらされたのかもしれない。
そうすると、マリアはマリアでも、肉体の交わりを介在することで、彼女はマグダラのマリアなのかという見方ができると思う。

平和のためにアレクサンデルがサクリファイスとして捧げたのは、住んでいる家。
それを全焼させ、彼が助けた人々に詰られながら、警察に突き出されるその自己犠牲は、神々しい姿とはほど遠く、ただの錯乱した老人のように引いた画で映し出される。

けれど子供だけは変化を見せる。
彼は口がきけるようになっている。
「はじめに言葉ありき。なぜなの?パパ」

この子供をどう解釈したらいいのか。
彼だけは名前が与えられず、常に“子供”とその呼び名が強調されていた。
その子供が言葉を話す。それも「はじめに言葉ありき」というキーワードを放っているのを考えると、彼こそが新しい世界が生み出した最初の子供なのかもしれない。

もちろんアレクサンデル以外の人間はそのことは知らず。
父親の自己犠牲が生んだ平和な世界で、子供はもしかしたら枯れ木に花を咲かせるのかもしれない。
ファーストシーンのあの松の木のそばに傅く子供の姿にそんなことを感じた。


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