2018年07月20日

死別後の嫁姑関係

京都では道路の気温計がなんと42度
アスファルトの上を歩くとそれ以上の体感
なんて暑いのでしょう


急激な暑さに身体がついていかないので

行動は普段よりペースダウンして
予定を詰め込みすぎないようにしています

ここ数日は暑くて頭痛がしてくることがあったので
なるべくゆっくりしていました

そうしていると気力もなんとか復活

健康第一ですから無理をなさらないように


*~*~*~*~*~*


いつもブログはふと思いついたことを
書き続けています
気が乗らない内容だと
途中まで書いて辞めてしまうこともあります

そして書いたら何を書いたか忘れてしまう私

いつもブログをお読みくださり
本当にありがとうございます





死別後の嫁姑関係


若いときに配偶者と死別した場合
ほとんどがその配偶者の親さんが
ご健在であることが多いのでは


親より先に子供を亡くした思いは計り知れません

いくつになっても子供は子供



一方 若くして配偶者を亡くした時は
夫や妻は義理の両親と同じ悲しみを共有します

立場は違うけれどまだ若い家族を亡くした悲しみは
亡くした者にしかわからないものです





夫を亡くしたばかりの時は
お互いさまも気持ちで思いやることができていたような気がします


悲しみに暮れる毎日でもあり
ガンで亡くなったので
もっと早く気づいてあげられなかったのか?
闘病中 もっとしてあげることがあったのでは?
と自分を責めてもいました

一人で仕事をしながら子育てで精一杯
1日があっという間に過ぎていき

これからのことを考える余裕もなかったように思います

そんな毎日だったので姑が何を考えているか
感じ取れなかったのです


一生 夫の墓守役としか思っていないなんて。。。

あちらからしたら、
至らない点だらけと思われていたのかもしれません

私も当時は若くてまだまだ未熟者



私の方は
親より先に亡くなった夫の代わりに
義理の親にも親孝行してあげないと

と本当にこころから思っていました

お茶に誘ったり
子供の行事にうちの親より姑を優先して連れて行ったり


そうやって義理の親の意向にほとんど従ってきました



おとなしく 言うままになる良い嫁を心がけていました

それがいけなかったのでしょうか?



夫の両親は逆に意のままになる嫁として
気がついたら
ず~っとみえない鎖で繋がれてしまっていたのです

子供はまだろくに言葉を話せないくらい幼く
わずか数年の結婚生活にもかかわらず


結婚当初と全く変わらない
あちらとの親戚付き合い

旧家でしたので遠いよくわからない親戚までお付き合いがありました

夫には上に兄弟がいるので
本家ではないのに


今思うと、知らず知らずに若かった私は

夫が亡くなっただけで何も変わらぬ付き合いを
強要されていたようです

気がついたときには
断ろうとしても許されないくらいしがらみに縛られていたのです


姑も近くに住んでいたので
毎日 うちの前を通ります

姑の家はあまり通りに面していなくて
私が前を通ることはありません

突然 友人が遊びに来ているのがわかっていて
訪ねて来られ
どんな人がきてるのか用もないのにチェックされていました


旅行で家を空ければ
帰ってきた翌日
どこに行っていたのか?と聞きに来ます

逆にあちらが海外に行こうが家を建て直していようが
私はまったく知らされていなかったくらいの関係性なのです


体調を崩して何日か家にいたら
仕事を辞めたのか なんで家にいるのか?と
確認しに来られたのです
体調を気遣うこともなく


会社勤めをしているのに
バイトは今日は休みなの?と
学生バイトのように思っていたのです



当時 私はそれをなんとも感じなかったというか
深読みしていなくてなんとなくスルーしていて

優しい姑だと思っていました

外面と物腰はやわらかいので
本音を感じ取るのに時間がかかったのでしょう


子を亡くした親の思いを尊重しすぎて
自分の感情は押し殺していたのです


そのうち あれっ? あれれ?
私たちを尊重してくれないんだ


世間体や子供の面影をなくしたくないから
ずっと縛り続けているのでは?
と先に書いたように感じる言動が重なりまくり
あのときの言葉はそういう意味だったのか
とショックでした


当時は若いときに配偶者を亡くされた人がまわりにいなくて

他はどうなのか 知る機会もありませんでした

10年くらい経つと
まわりから知り合いがこうだったよ
と間接的に同じ立場の人の話を聞くことがあり

子供が同じくらいの歳でご主人を亡くして
うちのパターンと異なり
供養や法要も義理の親がそちらの家でしてくれていたので
ほどなく再婚した とか


近所の人からは
まだ若いから再婚したらいいのに
と幸せを望んでくださる声をかけてもらったりもしました



世間の声が伝わってくるとともに


だんだん義理の両親に思うようにコントロールされていることに気がついてきたのです

苦痛でしかたなく
これでも我慢して続けていましたが
あまりにも絶えられなくなり

数年も経つとその支配が精神的にとても負担に感じるようになりました



夫が亡くなった時の嫁はこうあるべきと
一種のマインドコントロールのようなことも言われていました


温厚そうに思っていた姑から
あるとき 突然電話があって
思うようにならない私に向かって
すごい罵声を浴びせかけられました

ショックと恐怖で
電話口で私は過呼吸の症状が出てしまい

荒い呼吸で ゼーゼーぜんそくのような
息ができないくらい苦しくて苦しくて

こんなこと人生で初めてでした

幸い 近くに子供がいて落ち着くよう対処してくれたから
しばらくして治まりましたが

すごい呼吸が荒くなってびっくりしたと言っていました



その後もしつこいくらい電話がかかってきたのです


私は自分の命にもかかわるのではと
すごい恐怖が感じられ

離れることにしたのです

本心を垣間見た瞬間でした



かなり高齢になったのもあり
感情が抑えきれなくなって
本心が爆発したのでしょう


これで確信したのです
私たちの生活や幸せはどうでもよかったんだと



この文章を書きながら
当時を思い出して涙が出てきます








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これは私が体験したことですが

同じような悩みをかかえている方もいらっしゃるだろうと思います


また 残された家族の幸せを
第一に思ってくださる義理の両親もいるでしょう



若いときの配偶者の死別には
離婚とも違って
背後にいる親戚との繋がりが残ります


どんな関係を望まれるかで
今後のあなたの人生にとても影響してきます


また 同居されている場合
家を出にくいとも聞かれます


孫も懐いて
一人息子が亡くなったとするとずっと一緒に暮らして
老後も面倒をみてもらいたいと思う姑もあるでしょう


また同居していなくても老後 援助して欲しいと言ってきたり


逆に まだ若いからと残された家族の今後の人生を考え
再婚の道もあるからと
快く送り出してくれる場合もあるでしょう


とてもできた義理の両親ほど
言い出しにくいものです


ここで言いたいのは

一番大切なことは

残された家族 あなたの幸せを優先する ということ


もちろん 義理の両親とずっと一緒に住みたいと
心から思うなら それが幸せでしょう


とても負担に感じるなら時期をみて離れることが大切
いつまでもずるずるとしていると
私のように依存されてしまうかもしれません


選択に迷ったら
あなたの将来の幸せを優先してあげてください



亡くなった人は
残された家族が幸せになることを望んでいます



我慢と苦労はさせたくないはず


あなたがもし亡くなるとしたら
残された家族に対しどう思うのか?
と考えればよいのです

やはり 残された家族が幸せになって欲しいと願うでしょう


ですから自己犠牲しすぎないように
あなたの人生はあなただけのものなんです


私の経験が少しでもお役に立てれば幸いです









cocoronocafe at 00:15|PermalinkComments(0)ふと思う | 夫と死別