2018年04月11日

流されない心を持って

みなさん こんにちは

新学期が始まりましたね
お子さんは新しい環境になり
どんな年になるかワクワク

新社会人の方は
着慣れない初々しいスーツ姿
見ているとすぐわかるものです

これが一年後には
先輩となって制服やスーツを着こなしています




~*~*~*~*~*

前回のブログに関連していきますが


流されない心をもって


私たちは生まれてから

少なからず 他人の影響を受けて成長していきます

言葉 他人の行動 
教育 親 友達 先生
TV インターネット

様々な情報が目から耳から得ています



グループや組織の中にいると
そこでの独特の価値観やしきたりが生まれます

グループのリーダー的な人の意見が尊重され
その意見が正しいものだとされます

それは違うと感じても

学校なら先生の言うこと
部活の先輩や先生
会社では先輩・上司
組織ではそこの長

が絶対となっていることが多いのではないでしょうか



最初はその価値観や意見に違和感を覚えるでしょう

ずっとその中に浸かっていると
いつしか当たり前 となって
環境に慣れてしまう

その繰り返しに
疑問に思うこともなくなり

何も考えなくなって染まっていくのです


部活で上級生やコーチから
理不尽なことを言われて
辛かったり悔しかったことが

後輩が入ってくると
同じことをやり返す

当たり前の習慣に慣れてしまい
すっかり流されているのです

相手が困っているのがわかるはずなのに



嫁姑関係でもそうです

姑は嫁いだときに
当時の姑に辛い思いをさせられ

嫁が来ると同じ思いをさせたり
自分勝手な決まり事を守らせたりして
自由にさせなかったり口出したり



友達の中でのイジメは
リーダー格のひとが
気に入らないとターゲットを決め

それをみてまわりも同じようにイジメを始める
ターゲットが変わると
いじめられていた人もイジメる側になることも
自己保身
辛かったのに同じ思いを味わっているとわかるのに


大人の世界でもあります

子供の部活・スポーツ少年団、習い事などでも
保護者の中での親同士のイジメの話


リーダー格の親が気に入らない親や子に対して

仲間はずれや無視
理不尽なことをしたり

という話はよく聞きました



リーダーのパワハラ といえばそうかもしれません
しかし そのパワハラに便乗して
同じように振る舞うことは仕方ないのでしょうか


それは同罪ですよね

されて嫌なことはしない

まわりに流されないこころが試されています


現実は流されている人のほうが多くて
自己保身や点数稼ぎのためなのか

理不尽なことでも強い方に流されています


いつしか自分を無くしてしまっています


イジメや戦争 という言葉があります
この現象が無くなれば
このイジメや戦争という言葉すら存在しなくなるのです

しかし現象がある限り無くならない言葉






お役所に行ったとき
感じの悪い対応の人がたまにいて
お年寄りに強い口調で責め立てているのを見たことがあります

聞こえてくる話によると
そのお年寄りがそんなに悪くない内容に思うのですが
キレて大きな声で威嚇していました

丁寧に教えてあげればいいのになと
そのあたりの空気が凍っていたのを覚えています


いつの間にか仕事の立場を勘違いしてしまっている例です



世の中は
なぜこんなに理不尽だとわかっていても
同じように染まってしてしまう人が多いんだろう
これからどうなっていくんだろう



そんな思いでいたとき

銅像になったニッポン人 という番組で

トルコで銅像になった日本人がいるということでした


宮崎淳さん という方

大分県庁職員だった宮崎さんは当時41才
2011年 東日本大震災の時
その様子をTVでみていて
自ら進んで ボランティア活動へ参加


そのときに救援隊で来ていたトルコ人が
笑顔で励まし一生懸命救援活動をしていたのをみて
他国のことなのにそこまでしてくれるトルコの人に感動し


半年後には県庁を辞め
「難民を助ける会」に入って
活動を始めます

しばらくして トルコ東部地震が起こります
被害状況もすごく
恩返しをしたい思いで
率先してトルコの救援活動に志願したのです


余震が続く中
ライフラインが閉ざされた辺境の地に
自ら赴き
笑顔で被災者に接し
支援物資を渡したりと精力的に活動していました


地元の人はそんな宮崎さんを連日メディアで特集していました
危ない最前線で活動していた宮崎さんのことは
トルコ中に知られるようになっていました


危ないところで支援活動をするため
悲しませたくないということで
家庭を持たないと決めていたそうです


自分が震災にあって助けてもらったのではなく
自分もボランティア活動をしていたのに
そこで活動していた国の人に恩返しをしたい
と心に決め

安定が約束されている県庁職員を辞めてまで
意思を貫く

なんて心の澄んだ 魂の高い方なんでしょう


そんな素晴らしい人が
トルコで支援活動中に
余震に合い
滞在していたホテルが全壊してしまい
その地で亡き人となってしまわれました

享年41才
志半ばだったでしょう
まだまだやりたかったはずなのに




その際 トルコでは
宮崎さんを外国人初の国葬が執り行われ
当時のトルコ大統領も哀悼の手紙を読んだのです


その感謝の気持ちを忘れないようにと
トルコでは宮崎さんの名前のついた施設や
銅像まで造られたと言うことです


同じ日本人として誇りに思います


それ以来 毎年宮崎さんの母親のところに
トルコ中から感謝の手紙や贈り物が届けられているそうです



なんて素晴らしいひとがいたんだろう
もっと長生きしてもらいたかった

なんて神様は意地悪なんでしょう
誰もが思うでしょう


この出来事を知って
とても感動しました

こんなにも心の清らかな人がいらっしゃったなんて

こういった素晴らしい日本人がいたことを
誇りに思います


このニュースを知って
こんな人が本当にいらっしゃるんだと
感動しました


宮崎さんの早すぎる死にも
必ず意味があります


この出来事を世の中の方に知ってもらって
エゴや名声、権力・地位のためでなく


ひとりの人間としてどうあるべきか
自分に問いかけながら


どこにいても
流されない心を持って

自分の信念に従い

困った人には優しく
いつも笑顔で接する



すごい人がいたなで終わらせないこと


少しでも宮崎さんのこころを見習い取り入れていく


流されそうになったときは
この宮崎淳さんのことを思い出し
恥ずかしくない生き方をしていきたいものです



こころの優しさが連鎖していく
そんな世の中になるよう祈っています



最後までお読みくださりありがとうございます





cocoronocafe at 09:00│Comments(0)ふと思う 

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