2010年02月11日
見るまえに跳べ
東京にて。
「イヌ」から7年。北田直俊監督最新作「朝子」「デモーニッシュな街から遠く離れて」を観る。
今回同時公開された二つの作品は共に「自殺」をテーマにしており「朝子」は「自殺に向かう側」を、「デモーニッシュな街から遠く離れて」は「最愛の人を失った側」を特異な映像表現と構造により描いている。この対の関係にある二作品を制作し同時公開する事には監督が自ら体験してしまったある出来事が関係している。最愛の恋人の自殺である。死のうとしていた自分を救済してくれた存在である彼女の死を目の当たりにするという筆舌に尽くし難い喪失こそがこの二作品の出発点でありこの世に生まれた理由である。
「朝子」は失聴の人妻が主人公のドラマである。夫、息子と三人で過ごしていた日常がある出来事をきっかけに崩れ落ち同時に過去のトラウマが蘇った朝子はとんでもない方向へと走り出し堕ちていく。現実と妄想が混同していき物語が急激に加速したのもつかの間、唐突に死というラストが突きつけられる。とにかく本当に救済が無くひたすら生々しく乱暴な静寂が漂う映画で特に女性の方は目を背けたくなるシーンも多々あるので注意が必要なエロエロ・パラレルワールド。錯雑するその中でただ一つ確かである事は一人の人妻が血を吐き苦しみながら死んだという事である。その姿は鮮烈な光景で邦画の中でも上位に食い込む悲惨さじゃなかろうか。些細なきっかけがあっという間に連鎖を起こし取り返しがつかなくなってしまう怖さ。この世に潜む脆さや危うさ、道端に落ちてる数々の汚いモノを観た気がする。少々乱雑な部分や精神的に傷つく危険な場面もあるが映画として十分な魅力と破壊力がある作品。ラスト直前の土砂降りの雨のシーンは魅惑的且つ絶望感溢れるものだった。
「デモーニッシュな街から遠く離れて」は恋人を自殺で亡くした主人公の男が恋人の実像が蘇る不思議なメガネを手にし極寒の地へとひたすら車を走らせるロードムービー。主演を務める監督自らがほぼ一人で撮影したこの作品はSFフィクションでありながら極私的ドキュメンタリー的な側面も持ち合わせる映画である。ひたすら北へと向かう主人公の脳裏に蘇る最愛の人。進むにつれて色が消えていく景色。そしてそれらの異なる時間軸の映像や景色が徐々に混じって行き全てが混ざる時それは映画というものを離れてしまう。それはとても奇妙な感覚であると同時に、映し出されているものが監督の心である事を否応無しに突きつけられる瞬間である。かなりパーソナルな感情で埋め尽くされており、これでもかというほどの長回しもある為観る方によってはつらい場面もあるだろう。という事もあり映画的興奮はなにもないまま物語は進んでいくのだが終盤に映し出されている映像に身震いがし高揚せずにはいられなかった。絶対的に埋まる事の無い距離を視覚化した素晴らしく優れた表現であり切な過ぎるシーンがそこにあった。頭の中で今まで見て来た映像がフラッシュバックする。吹雪と共に消散する世界に流れ出す小谷美紗子の歌。まさに喪の作業である。
と書いてはみたけど、この監督の軌跡とも言うべき二作品について上手く言葉を発したり文字に起こすのは凄く陳腐で空虚な気がしているし術も持ち合わせていない。素晴らしい作品であり頭の中では上記以上の様々な感情と感想が蠢いているにも関わらず。それを言葉にする気も術も持ち合わせていない僕は終了後に北田監督とCINEMANBRAINの稲田さんと三人で話している間に、今見たばかりの映画に関しての話を案の定上手く喋れずに雑談をしてしまった。それはそれで良い時間だったけれども。
この二作品の様にパーソナルな感情、ここでいうところの喪失をこのように作品として表現しこんなにも心を曝け出されると何と言えば良いのか分からなくなる。大切な知り合いから精神的にキツいトラウマや過去の辛い体験等を突然打ち明けられた時に気の利いた優しい言葉の一つでもかけてやりたいが何も言えず遣る瀬なくなる感じ。どんな言葉や態度が適切なのか。しばらく考えてみようと思う。
ただ、もう一度観たいと思った。
昨年から関東地方で行なわれていた巡回上映もこの前の東京での上映で一旦幕切りである。スクリーンで観れた事ももちろん良かったが、もっと多くの人に観てもらえたら良いなと心底思う。監督が自らチラシを撒いて客が0人でも作品をスクリーンに投影しているなんて。何かいい方法はないものか。
もし観る機会があれば是非是非。
朝子/予告編
デモーニッシュな街から遠く離れて/予告編
構造や技術等その他様々な優れている映画や商業として必要とされているであろう要因を圧倒的に凌駕し確固たる魂のみで圧倒的に映画として成立しているもの。この血が通った2本の非商業映画はまさにそちら側で、そういったものに惹かれる。
余談だけど「デモーニッシュ〜」のラストシーンと若松孝二監督作「17歳の風景 少年は何を見たのか」は撮影時期及びラストシーンのロケ地が偶然にも同じらしい。「17歳の風景 〜」も北へ向かう主人公の話だった。
何かを失うと北に行きたくなるとよく耳にはするけど一体何がそうさせるのか。
とにもかくにも会えて本当によかった。
こーがく
「イヌ」から7年。北田直俊監督最新作「朝子」「デモーニッシュな街から遠く離れて」を観る。
今回同時公開された二つの作品は共に「自殺」をテーマにしており「朝子」は「自殺に向かう側」を、「デモーニッシュな街から遠く離れて」は「最愛の人を失った側」を特異な映像表現と構造により描いている。この対の関係にある二作品を制作し同時公開する事には監督が自ら体験してしまったある出来事が関係している。最愛の恋人の自殺である。死のうとしていた自分を救済してくれた存在である彼女の死を目の当たりにするという筆舌に尽くし難い喪失こそがこの二作品の出発点でありこの世に生まれた理由である。
「朝子」は失聴の人妻が主人公のドラマである。夫、息子と三人で過ごしていた日常がある出来事をきっかけに崩れ落ち同時に過去のトラウマが蘇った朝子はとんでもない方向へと走り出し堕ちていく。現実と妄想が混同していき物語が急激に加速したのもつかの間、唐突に死というラストが突きつけられる。とにかく本当に救済が無くひたすら生々しく乱暴な静寂が漂う映画で特に女性の方は目を背けたくなるシーンも多々あるので注意が必要なエロエロ・パラレルワールド。錯雑するその中でただ一つ確かである事は一人の人妻が血を吐き苦しみながら死んだという事である。その姿は鮮烈な光景で邦画の中でも上位に食い込む悲惨さじゃなかろうか。些細なきっかけがあっという間に連鎖を起こし取り返しがつかなくなってしまう怖さ。この世に潜む脆さや危うさ、道端に落ちてる数々の汚いモノを観た気がする。少々乱雑な部分や精神的に傷つく危険な場面もあるが映画として十分な魅力と破壊力がある作品。ラスト直前の土砂降りの雨のシーンは魅惑的且つ絶望感溢れるものだった。
「デモーニッシュな街から遠く離れて」は恋人を自殺で亡くした主人公の男が恋人の実像が蘇る不思議なメガネを手にし極寒の地へとひたすら車を走らせるロードムービー。主演を務める監督自らがほぼ一人で撮影したこの作品はSFフィクションでありながら極私的ドキュメンタリー的な側面も持ち合わせる映画である。ひたすら北へと向かう主人公の脳裏に蘇る最愛の人。進むにつれて色が消えていく景色。そしてそれらの異なる時間軸の映像や景色が徐々に混じって行き全てが混ざる時それは映画というものを離れてしまう。それはとても奇妙な感覚であると同時に、映し出されているものが監督の心である事を否応無しに突きつけられる瞬間である。かなりパーソナルな感情で埋め尽くされており、これでもかというほどの長回しもある為観る方によってはつらい場面もあるだろう。という事もあり映画的興奮はなにもないまま物語は進んでいくのだが終盤に映し出されている映像に身震いがし高揚せずにはいられなかった。絶対的に埋まる事の無い距離を視覚化した素晴らしく優れた表現であり切な過ぎるシーンがそこにあった。頭の中で今まで見て来た映像がフラッシュバックする。吹雪と共に消散する世界に流れ出す小谷美紗子の歌。まさに喪の作業である。
と書いてはみたけど、この監督の軌跡とも言うべき二作品について上手く言葉を発したり文字に起こすのは凄く陳腐で空虚な気がしているし術も持ち合わせていない。素晴らしい作品であり頭の中では上記以上の様々な感情と感想が蠢いているにも関わらず。それを言葉にする気も術も持ち合わせていない僕は終了後に北田監督とCINEMANBRAINの稲田さんと三人で話している間に、今見たばかりの映画に関しての話を案の定上手く喋れずに雑談をしてしまった。それはそれで良い時間だったけれども。
この二作品の様にパーソナルな感情、ここでいうところの喪失をこのように作品として表現しこんなにも心を曝け出されると何と言えば良いのか分からなくなる。大切な知り合いから精神的にキツいトラウマや過去の辛い体験等を突然打ち明けられた時に気の利いた優しい言葉の一つでもかけてやりたいが何も言えず遣る瀬なくなる感じ。どんな言葉や態度が適切なのか。しばらく考えてみようと思う。
ただ、もう一度観たいと思った。
昨年から関東地方で行なわれていた巡回上映もこの前の東京での上映で一旦幕切りである。スクリーンで観れた事ももちろん良かったが、もっと多くの人に観てもらえたら良いなと心底思う。監督が自らチラシを撒いて客が0人でも作品をスクリーンに投影しているなんて。何かいい方法はないものか。
もし観る機会があれば是非是非。
朝子/予告編
デモーニッシュな街から遠く離れて/予告編
構造や技術等その他様々な優れている映画や商業として必要とされているであろう要因を圧倒的に凌駕し確固たる魂のみで圧倒的に映画として成立しているもの。この血が通った2本の非商業映画はまさにそちら側で、そういったものに惹かれる。
余談だけど「デモーニッシュ〜」のラストシーンと若松孝二監督作「17歳の風景 少年は何を見たのか」は撮影時期及びラストシーンのロケ地が偶然にも同じらしい。「17歳の風景 〜」も北へ向かう主人公の話だった。
何かを失うと北に行きたくなるとよく耳にはするけど一体何がそうさせるのか。
とにもかくにも会えて本当によかった。
こーがく
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この記事へのコメント
1. Posted by かに 2010年02月13日 20:56
はじめまして。
非常に的確な評論久々に読みました。
貴方、天才だ。 そうですか。若松が同時期に。
何か、動き感じます。言いも知れない。
北田直俊見る価値あり、映画好きとして。
何十年かぶりに、ワクワクします。
非常に的確な評論久々に読みました。
貴方、天才だ。 そうですか。若松が同時期に。
何か、動き感じます。言いも知れない。
北田直俊見る価値あり、映画好きとして。
何十年かぶりに、ワクワクします。
2. Posted by こーがく 2010年02月14日 01:51
かにさん>
はじめまして。
いきなりで大変失礼ですがadgの掲示板に感想書いてらした方ですよね?違ったらすいません。
僕みたいな者の文を読んで頂き、尚かつ恐れ多い感想までいただき大変ありがとうございます。嬉しく思います。
僕もかにさんと同じ様に感じます。ゾワゾワと毛穴が開く感じです。
北田監督という人が作品がもっと広まれば良いと心底思います。何か変わると思います。その為に出来る事は無いかと考えたりしてます。
はじめまして。
いきなりで大変失礼ですがadgの掲示板に感想書いてらした方ですよね?違ったらすいません。
僕みたいな者の文を読んで頂き、尚かつ恐れ多い感想までいただき大変ありがとうございます。嬉しく思います。
僕もかにさんと同じ様に感じます。ゾワゾワと毛穴が開く感じです。
北田監督という人が作品がもっと広まれば良いと心底思います。何か変わると思います。その為に出来る事は無いかと考えたりしてます。
3. Posted by ちば 2010年02月19日 00:27
こーがくぅ!チラシくれたのに公開前になんも連絡くれないなんて・・・ひどい!もう終わってるやんかっ!!
見たかったのに・・・
もう暫く上映予定はないんかな?
いい映画でも見てもらわな意味ないもんな。
そんなに言うならこーがくが持って歩いたら良いんや。
映画にはプロデュースが必要不可欠やからね。
みきやんの撮影頑張って。
見たかったのに・・・
もう暫く上映予定はないんかな?
いい映画でも見てもらわな意味ないもんな。
そんなに言うならこーがくが持って歩いたら良いんや。
映画にはプロデュースが必要不可欠やからね。
みきやんの撮影頑張って。
4. Posted by こーがく 2010年02月19日 18:07
ちぃばぁさん!ごめん!!
そんなちばさんに朗報です。4月か5月に1〜2日間だけアップリンクでやるそうなのでそん時に観れるよ。正式に決まって情報分かったら連絡する。絶対する。
そうやね。ちょっと計画してる事はあってね。少しずつ進めて行くよ。
三木さんのは撮影で参加予定です。頑張ります。
そんなちばさんに朗報です。4月か5月に1〜2日間だけアップリンクでやるそうなのでそん時に観れるよ。正式に決まって情報分かったら連絡する。絶対する。
そうやね。ちょっと計画してる事はあってね。少しずつ進めて行くよ。
三木さんのは撮影で参加予定です。頑張ります。
5. Posted by たなくん 2010年06月24日 18:37
北田氏とは長いお付きあいをさせてもらっております。
以前下北沢でイヌの上映があったんですが、その時も宣伝の手伝いをしていました。
今回の関東&地方上映は自宅に送られてきたチラシ&ポスターで知りました。
そうですか、まだ彼は孤独な映像活動をしているのですね。
日々の努力が報われる日が来る事を切に望んでおります。
以前下北沢でイヌの上映があったんですが、その時も宣伝の手伝いをしていました。
今回の関東&地方上映は自宅に送られてきたチラシ&ポスターで知りました。
そうですか、まだ彼は孤独な映像活動をしているのですね。
日々の努力が報われる日が来る事を切に望んでおります。
6. Posted by たなくん 2010年06月24日 19:26
最近観た中でイチオシはギャスパーノエの「エンターザボイド」です。
東京では歌舞伎町で単館ロードだったんですが
麻薬に侵されていく主人公の心理描写が素晴らしく、警官に開始早々、トイレで射殺されるんですが、そこから幽体離脱して、主観&俯瞰ショットの143分の特大長廻しで東京の街やストリッパーの妹の私生活をピーピングしていくんで、軽い船酔い気分で過ごせましたよ。
またバッハのG線上のアリアがカノンバージョンでこれまた切なくて、
Hな気分になったかと思ったら、谷底に落とされたような喪失感を味わったり、妙にノスタルジックになったりで、エモーションの部分が超忙しかったですよ〜〜!
でもボクの中では早くも今年のベスト5には入っちゃってるかもね。
ノエの次回作は3Dポルノだそうで、これも今から楽しみデスネ!
東京では歌舞伎町で単館ロードだったんですが
麻薬に侵されていく主人公の心理描写が素晴らしく、警官に開始早々、トイレで射殺されるんですが、そこから幽体離脱して、主観&俯瞰ショットの143分の特大長廻しで東京の街やストリッパーの妹の私生活をピーピングしていくんで、軽い船酔い気分で過ごせましたよ。
またバッハのG線上のアリアがカノンバージョンでこれまた切なくて、
Hな気分になったかと思ったら、谷底に落とされたような喪失感を味わったり、妙にノスタルジックになったりで、エモーションの部分が超忙しかったですよ〜〜!
でもボクの中では早くも今年のベスト5には入っちゃってるかもね。
ノエの次回作は3Dポルノだそうで、これも今から楽しみデスネ!
7. Posted by こーがく 2010年08月23日 23:04
たなくんさん>
初めまして。
そうですか北田さんのお知り合いの方なんですね。北田さんはまだまだバリバリです。これからも特異で最高な作品を産み出して行くと思われます。
ギャスパーノエ監督作「エンターザボイド」観たかったのですが結局観れませんでした。結構評価高いですね。ますます観たくなります。DVD出たら夜にゆっくり観ようと思います。
初めまして。
そうですか北田さんのお知り合いの方なんですね。北田さんはまだまだバリバリです。これからも特異で最高な作品を産み出して行くと思われます。
ギャスパーノエ監督作「エンターザボイド」観たかったのですが結局観れませんでした。結構評価高いですね。ますます観たくなります。DVD出たら夜にゆっくり観ようと思います。