2005年06月14日

黒いキリンレモンって。

キリンビバレッジ、黒いキリンレモンを発売 [nikkeibp.jp]

キリンレモンの黒いのが発売されますよー。 って発表。
要するにレモンのきいたコーラじゃないのか? というつっこみは無用なのでしょうが、今更なにをしたいのかよくわからない。 ガラナが入ってるみたいなんだけど、ガラナってなんだろ? 検索してみるとたくさんヒットする(Google 検索: ガラナ)。

ガラナ自体は植物の名前で、
ムクロジ科のつる性植物。ブラジル、ウルグアイ原産で、同地方で栽培される。 葉は羽状複葉で互生し、黄色の花を円錐状に多数つける。 果実は洋梨型で、径一センチメートルくらいの黒色の種子がはいっている。
種子はカフェインを含み、飲料や強壮薬に用いる。
ガラナってなにより

ということで、滋養強壮に効果があるモノなんですね。 知りませんでした。 最近ではペプシXが話題になったみたいで、これにもガラナが入ってるんですね。 流行ってるのかな? と思ったらどうも「リアルゴールド」「タフマン」「アサヒ オープラス」「グロモント」など、いろんな飲み物にガラナは入っているみたいです。 オープラスってスポーツドリンク系ですよね? 意外。

キリンレモンブラックとそっくりの商品もありました。 その名もキリン ガラナ
北海道限定の商品みたいなんですけど、要するにこれにレモン足してキリンレモンブラックって云ってるんじゃないのかな? 北海道のヒトはキリンガラナにレモン絞ってみたら一足早く味わえそうですよね。 そういう意味ではペプシXでも良いかもしれない。 お試しアレ。 私は試さないけどね(笑)
  

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2005年06月13日

出題者は問題の重要性を考えるべき

私立中入試算数 問題文に問題あり あり得ぬ設定多数 [Tempじゃ〜なる]

中学入試の問題であり得ない出題がたくさんあったという話なんですが。 簡単に言うと濃度30%の食塩水とかそういうのですね。 食塩は最大で28.2%までしかならないから文字通りあり得ない問題だと。

算数?数学?の出題だそうなので、起こりえない濃度であっても計算はできるわけ。 だけど、実際に計算する過程なんて本質的な問題じゃないはず。 数学は「論理的な思考」を身につけるためのトレーニングなのでしょうから。
でも、私は与えられた問題を効率良く解決する方法をトレーニングしていたから、この問題を見ても、数字にしか意味を見いださないで食塩だろうが砂糖だろうがサクサク解いていたと思うけれど、それって計算できただけであって電卓があればすんじゃうどうでも良いことなんだよね。

自然科学を客観的に記述するための言語が数式なのであって、その記述の仕方とそれを導くための論理的な筋道を立てられるようにするためのトレーニングが、学校で教える算数であって数学の本質的な所であって、このニュースではそれがどれだけおろそかにされているかが露呈してしまった結果なんだろうなあ。

なにを知りたくて、そのためになにが必要で、どうすれば求まるか。 買い物に行くときだって理論的に考えるわけでしょ? 数学はきっと道具だけど、人間に最も必要な道具のひとつだと思うんだよね。 おろそかにせずしっかり身につけて欲しいのでした。 理科離れの背景にもなってるんじゃないかと心配だよ。
  
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お久しぶりです。

あまりにとばしすぎて長文を書いてたら自分で敷居が高くなっちゃって書けなくなってしまっていました(笑)
前よりもフランクな感じでゆったりとどっかのサイトでその日見た話題の感想とか文句とかいろいろ書いていけたらいいなーっておもってます! あ、ニュースサイトって云うんですかね? 多分違うと思いますが。

そういうわけで、誰も見てないこのページを淡々と更新していくからよろしくね!  
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2005年02月10日

沈黙のオーディエンスよ! 今こそ立ち上がれ!

webの情報は話半分に。について小生にうずさんにご意見をいただきました!

1. どれほどの人が「流れ」による「信憑性」を感じているだろうか
2. 信憑性のない情報がはたして一人歩きするか

の2点を指摘してくれました。
香陸さん(小生にうずの管理人さん)曰く、「どこか僕の考えとは違うなと思うところもあるので(僕の持ち前の性格の悪さを存分に発揮して)書いておきます。」ということなんで、私も反論!

まず、1について。
多くのサイトを見ない人にとって、自分のお気に入りのニュースサイトが唯一だとすればたしかに、「いろんなサイトで取り上げられているんだから本当のことなんだろう」と思うことはないですね。 でも、いまあるニュースサイトのネットワークのなかで、閲覧者がニュースサイトをひとつしか見ないという状況は考えにくいんじゃないでしょうか。 ニュースにはほとんど「引用元」が付いてるし(引用元についてはいろんなところで話題になってるねー。 それについてはまた今度。)、コメントのなかで別のニュースサイトが話題になることも多いし。 もちろんニュースサイト管理者さんのように10も20も回るってことはないだろうけど、この環境の中で「流れ」を感じていないユーザは少ないんじゃないかな。

話題のフォーカスについては、香陸さんとは反対側の意見。 サイト間に繋がりがあって、それは網のように張り巡らされている。 それが流動的に形を変えていくのがwebのおもしろみであると思うんだけど、それはサイト管理者だけのものではないはずで閲覧者の立場から情報の流れにダイナミックに干渉すべきではないかな。 沈黙のオーディエンス(憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向日記:沈黙のオーディエンスkasa's legitimate square:“アクセス数=無言の感想”という捉え方)という言葉があるみたいだけど、閲覧者は沈黙してもいいし発言してもいい。 流れに積極的に干渉することでより楽しめるはず。 だから「流れ」を論じるときに閲覧者の視点が無いのは逆に違和感を感じてしまいます。 さっきもいったけど、閲覧者も流れを感じる環境にあるんだから。 おいていかないで! 閲覧者諸君は声高らかに発言すべきだ!
検索エンジンについては次の項でね。

香陸さんは「1-1.意識まで検索エンジンに支配されてはならない」で検索エンジンを恨まなければならないといっているけど、これは私の意識にはない考え方でとても新鮮。 情報の確かさをチェックしてくれる検索エンジンがあったらこんな心配をする必要ないもんね。 可能なのかどうかわからないけどさ。
私は現時点での検索エンジンの能力を想定して、その中で誤った情報が検索上位に来ることを懸念していました。 でもそれは、だからといって面白いけど信憑性のない怪しい情報(信憑性という言葉についてはのちほど)を採用するなと云っているわけじゃない。 コメントとして信頼性が低いこと、もしくは別の説があることを添えるべきなんじゃないっていいたい。 そのときこそ、チェックする機能が必要になるし、閲覧者からのフィードバックが機能する。 だから面白いネタはどんどん採用してください。 面白いけど胡散臭いなんていうのは胡散臭さをコメントで洗い流して! そこが腕の見せ所ですよ! ニュースサイト管理人の皆さん。(えらそうでごめんなさい)

香陸さんの言う「間違った情報は流れに乗ってこそ是正される。」は良く的を射た表現だと思います。 私は間違った情報が流れに乗ったら大変だという論調でした。 でも、これは丸飲みしてしまう場合であって、真偽を疑う眼がきちんと働いているなら曖昧な情報が流れに乗ることに対する懸念は解消する、むしろ流れに乗せれば曖昧ではなくなることがあるということですね。


ここからは2.について。

信憑性について。
私は「信憑性のない」という言葉を間違って使ってました。 香陸さんの指摘の通り「信憑性はあるのだけど、実はまだ十分な正当化が与えられていない情報が、まるで真実であるかのように人の目に付いてしまう」という意味でした。
要するにほんとっぽい怪しい情報という意味っすね。 誤解を生む浅はかな表現でした。 ごめんなさい。

ファッションとしての雑学と知識について。
面白い考察です。 おもしろい。 その通りだと思うのですが、一点だけ。
ファッショナブルな雑学は、誰かに話すために仕入れるんですよね。 お酒の席とか日常的にちょろっと。 「あ、この人物知りだ」っていう空気になるかと言えばそうでもないのが面白い。 間が大事なんですよねって、それは全然違う話なのでまたそのうち(笑)。
そのweb上ではないところで展開された話の種としての雑学は、聞き手が「おもしろくなーい」って言いながら別のところでは我が物顔でしゃべったりするんです。 ほんとの伝言ゲームの始まりです。 この場合、話し手の技術が高いと本当のことだとして「裏打ちのない常識」となってしまうことってありますね。 webがこれを促進させちゃうとしたら悲しいですね。

信憑性があることと、真であることの区別について。
真であることと信憑性があることは違いますね。 仰るとおりです。
私の危惧は「信頼感」を抱くことで丸飲みしちゃうことがあるんじゃないかってことでした。 だから、流れの中で情報に選択されていくこと、様々なコメントが付くこと、議論が生まれることは、webの本質であって豊かさを生み出すものだと思ってます。 ここは声を大きくしておこう(笑)
さっきも書いたけど、きちんとコメントなりなんなりで付加すること、つまり付加価値を言葉にして表現することが大切になってくるんじゃないかな? つまり、話は「流れ」に触れるすべてのユーザがその真偽について考えようっていうところに集約してくるんじゃないかな?

まとめてみよう。
・ニュースサイトを伝播する情報のダイナミックな流れのなかで「真偽を見極める眼」を管理者・閲覧者を問わずに持つことが大切。
・ニュースサイトの情報の「流れ」を論じる上で閲覧者をおいていかないでほしい! 閲覧者もネットの参加者だという自覚を持つとよりwebを楽しめる可能性
・疑わしい場合には管理者が「疑問が残る」っていう情報を付加する柔軟な対応がサイト管理者に求められる。
・チェック機構がうまく働いてさえいれば検索エンジンで上位になろうがどうしようが関係ない。

香陸さんに反論をいただいて、反論で返してみました。 いかがでしょうか? 香陸さん。 ご指摘はとても良い刺激になったし、webの情報に対しての姿勢を改めて考えることができて、有意義な時間を過ごせました! 反論があったらガンガンどうぞ。 おまちしております。 あ、もちろん褒めて頂いてもいいんですよ。
  
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2005年02月08日

話題の核になったけど、表面にはでない。

まだまだ始めたばかりのブログなので日々綴っていないけど、タイトルは日々綴る。
このブログの話ではなくて昨日も取り上げたニュースサイトのお話。

昨日書いたwebの情報は話半分に。Orbium -そらのたま-さんがニュースの真偽の検定はで引用してくれました。

ニュースサイトの管理人さんもこのことを意識しているんだってことがわかりました。Orbiumのとしさんは「この弊害として誰も気がついていないが誤った情報であった場合、この状況は後々Googleで検索をおこなった際に主流の説になりうるわけです。 ここで、Googleのチェック機能は破綻してしまいます。 」といってる。
これはニュースのチェックだけではなく、Googleの検索機能の破綻にもなるんじゃないかな? レポートの課題とか最初に世間の一般的な問題意識とかをwebで調べたりするしね。 そのときに間違った情報がGoogle的主流になっていたらこまる。 個人ニュースサイトで扱われるような話がレポートと関係があることなんて希だろうけど、検索エンジンとしての能力が低くなっちゃうね。
じゃあ、これを防ぐにはどうしたらいいか。 まさかすべてを疑ってチェックするわけにはいかない。 これはwebの情報は話半分に。でも書いたことの繰り返し。 やっぱり必要なのは常に間違いがあるかもしれないって意識と、間違ってることに気がついたときのフィードバックが大切。 どんどんコメントとかしたらいい。 間違いじゃなくても雑学に関する疑問とかコメントしたらいい。 きっとサイトの管理人さんはネタができたって喜んで切れるんじゃないかなあ?

日々綴るものがwebの知識になっていく。 こないだの文章を書いて、引用してもらってそのことを実感。 片隅でこんなことを書いても誰も読まないって思ってたんだけど、間接的にとはいえ、あのカトゆー家断絶さんに紹介されちゃった! (紹介されたのはOrbiumさんだけどね) それでも引用の中で私の文章が読まれてることはとても嬉しい。

とか思っていたら、九十九式さんのニュースの手柄はどこへ行く?をみつけた。 このなかでザ・ニンジャさんは「情報を発掘する眼としてのニュースサイトの功績は認めなくてはなりませんが、その情報自体を作り出したサイト、1次発信者に対する敬意も、もっと払われてしかるべきなんじゃないかな、とたまに感じます。」といってる。
今回の場合は、ザ・ニンジャさんの話とちょっと違うかも。 カトゆーさんからみたら としさんの記事であって、私の記事じゃなかったんだな。 別に悲しいとか、寂しいとかは思わない。 なんでかな? としさんの文章の方がわかりやすいいい文章だったからだろうなーってとても自然に思える。 でもそのなかで、としさんが私の文章を読んで「なるほど」って思ってくれたんだって自負があるから満足なんだろうな。 うん。

ちなみにOrbiumさんで紹介されたけど、あんまりアクセスは増えてない。 やっぱり文章を引用してもらってるからかな? アクセスもどうでもいいってくらい満足してるんだけど、何度かこういうことあったら、「くそう、Orbiumめ」って思うようになるのかも(笑) (そんなことないです。 ごめんなさいとしさん。)

・・・毎回あやまってるな。 わたし。
  
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2005年02月07日

webの情報は話半分に。

webの情報、特に個人サイトの情報は基本的に話半分に聞いておいた方が良いよね、と云うお話。

こんなのきっと語り尽くされた話なんだろうし、「自己責任」なんて言葉がついて回る世界だから書くまでもないことなんだろうけど、書き留めておきたい。

最近の「トリビアブーム」の影響なのかどうかわからないけど、いわゆる個人ニュースサイトって呼ばれる類のサイトで雑学を取り扱われることが多いように思う。 よく見させて頂いているサイトでもN.a.Eさん、ちょいりすさん(ちょいりすさんは今日で更新を一時休止されるそうです。 いつも楽しく読ませて頂いていました。)などなど、たくさんのサイトがあります。 個人サイトで取り上げられる「雑学」の信憑性ってどの程度なんでしょう?

もちろん、管理人さん方はある程度の信憑性が確認できた話を取り上げていらっしゃると思います。 「ウラ」をとるわけですよね? でも、どうしても間違った情報が流れてしまうこともある。 ニュースサイトの情報は他のニュースサイトに取り上げられ「ハイパーリンク」(懐かしいねこの表現)が張られることで伝播していく。 このニュースサイトにおける情報の「流れ」については黒板ぽさんの「流れ」に非常によくまとめられています。 黒板ぽさんのお話はそもそも嘘ニュースが真実だとして扱われてしまったという悲しい事故が発端になっているけど、ここで扱いたいのはだれも嘘だと思っていない間違った情報が「流れ」に乗った場合のこと。

流れに乗ってしまえば、恰も「いろんなサイトで取り上げられているんだから本当のことなんだろう」という意識が閲覧者には芽生えているような気がしてならない。 または、「驚くようなことだから取り上げられるのであって、嘘ってことはないでしょ?」という意識かもしれない。 情報が「流れ」に乗ることで、どこかに「信頼感」という付加価値が生じている。
閲覧者はwebの流れの中で自分自身のチェック機構を見失っている感がある。 もちろんすべてを疑ってかかったら自分で「ウラ」をとらないといけないんだから、それこそ「今流れているニュースの真偽」みたいなサイトが作れちゃいますね。 でもそんなの作ったら、誠意を持って情報を選別している管理人方に失礼になってしまうのかもしれない。

でも、閲覧者(私はまだこっちのつもり)はチェックのアンテナをある程度張っていないといけないんじゃないの? というのが私の提言。

Orbium -そらのたま-さんの「野球とボウリング、投げる距離は同じ」と云う記事がいろいろなところで取り上げられています。 でも、実際に調べてみると、野球のピッチャーからベースまでの距離は60.6フィート、ボウリングのピンまでの距離は60フィートとちょっとだけ違うことがわかる。(Orbiumさん ごめんなさい。 あら探ししているわけじゃないんです。)
本当はこのあとの「ボール球はなんで「ボール」とコールするのか?」という話題でその距離の違いの秘密が明らかになっていて、ちゃんとフォローされています。(すごいな、Orbiumさん)

この間違い(?)を指摘しているサイトさんは無い。 でも、たくさんの話題を取り上げる管理人さんを責めるお門違いでしょ? サイトの管理人さんが漏らしてしまったチェックの再チェック機構となるのは閲覧者なんじゃないかと。 幸せなことに、blogならコメント欄があるのが普通だし、無くてもだいたい掲示板やメールアドレスが公開されているのが普通だから、報告できますね。
管理人さんからみたら、よけいなお世話なのかもしれないけど、できるだけ事実に近い情報、真偽のほどが明らかでなければ信憑性がどの程度あるのかはっきりさせた方がいいんじゃない? サーチエンジンを使うことでweb全体がデータベースになっているんだから。 将来的に信憑性のない情報が一人歩きしてしまうことになりかねない。 それはとても怖いことだよね。

ついでにもうひとつ。
雑学サイトの知識の泉 Haru’s トリビアさんの「巨乳の女性ほどIQは劣るは本当だった⇒調査報告」がいろいろな取り上げられてるんですが、どうもこの話も信憑性がないっぽい。 ひねもす雑記(2004年9月6日分、真ん中下あたり)や、一行知識掲示板 過去の掲示板(2000年2月16日分 一番下)を参照してみてください。
でも、この情報に信憑性がない(笑) 英語のソースをみてみると、この調査をしたのはBaylor College of Medicine, Houston, Texasの心理学部門で教授をしていたErwin O. Strassmanという人。 でもIQと胸の大きさに関する情報はほとんど無かった。 唯一当たったのは、Bromell, Tomorrow Never Knows, excerptの中の一文で、(以下引用)
In Houston, a "reproduction expert" named Professor Erwin O. Strassman informed the world that in women "the bigger the brain, the smaller the breasts, and vice versa. . . . There is a basic antagonism between intelligence and the reproductive system of infertile women." Why are smart women "denied this privilege" of having children? "In some instances," claimed Strassman, "it is their own fault. I am referring to those who marry late [because] they want to finish their education. They hate to give up their careers."

多産の専門家であるアーウィンOストラスマン曰く、「脳が大きいほど胸が小さく、そのまた逆も・・・ これは知能と生殖能力に乏しい女性の間の基本的な抗争だ。 なぜスマートな女性が子供を持つ特権を拒絶されるのか、これは彼女たち自身の欠点である。 彼女たちは婚期が遅れるために教育を最後まで全うすることができ、ポストを失うことを最後まであきらめないからだ。」

訳文はなえふが訳しました(恥ずかしい訳ですいません)。 とまあ、なんかすごい偏見の入ったご意見を宣っているようです。 この発言は1960年代のもので、Strassmanが産婦人科医として活躍した年代と一致してるし、場所もヒューストンってことで本人で間違いないんじゃないかな。 時代背景としてはこんな発言も良かったのかも。


Orbiumさん
知識の泉 Haru’s トリビアさん
もしご迷惑になるようでしたらこの記事の閲覧を停止いたしますのでご連絡ください。  
Posted by coffeeholic at 05:12Comments(178)TrackBack(2)雑談

Blog始めてみました。

初めまして。なえふといいます。

blogを初めてみることにしました。
webをぶらぶらして思ったこと、思いついたことを
書き殴っていこうと思っています。
(思ってばっかりだ。)

では、幕開けです。
  
Posted by coffeeholic at 04:56Comments(0)TrackBack(0)日記