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ギリギリ無駄じゃない買い物シリーズ

 皆さんは買い物の流儀をお持ちでしょうか?私は「必要な物は買う、欲しい物は買わない」というどっかで見た言葉を心の片隅に置いて日々を過ごしています。その必要と不必要の間スレスレで迷った末に買った物がコレです。ギリギリ無駄じゃないと思ったので買いました。計量米びつ6kgです。(1800円)
これまでは5kgのただの入れ物としての米びつを使っていました。計量できることにより、いちいち何回も計量カップで米をすくっては入れをしなくて済みますし、6kgの容量があることで、米の追加も溢れないで済みます。また、これは食器棚に置いておいても違和感がなく、腰を曲げることなく米の準備ができます。(これは筆者のさじ加減) また内部が分解できて洗えるので清潔!(商品にも書かれている何の工夫もない2番煎じの売り文句)
 これはギリギリ無駄じゃない買い物シリーズの第一弾にふさわしい物だと思います。(満足)
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現世における最大被ダメージ

 私はそうとうダメージを受けない。ブラック企業での苦行のおかげか、今通っている学校で子供達だけでなく、大人の生徒達まで文句を垂れるような仕打ちを受けても、私はほぼダメージ0でストレスを感じる子供たちを観察していた。
 そんな私がこれまでで最もダメージを受けたかもしれない出来事が起きた。
クラスの2歳年上のおじさんが学校の女の子4~5人を家に呼んで餃子パーティー からのお泊り会を決めていたのだ。(以下2歳上のおじさん、略して2コおじ)
 何故それを知ったのか、最初はSNSでその内の一人の女の子があげていた画像の背景に見覚えがあったことから始まる。その間取り、その冷蔵庫は、信じたくない私の気持ちを抑えきれない程に、事態を一瞬で把握させた。時は見つけた当日、 学校帰りに皆で、丁寧に揃えられた餃子の具材、テーブルの上のチューハイ、2こオジのベッドで仮眠を取る女の子たち、お風呂上りの2こオジと女の子1人(推定)、楽しげな食べ終わる所の風景、その後のDVD観賞。翌日の楽しかった感想SNSアップ。あそこには、今しか出来ない、人生における最高の思い出になりうるその空間があった。その現実にありえるが故、私がそこにいたかもしれない、居る可能性があったが故のダメージだろう。
 その様を見た私が、ここ最近の2こオジへの対応を死ぬ程後悔したことは言うまでもないだろう。 私は、前前回の記事(http://blog.livedoor.jp/coffeenewgyu/archives/8765528.html)からも懲りずに2こオジに対し上から目線の態度を取っていた。もし2こオジに絶交されても特に困らないとすら考えていた。2こオジは女の子達にここ最近ずっと学内テストの勉強会を開いてあげていた。それも2こオジの自己満足ではなく、女の子達からの要望でだ。2こオジは私を誘わない空気を出していたし、私自身、自分には勉強会は必要ないと思っていた。その結果である。因みにテストの点数は全て私の方がいい(現在返却された中では)。
  私は2こオジへの態度を変え、軍門に下る決意を固めた。

この世最大の苦しみを受けた私の目にふと入った書籍のタイトルがあった。
『縁は苦となる苦は縁となる』(坊主著)
全く持ってその通りだった。私は相手への気遣いという苦から逃げて、餃子パーティーお泊り会という最高の縁を逃したのだから。

コラム】なぜ障害者駐車場にはトヨタ車と外車が停まっているのか。

 前書き…このコラムを読み終えた方が今後の人生を少し生きやすくなると自負しております。

 さて、皆さんは障害者優先駐車スペースにどのような車が停まっているか、注意して見たことがありますか?私は見てきました。どんな車が多いのか、それは圧倒的にトヨタ車と外車が多いです。
では何故トヨタ車と外車が多いのか。一言で言うなら、

トヨタ車、外車のオーナーが現代の日本社会において強者であるから。

です。 外車の理由については察している方もいると思うので後に回します。
まずはトヨタ車のオーナーの特性についてです。一言で言うなら、「何も考えていない。」 と言えます。
これは本人にとって悪い事ではありません。周囲にとっては悪い事ではあります。

車を買うという事は一般人にとって小さな事ではないと思います。 そんな一大事に、デザインや性能、メーカーの方針、価格、等を特に考えず、ただ車と言えばトヨタ。と条件反射的にトヨタを選ぶことができる人々が障害者優先駐車スペースに停めていると思われます。上にも挙げた通り、これは悪いことではありません。
人にとって悩むということはそれだけでストレスであり、それは車を買うという一見幸せな事も例外ではありません。 どのメーカーを選ぼうが車は走ります。何を買おうが、その車に愛着が湧き選択は間違っていなかったと思うでしょう。つまり考えることは無駄であり無意味なのです。車を選ぶことすら悩まなかった彼らが、障害者優先駐車スペースに停めることを悩むでしょうか。そこに停めることによって、後から来た足の不自由な方が困るところを想像するでしょうか。そう、悪気がある訳ではありません。ただ何も考えてないだけと言えます。
では外車が停める理由ですが、それはお金持ちだからです。
外車を買える時点でそこそこ裕福なのは間違いないでしょう。外車を買う為のお金をどう稼ぐのか、 悪い事をやっているに決まっています。経営者として、経費でわざわざ高い外車を買っているんです。雇用者から搾取したサビ残代を当てて買っているパターンもあるでしょう。現代社会で金を稼ぐ手段など人を蹴落とす事以外にそうそうありません。そんな彼らにとって障害者スペースは「いつも空いてる近くて広くて停めやすい所」という物でしかないでしょう。足の不自由な方が店まで遠くて困ることよりも、もっとえげつない仕打ちを積み重ねて外車を買った彼らがそこに停めない筈がありません。

正直、世の中のトヨタ車の出回っている数、今までに障害者スペースに停めている車中のトヨタ車・外車率 等、統計的なことは未だに調べていませんが、これは取るまでもないとも思えています。如実なので。
皆さんも今後注意してみてみてください。
またこれは駐車スペースに限った話ではありません。運転のマナー、路上駐車など車を動かすうえでの全てに関わってきます。 今後マナーの悪い車を見かけた際はエンブレムを見るのを忘れずに。
そうすると、これまで感じていたモヤモヤしたものが、むしろ「あっ、やっぱりトヨタ車・外車の奴らはろくでもねえな!」と嬉しくなってくると思います。
PS.日本の高級車も外車と同列に見ていいです。

注意。これはトヨタ車・外車を購入した方全員がこうだと言っている訳ではありません。ただ事実として多く見かける方々の思考過程を解き明かしただけですのであしからず。

久方振りの友失い

 僕に友達というものが居なくなって、どれ位の時が経っただろうか。
学生時代に友達は居なかったわけじゃない。むしろ誰とでも仲良くなれたし、
高校では10人近くのカードゲーム仲間とガンダムウォーにふけっていた。
ただ、いつも思うのは僕の考案した、
「自分の友達が、もし自分と自分以外の友人が片手一本で崖に捕まっているとして、どちらを助けるのか。」
という思考実験で僕は相手の一番の存在にはなれなかったということだ。 

 日常的に会う友達としては6年振りになるだろうか。今年入学した専門学校で歳が少し上の身長低目な男とよく話していた。僕自身20代後半なので、必然的に歳の近い彼と話すようになっていた。つい先日まで学校の近くに住んでいる彼の家までよく一緒に帰っていた。夏休みにギャルを見に一緒にプールに行ったけど、子供連れのお母さんしかいなかったこともあった。僕はそんな彼をとうとう本気で怒らせてしまった。僕はこれまで人をイジル時に、自分に悪意が無ければ許されると思っていた。実際これまで怒らせることは無かった筈だが、彼は違った。
 怒らせてしまった経緯は、彼が何故かクラスのとある女の子からそんなに頭が良くないと思われていることから始まる。実際の彼は努力家で、テストの一か月前から勉強を始める事が出来る程で、テストの点数も私より少し良い。私がいかに彼が努力家であるかを女の子に説明しても、女の子は納得できない様子で、私はそれが面白かった。彼が良い点数を取っているのは事実なので、この件でイジっても問題無いだろうと思っていた。ある日いつものように女の子から、「彼にだけは負けたくないw」という言葉を引き出して遊んでいると、あとで彼から「煽るんじゃねーぞくそ野郎」とメッセ―ジが送られてきた。その翌日学校に行くと、やはり彼は怒っていた。彼は大人なので無視はされなかったが、いつでも無視されそうな勢いだった。すみませんでした。と言っても、もう元の関係には戻れなかった。
  
 今思い返しても、そんなに怒ることかと笑ってしまいそうになるが、そういう人もいるということだ。恐らくプライドが高いのではないかと推測している。例え自分が良い点を取っていても、自分が馬鹿にされている空気すら許せないのだろう。上に書いたことは、これまでの積もり積もったものが破裂するきっかけに過ぎなかったとも思う。いずれ爆発していただろう。過ぎたことは仕方ないが、その兆候はあったので、自分を抑えて表面上の付き合いにしておくべきだったと反省はしている。





 
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