こんばんは、ひな祭りはいかがお過ごしでしたか?
田邉です。
私は一日遅れで、今日ひな祭りのちらし寿司をいただきました!
いつも疑問に思うのですが、男性が多い家庭だとひな祭りって何をするのでしょうか…?
我が家は逆に父親しか男性がいないので
こどもの日は柏餅を食べることくらいしかしないのですが
男性が多い家庭のひな祭りの様子が少し気になる二日間でした。
先日、後輩に
「先輩、次のやさしい古典はいつ更新するんですか?」って
最近は眠くて、書いてる途中に寝ちゃう確率が上がってなかなか書けないだけだよ!
さあ、今日も楽しくはっじまっるよー!
●手折る(た-をる)
手で折る。折る。
妹(いも)がため 上枝(ほつえ)の梅を 手折るとは 下枝(しづえ)の露に ぬれにけるかも
訳:妻のために上の方の枝の梅を手で折ろうとして、下の枝の露に濡れてしまったことだよ。
出典は、万葉集10巻、2330。
各地で梅の花がそろそろ咲いてきた頃ですね。一橋でも綺麗に梅が咲いていました。

昔も、こんな風に旦那さんが季節の移り変わりを花に感じて、家で待つ奥さんへ教えてあげようとしてたんでしょうか。
風流さと、奥さんへの暖かくて優しい愛情が感じられる句ですね。
個人的には、「折る」という言葉よりも「手折る」という言葉の方が、何となく語感的にも優しく感じられて好きです。
●散る(ち-る)
離れて落ちる、ばらばらになる。世間に知れ渡る。落ち着かない、気持ちに集中できない。
散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき
訳:惜しまれながらも散るからこそ、桜は一段と素晴らしいのだ。この辛い世の中になにかいつまでも変わらぬものがあるだろうか。そんなもの、ないではないか。
出典は伊勢物語、第八二巻です。
日本人は昔から「散る」ことに美しさを感じる傾向があるようです。
花は「咲く」「移ろふ(色あせる)」「散る」と三段階を経ますが、日本の美意識の原型を作ったとされる古今和歌集では
第二巻における桜に関する歌(約50首)のほとんどが「散る」ことについて詠んでいます。
その他、紅葉なども「散る」光景について詠まれていて、「散る」美しさを重んじていた様子が伺えます。

いつかはなくなるからこそ、今を大事にしていきたいですね。
●つれなし
無関心である、冷淡・薄情である。平然としている。もとのままで変化がない。無情だ。
夕されば 蛍よりけに 燃ゆれども 光見ねばや 人のつれなき
訳:夕方になると、蛍よりずっと激しく恋の思いに燃えているけれど、思いの火は光がなくて見えないので、あの人はつれないのでしょうか。
出典は古今和歌集、恋二巻、562です。
この「つれなし」、時代によって言葉のニュアンスが若干変わっています。
万葉集やこの古今和歌集くらいの時代では、思いが相手に伝わっていないことによる「無関心」をさします。
つまり、詠み手の片思いってことですね。
その一方、中古以降では、思いが相手に伝わっている状態での「冷淡」「薄情」をさします。
この場合、「つれなし」は冷たくする相手の態度を示す言葉として使われ
冷たくされた自分の心持ちを示す単語として「つらし」が使われるようになります。
夜になると色々考えちゃうよね、っていう意味以外に
言葉のニュアンスの変遷を見ることができるという意味でもお気に入りの一句です。
●で[接続助詞]
(平安時代以降に用いられた語)~ないで…。~ずに…。~でなくて…。
上代には、「で」の意味・用法を、「ずて」が分担していた。
昨日今日 君に逢はずて するすべの たどきを知らに 音(ね)のみしそ泣く
訳:昨日も今日もあなたに逢えないでいて、どうしたらよいか、その方法も分からずにただ声をあげて泣いてばかりいることだ。
出典は万葉集15巻、3777。
相手が忙しいのでしょうか、それとも相手の気持ちが移ろってしまったのでしょうか。
今のように連絡を取るにも容易ではない時代ですから、会えないとなると不安でたまらないのでしょうね。
●常世の国(とこよ-の-くに)
生みのはるか彼方にあると信じられた、不老不死の理想郷。
吾妹子(わぎもこ)は 常世の国に 住みけらし 昔見しより をちましにけり
訳:私の可愛い妻は不老不死の国にでも住んでいたらしい。(旅に出てしばらく逢わないでいる間に)昔見た時よりもすっかり若返りなさっているよ。
出典は万葉集4巻、650。
ノロケかい。
とは言っても、久しぶりに大好きな奥さんに会って、改めて可愛いなあと思い直しているのは微笑ましいことです。
旦那さんが留守の間、奥さんはどうしていたんでしょう。
きっと前の句(「で」の例文)のような、心のすさんだ毎日ではなかったのでしょうね。
まさか旦那がいないからリフレッシュできていたとか、いない間に他の…邪推は控えることにしましょう。
この「常世の国」、古代日本人の死生観を考える上で重要な単語なのです。
海の彼方にあるとされ、死者の霊魂が赴く場所であると同時に、生命や豊穣の源の地でもあるとされていました。
不老不死の国=生(豊穣)と死を司る場所というイメージ、なかなか興味深いものですね。
また、この「常世の国」は
沖縄県などで信じられている理想郷「ニライカナイ」とも関連があるとされています。

沖縄の与那国島の方には、海底に遺跡らしきものがあり
ニライカナイの手がかりかも?という説もあるようです。
ロマンがつまってますね!わくわくです!
以上、やさしい古典 た行編でした!
頑張ってわ行まで終わらせるのは嘘じゃないよ!
それでは!
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