January 20, 2012

縄文人の音楽

先日、ワタとドライブ中で話してたのが、『縄文人が音楽だと思う音楽ってどんなんか』。

ある音楽を音楽と感じるか否かは、人や文化によって完全に異なる。僕が中学の頃X JAPANの大ファンだったが、Xのビデオを端で見ていた祖母は、「これは・・何をやっとるん?」、と。音楽と認識した上で「こんなものは音楽やない!」と主張したいのではなく、もっと根源的に、演劇なのか抑揚をつけてしゃべっているのか、何かしらのエンターテイメントだと思うが、それがなんなのかわからない、という感じ。

今日、“音楽”という言葉から連想されるもののほとんどは、録音された音声記録としての音楽(ここでは三輪眞弘にならって“録楽”と呼びたい)や、何らかのコンサートだと思う。“せっせっせーのヨイヨイヨイ”を思い浮かべる人は少ないだろうし、実験音楽みたいなのを思い浮かべる人も少数だろうが、まぁそんなことはとりあえず置いといて、とにかく個人やその個人が属する社会によって、音楽の認識は変化しうる。

現代で音楽と呼ばれるもののうち、どれぐらいが縄文人にとっても音楽と認識しうるのだろうか?

ここで縄文人と呼ぶのは、その時代に生きていた人々のことではなくて、先史時代に生き、近代以降のような抽象的な社会体系を持たない人々のことを指す、ものとする。また縄文人には音声のみを聴かせ、演奏風景は見せないものとする。コンサートを見てしまえばジャニーズやAKBなんか何かしらの神事か戦の前の儀式に思えてしまうだろうし、X JAPANも神か悪魔の光臨だと思えてしまうだろうから。

このような条件で妄想してみたとき(あくまで妄想)、ビョークは音楽とされるだろう、と最初に思った。でもビートルズやバッハは無理なのではないか、と。AKBは無理やろうけど渋さ知らズはおkなんちゃうか。ビルエヴァンスは無理でもコートーレーン(後期・末期)はいけるんちゃうか。ちゅうかほとんどの歌モノは無理ちゃうか。でも“せっせっせーのヨイヨイヨイ”はいけそうだ。テクノはいけてもハウスは無理ちゃうか、等々。

根拠はない。妄想デアル。しかも、縄文人に音楽と認識されたからってなんやねん、デアル。でも、そんなことを考えてみてもええのではないか。

癒しだとか応援ソングだとか、愛だとか自由だとかそんな居心地悪いこと歌わんでええから、いや実際僕も癒されたり励まされたり、愛に涙したり自由を求めて拳を握ったりするんだけども、お前の愛を売りつけようとすんな、という。やるなら縄文人が感銘を受けるような歌を歌いなさい、という。そんなんが必要だろうということを考える契機ぐらいにはなる。

ひょんなところで、先史美術を研究されている先生に会う機会があったんだが、その先生の曰く、世の中、蛇なんだそうだ。僕がカヌーをしていることを知って、先生は「屹立するような岩を見かけることはありませんか?」と言う。まさしく京都由良川には『立岩』なるものがある。そう答えると、先生は『してやったり』という表情で、古代、世界中に見受けられた蛇信仰のことを語ってくれた。古来、天井は神のおわすところ、地上はこの世界、地下は悪魔の巣食う場所、蛇は地面を這いずり回る魔の化身で、川や海に屹立する立岩を蛇が直立する姿に見立てて信仰した、という。

となると、魔の蛇をありがたく崇めていたと解釈してしまうが、先生の曰く、それも違う。魔は撃退すべき対象ではなくて、魔の真似ることで魔の力そのものを身につけ、いわば毒を持って毒を制すように魔に付き合っていたのだ、という。先生が“真似”という言葉を使っていたかどうかはうろ覚えだが、僕は「変態による変身」だと思って、勝手に腑に落ちた。

よく、古い伝統を持つ未開の部族が顔や体に入れ墨をして、パワーを身につける、みたいな話があるが、あれも模倣・変態による変身なのだと思う。はっきり言うて、顔に絵を描いたからって筋力や視力や思考力が向上するなんて、誰が考えてもあり得ない(暗示による変化はあるでしょうが)。彼らはそんなことをやっているのではなく、端的に変身するのだ。ここでは模倣即変身なのだろう。

こう考えたとき、我々はある種の思考形態に縛られていることに気づく。つまり、対象の模倣とはその対象を抽象化・記号化し、その記号を別のモノに当てはめること、という思考法だ。決して、形態や性質を真似ることでそのものになるとは考えない。入れ墨を施された人は、その霊性を借りた人間なのではなくて、霊性を帯びた人間以外の何者かに変身するのだ。

(有名な昔の絵描き(雪舟?)の幼少の逸話で、床に描いたネズミを和尚が見つけビックらこいたというのがある。これも、そんなわけあるかい、というお話だが、和尚が絵=日本画のデフォルメされた模倣スタイルと認識していたとすればどうだろうか。リアルに形態を模写された絵はそのままで実体なのではないか)

ではこれの根源的な姿が蛇だったという説は何なんだろうか。文化人類学的な考察はその先生や他所に譲って、『線と紐の違い』に注目してみたい。我々が直線を紙に描いたとき、最早それは直線ではあり得ない。太さがあるから。ところが太さ無しには、直線を想像することもできない。線は太さを持つが故に、曲線にも螺旋にも円にもなり得る。先史時代には、このような実体としての線=紐という理解をしていたのではないかという想像はアリだと思う。つまり太さのない直線や、それを模倣する紐という観念を持たず、ただ紐という形態・性質を持った実体という理解だ。この太さを持った線はどんな形状にも変化する、すなわちどんな形態を持つものにも変身できる潜在性を持つ。この潜在性はそのモノの霊性に繋がる。では、その紐はなんだったかというと、生きた蛇だった。変身の霊性を顕然する生命=蛇、だった。

こんな考えもアリなんではないでしょか。

音楽の話に戻る。“癒し”や“愛”は使い古された抽象化でもって模倣される。同じ曲に異なる歌詞を載せればよい。なぜなら音楽そのものに意味はないから。音声の容れ物にレディメイドの“癒し”や“愛”のステッカーを貼る。これで一丁上がり。音楽はもっと、現れては消えていく、そのもので理解されなければならない実体だ。

あ、なんか尻すぼみで終わってもうた。だからどうしたってのが大事やのに。


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November 20, 2011

最近、Facebook や Twitter で話題になっていたある問題:

鳥を8元で仕入れ9元で売却、
10元で買い戻し再び11元で売った。
儲けはいくらか?

というもの。中国のどこぞの会社の入社試験に使われたらしく、答えのバージョンがいくつかある。“儲け”をどのように解釈するか。

a). +2 元 = (9-8) + (11-10)
b). +1 元 = (9-8) + (9-10) + (11-10)
c). -1 元 = (9-8) + (11-10) + (8-11)

a) の答えは数学的に正しい。仕入れに 8+10 使い、9+11 で売ったのだから。ちなみに僕の答えはコレ。入社試験の解答としては不十分。
b) の答えには経営コストへの理解が含まれている。実際、8元だったらいいが、80万円だと買い戻し時に借り入れする必要があるし、最終的に20万儲けたとはとても言えないだろう。補欠合格。
c) は何かというと、最初から11元で売れば3元の儲けになったものを2元しか儲けていない。つまり1元の損だ、という理屈。経営者として求められる素養を備えている。合格。

なるほど。とは思わなかった。そもそも、こういう“経営者”面したビジネスパーソンにしたり顔で語られるのがゴッツイ腹立つので、何言うとんねん屁理屈こねんなや、しばいたろか、お前の大好きなアイホンでケツでもふいとけ、とかそういう罵詈雑言をまくしたてたくなる。iPhone ユーザーですが。

憎々しい、と思ったが、けっこう肉々しい計算だな、と思うとちょっと感心した。この三つの答えは、パースの提唱した論理学の三つの推論法に相当している、と思う。a), b), c) それぞれ、演繹 deduction・帰納 induction・仮説推定 abduction だ。演繹と帰納は誰でも学んでいるが、アブダクションはそうでもない。wikipedia の abductive reasonig の項にあった各々の例を引くと、

deduction:
規則: 袋の中の全ての豆は白い,事例: 袋からいくつか豆を取り出す
∴ 結果: これらの豆は白い。

induction:
事例: 袋からいくつか豆を取り出す, 結果: これらの豆は白い
∴ 規則: 袋の中の全ての豆は白い。

abduction:
結果: これらの豆は白い, 規則: 袋の中の全ての豆は白い
∴ 事例: これらの豆は袋から取り出された。

演繹による推論は、全てのケース(規則)を見渡した上で、個々の事例に適用し、結論を得る。全てのケースを知っているという意味で時間的に不変だ。帰納の場合には、個々の事例を検証する中で、全てのケースに共通な規則を結論とする。その都度明らかにされるルールは潜在的に更新される。アブダクションでは、結果を知り、また仮定となり得る情報から可能な過程を導く。未来を見越して事例を起こすようでもある。a) の答えは、時間的に超越した視点から述べている点で演繹的であり、b) は結論をその都度更新していくという意味で帰納的だ。c) は結果からあり得た事例を提案するアブダクティブな思考法だと言える。

このような対応が成立する良問だ、とか、アブダクションが経営者に向いていてアブダクションのトレーニングをするべきだとか、そんなことを言いたいのでは全くない。そもそも、この三つの方法は人間の推論様式を形式化しようとしたものであって、実際にこうしていると断言するものではない。ただ、形式的に考察してみたとき、この三分類以外に有効と思われる方法が提案されていないのだ。そして、この三つは形式的に厳密に定義できても、実際の行動をこれらに分類することほど面白くないこともない。

肝心なことは上記のa), b), c) のような回答が同時に成立可能にしている、問題の置かれたフレームだ。適度に形式化された問いであれば、演繹・帰納もしくは仮説形成によって答えなければいけないことが明らかだ。というより、問題自体が解答の形式を前提に設定されている。ところが現実に根ざした問題の場合、どのように解決すべきかは未知だ。何をもって解決とすべきかが不定だ。

最初の問題に戻ると、僕は“算数パズル”の類いだと思って解答に望んだ。が、そもそも本題は入社試験に使われている。つまり、問いのフレームが“儲ける”という行動に拡張されている。その時の状況と判断主体の相互作用が、“儲ける”という行為に対するアプローチになっているということを、この問題は示している。ある形式化された問いであっても、その問い意味を決定するのは問い自体ではない。問いの成立の根拠がない。無根拠な問いに対して恣意的な判断をすることによって、何らかの解決を示す。例えそれが絶対的な解決でなくても、だ。

最初に示した入社試験と解答は、問い自体が無根拠でありながら、その無根拠さゆえ行為によって解決されるような肉々しい計算の好例だと考えられる、と思いました。




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diaries 

November 09, 2011

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参加できないんですが・・ どんなんでてくるか楽しみにしとります!てゆうか、去年の写真部門の大賞、僕やったらしいよ。

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今年もカヤックビデオコンテスト、天下一武漕会が迫ってきました。

天下一武漕会は皆さんからビデオ・写真を応募してもらって、
どの作品が一番アツいかを皆さんに選んでもらうイベントです。

事前にブログhttp://busoukai.exblog.jp/にて応募締め切りのご案内をしていますが、いつものごとく告知が不十分ですので締め切りを延長します。

ムービー・フォトコンテスト共に11月14日(月)
おっと思うような映像・写真をお持ちの方は是非応募ください。
応募方法・カテゴリー等詳しくはブログhttp://busoukai.exblog.jp/をご覧ください。
何か不明な点は遠慮なくbusoukai@live.jpまで

皆さまの作品お待ちしています。



そしてパーティーの申し込みも開始します。

今年も串揚げ”ひかりや”さんをお迎えしての開催です。

11月26日(土曜)16:00〜(上映は17:00頃〜)
場所:陽がほら http://higahora.com/
ひかりやさんの仕込みや宿泊・朝食の都合がありますので
こちらから申し込みください
https://ssl.form-mailer.jp/fms/8d12273e127806

毎年ビール代を少し高めに設定させてもらって運営してますが、
今年は各方面より協力頂いて協賛品をオークションにして運営費に充てさせてもらいます。

みなさん財布の中身はしっかりとご準備くださいね。

ですので今年のパーティーはなんと
¥1000で飲み放題!+串揚げ・つまみ付!!
ビールのタンクが空になるまでお飲みいただけます。
もちろん他のドリンクも準備してますよー

さすがに串揚げ食べ放題とはできませんが
食べ物は昨年と同量をお出しできると思います。


しこたま飲んで騒いだ後はそのまま陽がほらに宿泊zzz(¥1000)
※飲酒運転は厳禁です!!
朝ご飯も陽がほらで(¥500)

パーティー・宿泊・朝食等は人数の把握のため下記フォームより申し込みをお願いします。
申し込みはこちらから
https://ssl.form-mailer.jp/fms/8d12273e127806
締め切りは11月21日(月曜)となってます。


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kayak 

November 02, 2011

水泳の自由形がクロール競技だと思っていた人は少なくないと思う。詳しいことは知らないが、自由形とは泳法についてのレギュレーションがないだけで、クロールで泳ぐ必要はない(実際にはクロールとは少し違うんだよという話は無し)。走り高跳びで背面跳びがルールで制限されていないようなもんだろう。ところが我々は背泳や平泳ぎ、バタフライやらも知っている。

これがTPPにまつわる昨今の議論の全貌だと思う。TPPについてはさっき(今日の夕方)までよくわからなかったが、自由形だと思ったら納得したので、ドヤ顔している。

TPPの賛成派は自由競争による淘汰と成長を望んでいる。反対派は保護や安定を望んでいる。これが正直、どっちもどっちで、どっちの話も穴ありまくりで、どっちにも賛成とも反対とも言えんと言うか、なんで反対やら賛成やら判断できるのかわからんのだが、世間の大半は何となく賛成だと思っているらしい。

自由競争や自由経済の“自由”は、自由形の“自由”と同じ意味なんやね。自由形が行き着くクロールという泳法は、自由経済にとっての“資本”、金、、流通だ。ただ、勝つための手段。

たぶん、現在はビート板使って競争しているようなもんなんだろう。いや、ビート板より、二の腕に巻き付けるヤツのほうが近いかも知れない。泳げる人間には邪魔でしかない。進まない。でも多くの人が沈まずに競争に参加できる。泳げる人にとっては、こんなん邪魔やからちゃんと競争させろや!だろうし、今までこの浮力体を使っていた人には、そんな競争なんかさせんなや!だろう。どっちもものすごく理解できる。

世界中で浮力体なんか使わずにやっとんねん!甘えんなや!
なくなったら、ようけの人が沈むやんけ!それでもええんかい!

もうちょっと正確に考えてみると、浮力体を使っていても、クロールをさせられとるのだ、多くの人は。浮力体がなくても、背泳したら息継ぎしやすいのに、平泳ぎしたら長距離泳げるのに、浮力体を使ってでもクロールさせられている。クロールには浮力体は邪魔だ。泳力なくてもクロールせなアカンから、沈む。クロールはしんどい。ところがクロールは自由形と呼ばれるのだ。

甘えんなや!という批判は、クロールやなくてもええから平泳ぎや背泳や古式泳法の練習せえや!であるハズで。浮力体とるなや!は、クロール以外もさせろや!でなければならない。ま、それでも泳ぎたくなくて沈む人には沈んでもらおう。水の底にも楽しみはあるかもしれない。ところが現在、多くの人はクロールする体力がない。でもみんな辛いからクロールで頑張っている。でも限界もある。いきなり浮力体がなくなれば、そら沈む。

ヨーロッパの中でも特に歴史的にごちゃごちゃした地域の出身の人が身近におるんだが、TPPの話したら、今更何言うてんの?と一蹴された。そんなもんこちとら何百年・何千年とごちゃごちゃやってんですよ。そんなもん今まで浮力体があったからって、これからもそのままでエエなんか、ありえんでしょ、みたいな感じである。返す言葉が全くない。ヨーロッパの国々もアジアの国々も、それでも独自の色を持っておる。

鎖国したいならブータンくらいやって下さい。自由形で競争したいならドーピングぐらいやって下さい。そんな意識も体力もない。浮力体ルールで鎖国することも馬鹿げているし、クロール競争で幸せというのも幻想だ。やるべきことは平泳ぎやら背泳ぎやら、たまにはバタフライだったりニンジャ・スイムの訓練だ。

結論:開国はする。自由競争はムリ。

無責任な!そらそうです、僕の仕事ではない。

そもそも僕はカヌー漕ぎである。泳がない。


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November 01, 2011

「困ったことに」という表現が面白いな、と思った。

きっかけは、映画「おくりびと」のフグの白子を食うシーンだ(いまさら初めて「おくりびと」を見た)。主人公は、人の死を商売にしていることを友人に罵られ、妻に去られ、思い悩んでいた。その場面で社長は「これもご遺体だ」とフグの白子を頬張る。そして「美味いんだよな、困ったことに」とつぶやく。それを見た主人公は自らもフグの白子にかぶりつく。主人公が穢れ仕事に従事することを決心した瞬間だ。映画のストーリーの中でも最も重要なシーンであると言ってもよいと思う(後で広末涼子が帰ってきたり親父がみつかったりするが、あの時点の主人公にはそんなことは関係ない)。そしてこのシーンで最も大事な台詞、説得力のある言葉が「困ったことに」だと思う。

困っているのに説得力があるとはコレ如何に。通常、言葉に力があると思われるのは、完璧なロジックを組み立てられたときや、自らの強い信念を表明された場合だ。「困ったことに」は如何にも自信なさげで、申し訳なさげ。「困ったことに」が説得力を持つのは、部分と全体の齟齬を認めつつ受け流す態度にあるからだ。

この言葉の用例を考えてみるとほとんどが、集団全体の共通認識もしくは論理的な帰結として何かが認められている場合に、その集団内の個人がそのことを了承しつつも反対のことを支持している場合だと思う。例えば「たばこが体に悪い」ことを反論できないながら「たばこが好き」だったり、「マクドはジャンク」を知りながら「ポテトやめらんねぇ!」だったりする。つまりマクロには明示的に善し悪しが認められているものの、ミクロな様相で潜在的に好き嫌いが別れるという矛盾を、ミクロレベルで了承している状況にある。

ここでは、ミクロレベルでの了承とは個人の判断のことを指す。いま、ミクロと述べたものの、これは定かではないように思う。何かを判断する場合に、その基準が明確に与えられていたとしても、判断する現場ではその基準を個々の事例に適用するしか方法がない。個々の事例の判断とは(マクロではなく)ミクロなものとしか言いようがない、という意味。ところがその判断する主体は、自らが(マクロではなく)ミクロな存在であることを知り、同時にマクロの存在も知っている。そして両者が相互に作用することも知っている。“困ったことに”作用の過程の瞬間を切り出した時には、矛盾している。

電卓のような計算機を想定しよう。入力を受けて出力を返す。入力->出力の計算を実行する計算機に、入力し出力をチェックするユーザーがいる。計算機はごくたまにエラーする。ほとんどの場合、正しい値を返す。個別の計算において、ユーザーは正しい計算がされた、と思う。ここで、計算機が個別の計算をしたと言えるのは、ユーザーがその計算機の統計的な挙動を知っている場合に限られる(未開の部族が独自の計算機(そろばん、縄・結び目を使った計算機、など)を使用して出力を提示しても、それを知らないユーザーは計算が行われたとは俄には認めない)。「計算機が計算している」という事象には観測者が不可避だ。

(左利きの人がソロバンを左手で行おうとすれば、かなり「困ったことに」なるだろう。指の動きという個別の操作は右利き用に開発されたソロバンの形状(マクロに与えられた計算のフレーム)と合致しない。個々の指の動きが正しいのか?計算結果が正しいのか?計算結果によって指の動きは補正されるのか?最終的な計算結果には、指の試行錯誤の影響が不可避に反映されるはず)

計算機は案外、計算できない。決められた入力の形式しか受付けないし、出力しない。暴走するかも知れない。入出力形式を変更してやるのは人間であるユーザーであり、暴走をチェックするのも基本的には人間だ。計算を人間を含んだ計算過程として考えると頑健性を持つ。環境の揺籃にもある程度対応しつつ、計算する。“人間ってすごいね”ではない。マクロとミクロが潜在的に独立不可能であり、明示的には矛盾することを両者が認めていることからの帰結であるように思う。ただし、その矛盾を明示的には解決できない。だから"困ったこと"ながら、拘泥せずに進行する。このロバストネスは、「困ったことに」の諦めたように諦めずに主張する、しなやかな説得力の根拠となる。


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October 04, 2011

昨日、ある活動を始めたという人に会う機会があった。ある活動と言うのは、消防団への救命胴衣配備促進活動。企業や行政に働きかけることで、少しずつでも現状を解決したいという。

東日本大震災で消防団の犠牲者は約250名。消防本部職員で約30名。『時事公論:最前線の消防団をどう守るのか』にデータがあったので参照してほしい。簡単に言ってしまうと消防本部職員は救助のプロ、消防団はアマチュア市民組織だ。装備も、経てきた訓練も違う。ところが災害時には最前線にも立たされる。『時事公論』でもこの記事でも、行政向けの議論が展開されているが、もっと具体的で卑近な解決策がある。救命胴衣の配備だ。

災害現場をうつすニュース映像や新聞には、消防職員も消防団員もいる。そんな映像を見て、歯がゆくなることがしばしばある。装備がおかしいのだ。歩きにくそうな靴、濡れれば体温も動きも奪う服装。激流のそばで作業しながら、溺れることを全く想定していない。本職の救助隊と違って、消防団に訓練を求めることは難しい。急流の怖さを知ることも難しい。ところが必要な装備をそろえ、講習はできるハズ。消防団犠牲者と消防職員犠牲者数の違いは、圧倒的に人災であることを示している。解決できるハズだということだ。

台風12号の被害地域から。マスメディアで報道されていない壊滅的な地域がある。ボランティアスタッフも集まりつつあるものの、そうした地域が知られていないことが現状だそうだ。シェフが和歌山・熊野川町より送ってくれた写真を転載。北山川と十津川が合流する地域です。

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(瓦がはがれてるのは川の中に家があったから。 近くの高台にある役所の3階まで浸かったそう。)
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(地区で食料品の唯一のスーパーだった建物。最寄の街に行くにも、道路は迂回路のみ)今年のGWのキャンプツーリング、ここで買い物してました。言葉にならん・・
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(志古のジェット船乗り場)ここもGWに利用したばかりやのに・・
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(裏山からの土石流と上流から流されてきた住宅で潰れた家屋。)
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知っとる場所やからショックを受ける、というのはスゴく自分勝手かも知れない。自分勝手でも何でもええから、あの美しい川と人々の暮らしが戻ってきて欲しいと思うのです。

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August 02, 2011

関西でフリースタイルカヤック大会を!地元密着型で地域社会にも貢献を!
この合言葉で今年9月開催を目前としていた北山川フリースタイルカヤック大会&子供向け講習会。

北山村の方々との交渉や、JFKA八木会長との連携も順調に進んでいたところですが、
先日の台風により北山川に数千トン放流があり、大会実施予定の小松のゴンヨモの瀬(通称:ムササビホール)が壊滅状態になってしまいました

状況は、川の流れを制御するためのジャカゴ(石を金網で包んだもの)が崩れ、流れは従来より左岸に向かっており、
ムササビホールも石が流れ込み、埋まっているようです。


大会開催まではあまり時間がありません、このままではせっかくの関西大会が開催できないという危機的状況です。

そこで、カヤッカー有志で手掘りで石を除去し、スポットプレイが出来るようなホールに復旧する許可を北山村関係者の方に打診しました。
筏運行に支障がないようにすると言う約束のもと、手掘りの許可が下りた次第です。

ジャカゴは筏運行にも影響がありますので順次改修されていくようです。

ジャカゴが直ってから、水の流れをみて、そして石を除去してホールを復旧させて行くという段取りが
理想的ですが、ジャカゴが直っていない今でも手掘りで石を除去する事は可能です。

そこでムササビホールを愛するカヤッカーの皆さんにお願いです。ムササビホールの早期復活に力を貸してくださいませんか?

上手く行くかどうかわかりませんが、関西大会に出ようと考えて頂いていたカヤッカーや北山川のムササビホールを
いち早く復旧したいカヤッカーがおられましたら、手掘りでのホール復旧手伝って頂けないでしょうか?

手掘りの日時 場所

平成23年8月21日 午前6時ムササビホール集合 水が流れるまで


多くの作業者がいると思われますので、人数の把握を出来るだけさせて頂きたいと思います。

御参加頂ける方は、十持 kayakertitti@gmail.com  まで御連絡下さい。
ただ、当日各自集合と致します。

また、多数参加も予想されますので、出来るだけ乗り合わせにて車の台数を減らし
小松の駐車場から徒歩等で起こし頂きますよう御願い致します。

皆様、ご安全に良いパドリングライフをお過ごし下さい!

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kayak 

July 15, 2011

嘘です。漕音のライブです。直前ですけど、お暇な方は是非どうぞ。

FourColor "As Pleat" release tour in Kobe
7/16(sat)
at space eauuu(kobe)
神戸市中央区元町通2−6−10ミナト元町ビル3F

act:
FourColor[12k]
ヤマモトタカヒロ(turntable)×Naka Takuji(sax)
dobames(山崎昭典+中川裕貴)
漕音

open:1800 /start 18:30
charge 2000yen(with 1drink)

主催:sukima industries
共催:space eauuu
協力:night cruising

詳細:sukima industries


こんなこと言うたらアレやけど、次の日の大阪のイベントも面白そう。遊びにいきます。

7/17(sun) night cruising OSAKA
at nu things JAJOUKA(Osaka)
open:17:00
adv: 2000yen(+1drink) /door 2500yen(+1drink)
予約:nightcruising@me.com

Live:FourColor, 原 摩利彦, SJQ, [.que]
DJ DJ iToy aka PsysEx, AAAsaaREE, RAIJIN, Tatsuya

VJ kono junpei, 宮本精子

詳細:night cruising

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music | cogito

April 12, 2011

漕音で演奏します。
どうぞよろしく〜

最近、演奏の機会に恵まれて嬉しいです。

2011/04/16 (sat) @ 神戸元町 space eauuu
詳細未定?


2011/05/08 (sun) @ nuooh

ヴィンテージ・アンド・ランゲージ

OPEN 18:00 START 18:30
adv \2000(w1d)
door \2500(w1d)

LIVE
red red mohican
bonanzas(from suspiria,talking dead goats45)
黒いオパールfeat.NONAN
漕音(cogito)

DJ
VCLXZ(ゆるゆるにきつい日)
自炊
NORIO(RECORD SHOP rare groove)

FOOD
大阪メロン


こないだ初めて、UAがHyperballadをカバーしてるんを聴いた。そんな音源があるのを知ったのもその時ですが。実は、基本的にUAが嫌いで、彼女の声が生理的にあんまり好きでなくて、単にそれだけのことなのですが、UAは全然聴かない。ところがどうだ。コレ、hyperballad 。もちろん自分が大好きな曲だからなんですけど、人間ってすごいって思った。こんなの作る人間がおるんかと、神ですか、と。あぁもう、よいではないか、と。

で、今はUAが嫌いではなくなりました。

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March 18, 2011

現在、僕はVISAカードをメインに使っている。というか、他のクレジットは持っていない。VISAが使えない場合に備えて他のも持ってようかと思うが、今まで機会がなかった。VISAを持つ理由が何かあるかと言って特になく、三井住友VISAがあるから、三井住友の支店が家の近所にあり、サービスが悪いと思ったこともないから。以上。特に理由はない。それでも、VISAのサービスが悪いと感じることがあるなら、他に切り替えると思う。

クレジットでびっくりするのがアメリカで、現金はなくともクレジット。どんな店でもカードが使える。それ以上にびっくりするのは。クレジットカードが(経済的)身分証明書になっていること、公的IDや実効的証明書(現金)が不要でもクレジットが必要なことがママある。すなわち、国家よりもカード会社が実効的に優先されることがママある。それらは相互に成り立っていることは明らかなので、どっちがどうってこともないが。

さて、架空のカード会社Jを想定する。僕はJのユーザーである。生まれたときから。


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diaries 

February 14, 2011



ホワイトウォーターばっかりな僕ですが、コレは素敵ですな。

= 64 歳 カヤックで無寄港大西洋横断に成功 =
WIRED によると、ポーランド人Aleksander Dobaさん、昨年10月26 日に西アフリカ・セネガルの首都ダカールを出航。98日と23時間42分・3,320マイル(約5,340km)の航海を経て、無事ブラジル北東部 Acaraú に到着。カヤックでの大西洋横断は史上4人目。無寄港となると史上初の快挙だそうな。

使用したシーカヤックは長さ7m・幅1m の特注品。ムービーを見ればわかるが、かなり特大かつ居住性と安定性を高めるための工夫が施されている。というより、ふつうのシーカヤッカーにはシーカヤックに見えない。カヤックで横断するのが目的ではなく、完全人力で横断する目的のためにカヤックが選ばれたという感じ。





大西洋のど真ん中で一人で寝るって、どんなんなんやろな。ええなぁ。このジジイ。しかし64歳には見えんね。髭と日焼けのせいかな。

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kayak 

February 12, 2011

三月、漕音ライブします。

03/19 (sat) @ 神戸元町 space eauuu (スペース・オー)
詳細未定


03/26 (sat) @ 大阪日本橋 大阪メロン
詳細未定


space eauuu では前回12月に続き二回目。十二面体スピーカーと白い空間のギャップがいい感じ。大阪メロンでは?年振り。相変わらずディープアジアな感じなのでしょう。ふらっとお越しやす。

前回のspace eauuu のライブで出演されてた、s l o n n o n + sonsen gocha bacco がすごくかっこよかった。音楽もさることながら、映像が秀逸。 視覚表現は時間軸に沿った変化が不向きだったりする。そんなハズないのに。そんなハズないよね、って感じの目からウロコ感。デジタルでもアナログでもなく、その双方を気軽に行き来するためのインターフェースは、ただ距離感によって作られる。素材から出力装置までの存在論的空間だ。ヘッドフォンでの聴取と広い部屋での聴取を想定すればよい。ヘッドフォンとスピーカーには物理距離以上に意味論的ギャップがある。それは一方でデジタルとアナログのギャップだったり、記号とモノのギャップだったりする。部分と全体のギャップでもある。近過ぎて見えたり見えなかったり、遠過ぎて見えたり見えなかったり。下世話感が突抜けて光が差す感じ。

そういえば、tumblr 使い始めました。面白いね。
http://cogitopos.tumblr.com/

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music | cogito

December 26, 2010

パトリック=キャンブリンやベン=マーたち北米のビッグウォーターパドリングチーム・トライブ。その彼らが来春、WhiteWater World Championship!参加申込み締切は1/1 ! 参加したい方、協力しますよ。僕、出たいけど、実力不足過ぎて出れないのね。

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Whitewater World Championship
カナダ・ケベックのクラス5の激流で、2週間にわたってレースを繰り広げ、限界破裂のベストカヤッカーを決める。

* レースx3種目 - タイムトライアル,ジャイアントスラローム,ヘッドトゥヘッド(全て異なる川で開催)
* フリースタイルx3種目 - ビッグスタティックウェーブ,ビッグダイナミックウェーブ,ベストトリックコンペ

申込みは以下のいずれかをメール。招待選手12名によって選考される。
A. レース/フリースタイルの競技実演
B. ビデオデモンストレーション(フリースタイル or クリーキング)
C. 自身のホワイトウォーターエクスペリエンスについての文章など

宛先は whitewaterworlds@gmail.com

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たぶん、彼らの思惑としてはホワイトウォーターカヤックをメジャーにしたいってのがあると思う。カヤックは必要以上に“マイナー”スポーツだ。自転車やスキー・ボード,スケート・サーフィンなんかに比べると当然マイナーですよ。でも、カイトサーフィンやヨット.パラグライダーなんかに比べると競技人口は決して少なくないと思う。ところが、地味でマイナーな感じがする。上に挙げたもののほうがかっこいい感じがする。

コレ、何故かと言うとやってる人間にその気がないからだ。僕、かっこいいでしょ?っていう気がないから、アピールする気もないし、どんな風に魅せるべきなのかほとんど誰も考えてない。と思う。というか僕もそんなこと言いつつ、そんなこと言うたら“どうすんの?無理やろ?”と言われてへこたれるんである。

というわけで、WWC。すごいヤツはすごい。なぜならすごいから。というすごいヤツを決める。わたしゃ指をくわえて見てるだけですが、誰か参戦するなら協力します。何かできること探します。

いくつかビデオエントリー見つけたので貼っときます。

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Marcos Gallegos

TRIBE WWC 2011 VIDEO ENTRY from Marcos Gallegos on Vimeo.



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Fred Norquist

Fred Norquist 2011 Tribe World Whitewater Championships Entry from Fred Norquist on Vimeo.



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Tyler Fox

Tyler Fox 2010 Highlight Reel from Five 2 Nine Productions on Vimeo.



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Anton Immler


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Rush Sturges


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Jakub Nemec


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Alex Perrett

Whitewater World Championships - Alex Perrett from Alex Perrett on Vimeo.



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Ben Marr

Whitewater Worlds Video from Tribe Rider on Vimeo.




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kayak 

December 21, 2010

土曜日、吐き気が続くものの家でじっとしとることもできずに六甲山へ。with モー。六甲ケーブルを使えば、家を出てスタートするまで一時間強。かなりのお手軽感。ところがそこから始まるダウンヒル、まったくお手頃ではないのです、わたしにとって。

と言うのは、落葉でフカフカの林道を思いっきり飛ばすっての基本的にむちゃくちゃ楽しいんだが、コース全般としてキツ過ぎます。はい。階段辛いス。岩辛いス。もうちょっと平坦な林道が長く続いてアクセスも楽なコースはないもんかね?一日使って一周できるくらいの距離がええな。でも、ケーブル使ったこのコースはむちゃくちゃアクセスよくて捨て難い。誰かフリーライド系のバイクと僕のクロカンバイク交換してくれんかね??

ちなみにこの日は三本やりました。一本目は三十分くらいかかったけど二本目・三本目と速くなっていった。だんだんバイクの扱いに慣れてきたようです。途中でスイス人のダウンヒル人フィリップに会う。そのフィリップの友人クリスのビデオが狂ってます。六分。六分て!



こっちはそのクリスさん(会ったことはない)人のムービー。コースの雰囲気もよくわかるし、かっこいいムービーやね。



これは僕が以前行った打越峠のムービー。



しかし、もうちょっと穏やかに楽しめるコースはどこなのかね?


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diaries 

December 18, 2010

tlepここ十日間ほど、病弱極まりなく、心身ともに衰弱しておりましたが、なんとかして一年をハッピーに終えたく、ネットを徘徊しておりましたら、いいネタ発見。


2010/12/21(TUE) 皆既月食!!!

よって、皆既月食お月見会やろ〜 もう、やろー。このまま一年終わると、なんかすごく病弱で陰鬱な一年を過ごしたような気になってしまうので、何かしたい。ので、皆既月食お月見パーチー。というか言い出しっぺですけど、誰かオーガナイズしてほしい!2010年なんか月といっしょに消えてまえ!忘年会。参加可能な人はできるだけ参加して下さい。

けっこう早い時間に月食が始まり、西日本では欠けたお月さんが上がるらしいです。影から漏れる光で赤銅色になった月の端から、だんだん輝きが増していく。そして、満月。
月に照らされて、てきとうにお酒と、食べ物とか音楽とか持ち寄って、毛布にくるまって、真冬の忘年お月見会。どうですかーーー!

Total Lunar Eclipse Party 2010

- 2010/12/21 (TUE)
- Start 日没? End 終電?てきとう。
- 音楽 持ち寄り ちょっとしたスピーカーは持っていきます。
- 食べ物 てきとう 人数によってはBBQとか七輪出します。
- 飲み物 てきとう 人数によっては買い出しします。
- 持ち物 楽しそうなもの。
- 服装 ひたすら暖かいもの。厳守。
- 場所 淀川の河川敷。というか人数とか足の有無によって変更する。

- カヌー 水の上からって最高やで〜 希望者は日曜までに申告して下さい。


そんなところですかね。
あ、ものすごく忘れてましたが、先日のライブに来て下さった方々、共演していただいた方々、呼んで下さったspace eauuuさん、ありがとうございました!! こっちの話はまた追々。
IMG_0482


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diaries | music

December 02, 2010

12/11(sat)
space eauuu企画
「アンビエントロニカな夜vol.2」
18:30open 19:30start
charge ¥1,500- 1d included

at space eauuu
神戸市中央区元町通2丁目6-10ミナト元町ビル3F
078-381-9767

【出演 】
miku-mari
s l o n n o n + sonsen gocha bacco
漕音

えらい久しぶり。えらい久しぶり。
お暇なかたは遊びに来て下さい。

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music | cogito

September 21, 2010

この夏も、何回か友人とカヤックする機会があった。カヤック初心者というか未経験者だ。もちろん、危険な川・区間には行かないが、最低限の危険知識だけは最初に伝えなければいけない。沈する場合には川底の岩への激突を避けるため、頭を引っ込める。沈脱の方法。デフェンシブスウィミング(仰向けで足を下流に向け、沈めない)。水流にはどんなに足掻いても勝てない。等々。
正直に言うて、めんどくさい。おそらく言われるほうもめんどくさい。何がといって、楽しく遊びに来ただけやのに、レッスンというか、講習会というか、勉強会の先生と生徒みたいになってしまうこと。ところが水流の知識や溺れた経験がある人なんて、ほぼいない。なので、伝えなければいけない。僕はカヤックを始めた頃、流れのない湖の水深30cmの場所で、ちょっとパニックになって溺れかけたことがあるが、いい経験だった思う。

カヌーの難しいところはこういうところで、漕ぐ技術より先にセルフレスキューの知識・技術を身につけなければいけない。スキー・ボードなら監視員のいるゲレンデで、コースを開けましょう・助けを求めましょう、で済むが(済むんかな?少なくとも誰かにそういうことを言われたことはない)、川の場合は助けられない場合のほうが多いことを知ってもらう必要がある。スポーツの特性なのかフィールドの特性なのか、歴史の問題なのか。もしカヌーがメジャーになるなら、この問題は避けて通れない。この問題が解消される過程が必要だ。

流れのある場所での水難救助をスイフトウォーターレスキュー(Swift Water) というらしい。山岳救助が200年以上の歴史によって体系化されているのに対し、スイフトウォーターレスキューは30年。プロでもその程度。実際、テレビなんかで水害救助のシーンを見る事もあるが、ドタバタ劇にしか見えなかったりする。ただ、プロの世界の話はプロが発展させてくれるはずだと信じて、それを待つしかない。僕らができることややるべきことは、そうした技術を知り、自らのものとすること。事故を起こさない努力を続けること。不意の事態に備え練習すること。僕はこの場で、救助の技術を伝えることなんてできないので、しない。

話を未経験者とカヌー遊びに行った時のことに戻す。夏の盛りということもあって、川で遊ぶ人たちも多かった。僕は、友人がカヌーの操作に慣れ少し気持ちが大きくなっているのを感じた。そして、ちょいと迷いつつも、迷いを見せぬよう、その友人に告げた。「溺れてる人がいても、助けようとするな」
言われたほうは少しキョトンとなって、僕は言葉を継ぎ足した。溺れている人間はボートを見たら助けてもらえると思ってしまうが、不安定なボートの上から人を助けることは不可能。ボートを掴まれたら沈は必至だが、掴まれた状態では沈脱も難しくなる。PFDをつけてはいるが、溺れて暴れる人間を制止して泳ぐことも不可能だ。お前には何もできない。ただ、叫んで助けを呼んでやれ、近づいてきたら逃げろ。この時には友人のほうは納得したかどうかわからんが、そんな事態もほとんどないだろうと思ったか、僕の態度が厳しかったか、とにかく「わかった」、と。
これが、その場では最善だったと思う。もちろん僕が要救助者となって、カヌーに乗った友人を引き摺り下ろすというシミュレーションをやってみるのが最善だったかも知れないが、そのシミュレーション中の僕らをバックアップする人間がいないので、それも難しい(僕がボートとパドルを回収して泳がなくてはいけないが、現場は少し流れのある瀞場)。というわけで、ちょっとキツいことを言うたものの、やっぱり最善だったと思う。そして、僕も何にもできんのだ。

先日参加したレスキューミーティングでのテキストから抜粋する。

レスキューにおける判断の絶対的な考え方は、
1. セルフレスキュー ファースト
2. チームレスキュー セカンド
3. ビクティム(要救助者) ラスト
だ。まずは自分の安全を確保、次にチームの安全を確保。その上でビクティムの救助。この三者が生還し、ようやく救助の成功という。なので、自己犠牲を前提とする救助はハナから失敗するつもりなので、ダメ。そして人を助けるためには、自分が、チームが強くならなければならない。知識と技術と装備を強化し続けなければならない。

おそらく、ほとんど人にとって、納得し難いことは「自己犠牲はダメ」という考え方だ。薄情モノ。自分は死んでもいいから助けたいという気持ちがダメなのか?少しでも可能性があるならそれに賭けたいという思いはダメなのか?ビクティムが死にゆくのを黙ってみているだけなのか?そして僕は、理屈で納得できないことは納得できない質なので、これも納得できる理屈が必要だ。もちろん実行的にはこの大鉄則を守ったほうが、全てが有利に働くので、そのように行動するのだが。そうして、納得する理由を見つけたので、記す。

それは救助ではない。だから救助の範疇ではない。

「ゼロで割ったらどうなりますか?」「ゼロで割ったらダメです」
「最も大きな数はなんですか?」「ありません」
「最も大きな数は無限大ではないのですか」「無限は数ではないです」

「幽霊はいますか?」「幽霊が物理的に定義できないので、物理学はそれには答えられません」
「宇宙の外はどうなっていますか?」「外の内部状態は記述できません。だって外やから」

「自分が死んでも助けたいんですが」「それは救助ではありません」
「犠牲者の数が少なかったらいいんですか」「その問いは救助とは関係ありません」

ゼロで割るようなプログラムを書いてエラーを出すのも勝手、メモリ無限大に使ってバグるのも勝手、幽霊を信じるのも勝手、宇宙の外を夢想するのも勝手、自殺するのも勝手、一人で世界を背負いこむのも勝手だが、それは救助ではない。そういうヤツはすごくバカバカしくて好きなんやけどね、新しいパラダイムを作る原動力となることもあるかも知れない、が、それは救助ではない。

じゃあ救助もせずに黙って諦めるのか?自己犠牲は“諦め”だ。他の可能性を全て捨てているから。声をかけ続けることは要救助者のパニックを防ぐ最も大事なプロセス。これも放棄している。消防等に救助を求める。これも大事。その現場をプロに伝えるために状況を把握する。これも大事。自己犠牲はそうした全ての可能性の放棄だ。助けるほうも助けられるほうも最後の最後まで方法を探る姿勢が、大事。

では、自分の大事な人が、自分のチームの人間が、目の前で溺れるのを見ていることに耐えられるか?耐えられない。だから、知識・技術・装備を強化する。訓練も練習も経験を積み、判断できるようになりたい。そして、救助できないかも知れないことは、しない。

カヌーするためには、こんなに厳しいことを考えなければいけないのか?そんなことはないと思う。ちゅうか、考えてない。というか、自然にやっている。ちょっとずつ怪我しながら。むっちゃ危ないことはしない。ボードをやるなら、お尻痛いからケツパットあったほうがいいね。頭打つからせめて帽子は必要ね。クライミングしたいからロープワーク覚えよう。沢にいきたいから懸垂下降の練習しよう。川下りしたいからロール覚えよう。バックカントリーいきたいからゾンデ棒も持っていこう(雪崩に埋まった人を探すヤツ)。ということの延長線。スイフトウォーターレスキューの歴史が浅いのと同様に、ホワイトウォーターカヤックの歴史もまだまだ短い。そのうち、もっと洗練される、だろう。洗練されたときには、漕ぐ技術より先にセルフレスキューの説明せんならんと面倒に思うような事態はなくなっているハズ。

ちゅうわけで、ロープワーク、ちょっとずつ覚えていきます。

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kayak 

September 09, 2010

より正確には、初ホワイトウォーターカヤックin四国、です。バイク旅行もファルト旅行もしたことある。ところが、嫌われているのか何なのか、大歩危・小歩危に行く機会が全然巡ってこない。今回も歩危は通りすぎて、本山・ジゲアドウェーブまで・・

そして今回、初めてのフリースタイルカヤックの試合に参加しました。周辺をウロウロしとるものの実際に参加するのは初めて!と言うても、技は何にもでけへんし、まぁそこまで行って遊んどったらええわ〜というスーパー気軽な気持ちで並んでいると、緊張した。えらい緊張するね。特大の瀬を眼前にするのとはまた違う緊張感やね。言うても勝とうっちゅうプレッシャーがないから、一回漕ぎだしてもたらあとはお気楽に楽しんだだけなんですけども。

上位陣はすごいね。華麗ですよ。素晴らしいです。
というわけで、週刊レベ6作ってみました。


週刊レベ6

週刊レベ6でその名の通り、毎週毎週ショートムービーを作ってるわけだが、よく言われるコメントが、“大変やな〜”という。そんなことは全くなくて、随分楽しくやっている。これ以上増えると大変ですが。今回のジゲアドウェーブ、大会ということもあって、漕げる時間は少ない。前日の練習でも30秒のライドのために10分くらい待たなければいけないという状況にあって、むしろ、撮影しているほうが楽しい。

撮影しつつ、1分のストーリーを考える。イントロはこのシーンやな、とか、クライマックスはコレやな、とか、ええのが撮れたからさっきのはボツやな、とか。こっちから撮ったほうがええな〜とか、誰かの邪魔しつつあっちからの画を撮りたいな〜とか。次のチャンスを待とうとか、いろいろ。

そういう作業の中で、イチバンの問題はBGM。版権をクリアしてて、無料で、しかもちょっとカッコいいヤツってのは、ほとんどない。画のシーケンスを作ってから、それに合うようなBGMを探す。アレでもない、コレでもないと探し続ける。

逆に、週刊レベ6が30~60秒になっているのは、その制限による。その制限があるから使える(?)シーンも限定される。この限定作業が、材料から可能性や潜在性をそぎ落としていく制作行為になっているように思う。

ただ、もっといろいろできるな〜と思うから、この一分の制約の中で、もっといろいろしてみたい、と思う。


今回は作る過程でやたらめったら大量のクリップを作ってしまったので、もう一本作りました。版権無視のshakira - waka waka。ただこれも地域によって観れないそうなので、BGMは変えるかも知れません。



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kayak 

September 01, 2010

縦横無尽プロダクション カヤッククロス at 瀬田川!始動!!

kitayama_juomujin

いや、始動はしてましたが、ウェブサイト・参加申し込みオープンしました!
詳細・申し込みはコチラから
http://juoumujin.com/


みなさま、瀬田でお会いしましょう〜!










主催縦横無尽プロダクション
協力JFKA
協賛シークトルース、高階救命器具、ライバル(仮)
日時2010年9月26日(日)10時〜
※受付は9時より鹿跳橋で行います。
※試乗会は9時〜
場所瀬田川エデン前
クラスクリークボート部門
ダウンリバーボート部門
オープン部門
各16名(違うボートで参加される場合のみダブルエントリー)
※クリークボート・ダウンリバーボートに関してはレギュレーションあり。
※オープン部門については基本的にボートは問いませんが、あまりにもボートに差が出てしまう場合はハンデをつけさせていただく場合があります
参加費3000円 (ダブルエントリーは4500円)
参加費は当日受付にて徴収させていただきます。
駐車場エデン並びに立木観音前の駐車場には荷降ろしも含めて駐車禁止です。出来るだけ会場下流の鹿跳橋下の駐車場をご利用ください。
その他基本的に大会の延期はいたしません。大雨・台風等による増水で大会開催が困難な場合は大会を中止とし、大会前日にご連絡いたします。
問合せ縦横無尽プロダクション
E-mail info@juoumujin.com
TEL 090-5067-7729(松永)


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kayak 

August 26, 2010

カズヤ君より、天下一武漕会の告知です。まだ間に合う!かっこええ映像撮りたいなー

====

天下一武漕会は、日本全国のパドラーが最高に熱いライドを“魅せ”競うステージ。

最高に熱いビッグエア。
ダウンリバーや数々のビッグライド、トリックライド。
そしてアクシデントライドまでもがギャラリーを熱く魅了する。
求めるステージが今ここに。

さぁ。何も躊躇うことはない。
最高のおまえを魅せてみろ!
そして伝説の1ページにその名を刻め!

また1つ新しい伝説が生まれ語り継がれてゆく・・・

tenichi


ウェブサイトはコチラ http://busoukai.exblog.jp/

=====

ここ半年くらいの週刊レベ6総集編ムービー作りました。総集編なだけあって、バシャバシャけっこういい感じになったと思います。チェキラ!

- 週刊レベ6 - 盆休み



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kayak 
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contrabass弾いたり,研究したり,煙草を吸ったり,歌ったり,拗ねたり,珈琲飲んだり,してます。
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漕音.
土星の輪で珈琲時光. space cafe musicやります.

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食べたり飲んだり歌ったりってのはブルーズってことなんだろう.


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