2017年05月23日

「研究」を仕事にするということ2、あるいは業界研究について

この記事の続きの記事。

前回、大学教員という仕事は常勤と非常勤という区分と、更に常勤には有期と無期があるという話をした。
より正確には、有期の中には「テニュアトラック」なるものがあるのだが、まあこちらも期が向いたら描いてみようと思う。

ぼくは博士号を取った後、現実の様々な要因から会社員になり、その後再び高等教育業界への「転職」を考えた人間である。
その際に、上記の区分までは知っていたし、確か博士も後期になって拗らせてから、「大学教員とはどんな仕事か」みたいなエクストラ講義を聞いて知っていたのだと思う。

そこまでは承知で、ぼくは前の赴任先で「常勤・有期」を込みで就職した。
なお有期は1年更新で、着任時点で2回の更新しかない、つまり最長3年間というものだ。

3年というのは何かを為すには短い。
そう言い訳するのは簡単だが、それを承知で請けたのだからそこに文句は言わない。
とにかく、与えられた期間で「成果」を出して、次の就職への糧にするんだ。
当時のぼくはそんなことを考えていたと思う。

※括弧した「成果」については、また改めて論じようと思う。

着任して初めての打合せ。
新しいBOSSはぼくに向かってこんな趣旨のことを言った。

「この職は研究エフォートはないけど、まあなんとか時間を見つけてがんばってね」

ん?
研究エフォート?
ていうか、エフォートってなんだ?

エフォートはeffort。
努力のことである。
研究努力?努力目標、というのはなんだか中等教育まで聞いた気がする。
ちなみにSE時代には努力目標なんてものはなかった。
「やるかやらないか。その中間なんてないでしょ。死ぬの?」
なぜかニシさんの声で再生される。ニシさんはぼくの人格を慮って決してそんなことは言ってなかったと思うが、あれから3年の月日はニシさんを「恐キャラ」に変換してしまっている。
ニシさん、ごめん。

ちなみに、ぼくが困った時に頼るのはサイトウ先輩だ。
サイトウ先輩は、ぼくの一個上の大学院の人で、だいたいぼくがぶつかった問題に一歩早くぶつかっていて、ぼくの悩みをだいたい解決してくれる。

「サイトウさん、エフォートってなんすか?」

「オマエさ、そんなことも知らないで研究者なろうと思ったの。死ぬの?」

死ぬの?はサイトウ先輩の用語だった。ニシさん、重ねてごめん。
サイトウ先輩は続ける。

「エフォートってのはさ、自分の持ち時間をどの業務にどれだけ割けるのかを示す概念のこと。エフォートの合計が100%を超えては原則いけない。なぜなら研究者のリソースには限界があるから。だから、研究費の申請とか、そういう場面ではエフォート記入する欄があるだろ?」

「研究費、申請したことないっす」

「オマエ、なんで生きてんの?」

なんで生きてんの?もサイトウ先輩の口癖である。
ぼくはそれに対してヘラヘラ笑うだけだ。

「つまり、研究エフォートがない、ってことはオマエには仕事として研究する資格がないってこと。教育と大学運営業務だけが仕事ってことだね。応募要項見なかったの?」

「応募要項にエフォートなんて書いてなかったですよ」

「あーよくあるよね。そういうの書いちゃうと応募者減るからってやつ。御愁傷様」


なんてこった。
憧れの大学教員になったのに、研究できないなんて。


…と、こんな感じで有期雇用時代を時たま振り返っていこうと思う。


cohkohchan at 09:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ! 

2017年05月22日

「素パンク」であるということ

素パンクについて

記事を書く、と言いつつまた間が空いてしまった。
リズム感が重要である。
ぼくの生活には、まだリズムが、ない。

歯牙ないエンジニア時代の同僚とやりとりをしていて、思い出したことを書いてみる。
大学時代、ぼくは演劇サークルに所属していた。
演劇に入った1年生の時、4年生の先輩たちは所属するサークル(大学には4つのサークルがあった)をまたいで、「素パンク団(すぱんくだん)」という団体を設立していた。
その後、いついつかまでは忘れたけど、卒業してからも結構長いこと先輩たちはこの素パンク団をつづけてきた気がする。

その素パンク団の旗揚げ公演では、素パンクの定義として、主役の一人が、
「オレは素がパンクなので、学ランも校則通りにかっちり切る。見た目を奇抜にするのは素がパンクじゃないからだ」
みたいな主旨のセリフを言っていたことを覚えています。

※より正確にいうと、ぼくはこの公演を生では見ていなくて、もらった台本を読んだだけだ。

素がパンクなら、別に外見で表現しなくてもいいんだ、と。
19-20の頃のぼくは、この言葉にすごく衝撃を受けたのを覚えています。

ぼくは1年生の冬に、そんな先輩方と一緒に公演する機会があった。
講義後から22時くらいまで練習して、その後先輩の家に移動して夜中まで演劇や音楽や文学の談義をしていた。
その頃のぼくは、J-POPのヒットチャートとゆずと19が好きな「どうでもいい感じの」学生で、そんなぼくに先輩は、velvet undergroundとかあがた森魚とかを聞かせて「お前の知っている世界はこんなにも狭いよね」ということをまざまざと見せつけれくれました。

外見の従順さと裏腹の内心のパンク。
これは、その後のぼくを決定づける一つの「ベクトル」になっていたきがする。

でも、そんな大学時代のことを今ふと思い出すのは、いつしかぼくはオッサンになって外見の従順さに引きづられるようにして、内心のパンクさをどこかに置き忘れてしまっていないのか、ということだ。
30を超えてぼくは、結婚をし、リーマンスーツを着用し、ムスメの面倒を見ながら、正規の職で働いている。
「まとも」すぎるほどの属性をまとう中で、ぼくの内面はいつしか重みに妥協してしまっているようなきがするのだ。
いやもっときちんと言えば、僕らはいつもこの外圧の重みといい感じで妥協していかなければならない。
妥協即悪といえるほどピュアであるには、ぼくは年をとりすぎている。
大切なことはミスマッチである。

そして無理やり時事問題に引きつけるけど、巷で話題にされてる「共謀罪」というやつは、こうした「内心と外見の一致」を強要するようなものになりゃしないか、ということでもある。

ぼくたちは時たま、うらぶれたリーマンの形をした人の中に狂気をみる。
ぼくはその狂気の当事者でありたい。
なおかつ、家庭という社会システムを健康的に運営したい。
愛のままにわがままにぼくは君だけを傷つけたりはしないのだ。

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2017年05月02日

「研究」を仕事にするということ

記事の題名を思いついた後、何を書くかを考えながら書いてみる。
(ブログの記事なんてそんなもんだという留保に甘えつつ。)
きっとググれば同じようなことを書いている人はいるだろうけど、まあこれも一つの「世界」と思えば、anthrockこと文化人類学徒の記事として意味はあるだろうと思って書いてみる。



4月から環境が変わって、大っぴらに研究ができるようになった。

そもそも、「高等教育」ギョーカイになじみのない人は、この一文がピンとこないかもしれない。
「大学のセンセイでしょ?じゃあ研究者じゃないの?」
は、ある種当然の認識だからだ。

まず、大学の雇用形態には大きく2つの区分がある。
「常勤」と「非常勤」だ。
これは文字の通りで、「勤務先の大学に大体いる」と「大学に行くのは講義のある時だけ」という区分である。
現行の事実をもとに有り体に言ってしまうと、非常勤は時間給のことが多いので、「アルバイト」に近い。
なお、非常勤はそれ以外に仕事をやっている人も他の大学で常勤の人もなることが可能だ。

上の区分の後に常勤はさらに2つに区分される。
それは「任期無」と「任期有」である。
雇用に任期(期限)があるかどうか、の違いだ。
任期は1~5年であることが多い。
もう一つ、任期有にも「テニュアトラック」なるジャンルがあるのだが、一旦話を進める。

「任期有」の区分は、大学の通常収入とは別の予算によって雇われることが多い。
たとえば文科省からの大型の補助金とかそういうものだが、こうしたものは大体プロジェクト形式なので時限がある。よって任期が有期、というわけだ。
ちょっと分けてみる。

┏━━━━━┳━━━━━┓
┃ 常 勤 ┃ 非常勤 ┃
┃無期 有期┃     ┃
┗━━━━━┻━━━━━┛

2017年になり、Webデザインもこれほど発達しまたコンシューマ化した現代で、「けいせん」と入力して上の表をタカタカ作成した自分を愚かしくも愛しく思う。
たぶん、こういう「無駄への愛しさ」が「手書き大事」みたいな価値観を生んでいるのだと思う。

そしてこんな票を作っていたら時間になってしまった。
本題に入る前に記事が終わる。
これもまたこのブログらしい。

というわけで、続きはまた次回。

cohkohchan at 10:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ! 

2017年04月28日

地方美人に関する一考察

ぼくは、ひょんなことから今北陸の某県で仕事をしている。
つい最近までは九州にいたのだというのに落ち着かない。

この「落ち着かなさ」を何か可能性に読み替えていけないだろうか、なんてことを最近東浩紀や千葉雅也の本を読みながら考えたりしている。
考えるのは楽しい。
可処分時間さえあれば。

この県に来て感じるのは、なんか「美人」が多いことだ。
だいたいの人が美人だと思う。
ぼくの所属する女子大生なんて、9割くらいそうなんじゃないかとさえ思う。

でも思い起こせば、ぼくは九州に赴任した時にもそう感じた気がするし、
あるいはトーキョーシティでサラリィマンをやっていた時にも「は〜トーキョーの女子はべっぴんさんやなあ」と思っていたような気がする。
(そういえば、前前職には「アドミン」という、ありていにいえば「顔採用だろ」としか思えないキラキラした女子たちの職種があったのだ。それに対する畏怖は今もぼくに根づいている。)

ということは、何か美人には「新鮮さ」、もっといえば「鮮度」みたいなものがあって、それがなくなってくると美人には見えなくなってくるのかな、とかそんなことを考えてみる。

そこまで考えて、世の中にはすでに「美人は3日で飽きる」という言葉があるのを思い出す。
こうして自分で考えた結果、世の中にすでに出回っている言葉に会うというのは珍しいことではない。
(この間も、「忖度」が流行った時に「スーザン・忖度」という人名ダジャレが思いついたが、すでに何人もツイートしていた。)

美人には鮮度がある。
ではこの言葉の続きである「ブスは3日で慣れる」はどうだろうか。
ぼくはここで、「ブス性と結婚の持続」というテーマを思いついた。
これを続けて書くかどうかは、わからない。
何しろぼくは今ブログのリハビリ中なのだ。


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2017年04月18日

復活、というか転移

塩漬け、という言葉がある。
その名のとおり塩に漬けて保存しておく技術だ。

このブログを更新しない期間、というのは何だったのか考えてみる。
目標としていた大学教員になったが、なんだかかみ合わぬ日々。
いや、そんなことは南九州で過ごしていた間に感じていたものではない。

少なくとも、歯牙ないリーマンだった時よりは、はるかに《社会》に必要とされ、はるかに《やりがい》を持って生きていたからだ。

では、なぜ、ぼくは学生の時分から続けていたブログをこんなにも放置していたのだろうか。
記事を読み返してみる。
塩に漬けていたわけではないのに、記事たちは無事に生き長らえ、(いくつかは賞味期限が切れているだろうが)、ぼくを刺すように見つめている。

anthropology & Rock'n roll

そう宣言したおまえはどこにいったのだ、と。
新橋の敗北者のおまえの方が、よっぽど《社会》を読み解こうとしていたのではないか、と。

もちろん、ぼくの側にも言い分はある。
ブログ、という古臭い文章作成の形式にも問題がある。

なんせ、承認欲求を満たすだけなら「それ」があるし、たんなるつぶやきならば「あれ」があるこの世の中だ。

そんな中で、何をここに書くべきか。

定まっていないままぼくはまたここに文を書き連ねようとしている。

ビジネス啓発本には、大前研一を引いてよくこう書いてある。

人が変わるには、3つの方法しかない。
場所を変える。
時間の使い方を変える。
付き合う人を変える。
一番最悪なのは意識を変えることだ

と。

ぼくは、「裏日本」と呼ばれるこの場所で何を考えられるのか。
もう一度考えていることにしたい。

cohkohchan at 11:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr ニョッキ 

2016年05月16日

マンモグラフィー

書きたい記事が下書きで積まれていく。
書かなければならない論文が、3kbくらいのWordファイルで増えてゆかない。

そんな、割れかかったiPhoneのヒビが増えていく日々であります。

気分転換に妻と市内のショッピングモールに行くと、1階の催事場では「全国看護の日」だかなんだかで、看護師さんたちがティッシュを配ったり風船製の県とかを配っていました。
そんななか、

「ちょっと、旦那さんも触っていってください」

という声で目を向けると、そこには乳房の模型が。

「乳がんは、触診で初期発見できるんです」

といいながら微笑む推定40代のナース。
ツッマは乳がん検診の説明を聞いてみる。

「いや、恥ずかしいんで、いいです」

とぼくは言いたかった。しかし、「医療的に正しいはずの行為をはずかしがるお前の心性がはずかしい」と言われたような気がして、ぼくはその提案を断れなかった。
いや、一回は通り過ぎたんだよね。

というわけで、両の手で造り物の乳房を触ってみる。
下から、持ち上げるように。
ふに、ふに、ふに。
うーむー。

「えっとー、しこりは乳房の上の方にあるんですよ〜。」

しまった!罠に嵌まった!

仕事を始めるときに「どうすればいいですか?」から始めないぼくの悪い癖だ。
前職の時も年下のリーダーに散々ぶっ殺された、あの苦い味が口内に甦る。

はからずも、己が性癖を露呈してしまったぼくは、

「パートナーの方が気づくこともあるんですよ〜」
「旦那さんも意識して触ってみてくださいね。フフ」

などというナース(推定40代)の言葉責めを受け続けるしか選択肢が残されていなかった。


いやわかってる。
毎回、わかってるんだ。いいトシ(35歳)したおっさんが、こんなことでシャイイングになってどうするんだって。
でも、ダメなんだよ。
ぼくの中で、かつて「エロ認定」された部位や語彙をLED照明で眩むような場所に引きずり出されるのはさ。

ていうか、「マンモグラフィー」という単語で、正直もう危ないんだから。

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2016年04月12日

生存報告

すいません、こんなに更新しなかったの初めてじゃないかな。
anthrockです。生きてます。
とくに病んではいませんが、色々考えながら生きています。

とりあえず生存報告です。

あと、最近、仕事の関係で職場で「バスツアー」という単語が出てくるのですが、その「バスツアー」という単語が女子職員から出るたびに、みだらな妄想が反射的に出てきてしまってつらいです。

反応よりも早い反射。
筋肉の応答速度を超える脳の妄想速度。

そんなこんなで、きっとまた新年度になったし更新します。
なんちゃってSEも、今はセンセイぶって生きています。
過去の傷は時間が癒してくれました。

というわけで、ブログはもうちっとだけつづくんじゃ。

cohkohchan at 06:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr ニョッキ 

2016年02月14日

【要望書】バージョンアップのお伺い

はじめて、マッマなしでの寝かしつけを実践した。
ムスメは、いつもは居るはずのマッマがいないことに動揺し、何度も部屋中を行ったり来たりしながらマッマを探す姿には切なさを感じずにはいられなかった。
そして自分を寝かそうとするパッパに違和感を覚えて泣き叫び、寝室から何度も這い出てはいつものおもちゃゾーンに自分を連れていく。
マッマが居ない以上、パッパとするのは「遊び」しかないという彼女なりの判断だろう。
結局、泣き疲れと眠気に負けておもちゃゾーンで力尽きたムスメを運んで、初めてのひとり「寝かしつけ」は完了した。

人類がチンパンジーと袂を分かって何百万年経ったことだろうか。
その間、人類は色々な知性、そして技術を獲得し今に至る。
しかしながら、その際に、オスの方に育児に必須となる生物的特性を備えてくれなかったことに対して、僕は神様に憤りを感じている。

生むのはメスの方でいいとしても、なぜ授乳という素晴らしい機能をメスにしか付けなかったのか。
「片方だけじゃ不便やろ…せや!父にも乳付けたろ」
みたいなノリで父乳機能、付けられんかったのですかね。
(神様がなぜこんな喋り方するのかは、直前に見たまとめサイトの影響のせいだ。)

いや、負け惜しみですよ。
完全に。

でも、無いから。
どうしても無いが故に、有ればもっとうまくやれるんじゃね?って思っちゃうわけですよ。

そんな高校生物を履修してない私に、なぜオス/メスはこんな風に分化してるのか、教えてエラい人!


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2016年02月12日

「うたのおねえさん」という仕事

「トンネルーを抜ければー あおぞら いーっぱいー」

夜中の首都高。
タクシーは静かに【うたのおねえさん】を乗せて進む。

そう、わたしは、【うたのおねえさん】。
大学の卒業と同時に、この仕事に就いた。
はじめは新しい仕事ばかりで右往左往していたわたしだけれども、3年目くらいにはようやく慣れてきたように思う。
噴き出してしまいそうになる着ぐるみを纏いながら歌うことにも慣れたし、ひざ上でくるりと広がるスカートにだって抵抗がない。

だってわたしは【うたのおねえさん】。
わたしは歌を通じて、子供たちに夢を、そして毎日育児にかかりきりのお母さんから子供たちを引き離すひと時のやすらぎを与える。
それが私の仕事。

【歌のおねえさん】には禁止事項がある。
恋愛すること、海外旅行をすること、結婚すること、食べ歩きをすること、妊娠すること。
わらっちゃうくらい前時代的だ。
きちんと分類されてないあたりも可笑しい。

それでもわたしは職業意識でそれを守った。
またそんな中でも、私に好意を寄せてくれた男性もいた。

「きみがみんなのおねえさんでいる間は、まっているよ」

そう紳士に言ってのける貴方に私はいつの間にか惹かれていた。
そうして、あくまで仕事といえる範囲内で会っていることで私は満たされていたんだと思う。

みんなのおねえさん。
その響きに甘えていたのかもしれない。

ある日、収録の後に立ち寄った公演で、貴方の姿を見た。
イチョウ並木のとてもきれいな公園で、黄色の絨毯の上を幸せ様に歩く貴方と、可愛らしい彼女。

わたし、貴方を恨んでいるわけじゃないの。
でも、貴方と会ったあの頃の私のように笑うあの娘を見て、もうわたしはあなただけの何かになれないのだと気づかされたのよ。

【うたのおねえさん】を辞めて、貴方の傍にいられるわけじゃない。
でも今この仕事を辞めたのは、もしかしたら当てつけなのかもしれないわね。

「両手をひろげてー 世界がー まってーいるー」

幾度となく歌ったこの歌の歌詞が、今更自分に響いてくる。
ああなんだそういうことだったのか。

これからは、わたしのために歌を歌おう。
とりあえず、ありきたりの海外旅行でもしながら。
楽しすぎて貴方へのお土産を買うことなんか思い出さないくらいの、そんな旅行がしてみたいわね。



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2016年02月01日

俺はねこういうの逆セクハラだと思うんだとそう思ってもいいかい?

住んでる街の子育て支援センターに行ったときのことを話そうと思う。

今ぼくの住んでいる町は、いちおう県庁所在地県なんだけれども、それは平成の大合併でそうなったからであって、実際のところはなんだかちょっといい感じで田舎くさい。
そんな町の子育て支援もセンターも、いい感じでゆるくて、集まる人もだいぶカラーが幅広い。
粗忽者のキッズたちもいるにはいるが、まあそんなもんだろう。
ムスメには強く生きてほしいと思う。

この子育て支援センターでは、お昼に入る前に絵本の読み聞かせがある。
それまでわらわらと遊んでいた子供達が親子ともども車座になって、保育士さんが読む絵本をみんなで聞くのだ。
まあそれだけなら、別に前に住んでた街でもあったことだ。

ところで、子育て支援センターという場所は、とにかく大人の男性がいない。
ぼくが行った土曜でさえ、子供を連れてくる男性は数人だ。

女性だけなのがあたりまえの空間。
それが子育て支援センターなのである。

保育士のおばちゃんが「さ〜絵本を読むよ〜」と言って本を取り出す。
ぼくは自分が子供の頃に読んだ『三匹の山羊とがらがらどん』だといいなと思った。

「今日の絵本は『おっぱい』だよ〜』

ん?

いま、なにかいやらしい言葉が妙齢のおばちゃんから発せられた気が


「おっぱい」


え、


聞き間違い…ではなかっ…


「これは誰のおっぱい?」

「ゴリラ〜〜〜〜〜」

「そうゴリラのおっぱい!」


絵本に映る毛深い乳房。
そう、あれはゴリラのおっぱいらしい。

なんだろうか。

ぼくが、悪いのだろうか。

そう、

きっとぼくが悪いのだ。

空間のお母さんたちが、絵本を通じて子供とコミュニケーションを図っている頃、ぼくだけが「おっぱい」という言葉のいたたまれなさにただ項垂れて、ムスメを抱きしめることしかできなかった。

だって、顔を上げれば、そこにもここにもかしこにも!


さて、会場には実はお父さんがもう一人だけ居た。
ぼくは周囲のおっぱいをなるべく視界に入れないようにして彼の方を見た。

僕の目に彼は、何事もないように見えた。

目が合えば違ったかもしれない。
見つめ合うと素直におしゃべりできないかもしれない。

ぼくは独りだった。


こんな記事を書いていて、そういえば昔もおっぱいについて書いたなと思ってブログ内検索をかけてみたら去年の5月の記事が引っかかりました。

ぼくとおっぱいの緊張関係はまだ続きそうです。

cohkohchan at 00:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ!