2017年04月18日

復活、というか転移

塩漬け、という言葉がある。
その名のとおり塩に漬けて保存しておく技術だ。

このブログを更新しない期間、というのは何だったのか考えてみる。
目標としていた大学教員になったが、なんだかかみ合わぬ日々。
いや、そんなことは南九州で過ごしていた間に感じていたものではない。

少なくとも、歯牙ないリーマンだった時よりは、はるかに《社会》に必要とされ、はるかに《やりがい》を持って生きていたからだ。

では、なぜ、ぼくは学生の時分から続けていたブログをこんなにも放置していたのだろうか。
記事を読み返してみる。
塩に漬けていたわけではないのに、記事たちは無事に生き長らえ、(いくつかは賞味期限が切れているだろうが)、ぼくを刺すように見つめている。

anthropology & Rock'n roll

そう宣言したおまえはどこにいったのだ、と。
新橋の敗北者のおまえの方が、よっぽど《社会》を読み解こうとしていたのではないか、と。

もちろん、ぼくの側にも言い分はある。
ブログ、という古臭い文章作成の形式にも問題がある。

なんせ、承認欲求を満たすだけなら「それ」があるし、たんなるつぶやきならば「あれ」があるこの世の中だ。

そんな中で、何をここに書くべきか。

定まっていないままぼくはまたここに文を書き連ねようとしている。

ビジネス啓発本には、大前研一を引いてよくこう書いてある。

人が変わるには、3つの方法しかない。
場所を変える。
時間の使い方を変える。
付き合う人を変える。
一番最悪なのは意識を変えることだ

と。

ぼくは、「裏日本」と呼ばれるこの場所で何を考えられるのか。
もう一度考えていることにしたい。

cohkohchan at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr ニョッキ 

2016年05月16日

マンモグラフィー

書きたい記事が下書きで積まれていく。
書かなければならない論文が、3kbくらいのWordファイルで増えてゆかない。

そんな、割れかかったiPhoneのヒビが増えていく日々であります。

気分転換に妻と市内のショッピングモールに行くと、1階の催事場では「全国看護の日」だかなんだかで、看護師さんたちがティッシュを配ったり風船製の県とかを配っていました。
そんななか、

「ちょっと、旦那さんも触っていってください」

という声で目を向けると、そこには乳房の模型が。

「乳がんは、触診で初期発見できるんです」

といいながら微笑む推定40代のナース。
ツッマは乳がん検診の説明を聞いてみる。

「いや、恥ずかしいんで、いいです」

とぼくは言いたかった。しかし、「医療的に正しいはずの行為をはずかしがるお前の心性がはずかしい」と言われたような気がして、ぼくはその提案を断れなかった。
いや、一回は通り過ぎたんだよね。

というわけで、両の手で造り物の乳房を触ってみる。
下から、持ち上げるように。
ふに、ふに、ふに。
うーむー。

「えっとー、しこりは乳房の上の方にあるんですよ〜。」

しまった!罠に嵌まった!

仕事を始めるときに「どうすればいいですか?」から始めないぼくの悪い癖だ。
前職の時も年下のリーダーに散々ぶっ殺された、あの苦い味が口内に甦る。

はからずも、己が性癖を露呈してしまったぼくは、

「パートナーの方が気づくこともあるんですよ〜」
「旦那さんも意識して触ってみてくださいね。フフ」

などというナース(推定40代)の言葉責めを受け続けるしか選択肢が残されていなかった。


いやわかってる。
毎回、わかってるんだ。いいトシ(35歳)したおっさんが、こんなことでシャイイングになってどうするんだって。
でも、ダメなんだよ。
ぼくの中で、かつて「エロ認定」された部位や語彙をLED照明で眩むような場所に引きずり出されるのはさ。

ていうか、「マンモグラフィー」という単語で、正直もう危ないんだから。

cohkohchan at 08:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr ニョッキ 

2016年04月12日

生存報告

すいません、こんなに更新しなかったの初めてじゃないかな。
anthrockです。生きてます。
とくに病んではいませんが、色々考えながら生きています。

とりあえず生存報告です。

あと、最近、仕事の関係で職場で「バスツアー」という単語が出てくるのですが、その「バスツアー」という単語が女子職員から出るたびに、みだらな妄想が反射的に出てきてしまってつらいです。

反応よりも早い反射。
筋肉の応答速度を超える脳の妄想速度。

そんなこんなで、きっとまた新年度になったし更新します。
なんちゃってSEも、今はセンセイぶって生きています。
過去の傷は時間が癒してくれました。

というわけで、ブログはもうちっとだけつづくんじゃ。

cohkohchan at 06:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr ニョッキ 

2016年02月14日

【要望書】バージョンアップのお伺い

はじめて、マッマなしでの寝かしつけを実践した。
ムスメは、いつもは居るはずのマッマがいないことに動揺し、何度も部屋中を行ったり来たりしながらマッマを探す姿には切なさを感じずにはいられなかった。
そして自分を寝かそうとするパッパに違和感を覚えて泣き叫び、寝室から何度も這い出てはいつものおもちゃゾーンに自分を連れていく。
マッマが居ない以上、パッパとするのは「遊び」しかないという彼女なりの判断だろう。
結局、泣き疲れと眠気に負けておもちゃゾーンで力尽きたムスメを運んで、初めてのひとり「寝かしつけ」は完了した。

人類がチンパンジーと袂を分かって何百万年経ったことだろうか。
その間、人類は色々な知性、そして技術を獲得し今に至る。
しかしながら、その際に、オスの方に育児に必須となる生物的特性を備えてくれなかったことに対して、僕は神様に憤りを感じている。

生むのはメスの方でいいとしても、なぜ授乳という素晴らしい機能をメスにしか付けなかったのか。
「片方だけじゃ不便やろ…せや!父にも乳付けたろ」
みたいなノリで父乳機能、付けられんかったのですかね。
(神様がなぜこんな喋り方するのかは、直前に見たまとめサイトの影響のせいだ。)

いや、負け惜しみですよ。
完全に。

でも、無いから。
どうしても無いが故に、有ればもっとうまくやれるんじゃね?って思っちゃうわけですよ。

そんな高校生物を履修してない私に、なぜオス/メスはこんな風に分化してるのか、教えてエラい人!


cohkohchan at 04:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ! 

2016年02月12日

「うたのおねえさん」という仕事

「トンネルーを抜ければー あおぞら いーっぱいー」

夜中の首都高。
タクシーは静かに【うたのおねえさん】を乗せて進む。

そう、わたしは、【うたのおねえさん】。
大学の卒業と同時に、この仕事に就いた。
はじめは新しい仕事ばかりで右往左往していたわたしだけれども、3年目くらいにはようやく慣れてきたように思う。
噴き出してしまいそうになる着ぐるみを纏いながら歌うことにも慣れたし、ひざ上でくるりと広がるスカートにだって抵抗がない。

だってわたしは【うたのおねえさん】。
わたしは歌を通じて、子供たちに夢を、そして毎日育児にかかりきりのお母さんから子供たちを引き離すひと時のやすらぎを与える。
それが私の仕事。

【歌のおねえさん】には禁止事項がある。
恋愛すること、海外旅行をすること、結婚すること、食べ歩きをすること、妊娠すること。
わらっちゃうくらい前時代的だ。
きちんと分類されてないあたりも可笑しい。

それでもわたしは職業意識でそれを守った。
またそんな中でも、私に好意を寄せてくれた男性もいた。

「きみがみんなのおねえさんでいる間は、まっているよ」

そう紳士に言ってのける貴方に私はいつの間にか惹かれていた。
そうして、あくまで仕事といえる範囲内で会っていることで私は満たされていたんだと思う。

みんなのおねえさん。
その響きに甘えていたのかもしれない。

ある日、収録の後に立ち寄った公演で、貴方の姿を見た。
イチョウ並木のとてもきれいな公園で、黄色の絨毯の上を幸せ様に歩く貴方と、可愛らしい彼女。

わたし、貴方を恨んでいるわけじゃないの。
でも、貴方と会ったあの頃の私のように笑うあの娘を見て、もうわたしはあなただけの何かになれないのだと気づかされたのよ。

【うたのおねえさん】を辞めて、貴方の傍にいられるわけじゃない。
でも今この仕事を辞めたのは、もしかしたら当てつけなのかもしれないわね。

「両手をひろげてー 世界がー まってーいるー」

幾度となく歌ったこの歌の歌詞が、今更自分に響いてくる。
ああなんだそういうことだったのか。

これからは、わたしのために歌を歌おう。
とりあえず、ありきたりの海外旅行でもしながら。
楽しすぎて貴方へのお土産を買うことなんか思い出さないくらいの、そんな旅行がしてみたいわね。



cohkohchan at 21:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ! 

2016年02月01日

俺はねこういうの逆セクハラだと思うんだとそう思ってもいいかい?

住んでる街の子育て支援センターに行ったときのことを話そうと思う。

今ぼくの住んでいる町は、いちおう県庁所在地県なんだけれども、それは平成の大合併でそうなったからであって、実際のところはなんだかちょっといい感じで田舎くさい。
そんな町の子育て支援もセンターも、いい感じでゆるくて、集まる人もだいぶカラーが幅広い。
粗忽者のキッズたちもいるにはいるが、まあそんなもんだろう。
ムスメには強く生きてほしいと思う。

この子育て支援センターでは、お昼に入る前に絵本の読み聞かせがある。
それまでわらわらと遊んでいた子供達が親子ともども車座になって、保育士さんが読む絵本をみんなで聞くのだ。
まあそれだけなら、別に前に住んでた街でもあったことだ。

ところで、子育て支援センターという場所は、とにかく大人の男性がいない。
ぼくが行った土曜でさえ、子供を連れてくる男性は数人だ。

女性だけなのがあたりまえの空間。
それが子育て支援センターなのである。

保育士のおばちゃんが「さ〜絵本を読むよ〜」と言って本を取り出す。
ぼくは自分が子供の頃に読んだ『三匹の山羊とがらがらどん』だといいなと思った。

「今日の絵本は『おっぱい』だよ〜』

ん?

いま、なにかいやらしい言葉が妙齢のおばちゃんから発せられた気が


「おっぱい」


え、


聞き間違い…ではなかっ…


「これは誰のおっぱい?」

「ゴリラ〜〜〜〜〜」

「そうゴリラのおっぱい!」


絵本に映る毛深い乳房。
そう、あれはゴリラのおっぱいらしい。

なんだろうか。

ぼくが、悪いのだろうか。

そう、

きっとぼくが悪いのだ。

空間のお母さんたちが、絵本を通じて子供とコミュニケーションを図っている頃、ぼくだけが「おっぱい」という言葉のいたたまれなさにただ項垂れて、ムスメを抱きしめることしかできなかった。

だって、顔を上げれば、そこにもここにもかしこにも!


さて、会場には実はお父さんがもう一人だけ居た。
ぼくは周囲のおっぱいをなるべく視界に入れないようにして彼の方を見た。

僕の目に彼は、何事もないように見えた。

目が合えば違ったかもしれない。
見つめ合うと素直におしゃべりできないかもしれない。

ぼくは独りだった。


こんな記事を書いていて、そういえば昔もおっぱいについて書いたなと思ってブログ内検索をかけてみたら去年の5月の記事が引っかかりました。

ぼくとおっぱいの緊張関係はまだ続きそうです。

cohkohchan at 00:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ! 

2016年01月27日

女子アナと飲んだ夜もあるんだ

とある町の部長さんからのお誘いがあり、業務の飲み会を定時で切り上げて集合場所に向かった。
この部長さんという人は、中央官庁からやってきた若くて偉い人である。
「知り合い連れてきていいよ。ぼくも連れてくるから」
と言われたので、部長の町と関係しそうな先生に声をかけて来てもらった。

部長と合流し、店に向かう。
席に着いて少しすると、「こんばんは〜」という声が聞こえてふすまがスッと開いた。
そこにいたのは、見目麗しい女性2人だった。

「ファッ!?!?!?」

ぼくは心の中でなんj語を叫んだ。
すると、女性は、

「すいません、私、○○○のアナウンサーをしています、ウエスギ(仮名)と申します。」

と気さくにあいさつをする。

女子アナだ。

概念ではない。

ぼくの前に、女子アナが、いる。

そして普通に飲み会が始まる。
どんな番組やってるんですか、とか最近はコンプライアンスが厳しくて、みたいな会話が続く。
なんてことだ、今日は町の行く末を語り合う会ではなかったのか。

これにはぼくが連れてきた先生も面食らうだろう。
女子アナが来るとわかっているならこの先生を誘うんじゃなかった!
そう思って横を見ると、その先生は、

「ぼくも番組出してくださいよ〜」

この男、ノリノリである。
ぼくは戸惑いを隠せないまま、他愛もない話を遮ることなく、いやむしろ積極的に話を回しながら、女子アナとの時を過ごした。

女子アナの2人には、職業、あるいはここまで生きた歴史に裏付けられた自負心のようなものが頑としてあるようにみえた。。
私達は色々積んできた女、ですよという感じ。
キャリアウーマンですよ、とでもいえばわかりいいだろうか。

しかし、凡百のキャリアウーマンと違うのは、さすが女子アナなだけあって、対人コンタクト能力に秀でている点である。
こちらの話に合槌を打ち、ときに笑い、ときに自分の体験談を交えたりしながら、巧みにオッサンたちの話を引き出していく。
キャバクラ、というものに行った回数は数えるくらいであるが、ぼくが行ったことのあるレベルの女たちでは太刀打ちできない技量であるように思えた。

ぼくは女子アナというものを見誤っていた。

概念の女子アナは、たんに容姿が整っているだけの空っぽ女に過ぎないと思っていたが、そうではなかった。
彼女らはとても知的で、話していて楽しい。
ぼくがローカルでマニアックな儀礼の話をしている時に、部長や同行の先生(工学部)は全く興味を示していなかったにもかかわらず、彼女らはそれを興味深げに聞いてくれていた。
ぼくのような人間にとっては、このことがなんともありがたい。

そんな部長と女子アナとのひとときもLOを迎えた。
あー楽しかった、と思える会だった。
すると、

「ごちそうさまでーす」

と彼女らは部長に言う。
そして、とてもスムーズに彼女らは帰っていった。

「というわけで、男3人でワリカンでーす」

部長が当たり前だという風でぼくらに告げた。

たしかに楽しかった。
だが、そういうことなのか。

そういうことなのか。

ぼくは、いま目の前で起きたことをうまく消化できず、タクシーに乗ってこのまま家には帰れないなと思って、ど田舎の深夜の道をつまさきの剥げかけた革靴で歩いた。
革靴が田舎道を鳴らす音は、喝喝喝、と夜の帳に響いた。


cohkohchan at 21:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr ニョッキ 

2016年01月17日

伝統の和ロウィンに参加してみた―宮崎県えびの市「モッカンジン」レポート

この記事は前回の記事の続きです。

その後、我々は西川北地区を後にして別の地区のモッカンジンを観に行きます。
アテンドの黒松さん曰く、「さっきのモッカンジンはかなり正統派。次のやつはかなり『ヤカラ度』が高いですよ」とのこと。

「ヤカラ度」という謎の指標が出てきましたが、車で走ること約10分。
市内の別の地区でのモッカンジンの一派に合流しました。


DSCF8296

ん…先ほどとなんだか様子が違うぞ…
音楽も布袋寅泰の「スリル」とか氣志團の「One Night Carnival」が流れています。


DSCF8285

なんか普通に座ってだべってます。
「おい、なんか来てるやついるぞ!」
「フーーーーー!!」
なるほど…「ヤカラ度」とはこういうことですか…


DSCF8290

「メロン食えよ」
「あ、はい…(あれ、誰がもてなす側なんだっけ…?)


アテンドの黒松さんに話を聞くと、モッカンジンは地区ごとの差が大きいらしい。
それは、さっきの西川北のように「地区単位で開催する」場合と「厄年どうしの同級生でやるか」で大分変わってくるらしいとのこと。
前者はちょっとオフィシャル感が上がるのに対して後者は仲間内でのワルノリ感が上がるそうです。


DSCF8289

某有名マンガの宇宙人の仮装がワルノリ感を物語ります。


モッカンジンはこの後深夜までおこわれるそうで、時間が経てば経つほど振る舞いによる酒量も増えてより「ヤカラ度」が高くなっていくとのこと。
また、今回は見れませんでしたが、男女混合より男性のみ、男性のみより女性のみのモッカンジンの方がより「ヤカラ度」が高まるそうです。
女性のみのモッカンジン…来年は見にいこうと思います。

そんなこんなで、ぼくらが同行したのは21時前くらいまで。
昨今のハロウィンはなんだか商業主義な匂いがして好きになれないぼくですが、こんな「和ろウィン」なら一年に一回くらいならいいかなって思えるえびの市のモッカンジンでした。

「それじゃ来年は参加してレポート書いてくださいよ」
「え、ぼく来年厄年じゃないですよ?」
「そういうんじゃないです。モッカンジンは。参加してくださいね」

この懐の広さ…というか適当さ。
このあたりの、がちっとした型はないけど、ゆるい連帯感がある。そんな地元の人に大切にされながら続いている儀礼を傍で見ることができて、なんと言うかこう、いい意味でのローカル性を体験することができました。
今年はどんな年になるかわかりませんが、払う必要のある厄ができたら是非来年こそモッカンジンに参加したいと思います。

DSCF8316

えびの市の芋焼酎「明月」(これは明月プレミアム)。おいしいです。
えびの市、いいとこです。


以上、モッカンジンレポート、でした。
また宮崎のこと、ちょくちょく書いていこうかなと思います。


cohkohchan at 02:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ! 

2016年01月15日

伝統の和ロウィンに参加してみた―宮崎県えびの市「モッカンジン」レポート

こんにちは。
anthrockと申します。
宮崎県に引っ越して7か月。宮崎には色々な「文化」が残っているなとしみじみ思います。
今回はこんな宮崎の面白さを伝えたくて筆をとりました。
(ブログ注:この記事はあるサイトに応募も兼ねて書いています。)

宮崎と言えば、去年は小林市の動画が注目されていましたね。


その小林市の隣にあるえびの市も、実はローカルにとがった色々な風習が残存しています。
今回はその中でも「和ロウィン(和風ハロウィン)」でもいうべき「モッカンジン」という儀礼についてレポートしたいと思います。


宮崎県えびの市。
鹿児島と熊本に面した山間のこの町は、南国イメージとは若干異なる雰囲気を出しています。

DSCF8134

宮崎でも路面凍結するみたいです。

えびのI.Cを降りると、道の駅があります。
DSCF8141

えびの高原のソフトクリームがおいしいらしい。


玄関には、この地を護る「田の神さぁ(タノカンサア)」が鎮座ましましています。

DSCF8152

なんともいえない顔をしています。
ちなみに田の神信仰は全国にありますが、石に刻むのは薩摩の風習だそうです。

そんなえびの市ですが、目当てのモッカンジンは日没後の行事だそうで、その前に市役所に立ち寄りモッカンジンについて情報を仕入れます。

DSCF8314

情報提供者でありアテンドしてくださったえびの市企画課の黒松係長。
えびの市を愛する素敵な方です。


まず黒松さんからモッカンジンの話をおおよその話を聞きました。


モッカンジンとは、毎年1月14日におこなわれる奇祭です。厄年または還暦の男女が奇抜な化粧や仮装をおこない、日が暮れてから音楽にのって地域の家々を無言で急襲します。
これだけでは何のことかわかりませんが、由来を聞くと、そもそもモッカンジンとは「餅勧進」と書くそうで、正月に余った餅を勧進する(寄付を募る)ところから来ているそうです。なぜ化粧するかについては、「乞食神が豊穣神を装った」とか「餅をくれる庄屋を楽しませるためだった」など諸説あるそうです。


仮装して食料をせがむ。
これはまさにハロウィンと同じ構図ですが、厄年や還暦という中高年の仮装というところがなかなかに心惹かれます。
というわけで、夕暮れを待って、モッカンジンのおこなわれる地区に移動しました。

DSCF8260

同行したのはえびの市西川北(にしかわきた)地区のモッカンジン。
公民館に着くと幼女がお出迎えしてくれました。早速なかにお邪魔します。


DSCF8164

!?
たしかに、30〜40代と思しき男女が仮装しています。


DSCF8175

おばちゃんが残像になってますが、化粧を指導していました。
どうやら厄年の人達だけでなく地区全体でのイベントのようです。


「誰だ?」って顔を皆さんにされましたが、「取材に来ました〜」と言うと「まずくわんね」と料理を出されました。

DSCF8168

地元のおじちゃん「えびのには誇るモンはなんもねえけんどおにぎりだけはうまい」。
たしかに美味かったです。


DSCF8169

豚汁。
宮崎とはいえ、えびのの夜は冷えるので温かい豚汁はとてもうまい。


DSCF8167

自家製のこんにゃく。
なんかうま味がすごかったです(味の表現を知らない。)


食べながら準備の様子を見ていると、なかなかにカオスです。


DSCF8176

ヘッドライトのおじちゃんは夜道の先導役とのこと。
いや、本当に真っ暗なんです、夜道は。


大勢の人が来ていますが、仮装しているのは9人。
そのうち本当の厄年は4人で、還暦は0人。あとは、「前厄の人」「手伝いに来た後輩」「旦那さんが厄年なので代わりに出席した妻」などバリエーションに富んでいます。


DSCF8186

出発前の記念写真。
神主も仮装です。騙されました。


DSCF8190

どこか先ほどの「田の神さぁ」を思わせる白塗りの男性の表情。
とてもこれから家々を「急襲」するテンションとは思えません。


DSCF8193

ちょっとしない仮面舞踏会のような仮装。
旦那さんの代理出席はどちらの女性かは不明。


記念撮影が終わると、掛け声などもなく「なんとなく」出陣です。
話によると、二手に分かれて約80戸をまわるそうです。かなり多い。


DSCF8206

外は真っ暗。伴走する軽トラには色々何かが載っています。


ヘッドライトのおじちゃんの案内で仮装の一行は1件目のお家へ。


DSCF8207

本当にズケズケと入っていきます。


そして、その様子がこちら→動画(youtube)
動画を見るのが面倒な人のために以下では写真でダイジェスト。


DSCF8208

人のウチに上がり込み、タンバリンを慣らして踊る男女。
ソファに置かれた持参のラジカセからなんかモッカンジンのテーマソングみたいな音楽が流れています。


DSCF8209

とくに型があるわけではなく、とりあえず「暴れてみる」という感じ。


DSCF8211

家主のおばあちゃんも淡々とお茶とお酒のもてなしの準備をしています。
大した会話もないので無言といえば無言。


DSCF8218

もてなしの酒をもらいます。
「あ、いや私は飲めないんで…」と断る人もいました。その辺はわりと臨機応変ですね。


DSCF8219

玄関先で撮影をしているぼくにもおばあちゃんはお茶を勧めてくれました。
もらっていいのかわからないままもらってしまいました。


DSCF8223

そうこうしているうちに一行はお引き取りなさるようです。
おばあちゃんはお菓子のつまった袋と焼酎一瓶、それとお金の入った封筒を渡していました。


DSCF8229

そうし
DSCF8255
て「急襲」の済んだ一行は次のお宅へ向かいます。


DSCF8248

別のお宅でも同様にラジカセの音楽に乗って踊ります。
ラジカセの無い頃は、笛と太鼓の人がいたそうです。


DSCF8250

ここのおばあちゃんは、しきりに「おおきに!おおきにな!」と言ってもてなしていました。
年に1回の楽しみなんでしょうか。

DSCF8255

お土産をもらうと、お礼にホウキを渡します。
さっきの軽トラにはこのお返しのホウキが積まれていたのでした。


DSCF8258

一行が去った後に写真をお願いすると快く応じてくれたおばあちゃん。
「おおきにな〜」とぼくに声をかけてくれましたが、すいません、ぼくはただの同行者です…


その後、モッカンジン一行は、山奥の集落の家に行くということで取材組は公民館に戻ることに。
というわけで公民館に戻って、この地区のモッカンジンについて聞いてみました。
(方言は雑な再現になっています。地元の方ご容赦ください…。)


Q(ぼく):モッカンジンはいつからやってるんですか?
A(おばちゃん):昔からやりよったらしいけど戦中戦後で一回途絶えてしまって、40年前にくらいに再開させたんよ。

Q(ぼく):仮装のルールとかはあるんですか?
A(おばちゃん):ないない。なんかいつも適当にやっちょるよ。アンタもあそこにカツラが余ってるけん、一緒に行っていきんしゃい。

Q(ぼく):お金もらってましたが、あれって何に使うんですか?
A(おばちゃん):モッカンジンで集めたお金は地域のためにつかんうよ。ほれ、あのクーラーだってモッカンジンのお金で買ったんよ。

DSCF8267

Q(ぼく):ほんとだ!しかも16名だ。多い!
A(おばちゃん):あんたが食べた豚汁の鍋だってそれ(寄付)よ。

DSCF8264

よくみると、たしかに「贈」と書いてます。


おばちゃんの話を聞くと、モッカンジンは厄落としの名のもとに中高年が暴れるための行事なだけではなく、そこで集めたお金でクーラーや鍋やその他備品だったり地域のためのものの購入だったりに使われているそうです。
ちょっと面倒なことを言えば、儀礼を通じたお金の集貨と共有財産への投資であり、「無尽」の仕組みにちょっと近いような部分があります。

ただお金を集めるんじゃなくて、イベントを通じて楽しみとともに集めるというあたりが、なんだかいい感じがするのは私だけじゃないと思います。

DSCF8269

話を聞かせてくれた西川北地区の皆さま。ありがとうございます。
このお母さんたちも厄年の時は仮装したそうです。

その後、我々は西川北地区を後にして別の地区のモッカンジンを観に行きます。
△愨海


cohkohchan at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ! 

2016年01月13日

新年の抱負を顔本に書かずにブログに書く

あけましておめでとうございます。

なんだか去年は、後半トーンダウンしたブログでした。
そして今年も気づいたら13日も過ぎていました。
どうやら一説には小正月(15日)までは正月といっていいそうなので、冒頭のあいさつもまあいいかなと思っています。

そして、もうすでに何年か前からのことだと思いますが、あけましておめでとうをメールで済ます、いわゆる「あけおめーる」が0件で、すべてSNSならびに年賀状に代替されました。
学生の頃は書いていなかった年賀状を、今になってまた書くようになった点が、なんだかコミュニケーションって単線的に増えていったり消えていったりするわけじゃないんだなあとしみじみ思います。

そうして、また目につくようになったのが、顔本などに記載する「新年の抱負」です。
転職して顔本の知り合いが劇的に増えて、それで目につくようになったのかもしれませんが、いやいやそんなことはありません。
つくば時代の知り合いも、老若男女の別なく、ある一定の人数は「新年の抱負」を顔本に書き連ねています。

いや、いいんです。
そして全部が全部、ひどいわけじゃない。
ただそれが、ある程度の量感を超えてきたので、「なんだかつらいな」と思って書こうという気持ちの自分のテンションが急速弛緩するのを感じたので、それをここに書いてみようと思った次第です。

ブログもだいぶ廃れました。
ブログを続けているのは、芸能人やプロブロガーや一部の物書き好きだけになったように思います。
でも、今のSNSの隆盛をみていると、ブログの控えめさ、落書き感がなんだかとても居心地の良さを感じます。

こんなところに

「今年は体重66キロ、体脂肪率18%の状態にする」

とか

「査読付き論文を3本つくる」

とか

「『あーあ、先生がハタチの時に出会ってたかったな』と言われる」

とか書いたところで、何が起こるわけでもありません。
何が起こるわけでもないけれど、SNSには上の2つまでは書けるけれど、最後のやつは書けないところに、ぼくにとって大切なナニカがある気がします。

いや、どうなんだ。

そもそも、このブログの長年の問題として、実名でやるかどうかの問題もあるのだけど、実名だったら世知辛いこのご時世だったらきっとアウト案件になってしまいますよね。

ネタをネタであると見抜ける人でないとネットを使うのは難しい、なんて言葉はファラウェイしちゃったこの時代、足取りを確認しながら歩いていかなければと思うばかりであります。

そんな感じで今年もこんな感じでやっていくので、これからもFIELDNOTESをよろしくお願い申し上げます。


anthrock

cohkohchan at 07:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr エッ・・・セイ!