2024年05月17日

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1 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2016/07/01(金) 19:13:30 ID:1bfcR2jI0

うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます 


ヤシロヤ──「うにゅほとの生活」保管庫
http://neargarden.web.fc2.com/



83 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:52:54 ID:z9r1sLLw0

2024年5月1日(水)

「ゔあー……」
自己嫌悪がひどかった。
具体的には伏せるが、すべきでないと誓ったことをあっさり破ってしまったのだ。
「なんで、こう、自制心がないんだ俺は……」
「……◯◯」
デスクに右頬を押しつけて悶える俺を、うにゅほがそっと撫でる。
「そういうことも、あるよ」
「××……」
顔を上げる。
「××のそれもよくない」
「え」
「××は俺に甘すぎる。ダメなことをしたら、叱らないと」
「それ、◯◯がいうの……?」
「大丈夫。自分でもどうかと思ってるから」
なお、大丈夫ではない。
「叱るとか、怒るとか、軽蔑するとか、負のリアクションがないから甘えてしまう……」
「けいべつしないよ」
「例えばだけど、俺が何をしたら軽蔑する?」
「えー……?」
うにゅほが、長々と思案する。
「おもいつかない」
「出先で漏らすとか……」
「それは、しんぱい」
「酒飲んで暴れるとか」
「すとれすかなあ」
「浮気するとか」
「──…………」
うにゅほが、スッと目を細めた。
「あ、それはないです。絶対」
「はい」
する気もできる気もしないが、絶対にやめておこう。
「ただ、そうだな。もし次に破ることがあったら、××に対して何かの償いをしよう」
「わたし、かんけいないけど……」
「償う相手がいないから、とりあえず対象になってくれ」
「いいけど……」
「次は破らないよう、頑張るから」
「うん、がんばって」
「もしものときは軽蔑してくれよな」
「むりだってば……」
うにゅほに軽蔑されたら、わりとなんでも止められる気がする。
でも、当の本人は優しすぎて難しいのだった。







84 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:53:14 ID:z9r1sLLw0

2024年5月2日(木)

「──あれ?」
YouTubeで紹介されていた便利なフリーソフトをいくつか導入していると、自分のPCがWi-Fiに接続できることに気が付いた。
「俺のPCってWi-Fi接続できたんだ」
「そなの?」
「有線でしか繋いだことなかったからなあ……」
新調したばかりのWi-Fiルータを選択し、iPhoneで撮影してあったパスワードを入力する。
有線で繋がっているのだから必要はないが、本当にできるかどうか確かめたかったのだ。
そこで、あることに思い至った。
「……PCもWi-Fiに繋げれば、プリンタ使えるんじゃないか?」
「え、できるの?」
「試してみる価値はある」
以前はそんなことをしなくとも接続できていたのだが、いろいろと環境が変わった部分もある。
俺は、適当な画像ファイルを印刷キューに入れてみた。
背後でプリンタが稼働を始める。
「わ!」
「動いた……」
「とりさん、なおった!」
「……とりさん?」
急にわけのわからないことを言い始めた。
「とりさん」
うにゅほが、絶賛印刷中のプリンタを指差す。
「プリンタのこと?」
「うん」
「……なんで、とりさん?」
「◯◯がつけたんだよ……?」
「え、マジ?」
まったく記憶にない。
「かたばんが、てぃーあーるだから、とりさんだって」
「──…………」
過去の日記を当たってみる。
「あ、本当だ」
2022年7月19日の日記で、新しいプリンタを購入した俺がそう名付けていた。※1
「わすれてたんだ……」
「はい……」
「おぼえてね。このこは、とりさん」
「はい、とりさんです」
今度は忘れないようにしなければ。
とりさん、とりさん。

※1 2022年7月19日(火)参照





85 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:53:37 ID:z9r1sLLw0

2024年5月3日(金)

自室を小改造している。
断捨離と言う名の駿河屋へと不要品を送りつける行為で、かすかに部屋が広くなったからだ。
本棚のうち二段が空いたとかそんなレベルだから、大したことはできないのだけれど。
「──××、これ寝室の本棚持ってって」
「はーい!」
空いたスペースに別の段から持ってきた漫画を並べ直す。
言葉の上では意味のなさそうな行為だが、続刊続刊で収まりきらなくなっていたシリーズ作品を移動させ、整理するのは重要だ。
「ここらへん、もっと最適化できそうだなあ……」
「はじめのいっぽ、ひゃっかんいじょうあるもんね」
「怪物王女を別の段へ移動させれば──」
数冊取り出し、奥の列を覗き込む。
「……なんだ、これ。こんな漫画持ってたっけ?」
「なにー?」
「Harlem Beat。たしかバスケ漫画だったと思うけど……」
「みおぼえは、ある」
「読んだことは?」
「ない」
「んー……」
思案し、なんとか記憶を手繰る。
「これ、(弟)が揃えてたやつだ。リフォームで本棚増えたから、ここに詰め込まれたんだな」
「おもしろい?」
「(弟)のだし、読んだ記憶ないな……」
「ふうん」
「読んでみたら?」
「きーむいたら……」
ああ、これは気が向かないな。
「本棚の奥の列って、たまに"こんなんあったっけ"って本あるよな」
「ある」
「××が一度も目にしたことがない本、あったりして」
「あるかも……」
「ほら、ちょうど一歩の裏側とか」
はじめの一歩を数冊手に取り、引き抜く。
「……ぺけ?」
「なっつ! 新井理恵の四コマ漫画じゃん!」
「これしらない……」
「面白いよ」
「うーん、きーむいたら?」
これは可能性あるな。
本棚の整理も、たまにはいいものだ。





86 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:53:57 ID:z9r1sLLw0

2024年5月4日(土)

所用の帰りに新川沿いの桜並木を通ったところ、そのほとんどが葉桜となっていた。
「今年は散るの早いなあ」
「せんしゅう、みれて、よかったね!」
「だな」
桜並木の端にある特別大きな枝垂れ桜は、俺とうにゅほの毎年の楽しみだ。
見られなければ初夏は始まらない。
珍しくマクドナルドで昼食を済ませ、帰宅する。
「──うし、まーた荷物を詰め直さんと」
「おー!」
駿河屋で買取可能な物品も、さすがにそろそろ尽きてきた。
「この十箱目で最後だろうな」
「ながかった……」
「でも、部屋の整理ができてよかったよな。ついでに小遣いも入るし」
「そだね。さっぱりした!」
「寝室の本棚だいぶ空いたけど、どうしようか」
「◯◯、ギャグマンガびよりと、ぼざろおいてたね」
「寝るとき読むことも多いからさ。手に取りやすくて片付けやすい位置がいいかと思って」
「なるほどー」
「××も、お気に入りの漫画は決まったか?」
「うと、アタゴオルたまてばこにしようかなあ……」
「いいじゃん。××、アタゴオル好きだもんな」
「すき」
「好きな漫画が近くにあると、それだけで気分がいいもんだ」
「わかる」
「問題は、その程度じゃまだまだ埋まらないってことだな……」
「もてあましちゃうね……」
物理的に本が減り、最適化するように整理を終えた。
思った以上にスペースが余るのは必然だったのかもしれない。
「……まあ、空いてるぶんにはいいか。ギチギチより」
「なにかかったら、おこう」
「だな」
可能性は無限大だ。
などと適当にお茶を濁しつつ、疲弊した体をパソコンチェアに預けた。





87 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:54:16 ID:z9r1sLLw0

2024年5月5日(日)

「うーしょ、と」
パソコンチェアでくつろぐ俺の膝の上に、うにゅほが腰を下ろした。
ずる、がくん。
「?」
「……あれ?」
チェアの座面が滑り、可座部が短くなる。
「なんか、椅子おかしくなった」
腰を前へ動かすと、座面も前へと移動する。
後ろへ動かすと、座面も後ろへと移動する。
「こわれた……?」
「壊れられたら困るんだけど」
俺の愛椅子は、九万円で購入したエルゴヒューマン プロだ。
一日のほとんどを座って過ごす俺にとって、この椅子はまさに生命線だ。
「××、ちょっと立って」
「はい」
うにゅほを立たせ、チェアを点検する。
すると、座面の右下にあるレバーが動いていることに気が付いた。
「わかった。××が座るとき、これに引っ掛かったんだ」
「なおる?」
「直る直る」
座面を元に戻し、レバーを反対側へ動かす。
すると、背もたれが倒れ込んで天井が見えた。
「わ」
「──…………」
「こわれた……」
「レバー、真ん中で止めないとダメだったみたい」
いちばん奥まで倒れ込むと、今度は背もたれが前方へと戻ってくる。
適当な角度に調節し、レバーを"Lock"の部分へと動かした。
「よし、これで大丈夫のはず」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
座面と背もたれの調節なんて年単位でしていなかったから、随分と手間取ってしまった。
「……う」
もじもじ。
うにゅほが俺の傍で立ち呆ける。
「どした?」
ぽんぽんと膝を叩いてやると、安心したように腰を下ろした。
「なんか、すわったらこわれそうで……」
「壊れてないって。調節のためのレバーが動いちゃっただけ」
「そうなんだけど……」
気持ちはわかる。
このチェア、壊れたらどうしようかな。
腰のためには妥協できない。
腰痛持ちに限らないが、不健康は金がかかるのだった。





88 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:54:36 ID:z9r1sLLw0

2024年5月6日(月)

「お」
ふとしたきっかけで、steamのファミリーシェアリング機能の存在を知った。
ファミリーに登録しておくだけで、購入したゲームを共有できるらしい。
弟の部屋の扉をノックし、開く。
「なんか用?」
「前々から、steamで別々に同じゲーム買ってもったいないもったいない言ってたじゃん」
「あー」
「それ解決できる機能が出た」
「マジで」
さっそくファミリー登録を行い、互いのPCで互いのゲームを確認する。
「お、あったあった。キムタクが如くなんて、俺買ってないもんな」
「兄ちゃん、ゲームの量すごいな……」
「友達と誕生日に贈り合ってたら、こんなことに」
「へー」
「ま、好きなだけプレイしてくれよ」
「わかった、ありがとう」
自室に戻り、パソコンチェアに腰を下ろす。
「うしょ」
うにゅほが俺の膝に腰掛け、尋ねた。
「なにしてたの?」
「steamのゲーム共有。俺が買ったゲームをあいつが、あいつが買ったゲームを俺がプレイできるんだよ」
「え、すごい」
「三月に実装されたばかりの機能らしい」
「まにあったね」
「……そうだな」
弟ががんに冒されたことは、以前の日記に書いたと思う。
手術のために入院するのが、ちょうど明日からなのだ。
弟は、長い入院生活のためにノートPCを購入している。
steamのファミリーシェアリング機能を弟のPCを見ながら設定できるのが、今日までだったということだ。
「あしたから、(弟)、いないんだ……」
「××、(弟)のこと送ってきていいぞ。父さんと一緒にさ」
「でも、◯◯、あしたびょういん」
「俺はひとりでも大丈夫だよ。あいつは荷物持ちがいるし、そのほうが嬉しいと思う」
「……そか」
うにゅほが、こくりと頷く。
「わたし、おくってくるね」
「そうしてやってくれ」
「おみまいいくけど……」
「毎日は勘弁してくれよ」
「(弟)もね、まいにちはいいっていってた」
「だろうなあ」
「だからね、らいんする」
「それがいいよ」
弟の手術は一週間後だ。
無事に成功してほしい。
本当に。





89 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:55:25 ID:z9r1sLLw0

2024年5月7日(火)

今日は月に一度の定期受診だ。
だが、俺の隣にうにゅほの姿はなかった。
入院する弟を、父親と共に送っていったのだ。
「──…………」
待合室の隅の隅に陣取り、スマホでYouTubeを眺める。
落ち着かない。
考えてみれば、ひとりで出掛けることなんてまずないものな。
八時過ぎに家を出たおかげで早めに診察を終えることができ、帰宅したのは十時前だった。
家には誰もいない。
三時間しか睡眠を取っていないので、眠気は強かったが、なんとなく寝る気がしなかった。
玄関の扉が開く音がしたのは、午後一時過ぎのことだった。
階段を下り、うにゅほと父親のふたりを出迎える。
「おかえり」
「ただいまー」
「おう、ただいま」
「遅かったじゃん。なんかあったの?」
「かえりにね、うどんたべた」
「あー……」
昼食のこと、すっかり忘れていたな。
ソファに寝転んでテレビをつける父親を横目に、ふたりで自室へ戻る。
「どんな部屋だった?」
「わかんない。でも、よにんべやだって」
「……?」
「なーすすてーしょんまでしか、いけなかった」
「え、そうなん?」
「◯◯のとき、とくべつしつだったから……」
「ああ、他の患者の迷惑になるからか」
「たぶん」
なるほど。
うにゅほが病室まで来られた時点で、一日五千円の価値は十分にあったようだ。
「(弟)、どんな様子だった?」
「ふつうだった」
「普通か……」
弟は、諦めるのが得意だ。
手術も「仕方ない」で受け入れるし、二、三ヶ月の入院も諦めてしまえば気は楽だろう。
「LINE、してやってくれな」
「◯◯は?」
「するけど、××からのが嬉しいだろ」
「そなの……?」
「そういうもんだよ」
俺からは、用事があればでいいだろう。
手術の前に一度は顔を見たいから、土曜日にでもお見舞いに行こうかな。






90 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:55:50 ID:z9r1sLLw0

2024年5月8日(水)

「──……んが」
首の痛みで目を覚ます。
パソコンチェアに腰掛けたまま寝落ちしていたらしい。
「あ」
背後で声がした。
「おはよ」
「おはよう……」
座椅子から立ち上がったうにゅほが、俺の膝に腰を下ろす。
俺が起きるのを待っていたらしい。
「◯◯、ねむいの?」
「昨日、睡眠時間が短かったからな。負債が溜まってるんだよ」
「そか……」
「なんか見る?」
「みる」
登録しているチャンネルの新着動画を適当に開き、眺める。
「──…………」
「──……」
「はは」
時折笑い声を漏らしながら、無言の時が続く。
穏やかな時間だ。
だが、すこしだけ違和感もあった。
世界で唯一、俺だけが気付くことのできる違和感だ。
「……××、元気ないな」
「ん」
「(弟)のことか」
「うん……」
「大丈夫だよ。手術を担当する先生も、同じ症例の患者を何度も何度も治してるんだから」
「……わかるよ」
「そっか」
「さっきね、(弟)のへや、あけてみたの」
「ああ」
「(弟)、いなくて……」
「そうだな」
「さみしいなって」
「寂しいな」
「うん……」
うにゅほの矮躯を、そっと抱き締める。
それくらいしか、俺にはできない。
医者でも神でもないのだから、本当にそれしかできない。
「ちゃんと帰ってくるよ」
「……うん」
うにゅほの手のひらが、俺の腕に添えられた。
無事であってくれ。






91 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:56:16 ID:z9r1sLLw0

2024年5月9日(木)

「◯◯、なんかとどいたー」
「おー」
うにゅほから荷物を受け取り、開封する。
それは、六つの四角いボタンがついた手のひら大のガジェットだった。
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「これは、Stream Deckって言ってな。この六つのボタンに好きな機能を登録することができるんだよ」
「ほー」
「ためしに設定してみようかな」
Stream Deckの公式アプリを起動し、試行錯誤する。
Windowsキーを左上に登録し、左手の親指でボタンを押し込むと、スタート画面がディスプレイに表示された。
「ほら」
「すごいすごい」
「この調子なら、わりとなんでもできそうだな」
「たとえば?」
「アプリの起動とか、好きなサイトを一発で開いたりとか、あるいはその組み合わせとか」
「べんり」
「個人的には、ショートカットキーをワンボタンで使えるのが強いな」
「しょーとかっときー?」
「キーをふたつ以上同時に押すと、便利な機能が一発で使えるんだよ。ctrl+Cでコピーとか、ctrl+Vで貼り付けとか」
「ふんふん」
「でも、そんなん全部は覚えてられないじゃん」
「わかる」
「普段遣いするものならいいけど、たまにしか使わないけど超便利なショートカットキーとかもあるわけ」
「そういうの、とうろくするんだ」
「そういうこと」
うにゅほが小首をかしげる。
「でも、ろっこだけ?」
「選択してるアプリごとに自動的に切り替わるようにしたり、階層を作って六個以上登録することもできるみたい」
「へえー」
「これminiだから六個なんだけど、普通のは十五個あるし、でかいのだと三十二個のもあるんだぞ。絶対持て余すからこれにしたけど」
「さんじゅうにこは、おおい……」
事実、俺の用途では、六個で必要十分と言ったところだった。
気が逸って高いのを買わなくてよかった。
Stream Deck、なかなか良さそうである。





92 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:56:42 ID:z9r1sLLw0

2024年5月10日(金)

駿河屋の見積もりが届いたため、自室を圧迫していた三箱のダンボール箱をようやく運び出すことができた。
「ふー」
「ありがとうな」
「ううん。おもいの、◯◯がもってくれたし」
「それくらいはな」
これで、駿河屋に送りつけた荷物は合計で十箱となる。
「すっきりしたきーも、するけど……」
「変わらない気もするな」
「にもつ、じっぱこだしても、まだこんなにあるんだね」
「すごいもんだ」
以前までの俺たちの部屋が、どれだけギチギチだったかということである。
「いちばんは、やっぱし、ふぃぎあかなあ……」
「クローゼット、フィギュアの箱でパンパンだったもんな」
「もの、いまならはいるね」
「片付ける必要もさしてないけどな。売りまくったから」
「ぜんぶで、おいくらになった?」
「そうだな、ざっと……」
駿河屋の店舗で売却したものも合計し、概算で答える。
「──万円、くらいかな」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「そんなに」
「そんなに」
「すごい……」
「不要物って、案外お宝の山なのかもな」
「うれるもの、ほかにもあるかな」
「俺たちの部屋には、さすがにもうないと思うぞ。売れるだけ売りきったはず」
「しゃこは?」
「車庫は──まあ、あるだろうな。あんだけ物があれば」
「おー……」
「でも、駿河屋じゃないかな。駿河屋って、アニメとか同人関連が主だから」
「しゃこは、くるまとか、こうぐとかだもんね」
「売る場所さえ見極めれば、かなりの額にはなるんじゃないか」
「めるかり?」
「メルカリは、一個一個手売りだからな。手間のがでかいよ。変な人もいるし」
「あー……」
「まあ、そのうち家の不要物集めて、売る先考えてみてもいいかもな」
「うん、たのしそう」
案外、お宝が眠っているかもしれない。
物の多い我が家だから、期待が持てそうだ。





93 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:57:05 ID:z9r1sLLw0

2024年5月11日(土)

今日は、弟のお見舞いに行ってきた。
小一時間ほど三人で談笑し、帰途につく。
「(弟)、げんきそうだったね」
「だな」
手術を二日後に控えていると言うのに、強い男だと思う。
悪い情報が氾濫する中で、良い情報だけを希望に、自分の病気に立ち向かっているのだ。
「しじつ、きっと、だいじょぶだね」
「ああ、そう思うよ」
心の強さが手術の成功率に関わるわけではない。
引き寄せの法則なんて、ただのオカルトだ。
だが、今回だけはそう信じたかった。
「あさって、おかあさんと、じんじゃめぐりするんだよね」
「誘われちゃったからな……」
「おかあさん、ふあんなんだよ」
「わかってる。普段だったら断ってるもん」
「くるしいときの、かみだのみ」
「……それ、あんまいい言葉じゃないからな?」
「そなの?」
「苦しいときだけ頼ろうとする、都合のいいやつを揶揄することわざだから」
「あー……」
「母さんは信心深いけど、俺たちはそうじゃないからな。神さま、機嫌を損ねなければいいけど」
「こころせまいよ……」
「神さまって、わりとそういうとこあるだろ」
「そかな」
「それは、漠然と"神"って存在を捉えてるからだろ。神さまにもいろいろいるからな」
「ぎりしゃしんわ、とか?」
「神話の神々もそうだけど、ギリシャ神話はほとんど寓話だよ。信仰してる人はほとんどいないと思う」
「へえー」
「でも、神道の神々は今でもちゃんと信仰されてるからな。明後日巡るのは、そういった神社だよ」
「しんこうされてると、ちがうのかな」
「どうだろ。俺は信じてない。でも、物語に落とし込まれた神々と、今でも信じられてる神々だったら、後者のほうが力がありそうな気はするよな」
「たしかに……」
「まあ、どの神社巡るかは聞いてないんだけどさ」
「どこかなあ」
心中の不安を誤魔化すように、うにゅほと会話をする。
早く過ぎ去ってほしい気持ちと、訪れないでほしい気持ちのふたつがある。
だが、時の流れは変わらないのだ。
今は信じて待つしかないのだろう。






94 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:57:30 ID:z9r1sLLw0

2024年5月12日(日)

小腹が空いたので、キッチンの冷蔵庫から魚肉ソーセージを拝借してきた。
開け口のないタイプだったため、引き出しからハサミを取り出す。
「……あんま、このハサミで開けたくないんだよな」
「きれいじゃないもんね……」
ダンボール箱やら封筒やらを切り開けている文房具のハサミだ。
キッチン用のものとは用途が違う。
「台所で剥いてくればよかった」
そんなことを愚痴りつつ、ふと思い立って素手で開けようと試みる。
フィルムの真ん中当たりをつまんで引っ張ると、
「へ?」
まったくの予想外に、フィルムがごく簡単に剥けた。
「開いたんだけど……」
「え!」
うにゅほが、俺の手元を覗き込む。
「はさみ……」
「使ってない。手でめくっただけ」
「はー」
うにゅほが感心したようにうんうんと頷く。
そして、とぼけた顔で言った。
「◯◯、しらなかったの?」
「なんで急に知ったかぶりした?」
「いけるかとおもって……」
「無理だろ。めちゃくちゃ驚いてたじゃん」
「うへー」
おちゃめである。
魚肉ソーセージを囓りながら、PCで作業を進めていく。
「あした、しじつだね」
「そうだな……」
「しんぱいだ……」
朝からずっと同じことを言っている。
心配で心配で仕方がないのだ。
俺が作業に没頭しているのも同じで、何かをしていないと落ち着かないのである。
「……人が神頼みをするのって、できることが何もないけど何かをしていたいからなのかもな」
「そんなきーする……」
明日の夜、日記を書くときには、弟の手術は終わっている。
朗報を届けられるよう祈っている。





95 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:57:58 ID:z9r1sLLw0

2024年5月13日(月)

今日は、弟の手術の日だった。
午前九時過ぎから開始し、十時間以上を予定している大手術だ。
俺とうにゅほはと言えば、母親に付き合って、幾つかの神社を巡っては手術の成功を祈っていた。
昼食は行きつけのネパールカレーの店で取り、帰宅したのは午後一時半。
手術はまだ半分も終わっていない頃合いだ。
「……なんか、眠いけど寝たくない」
何かがあれば、医師から連絡が来る。
手術の途中と思しき時間帯の連絡は、きっと悪い知らせだろう。
凶報で起こされるのは嫌だった。
「でも、ねむそうだよ」
「××だって」
ここ数日、俺もうにゅほも眠りが浅い。
恐らく両親もそうだし、弟自身もそうだろう。
「わたしねたら、◯◯もねる?」
「……まあ、そうだな。そうしようかな」
「じゃ、ねる……」
「ああ」
それぞれのベッドで横になる。
あまり良い夢を見た記憶はないが、幸いにして医師からの連絡はなかった。
手術が無事終わったという連絡が入ったのは、午後九時過ぎのことだ。
家族四人、張り裂けそうだった胸を撫で下ろし、肩の荷が下りたと笑い合った。
まだ楽観視はできないが、少なくとも命の危険はない。
それだけで十分だった。
しばし家族で語らったのち、自室へ戻る。
「──…………」
扉を閉めてすぐ、俺はうにゅほを抱き締めた。
「わ」
「もういいぞ」
「──…………」
「泣いていいから」
「──……う」
うにゅほが、俺の胸にすがりつき、嗚咽を漏らし始める。
「ふぐ、う、……うあ、あ……!」
「……頑張ったな」
うにゅほの気持ちが手に取るようにわかる。
泣いたら、まるで、弟が死に行くようだったから。
ずっと、ずっと、我慢していたのだ。
この優しい子は、ずっと。
うにゅほの背中を撫でてやりながら、俺の目にもかすかに涙が滲んでいた。
よかった。
家族を失わずに済んで、本当によかった。






96 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:58:20 ID:z9r1sLLw0

2024年5月14日(火)

「──…………」
嫌な夢を見て目を覚ます。
とは言え、"嫌な夢"のレベルはかなり低い。
絶交した昔の友人の家に泊まりに行かなければならなくなったとか、その程度だ。
弟の手術が成功する前の、混沌とした不安を煮詰めたような夢とは大違いだった。
のそのそと起き出し、隣のベッドを見る。
「……すー……」
すやりと昼寝を嗜むうにゅほの姿がそこにあった。
その表情は安らかで、邪魔をするのは憚られる。
俺は、自室の書斎側へと抜き足差し足移動すると、パソコンチェアに腰を下ろした。
弟の件で不安に駆られ落ち着かなかったせいか、自室のみならず、PC環境の模様替えがたいへん捗っている。
また何か変えようとYouTubeを漁っていると、動く壁紙を設定する方法が紹介されていた。
さっそく設定していると、
「はふ」
あくびを噛み殺しつつ、うにゅほが起き出してきた。
「おあよー……」
「おはよう。こっち来い」
「んに」
口の端で食んでいた数本の髪の毛を直してやる。
「髪食べてたぞ」
「──…………」
うにゅほが、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「爆睡してたなあ」
「すーごいねれた……」
「安心したんだろ。俺も似たようなもんだよ」
「うん」
冷蔵庫に入っていた烏龍茶で喉を潤したあと、うにゅほが俺の膝に腰掛ける。
「わ、なんかうごいてる」
「すごいだろ」
「すごいー……のか、わかんないけど」
「まあ、そんなもんか」
そもそも、壁紙は静止画という常識自体が備わっていないものな。
「気分を変えようかと思ってさ」
「◯◯、さいきん、ずーっときぶんかえてる」
「まあな」
「あまぞん、なんかちゅうもんしてたよね」
「ああ、モニターライトな。ディスプレイの上につけて、手元を照らすやつ」
「……いみあるの?」
「あるらしい。目が疲れなくなるとか」
「へえー」
「不要品を売ったお金があるし、すこしくらいはいいだろ」
「うん、いいとおもうよ」
とは言え、ガジェットの買い過ぎには注意が必要だな。
Stream Deck Miniを買ったばかりだし、そろそろ財布の紐を締めなくては。







97 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:58:48 ID:z9r1sLLw0

2024年5月15日(水)

「ね」
俺の膝の上でくつろいでいたうにゅほが、こちらを振り返った。
「(弟)のおみまい、いついけるの?」
「わからん。病室まで行けないから、(弟)が──デイルームだっけ。そこまで出てこられるようにならないと」
「でいるーむって、どこ?」
「ほら、エレベーターの傍の、椅子と長い机が並んでるとこ」
「あー」
「自販機とかある」
「あるある」
「あそこまで歩いて来られるようになるまで、LINEで我慢だな」
「わかった」
「××、(弟)とLINEしてるのか?」
うにゅほが悲しげに目を伏せる。
「してる……」
「あいつ、どうだって?」
「じごく、だって……」
「ああ……」
がんを切除する。
それは必要なことに他ならないが、負っているのは怪我と相違ない。
丁寧に丁寧につけられた大きな傷。
手術痕をそう言い換えることもできるだろう。
「でも、手術直後が底だから。だんだん楽になっていくはずだよ」
「うん。わたしもね、はげましてる」
「頼んだ」
「◯◯、らいんしないの?」
「今は、××と母さんがしてるみたいだから。一度にたくさん来ても返すの大変だろ」
「そだね」
「お見舞い、早く行けるようになるといいな」
「うん、あいたいな……」
リハビリは過酷だろう。
だが、命は繋がった。
俺たちにできることは、心の支えとなり、できる限りのサポートをすることだけだ。
弟が早く退院し、我が家に帰ってくることを祈る。





98 :名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2024/05/16(木) 03:59:48 ID:z9r1sLLw0

以上、十二年六ヶ月め 前半でした

引き続き、後半をお楽しみください
 



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コメント一覧

  • 1  Name  名無しさん  2024年05月17日 19:13  ID:vxGohuVt0
    はやくお前の制御棒をうにゅほの熱くなってる炉心に入れてやれ

    もうメルトダウン寸前だってよ


  • 2  Name  名無しさん  2024年05月17日 19:47  ID:.rOQnPIk0
    管理人の家族を解放しろ


  • 3  Name  名無しさん  2024年05月17日 19:52  ID:8tzcp1FU0
    早くセックスしろ


  • 4  Name  名無しさん  2024年05月17日 20:35  ID:myZ89OZg0
    出たわね。


  • 5  Name  名無しさん  2024年05月17日 20:45  ID:.Lz545zl0
    読んではないけどこの継続力はほんとに尊敬する


  • 6  Name  名無しさん  2024年05月17日 21:14  ID:dqeDFzH50
    弟癌の手術したのか大変だったな


  • 7  Name  名無しさん  2024年05月17日 23:11  ID:kCcIE1vA0
    この人ガチで書き続けてるからもはやホラー作品


  • 8  Name  名無しさん  2024年05月18日 00:44  ID:V8tGh6Dk0
    >>7
    単に『工夫』という発想がない、ギリ健の類かと




  • 9  Name  名無しさん  2024年05月18日 10:26  ID:x4FjYIYd0
    とりあえず手術自体は無事に終わったのはよかった。


  • 10  Name  名無しさん  2024年05月23日 02:08  ID:R7PNIlIX0
    >>5
    ×継続
    〇惰性

    何も進歩しとらん


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