ギッフェン財

ものすごい久しぶりの書き込み。
特に意味はないんですが、為替から離れたくて・・・
FXとはあまり関係のないお話。

物の価格は高ければ少なくしか売れず、安ければ多く売れる。
これは何となく理解できるのではないかと思います。
まぁ、もちろん品質とかはあるのですが、それは置いておいて。
あるものが値上がりしたら、売れなくなりそうですよね。
まったく同じものが価格倍、と言われたら売り上げが落ちそうです。
この辺りはあまり議論がないと思われるかもしれません。
しかし、そういったことが成り立たない、
という事態が机上では起こりうるところが面白いって話です。
それがギッフェン財です。

例をあげながら話していきましょう。
たとえば、収入が月1万円と仮定しましょう。
そして、100円の食べ物、そうですね、
わかりやすいようにモヤシにしましょうか(高っ)
そして、1500円の食べ物、こちらはステーキにしましょうか、
この二つの食べ物だけを食べる人がいたとしましょう。
この人は1日1食としましょう。
・・・相変わらず経済のたとえは無茶するな、と思った方、
大体そんなもんです(苦笑)

で、そういった仮定の下で、1カ月30日として過ごすわけですが、
できる限りステーキを食べたいが、毎日どちらかを食べる必要がある、
という条件が付くものとします。

予算の制約がなければ、毎日ステーキでしょう。
体には明らかに悪そうですが、
そもそもステーキとモヤシしか食べないのでは・・・
ということはどうでも良い話でして、
そうなると、1500円×30日=45000円となります。
35000円を消費者金融で、というのもなしですので、
この人はステーキを諦めてモヤシを食べることになるわけです。
モヤシを馬鹿にしているわけではないので、
その点は勘違いのなきようにお願いいたします。

とすると、ステーキを何日分食べて、モヤシを何日分食べるか、
ということを計算すると、ステーキ5日、モヤシ25日であれば
1500円×5日+100円×25日=1万円となるわけです。
その他の買い物は考えないんですよ?もちろん。

ここで、モヤシの価格が上昇したとしましょう。
モヤシの価格が何と250円になったとしましょう。
どうするとそうなるのか、そっちを考えてみたい気持ちをぐっと抑えて、
消費について考えてみましょう。
本来であれば、価格が上昇すると消費は減ります。
しかし、これは代替のものがあるという前提があります。
また、予算制約上、買うことができなくなるという事があるわけです。

しかし、今回の例においては、モヤシの代替品はなく、
しかも食事を毎日しなけらばならないわけです。
となると、どうなるか・・・
ここまでくればお分かりの通り、モヤシの消費が増えます。
値段が2.5倍になったモヤシをたくさん買うわけですね。
具体的に言うと、ステーキ2日に対してモヤシ28日です。
1500円×2日+250円×28日=1万円ということですね。
モヤシは値上げをしたにもかかわらず消費が増えたわけです。
この時モヤシはギッフェン財であるという表現をするわけです。
値下げしたのに消費が減るものもギッフェン財というわけですね。

現代社会において、代替品がないという状況が考えにくく、
こういった事態はまず起きないとされていますが、
資源などではこういったことが起こるかもしれないなぁ、
と漠然と考えていた今日この頃でした。

う~ん、本当に何がしたかったんだろう?

目的は何?

子供手当に所得制限を付ける、付けないといった話があり、
その落としどこが注目されていたわけですが、
個人的にそういった議論には違和感を感じる所です。

というのも、そもそも子供手当を行う意味がどこにあるのか、
それが議論されて、共通認識ができていれば
そういった話にはならないことであったと思っているからです。
つまり、子供手当を貧しくて子育てができないと言っている人に対して
支援するために行うものであるのか、
はたまた人口減に直面する日本を救うべく
子供を産んでくれた人に対し支援を行うものであるのか。
つまり、子供手当の制度趣旨がどこにあったのか、
これがはっきりしていないからこういった議論が起こるわけです。

個人的に考えると、収入が多い人に子供手当は不公平、
という考えが国民にある、という所からはじまった議論に見えますが、
将来の人口減を少しでも和らげてくれた人に対して
報奨的なニュアンスで子供手当を出すという考えで始まったのであれば
出さないこと自体が不公平という理論も成り立つわけです。
結局は所得制限を付けない見通しとなっていますが、
なぜこんな議論が起こっているのか疑問すら感じます。

所得制限反対という意見の中に線引きが難しいから、とか
経費の問題が、という意見もありました。
ラインぎりぎりの人を挟んで家計収支が逆転する、
という意見もまぁ確かにそうなんでしょうけど、
どうも論点がずれている感じがして仕方ないですね。
貧しい世帯でも子育てができるように援助する、
という考えで始まったのであれば所得制限は当然でしょう。

どうもその点を民主党がはっきりしないと言いますか、
曖昧なまま突き進んでしまった感は否めませんね。
もちろん政治の世界は複雑ですので
外から見ているとわからないことも多いのでしょうけど、
根本を説明しないままで上辺の議論をしても
時間の無駄ではないのかな、と思ってしまいます。
これはFXの税金の問題にもつながっていきますが
その問題に関してはまた今度の機会に。

踊るあほぅに見るあほぅ

踊るあほぅに見るあほぅ、同じあほなら踊らにゃ損々・・・
ということで、阿波踊りとは全く関係ない話を一つ。

ネット上でも、そして今日の日経新聞にもあったのですが、
勝間さんと香山さんの論戦(?)をしているようです。
一応簡単に説明すると、勝間さんの著書に対し
香山さんがそう簡単なものではない、と噛みつき、
さらに勝間さんが反論本を出すといったことが起こっています。
勝間さんの本は結構前に一冊読んで、ふ~んと思ったんですが、
最近のは全然読んでいないので、その点はご了承いただきたいのですが
本を売るという点でうまい手法ですよね。
本人たちは最初はそういう意図がなかったとは思いますが、
結果としては出版社の意図に沿った形で展開しているように見えますね。
今となっては本人たちもそれに乗って売り上げを伸ばそう、
といった考えを持っているのではないかと思えますね。
ディベートでも対立軸が明確であればあるほど面白いものです。
最近は本の売れ行きが芳しくないようですので、
なんでも良いからやれることはやるという感じでしょうか。

最初の原点はいかに生きるかのハウツーであり、
まぁ、参考程度に読むのは良いのではないかと思います。
人の視野は狭いものですので、その他の人の生き方を参考に、
という考え方は良いのではないかと思うわけです。
人の意見に左右されるべきではない、という考え方もあるでしょうけど、
人はそこまで強いものでもありませんし、
何かに頼りたくなる時も多いのではないでしょうか。

ただ、この手のハウツー本で対立構造を作り出すのは
はっきり言って疑問を感じざるを得ません。
つまり、こう生きるべきというものがない限り
そんなハウツーを声高に叫び続けるのは醜悪ではないでしょうか。
売れれば良いという考えなんでしょうけど、
そこまでする意味があったのかな、と思います。
それなら対談でもさせてそれで終了で良いように感じます。
だって、おそらく仲良しでしょ?二人は。違うのかな?
二人はこっそり裏で会っていて、打ち合わせをしていても
個人的には全く不審に思わないような状況です。
今度はこういうから、こう反論して、と申し合わせていたりして・・・

最後のほうは極端な話になってしまいましたが、
何となく対立に煽られて見失っているものもあるのではないでしょうか。
どうも読者は踊らされているのではないかと思えてなりません。
個人的には出版社がうまくやっているなぁ、という感想ですが、
悪いとは思っていないんですよね、実は。
向こうも売り上げが重要ですからね。
結局は買い手がどういう認識で買うかでしょう。
まぁ、こういった争いが楽しいから金を出す、
というある意味主体的な考えであれば良いのですが、
何となく盛り上がっているから、といって踊っていると
痛い目をみることがあるかもしれませんね。
オーバーシュートした銘柄の最終局面で突っ込んでしまうような・・・
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