経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

 ようこそ「経済ニュースゼミ」へ。当ブログにアクセスして頂き、ありがとうございます。私は2004年以降、一般の方々に経済ニュースを分かりやすく解説する仕事をしております。経済のニュースは難しいことが多いですし、それに誤解を呼びそうな報道も多いからです。皆様が、このブログをお読みになって、ご自分で考えることができるようになることを望んでおります。当方へのご連絡先は、次のとおりです。seiji+cj9.so-net.ne.jp (+を@にして下さい)

 もう、この手のニュースを聞いても何とも思わなくなってしまいましたが…

 毎日新聞の記事です。

 日インド首脳会談 新幹線方式導入など円借款1900億円

 インドを訪問中の安倍晋三首相は14日昼(日本時間同日午後)、同国西部ガンディナガルでモディ首相と会談し、日本の新幹線方式を導入するインドの高速鉄道建設などに円借款約1900億円の供与を発表する。北朝鮮の核・ミサイル開発に対しては、国連安全保障理事会の新たな制裁決議の「完全な履行」の必要性を強調。海洋進出を続ける中国を念頭に、海洋での安全保障協力なども確認する。

 高速鉄道はムンバイとアーメダバード間の約500キロを結ぶ計画で、総事業費は9800億ルビー(約1兆8000億円)。今回の円借款は約1000億円で、運営管理を現地スタッフが学ぶ研修施設を建設する。インドは計7路線を計画しており、日本政府は残る6路線の受注も目指している。円借款は他にインド北東州の道路網改善計画(386億円)など。

 また日本企業の進出に対応し、今後5年間でインド人の日本語教師1000人を育成することでも合意する。現地の高等教育機関に100の日本語講座を新設する方針だ。

 私、これまで何度か言っているように、国(政府)が誰かに補助金を支給すると、それを直接受け取った人たちだけに恩恵を与えるのではなく、その補助金が使用される先に対しても恩恵を与えるのです。

 例えば、エコカー補助金、エコカー減税。

 車の購入者を助ける効果があるだけでなく、そうやって車の売れ行きが伸びることによって車のメーカーも恩恵を受けるのです。

 医療保険もそうですね。

 貧しい高齢者にとっては大変ありがたい日本の国民健康保険ですが、そうした制度があることによってお医者さん、つまり病院の経営を助ける役割も果たしているのです。

 経済協力、経済支援と言えば、貧しい国を日本が助けるイメージがある訳ですが…しかし、この経済協力も、よくよく考えたら、相手国を助けるというよりも日本の企業を助ける面があるのです。というよりも、最近は、日本の企業を支援するために経済協力を行っている色彩が濃い!

 なんとも露骨でちょっと恥ずかしさえ感じてしまいます。

 上のニュースでは、インドに対して日本が1900億円もの円借款を供与することが伝えられています。

 日本の新幹線を導入してくれよ、そうしたらお金を超低利で貸してあげるから、と。

 ですが、お金も貸すから日本のものを買ってくれというやり方は如何なものなのでしょうか?

 お金がなくても相手側がお金を貸してくれるとなれば、相手国側はそのプロジェクトの採算性や将来性について真剣に検討しなくなってしまうかもしれないからです。

 それで、いいのかな、いいのかな?

 日本のメーカーに対しては、そうやって政府の支援がなければ海外と競争できないのか
と言いたい!

 で、そのように政府の支援ばかり当てにしているから、いつの間にか脆弱な体質になってしまうのです。

 かつてのお酒の小売店も免許制で保護されていたからこそ、知らず知らずのうちに競争力を失って今のような状態になっているのです。

 そこんとこをよく考えないといけません。


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 昨夜の私の記事に多くの方がコメントを寄せて下さいました。

 夜間にも私のブログをみて下さっているということに、深く感謝したいと思います。

 さて、それらのコメントの内容ですが…

 普段は私にシンパシーを感じて下さっている方も、今回は多少と趣きが違う、と。

 そこで、改めて私の考えをお示ししたいと思います。

 ・隠れ読者(本物)様

 大学生の娘を持つ通りすがりの親と名乗る方の言い分も、非常に身に染みる内容ではあります。当方も、親にお金が無い事を承知でお金を出してもらって大学を卒業させてもらった口なので、経済的な意味で親の負担はいかばかりかという気持ちは良く分かります。

 でも、突き放して第三者の目で考えると小笠原様の御指摘も、非常に冷ややかなのですが、事実でもあるのです。成績を上げ奨学金を得る、というところまでの努力が不足していた事は第三者から言われればぐうの音も出ない。また学費の値段からすると、私立大学の可能性が非常に高く、もし私立大学であったならば多少学費が安い国立大学に入学するように結果を残せなかった=勉強の努力が足りなかったのか、と(娘さんは)言われれば言い返せない。

 難しいですね。

 私の場合は、父親が早く他界した関係で、子どもの頃、金銭的に困窮した生活を送っていました。ですから、そもそも両親は、大学だけは出ておかないと社会に出て偉くなるチャンスが得られないとの考えであったものの、経済的理由により私立は最初から選択肢になかったのです。そして、浪人する選択肢もなかった、と。

 で、私は奨学金を貸与され、そして、それを社会人になって返した、と。

 いや、だから親御さんの経済的負担の大きさは分かるのです。

 でも、一方では、大学進学を最初から諦めざるを得ない若者もいる。

 その人たちを助けることをせず、何故進学する若者だけに経済的優遇措置を与えるのか、ということです。

 不公平でしょう?

 もちろん、国に財政的余力があって大学の授業料を無償化するというのであれば、私も反対しません。しかし、安倍総理が自ら言っているように財源を探さなければいけないのです。どこにその余裕があるのでしょうか?

 例えば、健康保険の自己負担をもっと増やして大学の授業料を無償化することが望ましいというのでしょうか?

 しかし、何でもかんでも国がお金を出すなんてことは不可能なのです。

・とらねこ様

 小笠原さんの意見には今まで大いに共感していたのですが、この件に関しては子どもの貧困の問題を考えていただきたいと思いコメントさせていただきます。小笠原さんに子どもの貧困問題を今更説明する必要はないでしょうが、一度現場を見ていただくといいのではないでしょうか。例えば最近広く行われている子ども食堂の運営に関わっていただくというのはいかがでしょうか。料理はできないかもしれませんが、本当に援助を必要としている子どもに情報が届いていないことも多いでしょうから子ども食堂の広報を担っていただくというのはいかがでしょうか。あるいは前川喜平氏のように貧困家庭の子どもに対する学習支援を行うというのはいかがでしょうか。本当に問題が見えてくるには時間がかかるるでしょうが、とりあえず行動していただけないでしょうか。もう一点気になったのは「子供が大学に進学しようがしまいが、国家的見地から見たらどちらでもいいこと」との一文がありましたが、教育は国家のために受けるものではないでしょう。消費税に関してです
が、本当に必要なところにまわるならば消費税に限らず増税に賛成です。消費税は逆累進性が高いので問題かもしれませんが
 子ども食堂の情報は、正直言って殆ど持ち合わせておりません。

 でも、子ども食堂に依存せざるを得ない子ども達が数多くいるという現実と、大学の授業料の無償化は一体どのような関係があるのでしょうか?

 私としては、子ども食堂の運営などに公的部門が支援の手を差し伸べることには大いに賛成します。しかし、だからと言って大学の授業料をすべて無償化にする必要がどこにあるのか、と。

・怒髪天様

 自分は大学卒業後、働いてお金をためてから夜学で再び学び、また配偶者も夜学出身です。大学とは学問するところであり、学べば学ぶほど既成の社会に疑問を持ち権力に反抗したくなるもの、一般社会、企業社会、世間の常識に抗うものと思っていました。実際、私がこれこそ大阪の誇りやと思っている釜ヶ崎にはもと学者さんもいた。なので、今の若者の従順さには疑問を持ちますが、今の社会の状況を考えれば、小学校から親子ともども管理され(連絡帳に判こを押し忘れたら親も怒られるなど)常日ごろからいい子でなければ進学させてもらえないような脅迫観念に縛られて、しかもそのことに気づかないで従っている。学生も、就職しなければならない、でも就職さえできない、就職してもブラック企業かもと不安を抱え、権力者のつくったカラクリに捕らわれ過ぎて、少しでもいい就職ができるようにと誰もが無理してでもとりあえず大学へ行って、それがまた結構真面目に勉強している。人生の中で自分らしい自分を探す心の旅的な時間を全く持てないで、学費
を稼ぐため親も子もひいひい言ってるような感じがします。ちなみに、自分は夜学のほうがすごく楽しく、よほど充実していましたが、配偶者は夜学であることをずっとコンプレックスに持っているようです。人間いろいろです。大学出たからっていい目をしたことがないのは夫婦共通ですが。

 無償化については、自分の考えでは、高校まで義務教育で公立は無償、勉強がわからないまま卒業させないという考えです。ただ、前川喜平さんが文科省事務次官のときに教育機会確保法を成立させ、いわゆるおちこぼれになってしまった人たちの学び直しを公が支援するという姿勢を打ち出してくださったので、これはよし!と思います。(しかし、国で法律が成立したにもかかわらず、積極的にこの法律に沿うよう努力する自治体は少数で、公立夜間中学校の設置、周知啓発にも消極的です(怒)

 怒髪天様の意見には共感するところが多いですね。

 私だって、所得が限られている家庭の子供たちだけを対象にする大学の授業料の無償化なら賛成できます。

 しかし、今与党が目指しているのは、所得制限など関係なしの全面的な授業料の無償化なのです
(所得制限があるのもあるようですが…)。

 お金持ちの子どもの授業料をどうして無料にしてやる必要があるのかと、言いたいですね。

 
・怒髪天様
 
 大学は、働いてお金をためてから行ってもいいし、夜学もあるし、無償にする必要はないと思います。(但し、公立大学でさえ授業料は本当に高過ぎますし、今は昔と違い、働いてもお金はたまらず、学費は高過ぎてという状態は、やはりおかしいです)。

 働いてからまた勉強したくて大学へ行ったり、大学で何かに目覚めてボランティアなど、専攻とは違うものに打ち込んでしまったり、外国を放浪してまた学問に戻ったり、学歴なんて目分の人生にとって意味ないとわかってやめたり、そんな人それぞれのいろいろな人生。

 自分は自分の意思・価値観で生きようということを考える余裕もなくなるほど、窮屈で閉塞感のある今の世の中のほうを変えるのが先決で、授業料云々の問題だけではないと思います。

 また、私立中学、高校も公立と同じように無償にすべきだという運動をPTAもしているようですが、私立はそれぞれの個性があって行きたい人は高くでも行くというものだと思うので、「誰もが平等に教育を受ける権利」を主張してのことであれば、まず公立学校を立て直すことに注力すべきだと思っています。

この記事で小笠原先生のおっしゃることとちょっとずれてしまったかもしれませんが、前の記事の、子どもたち若者たちを人間としてでなく、金儲けの駒とみなすアベは許せないということも含めて書かせていただきました。
 
 大学は、働いてお金をためてから行ってもいいという考えに私は賛成です。アメリカなどではそのような学生も多いと聞きます。ただ、日本のような雇用形態の下ではそれがなかなか難しいのも現実なのでしょうね。

 私立の学校に国が補助金を出すことには、基本的に反対です。憲法89条に違反する恐れがありますし、何より国が私立学校の経営に口を挟む弊害があるからです(現実は、そのような状態になっていますが…)

・ttaka 様
 
 私も息子2人を理系の大学、大学院まで行かせ、且大学が自宅から離れていたので2人とも下宿をさせざるをえず、経済面ではそれなりに大変でした。しかし、私の様にさしたる資産も無いものにとっては、子供に与えられるのは教育のみと考えていましたので、苦労とは感じませんでした。しかし、大学へ行って勉強したいという意欲はあっても、どうしても家庭の経済事情がそれを許さない若者に大学進学の道を開くような手立てを社会が整える必要があるのも確かです。ただ政府が掲げているような高等教育一律無償のような制度には反対です。財源の問題を考えざるをえないでしょうから、キメの細かい施策(それだけ手数がかかるということになりますが)が求められると思います。財源の問題について言えば、財政破綻に至るような国の借金があるのはデマだとか、国家の借金問題はすでに解決済などという、全くのまやかし論を一部経済学者と称する人達が世の中に喧伝し、それを信じている輩が多いことが、こういう議論を別の意味で歪めてしまっていると思っています。この人達の論に従うのであれば財源確保のための国債発行余力はまだまだあるはずですから。

 仰るとおりです。

 但し、国債の発行余力はないと考えるべきではないのでしょうか。

 もちろん、国債を追加発行したからといって即、国の財政が破綻するとは言いませんが、そうやって国債の発行残高が累増しているからこそ増税の必要性が高まり、そして、増税が実施されると国民の生活が苦しくなるからです。


・とりあたま様

 何年か振りにコメント致します。

 人づくり革命って、狙いはやっぱり『改造人間』でしょうね。ネットが発達したんだから、
系統だったネット教科書(講義動画付き)を整備し無料で閲覧できるようにすると共に、各種教育レベル認定試験を行えるようにすれば、高校、大学学部レベルの教育は実質ゼロ円になるはず。あとは、みんなで時々集まってオリエンテーションや体育や美術や音楽や技能研修を行う施設さえあればいい。さらに高度な教育を行うための専門学校、研究室、ゼミなどを別途整備すれば、現在よりもずっと低コストで高レベルな教育ができると思います。現在の学校はnurseryもしくはslaughter houseのような意味合いもあり、それを強化したいのでしょうね。

 ちょっと違う視点からのご指摘です。

 私も、文科系の場合には、それほどお金をかけずに授業を行うことが可能であると考えます。それができないというのは、そうしようというインセンティブが働かないからということと、その気がないだけのような気がします。

 ・どちらかというと右派です、はい様

 本日も非常に興味深く拝読しました。

 安倍政権の志向を一言で申せば「大きな政府」なのですが、巷間これを「新自由主義」などと未だに誤解する向きが非常に多いようです。そもそも大学無常化(ママ)につき自民党は反対していましたが、第2次安倍政権になってからは、その翼を左寄りに大きく広げ始めました。それは、90年代以降繰り返す短命に終わる内閣を長期化するという目的においては非常に合理的です。

 しかし、この思考を実現するための財源確保の方法論が事実上の財政ファイナンスですから、一部のリフレ派の思惑(無税国家化)を除けば、これは自ずと限界を迎えると予想するのが常識的でしょう。そうなれば、現行の安倍政権の掲げる「全世代型」の社会保障制度、すなわち歳出削減を極力抑え可能な限りすべての世代が公平に社会保障サービスの恩恵を享受するような制度も、ここで取り上げられた大学無償化も絵空事だったのだということを、まさに「全世代」が思い知ることになるはずです。

 そういう意味では、確たる持続的な財源論がないにもかかわらず先行して大衆に出来もしないサービスの実現を約束し続ける現在の安倍政権は、非常に罪作りなことを平気でするものだと日々思っている次第です。
 仰るとおり。

 罪作り、罪作り。

・通りすがり様

 まぁ「大学行かないとまともなところに就職できない、差別されてもしかたがない」という
イメージと偏見がすっかり広まり定着しているのでやむおえないかと

 親権者の収入と当人の学力に応じた、シンプルで画一的な奨学金制度をつくる

 いっそ開きんなおって、大卒の肩書きの取得だけを目的とした安い大学、家計にヤサシイ家計大学とでもしましょうか限るなくペーパー大学に近い、キャンパスも校舎も研究施設もない安さだけは 日本一いや世界レベルの大学の設立を認めてはどうでしょうか

 そのようなアイデアも一案。

 ただ、以前は、学歴不要論のような力強い主張もあったのですが…今はないのでしょうか?

 ビルゲイツのような人を日本人はどう評価するのでしょうか?

 さんまちゃんもきょんきょんも大学は出ていないけど凄いぞ!



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 大学生の娘を持つ通りすがりの親と名乗る方から、コメントが寄せられました。

 ご覧ください。
 私には2人の娘が大学に行っているけど、今月は後記の学費の納付があって、長女が理系で49万2千円、次女も違う大学だけど、同じく理系で57万8千円。これは後期分で一年間ではこの倍以上の学費が必要だ。

 (注)後期を後記と書く時点で、このコメントは怪しい

 二人とも一所懸命学業に取り組んでいるので、親としては何とか大学を出してやりたい。二人と「資格系」の大学なので、実習や実験、夏休みなどの長期の休みは国試対策で休みなし。次女は学年が下なので、かろうじてバイトをしているけど、今週は何だか訳の分からんインターシップとかいう、無償の労働力を企業に搾取されてバイトが出来ない。そしてもう来週から学校。

  学校が始まると、朝6時に家を出て、帰ってくるのは夜の9時半。

 私も理系の大学出身だけど、私の時代は9月いっぱい夏休みだったけど、と思いながら娘を見ている。

 志はあるけど、大学に行けない人は、自分の境遇に対して声を上げられない人だ。この小笠原という似非経済学者など、所詮は偉そうに弱者の味方ぶっても、そういう若者や家庭が見えない、節穴以下の目しか持っていないということでしょうね。

 声を上げられない弱者に光を当てるのが、政治だったり経済だったりするんじゃないのか?

 「学びたい」と思う若い人たちが、将来後悔しないように、そしてしっかりと勉強をして、社会人としてちゃんと納税することがいけないことなんですかね?

 多くの学生が、高等教育無償化には声を上げている。その声がこのおっさんには聞こえないのか?

 声なき声を汲みとり、弱者のために再配分するシステムを構築するのが経済じゃないのか?経世在民というのが経済の語源だろう。

 (注)経世済民の間違いでは? この言葉を使いたがる輩は、三橋いんちき経済学に毒された人に多い。
 うちはまだかろうじて娘の学費が払える家庭だけど、大学を卒業と同時に何百万円も奨学金という官制ローンの負債を背負わされる若者のことを理解できないのか、このおっさんは?

 小笠原さん、あなたはいろいろと安倍晋三と自民党政権を批判している。もちろん正しい正論もたくさんあったし、私も共感することもたくさんあった。でもあんたの「今、経済的理由のみで大学の進学を諦めざる人たちがどれほどいるのか」という一言には幻滅した。

 この記事では、あなたの言いたいことは他にあるのは分かるけど、このひとことであなたへの信用は全く0だ。

 経済的に困窮している若者が見える目を持って下さい。

 まあ、所詮あなたは「勝ち組」なんでしょうけどね。


 如何でしょうか?

 この方のご意見…

 まあ、確かに子供さんの学費を支払うために悲鳴を上げている家庭がないとは言えない。

 しかし、だったら何故子供を大学に通わせるのか?

 大学を卒業させ、そして一流企業に就職させ、あなたの言う「勝ち組」にさせるためでしょ?

 理科系で資格系と言えば、薬学部を思い浮かべる訳ですが、仮にそうだとしたら、薬剤師にして他人よりも金持ちにさせることを望んでいる訳でしょ?

 だったら、そのための学費位自分の家庭で負担せんかい、と言いたい。

 もちろん、国に財政的余裕があるのであれば、それを援助してあげることも一つの手段ではありますが…

 しかし、国にはその余裕がない。

 だから、繰り返しになるが、増税の必要性に迫られている。

 ということは、もし、高等教育の無償化を進めるならば、大学に行けない人を含めて国民全体の負担になるということです。

 それにですね…もう一度言いますが、「今、経済的理由のみで大学の進学を諦めざる人たちがどれほどいるのか」と。

 貴方の子供さんが、本当に優秀ならいろんな奨学金がもらえる筈ではないですか。

 それがもらえないなら、その子供が大学に進学しようがしまいが、国家的見地から見たらどちらでもいいこと。

 私の言い分が頭に来ました?

 だったら、発奮して、もっと勉強すればいい!

 そうやって強い子が育つのです。

 はっきり言って、このコメントは工作員によるものでしょう。

 ところで、私が学生時代の頃、授業料値上げに反対する運動というのが全国の大学で起きたことがあります。

 そして、私が学んでいた大学でも授業料値上げ反対のクラス討論が起き、試験をボイコットする事態にまで発展しました。

 私、そのとき、授業料値上げに対して反対というか、疑問を呈したのです。

 私だって、授業料値上げは嫌でした。確か、月3千円の授業料だったかと思うのですが…

 何故私は授業料値上げに疑問を呈したのか?

 それは私と中学生の時に同級生だった友達が中学卒業と同時に板前さんになり、成人に達していないのにも拘わらず所得税を納めていることを知っていたからです。

 そうやって若くして働いて税金を支払っている人もいるのに、自分たちは月3千円の授業料を支払うだけで国立大学を卒業して、大企業に就職するのか、と。

 おかしいでしょう?

 そのときに授業料の値上げを決定したのも今の自民党。

 そして、今、また、授業料を下げようなんて言い出しているのも自民党。

 こいつらの考えていることは信じられないのです。

 最後に、この大学生の娘を持つ親御さんに言いたいのですが…

 仮に授業料が無償化になっても、その財源はどこから捻出するのでしょうか?

 その結果、消費税がどんどん上がっても、文句を言わないのでしょうか?

 反論をお待ちしております。



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 NHKのニュースです。
 
 政府は人材投資を柱とする「人づくり革命」の具体策を検討する構想会議の初会合を開き、安倍総理大臣は、「財源がなければ政策は実現できない」と述べ、教育無償化などの具体化に向け、財源のあり方もスピード感を持って議論を進めるよう指示しました。

 政府は、安倍総理大臣が最重要課題と位置づける「人づくり革命」をめぐって、11日、総理大臣官邸で具体策を検討する「人生100年時代構想会議」の初会合を開きました。
 
 ポカンと開いた口が塞がりません。

 人づくりって一体何を意味するのでしょうね。

 それに革命だなんて。

 この人の発する言葉ほど浅薄なものはありません。

 もう一度言います。 人づくりってなに?

 人を育てるというのな分かります。

 人づくりと国が言うことは、統治者にとって都合のいいような人間に育てるという風にしか理解できませんよね。

 戦前、戦中の思想と同じじゃん!

 違うのでしょうか?
 
 ところで、昨日紹介したように、安倍総理は、実践的な職業教育の拡充に向けて大学改革を行うことが頭にあるようです。

 ですが、大学で何を教えるかなんてことに政治家が口を出すのは如何なものなのか?

 大学の自治とか学問の自由という概念をまるっきり理解していないのでしょうね。

 大学なんて補助金を餌にどれだけでもコントロールできると思っている節がある。

 教育の無償化なんて言っていますが、大学にばらまく補助金を増やすことによってメディアをコントロールしたように大学もコントロールしようという魂胆ではないのでしょうか?

 安倍総理は「志があっても経済的に恵まれない若者が勉学に専念できる環境整備が必要だ」と言っていますが、我々より年上の世代ならともかく、今、経済的理由のみで大学の進学を諦めざる人たちがどれほどいるのか、と。

 本当にそのような人々が多いのなら、国民のなかからそのような若者を助けてやって欲しいという声がもっと沸き起こっている筈。

 でも、そんな声は殆ど聞かれません。

 それに、繰り返しになりますが、こうして国費をばらまく政策はどうも胡散臭くて仕方ありません。

 教育の無償化を進めれば、もう少し大学の進学率が上がるかもしれません。

 でも、そうするのは本当は誰のためでしょうか?

 若者たちのため?

 私には、ぼんくら大学の経営者たちのためとしか思えません。

 加計学園にもお金が行くのでしょうね。

 エコカー補助金、エコカー減税だって、車を買う人のため、環境保全のためという理窟もつく訳ですが、本当は自動車業界のためだったのではないでしょうか?

 本当におかしい!

 財源のあり方も議論しろと指示していますが、財源などある筈がない。

 ないからこそ消費税率を10%に引き上げる予定であるのに。

 頭の中どうなっているのかと言いたい。

 昨日の私の記事に対して、名無しと名乗る人から、次のようなコメントが寄せられました。

 問題は教育の内容ではなく投資額。
 教育こそ最もパフォーマンスが高い投資なのだからどんどんやればいい。日本だけ長引くデフレと国の借金のデマで教育への投資が十分に出来ないでいる。このままだと技術力で仮想敵国で独裁国家の中国に負けてしまう。

 問題は教育の内容ではなく投資額だと言っていますが、逆ではありませんか?

 幾らお金をかけても試験に出る問題ばかりを教えていては本当の学力の向上につながらないのです。

 それに国の借金のデマと来た。

 よっぽど三橋インチキ財政学に毒されているのでしょう。

 本当なら即座に非公開にしていいようコメントなのですが…あえて晒しておきます。

 安倍総理を支持するのはこんな人たちばかりなのですね。



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 安倍総理が2014年にOECDの閣僚理事会で行ったスピーチの一節です。

 「日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。」

 「だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。」

 はっきり言います。

 何も分かっていない、この人は、と。

 工学部に進学し、そして工学部の大学院に進むことが如何にもワンパターンな発想しかできない科学者や技術者を生むようなことを言っていますが…

 その前に言っておきたい。

 まともに大学の授業も受けていない人間が…そして、小学生のときには夏休みの宿題をお手伝いさんにやらせていたような人間が偉そうなことを言うな、と。

 米国の大学に留学したというのも、殆ど講義は受けていないくせに、と。

 それに、このスピーチの論理も全く筋が通っていません。

 学術研究を深めるのではなく、社会のニーズに合った教育を行うべしというのは、通常、工学部ではなく理学部に対する批判なのです。

 どんな役に立つとも分からない基礎研究にばかりお金をかける訳にはいかない、と。

 そうでしょう?

 それが企業の通常の発想でしょう?

 でも、だからこそ、大学は基礎研究を推し進める役割が期待されているのです。

 それにノーベル賞の多くは、基礎研究に対して与えられるものです。

 ノーベル賞の受賞が決まった科学者を官邸に呼んで、その人気にあやかろうとする品性の卑しい政治家が、基礎研究よりもっと実践的な職業教育を大学で行うべきだと言っているのです。

 本当に自分の言っていることが分かっているのか、と。

 嘘ばっかり言って、自分こそ道徳教育が必要だと思われるような政治家たちが、道徳教育を行えと主張する。

 バカな日本の政治家たちです。



 


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 とうとう日本人アスリートが100m走で9.9秒台を出しましたね。

桐生


 桐生選手の写真が本日の新聞紙面には何枚も出ています。

 それ位、日本中がお祝いしているのです。

 しかも、10秒台を破って9.9秒台、正確には9.98秒を出したのが9月9日。

 皆、北朝鮮のことばかりが気になっていた9月9日に9.9秒台。

 本当におめでとうございます。

 でも、世界記録は9.5秒台ですから。

 世界のレベルは高すぎます。


 しかし、おめでとう!


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 今朝、NHKのニュースが耳に入ってきたのですが…

 安倍総理大臣は政府の未来投資会議で、人口の減少が見込まれる日本が経済成長を続けるためには、技術革新により生産性を飛躍的に向上させる「生産性革命」に挑戦する必要があると強調し、関係閣僚に対して具体的な施策の取りまとめを指示しました。

 政府は、先月の内閣改造後初めてとなる未来投資会議を8日、総理大臣官邸で開き、新たな成長戦略を策定するための議論を再開しました。

 この中で安倍総理大臣は「日本経済は力強い成長が実現している。この成長軌道を将来にわたって確固たるものとするために、アベノミクスはこれからも挑戦あるのみだ」と述べました。

 そのうえで、安倍総理大臣は「生産性を飛躍的に向上させる『生産性革命』こそが、デフレ脱却への確かな道筋となると確信している。生産性の向上に向けて、税制や予算、規制改革など、あらゆる政策を総動員していく」と述べ、関係閣僚に対して具体的な施策の取りまとめを指示しました。


 如何でしょうか?

 言っていることはまともなことが多いと思います。

 しかし、安倍総理がこんなことを言うことに疑問を感じるのです。

 どういうことかお分かりでしょうか?

 安倍総理のアベノミクスの柱はなんであると考えますか?

 3本柱と言われますが、その最大のポイントはなんといってもインフレターゲット伴う大胆な金融緩和であることは論を待ちません。

 というよりも、何故日本が長い間デフレから脱却できないかという理由をすべてかつての日銀の生ぬるい金融政策に押し付けたのです。

 物価をコントロールできない日銀総裁など辞めてしまえ!

 これがリフレ派の常套句だったのです。

 一方で、当時の白川総裁は、日本の社会経済構造の変化とは関係なく物価だけを目標にするのは好ましくなく、また、物価は簡単に日銀がコントロールできるものではないと主張しました。そして、デフレ脱却の根本的対策は生産性の向上にあるとも主張したのでした。

 この生産性の向上と言う言葉を聞いて、おバカな人々は、生産性を向上させると益々人手が過剰になって景気が悪くなるなんて批判したものなのです。

 覚えていますか?

 覚えていない。まあ、いいでしょう。

 いずれにしても、白川総裁が生産性の向上こそ取り組むべき道なのだと説いたとき、安倍氏を含むリフレ派は、インフレターゲットを設定することこそ必要だと主張した。そして、さらに付け加えるならば需要不足の構造にある日本経済には需要の追加こそ必要だとも主張した。

 要するに、サプライサイドを軽視していたのです。

 上の安倍総理の発言をもう一度ご覧になって下さい。

 デフレ脱却のために一番必要なことはインフレターゲットを設けてマイルドなインフレを起こすことであると言っていた目玉の政策がすっぽり抜けているのです。

 あの考えはどこへ行ったのか、と。

 で、恥ずかしげもなく、デフレ脱却には生産性を向上させる生産性革命こそ必要だと来た!

 自分の考えを改めるのがいけないとは言いません。

 でも、それだったら、先ず自分の今までの考えが間違っていたことを明らかにし、そして、非難罵倒した白川元日銀総裁に謝罪するのが筋だと思います。

 しかし…多分…安倍総理は、そんなこと少しも気が付いていないのでしょうね?

 そうに違いありません。自分が何を言っているかが全く分かっていない。

 こんな人に経済を任せていいのでしょうか?


 折角の機会ですから、需要重視の経済政策と供給重視の経済政策について紹介したいと思います。

 需要重視の経済政策は、不況の原因を需要不足に求める考えだと言っていいでしょう。歴史的にはリカードと同時代のマルサス(人口論で有名なマルサスです)やケインズが需要サイドを重視した経済政策を主張しました。

 それに対して、リカードやセーは供給重視の経済政策を主張したのです。せーは、供給は自ら需要を作り出すというセーの法則を提唱しました。

 しかし、このセーの法則の本当の意味を理解した人は本当に少なく、徹底的に批判されたのです。

 供給過剰で需要不足が問題であるときに、さらに供給を追加したらどうなるのか、と。

 需要不足が酷くなるだけではないのか、と。

 でも、セーが言いたかったのはそういうことではなかったのです。

 需要を生み出すものはなにか、と。需要とは欲しいものを購入したいという欲望であり、その欲望を満たす力です。幾ら、あれが欲しいこれが欲しいと思っても、お金がなければ買えない。では、そのお金はどうして手に入れるのか?

 決まったことなのです。他の人が欲しがる何かを生産することによってお金が得られる、と。そして、そうやって生産したものがお金に変わるから、そこに需要が発生するのです。

 生産性を向上させることは、労働者のお金を稼ぐ能力を高めることを意味します。

 そうして労働者の懐が豊かになれば消費が高まり、それがさらに生産に結びつき、景気がよくなる訳です。

 そうしたことが白川元総裁の頭のなかにあったと推測される訳ですが、それをリフレ派が無視というか非難、罵倒してアベノミクスが始まったのです。

 そのようなことを少しも理解せず、生産性革命なんて言っているのが…




 

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 山尾志桜里議員の不倫疑惑について考えてみたいと思います。

 考えるまでもない?

 経済ニュースを扱え?

 でも、誰だってそのような間違いをしでかすかもしれないのですから。

 ただ、
貴方の言いたいこと、よく分かります。

 一線を越えていない、男女の関係はないと言いながら、だったら、どうして謝罪会見をし、離党するのか?

 やましいことをしていないのなら、謝罪をする必要はないのではないか、と。離党する必要もないのではないか、と。

 私も、ワンハンドレッドパーセントその考えを支持します。

 但し、本当に一線は越えていないのだが、密会を繰り返し誤解されるようなことをしたのは事実だし、今さら一線を越えていないと言ってもどうせ信じてもらえないのだから、離党するしかない、ということも可能性としてはあり得ます。

 しか〜し…

 多分、それはないでしょうね。

 それに、何もなかったいうのであれば、では、何をしていたのかと問われて何と答えるのでしょう?

 「指しつ、指されつ…」

 やっぱりエッチしていたんだ。

 「将棋の新手を二人で研究していたのよ。どうせ信じないでしょうけど…」

 どうですか、こんな回答。

 益々怒りを買うだけか?

 しかし、海外に目を転じれば、正直にふしだらな行為に及んだことを告白した後、米大統領の座に留まることができたケースもあるのです。

 ということで、「私、我慢できなかったのです」と正直に言う手がなくはなかった。

 しかし、そのように言ってしまうと…今ある家庭をぶちこわす危険性がある、と。

 それに、家庭を守るために、敢えて嘘を言うことだってあり得る。

 嘘も方便。

 また、一線は越えていないというのは、離婚してその人と一緒になるつもりはなかったという意味なのかも知れません。つまり、遊びだった、と。

 さらに、相手の弁護士先生にしたら、山尾先生は自分を講師に招いてくれる大事なお得意さんだったので断りにくかったという事情があったのかも知れません。つまり、営業の一環だった、と。

 まあ、そういう言い訳をすれば、現在の妻のお許しが得られるかもしれない。

 いずれにしても、山尾氏は脇が甘すぎた!

 それに彼女、先日の横浜市長選で自公推薦の林文子氏の応援をしていましたよね。

 あれって、どういうことだったのでしょうか?

 いずれにしても民進党は解党して、そして本当に同じ志の者たちが集まって新党を作ることからやり直した方がいいのではないでしょうか。


 最近の政治家は、脇が甘すぎると思う方、クリックをお願い致します。
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 ネット上で「マスコミの劣化は加計学園で明らかになった。疑惑だけで安倍を叩いた謝罪はまだか」との刺激的な文言が目に入った。

 誤解しないで下さいよ。安倍総理が国民に謝罪するのではなく、疑惑を報じたメディアが安倍総理に
謝罪しろと言っているのです。

 アポーン!

 呆れて口があんぐり!

 誰がそんなことを書いているかと言えば、加計問題を論じるよりも時計問題を論じろと揶揄されるあの高橋洋一氏。

 私もその意見に賛成。

 時計はどうなったんだ?

 森友学園問題は、当初「総理の関与」という疑惑であったが、籠池泰典前理事長夫妻が詐欺容疑で逮捕されたほか、財務局の国有地売却に関する捜査も進んでいるというのが現状だ。一方、加計学園問題は「総理の意向」といった最初の疑惑追及から、大学の図面にワインセラーやパーティールームがあったという報道に変わった。総理に関するそれぞれの「疑惑」とは、結局何だったのか。(夕刊フジ)

 本コラムの読者であれば、森友学園問題は、近畿財務局が国有地売却時の原則である公開入札を行わず、地中のゴミに関する開示が不十分だったために、籠池前理事長と近畿財務局の間でトラブルになったことが本質的な原因であることをご存じだろう。「総理の関与」など考えられないような地方案件である。

 加計学園問題も、文科省が学部新設の認可申請を門前払いするという前時代的な規制を緩和する小さな案件だ。「総理の意向」などあり得ないことについては公開文書で簡単に分かることを筆者は説明してきた。

 規制緩和したのは、学部新設を「申請」できるようにするという、「総理の意向」なしでも可能な、当たり前の話である。新設を「認可」するかどうかは改めて文科省が行うという点も本コラムで説明してきたが、その文科省認可は「保留」という結論だ。本当に「総理の意向」があったならば、保留などするだろうか。
 
 これらの両事件の流れはそっくりである。まず、総理と当事者の関係を指摘する。両当事者とも総理(または総理夫人)と知り合いであり、これらは事実だ。そこで、「知り合いだから便宜があったはずだ」と、論理が飛躍する。

 それを信じさせるような客観的な証拠があれば別だが、それがない。あったのは、森友問題では籠池前理事長の証言、加計問題では前川喜平・前文科事務次官の証言だけである。しかも、それらはかなり信憑性に欠ける。というのは、前者では第三者の書いた「鴻池メモ」、後者では文科省と内閣府が合意し公表された国家戦略特区ワーキンググループの議事録にそれぞれ反しているからだ。

 しかし、ほとんどのマスコミはそうした客観的な事実は報じないで、安倍批判のみを報じる。特にひどかったのは加計問題で、国会において加戸守行前愛媛県知事らが国会証言しているが、テレビにおいて報じられたのは圧倒的に前川氏の発言ばかりだった。

 いずれにしても、両事件ともに、総理夫妻の知り合いなのだから「関与」や「意向」があったはずという思い込みで報道され、責任を追及した。その結果、ないことを証明すべきだという「悪魔の証明」になってしまった。「疑惑」を追及するマスコミはもっと決定的な証拠を提示すべきであった。

 こうした「疑惑」だけで報道を煽ったのが改憲に反対する一部の左派マスコミだった。改憲姿勢を打ち出す政権を叩きたいがあまり、事実を報道せずに攻撃したことで、報道の質の劣化ぶりを露呈してしまった。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)


 何と中身のない文章であることか!

 いちゃもんと言ってもいい!

 知り合いだから便宜を与えた筈だと言う思い込みがあったのだ、と。

 客観的証拠は腐るほど出てきている。

 それを無視しているだけではないのか?

 いずれにしても、国民の多数は安倍総理の説明に納得していないのだから、高橋洋一氏の感覚は相当に国民とずれていることが分かる。

 どうしてこんな者に文章を書かせるのか?

 金が流れているということなのか?




 高橋洋一氏の言っていることは根拠のない安倍擁護であって、印象操作の何物でもないと思う方、怒りを込めてクリックをお願い致します。
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 9月2日に私は「日立を東芝のようにしようとする日本政府」というタイトルの記事を書きました。

 今にして思えば、なんとピントのずれたタイトルでしょう。

 何よりも私は押さえておくべき事実を押さえていなかった。

 どういうことかと言えば、もう既に日立は英国における原子力発電事業に大きくコミットしてしまっている事実があるということなのです。

 つまりですね、東芝が米国のWH社を購入したように、日立も2012年に英国のホライズン・ニュークリア・パワー社を買収していて原子力発電所を2基新設する計画があるということなのです。

 2017年6月9日付の日経の記事をご覧ください。
 

  日立、英原発のリスク最小限に 東芝米事業を反面教師に(2017/6/9)

 日立製作所は8日、英国で進める原子力発電所の新設計画のリスクを最小限にとどめる戦略を明らかにした。英国政府の許認可を得ながら、現地開発子会社に出資するパートナーを募り、この会社を2019年までに連結子会社から外せない場合は計画を中止する。米原発事業の巨額損失で債務超過に転落した東芝を反面教師とし、原発ビジネスを慎重に展開する。

 8日に都内で開いた投資家向けイベントで、英原発事業の財務リスクを丸抱えせざるを得ない場合は計画を撤回すると明言した。

 日立は12年に買収した全額出資会社ホライズン・ニュークリア・パワー社を通じ、20年代前半の稼働をめざして英中部で原発2基の新設計画を進めている。事業費は2兆円を超える見込みだ。

 原子炉メーカーである日立が原発開発会社の買収に乗り出したのは、11年の東京電力福島第1原発の事故後に世界で新設計画が止まったのを受け、自社製の原子炉を納入する場所を確保するためだった。電力会社などにホライズン社への出資を働きかけて原発の運営を委ねていき、同社への出資を最終的にゼロとする構えだ。

 着工前の19年に予定する最終投資決定までに出資パートナーがそろわず、ホライズン社を連結子会社から外せない場合は計画を断念する。

 日立の田中幸二副社長は8日のイベントで「最強のパートナーが一体感を持って取り組む」と述べ、原発建設におけるリスク抑制の工夫も強調した。

 米エンジニアリング大手のベクテルと日揮と組み、工事遅延などで損失が発生する場合は個社の過失を問わず、事前に決めた割合で全社が責任を負う仕組みだ。英原発に納める自社の原子炉は稼働実績が豊富であるとも訴えた。

 一連の説明からは、東芝の債務超過転落の主因となった米原子力会社、ウエスチングハウス(WH)の米国での原発新設事業との違いを強調したい意図がにじんだ。WHは稼働実績がない新型炉の導入を進め、工事遅延を招いた。発生した損失を巡り関連会社が争う事態になり、収束を図ったWHと親会社の東芝が損失を一手に引き受ける形になった。

 出資パートナー候補との本格交渉はこれからで、今後、英政府から具体的な支援策を引き出す必要もある。国内では原発の大規模な新設計画は当面見込めない。英国の計画は日立にとって原子力事業の成長の切り札でもあり、リスクを慎重に見極めながら事業を展開する。


 大まかな流れを言うと、2011年3月に東日本大震災が起こり、そして大津波が押し寄せて福島の原発事故が起きてしまい、日立は原発事業の進め方に苦慮しマーケットを英国に求めることにした、ということです。

 国内では原発事業を新規に行うことができないので、海外でやるしかない、と。

 しかし、海外で原発事業を進めるにしても、大きなリスクが伴うことに変わりはないのです。

 そして、リスクが大きいとなかなか必要な事業資金の調達もままならぬ、と。

 日立が幾ら優れた技術を有していても、資金が調達できなければ事業がスタートすることはあり得ません。

 一方で、日立が自ら資金を調達するのは余りにも金額が大きすぎ、万が一のときに日立を存亡の危機に追いやる可能性があるのです。ちょうど東芝のように。

 つまり、日立を第二の東芝にすることは避ける必要がある、と。

 しかし、事業は進めたい、と。

 では、どうするか?

 そこで、日本政府(貿易保険)が全額を補償するということで、民間銀行の金を出させることにしたということなのです。

 私思うのですが、国民の多くが原発事業の再開を望んでいる状況があれば別ですが、実際はその逆。国民の多くは、できるならば原発に頼らないで済むことを望んでいるのです。

 できるならば、原発の再稼働など止めて欲しい、と。

 しかし、日本政府が日立の英国での原発建設のリスクを全部カバーするということは、万が一のことが起きた場合、その負担をすべて国民の押し付けるということを意味しています。

 原発の再稼働を望まない国民に損失をすべて被ってくれと言っているのです。

 こんなことが許されていいのでしょうか?

 そもそも日本政府が原発の輸出に力を入れるというのがおかしな話なのですが…それでも、民間企業が勝手にそれをやるというのなら反対できないかもしれませんが、国民の負担でそれをやるというのですから黙っていてはいけないのです。



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