経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

2012年03月

 消費税が増税されても我々日本国民はへっちゃらだ、と書いたら批判の嵐!

 嵐にしやがれ!

 もとい、私、記事を書き終えた時点で、予想していたのです。いつものことですから。こんな記事を書いたら、どれほど批判されるか知らない、と。案の上、批判ばかり!

 つまり、私は批判されることを予想して記事を書いた。私はMなのか? そんなことはない。

 で、批判の中には、財務省出身だからそんな記事を書くのだな、と勝手に納得している意見が多く見られたのですが、それは誤解です。

 少々時間を頂き、私の意見を聞いて頂けたら私は嬉しいです。

 先ず、何故私は、日本政府の借金をこんなに心配するようになったのか?

 私は、1983年から1985年の2年間、理財局国債課に所属していたのですが、その頃に、国債の発行残高が100兆円の大台を突破するという出来事に遭遇してから、これで日本の将来は大丈夫なのかと心配するようになったのです。

 国債の発行残高が100兆円と言えば、大雑把に言えば国民1人当たり約100万円。そんなに膨大な借金を抱えて、何か大変なことが起こるのではないかと、係の者と話をした覚えがあるのです。

 では、大量の国債を発行するとどういうことになるのか?

 当然、インフレの可能性が高まるのではないか、と。当時は物価が低下する現在のようなデフレなど想像することもなく、ただインフレを心配するだけだったのです。なんとしても、インフレを起こすようなことは回避しなければいけない、と。

 しかし、その後も不況が起きる度に、景気対策と称して大型補正予算が組まれ、そして、大量の国債を発行するというようなことを繰り返してきたのです。

 ただ、私たちが当初心配したインフレは少しも起きる気配はありませんでした。起きたのは、株価や土地の価格が上がる資産バブルだけで、そのバブルも頂点を迎え弾けてしまえば、土地の価格は下がるだけで、株価もピーク時の1/4の水準になっているのです。

 全然インフレが起きる恐れがない。それどころか、デフレが諸悪の根源とされる昨今。そうなれば、国債の発行の何が悪いのかと、居直るような政治家が増えたという訳なのです。

 確かに、今直ぐにインフレが起きそうな気配はないのです。だから、国債の発行を抑えるためにそれほど消費税を上げることに血眼にならなくてもという意見も少しは説得力を持つのです。

 ただ、問題は、いつ投資家が日本国債を敬遠するような時代が到来しないとも限らないということであるのです。

 私の意見に批判的なことを書く人の多くは、投資家の立場というものが分かっているとは言えません。あくまでも、税を課さられる一個人の意見でしかない。

 しかし、将来財政が破たんしてしまうかもしれないということを考えるには、投資家の動向を予想することがどうしても必要になるのです。

 つまり、この先ほぼ半永久的に、銀行や生保を中心とした投資家が国債をどれだけでも引き受けてくれるというのであれば、国債発行の抑制や増税に躍起になる必要もないと言えるのです。

 しかし、我が国の状況は少しずつ変化してきていることを忘れてはいけません。

 先ず第一に、人口の減少傾向が続く、と。これは何を意味するかと言えば、一人あたりの実質GDPが増加することはあっても、日本としての実質GDPが減少するような時代も来るかもしれないということであるのです。つまり、一人あたりの生活水準が低下することはなくても、国家としての日本の経済力が低下してしまう恐れがあるのです。

 そのような国力の低下が懸念される国の国債を、今後も投資家たちは有難がって保有するするという保証がいつまであるというのでしょう。

 それにご承知のとおり、日本の貿易収支の黒字、或いは経常収支の黒字がこれからもいつまでも続くという保証もないのです。

 今のところは、幾ら貿易収支で赤字を計上しても、経常収支は黒字を確保できているので、我が国の金余り現象は続いている訳ですが、これもいつまで続くか分からない。

 ということで、直ぐにではなくても、我が国もいずれは南欧のようになる恐れがないとは言えない状況にあるのです。

 しかし、この財政赤字の問題は、問題が顕在化してから行動しては遅いのです。そうなる前に少しずつ準備しておく必要がある、と。

 そんなことを考えるとき、今の日本の国債の発行残高は、余りにも大きくなりすぎているのではないか?

 今後、政府の借金残高をゼロにするようなことを考える必要はないと思うのですが、少なくても残高が増えないようにする位の努力は最小限必要であるのです。

 ということで、私は、何も消費税に限らないのですが、何らかの手段で財政を健全化することが必要であろうと言っているのです。

 消費税ではなく、法人税の引き上げや相続税の引き上げも考えられるのです。ただ、法人税の引き上げに関しては、そんなことをすれば企業の海外脱出が益々加速するなどという批判があり、なかなか実現できないのです。それに所得税については、所得の正確な捕捉が難しい問題もあるのです。

 私が、増税しても「へっちゃらだ」と書いたのは、何も貧しい人々のことを考えていないということではないのです。そうではなく、日本人の力からすれば、そのくらいの負担を強いられても何とか耐えていけるから大丈夫だと、励ましたかったいうことなのです。

 まあ、批判したい方はどれだけでも批判して下さい。

 最後に一つだけ言っておきます。

 私は役所のあり方に疑問を感じて職を辞したことも事実です。私の意見が偶々役所の言い分を代弁するような格好になっても、私は役所のためにやっているのではないのです。

 もちろん、役所から退職後、何らかの便宜供与を受けたこともありません。

 私は、自分なりに日本の未来を考えているだけの話です。



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 ついに、消費税法案が閣議決定され、消費税増税に向けて歩み始めました。

 今後、どのような手順で進められるのか?

 もちろん、法律が成立するという前提ですが、その法案によれば、2年後の2014年4月に消費税が8%に引き上げられ、そして、その翌年の2015年10月に10%に引き上げられるのだとか。

 私、今回の騒動で思うことは、あの亀井氏が筋を通していることに少しばかり感心しているのです。誤解のないように言っておきますが、私の財政や経済に関する考え方は、亀井氏とは全く反対。しかし、それはそれとして、政治家が自分の信念を貫き通すのは、取り敢えず評価したいと思うのです。

 連立から離脱することによって、単なる一弱小政党に後戻りすることを恐れて、本意ではないものの消費税法案に賛成する政治家より、まだましかもしれません。

 それにしても、何故亀井氏は、これほどまでに消費税増税に反対するのか?

 それは、彼の政治家としての本能がそうさせるのだろうと思うのです。増税に賛成すれば、必ず選挙でしっぺ返しを食う、と。また、だからこそ、あの小泉総理も増税だけは回避してきた訳なのです。

 では、本当に国民は増税には耐えられないのか?

 私は、そんなことはないと思うのです。もちろん、増税に反対する人が大勢いるのもそのとおりでしょう。しかし、実際に増税が実現すれば、それほどのことはない、と。

 今の消費税の原案とも言える売上税に対し国民の大反対運動が起きたのは1986年のことなのですが、覚えておいででしょうか? スーパーなど小売業界を中心に、政府に対する大変な巻き返し運動が起こり、結局とん挫。但し、それから3年後の1989年4月には消費税が実施されることになったのです。そしてご承知のとおり、1997年4月には橋本内閣の下で、消費財が3%から5%に引き上げられた、と。

 確かに、今でも消費税の増税に反対する人は多い。

 しかし、だからと言って、この5%の消費税がとてつもなく重いと感じている人がどれほどいるのか?

 確かに、格差の広がりによって、貧しい生活を余儀なくされている層が存在しているのはそのとおりですが、その人々の生活が苦しい理由は、税の負担が重いからというよりも、そもそも収入が少ないからであるのです。

 では、この先、予定されているように消費税が8%になり、10%になったとき、我々国民の生活はどうなるのか?

 破綻してしまう、と思いますか?

 そんなことはないのです。何故ならば、あのヨーロッパ勢を見て下さい。我が国の5%の消費税率を遥かに超える高い付加価値税を課している国ばかりではないですか。

 2011年1月現在の数値ですが‥

 英国:20% フランス:19.6% ドイツ:19% スウェーデン:25% デンマーク:25% ノルウェー:25%

 そんなに高い税率でありながら、国民が大変苦しい生活を強いられているなんて話は全然聞かないのです。それどころか、スウェーデンなどは、市場経済原理を尊重した経済政策を実施したお蔭で、高い経済成長率を達成しているという事実もあるのです。

 それに、人間なんて、自分ひとりだけに重い税が課せられるのであれば、とても耐えられないと感じてしまうのでしょうが、国民の全てが同じような税を課せられれば、意外にすぐ慣れてしまうものなのです。

 もちろん、増税がとどまるところを知らず、また行政の無駄が温存されるというのであれば、話は違ったことになるのでしょうが‥諸外国と比べて、日本だけが突出して無駄が多いという事もないようですので、消費財が10%に上がっただけでは、我々の生活にそれほどのインパクトを与えるとはとても思えないのです。

 確かに、消費税が5%から10%に上がれば、仮に年間の手取りの収入が200万円の人は、その収入を全て消費に回した場合、税として払う分が10万円から20万円に増え、10万円の負担増になってしまうのはそのとおりですが、今の日本は、生産された食料の1/3は、残飯などの形で廃棄されている事実に鑑みるとき、その程度の負担を背負う余力は十分備わっていると思うのです。

 消費税が10%にもなるのか、と考えるのか? それとも、まだ10%で済むのか、と考えるのか?

 いずれにしても、消費税の話にばかり政治家の関心が集まるほど、我が国には問題が少ないというのでしょうか?

 もっともっと政治家が関心を寄せるべき問題がある筈だと思うのです。


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 4月に日本民間放送連盟会長に就任するTBSの井上会長が、NHKが検討しているインターネット同時配信事業について、次のように語ったと報じれらています。

 「地方民放局の経営圧迫につながるので控えて欲しい」

 どう思います?

 「どう思うって言われても‥」

 「NHKがネットで同時配信を行うと、どうして地方の民放局は経営が圧迫されるの?」

 私も、この人が何を言いたいのか正確には分からないのですが、何でも、東京発の情報が増えすぎると、地方の民放の番組が益々注目されなくなるからだ、と。

 「ちょっと待った! 民放がNHKのネット同時配信に異議を唱えるのは、地方の民放局がどうのこうのというよりも、テレビの視聴者が減ることを恐れているのでは?」

 「そうそう、視聴者のテレビ離れが加速しテレビを見る人が少なくなれば、当然ながらスポンサーから
得られる収入も減るということで‥」

  ところで、私たちの毎日の生活は、朝起きるとテレビのスイッチを付けることから始まる人も多いと思うのです。NHKを付ける人、民放を付ける人、いずれにしてもテレビには大変お世話になっているの
です。

 で、お世話になっているといっても、NHKの方には、それ相応の受信料というものを支払っているので、まあNHKにとっては、我々は大切なお客であるのも事実です。

 しかし、民放はどうでしょう? 毎朝早くから夜遅くまで、似たり寄ったりの番組が多いとはいうものの、無料で我々に面白い番組を提供してくれているのです。NHKはしっかり料金を取るのに、民放の方は無料!

 なんと太っ腹の民放様であることか!

 なんて、今貴方は思っていますか?

 だとしたら、貴方は大変な経済オンチ!

 本当に太っ腹なのは、実は我々、国民の方であるのです。

 「どうして国民の方が太っ腹なの?」

 実は、このような問題に対し、直ぐ的確な答えができるかどうかで、経済学的な思考ができるかどうかが分かるのです。

 確かに我々は、民放に対し視聴料を払うことはありません。その意味では、我々は無料で民放のテレビ番組を見ているのは事実。何とありがたいことかと、取り敢えず言っておきましょう。

 では、どうして民放は、無料で番組を見ることを許しているのか?

 これはそれほど難しい問題ではありません。民放は、我々視聴者から視聴料を徴収することはなくても、スポンサーなどからCM料などを得ているのです。それはそうです。どこからかお金を得ることなくしては、放送事業を営むことなど誰もできないのです。

 では、我々が無料で民放の番組を観ることができるのは、スポンサーのお蔭であるのか? だったら、もっとスポンサーに感謝すべきなのか?

 しかし、そうでもないのです。確かにスポンサーは、民放に番組制作費やCM代などを支払う訳で、その総額は数兆円にも上ると言われているのですが、スポンサーさんたちは何も慈悲心から出しているのではないのです。当然ですよね?

 つまり、視聴者が喜んで見てくれそうな番組を作ってもらい、そこで自社の製品の宣伝をする、と。そして、そうやって視聴者が購入する自社製品に番組制作費やCM代もしっかりと上乗せしているいるの
です。

 お分かりになりました?

 つまり、スポンサーが民放に支払う番組制作費やCM代は、実質的には我々消費者が負担しているのです。だから、それほど民放に対しても、スポンサーに対しても我々は頭を下げる必要はないという訳であるのです。

 「そのことは分かるけど、それと国民が太っ腹というのはどういう関係があるの?」

 皆さんは、民放がどのようにして番組を流しているかご存知でしょうか?

 「番組を制作して、それを電波に乗せて発信して‥」

 確かに、それはそうなのですが、その公共の電波を利用して、テレビの放送事業を営むためには国から免許を得る必要があるわけです。逆に言えば、免許のない者は誰も放送事業を営むことができないという訳で、この人々は言わば独占の利益を享受しているのです。

 つまり、一旦国から免許をもらって数少ない民間の放送局として事業を開始すると、スポンサーからの巨額の収入が得られる、と。そして、その収入は業界全体で数兆円の規模に達しているのです。

 「民放は、国にお金を支払うことはないの?」

 NHKも含め免許を受けた放送局は、電波使用料というものを支払ってはいるのですが、その規模は、彼らの収入の例えば1/1000程度で済んでおり、申し訳程度のものに過ぎないのです。

 いいですか? 我々国民は、本来であれば、国を通して各民放から、もっともっと多額の電波使用料を徴収することができるのです。何故ならば少々電波使用料が値上げされたところで、彼らは幾らでもCM料を稼ぐことができる訳ですから。ですから私などは、放送事業者の権利については、入札方式で割り当てることが極めて公平でもあり、また、財政への貢献からの適切と考える訳なのですが‥

 どういう訳か、我々はみすみす数兆円のビジネスチャンスを無料で民放に認めているという訳であるのです。これが、我々が大変に太っ腹だという理由であるのです。

 民放は、何かあれば、公務員たたきをしがちですが、彼らに官僚を批判する資格があるとはとても思えません。

 先ずは、免許を返上したうえで、そして、適切な対価を国に払った上で放送事業に取り組まれたら如何でしょうか?

 NHKのネットの同時配信を批判するなんて、よくボケもいいとこです。


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 オバマ大統領が言います。

 This is my last election. After my election I have more flexibility.

 「今回が最後の選挙だ。選挙が済めば、もっと柔軟に行動できる」

 そして、それに対しメドベージェフ大統領は、次のように答えたのです。

 I understand. I will transmit this information to Vladimir.

 「分かった。ウラジミール(プーチン)にこの情報を伝えよう」

 こんな会話が核サミットの際、この二人の間で行われ、アメリカで大変に物議を醸しだしているのだ、とか。

 では、一体何故物議を呼んでいるのか? それに、アメリカの大統領とあろう人が、こんなに容易くロシアに譲歩するような態度を取るのか?

 実は、この会話は、いわばオフレコで行われたものなのです。或いは密室で行われたと言ってもいい。

 では、密室で行われたはずの会話が何故筒抜けになってしまったのか?

 そ、れ、は‥オバマ大統領が、マイクのスイッチが切れているものとばかり思って本音を喋ったら、それをマイクが拾ったのだ、と。

 つまり、この話の内容はオバマ大統領の本音であるのです。しかし、本音であれば、なおさらオバマ大統領がロシアに対し弱腰になっていることが分かり、益々国民から批判されることになる、と。

 私、思うのですが、オバマ大統領が日本の首相であり、日本の首相が大国のリーダーに対して、そんなことを言ったというのであれば‥そんなことは過去日本でしばしば起きたことでもあり、日本人ならそれほど驚くことはないと思うのです。

 しかし、世界ナンバーワンを自負する国の大統領が、国民の知らないところでロシアの大統領にそんなことを言っているとアメリカの国民が知ったら、さぞかし失望すると思うのです。

 それに、だいたいマイクのスイッチが入っていることに気が付かないなんて、緊張感が足りないとしか思えません。もはや賞味期限が切れかかっていると考えた方がいいということでしょうか?

 一方、ロシアのメドベージェフ氏の大統領としての資格はどうなのか?

 まあ、彼についてはとやかくは言われていなのですが‥でも、彼の言ったことと言えば、「この情報をウラジミールに伝えよう」だなんて。要するに、本当のリーダーは自分ではないということをはっきりと認めているのです。

 ところで、密談と言えば、我が国の場合にも、総理と野党の党首との間での秘密の会合が注目されていて、両人とも、そんなことは決してないと言い張っているのです。そして、マスコミはそのことについて何とか両人から言質を取ろうとしているようですが、国民は至って冷静。

 つまり、国民は総理に対しても野党の党首に対しても、それほど失望を感じているとは思えないのです。

 どうしてなのか?

 それは、始めから期待していないものだから、与党と野党の党首同士が二人きりで話しをし合おうと、どうぞ御勝手に、と。否、もっともっと本音で話し合ってもらって結構ですよと、国民の多くは思っているということでしょう。


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The Challenge of Long-term Unemployment

Discussions of the labor market at this juncture necessarily have a "glass half-empty or half-full" tone.  Recent improvements are encouraging, but, as I have noted, in an absolute sense, the job market is still far from normal by many measures, and millions of families continue to suffer the day-to-day hardships associated with not being able to find suitable employment.

 「この関係における労働市場の議論は、水が半分しか入っていないグラスとみるか、水が半分も入っているグラスとみるかの議論になってしまう。最近の改善はまさに勇気づけられるものであるが、しかし、既に述べたように絶対的な意味合いでは、労働市場はなお正常な水準からほど遠いのである。そして、何百万もの家計が、適当な働き口を探すことができずに毎日困っているのである」

Although most spells of unemployment are disruptive or costly, the persistently high rate of long-term unemployment we have seen over the past three years or so is especially concerning.  

「失業の期間の殆どは、混乱が起きお金がかかるものであるが、我々が過去3年間ほどみてきた長期間の失業率が一貫して高いことは大変懸念されることである」

In this episode, both the median and average durations of unemployment have reached levels far outside the range of experience since World War II (figure 11).  And the share of unemployment that represents spells lasting more than six months has been higher than 40 percent since December 2009 (figure 12).  By way of comparison, the share of unemployment that was long term in nature never exceeded 25 percent or so in the severe 1981-82 recession.  

「この点について、失業の期間の中間値および平均値は、第二次大戦後の我々の経験値を大きく外れている。そして、6カ月間を超える失業者の割合は、2009年12月以降40%を上回っている。因みに、1981年−82年の深刻な不況期においても、長期の失業者の割合は25%を超えていない」

 Those who have experienced unemployment know the burdens that it creates, and a growing academic literature documents some dimensions of those burdens.  For example, research has shown that workers who lose previously stable jobs experience sharp declines in earnings that may last for many years, even after they find new work.2

「失業を経験した者は、失業が生み出す負担を知っているし、そうした負担に関する学術的な論文について知っている。例えば、以前の安定した仕事を失った労働者は、何年にも渡って収入が激減するということを研究の成果が示している。彼らが新らしい仕事を探した後においてもである」

Surveys indicate that more than one-half of the households experiencing long unemployment spells since the onset of the recent recession withdrew money from savings and retirement accounts to cover expenses, one-half borrowed money from family and friends, and one-third struggled to meet housing expenses.3  Unemployment also takes a toll on people's health and may have long-term consequences for the families of the unemployed as well.  

「今回の不況の始まり以降、長期の失業を経験した家計の半数以上が、支出に充てるために貯蓄や退職金勘定を取り崩していることが調査の結果分かっている。また、半数が家族や友人からお金を借りており、1/3が家計のやりくりに苦しんでいる。失業はまた、健康にも影響を及ぼし、さらに失業者の家族にも長期的な影響を与える可能性がある」

For example, studies suggest that unemployed people suffer from a higher incidence of stress-related health problems such as depression, stroke, and heart disease, and they may have a lower life expectancy.4   

「例えば、失業した人々は、ストレスに関係した健康問題、例えば、鬱や発作、心臓病などにかかる率が高くなること、そして、平均寿命が短くなることが研究から分かっている」

The children of the unemployed achieve less in school and appear to have reduced long-term earnings prospects.5

「失業者の子供たちは、就学年数が短くなり、そして、長期の収入見通しが少くなるように思われる」

In addition, unemployment--especially long-term unemployment--imposes important economic costs on everyone, not just the unemployed themselves.  Elevated unemployment strains public finances because of both lost tax revenue and the payment of increased unemployment benefits and other income support to affected families.  

「加えて、失業、特に長期の失業は、失業者自身だけでなく、全ての者に経済的なコストをかけるのである。失業率が高まることにより、税収が減り、そして失業手当や失業者の家族を支援するための支出が増加する
ので、政府の支出を増大させてしまう」

People unemployed for a long time have historically found jobs less easily than those experiencing shorter spells of unemployment, perhaps because their skills erode, they lose relationships within the workforce, or they acquire a stigma that deters firms from hiring them.  

「長期間失業している人は、短期間失業している人に比べ、職を探すのが難しいことが経験から分かっている。これは、彼らの技能が失われることや、仕事の世界と縁遠くなるため、或いは、企業側にそうした人々を雇いたがらなくなる傾向があるためである」

Loss of skills and lower rates of employment reduce the economy's overall productive capacity over the longer term.  In the shorter term, because the process of matching the long-term unemployed to jobs typically takes more time, the currently high level of long-term unemployment might in itself be a reason that further progress in reducing the unemployment rate, and thus in achieving a more complete recovery, could be slow.6

「技能の喪失、及び雇用率が低くなることは、経済全体の生産能力を長期に渡り引き下げることになる。短期では、長期間の失業者を仕事に適合させるにはより長い時間がかかるために、現在長期間の失業率が高いこと自体が、失業率を引き下げ、そして完全な回復を達成することを遅らせる原因になる」

A pessimistic view is that a large share of the unemployment we are seeing, particularly the longer-term unemployment, is structural in nature, reflecting factors such as inadequate skills or mismatches between the types of skills that workers have and the skills that employers demand.  

「一つの悲観的見方は、我々が今直面している失業率の大部分、つまり長期の失業は、構造的な性格を有するというものである。つまり、労働者が有する技能と雇用主が求める技能との間のミスマッチを反映しているというものだ」

If this view is correct, then high levels of long-term unemployment could persist for quite a while, even after the economy has more fully recovered.  

「もし、この見解が正しいのであれば、長期間の失業者が高水準にあることは、経済が十分に回復した後になっても相当の期間続くことが起こり得る」

And it appears true that over the past two decades or so, structural factors have been responsible for some increase in long-term unemployment.  For example, because an older worker who loses a job typically takes longer to find a new job than does a younger worker in the same situation, the aging of the baby boom generation has probably contributed to a gradual rise in long-term
unemployment.

「この構造要因は、過去20年間ほど、長期の失業者が増加したことの理由になっている。例えば、より年上の労働者の場合には、同じような状況にある若手の労働者よりも仕事が見つけにくいために、ベビーブーマー世代の高齢化が多分、長期の失業者を徐々に増加させているのであろう」

Factors such as globalization, technological change, and the loss of lower-skill manufacturing jobs have likely reduced the employability and earnings potential of some groups of workers.  

「グローバリゼーション、技術革新、そして単純労働の喪失などの要因が、ある種のグループの労働者たちの雇用能力や所得獲得能力を減少させたのであろう」

To the extent that higher rates of unemployment, especially long-term unemployment, result from structural factors, the scope for countercyclical policies to reduce unemployment would be impaired, and the benefits of a more complete economic recovery for many workers who are unemployed or discouraged would be more limited.

「高い失業率、特に長期の失業率が構造的要因によるものである限り、失業率を低下させるための循環的な政策は力をそがれるであろう。そして、失業者や働く意欲を喪失した者たちにとっては、完全に景気が回復したとしても、その恩恵は限られたものになろう」

However, although structural shifts are no doubt important in the longer term, my reading of the research is that, at most, a modest portion of the recent sharp increase in long-term unemployment is due to persistent structural factors.7  

「しかし、構造的な変化は確かに長期的には重要ではあるが、私が調査結果を解釈する限りでは、最近の長期の失業者の急増のうちのほんの一部しか、こうした構造要因によるものではないのである」

Consider, for example, rates of job finding by those unemployed for varying amounts of time (figure 13).  Unsurprisingly, the rate at which the long-term unemployed find work is lower than that of those who have been unemployed for only a short time; on average over the period from 1994 to 2007, a bit more than one-third of those already unemployed for one to four weeks found employment within the next month.  

「例えば、期間が異なる失業者の再就職率を見てみよう。当然のことながら、長期間失業している者の再就職の率は、短期間失業している者よりも低い。1994年から2007年における平均は、1週間から4週間の間失業していた者の1/3以上が翌月には職を発見しているのである」

In contrast, over that same period, only about one-sixth of those already unemployed for more than 27 weeks managed to find a job within a month.

「対照的に、同期間において、27週間以上失業していた者のうち約1/6しか1か月以内に仕事を見つけることができなかったのである」

If the recent increase in long-term unemployment were being driven by structural factors rather than, say, the severity of the recession, then the job-finding rates of the long-term unemployed should have fallen sharply relative to those out of work for only a few weeks.  But that's not what we're seeing. Rather, as figure 13 shows, the job finding rates of the more recently unemployed and the long-term unemployed all fell over the recession in roughly the same proportion, and they remain
low.8

「もし、最近の長期間の失業者の増加が、厳しい不況のせいであるというよりも、構造的な要因によるものだというのであれば、長期失業者の再就職率は、ほんの数週間失業している者に比べ相当に低い率になるであろう。しかし、現実はそうではないのだ。むしろ、図13が示すように、より最近失業した者と長い期間失業している者の全てが、同じような割合で再就職の率が落ちているのだ。そして、今でも再就職の率は低いままである」  

This pattern is consistent with cyclical factors accounting for the bulk of the recent increase in long-term unemployment.  Similarly, the fact that labor demand appears weak in most industries and locations is suggestive of a general shortfall of aggregate demand rather a worsening mismatch of skills and jobs.  

「このパターンは、最近の長期失業者の急増を説明する循環的要因と整合するものである。同様に、殆どの産業と殆どの地域において労働需要が弱いという事実が、技能と職のミスマッチが悪化しているというよりも、総需要の不足という事実を示唆しているように見える」

Counterexamples like the energy boom in the upper Midwest, where there may be some mismatch in the geographic location of suitably skilled workers or an overall shortage of potential workers with relevant skills, might best be interpreted as the exceptions that prove the rule; a mismatch story would suggest that strong labor demand would be appearing in more sectors or geographical areas by now.

「ミッドウエスト、そこでは求められる技能を有した労働者が不足するというミスマッチが起きている可能性があるが、そのミッドウエストのエネルギーブームの例が、例外を証明するものとして解釈できるかもしれない。ミスマッチ仮説が正しいとすれば、強い労働需要が、今やより多くの部門や地域で起きているであろう」

An empirical relationship that economists have long used to interpret developments in the labor market is known as the Beveridge curve (figure 14).  That curve--named after the British economist William Beveridge--compares unemployment (the number of workers looking for employers) to job vacancies (the number of workers that employers are seeking).

「労働市場の動向を解釈するためにエコノミストたちによって長い間使われている先験的な関係が、ベバレッジカーブと呼ばれるものである。この曲線は、英国のエコノミストのウィリアム・ベバレッジから名づけられ、失業(職を求める者の数)と求人数(雇用主が求めている労働者の数)を比較するものである」

In good times, when the unemployment rate is low, businesses are growing and workers are harder to find, so job vacancies tend to be high.  Similarly, in bad times, unemployment is high and few jobs are available (vacancies are low).  Thus, the Beveridge curve, the relationship between unemployment and vacancies, is downward sloping.

「好況期には失業率は低く、企業は成長し労働者を見つけるのが難しくなるので、求人数は多くなる。こうして、失業者の数と求人数の関係を示すベバレッジカーブは、下降線を辿る。

On the usual interpretation, a recession is a period in which the economy is moving down along the Beveridge curve; as output and the demand for labor fall, job vacancies decline and unemployment rises.

「通常の解釈によれば、不況期とは、経済がベバレッジカーブに沿って下降するときである。産出量と労働需要が減少するので、求人数は減少し、失業率が上昇する」

In contrast, changes in the structural determinants of unemployment are thought to be reflected in shifts of the Beveridge curve to the left or right.  

「対照的に、失業の構造的要因に変化がある場合には、ベバレッジカーブが左右にシフトするとされる」

For example, suppose that, because of changes in technology or in the mix of industries and jobs, the mismatch between the skills of the unemployed and the needs of employers worsens.  

「例えば、技術革新や産業や職の混同のために、失業者の技能と雇用主が求める技能のミスマッチが悪化すると仮定しよう」

Then, for a given number of job openings, the number of the unemployed who are qualified for those jobs is smaller and the unemployment rate is higher than it would have been before the mismatch problem worsened.  Graphically, an increase in a skills mismatch would be reflected in a shift of the Beveridge curve up and to the right.

「そのときには、一定数の職に対し、そうした職につく資格のある失業者の数は以前より少なくなり、また、失業率は高くなる。グラフで示せば、技能ミスマッチの上昇は、ベバレッジカーブが右上にシフトすることになろう」

From figure 14, we can see some outward shift in the relationship between job vacancies and unemployment, consistent with some increase in structural unemployment since the onset of the recession.  

「図14から、我々は、求人数と失業者数の関係が幾分外側にずれているのを見ることができる。これは、不況の始めから、構造的な失業者が幾分増加していることと一致する」


However, a more in-depth analysis of the evidence suggests that the apparent shift in the relationship between vacancies and unemployment is neither unusual for a recession nor likely to be persistent.  

「しかし、さらに突っ込んで分析をするならば、求人数と失業者数の関係の明らかなシフトは、不況期にとっておかしなことでもなければ、いつまでも継続するものでもなさそうであることが分かる」

Research has found that during and immediately after the serious recessions of 1973 to 1975 and 1981 to 1982, the Beveridge curve also shifted outward, but in both cases it shifted back inward during the recovery.  

「調査の結果、1973年と1975年の間、及び1981年と1982年の間の深刻な不況期およびその直後において、ベバレッジカーブも外側にシフトしているが、両方のケースとも、その後の回復期にまた元にシフトしている」

This temporary outward shift during a deep recession may be the result of a particularly sharp increase in layoffs, which raises unemployment quickly, even as vacancies adjust more slowly.  

「この景気後退期における一時的な外側へのシフトは、特に、レイオフの急増によるものの結果であるかもしれない。レイオフが失業率を急激に押し上げてしまうのである。そして、求人の方は徐々にしか調整されないのである」

Another possible explanation for a temporary shift in the Beveridge curve is extended and emergency unemployment insurance, which induces unemployed workers who might otherwise consider leaving the labor force to continue searching for work.

「ベバレッジカーブの一時的なシフトに対するもう一つの説明は、長期化した失業保険や緊急的な失業保険のせいであるとされる。そうした失業保険のために、そうでなければ労働者としての立場を離れるであろう失業者たちに対し、引き続き職を探すように促すからである」

Or employers may be more selective in hiring when their need for workers is not pressing and take more time to fill vacancies in an effort to find especially qualified hires.  In any case, the data appear consistent with the shift in the vacancy-unemployment relationship in recent years having been relatively modest and likely to reverse, at least in part, as the economy recovers further.

「或いは、雇用主は、労働者に対する需要がそれほど差し迫っていないときには採用に慎重になり、また、特別な技能を有する者を採用する場合にはより時間をかけるようになるからかもしれない。いずれにしても、データが示すところと、求人数と失業者の関係がここ数年緩やかにシフトしているか、景気がさらに回復すれば反転しそうであることは整合性が取れているように見える」

When historical experience is taken into account, these patterns do not support the view that structural factors are a major cause of the increase in unemployment during the most recent recession.9

「過去の経験を考慮に入れれば、こうしたパターンは、構造的な要因が最近の高い失業率の主な原因であることを示すものではない」

Conclusion

To sum up:  A wide range of indicators suggests that the job market has been improving, which is a welcome development indeed.  


「要約すれば、幅広い経済指標は、雇用市場が改善していることを示しており、それは実際歓迎すべき動き
である」

Still, conditions remain far from normal, as shown, for example, by the high level of long-term unemployment and the fact that jobs and hours worked remain well below pre-crisis peaks, even without adjusting for growth in the labor force.  

「それでもなお、状況は正常な水準からほど遠いところにある。例えば、長期間の失業者の水準は高く、また、雇用者数や労働時間は労働力人口の増加を調整しなくても、危機以前のピーク時を大きく下回ったままである」

Moreover, we cannot yet be sure that the recent pace of improvement in the labor market will be sustained.  

「さらに、我々はは、最近の労働市場の改善のペースが維持できるかどうか確信がない」

Notably, an examination of recent deviations from Okun's law suggests that the recent decline in the unemployment rate may reflect, at least in part, a reversal of the unusually large layoffs that occurred during late 2008 and over 2009.  

「特に、オークンの法則からの最近の乖離現象を調べた結果は、最近の失業率の低下は、少なくても一部は、2008年後半から2009年にかけて起きた大量のレイオフの反動である可能性がある」

To the extent that this reversal has been completed, further significant improvements in the unemployment rate will likely require a more-rapid expansion of production and demand from consumers and businesses, a process that can be supported by continued accommodative
policies.

「この反動が完了する限り、更なる失業率の改善のためには、生産と需要の増大の急速な拡大が必要になりそうに思われる。これは、引き続き金融緩和政策を続けることによって可能となる」

I also discussed long-term unemployment today, arguing that cyclical rather than structural factors are likely the primary source of its substantial increase during the recession.  

「私は、本日長期間の失業の問題についても論じた。構造的な要因よりも景気循環型の要因が、主な原因であるように思われる」

If this assessment is correct, then accommodative policies to support the economic recovery will help address this problem as well.  We must watch long-term unemployment especially carefully,however.

「もし、この評価が正しければ、景気回復を支援する緩和策が、この問題に対しても有効であることになろう。我々はしかし、注意深くこの長期の失業の問題を注視しなければならない」

Even if the primary cause of high long-term unemployment is insufficient aggregate demand, if progress in reducing unemployment is too slow, the long-term unemployed will see their skills and labor for ce attachment atrophy further, possibly converting a cyclical problem into a structural
one.

「もし、長期間の失業の問題の主な原因が、総需要が十分でないことにあれば、そして失業率を低下させる
スピードが余りにも遅いのであれば、長期間の失業者は技能の衰退などに直面し、循環側の問題を構造的な問題に転換してしまう可能性がある」

If this hypothesis is wrong and structural factors are in fact explaining much of the increase in long-term unemployment, then the scope for countercyclical policies to address this problem will be more limited.  

「もし、この仮説が間違いであり、構造要因が長期間の失業者の増加を説明するのであれば、その時には、景気循環型の政策の有効性には限度があることになろう」

Even if that proves to be the case, however, we should not conclude that nothing can be done.  

「しかし、仮にそうであるにしても、我々は何も手立てがないと結論付けてはいけない」

If structural factors are the predominant explanation for the increase in long-term unemployment, it will become even more important to take the steps needed to ensure that workers are able to obtain the skills needed to meet the demands of our rapidly changing economy.

「もし、構造要因が長期間の失業者が増加した主な理由であれば、我々の変化する経済の需要にマッチした技能を労働者たちが身に着けることを確かなものにするよう、必要な措置を取ることが益々重要になる」

 

 最後に私の感想ですが、長期間の失業の問題の原因を何に求めようとも、恐らく失業率が高くてその反面インフレ率が低い間は、ゼロ金利の解除はないでしょうし、また、幾ら失業率が高いままでもインフレの恐れが出てくれば、ゼロ金利政策が長く続くことはないでしょう。




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バーナンキ議長が講演を行い、ゼロ金利政策の継続を示唆したことが株高を演出したなんて報道されていたので、早速、その講演の内容を見てみることにしました。


 英語が嫌いな方は、日本語だけ読んでもらえば結構です。時間のない方は、最後の結論だけでもいいでしょう。しかし、英語が好きで時間にも余裕があるならば、英語の含めて読んで頂ければ、大いに理解が深まると思います。

My remarks today will focus on recent and prospective developments in the labor market.  

「私の本日の話は、雇用市場の最近の動向と今後の見通しに焦点を絞る」

We have seen some positive signs on the jobs front recently, including a pickup in monthly payroll gains and a notable decline in the unemployment rate.  That is good news.  

「最近、雇用の最前線において明るい兆候が現れている。毎月の雇用者数の増加と失業率の低下が起きている。これはいいニュースだ」

At the same time, some key questions are unresolved.  For example, the better jobs numbers seem somewhat out of sync with the overall pace of economic expansion.  What explains this apparent discrepancy and what implications does it have for the future course of the labor market and the economy?

「同時に、重要な問題が未解決のままである。例えば、雇用の回復状況が経済拡大のペースと歩調が取れていない。どうしてこのような不一致が生じていあるのか、そして、これが雇用市場と経済の今後の動向にどのような意味を持つのか?」

Importantly, despite the recent improvement, the job market remains far from normal; for example, the number of people working and total hours worked are still significantly below pre-crisis peaks, while the unemployment rate remains well above what most economists judge to be its long-run sustainable level.

「最近の改善傾向にも拘わらず、雇用市場は依然として正常な状態にはないことが重要だ。例えば、働いている人の数や、労働時間はなお危機以前のピーク時を相当に下回っている。他方、失業率は、殆どのエコノミストが長期的に見て持続可能なレベルと判断できる水準を相当に上回ったままでいる」

Of particular concern is the large number of people who have been unemployed for more than six months.  Long-term unemployment is particularly costly to those directly affected, of course.  

「特に懸念されるのは、6か月を超えて失業している人の数である。長期間の失業は、当事者にとって大変コストが高くつく」

But in addition, because of its negative effects on workers' skills and attachment to the labor force, long-term unemployment may ultimately reduce the productive capacity of our economy.  

「しかし、労働者の技能や労働力人口に対するマイナスの影響のせいで、長期の失業は、我々の経済の生産能力を究極的に減じてしまう効果があるであろう」

The debate about how best to address long-term unemployment raises another important question:  Is the current high level of long-term unemployment primarily the result of cyclical factors, such as insufficient aggregate demand, or of structural changes, such as a worsening mismatch between workers' skills and employers' requirements?  

「如何にしてこの長期の失業問題に取り組むべきかという議論が別の問題を提起する。最近の高水準の長期の失業者は、総需要が不足しているというような循環的な要因の結果であるのか、或いはそうではなく、労働者の技能と企業側が求める資格のミスマッチという構造的な要因の結果であると考えるべきなのか」

If cyclical factors predominate, then policies that support a broader economic recovery should be effective in addressing long-term unemployment as well;

「もし、循環的な要因のせいであるとすれば、景気回復を助ける政策が、長期の失業者問題是正にとっても同様に効果を有するであろう」

if the causes are structural, then other policy tools will be needed.

「もし、原因が構造的なものであれば、違った政策手段が必要とされるであろう」
 
I will argue today that, while both cyclical and structural forces have doubtless contributed to the increase in long-term unemployment, the continued weakness in aggregate demand is likely the predominant factor.  Consequently, the Federal Reserve's accommodative monetary policies, by providing support for demand and for the recovery, should help, over time, to reduce long-term unemployment as well.

「循環的要因と構造的要因の両方が、長期失業者の増加に疑いなく影響を与えている一方、総需要が引き続き弱含んでいることが最大の要因であることを、私は本日論じようと思う。この結果、連銀の金融緩和策は、需要と経済回復を支援することによって、時間をかけて長期失業の減少にも貢献することになろう」

Recent Labor Market Developments

As background for my discussion, let me provide a brief review of recent job market indicators.  

「私の議論の布石として、最近の雇用市場について簡単に見てみることにしたい」

As this audience is well aware, job creation has picked up recently.  Private payroll employment (figure 1) increased by nearly 250,000 jobs per month, on average, in the three months ending in February, and by about 190,000 jobs per month, on average, over the past 12 months.  

「聴衆の皆さんはよくご承知のとおり、雇用は最近回復してきている。民間部門の雇用者数は、この2月までの3か月間において毎月平均して25万人近く増加している。過去12カ月間の平均では、毎月19万人のペースで増加している」

At the same time, layoffs in the public sector appear to be moderating.  Together with a lengthening of the average workweek, these employment gains have contributed to a significant increase in aggregate hours worked (figure 2).

「同時に、公的部門のレイオフのペースは弱まっている。平均的勤労時間の長期化と、こうした雇用の回復が相まって、総労働時間の相当の増加に貢献している」

The increase in hours worked is encouraging, because the decline in hours during the recent recession was extraordinary.  From the peak of this series in December 2007 to its trough in February 2010, aggregate hours on the job by production workers fell by a remarkable 9-1/2 percent; by comparison, production-worker hours declined by "only" 5-3/4  percent during the severe 1981-82 recession.  Currently, hours worked are still about 4 percent below the pre-recession peak--a clear improvement from where we were two years ago, but still far from where we would like to be.

「労働時間の増加は、最近の不況時の労働時間の減少が著しかっただけに力づけられるものとなっている。2007年12月のピーク時から2010年2月のボトム時にかけての総労働時間は9.5%も低下している。因みに1981年から82年の不況時のおいては、僅か5.75%低下しただけである。現時点では、労働時間はピーク時に比べてなお4%下回る水準となっている。2年前と比べれば改善してるものの、なお目標値からは下回る」

The government estimates payroll employment--the number of jobs--from a survey of businesses--the establishment survey.  A monthly survey of about 60,000 households, which provides the data needed to construct the national unemployment rate, offers an alternative estimate of the number of jobs.  Employment as estimated from the household survey, adjusted to correspond as closely as possible to the concept of employment measured in the establishment survey (figure 3), also shows an improvement in the labor market--indeed, by somewhat more than in the establishment survey.  

「政府は、企業統計の結果から雇用者数を推計する。失業率を算出するために必要なデータを提供する、60万世帯を対象とした毎月の家計調査の結果からも雇用者数が算出される。家計調査の結果から見積もられる雇用は、企業統計の雇用の概念と可能な限り調整が図られるが、これも改善を示している。結果は、企業統計の数値よりも幾分よくなっている」

I should note, however, that month-to-month changes in this measure are much more volatile than the employment measure from the establishment survey, which is why the Federal Reserve puts more weight on the establishment survey for the purposes of short-term forecasting.

「しかし、この家計調査の結果は、毎月の変動が企業統計の結果よりも激しいものとなっている。このため連銀としては、短期の予測用としては、企業統計の結果により信頼を置くこととしている」

The positive signs from the labor market have shown through to measures of labor utilization:  After hovering around 9 percent for much of last year, the unemployment rate (figure 4) has moved down since September to 8.3 percent in February, and the share of employment represented by people working part time for economic reasons, an indicator of underutilization, has declined modestly.

「労働市場の改善の兆しが見られている。昨年は概ね9%程度の水準にあった失業率は、昨年の9月以降低下を示し、この2月には8.3%まで低下してきている。そして、パートで働く労働者の割合も減少してきている」

Surveys of households and firms about their attitudes and expectations offer yet another window on job market developments.  Since the summer, household expectations for labor market conditions over the next year have gotten brighter (figure 5), unwinding a deterioration registered earlier last year.  Business hiring plans have also shown modest gains (figure 6).  Other indicators, such as new claims for unemployment insurance and measures of the breadth of hiring across industries, also point to better labor market conditions.

「労働者の行動や予想に関する調査も、雇用の改善を示すものとなっている。昨年の夏以来、家計の雇用回復に関する見方は明るいものとなっており、昨年の始めに見られた悪化傾向が逆転してきている。企業側の雇用計画も若干改善を示している。雇用保険の新規請求件数や雇用の広がりなども、労働市場が改善していることを示している」

Notwithstanding these welcome recent signs, the job market remains quite weak relative to historical norms, as I've already noted.  After nearly two years of job gains, private payroll employment remains more than 5 million jobs below its previous peak; the jobs shortfall is even larger, of course, when increases in the size of the labor force are taken into account.  And the unemployment rate in February was still roughly 3 percentage points above its average over the 20 years preceding the recession.  Moreover, a significant portion of the improvement in the labor market has reflected a decline in layoffs rather than an increase in hiring.

「こうした最近の兆候は歓迎すべきであるのだが、既に私が述べたとおり、過去のパターンからみれば、まだ相当弱含んでいることも事実である。雇用の回復が始まってから2年余りが経つが、民間部門の雇用者数は、ピーク時よりも5百万人以上も下回っている。労働力人口が増加していることを考えれば、雇用不足はさらに大きくなっているのである。2月の失業率は、過去20年間の不況時と比べ平均して3%ほど上回っている。さらにこうして改善してきているのは、雇用の増加というよりもレイオフが減少していることを反映していることに注意すべきだ」

This last observation is illustrated by the data on gross job flows (figure 7).  The monthly increase in payroll employment, which commands so much public attention, is a net change.  It equals the number of hires during the month less the number of separations (including layoffs, quits, and other separations).

「今言ったことは、グロスベースの動きである。毎月の雇用者数の増加、これが一番注目されるところであるがこれはネットベースの変化を表したものである。つまり、雇用者数の増加からレイオフや自主退職などの理由で職を離れた数を差し引いた数値である」

In any given month, a large number of workers are being hired or are leaving their current jobs, illustrating the dynamism of the U.S. labor market.  For example, between 2001 and 2007, private employers hired nearly 5 million people, on average, each month.  Total separations, on average, were only slightly smaller.  Taking the difference between gross hires and separations, the net monthly change in payrolls during this period was, on average, less than 100,000 jobs per month--a small figure compared to the gross flows.

「常に多くの労働者が雇用され、また職場を離れる。例えば、2001年と2007年の間に、民間企業は毎月平均して5百万人を雇っている。その一方、職場を離れる者の数は平均してそれを少し下回っている。グロスの新規雇用と職場を離れた者の差がネットの雇用者数となり、毎月平均して10万人未満となっている」

The recent history of these flows suggests that further improvement in the labor market will likely need to come from a shift to a more robust pace of hiring.  As figure 7 shows, the declines in aggregate payrolls during the recession stemmed from both a reduction in hiring and a large increase in layoffs.  In contrast, the increase in employment since the end of 2009 has been due to a significant decline in layoffs but only a moderate improvement in hiring.  

「こうした過去の数値から分かることは、労働市場がさらに改善するためには、新規の力強い雇用がさらに必要になるであろうということだ。今回の不況によって総雇用者数が減少した理由は、新規の雇用が減ったこととレイオフが大量に行われたためである。対照的に、2009年末以降の雇用の回復は、主にレイオフの減少によるものであって、新規の雇用の改善はまだ力強さがないのである」

To achieve a more rapid recovery in the job market, hiring rates will need to return to more normal levels.

「雇用市場がもっと急速に回復するためには、新規の採用率が通常のパターンに戻ることが必要となろう」

The Change in Unemployment and Economic Growth:  A Puzzle?

What will lead to more hiring and, consequently, further declines in unemployment?  The short answer is more-rapid economic growth.  Indeed, the improvement in the labor market over the past year--especially the decline in the unemployment rate--has been faster than might have been expected, given that the economy during that time appears to have grown at a relatively modest pace.  

「どうなればもっと新規の雇用が起こり、その結果失業率を引き下げることとなるのか? 一言で言えば、もっと成長率が高まることである。事実、昨年の労働市場の改善は‥特に失業率の低下は‥その期間における経済の成長のスピードが比較的おだやかなものであったことを考えると、予想以上に早いペースであったかも
しれない」

About 50 years ago, the economist and presidential adviser Arthur Okun identified a rule of thumb that has come to be known as Okun's law.  

「おおよそ50年前、エコノミストで大統領の顧問であったアラーサー・オークンは、オークンの法則という名で知られる経験則を発見した」

That rule of thumb describes the observed relationship between changes in the unemployment rate and the growth rate of real gross domestic product (GDP).  

「その法則は、失業率と実質GDPの成長率の関係によって観察される」

Okun noted that, because of ongoing increases in the size of the labor force and in the level of productivity, real GDP growth close to the rate of growth of its potential is normally required just to hold the unemployment rate steady.  

「労働力人口の大きさと生産水準は絶えず増加するので、潜在成長力に近い実質GDPの成長率が、通常失業率を一定の水準にするためには必要とされることに、オークンは気が付いた」

To reduce the unemployment rate, therefore, the economy must grow at a pace above its potential.  

「従って、失業率を低下させるためには、経済が潜在成長力を上回るスピードで成長しなければならない」

More specifically, according to currently accepted versions of Okun's law, to achieve a 1 percentage point decline in the unemployment rate in the course of a year, real GDP must grow approximately 2 percentage points faster than the rate of growth of potential GDP over that period.

「オークンの法則の最新版に従えば、1年間で失業率を1%ポイント引き下げるためには、実質GDPを潜在GDPよりも概ね2%以上上回って増やすことが必要であるとされる」

So, for illustration, if the potential rate of GDP growth is 2 percent, Okun's law says that GDP must grow at about a 4 percent rate for one year to achieve a 1 percentage point reduction in the rate of unemployment.

「この結果、もし潜在成長率が2%であるのならば、オークンの法則は、失業率の1%の低下を実現するためにはGDPが年率約4%で拡大しなければならないと述べているということになる」

In light of this historical regularity, the combination of relatively modest GDP growth with the more substantial improvement in the labor market over the past year is something of a puzzle.  

「この歴史的な規則性に鑑みるとき、昨年の比較的控えめなGDPの成長率と、雇用市場の相当の改善の関係は1つの謎と言える」

Resolving this puzzle could give us important insight into how the economy is likely to evolve.  

「この謎を解明すれば、経済がどのように進展していくかが分かるであろう」

To illustrate the tension, consider the relationship between the recent changes in the unemployment
rate and in real GDP relative to the predictions of Okun's law (figure 8).  As illustrated by the position of the square labeled "2011" relative to the Okun's law relationship, represented by the line, the decline in the unemployment rate over the course of 2011 was greater than would seem consistent with GDP growth over that period.  Indeed, with last year's real GDP growth below 2 percent, less than what most economists would estimate to be the U.S. economy's potential rate of growth, one might have expected little change in the unemployment rate last year or even a slight increase.  

「最近の失業率と実質GDPの変化を、オークンの法則が予想するものと比べてみよう。2011年における失業率の低下は、その間のGDPの成長率と比べると、本来あるべき姿よりも大きなものになっている。昨年の実質GDPの成長率は2%を下回っており、また、それは殆どのエコノミストたちが潜在成長率と考えるものを下回るものであり、このため、昨年の失業率は殆ど変化しないか、むしろ若干悪化するのではないかと予想していたかもしれない」

What is this confluence of the significant decline in the unemployment rate and the modest recent increase in real GDP telling us about the state of the economy, and how will the Okun's law puzzle
be resolved?

「この失業率の相当の低下と、実質GDPが控えめにしか成長しなかった事実は、経済の状態について、我々に対しどのようなことを言おうとしているのか、そして、如何にしてオークンの法則の謎が解けるのか?」

The apparent failure of Okun's law could reflect, in part, statistical noise.  For example, it may be that future data revisions will show that real GDP grew more quickly over the past year than currently estimated.  However, although it is certainly possible that revised data will ultimately explain part of the puzzle, at this point we have no specific evidence suggesting that such a revision might be in the offing.  

「オークンの法則の失敗は、一部は、統計上のノイズを反映したものである。例えば、将来のGDP統計の見直しによって、昨年のGDPの成長率がもっと高いものに修正にあるかもしれない。しかし、そうして統計数値が修正されることがあり得るにしても、現時点において、そのような修正がなされるであろうと示唆する証拠な何もない」

For example, gross domestic income, an alternative measure of economic activity constructed using source data that are mostly different from the data used in estimating GDP, provides some check on the information provided by the better-known GDP measure.

「例えば、GDPを推計するのに使用されるデータとは殆ど異なるデータから推計される国内総所得は、GDPの数値をチェックする材料を与えてくれるであろう」

However, gross domestic income is currently estimated to have increased less quickly than GDP in 2011 and so does not point to an explanation of the drop in the unemployment rate.

「しかし、国内総所得の伸び率は、2011年においてはGDPの伸び率よりも緩やかであるので、失業率の低下を説明することはなおさらできないのである」

Another logical possibility is that the decline in the unemployment rate could be overstating the improvement in the job market.  For example, potential workers could be giving up on looking for work to an unusual extent.  Because a person has to be either working or looking for work to be counted as part of the labor force, an increase in the number of people too discouraged to continue their search for work would reduce the unemployment rate, all else being equal--but not for a positive reason.  A story centered on potential workers dropping out of the labor force might seem in line with the low level of the labor force participation rate (figure 9).  

「もう一つの論理的な可能性としては、失業率の低下は、雇用市場の改善を過大評価しているということである。例えば、潜在的労働者が、相当の期間に渡り職探しを諦めている可能性がある。労働力人口の一部としてカウントされるためには、人は仕事に従事しているか職探しをしている必要があるので、職探しを諦めた人が余りにも多くなり過ぎると、他の条件が同じであれば(肯定的な理由を除き)失業率を引き下げることになる。労働力人口から外れた潜在的労働者についての物語が、労働参加率の低下と一致しているように思われる」

But other data cast doubt on that idea.  For example, a broad measure of labor underutilization that includes people only marginally attached to the labor force has declined about in line with the unemployment rate since late 2010 (figure 10).1   

「しかし、他のデータがこの考えに疑問を投げかける。例えば、不稼働の労働力という広い概念の指標は、2010年の末以降、失業率と同じように低下している」

On balance, an assessment of a broad range of indicators suggests that a substantial portion of the decline in the unemployment rate does reflect genuine improvement in labor market conditions.

「結局、広い範囲の指標は、失業率の低下は、純粋に労働市場の条件が改善したことを反映していることを示唆しているのである」

Yet another interpretation of the recent improvement is that it represents a catch-up from outsized job losses during and just after the recession.  In 2008 and 2009, the decline in payrolls and the associated jump in unemployment were extraordinary.  In particular, using the Okun's law metric, the run-up in the unemployment rate in 2009 appears "too large" relative even to the substantial decline in real GDP that occurred.  

「但し、最近の雇用の改善について、不況期とその直後の大量の失業の反動であるという解釈もある。2008年と2009年における雇用者数の減少と失業率の増加は未曾有のものであった。特に、オークンの法則を使用すれば、2009年の失業率の増加幅は、その期間に起きた実質GDPの減少幅に比べ余りにも大きすぎるように見える」

This point can be seen by returning to figure 8, which shows the Okun's law relationship.  

「この点は、オークンの法則の関係を示した図8に戻れば理解できる」

The open triangle labeled "2009" in the upper left of the figure shows an increase in the unemployment rate in that year well above the one implied by the contraction in real GDP and Okun's law.

「その図の左上の2009年と書いた三角形が、その年の失業率が、実質GDPの縮小とオークンの法則によって示される水準を大きく上回って上昇したことを示している」

In other words, employers reduced their workforces at an unusually rapid rate near the business cycle trough--perhaps because they feared an even more severe contraction to come or, with credit availability sharply curtailed, they were trying to conserve available cash.

「換言すれば、雇用主は、異常なほどの急速なペースで労働力を削減したことになる。多分、もっと深刻な景気後退が起きること、或いは融資が打ち切られることを懸念して現金を確保しようと努めたのである」

The diagram suggests that what we may be seeing now is the flip side of the fear-driven layoffs that occurred during the worst part of the recession, as firms have become sufficiently confident to move their workforces into closer alignment with the expected demand for their products.  

「その図は、現在我々が見ているものは、不況の最悪期に起きた、恐怖に駆られたレイオフの裏返しであることを示している。企業は、自分たちの生産物に対する需要に労働力を合わせることに自信を持つようになっているのである」

Such a dynamic would explain the position of the square labeled "2011" in that figure being far below the line representing Okun's law.  Of course, Okun's law is a noisy relationship, and we don't really know if the better-than-expected labor market performance of 2011 has largely offset the worse-than-expected performance in 2009.

「そのような動態的な説明は、2011年と書かれた箇所についての説明になるであろう。その箇所は、オークンの法則から導き出される水準を大きく下回っている。もちろん、オークンの法則は、雑音を伴う関係であり、我々は2011年の予想を上回る労働市場の改善が、2009年の予想を下回る悪化を本当にカバーするものであるかどうかについては分からない」

However, to the extent that the decline in the unemployment rate since last summer has brought unemployment back more into line with the level of aggregate demand, then further significant improvements in unemployment will likely require faster economic growth than we experienced during the past year.

「しかし、昨年の夏以降の失業率の低下が、失業率を総需要の水準に一致させるのであれば、そのときには更なる失業率の改善のためには、我々が昨年経験した以上の早いペースでの経済成長率を必要としそうである」

It will be especially important to evaluate incoming information to assess whether the recovery is picking up as improvements in the labor market feed through to consumer and business confidence; or, conversely, whether the headwinds that have impeded the recovery to date continue to restrain the pace at which the labor market and economic activity normalize.

「労働市場の改善が消費者と企業の自信に伝播するほど景気回復のペースが速まるかどうかについて、これから得られる情報を評価することが特に重要となろう。逆に言えば、景気回復の妨げになっている向かい風が今後も、労働市場と経済活動が正常化するスピードを抑制するのかを見極めるのが重要となろう」

<続く>
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 突然ですが、核セキリュティサミットというのをご存知ですか?

 なんでも、核セキュリティーサミットとは、「核兵器のない世界」を目指すアメリカ・オバマ大統領の提唱で2010年に始まったもので、テロリストの手に核兵器が渡ることなどを未然に防止するための方策を世界のリーダーたちが話し合う国際会議なのだ、と。

 今回のソウルでの会合は、おととしのワシントンでの会合に続く2回目の会合であり、オバマ大統領は既にソウル入りしており、野田総理大臣も26日夜到着する予定で、サミットには合わせて53か国の首脳や国際機関の代表が出席することになっているのだとか。

 では、何故このような会議をオバマ大統領が提唱したのか? そもそも核セキュリティとは何を意味するのか?

 外務省によれば、核セキュリティとは、テロリスト等による核物質や放射線源の悪用が想定される以下の4つの脅威が現実のものとならないようとられる措置のことを言うとしています。

 1)核兵器の盗取
 2)盗取された核物質を用いた核爆発装置の製造
 3)放射性物質の発散装置(いわゆる「汚い爆弾」)の製造
 4)原子力施設や放射性物質の輸送等に対する妨害破壊行為


 再び問います。オバマ大統領は何故、このような国際会議を提唱したのか?

 だいたいのことは想像がつくのです。それは、9.11以降、特にアメリカはテロの脅威に絶えず怯えていなければいけない状況にあるからでしょう。

 なんとしてでもテロをこの世から根絶したい。特に核兵器を利用したテロは絶対に許したらいけない。

 全く、そのとおり。異議はなし。

 ただ、それを実現するためにこのような国際会議が敢て必要なのか? そのためには、こんな国際会議の開催よりももっと有効な手立てはないのか?

 私は、そもそもこの核セキュリティサミットに内在する矛盾を感じざるを得ないのです。

 先ずは基本から。

 この世から犯罪をなくしたい!

 全くそのとおり。

 特に銃器を用いた凶悪な犯罪を根絶したい!

 全くそのとおり。

 そのためには、銃の保持を規制することが必要だ!

 これが、我々日本が採用している手法です。一般人による銃の保持を規制することによって銃を使用した凶悪な犯罪を減らすことができるのではないか、と。

 しかし、アメリカはどうでしょう?

 アメリカの国民は決して銃を手放そうとはしないのです。銃がなければどうして自分たちの身を守れるのか、と。

 まあ、そうした考え方にも一理はあるでしょう。しかし、国民が広く銃を保持しているという現実があるために、どうしても銃が用いられる凶悪な事件が後を絶たないことも事実です。

 核セキュリティにも同じようなことが言えるのです。

 アメリカは決して核を手放すことなどしない。そもそも今回、大統領がソウルに滞在する間にも、核兵器のボタンが格納された鞄をいつもそばに置いているのではないのでしょうか?

 確かに、ならず者国家やテロリストの国家が核を保有することは断じて許してはならない。

 しかし、多くの国が核を保有しているという現実がある一方で、その核が特定の国や特定のグループに流出しないようにするのは大変に困難なことであるのです。何故ならば、核兵器も商売の対象になり得るからです。また、だからこそ北朝鮮は核兵器の開発を行ってきたのです。

 日本では、一般の国民は銃を保有することはできない。しかし、だからといって一般の国民の生命や安全が通常脅かされることはない。それは、警察に武力の行使を委ねているからであるのです。

 世界平和を実現するためにも、同じような手法が有効であるのです。各国が武力を保持して平和を実現するというのではなく、多くの国が参加して世界の警察を作り、そこに武力を集中して、テロなどに対処すべきであるのです。

 つまり、アメリカやロシアや中国や或いは欧州諸国が、バラバラに自国の軍隊を動かすのではなく、そうした各国の軍隊が一堂に集まって、世界共通の利益のために行動すべきであるのです。

 もちろん、このような考えが一朝一夕に実現するとは思えません。むしろ理想論に過ぎると批判されるでしょう。しかし、究極の目標としては、そうした方向を目指すことが必要であるのです。

 アメリカがアメリカの利益ばかりを考えて行動するから、どうしても中立的な武力の行使が確保できずに戦争が止むことがない。

 仮にアメリカなど各国が保有する軍隊の1/3程度を世界警察組織に委ねることによって、世界の平和を守る強力で中立的な軍隊を作ることができれば、平和の実現がより容易になると思うのです。そうなれば、テロリストたちの復讐の対象は特定の国ではなく、世界全体を代表する世界警察組織になるからです。

 私の言っていることが、直ぐに実現することなどまず考えられません。しかし、それでも、そういう方向を目指すことなくしては、真の安全の確保はままならないのではないでしょうか。

 
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 被災地のがれきの処理がなかなか進まず、政府は何をしているのだ、なんて批判があるのですが、貴方はどのようにお考えでしょうか?

 確かに、地震や津波のせいで発生したがれきが処理できないままでは復旧・復興がままらないのはそのとおりです。ですから、一日も早い復旧・復興を望むのであれば、政府に迅速な対応を求めるのは当然と言えば当然!

 しかし、私は敢て異を唱えたい。がれきの処理は早ければ早いほどいいのか?

 こんなことを言えば、恐らく私は批判の嵐にさらされることでしょう。お前は何ということを言うのか! 血も涙もないのか、と。

 では、仮に1日でがれきの山が一掃されるようなことを想像してみて下さい。亡くなられた方には気の毒ですが、生き残った人々は、ひょっとしたら1年前の災害の恐ろしさをそれほど思い出さなくなり、また低地に住むことを選択するようになってしまうかもしれないのです。そんなことでいいのでしょうか?

 何故これほど大量のがれきが発生したのか?

 それは、地震と津波の規模が未曾有のものであったからなのです。規模が大きいので多くの方がなくなり、多くのがれきが発生したのです。しかしよく考えたら、過去東北地方は何度も津波の災害を経験しており、そして多くの人を亡くすという出来事を繰り返しているのです。もっと過去の経験から学び慎重に行動していたら、これほど多くの被害者を出さなくても済んでいた可能性が大きいのです。

 つまり、我々は、がれきの山をみて、我々の行動をもっともっと真剣に反省する必要があるのではないでしょうか。そして、亡くなった人々の魂を慰める必要があるのではないでしょうか。

 従って、そうした真摯な反省がある前にがれきの処理が進んでしまうことは、むしろマイナスの面があると考えた方がいいのではないでしょうか?

 では、仮に、我々が十分反省をしたとして、その後、どうやってスピーディーにがれきを処理したらいいのか?

 ご承知のように、今全国の地方自治体で、がれき処理を巡る議論が繰り広げられているのです。そして、政府は、政令指定都市にがれき処理の受け入れを要請するのだと報じられているのです。

 地方自治体の首長としては、総理から要請されれば、なるだけなら要請に応えたいと考えるかもしれません。何故ならばそうやって政府に恩を売ることによって、後々何かと便宜を被ることができるかもしれない、と。しかし、それと同時に、住民の声も大変に気になるのです。果たして地域の住民がすんなりがれきの処理受け入れに理解を示してくれるのか、と。

 報じられるところによれば、地域住民の立場としては、むしろ否定的な反応を示すところが多いようであり、これではなかなかがれき処理が進む公算は小さいのです。

 何か名案はないのか?

 実は答えは簡単であるのです。経済学の原理を応用すれば済むことなのです。

 つまり、がれき処理の受け入れに関して、入札を実施すればいいのです。もちろん、放射能汚染などがないがれきの処理に限られるのですが、全国各地の自治体を相手にがれき処理の入札を実施し、最も安いがれき処理費用で受け入れてよいと言ったところから順番にがれきの処理を政府ないし被災地が委託をすれば済むのです。

 もちろん、がれきの処理に対し地域住民がなかなか理解を示さない状況では、がれきの処理費用が高くつくことになるのですが、その費用が高ければ高いほど、がれき処理を受け入れた自治体は政府や被災地から多額のお金を得ることができ、そしてまた、がれき処理という仕事が生み出されることによって地域経済の下支えにもなるのです。

 そして、もし、そうやってがれき処理に協力することによって懐が潤う自治体の様子が全国に知られるようになれば、うちの県でも、或いはうちの市でも受け入れたらどうかという動きが起こり、がれき処理費用が徐々に安くなることが予想されるのです。

 いずれにしても、そうやってお金で解決することが一番すっきりしているのに、何故政治家はそのような案を出さないのでしょう?

 それは多分日本人のメンタリティに合わないと勝手に想像しているからだと思うのですが、実際にやってみれば、それほど支障はないと想像されるのです。

 大事なことを言っておきたいと思いますが、がれきの処理の入札に参加する自治体のなかには、被災地自身を含めることがポイントになるのです。つまり、高いお金を支払って他の都道府県などに処理をお願いするくらいなら、少々年月はかかってもいいから、自分の県や市で処理をしたいという自治体もあるでしょうから、被災地自身もがれき処理の入札に参加させるべきであるのです。

 そして、もし被災地の多くが、他の都道府県の支援を頼む必要がないというのであれば、時間をかけて地元でゆっくりと処理をすればいいだけの話であり、また、そうではなく一刻も早くがれきの処理を進めたいというのであれば、多少のお金を犠牲にして、他の都道府県の支援を仰げばいいだけの話です。

 私の提案が実際に機能するのか、なんて心配する向きがあると思うのですが、入札に参加する自治体が少なければ少ないほど、落札した自治体が手にするお金は多くなる訳で、そうなれば地元の住民の理解は得やすくなるのです。

 がれきの中に様々な有害物質が含まれている可能性があるとも伝えられていますが、もし、そのようなものが発見されたときには、特約条項を設けて置き、そうした特殊な物質については、改めて国と協議をすればいいだけのことなのです。

 絆だなんて情緒的なものに訴えるよりも、この際はお金で解決することを考えた方が効果的であるのは明らかなことではないでしょうか。

 全国の政令都市が、全て公平にがれき処理の負担を受け入れることにすれば、そのときには住民の意思に逆らう結果になることも予想されるのですが、住民の意思を反映させた上でがれき処理の入札に参加するか否かを決定するのであれば、決して住民の意思を無視したことにはならないのです。

 どちらがより民主的かお分かりでしょう?

 

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 突然ですが、3月23日は何の日かご存知ですか?

 「世界気象デー」

 確かに3月23日は世界気象デーであることはそのとおりなのですが‥実は、2年前の2010年3月23日にアメリカでは医療保険改革法が成立して、アメリカに皆保険制度が発足した日であるのです。オバマ大統領の功績については、いろいろ評価が難しい面があると思うのですが、この医療保険改革法を成立させたことだけは私としても高く評価しているのです。

 ただ、ご承知のようにアメリカではこの制度に対する批判の声も根強く、既に違憲判決も出ている始末です。ご存じでしょ? そして、3月26日からは最高裁でこの法律に関する違憲訴訟の口頭弁論も始まり、6月には最終的な判決が出るというのです。

 つまり、どの大統領も成し遂げることができなかった皆保険制度が、ひょっとしたら違憲であると結論付けられる可能性もあるのです。

 でも、どうしてそこまで国民皆保険制度に反対する人が多いのでしょうか?

 いろいろ情報を集めていると、国民にきゅうりを買えとかトマトを買えと国は強制することはできないのだから、健康保険という商品についても買えと強制できないの当然だ!なんて意見があるのです。

 確かに、小さな国家の概念を徹底していけば、そのような考え方に辿りつくことも考えられる訳ですし‥また、国家が保険というビジネスに口を出すことによって、大変な無駄と非効率が発生することも懸念されるのです。しかしそれでも、誰もが心配なく医療行為を受けることができるというメリットと比べれば、やっぱり皆保険制度というものの有難さを感じずにはいられないのです。

 皆さんは、米国人の中には皆保険制度に反対する人が多い理由は何だとお考えになりますか?

 市場経済の原理を信奉し、小さな政府の概念を支持するから?

 でも、私にはそうは思えないのです。市場経済の思想や小さな政府の概念が生まれたのは英国だと思うのですが、その英国や欧州では極めて手厚い健康保険の制度が整っているのです。つまり、市場経済の思想と国民皆保険の制度は必ずしもなじみにくいものではない、と。

 では、米国と英国或いは欧州諸国の違いは何でしょうか?

 それは、米国は多民族国家であるということです。つまり人種のるつぼ。いろんな国の出身者が集まりアメリカという国を形成している、と。で、そうなれば、当然のことながら、国は一つとはいっても、肌の色の違いや宗教の違いなどによってそれぞれのグループが形成され‥そして、豊かな人々は、貧しい人々の医療費を負担することに対して拒否反応を示す、と。

 我々日本人にも豊かな人と貧しい人がいる訳ですが、同じ日本人だから豊かな人も多少多めに保険料を負担することを受け入れているのです。

 では、その日本にある日突然、北朝鮮やアフリカや南米から多くの人々が移民してきたらどうでしょう? もし、その人たちのために医療費の負担が急増するようなことが想定されたら?

 やはり日本人のなかにも、外国から来た人の面倒をみるために医療費を負担することに抵抗を示す人も現れると思うのです。つまり、そうなれば、日本もアメリカのようになってしまう、と。

 しかし、アメリカの母国は英国。そして、英国は紳士の国。紳士たる者、決して肌の色や話す言語によって人を露骨に差別するようなことをしてはいけない。腹のなかで何を考えていても、言動はあくまでも優雅に。

 ということで、アメリカ人の多くについても、腹のなかで考えていることと口に出して言うことが違うということがの皆保険制度の反対論の背景にあると思うのです。

 もちろん、アメリカ人の約半数が国民皆保険制度に賛成していることからすれば、全ての人が人種差別的な発想をしている訳ではないのでしょうが、しかし、それでもなお、人種の異なる貧困層のために自分たちが高い負担を負いたくないという気持ちがあることも事実であるのでしょう。

 折角成立した医療保険改革法にもひょっとしたら改善すべき点があるかもしれません。でも、だからといってこの素晴らしい法律を憲法違反扱いして、折角スタートした皆保険制度を撤廃してしまうようなことがないことを祈ってやみません。

 医療保険に加入していないために、病院にもいけない人々が何千万人もいるような国が、どうして
世界でナンバーワンだなどと言えるでしょう。

 



 医療保険改革法に違憲判決を下すなんてとんでもないと思う方、クリックをお願い致します。
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 休眠預金の扱いが一部の関係者の間で注目されているのですが、貴方はどう思いますか?

 先ず、私の感想から述べれば、この話、何が何でもせこすぎる。休眠預金なんて昔からあるのに、何故今注目されているのか? 誰が火をつけたのか? どうも納得ができないのです。

 それにしても、休眠預金について、どれほど国民或いは政治家が正確に理解しているというのでしょう? もし、休眠預金の意味をよく知らないでおきながら、休眠預金を国が没収しようというのであれば、とんでもない話と言わざるを得ないのです。

 休眠預金とは何ぞや?

 預金の預け入れや払い戻しを最後にしてから例えば10年が経過し、時効が成立する預金口座のうち、預金者本人との連絡が取れないものを、金融機関は「休眠口座」として管理しているのです。但し、金融機関側は、時効が完成し当該預金の残高を利益扱いした後も、預金者から改めて払い戻しの請求がある場合には、払い戻しなどの要求に応じているのです。

 つまり、休眠預金とは、時効が完成し金融機関に権利が移った預金でありながら、預金者からの要求があれば、金融機関が時効を主張することなく、預金者の権利を認めるという特異な扱いをする預金ということになるのです。

 で、その休眠預金が我が国全体で幾ら位存在するかと言えば、郵貯を除く銀行、信用金庫、信用組合の合計で約880億円あるというのです。そして、そのうち年間に払い戻しの請求があるものが350億円ほどある、と。ということは、毎年預金者がぼーっとしているお蔭で、金融機関は預金者から500億円ほどのプレゼントをもらっているという計算になるのです。

 そして、その500億円ほどのお金に政治家が目をつけ、そのお金は元々国民のものであって金融機関のものではないから、そのお金を復興資金の一部に使うことにしたら如何かと主張しているのです。

 再び質問したいと思います。どう思います、この休眠預金の扱い?

 私は、どう考えても、政府の言い分には理がないと思います。

 というのも、法律を厳格に適用すれば、債権者たる預金者が10年間以上権利の行使を怠ったことによって時効が成立し、従って当該預金の権利が、預金者から金融機関に移るだけなのに、何故そうした当然の扱いに国が口を突っ込むことができるというのかという疑問が生じるからなのです。

 もし、どうしても休眠預金を国のものにしたければ、その目的が如何に復興のためとはいえ、新たな立法措置が必要になるのです。但し、仮にそのような立法措置がなされても、金融機関の意志を無視して一方的に金融機関側の利益を侵害するのは財産権を保障した憲法に違反する恐れもあるのです。

 でも、この件について即断する前に、政府側や銀行業界が何を言っているのかをみておくことも必要でしょう。

<政府側の言い分>
・預金者のお金が、銀行の利益になるのはおかしい。
・実態が分からないので、銀行はまず実態を明らかにすべきだ。
・被災地の復興に使うことができる。

<銀行業界側の言い分>
・預金者からの求めがあれば、支払いに応じている。
・新たに国が口座を一括管理するにはコストがかかる。
・休眠預金を政府が使うのは、財産権の侵害になる恐れがある。

 政府側は、預金者のお金が銀行の利益になるのはおかしいと主張しているようですが、時効の成立した預金が金融機関側のものになるのは当然ではないでしょうか。それに、金融機関側としても、時効が成立したからといっても、預金者から改めて請求があれば支払いに応じている訳ですから、金融機関側の言い分の方が理にかなっているでしょう。

 それに、上に数字を挙げたように、休眠預金の額は僅かに880億円ほどにしかならないのです。言っては何なのですが‥余りに政府の言っていることがみみっちい!

 また、仮に休眠預金を政府の収入に計上しようとすれば、新たに休眠口座を全国的に管理する必要もある訳ですが、費用対効果の面でも効率的とは言えないと思うのです。

 今、野田政権は、消費税の増税に向けて突っ走っている訳ですが、何故増税が必要になるかと言えば、それは余りにも巨額な借金をこさえてしまっているからです。その額は、国と地方を合わせて約1000兆円。

 その一方で、この休眠預金は880億円。つまり、この休眠預金の1万倍以上の大きさの借金が問題になっているときに、本来多忙であるべきはずの国家戦略担当大臣が、銀行界とみみっちい話をしているのです。

 どうしても、休眠預金を活用したいと政府が言うのであれば、政府が国民に休眠預金の存在を大いにPRし、そして休眠預金の存在に気が付いた預金者に、その預金を引き出してもらうと同時に、それを復興のために寄付してもらえば済むことです。

 ついでに言えば、ジャンボ宝くじなどの当選金のうち、請求がないものの金額が莫大な額に上っていると聞きますが、そっちのお金の活用の方がまだ筋が良いような気がするのですが、如何でしょうか?




 どうも政府の考えていることは、せこすぎると思う方、クリックをお願い致します。
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