経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

2012年07月

 米国のガイトナー財務長官が欧州を訪れているのですが、何をしに行っているのでしょうか?

 先ずはドイツのショイブレ財務相と会談を行い、ユーロ圏が信用不安の払拭に向けてあらゆる手だてを取る必要があるという認識を確認したというのです。

 まあ、そういう抽象的で大きな目標については、ドイツも反対などする訳がないのです。しかし、ではそのために何をすべきかということになれば、両者の意見は大きく食い違うのです。

 米国としては、もっとアグレッシブに行動すべきだと言い‥もっと言えば、ECBなどがスペインの国債を買い支えるべきだと言い、それに対しドイツとしては、そうは言っても、と。

 そうなのです。ドイツは、例えばドラギECB総裁がユーロを守るために如何なることでもすると言っても、ショイブレ財務相自身が、そうした措置のなかにはECBによるスペイン国債の購入は含まれないのだ、と断言する始末。

 つまり、いつもドイツが冷や水を浴びせる形になっていて、なかなかユーロ圏全体として積極的な対策が打ち出せないでいるので、欧州の誰かがガイトナー財務長官に助け舟を求めた可能性があるのです。

 つまり、米国からドイツに対してプレッシャーをかけてもらうことによって、ECBによるスペイン国債の購入を実現させようというのです。或いは、仮にそれが直ぐに実現できないまでも、少なくてもこの夏の休暇シーズンにおいて事態が悪化しないようにと、釘を刺す狙いがあるのかもしれません。

 何せ8月に入って政府高官などが本格的な夏休み入ると、仮にユーロ危機が再燃した場合などにタイムリーで的確な対応が取れない可能性があるからなのです。

 先日も、ドイツのメルケル首相が、フランスのオランド大統領との共同声明を発表したでしょ?

 ユーロを守るためなら何でもやるだなんて‥しかし、具体的にどういうことをするかなんてことについては、一言も触れていないのです。

 多分、暫くの間オリンピック観戦で忙しいから‥なんて思っているのではないでしょうか。

 夏休みの期間になれば市場も閑散としてくるために、何かあった時に相場が乱高下する可能性が大きいのです。ということで、そういうことが起こらぬようにと欧米の政治家が予防線を張っているということなのかもしれません。

 いずれにしても、暫くは、ECBによるスペイン国債の購入策が実現するかどうかで相場が大きく揺れる可能性があると思うのです。

 
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 どう考えても、泥沼の対応としか思えないのです。

 何がかと言えば、ユーロ圏の対応ぶりがです。

 ECBのドラギ総裁は、ユーロを守るためなら権限の範囲内でどんなことでもすると言ったので、市場は、スペインを救済するためにECBがスペイン国債を買い支えると信じこみ、そして、それを後押しするかのようにドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が共同声明を発表したので、もうECBの国債の購入は決まったも同然なのかと思いきや‥肝心のスペインのデキンドス経済相は、スペインは自力での元利払いを行うことができ、救済が必要になる可能性はないと述べているのです。

 但し、そのスペインとしても、国債の利回りが7%を超えるような事態にはいつまでも対応することができないのはそのとおりで、だからユーロ圏として共同債を発行してはどうかと訴えていた訳なのです。

 つまり、スペインとしては、救済されるような事態になることは認めたくないものの、しかし、だからと言って今のような事態にはいつまでも耐えることはできない、と。

 ということになれば、幾らスペインが表面的には外部の救済を求めていなくても、実情をよく斟酌してあげるのがユーロ圏の仲間たちの務めなのかと思いきや、今度はドイツのショイブレ財務相が、ECBによるスペイン国債の購入策をはっきり否定したのです。スペインに対する新たな支援計画はないのだ、と。

 しかし、その一方でユーロ圏財務相会合のユンケル議長は、ECBなどがスペイン国債の購入を準備していることを明らかにしているのです。「重大な局面に入った」「時間を無駄にすることはできない」と。

 本当にまあ、どうなっているのでしょう。

 皆、いうことがバラバラ!

 ズバリ聞きます! 貴方は、ECBなどがスペイン国債を購入してあげ、スペインを救済することが望ましいと思いますか?

 まあ、物事を穏便に処理したい日本人的な発想からすれば、多分、そうした措置を支持する人が多いのではないでしょうか?

 そうやってスペイン国債を買い支えることが、抜本的な解決につながるかどうかは不明であるとしても、だからと言って、こうしてスペイン国債の利回りが高騰するのを放っておく訳にもいかないだろう、と。

 まあ、確かにそれも一つの手段であるでしょう。

 そうやって時間稼ぎをしつつ、そうするうちにひょっとしたら経済が好転し‥そして、財政再建が軌道に乗ることも全く期待できない訳でもないのですから。

 しかし、そうなると今度は別の疑問が湧いてくるのです。

 ECBによるスペイン国債の買い支えが認められるのであれば、では何故これまで欧州はIMFに積極的な支援を求めたのか、と。

 というのも、ECBは、ユーロをどれだけでも印刷することが可能な訳ですし‥また、ユーロ圏自体としては外貨不足に陥っている訳でもないのですから、その意味でIMFに支援を求めることなどなかったと言えるからです。

 どうして今までIMFを積極的に巻き添えにしたのか? しかも、私がこれまで何度もいうとおり、IMFがラストリゾートとして登場するのならまだしも‥そうではなく債務削減の交渉がなされていないのにも拘わらず、早々とIMFの資金支援を打ち出すようなことをして。

 全くもう今回のユーロ危機は、幾らバブルが弾けたからとはいえ、その後の対応のまずさにも相当の原因があるような気がするのです。

 そして、日本人として大変さびしく思うのは、そのような欧州の政治家たちの対応のまずさに、日本人政治家の殆どが気が付いていないということなのです。





 欧州の対応はその場しのぎ過ぎる、と思った方、クリックをお願い致します。
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 主審と副審の3人が青を挙げ、場内は騒然。

 それはそうなのです。誰が見ていても日本が勝ったと思っていたからです。

 韓国は大喜び。それに対して、日本勢は‥

 それでも場内が騒然としているので、主審と副審が集まり、何やら協議を始めたのです。

 解説者は、今まで旗判定が覆されたのをみたことがない、と。

 それはそうでしょう。だから、私も期待はしていなかったのです。

 で、協議の結果どうなったかと言えば、もう一度旗判定をするとのこと。

 ところが、今度はどうでしょう。3人とも白を挙げ、日本の勝利。

 一体どうなっているのでしょう?

 相撲のものいいでも説明くらいするのに‥これが国際基準というものなのか?

 だから、私は、判定なんて嫌いなのです。

 サッカーのオフサイドのルールなんていうのも、廃止したら如何でしょう。


 たかがスポーツ、されどスポーツ。

 日本の選手の皆さん、精一般頑張ってください。


 フレーフレー日本!
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 もう旧聞に属することで恐縮なのですが、ECBドラギ総裁の発言に続いてドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が27日に共同声明を発表したと言うのですが‥

 その結果どうなったかと言えば、10年物のスペイン国債の利回りは6.7%程度にまで下げ、そして、
ユーロも対円で97円台にまで戻したというのです。

 債務国の国債をECBが購入することについてはドイツなどが強く反対していたのに、そのドイツが、ECBの国債購入を示唆するような共同声明を発表したことから、市場が一気に反応したということなのでしょうか。

 まあ、今はオリンピックの期間中でもあり‥こんなときに世界にユーロ圏の無様な格好を見せる訳にも言かず‥ということで、取り敢えず共同声明を発表して市場を落ち着かせたという解釈もできる訳なのですが‥それにしても私としては釈然としないのです。

 「ECBによる国債購入は、一時しのぎにしか過ぎないということ?」

 それもあるのですが‥そもそもスペインは、自分たちの国は救済される必要などない、つまり、スペイン国債の元利払いは、外部の支援がなくても滞りなくやっていけると未だに言っているからなのです。

 「スペイン政府は、確かスペインの銀行の救済をお願いしたのでしょ?」

 それはそのとおりなのですが、しかし、国債の元利払いについては、外部からの支援など必要なく自力で返済できると言っているのです。

 まあ直ぐに他人の援助を頼るより、そうやって自分たちで解決しようという気持ちは大切であるのですが‥

 私思うのですが、今回のもう数年にも及ぶユーロ危機は、確かに第一の責任は債務国自身にあるのですが、ドイツやフランスやEUやIMFなど関係者の態度にも大きな問題があると思うのです。

 彼らの一体何が問題なのか?

 彼らは甘すぎるのです。大甘! 債務国をspoil してしまっている。

 何故、スペインの救済について、そうやってスペイン自身が援助を求めていないというのに、ユーロを守るためならどんなことでもする、なんてことを言うのでしょう。

 もちろん「ユーロを守るためなら‥」と言うだけで、「スペインを守るためなら」とか「ギリシャを守るためなら」とは言っていないので、一応弁解はできる訳ですが、実際に市場は、「ユーロを守るためなら」ということと「スペインを守るためなら」ということを同意義だと解釈しているのですから、問題が発生してしまうのです。

 そうやって本人の自覚のないまま、つまり債務国が十分反省しないうちに早めに他人が助け舟を出すものだから、どうしても自覚が足らずに問題の抜本的解決に至ることができないのです。

 ギリシャについては特にそうなのです。

 本来であればギリシャは破綻すべきであり、そして破綻した後にIMFなどが支援の手を差し伸べれば、ギリシャ側にも過剰な期待が残ることはなく、そして、ギリシャが一旦ユーロから離脱すればユーロ圏はしっかりと規律を保つことができたのです。

 しかし、繰り返しになりますが、ユーロ圏の仲間たちは、ギリシャに対し余りにも早く助け舟を出してしまった。本来であれば、民間銀行のギリシャに対する債権の免除を行った後で、最後にIMFが登場し事態を収束すべきであったのに、順序が全く逆になってしまったのです。

 それどころか‥ご存知ですか? ギリシャは、再度債務削減のお願いをすると報じられているではありませんか。しかも、その削減の対象は、ECBや各国中央銀行が保有するギリシャ国債なのだ、と。

 まあ、そんなことをするのであれば、もう誰もギリシャを助けることなどできなくなるのです。

 何故ならば、そうしたECBなど公的機関が保有するギリシャ国債は、債務削減の対象にしないという前提でギリシャの財政再建計画が作られているからなのです。

 それなのに、その前提をいとも簡単に破棄してしまうのか、と。そんなことだったら、日本などが拠出しているESFA(欧州金融安定ファシリティ)への資金も、知らないうちに債務削減の対象になってしまうかもしれないのです。

 ということで、私などは幾ら考えても、ユーロ圏からギリシャを一旦離脱させるような規律正しい措置を取らない限り、事態の根本的解決には向かわないと思うのです。

 ということで、今後もユーロ危機は何度も何度もぶり返すでしょう。

 いずれにしても、ギリシャにニューマネー(新規資金)を供与することのできるECBの債権を放棄させるというのでは、ECBは今後何を頼りに債務国に対しお金を供与することができるのでしょう?

 ユーロを守るためなら何でもする = 債務国の国債を購入する →→→ その国債が債務削減の対象になる = ECBが破綻する

 要するに、ユーロを守るためなら何でもするという宣言は、ひょっとしたらECBが破綻するということを意味しているかもしれないのです。


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 気が付いたらユーロの価値が急に上がっていました。1円以上もユーロ高に。 

 何があったのでしょうか?

 まさか日本が為替介入した訳では‥

 そうではなく、ECBのドラギ総裁の発言に市場が大きく反応したのだ、と。

 Within our mandate, the ECB is willing to do whatever it takes to preserve the euro and, believe me, it will be enough.

 ユーロを守るためならなんだってやる、と。もちろん、ECBの権限の範囲内に限られるが。

 では、一体全体どんな手段があるというのでしょう。そして、また、何故この時点でドラギ総裁は、こうした発言をしたのか?

 何故だと思います?

 いずれにしても、この発言を聞いた安住財務大臣は次のようにコメントしたのだとか。

 「これまで個別行に直接的な資金(支援)はできないこともあった。もっと思い切って、直接的な支援をする意味であれば歓迎する」

 ふーむ‥

 貴方はどう思います?

 安住大臣の頭のなかには、スペインの銀行に対する支援問題があるようなのですが‥今、ドラギ総裁はそのことが最大の関心事項であるのか?

 確証はないのですが、どうも安住大臣の発言は少しピントがずれている気がするのです。

 そうではないのです。ここ最近、再びスペインの国債の利回りが7%台、しかも7%の後半を付けるなど危機的水準に達していたことをドラギ総裁は心配したのだと思うのです。

 スペインやイタリアなど大所が、国債の利回りの高騰のために益々財政が悪化することになれば、これは一大事になる、と。だから国債の利回りを低下させるべく、何らかの対策を取る必要があるのだ、と。

 では、具体的にどんな方策が考えられるかと言えば‥

 ご存知でしょうか?

 そうなのです。ユーロ圏の政治家などのなかには、この際、共同債を発行することによって危機を回避すべきではないかという人々がいる訳ですが、そうした提案に対してはメインのドイツが強く反対しているのです。

 ドイツとしては、ユーロ圏の財政統合や政治統合がなければ、共同債の発行に賛成することはできない、と。

 しかし、冷静に考えてみると、ユーロ圏の全ての国が財政統合や政治統合をすることの方が、単に共同債を発行することよりもどれだけ難しいかということは誰もが分かる訳ですから、だったら共同債の発行の可能性はほぼ不可能だ、と。

 では、スペインなどは、今後借金をするに当たって7%以上もの高い金利を支払い続けなければいけないのか?

 でも、それはとても持続可能ではないのです。そんなに高い金利を支払い続けるのであれば、遠からず財政はパンクしてしまうでしょう。

 だから、何とか手を打たなければいけない、と。

 では、ドラギ総裁は何をしようというのか?

 取り敢えずECBが、スペイン国債など利回りが高騰している国債を買い支えることを考えているのだと思うのです。

 そうやって少しでもECBが国債を買い支える行動に出るならば、投資家には多大の安心感を与え国債の利回りが急低下することが期待されるのです。現に、このドラギ発言の後、市場ではスペイン国債の利回りが急低下しているのです。

 そして、そのように国債の流通市場の様相が様変わりするので、当然のことながらユーロの価値も反転したということでしょう。

 では、この効果はいつまで続くのか? 或いは、これでユーロ危機は収束に向かうのか?

 私は、このドラギ発言の効果は、真夏の打ち水のようなものだと思うのです。

 真夏に打ち水をすれば、水が撒かれたことにより一時的にひんやりとさせる効果はあるのですが、そのうちに逆に蒸し暑くなり、そしてさらに暫く経つとまた元のように暑く感じるだけなのです。

 確かにECBがスペイン国債などを買い支えることにすれば、スペイン国債の利回りは下がるでしょう。そして、そのお蔭でスペイン政府は当面、破綻という事態を回避することができるようになる訳ですが、もしスペイン政府がその後、財政再建を軌道に乗せることができなければ、ECBはスペインの財政破綻を回避するために無限にスペインを支えることが余儀なくされてしまうでしょう。

 そして、そうやって無制限にECBがユーロを発行するしかなくなるのであれば、誰がそうしたユーロを欲しがると言うのでしょう。

 つまり、このように一時的にスペイン国債を買い支える措置には、それなりの意味があるのですが、それがいつまでも続くとなると、結局、ECBが大量の不良債権を抱えることとなるだけであり、そうなればユーロは暴落するしかなくなるでしょう。

 ということで、ドラギ総裁は、ユーロを守るためなら何でもやるとは言うものの、国債の購入という手段に頼ることによって却ってユーロの崩壊を早める効果があるのです。

 結局、いつも言うように、どうしてもユーロを守りたいというのであれば、ユーロに留まる資格のない国々に一旦退出を願う他ないのです。



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 突然ですが、人民元が安くなっているのをご存知でしょうか?

 「知ってるよ。対円との関係ででしょ?」

 確かにこのブログで何度か取り上げているように、人民元の対円レートはここ数年、どういう訳かずっと安くなっているのですが‥しかし、本日取り上げたいのはその問題ではないのです。

 「というと?」

 対円ではなく対ドルでみて、ここ数日、人民元のレートが低下する動きが起きているというのです。その結果、人民元の対ドルレートは、昨年は1年間で4.7%価値が上昇したのが、今年はこれまでに1.1%価値が低下しているのだとか。

 「ということは、我が国の円は、ドルやユーロに対して価値が上昇しているだけではなく、人民元に対してはもっと価値が上昇しているということになるの?」

 そのとおり。

 私思うのですが、ユーロ危機が起こり、安全通貨としての米ドルや円に投資家の目が向くのは分かるのですが、本来であれば世界第二位の経済大国である中国の通貨に何故もっと目が向かないのか、と。

 もちろん、人民元の取引が完全に自由化されているのであれば、もっともっと人民元に関心が集まり、そしてそうなれば幾らユーロ危機が起きても、安全通貨としての人民元に資本が流れることによって、今我々が経験しているような円高は起こりにくくなると想像されるのです。

 つまり、人民元が準備通貨としての十分な資格をまだ備えていないことが、円高が起きやすくなる原因であるのです。

 「ということは、中国が今後資本取引の自由化を進め、人民元がハードカレンシーとしての資格を得るようになれば、円高が起きにくくなるということ?」

 少なくても私はそう思うのです。

 「だったら、円高回避のためには断固たる措置を取るという財務大臣は、中国に対し、もっと資本取引の自由化を進め、早く人民元が国際通貨として認められるように努力すべきだと言うべきなのね」

 まさにそのとおり。そして、中国当局も、実は人民元の国際化を進めることを強く望んでいるのはそのとおりなのですが‥

 「ですが?」

 しかし、同時に、人民元レートを自分の思い通りにコントロールしたいという気持ちには変わりはなく‥中国経済の成長のスピードが鈍化すると、こうして人民元安を利用して景気をよくしたいという気持ちが強くなるのでしょう。それに、近い将来、権力の移譲が予定されているということもあり‥

 いずれにしても、こうして中国側が人民元レートを低めに誘導するような動きに出れば、再び米国側を強く刺激することになり、米中間の関係がぎくしゃくしたものになることが十分予想されるのです。

 ただ、米国側としては、中国が米国債を売却するような動きに出ることは何としても思い留まらせる必要がある訳ですから、表面的には中国に強く当たりながらも、舞台裏では、案外中国側の機嫌を取るようなことをしているのかもしれません。


 
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 55歳以上の公務員の昇給を廃止することを、人事院が勧告する予定だなんてことが報じられているのですが、こうしたニュースを聞いた民間の方々は、やっぱり公務員は恵まれているんだと思っていることでしょう。

 通常民間では、出世レースに勝ち残れなかった大多数のサラリーマンは、55歳ともなると給料が上がるどころか下がって当たり前の処遇を受けることが多いからです。否、リストラに遭わないだけでも御の字だと思わなけれいけないのに、公務員の世界は55歳になっても給与が上がるのか‥なんて。

 私、そうやって公務員の世界の個々の不合理と思われる事例に関していちいち批判することも結構だとは思うのですが、何故問題を根本的に解決しようとしないのか、といつも思ってしまうのです。

 例えば、55歳以上の公務員の昇給を止めさせるなんて言っている訳ですが、だったら55歳未満、つまり若い世代の昇給というのは認めるべきなのか、と。

 理屈から言えば、単に1年経ったからと言って役人が自動的に昇給するのはおかしい気がしませんか?

 これが例えば、1年の間に仕事の実績が認められたとか、或いは実績が認められ係長に昇格したとか課長に昇格したというので給料が上がるのであれば、それは十分理屈がつく訳ですが、何も特段変わったことはないのに、1年という年月が経過しただけで何故公務員の給与は自動的上がるのか、と。

 しかし、よく考えてみると、これは何も公務員に特有の制度ではなく、年功序列型組織の特徴であることが分かるのです。つまり、最初は極めて安い給料で始まり、そして組織で働く職員は、一生その組織で働くことを前提とした上で、少しずつ給与を上げていく日本型給与制度の特徴なのです。

 だから、そもそも若いうちにもらう給与が、本来の働きからすれば少ない可能性があるので、その少なさを年を取ってからカバーしてやろうというのが、公務員やサラリーマンの自動昇給の制度だと思うのです。

 だから、そうした考え方からすれば、55歳以上になっても、職を辞さないうちは自動昇給があって何が悪いのだ、なんて考え方もあり得る訳で‥それに、考えてみたら、公務員がおおっぴらに天下りをしていた時代には、少なくてもある程度出世コースに乗ったような公務員は、極一部の例外を除き、55歳以上になって辞めないなんてことは殆ど考えられなかった訳ですから、今回のようなことが話題になることもなかったのでしょう。

 まあ、いずれにしてもこうやって、55歳以上の昇給をストップさせるなんてことをすれば、確かに国民の不満解消に役立つかもしれないのですが‥でも、もし、本当に無駄をなくすことを考えるとすれば、もっともっと公務員制度を観察して制度を改めさせる方法があるのですが‥マスコミも政治家も勉強不足で、少しも本質的な問題に言及することがないのです。

 私先ほど、1年経って仕事の実績があったり、或いは係長や課長に昇格したために給与が上がるのであれば、それは当然だと言いました。

 皆さんも、自動昇給ではなく、課長になったら給与を上げてやるのも当然だと思うでしょう?

 しかし、実はそこに大きな問題が潜んでいるのです。

 というのは、例えば、課長職ポストのインフレが起きているのです。(本省レベルでもそうですが、地方の出先機関では特にそうなのです)

 昔々、その昔、役所の課長さんというのは大変偉いポストであったのです。というのも、次官の下は、局長であり、その下はすぐ課長という単純な組織形態であったからです。また、だからこそ課とは言っても大所台であることが多く、さらに課長の下の係長の下にも多くの係員が配置されていたのです。

 でも、もう何十年も前から、本省の係長とは言っても、係長の下にはたった1人の係員しかいないようなケースが多くなり、或いは全く係員がいない係まで発生するような事態が起きたのです。

 でも、まだその時点では弊害はそれほど大きくはなかったのです。

 しかし、その後10年、20年経つと、今度は課が次第に小さくなっていく現象が現れたのです。つまり、課長になっても部下が数えるばかりになってしまい、かつての係長と変わらない様相になってしまった、と。

 或いは、名称は課長ではなくても、人事待遇上課長と同格の専門官のポストが多数でき、課長待遇でありながら、部下が全くいないポストが多く作られるようになってしまったのです。

 つまり、ポストのインフレが起きた、と。しかし、当然のことながら、課長相当職ができると、そのポストに就く人は、課長としての給与をもらうことができるので、自然に人件費が膨らむ傾向になってしまったのです。

 では、何故、そうした課長相当職が増えたか、或いは認められたかと言えば、例えば、金融などを管轄する役所においては、金融業界の仕事の中身が高度化、複雑化するのに伴い、それを監督する役人側にも、高度の知識と経験が必要だという訳で、課長並みのポストが認められたということなのです。

 でも、考えたらおかしなことなのです。

 例えば、1000人からなる役所があったとしましょう。その1000人の役所は、大きく5つの局、及び官房に分かれていて、例えば、一つの局の定員が約200人であったとしましょう。そして、一つの局には平均10の課が存在したとすれば、その役所には概ね50人の課長が存在することになるのです。

 しかし、既に言ったようにポストのインフレが始まり、その1000人の役所には、かつての50人の課長以外に、例えば100人もの課長相当職ポストが発生したのです。

 仕事の内容が高度になったからそれを扱う職員の能力も高度である必要があり、従って、その役所が新たにそうした高度な能力を有する職員を外部から登用したというのであれば、敢てその人々に高い給与を払うというなら分かるのです。

 しかし、現実に起こったことはと言えば、それまでは恐らく課長に昇進するような見込みのない人々にも課長相当職に昇進させることによって、高い給与を与えるようなことを役所は今日までしてきた訳なのです。

 それから、こうしてポストのインフレ化が起きたことにはもう一つ大きな理由があるのです。

 それは、定員削減制度の存在です。つまり、役所というところは、どのような役所でも毎年度一律の定員が削減されることが義務付けられており、そうなるとどの役所でも廃止するポストは一番影響の少ない係員のポストになるのです。それはそうなのです。定員を1人廃止しろと言われて、課長や課長補佐のポストを差し出すバカはいないのです。

 ただ、そうした定員削減制度がある一方で、反対に、行政需要の変化に応じて新しいポストや定員が認められてもいるために、どの役所でも、そうしたポストと定員の増員に毎年度やっきになるのです。

 で、そうなれば、新たに認めてもらうポストは、係員よりも係長、或いは課長補佐、或いは課長待遇というようになり、しかもその時に、仕事の中身が大変に高度化複雑化しているからという例の決まり文句が跳びだすのです。

 その結果、毎年度、ヒラの係員が一定数ずつ減るとともに、係長や課長待遇のポストなどが増えるということが起きるので、何十年かが過ぎると、見回せば組織は課長ポストばかしで、コピーを頼む係員がめっきりと少なくなっているのです。

 ということで、本当に行政改革を行うというのであれば、こういった現実に先ず気が付いた上で、真の不合理を正すようなことをしなければいけないのですが‥実は、こうした変化は何十年もかけ少しずつ起きるものですから、当の公務員でさえそうした問題の所在に気が付いていない人が多いのです。

 それに課長ポストを減らせばいいだなんてこと、その組織のなかで言おうものなら、どんな反応があるか明らかでしょう?

 そういうことで、こういった問題については政治家が乗り出す以外にないのですが、政治家なんていい加減なもので、自分たち自身が、本当は必要ないかもしれない副大臣や政務官の増設をごり押ししている訳ですから、真の行政改革はとても期待できないのです。


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 1ユーロが94円台を付け、我が国の財務大臣はいつもと同じような台詞を繰り返しているのです

 「最近の一方的な円高が日本経済の実態を反映していないことは明らかだ」 「行き過ぎた動きには、あらゆる措置を排除せず、必要な時には断固として行動する」

 そして、そのような大臣の発言に対して、巷では介入するならさっさとやるべきだという声と、介入などすべきではないという声が聞こえてくるのです。

 まあ確かに、欧州への輸出が頼みの日本の輸出企業にとっては、これだけ急激にユーロ安円高になれば、採算ラインを完全に下回ることになり悲鳴を上げたくなるのも分からないではないのです。そして、そのような実態を知った為替を所管する大臣としては、こうした円高を少しは是正させるように努めるのが仕事と言えば仕事。

 でも、昨日も言ったように、こうしてユーロ危機が何度もぶり返すのはそれなりの理由があるからなのです。その根本的な問題に対処することなしにユーロ危機を解決することなど困難である訳ですから、こうしてユーロ安円高が起こる度に上記のような発言を繰り返す大臣は一体何を普段考えているのか、なんて少し批判してみたくなるのです。

 今回もスペイン国債の利回りがまた7%台に乗り、危険水準を超えたとの見方が広がっている訳ですが、ということはスペインという国は実質破たん状態にあるのか、と私は問うてみたくなるのです。

 もし、実質破たん状態にあるのならば、スペインをそれなりに扱うべきであるのに、そうした事実を認めたくないために、対処療法的な措置に走るだけのユーロ圏の政治家たち。

 もちろん、危機は未然に防止するのに超したことはないのです。しかし、既に実質的に破綻しているものを、いつまでも健全であるかのように扱おうとするので、市場がそうした政治家の態度にノーと言っているのです。

 我が国の財務大臣は、現在の円高が日本経済の実態を反映していないなんて言うのですが‥そして、日本の輸出企業の立場になれば、そうした考えも分からないではないのですが、そもそも円相場というか、為替レートというものは、円と比較する通貨との関係を示したものである訳ですから、円の実力に変化がなくても、比較する相手方の通貨が急に弱くなってしまえば、その結果として円高になることが起こってしまうのです。

 にも拘わらず財務大臣はとても狭いものの見方しかしない。多分、そうして経済界に理解のあるところを見せて支持を得ようとしているのでしょう。

 しかし、そういう狭いものの見方しかできないから、逆に海外勢からは相手にされず、そして一般の国民を納得させることもできないのです。

 そして、そうやって海外のカウンターパートたちから相手にされないということは、仮に円高を是正するために為替介入をしようにも、決して協調介入など実現する筈はなく、場合によっては日本の単独介入が批判の的になるだけでしょう。

 しかし、それでも敢て介入を行い、円高が少しでも是正されるなら、大臣の行動も少しは評価されるかもしれませんが、全く効き目がないようでは、「単独介入なんて効き目がないことは分かっているではないか」などとこれまた批判されるだけでしょう。

 多分、こうやって大臣などが口先介入で応じている間に、事務方は、円売りユーロ買い介入を日本が行うことに対する欧州勢の反応を打診しているのだと思うのです。或いは、欧州としても、これ以上ユーロ安になるのを望まないのではないか、なんて。

 そして、仮に欧州勢が、急激なユーロ安は望ましくない‥なんて言ってくれたら渡りに船とばかりに介入に売って出ようという作戦なのでしょうが‥しかし、恐らく今ユーロ圏の多くの政治家たちは、このようなユーロ安を歓迎しているのではないかと思うのです。否、今のユーロ圏が経済回復を果たすには、もはやユーロ安を利用するしか手段がない、と。

 で、そうした欧州勢に対し日本が、こんなにユーロが安くなっているのに本当に大丈夫なのか、と問うたところで、欧州の政治家たちは、「対ドルで見たら、パリティどころか、1ユーロは1.2ドルもしているのだから、全然ユーロ安なんてレベルではないのだよ」と答えるだけなのでしょう。

 ということで、私は、今当局は打つ手に困っているとしか思えないのです。

 

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 ここにきてユーロが対円で特に安くなっています。本日、1ユーロは94円台の後半と、11年8か月ぶりの水準になっているのだとか。

 でも、どうしてユーロがこうも売られやすくなっているのでしょう?

 スペインが原因? はたまたギリシャが?

 いろいろ言われますが、それらの理由は、ユーロ安のきっかけになっても真の理由と考えるべきではないでしょう。

 私はこのブログでも何度か書いているのですが、ユーロが長期的にみて、それほど安くなる理由はないという考えなのですが‥それでもこんなにユーロが売られると、少しばかり弱気になってしまうの
です。

 何故ユーロが安くなるのでしょう? それに、ユーロはこのまま価値が下がる一方であるのか?

 私はそうは思わないのです。そんなこと、どう考えても理屈がつかないからなのです。

 私が思うには、こうやってユーロが安くなっているのは、ユーロ安のシナリオに今は従っていた方が、儲かる可能性が大であるとの思いから単にユーロ売りを仕掛ける投機家が多くなっているからだと思うです。

 でも、そうした動きが何時までも続くことはないでしょう。

 仮に、ユーロがどこまでも安くなることがあるとすれば、それはユーロという壮大な実験に終止符が打たれ、ユーロ圏加盟国が再び自国通貨に復帰するようなケースだけでしょう。

 では、ユーロが終焉する可能性はあるのか?

 そうなのです。この点に関して、最近内外で、ギリシャはユーロを離脱するしか道がないとか、或いは仮にギリシャがユーロを離脱しないのであれば、ドイツがユーロを離脱するであろうというような見方が広まり、いずれにしてもそのような事態が発生するならば、結局ユーロは崩壊するしかないという大変に悲観的な見方が増えていることが今回のユーロ安の背景にあると思うのです。

 確かに私も、ギリシャはユーロを離脱するしか道がないような気がするのです。というのも、これ以上の給与や年金のカット或いは増税に、ギリシャの国民は耐えることが出来ないでしょうから。もし仮に、ギリシャの国民が大変に辛抱強く、どんなに大幅な給与の引き下げにでも耐えるというのであれば、それならそれでギリシャ経済が回復するチャンスもあるのですが、ギリシャ国民は、これ以上耐えることなどできないと言っているのです。

 ただそれでも、仮にギリシャがユーロ圏を離脱してまたドラクマに復帰することになれば、それならそれでドラクマの価値の下落を通じてギリシャ経済が復活する可能性もあるのですが‥私などがそのように考える一方で、ギリシャがユーロを離脱するとギリシャの債務の実質的な重みがむしろ増えることになり‥などというもっともらしい解説がまかり通っているために、ギリシャはユーロを離脱すべきではないという意見を支持する人が多いのも事実です。

 つまり、そうしたもっともらしい解説に従えば、そもそもギリシャ国民はユーロ離脱を願っていないだけでなく、ギリシャがユーロ離脱をすればギリシャの経済は益々混乱状態に陥るために、ギリシャのユーロ離脱は考えることのできない選択肢になっているです。

 しかし、その一方で、ギリシャを始めとする債務国をドイツなどがどこまで支援できるかと言えば、それにも自ずから限度があり‥そうなれば、結局、ユーロを解体するしかなくなるのだ、と。

 私思うのですが、そもそもギリシャがいつまでもユーロに残留することが持続不可能であるのにも拘わらずギリシャをユーロに残留させている不合理な事態に対し、それではということで、投機筋がそうした不合理をついて、ユーロ安のシナリオを盛んに吹聴した結果がマーケットに反映されている気がするのです。

 ギリシャ一つもユーロから離脱させることができないというのであれば、ならばユーロ圏全部が壊滅するしかないと脅かしをかけられ、急に弱気になってユーロ安が進行しているのだと思うのです。

 従って、ユーロ圏の政治家たちが、市場の原理を無視して自分たちの思惑でどうにか事態を取り繕うとするような態度を取り続ける限り、何度もこうしたユーロ危機がぶり返すことになるでしょう。しかし、仮にそうした態度を改め、厳しい市場原理に従ってユーロ圏の政治家たちが行動するようになれば、そのときにユーロ安はぴったりと止むと思うのです。

 日本の政治家はことある度に、こうした円高の進行は投機筋の動きに原因があるという言い方をしますが、しかし、では何故投機筋がそうした動きをするのかと言えば、日本政府の資金支援を受けた欧州の政治家たちが表面を取り繕うようなことばかりしているからなのです。





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 日本ではというか、九州ではこんなに雨が降っているのに、アメリカでは1956年以来の大干ばつになっているというのです。ご存知でしょうか?

 それにしても政治家っていう人々は、異常気象とか、自然環境の変化に対して殆ど関心を示しませんよね。どうして? 地球温暖化の問題にしても、前回の大統領選のときには、あれほど争点になっていた感があるのに、今は見て見ぬふり。

 いずれにしても、こうして雨ばかり降って日照時間場短くなると野菜の育ちに影響を与え、一方、大干ばつが起きれば、一気に食料不足が心配されるようになるのです。

 雨が降らなければ大豆やコーンは育つことができないので、それは当然のことなのです。

 ということで、ここに来て大豆やコーンの価格が高騰しているのですが、恐らく、それによって食用油や食肉の価格も上がることになるでしょう。

 思い出すと今から4年ほど前にも穀物価格が高騰したことがあるのですが、そうやって世界的に食料不足が懸念されるようになると、我々は敏感に反応するものなのです。

 日本は、こんなに食料自給率が低くて大丈夫なのか、と。日本は、耕作放棄地が沢山発生しているが、そのようなことを放置しておいていいのか、と。そして、減反政策を止めさせるべきだ、と。

 そして、今回は、そうした批判に加え、何故TPPに参加しなければいけないのか、なんて批判も起きている訳です。

 まあ世の中にはTPPへの参加に関して、賛成論と反対論がある訳ですが‥私の考え方は、大変に分かりにくく、結論としてはTPPへの即時参加には反対しながらも、しかし、農産物の輸入自由化をいつまでも制限するという考え方も支持することができないのです。

 私は、基本的に日本の稲作だけは守り抜かないといけないという立場ですので、TPPに今すぐ参加するという考え方を支持することはできません。しかし、コメを除けば、農産物輸入の自由化を制限すべきと言う考えは基本的には採用することができないのです。

 ところで、TPPへの参加に反対する人々の考え方は大変に分かり易いものなのです。

 つまり、まともに日本の農業が海外と勝負をしても日本には勝ち目がないのだから、TPPへ参加することは農業を廃業しろということになるので、反対だ、と。

 まあ、農業に従事している人の立場になれば、それはそのとおりかもしれません。しかし、だからと言って、では競争力を喪失した農業を守るために国民全体が犠牲を払うことが国家的見地からみて望ましいと言えるのでしょうか?

 私にはとてもそうは思えないのです。

 それに、食料の自給率を高くしておかないと、いざ世界的に食料不足が発生して時に、日本として困ったことになる、という考えにも納得がいかないのです。

 では、何故そうなのか?

 世界的に食料が満ち足りている場合には、仮に日本の食料自給率がどんなに低くても、日本が必要は食料を確保できなくなるなんてことは考えられません。そのことについては、誰も異論がないでしょう。日本としては、主に工業製品の輸出で稼いだ外貨で食料を海外から調達すればそれで済むのです。

 つまり、食料自給率の低さが問題になるのは、世界的に食料不足になったときだと言えるでしょう。

 では、今回のように世界的に干ばつが起きて食料不足の様相を呈したら、日本はどうなるのでしょうか?

 答えは、二つに分けて考える必要があるのです。

 先ず第一は、世界的には食料不足が発生しているが、日本では食料不足が発生していないケース。

 まあ、食料自給率の低さが大変気になる人々は、多分、このような状態を目指すべきだ考えているのだと思うのですが、では、日本が今後TPPに参加しないことによって、そのような状態を実現できるというのでしょうか?

 しかし、日本が今後絶対にTPPには参加しないという態度を貫いたとしても、そのような状況にまで持っていくことは不可能であるでしょう。確かにコメなどについては、今までと同じように自分たちが食べるコメは自分たちで生産するというシステムを継続することができるでしょうが、例えば、大豆やコーンや小麦について、それらを今更海外からの輸入に頼らないで済むようにすることなど、どうしたらできるというのでしょう?

 というのも、そもそも日本とアメリカやオーストラリアの農家一戸当たりの農地面積は桁が2桁も違うわけですから、そもそもコストが大きく違うのです。その結果、仮に大豆やコーンや小麦を国内で殆ど賄おうとすれば、一般の消費者は、そのために大変な出費増を強いられることになるのが必至ですが、そんな犠牲を今更国民が受け入れることはないでしょう。

 それから第二のケースは、世界的に食料不足が起こり、そして、同時に日本国内でも干ばつなどのために食料が不足するケースが考えられるのです。この場合、日本はどうしたらいいのでしょうか?

 結局、そうして世界的に食料不足が起きたときには、裕福な国がお金でもって希少な食料を確保するだけの話であり、そのようなときには、普段の食料自給率がどんなに高くても大した意味は持たないのです。

 つまり、非常なことを言うようですが、どれほど食料自給率が低い国でも、お金持ちの国は、その資本にものを言わせて早めに食料の確保に走るでしょうし、反対に、国としてどんなに食料自給率が高くても、その国の農家が高い価格を提示するバイヤーに生産物を売ってしまうなら、その国の国民は食料不足を逃れることはできないでしょう。

 仮に世界がそのような食料不足に陥ったとき、それまで海外からの農産物の輸入に断固反対していた国内の人々は、お愛想笑いをして海外から貴重な食料を譲ってもらうことを考えるのでしょうか?

 TPPには何が何でも反対だと大声を上げる人々のなかには、欧州だって農産物については例外扱いをしており、食糧安保の観点から農産物を例外扱いするのは当然だ、などという人もいるでしょう。しかし、今言ったように、本当に食糧安保を考えるのであれば、あたかも軍事同盟が重要な役割を果たすことがあるのと同じように、食料についても全く他国に頼らないというよりも実情に応じて海外の調達網を常日頃維持しておくことが大変重要であると言えるのです。

 ここまで読んで頂いた人のなかには、だったらお前は、単なるTPP支持者ではないかと言う人がいるかもしれませんが、そうではないのです。

 つまり先ほど言ったように、いきなり日本が全ての農産物の輸入を自由化してしまうと、大打撃を受ける農家が発生することも事実であり、そのため、それなりの準備期間が必要であるのです。特に、日本人として守るべき稲作については、食料確保、自然環境の保護、国土保全、国内農業の発展などの観点からも考えなければなりません。

 今、私たちが米国の大干ばつのニュースに耳を傾けるとき、我々の耳にはコーンベルトという言葉が入ってくる訳ですが、私が言いたいのは、そうしたアメリカ型の農業を我々日本が受け入れてしまって、日本の農業は展望が開けるのかということでもあるのです。

 ご存知でしょうか? コーンベルトが意味するものを?

 正直言って私は、実際にみたことはありません。しかし、テレビの映像などで見る限り、見渡す限りのコーン畑が広がり、そして遺伝子組み換えされたコーンを栽培しているのが、コーンベルトの実情なのです。何でも遺伝子組み換え作物を栽培すれば、使用する農薬が少なくて済むのだとか。害虫が寄り付くこともなく、また雑草を除去する手間も省ける、と。だから、コストが安くつく、と。

 でも、そんなに人間にとって都合のいい農業が、自然には大変な負荷をかけていることを忘れてはいけません。害虫が寄り付かないというのは、結局、農薬を使っているせいであり、しかも、そうやって害虫だけでなく益虫も殆ど発生しないような農地が、何百キロ或いは1千キロ以上も続いているのです。それは自然の冒涜にはならないのでしょうか?

 繰り返しになりますが、そもそもこの狭い国土で、しかも棚田などの大変に非効率な農地が多い日本では、我々にはそうした遺伝子組み換えのコメで勝負をするのではなく、逆に農薬などを極力抑えた農法で勝負をすることが肝要だと思うのです。

 そうやって、自然環境に優しい農法によって育てた美味しいコメを作ることこそ、価格が相当高くても海外から注目される秘訣であるのです。

 私は、そうして日本のコメの魅力が海外に認められるようになれば、もうTPPへの参加を少しも恐れることがないと思うのです。

 ですから、準備期間を経て、日本のコメ農家の将来像について確たるものを描くことができたら、もうTPPの参加に反対することはありません。

 コメ以外の農作物についても、農家のなかには例外扱いして欲しいと考える向きがあるかもしれませんが、価格面で魅力がないとなれば、後は何らかの方法で付加価値を付けること以外には生き残りは困難であるでしょう。全ての農産物について例外扱いをすることなどとてもできないのです。





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