経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

2013年06月

 中国当局は、以前からバブルの崩壊を警戒しています。日本のようにならないように、そして米国のようにならないように、と。

 その一方で、中国は何度も何度もバブルが崩壊するのではないかと噂されています。そうでしょ?

 しかし、その一方で不思議なことが既に起きています。というのも、中国の株価は2007年がピークであって、現在、株価はピーク時の1/3程度の水準にまで下がっているからなのです。そうですよね。

 だとすれば、既に中国ではバブルは弾けてしまっているということなのか?

 しかし、その一方で、不動産価格は株価とは違った動きをしているのです。つまり、不動産バブルが弾けた気配はなし。むしろ、バブルが膨らんでいるような‥

 そのようなこともあり、中国当局は余計にバブルに対して警戒をしているのでしょう。

 では、ソフトランディングさせるためには、何をしたらいいのか?

 答えは、過剰な資金が不動産開発に流れないようにすればよい。

 しかし、地方政府からすれば、不動産開発は儲かる。事実これまでは、儲かった。そして、儲かるから不動産開発を止められない。

 一方、当局は、銀行から地方政府へのお金の流れを締め付けようとする。ほどほどにしないとバブルが起き、バブルが弾けてしまう、と。

 しかし、幾ら当局が蛇口を閉めようとしても、地方政府には闇の資金ルートがあるのです。それが、シャドーバンキングと呼ばれるもの。つまり、地方政府が特別目的会社を作って、そこを通じて資金調達をする、と。もちろん、銀行のバランスシートに現れるようなお金ではないお金です。

 では、誰がそのようなお金の出し手になるのか?

 それは、企業でもあり、個人でもある、と。

 例えば、国営企業などは、幾らでも銀行からお金を借りることができるが、現在は経済状況からしてそれほど資金需要もないために、多額の余裕資金を抱えているので、できるだけその資金を有利に運用したいと考え、銀行をダミーとして利用し、高い利回りでお金を運用することを考える。そしてまた、規制金利のために極めて安い預金金利しか受け取ることのできない個人が、高金利を謳い文句にする理財商品を購入し、そうして調達された資金が地方政府に回るのです。

 そうして調達される資金は、正規の銀行の融資ではないので、当然ながら金利は高い。しかし、その資金は、不動産投資に回されるので、多少金利は高くても大丈夫だと地方政府は考える。

 でも、本当に地方政府はいつまでも高い金利を支払い続けることができるのか?

 そして、中国では、株価は下落したものの、何故不動産価格は上がり続けるのか?

 早い話、不動産投資への資金の流れを当局が放任しているからに他ならないのです。資金が回り続けるので、取り敢えず不動産の暴落はあり得ない、と。

 では、いつまでも不動産価格は上がり続けるのか?

 幾ら中国当局でも、そのようなことが続く筈がないことは十分承知しているのです。そして、だからこそバブルに対する警戒も並大抵ではないのです。

 では、そうして不動産開発にお金が流れる仕組みを支えているシャドーバンキングを当局は今後取り締まるつもりなのか? そう言えば、先日、中国人民銀行の幹部は、「悪い子どもは罰する」とも言っていた訳ですから。

  しかし、中国当局が、不動産開発への資金の流れをいっぺんに止めてしまうようなことなど考えられないのです。そのようなことをすれば、それこそ不動産バブルがいっぺんに弾けてしまうからなのです。ただ、その一方で、これまでのように甘い態度を取り続ける訳にもいかない。では、どうするのか?

 米国の公共ラジオ放送が報じていましたが、中国政府は、今までとは考え方が違うというシグナルを送ったのだろう、というのです。

 どういうことかと言えば、今回は、敢て短期金利が上昇するのを一時的に放置して、シャドーバンキングの関係者に警告をしたのだ、と。今までのように政府が介入して、いつまでも必要な資金を供給してくれると思うな、と。

 しかし、中国当局は、そのようなシグナルを発しながらも、その後、必要な資金を供給して短期金利を低下させたのです。

 中国政府は、短期金利が上昇すれば、必要な資金を確保できなくなり、そうなればデフォルトするしかないのだぞ、と脅かしをかけることによって、不動産開発から少しずつ手を引けと言っているのでしょう。

 理財商品の償還期は四半期ごとに集中すると言いますので、今度は9月中旬以降にまた、短期金利が上昇する可能性があると思っていた方がいいでしょう。そして、その時に、当局がどのように応じるのか? 

 また、似たようなことが起きる可能性が高いでしょう。そして、地方政府も多分同じようなことを考えるでしょう。しかし、だからなかなかシャドーバンキングを縮小させることはできないのです。




 この分だと、急に中国の不動産バブルが崩壊することは多分ないだろう、と思う方、クリックをお願い致します。
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 私、5月からリカードの経済学講座を有料で開始しているのですが、本日は、お金に余裕がない人のために無料で勉強する方法をご紹介します。

 はっきりと言います。お金などかけなくてもその気になれば勉強はできる。

 では、どうやって勉強したらいいのか?

 一番いいのは、原書を読む。そして、原書の内容は無料でネット上で読むことができる、と。

 
 ↓↓↓
 On the Principles of Political Economy and Taxation

 或いは
  ↓↓↓
 PDFバージョン

 これらならお金がかかりません。

 しかし、それだと身も蓋もない? 

 そうですよね。原書を読めなんていうと、多くの人が怒るでしょう。

 それに、原書を読みなれた人なら、私がいちいち勉強の仕方を紹介するまでもない。

 ということで、皆さんには、これまでに我が国で出版されたリカードの「経済学および課税の原理」の主な翻訳本を紹介致します。次のリストをご覧ください。

リカード 翻訳者

 このなかで一番古いのは、小泉信三先生が昭和8年に岩波文庫から出版されたもので、私、数年前に福岡県立図書館でこの本を閲覧することができましたが‥余りにも文体が古くて、ぱらぱらっと見た程度で終わっています。

 但し、小泉信三先生は大変偉大な方で、後に小泉信三全集を出版され、その第23巻目として「経済学および課税の原理」の改訳版を昭和44年に出版されているのです。

  では、この改訳版は読みやすいのか? 

 昭和44年の出版なので、相当に読みやすくはなっていたとは思うのですが‥それほど大きな改訳がなされていたという訳ではなかったと思います。いずれにしても、この本は閲覧はできたのですが、貸出禁止になっていたため殆ど読んでいません。

30003749_01_1_2L 
 同様に古めかしい翻訳と言えば、吉田秀夫先生の訳本があるの
ですが、これ、実は以前からネットで自由に読むことができるようになっているのです。それどころか最近では、所謂電子書籍として購読が可能に! しかも無料で。お手頃でしょ?

 但し、大きな問題があるのです。
 
 訳が大変に古めかしい。

 では、読みやすい訳はないのかと言えば‥昭和39年に吉澤芳樹先生と羽鳥卓也先生が翻訳したものがあるのです。
 
 私、この本については、図書館での貸出が可能であったので、結構読んだ記憶があるのです。というのも、この両名は、後に岩波文庫から翻訳本を出版され、そして私は、その岩波文庫の翻訳本をテキストとして使用していたために、これらの2つの翻訳を読み比べることによって、翻訳者の理解がどのように変化して行ったかを窺い知ることができたからです。




 リカード岩波
 まあ、新しさからいえば、この両名が岩波文庫から出版した「経済学および課税の原理」(上巻、下巻)を手に入れてお読みになることが一番手っ取り早いでしょう。

 ただ、この本は既に絶版になっていて、もはや市販はされていないのです。

 ということで、読みたければ、図書館で借りるか、或いは古本屋さんなどで入手するしかないのです。

 <追加情報>
 読者の方から教えて頂いた情報ですが、何と岩波文庫から「経済学及び課税の原理」の重版が7月10日頃出版されるとのことです。


 それに、私がこれまで何度も言っているとおり、お二人には悪いですが、誤訳というか勘違いや理解不足がある。だから、私は、自分で改訳に取り組んだのですが‥

 後、図書館で借りることが可能であると思われる本を紹介するとすれれば、竹内謙二先生が出版した本と、堀経夫先生がリカード全集として出版した本があります。

 前者は東京大学出版会から出版されたもので、特に訳が優れているということではないのですが、この人、大変ユニークであり、また、「誤訳―大学教授の頭の程」という本を執筆しており、この本と合わせて読むと、大変刺激を受け、翻訳の勉強にもなるのです。しかし、この人の言っていることが全て正しい訳ではないので、早合点しないように。

 それから、ついでに言っておきますと、この訳本には乱丁というのでしょうか、ページが前後している箇所があるので気を付けて下さい。

 それから堀経夫先生がリカード全集という立派な本を出版されていますが、見かけは立派なのにどういう訳か乱丁があり、がっくり来ます。

 ということで、一番てっとり早いのは、図書館で岩波文庫の「経済学および課税の原理」を借りてきて、読み始めるということになるのです。お分かり頂けたでしょうか?

 但し、図書館で借りた本であれば、蛍光ペンで線を引いたり、本に感想を書き込んだりできませんよね。

 いずれにしても、自分に合った読書法を見つけて下さい。

 健闘を祈ります。

 
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 中国経済がきな臭くなってきているようです。

 ただ、今までも中国のバブルが弾けると何度も言われてきたことであり‥しかし、今回は、短期金利が急上昇するなど、従来とは若干違う雰囲気を醸し出しているのです。

 麻生財務相が本日、次のように述べています。

 「オーバーナイトコールが7%だとか、一時期15%まで上がった。そういったのは不安材料として、えらいことになっているんだと思う」「どういう影響が出てくるかは今何とも言えないが、結構しんどい状況というのが、我々の見えないところで起きているということは十分に考えられる」

 財務大臣兼金融担当大臣がそこまで言うのですから、ただ事でない可能性があるのです。

 では、肝心の中国側はどんな発言をしているかと言えば‥

30130301108(中国人民銀行のサイトより)

 周小川中国人民銀行総裁は、「各種の手段を使って市場の安定を守る」と穏当な発言に終始しているようにも思えるのですが、シャドーバンキング対策を進める意向も示しているのです。

 さらに言えば、同銀行の研究局長は、「悪い子どもは罰すべきだ」と述べたとも。

 では、悪い子供に譬えられたシャドーバンキングとは一体何なのか? そして、そのシャドーバンキングが短期金利の上昇とどのような関係があるのか?

 例えば、短期金利が急上昇するというのは、米国のボルカーFRB議長の時代がそうであったように、インフレ退治のために中央銀行が思い切った金融引き締めに乗り出したために起こることがあるのです。

 しかし、そのような場合の短期金利の上昇は、様々な副作用があるにしても、そもそも原因が明らかなためにそれほど驚く必要もないのです。それに、今の中国は、悪性のインフレで困っているというような状況にはないのです。

 つまり、短期金利は別の原因で上昇している、と。

 では、何が原因なのか?

 急上昇している短期金利というのは、SHIBOR(上海銀行間取引金利)のことであるのです。つまり、銀行同士が互いに資金を融通しあう短期金融市場において金利が上昇しているのです。

 では、何故金利が上がるのか? 余裕資金が少なくなったためか?

 そうではないのです。資金を貸して欲しいと希望する銀行の信用度に疑問符がつくようになったからなのです。あの銀行にお金を貸して大丈夫なのか、という不安が大きくなっている、と。銀行が互いに疑心暗鬼になっているのです。

 では、何故疑心暗鬼になるのか?

 その原因がシャドーバンキングなのです。

 では、シャドーバンキングとは何か?

 誤解を恐れず、大胆にそして分かりやすく言うならば、それは銀行のオフバランス取引であり、ノンバンク融資と言ってもいいでしょう。

 いずれにしても、銀行の正規の業務ではなく、しかし、銀行の業務の代わりをするのがシャドーバンキングであるのです。

 例えば、銀行が自ら有するローン債権を証券化して、それを預金者に売り払う。

 銀行の預金であれば、極めて低い金利しかつかないが、そうした証券は高利回りを売り物にしているので、預金者が跳びつく。そうすると銀行は、自分にとって都合の悪い不良債権をオフバランス化、つまりバランスシートの資産の部から落とすことができるのです。

 悪く言えば、不良債権の飛ばしとも言えるのです。そして、預金者は、そうした証券の担保になっている元々のローン債権が信用度の低いものだとは知らないからそうした証券を喜んで購入するものの、本当に元本が償還されるかその保証はない、と。

 結局、中国の不動産価格の動向次第で、不動産価格が今後急落するようであれば、そうした証券がデフォルトを起こし、その証券の保有者たちが騒ぎだす恐れがあるのです。

 手元資金に余裕のある企業は、銀行に融資を委託するようなことがあると言います。何故そのようなことをするかと言えば、本業について、例えば設備過剰に陥っているような場合には資金の使い途がないために、その資金を有利に運用することを考えた結果だ、と。

 何でも、中国の企業は直接他の企業に融資することが禁じられているので、銀行を通して融資を行うような形を取らざるを得ないのだとか。そして、そのような場合、高金利であることが普通であって、しかも、そうした資金のやり取りは銀行のバランスシートに反映されることはないのです。

 何故そのようなことが中国で起こるかと言えば、中国の銀行は、融資すべき企業等が国の方針で定められているので、借りたい企業や借りたい人がお金を借りることが難しいのだ、と。そして、だからこそ高利でも借りざるを得ないというのです。

 しかし、例えば、金利が10%とか20%であったとして、それを返すことができる商売とは、一体どんなものであるのでしょう?

 つまり、シャドーバンキングが荷っている金融取引の多くは、中身が怪しいもの、つまりリスクが高いものであり、しかし、それらは決して銀行の表向きのバランスシートからは窺い知ることができないので、銀行同士がお互いに疑心暗鬼になってしまうのです。

 そこで、繰り返しになりますが、中国人民銀行は「悪い子は罰すべきだ」と言うのです。つまり、シャドーバンキングを取り締まるということなのでしょう。

 では、取り締まりが功を奏するのか?

 しかし、何故そもそもシャドーバンキングが拡大したのかという理由を考えなければいけません。

 その最大の理由は、中国当局が、銀行業務の細かいことにまでいちいち口出しをして、様々な規制をかけているからに他なりません。預金金利はもちろん自由ではない。

 そして、金利が低いと預金者は満足しない。だから、利回りの高い金融商品が誕生すれば、預金者はそれに跳びつく。

 銀行が自由に融資相手を決めることができれば、ノンバンクが登場する余地も少なくなる。

 そうでしょ?

 なんでもかんでも当局の思い通りに動かそうとするから、今度はその裏をかく人々が現れる、と。

 それに、銀行の不良債権を表面化させたくなかったために、シャドーバンキングが大きくなったという面もある。そして、当局はそれを放置した。というよりも、金融危機を発生させたくなかったために見逃さざるを得なかった。

 しかし、結局、そうして問題の先送りをしても爆弾は大きくなるだけ。そして、銀行自身がそろそろ危ないと感じ始めているから、疑心暗鬼になり短期金利が急上昇しているのです。

 仮に当局が、シャドーバンキングを急に取り締まるようなことになれば、中国経済は大混乱を起こすでしょう。しかし、だからと言って何も対策を打たないとなれば、益々爆弾は大きくなるばかり。

 

 
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 通常国会が閉会した今、安倍総理にとっては、今度の参議院選挙に勝つことが最大の課題になっていることを誰もが承知しています。そうですよね、今は、参院選があるのみなのです。

 但し、その参議院選においても、ほぼ間違いなく自民党が勝利するでしょう。多くの人はそう思っている筈です。

 ということは、これで「ねじれ」も解消され、少しはスムーズに国会の運営がなされ‥そこまでは、ある意味歓迎すべきことのように思われます。

 しかし、冷静に考えれば、そうした状態とは、かつての自民党一党支配の時代と何ら変わりはない。

 では、ねじれが解消されて本当に事態は改善するのか? プラスの面とマイナスの面があると思うのです。

 もちろん「決められない政治」がどれだけ国民に迷惑をかけることか! しかし、同時に、何でもかんでも与党の好きなように事が運ぶのも‥だってそうでしょう?

 誤解のないように言っておきますが、国民の大多数の意見と与党の意見が一致するような場合には、与党のリーダーシップで何でも決めてもらっていいのです。しかし、世の中には国民の意見が割れるような微妙な問題もある。むしろ、国民の大多数は支持しないと思われる問題もある。しかし、それにも拘わらず与党というか政権の考え方一つで、どれだけ国民の声が無視されてきたことか。

 早い話、原発の再開に関して、国民の過半数が支持しているとはとても思えません。もちろん、支持する人がいるのは、そのとおり。ただ、割合的には、再開反対の方が断然多いと思います。

 そうでしょう?

 それが分かっていればこそ、現政権も、そうした国民の意向に配慮した上で、将来的には原発の比重は低下させるなんて耳触りの良いことを言う。しかし、本音としては、原発を一刻も早く再開をしたくてたまらない。

 私思うには、それほど原発を再開したいのなら、何故堂々と国民にそれを訴えないのか、それが不思議でならないのです。

 原発を再開するという以上、今度こそは万全の対策を取ったと言えなければならない。そしてまた、そうであれば過去においては対策が万全とは言えなかったと認めなければならない。しかし、そうなると責任問題に及ぶので、そこのところは濁して事実だけを先行させる戦略に出る。

 いずれにしても、正攻法で国民に原発の再開を訴えるのは、若造のすることなのですよね。だって、そのことが選挙の争点になれば、勝つ可能性が小さくなるから。だから、決して本音は言わない。憲法改正の問題もそれと同じなのですよね。あれだけ、憲法改正に熱心であったのに‥

 率直に言いますが、私は、憲法改正に関しては断然支持する立場なのです。

 何故憲法改正をタブー視するのか、と。

 憲法9条は別として、現憲法に殆ど改正すべきことが見当たらないというならともかく、ちょっと考えただけでもおかしな規定が沢山あるのが、現憲法。

 憲法89条を素直に読めば、私立の学校に政府が補助金を出せないのは当然のことなのですが‥でも、そうなると私立大学などに子供を通わせている親の経済的負担が重くなりすぎるからという理由で、平気で憲法の規定を無視するような運用が行われる。

 先ず結論ありきであって、その後、国が私立学校に補助金を出すのは憲法違反ではないという理由を探し出す。

 まあ、そんなことがまかり通るのであれば、どんな規定を憲法で設けようと、幾らでも解釈で対応することが可能になってしまうのです。

 だとすれば、何のための憲法なのか? バカみたい!

 だから、国民の目から見ておかしな規定だと誰もが感じるのであれば、憲法の規定を改正する作業が必要なのに‥そして、ときどき政治家のなかにも憲法改正を主張する者が出現するのに‥そして、確か安倍さんは憲法を改正すると言っていた筈なのに‥参議院選挙を前にして、憲法改正は打ち出すことを止めたのです。

 憲法改正を打ち出しても、むしろ選挙にはマイナスに作用すると予想したからなのです。

 誤解のないように言っておきますが、私が憲法改正を支持すると言っても、集団的自衛権を憲法で明記すべきだなどと考えている訳ではないのです。むしろ、平和憲法の趣旨は最大限尊重すべきだ、と。私が言いたいのは、自分たちの憲法であるのに、自分たちの意思で変えることができないのは不合理だということなのです。

 いずれにしても、何故安倍さんは本音を言わないのでしょう? もちろん、時々本音が垣間見られることがあるのはよく承知しています。だって、フェイスブックとやらで、結構他人を攻撃することが多いからなのです。

 「親の仇だ」「外交を語る資格がない」「息を吐くように嘘をつく」

 好き嫌いがはっきりしていらっしゃるようで、それはよく分かっています。

 しかし、その割には触れたがらない事件等もありますよね。しかも、国民が大いに関心を示しているのに‥

 もちろん、一国のリーダーが細かなことにまで全て反応を示す必要はないでしょう。しかし、国民の立場に立てば、そのような問題に総理が本音としてどう考えているのかを、知りたいと思うこともある。

 だって、そうでしょう? 自分が関心のある事柄に関して、総理も同じ考えであることを知れば、総理を支持したいと思うし、そうでないことが分かれば、総理を支持することを止めようかなともなるわけですから。

 最近、いろんなことが起こっています。私が、総理の本音を知りたいのは次のような事柄についてです。

 (1)鹿児島県の上海研修旅行について

 鹿児島県議会はまだ結論を出していませんが、総理はどう考えるのか?

 あくまでも鹿児島県という地方自治体の判断に関わることだから、特に意見はないと言うのでしょうか? 或いは、本音としては、鹿児島県知事は何をバカなことを考えているのか、と思っているのか?

 仮に、この問題が鹿児島自身の問題だから、国としては意見を言わないというのであれば、では、どうして国は都道府県に対し、職員の給与を引き下げるように事実上強制したのでしょう?

 (2)プロ野球の統一球の問題について

 統一球の反発係数が変わっていたのに、何も変更はないと嘘を言っていたことが判明しましたが、総理はその問題について、どのように感じているのでしょうか?

 何故真実をはっきりと伝えなかったのか、と思っているのか? それとも、その程度のことはあってもおかしくないと思っているのか? 

 まあ、プロ野球のことについて、総理がとやかく言う必要はないという意見は当然あると思うのですが、先日、国民栄誉賞を長嶋監督と松井選手に授与したばかりですから。それに、コミッショナーは、日本を代表する駐米大使の立場にあった人ですから、その意味でも感想を聞いてみたいのです。

 (3)左翼のバカどもがと発言した官僚について

 総理はどのようにお感じになっているのでしょうか? 少なくても、行政のトップに総理大臣がいる訳ですから、このことについて、少しは発言してもらいたいものです。

 確かに懲戒に値する行為であったが、左翼のバカどもという発言には、少しは共鳴するところがあるとでも感じているのか?

 (4)人権人道大使のシャラップ発言について

 北朝鮮に拉致されている人々を取り戻すために尽くさなければならない大使が、先日、海外の公式の会議でシャラップと発言しましたが、あの発言についてどう感じているのか? 大使は、日本を代表する立場にあり、そして監督責任は総理にあるのですから、感想を聞いてみたいのです。果たして、あのような人が大使を続けるのが適当なのか?

 総理が実際に感想を述べるかどうかは別として、仮に、総理が、こうした最近の出来事に関して非常に残念な思いでいるというようなことが漏れ伝わってくるならば、国民は、総理によりシンパシーを感じるようになると思うのですが、如何でしょうか?

 勝手な想像ですが、総理はひょっとしたら、こうした問題にはなるだけ触れないでいようと思っているのではないのでしょうか?

 しかし、私は、このような問題が発生すること自体が、日本社会の閉塞感を表しており、経済発展の妨げにもなっていると思うのです。

 

 
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 突然ですが、オーストラリア政府と日本政府の間で訴訟が行われているのをご存知ですか?

 日本とオーストラリアとの間で、日本の捕鯨を巡ってすったもんだしていたことがあるのを記憶している方は多いと思うのですが、それが裁判にまで発展していて、本日26日から、ハーグにある国際司法裁判所で口頭弁論が始まるらしいのです。

 どう思います、オーストラリアのクレームについて? 彼らは、日本の調査捕鯨は、本当は商業捕鯨ではないかと言っているのです。

 まあ、いろんな意見があると思うのですが‥結構、多くの方が、この間の人道人権大使ではありませんが、「シャラップ!」と言いたい気持ちになっているのではないでしょうか?

 でしょ? 「うるさい」と。

 何故他人の国が、日本のすることにいちいち口出しをするのか、と。自分たちだって、牛肉は食べるし、カンガルーに対しどんな仕打ちをしているのか、と。

 でも、そう言いたい人々に言いたい。そう熱くならないで、冷静に考えましょう。

 その前に、もし、自分がクジラであったら、やっぱり日本よりオーストラリアの言うことを有難いと思うでしょうし‥

 だから、先ずクジラさんにお気の毒に、と言いたい。

 しかし、残念なことに、生き物は、他の生き物を摂取しなければ生きていけない。これが自然の道理。クジラさんも他の生き物を摂取している。そして、人間も他の生き物を摂取する。

 だから、例えばイヌイットが行う捕鯨は、国際社会でそれほど問題にされることはないのです。

 その論理に従えば、日本だって、近海で細々と捕鯨を行う程度であれば、オーストラリアがクレームを付けることはなかったかもしれない。

 しかし、漁師の性というか、獲物を見つけるとどこまでも追いかけたくなる。だから、日本の漁船団は、世界中の至る所で漁をするし、捕鯨船は南極までクジラを獲りに行く。

 一方、オーストラリアと言えば、南極のすぐ近くに位置する国であり、また、クジラのウォッチングを観光の目玉にしていることから、日本のやる行為が許せない、と。

 だって、クジラのウォッチングをする人々は、皆、クジラを愛する心優しい人々でしょうから、その自分たちが愛するクジラが殺戮されるなんてことをしれば黙っていられない、と。

 プラス、欧米人の差別的な意識もあって、日本の捕鯨がどうしても野蛮な行為に見えてしまう。

 裁判では、日本の捕鯨行為が、調査捕鯨の範囲に留まるのか、それとも商業捕鯨と考えられるのかが争点になると思われますが‥それが、どのように判断されるかは、裁判所の判断に任せたいと思います。

 ただ、率直な感想を述べるならば、調査捕鯨という主張を貫き通すことは無理なのではないでしょうか。もちろん、調査捕鯨の細かい定義について私が徹底的に確認した上での意見ではないので、確信を持って言えることではないのですが、でも、常識から考えたら商業捕鯨と言われても仕方がないでしょう。

 何故ならば、多くの日本人が多分、本音としてそう感じているから。しかし、同時に、そうした多くの日本人は、何故海外からとやかくいなければいけないのか、という思いがある。西洋人だけが偉いのか?西洋人こそ野蛮ではないのか? という思いもある。だから、商業捕鯨ではなく調査捕鯨だと言い張りたい。

 いずれにしても、私は、この裁判の行方は世界が注目していることでもあり、この際、日本が言いたいことがあるのであれば、堂々と述べることが必要だと思うのです。

 ただ、だからこそ私には懸念があるのです。

 外務省のサイト(捕鯨に関するQ&A)にアクセスすると、日本の捕鯨の正当性がアップされているのですが‥
  ↓↓↓
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/whale/q_a_j.html

 間違ったことは書いていないのでしょうが‥如何にも役人的な文章ばかりが並んでいて‥要するに、説得力が感じられることがないのです。一つだけ例を示しましょう。

Q4. 日本の調査捕鯨は,商業捕鯨モラトリアム違反では無いのでしょうか。
 
A4. 日本の調査捕鯨は,ICRW第8条に整合的な形で実施されており,商業捕鯨モラトリアムが規制対象としている商業捕鯨ではありません。モラトリアムを定めるICRW付表10(e)の規定は,最良の科学的助言に基づき商業捕鯨モラトリアムを検討すること,遅くとも1990年までにモラトリアム措置が鯨類資源に与える影響に関する包括的評価を行うとともに,同規定の修正,及び新たな捕獲枠の設定につき検討することを求めており,我が国の調査捕鯨は同規定の趣旨に基づき実施されています。(IWCによる当該「検討」は現在もなお継続しています。)

 如何でしょう? 恐らく間違ったことは書いていないのでしょう。しかし、そのようなことを幾ら述べても、なかなか日本のことを理解してもらえないのではないでしょうか?

 要するに、日本人は屁理屈ばかりつけ‥その上、あのかわいいクジラさんを殺戮している、と思われ続けるだけで、本当の日本人がどんなものであるかはなかなか理解されないでしょう。

 そのようなことではいけないのです。もっと常識に訴える作戦でいかない、と。

 そもそもクジラは日本人だけが食べるのか? 西洋人は、クジラを捕獲しないのか?

 先ず、人類の捕鯨の歴史というものをオーストラリアを始めとする世界の人々にしっかりと認識してもらうことが必要なのです。

 オーストラリアの人々の元々の母国は英国です。

 例えば、アダムスミスが国富論の中でも書いているように、昔の英国人たちは盛んに捕鯨活動にいそしんでいたのです。だから、少し知識のある人々なら、自分たちの祖先がクジラをガンガン捕獲していたことをよく知っているのです。白鯨という小説もあります。それに日本に開国を求めたペリーが何故日本に来たかと言えば、元はと言えば、捕鯨船への燃料と水の補給が目的だったではありませんか。

 では、彼らはそれほどクジラの肉が好きだったのか?

 しかし、クジラを捕る主たる目的は別にあったのです。つまり、肉よりも鯨油が目的だった、と。鯨油は、温度が下がっても固まらないので、ランプの燃料や潤滑油として人気があったのです。それに、クジラの髭や骨は、コルセットやペチコートの材料になった、と。

 でも、20世紀に入ると、石油精製の発展と共に、そのような需要が激減し、クジラを捕獲する意味が失われてしまったのです。

 どんな目的であろうと、過去大々的に捕鯨をしていた英国人の子孫であるオーストラリアなどの人々が、どんな顔をして捕鯨が残酷だなどと言えるのでしょうか?

 繰り返しになりますが、漁の対象にされたクジラさんは、かわいそう。それはそのとおり。

 但し、日本人は、自分たちが食する生き物に対する感謝の念を持っているから、「頂きます」とちゃんと食事の前に言う訳ですし、捕鯨の基地にはクジラ塚なるものがあるところもあると聞きます。

 それに比べて、西洋の人々はどれだけ慈悲深いと言うのか?

 オーストラリア人がカンガルーを棒で叩くという反論は、この際置いておくとして‥

 例えば、英国人のキツネ狩りやスペイン人の闘牛という行いについて指摘してみたら如何でしょう?

 どうしてキツネ狩りなんかするのですか?

 キツネの肉を食べる必要があるからですか? 否、彼らはスポーツというか娯楽でやっているのです。

 どうして鴨を撃ち落とすのですか? これも、食べるためというよりも、娯楽なのです。

 闘牛にしてもそのとおり。何故おとなしい牛を興奮させるようなことをするのか? そして、興奮して向かってきた牛に一撃を加える。それ、おかしくないですか?

 誰が一番残酷なのか?

 私は、今回の裁判で日本が一番主張すべきなのは、そのような西洋人にとって都合の悪い事実を指摘することだと思うのです。

 しかし、口では、捕鯨のどこが悪いのかと居直る日本政府というか、外務省も、本当にそこまで議論するだけの度胸はないでしょう。

 何故ならば、もし、日本の外交官がそこまでのことを言えば、煙たそうなまなざしを向けられることが必至だからです。

 そうやって、日本の国民と外国の政府との間で適当に演技をしている日本の外交官たち。

 しかし、折角の機会なのだから、日本人がクジラに対してどのような思いを抱いてきたかを、しっかりと理解してもらうことが必要だと思うのです。

 本当にいい機会だと思います。冷静に双方が思いのたけを述べて誤解を解くことが必要です。

 最後に一言。米軍の潜水艦の発する超音波が、クジラの脳に障害を与えているという研究結果がありますが、オーストラリア政府は、どうして米国には抗議をしないのでしょうか?

 それから、クジラが増えすぎると、魚の数が減少するからという反論は説得力がありません。だって、クジラをそれほど大量に獲ることのできなかった昔の方が魚の数が少なかったという事実はないのですから。

 魚の数の減少は、乱獲と環境の破壊が最大の理由なのです。



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 リカードの「経済学および課税の原理」をお読みになったことがありますか?

 多分、読んだことがないという人が圧倒的でしょう。

 では、読んでみたいと思いませんか?

 さて、読んでみたいと思う人は、どれほどいるのでしょう?

 しかし、リカードは、アダムスミスとともに古典派の代表的な経済学者であるし、また、政治経済の授業でならった比較優位の原理を説いた人だ、と聞けば‥では、読んでみようか、と思う人も結構いるのではないでしょうか。

 但し、読みだしてみると、これが結構難解‥というか、何を言いたいのかチンプンカンプンのところが多すぎる。

 かくして、リカードに挑戦した人の多くが、簡単にギブアップしてしまうのです。

 確かに、「経済学および課税の原理」はとっつきにくい。それはそのとおり。

 では、何故とっつきにくいのか?

 二つ理由があると思います。

 一つは、リカードが極めてユニークな考え方をすること。

 そして、今一つは、既存の日本語訳が、こなれた日本語になっていなかったり、リカードの言いたいことをよく理解しないまま日本語に直しているので、さらに分かり難くなっているのです。

 では、どうすべきか?

 リカードは読まない、というのも一つの選択肢。

 しかし、リカード以降の経済学者が非常に多くの影響をリカードから受けているのは確かであるのです。また、リカードの本を読むことによって、アダムスミスが言いたかったことの理解が一段と深まるのも事実。

 だから、リカードはindispensable

  では、どうやって「経済学および課税の原理」を読破したらいいのか?

 そう思った人は、「Yahoo! ニュース 個人」にアクセスして下さい。

 私が、週に2度のペースで、「経済学および課税の原理」の日本語訳と、詳細な解説文を掲載しているのです。

 但し、毎月840円の購読料がかかります。月に8回読むとして、1回当たり105円也。

 何とお手軽な価格であることか! なんて自分で言ったりして。

 バックナンバーだけを読むこともできるのです。つまり、何時でも自分の都合に合わせて、リカードの「経済学および課税の原理」にチャレンジすることができるようになったのです。

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 バックナンバー

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 小笠原誠治のページ
 
 
 


 バックナンバーのご案内

 第1回(5月3日)  第1章 価値
 第2回(5月10日)  同上
 第3回(5月17日)  同上 
 第4回(5月24日)  同上
 第5回(5月28日)  同上
 第6回(5月31日)  同上、第2章 地代
 第7回(6月4日)  第2章 地代
 第8回(6月7日)  同上、第3章 鉱山の地代
 第9回(6月11日)  同上、第4章 自然価格と市場価格 第5章 賃金
 第10回(6月14日)  第5章 賃金
 第11回(6月18日)  同上、第6章 利潤
 第12回(6月21日)  第6章 利潤
 第13回(6月25日)  同上、第7章 貿易


 この講座を読破して、原書まで手を出せば、寝っころがってリカードの原書が読めるようになるかも。

 多くの人が挫折しているので、貴方がもし読破することができれば、貴方は相当に凄いのです。

 
 以上です。
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 麻生財務相は、どうしても民間企業に対し、設備投資に積極的になってもらいたいと思っているようですね。

 まあ、それはそうでしょう。成長戦略には設備投資の数値目標まで設定しているのですから。それに、思惑どおりに設備投資が動き出せば、確実に経済成長率が上向くでしょうから。

 では、何故企業は設備投資に積極的になれないのか?

 だって、生産能力が十分ある訳ですから‥生産能力を増やそうなんて思う経営者はいないのです。因みに、生産能力を拡充する場合でも、海外で設備投資をするならばGDPに反映されることはないのです。

 いずれにしても、麻生財務相はどうしても設備投資を動かしたい!

 だからこそ企業経営者に向かって、第一の矢と第二の矢で、財務省と日銀にはやれるだけのことはやらせたのだから、後は企業の経営者が行動する番だ、なんて言うのです。

 お金は見るものではなく、使うものだ、なんてことまで言うのです。

 そんなことを政治家から言われて‥むっと来ている経営者がいるかもしれません。

 本日も、麻生財務相は、次のように言いました。

 設備投資が動き出すかどうかは、「社長の決断、それがすべて」

 だとすれば、今後も設備投資が動き出さなければ、それは、企業経営者が優柔不断であるからということになりそうなのですが‥

 しかし、そこまで言うのであれば、私も麻生財務相に言いたい。

 では、どの企業、どの業種なら、もっと設備投資をした方がいいと、大臣として判断できるのか、と。仮に、麻生さんや安倍さんが、民間企業の経営者だったら、真っ先に設備投資に動き出すのか、と。

 もちろん、細かく見て行けば、今でも景気が良い企業や業種はある訳で、そのようなところは設備投資をやっているのです。しかし、私が言いたいのは、そのようなことではなく、設備投資をしないことが経営判断のミスと思われるようなケースがどれだけあるかということなのです。

 お金は眺めるものではない? 何を言うのか、と多くの経営者が思っているのではないでしょうか?
 
 お金を眺めている、と言うのであれば、それは、即、経営判断が誤っていると言っているようなもの。設備投資をすべきだと言っているようなもの。

 しかし、麻生さんが仮に経営者だったとしたら、自分だって今のような時期に設備投資に動く可能性は極めて小さいのではないでしょうか?

 何故ならば、まだまだユーロ圏はマイナス成長が続いているから。つまり、日本の欧州向けの輸出は急に回復する見込みはない。中国との関係も緊張状態が続いているので、対中国向けの輸出が奮わない。米国の経済にしても、株価こそ史上最高値を更新しているものの‥米連銀の資産購入措置の縮小見通しのために、今後どうなるか不確かな面が多い。

 そんななか、焦って設備投資に走りますか?

 それよりも、このような時にはおしんのように耐え忍ぶ戦略に出るのではないでしょうか?

 設備投資減税や一括償却につられて貴重な内部留保を吐き出してしまい、結局、売上は増えずに過剰設備が残るだけだったら、即、社長の座を去らなければならなくなるでしょう。

 それに、人間って、他人からどうしろこうしろと言われると、却ってやりたくなくなってしまうようなところもあるものです。

 そもそも、株価が今のような状態にならずに、5月中旬までの勢いで今も伸び続けていたなら、そうであればひょっとして非常に楽観的になった経営者が設備投資に既に走っていたかもしれないのです。

 でも、株価も、為替も、そして長期金利も、余りにも先行きの見通しが立ちにくい状態になっており、そのことも設備投資に消極的になる理由となっているのです。

 最後に、設備投資が動き出す秘訣をお示ししましょう。

 先ず、設備投資禁止令を出す。

 禁止されると、却ってやりたくなるのが人情ですから。

 次に、思い切った規制緩和を実行する。

 規制緩和が実現されると、新規参入の機会がガーンと増える訳ですから‥

 もちろん、新規参入が増えることによって既得権益者の利益が侵害され、反発が起きるのは必至でしょうが、それでも規制緩和を実施するならば、必ず一儲けを企む起業家が現れ、そして、そうして新しい商売を始めるためには必ずそれなりの設備投資が必要になるので‥そうなれば我が国の設備投資が動き出すことになるのです。

 つまり、今、設備投資を抑え込んでいるのは、ある意味では、規制緩和に消極的な現政権だと言っていいのです。


 
 確かに規制緩和を思い切って実行すれば、設備投資が動き出すかもと思う方、クリックをお願い致します。
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 本日も、朝三暮四の経済学について考えてみたいと思います。

 先ず、朝三暮四は、「ちょうさんぼし」と読みます。外反母趾(がいはんぼし)とは違いますし、朝令暮改とも違います。

 因みに、国会で「朝三暮四」の意味を知っているかと聞かれて、「決めたことを直ぐ撤回すること」と勘違いして答えた総理がいたそうな。


 朝三暮四の意味は次のとおりです。

 中国の春秋時代に、宋の狙公(そこう)という老人が、猿たちに対し、トチの実を朝に3つ、暮れに4つやると言うと猿が怒ったために、では、朝に4つ、暮れに3つやると言うと、喜んで納得したことから、「目先の利益に惑わされてはいけない、結局は同じであるのだから」という教えを意味するのが、朝三暮四だというのです。

 しかし、何とかして景気を良くしたいと考える政治家たちは、むしろ朝三暮四の教えに反するようなことをしたがる。つまり、国民に朝三暮四の教えを説くのではなく、国民を猿みたいなものだと思い、国民の錯覚を利用しようとする、と。

 政治家が朝三暮四の教えに反するような行動に出るとすれば、逆に朝三暮四の教えに気が付くべきだいう経済学者がデイビッド・リカードということになるでしょうか?

Ricardo

 リカードの等価命題というのをご存じかと思うのです。

 幾ら減税によって政府が景気を刺激しようとしても、国民が、今減税されても、その分将来必ず増税されるであろうと予想するならば、減税による景気刺激効果はないという考え方なのですが‥

 ご存知ですか?

 話は横道に逸れますが‥実は、リカード自身がそのような考え方を主張したのではないのです。

 本当ですよ。しかし、多くの人々は、リカードがそういう説を主張していたと信じている。何故信じるのか? それは、そのような問題が各種の試験に出題されるからであり、そして、リカードの「経済学および課税の原理」を実際に自分自身で読んだことがないから、そう信じるだけの話です。

 では、何故リカードの等価命題などと言われるようになったかと言えば、リカードの後の世代のブキャナンという学者が、国債の発行は税金を課すことと本質的には同じであるというリカードの考え方を発展させて、そのように呼んだだけのことなのです。

 本題に戻ります。

 リカードが実際にリカードの等価命題を主張したかどうかは別として‥そのリカードの等価命題と呼ばれるものは、果たして正しいのか?

 さあ、如何でしょうか?

 もし、それが正しいのであれば、日本だけでなく世界各国で行われている景気対策としての財政出動は、殆ど意味がないことになってしまいます。

 だから、恐らく政治家の多くは、リカードの等価命題なんて正しい筈がない、と考えるのでしょう。

 上げ潮派なんて呼ばれる政治家だったら、なおさらですよね?

 だって、そうやって政府が財政出動をすることによって、先ず経済を成長軌道に乗せ‥そして、それが成功すれば税収が増えるから、将来の増税につながるとは限らない‥むしろ増税の必要性は薄れる筈だ、と考えるからなのです。

 国民としては、減税をしてもらったのにその対価を将来支払う必要もなく‥むしろ、その減税が将来の減税につながる可能性があるというので、本当に感謝感激雨あられ!

 でしょ?

 まあ、国民がそこまでの出来過ぎた話を信じなくても、しかし、例えば減税をすると言えば、それに反応する向きがあるのも事実。

 自動車を購入する際に減税をすると言われれば、少なくても、そろそろ自動車を買い替えようと思っていた人々は、減税に合わせて自動車を買い替えるでしょう。だとすれば、それなりの効果があるようにも見える。

 しかし、そうやって一時的に自動車の売り上げが伸びても、減税の期間が終了すれば‥否、減税の期間が終了しなくても、つまり減税を半永久的に続けても、買い替え需要のブームが過ぎれば、今度は反動で売れ行きが落ちてしまうでしょう。

 そんなこと、自動車メーカーは十分に承知している。

 つまり、自動車購入に対する減税措置や補助金制度も、本当に需要を喚起するというよりも、需要の先食いをするだけで、結局売り上げの変動の波を大きくするだけだ、と。

 で、そのことに気が付くならば、朝三暮四の教えやリカードの等価命題が、まっとうなものだと思えてくるでしょう。

 しかし、理屈はともかく今の政権は、何が何でも民間企業の設備投資を増大させなければならない!

 何故か?

 というのも、成長戦略のなかで、民間企業の設備投資の額を増やすと宣言してしまったからなのです。しかも、数値目標を示して。

 だから、どうしても設備投資を増やしたい。そして、もし設備投資が増えれば、その分確実にGDPが増え、成長率が高まる。

 そうなれば、国民はハッピーになるだろ? 気分はワイルドになるだろ? という考え方でいるのでしょう。

 確かに、投資減税を実施することにより設備投資が動き出せば、経済成長率は上がる。それはそのとおり。

 しかし、それでハッピーエンドになるとは必ずしも言えないのです。というのも、そうして民間設備投資が増えるのはいいのですが、もし、海外の輸入がこれから先も回復しないのであれば、生産能力ばかりが拡大して、却って需給ギャップが大きくなってしまうからなのです。

 需給ギャップがこんなにあるのだから財政出動すべきだと散々主張していたのはどこのどなたでしたっけ?

 でしょ?

 投資を増やすために減税をするのならば、実は住宅投資減税でもいいのです。しかし、いい加減に学習して欲しいと思います。住宅投資減税を行っても、住宅投資の波を大きくしただけではなかったのか、と。

 最後に、強調したいと思うのですが、私は、政府が、設備投資が幾らであるべきだなんて数字を示すこと自体が大変におかしな話だと思うのです。

 だって、日本は、市場経済の国ではないですか? アメリカほど市場経済の原理を信奉する訳ではないにしても、どちらかと言えば市場経済の国であるのは確かなことなのです。

 それなのに政治家がいちいち設備投資の額はこれ位が良い、だなんてどうして口を出すのでしょう?

 設備投資をしたはいいが、結局設備が過剰になってしまったら誰が責任を取るというのか?

 設備投資をしたら税金を負けてもらえるのだから、設備投資をするべきだ、なんて誰かから勧誘されて‥

 バブルの時にも、銀行のローンを借りマンションに投資すれば、税金が安くなりますから、なんて銀行に言われて大損した中小零細企業、或いは個人がどれだけ出現したことか?

 

 減税を餌に企業を動かそうというのは、余り上品な政策とは言えないと思う方、クリックをお願い致します。
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 麻生財務大臣が、設備投資の一括償却を認めたいと言っています。その前は、設備投資減税の話があったと思うのですが‥

 いずれにしても、よっぽど企業の設備投資を活性化させたいのでしょう。

 ただ、その一方で、麻生財務大臣は、法人税の減税には反対だという態度を取り続けています。そして、皆さん気が付いていないかもしれませんが、設備投資の一括償却を認めるというのは、設備投資減税とは違うのです。

 麻生大臣は、何故設備投資の一括償却を認めたいと言うのか?

 確かに、法人税の減税をすれば、企業は大歓迎するでしょう。しかし、企業が歓迎しても、設備投資をしてくれないと意味がない、と麻生大臣は考えるのでしょうか?

 しかし、法人税を減税するならば企業の海外脱出の動きも少しは止まるかもしれない‥そういう風には考えないのでしょうか?

 ただ、仮に海外脱出の動きに歯止めがかかっても、その一方で、法人税の税収が減少すると、さらに財政赤字が拡大してしまうので、法人税の減税は認める訳にはいかない‥という風に考えるのでしょうか?

 もし、後者のような考え方をするのであれば、何だか麻生大臣が財政当局に操られているような気がしないでもありません。

 設備投資の一括償却に積極的になる理由を、麻生大臣はこう述べます。

 「法人税による税収のうち、国際競争を強いられている製造業が占める割合は25%程度にすぎない。むしろ、国内で設備投資を行った企業に対し、即時償却などの税の優遇を考えるほうが企業にとってはありがたい」

 如何でしょうか?

 麻生大臣は、国際競争を強いられるのは製造業だけであって、その製造業は全体の25%ほどに過ぎないから、法人税の減税を実施しても効果が限られていると言いたいのでしょう。

 まあ、それは一応理屈が通っているかもしれない。しかし、では何故設備投資減税ではなく、設備投資の一括償却なのか?

 貴方は、どう考えますか?

 余り難しいことは考えずに、ただ、設備投資の一括償却が認められれば、それなりの効果があるかもしれない、と考えますか?

 しかし、貴方がそう思うようであれば、貴方も財政当局にコントロールされかけているのかもしれません。

 はっきりと言いましょう。

 この設備投資の一括償却を認めるという制度は、全くのまやかしに過ぎないのです。しかも、国民を、そして企業を猿のように考えているということなのです。

 貴方は朝三暮四(ちょうさんぼし)という言葉をご存知でしょうか?

 外反母趾(がいはんぼし)ではありません。朝令暮改でもありません。

 朝三暮四というのは、中国の春秋時代に、宋の狙公(そこう)という老人が、猿たちに対し、トチの実を朝に3つ、暮れに4つやると言うと、猿が怒ったたので、では、朝に4つ、暮れに3つやると言うと、猿たちが喜んで納得したという逸話です。

 本題からそれますが‥「朝に3つ+暮れに4つ」と「朝に4つ+暮れに3つ」は、経済学的に考えてどちらが有利でしょうか?

 猿たちは、「朝に4つ+暮れに3つ」の方が有利であると判断しました。

 それは正しい判断なのか?

 朝三暮四の教えというのは、「目先の違いに囚われて、結果としては同じになることを理解しないこと」ということのようなのですが‥実は、誤解をしているのは朝三暮四を生徒に教える漢文の先生方の方であり、正しいのはお猿さんたちなのです。

 分かりやすくするために、「朝に7つ」と「暮れに7つ」もらう場合の有利性を比較してみましょう。

 朝に7つと暮れに7つは、どちらが有利なのか?

 このようなケースであれば、人間のなかにも、朝7つの方が有利なような気がすると思う人が続出するでしょう。

 それは、そうなのです。

 朝におなかが空くのに、何も餌をもらえずに暮れまで空腹でいなければいけないのなら、猿たちはどうするでしょう? ひょっとしたら、誰かから朝に7つを借りて、そして、夕方に手に入れる7つで返済するかもしれません。但し、借りるためには利息を払う必要があるので、恐らく貸す人(猿)は、例えば1コを利息として要求するでしょうから、そうなれば、朝7つは暮れ8つと等しい価値があることになるのです。

 実にお猿さんたちは賢かった。決してお猿さんをバカにしてはいけない。勘違いしていたのは、中国の学者や、日本の学校で漢文を教えている先生たちだったのです。

 本題に戻ります。しかし、今、脱線して私が言ったことは全て忘れて下さい。つまり、「朝に3つ+暮れに4つ」と「朝に4つ+暮れに3つ」は等しい価値があると考えて下さい。

 その場合には、やっぱりお猿さんたちはバカなのです。何故、朝の4つに、きゃっきゃと騒ぐほどのことがあるか、と。

 お分かりになりますよね?

 では、麻生大臣が主張している、設備投資に対する一括償却とは如何なるものなのか?

 例えば、企業が1億円の設備を設置したとします。そして、それは最低10年以上は持ちこたえるので、10年で均等に償却をすることにしたと、仮定しましょう。

 1億円の設備を10年で均等に償却する訳ですから、1年間で1千万円の価値が、その設備から喪失するとして扱う訳です。つまり、設置した直後は1億円の価値がある資産が、1年後に9千万円になり、2年後に8千万円になり、10年後にはゼロになるのです。

 つまり、毎年1千万円の経費が発生することになります。

 さて、企業の利益は、収益から費用を引いたものですが、その企業が毎年、平均して1億円ほどの利益を計上していたとしましょう。1億円の利益を計上すれば、それに対して法人税がかかります。簡単な理屈ですよね。

 次に、この企業が新たに先ほどのように1億円の設備を設置することにしたとしましょう。

 では、この場合、企業が払う税金はどうなるのか?

 今までであれば、その設備投資に関連して、その後毎年1千万円分が費用として追加されることになるので、単純に考えれば、それまで1億円あった利益が9千万円に減少し、その9千万円の利益に法人税がかかるのです。

 では、太っ腹の麻生大臣の指示で一括償却が認められるようになると、どうなるのか?

 一度に1億円分が経費(損金)として認められることになるので、利益は完全に吹っ飛んでしまうのです。利益はゼロになるので、法人税を払う必要はなし。

 企業は嬉しいと喜ぶのでしょうか?

 もし、麻生大臣がそのように考えるのであれば、麻生大臣は漢文が得意で朝三暮四のことをよく知っているのかもしれません。

 では、本当に企業にとっては得になるのか?

 しかし、一度に償却が認められるということは、2年目以降の償却がなくなるということであり、2年目以降は、予想される1億円の利益に対して法人税がかかることになるのです。一方、従来通り毎年均等に償却する方式であれば、毎年の利益が1億円から9千万円に減少するので、結局、経費として認められる分は、どちらも合計1億円であるとことに変わりはないのです。

 だとすれば、何ら企業にとっては得にはならない。

 しかし、麻生大臣は、さもそれが企業にとって得になるかのように言う。やっぱり財政当局にコントロールされていると勘繰りたくなってしまうのです。

 実は、私は、以上の理屈とは関係なく一括償却には反対です。

 私は、企業会計と税務会計は可能な限り一致させるべきだと考えます。

 だって、そもそもおかしいでしょう? 企業は一つであり、真実は一つであるのに、二つの会計、つまり、二つの決算があり、しかも数字が大きく異なるなんて。

 もちろん、税務会計には企業会計と違った目的があるのは、そのとおり。税の確保を重視する必要があるのも分かる。

 しかし、税の確保を重視するのが、本来の税務会計の存在意義であるとするならば、何故税の後払いを認めるような一括償却を導入しようとするのか? 全く制度の趣旨に反するのです。

 それに、一括償却を認められるかどうかというのが、税当局の恣意で決められるなんてことがおかしい。つまり不合理としか言いようがない。

 何故ならば、企業が設置する設備が1年でなくなってしまうような、或いはその経済的価値が1年でゼロになってしまうようなケースは極めて稀にしか起こらないからなのです。

 例えばどんなに消耗が激しいパソコンなどでも、2〜3年は持つでしょうから。

 ということで、どう考えても不合理としか思えない一括償却の制度。

 いずれにしても、そのように不合理な制度としか考えられない一括償却について、それを認めることで設備投資が活発に動き出すと期待するのであれば、企業がというよりも、政治家の方こそ錯覚に陥っているのでしょう。


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 今年も半年が経過しようとしています。

 ならば、そろそろアベノミクスの本格的な評価とまではいかなくても、中間評価程度はした方がいいかもしれません。否、しなければならないでしょう。

 では、ズバリ、アベノミクスは功を奏しているのか?点数を付けるなら何点か?

 私としては、現時点では70点程度の点数ではないかと思うのです。

 但し、少しだけ補足させて頂くならば、5月の上旬位までであれば80点程度の点数をあげてもよかったかもしれません。(本当は、そのような高得点を付けたくなのですが‥)何故ならば、株価が上昇し、消費者のマインドが大きく改善していたからなのです。

 しかし、その後は、ご承知のとおり長期金利が上がり出し、株価は低下。そして、円安から一転円高に振れるなどしているために、それまでの明るかったマインドも若干湿りがちになっているのです。

 高い点数を付けることができない理由は他にもあります。

 そもそもアベノミクスというのは、物価が下落する状況を一変させて、景気を良くするということが謳い文句であったと思うのですが‥この半年間で物価が上がる気配になっていますか? まだ、何とも言えない状況にありますよね。

 その一方で、日銀当座預金残高は約80兆円のレベルまで達しているのです。確か岩田副総裁は、副総裁就任前に、日銀当座預金残高を倍の70〜80兆円程度にまで増やせばインフレ率を2%程度まで引き上げることは可能だと言っていたのではないですか? さらに、それが実現できなければ責任を取って辞めるとまで言っていました。

 私は、何も辞めるべきだと言うのではないのです。2年間で2%のレベルに持って行くのが目標ですからまだ結論を急ぐ必要はない。しかし、それにしても、そこまで日銀当座預金残高を増加させているのにインフレになる気配が感じられないとしたら、何か見誤っていたと反省するのが当然ではないのですか?

 では、何故物価が上がらないのか?

 それは、日銀が市場に放出したはずの資金が、日銀当座預金勘定に滞留していて、実体経済に染み出していかないからでしょ?

 それに、そもそも民間銀行が何故それほどまでに巨額な資金を日銀当座預金勘定に眠らせておくのかと言えば、その預金に日銀が0.1%の金利を付けてあげているからでしょ?

 民間銀行は、リスクの高い融資案件に手を出すよりもそこで0.1%の金利を稼ぐことで満足しているからでしょ?

 では、0.1%の金利を日銀が付けなければいいものを、と思いませんか?

 しかし、もし0.1%の金利を日銀が付けなくなれば、どの銀行もそのような巨額の資金を日銀当座預金勘定に寝かせておく筈がなく‥そして、日銀当座預金残高が増えなければマネタリーベースも増えないので、日銀は何をやっているのかとリフレ派の政治家から叱られるのが目に見えているので、0.1%の金利を廃止することもできない。

 つまり、異次元の緩和策だなんて鳴り物入りで登場したかに見えた金融政策も、子供だましみたいなものだったということなのです。

 ただ、アベノミクスにはもう一つの狙いがありましたよね。つまり、表向きはインフレ率を引き上げることによって景気を良くするということが狙いとされていますが、本音は、円安を引き起こして輸出を促進し景気回復を図る、と。

 最初は、予想以上に円安が進み、多くの人が良い意味で驚いた訳なのです。

 私も驚きました。こんなにも為替市場が反応するものなのか、と。

 しかし、その円安の動きが、どういう訳か5月の下旬頃から変化を見せ始めている訳です。異次元緩和策には何の変更もないのにです。為替市場に関わることで最近変化があったことと言えば、FRBが緩和策を年内に縮小する可能性が出てきたということ位です。つまり、米国が国債の買入れ規模を縮小する、と。

 しかし、米国がそのような動きに出るならば米国の金利が上がり、そうなれば益々円安に振れるのが当然ではないですか?

 しかし、市場はそのような見方をせず、アベノミクスが失敗に終わる可能性が出てきたので、円安ではなく円高に振れるという方に賭ける投機家増えているのです。

 マネタリーベースを増やしさえすれば幾らでも円安を起こせると言っていた人々は、今どう思っているのでしょう?

 まあ、円安になるならないは、この際おいておきましょう。

 いずれにしても、政権交代時と比べれば相当な円安水準にあるのはそのとおり。その意味では、アベノミクスは成功したかにも見える。

 しかし、本当に成功したと言えるためには、その円安によって輸出が増えないと意味がないのですが、輸出は増えていると言えるのか?

 確かに、金額ベースの「輸出額」は増えています。しかし、それは円安になったために、ドル表示の輸出額を円表示に変換すると、額が増えて見えるだけの話なのです。

 では、円安によって輸出数量は増えていないのか?

 グラフをご覧ください。

輸出数量2

 輸出数量は増えていないのです。それどころか、今でも前年比マイナスの状態が続いているのです。こんなに円安になっているのにですよ。

 そして、こうして円安になったせいでそれだけでも消費者の暮らし向きにはマイナスの影響を与えるのに、それに追い打ちをかけるように‥円安で畜産肥料が高騰しているので、その負担を和らげるために農水省が農家に補助金を出すのだとか。

 しかし、そうやって補助金を出すので政府の赤字が膨らみ、そして、そのために益々消費税の増税が必要になってくるのです。さらに、そうして消費税増税の必要性が増すのに、設備投資減税をするなどと言って益々消費税増税の必要性が増す。

 もちろん、そうした政策にお金がかかっても、いずれ景気がよくなり、税収の増加が十分に見込めるというのであれば、長い目で見る必要があるかもしれません。

 しかし、もう何十年も日本は、同じようなことを繰り返しているのです。

 景気が悪い時に増税してどうする、という意見をよく聞きます。先ずは景気を良くすることが先決だろう、と。そして、景気を良くするために財政出動をするのだ、と。総理もそのような考えだと承知をしております。

 繰り返しになりますが、そのようなことをもう何十年も我が国は繰り返しているのです。何度設備投資減税も実施したことか? それで景気がよくなり税収が増え、政府の借金が減ったことがあるのか?あのバブル期でさえ、赤字公債こそ出さずに済んだ時期がありましが、それでも建設国債は発行せざるを得ずに、従って、借金はずっと増え続けていたのです。

 景気を良くして税収を増やすためには、あのバブル期以上のバブルを起こさないと、話の辻褄が合わないのです。

 しかし、それでもなお積極財政派の人々は、小出しにしていたから効き目がなかったと言うのですよね。

 そんな話を誰が信じるか?

 1000兆円の借金をどうしようとするつもりなのか?

 挙句の果ては、国民は、1000兆円という債務を負っているだけはなく、1000兆円の債権者でもあるから心配するだ、なんて。そして、その気になれば、お札を刷って返すことができるだ、なんて。

 だったらお聞きしますが、仮に将来の世代がその1000兆円の借金を返す必要がないというのであれば、実際に国債を保有しているお金持ちの子どもや孫たちは、どんな気になるかということなのです。

 債務者が負担を感じる必要がないということは、債権者は、実はその債権は債務と帳消しになるものだから、当てにしてはいけないと言っているのと等しいではないですか?

 そのようなことを金持ちが知ったら、日本国債を敬遠するようになるのは当然だと思うのですが‥

 


 
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