経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

2013年08月

 消費税増税を予定通りに実施すべきか、それとも延期すべきか? そうではなく、例えば毎年1%ずつ消費税率を上げるように仕組みを変えるべきなのか?

 どう思いますか?

 私の意見は、増税が景気に影響を及ぼすことがあっても、投資家の国債離れという最悪の事態に比べたら、その害は遥かに軽いものに済むので、極力予定通りに増税を実施した方がいいという考えです。

 ただ、その一方で、景気に悪影響を及ぼすようなことは避けるべきだという考えが分からないでもないのです。というのも、増税をしたものの景気を悪くしてしまい、その結果、却って税収が減少することになれば、何のために増税をしたのかということになるからです。

 確かに、消費税率を引き上げて、その結果税収が減るのであれば、何のための増税なのか、と言いたい。

 しかし、そうはいっても、増税の結果税収が減るとは考えにくいのです。何故そんなことが言えるかと言えば‥悪名高い橋本政権時代の消費税率引き上げの効果を考えればすぐ分かるのです。消費税収入の推移をご覧ください。

       消費税収入 
1995年度  5.8兆円
1996年度  6.1兆円
1997年度  9.3兆円
1998年度  10.1兆円
1999年度  10.4兆円
2000年度   9.8兆円
2001年度    9.8兆円
2002年度  9.8兆円
2003年度  9.7兆円


 消費税率は、1997年4月1日に、それまでの3%から5%に引き上げられましたが、その結果、消費税の税収は、それまでの概ね6兆円程度から10兆円前後に増加したことが、これで直ぐお分かりになると思うのです。

 如何ですか? 増税によって消費が落ち込み、そして、消費税が思ったほど集まらかなったという結果にはなっていないのです。

 これが現実の姿なのです。

 誤解のないように言っておきますが、私は、増税によって消費が落ち込むことはないとは言っていないのです。むしろ実質消費が落ち込むことは当然予想されるのです。しかし、だからと言って消費税収入がさほど減るとは考えられないと言っているのです。

 従って、消費税増税に仮に反対するにしても、増税をすれば却って税収が減ってしまうので意味がないという反対論は、殆ど説得力がないのです。

 では、そのことから、即、消費税を引き上げるべき、との結論に至るのか?

 しかし、幾ら私でも、なるだけ景気に影響を与えないように工夫すべきだという位のことは考えるのです。

 ですが、これも何度も言ってきたとおり、今増税が実施できないとすれば、何時増税が実施できるのか、と言いたいのです。

 というのも、為替は経済界の希望した1ドル=90円台位の半ばどころか、100円に近い水準まで円安になっており、それに株価もこれだけ回復してきている訳ですから。

 ただ、私の本音を言えば、消費税率の引き上げ方は、可能な限り緩やかな方がいいという考えです。というよりも、これは、全ての経済政策について言えることなのです。変化は緩やかに起こすべし、と。

 何故そのようなことを言うかと言えば、緩やかに変化を起こすならば、企業や家計などの経済主体が、その変化に適合する時間的余裕が持てるからなのです。つまり、そうやって経済が混乱に陥ることを回避すべきだ、ということなのです。

 つまり、社会のシステムに関して、何らかの変革を起こす場合、幾ら内容や方向性が正しくても、余りに急激に変化を起こすならば経済はたちまち混乱してしまう、ということなのです。

 早い話、どんなに財政再建が正しいことであるとしても、それを余りにも急激に推し進めるならば、却って副作用が強すぎて、経済は壊れてしまうでしょう。

 要するに、仮に消費税率は10%どころか25%ほどにまで高めることが必要であるという計算結果が出たとしても、それを1年か2年度実施しようとするのは、無謀だとしか言えないのです。

 今の1000兆円にも上る借金の山は、40年近くの年月をかけて積み重なってきた訳ですから、その借金体質を改めるのにも、長い期間をかけてゆっくりと、しかし、着実に行うしかないのです。

 だから、本来ならば毎年1%ずつ上げるようなことが望ましいのです。もっと言えば、毎年0.5%ずつ小刻みに上げる方が、なお望ましい。

 しかし、実際に消費税率が0.5%上がるとか、1%上がるということになれば、計算が煩雑になるという問題や、事業者の対応が大変になるという問題が発生してしまうのです。

 従って、
数字を丸くして計算をしやすくするために、先ず3%上げて8%にし、次に2%上げて10%にするような案が折衷案として考えられたと思うのです。

 いずれにしても、私は、今現在、消費税の引き上げを延長すべきだという意見があることを十分承知しています。そして、そのような意見もそれなりに耳を傾けるべきかもしれないとも思います。

 しかし、同時に言いたいことは、そうして消費税の延期を主張する多くの人が、先のことを殆ど考えていないとしか思えないのが大変におかしいと思うのです。ひょとしたら、日本だってギリシャのようになってしまうかもしれないのに‥その可能性については、今は無視してしまっている、と。一言で言えば、ダチョウ症候群なのです。

 いずれにしても、そのような人たちは、今増税が実行できなくて、いつなら増税が実行できると考えるのでしょうか?

 例えば、実質経済成長率が3%とか4%以上になるようなことを期待しているのでしょうか? 或いは、株価が2万円を超えるようなことを期待しているのでしょうか?

 私は、そのようなことを期待するのは、ないものねだりとしか思えないのです。日本が未だに開発途上国であるのならともかく‥或いは、日本の人口がまだまだ増加傾向を辿っているのであればともかく‥こんなに生産人口が減っているというのに、どうしたら実質経済成長率が上がることが期待できると言うのでしょう。

 まあ、そんな思いでいたら、読売が次のような社説を書いていました。

 「消費税率『来春の8%』は見送るべきだ」(8月31日付、読売社説)

 デフレからの脱却を優先させるために、取り敢えず来春の消費税増税を延期する方がいいという考えなのかな、と私は勝手に想像しました。まあ、そのような考えもあり得るだろう‥とも。

 しかし、その社説を読み進めるうちに段々腹が立ってきました。

 何故かと言えば、来春の消費税の引き上げは延期すべきだが、再来年の10月に、5%から10%へ一気に消費税を引き上げるのが現実的だと言っているからです。

 いいですか? 3%引き上げると景気の腰を折ってしまうと主張する人が、その1年半後に、今度は一気に5%上げればいいではないか、と言っているのです。

 そんなことをすればそれこそショックが大きすぎます。ですから、全体のスケジュールを1年間先送りするようなことを言うのであれば、まだ納得が行く訳ですが‥実際には、そんな無茶な案を主張しているのです。

 でも、まだそれだけなら‥読売はこんなことも言うのです。

 増税が先送りになって、税収が不足する分については、「国債の額面分に相続税を課さない無利子非課税国債を発行し、家計に眠る貯蓄を有効活用することは政策メニューの一つだ」

 そこまでして、お金持ちを優遇する必要があるのか、と言いたい。税収が不足するから頭を悩ましているのに、相続税を課さない無利子非課税国債を出せばいいだなんて!

 他にも納得のいかないことを言う訳ですが、最後に決定的な読売の主張を紹介します。

 「15年10月に消費税率を10%に引き上げる際は、国民負担の軽減が不可欠だ。税率を低く抑える軽減税率を導入し」

 まあ、ここまでは予想できない話ではありません。しかし、その後‥

 「コメ、みそなどの食料品や、民主主義を支える公共財である新聞を対象とし、5%の税率を維持すべきだ」

 新聞は、民主主義を支える公共財なのですって。果たして、それは本当なのでしょうか?

 民主主義の国とは言えない中国だって新聞はある訳ですから。それに百歩譲って、日本の新聞が民主主義を支えているとして、それが何故減税の理由になり得るのでしょうか?

 民主主義を支えているというのであれば、投票に言っている国民は、皆民主主義を支えているのに、しかし、消費税はしっかり取られる。

 日本が、決してギリシャのようになってはいけないということで、貧しい人も含めて皆で税の負担を分かち合おうとしているのに‥よりによって1000万部という世界最大部数を豪語する大新聞社が、税金を負けろなんていう訳ですから。

 読売新聞には、再考をお願いたいと思います。 


 
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 リフレ政策なんて言ったってどれだけの人が正確に理解できているか怪しいのですが‥それでも私は、皆様に質問してみたいのです。

 リフレ政策は機能しているのか、と。どう思いますか?

 まあ、私がそのようなことを言えば、とにかく日本は長い間デフレに苦しんできたのだから、デフレを脱却することが先決であり、だから強力なリフレ政策を採用する以外にないではないか、なんて反論も予想されます。

 では、リフレ政策は機能しているのでしょうか?

 いずれにしても、デフレからの脱却が先決だということで、安倍総理はアベノミクスを打ち出し、そして、それを実践するために黒田総裁率いる新体制の日銀が異次元の緩和策を採用したことは、多くの皆様がご存知のとおりです。

 では、異次元の緩和策は巧く行っているのか?

 確かに、アベノミクスや異次元緩和策によって円安がもたらされ、そして株価が上がったのはそのとおり。そして、一時心配されていた長期金利の上昇も、最近は落ち着いている、と。

 しかし、株価や為替に一服感が出ているでしょう?

 つまり、一頃の勢いが失われ、株価と為替は、新しい立ち位置を見つけ、すっかり落ち着いてしまっているのです。

 その一方で、賃金が少しずつでも上がり始めれば、景気がよくなり始めたという感覚が国民に広く浸透するのでしょうが‥現実はそれほど甘くない。

 もう一度お聞きします。リフレ政策は機能しているのか?

 リフレ政策が、どのようなメカニズムで実体経済の活性化に貢献するかは、論者によって意見が区々である気がするのですが‥クルーグマン教授のような筋金入りのリフレ派の考えは、それに賛同するかどうかは別として、論理は割と明快であるのです。

 つまり、何といっても、マネーの流通量を増大させることが必要である、と。そして、マネーの流通量を増大させることができれば、必ずインフレが起こり始める、と。そして、インフレが起こり始めると、実質金利が低下するので企業の投資活動が刺激されるであろう、と。同時に、インフレによってお金の価値が低下すると人々が予想するようになるので、お金の価値が落ちないうちにモノやサービスの購入を急ごうとするであろう、と。つまり、消費が活性化するであろう、と。

 如何でしょうか? 筋金入りのリフレ派が期待したようなことが今起きていると言えるのでしょうか?

 本日、7月の消費者物価指数が発表になりました。

 何と生鮮食品を除く総合指数が、前年同月比0.7%上昇したと報じられているのです。

 このニュースをみて、ようやく日本もデフレから脱却し始めた、とお感じになっている方がいるかもしれません。

 もし、それが本当であれば、少なくても物価が下がり続ける「デフレ」の状況から脱し始めたということで、リフレ派の目論見は半分成功したと言えるかもしれません。後は、インフレが起き始めたことによって様々なプラスの効果が表れるかどうかが問題である、と。

 では、仮にインフレが起き始めたということが事実であったとして、そのインフレは何を原因に起き始めているのでしょうか?

 日銀が大胆な金融政策を採用しているからでしょうか? つまり、日銀が大量に国債を市場から買い上げ、マネタリーベースを増大させていることが貢献しているのでしょうか?

 確かに、日銀当座預金残高は、計画通りに着実に増えています。今年の初めには44兆円ほどしかなかった日銀当座預金残高が、8月20日には83兆円ほどにまで増えているのです。

 岩田副総裁は、副総裁就任前に国会で次のようなことを言っていました。日銀当座預金残高を70兆円〜80兆円に増やすことができれば、必ず2%のインフレ目標を達成することができる、と。もし、それが実現できなければ自分は辞めてもいい、と。

 まさに思惑どおりに日銀当座預金残高を増やすことができ‥だから、まだ2%の目標値には届かないものの、少しずつインフレが起き始めていると理解していいのでしょうか?

 答えは、ノー。

 というのも、世の中に出回るお金の量が増えたことが原因で物価が上がるというのであれば、大よそどんなものでも同じように価格が上がってしかるべきだと思われるのに、今回発表になった7月の物価統計によれば、前年同月と比べて0.7%消費者物価指数が上がった主な理由は、エネルギー価格の上昇があったからだと言うのです。

 では、エネルギー価格の上昇がなかったら、どうなのか?

 それを知るためには、コア・コア指数を見ればいいのです。つまり、食料やエネルギーを除いた物価指数を見ればいいのです。

 食料及びエネルギーを除く総合ベース、つまりコア・コア指数でみると、7月は、前年同月に比べて0.1%下落しているのだ、と。

 コア・コア指数でみると、まだデフレを脱却できていないのです。つまり、リフレ派の思惑どおりに事が運んでいる訳ではないのです。

 だから、日銀としては、生鮮食品を除いた総合指数で、前年同月比0.7%物価が上昇しているとしても、それに満足してはいけないのです。そうではなく、コア・コア指数でみても、物価が上がるように工夫する必要があるのです(リフレ派的な発想をすれば)。

 但し、そうは言っても、生鮮食品を除いた総合指数で、物価が0.7%上昇していることも事実。では、理由が何であれ物価が上がっているのだから、今後次第に実質金利が下がり始め、企業が設備投資に活発になると期待することができるのか? 或いは、貨幣価値の下落を嫌い消費者が商品の購入を急ぐようになるのか?

 岩田副総裁は、一昨日京都市で講演して、「今年の終わりごろから目に見えて良くなり、来年度にはもっとはっきり良くなる」なんて言っているのですが‥私は、その言葉を当てにすることはできません。

 だって、そもそもコア・コア指数でみたら、まだ物価が下がっている訳ですし、企業が設備投資を増やさないのにも別な理由があるからなのです。決して実質金利が高いから設備投資をしない訳ではないのです。

 それに、来年になって、景気がよくならなかったとしても、「消費税の増税をしたから」なんていう言い訳が既に準備されていることですし‥

 

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 シリア情勢がにわかに緊迫度を増しています。
 
 先ず、こうした争いで命を落とした方々のご冥福をお祈りします。本当にいつになったら、戦争のない世界になるのでしょうか?

 それにしても、化学兵器を使用するなんて言語道断だと思いませんか?

 誰だってそう思いますよね? 毒ガスが使用されたら、多くの人が命を奪われてしまうからなのです。それに、我が国の場合には、毒ガスと言えばすぐあの忌まわしいサリン事件を思い出さずにはいられません。

 ところで、戦争にそのような残虐な兵器が使用されることがあり得るならば、例えば、かつての我が日本軍は、戦争中に毒ガスを使用するようなことは考えなかったのでしょうか?

 どう思います? 

 残念なことに、我が日本軍も、毒ガスを製造していた事実があるのです。少なくても私が知る限りでは、広島県と北九州市のどこかで毒ガスが作られていたのです。

 どうして私が知っているか? それは、国が、終戦後、毒ガスによって健康被害を受けた地域住民に賠償を行い始め、そうした仕事が、私が役人をやっていた頃にもまだ継続していたからなのです。ですから、調べればちゃんと事実が分かるのです。

 最近、自虐史観の反動かどうか知りませんが、逆に余りにも戦前、或いは戦争中の軍隊の行動を美化するような動きが起きていますが‥客観的に事実を理解することが何よりも大切なのです。

 まあ、それはそれとして、こうして何の罪もないと思われる人々が毒ガスに苦しむ姿が映し出されると、どうしても我々の気持ちは動揺してしまいます。

 誰が、このような残酷な仕打ちをしたのか? 国際社会が一致団結して、制裁を課すべきではないのか、と。

 私も、そのような意見に大賛成。決してこのような残酷な行為を見逃してはいけないのです。

 でも、問題は、誰が毒ガスを使用したのか、ということなのです。それが分からないことには、我々は誰に制裁を課していいかも定まらない。そうでしょ?

 私が、こんなことを言っても、決しておかしなことを言う奴だなどとは思わないで下さい。

 というのも、まだ国連による調査の結果が出た訳ではない訳ですから。それに、アサド政権側は、自分たちは化学兵器を使ってはいないと言っている訳ですから。

 もちろん、アサド政権側が言うことをそのまま信じることはできません。それはそのとおり。しかし、だからと言って米国や英国が言うことをどこまで信じられるのか?

 というよりも、今のところ明確な証拠はまだ示されていないのです。

 しかし、それにも拘わらず、米国と英国は、シリアへの攻撃を示唆しているのです。

 ちょっとばかり前のめり過ぎているのではないでしょうか?

 我が国のメディアの報道振りも、一部を除いて、化学兵器を使用したのはアサド政権側に違いないとの前提で記事を書いているようなものばかり。

 おかしいとは思いませんか?

 それに、そもそも米国の公共ラジオ放送ですら、反体制派が化学兵器を使用した可能性があるとする専門家の意見をわざわざ大きく紹介しているのですよ、4分以上も時間をかけて。

 いいですか? 公共ラジオ放送のNPRが、反体制派による化学兵器使用の可能性を報じているのです。

 NPRの記者がインタビューしている相手は、中東情勢の専門家であるアラスター・クルック氏(Alastair Crooke)ですが、彼の主張のポイントは次のとおりです。

・ロシア政府は、シリアの反体制派が化学兵器を使用したと信じている。
・ロシア政府はシリア政府内部にもスパイを配置していて、正確な情報が入ってくる。
・国連の戦争犯罪主任検事のPonte氏も、反体制派が化学兵器を使用した可能性を示す証拠の方が多いとしている。
・使用されているのはサリンガスであるが、サリンガスはそれほど複雑なものではない。
・反体制派が化学兵器を使用した理由は、アサド政権側が化学兵器を使用したことを装うことができれば、米軍の介入が期待でき、そうなればアサド体制を転覆できるからである。


 如何でしょうか? もちろんそうした話を鵜呑みにする訳にはいかないのですが‥それでも、こうした細かな事実が米国では、公共放送で報じられているのです。その一方で、日本における報道ぶりと言えば‥お寒い限りです。

 我が国の総理の言うことと言えば‥「日本政府としては、シリアで化学兵器が使用された可能性が極めて高いと考えている。化学兵器の使用は、いかなる場合でも許されるものではない」と。

 こうして抜き出した発言だけを評価するならば、何も間違ったことは言っていません。何故ならば、誰が化学兵器を使用したかには言及していないからなのです。でも、全体の発言から判断するならば、総理は、アサド政権が化学兵器を使用したとの前提で、言っているとしか思えないのです。

 では、何を根拠に総理はそのような判断に至ったのか?

 それを国民に説明する責任があるのです。

 いずれにしても、何故シリアでこのような内戦状態がいつまでも続くのか? について考えていくと、米国、イスラエル、英国、イラン、トルコ、ロシア、中国‥などといういつものメンバーが今回も関係していることが分かるのです。

 私は何を言いたいのか?

 中東地域での紛争の背景には、いつもの問題が存在しているということなのです。

 アラブの国々対イスラエル及びイスラエルを擁護する米英という構図。

 それでも、単純に米英によるシリア攻撃を支持しますか? 

 こんなことを続けていたのでは、人類の進歩はないでしょう。


 米国でさえ、反体制派が化学兵器を使用したかもしれないと報じているのに‥日本のメディアはおそまつすぎる、と思う方、クリックをお願い致します。
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 消費税増税の影響を探るヒアリングが26日から行われています。ヒアリングの対象は合計60人で、何と合計7回もヒアリングが行われるのだとか。

 そして、専門家から話を聞く政府側のヘッドは何と麻生副総理が務めているのです。

 何と熱の入ったことか!

 但し、その一方で、ヒアリングの対象になっている顔ぶれをみると‥どんな意見を述べるか十分に予想が付く人も多いのです。

 時間も限られているのに、どうしてそのような人々にまで敢て御足労願う必要があるのか?!

 例えばハマコウ教授は、安倍総理のブレインですから、常日頃、様々なルートでハマコウ教授の考えが安倍総理に伝わっていると思われるのに、わざわざヒアリング対象に入っている訳なのです。

 皆さんが、ハマコウ教授の立場であれば、どうしてわざわざ自分が呼び出されなければいけないのかと不思議に思うのではないでしょうか?

 だって、俺の考えを良いと思ったから、アベノミクスを実践しているだろう、と。それに、消費税増税の影響についても、既に頻繁に俺の考えが世間に報道されているではないか、と。

 ただ、その一方で、副総理自らがヒアリングする場に、自分が呼ばれるのは悪い気がしないのかもしれません。否、仮に呼ばれなかったとすれば、俺のことを無視しているのか、と思わないでもない。

 いずれにしても、今月いっぱい、つまり8月31日まで毎日このヒアリングが続くのです。

 そして、ヒアリングが続くとなれば、否が応でもメディアで紹介される。もちろん、回を追うに従って扱いが小さくなる可能性はあるものの、それと同時に、国民の間では、消費税について十分議論が尽くされたとの感が強くなる。

 そうでしょう?

 はい、そこの貴方! そうです、貴方です。少々夏バテぎみですか?

 貴方に質問をします。

 何故、このくそ忙しい大物政治家たちが、6日連続で、7回もヒアリングを行うようなことをするのか?

 「それは‥やっぱり消費税増税の影響が心配だからでは?」

 本当に、そうお感じになっていますか?

 もし、国民の多くもそう感じているならば、政治家というか、財政当局の作戦成功!

 しかし、副総理兼財務大臣の麻生さんは、今年の初め以来、一貫して増税を実施すべきという立場を崩していません。経済財政担当の甘利大臣にしても、経済界の意見を代弁する立場ですから、これまた消費税増税を否定するとはとても考えられません。黒田日銀総裁にしても、先日、自分の口から、消費税増税は、実施しても経済にはそれほど影響を与えず、予定どおり実施した方がいいと言ったばかり。

 つまり、内閣のなかで態度がはっきりしないのは、安倍総理だけだと言ってもいいのです。

 まだ、お分かりにならないでしょうか?

 つまり、今やっているヒアリングは、出来レースとまでは言いませんが、一つのセレモニーと考えた方がいいということなのです。早い話、各分野の有識者60人を集めて意見を聴取するといっても、大体それらの人々が言うことなどほぼ予想の範囲内である訳です。

 何故分かるのかって?

 だって、有識者がどのような意見を持っているのかを常日頃十分把握しておくのが役人の務めだからなのです。逆に言えば、どのような意見を言うかが分かっているから、いろいろな意見を持った人を適当にちりばめ、そして、如何にも有意義なヒアリングが行われたように装うことができる、と。

 しかも、副総理がヘッドになってヒアリングを行う訳ですよ。これ以上、熱の入ったヒアリングなどあり得ない。しかも、それが連日続く、と。

 こうした光景が6日も続くと、流石のテレビ局と視聴者も、「もういいよ」となるのです。

 要するに、言うだけのことは言った‥やるだけのことはやったという感覚を持たせることが大事。そうなれば、後の結果は、総理の判断に委ねるしかないではないか、となる。

 これがもし、このような作業を抜きにして消費税増税を決めてしまえば、如何にも総理が国民の意見に耳を貸さなかったかのイメージを与えてしまう訳です。逆に、ここまで丁寧なヒアリングを連日続ければ、少なくても手続き論的には誰も異議を述べることができないでしょう。

 私の言いたいことがお分かりになっていただけたでしょうか?

 要するに、もう既に増税は決まったも同然である、と。そして、その増税を少しでもスムーズに進めるために今大事な儀式が行われているということなのです。

 儀式だからと言って決してバカにはできません。

 中身が良ければ形などどうでも‥とは行かないのです。形が整うことによって、人は自分を納得させることができる、と。

 それに、念のために行っておければ、これだけ丁寧なヒアリングを行って増税を実施したからには、仮に増税の結果景気が悪くなっても、決して総理が悪く言われることはないのです。何故ならば、いろいろな人の意見を聞いた結果の増税であるからなのです。


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 FRBのバーナンキ議長が来年1月に辞任することはご承知だと思うのですが‥そして、今、その後任に誰がなるのかが大いに関心を集めています。

 誰が次期FRB議長に就任することになると思いますか?

 候補者として名前が上がっている人たちと言えば‥サマーズ元財務長官、イエレンFRB副議長、そして、コーン前FRB副議長などがいる訳ですが、いずれにしてもついこの間までは、サマーズ氏の可能性は極めて小さいとされていたので、私としては安心していたのです。

 何故サマーズ氏の可能性が小さければ、私が安心するのか?

 だって、あの傲慢さに誰が耐えることができるでしょうか? それに財務長官時代の、日本に対する無作法な物言いは忘れることができません。

 というよりも、アメリカにおいても余りにも敵が多すぎる。

 サマーズに謙虚さを求めるのは、マドンナに貞節を求めるようなものだ、とか。

 それから、ハーバード大学の学長時代には、女性を差別するような発言をし‥もう少し具体的に言うならば、数学や科学の分野では女性の才能は劣っている、と。また、世界銀行の副総裁を務めていた頃は、環境汚染物質は、開発途上国に持って行った方が処理コストが安く済むので、経済学的にみてその方が正しいのだ、なんてメモ(論文)を発表したこともありました。

 それに、そもそも米国で住宅バブルが崩壊した背景には、この人が銀行と証券の垣根を設けたグラススティーガル法を廃止したようなことがある訳ですから、この人の責任は極めて大きいのです。

 では、そのサマーズ氏は今は何をしているのか?

 この人、今は再び教職の立場に復帰しているらしいのですが‥しかし、その前は、オバマ大統領から国家経済会議の議長に任命され、2年間ほどその地位についていたのでした。

 つまり、どうみても敵が多いとしか思えないサマーズ氏なのに、どういう訳かオバマ大統領は高く買っている節があるのです。

 何故大統領はサマーズ氏を評価するのでしょう?

 オバマ氏は法律家ではあるものの、経済にはそれほど精通しているとは思えません。むしろ専門家の意見を尊重し、大統領としては、そうした専門家の意見を分かり易く国民に伝えることが任務だと心得ている。

 では、サマーズ氏の学者としての評価はどうかと言えば‥

 客観的な評価を下す前に‥彼は、我々の年代であって、経済学を学んだ人間ならば知らない筈はないポール・サミュエルソンが彼の父の兄弟に当たるのだとか。

 当時、経済学のテキストと言えば、真っ先にサミュエルソンの本を挙げる人が殆どではなかったのでしょうか?

 それほど偉大な経済学者を叔父に持つサマーズ氏。

 でも、それだけではありません。ケネス・アローが彼の母の兄弟に当たるのだ、と。

 もうこれだけ聞いただけで怖気づく人が多いのではないでしょうか。

 しかし、凄いのはそうした血縁だけではなく、彼自身、28歳という若さで、史上最年少のハーバード大の教授になったことなのです。

 オバマ大統領がサマーズ氏を評価するのは、そうしたことに加え、恐らく彼の理論が明快であるからでしょう。

 しかし、彼の言うことが幾ら筋が通っているとしても、世の中に受け入れられないことはいっぱいある。つまり、女性が劣っているとか、廃棄物は開発途上国に持って行った方が安くつくなどということは、常識から考えたらどうしても受け入れられません。

 そうは思いませんか?

 ということで、本当にオバマ大統領がサマーズ氏を指名することになれば、オバマ氏の常識を疑いたくなってしまうのです。

 私は、サマーズのような人物が世界経済に影響を及ぼすような地位について欲しくありません。もし、彼がFRBの議長に就任するようなことになれば、恐らくまたバブルが再燃するような事態を迎えるのではないでしょうか?

 確かに、なかなか米国の失業率が下がらないのはそのとおり。しかし、だからと言ってバブルを起こしてまで景気を良くするようなことを考えるのは、本末転倒です。




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 最近、「ホウレンソウ」が関心を集めています。

 困難に陥った時、缶詰に入ったそれを食べると元気いっぱい! そして、腕がもりもりになるあのほうれん草とは違います。

 というか、こんな話をしても理解できるのは、中高年の皆様だけでしょう。

 「オリーブ!」「嫌だ、ブルート、放してよ」という場面でポパイが食べるほうれん草のことではありません。

 「報告、連絡、相談」

 これがホウレンソウ。どういう訳か、会社の研修などで、この手の話がよくなされるのです。どうしてオジサマというか上司は、そんな話が好きなのでしょうか?

 仕事の結果をちゃんと報告しろ! 連絡を怠るな! 何かあったら自分で判断せず相談しろ!

 まあ、部下がそうした教えを守ってくれれば、上司としてはある意味安心ができるのでしょう。だから、ホウレンソウを求めたがる。しかし、その一方で、何でも相談したがるような部下は、つまらん!という意見もあるのです。

 少しくらい自分の頭で考えろ、と。指示待ち症候群の社員ばかりでは会社は発展しないぞ、と。

 まあ、それも一理あります。確かに自分の頭で考えることが大事なのです。

 では、ここで貴方に質問します。貴方は、ホウレンソウは必要だと思いますか? それとも、ホウレンソウなどほどほどでいいと考えますか?

 実際、どうなのでしょうか? 若い世代はどう思っているのでしょうか?

 ただ、あれですよね、あれ。最近の若い世代は、益々コミュニケーションを取るのが下手になっているのですよね。それに悪い情報ほど自分で抱え込んでしまい、どうしようもなくなる、と。もう20年ほど前に、そんなことを感じていましたから、今ならなお更でしょう。

 ただ、いずれにしても私としては、最近、ホウレンソウの意味をよく理解していない人が増えているのではないかと危惧しているのです。

 例えば、会社や自分が困った状況に陥った時‥例えば、得意先から急に取引を停止するというような通告を受けたとき、或いは、自社の製品に大きな欠陥があったことが判明したようなときに、貴方が担当者であったら、どのようにして上司に報告、或いは相談をするのでしょうか?

 もちろん、得意先から急に取引を停止すると言われても、その得意先との取引額が会社全体の売り上げから見て微々たるような場合には、敢えて上司に報告する必要はないかもしれませんし、また、その得意先に翻意させる何か名案があるのであれば、これまたわざわざ上司に報告をする必要はないかもしれません。

 しかし、会社の売り上げ全体に占めるその得意先の割合が極めて大きい場合には、取引を停止すると言われた事実を速やかに上司に伝えなかったとしたら、担当者として失格の烙印を押されてしまうでしょう。

 従って、そのような重大な事態が発生した場合には、すぐさま上司に報告するとともに、対処策を練ることが必要になるでしょう。そして、普通の従業員なら、その程度のことは言われなくても分かるでしょう。

 問題は、どのようにして対処策を練るか、つまり、上司に判断を仰ぐか、ということなのです。

 指示待ち症候群ばかりになって、自分の頭で考える人が育たないというのは、何もホウレンソウが悪いのではないのです。そうでなく、担当者が、自分がなすべきことが分かっておらず、能力不足であるだけの話なのです。

 能力のある担当者であれば、そうした重大な事案が発生した場合に、即座にそうした事態が発生したことを上司に報告するでしょうし、そしてその際、どのような対処策があるか、幾つかの案を示して、上司に判断を仰ぐでしょう。

 しかし、対処案を考えるに当たっては、何故その得意先が取引を停止すると通告してきたのか、その原因を探ることが先決です。そして、先方の事情については、普通は上司ではなく担当者の自分が一番よく理解している筈なのです。だから、そうした原因を探る作業については、上司に言われなくても、速やかに始めなければいけないのです。

 従って、何故先方がそのような通告をしてきたのかその原因を確定させ、そして、その原因に応じた対策を講ずることが必要となるでしょう。そして、幾つかの案を示しながら、上司に判断を仰ぐことになる、と。そのような行動に出るならば、誰もその担当者のことを指示待ち症候群とは言わないでしょう。

 だから、指示待ち症候群などと悪く言われることがあるにしても、ホウレンソウが決して悪いのではなく、ホウレンソウの実行の仕方が稚拙であるだけの話なのです。

 ここまでのことを理解すれば、ホウレンソウが必要でないどころか、タイムリーなホウレンソウが組織の運営において如何に大切であるかが分かると思うのです。

 しかし、実際には、十分なホウレンソウの体制が整っていない組織も多く存在しているのです。何故ホウレンソウが行き届かないのか?

 それは、会社にとって都合の悪い情報を担当者が上司に伝えようとした場合、中間管理職は、その悪いニュースをさらに上の上司に伝え場合に叱られることを予想して、必要な情報を上げなくなってしまうことが往々にしてあるからなのです。

 人間だれしも叱られるのは嫌なもの。

 売り上げが落ちました‥得意先から取引を停止させられました‥成功間近だと期待されていたプロジェクトの進展が難航しています‥などという情報を喜んで伝えることのできる人がどれだけいるでしょう?

 何故ならば、トップに怒られるのが目に見えているからです。

 しかし、そうした情報を上げるのが遅くなればなるほど傷は深くなり、取り返しがつかなくなる。だから、怒られるのが分かっていても伝えなければならない。トップがそうした事態を承知していない限り、根本的な対処策は打ちようがないのです。

 ホウレンソウが大切だと新入社員に説教することが好きなおじ様たちのなかで、都合の悪い情報を、社長に即伝えることができると胸を張って言える人がどれだけいるというのでしょう。

 逆に言えば、どんな都合の悪いニュースでも冷静に受け止める度量がトップには求められているということなのです。イエスマンしかいないような組織では決してホウレンソウが育たないでしょう。

 最後に大事なことを言っておきたいと思います。

 実は、ホウレンソウを一番肝に銘ずべき人は、トップ自身であるということなのです。若手の社員は、黙っていても常日頃ホウレンソウを求められる訳ですし、また、若手が頭角を現すにはホウレンソウをきちっと実行することが必要な訳ですから、有能な従業員であればホウレンソウをほぼ確実に実行してくれるでしょう。

 では、逆に上の立場にある人々は、部下に必要とされる情報を確実に流していると言えるのでしょうか?

 例えば、得意先の社長と自社の社長が、経済団体のパーティーで顔を合わせた際、自社の社長が得意先の社長の名前を間違えたとか、或いは失礼なことを言ってしまったとかして‥それが得意先が取引を停止すると通告してきた真の理由であったら、どうでしょう?

 もし、そうした事実があったことを部下たちに知らせていなかったら、担当者たちは、何故得意先がいきなり取引を停止すると言ってきたか、その理由が分からず右往左往するばかり。しかし、その事実を社長が担当者たちにも知らせておけば、担当者としても、「先日は、弊社の社長がとんでもない発言をして、御社の社長のご機嫌を損ない誠に相済まなく感じているところです。実は、社長自身が深く反省しているところなのですが、どのようにして謝罪すればいいかも分からずに‥」などと先方に伝えれば、それほど問題をこじらせることもなかったのかもしれないのです。

 要するに、組織は、担当者であろうとトップであろうと、全てがそろってこその組織であるのですから、どんなにトップであろうとも必要なホウレンソウを心掛けるのは当然であるのです。

 もし、上の立場にいる人が、口頭でも簡単なメモ書きでもいいですから、必要な情報を部下たちに流してくれるのであれば、どんなに組織が巧く回ると言えるのか。

 貴方の周りには、そのような上司がいますか?

 私も、そのような上司に仕えた経験は殆どありませんが、一人だけそんなことを実践してくれてた上司がいたのを今でも覚えています。

 



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 ダチョウ症候群という言葉をご存知でしょうか?

 「俺は絶対やらないぞ」「お前やらないの? じゃあ、俺がやる」「いや、ここは俺がやる」「待て、俺がやるよ」「‥‥どうぞ、どうぞ!」

 そんなおバカな会話を交わすのがダチョウ症候群?

 そうではないのです。

 「訴えてやる!」って、直ぐ騒ぎ出すこと?

 そうでもないのです。

 「クルリンパ!」

 クルリンパでもない。

 ダチョウ症候群というのは、目の前にある問題や危険を直視せず、何もしないでやり過ごそうという態度を取ることなのだ、と。体の大きなダチョウが、身に危険を感じた際、砂に自分の頭を突っ込んで、安全な場所に隠れたつもりになっている様子に譬えたものだとか。米国のワイナーという心理学者が名づけたと言います。

 何故私が、ダチョウ症候群などという言葉を本日持ち出したかと言えば‥どうも最近の日本人は、そうしたダチョウのように思えてならないからなのです。

 もちろん、人間は砂のなかに頭を突っ込むことはありません。しかし、砂のなかに頭を突っ込むことはなくても、都合の悪い事実からは目を背け、それによって事態が改善しているかのように錯覚する。

 東日本大震災が福島の原発事故を引き起こしましたが‥そして、未だに事故の収束には程遠い訳ですが‥原発に関する報道が小さくなってきていると思いませんか?

 それに、そもそも大爆発を起こしたときも、東電や政府は、メルトダウンが起きたことを認めようとはしなかった訳ですし、放射能漏れの深刻度合いも、チェルノブイリには及ばないとされました。

 最近、再び汚染水の漏出問題が注目を浴びている訳ですが‥しかし、国民の関心度はそれほど高くはありません。もう慣れっこになっている。もちろん、地元の漁業関係者にとっては死活にかかわる問題ですが、福島県以外の多くの人々は、そうしたニュースを聞いてもまたか、としか思わない。

 というよりも、余りにも長い間緊張状態でいることが人間にはできないのです。だから、時々は、その緊張状態を緩めないと生きていくことができない、と。

 だから、時として、現実から目を遠ざけることがあっても、それが全て悪いとも言えないのです。そうしないと逆に緊張のために命を縮めてしまうかもしれないからなのです。

 しかし、それはそうであっても、現実から目を遠ざけている間に問題が解決することはありません。そのことはしっかりと肝に銘じておく必要があるのです。

 つまり、福島の原発問題について、国民がどのような態度を取ろうと、それによって事態が改善することはないのです。そうではなく、一時、貴方の関心事でなくなるだけの話です。

 気候変動問題に対する人々の態度にも、ダチョウ症候群の症状が反映されているような気がします。

 最近、次のように言う人が増えている気がします。

 地球温暖化が起きているなんて嘘っぱちだ! 人間の行動が原因で地球の温度が上がる筈がない、と。

 私は、専門家ではないので、地球温暖化を否定する人々を説得することはできません。しかし、こうして異常気象が頻発化しているのを、そうした人々はどう説明するのでしょうか?

 はっきりと言って、原因が何であるかよりも、取り敢えずはこうして異常気象が異常でなくなりつつあることを認識することが重要なのです。

 昨日、今日と、またしても島根県などでは記録的な降雨量となっています。1時間に100ミリ以上の雨が降ることは、確かにかつては本当に稀なできことだったのでしょうが、それが2000年秋に名古屋が大水害に遭遇した頃から珍しいできごとではなくなっているのです。そのことを否定できる者は誰もいないでしょ?

 そうした異常気象に我々はどう対応すべきなのか?

 安倍総理などは、そうした異常気象の頻発化については、何も言いません。

 国民としては、こうした異常気象の問題について、総理がどう考えているかも聞いてみたいのです。何も経済だけが問題ではないのです。しかし、安倍さんは、何も言わない。

 安倍さんも、地球温暖化の議論に懐疑的であって、それが原因で、温暖化対策に熱心でないなら、それならそれで一応筋が通っている訳ですが‥日本政府の温暖化問題に対する公式の考えは変わっていないのです。

 だから、まさに砂の中に頭を突っ込んでいるようにしか見えないのです。それでいいのでしょうか?

 もちろん、地球温暖化の問題に関して、関心を示さなくなっているのは、日本だけでなく、かつてあんなに熱心であった欧州勢もそうなのですから、日本の政治家だけを責めるべきではないかもしれません。しかし、それにしても‥

 では、何故地球温暖化の問題が関心を集めなくなったのか?

 温暖化の因果関係が怪しくなってきたからか? クライメート・ゲート事件が起きたからか?

 しかし、本当の理由はそうではないのです。2007年にパリバ・ショックが起きるまでは、世界経済は極めて順調であったので地球温暖化に関心を寄せる余裕があったのですが、それが、世界経済が崖から突き落とされたような状況になってしまったので、温暖化対策に取り組む余裕がなくなったのが本当の理由なのです。それに、幾ら先進国側が一致団結することができたとしても、中国などが賛同しなければ、効果が限られているからです。

 いずれにしても、人類は、地球温暖化の問題から顔を背けてしまっている。つまり、ダチョウのように頭を砂に突っ込んで現実を見ないようにしている。

 しかし、砂に頭を突っ込んでいる間にも温暖化が進展し、こうして異常気象が頻発化している訳なのです。

 最後に、ダチョウさんのために、ダチョウさんの立場になって弁解をしたいと思います。

 人間は、ダチョウのことをバカにしている。ダチョウは、頭を砂に突っ込んで、それによって危険を回避することができると考えている、と人間は思っている。しかし、それは人間の勘違いなのだ。

 というのも‥貴方は、ダチョウが頭を砂に突っ込んだ姿を見たことがあるでしょうか? 実際に見ていなくても、写真でもいいのです。見ましたか?

 ダチョウが頭を砂に突っ込むとどのように見えるか?

 なんか、砂漠に3本足の妙な生き物が立っているように見えるのです。

 ダチョウならば、長い首と小さな頭がついている筈なのに、首と頭がない。その代り足が3本の生き物。

 そんな得体の知れないものを見た外敵は、何と思うか?

 多分、気色悪いと思うだろう、と。近寄ろうとは思わないだろう、と。

 それがダチョウさんの作戦なのです。それなのにダチョウ症候群だなんて。

 どれだけ国債を発行し続けたところで、日本が破綻することなどない、などという人々が最近目立ちますが、そうした人々も、都合の悪いことには目を向けたくないだけにしか思えないのです。

 



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 本日のタイトルは、消費税増税Gメンの愚。ラーメンの具ではありません。

 ここで笑わないと、もう笑うところはありません。本日も小難しい話ですから。 

 消費税増税の価格転嫁を監視するGメンを中小企業庁と公正取引委員会が、600人ほど採用するのだとか。

 Gメンなんて言葉を聞いて、郷愁に浸っている貴方は中高年世代でしょう。Gメン75なんてのもありましたね。

 Gメンと言えば、何やら格好良さそうにも聞こえるのですが、要するに政府の役人‥国家公務員ということなのです。GメンのGは、GovernmentのG。

 いずれにしても今回注目されているのは、来年の4月から仮に消費税増税が実施された場合に、増税分がちゃんと価格に転嫁されているかどうかを監視するための要員であるのです。

 公務員の数を減らせ、或いは、公務員の給与を下げろ、と言われて久しいのに、公務員の数を減らすどころか、一気に600人採用するのだと。

 どう思いますか? 何故そのような監視員が必要になるのか? 

 と思って調べていくと、何とそもそもは、野田政権のときの考えが今でも踏襲されていることが分かったのです。野田政権のときに、消費税の増税分が価格へ十分転嫁されず、大手のスーパーなどに納入する中小の納入業者が税を事実上負担させられている事実が指摘されたことが基になっているのです。

 どう思いますか?

 ところで、例えば現在、消費税率5%の下で105円で売られている商品は、消費税率が8%になったら、幾らで売られることになるのでしょうか?

 答えは、幾らになるかは何とも言えない。それが正解。

 もちろん、小売店としては、増税分を上乗せして、税込みで108円で販売をし、そして、それが今までどおり売れるのであれば何の問題もなし。

 しかし、消費者としては、賃金が増税分と同じペースで上がるのであれば別ですが、賃金が上がらないままだと、幾ら今までと同じように商品を購入したくても、収入が増えないので購入する数量を減らさざるを得なくなる人が大部分なのです。

 つまり、増税に合わせて単純に商品の価格を上げていたら、恐らく売れ行きが落ちることになるでしょう。

 では、売れ行きが落ちた場合、小売店は黙って事態を見逃すしかないのか?

 もし、何も手を打つことがなければ、売れ行きが落ちる結果、倒産に至ってしまうかもしれません。当然のことながら、何らかの手を打つ必要がある、と。そして、一番手っ取り早いのが価格を引き下げることでしょう。極端な場合、幾ら増税になっても105円のまま据え置く、と。

 では、そのとき、8%分の税を支払うのは誰になるのでしょう?

 国税庁は、次のとおり説明します。

 「消費税は、事業者に負担を求めるものではありません。税金分は事業者が販売する商品やサービスの価格に含まれて、次々と転嫁され、最終的に商品を消費し又はサービスの提供を受ける消費者が負担することとなります。」

 いいでしょうか? 国税庁は、消費税を負担するのは消費者だ、と断言をしているのです。事業者は、消費者から預かった消費税を、国に納めるだけなのだ、と。

 しかし、今言ったように、商品の売れ行きが落ちるので商品を値下げした場合も、消費者が税を負担すると言えるのでしょうか? 事業者が負担することにならないのでしょうか?

 国税庁の考え方によれば、このように増税されたにも拘わらず小売店が商品の価格を据え置いた場合にも、税を負担するのは消費者であることに違いはないのです。

 何故ならば、105円のうちの8/108分が税であり‥つまり7.8円が税であり、本体価格が100円から97.2円に引き下げられたと考えるからなのです。

 97.2円が本体価格である商品の価格に8%の税が課せられれば、97.2×1.08=105となりますよね?

 消費者は、消費税が5%から8%に引き上げられたが、それでも増税前と同じように105円である商品を購入することができた。従って、常識的に考えたら、増税分を負担していないように思える。しかし、それでも国税庁は消費者が増税分を負担していると言う。何故ならば、商品の本体価格が、それまでの100円から97.2円に引き下げられ、そして、消費者は、97.2円の商品に対し105円を支払っているのだから、8%の消費税を負担しているのは明らかだ、と。

 どう思いますか?

 国税庁の説明は、間違っていないと言えば間違っていない。しかし、どうも釈然としないのです。

 というのも、もし、8%に消費税率が引き上げられても、小売店が価格を据え置いて販売せざるを得ないとしたら、引き上げられた3%分の消費税は小売店が負担したと見做すのが常識的だと思われるからなのです。

 現実には、小売店が売る商品は全て業者から仕入れている訳ですから、可能性としては、小売店が納入業者に値引きを要請することもあるでしょう。

 では、仮に納入業者が増税に伴う値引きに応じた場合、納入業者が税を負担したと言うべきなのでしょうか?

 国税庁の論理からしたら、決してそのようなことにはなりません。納入業者は、納入した商品の価格を増税にも拘わらず据え置いただけだ、と。つまり、納入した商品の本体価格を引き下げた、と。

 しかし、そのような国税の論理を知った納入業者としては、納得がいかないのです。増税になった分を自分たちが負担させられた、と。国税の話によれば、消費税を負担するのは消費者である筈なのに、何故弱い立場の中小零細の納入業者が泣き寝入りしなければならないのか、と。

 そこで、Gメン登場となるのです。

 これが麻薬の密輸を取り締まるようなGメンであれば、格好良くもある訳ですが‥増税による価格の転嫁を監視するなんて、理屈に合わない仕事をさせられる訳ですから‥

 だって、そうでしょう? 価格など、今や刻一刻と変わるからなのです。昔みたいに、殆どの商品に価格が表示してあったような時代ならともかく、バーコードで商品の情報を読み込むのが当たり前の現在、消費者が価格を判断できない商品も多いのですから。

 それに、そもそも国税庁の「消費税は、事業者に負担を求めるものではありません」という説明がミスリーディングであるのです。法律論として考えるなら、国税庁のような理解も間違っていないのかもしれません。しかし、実質的に考えるならば、消費者だけではなく、事業者も負担することになるというのが消費税というものなのです。そんなこと経済学を学んだ人ならすぐに分かりそうなものを、と私は思うのです。

 要するに、国税庁が、消費税は消費者が負担するものであって、事業者が負担することはない、なんて言うから、だったら何故自分たちが実質的に税を負担しなければならないのかという不満が中小零細業者から湧いてくる。そして、政治家たちは、その不満を何とかして解消しなければいけないから、税額分だけ価格が上がるように役人に監視させる、というのでしょう。

 しかし、売り上げが伸びない時に、その対策として価格を引き下げるのは当たり前ではないですか? それをしてはいけないと政治家が言うのでしょうか?

 おかしいでしょ?

 というよりも、増税をするのだから、誰かに負担がかかるのは当たり前の話なのです。もちろん、その負担を消費者に押し付けるのが政治家の魂胆だったのかもしれませんが、消費者もなるだけその負担を少なくしようと行動する。だから購入数量が少なくなる。そして、そうして売れ行きが悪くなるから、価格が下がる。

 おかしいのは一体誰なのでしょうか?

 それに、政治家の皆さんは、アダムスミスの課税の4大原則をご存知ないのでしょう。

 4大原則の4番目は、国民から徴収したものと国に入る収入の差額ができるだけ小さくなるようにしなければならないというものなのです。要するに、課税をするのに、多くの経費がかかるような税は好ましくないと言っているのです。

 それなのに、今政府がやろうとしていることは、消費税を上げるために、中小企業庁と公正取引委員会のスタッフを増やそうとしている訳ですから。明らかにアダムスミスの第4の原則に反していると言うべきでしょう。

 というよりも、そんな難しい話をしなくても、政府がやろうとしていることが如何にバカげているか、分かると思うのですが‥



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 水産庁の幹部が、「メジを食べるのはやめましょう」と言っています。

 メジとはメジマグロのことだとか。

 私も、その意見を支持します。しかし、その結論に達するまでに若干の時間がかかりました。というのも、メジマグロがどういう種類のマグロか知らなかったからなのです。

 ホンマグロとか、クロマグロとか、カジキマグロとか、キハダマグロとかなら‥

 でも、分かってしまうと、なーんだ、と。

 メジマグロとは、クロマグロの子どものマグロのことなのだ、と。要するに、水産庁としては、マグロは成魚になってから食べましょうと言っているのです。子供のマグロを食べると、資源としてのマグロが枯渇してしまう、と。

 全くもってそのとおり。

 しかし、ネット上では意外と賛同者は少ないみたいで‥消費者に食べるなというよりも、漁業者に獲らせないようにすべきではないのか、というような意見が多いのです。

 確かに、消費者にメジマグロを食べるのを止めましょうと言ってみても、もし、それが刺身や寿司になって現れれば、メジマグロなんて分かる人はほんの一握りの人々でしょうし‥それに、仮にそれがメジマグロと分かっても、おサラに乗って出てきたものを、今更食べないなんて言っても、それで結果が変わる訳ではなし、と思い‥

 そのように考える人が多いのでしょうね。

 しかし、それでも私はメジマグロを食べるのは止めましょう、という意見に大賛成。

 何故ならば、マグロが好きだから。マグロが枯渇して欲しくないから。つまり、マグロが増えるように我々もできることがあるのならば、したいではないですか。

 確かに、消費者にどうこうしろというよりも、漁業者にメジマグロを獲らせなければそれが一番手っ取り早いのは、そのとおり。しかし、幾らメジマグロを獲ることを止めさせようとしても、それを買う消費者がいる間は、なかなか獲るのを止めさせるのは難しいものなのです。その反対に、もし、消費者がメジマグロと分かった場合、一切食べるのを拒否するならば、或いは、買うことを拒否するならば、メジマグロが売れることがなくなるでしょう。そうなれば、メジマグロは自然と獲られることがなくなるでしょう。

 ということで、水産庁が、キャンペーンを行って、消費者にマグロのことをよく知ってもらうようなことが大変有益だと思うのです。そうすることによって、マグロという資源が枯渇の危機に瀕していることが消費者によく認識されるようになるわけですし‥

 また、この際、マグロだけではなく、その他の魚介類についても、同じような配慮をしてはどうかと思うのです。例えば、卵を抱えたワタリガニが売られていることがよくありますが、私からすれば、そんなに沢山の卵を抱えたカニを食べるようなことをすべきではなく、カニの卵を孵化させるべく、そうしたカニは獲っても海に戻せばいいものを‥なんて思ってしまうのです。それに卵を抱えた雌のカニは、味も落ちることが多いですし‥

 ということで、メジマグロを食べないようにすべきだという意見に大賛成。ついでに、水産庁としては、様々な魚介類について、消費者というか国民に分かりすい情報提供をしてくれたらいいのにと、思うのです。

 そもそも、多くの魚介類は、昔と比べて漁獲高が激減している。そして、それを養殖によってどうにか補っている。つまり、養殖という技術がなかったならば、スーパーの魚売り場に並ぶ魚がどれだけ少なくなっていることか、と。

 それだけ、我々を取り巻く自然環境が大きく変化しているということでもあるのです。そして、そのことは、決して人類にとっても明るいニュースではないのです。しかし、それにも拘わらず余りにも自然環境の変化に目を向ける人が少ない。一般の人を導く立場にある政治家ですら、なかなか自然環境問題を語る人はいない。

 それで本当にいいのでしょうか?

 そうした意味でも、先ずメジマグロが何であるのか、そして、何故メジマグロを食べない方がいいのかを多くの人に理解してもらうことは、決して意味のないことではないと思うのです。


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 新聞を見ていると、円借款を見直すと出ています。何でも日本の企業が資材や工事を受注する比率をさらに引き上げることを円借款供与の条件にするのだとか。

 どう思いますか?

 まあ、このような質問をしたところで、最近の風潮からすれば、外国だってやっているのだからとか、日本の企業を支援してどこが悪いのか、なんて反応を示す人が多いのではないでしょうか。

 ああ情けなや! 

 これが、企業関係者が、「海外はきれいごとばかり言って、日本のやることを批判していますが、海外だって自国の利益になることしか考えていないのですから‥」なんて言われるのであれば、少しは同情の余地もあるのですが‥

 貴方に先ず問いたい!

 円借款とはなにか? 

 円借款とは、日本政府が海外の発展途上国に行う極めて低利で、償還期間の長い融資のことなのです。そして、円建てで行われる融資であるから円借款と呼ばれる、と。

 つまり、そのような融資は、開発途上国が経済発展を遂げることを日本として支援するためのものなのです。但し、そうして融資を受ける開発途上国が、例えば、発電所を作ったり、港湾を整備したりする際に、日本の企業に仕事を発注することもあり、そうなれば日本の企業にとっても役に立つ、と。

 ということを考えるならば、円借款を供与することによって相手国を助けると同時に、日本企業を支援することもできれば一挙両得のように見える、と。否、だったら、円借款を供与するに当たって、日本の企業に資材や仕事を発注することを条件付きにしたらどうなのか、と。

 そのような発想になる人が多いのは、分からないでもありません。しかし‥

 では、何故今頃になって、そのような「ひも付き融資」の方向に向かって、円借款の運用方針を見直そうとしているのでしょうか? 昔から、ひも付き融資を条件として円借款を供与しておけばよかったではないのでしょうか?

 そうでしょ?

 しかし、日本が、戦後復興を果たして少しずつ先進国の仲間入りをし、途上国に対し円借款を供与し始めた当時は、全てひも付き融資であったのです。つまり、日本に資材や仕事を発注することが条件になっていたのです。

 ですが、そうしたひも付き融資は、日本の経済力が一段と大きくなるなかで少しずつ後退して行ったのでした。何故なのでしょう?

 それは、ひも付き融資というと、大変にダーティーなイメージがあったからなのです。

 ひも付き融資は英語でタイドローン(tied loan)と言います。日本は態度悪いぞ、なんて。

 冗談はそのくらいにして‥

 では、何故タイドローンが良く言われることがなかったかと言えば、そもそも経済協力というものは、開発途上国のために行うものであって‥そして、先進国側は、それぞれの経済力に応じてそうした国々を支援するということで意見が一致し、そして、政府開発援助(ODA)の目標値まで定めておきながら‥支援の実態をみると、途上国のためというよりも自国の輸出を伸ばすための露骨な案件が多いではないか、という批判があったからなのです。

 それに、先進国側が、そのようにひも付き融資を利用することによって自国の輸出を伸ばすようなことが横行すれば、それこそ国際社会の秩序が守られなくなると考えたからです。

 ということで、日本が戦後復興を果たして先進国の仲間入りをしたばかりの頃は、日本が供与する円借款は、ひも付き融資ばかりであったのですが、日本の貿易収支の黒字額が大きくなり、日本の経済的地位が一段と上がり始めた頃から、日本は、ひも付きではない融資、英語で言えば、アンタイドローン(untied loan)を供与するようになって行ったのでした。

 私が役所にいて、こうした経済協力の仕事に携わっていた頃には、まさに輸銀のアンタイドローンが注目を浴びていた頃であったので、私としては、アンタイドローンを供与する日本の志の高さに誇りを持っていたのです。

 少々内輪の話になりますが‥その頃でも、役所のなかには、欧州勢は、言うこととは裏腹に実際にはタイドローンを供与することが多いのだから、日本がアンタイドローンの供与比率を上げるなんてことを、本気で考えるバカがどこにいる、なんて志の低い輩もいたのです。

 いずれにしても、あれから20数年の歳月が経過しました。そして、日本の国際的な地位は、気が付くと随分沈下しているようにも思えます。そして、その地位の低下とともに、こうして臆面もなく、ひも付き融資のどこが悪いのか、という議論がまかり通るようになっているのです。

 私は、何も理想ばかり追いかけるあまちゃんではないのです。海外が如何にダーティなことをやっているかもよく承知しているつもりです。

 例えば、世界一の経済大国の米国が行っているODAにしても、ODAなどと呼ぶよりも、むしろ軍事支援と呼んだ方が相応しいものばかり。そんなこと、米国のODAの供与先のリストを見れば一目瞭然。欧州の国々も、旧宗主国として過去付き合いのあった国を重視し、そして、自国の利益を優先するようなことばかり。

 但し、一つだけ注意すべきは、そこで言う欧州の国々というのは、主にフランス、ドイツ、英国、イタリアなどを指し、そのなかには北欧の国々は含まれていないということなのです。

 どういう訳か、北欧の国々は志が高く、ずっと以前から理想に向かって走ってきているのです。ODAの供与額もいつも共通の目標値を超えていましたし‥。どうして彼らは違うのか? それが以前からの私の関心事だったのです。ただ、彼らの世界経済に占めるウェイトは小さい。だから、なかなか彼らの動きが世界の潮流を変えるまでには至らないでいるのです。

 いずれにしても、昨今は、中国や韓国の動きも日本としては牽制しておかなければいけない。特に中国などが、ひも付き融資で世界市場を荒らすようなことをしているのを黙ってみていていいのか、と。中国がそうするから、それに日本も対抗すべきだ、と。

 しかし、それはおかしいのではないでしょうか?

 日本が対抗する、つまり、昔のタイドローンに戻るのではなく、中国に先進国のマナーに従わせるように、国際社会が一致団結して働きかけるのが筋なのではないでしょうか?

 いずれにしても、最後に言っておきたいことがあります。

 円借款を見直すと報じられていますが‥確かに世の中が変化するのに応じて、制度も見直すことが
必要でしょう。そして、その見直しの対象としてODAや円借款が含まれても当然でしょう。

 しかし、ODAや円借款を見直すのであれば、そもそも我が国の貿易収支の赤字が定着しつつあると
いう重大な事実に目を向けるべきではないのでしょうか?

 つまり、貿易収支が赤字になれば、それだけ日本としては開発途上国を支援する余裕がなくなって
きているということですから、むしろ円借款を縮小することを考えるべきなのではないのでしょうか?

 そうでしょう? それにも拘わらず、円借款を利用して輸出を促進しようとする。

 輸出を促進することが悪いと言っているのではないのです。しかし、例えば、金利0.2%のローンを相手国に供与するということは、相手国からすれば、仮に、それによって手に入れたキャッシュを日本国債で運用すれば、今であれば0.6%程度の利鞘が抜ける計算になるのです。つまり、100億円の円借款を供与するということは、毎年6千万円の補助金を与えているのと同じになるのです。

 そこまでして日本の大企業を助ける必要があるのか、と言いたいのです。それに、それらの資金は税金で捻出される訳ですから。そして、そこまでのことをして上げても、大企業が言うことは、法人税を下げないと海外に脱出するかもしれない‥なんてことばかり。

 日本の大企業を助けるために円借款を供与するというのが本音であれば、対象となるプロジェクトの選定も杜撰になり、例えその円借款を利用してインフラが整備されたとしても、真の経済発展につながらない恐れが大きいでしょう。そして、海外の国々は借金ばかりが増える結果になり‥結局、日本が悪く言われかねない。

 日本の専門家が海外の貧しい国に派遣され、現地で井戸を掘ってあげて、本当に現地の人々から感謝されているなんて感動モノの話を聞くこともありますが‥もう少し、相手国のことを考えて円借款を供与するようにして欲しいと思うのです。


 

 途上国のための円借款の供与というのであれば、現地の人々の真に役に立つプロジェクトにお金を
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