経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

2013年09月

 10月1日に、安倍総理が消費税増税を発表すると報じられていますが、果たして本当にそうなるのか‥なんて言うとバカにされそうです。

 何故ならば、もう結論は出ているではないか、と。しかし、その一方で、消費税増税に反対する人の声も根強いのです。

 日経新聞とテレビ東京が共同で実施した調査によれば、消費税増税に賛成する人が47%。

 どう思いますか、47%という数値を? 過半数には届きませんが、それでも結構高い値だと思います。

 一方、消費税増税に反対する人の割合はと言えば、48%なのだ、と。1%ではあるものの、反対が賛成を上回っているのです。

 この調査結果をどうみるべきなのでしょうか?

 これだけ賛成が高い値を示しているのだから、増税を断行すべきなのか? 或いは、1%とは言え、反対が上回っているのだから、民意を尊重して増税を先送りすべきなのか?

 いずれにしても、では何故増税に反対する人が多いのでしょうか? 何故だと思いますか?

 景気回復に冷や水をかけるから? 景気がよくなってから増税すべきだから?

 いろいろな考え方があると思うのですが‥本当の答えは、そんなことではないのです。

 真実の答えは‥税金が嫌だから!

 これが答えです。

 ですから、この先、仮にどんなにバカ景気になることがあったとしても、人々はまた増税には反対するでしょう。それは確実なことなのです。だって、お金持ちや企業の常日頃の発言からすれば容易に想像がつくではないですか?!

 所得税が高すぎると、日本から脱出するお金持ちが増えるであろう、と。法人税を下げないと国外に脱出する企業が増えるであろう、と。

 要するに、皆税金を払いたくないのです。そして、お金持ちほど、どうにかして納税額を少なくしようと苦心する。だから、この先、経済成長率が高まって、そして、国民の多くが今よりも豊かになったとしても、そう簡単に増税に賛成することなど考えられないのです。

 今増税に理解を示している人々の多くも、本心では、増税は嫌なのです。嫌ではあるけれども、しかし、子どもたちや孫のことを考えたら、増税を受け入れるしかないと思っているだけなのです。

 一方で、増税に反対する人々の多くは、子どもや孫がいないから‥或いは、いても彼らのことなど考えようとしないから、どうにかして増税を受け入れないで済む理屈を考えているだけの話です。

 そのような人々が景気がよくなったからと言って、増税を受け入れる筈がない。そうでしょう?

 但し、税を嫌うそのような感情はどこの国でも共通にみられるものなのです。だから増税に反対するのがおかしいと言っているのではないのです。そうではなく、このまま増税を先延ばししていると、将来必ず深刻な事態に至ることが予想されるが、そうした問題にどう対処しようと考えているのかと言いたいです。

 何の先の見通しもない。ただ、今はまだデフレから脱却した訳ではないから、増税の時期ではない、と。或いは、デフレで困っているのだから、インフレを恐れる必要がどこにあるのか、などと一見もっともらしいことを吹聴するだけ。

 いずれにしても、景気がよくなれば、税率を引き上げなくても税収は自然に増えるから‥などという超楽観論をどうしたら信じることができるというのでしょうか?

 要するに、自分たちにとって不都合なことは見て見ない振りをしているだけの話なのです。地球温暖化の議論でも同じです。温暖化の因果関係を認めてしまえば、どうしても石油や石炭の消費量を抑制せざるを得ず‥そうなれば、今のような経済成長率を望めなくなるから、温暖化なんて陰謀に過ぎないと思っているだけなのです。

 ところで、今の世界の風潮では、所得税は、できるだけ累進税率を低くして簡素化すべきだという考えに傾いている訳ですが、米国の歴史を紐解いてみると、所得税の最高税率が90%を超えるという、今ではとても信じられない時代があったことがあるのです。ご存知でしたか?

 では、何故米国の国民たちは、そのような高い最高税率を受け入れたのでしょうか?

 世界の人々にはよく知られていないが、米国においても暗黒の時代があったのでしょうか?

 実は、そうではないのです。米国は、世界大戦を戦うために、国民に犠牲を求めた時代があったに過ぎないのです。

 我が国でもありましたよね。欲しがりません、勝つまでは‥なんて言わされていた時代が。

 世の中が本当に一大事になれば、税金を納めないなんて言うこともできない、と。

 私が、こんなことを言っても、増税に反対するのが怪しからんというのではないのです。人々が税金を嫌うのは、通常想定されることであり、何らおかしなことではありません。但し、我々は、国家が存在しているお陰で様々な恩恵を被っているのも事実です。そして、そうした国家のシステムが機能するためにはある程度のお金がかかることは忘れてはいけないのです。

 一定の年齢になれば、年金をもらうことができる日本のシステム。病気になっても、医療保険が適用されることによって、誰もが安心してお医者さんに診てもらうことができる日本のシステム。小学校、中学校で教育を受けることが保証されている日本のシステム。

 もちろん、そうした恩恵を被ることができるのは、皆が納めている税金のお蔭ですから、我々国民は、誰に遠慮をする必要もありません。しかし、その一方で、国に1000兆円もの借金があるということは、誰が負担すべきなのかという問題が未解決のままになっているということなのです。

 もちろん、幾ら政府が巨額の借金を抱えていても、その一方で、発行される国債が円滑に消化され続けるならば、急に深刻な問題が顕在化する訳ではないのは、そのとおり。

 しかし、どんどん少子高齢化は進んでいます。そして、それと同時に、最近、どんどん貿易赤字の額が膨らんでいるのです。つまり、日本の社会経済構造が大きく変わりつつあるのに、そういった構造的な変化に気が付かないで、いつまでも国債を発行し続けることが可能だと信じている人がいたら、その人の考えがまともなものでないことは明らかです。

 税金は嫌いだ! 私も税金は嫌いです。だから、多くの人が、増税を支持しないといっても、むしろ当たり前。

 しかし、税金がなくて国家組織が運営できるかと言えば、それは無理な話です。

 どんな増税にも国民は応じるべきだなんて言うつもりはありません。1000兆円の政府の借金をゼロにする計画を作れなどというつもりもありません。

 でも、1000兆円の借金がこれ以上増えない程度の努力をすることの、どこがおかしいのでしょうか?

 

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 突然ですが、次のような考え方をする人々は、法人税の減税に賛成するのが普通なのか、それともその反対なのか? 貴方はどう思うでしょうか?

 ・米コロンビア大のジュセフ・スティグリッツ教授は自著「公共経済学」にこう記した。「企業は法人税を負担していないという点で、経済学者の意見は一致している。

 ・企業は人件費や製品価格を調整し、法人税の多くを価格に転嫁しているとみるのが経済学の主流だ。

 ・「米国の法人税負担の70%程度は労働者に帰着する」という米議会予算局の試算もある。

 さあ、如何でしょうか?

 この問題について考える前に、もう一つ問題を出します。

 では、次のように言う人々は、法人税減税に賛成なのでしょうか、それとも反対なのでしょうか?

 ・安倍晋三首相が2014年4月の消費税増税とセットで、法人減税を含む経済対策の実施を表明する。家計の負担増と企業の負担減という組み合わせは評判が悪いが、ステレオタイプの企業優遇批判で問題の本質を誤らないようにしたい。

 ・法人課税の実効税率は、38%強。復興増税を打ち切って35%台まで引き下げても、主要国の中ではまだ高い。

 ・設備投資や雇用、賃金を生む内外の企業をつなぎ留めようと、主要国は実行税率の引き下げを競う。それは日本の成長戦略の本丸でもある。

 この問題は、全然難しくないでしょう。法人税率の引き下げと消費税の増税を同時に行うことを批判する向きがあるが、それは一面的なモノの見方だと反論している訳ですから、法人税減税に賛成だと思われます。仮に、復興増税分を廃止しても、まだまだ法人税率は高い、と。法人税率を引き下げることによって、海外から有力な企業を誘致することができる、とも言うのです。

 では、最初に示した問題について考えてみましょう。

 企業は法人税を負担しているように見えながらも、経済学的に考察すると、実はその負担は消費者などに転嫁されているので、企業は実質的には負担していないという考え方ですが‥そのようなことを言う人々は、法人税をどうしろと言いたいのでしょうか?

 幾ら表面的に法人税率が高いように見えても、実はその負担が企業にかかることはないのだから、法人税率が高いようにみても、それほど気にする必要はないということを言いたいのです、普通は。

 また、そうした考え方が米国内で浸透しているからこそ、米国の法人税の実効税率が4割を超して先進国のなかで一番高くても、米国ではそれがそれほど問題視されることがないということです。

 違いますか?

 もし、米国の企業経営者や学者の多くが、法人税率が高いことが企業経営にとっての重石になっていると考えるのであれば、当然のことながら法人税率の引き下げにもっと積極的になってもおかしくないと思われます。

 しかし、米国の法人税率は先進国のなかで一番高い水準にある! オバマケアを今からでも廃止に追い込みたいと考えるドケチな米国人が、どうしてそれほど高い法人税について文句を言うことが少ないのか?

 それは、スティグリッツ教授のような考え方が割と浸透しているからに他なりません。

 つまり、米国人は、日本の企業経営者のような発想をしないのです。幾ら法人税率が表面的にみて高くても‥それを実質的に負担しているのは消費者なのだから‥法人税率の水準にそれほど神経質になる必要はない、と。

 一方、日本の企業経営者はそれとは反対。少しでも法人税率が低くなければならないと考える。何故かと言えば、法人税を負担しているのは、自分たち企業だと信じて疑わないから。

 従って、冒頭で示したような考え方をする人々は、法人税を減税すべきかどうかなど、余り真剣に考えることはないと、普通は想像されるのです。

 しかし‥本日の日経新聞の「けいざい 解読」を読むと、不思議な論理構成になっていることに気が付かされるのです。

 いいですか? 上に挙げた主張は、全てその記事からの抜粋なのです。

 つまり日経のある編集委員は、法人税が企業の負担になることはないというスティグリッツ教授の考え方などをご丁寧に読者に紹介しながら、その一方で、法人税減税を支持すると言っているのです。

 どのような論理を組み立てればそのような結論に辿りつくことができるのでしょう?

 なかなか理解に苦しむのです。というよりも、この方、スティグリッツ教授が言いたいことを本当に理解しているのかとさえ思ってしまうのです。

 この方は、多分、法人税減税の恩恵を受けるのは消費者なのだと言いたいのかもしれませんが‥しかし、そうやって法人税減税に反対する消費者を説得する位ならば、まさにスティグリッツ教授の考えを企業経営者たちに紹介し、法人税率が高いことなど全然気にすることはない、と何故教えて上げないのでしょうか。

 
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 甘利大臣が本日、次のように述べました。

 「民主主義国家なので政府が強制することはできない」

 何を強制することができないかと言えば、賃上げのことなのです。政府は賃上げを強制できない、と。

 何かおかしいと思いませんか? 別に人格を疑うほどおかしなことを言っている訳ではありませんが‥しかし国語力を疑いたくなってしまいます。

 だって、民主主義国家なので、政府が企業に賃上げを強制できない、だなんて。

 言うのであれば、「市場経済国家なので、政府が強制することはできない」となるのでしょ?

 違いますか? 因みに、民主主義の国家であれば、議会が「賃上げ法」を制定すれば、どれだけでも賃上げを義務付けることができるのです。だって、実際に最低賃金法なる法律が日本だけではなく多くの民主主義国家にあって、企業は、それを下回る賃金で人を雇うことが禁止されているではありませんか。

 そうでしょう?

 それに、この大臣、そうした言葉の使い方の問題とは別に‥賃金というものの性格を分かっていないのではないかと思ってしまうのです。

 賃金の原資は、内部留保にあるのでしょうか?

 甘利大臣が次のように言うからです。

 「企業側にとってみれば内部留保の流出になるかもしれないが‥」

 違うのです。そうではないのです。賃金など様々な経費を削減するからこそ、利益が生まれ、その利益が内部留保になるのです。つまり、膨大な内部留保や利潤というものは結果に過ぎず、従って、理屈の上では幾ら利潤が増大しても賃金が上がることはないのです。

 なのに、巨額な内部留保があるから、それを賃上げの原資に使って欲しいと懇願する政治家たち。

 法人税減税も同じです。確かに法人税を減税すれば、税引き後の利益が大きくなるのはそのとおり。しかし、企業の利益というのは、収益から経費を差し引いた後に残るものなのですから、利益が増えたから、経費を増やすというものではないのです。

 Aは収益、Bは経費、Cは利益とします。

 A−B=C  

 株式会社というものは、利潤を追求するために存在しています。だから、Cを最大化することを目的として行動をする。

 では、Cを少しでも大きくするためには、何が必要か?

 答えは、Aを少しでも大きくしつつ、他方でBを少しでも小さくする。

 その原理に従って行動するのが経営者というものですから、Cが大きいからといって、Bの増大を許すわけにはいかないのです。

 もちろん、今言ったことは飽くまでも一つの理屈に過ぎず、仮にBを少々増大させても、そのことが原因でAの増大を招き、そして、結果としてCが増大することが確実であれば、Bの増大を許すことも合理的な行動であると言えるでしょう。

 しかし、全ての企業が一斉にそのような行動に出るのであればともなく、そうではなく自分の会社が1社だけ、そのような行動に出ても、十中八九、否それ以上の確率で、自社の利益が減るだけの結果に終わるでしょう。だから、各社はなかなか賃上げには積極的になれない。

 では、仮に政府が賃上げを強制するような法律を制定することができたら、どうなるでしょう?

 そうなれば、ひょっとしたら賃上げの効果によって、消費が活性化し、経済がもう少し高い成長率を示すようになるかもしれません。しかし‥

 そもそも日本で産業空洞化が起きたのは何故だったのでしょう? 何故企業は海外に生産拠点を移したのか?

 いろいろな理由があると思うのですが、それでも最大の理由は、海外の賃金が安かったからです。

 ということは、仮に政府が賃上げを強制するようなことをすれば、益々企業の海外脱出が盛んになるということではないですか。仮に海外脱出が起きなかったとしても、賃上げが強制された分、コスト増になる訳ですから、輸出産業の価格競争力損なわれるでしょう。

 違いますか?

 それにも拘わらず、賃上げを実現してくれと企業経営者にせがむ政治家たち。

 流石に経済界の方も、最近は、言葉遣いには気を付けるようになってきて、少しは可能性があるかのような返答に心掛けています。

 では、経営者は、少しは賃上げに積極的になってくれるのか?

 それを期待するのは甘いと思った方がよいでしょう。何故なら、彼らの頭には、A-B=Cの公式が叩きこまれているからなのです。

 彼らの言葉遣いが丁寧になったのは、今の安倍総理が余りにも強運であり、総理の言うことに反対しない方がいいと、学習したからだけの話です。

 
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 JR北海道の事故というか不祥事については、何も言うことはありません。常識では考えられないことばかりですから。

 レールの幅が基準値を大きく超えていたのを放置しておくなんて。何も措置を講じなければ、いずれ事故が起こること位、容易に想像がつくからです。

 でも、分かっていても、保守点検の作業が疎かにされていた、と。

 最初は、なんて組織なのだ、と思いました。北海道なんて、自然は豊かでも、なんていい加減なことがまかり通るところか、とも思いました。

 しかし、JR北海道について調べれば調べるほど、少し同情したくなる気にもなってくるのです。

 もとい! 同情してはいけません。同情するということは、事故が起きてもやむを得ないと認めることになるからです。決して同情してはいけません。やはり、JR北海道の経営陣に大きな責任があることは否定できないのです。

 しかし‥

 私は、何を言いたいのか?

 それは、余りにもJR北海道の経営内容が不自然だということなのです。毎期営業ベースでは数百億円規模の赤字になっていても、どういう訳か最終的には黒字が維持できている。

 おかしいですよね? では、粉飾決算をやっているのか?

 でも、その確たる証拠はないのです。ただ言えることは、余りにも不自然な取引がなされているということだけです。

 では、その不自然な取引とはどういうことなのか?

 それは、JR北海道は、かつての国鉄清算事業団などの事業が引き継がれて発足した独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(略して、鉄道・運輸機構)に対して、総額7300億円の融資を行っているということなのです。

 おかしいと思いませんか?

 何故ならば、例えば、同社の2013年3月期の決算をみても、鉄道事業の収益は約780億円に過ぎないのに、経費はなんと1100億円に上り、320億円ほどの営業赤字になっているからです。そんなに巨額の赤字を毎期出すような企業が、一体どうして7300億円ものお金を鉄道・運輸機構に貸し付けることができるのか?

 さらにおかしいのは、その融資によって得られる運用益がなんと300億円にも上り、利回りは4.1%にもなっているということなのです。

 おかしいでしょう? 不思議なことだらけ。だから不思議なことばかり起きる!?

 実は、JR北海道が鉄道・運輸機構に貸し付けているお金というのは、国鉄民営化の際や、その後、JR北海道につぎこまれた経営安定化基金のお金なのです。

 つまり、JR北海道は国から無利子でお金を借り、その借りたお金をまた国(鉄道・運輸機構)に融資して、金利収入を稼いでいるということなのです。

 どう考えてもおかしいでしょう?

 結局、そうして複雑なからくりが施されているものの、JR北海道は、毎年、国から300億円ほどの補助金を得て、債務超過になるのを免れているのに過ぎないのです。

 ですから、純粋の民間企業であれば、とっくの昔に倒産していて当たり前。

 ところが、様々な思惑のために‥もう少し上品な言葉で言えば、地域経済を活性化させるために、JR北海道を破たんさせないようにしているだけの話です。

 もう一度改めて考えてみましょう。

 何故JR北海道では、考えられないような事故が多発化しているのか?

 リストラが行われ、必要な人員が確保できていないから?

 一言で言えば、そういうことでしょう。本当は、鉄道施設の保守点検などにもっと人を割くべきなのに、これだけの赤字を毎期発生させているので、さらにリストラを進める必要があり‥

 では、国は、JR北海道を今後どのようにするつもりなのでしょうか?

 飽くまでも自助努力を促し、黒字企業に転換することを目標にするのか? 

 でも、それはよっぽど荒っぽい対策を講じない以上、無理な話なのです。

 では、今後も、これまでのように数百億円規模の援助を毎年度実質的に行って行こうというのでしょうか?

 聞くところによれば、JR北海道は、いずれは上場を目指していたというではないですか。つまり、いずれ将来は、優等生のJR東海のようになりたいし、国としても、そうなってもらないと困ると思っていたということでしょう。

 では、どうやったら実力で実質的に黒字になることができるというのか?

 でも、それは既に述べたように事実上無理な話なのです。

 今よりも乗客数が増えれば? しかし、それが実現するとは思えないのです。むしろ、この先、乗客数はさらに減るかもしれない、と。

 だったら、運賃を値上げしたらどうでしょうか? しかし、運賃を上げると、さらに乗客数が減ると思われ、却って事態は悪化してしまうでしょう。

 では、赤字路線は廃止したらどうでしょうか? でも、そんなことをすれば、路線距離にして、今の半分ほどまで事業規模を縮小しなければならないでしょう。しかし、それは政治的にも大変難しいのです。

 結局、そうなれば、やれる手段としては経費の節約、つまり、人員を整理するしか方法がないのです。もちろん、経費の節約にしても、既に削れるところは全て削っている筈です。しかし、効果は微々たるものでしかなくても、国からやれと言われれば、やらなければならないので、絶えず人員整理の圧力がかかるのです。

 つまり、JR北海道において保守点検が疎かになっていたというのであれば、それは国が経費を節減しろと絶えずやかましくいつづけてきたからなのです。それを今になって、保守点検がちゃんと行われているか、検査するなんて言われても‥

 でしょう?

 仮に国が、JR北海道を存続させるために、今後も毎年、数百億円規模、或いはそれ以上の補助金を出すことを厭わないと断言してくれるのであれば‥そして、それによって必要な人員を確保しろと言ってくれれば‥今起きているような理不尽な事故を少なくすることは可能でしょう。

 しかし、国は、実際には何も明確なことは言わない。ただ、実質的な赤字を少しでも減らせ!と、言い続けるだけ。そして、JR北海道の経営陣も、目指すべき方向が分からずに、ただ、サラリーマン根性で、国から言われることに従うだけ。

 菅官房長官が、JR北海道の事故について、次のように述べたと報じられています。

 「極めて悪質だ。個別の事故のミスだけでなく、組織、体質的な問題もあるのではないか」

 それはそのとおり!

 しかし、何か大切なことを忘れてはいませんか? 悪いのはJR北海道だけではなく、何の見通しも持たずに、ただ経費の削減ばかりを事実上強要している国も悪いのです。そして、選挙のことしか頭にないために、JR北海道が抜本的な対策を講じることに反対する政治家も悪い。

 そこまで路線の廃止に反対するのであれば、地元も、もっとJR北海道を利用するなり、運賃の引き上げに協力すべきなのです。しかし、路線の廃止には反対だが、JR北海道をもっと利用しようなどとは思わない。

 JR北海道の経営陣の人々も、俺たちにどうしろと言うのか、と本音としては言いたいと思っていることでしょう。もちろん、だからと言って、レールの幅が異常な状態になっていることを放置した責任は余りにも大きすぎます。

 安倍総理も、アメリカにリニアを売り込むのも結構ですが、こうした国内の深刻な問題にも光を当てて欲しいと思うのです。

 
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 何故日本人は、6年間も英語を勉強するのに英語が話せないのか、ということが昔から言われています。

 そして、それに対する最もありがちな答えは、英文法ばかり重視するような教育法がいけない、と。

 どう思いますか?

 しかし、私は、それは全然答えになっていない気がします。確かに、文法を勉強しなくても、現地で生活をすれば、自然に少しずつ英語は話せるようになるでしょう。でも、だからと言って文法の知識が英語を話す妨げになることなど考えられません。むしろ、文法の知識によって英語の力が確実なものになると言えます。

 では、文法の勉強を重視することが、英語が話せるようになる近道なのか?

 しかし、それはそうではありません。文法の勉強も必要ですが、それよりも実際に口に出して自分の思ったことを表現してみることが必要なのです。つまり、勉強というよりも、慣れ、或いは、練習と言った方がいいかもしれません。英米人が話すことを、上手に真似することが一番の早道です。

 ということで、何故6年間も英語の勉強をしながら英語が話せないのか、ということに対する正しい答えは、6年間英語を勉強したといっても全然話す訓練をしていないから、というのが正しい答えだと思うのです。

 違いますか? そうですよね。貴方が英語を話せないとしたら、それは外国人と英語を話す機会が殆どなかったからなのです。もし、英語を話す機会があるならば、少しずつ英語が話せるようになるでしょう。

 ところで、先ほど、日本の英語教育は文法ばかり重視すると言いましたが、日本人は、リスニングや会話の能力は劣るものの、文法の知識は確かであると言えるのでしょうか。或いは、英文を読むことは得意だと言えるのでしょうか。

 日本人は、英語を読むのが得意なのか?

 そんなのは全くの嘘! 

 では、日本人は英文法の知識は正確なのか?

 それも殆ど嘘!

 だって、そもそも正しい英文法を学校で教えることがないからです。

 私が、そんなことを言うと怪訝な顔をする人がいると思います。確かに聞いたり話したりするのは苦手だが、その分、英文法はみっちりと叩きこまれたではないか、と。

 確かに、私たちは、英語の試験問題を解くことには大変な労力と時間を費やしてきました。しかし、だからと言って正しい文法の知識を身につけているとは言えないのです。そうではなく、ただ、試験に出る問題を解く能力を養っているだけだ、と。

 今から、私が述べることは、本日ラジオ英会話で遠山先生が仰っていたこととダブります。というか、以前から私が感じていたことを、本日の番組で偶々仰っていたので、私も似た話をしたいと思ったのです。

 本日、遠山先生は助動詞のwillの意味、使用方法について説明をされました。次の文章は、その時に使用された英文とは異なりますが、それらの英文を貴方ならどう訳すでしょうか?

 I will be seventeen next month.

 The book you ordered will be sent to you tomorrow.

  さあ、如何でしょうか?

 上の文章を次のように訳した人はいないでしょうか?

 「私は来月17歳になるでしょう」「貴方が注文した本は、明日貴方のところに送られるでしょう」

 このように訳したからと言って、テストで減点されることはないでしょう。というよりも、そのような訳を生徒に示す先生が多いのではないでしょうか?

 でも、何かしっくりと来ない気がしませんか? それよりも、何故そのように訳す人が多いのでしょうか?

 それは、willは未来を表す助動詞だから、未来を意味することが分かるように「だろう」とか「でしょう」とした方がいいと勝手に思い込んでいるのです。
 
 しかし、これらのwillは単純未来を表すもので、話し手としては、「多分そうなるだろう」などという気持ちは一切込めていないので、そのように訳してしまうと、話し手の真意が伝わらないのです。

 来月17歳になることは、本人にしたら確実なこと。だから「私は来月、17歳になる」と訳せばそれでいいのです。そして、もう一つの英文は、「貴方が注文した本は明日、送られます」と言い切ればそれでいい、と。

 では、ついでに次の英文は、どう訳したらよいでしょうか?

 Oil will float on water.

  これは、未来を意味した文章ではありません。それは分かると思うのですが‥willの意味がよく分からないかもしれません。では、willを取って訳してしまいましょうか?

 そうなれば、「油は水に浮く」となりますが‥will に気を取られると「油は水に浮くだろう」となりそうな気もしますよね。

 正解はどちらか? 前者が正解です。

 この場合のwill は習性を表すものであって、油はどんなときにも水に浮く、ということを言っているのです。

 それから、some とanyの使い方の違いをご存知でしょうか?

 肯定文の場合にはsomeを使い、疑問文や否定文ではanyを使う、と今思った貴方は、きっと学生時代英語の成績がよかった人でしょう。私たちも、そのように頭に叩き込まれました。「次の文章を否定文に直せ」などという問題がよく出ました。そして、ポイントは、someをany に変更すれば、それでいい訳です。

 しかし、それだけしか頭に入っていないと、実際に英語を話す場面では大変な混乱が生じてしまうのです。

 例えば、次のような文章に出くわしたとします。

 Could you lend me some money?

  この英文を見て、これは文法的に間違っているのではないかと思う人がいるかもしれません。

 Could you lend me any money? の間違いではないのか、と。

 如何ですか?

 Could you lend me some money? の方の意味は、幾らかお金を貸してもらえませんか? という意味になります。幾らかというのは、常識的な金額になるでしょう。決して、1円とか10円とかではないのです。

 一方、Could you lend me any money と言うのは、金額の多寡に拘わらず、お金を貸すことができるか、という意味になり、ニュアンスが違ってくるのです。

 ということで、私たち日本人の多くは、基礎的な英文法の知識についても、十分ではないということが分かったと思うのです。


 英文法を学んだから、英語が話せるようになる訳ではありません。しかし、だからと言って英文法を疎かにすることもできないのです。一番いいのは、実際に英語を話す機会をできるだけ持つこと。そうすれば、自然に英語が身に付くでしょう。

 しかし、田舎などに住んでいれば、なかなかそのような機会もない。そう思っている人が多いと思います。しかし、少なくても聞く機会は、昔と違って、テレビ、ラジオ、インターネットなどを通して幾らでもあるのです。

 お金をかけたくない?

 そのような人は、NHKの基礎英語を聴いたら如何でしょう? 仮に基礎英語3にテキストをみないでついていけたら、貴方は相当に英語のリスニングとスピーキングの能力がある筈です。



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 9月も残り少なくなりました。でも、なかなか涼しくなりませんね。

 いずれにしても今週末にはあまちゃんも終わり、そして、来週火曜日からは10月となる。

 10月になると言っても、日本では、それほど何かが変わるという感じはないのですが‥しかし、アメリカは違います。

 何故か? それは、10月から新年度が始まるからなのです。

 「アメリカの学校は、9月から新学期が始まるよね、10月ではなく‥」

 それはそうなのですが‥政府は10月からが新年度を迎えるのです。つまり、10月から新しい会計年度に入る、と。そして、新しい会計年度に入るということは、新しい会計年度の予算が必要であり‥そして、そのための借入権限を連邦政府に認める必要があるということなのです。

 では、アメリカは、準備万端なのか?

 答えは、その反対! 何にも決まっていないと言ってもいいほど。それにまたしても連邦政府の借入限度枠が問題になっているのです。つまり、連邦政府の借入額が限度ギリギリになっており、このままの状況では10月の半ばには限度を超すことになり、連邦政府は資金繰りがつかなくなってしまうことが懸念されているのです。

 「またなの?」

 そうなのです。またしても同じことを繰り返すアメリカ! 何故そのようなことが繰り返されるかと言えば‥一言で言うならば、議会が捻じれているから。下院は共和党が多数を占め、その反対に上院は民主党が占めているからなのです。

 「妥協はあり得ないの?」

 妥協があり得ないのかと聞かれれば‥全然妥協があり得ない訳ではないものの、最後まで突っ張りとおすことが当たり前みたいになっているのです。

 しかし、いずれにしても、今までも散々世界中の人々を心配させながらもどうにかやってきている訳であり‥というか、本来であれば、債務限度枠の問題や財政の崖の問題で、米国の経済が大変深刻な状況に陥っていてもおかしくないのに‥実際には拍子抜けをするほどまあまあどうにかやっているのです。

 ということで、益々アメリカの政治家たちは高を括っているようにしか思えないのです。

 お互いに足の引っ張り合いのようなことを続ければ、本当に政府機関の閉鎖や、財政の破綻という最悪の事態が発生するかもしれないというのに‥まさか相手方が最後まで突っ張りとおすことはないだろうという思いでチキンレースを続けているのです。

 「今は、何が一番問題なの?」

 依然としてオバマ大統領が導入した医療保険制度が問題になっているようです。共和党の方は、どうにかしてオバマケアを潰してしまいたい、と。一方の、民主党は、それこそが弱者のための政策のシンボルだから、どうしても維持したい、と。

 私は、普段はオバマ大統領にシンパシーを感じることは少ないのですが‥このオバマケアについては、大統領の考えの方が正しいような気がします。というよりも、一旦成立したオバマケアをいつまで経っても認めようとしない共和党の人々の考え方が理解できない、と。

 いずれにしても、今回もまたタイムリミットぎりぎりまでチキンレースが続くものと予想されます。しかし、その一方で、慣れてきたせいか多分今回も危機は回避されるであろうと予想する人々が殆どではないでしょうか?

 今年の始めの財政の崖の問題も、あれだけ大騒ぎをさせながら特段支障が出ているようにも見えない訳ですから‥アメリカのことについて真剣に考えるのはバカバカしいと感じている人が多いのではないでしょうか。

 しかし、そのようなときこそ危ないのです。多分なんとかなるだろうと皆が思うから、気が緩んでしまうのです。

 そして、仮に本当に連邦政府が資金繰りがつかなくなってしまうと、一時的かもしれませんが、米国債が暴落するような局面も想像できないではないのです。

 では、そうした事態に仮に陥ったとして、日本にはどのような影響を及ぼすのでしょうか?

 円が逃避通貨とみなされ、円高が進むのか? それとも、日本の国債に関しても連想ゲームで暴落してしまうのか?

 難しすぎてなんとも言えません。ただ、日本としては急激な円高が進むのも、逆に、国債が暴落して円安がさらに進むのも、どちらにしても深刻な影響を及ぶすことが懸念されるのです。

 何故かと言えば、再び1ドル80円台前後にまで円高が進めば、心理的に相当のダメージを与えるだけではなく、これまでのアベノミクス効果が全て剥ぎ取られてしまうからです。そして、逆に国債が暴落するようなことが起きれば、仮に円安が進んでも、長期金利の急上昇を伴うので、それもまた経済を混乱させてしまうからなのです。


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 法人税率の引き下げに安倍総理が大変熱心です。

 まあ、それだけのことであれば、それほどムキになって反発する必要はないのかもしれません。

 何故かと言えば、消費税率を引き下げることによって、海外から有力な企業を誘致することができるかもしれず‥そして、日本を脱出しようとしてる企業に翻意を促すことができるかもしれないからです。

 しかし‥それにしても‥何故、復興特別法人税を予定よりも1年早く終了させるのか?

 そうでしょう?
 
 そんなことをする位だったら、復興特別法人税は予定どおり続けて、本体の方の消費税率を引き下げた方がまだ、東北の人にとっては理解できる、否、国民として理解しやすいと思うのです。

 何故、復興特別法人税を予定より早めに終了させるのでしょうか?

 これが、復興事業が思ったよりも早く終わりそうだとか、或いは事業費が少なくて済みそうだとか、というのであれば、これもまた分かるのです。しかし、安倍総理は、復興のための事業費が削減されることはないと断言しているのです。

 だとすれば、その事業費をどこから捻出するというのか?
 
 本当に無責任だと思います。

 どこから事業費を出すかは、事務当局が考えることだ‥みたいな。

 少々景気がよくなっているから税収が伸びると考えているのでしょうか?

 確かに、アベノミクスの効果で税収が増えることは期待できる訳ですが‥しかし、幾ら予想よりも税収が増えるとは言っても、そもそも日本は、とんでもないほどの税収不足に陥っているのです。従って、税収が予想より仮に1兆円ほど増えたとしても、財政再建に果たす効果としては、まさに雀の涙。というよりも、財政状況は益々悪化を続ける、と。

 にも拘らず、税収の増加分を、安倍総理は企業に還元すべきだと言うのです。

 そもそも東北大震災からの復興は、国を挙げて、そして官民が一体となって取り組まなければいけないと決意したからこそ、企業にも応分の協力を求めたのではないのでしょうか?

 それなのに、まだ復興も道半ばというのに、何故途中で方針を転換するようなことをするのでしょうか?

 これが、例えば5年前のリーマンショックのようなことが再び起こり、今また企業が苦しい状況に突き落とされたから‥とでもいうような事情の変更があれば、少しは理解できない訳でもない。

 しかし、企業にとって不利になるような事情の変化は何も起こってはいません。むしろ、アベノミクスのお陰で恩恵を被っているとさえ言える日本の企業。

 全ての企業が恩恵を被っているとまでは言いませんが‥しかし、円安で潤っている企業が多いのでしょ? 株価が上がって、含み益が増加しているのですよね? その上、法人税の減税までプレゼントするのですか?

 状況に変化が表れるとすれば、来年の4月から消費税を上げるということだけではないですか?

 消費税を引き上げると、企業が苦しくなるのでしょうか? 

 そんな風には企業は考えないのでしょ? だから、経済界は消費税の増税には肯定的なのです。

 本日明らかにされた、日経による企業の社長さんたちに対するアンケート調査でも、消費税引き上げによって景気が悪くなると考える人々は少ないではないですか。それに、消費税を予定どおり引き上げるべきだという意見が多いではないですか?

 だったら、何故消費税の引き上げと引き換えに復興特別法人税を廃止するのかと言いたい!

 理屈も何もあったものではない!

 
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 川勝静岡県知事の言動が関心を集めています。ご存知ですよね。

 先ずは、学力テストの成績が悪かった小学校の校長の名を公表すると息巻いたものの‥それが拒否されると、今度は一転、成績が良かった学校の校長の名を公表することにしたのです。しかも、ご丁寧に静岡県のホームページに。

 どう思いますか? 

 ということで、本日は、この全国学力テストというものを考えてみることにします。

 何故、このような学力テストが存在するのか? また、存在しなければいけないのか?

 それは、恐らく子どもたちの学力の伸びを心配する向きが多いからだと思うのです。

 だって、どこまで本当か知りませんが‥分数の計算ができない大学生がいるとか‥そんなことがまことしやかに言われているからです。今週いっぱいで終了する人気番組のあまちゃん。その番組の中心人物のあまちゃんも四文字熟語にめっぽう弱い。

 影武者と落ち武者を間違える! 一蓮托生は、一蓮たくお! 

 そう言えば、円周率の3.14は複雑すぎるから、円周率は「3」でいいことにしていたのですよね。

 良い意味のゆとり教育だったらいいのでしょうが‥結局、ゆとり教育の悪い面だけが結果として現れ、子どもたちの学力が落ちたのではないか、と。

 そこで、今度は方針を変えて、もう一度学力アップに力を注ごうということになったのでしょう。

 しかし、幾ら学力テストを実施しても、その結果が公表されなければ、子どもやその父兄たちには子どもが通っている学校がどのようなところに位置しているか分からない。つまり、成績が良い学校なのか、悪い学校なのか分からない。

 静岡県が全国の都道府県のなかで小学校国語Aの成績が最下位だったことを知った川勝知事。彼は、何故このような結果になっているのかと憤慨したのです。県の教育界は何をしているのか、と。

 そのように憤慨するのは、ある意味正常な証拠なのです。そうした状態を少しでも改善しようとして行動に打って出るのも当然予想されること。むしろ、そうした事実を知らされて、何の行動も起こさない知事であれば、県民としては頼りなく思ってしまうでしょう。

 しかし、それはどうだとしても‥どうしても川勝知事の行動を支持する訳にはいかないのです。同時に、この人は、その程度の人間だったのかという思いも禁じ得ません。

 川勝知事は、校長名は学校名と違うと言います。

 確かにそれはそのとおり。校長名と学校名は一緒ではありませんし、そして、校長名を聞いたからといって、必ずしも学校名を言い当てることができるというものではないでしょう。

 しかし、そうは言っても、誰かが丹念に校長名と学校名を突き合わせる作業をすれば、すぐに学校名は分かってしまうでしょう。つまり、川勝知事が学校名を公表した訳ではないものの、直ぐに学校名が分かる材料を提供したのですから、実質的には学校名を公表したのも同じことになるのです。

 幾ら川勝知事が、静岡県民のためを思って行ったことでも、ルールを破るようなことを知事自らがしてはいけないのです。

 もし、そのようなことを知事がすれば、子どもたちだって、ルールというものは、それを実質的に守るかどうかではなく、形式的に守ってさえいればいい、なんて勘違いをしてしまいます。そのような子どもがどんな大人になることか。

 そんなことでいいのでしょうか?

 もしも、川勝知事が学校名を公表しないというのが良くないと思うのであれば、例えば、そのような意見に賛同する県民や他の都道府県の知事たちとともに、文部科学省に働きかけるようなことをすべきなのです。或いは、マスコミなどを通じて自分の信念を理解してもらうように努力をすべきなのです。

 だから、どう考えても川勝知事の今回の行動は支持できないのです。

 それに、川勝知事には、もっと根本的な問題を取り上げて欲しかったと思うのです。というのも、もしも静岡県の学力が全国的に相当上位にあったとしたら、知事は、今回のような目立つ行動はしなかったと思うからなのです。

 自分の県の子どもたちのテストの成績がよければ、それでハッピーなのか?

 確かに悪いよりは良い方がいいに決まっている。

 しかし‥やっぱり、もっと本質的なことに注意を向けて欲しいのです。

 例えば、そもそも今回問題になっている学力テストというものが本当に適切に運用されているのか? 具体的に言えば、テストが本当にフェアに実施されているかと言いたいのです。例えば、都道府県によっては、試験対策用の授業を特別に実施しているようなことはないのか? 試験に出そうな問題を、直前に子どもたちに教えるようなことはないのか?

 或いは、これは実際に過去あった話ですが、成績の良くない子供は試験の日に学校を休ませて平均点を上げるようなことをしていないと言えるのか、と。

 そこのところをしっかりさせないと‥幾ら結果としての点数だけに着目しても意味がないのです。

 さらに、仮に試験の実施にアンフェアなところがないとしても、そもそも試験問題が、単に記憶力を試すような問題ばかりであったり、或いは一見思考力を試すような問題に見えながらも、実は、特別な試験対策をしていた子どもにとってはお馴染みの問題であるというようなことはないのか、と。

 そんな問題で、学力を測定される子どもはたまったものではない!

 試験対策をすれば、良い点数がとれて、そうでなければ、どんなに才能があり、思考力があっても、それほど高い点数を取れないかもしれない。

 そうでしょう?

 試験なんていうのは‥試験に出やすい問題というのがあって‥従って、試験で高得点を取ろうとするならば、試験に出る問題だけを集中的に解く訓練をすることが得策なのです。「試験によく出る英単語」なんて本があったでしょう?

 試験に殆どでることなど考えらえないabbey なんて単語を覚えてどうするのだ、なんて言われていたものです。abbey というのは、大修道院という意味ですが‥何故ここでabbeyなんていう単語を持ち出すかと言えば、昔の英単語の本は、A、B、Cとアルファベット順に並んでいたので、単語を覚えようと思えば、abbey というのを真っ先に覚えようとする生徒が多かったのですが、そんな単語が試験問題に出ることはないから、もっと試験に出る単語を集中的に覚えよと言われたのでした。

 但し、ビートルズのアビー・ロードなんていうのがあって‥

 話が脱線しました。

 では、試験問題に出る問題に精通すれば、英語の力が付くかと言えば‥決してそんなことはないのです。実際には、試験問題には出ないけれども必ずマスターしておくべき事柄があるのです。

 例えば、日本語式の発音ではなくて、可能な限りネイティブに近い発音ができるようにすること。これができるかどうかで、英語をマスターするスピードが著しく違ってくるでしょう。

 早い話、例えば、英単語を1万語確実にマスターしている人がいたとしても、その人が英語の正確な発音をしらなければ、殆どどのような会話にもついていくことができないでしょう。

 学力テストには、そのような根本的な問題があることを大人は十分に認識する必要があるのです。しかし、子どもたちやその親は、大学に通ることだけを優先してしまう。だから、真に学力をつけるような授業よりも、ついつい難関大学に合格できるような授業を重視しがちになってしまう。

 確かに、国内だけの競争であれば、有名な難関大学に入れば、それで勝ち組になることができるかもしれません。しかし、海外との競争にも勝ち抜こうとするならば、そして、日本が海外に負けない力をつけるためには、真の学力をつけるしかないのです。

 そんなことにまで思いを致した上で、大人たちが子どもたちの学力向上に熱心になってくれるのであれば、大変好ましいとも思うのですが‥


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 本日の日経新聞の1面に、「法人税減税が決着」とあります。首相が決断したとも。そして、その1面の真ん中には、小竹編集委員の法人税減税を擁護する意見が掲載されています。

 「法人減税 個人にも恩恵」

 こんなことも書かれています。「『個人には消費税を課し、企業には法人減税を施すのは不公平だ』と批判してばかりもいられない。企業の負担軽減は個人のためでもあることを忘れてはならない」

 少しずつ、日経が言いたいことの意味が分かってきましたか?

 要するに、日経は、安倍総理の法人税率の引き下げを社を挙げて応援しているのです。

 もちろん、新聞社が自分たちの信じるところを述べるのは一向に構わない。それが偶々総理の目指す方向と同じであっても何の問題もない。まして、こうして実名入りで堂々と述べているのですから、手続き論的には何の問題もない。

 しかし、中身が頂けません。それに、どうも説教口調に聞こえてよくない!

 企業の負担軽減は個人のためであるのを忘れるな、だなんて。バカを言ってもらっては困ります。

 もちろん、学問的な議論をするのであれば、企業に課税をしたからと言って、それが全て企業の負担になる訳ではなく、一部は家計に及ぶことは事実です。しかし、新聞社が、普通そんな高邁な議論を披露することは稀でしょう? そうでしょ?

 それに何よりも、経済界もそして総理自身も、消費者の皆さんのためになるようにと思って、法人税率の引き下げを主張している、なんてことがないのは明らかです。

 何故、企業は法人税の引き下げを求めるのか?

 そんなのは簡単。それが企業のためになり、株主のためになるからです。そんな企業や株主たちが、実は、法人税の引き下げは個人の負担を引き下げることを考えてのことだ、なんて思っている筈がない。

 そもそも今の企業経営者は、法人税を減税しなければ、海外への脱出もやむを得ないなんて平気で言う人たちですよ。そのような人が、どうして消費者のためを思って法人税の引き下げを訴えているなんて言えるでしょう。

 もう一度、誤解のないように言っておきます。

 企業に対する税を引き下げれば、その恩恵が家計に及ぶ可能性があるのはそのとおり。さらに言えば、消費税を引き上げても、その実質的な負担が全て消費者に圧し掛かるものではないのもそのとおり。消費税の負担を企業が被らざるを得ないこともあるのです。

 そうしたことは分かっている前提で言います。

 仮に、日本の法人税の実効税率が諸外国と比べて相当に高い水準にあり、それによって個人に重い負担がかかっているとしたら、どのような形で個人はその負担を負っているのか明らかにすべきではないのでしょうか。

 例えば、企業に重い税がかかっているせいで、商品の価格にその分が上乗せされ、その結果、商品の価格が上がっているとでも言うのでしょうか。

 それに、もし、企業への税を軽減することによって、それが個人に恩恵を及ぼすことが本当であるのならば、どのような形でそれが実現されるのかも明らかにすべきです。

 一番端的な例としては、税が安くなれば、商品の価格が下がる可能性があるということでしょう?

 しかし、デフレからの脱却が先決だと声高に叫び、そして、インフレ率が少しでも上がることを望んでいる安倍総理が、法人税率を引き下げることによって、物価が下がることを望んでいるなんて、とても信じることはできません。そうでしょう?

 或いは、法人税率が下がれば、賃金を引き上げる可能性が大きくなると言いたいのでしょうか。しかし、今でさえ膨大な内部留保を抱えているのに、賃金がなかなか上がらないのです。それが、法人税率を引き下げ、さらに内部留保を膨らませることに協力したからと言って、どうして賃上げに結びつくと言えるのでしょうか。

 しかし、この私でも、法人税率を引き下げることが海外の成長企業を日本に呼び込む効果が多少はあることくらいは承知をしています。そしてまた、日本の法人税率だけが仮に異様に高くて、それを諸外国並みに引き下げるだけだと言うのであれば、必ずしも反対をする必要はないかもしれません。

 日経の記事にはこんなことが書いてあります。「実効税率を35%台まで引き下げても国際標準の25〜30%にはまだ届かない」

 誰が国際標準が25〜30%だなんてことを言ったのか? バカなことを言ってはいけない。

 世界第一の経済大国の米国の法人税の実効税率は40.75%ではないですか。フランスでも33.33%。そして、ドイツでも29.55%。イギリスは確かに24%と低いのですが‥それで、どうして25〜30%が国際標準になるのか?

 そもそも、実質的な税の負担の議論をするならば、消費税についても企業に負担がかかると考えるのが普通なので、だとすれば、法人税の実効税率だけを考えてもおかしいのです。法人税プラス消費税などを含めた実効税率を考えるべきなのです。

 もし、そうして全体の負担率を考えるのであれば、日本の税負担がそれほど高いとはとても言えないのです。むしろ低い筈。だから、その分借金が膨らんでいる訳ですから。

 いずれにしても、現在の日本の状況に即して考えれば、法人税率を引き下げたからといって、個人に恩恵があるなんてことは殆ど期待できないのです。お金持ちの株主さんには確かに恩恵はあるでしょうが‥


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 安倍総理と麻生副総理の間で法人税減税を巡って綱引きが行われていますが、貴方はどのようにお感じになっているでしょうか?

 私は、法人税率を引き下げたからといって、それで日本経済の潜在成長率が引き上げられるとは殆ど思っていません。だから、あくまでも法人税減税に拘る安倍総理の考えを支持することはできません。

 そもそも、幾ら法人税率を引き下げても、赤字の企業が、それで黒字になることはないのです。飽くまでも儲かっている黒字の企業が、税として取られる金額が少なくなるだけの話。だから、今ある巨額の内部留保をさらに膨らませるだけの話です。

 その巨額な内部留保があるのにも拘わらず賃金はなかなか上がらない。そして、設備投資もなかなか動き出さない。だとすれば、仮に法人税率を下げたとして、そして、それによる直接の効果が企業の内部留保をさらに膨らませることだとしたら、何の効果もないではないですか。

 但し、その一方で、経済界には法人税を減税すべきだという根強い意見があることは承知していますし、また、仮に法人税率を他の先進国に比べて明らかに低くすることができれば、それによって海外企業の誘致に一役買うことも分かっています。だから、そういう意味で、どうしても法人税率を引き下げたいというのであれば、それも一つの手段としてあり得ることを否定するものではありません。

 しかし、仮に今後我が国が、法人税率を引き下げようとする場合には、解決すべき大きな問題が横たわっていることもまた事実なのです。

 先ず、そうして法人税率を低くしたことによって、海外の成長企業が日本に多数進出するようなことが起き、そして、それによって日本の経済成長率が高まるのであれば、それこそ安倍総理としては願ったり叶ったりになるのでしょうが‥そうなれば他の先進国も同じような動きに出て、その行きつく先は、殆どの国が法人税の税率を限りなくゼロに近づけるような競争が起きることが予想されますが、それで本当にいいのでしょうか?

 そうして各国が法人税率の引き下げ競争のようなことをするということは、各国が近隣窮乏化政策に乗り出すということなのです。

  第二の問題としては、仮に法人税率を引き下げれば、それによって失われる財源を他の税で補う必要が出てくるということです。つまり、法人税率を下げるべきだという意見は、他の何かの税を増税することとセットで提案してもらわないことには議論に値しないのです。

 ということで、私は、法人税率を引き下げる案に必ずしも反対はしないものの、日本が今後法人税率を他国以上に引き下げたときの海外の反応にどう応えるのかとか、法人税率を引き下げたことによる財源不足をどのように補うのか、という答えを十分示さないままに法人税率の引き下げを声高に叫ぶ人の気がしれないのです。

 それに、そもそも法人税率の引き下げを、消費税率の引き上げのタイミングにぶつけてくる気がしれないのです。何故ならば、国民は、日本の未来のために多少自分たちが犠牲になるのは仕方がないと思って消費税の増税に応じようとしているのに‥何故その時同時に企業は減税されるのか、という思いを禁じ得ないからです。国民を舐めてはいないのか、と。

 ところで、皆さんは、カンフル剤という言葉をご存じだと思うのですが‥どのようなときにカンフル剤などという言葉が使われるでしょうか?

 「減税が景気回復のカンフル剤となる」「公共投資が、地方経済復活のカンフル剤となる」

  安倍総理は昨日言いました。

 「一時的なカンフル剤のようなものでは不十分だ」

 何かおかしいと感じませんか?

 普通は、「いつまでもカンフル剤に頼っていてはダメだ」なんていう訳です。カンフル剤に頼るのではなく、根本的な治療が必要だ、と。

 しかし、安倍総理はそうではなく、一時的にカンフル剤を打つのでは十分ではなく、ずっとカンフル剤を打ち続けるというか、ずっと薬を与え続けるようなことをすべきだと言っているのです。つまり、一時的な減税ではなく恒久的な減税が必要だ、と。

 アベノノミクスは3本の矢で成り立っています。大胆な金融政策、そして機動的な財政政策、そして投資を引き出す成長戦略。

 このなかで、財政政策と金融政策、特に財政政策はカンフル剤的な要素が大きいのです。不況下で政府が直接財政出動し、景気に対して誘い水の役割を果たす、と。

 しかし、そのようなカンフル剤的な財政出動は、いつまでも続ける訳にはいかないのです。安倍総理も麻生副総理もそのことを十分に分かっていたからこそ、3本目の矢の成長戦略が需要であると言っていたのです。

 だから、その3本目の成長戦略こそ、抜本的な経済の体質改善策でなければならないのです。そうした根本的な改革がなくして経済を再び高成長路線に乗せることは不可能だ、と。

 そこまで言っていたのに、一時的なカンフル剤では十分ではないと総理が言い始めたのです。

 カンフル剤をいつまでも処方し続ける訳にはいかないのは、そのとおり。だから、抜本的治療策が必要であるのに、カンフル剤を常に打ち続けるべきだと言っているのと同じではないですか。何故ならば、恒常的な減税を行う訳ですから。

 私は、その論理を理解することはどうしてもできないのですが、もし、総理の考えが正しいとしたら、それなら、消費税についても増税どころか今の5%の消費税率を再び3%に引き下げるとか、完全に撤廃するのが筋なのではないでしょうか?

 何故ならば、一時的に消費税を引き下げても、それは一時的なカンフル剤に過ぎないから。だから、消費税は撤廃すると言わなければならない。それが筋と言うものです。

 では、法人税率を引き下げることが必要だと言いながら、何故消費税率は引き上げなければいけないのでしょうか?

 私は率直に言って、総理が何を考えているのか、何を目指しているのかが分かりません。そして、総理の発言が益々信用できなくなってきました。

 総理がかつての亀井大臣のような筋金入りの積極財政派であり、財政の健全化を心配する前に景気のことを心配すべきだというような考え方であれば、それならある程度理解はできます。

 しかし、総理は、消費税増税を基本的に支持しており、しかも2020年までに基礎的財政収支を黒字にするという目標も放棄した訳ではないのです。海外に向かって、今でも持続可能な軌道に財政を乗せることを公約しているのです。

 にも拘らず、こうして税収の見積もりに無頓着なまま法人税率をこれから先、ずっと引き下げろと言う。そして、その理由は何かと言えば、一時的な減税では不十分であるからだ、と。

 繰り返しになりますが、法人税率の引き下げが悪いと言っているのではないのです。でも、法人税を減税をしたからには、何かの税を引き上げないことには借金が増えるばかりだと言っているのです。それとも総理は、今後オリンピック効果も加わって日本がバカ景気になるのは確実だから、増税などしなくても、税収が確実に増えると予想しているということなのでしょうか?

 仮にそうであるにしても、それならそれで、総理はそのことを国民に分かり易くこの際説明すべきではないでしょうか?


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