キャロライン・ケネディ大使が和歌山県太地町のイルカの追い込み漁が残虐だと言ったことがネット上で大きな反発を呼んでいます。

 「米国政府はイルカの追い込み漁に反対」、「イルカが殺される追い込み漁の非人道性を深く懸念している」

 Deeply concerned by inhumaneness of drive hunt dolphin killing.

 USG opposes drive hunt fisheries.

 まあ、これに対する多くの日本人の反論は、改めて紹介するまでもないでしょうが、いずれにしても大変な反発を受けていることは事実なのです。

 お前はどう思うかって、ですか?

 まあ、率直に言って、生き物が殺される様子をみるのは実に忍びないものなのです。

 太地町の追い込み漁ではないのですが、デンマークのフェロー諸島で行われていたイルカの追い込み漁の様子をビデオで見ましたが、頭部をナイフのようなものでばっさりと切られ‥やっぱり気持ちのいいものではないのです。ただ、地元の男たちが大勢浜に集まって漁の手伝いをしている姿をみると、彼らからは罪悪感なんて少しも感じられません。

 というよりも、おいしいごちそうにありつけるという感じが伝わってくるのです。

 私、鯨を食べない国の人々が、そうした漁の光景を見て、ああなんて残酷なと思う気持ちも分からないではありません。というのも、多くの欧米人にとって鯨やイルカは、ペットであって食料ではないからです。

 しかし、いずれにしてもキャロラインさんには、どうして日本人に対してだけ批判の目を向けるのですか、と言いたいのです。

 鯨やイルカを獲るのは何も日本だけではなく、今言ったデンマークやノルウェーやそれにアラスカのイヌイットたちも行っているではないですか?

 米国政府が追い込み漁に反対するというのであれば、何故自国民であるイヌイットたちの漁にも反対しないのか? どうしてなの、キャロラインさん!

 日本人は文明人だけども、イヌイットたちは遅れた人々とでも考えているからなのでしょうか?

 やっぱりどう考えても日本人に対する偏見があると言わざるを得ません。それが本当のところでしょう。

 但し、彼女がイルカの追い込み漁に反対する最大の理由は、イルカをみて可愛いと感じる気持ちからでしょう。何故こんなにかわいい動物が意味もなく殺されなければいけないのか。そんな風に感じるからなのですよ。

 しかし、太地町の方からすれば、沿岸を泳いでいるイルカを捕まえるだけのことなのに‥つまり、何も米国近海にまで出かけて漁をしている訳ではないのに何故そこまで言われるのかが分からない。

 それに、欧米の人々は、全く思い違いをしていることに彼ら自身が気が付いていない。

 それは何かと言えば、日本人はイルカを殺戮をしているの意識はないということです。韓国の従軍慰安婦の問題も、彼女たちは慰安婦であって性的奴隷などという意識はなかった。

 何故、欧米の人々は、捕鯨
や慰安婦の問題などで日本を批判するのか?

 それは鯨やイルカを「殺戮する」」という言葉を使うから思わず反対をするのです。

 殺戮や殺人に賛成するかと言われて、賛成するなんていう人は普通あり得ないでしょう?

 一方、そのアメリカ人は、いろいろな理由をつけて戦争をしかけ、殺戮行為をすることがあるのです。その場合、当のアメリカ人自身は殺戮したなんて思いはない。世界の平和を守るために、敵を排除したとしか思わない。

 慰安婦の問題にしても、性的奴隷についてどう思うかと聞かれるから、アメリカの議員たちは反対をせざるを得ない、と。

 ですが、捕鯨やイルカ漁は、漁業関係者からすれば、食べるためにあるいは食料として売るために取っているだけなのですから殺戮なんて考えは毛頭ないのです。

 これが、生き物をただ殺して喜ぶだけだとしたら確かに残虐な行為でしょう。しかし、食べるため、生きるために現地の人は沿岸を泳いでいるイルカに目をつけただけなのです。

 今、私たち日本人は、牛や豚など四足の動物を普通に食べるようになっていますが‥江戸時代まではそうした四足の動物を食べてはいけないとされてきたのです。それに食べないどころか、犬を大事に扱いなさいなどという生類憐みの令なんてものが1687年に将軍綱吉によって出されたこともあったのです。

 そうして四足の動物を食することができない時代には、鯨が今とは比べ物にならないほど貴重なタンパク源であったのは間違いがないのです。
それに昔は飢饉が起きることも稀ではなかったので、そのような時代に食べ物の選り好みなどどうしてできたでしょう。だから、日本において昔から鯨やイルカを食べる習慣があっても何もおかしくはないのです。

 いずれにしても、太地町の人々は、食べるため、生活のためにイルカ漁をしているのであって、単にハンティングのための漁ではないということに何故欧米の人々は気が付かないのでしょう。

 やっぱり、どう考えても心の奥底に差別意識があるのは間違いがないでしょう。

 プラス、欧米人には一種の贖罪意識が働いているということがあるのではないでしょうか。

 何故ならば、かつて捕鯨を一番熱心に行っていたのは英国や北欧の国々、或いは米国などであったからです。

 アダムスミスの著書の国富論のなかでも英国が如何に捕鯨の盛んな国であったかが書かれています。そして、日本に開国を迫ったペリーも、捕鯨を行っていたことは有名ではないですか。

 ご自分たちのご先祖様は、さぞかし大量の鯨やイルカを犠牲にしてしまったのです。

 でも、何時の頃からか、鯨の肉や鯨から採れる油が必要のないものになってしまった。だから欧米の多くの国が捕鯨などを止めてしまっただけなのです。そして、そうして次第に鯨などを食べなくなる一方で、鯨やイルカがペットの対象となっていったのです。

 こんなかわいい鯨やイルカを自分たちの祖先は大量に殺したのをよく知っている欧米人。なんと罪深いことをしたのかと勝手に勘違いでもしているのでしょう。そして、そうして罪深いことをした意識があるから、今度は逆に鯨やイルカを可愛がって許してもらおうとしているのではないのか。

 そして、そのとき彼らの目に映るのが日本なのです。日本人は何故今でもこんな野蛮な行為を続けているのかと考えるから、日本人を厳しく糾弾することによって自分たちが慈愛に満ちた人間になったかのように錯覚する、と。

 そんなことが十分に想像されるのです。

 それにしても、キャロライン氏が日本人の行為を非人道的だと単細胞に批判するのは如何なものなのでしょう?

 私たち日本人は、少なくても食べるために鯨やイルカを獲っているのです。そして、そうして食べた鯨の霊を祀るために塚を作る、と。

 一方、英国で昔から行われている鴨の猟やキツネ狩りは、食べるためですか?

 あれはスポーツの一種なのです。これこそ何と残酷な。

 そして、スペインの闘牛。何も悪いことなどしていない牛が、突然闘牛場に駆り出され、そして、闘牛士の振る赤い布に向かって行くと、槍をさされてしまい、多くの観客が拍手喝采。

 日本人のことを残虐だとかなんだとか言っていますが‥英国人などは心の底では自分たちこそ残虐なところがあることを本当は気が付いているのです。但し、紳士の国だけにそのような感情は全て覆い隠しているのです。



 
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