経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

カテゴリ: 財政政策

 概算要求の季節です。

 新聞の紙面には来年度の予算や役所の機構定員に関する記事が踊っています。

 8月31日に各省庁は財務省主計局に対して来年度予算の要求を提出するのでしたよね。

 で、それを皮切りに査定作業がスタートして、12月末頃までに来年度の政府案が決定されることになる、と。

 ということで、4か月間弱ほど、各省庁の予算関係の事務に携わる者は忙しい季節を迎えることになる訳です。

 でも、私から言わせると、本当はそんなに長期間時間を割かなくても予算を編成することは十分に可能なのです。

 では、何故それほどまでに時間をかけるのかと言えば、それは、そもそも8月31日に概算要求を提出して、そして、来年度が始まる4月1日までに予算を成立させるという大まかな日程が決まっているからです。

 つまり、早めに決着をつけようとして、ダメな事業について相手方省庁にダメ出しをしても、今度は族議員を繰り出して陳情の巻き返しが予想されるからなのです。
 
 そんなことになるのは面倒だから、最後の最後までダメ出しはしない、と。

 でも、各省庁から要求される予算のなかには箸にも棒にもかからないものだってある訳です。

 そんなものはひと目でアウトの判断ができる訳ですが、今言ったような事情で必ずしも直ぐに答えを出すことはしないのです。

 それに予算を要求する各省庁の方も、最初から、この予算はつく筈がないと分かっていて要求に盛り込んでいることがよくあるのです。

 だって、一定額の要求はどうしてもしなければならないからです。

 もっと言えば、これとこれは必ず認めてもらいたいが、これとこれは認められなくても仕方がないというやりとりが主計局との各省庁の会計課の間で水面下で行われているのです。

 でも、そうしたやり取りが行われていることを知らない各省庁の担当者がいるのです。

 毎日毎日、主計局に説明に足を運べばひょっとしたら予算が認められるかもしれないと思いつつ、徹夜の作業を繰り返す、と。

 しかし、その人が関係している予算は、最初から認められることはないと決まっている、と。

 哀しいですよね。

 徹夜の日々を送っても、最後に予算が認められるのであれば、苦労のかいがあったというものですが…最初から認められることなどないと決まっているのに、そんなことも知らずに、徹夜の作業をさせられる者がいるということです。

 但し、そうして毎日毎日主計局に日参して説明にこれ務めれば、そうやって頑張っているという姿は他の者にも分かるので、最終的に予算が認められなくても、やれることだけのことはやったということで上司から特にお咎めがある訳ではないのです。

 ということで、言ってみれば最初から結果が分かっている茶番劇が始まる季節なのです。

 
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 日本のメディアの質の低下に開いた口が塞がらない今日この頃ですが、本日、次のような文字が目に入りました。

 日経の記事です。

 「財政黒字化延期、射程に」

 何か違和感を感じませんか?

 特に、貴方が財政再建の必要性を感じているのなら、なおさらだと思います。

 「射程に」とか「射程距離に」というのは、本来、自分が考える目標の実現性が高まる場合に使う言葉だと思うのですが、如何でしょうか?

 言葉の使い方が完全に間違っているとまでは言いませんが、何かおかしい。

 如何にも、黒字化の延期を願っているような雰囲気がありますよね。

 で、それはそれとして…

 中身を読んでみて、さらにビックリシャックリ!

 安倍政権下での憲法改正を求める橋下氏らに、首相は「維新の皆さんの協力と教育無償化などの政策的なノウハウが必要だ」と力説。維新が求める改憲による教育無償化実現に前向きな姿勢を示した。

 維新が主張する無償化論は、幼稚園から大学までの授業料をすべて無償とする内容だ。通常の予算措置で5兆円程度とされる巨額財源を確保することは不可能に近いが、憲法に明記すれば政府による予算確保の義務が生じる可能性が高い。

 この提言は、首相にとって二重三重の意味で渡りに船だった。年間5兆円程度の教育費負担が軽減できれば子育て世帯の可処分所得は増え、デフレ脱却に追い風。デフレ脱却と憲法改正が一度に実現でき、黒字化目標先送りの口実にもなる。

 3月14日。首相は駒を1歩前に進める。ノーベル経済学受賞者のスティグリッツ米コロンビア大教授が経済諮問会議で教育投資の重要性を訴えたうえで「日本の政府債務残高は多くの人がいうほど悪くない。政府と日銀とで一体となって政府債務を相殺すればよい」と主張した。

 首相も「スティグリッツ先生は私がずっと言いたかったことをはっきりいってくれた」と歓迎。日本の財政状況も「それほど深刻なではない」などと同氏の主張に同調したという。

 ノーベル経済学賞まで受賞したスティグリッツ教授が言っていることだからといって、騙されてはいけません。

 いいですか?

 もし、政府と中央銀行のバランスシートを合算して、それで全体としての政府の債務がちゃらになるというのが本当であれば、だったら日本だけでなく米国だって、否、世界中の国がそういう政策を採用する筈です。

 でも、そんな政策を採用する国は全くナシ!

 もう少し具体的に言えば…

 仮に日銀が大幅な資産超過になっており、その資産超過分と政府の債務残高が見合うものであるというならば、少しは説得力を持つかもしれません。

 しかし、実際の日銀のバランスシートは、ほぼトントンの状態。

 どうやったら連結して、政府の借金がチャラになると言うのでしょう。

 確かに連結すれば、狭義の意味での政府の日銀に対する債務は帳消しになるでしょう。しかし、その一方で、日銀のバンランスシートをみれば、日銀としては政府に対する債権がなくなる反面、日銀の負債はそのまま残る訳ですから、今度はその日銀の負債が政府に圧し掛かるだけなのです。

 実態はなにも変わらない。

 本当に安倍総理という人はいい加減な人間です。大学生のとき、ちゃんと勉強してないからこんないい加減なことを吹聴する、と。

 それに、もし、本当に日本の財政状況が悪くないというのであれば、2020年にプライマリーバランスを黒字化する目標自体を撤回すればいいことです。

 違いますか?

 しかし、そこまではしない。口ではプライマリーバランスの黒字化という目標は維持すると言いながら、その一方では財政の大盤振る舞いをしたがる、と。

 要するに嘘つきだということです。

 いずれにしても、黒字化延期が射程に入ったなんて、ヘンな日本語の使い方をしないで欲しいと、日経に言いたい!


 日銀と連結することで政府の債務問題が解決するなんていうのはインチキだと思う方、クリックをお願い致します。
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 教育国債という言葉が脚光を浴び始めているようです。

 教育国債なんて初めて聞いたという方も多いかもしれません。

 教育国債とはなんぞや?

 大学などの高等教育の授業料を無償化する財源として、使い道を教育政策に限定して発行される国債のことなのだとか。

 自民党がそんなことを検討し始めているというのです。

 文部科学省などによると、全国の大学・短大が学生から徴収している年間授業料は約3兆1000億円に上るらしく、高校や幼児教育にかかる費用も含めると、総額で約5兆円になると言われています。

 つまり、その費用を国債を発行して賄おうという都合のいい考えなのです。

 でも、旨い話には裏がある!

 でしょう?

 仮に、毎年、5兆円を教育国債を発行して調達できたとしても、その借金は誰がいつ返済することになるのでしょうか?

 最後の最後には、また国民にツケが回ってくるのです。

 つまり、無償…タダにしてやるなんて言っても、いずれそのツケは請求されるのです。

 もっとも、請求されるのは現在世代ではなく、将来の子や孫たちかもしれませんが…

 それでなくても、対GDP比でみて先進国中ダントツに多い借金を抱えた我が国政府が、さらに借金を増やして行ったらどうなるのか、少し真面目に考えてはどうかと私は言いたい。

 おまえら、本当にバカではないのかと言いたい!

 というよりも、将来世代の可能性をつぶすようなことは止めてくれ、と。

 麻生副総理が珍しくまともなことを言っています。

 「名を変えた赤字国債という意見は前々からある。極めて慎重にやらないといけない」

 「借金を子どもの世代に送ることと同じにならないか。教育国債の実質は親の世代が租税負担や教育費の捻出を逃げるため、子どもに借金を回すということ」


 百歩譲って…否、百万歩譲って、授業料を無償にしてやる対象が、将来の日本を背負って立つと期待できる極めて優秀な学生だけなら分かるのです。例えば、学生100人のうち1人を対象にするなどというのであれば、です。

 しかし、分数の計算もまともに出来ない学生がいるなんて言われて久しいではないですか!?

 そんな学生の授業料までどうして税金で賄う必要があるのかと言いたい!

 授業料が無償になれば、今以上に進学率が伸びるために学校経営者が得するだけの話なのです。

 もっと言えば、質の悪い大学がいつまでも存在し続ける、と。

 それでどうして日本が力強くなるなんてことが期待できるのか!

 高等教育を無償化すると選挙に有利になるというだけの話ではないですか!

 こども国債なんてアイデアも野党から出されていたので、何も自民党だけが無責任なことを言っているという訳でもないのですが…


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 宅配ボックスをご存知でしょうか?

 それとも、アマゾンで買い物をしたことがあるかと聞いた方がいいでしょうか?

 本当に便利な世の中になったものです。

 昔だったら、地方に住む人は、買いたい本が地元の本屋さんにおいてなかった場合、本屋さんにその本を取り寄せてもらうなど面倒な手続きが必要だったですよね。その上、実際に本が届くまで相当の日数がかかったものなのです。

 それが今は、アマゾンに注文を出したら、翌日には本が届くのです。しかも、送料無料で。

 電車やバスを使って都心の大きな本屋さんに買いに行くより安く本が手に入るのです。

 買うことができるのは本に限りません。いろんなものが扱われているのです。

 但し、そうして直ぐ配達してくれるシステムにはなっているのですが、自分が家にいない場合には、再び配達してもらわなければなりません。

 それはそうですよね?

 しかし、宅配ボックスを利用すれば、再配達の必要がなくなるのです。

 日経のニュースです。

 「インターネット通販の拡大で深刻化する物流業者の人手不足や交通渋滞を解消するため、官民が受取人の不在時にも荷物を預けられる宅配ボックスの普及に取り組む。政府は4月から設置費用の半額を補助する制度を新設し、業者が駅やコンビニに宅配ボックスを設置するのを後押しする。」

 どこの役所の所管になるのかと言えば…

 国土交通省と環境省などの所管で、2017年度に5億円の予算が計上されている(案)とのことで、5億円程度のことで、そう目くじらを立てることもないと言われれば、それまでなのですが…

 でも、そんなことに国が口を出すというか、金を出すのか、と言いたい!

 だって、宅配ボックスは、既に大型のマンションなどでは設置されていることが多く、その上、今や個人用の宅配ボックスも販売されているのです。また、コンビニで受け取ることができるサービスもあるのです。

 その上、そうやって通販ビジネスがさらに盛んになれば、既存の小売店の売り上げ減に結びつく訳ですから、このような補助金を設けるということは、国が一方のビジネスを応援する結果になってしまいます。

 環境省がこの補助金に関与する理由としては、再配達の必要性が少なくなれば、その分、CO2の排出削減になるからと言っていますが、そうやって通販ビジネスがさらに便利になると、それによって通販を利用する人の数も増える訳ですから、結果としてCO2の削減になるかどうか分かりません。

 今から20年ほど前、一度、我が国でも補助金の仕組みを少なくしようという取り組みが始まったかに見えた時期があったかと思うのですが…今やその頃とは様変わり。何にでも補助金を出そうという風潮が強まっているのです。

 それに、この宅配ボックス設置への補助金は、組織ぐるみでおかしなことをしていた佐川急便に対しても恩恵を与えるものになることを忘れてはいけません。

 悪いことをしたら、補助金をもらえた、なんて最低だと思います。




 役人や役所は、黙っていると、こんなつまらない補助金を考え出すものなのです。つまらん仕事はするな、と思った方、クリックをお願い致します。
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 昨日触れたとおり、2017年度の一般会計予算では新規国債の発行額が7年連続で減少することになりました。

 どう思いますか?

 アベノミクスが成功して、税収がガンガン増えているので、国債の発行額を抑えることが可能になっているということなのでしょうか?

 答えは、ノー。

 というのも、2017年度の税収見込みは57兆7120億円で、2016年度の当初予算の税収見込み(57兆6040億円)に比べ約1千億円ほどしか増えないからです。

 歳出総額は、2017年度が97兆45百億円であるのに対し、2016年度は96兆72百億円であるので73百億円も増えているのに、そしてその一方で、税収は1千億円程度しか増えていないのに、新規国債の発行額は2016年度の34兆43百億円から2017年度は34兆37百億円と、6百億円ほど減っているのです。

 では、どうしてそのようなことが可能であるかと言えば…

 税収はそれほど増えなくても税外収入が増えているからなのです。

 具体的に言えば、外為特別会計で発生する剰余金を全額(約2兆5000億円)を一般会計に組み入れる、と。

 では、外為特会の剰余金とは何かと言えば…

 政府は過去、為替介入をした結果多額の米国債を保有している訳ですが、それがもたらす運用益が毎年3兆円前後あるのです。

 もう少し分かりやすく言うと…政府は為替介入をするために国内で短期証券を発行して円資金を調達し、それを例えば5年物とか10年物の米国債等で運用するために、利鞘を稼ぐことができる上、また、円安が重なるとそれによって為替差益が得られるということになっているのです。

 ぶっちゃけて言えば、政府は外貨預金やFX取引で設けたお金で、税収の不足分の一部を賄っている、と。

 ということで、政府は2017年度においては、外為特会の剰余金を全て一般会計に移し替えると言っている訳ですが…

 特別会計で儲かっているのなら、その儲けの一部を一般会計に繰り入れて何が悪いのだという議論はあろうかと思うのですが、そもそも一般会計から独立して外為特別会計を設けている本来の趣旨から考えると、その剰余金の全てを一般会計に移し替えてしまうのは如何なものかと私は思うのです。

 というのも、今は、円安で資産超過の状態になっている外為特別会計も、円高が襲った2010年度と2011年度には債務超過に陥っていたことがあったからなのです。

 つまり、儲けが出たらそれを、将来の為替変動リスクを回避するために少なくてもある程度は蓄えておく必要があると思われるのに、全部引っ剥がしたら今後再び円高が襲った時に、すぐに債務超過になってしまう恐れがあるのです。

 でも、そうしたことに対し麻生大臣が言うことと言えば…

 「外為特会は30%を超えて剰余金を留保してきた。2兆5000億円全額繰り入れても影響は大きくないという判断をした。金利もつかないから持っていても仕方ないので、有効に活用させてもらった」

 剰余金を国内で運用しようにも、金利はマイナスかほぼゼロの状態では確かに金利が付かないということも一理あるでしょうが、でも、だったらその分、外為特会の債務残高(短期証券の残高)を減らすことに使えばいい訳です。

 いずれにしても、では、何故そうやってこれまでの慣例を無視して、剰余金を全額一般会計に繰り入れたかと言えば、そうすることによって新発国債の発行を少しでも減らして見てくれを良くすることができるからなのです。

 でも、その一方で、同時に閣議決定された2016年度第三次予算では国債の増発を行うこととしているのですよね。

 そっちの方は、あくまでも補正予算で、当初予算と違い人々の注目度合いが違うということがあるのでしょう。

 いずれにしても、そのようなことまでして見てくれを良くしようとして出来上がったのが2017年度の予算案だということで、お化粧予算と呼んだ方がいい気がするのです。

 今後、インフレが発生し日本の金利が上昇し始めるようなこととなれば、今バカみたいに儲かっているこの資金運用のメカニズムが逆回転をすることになり、今度は損失を発生する装置に一変してしまう恐れがあることを警告する人は、殆どいないようです。



 粉飾決算を取り締まるべき金融庁の担当大臣が、こんな粉飾まがいの予算を編成してどうするのだ、と思う方、クリックをお願い致します。
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 2017年度の一般会計予算案が閣議決定されました。総額は97兆45百億円になるそうです。

 余り関心がありませんか?

 まあ、そういう人が多いかもしれませんが、国民が関心を持たないから政治家が好き勝手にお金を使うのです。

 否、訂正します。国民が関心を持っても、政治家は好き勝手にお金を使うでしょう。

 但し、国民の関心が薄ければ薄いほど、放漫財政になりがちなのです。

 放漫財政などと私が言えば、何をバカなという輩がいるでしょう。

 日本の景気が良くならないのは、政府が財政出動に慎重過ぎるからだと言う人々がいるでしょう?

 財務省が今にでも財政が破綻するかのように恐怖感を煽って緊縮財政に固執するから何時まで経ってもデフレから抜け出せないのだ、と。

 私は、言いたい!

 日本の財政のどこが一体緊縮的なのか、と。

 対GDP政府債務比率でみて日本は先進国中、ダントツで一番高いのです。

 それに消費税率や付加価値税率で比べても、日本は欧州勢よりも明らかに低いのです。

 否、欧州諸国は、付加価値税率は高くても軽減税率が適用されているものが多いという議論は承知しています。でも、そのことを加味しても、だからといって日本の今の8%の消費税率が他国に比べて高いとはならないのです。

 2017年度の予算案の中身をみてみましょう。

 歳出総額が97兆45百億円であるのに対し、税収は57兆71百億円にしか過ぎません。

 このため、新発国債の発行に頼らざるを得ず、その規模は34兆円強になる、と。

 そんなに借金を増やし続けて行って、将来の人々から、後々我々はどのように思われることでしょう?

 ご先祖様が奮発して大型予算を組んでくれたから、その後景気がよくなって日本の財政はむしろ健全化した、なんて感謝されるのでしょうか?

 それとも、あの頃、国民が問題を先送りしてばかりいたので、その後日本政府の借金は益々大きくなって、増税になっても年金は減る一方だと恨まれるのでしょうか?

 或いは、とうとう財政が破綻してギリシャと同じようになった、と。

 メディアはそれでも、「国債の新規発行額は34兆3698億円と、当初予算案としては7年連続で前の年度を下回ります」(NHK)なんて言っています。

 バカを言ってはいけないと思います。

 否、それが嘘だというのではありません。しかし、当初予算案として新規国債の発行は減るといっても、同時に決定された2016年度の第三次補正予算では赤字国債の増発が盛り込まれているのです。

 それに、2017年度の予算において新規国債の発行額が減るといっても、他方で、円安によって発生している外国為替資金特別会計の剰余金見込みを全額一般会計に組み入れるという「禁じ手」が使用されていることも見逃してはいけません。

 今現在、1ドル=80円ほどの円高状態であるにも拘わらずそうした為替差益が発生しているなら別ですが、今の状態は相当な円安であると言うべきですから、そのような為替差益は何時吹っ飛んでしまうかもしれないのです。

 さらに、さらに付け加えるならば、今後団塊の世代が後期高齢者の仲間入りをするようになれば、益々社会保障関係費が膨らみ、財政がどうにもこうにもならなくなることは明らかなのです。

 でも、そんなことをテレビで取り上げれば暗くなるばかりなので、見て見ぬふりをしている、と。

 いいのでしょうかね?



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 先週、TBSのひるおびを見ていたら、スポーツコンサルタントの春日良一氏が室井佑月氏とやり合っていました。

 春日氏いわく、オリンピックの施設建設にもっとお金を注ぎ込めば、世界から戦争がなくなり平和になるのだ、と。

 室井さんは、他にもお金を使うことがあるでしょう、という立場でしたが、私も同感!

 何を考えとるんだ、このおっさんと思わずにはいられませんでした。

 それに、前にも言いましたが、豊洲の地下空間の問題解明にもっと時間とエネルギーを割かなければいけないのにも拘わらず、ボート会場をどこにすべきかということに視聴者の関心を向けさせたテレビ関係者に対して私は不満を持っているのです。

 いずれにしても、今の日本にとって、オリンピックを成功させることが最も重要な課題であるというべきなのでしょうか? 

 最も重要な課題の一つと言ってもいいですが…いずれにしても、極めて逼迫した財政事情にも拘わらず、優先してお金を出すべき対象がオリンピックなのでしょうか?

 否、節約に節約を重ねて、極力質素なものにしますというのなら、まだ理解はできるのです。

 私は、森元総理が次のようなことを平気な顔で言うのが信じられません。

 「東京オリンピックで2兆円以上使うかもしれない」

 「(新国立競技場について)「3、4千億円かかっても立派なものを造る。それだけのプライドが日本にあっていいと思う」

 世の中には、財政が破たんの危機に瀕しているなんていうのは、財務省の陰謀に過ぎないなんて主張する輩がいますが…でも、2025年問題の存在を知っている人からすれば、なんとまあ呑気なことと思わずにはいられないのです。

 事実を無視し、かつ歪曲しているのはどいつなのだ、と。

 ところで、貴方は、2025年問題をご存知でしょうか?

 知らない?

 ヒントをあげましょう。ヒントは、団塊の世代。団塊の世代というのが難しければベビーブーマーたち。

 日本の場合、1947年から1949年に生まれた人々のグループを団塊の世代といい、その数は約800万人ほどだと言います。

 最近の日本では、1年間で生まれる赤ちゃんの数は約100万人ほどですから、団塊の世代は、今よりも2〜3倍も多く生まれたということになります。

 かつての学校の状況が記憶にある人にとっては、今の子供たちの数のなんと少ないこと!

 1947年に生まれた人は今年、69歳。1949年生まれの人は今年、67歳です。

 ということで、2025年になると、団塊の世代は後期高齢者とされる75歳に完全に達しているのです。

 そうなると、一気に後期高齢化の人口が増えるので、医療費や介護費が急増することでしょう。

 具体的には、2015年度から2015年度にかけて、医療費が1.4倍、介護費が1.9倍もかかるようになり、その結果、年金も含めた社会保障の全体の費用が120兆円から149兆円ほどまで増えると見込まれています。

 要するに10年間で約30兆円も支出が増える訳ですから、その財源をどこからか探してくる必要がある訳ですが、一体、今の日本のどこにそんな財源があると言うのでしょう?

 仮に消費税の増税で賄おうとしても、今よりもさらに15%ポイントほども引き上げなければならない計算になってしまいます。

 8%から10%への引き上げでさえ実現が難しいのに、どうやって実現できるというのでしょうか?

 もし、財源が見つからなければ、医療サービス等の質を落とすか、個人の負担を上げざるを得なくなってしまいます。

 東京オリンピックが仮に成功して、景気が多少良くなったとしても、その5年後には財政負担が急増するという深刻な事態が待ち構えているのです。


 今の日本には、豪華なオリンピック施設を作る余裕など、どこを探してもないとしか思えません。



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 本日、日経の「私見卓見」に、元富士銀行常務の野村邦武という人が、政府の借金棒引きを提案していました。

 先ず、野村氏は、次のように問題提起をします。

 今や日銀が保有する国債の額は400兆円を超えてしまっているが、通常では2つのシナリオが想定される。

 (1)増税を行い国債償還を急ぐ

 (2)超インフレを起こして償還負担を軽くする


 但し、この二つの案は副作用が大きすぎ、採用はできないとし、野村氏は、次のような異次元の提案を行うのです。


 <A案>日銀が、政府の国債償還義務を免除する。併せて、特別立法により日銀は損失を計上することなく債権を償却させる。

 <B案>日銀が保有する国債を無期限の永久国債に変換し、償還は任意とする。


 そして、この2つの案のうち、いずれを採用しても、巨額の国債を誰にも損失をかけず処理することができるので、財政再建が一気に進み、国民は増税の負担から解放されると説くのです。

 ほんまかいな?

 もし、野村氏の言うことが本当であれば、こんなにめでたい話はありません。

 万歳、万歳!と叫ぶべきでしょうか?

 皆さんは、どう思われるでしょうか?

 先ず、B案は、最近注目を集めていたヘリマネの議論なので、そう目新しいものではありません。

 しかし、無期限の永久国債に変換することにしても、政府が大量の国債残高を保有していることには何ら変わりはないので、B案は何の解決にもならないのです。それに今だって、形式的には例えば10年物国債は、10年経てば全て償還している訳ですが、しかし、実際にはその償還財源を確保するために借換債を発行しているので、実態としては永久債を発行しているのと殆ど変らないのです。

 では、A案はどうなのでしょうか?

 確かに、日銀が政府の国債償還義務を免除してやれば、政府の債務がたちどころに消えてしまうのはそのとおり。しかし、一方で政府の債務が消えるのであれば、その一方で、日銀には損失が発生してしまうのです。

 そして、日銀に多額の債務が発生してしまえば、政府は信用秩序維持のためにそれを穴埋めする必要があるので、何の解決にもなりません。

 仮に、それを特別立法によって損失を計上しなくて済むようにするなんて言われても…

 そんなことが認められるのか、と。

 というのも、日銀は、保有する国債の額と同じ額だけ通常日銀券を発行、或いは発行する義務を負っている訳で、そして、日銀券を発行するということは、それだけ日銀の債務が発生したことになるからです。

 つまり、この特別立法は、日銀券を発行しておきながら、日銀はその貸借対照表にその債務を計上しなくてもいいという扱いをするというのです。

 おかしいでしょう?

 少なくても、日銀の会計処理上、そんなことが許されるはずはありません。もし、それが許されるようであれば、誰も日銀の貸借対照表を信じなくなってしまうでしょう。

 それに、百歩譲ってというか、千歩も万歩も譲ってそうした提案を認めたとしても、仮にそうやって政府が償還の義務を負うことなく幾らでも国債を発行できるとなれば、放漫財政の極致に至って、財政は破綻してしまうでしょう。

 つまり、年金制度にしても、年金保険料など徴収することなしに皆に年金を大盤振る舞いすればいいとなってしまいますし、東京オリンピックの施設整備の経費にしても、幾らでも国債が発行でき、しかもその借金は返す必要がないのであれば、何も気にする必要はなくなってしまいます。

 ということで、こんなバカげた提案を採用した日には、とんでもない無責任な世の中となってしまうのです。

 今でも大変に無責任になっているのに…さらに無責任な世の中にしたいのでしょうか?

 そういえば、富士銀行って名前、今は残っていないですよね。



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 2017年度の概算要求の総額が101兆円台の大台になる見通しだと報じられています。

 「財源不在の概算要求」なんて言葉も見受けられます。

 本当に日本政府のどこにそんな余裕があるのかと言いたいですね。

 これでは益々政府の借金は増え、後々、将来の世代からボロカスに言われるのは確実だと言っていいでしょう。

 「なんでこんなに借金を残しやがったのか」と。

 百歩譲ってですよ、本当に必要な予算なら国民も納得するかもしれませんが…

 そもそも地方に移転する必要のないと思われる役所、文化庁のことですが、それを敢えて地方に移転させて、そのために22億円もかかるだなんて!

 それと似た話があります。以前、東京の大手町にあった国の出先機関の入っていた合同庁舎をさいたま市に移したことがあったのですが…

 そもそもそんなこと、国民は誰も望んではいなかったのです。

 さいたま市にとっては、豪華な合同庁舎が建設されたうえ、多くの公務員たちが移ってきたから地元の発展には役立ったかもしれないのですが、でも、それで利用者の利便性が向上した訳でもなく、ただ膨大なお金が使われたに過ぎないのです。

 さらにおかしなことには、大手町からさいたま市に移ったはずの関東財務局は、東京にも事務所をおいておかないと利用者が不便だということで、東京事務所を新設したのです。

 何のための移転だったのでしょうか?

 文化庁も、それと同じように、本部を地方に移しても新たに東京事務所を設置するのではないのでしょうか。

 無駄だと思われるのはまだまだあります。

 例えば、エコカー減税!

 三菱自動車がまたしても数値をごまかしたとして問題になっていますが、政府は、エコカー減税の措置を2年以上延長する方針だと報道されています。

 エコカー減税の名に値しない車の購入に対し減税措置を施していた政府!

 もっとまじめに仕事しろ、と言いたい。

 普通、そんなへまをしたら、予算は打ち切られて当然。それが、基準は厳しくなるものの減税措置が延期になるというから、びっくりしゃっくり!

 そもそも何故エコカー減税制度はあるのでしょう?

 如何でしょうか? 

  多くの人は、環境保護のためだと答えるでしょう。それで少しでも空気がきれいになればいいことではないか、と。

 でも、だとしたら、そもそも人々に車に乗らないことを勧めた方がマシ!

 車を保有しない家庭に補助金を与える、とか。

 否、分かりますよ、どうしても車を持たないと生活ができない人々がいるということも。特に、地方都市で暮らすには車は生活必需品と言っていいかもしれません。

 でも、そうだとしても、多くのユーザーはエコカー減税が適用されなくても、エコカーを買う人でしょう。

 だとしたら、それで大気汚染の状況に大きな変化が現れるなんてことはないのです。

 私は、エコというのは屁理屈であって、結局、車の売り上げを促進するための手段に過ぎないと考えます。

 要するに、自動車業界に対する支援策に過ぎない、と。

 自動車の販売台数世界一を争うトヨタのような企業に政府が減税や補助金を支給する根拠は一体なんなのでしょう?

 もう一度言います。エコカー減税の措置が切れてもトヨタの車が売れなくなるわけではないでしょう。だとしたら、エコカー減税措置やエコカー補助金があってもなくても大気汚染の状況に大きな違いが生ずる筈はないのです。

 おかしいでしょう?

 国民から集めた税金を如何に意味のある用途に使うかを決めるのが予算の査定作業です。

 マスコミも、例えばエコカー減税などについて、もう少し掘り下げて批判を加えることがあってもいいと思うのです。


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 最近、注目を浴びているヘリコプターマネーというのがあります。

 ヘリコプターマネーというのは何ぞやというと…

 中央銀行が上空のヘリコプターからお札をばらまくようなことをすれば、デフレから必ず脱却することが可能だ、と。

 でも、それだと、政府が国民にお金を配るのも同じではないかという気がする人もいるかと思うのですが…

 違うのは、政府が国民にお金を配る場合にはその財源を手当てする必要がある、つまり、国債を発行して財源を確保する必要があるのに対し、ヘリコプターマネーの方は、中央銀行が直接お金をばらまくので、政府が借金する必要がないかのイメージがあるところです。

 しかし、中央銀行が無償でお金を国民に配ることはあり得ません。

 もちろん、絶対ではありませんが、そんなことをすれば、中央銀行はすぐ債務超過になってしまうからです。

 では、どうするか?

 ということで、中央銀行はお札を刷って、それを政府が発行する永久国債と交換し、そうして政府が得たお札を国民にばらまけばよいと言われているのです。

 まあ、そんな無茶苦茶なことをすればデフレからの脱却は可能だというのですが…

 当たり前ですよね。だって、国民は全く働きもせず毎日暮らしていくためのお金を手に入れることができるので、国内で生産されるモノよりも消費されるモノの量が大きくなって、物価が上がることは当然でしょう。

 では、そうすることによって経済はまた上手く回りだすのでしょうか?

 答えはノー。

 何故ならば、働くことなくお金が手に入ることを経験した国民は、さらにヘリコプターマネーを要求するようになるだけだからです。

 それに幾ら国民の消費意欲が高まったとしても、その消費の対象の一部である安い外国製品が国内製品に代わることは期待できないからです。

 今、ヘリコプターマネーを主張する人々は、日本経済の成長率が低い原因は消費が弱いことにあると考え、従って、消費さえ活性化できるのであれば再び成長率が高くなると思い込んでいるように見える訳ですが、幾ら国内の消費が増えても、その対象が安い外国製品であれば国内の生産が増えることはないのです。

 いずれにしても、ヘリコプターマネーのように湯水の如くお金を使う政策を取れば、今まで以上に政府の借金は増すばかり。

 政府の借金は国民にとっての資産だからなんて言う輩がいますが、ヘリコプターマネーの債権者は日銀であって国民ではないのです。

 また、そうではない普通の政府の借金でも、その債務残高をいつの日かゼロにする必要があるということはないとしても、少なくてもその残高が今より増えない程度の努力を求められるのは当然ですから、そうなるとどうしても将来の増税に結びついてしまうのです。

 しかし、増税となれば、再び経済の成長を阻害するのは事実。

 アベノミクスがスタートした頃、筋金入りのリフレ派は、財政政策など用いなくても金融政策でインフレを起こせばそれで十分だ言っていたのが、今は財政政策を組み合わせることが必要だとなってきています。

 でも、財政政策を組み合わせたとしても、今言ったような理由で、経済が好転するとはとても思えません。


 結局、財政出動の結果、国民にはより重い負担がかかるだけなのです。



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