経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

カテゴリ: 農業

 突然ですが、F1をご存知ですか?

 F1と言えば、多くの方は自動車レースを思い浮かべると思うのですが、本日話題にするF1はそれとは関係がありません。

 では、F1には他にどんな意味があるのか?

 実は、昨夜というべきか、今朝と言うべきか…NHKのラジオ深夜便を聞いていたら、4時台の「明日へのことば」でF1が頻りに登場したのでした。

 F1とは、雑種第一代のことであり、First Filial Generation から来ているのです。

 益々分からなくなったってですか?

 そうお思いの方が多いと思いますので、簡単に説明すると…

 皆さんが、スーパーなどで買う野菜ですが、殆どがこのF1、つまり雑種第一代なのだというのです。

 今や、地方のスーパーで売られる野菜も、東京のデパートの野菜売り場に並んでいるような形がそろったきれいな野菜ばかりなのです。

 そうでしょう? 虫が食っているなんてことは決してありません。不格好な形のものもありません。皆、同じような大きさで味も同じなのです。

 つまり、大量生産、大量消費が可能なように人工的に品種改良を重ねた雑種の第一世代がF1と呼ばれるものなのです。

 なんてすばらしいことだと思いますか?

 でも、これらの野菜、例えばトマトから種をとって育てようとしても、育つことはないのだというのです。また、育ったとしても、全然違うようなトマトができてしまうといいます。

 何故でしょうか?

 それがF1の性質なのだとか。

 子供の頃、理科の時間に、或いは生物の授業で雑種や遺伝について学んだと思うのですが…雑種って、優れた子孫が生まれることがありますよね。だから、結婚相手を探す場合には、なるだけ地理的にも遠くの人と一緒になった方が優秀な子供が生まれるなんて教わった記憶があります。

 ただ、そうやって雑種の子が生まれる場合、メンデルの法則によって、第1代は特定の形状や性質を持った子供が生まれるものの、第2代目以降は、様々な形状や性質を持った子が生まれるということになっているのです。

 つまり、F1以降に誕生するであろうF2 やF3は、形がバラバラのものが生まれてくるので、スーパーの野菜売り場に並べるのには都合が悪いのです。

 では、農家にとってF1種と在来種の違いはどこにあるかと言えば、形が不ぞろいな在来種と違ってF1は商品として卸すには適していているものの、F1の野菜を栽培するために毎年毎年種をメーカーから購入する必要があるのです。それに、F1を栽培する場合、多くの化学肥料と農薬を使いがちになるとも言われています。

 しかし、そうやって化学肥料と農薬に頼る農法に依存すると、一時的には多くの収穫が期待できるものの、長い目でみると、土壌の劣化や害虫の発生などで栽培が困難になることも懸念されるのです。

 それはそうですよね。何故かと言えば、F1種の栽培というのは、人間の都合だけを考えた持続可能性の乏しい農法だからです。つまり、自然の摂理を全く無視している、と。だから持続可能性がないのです。

 そもそも第二世代以降への命の継続を考えないこと自体が不自然。

 そしてまた、農薬の副作用については言うまでもなく、化学肥料を大量に使用することで土壌を劣化させてしまうことも自然の摂理に反した行為と言うべきでしょう。

 だったら、どうすべきなのか?

 そこでラジオ深夜便に登場した山澤清さんが言うのです。

mv
 
 自分も若かったときには、F1種の栽培に取り組んだが、昔からいたどじょうやメダカが田んぼから姿を消した。何かが間違っているのではないか、と。それに、子供がアトピーにかかり、それで「日本の農業」に疑問を抱いた、と。

 でも、有機農法始めるようになっても、そう簡単に事は運ばなかったといいます。いろんなご苦労を経験されたことでしょう。

 但し、今は様々な経験を経て、独自の有機農法に大変自信をお持ちであるとお見受けしました。

 若い人のなかには、こうした有機農法を学ぼうとする人が増えているとも仰っていました。
 
 とは言っても、現在のF1栽培がかつての在来種の栽培に戻ることを期待することは難しいのです。現実はよく分かっています。

 しかし、現実を分かった上で敢えて言いたいのです。

 このままF1の栽培を続けていていいのか、と。

 ‎というのも、F1の栽培に依存する限り、日本の農家は種苗メーカーに生命線を握られたも同然だからです。そのような状態に甘んじながら、見た目の食料自給率をどれだけ上げてもナンセンス。

 それに、繰り返しますが、F1の栽培は自然の摂理を無視した農法であって、長い目でみると必ずしっぺ返しがあるのです。

 化学肥料や農薬を沢山使うことによって沢山の収穫を一時的に得ることに成功しても、生態系を破壊することの代償は小さなもので済むはずがありません。

 もし、日本の農業が世界的に見直されることがあるとすれば、それは米国などの農法に追随するのではなく、このような在来種の栽培に戻ることによってでしかあり得ないと思います。




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 国内でバターの不足が予想されるというので政府がバターの緊急輸入を決定しました。

 では、何故バターが不足するというようなことが起きるのか? 
これまでいろいろとその理由を考えてきましたが…より本質的な理由を述べるならば、それはバターを生産しても大して儲からないことではないでしょうか?

 ところで、企業は何を目指して活動しているのか?

 利益追及のためです。

 だから、牛乳の生産が儲かるとなれば牛乳の生産量を増やし、バターが儲かるとなればバターの生産量を増やす、と。

 でも、バターの不足というのが近年頻発しているのです。緊急輸入なんて言っていますが、毎年、しかも年に何回もバターを輸入するようなことが起きているのです。

 いいでしょうか? バターの品不足は起きても、メーカーはチーズなどの生産を抑制しようとはしていないのです。

 何故でしょうか?

 単純に考えるならば、バターを作るよりチーズを作る方が儲かるからでしょう。ですから、バターだけが品不足となるのです。

 ところで、普通ある商品が不足するようなことが起きれば、自然と価格は上がるものなのです。天候不順で野菜の生育が悪くなると、とたんに価格が暴騰する、と。普段は丸ごと売るのが普通のキャベツも、それを半分に切ったりして店頭に並べる、と。価格がそれほど上がったとは思わせないようにする工夫です。

 そして価格が上がれば、生産者はその価格が上がった商品の増産を目指す訳です。コストが変わらない一方で価格が上がるのであれば、儲けが増えるからです。

 では、バターはどうなのでしょうか?


 業務用のバターは確かに価格が上がっていると言うのですが…しかし、消費者向けの普通のバターの価格には、それほど変化は見られないのです。

 もし、そうではなく価格がどーんと上がれば、国内のメーカーは牛乳やチーズの生産を抑えてもバターの生産を優先するかもしれません。

 しかし、政府が予めバター不足を予想して海外からバターを輸入するので末端のバターの価格はそれほど上がらずに終わるのです。

 で、そうしてバターの価格が上がることがなければ、バターは相変わらず儲からない商品のままであり続けるのです。

 これでは、バター不足が今後も発生することは簡単に予想されるではないですか?

 では、何故バターは儲からないのか?


 例えば、ある牛乳の価格が、1リットル200円だと仮定しましょう。そして、その一方で、200gのバターの価格が400円である、と。

 バター200gを作るために必要な生乳の量はどれだけか、お分かりになりますか? なんとその23倍の4600グラム。

 ということは、大雑把な計算ですが、200円×4.6=920円ということで、200gのバターを作るためには920円分の牛乳が必要になるのですが、その一方で、その200gのバターは400円でしか売れないので、なかなかペイしないのです。

 お分かりになりましたか?


 では、何故そんなに儲からないバターの生産に見切りをつけないのか?


 でも、そんなことをしたら、生乳が余った時に、その生乳の処分に困るのです。余剰状態が長く続けば、牛乳の価格が低下し、酪農業者たちの経営は益々苦しくなるでしょう。

 そこで、どうせ処分する位なら、その余った生乳を原料としてバターや脱脂粉乳を作れば…損失を幾らかで小さくすることができる、と。

 でも、そのような余り物でバターを作るなんて発想をしているから、本当に付加価値の高いバター製品が登場しないのではないでしょうか。

 例えば、レーズンバターなんてありますよね。そんな消費者がもっと喜ぶような商品をどんどん開発する努力が必要なのではないでしょうか。

 例えば、レーズンバターをお酒のつまみにすると、割と悪酔いしないと思うのですが、そのようなことをもっとアッピールしたらどうでしょうか。

 先日、少し触れたアサリのバター焼き用のバターなんて売り出すのもいいかもしれません。

 ただ、いずれにしても、日本の乳製品は、生産のコストがかかり過ぎなのですよね。

 何故でしょう? 例えば、ニュージーランドなどから学ぶべきことはないのでしょうか?

 ニュージーランドは、自然放牧の形を取っているので、牛の飼育にかかる手間が少なく、生乳の生産コストが日本より遥かに安く済むと言われています。具体的に言えば、餌を与えたり、糞の処理をしたり、或いは牛の分娩に人間が拘わることも少ないと言います。しかも、そうして牧舎で育てるのではないので、悪臭の問題もないと言います。

 そのような国と競争しなくてはいけないのですから…今のままの酪農を続けていても生き残る可能性は極めて小さいとしか思えません。

 というよりも、今のような状態で日本の酪農が生き延びると考える方がおかしいのかもしれません。

 日本の酪農の根本的な見直しが必要なのではないでしょうか。


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 本日も、バター不足のついて考えてみたいと思います。

 はっきり言って、バターが不足している本当の原因はどこにあると思いますか?

 これ、見方によっていろいろな考えがあり得るのですが…でも、本当の原因が分からないからいつまで経っても同じことが繰り返されるのです。

 いずれにしても、先ず農水省の公式見解がどうなっているかと言えば、

Q 1. なぜバターが不足したのですか。

A 1. 平成25年の猛暑の影響で乳牛に乳房炎等が多く発生したことや、酪農家の離農等で乳牛頭数が減少していることなどにより、生乳(=搾ったままの牛の乳)の生産量が減少したため、バターの生産量が減少し在庫量が大きく減少しました。

 バターの在庫量が減少したため、乳業メーカー等は、安定的な供給を続けられるような出荷量に抑制したことや、供給不安等を背景として家庭用バターを中心に購入量が増加したこと(PDF:248KB)等から、店頭のバターが品薄になったものと考えられます。

Q 2. 牛乳が不足していないのに、なぜバターが不足するのですか。

A 2. 生乳は、非常に腐敗しやすいため、まず最も生鮮性が求められる牛乳や生クリームなどに加工され、最後に保存性の高いバターや脱脂粉乳に加工されています。バターや脱脂粉乳は、生乳が多く生産される時は在庫として積み上げておき、一方、生乳生産が不足する時は、バターや脱脂粉乳の生産を減らす替わりに在庫を放出するといった需給調整弁の機能を持っています。

  このような生産構造となっているため、生乳生産量が減少してくると、バターの生産量が大きく減少することになります。

 如何でしょうか?

 この公式見解を聞いて、納得がいくでしょうか?

 先ず、乳牛頭数が減少しているために生乳の生産量が減少しているからとありますが、生乳から作られるものはバターばかりではなく、他に牛乳、生クリーム、チーズ、脱脂粉乳などがあるのです。

バター不足

 では、それらの製品も品薄になっているのでしょうか?

 答えはノーです。品薄になっているのは、バターだけなのです。

 では、何故バターだけが品薄になるのでしょうか?

 それは、同じ生乳でも、その用途によって取引価格が異なっているからです。

<生乳の取引価格>

 牛乳用:115円/キロ
 生クリーム用:75円/キロ
 バター用:70円/キロ
 チーズ用:50円/キロ


 如何です? 同じ生乳でもこんなに取引価格が違うのです。

 貴方が酪農業者だったら、なるだけ牛乳用として売りたいと思うのは当たり前。

 (注)実際には、酪農家に支払われる価格は、生乳の用途が決まった後で決まるということらしいので、酪農業者には用途の選択の余地はないものと思われます。


 となれば、バター用の生乳が不足しても、牛乳用の生乳は必ずしも不足はしないのです。

 なーるほど、と思った貴方、早合点は禁物です。

 というのも、チーズ用の生乳はもっと安い価格で取引されているからです。つまり、バター用よりもさらに価格が低い、と。

 であれば、チーズについてはバター以上に品不足が発生しているのか?

 しかし、チーズが品不足だなんて話は全然聞きません。

 何故でしょうか?

 チーズはバターと違って関税率が低く、海外からの輸入物が多いからでしょうか? つまり、国内の生産は落ち込んでいるが、海外製品で不足を賄っている、と。

 では、チーズの国内生産は減少しているのでしょうか?

 でも、そんなことはないのです。チーズの生産は増えているのです。しかも、さらにチーズの国内生産を増やすために補助金まで支給しているのです。

 おかしいとは思いませんか?

 よく考えてみて下さい。日本政府は、バターの生産をより重視し、そして保護しようとしているからこそ、バターの輸入には実質360%もの関税率を課す一方で、チーズの輸入には30%程度の関税率しか課していないと思ったのに…実際には、バターの生産よりもチーズの生産を重視しているのです。

 嘘ではありませんよ。農水省のサイトで確認が可能なのです。近年、バターの生産は減少気味であるのに、チーズの生産は増えているのです。

 いいでしょうか。チーズは関税率が低いために、どれだけでも自由に海外から輸入が可能であるので品不足が起きる心配はありません。それなのに、チーズの生産により力を入れているからこそ、バターの生産は減ってもチーズの生産は増えているのです。

 つまり、バターとチーズのどちらをより重視しているかと言えば、チーズなのです。

 呆れてものが言えません。チーズの生産に回す生乳の量を抑えれば、バターの品不足が起きることはなかったのです。だから、最初から、このようなことが起きるのは予想の範囲内なのです。

 それに、バターの品不足が起これば、農水省生産局畜産部牛乳乳製品課と独立行政法人の農畜産業振興機構の出番となるでしょう?

 言ってみれば、自分たちで仕事を作り出して、自分たちで大変そうに振舞っているだけなのです。

 バターの品不足なんて茶番でしかないと言うべきでしょう。



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 バターの不足が予想されるので、政府が緊急輸入を行うなんて報じられています。

 ところで、先日、久しぶりにアサリのバター焼きでも作ろうと思ったのです。
普段はアサリの酒蒸しを作ることが多いのですが、偶にはアサリのバター焼きもいいかなと思い…で、スーパーの乳製品の棚に足を向けたのですが、バター製品が少ないのに驚きました。本当はチューブ入りのバターを買いたかったのですが…で、結果としてチューブ入りが買えたのですが、それはバターが1/3しか入っていない製品だったのです。

 本題に戻しましょう。

 いずれにしても、バターが不足していると聞けば、少し心配してしまうのが人情。だって、食べものですから。だから、本能的に反応してしまうのです。

 しかし、同時に、いろん疑問が湧いてくるのです。

 バターが不足すると予想されるとしても、何故不足分を政府がわざわざ輸入する必要があるのか? そんなこと民間に任せておけばいいのではないか、と。

 で、いろいろ調べていくと、バターというのは指定乳製品とされ、独立行政法人の農畜産業振興機構がほぼ独占的に輸入を行っているのだとか。

 ほぼ独占的というのは、一般の輸入が殆どみられないということですが、何故そうなのかと言えば、通常のバターの輸入には実質360%もの関税率がかかるからだと言うのです。

 関税率が360%ですよ!

 要するに、国が酪農業者を守るために高い関税をかけて保護している結果、海外からバターが自由に輸入されることがないから、こうして何らかの原因が重なるとバターが不足する事態が簡単に発生するのです。

 林農林大臣は、「バターの安定供給に支障が生じないよう、十分な量を追加輸入する方向だ。今週中には具体的な量も含めた追加輸入の対応を公表したい」と述べているのですが…

 どう思います?

 早速輸入すべきなのでしょうか?

 それにしても、多くの疑問が残るのです。

 バターだけでなく、例えば野菜や魚介類だって、天候などの影響で品薄になるなんてことはよく起きる訳ですが…そのような場合、価格が敏感に反応して、それで需要と供給のバランスを取るのです。

 バターについては、そのようなことを何故考えないのでしょうか?

 つまり、供給が不足するというのであれば、価格が上がるのを待ち…そして、価格が上がれば、国内の酪農業者も、バターの原料となる生乳の生産を増やそうとするのではないでしょうか?

 でも、どうもそのようなことを考えている気配はないのです。

 バターが不足するなら、それなら政府が輸入をする、と。

 しかし、そうやって簡単に輸入をしてしまうのであれば、何のために高い関税率をかけているのか、という疑問を禁じ得ないのです。

 まあ、いいでしょう。でも、問題は他にもあるのです。それは、バターが不足するというのであれば、何故チーズは不足しないのか、ということです。

 何故だかお分かりになりますか?

 実は、チーズの輸入に対しては実質30%程度の関税率しかかからないために、割と輸入がしやすいからだと言うのです。

 ということは、もしバターの関税率をチーズ並にすると、バターの品不足なんて起こる筈がないのです。

 では、そもそもバターの関税率も引き下げたらどうなのでしょうか?

 そんなことをしたら国内の酪農業者が保護できない? 

 でも、政府が本気で国内の酪農業者を守ろうとしているとは思えないのは既にみたとおりです。 簡単に海外から輸入するので、価格が上がらない、と。価格が上がらないと、国内の酪農業者の保護にはならないのです。

 ところで、こうしてバター不足が起きる最大の理由は、酪農業者が減り、生乳の生産が減っているからだと言います。さらに言えば、政権交代以降の円安で、家畜の餌代などのコストが嵩んでいるためになかなか採算が取れにくくなり、そのために廃業が後を断たない、と。

 でも、そのような現状があるということは、高い関税率で酪農業者を保護する政策が、所期の効果を発揮していないということなのですから、だったらこの際、関税率にそれほど拘ることはないとも思うのです。

 そうしたら、少なくても消費者は恩恵を感じることができますし…。




 
 こんな制度を維持していても、結局有難がっているのは、独立行政法人の農畜産業振興機構だけだと思う方、クリックをお願い致します。
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 本日、日経の「真相深層」が、収穫量の多いTAWAWA1という品種の稲が、日本の稲作の救世主になるかもしれないと書いています。

 どう思います?

 そもそも何故日本のコメは競争力が弱いのか?

 実は、本当に競争力が弱いかどうかは分からないのです。

 但し、肝心の農家を含めて日本のコメは競争力が弱いと信じられています。

 何故?

 それは、日本のコメが外国のコメに比べて価格が格段に高いからなのです。

 日本のコメは、例えば5Kgで2000円位するのが普通でしょうから、そうなれば1400円となる訳です。

 では、海外のコメの価格は?

 例えば米国のコメは、日本の半分程度の価格で買えるのだとか。米国ではなく、東南アジアの国々で作られたコメの場合には日本の1/5程度であり、エジプトのコメに至っては、なんと日本の1/10程度しかないのだ、と。

 では、何故それほどまでに価格に差が生じるのか?

 一つは、日本は途上国と比べ人件費が高いから。

 でも、それだけが原因ではありません。人件費が高いのは米国も同じですから。

 では、何故米国のコメは日本よりも安いのか?

 それは、米国の農地面積が日本に比べ桁違い広くて‥つまり、機械を最大限に活用できる‥従って、労働の投入量が相対的に少なくて済むことが一つ。

 日本の場合は、例えば棚田の例で分かるように、なかなか機械化に馴染みにくい水田も多く、そのため多くの人手を要することが多いのです。

 でも、米国の労働投入量が相対的に少なくて済むのは、それだけの理由ではないのです。というのは、米国では遺伝子組み換えの稲を栽培しているという事情があるからです。

 遺伝子組み換えの稲を栽培する場合には、農薬に強い品種であるために、稲を枯らさずに雑草だけを除去できるので、農作業の大幅な節約が可能になるといいます。

 ということで、もし、日本のコメも米国の米並みに価格競争力を得ようとするならば、農地の集約化を図ることや遺伝子組み換えの稲を栽培するようなことを考えることになるのですが‥

 では、本日の日経が報じるように、TAWAWA1という収穫量の多い品種を栽培するような方法はどうなのでしょうか?

 仮に、同じ広さの農地で、同じ程度の労働量によって2倍の収穫を得ることができれば、恐らくコメの価格を半値程度まで引き下げることができるでしょう。

 しかし、伝えられるところによれば、幾ら収穫量が多いとはいっても、通常の3割程度多いに過ぎないのだ、とか。

 だとすれば、日本の農家が全てTAWAWA1を栽培して、コメの価格を引き下げることが出来たとしても、恐らく2〜3割しか価格は安くならないのです。

 プラス、そうして農業者1人当たりの収穫量が増えるならば、結局、農地(水田)と農業者が余剰になるだけの話であるので‥却って自らの首を絞めることにもなるのです。

 いずれにしても、そもそもコメ農家一戸当たりの農地の広さが、米国の場合には、日本の100倍もある(オーストラリアの場合には1900倍もある)ので、農地を集約化して米国などの追いつこうというのが元々無理な話であるのです。

 そうでしょ?

 つまり、コメの価格を安くしようとしても、それは無駄な努力に終わるということなのです。

 だったら、そんなことを考えるのではなく、味や安全性で勝負をすればいいという話です。

 「日本のコメは、極力農薬の使用を控えています!」

 「日本のコメは、遺伝子組み換えの種子を使っていません」

 「日本のコメは、大変美味しい」

 「日本のコメは、安全です」

 「その分、日本のコメは価格がお高くなっています」


 価格が高いと言っても、1400円程度のものなのです。日本人1人当たり、1年間に60圓鮠暖颪垢襪噺世い泙垢ら、1年間の合計は24000円程度。

 もちろん、それが高いと思う消費者は買わないでしょうが‥しかし、世界には、その程度の出費で美味しく、安全なコメを食べることができるのならば、きっと日本のコメを食べたいと思う消費者が沢山いる筈です。

 海外では寿司がブームになって久しいですが‥寿司を食べるなら、日本のコメに限るね、というイメージを作り上げればよい!

 自然志向の環境派には、遺伝子組み換えのコメなど食べずに日本のコメを食べるべきだという価値観を植え付ければいい。

 つまり、日本のコメは、高いかもしれないが、美味しくて安全であるということをもっともっと盛んにPRし、輸出促進の努力を怠らなければ、十分太刀打ちできると思うのです。

 日本のコメを購入してくれた海外の消費者を、抽選で日本に招いては如何でしょうか?

 春から初夏にかけての田植えのシーズン。或いは稲が少し育って、オタマジャクシやヤゴが水田で泳いでいるシーズン。或いは、稲刈りのシーズンもいいかもしれません。棚田にも案内して上げるべきでしょう。

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 そうして、日本のコメのファンを増やしていけば、日本の稲作いつまでも続くと思うのです。

 TPPに参加しようがしまいが、日本の稲作には将来が開けていると考えるべきでしょう。



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 日本ではというか、九州ではこんなに雨が降っているのに、アメリカでは1956年以来の大干ばつになっているというのです。ご存知でしょうか?

 それにしても政治家っていう人々は、異常気象とか、自然環境の変化に対して殆ど関心を示しませんよね。どうして? 地球温暖化の問題にしても、前回の大統領選のときには、あれほど争点になっていた感があるのに、今は見て見ぬふり。

 いずれにしても、こうして雨ばかり降って日照時間場短くなると野菜の育ちに影響を与え、一方、大干ばつが起きれば、一気に食料不足が心配されるようになるのです。

 雨が降らなければ大豆やコーンは育つことができないので、それは当然のことなのです。

 ということで、ここに来て大豆やコーンの価格が高騰しているのですが、恐らく、それによって食用油や食肉の価格も上がることになるでしょう。

 思い出すと今から4年ほど前にも穀物価格が高騰したことがあるのですが、そうやって世界的に食料不足が懸念されるようになると、我々は敏感に反応するものなのです。

 日本は、こんなに食料自給率が低くて大丈夫なのか、と。日本は、耕作放棄地が沢山発生しているが、そのようなことを放置しておいていいのか、と。そして、減反政策を止めさせるべきだ、と。

 そして、今回は、そうした批判に加え、何故TPPに参加しなければいけないのか、なんて批判も起きている訳です。

 まあ世の中にはTPPへの参加に関して、賛成論と反対論がある訳ですが‥私の考え方は、大変に分かりにくく、結論としてはTPPへの即時参加には反対しながらも、しかし、農産物の輸入自由化をいつまでも制限するという考え方も支持することができないのです。

 私は、基本的に日本の稲作だけは守り抜かないといけないという立場ですので、TPPに今すぐ参加するという考え方を支持することはできません。しかし、コメを除けば、農産物輸入の自由化を制限すべきと言う考えは基本的には採用することができないのです。

 ところで、TPPへの参加に反対する人々の考え方は大変に分かり易いものなのです。

 つまり、まともに日本の農業が海外と勝負をしても日本には勝ち目がないのだから、TPPへ参加することは農業を廃業しろということになるので、反対だ、と。

 まあ、農業に従事している人の立場になれば、それはそのとおりかもしれません。しかし、だからと言って、では競争力を喪失した農業を守るために国民全体が犠牲を払うことが国家的見地からみて望ましいと言えるのでしょうか?

 私にはとてもそうは思えないのです。

 それに、食料の自給率を高くしておかないと、いざ世界的に食料不足が発生して時に、日本として困ったことになる、という考えにも納得がいかないのです。

 では、何故そうなのか?

 世界的に食料が満ち足りている場合には、仮に日本の食料自給率がどんなに低くても、日本が必要は食料を確保できなくなるなんてことは考えられません。そのことについては、誰も異論がないでしょう。日本としては、主に工業製品の輸出で稼いだ外貨で食料を海外から調達すればそれで済むのです。

 つまり、食料自給率の低さが問題になるのは、世界的に食料不足になったときだと言えるでしょう。

 では、今回のように世界的に干ばつが起きて食料不足の様相を呈したら、日本はどうなるのでしょうか?

 答えは、二つに分けて考える必要があるのです。

 先ず第一は、世界的には食料不足が発生しているが、日本では食料不足が発生していないケース。

 まあ、食料自給率の低さが大変気になる人々は、多分、このような状態を目指すべきだ考えているのだと思うのですが、では、日本が今後TPPに参加しないことによって、そのような状態を実現できるというのでしょうか?

 しかし、日本が今後絶対にTPPには参加しないという態度を貫いたとしても、そのような状況にまで持っていくことは不可能であるでしょう。確かにコメなどについては、今までと同じように自分たちが食べるコメは自分たちで生産するというシステムを継続することができるでしょうが、例えば、大豆やコーンや小麦について、それらを今更海外からの輸入に頼らないで済むようにすることなど、どうしたらできるというのでしょう?

 というのも、そもそも日本とアメリカやオーストラリアの農家一戸当たりの農地面積は桁が2桁も違うわけですから、そもそもコストが大きく違うのです。その結果、仮に大豆やコーンや小麦を国内で殆ど賄おうとすれば、一般の消費者は、そのために大変な出費増を強いられることになるのが必至ですが、そんな犠牲を今更国民が受け入れることはないでしょう。

 それから第二のケースは、世界的に食料不足が起こり、そして、同時に日本国内でも干ばつなどのために食料が不足するケースが考えられるのです。この場合、日本はどうしたらいいのでしょうか?

 結局、そうして世界的に食料不足が起きたときには、裕福な国がお金でもって希少な食料を確保するだけの話であり、そのようなときには、普段の食料自給率がどんなに高くても大した意味は持たないのです。

 つまり、非常なことを言うようですが、どれほど食料自給率が低い国でも、お金持ちの国は、その資本にものを言わせて早めに食料の確保に走るでしょうし、反対に、国としてどんなに食料自給率が高くても、その国の農家が高い価格を提示するバイヤーに生産物を売ってしまうなら、その国の国民は食料不足を逃れることはできないでしょう。

 仮に世界がそのような食料不足に陥ったとき、それまで海外からの農産物の輸入に断固反対していた国内の人々は、お愛想笑いをして海外から貴重な食料を譲ってもらうことを考えるのでしょうか?

 TPPには何が何でも反対だと大声を上げる人々のなかには、欧州だって農産物については例外扱いをしており、食糧安保の観点から農産物を例外扱いするのは当然だ、などという人もいるでしょう。しかし、今言ったように、本当に食糧安保を考えるのであれば、あたかも軍事同盟が重要な役割を果たすことがあるのと同じように、食料についても全く他国に頼らないというよりも実情に応じて海外の調達網を常日頃維持しておくことが大変重要であると言えるのです。

 ここまで読んで頂いた人のなかには、だったらお前は、単なるTPP支持者ではないかと言う人がいるかもしれませんが、そうではないのです。

 つまり先ほど言ったように、いきなり日本が全ての農産物の輸入を自由化してしまうと、大打撃を受ける農家が発生することも事実であり、そのため、それなりの準備期間が必要であるのです。特に、日本人として守るべき稲作については、食料確保、自然環境の保護、国土保全、国内農業の発展などの観点からも考えなければなりません。

 今、私たちが米国の大干ばつのニュースに耳を傾けるとき、我々の耳にはコーンベルトという言葉が入ってくる訳ですが、私が言いたいのは、そうしたアメリカ型の農業を我々日本が受け入れてしまって、日本の農業は展望が開けるのかということでもあるのです。

 ご存知でしょうか? コーンベルトが意味するものを?

 正直言って私は、実際にみたことはありません。しかし、テレビの映像などで見る限り、見渡す限りのコーン畑が広がり、そして遺伝子組み換えされたコーンを栽培しているのが、コーンベルトの実情なのです。何でも遺伝子組み換え作物を栽培すれば、使用する農薬が少なくて済むのだとか。害虫が寄り付くこともなく、また雑草を除去する手間も省ける、と。だから、コストが安くつく、と。

 でも、そんなに人間にとって都合のいい農業が、自然には大変な負荷をかけていることを忘れてはいけません。害虫が寄り付かないというのは、結局、農薬を使っているせいであり、しかも、そうやって害虫だけでなく益虫も殆ど発生しないような農地が、何百キロ或いは1千キロ以上も続いているのです。それは自然の冒涜にはならないのでしょうか?

 繰り返しになりますが、そもそもこの狭い国土で、しかも棚田などの大変に非効率な農地が多い日本では、我々にはそうした遺伝子組み換えのコメで勝負をするのではなく、逆に農薬などを極力抑えた農法で勝負をすることが肝要だと思うのです。

 そうやって、自然環境に優しい農法によって育てた美味しいコメを作ることこそ、価格が相当高くても海外から注目される秘訣であるのです。

 私は、そうして日本のコメの魅力が海外に認められるようになれば、もうTPPへの参加を少しも恐れることがないと思うのです。

 ですから、準備期間を経て、日本のコメ農家の将来像について確たるものを描くことができたら、もうTPPの参加に反対することはありません。

 コメ以外の農作物についても、農家のなかには例外扱いして欲しいと考える向きがあるかもしれませんが、価格面で魅力がないとなれば、後は何らかの方法で付加価値を付けること以外には生き残りは困難であるでしょう。全ての農産物について例外扱いをすることなどとてもできないのです。





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 月曜夜9時は、たけしのTVタックルという番組がありますが、ご覧になっていますか? 以前は何となく最後まで見ていることもあったのですが、最近は、直ぐにチャンネルを替えることも多くなっていました。

 で、昨夜、そのTVタックルを見ていると、まあ、いつもの政治家やコメンテーターが出演していたのですが、そのなかで、なかなか地に足のついた意見を述べる人がいました。名前は、岡本重明さん。
この人が、どの程度の人物なのか速断することはできないのですが、それでも、彼の述べる意見には私も大きく納得した訳なのです。

 いずれにしても、昨夜のテーマは何かと言えば‥最近ずっと続いているTPPの話であり、今回は、
現場で農業に携わっているこの岡本さんに意見を述べてもらうのがメーンであるように思われました。

 で、この岡本さんという人は、「農協との『30年戦争』」という本を書いていることから分かるように、日本の農業を弱体させている張本人は農協であるという極めて明快な考えを主張している人であるので、出演者の中には、反論者としてJA宮城の人も含まれていました。つまり、反農協対農協の議論で番組を盛り立てようという趣向だったのでしょう。但し、その目論見は失敗したように見受けられました。というのも農協の人が、岡本氏に反論するというよりも、農協は、政府の決定に従ったまでだというような弁明に終始したからなのです。

 では、何故私は、この岡本氏の考えに共鳴したのか? でも、その前に、昨日の番組がどのように進んでいったのかを簡単に振り返ってみることにします。

 まあ、この番組に拘わらず、この手の番組を作成するには、幾つかのキーポイントがあるということを教えられるような段取りになっていたのです。つまり、見え見えの番組作りの感じがしたのです。

 例えば、日本の農業が海外の農業に比べ何故競争力が弱いかを、分かりやすく視聴者に伝えようとする場合、絶対に抑えておいた方がいい数値というものがあるのですが‥、で、日本の農業問題の場合、農家1戸当たりの農地面積が、日本は2.0haであり、それに対し、アメリカは186.9ヘクタールであり、日本の約93倍。そして、オーストラリアに至れば、何と3068.4haを有し、日本の約1500倍にも当たるのだというのです。

 (注)このデータは、農水省が発表しているものです。

 こうした数字は、私も、日本の農業問題について考えるときに常に言及するものであり、その意味で必ず押さえておく必要があるでしょう。

 で、日本の場合、1.8haになるということですが‥実は、私が小学生の時に習ったデータは、確か
0.7haであった記憶があるのですが、皆様は如何でしょう? 因みに、1haとは、10000平米=1辺100m正方形の広さを意味するのですが‥

 ということで、現在の平均的な日本の農家の農地の広さは、仮に縦が100mであるとすれば、横の長さは、180mほどあることになるのですが‥アメリカはと言えば、約90倍と考えれば、縦が1000mとすれば、横は1620mほどの広さの農地を保有しているということなのです。ああ、米国の農地のなんとでかいことか! 

 でも、驚くのはまだ早い! 何とオーストラリアの場合には、日本の約1500倍もの広さがあるということで、これは、仮に縦が1000m(1辧砲任△襪箸垢譴弌横幅は、180m×150=27kmもの長さになる訳です。この広さだと、飛行機を使って種を撒くようなことをしないと対応が不可能でしょう。

 海外の農地はなんとでかく、そして、日本の農地の何と狭いことか! まあ、そんなことを先ず最初に視聴者に理解させようとする訳です。そして、視聴者としては、そのような規模の違いを指摘されると、これはとても海外には太刀打ちできないな、なんて気にさせられてしまうのです。

 では、何故、日本の農地は狭いのか?

 すると、妙な説明が始まったのです。某大学の教授が、説明します。戦後農地改革が行われ、多くの小作農が地主になったからだ、と。

 この説明、形式的にはそのとおりかもしれませんが、実質的な説明にはなっていないのです。というのも、大地主が農地を取り上げられたのはそのとおりだとしても、それまでも日本の農地は多くの小作農によって耕作されてきたのはそのとおりであるからです。反対に、仮に農地改革を実施することなく、農地の大半が少数の地主の物であり続けたとして、日本の農業は、今よりも遥かに強い競争力を有していたと言えるのでしょうか?

 私は、それは、はなはだ疑問だと思うのです。というのも、各国の農家がどれほどの競争力を有するかは、例えば1haに投入する労働量と諸経費に依存すると考えていいからです。もう少し言うならば、例えば穀物1トン当たりの生産に投入する賃金と諸経費に依存する、と。

 だとすれば、日本の農業が取り敢えず競争力がなさそうに見える最大の理由は、本当は、1戸当たりの農地の面積が狭いというよりも、1トン当たりの穀物生産に投入する賃金を含む経費が高くつくからに他ならないのです。

 まあ、でも、たった1時間弱の番組のなかでとてもそこまでの説明をする余裕などない訳で‥とにかく日本の農家の農地は狭いということを視聴者の頭のなかに叩き込もうとする訳です。で、そうしたとき、テレビであれば必ず、或いはあなたがサラリーマンであれば、プレゼンテーションなどをするときにそうであるように、面白いエピソードを添えると俄然、視聴者の目が輝くなのです。

 たけしさんの出番です。

 「戯け(たわけ)」とは、「田分け」とも書く! 

 つまり、農地解放によって大地主から農地を取り上げ、それを小作農に与えたことが、そもそも
日本の農業を弱くする下になったかのような解説をしたのです。まあ、私が言うまでもなく、中高年なら多くの方は「田分け」の話を知っていることでしょう。しかし、その場合の教訓というのは、今回の話とは少しばかり違うのです。

 いずれにしても、テレビのニュース解説などというものは、内容の正確さというよりも、先ずは、分かりやすさに力をいれ、そのために、キーワードやキーになる数値を明確にし、そして、面白そうなエピソードも添える、ということが定番であることが分かるのです。

 分かりやすいということは大いに結構! しかし、私は言いたい。分かりやすいと言っても間違ったことを教えたのではなんにもならない、と。

 ということで、昨夜のTVタックルが通り一辺倒の説明や、根拠のない批判の応酬で終わっていたのであれば、私もすぐチャンネルを替えたと思うのですが‥でも、岡本さんの話がよかったのです。

 「コメ以外のモノを作るとそれ専用の作業用の機械が必要になる。だから、自分が耕作放棄地を
 借り受けてコメを作っている。そうするとコスト低下につながる」

 「中国へのコメの輸出は全農パールライス東日本のみ」

 「農協が規制改革をして、農協も市場参加者として行動すべき」

 (岡本氏の上記以外の持論)

 ・国民はイメージで日本農業は弱いと思い込み、保護すべき産業と見ている。

 ・農家への戸別所得補償制度は、農協の不良債権の回収策に過ぎない。

 ・農協組織は天下り役人のお手盛りだ。

 ・アメリカでは除草剤を撒き過ぎて農地が荒れている。除草剤に強い大豆やとうもろこし、腐らないトマトなどを遺伝子組み換えで作っていることに問題がある。

 ・日本はコメの減反政策ではなくコメを輸出出来るような政策を進めるべき。


 はっきり言って、私は、中国へのコメの輸出が、全農パールライス東日本のみに限られている事実を知りませんでした。ただ、結果的に、私の日本農業の強化策に関する主張と重なる部分も多く非常に心強く思った次第です。

 TPPへの参加を急ぐ必要はないのでしょうが、その代り、農協を含めた抜本的な農業改革が必要ではないのでしょうか。そして、TPP参加に絶対反対する必要はないという思いを強く致しました。

 日本の農業は弱くはないのです。守られているから弱くなるのです! 発想を切り替えるべきなの
です。

 
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 TPP参加を巡る議論が活発になっていますが、どうも政治家の態度が‥などと思っていると、説得力のある論文を発見しました。東京大学鈴木宣弘教授によるもので、要点を紹介させて頂きます。

 「TPP議論を巡る議論の間違い 東京大学 鈴木宣弘教授」

1. TPPはアジア太平洋地域の貿易ルールになるから参加しないと日本が孤立する

 これは間違いである。米国は、自らはNAFTA(北米自由貿易協定)などで「米州圏」を固めつつ、アジアが米国抜きで「アジア圏」を形成することには強い懸念を表明してきた。米国が以前から提唱しているAPEC21ヵ国全体での自由貿易圏FTAAPは、その実現をめざすというよりも、ASEAN+3(日中韓)などのアジアにおける連携の試みを攪乱することが主たる目的と考えた方がわかりやすい。(以下省略)

2. 中国も韓国もTPPに強い関心を示しており、やがて入ってくる

 これは間違いである。韓国は、韓米で、コメなどの最低限の例外を何とか確保して合意したばかりなのに、それらもすべて明け渡すようなTPPに入る意味は考えられない。(以下省略)

3. TPPに入らないと、韓国に先を越された日本の経済損失が取り戻せない

 これは間違いである。冷静に見れば、米国の普通自動車の関税はすでに2.5%でしかなく、現地生産も進んでいるのだから、韓国に先を越されると言っても日本の損失はわずかであろう。(以下省略)

(4,5 は省略)

6. 例外は認められるから大丈夫、不調なら脱退すればよい

 最近のTPP推進議論でよく聞くのは、「とにかく入ってみて交渉すれば、例外も結構認められる。不調なら交渉途中で離脱すればよい」といった根拠のない「とにかく入ってしまえ論」である。しかし、「すべて何でもやります」という前提を宣言しないと、TPP交渉には入れない。カナダは、「乳製品の関税撤廃は無理だが、交渉に入りたい」と言って門前払いになっている。(途中省略)
 ただ、米国を含めた世界各国が、国内農業や食料市場を日本以上に大事に保護している。たとえば乳製品は、日本のコメに匹敵する、欧米諸国の最重要品目である。米国では、酪農は電気やガスと同じような公益事業とも言われ、絶対に海外に依存してはいけないとされている。でも、米国は戦略的だから、乳製品でさえ開放するようなふりをしてTPP交渉を始めておいて、今になって、米豪FTAで実質例外になっている砂糖と乳製品を、TPPでも米豪間で例外にしてくれと言っているオーストラリアよりも低コストのニュージーランド生乳については、独占的販売組織(フォンティラ)を不当として、関税交渉の対象としないよう主張している。つまり、「自分より強い国からの輸入はシャットアウトして、自分より弱い国との間でゼロ関税にして輸出を増やす」という、米国には一番都合がいいことをやろうとしている。
 こうした米国のやり方にならって、「日本も早めに交渉に参加して例外を認めてもらえばいい」と言っている人がいるが、もしそれができるなら今までも苦労していなない。米国は、これまで自身のことを棚に上げて日本に要求し、それに対して日本はノーと言えた試しはない。特にTPPは、すべて何でもやると宣言してホールドアップ状態で参加しなくてはならないのだから、そう言って日本が入った途端にもう交渉の余地はないに等しい。この交渉力格差を考えておかなければならない。米国は、輸出倍増・雇用倍増を目的にTPPに臨んでいるから、日本から徹底的に利益を得ようとする。そのためには、たとえばコメを例外にすることを米国が認める可能性は小さい。交渉の途中離脱も、理論的に可能であっても、実質的には、国際信義上も、力関係からも、不可能に近い。また、「例外が認められる」と主張する人の例外の意味が、「コメなら関税撤廃に10年の猶予があるから、その間に準備すればよい」という場合が多い。これは例外ではない。現場を知る人なら、日本の稲作が最大限の努力をしても、生産コストを10年でカリフォルニアのような1俵3,000円に近づけることが不可能なことは自明である。現場を知らない空論は意味がない。

(7,8省略)

9. 貿易自由化して競争すれば強い農業ができる

 これは間違いである。大震災で被災した東日本沿岸部に大規模区画の農地をつくって競争すればTPPもこわくない、という見解もあるが、それでも、せいぜい2ha程度の1区画である。それに対して、TPPでゼロ関税で戦わなければならないオーストラリアは、1区画100haある。農家一戸の適正規模は1万ヘクタールというから、そもそも、まともに競争できる相手ではない。土地条件の格差は、土地利用型農業の場合は絶対的で、努力すればどうにか勝てるという話ではない。車を工場で造るのと一緒にしてはならない。牛肉・オレンジなどの自由化も、牛肉や果物の大幅な自給率低下につながったことを思い起こす必要がある。
 だから、TPPのような徹底した関税撤廃は、強い農業を生み出すのではなく、日本において、強い農業として頑張っている人達を潰してしまうのである。コメで言えば、日本で1俵9,000円の生産コストを実現して大規模経営している最先端の経営も、1俵3,000円のコメがゼロ関税で入ってきたらひとたまりもないのは当然である。欧州の水準を超えたというほどに規模拡大した北海道酪農でも、平均コストは1kg70円くらいであり、1kg19円のオセアニアの乳価と競争できるわけがない。残念だが、これが、土地条件の差なのである。



 鈴木教授の意見は、現実を踏まえたなかなか説得力のあるものである。我々は米国のしたたかさを決して忘れてはならないのである。そして、そのアメリカの強かさは、中央官庁に席を置き、アメリカとの交渉に携わったことのある役人経験者であれば、誰もが感じているところなのだ。

 だいたい、日本に毎年何千億円もの思いやり予算を拠出させるアメリカと、どうやって対等な
交渉ができるというのか? しかも、TPPの交渉参加国は、殆どがアメリカの方を向いているというのに。

 しかし‥しかし、である。我々は、ながーい目で物事を考える必要がある。人間の歴史を振り返ってみれば、取引を自由にしたからこそ、経済が発展してきたのは事実であるのだ。織田信長の時代楽市楽座もしかり。

 但し、取引の自由化を進めるということは、弱肉強食の世界を認めることである。しかし、弱いものが退出し、強いものが生き残るから、全体として発展するというのもそのとおり。

 従って、ながーい目で考えれば、農業の自由化もいつかは覚悟しなくてはいけないことなのである。

 そして、農産物の取引の自由化をすぐに実施すれば、鈴木教授の指摘するように、日本は壊滅的な打撃を受ける恐れがあるのもそのとおり!

 但し、日本の農業が絶対に潰れるかといえば、そうではないのだ。

 確かに、日本がアメリカ式の農業を目指す‥つまり大規模集約化を目指すのであれば、勝ち目はない。しかし、今の、例えば、棚田の農業を受け継ぐようなことをし、安全で美味しい、農薬を殆ど使用していないコメを世界的に大々的に売りに出せば、それはそれでかなりの支持を受けることは間違いがないのではなかろうか。

 問題は、そのことに、農家や政治家が殆ど気が付いていないということである。

 日本の農業は必ず生き残る。しかし、アメリカ式農業を目指せば、その可能性は極めて小さい
であろう。



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 食料価格が高騰しています。で、今アラブ諸国では、ご承知のとおり民主化運動が高まって
いるわけですが、そうしたことの背景には食料価格の高騰があるとも言われています。

 つまり、食料価格が上昇し、毎日の暮らし向きが大変になるので、国民の不満は益々募る
ばかりだ、と。

 最近は余り使われなくなりましたが、私が若い頃にはエンゲル係数という表現がよく使われ
た訳です。エンゲル係数とは生活費全体に占める食費の割合のことですが、貧しい家庭ほ
どエンゲル係数が高くなる傾向があるのだ、と。

 言われてみたら大変に説得力があるわけです。

 つまり、貧しい人々ほど収入のうちのより大きな割合を食費に回さなければならない、と。そ
して、その食費が高騰するので、貧しければ貧しいほど食料価格高騰の痛手を受ける、と。

 それに、アメリカの公共放送を聞いていたら、こんな理由もあるのだ、とか。

 それは、先進国の人々は、パッケージに入った食品を買うことも多いが、貧しい国の人々
は、脱穀していない穀物をそのまま買うことが多いために、より穀物価格高騰の影響を受け
やすいのだというのです。

 ただ、いずれにしても最近の穀物価格高騰の最大の原因はといえば‥、何と言っても異常
気象が引き起こした供給不足だというのです。ロシア、パキスタン、米国、カナダ、北ヨーロッ
パ、オーストラリア。世界各地で生産高が減少しているのだ、と。

 そして、その一方で、世界的な需要は増加の一途を辿る訳です。

 で、ここでいつも引き合いに出されるのが中国。何といっても13億の人口を抱える国ですか
ら‥

 「でも、中国は一人っ子政策で、人口の増加は止まっているのでは?」

 人口の増加が止まっていても、生活水準が上がるにともない食生活にも変化が合われてい
ることが大きいといのうです。それに世界的には人口は増加し続けているのです。ということ
は、少子高齢化が進む日本は、食料不足を緩和するのに一役買っている?

 その他の理由としては、以前から言われていますが、とうもろこしを原料にエタノールなん
かを作るから余計に食料不足に拍車をかけるではないか、と。しかも、そうしたことを減税措
置で奨励したりして‥

  で、こうした状態に至ると必ず偉い方が言うのですよね。食料を増産する必要がある、な
んて‥

 日本の外交官を相手にしなかったことで有名な世界銀行のゼーリック総裁が言っていま
す。

 「世界の食料価格は危険なレベルにある」

 ただ、食料不足の問題は、そんな単純な話ではないのですよね。確かに、食料価格の高騰
は、食料不足が大きな原因であるのはそのとおりでしょう。従って、食料を増産すれば、価格
は低下し、そうすると貧しい人々も買いやすくなる、と。

 それはそのとおり!

 しかし、では誰が食料を生産するのか? そして、その人たちは何のために食料を生産し
ているのか?

 世界中にはいろんな農家が存在するでしょう。だから一言でいうのは危険であるのですが、
大規模な農業生産者というのは、何も慈善事業のために農作物を作っているのではありま
せん。そうではなく、儲けるためにビジネスとして食料生産に携わっているのです。ですから、
そもそもあまり食料を作りすぎて価格が安くなることなどは、悪夢みたいなものなのです。

 何を言いたいかといえば、政治家などが何かを言って解決するような問題ではない、と。そ
れが国内の問題であればいざ知らず、世界的な食料不足の問題に対し、政治家が口を出し
たからと言って流れが変わるものではない、ということなのです。

 それにそもそも、欧米の人間は、肉食文化が食料不足をより加速化している事実をどう考
えるのでしょう?

 つまり、コメや麦や大豆やトウモロコシをそのまま人間が摂取すれば、今の人口を養うのに
十分過ぎるほどの量が確保できているのに、それらを家畜に食べさせて、肉を生産するの
で、食料の確保が難しくなることが起きるわけです。

 まあ、だからと言って、牛肉を食べるのを止めようなどという欧米人はいないわけです。止
めるとすれば、それは健康のためとか、他の理由からなのです。

 ついでに言えば、そんなに食料不足が心配であれば、何故、米国は日本にもっと米国の農
産物を買えなどと強要するのでしょうか?

 食料不足なのに、日本が海外のコメを輸入していいのでしょうか?

 

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1.野菜価格の高騰

 低温や日照不足などの天候不順のせいで、野菜の生育が悪いと言
います。
その結果、野菜の価格が高騰。

 

 農水省は、野菜の価格について緊急調査を行い、21日、その結果を発表

しています(412日〜16日の週の分)。

 

 キャベツ :平年と比べ20%高。

 ねぎ   :平年と比べ21%高。

 レタス  :平年と比べ44%高。

 きゅうり :平年と比べ17%高。

 なす   :平年と比べ22%高。

 トマト  :平年と比べ15%高。

 ばれいしょ:平年と比べ20%高。

 

 まあ、この結果は思ったほどではないかもしれません。上がったと言っ

ても2-3割程度の話ですから。例えば、半分に切ったキャベツが例年150

程度だとしたら、それが今年は180円程度になっているだけの話に過ぎま

せん。

 

 しかし、これはあくまでも全国平均の数字なのです。つまり、それほど

上がっていないところもあれば、すごく上がっているところもあるという

訳です。例えば、一部のところでは、600円のキャベツも出現しているとこ

ろもあると言います。

 

 そういえば、苗の生育も遅れ、そのために田植えを遅らせる地域が出て

いるとも報じられていましたが、今年は稲の生育も大いに気になるところ

です。

 

 こうした事態を受け、農水省は早速動き出し、上に紹介した野菜の価格

の緊急調査を行ったり、或いは規格外の野菜を市場に出すように農家に対

し促したりしているわけです。

 

 そして、その結果、曲がったきゅうりなどが市場に出回るようになって

いると言います。で、こうした規格外の野菜に対する消費者の反応は、概

ね良好。ただ、よく考えると、こうした規格外の野菜の販売は、今回から

始まったものではなくて、昨年もやっているのです。

 

 

 

2.規格外野菜

 

 規格外野菜に対して、普通に売られている野菜のことを規格野菜と呼ぶ

そうです。規格野菜は、大きさによってS・M・L、色や形、品質によっ

てA・B・Cなどに振り分けらているそうです。

 

 規格外野菜は、曲っていたりキズがついていたり、大きすぎたり小さす

ぎたり、或いは色づきがよくないなどの理由で、規格外とされた野菜を指

します。

 

 で、こうした規格外野菜は、一部は加工食品用などとして流通している

ということですが、大部分は流通することなく廃棄されているとか。その

廃棄率は生産量の約4割にも達するといいます。

 

 こんな事実を知ってしまうと、私たちは思う訳です。ああもったいない、

と。消費者が曲がったきゅうりなどを買わないから、こんなもったいない

ことになっているのだ、と。

 

 貴方もそう思うでしょ。

 

 でも、ちょっと待って下さい。今回大手のスーパーなどが規格外の野菜

を販売しても、消費者の反応は悪くはないのです。曲がったきゅうりでも

別に構わないよ、と。つまり、生産された野菜のうち4割が規格外という理

由で廃棄されているのが事実であるとしても、それは全て消費者のせいな

のでしょうか。ひょっとしたら生産者の側にも何らかの理由があるのでは

ないでしょうか。

 

 今は、野菜が品不足になっているから規格外野菜に光が当たってます。

そして、規格外野菜を市場に供給するように声をかけている農水大臣は、

なんだか消費者のために活躍しているようにさえ映ります。

 

 しかし、よ〜く考えて下さい。今は、供給不足になっているから規格外

の野菜を市場に出しても問題がないのですが、もし、通常時に規格外野菜

を市場に出したらどんなことが起こるでしょうか。

 

 いつもは4割も廃棄されているということは、100生産しても、需要が60

しか存在せず、60の供給で間に合っているということです。ですから、通

常時に規格外の野菜を全部市場に出すことになれば、60しか需要がないの

に、100の供給がなされることになって‥

 

 もう、どうなるかお分かりですね。つまり、野菜の価格が暴落してしま

うわけです。時々起こるではありませんか。キャベツが採れ過ぎたりして

トラクターでキャベツを処分する風景。

 

 要するに、消費者が曲がったきゅうりを嫌うことが、規格外野菜を大量

に廃棄している理由だなどと言われているわけですが、本当の理由はそう

ではないのです。曲がったキュウリまで市場に出してしまうと、供給が多

くなり過ぎて価格が暴落するので、生産者側の都合で余った野菜を処分し

ているだけの話なのです。もちろん処分する際は、価値の安い野菜を処分

した方が、都合がいい訳ですから、安い値段しかつかない規格外野菜を先

ず処分する、と。それが通常時の姿なのです。

 

 もちろん、消費者側が規格に合った野菜を求めようとする姿勢があるの

は否定しません。同じ価格であれば、見た目がきれいな方を選ぼうとする

のは、人情というものでしょう。特に虫が食った跡があるようなものは嫌

ですから。しかし、そうした規格外野菜でも、規格から外れた程度に応じ

て価格が安かったら、規格外でも買いたいという消費者は必ず存在するの

です。そして、そうして規格外の野菜が売れる分、規格品の方の売れ行き

が落ちることになるので、農家としての手取りは減ってしまう、と。

 

 

 

3.自給率と食糧不足

 

 いずれにしても、このように野菜など食糧の供給不足という事態が発生

するとテレビのワイドショーは必ずと言っていいほど跳びつきます。何故

ならば、この手のネタは視聴者の食い付きがよいことが経験的に分かって

いるからなのです。他にもあるでしょう? スキャンダル、下ネタ関係、

お金儲けの話‥

 

 食べることは人間が生きていく上で欠かせない行為であり、また、大い

なる楽しみでもあります。特に美味しい食べ物には目がない、と。だから

食べ物の話題は視聴率を稼げる訳なのです。

 

 で、どういうわけか、我々日本人の多くは最近になって、急に食糧自給

率の低さを心配し、そのために政治家も食糧自給率のアップを訴えること

が多くなっているのです。お気づきですよね。

 

 テレビのコメンテーターやテレビに出演する政治家は言います。こんな

に自給率が低いのは日本だけだ、と。自由貿易が大切だと主張するヨーロ

ッパの国々も農業だけは別扱いで、食料の自給率は高いのだ、と。

(この先も続きますが、とりあえずここまで)



 以上は、本日配信した経済ニュースゼミ有料版の一部です。要するに
番宣みたいなものですね。



 消費者が規格外の野菜を嫌うから規格品しか売られていないというの
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