経済ニュースゼミ

小笠原誠治の、経済ニュースを通して世の中の動きを考察するブログです。地球温暖化阻止のために石油・石炭産出権取引を提唱します。産出権取引は排出権取引とは違います。みんな勘違いするのです。

カテゴリ: 野田総理

 野田首相が新経済対策を策定するように関係閣僚に指示する方針なのだとか。

 私としは、呆れてしまうというのが本音。

 ただ、結論を急ぐ前に、もう少しこの件に関する事実関係を確認しておくならば‥

・10月の月例経済報告で景気の基調判断を3カ月連続で下方修正するなど、経済情勢の先行きに不透明感が増してきた →→てこ入れが必要

・経済対策の中身は、震災の復旧・復興対策や日本再生戦略で打ち出した事業の前倒しが中心となる見込み

・財源は、今年度予算の予備費を充てる(予備費は、一般会計分と特別会計分を合わせて、1兆3100億円ある)


 私がこのニュースを知ったときに直ぐ思い浮かんだことは、「選挙も近いのだな‥」ということでした。捻じれ状況のなかにあって、にっちもさっちも行かなくなった政権。こうなれば選挙しかない。しかし、選挙を有利に戦うためには、なんといってもお金をばら撒くことが必要だということで‥そんなこと、以前にもあったでしょ?

 そうそう、あの福田総理の時代を思い出したのです。

 私、正直に言いますけど、3年前に政権交代を望んだ多くの国民の一人なのです。自民党的な手法決別して、新しい日本にして欲しいと。その一心で票を投じたのに、民主党政権もこうしてまた同じような手法を使おうとしているのです。

 ついでに言っておきますが‥民主党に対する人気を急落させた張本人の一人ともいうべきぽっぽちゃんが民主党の最高顧問に返り咲いたのだ、と。どういうこと?

 話を、経済対策に戻しますが‥今、復興予算の不適切な使用に関し、これだけ国民から批判を受けているなかでこうやってまたしても予算の大盤振る舞いをするのですか、と言いたい。

 もちろん、予備費財源を手当てするのであれば国民は直ぐに負担が圧し掛かる訳ではないのですが‥そんなことを繰り返しているから、どれだけ消費税を引き上げてもおっつかない状況になっているです。

 そのことが一番わかっているのが野田総理ではなかったのか? だから、健全財政路線に舵を切ったのではないのか?

 百歩譲って、今日本が、他の先進国と比べて失業率が極めて高いというような状況にあり、そうした状態から抜け出すためにどうしても必要だというのなら少しは分からないでもないのですが‥今の日本は、米国や欧州と比べてそれほど酷い状態にあるというのでしょうか?

 決してそんなことはないのです。

 そもそも、昨年度の復興予算にしても、大規模な予算を組んだのはいいが、結局、それだけの莫大な予算を消化することができずに、何兆円も余らせてしまったではないですか?

 そういったことに対する反省はどこにあるのでしょう

 もちろん、震災の復旧・復興事業を前倒しで行うことには異存はないのですが、そんなこと、別に経済対策を策定しなくても、当然やるべきことではないですか?

 そして、そうやって復旧・復興事業を積極的に進めた結果、お金が足りなくなったというのであれば、そのときは改めて国民に訴えればいいのです。

 それに‥言いたくはないですが、日本再生戦略で打ち出した内容というのも、殆ど国民の理解を得ているとは思えないのです。

 野田総理は言いました。「こくみん、みなでともにつくるくに、きょうそうのくにをぜひじつげんさせたい」

 如何でしょう? 「きょうそうのくに」と言われてどう思います。ちんぷんかんぷんでしょ?

 「きょうそうのくに」は「共創の国」なんですって。決して「競争の国」ではないのです。

 しかし、そんなへんてこな日本語を使って幾ら恰好をつけても、国民は誰もついて来ないのです。

 それが今の政権の姿です。

 いずれにしても、復興予算の変な使い途に対してこれだけ国民が怒っているのに、その反省も十分でないまま、またぞろ訳の分からないことに、つまり「きょうそうのくに」を実現するために国民が増税に耐えなければならないとすれば、経済は元気になるどころか、もっと萎れてしまうような気がしてならないのです。

 政治家に言いたい。

 余計なことは止めて欲しい。特に選挙の絡みでお金を使うようなことは止めて欲しい。

 今一番大切なことは、特例公債法など必要な法律を早期に成立させることであり、それができないというのであれば、早く解散をして国民に信を問うた方がいいのではないでしょうか。

 それができずに、何が経済対策だというのでしょう。

 

 復興予算を好き勝手に使うことができなくなったので、今度は経済対策という名目でお金を使おうということなのか、と感じた方、クリックをお願い致します。
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 国による尖閣購入が決まりつつあるようで、何とも中途半端な立場に追い込まれた石原都知事。

 それにしても、貴方は国が尖閣を購入することをどう思うでしょう?

 私は、これが都知事が尖閣購入の話を打ち出す前であり、或いはその話の後でも、尖閣に対する実効支配を強める目的で国が尖閣を購入したいというのであれば、大歓迎をしたでしょう。

 都知事にしても、そもそも都が尖閣を購入するなんて筋違いな行動だと認めていた訳ですし、また、国が尖閣を購入した上で船溜まりなどを建設してもらえば、それなら国の購入を認めたいとまで言っていたからです。

 では、国は今になって何故尖閣を購入しようとするのか? しかも、20億5千万円も支払って。

 はっきり言って私には、今国がやろうとしていることは、国民に対する背信行為に思えてならないのです。

 何故そう思うのか?

 そもそも国は、石原都知事が尖閣購入の案を出すまで、尖閣を購入する意志などなかったのです、全然。むしろ、目立った行動は慎むべきで、決して中国を怒らせないことを優先すべきだ、という考えでした。

 その政府が、今尖閣を購入しようというのです。

 何故?

 結局、政府としては、東京都が尖閣の所有権を取得し、そしてそこに船溜まりなどを建設して日本人が常駐するような状態になれば、それこそ中国を刺激するので、それだけは何とかして避けたいという思いで尖閣の所有権を確保しようとしているのです。

 つまり、日本政府は、尖閣に対する実効支配を強める意図など全然なく、それどころか日本人が尖閣には上陸しない、資源調査などをしない、そして建物などを建設しないという今までの暗黙の約束を守るために、尖閣を購入しようとしているのです。

 いいのですよ、幾ら尖閣が日本固有の領土だとしても、日中間でこの問題を先送りしようとしたからには、そうした曖昧な態度を取ることもあるでしょう。

 しかし、中国の態度は明らかに変わってきているのです。曖昧なままで済ませるのではなく、尖閣は中国の固有の領土であり、核心的利益とまで言っているのです。

 そうして、中国が自国の領土だと強く主張したり尖閣上陸などの事実行為を重ねるなかで、日本側のみが問題先送りの姿勢を取り続けると、将来待っている事態はどんなものになるでしょう?

 そんなこと容易に想像がつくと思うのです。だから、石原都知事のみならず国民も憤っているのです。そして、恐らく尖閣の所有者も日本の領土を守ることを第一に考えたからこそ、石原都知事と話し合いをしてきたのでしょう。

 でも、不可解なことがあるのです。

 では、何故その島の所有者は、日本政府に所有権を譲渡してもいいという考えているのか? そして、都知事までやけくそ気味に野田総理を批判はするものの、国による尖閣の購入を認める発言をしているのは何故か?

 これから先は、何の証拠もない推論に過ぎません。

 国というのは、絶大なる力を持つ存在です。米国や中国には、ただ相手の顔色を伺うような発言しかできない日本政府も、国民に対しては相当のプレッシャーをかけることができるのです。プラス、鞭だけではなく飴もちゃんと用意しているのです。

 先ず鞭について。例えば、国家権力の機構として、徴税機関や情報収集機関を有している、と。私が何を言いたいかお分かりでしょう。

 そして、その国が「貴方の土地を売って欲しい」と言えば‥しかも、相場よりも遥かに高い価格を提示すれば、誰が拒否できるでしょう。幾ら愛国心があるとはいえ、国の方は「中国との関係をそんなに悪化させたいのか」なんて脅かしをかける恐れもあるのです。

 飴の方と言えば、官邸や外務省は機密費を自由に使えるので、幾らでも正規の売買代金に上乗せすることもできる、と。

 都知事に対しても、そうした権力を行使するようなそぶりを見せれば、否、何も言わなくても有形無形に圧力をかけることができるのです。

 いずれにしても、政府或いは外務省は、尖閣は100%日本固有の領土だと言い張るものの、その一方で、尖閣に日本人は上陸してはいけないとか、船溜まりを作らないとか、まるでその島に対する中国の言い分を認めるような行動を続けているのです。そして、今回の国による尖閣の購入も、まさにそうした今までの外交方針の延長線上にあるのです。

 しかし、そうして穏便に事を済まそうとする政府の方針に反対したからこそ、都知事は尖閣の購入案を打ち出し、そして国民のなかにはそれに賛同して募金までする人々が現れたのです。

 都知事は、募金は国に渡すなんて言っていますが、それも募金者に対する背信行為ではないのでしょうか?

 国が尖閣を購入すると言えば、日本側が尖閣に対する実効支配を強める姿勢の一環かと思う国民もいると思うのですが、実際は全然そんなことはないのです。

 都知事の言うように、国がせめて船溜まりを作り日本の実効支配を確実なものにすると約束するなら募金を国に引き渡してもいいでしょう。しかし、国はそんなことは全然考えていないのです。

 では、何故そこまで国は中国に気を使うのか?

 先日、在中国大使の公用車が、突然公道で止められて、国旗を奪取される事件が起きました。

 日本を代表する大使の車が公道で易々と止められ、そして簡単に国旗を奪い去られるなんて、他の国からみたらお笑い草かもしれませんが、恐らく関係者には相当の恐怖心を与えた可能性があるのです。

 しかし、そんな卑劣なことまでしても愛国無罪を叫ぶ国、それが中国。

 そして、今回の国による尖閣の購入にしても、中国側の報道官は「国家の領土や主権を守るため必要な措置をとる」とまで言っているのです。

 まあ、私のような一般の国民は、そのような中国側の反応に対して気分を害するだけなのですが、中国に赴任しているビジネスマンなどは大変神経質になっていると思うのです。

 つまり、そのことが日本政府や外務省が恐れている最大の原因なのです。結局、中国は好き勝手にどんなことでもやるから‥と。プラス、その中国を相手にしないでは日本経済の発展もままならぬ、と。

 しかし、経済大国の日本が、そうした理不尽な中国の要求に屈するようであれば、フィリピンやベトナムなど中国との間で領土問題を抱えている国はどう思うことでしょう。

 無理が通れば道理が引っ込む。

 だから小日本なんて馬鹿にされてしまうのです。


 
 野田政府のやり方は、竹島の問題に関する先日の会見と違い全然毅然としていない、と思う方、クリックをお願い致します。
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 先日、野田総理が、非常に珍しく国民に向かって語りかける出来事がありましたが、皆様はご覧になったでしょうか?

 総理が国民に自分の考えを分かり易く伝えることは大いに結構。それどころか、もっともっとそうした機会を設けるべきであるのです。しかし、現実には、これまでそのような機会はほとんどなかった、と。

 私としては、特に領土に拘わる問題だとか、原発の問題だとか、消費税増税の問題だとかについては、これでもかこれでもかというほど総理が国民に語りかけるべきだと思うのです。

 但し、語りかけるに当たっては、当然内容をよく精査した上で、国民の疑問にも直ぐに応えられるものでなければならない、と。

 では、今回の総理の原発再稼働に関する会見について、国民は納得することができたのでしょうか?

 答えは、ノーなのです。

 私を含め、多くの人は、総理の話は必ずしも納得できるものではない、と。但し、総理が真面目に語りかけるものだから‥まあ、そこまで言うのであれば、そうするしかないのかな‥なんて自分にそう思い込ませようとしているだけでしょう。

 大体、総理が責任を持つと言われたって‥、ね、そうでしょ?

 いずれにしても、世の中にはどうしても原発の再稼働を許せない人々がいる、と。

 ネット上では、原発の再稼働に反対する人々のデモ行進の模様が動画で配信されていて、全国には再稼働に強く反対する人々がこんなにいるのだと再認識させられる訳ですが、どういう訳かテレビではそれを全く報じない、と。だから、テレビが主な情報源となっている一般の人々は、原発の再稼働に反対する人々がそんなにいるなんてことには気が付かずに済んでしまうのでしょう。

 それに、サラリーマンや役所勤めの経験がある人なら分かると思うのですが、幾ら個人的に原発の再稼働に反対であっても、敢てそうした意見を職場のなかで表明するとなると、何かと波風が立ち‥そうなるとどうしても大勢に流される結果になり、結局、なるようにしかならない、と。

 まあ、そういうことから、私は、自分の意見を率直に述べる人に対してはある種のリスペクトを感じるのです。

 先日、私の家の近くで、緑の鯉のぼりがある家の戸にぶら下げられているのに気が付いたのですが‥

 まだ、鯉のぼりがぶら下げられているのか‥なんて思っていると、その鯉のぼりのおなかのところに、原発反対なんて書かれていたのです。よっぽど原発の再稼働に懸念を感じているのでしょうね、その方。

 それはそうとして、何故野田総理は原発の再開に理解を示すのか?

 どうしてだと思います? 前の菅総理などは、むしろ原発の廃止をテーマにして選挙をしたいなんて言っていたほどなのに、その正反対。

 野田総理は、関係の大臣たちと何度も相談した上で、結論を出したなんていう訳ですが、誰からみても、最初から結論ありきにしか見えないのです。

 そうでしょ? 違いますか?

 つまり、原発関連の利権が野田政権に対しても手を伸ばし、野田総理と舞台裏で手を握っているとしか思えないのです。

 もし、原発の再開に理解を示してくれれば、今後有形無形に最大限の支援をしましょう、と。もちろん、消費税増税の実現にも力を貸すぞ、と。

 ただ、私たちは、もっと大事なことに気が付く必要があるのです。幾ら野田総理が、消費税増税実現に身を捧げようとしようとしているとしても、もちろん原発の安全性の確保についても、それと同じ位注意を払う必要があるのは、野田総理自身が気が付いていると思うのです。

 彼だって、もし、自分の判断が原因で、再び原発事故でも起きたら、何と言い訳していいか分からないので、そう簡単に原発の再稼働を認めることには躊躇があった筈なのです。

 でも、結局、原発の再稼働を認めることにした、と。世の中には、こんな地震の多い国に原発を設置するなんてとんでもないことだ、なんて批判が多いにも拘わらずです。

 では、何故野田総理は、原発再稼働を認めるのか?

 それは、彼がどんな判断を下そうとも、結果に大きな違いはないからなのです。違いがあるとすれば、原発の再稼働を認めなければ、この夏停電が発生する確率が高くなることだけだ、と。

 事故の可能性は?

 皆さんは、原子力発電所は、仮に稼働を停止させていても、そこに地震や津波が襲えば、稼働している原子力発電所と同じように、やはり危険な状態になることをご存じだと思うのです。それが我々が福島の事故から学んだ教訓であるのです。例えば、定期点検のために稼働を停止中であっても、
決して安心することはできないのだ、と。

 つまり、今稼働が停止している原子力発電所をそのまま動かさないことにしたとしても、それが100%安全になるためには、相当長い年月が必要であることから、だったら動かしても、自分の判断によってリスクが高まることはないと、そう自分に言い聞かせているのではないのでしょうか。

 では、何故それを国民にも言わないのか?

 でも、そんなこと口が裂けても言えないと思っているのです。

 当初、福島第一が爆発を起こして放射能を大量にまき散らしてときに、東電はいきなり説明もせず、汚染した水を海に放出してしまうことがあり、後日漁業関係者から大変叱責される羽目になったのですが、何故あのとき拙速に判断してしまったのか?

 それは、もう既に海も相当に汚染されていて、低濃度の汚染水を放出したからといって、結果に変わりがある訳ではないと考えたからなのですが‥でも、そんなことを地域の人々にいう訳にもいかず‥

 今回の判断も結局、同じようなものであるのです。

 もう我々は危険な船に乗っていて、今更船から降りることもできないのだ、と。

 船からどうしても降りたければ、長期的な計画を立てて、少しずつ脱原発を推し進めるしか仕方がないということなのです。





 総理が責任を持つと言っても、何の意味もない、と思う方、クリックをお願い致します。
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 野田総理が13日、中国の温家宝首相との会談で次のように述べたのだとか。

「中国が尖閣諸島周辺を含む海洋での活動を活発化していることが日本の国民感情を刺激している」

 まさにそのとおり! よく言った。

 日頃中国との関係を重視する発言を続けている日本のマスコミは、この程度のことを総理が言うのも相手を刺激する発言と受け止めるのだろうか、それとも、この程度は当然言うべきことだと考えるのだろうか?

 ただ私としては、今回も中国側が、尖閣は中国固有の領土だと言ったと言うので、そのような発言は止めて欲しいと総理は言うべきであったと思うのです。

 でも、思っていたよりも総理が国民の思いを代弁してくれたようで、少しだけ野田総理を評価したい気持ちになりました。

 ただ、褒めるのはそこまで。褒めても長続きしないでしょうから。

 ところで、その野田総理が、先日、ウォールストリートジャーナルの円高・デフレ対応に関するインタビューに対して次のように言ったのだとか。

 「日銀でも問題意識を共有しながら、適時適切に果断に政策運営をしてもらうことを期待している」

 うーむ‥野田総理は一体どのようなことをイメージしているのか?

 彼を含め多くの政治家が日銀に対し、何かをやって欲しいと望んでいるというのは分からないでもない。しかし、問題は、一体何を日銀ができるかなのです。

 デフレ脱却のために、少々荒っぽいことをしてもいいから、先ずはインフレを起こすべきだ、と総理は考えているのか?

 「果断に」という表現からは、そこまでのことが読み取れない訳でもないのですが、しかし、総理がそこまで考えていると思うのは少し行き過ぎか?

 では、そのように言われた当の日銀総裁は、どこまでのことを考えているのか? 野田総理から思い切ったことをやって欲しいと言われて、マイルドなインフレなら起こしても構わないと考えているのでしょうか?

 いずれにしても、これまで散々政治家の扱いに悩まされてきた日銀総裁だけに、自分の思いを率直にいうことなどない訳ですが‥日銀の白川総裁は、朝日新聞のインタビューに答えて、次のようなことを言ったのだとか。

 「通貨の安定を支えているのは財政の持続可能性だ」

 「日本の財政が持続できないと思われれば、国債が売られる。国債を大量にもっている金融機関は大きな損失を被り、経済に悪影響がでる」

 「(金融システム危機を防ぐため、日銀が国債を大量に買い支えれば)制御不能なインフレになるのが歴史の教訓だ」

 さあ、この白川総裁の発言をどのように解釈すべきなのか?

 財政再建の重要性を敢て訴えて、野田総理が推し進めようとしている消費税増税の動きを援護しているということなのか? だとすれば、野田総理は喜ぶべきなのか?

 でもその一方で、白川総裁は、インフレの怖さを説くのですが、それは、野田総理などが果敢な措置を取れと言うことに対する、拒絶の言葉であるということなのか?

 まあ、本日、私は白川総裁の考えの当否を問うことは致しません。

 ただ、いずれにしても、このような曖昧な発言を繰り返す限り、市場が白川総裁の思いを真に理解することはないと思うのです。バーナンキ議長などの考えに従えば、市場との対話ができないでいて、どうやって効果的な金融政策を展開できるのか、と。

 結局、白川総裁は、野田総理を含む政治家たちを中国に見立てて、相手を刺激しないことにばかり注意を向けているとしか思えないのです。

 ということは、白川総裁と外務省は似たもの同士になるのです。



 デフレ脱却を目指しつつも、日銀はだからといってインフレを起こせばそれでいいとは思っていないのだ、と思う方、クリックをお願い致します。
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「ここ数年で最も賢明なリーダー‥米紙が野田首相を評価」なんていう見出しが目についたのです。

 私だって日本人。その日本人の代表である首相が海外で評価されるとなれば、悪い気はしないというのが本音です。

 でも、今まであんなに相手にされなかった日本の首相が、何故今評価されているというのでしょうか? 読売新聞にはこんな風に書いてあるのです。

 「米紙ワシントン・ポスト(電子版)は19日、野田首相へのインタビューをもとに「日本は難しい決断ができるか」と題する記事を掲載した。
 記事では、首相が取り組んでいる四つの「困難な問題」として、消費税率引き上げ、原発再稼働、沖縄の米軍基地再編問題、環太平洋経済連携協定(TPP)参加を挙げた。
 首相はこれらに同時に答えを出そうとしているとし、「ここ数年で最も賢明なリーダー」と評価している。」


 なんとなく記事が伝えようとしている意味が分かるような気もしますが、ここは原文をチェックする必要があるでしょう。

 Can Japan make the tough decisions?

 タイトルは、「日本は難しい判断をすることができるか?」

 ふーむ‥タイトルからは、野田首相が優秀だなどと言うニュアンスは伝わってこないのです。

 The question here is no different than in Europe or the United States: Can democracies still rouse themselves to do hard things?

「ここでの問題は、ヨーロッパや米国での問題と異なることはない。民主主義は、苦い薬を飲むことができるか、ということである」

 Here, it is prime ministers who come and go, while indebtedness rises (Japanese government debt is 230 percent of gross domestic product, compared with 103 percent in the United States , according to a new report from the International Monetary Fund) and other problems get kicked down the road.

 「日本では、首相が簡単に入れ替わる。その一方で借金は嵩む(IMFの最新の報告書によれば、米国の政府債務残高はGDPの103%であるのに対し、日本政府の債務残高はGDPの230%に達している)し、その他にも先送りしている問題がある」

 “The greatest problem in Japanese politics over the last two decades is that we put off what needed to be done,” Noda told me and

 「「過去20年間における日本の政治の最大の問題は、やるべきことを先延ばししていることだ」と野田は私に言う」

 Noda has vowed to double the consumption tax, a kind of national sales tax, from the current 5 percent.

 「野田は、消費税を現在の5%から倍増すると誓った」

 He wants to restart at least some of Japan’s 54 nuclear power plants

 「彼は54基の原子力発電所のうち少なくても幾つかを再開したいと望んでいる」

 He is trying to resolve a long-festering dispute over U.S. military bases in Okinawa.

 「彼は、長い間議論になっている沖縄の米軍基地問題を解決しようとしている」

 And he wants Japan to join free-trade negotiations in the Pacific region that alarm this country’s coddled rice farmers.

 「そして彼は、コメ農家が警戒しているTPPに参加しようとしている」

“It’s really a question of political culture,” Noda told us, an issue of whether Japanese politicians “can act in the national interest.”

 「全く政治文化の問題であると野田は言う。日本の政治家が国家的見地で行動することができるかどうかの問題だ、と」

 ここまで読んできても、まだ野田首相が評価される理由が分からないのですが‥

 Administration officials appreciate that Noda has moved the U.S.-Japan alliance back to the center of Japanese strategy after his predecessors flirted with “balancing” between China and the United States. Noda said Thursday that his “unshakable conviction” that the alliance is “the foundation of Japanese security” was only fortified by U.S. help during the March 2011 disaster.

 「政府関係者は、彼の前任者が中国と米国を天秤にかけて弄んだ後で、野田が日米同盟を日本の戦略の中心に戻したと評価する。野田は木曜日、日米同盟が日本の安全保障の要であるというゆるぎない確信が2011年3月の震災後のアメリカの支援によって強化されたと述べた」

 では、やっぱり日米同盟に関する野田氏の考えが評価の理由だということなのでしょうか?

 そうなのです、その後の文章で、グアムへの移転経費の話も出てきますし‥

 で、最後にこんな文章が出てくるのです。

 But after two relatively flamboyant but utterly clueless premiers, Noda’s solidity is welcome.

 「しかし、2人の派手で無能な総理の後では、野田の堅実さは歓迎されるのだ」

 結局、野田総理は、金魚でなくどじょうであり、しかもアメリカに対する気遣いができるので、愛い奴だということになるのでしょうか。

 まあ、あの方たちと比べれば、どんな総理だってまともに見えることでしょう。特に最初の方は、米国より中国の方を向こうとした訳ですから。

 でも、そういう米国も、日本と中国を天秤にかけて弄ぶようなことをしているのですよね。

 
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 就任当初から批判の矢面に立たされている田中防衛相も、最近では哀愁さえ誘ってしまいます。本当に漫画のキャラクターにぴったり。

 でも、ご本人はどんな風に感じているのでしょう? 1日でも長く防衛大臣の職務を続けたいと思っているのでしょうか? それとも、本当は防衛大臣の職を辞したいと思っているのでしょうか?

 しかし、幾ら憎めないところがあるにしても、それでは国民が困るのです。

 はっきり言って、田中氏は少なくても防衛大臣としては適任ではないということでしょう。そのことを一番よく分かっているのは、奥様とご本人。

 しかし、政治家たる者、大臣や総理の椅子を目指して日夜頑張っている訳ですから、声がかかった以上断る訳にもいかない。

 それにしても、任命権者の責任は大きいのです。野田総理は、組閣に当たって何と言っていたか? 彼が言っていたのは、適材適所だ、と。

 どう考えてもおかしい。野田総理もそれは分かっていた筈。でも、何らかの理由によってどうしても田中氏を防衛大臣にするしかなかった、と。まあ、政治家などというものは、本当のことをいうことが珍しいくらいですから、これくらいで驚いていけないのでしょう。

 でも、野田総理の、次の発言はどのように理解したらいいのでしょう?

 「無知の知との言葉もある。法律の条文はわからなくても判断力はある」

 はっきりいって、もう勘弁して下さいというのが、国民の心情であるのです。

 無知の知?

 皆さんは、無知の知という言葉の意味をご存知でしょうか?

 そうです、この言葉は、ソクラテスが言ったとされる言葉です。

 では、無知の知を引用した野田総理は、その意味を正確にご存じなのか?

 総理はこのように言ったのです。

 「法律の条文はわからなくても判断力はある」

 断定はできませんが、総理は無知の知の意味を勘違いしているか、或いは忘れたとしか思えないのです。

 何故ならば、総理の言いたいことは、専門知識はなくても健全な常識があれば、組織の長の仕事は務まるということだけだからです。つまり、本来の「無知の知」の意味とは全然違う。

 無知の知の本来の意味は、自分の知識が完全でないこと、或いは自分が知らないということをよく認識しているということなのです。

 ということは、仮に、無知の知を田中氏が心得ていたとすれば、大臣の職に就かないかと言われても、自分の知識は極めて不十分だから大臣には相応しくないと自ら申し出るべきであったのです。

 しかし、田中氏は防衛大臣のポストを受け入れた。つまり、自分の無知について真に理解していなかったからこそ、大臣に就いてしまったのです。

 多くの政治家にとって無知の知という言葉ほど相応しくないものはないということは、ソクラテスの弁明を少し真面目に読んだことがある人であれば、すぐ分かるのです。

 私は、総理が無知の知を意味を十分認識しているとはとても思えないのです。



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 野田総理が、本日の参院予算委員会で、日銀が年1%の物価上昇を目指すと2月に決めたことについて「実現に向けて努力し、適切、果断な金融政策を講じていただけると強く期待している」と述べたとか。


 これ、簡単に言えば、総理もマイルドなインフレが起きることを期待しているということです。

 確かに、長引くデフレのなか、多くの人がそのような思いを抱くのも分からないではないのですが、でも、行政府のトップがそんなことを言うのは、とても奇異な感じがするのです。


 昨日も、日曜日午前のテレビ番組を見ていたら、いつものように政治家がテレビ出演し、思い通りのことを言っていました。


 言っては悪いが、前原氏は、一体どんな政策を実現したいのか? どんな世の中にしたいのか? 全然伝わってこないのです。ただ、流行の言葉を並べただけの発言です。


 野党の茂木議員も出演していました。この方、政治家としては割に常識的な人と、これまでは好意的に見ていたのですが、こと経済政策に関しては、私と全く正反対の意見を有しています。


 まあ、特に変わった意見ということもないのですが、日銀と政府はアコードを結び、そして日銀は物価目標値を採用すべきだ、なんて。


 私は、物価目標値の採用なんて殆ど意味のないことだと思っているのですが、本日はそうしたアイデアのおかしさを解説しようというのではないのです。そうではなく、仮に、物価を引きあげることを政府が期待するとしても、では何故自分でできることをしないのか、と言いたいのです。


 物価をコントロールするのは、日銀の専権事項だから?


 確かに、物価を落ち着かせる有効な手段を有しているのは、中央銀行だと言えましょう。では、インフレを起こすのも、中央銀行は得意であるのか?


 そんなことはないのです。物価を引き上げる、つまりインフレを引き起こすのは政府の18番であることは歴史を振り返ればすぐわかるのです。つまり、政府がじゃんじゃんお金を支出すれば、インフレはたちどころに起きる、と。お金がなければ、国債を発行して、それを日銀に引受させれば済む、と。


 また、過去何度もそのようなことをして古今東西の政府がインフレを引き起こしてきたので、そういった経験を踏まえて中央銀行の制度が作られているのです。


 だから、本当にインフレを起こしたいとしても、政府は何も日銀に頼む必要などないのです。


 ここまでのことはお分かりでしょうか?


 しかし、今政府が考えていることは、お金をじゃんじゃん使うことではなく増税をすることですから、インフレを起こさないようなことを自分たちではやっておいて、その一方で日銀にはインフレを起こして欲しいと頼んでいるということなのです。


 では、やっぱり、現在の政府はインフレを起こす手段を持たないので、日銀に頼ることは合理的だと言えるのでしょうか?


 でも、そうでもないのです。というのも、確かに日銀券を発行するのは日銀の役目であるのですが、政府は、500円玉や100円玉を発行することができるのです。もし、政府がどうしてもインフレを起こしたいと言うのであれば、コインをどんどん発行すればどれだけでもインフレに貢献するのではないでしょうか?


 さあ、如何でしょう?


 しかし、実際に政府がやっているのは、それと反対のことなのです。


 政府は、コインが市場に大量に出回り過ぎ、市中銀行を通して日本銀行に還流してくると、それを回収していることをご存知でしょうか?


 何故、政府は、コインを市場から回収するようなことをするのか?


 さあ、インフレターゲット論者は、これにどう答えるのでしょうか?


 結局、コインにしたってお札にしたって、キャッシュで保有する以上、利息が付くことはないので、人々は必要以上のキャッシュを保有しようという気にはならず、幾ら政府や日銀がその気になっても、通貨の通量を無限に増やすことはできないのです。


 それでも、どうしても流通量を増やしたいというのであれば、お札を空からばら撒くようなことしかなくなる訳ですが、そうなれば誰がそんな政府を信じるでしょうか?


 その時、確かにインフレが起きる。というよりも、空から撒かれたお札など人々は見向きもしなくなってしまうでしょう。


 そうやってインフレが起きても、何がいいことがあるのでしょうか?




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 被災地のがれきの処理がなかなか進まず、政府は何をしているのだ、なんて批判があるのですが、貴方はどのようにお考えでしょうか?

 確かに、地震や津波のせいで発生したがれきが処理できないままでは復旧・復興がままらないのはそのとおりです。ですから、一日も早い復旧・復興を望むのであれば、政府に迅速な対応を求めるのは当然と言えば当然!

 しかし、私は敢て異を唱えたい。がれきの処理は早ければ早いほどいいのか?

 こんなことを言えば、恐らく私は批判の嵐にさらされることでしょう。お前は何ということを言うのか! 血も涙もないのか、と。

 では、仮に1日でがれきの山が一掃されるようなことを想像してみて下さい。亡くなられた方には気の毒ですが、生き残った人々は、ひょっとしたら1年前の災害の恐ろしさをそれほど思い出さなくなり、また低地に住むことを選択するようになってしまうかもしれないのです。そんなことでいいのでしょうか?

 何故これほど大量のがれきが発生したのか?

 それは、地震と津波の規模が未曾有のものであったからなのです。規模が大きいので多くの方がなくなり、多くのがれきが発生したのです。しかしよく考えたら、過去東北地方は何度も津波の災害を経験しており、そして多くの人を亡くすという出来事を繰り返しているのです。もっと過去の経験から学び慎重に行動していたら、これほど多くの被害者を出さなくても済んでいた可能性が大きいのです。

 つまり、我々は、がれきの山をみて、我々の行動をもっともっと真剣に反省する必要があるのではないでしょうか。そして、亡くなった人々の魂を慰める必要があるのではないでしょうか。

 従って、そうした真摯な反省がある前にがれきの処理が進んでしまうことは、むしろマイナスの面があると考えた方がいいのではないでしょうか?

 では、仮に、我々が十分反省をしたとして、その後、どうやってスピーディーにがれきを処理したらいいのか?

 ご承知のように、今全国の地方自治体で、がれき処理を巡る議論が繰り広げられているのです。そして、政府は、政令指定都市にがれき処理の受け入れを要請するのだと報じられているのです。

 地方自治体の首長としては、総理から要請されれば、なるだけなら要請に応えたいと考えるかもしれません。何故ならばそうやって政府に恩を売ることによって、後々何かと便宜を被ることができるかもしれない、と。しかし、それと同時に、住民の声も大変に気になるのです。果たして地域の住民がすんなりがれきの処理受け入れに理解を示してくれるのか、と。

 報じられるところによれば、地域住民の立場としては、むしろ否定的な反応を示すところが多いようであり、これではなかなかがれき処理が進む公算は小さいのです。

 何か名案はないのか?

 実は答えは簡単であるのです。経済学の原理を応用すれば済むことなのです。

 つまり、がれき処理の受け入れに関して、入札を実施すればいいのです。もちろん、放射能汚染などがないがれきの処理に限られるのですが、全国各地の自治体を相手にがれき処理の入札を実施し、最も安いがれき処理費用で受け入れてよいと言ったところから順番にがれきの処理を政府ないし被災地が委託をすれば済むのです。

 もちろん、がれきの処理に対し地域住民がなかなか理解を示さない状況では、がれきの処理費用が高くつくことになるのですが、その費用が高ければ高いほど、がれき処理を受け入れた自治体は政府や被災地から多額のお金を得ることができ、そしてまた、がれき処理という仕事が生み出されることによって地域経済の下支えにもなるのです。

 そして、もし、そうやってがれき処理に協力することによって懐が潤う自治体の様子が全国に知られるようになれば、うちの県でも、或いはうちの市でも受け入れたらどうかという動きが起こり、がれき処理費用が徐々に安くなることが予想されるのです。

 いずれにしても、そうやってお金で解決することが一番すっきりしているのに、何故政治家はそのような案を出さないのでしょう?

 それは多分日本人のメンタリティに合わないと勝手に想像しているからだと思うのですが、実際にやってみれば、それほど支障はないと想像されるのです。

 大事なことを言っておきたいと思いますが、がれきの処理の入札に参加する自治体のなかには、被災地自身を含めることがポイントになるのです。つまり、高いお金を支払って他の都道府県などに処理をお願いするくらいなら、少々年月はかかってもいいから、自分の県や市で処理をしたいという自治体もあるでしょうから、被災地自身もがれき処理の入札に参加させるべきであるのです。

 そして、もし被災地の多くが、他の都道府県の支援を頼む必要がないというのであれば、時間をかけて地元でゆっくりと処理をすればいいだけの話であり、また、そうではなく一刻も早くがれきの処理を進めたいというのであれば、多少のお金を犠牲にして、他の都道府県の支援を仰げばいいだけの話です。

 私の提案が実際に機能するのか、なんて心配する向きがあると思うのですが、入札に参加する自治体が少なければ少ないほど、落札した自治体が手にするお金は多くなる訳で、そうなれば地元の住民の理解は得やすくなるのです。

 がれきの中に様々な有害物質が含まれている可能性があるとも伝えられていますが、もし、そのようなものが発見されたときには、特約条項を設けて置き、そうした特殊な物質については、改めて国と協議をすればいいだけのことなのです。

 絆だなんて情緒的なものに訴えるよりも、この際はお金で解決することを考えた方が効果的であるのは明らかなことではないでしょうか。

 全国の政令都市が、全て公平にがれき処理の負担を受け入れることにすれば、そのときには住民の意思に逆らう結果になることも予想されるのですが、住民の意思を反映させた上でがれき処理の入札に参加するか否かを決定するのであれば、決して住民の意思を無視したことにはならないのです。

 どちらがより民主的かお分かりでしょう?

 

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 岡田さんが副総理になってから、益々影が薄くなった感のある野田総理。

 ネバ、ネバ、ネバ、ネバ、ギブアップと叫んでいた野田総理。確かに消費税の増税を実施したいと考えているのでしょう。

 でも、男が本当に信念をもって事に当たろうとするのであれば、何故自分の言葉でもっと国民に直接語りかけないのでしょう?

 どうして、岡田さんに頼るの? 安住財務大臣では頼りないから?

 確かに、安住大臣は説得力がないのです。今更、安住さんから「対岸の火事ではない」なんて言われても全然説得力がないのです。

 そもそも民主党は、デフレの状況から脱却し、経済を成長路線に乗せることが先決だなんて言っていたではないですか?

 で、デフレの状況から脱却するために何をするかと言えば、子ども手当とか、高校の授業料の無償化とか、農家への補助金の給付とか、とにかくばら撒きをやってインフレ気味にすることを狙っていたのではないのでしょうか?

 そのことと、「対岸の火事ではない」という言葉が全くマッチしないのです。

 何故、ここにきて急に「ギリシャから学べ」みたいなことを安住さんは言うのでしょう? それに仮にギリシャから学んで、日本も緊縮財政を模索すべきだというのであれば、今までの成長重視の経済政策は放棄したということでいいのでしょうか?

 要するに、今の民主党の政策は中身がちぐはぐであるということなのです。だから国民には分かりにくい。そもそも、消費税を上げる前には、必ず信を問うと言っていたはずなのに、それも今となっては反故になっているのです。どうして?

 いずれにしても、野田さんも、岡田さんも、そして安住さんも消費税増税に向かってまっしぐら!

 まあ、私が、本日こんなことを書くと、「言うことが今日は少し違うみたい」なんて言われそうな気がするのです。

 何故ならば、私は日頃、増税に絶対反対の立場をとってはいないから。

 個人的には増税は嫌だが‥そうではあっても、いつまでも国債を増発し続け、その結果、投資家から国債が敬遠され、財政が破たんすることを考えれば、場合によってはある程度の増税は仕方ないかな‥というのが私の考え方であるのです。

 また、だからこそ私は思うのです。ネバ、ネバ、ネバと何度も繰り返すほどなら、何故自分で誠心誠意国民に訴えないのか、と。

 で、現実は、総理が国民に増税の必要性を訴えかけるのではなく、消費税を目的税化するという国民にはイマイチ分かりにくい作戦をとるだけです。

 ここで質問ですが、貴方は、消費税の目的税化に賛成ですか?

 「目的税化って?」

 目的税化とは、消費税で徴収した税金は、社会保障関係費にしか使用しないというように使途に制限をかけることなのです。

 「だったら賛成!」

 消費税の増税にも賛成するのですか?

 「増税には賛成しないけど、仮に増税になるのであれば、その税が変なことに使われるよりも‥」

 そうですよね。そういう風に考える人が多いのですよね。だから、消費税の目的税化に賛成かどうか、なんて質問をさせると、どうしても賛成と答えてしまうのでしょう。

 しかし、これ、完全に猫だましであるのです。

 例えば、貴方ががちがちの平和主義者だったとしましょう。防衛費はできるだけ削減すべきだと考えている。米軍に対する思いやり予算は廃止すべきだと考えている、と。

 では、消費税を目的税化すると、消費税から防衛費にお金が回ることはなくなるのでしょうか?

 そんなことはありません。ただ、消費税で集めたお金は、社会保障関係費に回っていますという説明があるだけです。もちろん、防衛費や思いやり予算がそれによって影響を受けることはないのです。

 だったら、何のための目的税化なのでしょうか?

 そもそも、予算を執行するために必要な財源の半分も国債の発行で賄わなければいけない状況にあるのに、増税で集めたお金を何に使おうかとか、どんな使途に制限しようかなんていう議論が嘘くさいのです。何故ならば、余りにも増えすぎた借金を少しでも減らすために、或いはこれ以上国債の発行額を増やさないために、消費税の増税を考えているのですから、そうやって集めた税金は、借金の返済か、或いは国債の発行額の圧縮のために使うに決まっているからです。

 それに百歩譲って、社会保障関係費の総額が、例えば数兆円程度の規模であるというのであれば、少しは目的税化するという意味も分からいではないのですが‥消費税の規模に比べ、社会保障関係費の総額は、その倍以上に上る訳ですから、観念的には消費税はどれだけ増税しても社会保障関係費に充てられます‥なんて議論が成り立ってしまうのです。そして、その一方で、他の使途の予算が削られるのかと言えば、その保証は全くなし。それに他の使途と言っても、教育関係の予算だって、防衛関係の予算だって、或いは国土保全関係の予算だって必要なものはあり、それを全く否定することはできない訳ですから、それでは一体何のための目的税化なのか、となってしまう
のです。

 一体全体何のための目的税なのか?

 本当のことを言えば合理的な理由などないのです。ただ、社会保障関係の費用に限定しますからと言えば、国民が納得するであろう、と当局が考えているだけなのです。

 かつて細川総理の時代があったのですが、覚えていらっしゃるでしょうか?

 短い政権でした。「腰だめの数字」なんてことを口走ったものだから。

 何故そんなことを言ったのか?

 あれは、国民福祉税構想というやつでしたね。今回と同じように、福祉目的に充てるから増税を認めて欲しいといった出来事でした。

 でも、繰り返しになりますが、国民にとって必要なものは、何も社会保障関係費だけではないのです。

 つまり、国民福祉税構想とか、目的税化を叫ぶ人は、国民をサルかなんかと思っているということでしょう。

 ひょっとして、野田さんや安住さんが、本当に目的税化が適切なものだと信じているのだとすれば、何と悲しいことなのでしょう。




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野田総理って、一体何なのでしょうね?

 「もちろん、日本の総理」

 それは分かるのですが‥総理の仕事ってなんなのでしょう? 今回のTPP参加問題を巡る総理の言動は、総理として相応しいものなのでしょうか? 少なくても、国民の意見をよく聴き、そして、総理の考えを国民に示そうとした形跡は全くなし。

 最後の一言も、イマイチ意味が不明なのです。 「TPP交渉参加へ向けて関係国との協議を始める」

 この文言から判断する限り、まだTPPに参加すると決めた訳でもなさそうに見えるものの‥新聞などは、「参加表明」と報道しているのです。

 これは我が国の政治家が得意とする玉虫色の表現ということでしょうか?

 何故玉虫色でなければならないのか? 青にも見えるし、緑にも見え、時には黄色っぽくも見え、赤みを帯びることもある。ああ、これこそ玉虫色!

 では、野田総理は腹のなかでは、どんなことを考えているのか? 腹のなかも玉虫色で、自分でも考えがまとまっていないのか?

 答えは、イエスでもあり、ノーでもあるのです。

 私、思うのです。野田総理は、TPPに参加して、アメリカのご機嫌を取りたいと考えていることでは間違いがない! そうやってアメリカを支援し、またアメリカから気に入られないと今後の政権運営が難しいのは間違いない、と。

 だから、どうしてもTPPには参加したい。それに、TPPに参加すべきだということは経済界の願望でもあるし‥

 では、農業について、野田総理はどう考えているか?

 結局、野田総理の頭のなかは、そこのところが欠如しているということなのです。TPPに参加すると、日本の農業が壊滅するという人々がいる。その一方で、オレンジやサクランボの例を出し、日本の農業が壊滅するなんていう主張には根拠がないという人々がいる。実際には、どちらを信じるべきなのか?

 それに、そもそも民主党の農業政策が間違っているのです。戸別補償によって農家を守るなんて政策が未来永劫続くわけがないのです。それに、そんなお金をもらいたくないと思っているのは農家自身でもあるのです。

 一番の問題は、次のところにあるのです。農産物の関税を徐々に進めていくべきなのかどうか?

 自由貿易論者であれば、暫定期間は置くとしても、当然そういう方向で進めるべきだという考えになるでしょう。具体的に言えば、こんにゃく芋の関税、コメの関税、牛肉やバターなどの関税を計画的にゼロに引き下げるべしとなるでしょう。

 では、そうやって関税を引き下げたら、日本ではコメやコンニャク芋の生産が行われなくなってしまうのか? 或いは、仮にそうであるとして、そういった事態を受け入れるべきなのか、どうか?

 そのことについて、はっきりと総理は考えを示すべきであるのです。日本がTPPに参加したら、稲作農家やコンニャク芋農家や酪農業者はどうなるのか、と。

 で、ここで、日本はもっと第二次産業に特化して生きて行けばいいと言えば、非常に分かりやすい! しかし、第二次産業の特化するということは、日本の農業が衰退しても構わないということ
になり、それに対しては多くの国民が反対するのです。経済学者でも、そこまで言う人は極一部。というのも、そんなことを言えば、非常に冷たい人間と思われることを恐れるからなのでしょう。

 「農家が可哀そうではないか!」「日本の食料自給率がさらに低下して安全保障上問題ではないか」なんて。それに、日本の国土から水田がなくなることになれば、生態系にも大きな影響を与えるだけではなく、国土保全上の問題も発生するでしょう。

 私、思うのですが、農産物の関税を低くすれば、恐らく相当の影響があると思うのです。例えば、コンニャク芋の生産は落ちるでしょう。酪農業者のなかにも廃業を余儀なくされる者が続出するでしょう。そして、放棄される水田が増えるでしょう。しかし、日本の農業が壊滅的な状態になるかと言えば‥どうも、そんなことにはならない気がするのです。

 早い話‥ブランド化された農産物は、生き残るということなのです。そして、それはサクランボやオレンジの件で、実証済みとも言えるのです。

 だったら、何故、政府はそういう考えをもっと主張しないのか?

 それは、彼らの農業政策に対する考えが浅薄なものでしかないからです。農水省や政治家の、日本の農業の強化策に関する基本的な考えは、日本の平均的な農地の面積を広大化し、そしてコスト低減を図るべきだというのです。つまり、日本も、アメリカやオーストラリアの農法をまねるべきだという考えであるのです。農地を集約化、広大化し、そして、遺伝子組み換え作物をもっと利用するようにすればよい、と。

 しかし、日本とアメリカやオースオラリアの平均的農地面積は桁が違うのです。幾らその点で努力してもおいつかないでしょう。その上、遺伝子組み換え作物の権利は全て米国が握っているような状態ですから‥当然、米国の思い通りになるだけの話です。

 言っておきますが、アメリカ式の農法で生産した作物など‥確かに今よりはコストを下げることはできるでしょうが、決して大きな需要を喚起することなどできないのです。つまり、全然消費者に訴えるところがない、と。今よりも安いとはいっても、しかし、アメリカのものよりは全然高い! しかも、アメリカと同じように遺伝子組み換えの農産物である、と。

 では、日本の農家はどんな方向を進むべきか?

 それは、日本の農家が得意とする方向を目指すということなのです。

 アダムスミスやリカードは言ったのです。各国がそれぞれ得意な分野に力を入れて、そのうえで貿易の自由化を進めれば、世界の経済は発展する、と。

 つまり、先ず我々は、日本の農業が有している相対的な優位点を確認することから始める必要があるのです。日本の農家が、アメリカやオーストラリアの農家より勝っているところは何か?

 それはもう、棚田の風景を見れば分かるように、日本の場合には、自然と共生するという気持ちが残っていることだと思うのです。決して、自然を人間の力でコントロールしようなどとは思わない。なるだけ農薬の使用を最小限度に抑え、美味しい安全なものをつくるために骨身を惜しまない。

 そうやって作った作物が美味しくない筈がありません。もちろん、そうやって人手がかかっている分コストは高くつくでしょう。しかし、幾ら高くても、世界には幾らでも日本でできた農産物を欲しいという消費者がいるのです。

 野田総理は、何故、そうした農業の将来像を示そうとしないのか?

 いずれにしても、幾ら野田総理がオバマ大統領にゴマをすろうとしたところで、日本がTPPに加入したくらいで、米国の失業問題が解決するものではないのです。むしろあまり米国に期待させない方が、本当の親切であるような気もするのです。


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