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GW、スタッフはお休みでいつも忙しい工房もひっそりしています。

「ものからことへ」と叫ばれて、もう何年も経っています。巷にはものが溢れ、しかもいいものばかり、ものに溢れた中で生活をしている僕たちは、ものをものとして使うことに飽きてきていて、そのものが誰の手で作られ、どのような気持ちで作られ、そしてどんな過程を経て僕たちの手に届けられるのかの方が気になって仕方なくなりました。そのものが高額になればなるほど、その度合いがどんどん高くなる。インタネットにより情報が筒抜けとなった今、隠したい「品質の嘘」も簡単に暴かれる時代です。だけど、最近、時代がもうちょっと先に進んでいるんじゃないかと思います。

息子達をみているとそう感じます。彼らはものに執着がない。家庭でもそうかもしれませんし、学校でもそうかもしれませんし、友達同士でもそうかもしれません。データでやり取りをすることに慣れてる。僕らの世代はいくら時代が「ものからことへ」となったとしても、そこにものがないと成立しない生活があった。手に触れるものが起点でそこから、それをどう使おうかとか、このものはどう作られてたんだろかとか。ともかく、ものがないと成立しない生活の中でずっと生活をしてきました。でも、これからの時代は違うんじゃないだろうか、そう思います。データファイルは必要なくなったら、消去です。あとかたもなくこの世から消え去ります。目の前にあるものが一瞬にしてなくなることが日常に何百回も繰り返し行われているデジタル時代です。僕らの時代は、だから逆にものに愛着が湧く時があります。僕が、ずっとオートマチックの車を拒否し続けている理由はそこにあるかもしれません。実際に触れ、そして感じる快感を脳は忘れていません。それも遠い過去にまだインターネットがない時代を生きていたからかもしれない。

ものに触れない世代はものへの感情がともて気薄なんじゃないかと思います。インターネットで疲れたら、ゲームをする的な感じです。

まだ上手く言葉にまとめられないのですが、「ものからこと」っていう言葉はすでに、全く意味のないというか、違った意味で、これからの世代には受け止められるだろうなと思います。家具店にとっては死活問題です。よくわかりませんが、ものの裏側にあるストーリーを伝えたくて伝えたくずっとやってきましたが、間違っているかもしれません。もっと、「ものっていいよ」って、ものすごく根本的な部分のお話をしていかないといけないんじゃないかと今すごく思っています。

このことに似ているじゃないかと思いますが、北朝鮮と韓国が終戦に向かっている件について。どれだけの人が興味がもってあのニュースを見ているのでしょうか。僕ね、正直言うと、気にしてい人、ほとんどいないんじゃないかと思っています。情報化が進み、北朝鮮の内情が相当わかっている今、北朝鮮と韓国との終戦が決まったとしても、誰もが「でも、何も変わらないでしょ。僕の回りでは」って思ってんじゃないかと思っています。ベルリンの壁が崩壊した時、東側での情勢はほとんど僕たちには届いていなかった。ただ単に「東側では、とんでもないことが起こってる」と漠然と思っている人が多かったんじゃいかと思うんです。そして、そんな何も知らない東側の国の人が西側に入ってくることによって、なんか「すごいこと」が起こるんじゃないかと想像しました。

ものすごい、情報が日々入り、そして一瞬にして古くなり捨てらる時代です。そして、それは全く残らない。ゴミにもならない。ものしかない時代だったら、ファイル等の交換が今のように早くなければ、北朝鮮と韓国との話は相当、この国でも盛り上がっていただろうと思います。何にも形が残らない「もの」の中でしか生活をしたことがないこれからの人達に、「ものの裏側のストーリー」って話しても埒が開かない。当たり前なんじゃないかと思います。

僕はたまたま、まだ小さな子供がいて、その変化を感じることができましたが、もし僕の回りにこういった考え方を促す媒体がなかったらと思うと、ちょっと怖いです。今、僕のおうちでは犬を飼うかどうか、子供達と話をしています。多分、子供達と僕たちは視点がちがうんじゃないかと思うんです。子供達は犬と遊ぶ自分の姿にエキサイティングになってるんだと思うんんです。それは昔も同じなんですが、昔だったら「餌もやらないといけないし、散歩もいかないといけないんだよ」と話して納得させるのだろうけど、ものに執着がない人達にとっては、まったくピンとこない話なのかもしれない。さらに、これから先、ものが減り、そしてデータの交換で生活が成り立つ時代の中で、そんなものに執着すること自体が必要のないことなのかもしれないと思うと、「餌をやらないと」っていう話は、全く意味のないことなのかもしれない。それよりも、エキサイティングに遊ぶ方法をもっと考えよう、そして餌やりや散歩はインターネットで探した「キーパー」にお願いしよう、こんなことの方が正しい時代に彼らは生きることになるかもしれない。洗濯は外干しが当たり前から室内での乾燥機が当たり前になったアメリカのように、僕らの考える「もの」だったり「こと」ってこと、もっと慎重に考えないと、これから先、完全に取り残される、そんな怖さを感じます。家具店としては、どうして行ったらいいんでしょうね。また、考えながらイベントとか行っていきたいと思います。