2009年09月

2009年09月30日

よっちゃんの新しい人生 9日目3

妻よっちゃんが新しい人生を歩き始めて、9日目になりました。
本当に月日が経つのは早いものです。
いや、こんなに早いのは、生まれて初めてです。

気分的には、難しいところです。
やっと睡眠は普通になってきました。
夜の暗闇に対する恐怖感も薄れてきました。
でも、妙にだるさがあります。
片づけをしないといけないのに、今はなんだか動く気になれません。
ブログも、あれこれ書きたいことはあるけど、ちょっと書くのもしんどい感じです。
でも、このよっちゃんの追悼日記だけは絶対に欠かすことはないよう、がんばって書いていこうと思います。

今日は、結構な大雨でした。
病院に行って診断書をもらおうと思っていましたが、だるさもあり、今日は家でゆっくり過ごすことにしました。

昼ごろ自分の部屋に、いつも両親が懇意にしている電気屋さんが、新しいエアコンを付け替えに来ました。
今実家の部屋にあるエアコンは古く、家にあるエアコンをもって帰ると言っていたのですが、父親が頑なに拒否したので、それを受け入れました。

自分としては、単純に使える電化製品は持って帰りたかったのですが、親は思い出すことを気にしてか、なるべく新しいものを買わせようとします。
その気持ちも分かるので、譲れるところは譲るようにしています。

今日一日は、よっちゃんが新しい人生を歩き始めて以来、一番何もしていない気がします。
ちょっとうつが悪化しているのかな。
それとも気が張り詰めて動けていたのが、ちょっと緩んできたのかな。
ちなみに、薬は全く服用していません。
親から飲んでるの?と言われますが、寝る前にまとめて飲んでいると言って安心させています。
まあ、なんとか大丈夫です。

いま、自分は新しく購入した机でブログを書いています。
画面の横には、写真立てがあり、よっちゃんが満面の笑みで笑いかけてくれています。
こう思い返しても、本当に楽しい時間をいっぱい過ごさせてもらいました。
つらいことも、しんどい時もあったけど、この写真を見れば、楽しかった思い出が浮かんできます。
そして、改めて、もうよっちゃんはこの世にいないんだと悲しくなります。

でも、時の流れというのでしょうか。
前までのように、突然涙が溢れてくることはなくなってきました。
まだ、たったの9日目なのに・・・
自分がよっちゃんを殺したのに・・・
なんて薄情な男なんだろうと、自己嫌悪に陥る時間が増えてきた気がします。

本当に今は、誰にも会いたくありません。
会社も、まだ全く連絡できていません。

働かないといけない、社会に戻らないと行けないと思う自分、それとは反対に、ああもう消えてしまいたい・・・と逃げ腰な自分。
いまはその狭間で非常に苦悩している状態です。

いつかは答えが出るのでしょうか?
いまはただ、時間が過ぎるのをじっと待っているような状態です。

明日は、がんばって病院に行き、とりあえず診断書をもらってこようと思います。
そして、我が家に戻り、後片付けをしてきます。
こうして決めておかないと、まただらだらしてしまってはいけないので・・・。
ああ、本当にしんどいです。


よっちゃん~、ちょっとだるいです。
そっちはどうしてる?
まだまだ先は長い?
一歩一歩、ゆっくり昇っていってね。
自分も、がんばって前に進んでいくから。

ああでも、こんな感じがよっちゃんは嫌だったのかもしれないね。
もっと元気にならないと、よっちゃんも釣られて元気が無くなっちゃうかもしれないね。

よし!

明日からはまた気持ちを切り替えてがんばっていくよ!
よっちゃんに心配はさせられないからね!
なんだか少し元気になったかもw

どうもありがとう、よっちゃん。
おやすみなさい、よっちゃん。

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2009年09月29日

よっちゃんの新しい人生 8日目4

妻よっちゃんが新しい人生を歩き始めて、8日目になりました。
自分も以前に比べると幾分落ち着いてきたと思います。

ただ、その分だるさはひどくなってきています。
起きても、ぼーっとしていると、ひどくしんどく感じます。
まだ体を動かしていたほうが楽です。

今日は朝7時に起き、紙ごみを捨てに行きました。
その後も眠らず、部屋の掃除をひたすら続けていました。

10年分のいらないものというのは、予想以上に多く、大変です。
でも、よっちゃんから教わった大切なこと、
「いらないものは捨てる。迷ったら捨てる。」
をモットーに、がんばって捨て、そしてきれいに拭き掃除もしました。

今日は昼過ぎに、よっちゃんの実家に呼ばれています。
お兄さんから連絡がありました。

よっちゃんに会えるのはうれしいけど、お父さん、お母さんに会うと、また嫌なことを思い出させそうで、まだ会うには早いのではないか、不安もありました。
でもせっかく来てくださいと連絡をいただいたので、思い切って伺うことにしました。

少し早く出て、近所の花屋さんでお花を買いました。
今日は、少し控え目に3000円分にしました。
ちょっとボリューム少ないけど、許してね。よっちゃんw
でも、なかなかきれいな具合に仕上がったと思います。
花束

そして、まだ時間があったので、最後のよっちゃんの病院代を払いに行きました。
正直言って、またこのよっちゃんの最後を看取った病院に来るのは非常につらいです。
でも、ここだけはしっかり払っておかないと行けません。

お会計は、全部で2万3000円ほどでした。
詳しいことは分かりませんが、救急車代から、救命措置代、そして死亡診断書代など、すべて含まれての値段です。
最後に、事務の方から
「お大事に」
と言われました。
頭を下げるのが精一杯でした・・・

続いて、よっちゃんの実家に行きました。
お葬式が終わって初めてのよっちゃんの実家です。
家にはお父さんの車はありません。
外出中かな、それとも自分に会いたくないのかな、などと考えながら呼び鈴を押しました。

お兄さんがすぐに出てきてくれました。
中に通され、お母さんも迎えてくれました。
お花を渡すと喜んでくれました。
ああ、よかったと安堵しました。

そのままお花を持って、よっちゃんの寝ている・・・じゃなかった。
よっちゃんを祀ってある部屋に行き、線香をあげました。

調べるとこんな意味があるそうです。

>お線香にはよい香りを仏様に献上するという気持ちと、自己の汚れを清浄にするという作用があるのです。
だからお線香を焚くと言う事は功徳があるのです。
功徳とは現世・来世に幸福をもたらすもとになる善行です。
現世でお線香をあげて来世の幸福を願う気持ちも含まれています。

なるほど。
今までそんなこと考えたこともありませんでした。
そう思うと、より気持ちを入れて線香をあげることができますね。

久しぶりのよっちゃんとの再会。
改めて、自分の今の気持ちを伝えました。

よっちゃん。
本当にごめんなさい。
そしてこんな自分を愛してくれてありがとう。
これからもずっと忘れないよ。
ずっと愛し続けるよ。
いまはただただ、安らかにお眠りください。

こう伝えました。

その後、お兄さんから、
「これからやることリスト」
を手渡されました。
きちんとパソコンで打たれた、丁寧な文書でした。
お礼を言い、その紙を頂きました。

お兄さんはとても気遣ってくれています。
お父さんは今日から仕事復帰だそうです。
自分にも、がんばるよう励ましてくれました。
こんな自分にそんな言葉を言ってくれるなんて、本当に感謝・感謝・感謝です。

その後、お母さんとお兄さんと一緒に、よっちゃんの遺影の前で自殺前のことを話しました。
でもやっぱり原因は本人にしか分かりません。
「またいろいろ教えてね。」
とお母さんに言われました。

そして、お兄さんを連れて我が家に戻りました。遺品整理のためです。
道中、よっちゃんのご両親のことをお聞きしました。
だいぶ普通の生活が送れるようになってきたとのこと。
少し安心しました。
それともうひとつ、自分がよっちゃんの自宅に伺っていいのか聞きました。
よっちゃんのご両親に迷惑なら、しばらくは時間を置こうと思いました。
でも、そんなことはない。むしろちょこちょこ顔を出して、よっちゃんに線香をあげてやって下さい。と言われました。
本当にうれしい言葉でした。

我が家に着き、まずはよっちゃんの買っている食品類を持って帰ってもらいました。
期限のあるものなので、早いほうが良いと思ったからです。
それともう一つ。
DVDレコーダーを持って帰ってもらいました。
よっちゃんとお母さんは趣味が似ています。
だから、たくさん撮りだめしているドラマで、お母さんの気が少しでも休まればと思ったからです。
ちなみに、お兄さんはしばらくVitzで遺品整理に来るらしいです。
もちろん、ご自由に使ってくださいと、家と車のかぎを渡しました。

お兄さんが帰られて、自分も少し片づけをしましたが、イマイチ進みません。
今日はこれで帰ることにしました。

ランエボの運転は、だいぶ落ち着いてきました。
乗っていても、荒々しい気分は治まり、人に道を譲る余裕も出てきました。

帰ってからも、ひたすら部屋の片づけです。
そろそろ会社にも連絡しないといけないのですが、まだちょっとしんどいので、もう少し時間を置かせてもらおうと思います。

なかなか用事も多く、毎日が忙しいです。


よっちゃん。
そっちはどうですか?
昨日の今日だからまだ変わりないですか?

よっちゃんのいなくなった後は、精神的にも、肉体的にも大変です。
でもこれが、よっちゃんにしてあげられる最後の夫婦の共同作業です。
よっちゃんに迷惑がかからないよう、よっちゃんの実家に迷惑がかからないよう、しんどいこともあるけど、がんばってやっていきます。
どうか、少しでいいから、見守っていてください。

がんばってやり抜くよ、よっちゃん!


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妻よっちゃんの自殺原因を考える パート22

今日も、少し気が重いけど、よっちゃんの自殺原因を考えていこうと思う。


やっぱりキーワードは遺書にあると思う。
その書き始めはこうなっている。

「こわい こわい
愛してないって 言われること
何より怖い」

いま読み返しても涙が出る。
読み返すたびに、言いようもない悲しい気持ち、そして後悔の念に激しく叱責される。
そして、今でこそこんなによっちゃんへの愛をしっかり感じられるのに、どうして軽々しく
「別れよう。」
と言ってしまったのか。
でも、これも条件付きでの一言だ。
もちろん、ヒトミさんの言うとおり、うそでも良いからどんなことがあっても、ずっと
「愛してるよ、よっちゃん。」
と言い続け、そして抱きしめてあげればこんなことにはならなかっただろう。
もう少し早く、そのことに気付くべきだった。
しかし、今考えると、自分もずっと同じような喧嘩をし、かなり精神的に参っていたのも事実だ。物事を冷静に判断できない状況だったとも考えられる。


母親とよっちゃん、どちらを取るかといえば、今まで十分よっちゃんの意向を取ってきているつもりだ。
でも、少しは実家の両親にも楽しい思いをさせてあげたい。
嫌な思いをさせたくない。
心配させたくない。
そう思って、せめて実家に顔だけでも出してほしかった。
それも、結果としてよっちゃんを追い詰めてしまったのかもしれない。

そして、
「愛していない。」
という言葉は、正直いってあまり言ったかどうか覚えていない。
いや、自分はそんなことは言ってないと思う。
それにつながる言葉、連想させる言葉は言った気がする。

でも、今までもこんな喧嘩は何度か経験している。
しかも、2日前は大阪に旅行に行ったばかり。
1日がかりの結構な小旅行だった。
運転も、ほとんど自分がしているので、そんなに疲れも溜まっていないと思う。

いろいろと欲しいというものも買ってあげた。
「買っていいかな?」
と聞くので、
「せっかくの旅行なんだから、いいものがあるなら買うといいよ。買ってあげるし^^」
と答え、よっちゃんに指輪とコートを買ってあげた。
満足していたと思う。

その他も、行きたいと言っていたコストコにも行った。
自分はあまり買うものがなかったが、よっちゃんが喜んでいるので十分だった。
最後は2人でホットドッグを食べた。
「おいしいね~。また来ないといかんね~^^」
とよっちゃんも楽しそうに話していたっけ。

だから、今回の自殺は本当に分からない。
自分でも分からないことが多い。

どうしてだろう。
十分愛していたと行動でも表したつもりだったが、それも通じなかったのか・・・
喧嘩も、今までしたのとそう大差はなかったと思うのだが・・・
それとも、その中で、何かよっちゃんを絶望的にさせてしまうことがあったのか。

最後までずっと怒鳴りあっていたわけではない。
最後のほうは、自分もどちらかというとなだめる口調で話していたと思う。
でも、いつもと違うのは、よっちゃんが黙っていたこと。

そして最後に言った二言。

それは別に責めるつもりはない。
自分はよっちゃんの言葉を胸に、一生後悔していく。
一生よっちゃんのことを忘れない。

ああ、本当に難しい問題だ。
考えても考えてもきりがない。
今までの人生で、一番難しい問題だ。

答えが出ないのは初めから分かっている。
よっちゃんはもうこの世にいない。
でも、最後に残していってくれた、よっちゃんからの問題だと思って、今後も終わりのない自問自答に挑戦していこうと思う。


やっぱりこの話題はつらいな。
でも、向き合わなければいけない。
過去を反省していかなければ、人間進歩はないと思っている。
未来だけを見ていくのでは駄目だ。
やはりしんどくても、過去も振り返らねば。

しばらく、長い長い自問自答は続きそうだ。

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2009年09月28日

よっちゃんの新しい人生 7日目(初七日)5

妻よっちゃんが新しい人生を歩き始めて、早くも初七日がやってきました。
お葬式の日に、初七日と四十九日も一緒に行っているため、特に親戚が集まったりということはありませんでした。

本当に早いものです。
人生の中で、時間の過ぎるのが最も早いと感じています。

できることなら、この記憶を持って、21日に戻りたいです。
いまだに、もしも、もしも、もしもの後悔の連続です。


さて、それでは今日一日の心境の変化と、行動をまとめていきます。

朝起きました。
今日は5時間ぐらい眠れました。

食欲も、少しは出てきました。
でも、朝・昼は食べず、夜にしっかりしたご飯を食べました。

精神的には、よくも悪くも少し落ち込み気味です。
以前のようなイライラ感、突然の涙などはなくなってきました。
でも、無性に体がだるく、虚無感に襲われることが多くなってきました。
何もやる気が出ない、動く気がしない、そんな時間がイライラの代わりに増えてきた気がします。

やはり、何もしないでいると、よっちゃんのことばかり考えていまい、しんどくなります。ぼーっとしていても、余計に疲れます。
だから、今日は朝から実家の部屋の掃除をしました。

親も驚くほど、きれいに掃除しています。
これは本当に、本当に、よっちゃんのおかげです。
少しはお片づけもできるようになりました。
以前なら、これは思い出があるから・・・とか、これは何かに使えるかもしれない・・・などと思い、結局何一つ捨てられない有様でした。
でも、よっちゃんのご指導のおかげで、よっちゃんからは「まだまだ甘い!!」とか言われそうですがww だいぶ捨てることができた気がします。

それと、うちの実家が汚い汚いと言っていたよっちゃん。
その気持ちもいまなら少しわかる気がします。
別に掃除をしないわけではないし、見た目は普通なのですが、細かいところは汚れています。
よっちゃんはきっとそのことが言いたかったのでしょう。
だから、自分のためにと掃除機も買い替えてもらうことにしました。

今後はよっちゃんの嫌がらないよう、きれいに部屋を整理、整頓していきたいと思います。

昼ぐらいに、まずはいつもの心療内科に行きました。
ここは地元で最も有名なだけでなく、いつも診てもらっている医師は全国的に有名な先生です。
一応、何かアドバイスがもらえるかと思い、受診しました。

受付後、実際に診察室に呼ばれた時は、少し緊張しました。
そして、今回の件、よっちゃんの自殺をお話し、突然不安感に襲われる、夜が眠れないと相談しました。

先生も、大変驚かれた様子で、
「せっかく君も良くなってきた時なのに、大変でしたね。」
と言ってくださいました。

何かアドバイスはないか、今後自分はどうしたらいいか聞いてみました。
先生は、
「明確な答えは出せませんね。時間が経つのが一番でしょう。」
こう言われました。

先生でも答えが出せないと言われれば、納得するしかありません。
そして、もうひとつ気になっていたこと、自分の病気の診断について聞いてみました。
自分がボーダーかと心配だったからです。もしもボーダーなら、よっちゃんにどう謝ればいいか分かりません。
でも先生は、
「うつ病ですね」
と言われました。少し安堵しました。

「ありがとうございました。」
と言い、最後に一つだけ相談しました。

「以前うつの時に、傷病手当がもらえると聞いたことがあります。一か月ほどは休もうと思うので、診断書をもらえますか?」
先生はすぐに書いてくれました。

なお、傷病手当については、

社会保険庁 傷病手当金について

をご覧ください。

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このブログはなるべく何事も包み隠さず話そうと思っています。
実は今回、あえて眠剤をもらいました。
別に今使う気はありません。
でも、もしも自分が自殺しようとしたときに使える可能性があります。
自分は一応薬剤師。
何を飲めば死ねるかなども分かります。
最近の薬は、大量に飲んでもまず死ぬことはありません。
でも、もしも、いつか、何かの補助的に使えるかもともらっておきました。
なんだかんだ言っても、やはり「死」というもは常に付きまとっています。
これは、このブログを読んだ人にしか打ち明けていませんので、もしも自分が誰か分かった人がいても、親に伝えないでくださいねw
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その後、カメラのキタムラに向かい、よっちゃんとの思い出の写真を現像しました。
昨日買った、写真立てに入れる分です。
縦、横二枚ずつ、計4枚お気に入りを現像しました。
できあがりを待つ間に、隣にある「社会保険事務局」に向かいました。
すると、どうやら申請用紙に直接医師の記入が必要とのこと。
改めて明日記入してもらいに伺うことにしました。

そしてよっちゃんと過ごした我が家に帰り、一人黙々と後片付けを行いました。
まずは風呂場・浴室にあるよっちゃんの物をまとめ、居間に持っていきました。
これは、もしもご両親が来た時に、風呂場をみるのはつらいだろうと思ったからです。
その後もまずはよっちゃんの物を中心に片付けました。
懐かしいものも出てきて、改めてもうよっちゃんがいないんだなと悲しくなりました。

そして、いろいろと手続きも行いました。
インターネット、電話の解約、生命保険の解約(死亡保険は入っていませんでした)、よっちゃんの仕事場への連絡、貸与されている携帯の返却方法など、意外と時間がかかりました。

あとは、自分の物も少し片付けました。
パソコンや服を中心に整理しました。

だんだんと空いていく部屋を見て、やっぱり悲しい気持ちになります。
特に、ふとソファーなどに目をやると、そこによっちゃんがいるような気がして、いつもの笑顔でよっちゃんがそこにいるような気がして、動きが止まってしまうことも何度かありました。

4時半くらいだったでしょうか、もうそろそろ帰ろうと思い、ランエボで実家に帰りました。
今は、少しうつ気味なのでw 運転も荒々しくはありません。
きっと、昨日は疲れがたまり、普通の精神状態ではなかったのかもしれませんね。

実家に帰り、食事。
その後も黙々と部屋の片づけを行いました。
かなりの量のごみが出ました。
親も自分もびっくりですw

よっちゃんの思い出も飾りました。
お骨は持って帰らなくて良かったと思います。
自分も余計につらいだろうし、何よりよっちゃんが嫌だっただろうと思うからです。
簡単ではありますが、写真4枚と、ラスベガスのお土産と、お水(いずれは花を飾るつもり)、よっちゃんからもらったzippoライター(自分タバコは吸いません)、そして、思い出の砂浜から持って帰った砂を、コストコでお気に入りだったアップルジュースの空き瓶に入れ飾っています。

少し、やっと自分の思い通りの部屋になってきました。
親も、自分の好きなようにしたらいいと言ってくれています。
本当にいろいろ気を遣ってもらって感謝、感謝です。


よっちゃん、そっちはどうですか?
天国の階段は順調ですか?
それとも、もう飽きた~とか言ってないですか?w
がんばって昇って行ってね。
自分も祈ることしかできないけど、精一杯祈ります。

今日は、初七日。
よっちゃんはこういった習慣を気にしないけど、一つの区切りではあると思います。

よっちゃん。
よっちゃんのことは絶対絶対忘れないよ。
本当に愛してくれてありがとう。
自分も、ずっとよっちゃんのことを愛し続けます。思い続けます。
でもこれは、自分の一方的な思いだから、よっちゃんは気にせず、新しい人生を満喫してください。


本当にごめんなさい、よっちゃん。
いまはただ安らかに、どうぞ安らかにお眠りください。

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よっちゃんとの出会い、楽しい思い出 パート15

今日はまず、よっちゃんとの楽しかった思い出を書いていこうと思います。
やっぱり、しんどい思い出を書くよりも、こうして楽しい思い出を書いていくほうが自分もうれしい気持ちになります。
ただ、これ以上楽しいよっちゃんとの思い出が増えないことは、非常に悲しいです。

さて!
家を整理していると↓の物が出てきましたw

よっちゃんとの出会い1

よっちゃんとの出会い2

なんだか分かりますか?
ゲームショップで配られていた、トロの限定ビニール素材の袋です。

これは、まだよっちゃんと付き合ってないとき、自分がよっちゃんのバイトしているゲームショップに遊びに行ったときにもらったものです。
下に年度の印刷がありますよね。

2001年。

これが、本当に、よっちゃんとの出会いの第一歩です。

当時よっちゃんは2つのバイトを掛け持ちしながら、ネイリストの勉強をしていました。
そのうちの一つが、出会いの場となった「ドラッグストア」、そしてもう一つがお兄さんの紹介で入った「ゲームショップ」でした。

当時私は、母へ肝臓を移植して間が無く、大きな傷から背伸びもできない状態でした。
だから、上にある届かないものをよっちゃんに取ってもらったりしていました。

とても明るく、美人で、
「ああ、こんな子と付き合えたら幸せだろうな。でもこんなにかわいいのだから、彼氏もいるんだろうな。」
こう思っていました。

当時、もちろんw 私は彼女がいませんでしたww

そして、そのときは、まさか付き合うことになるとは本当に夢にも思いませんでした。

よっちゃんの私の最初の印象は、
「薬剤師なのに茶髪だ!本当に薬剤師なのか?」
というものだったそうですw

一緒に働くうちに、その明るさ、面白さに次第に惹かれていきました。
ただ、彼氏がいるかどうかも分かりません。
だから、いきなり告白とか、そんなことはしませんでした。

ただ、自分は洋楽が大好きで、CDを月に4枚は買っています。
唯一の贅沢であり、これが私のライフワークのようなものです。
よっちゃんとの話の中で、洋楽の中古CDなんかも置いていることを聞きました。

「じゃあ、一度寄るね^^」
と言い、暇なときに遊びに行きました。

よっちゃんは、
「本当に来たの!?」
と、ちょっと驚いていたっけw

それからトロが好きなことも話したりし、この袋をもらったのです。

いまでは、大切なよっちゃんの思い出の品になってしまいました。
今後も、この「トロ袋」はよっちゃんの形見と考え、大切に保存していこうと思います。


ああ、やっぱり楽しい思い出はいいな。
少し心が安らぐな。

つらいことも多かったけど、楽しいこともいっぱいありました。

よっちゃん、沢山の楽しい思い出をありがとう。
本当にありがとう。
これからも、絶対忘れないよ。
今も、薬指には、結婚指輪をしているよ。

本当に、楽しい思い出をいっぱいいっぱい、ありがとう。よっちゃん。


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