自死遺族の投稿記事

2010年08月30日

【自死遺族の投稿記事】「愛する彼を亡くした私」【優香 】

優香さんより、残り少ない期間を了承の上で、記事の投稿を頂きましたので、掲載させていただきます。
本当にありがとうございます。

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皆様へ
初めまして、私は優香と申します。このブログに出会い救われた1人です。
3カ月前ぐらいから、よっしーさんに私の話を書きました。
 
コメント欄も毎回見ています。私はコメントを出すつもりも、自分の話を
言うつもりはありませんでした。
 
1度だけ、許せなくコメントを出しました。ただ、弁護士と嘘をつきました。
信じた皆さん、ごめんなさい。私は、悪い人が嫌いなだけの普通の人です。
 
人を傷つけるコメントをしてる方にお願いです。皆、必死に生きているんです。
毎日、必死に苦しんで生きているのです。
お願いですからここの場所、皆の大切な居場所を取らないで下さい。
本当にお願いします。
 
書き込みで人は殺せるんですよ。私も殺されたから分かります。
 
これは、絶対に言いたくなかったメールです。
でも、これを読んで少しでも皆様に何か伝わればと思います。
初めてよっしーさんに送ったメールを公開します。
 

 

よっしーさん、はじめまして。
私がココロが弱ってる時4~5日前に、よっしーさんのブログと出会いました。
そして、初めから読まさせて頂きました。(2回読みました)
 
よっしーさん、体調はどうですか?
こちらのブログを知ってから私は、よっしーさんの事をいつも考えています。
 
何だか私と重なる部分があって・・・
 
私も、去年に最愛の彼を亡くしました。
よっちゃんの1カ月前です。
 
彼とは10年間、一緒に居ました。彼と私は『うつ病』です。経済的にも結婚は難しく出来ませんでした。
だけど私達は、籍が入れなかったけど家族でした。
 
私は家族を置いて家を出るわけには、いかなかったので週の半分を
彼の家で過ごす生活を送っていました。(母が病気の為)
 
彼が亡くなる日・・・私は2日前からお泊りしてました。
 
いつも通り、イヤいつも以上に楽しく過ごしていました。
ただ2人共、具合が悪かったです。でも、具合いの悪いのは毎日の事なので・・・
 
その日、お昼に喧嘩をしました。
いつものような些細な喧嘩です。彼は謝って私に手を差し伸べました。
だけど私は、手を繋ぎませんでした。
 
そのまま荷物をまとめて自分の家に帰りました。
 
その後、何度となく彼からメールが来ました。その喧嘩は夜まで続きました。
普段だったら、すぐに仲直りするのに・・・
 
そのうち電話で話しました。長引く喧嘩に彼も疲れてきました。
 
売り言葉に買い言葉みたいに・・・
 
「そんなに死にたければ死ねばいいじゃん。」
「ああ、わかったよ。」
 
彼は人生の半分以上が病気で悩んでいました。もちろん何かあると死にたいと言っていました。
 
喧嘩したものの私は、メールをずっと待っていました。
 
次の日、電話がかかってきました。彼のお母さんからです。入院したいとも言っていたので
入院したと思いました。頭の中で色々、荷物揃えないととか考えました。
 
でも、お母さんから出た言葉は「昨日、亡くなった」と・・・
 
その時の私は、今でもはっきりと覚えています。
半分倒れかけ内容を聞いた事。
 
彼は、電車に飛び込み自殺しました。
 
前から、自殺願望はありましたが本当に死んでしまうなんて。
喧嘩だっていつものような感じ。喧嘩するたびに死にたいと言ってた。
 
私は信じられなかった。信じたくなかった。
 
第一、彼は具合が悪くて駅まで行くのも大変なはず。
私は急いで彼の家に行きました。彼は居ませんでした。
 
彼と会えたのは亡くなってから、2日後。
彼は、棺桶に入っていました。冷たくなって顔には、たくさん傷がありました。
 
彼のお母さんは、きれいになってると言っていました。亡くなった直後に警察から呼ばれて
確認した時は、包帯と血だらけで誰だか分からなかったと言っていました。
 
私は彼に謝りました。たくさん、たくさん謝りました。
 
あんな喧嘩しなければ・・・後悔しかありません。
前から自殺願望があった彼の背中を押してしまったのは私です。
 
憔悴しきった私は自宅に戻り、喪服を用意しました。次の日に葬儀が行われます。
彼の希望もあって密葬です。彼の両親と彼のお姉さん、あと数名と私だけです。
 
しっかり彼を送らなければと思う反面、私は一人では歩けない状態。
次の日の葬儀は、出るのを諦めかけました。喧嘩して自殺までさせてしまったのは私。
でも、彼が一番会いたいのは私です。
 
彼を見送る何時間だけでいいから、私の体が持ちますように・・・
私は一睡もしないで、次の日の葬儀に出ました。
 
「待たせてごめんね。会いに来たからね。」彼の顔を見ました。彼の目から涙が出ていました。
 
彼の好きだった物をたくさん棺桶に入れてあげました。
密葬と言うのは、本当に寂しいです。自殺と言うだけで、早く葬儀を終えてしまおうという感じです。
 
私は、ずっと彼の傍から離れませんでした。
出棺の時、最後にキスをしました。みんなが見てる前で・・・これが結婚式だったら良かったのに・・・
 
焼かれてしまう前に最後に、また顔を見ました。
今度は反対の目から涙を流していました。言葉は、もう口に出来ないけど彼の気持ちが伝わりました。
 
自殺する前にも私が作ったマカロニサラダを食べてから駅へ向かいました。
いつもなら片付けて置くのに、テーブルにお皿を残していきました。
「美味しかった。ありがとう。」ちゃんと私には伝わりました。
 
言葉にしなくても分かります。
 
そして、彼は小さくなって実家に帰りました。
 
後日、彼の遺品も片付けました。2人で揃えた物が次々に壊され消えていきました。
遺品整理は、とても辛かったです。そして自宅を手放す時は悲しかったです。
 
彼は、電車に飛び込んだので新聞にも載りました。
確かに迷惑をかけてしまったのは事実です。関係者の方には申し訳ないと思います。
でも、色々な事情があって・・・選んだのが電車だったんです。
 
心が弱っていた時にパソコンで彼の事が書かれてるサイトを見つけてしまいました。
電車事故で亡くなった人を書き込む所です。
「○○駅で飛び込んだぞ」「やったー!!」「そいつ死んだ?」そんな感じのやりとりです。
 
中には、血だらけの彼の写真を4枚掲載した人もいました。
削除されていたので見なくて済みました。でも、見た人は「どす黒い血だ」「こんなに出たら即死だね」
「今日は黒ビールで乾杯」彼の死を喜んだ人もいます。
 
私は、殺された気分になりました。
 
私は、自分を責めました。喧嘩しなければ・・・泊まりにいかなければ・・・そんな思いです。
でも、最終的には彼と出会ったりしなければ・・・になります。
それだと、楽しかった思い出も全部否定しなければいけません。
 
私も、何で生きてるのか、どうやったら死ねるか考えています。自殺願望もあります。でも、絶対に出来ません。
彼の家族を苦します事になるからです。毎日、生き地獄だと思っています。
 
死んではいけない気持ちと、死にたい気持ち。
今年、2回手首を切りました。はっきり言って死ねないです。
こんな事をしたら、彼に怒られます。
 
彼が天国に逝って今月で10カ月になります。立ち直ってみせる!!
それは一生かけても無理な事です。彼を愛してるからです。
 
最近、素直に生きてみようと思っています。
泣いてもいいし、死にたくなってもいいし、笑顔でもいいし。
 
彼が亡くなった時は、もう何も楽しみたくないと思いました。出来ないと思ったし。
でも、それだと彼が悲しむから楽しみを作っています。
1番最初に始めたのがパソコンです。彼から教えてもらいました。
 
1年前の私はパソコンの電源がどこにあるか分からない程でした。
彼に教えてもらったのを無駄にしないようにしています。
でも、心が弱っている時は『死』を検索してしまいます。これは、悪い癖です。
 
今週、弱りきった私が出会ったのが『よっしーさんのブログ』でした。
去年の同じ時期に、同じような形で・・・
ビックリしたのと救われた気がしました。(中原さんの言葉も知っていました)
 
よっしーさんの気持ちが痛い程わかります。よっちゃんの気持ちもです。
喧嘩で出る言葉って本心じゃないと思います。私も彼に嫌いだもんね~とか
わざと言ったりしてました。
 
自殺願望の人には、生きると死の境目があって死の方に意識が導かれたと思います。
意識が死に導かれたら、彼であって彼では無くなってると思います。
 
彼が駅に着くまで30分あるんです。死を決めてから30分です。
普通の感覚だったら怖くて出来ないはず。だから、普通の精神ではなかったと思います。
そう思いたいです。
 
中原さんの言葉のように、痛みも一瞬・・・であってほしいです。
 
よっちゃんも、同じだと思います。行動をとってしまったけど、喧嘩で出た言葉は本心じゃないです。
多分よっちゃんも、よっしーさんに「ごめんね」って謝ってると思います。
 
色々あったかもしれない。だけどよっしーさんと結婚出来て、幸せだったと思います。
 
大好きなあなたと居られたから、写真の中のよっちゃんは笑顔なんだと思います。
愛してるって言葉は今からでも遅くないです。ちゃんと、よっちゃんには
伝わって喜んでいますよ。
 
あんなに可愛いクリスマスプレゼントだって、お花だって全部
喜んでいます。笑っているよっちゃんが想像できます。
 
だから、難しいとは思うけれど自分を責めるのを止めて自分を許してあげて下さい。
時間をかけててでも。無理だ、自分が殺したと今も思ったでしょう?
 
償いは自分を責める事ではないです。よっちゃんを一生、愛して生きていくだけで充分です。
 
『ごめんね』ではなく、『ありがとう』の方がよっちゃんも嬉しいと思います。
 
今日は、こんな事があったよとか・・・
今日は、CD聞いたよとか・・・
 
謝るのではなく、よっしーさん小さい幸せを見つけて下さい。
思いっきり泣く日があってもいいです。死にたいと思ってもいいです。
だけど、よっちゃんに『ありがとう』と言ってあげて下さい。
 
私も、書いていて自分に言い聞かせてる感じです。
毎日のように具合も悪いし、死にたいと思ってしまうし、電車は怖いし、赤い色も怖いし。
 
でも私は勝手に、よっしーさんの事を仲間だと思っています。
 
辛い思いをしてるのは、私だけではないと勝手にです。
よっちゃんの誕生日は4月。私の彼は5月です。誕生日も同じ気持ちで過ごしたと思います。
 
すごく長いメールになってすみません。
 
こうやって彼の事を話したのは初めてです。よっしーさんだから、メール送らせてもらいました。
よっしーさん、ブログありがとうございました。
これからも、ずっと見ます。(今、ずっとはないと思いましたか?どうせ死ぬからと思いましたか?)
私は、よっしーさんが死んだら悲しいですよ。
 
愛する人を亡くし、今生きてる者同士。
本当に仲間だと思っています。
体には、お互いに気をつけましょうね。
 
最後まで読んで頂いてありがとうございました(^-^)
 
 
優香

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commitsuicide at 20:52|Permalink

2010年08月03日

【自死遺族の投稿記事】「旅立ってしまった愛する妻への思い」【はっと(・A・) 】

「ペンネーム:はっと(・A・)」さんより、記事の投稿を頂きましたので、掲載させていただきます。

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私もつい2ヶ月前の2010年6月3日に最愛の妻を亡くしました。
けんかをした翌日の夜20時ごろに、首を吊って変わり果てた妻を見つけました。
すぐさまベッドに寝かせ、呼びかけをしながら人工呼吸と心臓マッサージをしましたが、反応がありませんでした。
でも、まだ体が温かかったので、一縷の望みに賭け、救急隊と搬送先の病院の方々に託しました。

でも、もう遅かったのです。宿直医の方に
「強心剤を打っても心臓が動きません。瞳孔も開きっぱなしです。そして、もう肺から出血されています。手遅れです。」
と言われ、終わった、と漠然と思いました。
そして、お別れを促された時に、元々妻は躁うつ病で苦しんでいたので、
「よくがんばったね。ようやく楽になれたね。」
となでてあげました。

その後、霊安室に移った妻の亡骸を見て、
「俺のせいで絶望させてごめんね。本当に愛してるよ。今はゆっくりお休み。」
と抱きしめて、おでこにキスをしました。

翌日、監察医の方から妻の死亡検案書の確認を求められたとき、ようやく涙が出ました。絶叫しました。
死亡推定時刻は19:00。1時間あまりも旅立とうとしていた妻を放置してしまった。
妻の最後を見取ってやれなかった。妻はどんなに寂しかっただろう。
そんなことを考えると、嗚咽が止まりませんでした。


妻と私の出会いは、2002年の年末で、社内恋愛をしました。
付き合いはじめたときに、
「私はうつ病で、毎日こんなに薬を飲んでるの。それでも私でいいの?」
と妻から言われました。
同情の気持ちもほんの少しありましたが、妻は天真爛漫で笑顔がすてきな女性でしたので、
「そんなことは関係ないよ。一緒に幸せになろう。」
と答えました。
妻は微笑んでくれました。

しかし妻の情緒不安定なところに、かなり振り回されることが多くなりました。
特に同棲しているにもかかわらず、
なかなか結婚の話をしない私に苛立ちを感じていたようです(といっても付き合って3ヶ月ぐらいだったのですが)。
そこで、少しでも落ち着かせてあげようとプロポーズしました。

2人でてんやわんやしながら結婚の準備をし、無事式を挙げられました。
その日の夜、奮発して取ったホテルの一室で私にささやいてくれた妻の一言が忘れられません。
「私、本当に幸せ。ありがとう。」

でも、妻のうつ病は一向によくなりませんでした。
私の帰りが遅くなることが多かったのも原因の一つです。
やがて妻は自殺未遂を繰り返すようになりました。

どうも妻は境界性人格障害の傾向もあったようです。
繰り返した自殺未遂は、どう考えても簡単には死ねない方法ばかり。
本人には自覚がないようでしたが、私に早く帰ってもらいたい(=私をコントロールしたい)ばかりに繰り返していたようでした。

妻もこのままではいけないと自覚しており、
一人で家で待ってるのがいけない、でも仕事に出てもうつ病ですぐ休んでしまう
かといって子供を作るには薬の副作用と産後うつが怖いので、
子育ての訓練と称し、犬を飼うことになりました。
犬を飼い始めて、妻の笑顔が増えました。
犬を連れて出かけることも多くなり、すべてはよい方向に行くように思えました。

しかし、私の安月給と妻の不安定な収入では家計が苦しくなってきました。
外食が多くなっていたので、食費を削減する相談を妻とし始め、
さらに私が高収入を目指し転職し、また残業ずくめに日が多くなったところ、
日に日に妻が不安定になってきました。
今までと違って、1日中不機嫌になることが多くなりました。
些細なことで包丁を持ち出したりしたこともありました。
そして入院施設がある心療内科に年に1~2回、入退院を繰り返すようになってしまいました。

何回目かの入院で、躁うつ病だと告知されました。
不機嫌になったり包丁を持ち出してしまうときは、躁うつ混合状態ということでした。
躁うつ病は基本的に直らない、一生つきあっていかないとならない、
と妻は知って、絶望していました。
でも何度かの自殺未遂で懲りたようで、「自分で死ぬ気はなくなったんだよ。信じて。」といっていました。
だけど、「消えてなくなりたい。天災か何かで消えてしまいたい。」とも言うようになりました。

何とか助けてあげようと、中古マンションを購入し、心機一転、新しい生活をはじめることにしました。
始めは躁うつ混合状態が度々でてきて、
「いっその事、死んでしまえばいいのに…。いや、行方不明になってくれたほうが諦めがつくか。」
なんて思ったりしたことがありましたが、ほんの少しずつですが徐々に穏やかになってきました。


しかし、今年の5月に入り、妻のうつ病傾向が強くなってきました。
元々妻のうつ病は5月~9月ごろひどくなります。
このころ、妻は知り合いの会社にアルバイトとして入社し、自由に働ける環境にいましたが、
それでも出社すらできなくなっていました。

運命の日の前日、6月2日。
毎月の通院日なので、私も会社を休み、妻と一緒に担当医にうつ傾向の相談をしました。
そこで新薬のリフレックスが処方されました。
これでなんとかなるのかな、と少し希望を持ち、
近所に好きなラーメン屋(ラーメン二郎)の系列店が出来ていたので、2人で幸せいっぱいに舌鼓をうち、
そして、自宅に帰って2人でもののけ姫のDVDを見ました。
その後、晩御飯を買いに行ったスーパーでけんかをしてしまいました。
妻が前々から約束していた献立を、私が反故にしてしまったのが原因です。
妻は怒り、晩御飯を食べずに処方された薬を飲んで先に寝てしまいました。
でも妻は軽くいびきを書きながら豪快な寝相で寝ていたので、大丈夫かな、と思って私も寝床に入りました。

しかし、この経緯がいけなかったようです。
リフレックスの副作用で、妻は朝まともに起きれず、
昨日のけんかの影響で精神が不安定でした。
そして、リフレックスには恐ろしい副作用があったのです。
『自殺念慮、自殺企図のリスクが増加するとの報告がある』
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/PDF/780009_1179051F1029_1_06.pdf

妻は、私とけんかをして怒りが収まったあと、一方的に怒ってしまった妻自分自身に絶望してしまうようでした。
おそらく、当日は夕方に目覚めて自分自身に絶望したところで、リフレックスの副作用がでてしまったのではないかと思います。
その証拠に、自殺未遂をするときにいつも残していた遺書を今回は残しませんでした。

よっしーさんと同じく、私も妻に対して後悔の気持ちでいっぱいです。
愛しているからなおさらです。
毎朝、「愛してるよ」「ごめんね」の声を遺影にかけています。
妻はIT関係の技術者として優れた才能を持っていました。
妻のblog:http://blogs.wankuma.com/naoko/
妻のサイト:http://naoko.wankuma.com/index.html
沢山の人に慕われていました。妻の死後、妻を知る沢山の人にお会いしました。
妻の知人に申し訳ない気持ちで一杯です。
妻を幸せにしてあげたかった。
夭折するとしても最後を看取ってあげたかった。

先日、就寝時にまどろんでいると、
「あ~あ、死ぬんじゃなかった。」
という非常にリアルな妻の声が聞こえました。
嗚呼・・・私が嫌いになって死んでまで逃げたんじゃなくて、単に事故だったのかな、
と少しは気が楽になったこともありました。
でも、まだまだ時折悲しくなって嗚咽してしまいます。
愛犬の足を洗っているときに、抱きついて泣いてしまったこともありました。

今はとにかく一人でいるのが寂しいです。
人が恋しいです。
自分だけでなく妻との思い出も一緒に愛してくれるような人に逢いたい。
そんな人に逢えるのだろうか、と自問自答しているところです。


はっと(・A・)

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commitsuicide at 21:22|Permalink