台紙

J3以下のカテゴリーには様々な運営形態のチームがあります。
プロクラブ、アマチュアクラブ、実業団、学生、そしてセカンドチーム。


一括りにセカンドチームとは言っても「設立の経緯や意義は様々」というご指摘を頂き、全国のセカンドチームの実態や特徴を知るために、セカンドチームにフォーカスしたコラムをシリーズでお送りしています。

第3弾は、2016年に活動を終了した、九州サッカーリーグ、鹿児島ユナイテッドFCセカンドです。




前編: http://blog.livedoor.jp/commusoccer/archives/49976855.html



■2015年のセカンド
2015_全体

2015年の新生セカンドは順風満帆とは程遠いスタートを切った。

チームに継続して残る事がリリースされていた選手が開幕前にチームを離れ、ある程度チームが仕上がっていないといけない3月中旬のトレーニングマッチで選手の人数が揃わず、中学生を交えて何とかゲームをこなしていた。九州リーグはアカデミースタッフを選手登録して何とか人数を合わせたが、戦力も小粒になり、軸になれる選手がいないチームは序盤から低迷した。

kuriyama

チームが好転したのは、現役を引退し、U-15監督となっていた栗山裕貴が試合に帯同するようになってからだった。本業がU-15監督で引退した身なので、現役時代のキレはなくなっていたが、一方でプレッシャーからも解放されて伸び伸びとプレーしているようにも見受けられた。例えるなら、サッカー部が体育の授業で本気を出すみたいな感じだ。それに引き出されるように他の選手達も躍動した。

栗山裕貴の活躍により、チームは無事残留出来るのだが、セミリタイアしているアカデミースタッフに頼らないと勝ち点を取れない脆いチームだった。

■2016年のセカンド
scond16

何名かの選手はチームを去ったが、2015年シーズンの主力は残る事になった。また、新たに監督を招聘し、アカデミースタッフには頼らないチーム作りを行っていた。

kakuno

後にトップに昇格した角野翔汰等の数名の選手は、前シーズンよりも逞しさが増し一皮むけそうな印象を受けたが結果に繋がらなかった。地震の影響でリーグ戦の試合数が半分に減った事も影響しているだろう。試合数が減った事で1試合の重みが増し、勝ち点を落としたら次に挽回というのが難しくなっていた。

ただ、このシーズンは、2種登録していたU-18の選手達の出番が増えたり、トップで出番の少なかった塚田翔悟を育成型期限付移籍で加えたりと、随所に「アカデミーらしさ」を見せるシーズンでもあった。鹿児島ユナイテッドFCのU-18は、高円宮杯も県リーグで下のカテゴリーであるため、試合数がまだまだ足りない。一部の選手に限られたが、九州リーグを体験できるのは、経験値を得るためにも大きな意味を持ったはずだ。

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U-18キャプテンの本田陽司は、九州リーグのリズムにすぐさま順応して大人に混じっても遜色ないプレーを魅せた。

yamanouchi

一方でGKの山之内幹はフィジカルを鍛えないといけないと実感したはずだ。チームは最下位に終わったが、U-18のメンバーのレベルアップの為にも九州リーグに残留し、翌年以降もチームは継続して欲しいと願っていたのだが。。

■活動終了と共に見えてきたもの
クラブは2016年10月19日にセカンドのセレクションを行う旨のリリースを出した。
http://www.kufc.co.jp/information/11439/

時期的に選手が集まるのか疑問に感じたが、天皇杯開催が前倒しになる関係もあり、例年以上にチームを早く仕上げないといけない事情がこのリリースに繋がったのだと当時は思っていた。募集対象が満19歳~満22歳と年齢制限をかけているが、2015年のサポカン時に「ゆくゆくはセカンドにアンダー26等の年齢制限を設ける」ことを発表していたので、その移行を行うつもりだったのだろう。

ところが、12月28日、角野翔汰のトップ昇格のリリースと共に、活動終了のリリースがされた。
http://www.kufc.co.jp/information/academy/14534/

実は、私はリリース前にとある筋からこの情報は得ていた。この年、クラブはJ2ライセンス不交付という通知を受け、ネックとなっていたスタジアム問題に取り組み出した。また、それと同時にJ2昇格を現実的な目標に掲げた中で、セカンドチームに回していた予算をトップチームの強化費に充てるのがセカンドの活動終了の目的だ。

2015年の九州リーグの登録料は徳重代表がGM、強化部長の反対を押しきってクラブ負担としていた。あるスタッフは「セカンドチームはトップの下のカテゴリーに」という理想を語っていた。一方で、GMはクラブの体力を考え、セカンドチームを持つのは厳しいと考えていた。2015年のセカンドに選手登録をしていたアカデミースタッフにはスタッフに専念するよう言っていたと聞いている。

10月にセカンドのセレクションのリリースが出され、12月末に活動終了のリリースと、短い期間の中でクラブが方向転換を余儀なくされた背景には、「セカンドチームの在り方」について、フロントスタッフの間でもズレが生じていたように思える。

■鹿児島のU-18世代の現状
鹿児島ユナイテッドFC U-18の選手は、今シーズンからセカンドに登録して九州リーグを戦う事が出来なくなったため、今後は、トップチームに2種登録され、ゆくゆくはJの公式戦に絡めるレベルに達する事が目標となる。現時点ではまだその域に達していないが、シーズン開幕前のトレーニングマッチに出場した選手もおり、今後もそういう形で出場させてもらえる可能性はある。

現役の高校生をJの試合に出すレベルに育てるには、アカデミースタッフの質の向上が求められる。

余談だが、鹿児島の高校サッカーは年々レベルが低下してきている。今年は神村学園の高橋大悟、鹿児島城西の生駒仁と将来が楽しみな選手はいるが、ひと昔前はこういった選手が1つの学年に何人も出てきていた。現在、人口10万人あたりのJリーガー数が全国1位だそうだが、"鹿児島出身"でなく、"鹿児島の高校を卒業した"Jリーガーとなると、J1クラスで活躍している選手は大迫勇也の年代以降育っていない。

2種はその年代を代表する選手がJユースに集まりがちなので、鹿児島の高校サッカーからJリーグを目指す場合、大学経由で加入する事が現実的なルートになる。しかし、その「大学経由」も関東や関西の強豪大学へ進学すると試合に出られない例も多い。正月の高校選手権でも県代表の鹿児島城西高校のサッカーは「堅守を売りに」と言えば聞こえは良いが、サッカーの質、細かく突き詰めればボールを回す時に緩急をつける事が出来ていない。

厳しい言い方になるが、やっているサッカーの質は低い上にタレントも育っていないのが鹿児島の2種の現状である。鹿児島ユナイテッドFC U-18はこの閉塞感を打開できるよう、まずは指導者の質を上げてもらいたい。

■セカンドチームの在り方とは

セカンドチームはどう在るべきだったのか。

クラブは当初、ファジアーノ岡山ネクストに近い形にしようとしている印象を受けた。だが、これは私の希望にもなるが、チームが練習時間を夜に変更した事で、仕事をしながらでも高いレベルでプレーしたい選手の受け皿にもなり得たのだから、サッカー選手として生計を立てたい選手や、働きながらでもレベルの高い環境でプレーしたい選手を受け入れつつ、U-18の有望株に実戦経験を積ませる場として、Jリーグチームが鹿児島に出来た事で課題となってくる、国体を見据えた社会人1種、アマチュアの強化という点でセカンドチームを有効活用してほしかった。

セカンドチームは様々な視点から活用できるチームだったと思う。予算という問題がつきまとうとはいえ、無くすのは非常に惜しいチームだった。

FC KAGOSHIMAとヴォルカ鹿児島の統合、鹿児島ユナイテッドFCの誕生、JFL昇格、J3参入、鹿児島サッカーの大きなうねりの中で、鹿児島ユナイテッドFCセカンドというチームがあったことを、私は忘れない。


ありがとう、そしてさようならセカンド。




■あとがき



■編集後記
最初に、鹿児島ユナイテッドFCのサポーターの皆さんに、セカンドについてのコラム執筆を打診したのは、2015年シーズンのサポカン前あたりだったかと思います。しかし、その時の打診に対しての鹿児島サポーターの皆さんからの返事は、

待ってくれ。今はその時期じゃない。

というものでした。daiさんにコラムを寄稿いただいた今となってみれば、2014年から2015年にかけての変化があった、とても難しい時期だったということですね。

このやりとり以降も、鹿児島サポーターの方々と交流をさせていただいて、セカンドの様子は少しですが伝え聞いてはいました。多くの方がセカンドを思い、所属選手をサポートし、セカンドのために尽力されていました。

トップチームではなく、セカンドの試合のために海を越えて沖縄まで来るのは、本当に大変なことです。

08_2014_大幕
https://twitter.com/commusoccer/status/513982035140964352

20mはあろうかという大段幕と太鼓を担いで飛行機に乗るなんて、想いが無ければできないことです。

09_2014_小隊
https://twitter.com/commusoccer/status/513538703646408704

セカンドの解散が発表された時、真っ先に思い浮かんだのは、彼らがスタンドで応援している姿でした。そして、愛情に溢れた応援の声が脳内に蘇りました。

10_2014_マスクマン
https://twitter.com/union_tigre/status/511838429122801664

鹿児島ユナイテッドFCのサポーターといえば、JFL昇格初年度に大量のマスクマンが発生して有名になりましたが、彼らがなぜマスクを被ったかを知っていますか?

鹿児島ユナイテッドFCは、ご存知の通り、ヴォルカ鹿児島とFC KAGOSHIMAが統合されてできたチームです。地域決勝でも、成績の優劣で登録番号が決まるとあって、最後の最後、地域決勝の決勝ラウンドまで死闘を演じたライバル以上の存在でした。

つい先日まで火花を散らしていた両チームのサポーターに「統合したから一緒に応援してね」と言っても簡単にわかりましたとはならないですよね。チームのため、選手のため、鹿児島のためとは言っても、何ともいえないバツの悪さや、複雑な感情があったといいます。

そんな時「どの面下げてスタジアムに行けばいいんだよって思うんなら、そのどの面にマスクを被れば良いんじゃね?」となって、大量のマスクマンが誕生したそうです。

今では、スタンドの様子を見るとマスクマンも大分減ったように思います。少し時間が経って、様々な想いを消化できた方もいると思いますし、鹿児島ユナイテッドFCになってから応援しているというファン、サポーターがだいぶ増えてきたということかなとも思います。

時は流れ、時代は変わって行きます。

ただ、クラブ統合という鹿児島サッカー大変革の荒波を、独特のユーモアと鹿児島への思いで乗り切ったサポーターがいたこと、そして、ヴォルカ鹿児島の系譜を継ぎ、3年という短い時間ながら、多くのサポーターに愛された鹿児島ユナイテッドFCセカンドというチームがあったこと。

それを、何とか形として残したかった。

11_2014_サポーター
https://twitter.com/union_tigre/status/511822149305135105

セカンドも、鹿児島ユナイテッドFCの大切な歴史なのですから。

コミュサカ@管理人



【コラム】宮崎からJリーグ入りを目指す2つのクラブについて
http://blog.livedoor.jp/commusoccer/archives/49850352.html


著者
dai
dai @daisan0512

NO 全攻切守 NO LIFE
http://daisan512.blog24.fc2.com/

紹介
 鹿児島ユナイテッドFCサポーター。ヴォルカ鹿児島時代から応援し、ホーム・アウェイに関わらず試合会場に駆けつける。daiさんのブログ「NO 全攻切守 NO LIFE」は2008年から記事を更新し、学生サッカーから社会人サッカーまで広く網羅している。詳細な試合レポートと冷静な分析は秀逸だ。

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