第42回東京モーターショー2011には、“世界一のテクノロジーショー”という「裏テーマ」があります。
かねてから会場規模や出展者数、展示面積などが小さめの東京モーターショーはもともと、自動車技術・コンポーネンツ技術、それにデザインなど、自動車工業が急激に発達した国らしいブッ飛んだ内容を誇ってきました。アジア某国の自動車ショーが、我が国のそれをはるかに凌駕する規模で開催されるいま、東京モーターショーならではの特徴を改めて強調するのが今回の開催テーマなのです。

ところが、かつて革新技術として“こんなんできたらいいなー”くらいに提案されてきたEVやハイブリッド車などの技術、あるいは内燃機関の技術が、2000年代半ばから急速に現実になりはじめ、実用車に採り入れられるようになってきました。
「リアルで使えるようになった革新技術を、どのように実用車に反映していくか?」。
今回のショーは、そんな宿題を無言のうちに課しているように思えましたし、またそこが見所だと思います。

さて、その中で背筋がゾクゾクするほど印象的だったのが、タイトルの『SAKURA』でした。
『SAKURA』は、慶應大学電気自動車研究室が、環境省の「産学官連携環境先端技術普及モデル策定事業」の委託を受けて開発した次世代大型EVバス(電動低床フルフラットバス)で、今年4月に完成、披露会と試乗会も行われています。ですので、モーターショーの話題という点では目新しくはありません。しかし、“世界一のテクノロジー”、そして「リアルで使えるようになった革新技術を、どのように実用車に反映していくか?」を最も素晴らしく体現しているのは、このバスだと思います。

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西館3・4ホールに展示される『SAKURA』。
モックアップではありません。2ナンバー登録の本物のバスです。
エクステリアデザインはいすゞデザインセンターによる。
パネルや柱に綺麗なハリをもたせ、クルマ全体の美しさで存在感を表す手法はいすゞデザインの特徴。
厳密にはいすゞ車ではないのだが、こういうクルマのデザインがダントツに魅力的なのはいすゞの伝統か。
ちなみにブースのデザイン、パンフレット、説明員、ブース運営はみな慶大生が行っています。
先進のEVメカニズム

『SAKURA』は、国産大型ノンステップ路線バスと同クラスのクルマですが、ホイールは17.5インチと小径、しかも65偏平というロープロファイルタイヤを前後4輪ずつ、計8輪装着します。
普通の大型バスは22.5インチ径で80偏平、また大型トラック低床4軸車でも19.5インチ径で70偏平ですから、ホイールの小ささがよくわかるでしょう。
8つのホイール内にはすべて電気モーターが内蔵されていて(ハブモーター、インホイールモーターなどと呼ばれる)、サスペンションから上には、モーターもエンジンもありません。その足回りは、なんと総輪ダブルウィッシュボーン独立式エアサスペンションです。
ホイール内蔵モーターは、ハブモーターとかインホイールモーターなどと呼ばれていますが、大型商用車でこれを公道走行レベルにもってきた例は、世界でもまだまだ少ないです。

シャシは、『集積台車』と呼ばれる独特の構造で、薄型のリチウムイオンバッテリー(最新の東芝製SCiB電池)とインバータ、その他コントロールユニットなどランニングコンポーネンツをすべて納めており、その天地の厚さは通常の大型ノンステップ路線バスの床下構造とほぼ同じにまとめてあります。
集積台車のフレームと、その上に架装されるバスボデーをアルミ骨格構造として、軽量化を図っています。アルミフレームは、最近の高級乗用車やスポーツカーで実用化されていることや、軽量化の対策としては考え得るものなのですが、やはり大型商用車にとって先進的なアイテムであることは確かです。

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『SAKURA』のリヤビュー。
後2軸にはスパッツを装着してあります。後輪もシングルタイヤです。
総輪独懸なので、後軸にステア機能をもたせることも比較的容易だと思われます。
普通のバスは右側面後方に非常口がありますが、『SAKURA』はエンジンがないので、
後構面に非常口を設けることができました。
脱出のしやすさや安全性では、後構面に設置する方が当然有利です。


この集積台車というシャシシステムは、同じく慶大電気自動車研究室が開発した高速EV乗用車『Eliica(エリーカ)』のコンセプトを踏襲したものです。
ハブモーター内蔵小径タイヤを4軸8輪とすることで高出力・高速性能を実現しながら、床が低くて乗降しやすく、また大きなキャビン容積も確保するというコンセプトは、『SAKURA』でよりハッキリ反映されていると、集積台車を発案・開発された同研究室の清水浩教授がプレスブリーフィングで述べておられました。

理想の路線バス

『SAKURA』はEV大型車のメカニズムだけではありません。大型ノンステップ路線バスのパッケージングを進化させている点でも素晴らしいのです。
小径ホイールとすることで、客室フロアの凸凹が大幅に小さく、少なくなり、前扉から中扉はもちろん、後端の非常口までフラットなフロアを実現しています。しかも大きなホイールハウスのために生じていたシート配置や向き(一部の国産車や欧州車では座席が後ろ向きになる)の無理も、かなり解消されているのです。

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『SAKURA』の客室中央付近から前方を望む。
小径ホイールのおかげで、車室内に突出するホイールハウスが小さく、床のフラットなエリアが広い。


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客室前方から後方を望む。フラットな通路が非常口まで続いている。


いま、日本の大都市を中心に普及している「標準仕様ノンステップバス」は、従来型リヤエンジンバスシャシをベースに、可能な限り安価でノンステップバスを普及させるために考えられたレイアウトのため、リヤアクスルやエンジンを覆うために中扉以降に雛壇ができています。ノンステップエリアはバス客室の半分ほどしかないのです。
もちろん標準仕様ノンステップバスには、ノンステップバスを最低限のコストで普及させた意義を認めなくてはならないのですが、路線バスとして必ずしも理想的なパッケージではありません。例えば、ノンステップエリアの座席が少ない(妊婦や老人が気軽に座れる席はさらに限られる)、雛壇上の座席は座りにくい(段差を乗り越えなくてはならない、床面の凹凸が多い、座席確保のためピッチが狭い)といった弱点が残っています。
あるいは、車両サイズやパワートレインの関係上、日本の路線バスに、多数の人間が移動するためのクルマとしての理想をこれ以上追求するには、既存のパッケージングでは限界があるといえるでしょう。

『SAKURA』は既存のクルマの単純なEV化ではなく、電気駆動だからこそできるパワートレインのレイアウトの自由度を活かして、路線バスとして理想に近い客室レイアウト・フロア高を実現しています。
ノンステップエリアが多ければ、妊婦や老人の移動が楽になるでしょうし、座席に座れるチャンスも増えます。ホイールハウスが小さければ、それと重なる座席も座りやすくなります。つまり、バスのパッケージングを“確実に進化できるレイアウト”なのです。
そして『SAKURA』が素晴らしいのは、これが理想だけ並べたハリボテではなく、実証試作車として走り、人を乗せられ、ナンバーさえ取得している本物のクルマであることです。もちろん、慶大だけではなく、さまざまな部品をサプライしているプロジェクト参画企業の協力もありますが、ここに日本のサプライヤーの技術力をみることもできます。昨年のハノーファーIAAでも、このクルマに匹敵する先進性と実用的パッケージングを兼ね備えたものはありませんでした。『SAKURA』というアイディアとそれを具体化した技術力は本当にすごいと思います。

クルマとして弱点になりそうなところもないではありません。EVに関する課題を別として、例えば、小径ホイールのために段差が大きいところや山岳地帯、多雪地帯の走破性があまり期待できないこと、タイヤの消耗が早いと想像されることなど、クルマ固有の特質として残るのではないかと思われます。もっとも、少なくとも平坦な都市内では大きな障害とはならないでしょう。こういう弱点をいかに潰していくかもイノベーションでしょうから、どこかのバスメーカーで実用化・汎用化を推進し、ウィークポイントをなくしてほしいものです。

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『SAKURA』の運転席。
ステアリングホイールはちょっと前のいすゞ大型車用と共通。メーターパネルはカラーLCDに表示される。


『SAKURA』自体はワンオフのクルマで、このまま量産化されるわけではありません。『SAKURA』によって確立される次世代バスの基礎技術は、それを実用化したいという国産車メーカーが現れれば、そこへ供与されることになります。そういうメーカーが現れることを期待せずにはいられません。
なお、集積台車はEVの開発・改造で知られる東京R&Dにより製作され、その実作業には研究室の学生が参加しています。
内外装のデザイン(担当デザイナーさんは、いすゞブースのコンセプトカー・T-NEXTも担当されています)と、アルミ製バスボデーの設計・製作・架装は、プロジェクトの協力企業であるいすゞ自動車が行っています。いすゞにとっても、このような画期的なバスを製作する機会は滅多になく、貴重な知見を得ることができたとのことです。

モーターショーでぜひ本物のイノベーションの素晴らしさに触れてください。