2018年01月18日

昨日今日明日

身の丈を知る。
わかるようでわからないのが己のこと。人様の欠点にはすぐに目が行くけれども、自分の欠点には目が泳いでしまう。素知らぬふりでやり過ごしたい。できることなら目を瞑り、上書きして塗りつぶし、虚勢を張ってしらを切りたい。(笑)

よくあることで、正したいと思いながらもズルズルと、、、。これが、建築会社にも言えることで、建築会社もまた人格を持っているんですね。自分の会社の欠点を自覚することは、これがまた大変難しいけれども、実は薄々気がついているからまた辛いものがあります。

昨今のゼロエネルギーハウスもこれにどう取り組むかという課題は会社の明日を決定づけてしまいます。建築会社はどこもこの命題と睨めっこしなくてはなりません。
ご時世なんです。時勢のせいばかりにはできない建築会社の責任。

ゼロエネルギーハウスは二つの取り組みからなります。まずはエネルギー消費を少なくするために建物に体力をつけること。頑健な体に頑健な精神が宿るわけです。冬は住まいから熱を奪い、夏は住まいに熱が溢れかえるのは貧弱な壁とお粗末なサッシからくるわけです。壁が貧弱なのは壁の中の断熱材の性能が低いから。断熱材の厚さが足りないから。サッシがお粗末なのはそれがアルミでできており、熱伝導率が異常に高く、おまけにガラスから熱が逃げ、夏は逆に熱が呼び込まれてしまう。
もう一つは自らエネルギーを創り出していくこと。

コモハウスで家づくりを始めた当初、サッシは絶対に木製サッシだと、そしてペアガラスだと思いました。アルミサッシなんて犯罪だと思ったのです。その当時は(今でも)アルミサッシが当たり前で、もちろんガラスはシングルでした。冬場に家のなから逃げて行く熱の実に48%は窓からなのです。
木製サッシを研究し、ローエン・ウィンドウズ社、ノード社、マーヴィン、アンダーセン、ペラ、アメリカのメーカーにメールをしてカタログを送ってもらい、その頃は日本で展開しているサッシメーカも限られており、アメリカから直接輸入しようと考えていたわけです。イタリアのサッシメーカーもEメールをするとすぐにカタログが送られてきました。池袋のジェトロの事務所で色々と調べているとアルメリアだったか、直接取引しませんかというサッシメーカーがありコンタクトを取ったのを覚えています。納期は1ヶ月ほどでさして難しい話ではなく、価格も驚くほど安かったですね。が、結局選んだのはアメリカのノード社のアルミクラッド木製サッシでした。外部は木製の枠にアルミで被覆しているのです。日本のアルミサッシよりも安いくらいでしたが製品はしっかりしていました。アルゴンガス入りのペアガラス。確か、インドネシアから運ばれてきたのはあちらに工場があるからでした。木製サッシも完全オートメーション化していて製作が難しいわけでもなく、ただ日本人にはどうしても木製サッシと聞くと雨に弱い、劣化が怖い、火が心配と「心配心配症候群」が強く、とても選択肢に選ばれないという情けない時代が長く続きました。その頃もPVCサッシがあったのですが、なんだか木製サッシのイミテーションのようでどうにも納得できなかったのです。
建物を頑健にする第一は窓なのです。第二は、断熱材です。これも今では高性能断熱材が華やかに並んでいますから選択肢は豊富ですが、あの頃は羊毛断熱材くらいしかなかった。そして最後に換気。換気の話はまた次回に。

さて、そんな時代も過ぎ去って、世はゼロエネルギーハウスの時代。私の場合は意識して省エネを目指したわけではなく、美しい住まいの条件として優れた断熱材、美しく高性能な木製サッシ、その先に快適な住まい作りがあると信じていたのです。その信念の屋台骨をぐらつかせたのは皮肉なことに建築基準法の防火サッシの厚い壁でした。準防火地域では選択肢はなくアルミ。防火認定の取れている木製サッシはわずかにケースメントくらいでは話になりません。

使うエネルギーをゼロにするには建物の省エネだけではもちろんできません。建物が自らエネルギーを作り出していく。その方法は残念ながら今のところ太陽熱以外に選択肢がありません。屋根にあのパネルを乗せて電気を作る。屋根に太陽光パネルを乗っけるのを厭わなければコモハウスの家は完全なる「ゼロ・エネルギー・ハウス」となります。


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2018年01月11日

ふるさとの家

ふるさとは遠きに在りて想うものなり。

近くで見るふるさとは、遠い日の思い出が嘘のようで、その変わりようは腰を抜かすほどでわたしの時代の大分はきっと夢なんだ。と、そう思います。
磯崎新の有名な県立大分図書館が出来た時、そのあまりの斬新さに腰を抜かしたものですが、(わたしは子供の頃からよく腰を抜かすタチなんですね。笑) その図書館も今は古ぼけて、斬新さを脇にやると建物の本質が見えてくるのかもしれません。

磯崎新

とは言え、わたしにとってはやはり大事な思い出とともに今もそこにあるのは嬉しい限りです。
(上の写真の渡り廊下の地下が自転車置き場になっていて、ああ、よく自転車でここにきたものです。)図書館の向かいにはあの府内城の城址公園があり、その敷地内に文化会館が落成したのも同じ頃だったかしら?落成したその年にスプートニクスという北欧のエレキ・バンドがやって来て当時の大ヒット曲「霧のカレリア」 なんて曲を演奏したのが嬉しかったなあ。そう言えば、同じ年の秋にザ・タイガースがデビュー直後に文化会館にやって来て、文化会館で野球をやったのは、、、(笑)わずかに二、三十人の観客を前に歌い跳ねながら演奏したのも懐かしい思い出です。それでもなぜか黄色い歓声が上がるもので、あくる年の春に「モナリザの微笑」が大ヒットして一気にスパーク。そのスパークする直前で、持ち歌もなかったのでローリング・ストーンズの曲ばかりやっていたのが嗚呼、これも懐かしい。その文化会館も今は取り壊されて、強者どもが夢の跡。時の経つのは早いものです。

足場府内城
文化会館の跡地にあったのは、はい、これがあのイルミネーション府内城の化粧を落としたお姉さんの素顔です。

さて、では、私たちの家づくりは果たしてこの時間軸に勝てるのか、どうか?大分の実家ももうかれこれ四十年近い古家となりましたが、大工の腕が良いのでしょう、寸部の狂いもなく、丁寧に棲みついできたおかげで室内はまるで新築(ちょっと大げさですが)、壁は左官壁でほんとうに美しいですね。ただし、寒い。どうしようもなく、寒い。断熱材は?入っているのでしょうが当時のことですからせいぜい20ミリ程度の名ばかりの断熱材でしょうね。サッシはスティールサッシで、結露はありませんがシンシンと寒さが募ります。着てはもらえぬセーターを、、、(おっと、これは違います)
そう。これは、犯罪です。「日本の家は三十年、住宅ローンは三十五年。」なぜこのような家しか作れなかったのか?これでは建て替えたくもなるでしょう。
そういえば杵築の城下町で築百年の一松邸を見学してきました。優に百坪はある木造技術の粋を集めた平屋の豪邸ですが、こんな寒い家に人は住めない。「技術の粋」は快適さを求めず、粋を求め、趣味に走る。欄間の技術が、組子の障子の職人技がいかに素晴らしくても、とうてい人は住めない。

家を住み継ぐとは、まず快適さが前提に立たなければ誰も継ぐ人はいない。快適であって初めて人はその家を守る決意を固める。いやまだまだ。快適であって、そしてさらにその家が魅力的であること。三十年を超えて愛されるために建築会社がやらなければならないこと。ゼロエネルギーハウスは当たり前。その快適さの先に私たちが求めるもの。心の琴線に触れる家づくり。それはとんでもなく難しい。しかし、とんでもなく素晴らしい。




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2018年01月08日

松の内は過ぎたけれど

早いもので今日はもう正月八日。
みなさま、遅ればせながら、あけましておめでとうございます🎍。戌年の本年もまた、よろしくお引き立てのほど、お願い申し上げます。
さて、正月早々、ちょいと風邪気味のコモハウス代表ですが 、ほんとうに久しぶりの風邪引きさん。くしゃみ三回ルル三錠。
昨日の日曜日大分から帰って来てバッタンキュウ。今日は午後から仕事もあったので必死の体で槍を構えてサク、サク、アサクサくさくさく。 
しかし、嗚呼しかし、とっても心温まるご家族にお会いできて、正月早々私たちはなんたる幸せ者。初めての打ち合わせも気持ちの良いあっという間の二時間でした。

さあ、今年もお正月から故郷大分に帰省して、今年の大分の目玉は国東半島の古い城下町、杵築でした。町全体でこの城下を育てていこうという意気込みが垣間見えて嬉しくなる、そんな思いにあふれた田舎の城下町。城下のあちこちに無料駐車場があり、先ずは来ちょくれんかい。来ちみよ。違うでえ。
杵築藩は三万二千石の小さな小さな領国ですが松平家の長い治世にあって安定した国づくりが行われたのでしょうね。 武家屋敷街、商人街 、石畳の緩やかな坂道、古い土塀が街並みに延々とつづく。代を重ねる古いお味噌屋さん、着物を着て歩くとどこも無料で見学できるという粋なサービスに、家内は「ほら、だから着物を着てくればよかった」と悔やむことしきり。大分は百花繚乱、山あり海あり、温泉あり、郷土料理に海の幸、高原あり、草原あり、別府湯布院宇佐神宮。体を清めて魂まで清め、なんて素敵なトコなんだ。あっ惚れ。
しかしこの杵築。てっきり漁師の町だとばかり思っていた私の認識不足。そうかこんなふるさとを持っていたなんて、ゴメン矢野。

杵築の城下町


大分は不思議な街で、大分駅が新しくなっていたのはびっくりですが、その駅のイルミネーションがとってもグー!

大分駅

そんな夜の大分市内を走っていたら、なんと、府内城址の中にいまは消失して跡形もないあの幻の府内城天守閣が忽然と夜の闇の中に浮かび上がっているではないですか。ええっ、なんだあれは?

府内城

これは、これは。文献通りの四層の天守閣。夜目にも美しいこのイルミネーション府内城は、再建したら30億円。足場板で作れば300万円。いや、その発想が素晴らしい。
こんな風にわが町大分は、とっても素敵なふるさとなのです。ふふふ。(笑)


 


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2017年12月29日

年末年始のご案内

今年一年お世話になりました。
また拙い偏見と独善に満ちた「作法、不作法」を懲りずにお読みいただいた皆様にここで改めて感謝の意を。
ありがとうございました。
偏見と独善はまだまだ続きます。お邪魔でなければこれからも、引き続き可愛がっていただければこれに勝る幸はありません。

書きつづけながら、しかし建築ってなんだろう?建築会社の責任ってなんだろう?わたしたちは何を持ってお客様の感動を惹きつける「家づくり」を実践できるのでしょうか?
家づくりの目的は人それぞれ。正解はひとつではありえないし、幾つもある正解の中からわたしたちは何を選び、何を捨てるのか?わたしたちが拾った解をどう育て、どうやってお客様に理解していただくのか?
わたしたちの努力はまず、その解を広く公開して提示すること。
その努力こそが「作法、不作法」をつづける唯一の目的なのだと私は思うのです。
こんな建築会社に家づくりを任せてみようと思われるお客様に決して後悔はさせません。

難しい時代がつづきます。そんな時代の建築は、決して難しくはない単純明快な建築こそが、その単純さを獲得する過程の建築の豪快さを、是非みなさまご一緒に踏み出していただきたい。

本年は明三十日の土曜日までバタバタと手仕舞いがつづき、来たる年の仕事初めは一月九日の火曜日からとなります。
ありがとうございました。良いお年をお迎え下さい。

コモハウス


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2017年12月26日

師走の景色、時代の風。

早いもので今年もあと残すところ一週間を切ってしまいました。
一年の、という単位がもうすでに時代遅れなのか?昔は十年ひと昔と言いましたが、これもすでに、二十年でようやくひと昔前と言えるようなご時世となってしまいました。

継続は力なり。然り。そういう意味でも奈良の金剛組。世界最古の企業の歴史が建築会社であるというのは建築というものの側面を見事に言い表しているようで、その千数百年の歴史を辿ってみたいと切実に思いますね。 
私たちの家づくりもコツコツと一年二年三年四年。そこから先の長い歳月をお施主様とおつきあいできるわけではないので住まいが成長していくということをいっとう最初にこれでもかというくらいに練り上げ、作り上げていかなければとあらためて思うのです。十年二十年三十年。いつか「千年家」と呼ばれたら、それはわたしたちの立派な勲章。はてしない夢。永遠の夢。そんな夢物語をかなえてくれる家の実相はどのような思想で成り立つ住まいなのでしょうか?

住まいはおそらく人類の誕生から今日まで営々と積み上げられてきた生きるための工夫。工夫はいつしか生存のためだけでなく、生きる歓び、楽しみ、安息、愛や悲しみ、時には後悔、悔恨、忸怩たる思い、そうした一切を包み込む人生という繭のような安心感に包まれる空間へと広がっていったのでしょう。だからこそ、家はこれでいい、という着地点がない。着地点がないということは、もしかすると出発点もないのかもしれない。
出発点のない家づくりは、建築会社にとっては最大の難問です。何を目標に家を建てれば良いのか?それは建築会社の姿勢を問う根源的な「問いかけ」なのかもしれません。

たくさんの先人がその問いかけに答えて名作と呼ばれる住宅を残してくれました。その一軒の家に注がれたはてしない情熱と高い理想。はたせなかった夢もそこにある。一方で家づくりは偶然の賜物。偶然は落っこちてはいない。偶然は取りに行かなくては手に入らないのも事実。そんなことを思いながら今年も暮れていく。

さて、師走も押し詰まった昨日、以前から頼まれていたお客様のカーテン・レールを取り付けにようやくお伺いすることができました。なかなかアイディアがまとまらず、結局なんやかやでデザインに優に一ヶ月。(もっと?)製作に二ヶ月。取り付けに二日。全部で14箇所の窓に10セットのアイアンのカーテン・レール。出来上がるとそんなことも忘れてとても美しい仕上がりに大満足。(自己満足ってやつです)
お客様も喜んでいただけたでしょうか。たかがカーテン・レールと言うなかれ、カーテン・レールの奥はまことに深いのです。

カーテン・レール1





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2017年12月12日

日本の家は30年、住宅ローンは35年。

とある建材会社のパンフレットにさりげなく記載されていたこの一文。これは、多分、ジョークですよね?シリアスだとすると救われない。救われない家づくりに励む建築会社はさらにジョークを通り越している。

設計図面とにらめっこ、住まいの空気の流れと快適な室内環境、冬暖かく、夏涼しい家づくりは詰めていくほどに回答が方眼紙にくっきりと現れてくる。
家づくりの基本はここになります。ここを押さえてからその先に、鳥のように自由な発想で羽ばたきたい。と、いつものように理想は高いのです。この理想を引きずり込んでこそのコモハウスの家づくりです。

さて、快適な家づくりは、まず、断熱材から。
思えば初めて羊毛断熱材を使ったのはあれはもう15年、いえ16、7年くらい前になります。これはいい、と思って早速ネットで調べると、ニュージーランドのとあるディストリビューターが取引しませんかと言うサイトにたどり着いて、見積もりをお願いすると、おっ、なんとこれは安いじゃないか、船賃だってこんなものなの?勇んで飛びついたのですがいかんせんその単位がコンテナ単位。山のようなウールを積み上げて置く場所もなく、あっさりと諦めて国内の輸入業者から買う羽目になりましたが、ま、それはそれで正解なんでしょうね。
その初めてのウール断熱材に囲まれた Y 邸の真っ白い羊毛空間はまるで羊の群れに飛び込んだ羊飼いのようでそれは美しかったですね。あの頃は耳のない断熱材も珍しく、タッカーで止めるのも、ここでいいのかな?なんて恐る恐る踏み出したりして。床の断熱材も壁も屋根裏も全て羊。メェー?いえ、羊毛。そのウールに包まれた室内の内装は珪藻土で仕上げ、外部の左官も珪藻土左官壁。窓はペアガラスの木製サッシです。しかしこの珪藻土を塗り終わった時、部屋の真ん中で左官屋さんの K さんと座り込んで、だけどなんだか海の底にいるみたいだねえ、と K さんがポツリともらしたのが今でも印象的です。そう、ほんとうに竜宮城があるのならこんな空気(?)に包まれているのかもしれない。なんだかちょっぴりしょっぽくてゆらゆらゆらゆら海の底。(珪藻土は海底の
珪藻が海や湖や沼などで大量に増殖し死滅すると、その死骸は水底に沈殿し、それを掘り起こしたものが珪藻土、というわけです)

完成後、施主様は室内の音が全く外に伝わらないと言って驚いていらっしゃいました。
玄関ドアも気密性の高い木製のドアでしたが、残念なことに、17年前はまだ気密についてとことん掘り下げるということをしていなかったのです。(勉強不足は気がついたら取り返せ!)せっかくの高断熱が高気密と計画換気の面で少し劣ることになってしまいました。
早いものであれから15年。いや、17年。あと15年もせづにこの日本の家も30年を超える。果たしてローンに勝てるのか?

そんなことを考えながらの新しい家づくり。もうローンには負けられない。

ウール断熱材





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2017年12月06日

最高の家づくりの定義

寒くなりました。地球は温暖化しているのか、それとも、なんてチョット寒い日が続くとすぐこれです。(笑)
進化する家づくりと、進化に背を向ける家づくりと。この両方が秤に掛けられて家は定義づけられていく。家、いえ、しかし、この両方に深く目を凝らして、家を建てることが肝要ですね。

進化する家づくりは間違いなく快適な家づくりということになります。機能としての快適性が先ずあります。
夏涼しく、冬暖かい家。病気にならず、穏やかに暮らせる家。これを機能としてどう実現するかは私たちにも大事な、最も大事な問題です。当然間取りの問題も深く絡んできますので、私たちにとっては「進化に背を向ける家づくり」とが表裏一体でクローズアップされてきます。
機能をどう捉えるか?これも私たちの建築の重要な骨格です。なぜなら、コモハウスは機能性を最新の設備機器の便利さに求めていないからです。もちろんだからと言って不便を押し付けるつもりはありませんが、不便をかこつ建築の魅力もあるのではないか。そういう思いから「進化に背を向ける家づくり」、つまりは「旧築提案」の真骨頂こそがここにあるのです。
昨日も先日お引き渡ししたS様のお宅に用事があって伺ったのですが、もう暗くなった玄関先で呼び鈴を鳴らしました🛎。
bell

鋳物の鈴から下がった白い紐を勢いよく振ると冷気を切り裂くように鐘の音が響きます。そう、あの鐘を鳴らすのは、私だったのです。(笑) S様のお宅にはインターホンがありません。 これを不便と捉えるかどうか?しかし、その行為はとても新鮮で、なんだか手を打ちたくなるのですね。
玄関を通されると家全体がほんわかと暖かい。断熱材は羊毛断熱材です。 熱伝導率 0・04W/(m2・k)、です。
 勾配天井の家ですから屋根断熱で通気層を取り、遮熱シートを全面に貼ってから羊毛断熱材を施工しています。もちろん壁も外部に通気層を設けています。
二階が生活の中心ですから一階まで吹き抜けのその二階に薪ストーブがあり、その熱が一階の玄関先まで温めてくれます。

さて、最高の家づくりを目指すのは簡単ではありませんが、最高の快適性と心の安らぐ温もりをあなたに。それは素材から始まって、手作りに徹しながらものづくりの原点に立ち返り、美しい家づくりのその先に見えてくるもの。うん。ここが私たちの目指すターゲットなのですが、言うは易し、行うは難し。あゝ、。




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2017年11月22日

くどいようですが、、、

貴乃花、旗色が悪いですね。
もう何をか言わんや。もうこれは相撲ではない。今日はまた白鵬が初黒星。しかも、これに不満で土俵下で一分以上も抗議のデモンストレーション。かってこんな光景を見たことがありますか?立会の呼吸が合わなかった?それなら待ったでしょう。しかし待ったはしなかった。それで負けたら立会が合わなかったからとそれが不満で土俵下でデモンストレーション?それならこの一番、勝っていたらどうしたのか?相手の負けを認めず、もう一番とアッピールするのか?負けた相手が負けを認めていても行司がなんだ、勝敗は俺が決めると言い張るのか、力士にそんな自由気儘は許されない。それが相撲なのです。

、、、

しかしまあ、これは、相撲ではない。プロレスなら許されるでしょう。スポーツなら許されるでしょう。抗議は正当な権利です。しかし、こと相撲の世界では抗議は許されない。行司の軍配に異議を唱えるなどもってのほか。
もうこれは、モンゴル人には相撲の深い精神世界は理解できないのでしょう。彼らは全員クビです。必要ない。

貴乃花を責める輩も理解し難いですね。ほんとうの力士がいない。今の親方衆はみんながみんな、狭い世界で相撲の伝統、相撲の王道など理解できない連中ばっかりなのでしょう。そんななかで一人気を吐く貴乃花は偉い。
双葉山を理想とする貴乃花の目には堕落した相撲協会が歯がゆくてならないのでしょう。
今や横綱に品格?笑わせるな、ということなのでしょう。品格で相撲が取れるか?品格で相撲に勝てるか?品格で飯が食えるか?白鵬を見ていると、これはまるで相撲の世界ではない。オリンピックに出ればいい。相撲の世界には要らない。

相撲は不条理の塊です。だいたいあの体格からして条理では語れない。しかし、だから美しいのです。かっての若乃花や大鵬や柏戸の美しかったこと。彼らは土俵で沈黙する。深く沈黙する。ただ一点の勝負を前にして、彼らは土俵にこうべを垂れる。勝敗を超えて彼らは土俵で雄弁である。勝っても負けても勝敗が決すると彼らは土俵の端で一礼して戦いを終え、土俵を降りる。

私たちは彼らを覚えている。



comohouse at 20:59|PermalinkComments(0)思いは遥か 

2017年11月18日

モンゴルと日本

遠い国、ですよね。ウランバートルには高い建物は全くなく、二階立て、三階建てなんてあったかなあ?
もう二十年以上昔の話です。そろそろ三十年近くなるかしら。
素朴な美しい国、ステップ地帯のどこまでも続く平原のあちこちにゲルがあり、馬が走り、夜は遥かな闇の中で狼の遠吠えが聞こえてくる、人々はどこまでも美しく、喧騒とは無縁の世界で、そうか、モンゴロイドを持った我々の故郷がこの国なんだと、嬉しくてありがたくなる。そんなお国から、いつか大量の力士がやってきて、やがては日本相撲協会を圧倒してモンゴル人会を結成して日本人力士と対峙し、相撲の伝統は消え失せ、土俵下に突き飛ばして恬として恥じない。情けない。これは相撲でしょうか?
朝青龍なんて出鱈目な元横綱が今だに口出ししてニュースの紙面を飾る。朝青龍、日馬富士?こんな横綱が今までいただろうか?どこかの力士が国技を支えるのは俺たちモンゴル人力士だとうそぶいたとか。
要するに親方が徹底的に鍛えないからこんな情けない風潮が出来上がってしまう。親方がすでに舐められている。
伝統はひとたび壊れると脆いものです。覆水盆に返らず。

酒席に同席した照ノ富士は日馬富士がビール瓶を手にしたのは見たが殴ったところは見てないと、おなじく白鵬はビール瓶を手にしたけれどすべり落ちたと証言しているそうです。この二人の証言を冷静に並べてみれば、つまり、ビール瓶で殴った、ということでしょう。ビール瓶を手にしたけれど、殴った瞬間は
(ボクは気が小さいので)恐ろしくて見れなかった?二十畳もある部屋なので遠くてよく見えなかった?横綱の握力で握ったものが手から滑り落ちる?もちろん事実は何があったのかはわからない。
ただ言えることは、そんな酒席の状況が問題なのではなく、こんな相撲取りを取り巻く状況を、力士道の理想を追求する貴乃花親方が苦々しく思っていたことは想像に難くない。抑えていたものが爆発した。そうだ貴乃花。とことんやれ。酒席でビール瓶で殴りかかるようなバカな力士は、そりゃあ中にはいるでしょう。しかし、それは間違っても横綱ではない。そんな奴が取る相撲は間違っても横綱相撲ではない。

昔、こんな記事を書いたのですが、あれ以来、相撲のことなど綺麗さっぱり忘れたいと思っていたのに、、、嗚呼、、


comohouse at 17:06|PermalinkComments(0)思いは遥か 

2017年11月02日

家づくりの醍醐味〜鳥のように自由に。

何が辛いといってアイディアが枯渇することほど辛いものはない。考えても考えても良い考えは浮かばない。もう永遠に思いつかないのではなかろうかと気が焦る。限界だっ。じっと手を見る。👀。
とりあえず鉛筆を動かしてみようか。それも億劫なんだけどね。とにかく強引に線を引いてみる。曲がった線、ひねくれた線、そのうち形ができてくるさ。グチャグチャの形が魅力もなくそこにある。ため息交じりに外を見る。限界だっ。
図面を書くのと現場の仕事とどっちが好きかと聞かれると、現場と答えるけれど、それは現場は待った無しでもう悩んでいる暇もない。自分だけの世界に閉じこもっている余裕はなく、メクラ判を押すように次々と決定するその小気味よさ。迷わない、それは経験からくる。分厚い(ほんと?)経験が後押しするこれっきゃない世界。清水から飛び降り続ける快感といっていいかもしれない。そんなアクションの連続。とはいえ、実は図面の計画段階のあのまとまりのない混沌とした(まるでボッシュの絵の世界のような)、その段階も結構好きですね。

まずテーマが設定できるとそこから導き出されてくる形がある。このテーマを捕まえるのにエッチラホッチラ。引き出しはいくつかある。今回はこれかな?開けてみるけど微妙に違う。
三週間ほど前に房総半島の突端を小旅行してきたのですが 、そのとき訪れた南房総の由緒ある神社で社の破風の掛け方が面白くて心に残っていたのですが、今度の新しい計画で早速その応用で外観をデザインしてみるとこれがなんだか様になりそうな予感。そこからの連想で内部が少し形を成してくる。ウェルウェル、私たちの想像力は先人の仕事の上に乗っている。そんな謙虚な自覚を持ちたい。
オリジナルでありたいと願いながら、一方でオリジナルってなんだろうと考えることがあります。
「太陽の下では新しいものは何もない」 
新しいとおもった発見も実はすでに先人が成し遂げている。私たちはそれを半歩動かしたつもりになっているが、所詮はお釈迦様の手の上。古典は私たちの教科書。私たちの水先案内人。私たちの澪標。

先日、そんな事務所での仕事に疲れて近くのソレイユの丘に観覧車ができたので気分転換にといってきました。平日なので人も少なく子供たちの姿もなく時間が止まったようにゆったりして、観覧車が静かに動いています。そんなに大きな観覧車ではないのですが、こじんまりしたその様子がいかにもおらが町の観覧車然としていて高いところから見下ろす公園の様子に、荒崎の海の照り返しに、ああ鳥はいいなあ 🦅、こんな風に下界を見下ろし、行き交う人々を眺めていると、小さなことをああでもないこうでもないと思い煩う自分を笑い飛ばしたくなります。
さてと、獲物はどこに?

likeabird


うん。良い家ができそうだぞ。にんにん。


 


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2017年10月25日

天敵台風がやって来た!

建築会社にとっては台風ほど嫌なものはありません。台風が近づくと、慌てて現場に走り、養生シートをたたみ、建材から残材やらゴミやらと、仮設トイレまで飛ばないように用心に用心を重ね、祈るような気持ちで台風が通り過ぎるのを待ちます。もうすでに降り始めた雨の中、足場をよじ登り、またこんな時に限って足場は濡れて危険この上ない。縛ったシートが外れない、雨は顔に降りかかり、手はかじかみ、ええいままよ。

とまあ、これも家づくりの隠れた物語。(っていうほど大げさではありませんが)

実は建築中以上に気がかりなのは、お引き渡しした新築住宅なのです。
台風で巻かれる雨の結果は思いがけないこともあり、こちらもまた大丈夫だったかな、と気にかかるものです。
日頃のご無沙汰を兼ねてお電話で状況をお尋ねすると、皆様無事に台風をやり過ごしたようでこちらもホッと一安心。ついでに近況などもお聞きして(ついででごめんなさい)、またそうすると建築中の様々な出来事が思いなされてなんだかにわかに思い出のアルバム、です。

お子様が大きくなられたてなかなか外回りまで手がつかずまだ塀を作っている最中です、と Do it yourself が大好きでそんな様子が楽しそうなI様。建物は大丈夫ですが庭のプラムの木が一日でやられて枯れてしまいました。
そうかと思うと、夏に三崎に行く途中寄って見たのですがお留守でした、コモさんもお元気ですか?と気遣ってくださるS様。台風の被害はなかったけれども潮水で窓が汚れてこれから大掃除です、そんな近況のお知らせをいただいたH様。
台風一過も思わぬ近況のやりとりが折り重なって、そうだうちも事務所の窓を洗わなくっちゃ、なんておっとり刀でえっちらこ。
月曜の朝一番にメールをいただいたF&H様からは初めての台風の騒動が丁寧に綴られて、小網代湾の高台なので風がすごかったでしょうと心配でしたが、コモさんが作ってくれた家だからと安心して眠れました。そんなお心遣いのメールをいただいて、私たちはなんて幸せ者なんだろう、ああ皆様ご無事で何よりでした。

台風は怖いけれど、台風にまつわる小さな物語。家づくりはそんな小さな物語の積み重ねです。




comohouse at 09:04|PermalinkComments(0)建築雑感 

2017年10月17日

山火事と侮るなかれ

アメリカ、カリフォルニア州の山火事が連日のニュースで騒がれています。
スヌーピーの原作者のシュルツ氏の住宅も全焼したとか。犠牲者も数多く出て、日本から見るとまさに対岸の火事とはいえ謹んでお悔やみ申し上げます、ではあまりにもおざなりですが、言葉がありません。

ラスベガスの大量殺人、度重なるハリケーンの襲来といい、アメリカは辛い時代に入っています。

まさに全焼という跡形もなく焼け尽くされた街並みを見ていると、とても日本では考えられないような綺麗さっぱりとした焼け方はどうしたことでしょうか?防火という考え方が根底から皆無?まるでその昔、焼夷弾で焼け尽くされた東京大空襲のネガを見ているようでなんだか苦いものがあります。
あの時代の日本は、まさに火に対しては無防備そのもの。火と戦う家づくりという発想がそもそもなかった。江戸の昔からすべては対処療法。火は出たらどうやって延焼を食い止めるか?消すか?建物が火を防ぐためにできることはないのか?延焼を食い止める手立てはないのか?燃えにくい建材はないのか?ファイアーストップだ、不燃健材だという発想はこの国の長い歴史のなかで散々火に巻かれた困難な体験から培われてきた優れた挑戦だったのですね。今回の焼き尽くされたカリフォルニア州の山火事を見てみると、私たちの国のゆっくりと、しかし確実に根拠のある火事への対応が彼の国の反面教師として立ち上がってくるではないですか。まだまだ甘いという指摘はあるでしょうが、、、。

家は最小限家族を守るための箱。 しかし、山火事はそんな家族の願いを無情にひっぺがす。安全な住まい、というもう一つのテーマ。
阪神大震災の時も安全な住まいが声高に叫ばれましたが、あれから二十何年。災害は忘れた頃にやってくる。
心しなければ。 


comohouse at 20:17|PermalinkComments(0)日々これ精進 

2017年10月08日

もういちど、有機的建築。

有機的建築といえばフランク・ロイド・ライト。旧帝国ホテルの設計で言わずもがなですが、日本にはライトの設計した建物が本国アメリカに次いで多いのです。
さて、ライトを持ち出すとことがおおごとになりますが、ライトのある意味ゴージャスな建物は向こうに置いといて、わたしたちは極東のちいさな島に栖むちいさな家の住人。

わたしたちには貧しいそれしか選択肢のない有機的な建築。貧弱な世界を押し広げて行くとその先に広がる有機的な建築。それは時代がル・コルビジェに代表される無機質のコンクリート打ちっ放しの「住むための機械」が時代を席巻する中で、そうした無機質の建築に抗いながら控え目に持ち出してきたこれっきゃ無い世界。しかし、それをすら跳び越えて広がるこの国の木造のゆたかな世界。
そういう意味でも日本の木造住宅はまさにライトの理想であったかもしれませんが、しかし、その私たちの建物を仔細に見るとまことによく考えられている。土壁はそののまま優れた断熱壁で、フラット35Sを凌ぐ性能を有している、かもしれない?。屋根の藁葺きは断熱材としてこんな圧倒的なものは現代では皆無。梁、桁、柱、そのどれをとっても二百年住宅、三百年住宅に負けない、かもしれない?。

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法隆寺を持ち出すのは禁じ手ですが、法隆寺は正確には百二十五棟の建物群からなる西院伽藍と東院伽藍からなる斑鳩の里。法隆寺という界隈。法隆寺という世界。法隆寺という結界。 ライトが目指した有機的建築の極北。しかしそれはライトの世界とはまったく異なる異次元の世界。

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家造りには集成材よりも本物の持つ無垢の柱が望ましい。
壁にクロスを貼るよりも、漆喰や珪藻土の方が気持ちがいい。
床は貼りものの、硬い集成材よりも、やわらかく傷が付きやすくても足裏になじむ無垢材がいい。
家は足し算よりも引き算がいい。
ハウスメーカーよりも町場の工務店がいい。
作り手の顔が見えるちいさな工務店ならなをさらいい。
小さくても山椒は小粒のコモハウスがいい。(笑)

家は美しくありたい。美しい家の定義はむずかしいけれど。
ただ言えることは、努力なくして美しい家は手に入らない。 その努力を払うのは建築会社だけでは難しい。

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若い人が建て売りに走るのもムベなるかな。家造りは根気と努力、そして勉強。しかし、勉強するには奥が深すぎる。美しい家が欲しいという不断の欲求を保ち続けるには、街に美しい建物が溢れていることが望ましい。美しい建物がなんなのかを実地で勉強できる環境こそが望ましい。
となると、やっぱり大事なことは建築会社の家づくりへの姿勢に限るのかもしれない。
斑鳩の里に建て売りはありえない。

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comohouse at 14:18|PermalinkComments(0)日々これ精進 

2017年10月05日

おはよう、ノーベルです。

さて、毎度この季節。そう、なにをかくそうノーベル賞の発表会なのです。じゃんじゃん。今年の外野の興味としては、あのボブ・ディランの貰うんだか蹴飛ばすんだかグダグダと迷走の果てにうっかりもらってしまった文学賞を、今年はプロの作家がどの顔してもらうのか?尽きぬ興味はこの一点に絞られて、冗談じゃない、ボブの後になんか貰えるかっ!という程のごっつい奴がいるのかどうか、?
揉み手でもらうようじゃ作家も落ちぶれたもんだなあ、と思うのはあまのじゃくな私だけ?
そういう意味では村上春樹さんなんかこのタイミングがぴったりかもしれません。
文学なんてもうこの世界には不要なのかと思うほど落ちぶれ果てた表現方法ですが、それを如実に示したのがボブさんの受賞でした。それは、おそらく、ボブさんがいちばんそのことを悲しんでいたのかもしれませんね。なんで俺なんだ。文学は、それは違うじゃないか。だから素直には貰えなかった?拒否するにはノーベル文学賞に失礼だろう。ボブさんはおそらく若い頃、様々な小説を読んで自分の血肉とし、そうやって自分の歌の表現を研ぎ澄ましてきた。文学に感謝こそすれ、否定する何ものもない。 

先日、本当に久しぶりにアルベール・カミュの「異邦人」を読み返して、ああ、小説ってなんて素晴らしいんだろうと改めて思い返したものでした。この情報化社会の混乱しきった世界では、誰もが小説家もどきになれるし、誰もがくだらない小説を書いて出版だって難儀じゃない。使い捨てのライターよろしく、誰も文学なんて信じちゃいない。作家が信じていないものを読者が信じるわけがない。

さて、で、もう発表? 


comohouse at 12:37|PermalinkComments(0)建築雑感 

2017年09月28日

えっ、冠水?

明け方の凄まじいまでの雨音、滅多に聞ける音ではないのですが、一夜明けると三浦市では信じられない光景が。
初声町入江ではとんでもないことになっていました。あるんですね床下浸水と言っていいのでしょう。被害に遭われた方には言葉もありません。
午後、ソレイユの丘の前の駐車場、第二駐車場が湖のように水をたたえて、いやしかし、コレが恐縮ですが美しかった。

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昨今のこの豪雨禍、家を作る側としては充分に注意してその対応を施すことが大事です。しかし、単純なことですが、先人は昔からこの国の特性を理解して、木造建物の耐性を鑑みて軒の深い建築を実践してきたのです。実際雨に耐えるにはそれしかありません。 
つまり、南欧風の庇のない建物は犯罪だということ。狭小敷地では避けられないケースもあるでしょうが、できる限り庇をのばす。(かくいう私もその昔、軒のない建物を粋がって建てた時代があるのです。深く反省しております、はい。)
庇を美しく表現する。美しい建物は庇と表裏一体だということ。とはいえ屋根の表情を美しく表現するのはほんとうに難しいですね。 

そんなこんなで屋根ばっかりスケッチしていると、家づくりは屋根からはいるという逆説がだんだんと頭にこびりついて、頭隠して尻隠さず。本末転倒の家づくりは意外と的を得ているのかもしれません。

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深い軒の出、法隆寺の建物群です。法隆寺は美しいですね。古典は尽きぬ泉かな。


comohouse at 20:43|PermalinkComments(0)思いは遥か