2018年10月17日

懐かしのアウロ

本日は塗装です。
塗料もいろいろ、様々、アレヤコレヤと使ってきましたが、今回は久しぶりに「アウロ」を使っています。これがほんとうに、なんと二十年ぶりです。
実は、植物性塗料を一等最初に使ったのが、何を隠そうこのアウロだったのです。(アムロ、ではありません。)
それからしばらく使っていたのですがなぜか次第に縁遠くなって、それが、ではなぜ今回思い出したようにアウロを使うのかというと。
アウロのもつ淡い風情といいますか?ちょっと曖昧な、はっきりしないその輪郭が 、良さげに思えて期待したのです。リボスやオスモのように押しが強くないその佇まいに期待してのことですが、うまくいくかしら?
アウロは匂いがいいですね。リボスやオスモよりも圧倒的にその匂いが芳しい。そしてベトつかない。作業していても手が汚れないのは、実は嬉しいですね。粘度はかなり高いです。それでも手が汚れないのはな〜ぜ?
今回は三色使います。グレーとライトブラウンとグリーン。明日そのグリーンを塗ります。
これは楽しみです。
うまくいったら写真をアップしますが、上手くいかなかったら、、、、な、い、しょ。(笑)

乞うご期待!

paint it black

こちらはオスモのチーク色でした。このあとアンティークワックスを塗り込みます。写真では分かりづらいですが、このワックスがまた一味違うのです。このオスモの押しの強さもアウロとの対比でやっぱり出番があるものですね。笑





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2018年10月07日

背高のっぽ

車で街を走っていると、仕事がらどうしたって目に入るあちこちの家々、家根の掛け方や窓の並び方や、他人さまのお仕事に勝手な批評はお門違いと叱られそうですが、それでもやっぱり気になりだしたら止まらない。
人様の仕事とはいえ、中で最も気になるのは、やっぱりその中心にデンと構える玄関のドアなんです。 
玄関ドアの選択はほんとうに難しい。まず、防火規制がかかっているとそれだけでもういけません。選択肢が国産の既製品のアルミドアしかありません。(厳密には他にもあることはあるのですが、、、)その 国産のアルミドアの味気ないこと。もうちょっとどうにかならないものでしょうか?
まずその高さが気に入らない。「ウサギ小屋に住むはたらき中毒者」と揶揄されたのはもう遠い昔のことですが、日本人の家が狭いのは都心に限ればその通りですが地方に行くと決して小さくは無いですね。しかし何れにしても玄関ドアだけは変に大きい。2.4mが標準ですから幅と高さを計算するとその割合が気になります。日本の住宅はもう少し謙虚であって良い。玄関ドアは2mに抑えて幅は1mだとプロポーションが良い。
敢えて高さを取らない。ビバリーヒルズの豪邸ならいざ知らず、日本の住宅に「背高のっぽ」はそぐわない。 かな?

なんでも背が高ければ良いというものではなく、室内の天井高にもそれは言えます。むやみに高い天井よりも心落ち着く天井の高さということを第一義に考えるべきです。
天井の高さを豊かさの象徴と捉えるのではなく、心の在処を1人そっと探るとき、天井は低いとそれだけで落ち着く、かもしれない。




 





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2018年09月21日

おのぼりさん

いやはや上野駅はなん年ぶりでしょうか?
昔の上野駅は東北の窓口、上野発の夜行列車降りたときから、、、
そう、貧しかった東北の人々を乗せて出稼ぎの列車が入ってくる。東北は悲しいほど貧しかったのですが、それも今は昔。今はもう秋。だれもいない海、、、。
そしてあの頃は上野駅も貧しかった。 駅の構内も乗降客の多いターミナル駅にしては明るさがない、弾けるような笑いがない。なにより降り立つプラットフォームに希望がない。
上野駅の周辺は高いビルもなく、行き交う人々の東北弁、ズーズー弁と呼ばれたものですが、言葉がすでに貧しかった。そんな言葉遣いを恥じるように、彼らは朴訥で、喋らない。喋る内容がなく、心の風景も貧しかった。(もちろん精神が貧しかった、などということはありません。決っして。)
ごめんなさい。東北をバカにしているのではなく、それが日本の現実だったという悲しい歴史があるのです。人間が平等ではないように、日本列島もまた不平等なのです。富める地方があれば貧しい地方があった。貧しさに負けた。いいえ、世間に負けた。
私の地元大分も、嘗ては新幹線の新設計画から取り残され、裏日本ならぬ裏九州。僻み目の負け犬根性から逆転の法則。新幹線が博多から熊本、鹿児島に抜けるのなら、いっそのこと馬車でも走らせてレトロな国づくりを目指してやれと、地方都市の僻み根性にハチマキを巻いてひねり出した施策があの高名な「一村一品」運動だったのです。一つの村に一つの銘品。それに打ち込みそれを磨きそれを武器にすればいい。しかし言うは易し行うは難し。
今では若い女性の憧れのリゾート地「湯布院」はこれも形を変えた一村一品運動。そんな町興しの一里塚。お見事としか言いようがない。湯布院に新幹線が通っていたら今の鄙びた風情は逆立ちしても得られなかったでしょう。
おっと、話が逸れすぎ、ですね。今日のお話は上野でした。

そんな上野に十数年ぶりに降りてみると、エッ、ここはどこ?改札を出ると目の前に前川國男の東京文化会館がすぐに聳えている。コンクリート打ちっぱなしの造形の妙が目の前に広がって、その右手の奥に控えめに、そう、今や控えめにル・コルビュジェのあの国立西洋美術館が見え隠れする。
今日の目的は、しかし、然にあらず。今日は東京都美術館で開催中の藤田嗣治没後五十年大回顧展に心を躍らせながら行ってきました。
これはこれは、言葉が見つからない。
圧倒的でした。見どころ満載。 あまりのボリュームに言葉もない。見つからないのではなく、まさに言葉が無い。

箱根のポーラ美術館で見る藤田はその小品にこそ真骨頂がある、と思っていたらとんでもありませんでした。しかもその人気のほどは凄まじく、着いた11時前ですでに90分待ち。TDLも斯くやと思わせるひとひとひと。年寄り年寄り年寄り。(笑) その異常な期待を見事に受け止めた藤田の画業。
これほどの人混みで、これほどに圧倒されたことはない。 人混みをものともせず、、その作品に押しつぶされる。これは、、、。

夢のような二時間が過ぎ、外に出るとこの日は快晴でちょっと暑いくらい。大道芸人が興じる演目に拍手をして、ついでに投げ銭も惜しくはない。さあ、ル・コルビュジェです。
国立西洋美術館。今ではさほど大きくもなく、こじんまりとした背丈の低い建物ですが、ピロティの上に乗っかった水平の建築物はまさにコルビュジェ。 中に入るとロダンの「考える人」に迎えられて、さて、私たちもまた考える人。

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考えながらあの有名なスロープの廊下を上り 、三角形の吹き抜けのさほど大きくもなく、時代を経ることですでに圧倒されるでもない、しかしよく考えると美術館の入り口としては何かを考えずにはおられない。 そこからの造形美。モジュールの妙。天井高2.26mの押しつぶされそうな空間と、その脇に広がる吹き抜けの天までとどく拡がりと、そのよく考えられた調和。低い天井は黒を基調に照明器具を埋め込んで、その昏い空間が展示された絵画への集中を促すかのようでこんな空間に持ち込まれた絵画は幸せだなあと思わずにはいられない。
絵を見るという行為と、絵を展示するという作為が高い次元で交錯する。美術館を作るという営為の途方もない力技。
圧倒された藤田の絵と、いつの間にか抱きかかえられるように放り込まれたコルビュジェの美術館で、ここに置かれた藤田の絵を想像すると、嗚呼、ここで見たかったな、藤田の絵を。

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2018年09月12日

馬子にも衣装

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蓼食う虫も好きづきとか?
骨と皮からムクムクと成長する季節の家。柱と横架材からなる家の原型です。すっぴんの家、と呼んでもいいかもしれませんね。(笑)
黄色いシートは屋根断熱材を内側から覆う気密シートです。
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身に纏う鎧の影。なんだかシェークスピア風ですが、そは何者ぞ?
外壁下地材のダイライトを纏う住まいの勇姿。火にも地震にも強いスグレモノの下地材ですが、融通のきかない欠点があるのはできすぎ君の宿命か?
取り付け始めた窓サッシは樹脂製トリプルサッシです。
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白い恋人。そんな表現も大袈裟じゃあない、タイベックの防水シートでさらに家は強化されます。うん、白亜の外壁も綺麗でしょうね。
そんなことを思わせる「白い恋人」。白い家。
ホワイトハウス、と言うと良いのか悪いのか?微妙ですね。カーサビアンカ、と言うとなぜかうっとり。そんな憧れのカーサビアンカも、地中海ではない高温多雨多湿のわたしたちのお国では汚れ、カビ、の天敵の前にあっさり白旗です。
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「おや?」
足元の脚絆はな〜にィ?旅に出るのかしら?コモハウス・オリジナルの独特の形状の玄関庇も取り付いていよいよ「家」らしくなってきましたね。
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今度は全面を木が覆う?縦張りの板と横張の板と。もしかすると、「縦横張りの家」??
そんな斬新なデザインも、もしかするとアリ?
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今度は暗い艀だ。ポルトガルの下町を想わせる、ファドの歌声が聞こえてくる。ちょっと蒸し暑いその外観も、シャープに引き締まってなんだか強面の様子が頼もしくもあり、、、。黒い防水紙は言わずと知れたアスファルトフェルトです。黒は重いけれど、下部の縦張りの米杉が全体を引き締めてそれもありかな?外壁の黒も捨てがたいものがあります。
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ようやく化粧の破風板も取り付いて、写真では分かりづらいかもしれませんが、実は、この家を特徴付ける外観はこの破風と鼻隠しの板にあります。簡単そうで実は結構手の込んだ大変な力仕事を要するこの化粧の破風板は、ぐるりと四周を廻ると始まりと終わりの成がちがう。米杉の400mm幅の幅広厚板から複雑に加工して人生の始発が終点とはちがう。人は皆幻想の中に生きている。そう、この家は、この破風板に人生のすべての希望が見え隠れしている。
(ついつい大げさで恐縮ですが、、、)

さて、外壁工事もあと一歩。モルタルの中塗りの後、いよいよ漆喰工事です。 
上の写真では張り巡らされた防水紙の上からラス網が打たれています。
外壁はここからは左官工事の出番となります。

さてこれから内装工事が急ピッチで進められていきますが、今ここが佳境と思うとなんだかホッとしたものがあります。




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2018年09月08日

閉じた空間、ひらかれた空間。

住まいの雑誌やインテリアの雑誌をひらくと、どこでも目にするあかるく開放的なひらかれた空間。
心が解放されて羨ましくなる。いいなあ、と思います。こんな風に世界と繋がりたいと心の底から思うのです。 そのために欠かせない大きな透明の窓、そして吹き抜けの大空間。
しかし、それよりも何よりも、その窓の向こうに広がる広大な自然、青い空、何もない空間。その必須のディテールを考えるとき、私たちの住まい環境はそのどれをも満たしてはいないことにちょっと愕然とすることになるのですね。
しょうがない。しょうがない、雨の日はしょうがない☔️。
  
ひらかれた空間では落ち着かない。人は時にしてかたくなな心を自分に向けて、欠点と向かい合うことを余儀無くさせる。 
残念なことにわたしたちのお家がみんな別荘だというわけではありません。むしろ肩身の狭い思いで家を建てる。軒先が擦れ合うように家を建てる。向かい合うお隣さんとどう折り合いをつけるか?窓の外に海は見えないけれど隣のエアコンの室外機は見える。
開らかれた空間よりも閉じた空間をどう解放するかに腐心することになりますが、それも人生。そんな人生を豊かにする家づくり。

袖すれ合うも他生の縁。

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2018年08月25日

雪国

先日は新潟で40度を超える猛暑日を観測したとのこと。
40度、です。聞いただけでもめまいがするのに、それが事もあろうに、あの川端康成の名作「雪国」の舞台である、新潟で、国境の長いトンネルを抜けるとそこは常夏のハワイであった、、、?

芸者の駒子がフラダンスを踊りながら駅まで迎えにきてくれる?
田中角栄が閉ざされた雪国をなんとか人並みの生活ができるようにと列島を改造して、山を切り開いて道路を作り、新幹線を通し、それが今は40度。なんのために骨身を削って雪に閉ざされた村々を救ってきたのか。
なんだかすべて幻想なのかもしれない。
そんな幻想なのか幻覚なのか?この時代に家を建てることの意味を根本から考え直さなくてはならない事態が発生しているのでしょうか。問題は冬の寒さなんかじゃない、夏の暑さだ。
そうかもしれませんね。でもそうじゃないかもしれない、、、。
そんなコンニャク問答はさておいて、さてさて、そうなると大事なことはますます風通しの良い家、爽やかに空気が循環する家づくり、細かい部屋をコツコツ作るのではなく、大きな部屋に収斂する家づくり。それってもしかすると、日本の伝統的な家づくりなんじゃなかろうか?

つい昨日まで、徒然草はもう古い、と思っていたのがどっこい兼好法師は生きている。???
時代は一回転して徒然なるままにひぐらし。家の作りは夏を持って旨とすべし、が活きている。
千年の家づくりは千年家につづく。
ひょっとして、世界はなんにも変わらないのかもしれない。

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2018年08月19日

むずかしい仕事


あのプロ野球の野村監督が長島選手を評して、優しい飛球をいかにもむずかしそうに捕球する、ってなことを言ったのか言わなかったのか?うろ覚えですが、野村監督なら言いそうなセリフです。
しかし、これは名人芸であってその逆ではない。何にでもストーリーがあって、打者が打つ、バットが返る、バウンドが鈍い、そうしたひとつひとつのリアクションを受けて長島は時には逆ハンドルで捕球する。一連の流れはあくまで美しくなくてはいけない。
昔、阪急( オリックス )にスペンサーという外国人選手がいました。スペンサーは言いました。長島と対比して野村のことを、濡れ雑巾のようにボサーっと打席に立って眠くなるような次の瞬間にはホームランを打つ、だがそこにはなんの感動もない。
スペンサーの言葉は辛辣ですが、 そこにはふたつの世界の相反する美しさが共存している。私たちは誰でも長島選手になれないように野村選手にもなれない。長島にも野村にもなれないが、しかし、自分自身にはなれる。大事なことは自分自身を発見すること。

家づくりもまた自分自身の発見の旅。さらにむずかしいのは 住まいは一人ではないという点と、家族のあり方を模索する旅だという点です。しかも。この家族の有り様は、十年後には違った姿形をしているかもしれない。
昔の家は機能がはっきりしていて、玄関には玄関の機能が、台所には台所の機能が、茶の間には茶の間の機能がと役割がしっかりしてしかし残念なことにその役割以外に 求められるものがなかった。

今、私たちが家づくりを考えるとき、一つ一つの機能とそのつながりを、互いに行き来する役割の相互作用を大事にしたいと考えるようになりました。それこそが住まいに安らぎを与えてくれるのではなかろうか、と、そんな風にこころの贅沢を楽しみたいのです。
お仕着せの住まいではなく、隅々にまで行き届いた愛情をこそ大事にしたい。私たちの提唱する「旧築提案」とは、工業化された大量生産の家づくりではなく、手間をかけた家づくりを、大工の手が届いた家づくりを、古いもの、古い素材、脱色された古びた味わいを付加された心温まる家づくりを、新築を超えた家づくり、それこそが「旧築提案」の意味するところなのです。

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2018年08月13日

暑い盛りの建築日記

しかし住まいはむずかしい。建てれば建てるほどむずかしい。
それはむずかしく考えるからむずかしいんで、単純に商売なんだからと割り切って仕舞えば家をつくるのも犬小屋を建てるのも変わらないのかもしれません。

私には決定的に悪い癖があって👎、それはまず、ルーティン・ワークは嫌だということ。しかし、お客様の大事な家づくりなんだから「わんぱくでもいい、力強く育って欲しい。」 と、せめてその一点に集中して家づくり。それでたくさんじゃないか、と、一方では思うのですが、そこがそれ、なんとか新しい発見をこの家にも見出したい。それがあなたの悪い癖。分かっちゃいるけどやめられない。
もちろん分かってはいるのです。ルーティン・ワークでこそ保たれる技術の領域があるということは。 

ましてや新しい発見はそうそう簡単に実現できるものではありません。新しい発見は、その家に新しい魅力を見出したい、新しい表情を刻みたい、その美しい表情に小さなため息を刻印したい。それはきっと、そこに暮らす家族の心の在処を確かめる良い機会になるのではないか。 
幸せになっていただきたい。この家に住むことで家族が幸せになる。幸せのお手伝いなど傲慢と言われても仕方がありませんが、それでも美しい家づくりは唯一無二の家づくり、その向こうに見える幸福への道しるべ。そんなことを考えながら酷暑の夏に家を建てる。大工が頑張る。職人が頑張る。だから私も頑張れる。

 
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2018年08月01日

桃色吐息?


歴史的な猛暑がつづくなか、皆様、暑中お見舞い申し上げます。
暑い暑いと言っても涼しくはならないけれど、ついつい目が釣り上がるこの暑さ。外で働く職人さんは大変です。いえいえ、外と言わず中と言わず、これは働く環境ではない。
それでも日本人は我慢強い。働く、はたらく、汗水垂らして、働く。
これがスペインだったら迷うことなくシェスタですよね。そう、彼の国にはあるんです。お昼寝タイムが。暑い日中はシャッターを閉めてお昼寝お昼寝。こんな昼日向で働けるかとばかりにシェスタ、シェスタ。日本にシェスタの習慣はないけれど、その昔、南国土佐では真夏の日中は人っ子一人歩いてはいませんでした。草木も猫も犬もスズメも人間さまも、つまるところ、暑さには勝てない。
青息吐息の私たちは桃色吐息には逆立ちしても勝てない。 ン?

この写真は真冬の真鶴、今にも氷雨が降りそうな石切り場での凍えるような寒い1日でしたが、どうです?少し涼しくなりましたか?(笑)
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2018年07月15日

酷暑の棟上げ

命を守る行動を心がけてください、と言っても上棟は待ってくれない。
酷暑の中の棟上げは、これはちょっと想定外でした。
二階の母屋、垂木かけ、屋根の附近はおそらくは四十度を超える暑さであったと思われますが、黙々と仕事をこなす大工たち。
頭が下がります。


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お疲れ様でした。



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2018年07月04日

昔厨房、今キッチン。

システムキッチンという言葉がもてはやされたのはあれはやはりバブルの頃のことでした。
あの頃は猫も杓子もこぞって家家々。血まなこになって家作りがブームになるというのはのはやはり健全とはいえないのでしょうね。その、けっして健全とはいえないブームに乗ってシステムキッチンという幻想が日本中を覆ったのはやはり将を射んとすれば先ず馬を射よ🐎、で、その馬がターゲットになる。ゴメンなさい、うまは、そう、奥様だったのです。(笑)
当時は200万、300万、500万のキッチンだって売れたのですから人間は見境がない。
あれはどこかのキッチンショールームでのこと、高額のキッチンを見て回りながら、案内するメーカーのコーディネーターがこのキッチンは100年持ちます。と、自信満々、キッチンの価格が彼女に乗り移って威風堂々、同行した私は思わず、「じゃあ家より持つんだ。」というと彼女、一瞬ばつが悪そうに私を見て鼻白んだのが昨日のように思い出されます。

そう。当時は家は100年持つものではなかったのです。持たないのが当たり前、(そういえば、当時、家は20年だと豪語したハウスメーカーの社長がいましたね)と建築屋も施主も思っていたのですから私たちは家造りの根本を間違えている。家は消費財だったのです。
あれから30年。光陰矢の如し。時代は変わったのだろうか?

IKEAのキッチンは30万円。バブルのキッチンと比べるとそれほど遜色はないと思われますが当時の100万が今30万。私たちは豊かになったのでしょうか?
大切なことは想像力です。家を100年持たせるのは、それは想像力の力添えがあって初めて可能になるのです。100年という月日を想像できるものに初めて「百年の耐久力」が与えられる。 「百年の耐久力」は言いかえると愛情と呼んでもいい。
ですから、私たちは愛される家造りに孤軍奮闘している、と言っても過言ではありません。設備がどうだ、構造がどうだ、そんなことは二の次で、想像力こそが私たちの家造りだと言って間違いではありません。

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comohouse at 07:20|PermalinkComments(0) 建築雑感 

2018年06月29日

ちょっとシンド

現場が重なるとちょっとしんどい。
しかもこの暑さは、堪える。
材料の推量が間違えて同じものを何度も注文したりと慌てる側からオオシンド。
もうひと月ほど前になりますが、土方仕事でシャベルが滑って勢い余って穴の中に真っ逆さま。幸い大事に至らなかったのですが、手首を強打してまだ腫れがひかない。強い痛みはないのですが嫌なもんです。
今日ははや梅雨明けとか。確かに南の空に、遠くに入道雲らしき雲の沸き立つ様がああ夏だな。
三浦市内を走っていると早速あちこちの路地でスイカが並べられてきました。
スイカ、そうめん、冷奴。
ああ夏だな。

本日はこんなキッチンを拵えました。なんとはなし、涼しげなキッチン、ってやつがあるもんです。
しかも、それは手造りのキッチン。海で拾ったタイルを並べて、タイルを貼るだけで延べ三日。
お客様には喜んでいただけてホッと一息です。

海辺のタイル・キッチン






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2018年06月01日

キッチンをデザイン

このところ台所の改装の依頼が多いのですが偶然が重なることで思わず知らず台所の使い勝手について深く考えさられるものがありました。
男子厨房に入らず。
そう、私は古い世代に属する身。妻の家内労働の負担に気が付かずにズルズルと人生を送って来た身。食べることは人生の中心、ど真ん中。住まいの中心に何を置くか?食卓と答えたあなたは大間違い。その食を提供する厨房こそ大事にしたい。
図面を考えるとき、まず頭に浮かぶのは敷地との関係ですが、玄関をどこにするのかと、生活の中心である憩う、寛ぐ、そして考える空間をどのように配置するのかを頭の中で想像して見ます。そう、私は古い人間。古典派を自称する独り善がりの亭主。一家を支える食の大事さに未だ気がつかない唐変木。

空間というのは面白いですね。なにもない空間に思い出を継ぎ足していく。テーマは?
お客様と打ち合わせるとき、その一等最初はできればご夫婦でお会いしたい。お二人の過去現在未来に想いを馳せて、この二人にはこういう空間がふさわしいのではないかと想像することはとても楽しい作業なのですが、往々にして、最初にお会いするのは奥様だけ、というケースが多いのです。
ああそれなのにそれなのに、家族の命を預かる厨房の使い勝手に想いが至らない。
私の不徳。
楽しい厨房は一家の幸福の源。女性は直感でそのことに気がついているのですが、残念なことにそのことを主張する機会がない。( もしかすると男性が知らず識らずにその機会を奪っているのかもしれない、、、)

夫婦の理解と幸せが家族の絆。私たちは家族の絆を確かめる媒体にすぎません。だからこそ幸せのキッチンをデザインすることが大事なのです。
そう、大事大事。大事にしています。

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2018年05月13日

馬車馬日記

建築業に携わる我々は毎年一回県の建設業課に決算の報告をしなければなりません。十二月が締めの当社はその四ヶ月後までに報告が義務付けられているというわけです。これがまた気が重いことこの上ない。三月が消費税の申告やら確定申告やらがあって四月は決算の報告と都合二ヶ月間は胃が痛い。
で、だいたいゴールデンウィーク前には終わらなくて黄金週間が開けた今頃になってエイヤッとばかりに報告書をまとめ上げて横浜まで出かけなくてはなりません。
以前はそれも横須賀に出張所があってそこで受け付けてくれたのですが、何年か前にそこも廃止になって今では横浜の関内まで。ま、これも仕事。

今年は訂正や間違いもなくものの五分で終わりました。(これは初めてです。自慢にはなりませんが。)時間が余ったので前から行きたいと思っていた馬車道の県立歴史博物館に行ってきました。なんせ建物が明治に建築され、現在の建物は震災後に復旧されたものですが、その後も手を入れて往時を偲ばせる洋風館が再現されているのです。

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建物も素晴らしかったが展示されている内容も素晴らしかった。期待はしていなかったのですが(ごめんんさいね)期待外れに素晴らしかったです。
頼朝自筆の下し文など、そこに書かれた花押の見事なこと。これが自筆と聞くとしばしその場に佇んで、心ここに在らず。千年の時空を飛び越えて、ああこれは、とうっとりとするのが悪い癖です。(笑)

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しかし様々な昔の古文書やら日記などが展示されているのですが、みなさん書が上手い。当たり前に墨を磨って字を書くことがこれほど世界を豊かにするとは驚きです。書に限らないのですが、わたしたちの生活の隅々で、技術はとうにある領域へと達しているのですね。
建築もまた、とっくの昔に完成している。むしろわたしたちはその完成した領域へ近づこうと悪戦苦闘している。
歴史博物館に所蔵された古の人々の生活の足跡を追いかけながら、なんだか情けない思いに駆られるのはそれはなぜでしょうか?




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2018年05月07日

涙雨

GWまであと365日。(笑) なんにでも終わりはくるものです。終わりよければすべて良し、とは言い得て妙。しかし、わたしたちは、なかなかこの終わりを有終の美で飾ることができないものです。

GWも終わった今日は朝から雨。
 5月5日のこどもの日に、福井県のあわら市にある温泉旅館の「ベにや」さんが火事で全焼してしまいました。国登録有形文化財の建物三棟が灰塵と帰してしまいました。さぞや無念であろうと推察いたします。旅館のホームページを見ると、ご主人や女将の建物への愛情が伺えてさらに言葉もありません。
取り返しのつかない過ちというものがあるのです。しかもこの三棟は当時リフォーム中であったと聞くと、わたしたち建築会社も心穏やかではありません。最初の出火が屋根から出たとなると、屋根裏の電気配線かしら?と、咄嗟に思うもの。古い建物の火災の原因は電気系統に往往にして不備があるものです。
そういえば二年前の五月でしたが、横須賀市でも海軍ゆかりの料亭「小松」が火事であっという間に燃えて、今は寒々とした更地になってしまいましたが、あの原因はなんだったかしら?

つい先日、わたしたち夫婦と昔からの友人夫婦と四人で箱根に行ったのですが 泊まった旅館がやはり国登録有形文化財の古い旅館でした。古い旅館を守る人々も又古い人が多いもので、これが日本の今日の現実ですが、古い人ほど火を出さないということにどこかで鈍感になってしまっている、のかもしれません。
お年寄りだから、ということではなく、昔に比べると使用する電力量が圧倒的に違うことに気がつかないのかもしれません。なにごとも、基準がついつい古くなる。 昔は一戸で10Aなんて家庭もざらにありましたが今は60Aでそれでも足りないなんて、これは必ずタコ足配線があるだろうと思うとゾッとします。
大磯にあった旧吉田茂邸が火事で消失したのは平成二十一年のことでした。火災の原因はこれも確か電気系統であったような記憶があります。あの時もなんだか修繕工事中だったような、、、あやふやですが、どうでしたか?

我が家のタコ足配線を数えてみると、これがあるわあるわ。パソコン周りが計三カ所。三カ所ともパソコン周りというのもご時世ですが、コンセントの箇所数というのも、これは想像以上に必要なのかもしれません。

建物が有終の美を飾るということはどういうことなのか、少なくとも火事で燃やしてはいけない。ましてや二十年、三十年で 朽ちるに任せるような家を建ててはいけない。来年のGWが待ち遠しい。そんな家を建てていきたい。? 嗚呼、有終の美。

箱根




 

comohouse at 08:27|PermalinkComments(0) 思いは遥か