2020年06月30日

天国への階段 〜 Part 2

今週なだれ込むように完成したT邸。
最後は相変わらずの怒涛の瞬間の連続技、あわせ技。笑
これがとっても too much. しかし、建築の醍醐味はこの最後の瞬間の怒涛のつじつま合わせにあるのかもしれません。(叱られそうですが、、、ニンニン)

さて、しかし、つじつま合わせと言ってもそんじょそこらのつじつま合わせではもちろんありません。ただ、計算外のひねり技を繰り出すという、それは「経験」の2文字以外では語れない建築の奥深い必殺技といえば言えなくもない。そう。わたしたちは必殺仕事人なのです。

家の大小に関わらず、建築工期はかかるものです。むしろ今回改めてわかったことは、家は小さいほど、予算が厳しいほど時間がかかるという事実でした。予算が厳しいからこんなものでいいや、と思えればこんな生易しいものはないのかもしれませんが、そこはやはりコモハウス。腐っても鯛。(この表現がふさわしいかどうか?ふさわしくなかったら、平に、平にご容赦を!)
その生きのいいタイの片鱗をご覧あれ。先ずは、階段編。わたしたちの世代はどうしたって階段といえば「天国への階段」。
Stairway to Heaven


beatifulone1

stairs out

まずはここからスタートです。ここから玄関をおもむろに開けます。

Stairs1

階段と下駄箱の連続したこのアイディアは早い段階から決まっていました。むしろこの建物は、この階段の構想から導きだされたと言っても良いかもしれませんが、しかし、無論それほど単純ではありません。

Stairs2

踊り場に向かう動線と、踊り場から二階へ向かう切り返し。このあたりが玄関からどう見えるかがポイントです。

Stairs3

Stairway 2

Stairway in&out

この中央の六寸の柱。当初は二本連続して使う予定でしたが、そこはそれ、予算もあります。しかし、一本で良かったのかもしれません。

Stairs5

踊り場から二階へ。

Stairway in&out 2

Stairs6

この階段の醍醐味は、二階から下を眺め渡すとさらによく分かります。

Stairway Over

日田杉の42mm厚の階段板と腰壁板。そしてラワン合板、有孔板、紅一点(ン?)の白い漆喰壁。
はたして天国へはたどり着いたでしょうか?はたまた、、、?

  



comohouse at 08:24|PermalinkComments(0) 建築雑感 

2020年06月25日

beautiful obsession

住まいづくりの難しい点は、そのテーマをなにに絞るか、にあります。
この一点にこそある、と言って過言ではないのかもしれません。
お客様のご要望はたくさんあります。初めての家造りであればなをのこと、ひとつひとつ確認して、それらを集約して、そしてなにを残し、なにを捨て去るか。ご要望をすべて実現すれば良い家になるとは限らない。この家にはなにが大切か?
なにをこそ残すべきか?
そしてさらに、それをお互いの立場から眺めやり、実生活に即してアレンジを施していく。その過程でこの建物をどう理解してもらうか?

beatifulone

ご夫婦おふたりで住まわれる住宅です。思い切った選択と集中。下駄箱はこれでいい、というその選択。
ご夫婦で二十二足の靴がはいります。それ以上は持たない。それもまた勇気のいる決断です。
けっして大きいとは言えない住まいですが、大きすぎる吹き抜けが玄関を入るとすぐにあります。
その中央に天までとどけとばかりに母屋にまで刺さる六寸の大黒柱。

Take It Where You Find It

居室の天井高を抑え、吹き抜けの開放感とのアンサンブルをその対比で表現します。
 
玄関に向かうとき、帰宅したその瞬間、大きすぎる石英岩の黒とざっくりと埋めた白い目地とのコントラスト。

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わたしたちはなにを選び、なにを捨て、なにを残したのか。これで良かった、と思っていただけたのならありがたいのですが。

beautiful obsession 











comohouse at 18:22|PermalinkComments(0) 思いは遥か 

2020年06月16日

倦まず弛まず

 人の一生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。

徳川家康の有名な遺訓。なかなかに深い含蓄があるものですね。急ぐべからず。
しかし、この「急ぐべからず」くらい厄介なものはありません。急ぎたいのです。苦しくなるとことに急ぎたくなります。急いでこの苦痛から逃れたい。そうして急いだ結果が、、、、。

その昔、Boy, you're gonna carry that weight, carry that weight, a long time.

という歌がありました。子ども心になんだか深い意味がありそうで、人生の深淵を垣間見せてくれたものでした。この詩が家康に触発されたとはもちろん思いませんが、二十七八の若造が書く歌にしてはとっても深いものがありましたね。
そして、もっともっと若造のあの頃のわたしに背負う重い荷など、あったのかどうかすら分からないのですが。

建築もまた、一軒の建物が完成するまでには人の一生のような永い呻吟の道があります。そんな呻吟なんぞは呉れてやるとばかりに一気呵成に出来上がってしまう家もあるものですが。
しかし、わたしたちの、コモハウスの「住まい」は、人の一生。

carry that weight

施主さん頑張る、漆喰塗りの一コマです。


comohouse at 07:53|PermalinkComments(0) 日々これ精進 

2020年06月09日

人種差別の悲しい宿命

差別。
人は差別なしに生きられない。私たちは生まれた時から差別の中で生きている。ただし、差別に憎しみが伴うと私たちの中の残酷な衝動が顔を出す。
自分たち以外の人種を嘲りと軽蔑の対象にしてしまうと私たちは人間の顔をした悪魔に姿を変えてしまう。いわゆる白人を、彼らはなんと美しいんだろう、と賛美し、アジア人や黒人を醜いと卑下してしまう悲しい習性を私たちは持っている。文明的に劣っていると言う自覚がさらにそれに拍車をかけて、彼らの仮面の下の素顔に気がつかない。

黒人ジョージ・フロイドさんが白人の警察官に惨たらしく殺されて、差別がまた憎悪に染まり、善良な顔した悪魔が私たちのすぐ隣に住みついていることに気がつかされる。 
こういう事があると彼らは声高に黒人差別反対の声を上げ、街頭に繰り出してシュプレヒコールのオンパレード。自分たちには決っしてヒトを差別するような邪な心は持ち合わせていないとばかりに。

フウ〜ッ!他でも無い自分たちこそがその差別の当事者であるにもかかわらず、その美しい顔で完璧なアリバイ作りをして恬として恥ない。私は音楽が好きなのでそちらの世界でたとえて云えば、古くはWe are the Worldと言う歌がありました。「わたしたち」のなかには私たちは入れてもらえない。世界は何も変わらなかったけれど、彼らの自尊心は満たされた。Do they know it Xmas time という歌もありました。アフリカ人にその歌の意味は伝わらなかったでしょうが、彼らの自尊心は大いに満たされた。そして Live Aid は極めつけ。アフリカは変わらない。
 
今また「黒人の命は大事」運動が一過性の流行り病で盛り上がっていますが、笑ってしまうのは、「グリー」というテレビ・ドラマで有名な女優のリア・ミシェルが差別反対のノロシをSNSにあげると、かって同じドラマに出演した黒人女優のサマンサ・ウェアから、あんたはあの時撮影で黒人である私を徹底的に差別したわよね、と反論された事でした。

ワシントンでもイギリスでも抗議のデモがかってない規模だということですが、ではその抗議はいったい誰に向けられたものなのでしょうか?警察に向かっての抗議?ただ警察が問題なのか、それとも彼らの拭い難い優越主義と長い歴史の中で暴虐の限りをつくしてきた自分たちの不正義に対する反省のデモなのでしょうか?
アメリカインディアンは根絶やしにされてしまいました。南米のインディオも同じ運命です。アフリカ大陸は言うに及ばずインドも東南アジアも永く植民地にされてその尊厳は踏みにじられてきました。誰が?

彼らは自己PRに長けて善人を演じることを得意とし、コロナの騒動でも医療従事者を応援するメッセージの声を上げて、しかもそれを運動として展開する事が得意なのです。もちろん一過性です。その時大向こうの喝采を浴びればそれで良いのです。
徹底した偽善。(ごめんなさい、このような言葉を使って、、、)彼らの美しい顔のすぐ裏側に潜む悪魔の仮面を私たちは忘れてはなりません。20万人の非戦闘員を一瞬のうちに殺戮した原爆投下も彼らにはこれっぽっちも罪の意識はないのですから。
だからといって、人種や国や性別を問わず、どこにでも美しい心の持ち主はいらっしゃいます。それを否定しているわけでは決してないのです。

そうした人間の長い歴史を知った上で、それを分かったうえで、私たちは癒やし、癒やされ、手を取り合うことが必要なのでしょうね。
過激なブログになってしまいました。建築会社のブログに似つかわしくない内容です。
お許しください。

ventilating fan&kitchen

腹が立ったら美味しい食事をいただきましょう。美味しそうなキッチンで。

 

comohouse at 15:22|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年06月01日

モースと大森貝塚

いやあ、暑くなりましたね。そろそろ梅雨入りかと暗い気持ちになろうかというのも、しかし差に非ず。梅雨空も怖くはない。
ほんとうに、あの梅雨の暑苦しい、ジトッーとした,筆舌に尽くしがたき不快感は、ありがたいことにもう何年も経験したことがありません。日本人の性格に暗い影を落としたあの梅雨時期のジメジメした不快指数もさようなら。それはクーラのせい?
思うに日本人の性格を決定づけた要素にこの「梅雨」というすこぶる不快な季節があるとわたしは思っていました。ジッとしていても汗をかく。不快指数はうなぎのぼり。この不快さが日本人をきれい好きにしたとわたしは思うのです。毎日風呂に入らなければ気持ちが悪くて済まされない。
その昔、中東を旅したときに何日も風呂に入らなくても頭が痒くならない。からっと乾燥しているからです。日本人はこの不快な季節をしのぐためにありとあらゆる方策を考えました。その究極の方策が日本列島改造論であったというのはちょっと穿ち過ぎですが。てへへ。
しかし、少なくとも、高度経済成長が日本の沼地や干潟を一掃して、切岸の昼なを暗き日本のダークサイドを白日のもとにさらし、開発をすすめて山を切り開き、蛭や藪蚊や蛆やらの不快の原因が取り除かれてしまった。
もはや日本の梅雨はそれほど不快でも無くなってしまいました。

今年も早いものでもう六月。年初からの大騒動、コロナで開けて、コロナを通過中。夏来たるらし白妙の衣干すてふ天香久山。日本人は昔から、衣を干して清潔を保つ習慣が身にしみているのですね。

エドワード・モースといえば明治の初期に日本を訪れたアメリカの動物学者です。横浜駅から新橋駅へ向かう汽車の窓からうず高く積もった貝塚を目にして、縄文人の遺跡を発掘したのは有名な話。
このモースさんは実は大変なスケッチマンで、昔の学者は目にしたものを逐一紙に記すことが何より重要だったのでしょう。その彼が日本の隅々を訪ね歩き、民家の生活をスケッチして微に入り細に穿ち、その貴重な記録は明治初期の日本人の生活を見事に捉えています。
それはまた民家の建築様式を丁寧にスケッチすることでもありました。しかも詳細な解説付きで。モースは両手使いだったらしく、右手と左手を同時に使ってスケッチしたというから驚きです。
そのスケッチの中には厠や洗面やお風呂場まであります。

明治の開国後に日本を訪れた西洋人はみな、日本は後進国だと思って来日しました。その日本で、モースは、「東京の死亡率がボストンのそれより低いことを知って驚いた」のです。
ボストンだけではない。ニューヨークよりも低かった。ニューヨークではチフスが流行してその余韻がくすぶっていた頃、東京ではチフスのような病気はまったくなかった。モースがその原因を調べたところ、日本人は保健・衛生の面で西洋より遥かに進んでいることがわかったのです。
刀を差し、丁髷(ちょんまげ)をゆったおかしな格好の日本人が。

あれから百三十有余年。相変わらずの西洋人は、おかしなマスクをした日本人がゆるゆるの規制しか出来ないへっぴり腰でなぜヨーロッパやアメリカよりも圧倒的に死者が少ないのかと頭を抱えている。
百年経っても二百年経っても人間は変わらない。

Window grid

異形鉄筋を使った(マスクならぬ)窓の格子。
サッシはアンダーセンの木製サッシ、外壁は漆喰です。







comohouse at 09:47|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年05月26日

天国への階段

さて、今日は階段です。
階段といえば、怪談。階段の先には地獄が待っている?それとも、それは天国への一本道?

建物にとって、階段はとても大事です。ジョジョの奇妙な冒険で、ポルナレフがディオとの戦いで一歩踏みだすあの階段。古い荒れ果てた屋敷の階段を登るポルナレフ。息詰まる緊張感。
それは地獄への第一歩。
このブログでも、階段についての考察はこれで三回目。たびたびおいで願っている、というわけですが、もう何度も書いて恐縮ですが、どこかで聞いた話かもね。
今日はその階段の制作について。

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まずはこうしてベニヤ板に階段を実寸で書き込みます。
まあ型板を作るような塩梅で、まるでそれはお裁縫です。

STH2

で、こんなふうに厚さ60mmの松の桁材から切り込んで作ります。
今回は踊り場を挟んで力桁が二箇所あります。

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こちらは階段全体の最初のステップから踊り場までの直列です。
階段をいかに魅力的に作るかは、コモハウスの建築にとってはとても重要な要素です。階段は様々なものを分け隔てながら、様々なものを繋いでいく人生の要。人と人の関係性を育む人生の勉強の場。上と下。下と上。高低差と場の転換。歌舞伎の一瞬の早変わりに似て、一段一段に時が刻まれ、時間は止まるのか、それとも過去を天翔るのか?
それは人と人をつなぐもっとも大事な場面の演出。

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こちらは踊り場から二階へ向かうone step closer.
実は、踊り場が二つあります。登り始めて七段目に最初の踊り場があり、そこから左に向きを変えて十二段目に第二の踊り場があります。この二番目の踊り場の右手に書斎があります。この書斎のレベルを一段下げてスキップフロアにしたかったのですが、諸々問題があって実現できなかったのですが、そこがそれ、建築もまた人生のように思い通りにはいかない。
さて、その思い通りにいかなかったスキップの不遇を託つ杉の段板は42mm厚の日田杉です。故郷の揺籃のなかでそっと唇を💋噛みしめます。(😇)

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こうして階段は形を成し、記憶に刻まれて歴史となります。それはあなたの大事な個人史です。
ああ階段。一体全体、その全貌や如何に?
乞うご期待!
階段は完成しましたが、その全体像はもう少しお待ち下さい。
まだまだいろいろな材料が邪魔をして、写真をお見せするにはちと時期尚早かと。
うん。これはちょっとダイナミックな空間です。宇宙のはての銀河に匹敵する、かな?(笑)










comohouse at 22:05|PermalinkComments(0) 日々これ精進 

2020年05月17日

初めての家づくり

ドキドキ💓
永いあいだ家づくりに従事していると、当然トキメキとは縁遠くなるのは世の常、家づくりもルーティンワーク、これはいかん。しかし、住まいって何だろう?と立ち止まって空を仰ぐと様々な想いが押し寄せて、慣れ親しんだ青い空に雲を引き寄せるように妖しい暗黒の世界が空を覆う。
玄関はほんとうに必要なの?廊下は?ホールは?階段は?
住まいの中に居間を二つ拵える。三つ拵える。個室なのか、居間なのか、ホールなのかわからない。
家が全体でファジーになる。
最近は勝手口がなくなりましたね。しかし考えてみると、ほんとうの意味で使いやすい勝手口ってなかなかないものですね。いかにもそこから出たら便利だろうという安易に壁を開けただけの勝手口が多いです。生活の必然性から住まいは導かれて行くのだとしたら、その生活のスタイルを定義するところから建築はスタートしなければなりません。

初めての家づくりではもちろんそこまでの余裕はない。そこで皆さんが希望されるものは、使い勝手を良くしたい。広くしたい、明るくしたい。しかし、それは家づくりの希望にはなり得ない。
和室がなくなりましたね。畳が住まいから駆逐されていく。和室が飾り物になってしまったから何かのきっかけで追い出されてしまった。一千年以上つづいた私たちの生活様式が追いやられていく。
日本人が日本人であるために死守しなければならないものは何なのか?
 生活様式が変わっても精神は変わらない。それを住まいのなかに落とし込むとはどういう営為が必要なのか?
住まいはルーティンワークでは作れない。
美しい住まいづくりは一朝一夕には手に入らない。

ventilating fan


 

comohouse at 22:52|PermalinkComments(0) 建築雑感 

2020年05月14日

沈黙は金?銀?メッキ?

寡黙な大工と雄弁な大工。
喩えて云えば、寡黙な工務店と雄弁な工務店。どっちが良いのかは別にして、では当社はどっちかと考えると、ま、とても雄弁とは呼べない。(泣)時代の寵児は雄弁でなくてはならない。現代の雄弁は必ずしも喋り倒すのではなく、ネットに乗ってサーフィンよろしくドンブラコ、どんぶらこ。多くを語る必要はなく、ツィーターかインスタ映えの、超短編かショートショート。語るほどに馬脚を現す、だから、なるべく語らない。
しかし、語ってる風に見せつける。
ホリエモンや橋本さんを思い浮かべるとなんとなくわかるかしら?聞いてる方は何にもわかっちゃいないんだから、口数が多いと疲れて寝てしまいます。 だから、ツィート、疲れさせない程度にね。ただ、このツィートを機関銃のように繰り出さなければなりません。忘れられないように。

さて、建築会社はこの時代、どのように在るべきなのか?家を建てるのが私たちの仕事。それ以上でも以下でもない。しかし、ある時、ジョナサンは考えました。ほかのカモメたちと空を飛びながら、ふと考えたのです。
飛ぶだけがボクたちの仕事じゃない。
心温まる家づくりは 、技術の問題だけじゃない。そう。素材の選択から始まって、その素材をどう見せるか?素材はひとつだけじゃない。その素材に何をぶつけて、何を引き出すのか?
心温まる家づくりのために、私たちは選択と集中を繰り返す。
完成するまでわたしたちは考えます。ここはああしよう、こうしよう。しかし予算もあるからあれは出来ないこれも出来ない。ちょっとこうすれば格段に良くなるけど、どうしよう?どうしよう?
建築は無慈悲です。しかし、この無慈悲を深く噛みしめる工務店と、まったく噛み締めない工務店と、その違いこそが雄弁な工務店と寡黙な工務店を分ける分水嶺なのです。


松の太い桁材をくり抜いて陶製の手水鉢を埋め込んでいます。給水と排水を通すのも実はけっこう大変でした。しかも、その器具を締め付けるのも水道屋泣かせでしたね。(ゴメンナサイ)

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comohouse at 06:30|PermalinkComments(0) 思いは遥か 

2020年05月06日

サイレンス・イズ・ゴールデン

今年は摩訶不思議なGWでしたが、終わってみるとなんだかとっても無駄なGWのように思えてガックリ。
コロナは抑え込まれたのか?ル・モンドにこき下ろされた日本の緊急事態宣言。たしかに、お説ごもっとも。ゆるゆるの緊急事態がそれのどこが悪いとばかりに、結局わたしたちは誰も本気で緊急事態だとは思っていない?それでもお上に付き合って、自粛自粛。
それはそうでしょうね。だって、だって、だって。(、、、だって、おきにいり?)笑
感染者が何人いたっていいじゃないか!とは言いませんが、やっぱり被害は最小に抑えられているのが現実ですもんね。このまま終息しそうな気もしますが(えっ?大甘ちゃん?)、終息しちゃったらいったい彼の国とこの国の違いは何だったのか?ってことになりますよね。

じつーにいや〜なことは、イギリスやフランス在住の日本人がすっかりあちらに洗脳されて日本は甘い、甘いの大合唱。「フランスでは、、」「イギリスでは、、、」と上から目線。「イギリスも2週間前はそうだった。これから大爆発が起こる、おこる」と、なぜわたしたちは非難されなければならないのか?さっぱりわかりません。爆発的な感染は、おこらない。

みなさん、マスクをしましょうね。アベノマスクはとうとう来ないけれど、10万円なんかとうとう手に入らないかもしれないけれど、清く正しく美しく、手洗いうがい自前のマスク。
わたしたちにはこの三種の神器がある。

beatifulmorning1





comohouse at 21:41|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年04月30日

Simple is the Best

建物の外観はとても大事です。
あれこれ考えても形が決まらない、ということもありますが、どちらかというと最初に大まかなフォルムのイメージがあって、そこに肉付けしていくようにして形を成していくことの方が多いような気がします。
時には思い切りシンプルに切り上げて、省いて省いて、しかしそれもあまりに芸がなくなると、なんだか忸怩たるものがあります。その微妙な兼ね合いの狭間で生きていくのも人生乙なもんさ。
さて、今回はどうでしょうか?シンプルに仕上げたのには理由があります。
(それはナイショ)

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外壁はウェスタンレッドシダー。片流れの二寸五分勾配。二寸でも良かったかな、といつまでも悩むのが悪い癖。
軒天も木で作りたかったのですが、そこはそれ、予算のしがらみもあります。様々な制約の中で私たちはベストの選択をしたつもりですが、後になるともう少しどうにかならなかったかなぁ?と思い煩うものですが、しかし、ママよ、ベストはひとつじゃない。

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ヒノキチオールの強烈な匂いが辺りを睥睨します。この米杉ですが今回は無塗装です。無塗装の自然な仕上がりと時の経つに任せた風合いの妙。これも木の持つ個性です。

で、outsaide now !

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外装屋のK君は本当に丁寧な仕事ぶりで、性格も明るくて、聞けば水道屋のA君と小学校中学校が一緒で三年後輩です、だって。A君もすこぶる付きのいい奴ですが、K君も本当に人間がいい。いい奴が作るいい家は、ホントにいい住まい。感謝感謝の毎日です。

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箱庇に一枚いちまい米杉を貼るK君。ここだけはオスモを塗って、少し雰囲気を変えています。
この箱庇ひとつ作るにも、外壁の木のラインと合わせるために人知れぬ苦労があります。尾垂を何ミリ下げるかで人知れぬ葛藤があります。すべては美しく仕上がらなくてはならないのです。キリッ!(笑)

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さて、そんなこんなで外部はあとはコーキングと破風板の塗装と雨樋を残すのみ。
気がつけばいよいよ第3コーナーを曲がりました。
あとは一直線、落馬なんてことがありませんように。(笑)
 
大工工事もいよいよ内装の総仕上げです。










comohouse at 15:44|PermalinkComments(0) 日々これ精進 

2020年04月26日

トランジスタラジオと昭和

昭和は遠く、なりにけり。

なんだか昔話で恐縮ですが、私たちが子供の頃、「明治は遠くになりにけり」と言われたものでした。今調べてみると、昭和40年代の明治百年の頃に盛んに言われたものでしたから、隔世の感、まさに昭和は遠くになりにけり、です。

今年に入って少年時代のヒーロのご逝去がつづきます。野村克也さんの思い出は先日このブログでも書きましたが、今度はジャッキー吉川さんの訃報、寂しいですね。ご冥福をお祈りいたします。
そうですね、色々な思い出が走馬灯のように流れていきます。
まだ貧しかった私たちの時代。敗戦の傷跡が町のあちこちに残るあの時代。

一方で高度経済成長の槌音が高く響き、小学生の頃は大分川で真っ黒になりながら三角野球に夢中になっていたのが中学生の頃は自転車に乗って新聞配達。ハンドルの前の荷物入れに小さなソニーのトランジスタラジオを重たい新聞紙の間に突っ込んで、歌番組を聴きながら配達したものでした。ラジオから流れてくるスパイダースやブルー・コメッツの歌に夢中になってうっかり配り間違えたり、すっ飛ばしてしまったり。
そんなグループ・サウンズ初期のジャッキー吉川とブルー・コメッツが大好きでした。
ラジオから流れてくる「青い瞳」が大のお気に入りで、「青い渚」「センチメンタル・シティ」「何処へ」そして明くる年のあの大ヒット「ブルー・シャトウ」。

ただ、なぜか「ブルー・シャトウ」を境にしてGSを聞かなくなったのは、当時洋楽大好きな私の耳には、あの歌が、当時のポップスやロックからはほど遠い、何かまがい物のポップスのように感じられて、それに続いたグループ・サウンズのお子様ランチのような幼稚な歌が許せなかった、というのが正直なところ。(生意気な物言いで申し訳ありません)
ま、それでも、今になると、あの頃の流行歌が懐かしいというのも正直な話ですが。(重ねて申し訳ありません。)

当時は高度経済成長にふさわしく、大分市にも文化会館が出来、こけら落としに北欧のインスト・バンド、ザ・スプートニクス(霧のカレリアなんて云うヒット曲がありました)というのがやって来て、「あれがエレキたい!」と妙な感動を覚えたものでした。流石に大分あたりではベンチャーズは来てくれなかったのですね。タイガースも来ました。デビューしたばかりで持ち歌もなく、ストーンズのコピーばっかりやっていました。客席には10人くらいの女の子がいてワーワーキャーキャー。それでも10人ですからね、多かったのか少なかったのか?笑

同じ頃、その文化会館の向かいに大分出身の磯崎新さんの大分県立図書館が衝撃のデビューを飾りました。もうからだ中を電気が流れたような衝撃で、こんな建物がこの世にあるのかと、しかしそれが奇をてらっているでもなく、とても正直に受け止めることができたのはこれが建築の持つ魅力なのでしょうか。
その後何年か、よく県立図書館に通いました。この建物の中に身を置いているのがとても心地良かったのです。勉強した記憶はあまりありませんが、実は、ここには膨大な蔵書とともに視聴覚室という部屋があり、あの時代の公立図書館の視聴覚室といえばクラシック以外はご法度です。そこのコレクションになんと、ビートルズのLPレコードが一枚あったのです。
「来日記念盤!ステレオ!これがビートルズ Vol1」というLPが。
なんせレコードなんか買うお金がなかったハナタレ小僧には、ビートルズの14曲が聴けるのは天にも昇る心地がしたのです。

その県立図書館もその後存続が危ぶまれ、紆余曲折があって「建物は残った」のですが、去年久しぶりに再訪して、まさに感無量でしたね。
その磯崎さんは昨年、建築界のノーベル賞とも言えるプリツガー賞を受賞されました。おめでとうございます。


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嘗ての大分県立図書館です。今はアートプラザと名前を変えましたが。











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                                                  この長い廊下の真下には、まるでコロッセアムのような円形の駐輪場がありましたが、今は埋め立てられて跡形もありません。







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                         ここに受付がありました。受付は確か右手の方だったような、、?制服のセーラー服の女学生が行き来して、そんな記憶がありますが、他意はありません、、、テヘヘ。









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館内の中心を貫く長い渡り廊下誰だ?カメラを構えるあの小僧は?








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                                                  はい。ここが恐らくは、その昔の視聴覚教室の名残です。多分。いまは磯崎さんの資料室になっています。耳をすませば、かすかにツイスト・アンド・シャウトの歌声が聞こえてくるような、、、ね?















comohouse at 20:06|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年04月18日

Isolation 孤独

コロナでてんやわんやの大騒ぎのこの世界中で、私たちの元に届けられた美しいメッセージ。
ジェフ・ベックはB4の歌をなんどか取り上げて独特の解釈で素晴らしいギターを聞かせてくれますが、ジョンの歌にこのように切り込んで、しかもジョニー・デップという映画俳優と組んでこんな歌を創造するとは、もしかすると、ジェフは長年探し求めていたシンガーについに巡り会えたのかもしれません。

「ジョニーと俺はここのところしばらく一緒に音楽を作ってきたんだけど、この曲は昨年一緒にスタジオに入ってレコーディングした時にできた音源なんだ。こんなに早いタイミングでこの曲をリリースするとは思っていなかったんだけど、現在のこのハードな状況や、このチャレンジングな時期に本当の“孤独=Isolation”を感じている人たちのことを考え、今こそこの曲を皆に届ける時だ、と感じたのさ。ジョニーと俺が作り上げた音楽は他にもあって、他の曲もまもなく皆に届けようと思っているけど、その時まで、ジョン・レノンの偉大な楽曲を俺たちなりにアレンジしたこの曲を聴いて、ちょっとでも心を休めて、連帯感を感じてもらえたらいいな、と思っている」

                                                   







comohouse at 08:56|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年04月15日

カチカチ山

今日は快晴。春真っ盛り。トンビの子、泣けよ下北カネ叩き。
そんなあったかな春の一日。今日はせっせとおンモで仕事。

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自分たちでやれることがあれば何でも手伝います。と、これは施主様からのありがたい応援のメッセージです。幸か不幸か、コロナ騒動のお陰で?施主様も永い春休み?

その休みを利用して?今日はいちにち塗装仕事と焼杉の磨き出しを手伝っていただきました。

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3メートルものの焼杉が都合二束。ぜんぶで22本です。少ないようでも3メートルですから結構な量ですね。先ずはタワシで墨落とし。箒で掃き取り、乾いた雑巾でごしごし磨き、材料に貴賎なし、とは言いも云ったりですが、外部に使う材料が見事に内装材に変身です。

この「材料に貴賎なし」というのはフランク・ロイド・ライトの有名な言葉。帝国ホテルの設計で来日した折、材料に大谷石を使いたいというライトの提案に、大谷石のような安価な材料では貴臣が逗留する帝国ホテルには相応わしくないのではないかと言う意見にライトが言い放った言葉。
「材料に貴賎なし」

素材を前にして、わたしたちもあえて躊躇うことは良くある話。どんな材料でも要は使いようなのですね。

午後からは窓枠に使う杉板の塗装を室内で、たっぷりと。
杉は天竜杉です。脂味の乗ったその艶の美しさが天竜杉の醍醐味です。適材適所。ほんとうは無塗装でそのまま使ってもおかしくはない。ただ、今回は他の材料とのからみもあってここだけ塗装を施すことにしました。塗料は毎度のオスモです。
なんでも最初はおっかなびっくりですが、ウェスが足りなさそうなので買い足しに行って戻ってくると、おやおや、慣れるとハケのさばきも堂に行って初めてとは思えない。

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doityourself1


たっぷり1日かけた施主様ご夫婦の素敵な冒険の旅、そのパート1が無事終了。さて、パート2は漆喰塗ですが、これは来月の半ばくらいかな?
夜になっていただいたメールに、

「、、、(中略)
 改めて、コモハウスさんにお願いして、本当に良かったと、夫婦で感じております。
とっても楽しい、いい経験でした(^_^)」

と嬉しいご報告。
これは漆喰塗りも、今から太鼓判ですね!

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待てよ。でも、なぜカチカチ山なの?
そうか?ゲンコツ山、かな?(笑)




comohouse at 21:37|PermalinkComments(0) 日々これ精進 

2020年04月13日

わたしたちはボイジャー

わたしたちは百姓。宇宙を旅する百姓さ。来る日も来る日も満天下に鍬を振り下ろす。一歩づつ一歩づつ。
焦らないことです。しかしこれが、そうそう鷹揚に構えてもいられない。
陽は満天下にジリジリと。
コツコツコツコツ、大工は仕事に汗を流す。気がつくと、住まいは少しづつ形を成している。

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コモハウスのオリジナル玄関庇が出来てきました。わたしたちはこの庇を「スペイン風のマルケシーナ」と呼んでいます。このオリジナルがこれで四作目。少しずつ手を入れて、今は自家薬籠中の物になりました。道行く人が立ち止まって、和風ですか?
差に非らず。コモハウス風です。 
ま、それより、ささ、内へなかえ。

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見上げる大黒柱は六寸角の無節のヒノキ、六メートルものが天井を突き抜けて母屋まで突き刺さる。最初の計画ではこれが三本。さすがに予算が許さなかった。涙。いや、笑。

しかしこの一本を大事に大事に表現する。それもまた腕の見せ所さ。

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木の手触りにうっとりするコモハウス代表。え?只のオタク?

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その大黒柱に刺さるおなじく六寸成の化粧梁。この梁に並行して一尺一寸の桁があるのですがこれは今回はお見せできません。そう。ケチなんです。笑

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ケチが背中を向けてなにやらうろうろうろうろ。探しものでもあるのかしら?

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おや?R2D2、こんなところで何をしているの?断熱材の宇宙に囲まれて、さぞや快適なことでしょうね。お、おいおい、そっちに行くなよ、、、そっちは、、おい、、、。


さて、わたしたちの冒険の旅はまだまだつづく。乞うご期待のその全貌があらわになるのは六月かな?二階の屋根は二寸五分の勾配ですが、二寸でも良かったのですがここは悩ましい判断でした。室内二階はすべて勾配天井になります。その勾配は二寸です。

そう。わたしたちはボイジャー。未知の世界に旅立つフロンティアのボイジャー。








comohouse at 20:14|PermalinkComments(0) 思いは遥か 

2020年04月09日

線路はつづく、どこまでも。

わたしたち、建築会社は免許業者ですから何年かに一度、お上のお墨付きをもらいに神奈川県の建設業課に足を運ばなければなりません。
なにも難しいことではないのですが、なんせ五年に一度となるとその提出書類を整えるのが煩雑で、一瞬訳がわからなくて、そのしんどい作業を思うとこころなしか思わず後ずさってため息を漏らすことになります。嗚呼。

建築で食べていくかぎり、この線路はどこまでもつづく。この線路の上を歩き続ける。そんな思いでとぼとぼと歩く姿はとてもかっこ悪いのですが、今日はその書類を携えて行ってきました。
横浜駅西口の鶴屋町、神奈川県庁建設業課へ。いやあ、車が少ない。人が歩いていない。そうか。これが非常事態宣言か。
書類を揃えて提出し、今日はコロナウィルスのせいで書類を出すと対面では話さずに下がって後ろに用意された椅子の上で呼ばれるのを待つことになります。
書類をチェックする間所在無げになにげなくあっちを見たりこっちを見たり、人の出入りを目で追いかけたり、すると目の前の壁にはられている一枚のポスターが目に入ります。

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女性が輝く建設業!
まるで九の一忍者よろしく、かっこいい女性の勇姿に、思わず、お、俺だって。笑

いやいいもんですね。そう。これからの建設業は汚いきつい建設業ではなく、女性が腕をふるえる想像力溢れる職場になってこそ良い家造りが実現するのかもしれません。

さて、そんなコモハウスでは、女性に限らず施主様にも腕をふるっていただいて、来週はまず塗装のお手伝いを施主様ご夫婦にお願いして、窓枠にオスモの自然塗料を塗ります。それから焼杉のブラシがけと、できることをどんどんお手伝い願おうとそんな魂胆で、しかしこれは家造りの大事な要諦。自分たちの家づくりに、自らの痕跡をくっきりと残す。
焼杉なんぞはしっかりとタワシでこすって雑巾で拭いて磨いてそれを繰り返すと得も言われぬ美しさが際立ってきます。何事もしっかりと丁寧に。
ただし、汚れます。炭で真っ黒になります。顔も手も。(まだその話はしていないのですが、、、な・い・しょ。笑)
人も木材も磨かれて初めてなんぼのもの。
わたしたちも制作の過程でアイデアをブラッシュアップ。どこまでもどこまでも、線路はつづく。
これでいい、と思ったらそこでおしまい。尽きぬ泉は掘り続けることで初めてその全貌をあらわにします。







comohouse at 06:21|PermalinkComments(0) 日々これ精進 

2020年04月08日

(コロナをめぐる)文明の衝突。ちょっと大袈裟ですが、、、。

ニュースを見ると、わたしたちの国の非常事態宣言を受けて、フランス「フィガロ」紙が「みせかけの非常事態宣言」と大見出しを打ったそうです。

つくづくフランス人という人種は救われない連中だな、と思いますね。このような大変な事態に各国が国情に合わせて最善の手を模索する。それはその国それぞれの衛生環境、習慣、国民の性格、医療現場の実情、保険制度と事情が複雑に絡み合って政府が政策を決めていくわけですから傍から見てそうやすやすとそのやり方を非難することはできないでしょう。
それならフランスはそう手際よくこの困難を乗り切っているのかというと、なんとフランスでは死者一万人を超えるそうです。黒死病の大流行から見れば一万人以下は立派なもの。と言えるのかどうか?わたしたちにはわかりません。日本の死者百人。あの国を旅行すればわかりますが、どう見てもフランスが日本より清潔だとは思えない。

この騒動を見ていると、世界史的な文明の衝突があらわになってくるようで、さてその先はどうなるのでしょうか?


comohouse at 08:45|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年04月01日

罠にかかったパパとママ

コロナと云えばコロナストーブのことだとばかり思っていたのが差に非ず。
今やコロナは天体でもなく、ドス黒い不安の象徴。黒い蝙蝠傘のように人びとの頭上を覆い、先の見えないスモッグのなかを手探りで歩く🚶‍♂️よう。
その実体も、その被害も未だ軽微な時点でなぜか過剰に恐怖を煽ったマスコミ。まるでその後の展開を見透かすかのように。
これはただの偶然でしょうか?
それとも何かのふしだらな意図があってのことでしょうか? 
ひとつ言えることは、わたしたちは大きな悪意に晒されている。しかも、わたしたちは無力だ。コロナがほんとうはどれほどの脅威があるのかも分からず、ただ右往左往させられて、パニックに陥り、社会の機能がずたずたに壊されていく。
人間の社会は脆い。
昔、映画スーパーマンで宇宙から来た悪党が人間を見て、「なんと云う脆い生命体だ。」とのたまうシーンがありました。弱点だらけの人間さまはマスコミに易々と踊らされて混乱の極みに突き落とされていく。

コロナはどこから来たのか?だれが?なんのために?もともと自然界にあったウィルスなのか?
一説では、国際陰謀組織「スペクター」が007の新作映画上映を阻むために仕掛けた陰謀ではないかという説があります。(笑)
しかし、これもあながち笑ってばかりもいられない。例えば、習近平がトランプにコロナ共闘を呼びかけた働きかけです。これは、中国でもなく、アメリカでもない、正体不明の陰謀組織に対する共闘と捉えると、なんだか少し謎が解けてきそうな、謎が泡となりそうな、、、、???
中国の細菌兵器が誤って流出したというもっともらしい噂と、それを否定する中国政府の、細菌は米軍が運んできて武漢で撒き散らしたという反論の、そのどちらも否定して、協力して真の敵、「スペクター」を倒してわたしたちの楽しみにしている007の新作をロードショー劇場で一刻も早く見たいという切なる希望だとしたら、、、もしかして、世界は救われるかもしれない。(笑)

まあね、しかし、今は自重あるのみ。自重して現場と会社の往復のみ。余計なところには行かない。
でも、だからと云って、この先どうすればいいの?
教えて、ジェームズ!

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少し形が見えてきた「T」邸の外観。倦まず弛まず、コツコツと。
わたしたちにはこれしかない。





comohouse at 20:19|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年03月27日

黄色い戦争がありました

もうすでに永く生きてきた、と言えるのかどうか?
永すぎるという実感は幸いまだありません。^_^
 しかし、コロナ禍のこの事態はまさに不意打ち。大恐慌など遥かな歴史の一コマにあらず。現在進行形でど真ん中に立ち尽くすとは人間生きてみないと分からない。

黄色い戦争はどこまで来たのか? 

さて、建築会社はどこでも「平和を売る男」。平和のお先棒を担ぐのがわたしたちの仕事。わざわざ高いお金をだして不幸を背負い込まされてはかなわない。
だから、わたしたちは「平和の使者」 。

不幸を幸福に変えてこそその道のプロ。それはつまり、泥で汚した木材を美しく表現してナンボの世界。

🤔う〜ん、ちょっと違うかな?(笑)
ままよ。泥で汚れても、ココロは錦。

はい、お約束の泥で汚した木材の素敵なリヴァイバル。

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comohouse at 12:51|PermalinkComments(0) 勝手にしやがれ 

2020年03月22日

彼岸の中日

お彼岸といえば、おはぎ。
しかし、春は「ぼた餅」、秋は「お萩」、が正解です。
春は牡丹の花になぞらえて、秋は萩の花になぞらえて。こうした風習は良いものですが、とかく食い意地(くいじ)がはった田舎の建築屋には年柄年中お萩おはぎ。

おはぎの色はトパーズ色。

四季それぞれに食べ物があるように、人の営みにはそれなりの理由があるものです。建築にも風物詩があるのですが、しかしそれも昨今じんわりと薄れていくような気がします。
地祭り、なんて言葉も今は死語ですね。これは地鎮祭とも言いますが、その地鎮祭も昨今みなさまこだわりもなく、特段の思いもなく失せてしまうような気がします。
人はその土地でしか生きられない。その土地にしがみついて生きていく、というような悲壮感がなくなったのは良いことかもしれませんが、反面ではそうした日本人の古いしきたりがなくなっていくのは寂しいものです。しかし、それも考えてみると、建築の世界だって大きく変わってしまいましたからね。
昔は職人は現場に入るとまず棟梁に挨拶したものでした。板金屋が来ると、初めての人は菓子折りを持ってくる。現場に入るとまず靴を脱ぐ。
今は棟梁とさえ呼ばれなくなってしまいました。大工仕事も数ある建築工事の一職種、ということなのでしょう。

昔は良かった、というつもりはありません。時代は変わる。変わる中で変わらない価値を追い求めるのは並大抵ではありません。
高いレベルで建築を実現するための工夫、美しい住まいづくりのその美しいとはなんなのか?

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comohouse at 09:32|PermalinkComments(0) 日々これ精進 

2020年03月14日

ガンバロー?

新型肺炎の事ばかりではありません。
日本の人口一億二千六百万人。そのうちの千人がコロナに罹患したといって明日をも知れぬこの国の行方。戦争なんかしなくったって風評被害で国はガタガタ。
これはいったい誰が仕組んだ戦争なのでしょうか?

しかし今日はコロナよりもっと寂しいお話しです。
それは去年の秋のことでした。

九州に帰省した折、甥っ子とお昼を食べに行き、来年就職だと聞いて何気なく、今初任給いくらぐらいなの?と聞くと、「18万くらいかなぁ」とボソッと呟くのを聞いて、いや、こちとら、心底驚きました。
嘘だろう🤯?
18万って、そりゃ、俺が結婚した頃がそんなもんだぞ。あれから三十数年、嘘だろう🤯?
嘘でなければ狂ってるぞ。なんなんだ、この国は?それが本当だとするとこの国の劣化はいったい全体どういうことなんだっ! 
誰が儲けているんだっ?どこにお金を隠しているんだっ?誰だ?カルロス・ゴーンか?(笑)
昔は一億総中流を誇ったものですが、何のことはない今は一億総貧乏?

私たちはどこで間違えてしまったのか?
この国はどこで間違えてしまったのか?

昔はテレビに出る奴は二流、出たがる奴は三流、と言われたものでした。
今や一億総三流でだれも恬として恥じない。
子供たちが手本とする人格がない。小手先の器用な輩がしたり顔でもっともらしいことを宣う。
あのテレビという箱の中で。 

私たちは騙されている。
騙している奴はどこのドイツだっ!





 


comohouse at 19:49|PermalinkComments(0) 思いは遥か