2017年07月23日

ぼく自身のための広告


いきなり私事で恐縮ですが、(今日は私事。自己PRってやつですね。)仕事であたふたした毎日、ではいったいあいつは何をしてるんだッ?って、ときどき思うんですね。こんなことしてる場合か?オレはこんなことしてる人間じゃないんだッ!ってか。(笑)

その昔、遠い銀河の果てのとある湾岸沿いの倉庫でアルバイトしている時 、なんだか倉庫いっぱいの段ボールの商品を検品しながら、一緒に働いていた茨城出身のちょっと東北訛りのある同僚が、左手で検品表にチェックを入れながら「オレ、こんなことしてる人間じゃないんだよな」って。理想があるんですね。
わかるよ。だけど、こんなことしないと明日生きていけないんだよな。地方出身の若者は、実家暮らしにはわからない苦労が重くのしかかっているのです。まだ二十歳そこそこの、学生の分際で、選ぶ余地のない人生もそれはそれで生きがいを見つけるものなんです。
長い長い自分探しの道。道ははてしなく、道は未知。そうか、道はアンノォウン。 ??

さて、わたしも職場で汗を流します。このところの汗はそれは強烈。そんなわたしの自分探し。密かにね。
「作法、無作法」もなかなか自分のことまで手が回らない。一棟の家が建つまでに、わたしにできることもあるさ、ってね。

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歩き回るのも仕事のうち。家が1棟建つまでには、10棟くらいのアイデアで頭の中はめぐりめぐり。

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古材屋さんで見つけた古い農耕具。どんな風に活かそうか?生かせるのか?

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ある日、食器テーブルの上に置いてみたら、これが、なんか良さげでもあり。

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こんな日常的なよっこらしょ。遊んでるだけ。

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しかし、働くときもある。

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頭も使うんだぞっ。ちょっぴりね。

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それゆけスマート。

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こんな感じかなぁ?


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あと一息。

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これはな〜に?
古い道具の精霊は、ここに呼ばれてきたんだね。

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だね。

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こんな風に過ぎてゆくのなら、、、。
いつかまた、世界中は、あ、あめ、だろう。
正面の額縁はコルクボードを入れてメモを貼り付けるお知らせボードです。枠は余った古材を使ってお手軽に。蜜蝋を塗って引き立てます、味はあるんだけどね。
古い精霊は調味料入れ。白い壁は西班牙の漆喰、パヴィスタンプ。もう十年以上、これだけです。
さよならだけが人生さ。






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2017年07月12日

職人魂

まいにち まいにち ぼくらは鉄板の。
その各々の仕事に違いはあれど、紡ぐ仕事はまさに鉄板。これっきゃない。
暑さにめげず、黙々とこなすその仕事の早さ、正確さ、研ぎ澄まされた仕事のキレ。それが職人なのでしょう。
働く者に栄光あれ!

しかし、現実はなんの世界であれ、厳しい試練が待ち構えています。倦まず弛まずコツコツと。考えても始まらない。考えなければ始まらない。

まいにち まいにち ぼくらは鉄板の うえで焼かれて、

いやにはならない。煮て食おうが焼いて喰われようが、動じない。漆喰を練る。コテを握る。手を動かす。昨日の仕事と今日の仕事と、その仕事がなんであれ変わらない。

見ていると美しいですね。なぜ美しいのか?それは無駄がないからです。動きに意味があるからです。
さて、一方で、ひるがえってわたしの仕事。
無駄だらけ。動きに迷いがあり、意味が不明。すぐに飽きる。ウロウロと考えすぎ。考えすぎて始まらない。堂々巡りの愚の骨頂。それがわたしの仕事、という覚悟。その覚悟はあるのです。
職人たちが無駄のない、正確な技量でこなす仕事の積み重ね。その全体の仕事の道行を見定める透徹した目が必要なのです。わたしはその目になりたい。それがわたしの仕事。わたしの孤独。わたしの本分。
良い家を建てるためのそれぞれの仕事の領分の中で、わたしたちは一瞬分かり合える時がある。

職人は美しい。そして、わたしも、叶えられるのであれば美しくありたい、と思うのです。が、(笑)

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2017年07月09日

hot town, summer in the city

暑いですねえ。言っても詮無いことですが、仕事をしていてため息が出ます。汗がぽたり、ぽたり。無垢の杉板にシミがつく。あわてて拭き取る。そんな苦労も笑わば笑え。汗を拭き拭き表に出るとジワーッと熱射が肩を焼く。
思えば去年も暑かった。毎年夏になると、あっちいのー。

そんなあっちいー日々もあっという間に秋風が吹き始め、木の葉が舞い、木々の緑が赤く染まって空にちらほら白いものが舞い始め、やがて、ふゆー!そう、今はもう秋、そして上野発の夜行列車を降りるとそこは北国最果ての地。
ウー、さぶい。今年の冬はことの外、、、もうすでに幻想の世界。吹けよ風、呼べよ嵐。こころがさむい、、。このはげー、、えっ?いやいや、なんか、へん?

ま、そんな冗談をひとりでつぶやいて暑さをやっつけるしか方法がありましぇん。笑。

モザイクタイルの目地詰めです。わずかに100mmほどの間にタイルを入れての目地ですから、当然コテは入らない。指で詰めるしかないのですが、やっぱり道具より手。

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こちらは素焼きのレンガに目地を入れます。厚さがあるので溶いた目地材を厚手のビニール袋に入れ即席のチューブを作って押し込みます。

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一丁あがり!ストーブ置き場の炉壁です。炉台の鉄板は6mmの厚さ、レーザーで焼き切って作ります。
う〜ん、ちょっぴり暑さがしのげます、かしら?これまでの、悪戦苦闘の日々を思うと、、、。

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そうです。これが先だってブログにも書いた例の素焼きの煉瓦です。古窯レンガ、二百角。一枚一枚手づくりの趣き。煉瓦を囲む周囲の黒い木枠は傷だらけの古い黒檀です。
鉄板を囲む六角形の枠も古材を利用して蜜蝋でワックスがけしています。

 


comohouse at 09:25|PermalinkComments(0)建築雑感 

2017年07月07日

家なき子

のない子のする恋は たとえば瀬戸の赤トンボ
寝ぐらさがせば日が沈む
泣きたくないか日暮れ径 日暮れ径



なんて内容で調子良く、ラリパッパに書き始めたのですが、九州ではとんでもない豪雨。ふるさと大分は大洪水に見舞われて、このブログでもご紹介した天井や腰壁に貼った燻煙乾燥の杉板は豪雨に襲われた日田杉です。皆さんのご無事を願うばかり。
大地震、最近では原因不明の庄内の地割れ騒動。そして今回の大雨。ふるさとは度重なる困難に言葉もありません。

がんばれ九州!

なんて叫ぶと思わず下っ腹に力が入って、ボクは九州男児だっ!なんて関係ないのに変に力んで氏より育ち。ふるさとは年を経るに従って心のど真ん中に場を占めるものなんですね。


 


comohouse at 20:32|PermalinkComments(0)思いは遥か 

2017年06月28日

狂ったナポレオン、ヒヒハハ

戦後生まれの私たちは、しかし、ひょっとすると、戦前生まれなのかもしれないとまわりを見渡してキナ臭い世相に思わずゾッとしてしまいます。
幸せは歩いてこない
だから歩いて行くんだよ

平和も歩いてはこないのでしょうね。進軍ラッパは勇ましいけれど、🎺平和のラッパは音もしない。鳴らしても気がつかない。
その昔、「平和にチャンスをあげよう」 🕊と歌った歌手がいましたね。
平和にチャンスか、、、。

そんなことを思うのも、先日イラクでカナダ兵が3.5キロはなれたISの兵士を狙撃して、それが世界記録だと賞賛されて?ニュースになったのを眺めながら、しかしこれは殺人の世界記録としても何が賞賛されるべきなのかと心がズドンと重くなってしまったのでした。
これは戦争なのでしょうか?戦争であれば生きるか死ぬかの瀬戸際で、撃たなければ殺されるという切羽詰まった状況がある。しかし、3.5キロ先のISの兵士には自分の身に起きた出来事が理解できない。俺はなぜ死んだのか?ちょっと耳の奥でヒュッーという風を切る音を聴いたような気もするが、しかし俺は何をしたんだろう?

私たちは戦前に生きている。ヒュッという音はもうすぐそばで鳴るのかもしれない。銃をとらなければならないのでしょうか?戦争は歩いてくる。ズカズカと歩いてくる。 人間てえやつは?

 


comohouse at 22:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)思いは遥か 

2017年06月21日

気狂いピエロ

ちょっぴり刺激的なタイトルですが、それはこんな世界はクレイジー?だから。

さて、タイル貼りは楽しいもの。苦行もやがてはめくるめく快感の世界へ。
わたしにはできません。とても辛い。根気がない。こんなタイルはどうやって貼るんだ?
もちろん盲滅法に貼るわけではなく、欠けた石を逆手にとって、こんなウルトラCもあるんだね。

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まずは仮並べ、ってやつです。そう、海で拾ってきたとっておきのタイル。まあしかし、これがとっておきかどうかは意見の分かれるところです。(笑)
海水に洗われて表面の施釉が流れてマットな風合いになったところがちょうどいい。今回はちょっと面積があるので足りるかしら?ほとんど何処かしら欠けているのですが、そこはそれ、人生とおなじ。
「ぼくを探しに」
そう、シェル・シルバースタインの絵本の世界へようこそ。

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こんな感じで貼られてきますが、これはまだ仮並べの段階ですから、出来上がりはアッと驚く為五郎?普通のモザイクタイルですと300角のネット張りですから半日で終わるところ、コモハウスの「海張りタイル?」は仮並べに一日、それをまたアレンジしながら貼るのに二日。都合三日。とっても手間暇のかかる仕事ですが、施主様の理解がなければとてもできない仕事です。
さあさあお立ち会い。湾曲した食器棚ですが、仕上げをごろうじろ。

この食器棚に対応した向かいのキッチンテーブルは?
タマゴ型?






comohouse at 21:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々これ精進 

2017年06月16日

壁 (心の壁) 翔ける

壁を飾る。花束をかざるように、壁を飾る。壁、翔ける。

古材屋さんに古い板を買いに行きました。ただ古ければ良いというわけでもなく、味のある古い板はありそうでない。しかしこれが、なさそうであるのです。おなじ板でもじっと見ているとまた違った発見がある。しかし、良い板は一目惚れですね。ああでもないこうでもないと古材がぎゅう詰めの店内をウロウロしているとこれがとっても幸せ。今日訪ねてきた目的は玄関の棚板と目的はひとつなのに、と、キョロキョロきょろきょろついつい余計なものに目が留まります。
おっ。アレは何?
聞けば100年は昔の農工道具みたいですが詳しい用途は詳らかではありません。脱穀に使う農具のようでもあり、籾殻をふるいにかけるのか?わかりません。
わからないのですがとりあえず買ってきました。何かに使えないかと思案投首、急いで結論を出す必要はないのですが、その辺に置いて於けばそのうち道具の方からなんらかのアプローチをかけてくるかもしれません。
古い道具に宿る精霊を信じて今は待ちましょう。
そのうち、そのうち、と日は暮れて、誰がために鐘は鳴る。
お寺の鐘が🔔、ね。

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さて、そこでこの農機具。どうなりますことやら。




comohouse at 21:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々これ精進 

2017年06月14日

colorful of noise

色。
しかし、色は人生全般にわたってむずかしい。色彩のプロのよどみのない判断。ゴッホは色に悩まされることはなかったのかしら、とちょっぴりジェラシー。弊社にもカラーコーディネーターはいるのですが、なかなか意見が合わない。しかし、彼女の意見は大切です。私は子供の頃から白黒は得意でしたが色彩が苦手でした。色の気配が読めない。だからギリギリまで迷うのですが、ええいままよと清水から飛び降りる。此れでドウダッ、とばかりに目をつむって跳び降りる。そして人はその判断のほとんどを間違える。(笑)

さて、そこで私たちの色彩は、文字通りの色の綾。が、人生ほどに難しくはない。というか、深刻ではない。というべきか?足をすくわれることも、煩悩もなく、ただしそこにはセンスが介在する。 (むずかしいじゃないか、、、?)このセンスを磨くには途方もない長い道のりがあり、(しんどいじゃないか、、、?)長く曲がりくねったその道は、道中往往にして落とし穴が待っている。(危険じゃないか、、、?)
センスは磨くもの。経験が導くセンスの館。そして、一方では逆立ちしてもかなわない天性のセンスというやつがある。(絶望の二文字??)

さんざん迷うわたくしのことですから、 その決断はほとんど出たとこ勝負。そして間違える。(泣)が、なんの拍子かたまに大正解に当たることもある。人はそれを「まぐれ」と呼ぶ。まぐれ当たりもラッキーではなく、経験の裏付けがあるとすると、、、ああ、やっぱり色は、むずかしいじゃないか。

外壁工事の漆喰は焼いた土色、別名テラコッタ色の校倉塗りです。うん。

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2017年06月07日

素焼きのタイル

建築工事業の栄花盛衰。
時代につれて花形は移り変わるもの。肩で風をきって歩いても、いずれは秋風が吹き始め、首筋に冷たいものがかかると人は己が行末に想いを馳せて思わずつぶやく、「春よ来い」。(笑)
歩き始めた美代ちゃんも、いつか仕事がなくなるものさ。あわれ秋風よ、心あらば伝えてよ。
流行り廃りはどの世界にもあるものです。
さて、そんなことを思うのも、先日久し振りに素焼きのレンガを使おうと思い立ってさっそく美濃のとある窯元さんに電話を入れたらもう窯がないというではないですか。在庫のあるものは出せますが、、、。その窯元はとてもすぐれた素焼きのタイルを焼く老舗のタイル屋さんなのです。わたしも大好きでタイルを使うときはすぐにここの商品を思い浮かべます。ああ、それなのに、それなのに。
しかし思えばこうしてここのタイルを使おうと考えたのもじつは五年ぶりか?その前は?かれこれ十年近い昔?
住宅の建築工事からタイルが消えていく。タイルなんて手入れが面倒くさい。目地が汚れて最悪。ふ〜む。そうかしら。
窯元さんが窯を閉じるのも詮無いこと。左官屋さんだってもうこのまま消えてゆくのではなかろうかと心配になったのはほんの十数年前。
時代は変わる。 玄関にタイルを貼るのも今は昔?台所の流し前にタイルを貼るのも遠いむかしの流行りごと。お風呂場にタイル?えっ?ホント?そんなものを?
外壁にタイル? そう言えば、モルタル下地スタッコ吹き付けなんて今は聞かない。
コモハウスの建築は天邪鬼ですから使われなくなったいにしえの仕上げに新しい価値を見出して新たな生命を吹き込みたいと願うのですが、しかしそれはそうそう簡単なことじゃない。黙って使えば自ずと新しい生命が吹き込めるというほど 甘いもんじゃない。
人がなんと言おうが信じることです。嗚呼、しかし、信じたいですね。
信じるものは救われる。信じられるだけの己が信念。う〜。

とは言え、じつはコモハウスは建築工事にけっこうタイルを使うのです。ただ、そのタイルが市販のタイルではなく、海で拾ってくる波に洗われ、端々が微妙にかけたマットな風合いのモザイクタイルだったりするのです。

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材料費をケチるわけではなく、海で拾い集めるのもじつはなかなか大変です。しかしこれがなんとも美しい。




comohouse at 08:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)建築雑感 

2017年06月04日

ちっぽけな想像力

しみじみとねえ。思うものですね。頭の中の容積はそう変わるもんじゃない。365度の発想で心を豊かに解き放ち、翼を広げてみても、広がらない己が想像力。
建築の難しさはそんな己の心の限界。 
「想像力の限界だね」 とからかわれたのは、あれは渋谷の天井桟敷館の狭い二階でTさんと談笑している時でした。なんの話から繋がったのかはもう覚えてはいないのですが、Tさんは私をみて揶揄うようにそう言って笑うのですが、(あの青森弁の笑い、かな?)あの時代、私たちにとっては想像力は世界と均衡を保つ唯一の武器だったのです。
その武器を、君の限界だね、と言って笑われたのはとってもタイムリーなジョークではあったのですが、冗談の仮面の裏にはいつも辛辣な響きがある。あの時代、わたしたちはいつも辛辣であったのです。 
建築もまた辛辣であるべきなのでしょうか?時代は大きく変わったけれど 、ものづくりの原点は変わらない。ソフィストケートされた日本人もかっては辛辣であった時代がある。ソニーも松下も辛辣であった。良いものを作ろうとすると人は辛辣になる。

辛辣な図面、というものがあるのです。研ぎすまされた図面。 もっと気楽に考えてみれば良いのでしょうが、「時間の二十日鼠は少しづつぼくの命を齧っている」。
肩の荷を下ろして、ゆっくり机に向かう時間がなによりの贅沢です。「やがてわたしも28歳。不満な暮らしをしているほどに」 。

人生は幾つになっても不満な暮らし。不満な住まいだけはごめんこうむりたいものです。 


comohouse at 21:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)思いは遥か 

2017年05月26日

いろいろあるさ

家を建てるのは楽じゃない。
家づくりの契機はさまざまですが、哀しいかな、人は滅多なことでは家を二回建てられない。
この、二回は建てられないという事実が悲喜こもごもの哀愁を奏でることになります。二回建てられたら、胸の支えはかなり降りることでしょう。二回建てられない。つまり、それは一発勝負であるということ。
思えば大学受験も一発勝負のようなもので、別に浪人して再度挑戦できないわけでもないのですが、しかし、すでにその挑戦は1回目で勝負があった。
大学受験のために準備に三年かける者。二年かけて準備をするもの、一年で慌てて挑戦するものも、それはすでに勝負は決している。自分ではわからないけれど、はたから見るとすでに勝負あり。そう、先生はわかっているのです。

家づくりはそれに似ていますが、最大の違いはパートナーを探し当てるというまるで金塊堀のような水面下の努力がものをいうという、究極の他力本願。成功の最大公約数はハウスメーカーだと判断される人が多いのも、どうせ行くなら代ゼミで決まり、という判断と似ているのかもしれませんね。(笑)
でも、それは違います。

家づくりは住まいづくり、鳥の巣作りのように一本一本材料を運んできて、こどものために巣を作る。夫婦のため、自分のため。その営為の仕事を建築会社に託す。
残念なことに、それほどまでにしても家は飽きる。ただの家はさらにあっという間に飽きる。
飽きない家づくりがあるとすれば、それはどのような家づくりなのでしょうか?

住むほどに愛着が増してくる家。時が経つほどに美しく見える家。時間を味方につけるには、わたしたちはなにを捨てなにを拾うべきなのか?答えは風に吹かれて舞っている。いいえ、答えはすぐそこにあるようで、、、見つかりそうで、、見つからない、。
全然関係はないのですが、わたしの好きな言葉。「美は乱調にあり」。

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美しいフローリングです。四国の木頭杉。葉枯し天然乾燥材。
写真ではわかりずらいのですが、天井には九州日田杉の燻煙乾燥材、無地を貼っています。こちらもたいへん美しい羽目板です。




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2017年05月22日

外壁を、塗る。

お天気に恵まれた晴天の日曜日。(これがなんと、真夏日の日曜日でしたが)先週に続いて今週も、お施主様のお手伝いを仰いで外壁のウェスタンレッドシダーの塗装工事でした。外壁が4面ありますから、1日2面。今週で完成です。
先週二面を塗ると思った以上に塗料を使い、足りなくなって慌てて買い足したオスモの外壁用塗料、「外装用クリアー”プラス”」。1缶で30m2って、ぜんぜん塗れないじゃん⁉️半分も塗れないぞ!
外壁塗料には珍しいクリアーな仕上がりで、オイルフィニッシュの外壁用といった趣ですが粘性度は強く、米杉の粗い粗面に塗り込んでいくのでちょっと、というか、かなり、というよりも、これがすっごく大変、でした。
何回も何回も刷毛を滑らせて、これがまた起毛に逆らって塗り込むわけですから刷毛も滑らない、染み込まない。無い無い尽くしでなんにも無い。
この苦戦を見越してあらかじめ最高級のオスモ専用刷毛を施主様と私の分と用意して、さあ、かかってこい!(おいおい)?
しかしなにごとも道具です。この刷毛は確かに素晴らしい。腰のしなりが全然違う。塗料もたれない。

外部の木材に使う塗料としては私はやはりオスモかミルクペイントが最高だと思います。劣化を防ぐ意味でということですが。ただ、ミルクペイントは広い面積に塗るにはちょっと不向きかな。塗料の量もなんだかすごいことになりそうです。ウッドロングエコも捨てがたいのですが、ただ、まだ検証されていないのでそれが正解かどうか、わからない。塗りやすさではこれがいちばん楽そうですが、尾垂がすごいでしょうから養生は完璧に。塗りやすい、とそうは言っても米杉のラフ面です。どうでしょうか?甘い、と笑われそうですが。

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はい、頑張る施主様。慣れない塗装ですからお疲れになったことと思います。
ありがとうございました。

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二人で悪戦苦闘です。午前中はもうひとり、心強いパートーナーもいましたが。三人集えば文殊の知恵。

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玄関庇の周りで四苦八苦。細かいところを塗り込んでいく。お腹もすいてまいりました。

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空の青さはまた信じられない広がりで、その吸い込まれそうなブルー。

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午前中に一面。午後に一面。パワーのある午前中に玄関周りをと思いましたが、やはり込み入った部位が多くてブーフーウー。午後は楽勝かな、と思ったのもつかの間海に霧深し。なにごとも忍耐です。
幸い一階部分だけの米杉の南京下見でしたから都合二日で終わりましたが、いやあ、お疲れ様でした。このあとは上部の左官工事で漆喰仕上げとなります。
塗り終わるとにんにん、です。うん、やれやれ、とも言いますが、です。(笑)

さてそこで今度は漆喰の色が悩ましいのです。安全を取るなら白ですが、(しかしそれは安心ではない、ってどこかで聞いたような、、、)それではあまりに芸が無い、と思い出すとさあたいへん。お池にはまったドングリの心境。三たび、やれやれです。






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2017年05月13日

鋼鉄とグラス

GWも終わってみるとただの過去。あれほど待ち望んだとっておきの休日も、終わってしまえばただの過去。
パリの思い出も、スペインの思い出も、ロシアの思い出もモロッコの思い出も終わってしまえばただの過去。

しかし。

このただの過去に人は足元をすくわれて、いつまでも抜け出せず、あれやこれやと後悔先に立たず。あんな思い出、こんな思い出。極彩色に塗りつぶされたあの楽しかった思い出も、終わるということは、何もなかったことに等しいのかもしれない。
なんてことを考えていると、ふと思い出されるのはあの三島由紀夫の「豊饒の海」全四巻。最終巻の「天人五衰」の出家した聡子が遠い過去を振り返り、訪ねてきた本田が己や聡子と松枝清顕との経緯を詳述し、それを聞き終えた聡子の口から、「えらう面白いお話やすけど、松枝さんというふ方は、存じませんな。、、、きいたこともありません。そんなお方は、もともとあらしやらなかったのと違ひますか?」というあの一言。
今となっては、その三島そのものが夢なのかもしれませんが。

すべては夢。建築も夢なのでしょうか?

夢のような建築というものがあります。ライトの「落水荘」。これはもうほんとうに夢のような建築だと思います。構図といい、その優れた構想、アイデア、建築が辿り着く最良の時間と空間。空間はさすがに建築では誰でも微に入り細に穿って魅力的な構成を考え出すものですが、最良の時間軸は生半可な努力だけでは勝ち取ることはできない。
落水荘、カウフマン邸は構想に10ヶ月、最初のスケッチを一気呵成に書き上げてからはそれはもうほとんどライトの頭の中では完成していたのでしょうね。あとはその想像力の検証に過ぎない。
私たちは建築会社ですからその構想の検証が仕事になりますが、どうしても想像力にはかなわない。形になるにしたがって削ぎ落とされて行く夢の時間。建築会社はいかにして想像力に対抗するか?それは素材と匂い、手に触れるその感触、実感、刻み、加工、人力によって付加される職人芸。そうした諸々の人の力以外に想像力に対抗する術はないのです。
建築は人間です。優れて人間的であるには私たちには何が必要かを考えなければならない。

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ステンドグラスは施主様が友人からいただいたという手づくりの贈り物。この小さなステンドグラスをどうやって建物に活かそうか?

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この黒皮の鉄板はどうしたものか。時が経つにつれ錆びていく鉄板が建物にどのような感触を運びこんでくれるでしょうか?それともくれないのか?

鋼鉄とグラス。 
 


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2017年04月27日

建築途上の内覧会へご招待

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ご案内が遅くなってしまいました。(遅すぎるとお叱りを受けそうですが、、、)
ゴールデンウィーク中の建築途上内覧会、となりますが、来る4月29日(土)〜5月7日までの土日祭日。
完全予約制ですが、お電話、またはメールにてお承りますのでどうぞふるってご参加ください。

現地は、三浦市三崎町小網代です。
詳しいご住所はお申し込みいただいた皆様へ個別にお知らせいたします。悪しからずご了承くださいませ。
駐車場はございます。

海を見下ろす絶景に立ち上がったS様邸。ようやく外壁のウェスタン・レッドシダーを南京下見で貼り始めたところ。内部は羊毛断熱材がビッシリと。現しの梁や母屋、勾配天井の構造がよく見えて建築の勉強にも最適な状態です。どうぞご覧になってください。

ご予約は。
090-5524-7016 コモハウス
info@comohouse.com


4月29日(土)
4月30日(日)
5月3日〜5月7日(水〜日)

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2017年04月23日

塗装についてさらに一言

塗装にこれで良いという塗装はありません。塗料もまた発展途上。そう、これを味わいという観点から見ると移ろいやすい感性のおかげでこの味わいは微妙に違ってきます。
昔は塗料の種類も少なかったので迷いがなかったのかもしれません。なんでもそうですが、情報が氾濫すると正解が見えにくくなってきます。
木部の外部に塗る塗料となると腐れに強い塗料はなんなのか、これは難しい。一昔前までは外装の塗料といえばキシラデコールで決まりでした。今では百花繚乱、しかもそのどれもまだ「これだっ」と断言できるほどの実績がないわけですからさらに判断に迷うことになります。
今回外装部に使ってみたのは「ウッドロングエコ」です。完全なる水性の液体です。粘りは全くありません。ということは、その成分で持って木の繊維に浸透する腐りにくいなんらかの薬(有害無害を問わず、ですが)が含まれていると解釈して良いのでしょうか?残念ながら成分表は明かにされていませんが、無害であると謳われています。成分を明かにしないのはコピー商品を防ぐ意味から秘伝中の秘伝というわけです。原料は鉱物、植物、酸化鉄、ハーブを使用とあります。

そう。私もこれまで色々な塗料を使ってきました。リボスのタヤエクステリア、オスモの外部用の塗料ウッドステインプロテクター、ベンガラ、柿渋、久米蔵、ツバキオイル、キシラデコール、そしてバターミルクペイント。
柿渋の歴史は古く、平安朝にまでさかのぼることができるそうですから法隆寺にだって使われたかもしれない?わかりませんが、、、。?
ベンガラも古いでしょうね。インドから来た塗料ですからインダス文明の昔に帰れば気が遠くなる由来があるのかもしれません。久米蔵はよくわかりませんが、明治時代までは遡れそうですから江戸時代には既にあったのかもしれない?植物性の塗料はどれも古いのでしょう。日本の色の名称はそのほとんどが植物由来の名称が多いですね。古ければ良いというわけではありませんが、古いものに隠されたその精霊を信じたい、と思うのは科学ではなく、感性なのです。
実は住宅は、科学ではなく感性だと思うのは間違いでしょうか。建築基準法は感性です。えっ?そう、違いますよね。では科学か?と問われれば、これも?です。科学だと信じたい、と思う心が一方にあるのです。しかし、科学的に検証されているのなら「科学」と言い切って良いのでしょうが、残念なことにとってもファジーなものですから、その基準法の運用がどうしても曖昧にならざるを得ない。(もっとも法律はそもそも感性ではないか、とも言えるでしょう)
実は、「住宅」は感性で、「建築」は科学だと信じたいというアンビバレンツが住まいの難しいところなのでしょう。

さてそこで、塗装はまさに感性の拠り所。だから難しい。

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ウッドロングエコを米杉のラフ板に塗装している風景はなかなか壮観です。屋外で、こうして板を広げて塗るスペースがあるということがすでに貴重な風景です。全部で25枚の裏表。塗り終わる頃には陽にあたって色が変わってきます。夕映えの色がつく、といったほうが正解か。この色がなかなか得難い色で、くすんだ錆び色と言えば良いのでしょうか?実はこれに近い色がバターミルクペイントでも再現できそうです。何種類かの色を混ぜて作るのですがそれに近いのです。しかしこのウッドロングエコ、さっぱりとしてミルクペイントほど重量感がないところがまた良いですね。
さて、この色があんまり良かったので他の色を使うのが難しくなってきました。

で、問題はその防腐性能ですが、これは宣伝の謳い文句は最高の評価ですが、宣伝はあくまでアドバルーン。信じ込みやすい私ですが、実は色の出方がどことなく注入防腐土台に似ていなくもなさそうで、もちろん注入土台は薬漬けですが、(似ているということは、防腐効果も顕著なのかもしれない?)こちらは無害であること間違いないとして、その効果のほどは、嗚呼、半分神頼み?
塗装は難しい。



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