2005年10月19日

東濃ひのき

83f2360d.jpg  10月14、15日の二日間、岐阜県恵那市の東濃ヒノキの山とプレカット工場や小径木加工工場、木材集積場などを見学してきました。  
加子母の山の整然とした桧の植林が美しい。枝打ちされた木々は間伐されているせいでとてもあかるく、枝の勢いがそのまま木々の生長を物語っているようで す。
 枝打ちの高さは平均12m。木々の背丈はゆうに20mはくだるまい。間隔をおいて90年生のヒノキが並ぶ一面はおもわず息を飲むほどにうつくしい。
 「四方無節材生産のためだけでなく、光がようけはいって多段林にもっていくには良い。」   
 ケヤキや栗、楓、コナラ、サクラなど、自生の広葉樹を残しながら針広混交林に誘導し、生物の多様化を図るとのこと。「個性のある、とんでもなく素晴らしい森空間」をめざすという安江さんの案内で、山の姿がひとあじもふたあじも違って見えてきます。その安江さん、五十一才。まさに受注生産で木を刈る時も、この木は残してあの木を伐って、それで孫の代にはちょうどいい山になる、とはなんたる時間軸。
 「100年生の良木を刈れば世話ないけど、我慢して200年生までもっていきたい。」  
ふもとに生きる我々と山棲みの民のあいだに横たわる時間の流れはまじわるにはあまりに遠い。林業としての生業(なりわい)だけでなく、環境問題を考えた 時にこれからの山はどうあらねばならないのかと自問し、「これからは木に、ここの歴史とか文化を地域の付加価値として乗せていかないと魅力がないんじゃな いか。」と、安江さんは言う。  
山の経営を金銭だけで推し量ろうとすると山は一瞬にして姿を消してしまう。ブラジルの熱帯雨林の伐採も加子母の山とかわらない。そこに生きる人々の喜び や悲しみに想像力が及ばないのなら山は一瞬にして枯れ果ててしまう。
「加子母の山をとんでもなく素晴らしい森空間に創りあげたい」  
 私たちにできることは何だろうか?
 ふもとから山を眺めるのではなく、山から麓を眺めるように家を建てていきたい。
 「我慢して200年生までもっていきたい」  
 我慢すれば、家も200年生にもっていける。頑張ろう。


comohouse at 00:44│ 日々これ精進