小さな、リフォーム。(隗より始めよ。)忙中閑あり。

2020年01月23日

魅力的な家の、その魅力とは?な〜に。

住まいにはどうしても流行があり、流行り廃りのなかでその時代の流れをつかむことが大事なのでしょうが、ではその流れに乗り遅れるとどうなるのか?

時代の流れを掴むには発売されている最新の建築雑誌や「住む」や「チルちんびと」のような住宅雑誌に目を光らせると自ずと時代の潮流がわかるものです。今でもこういった雑誌が健在なのかどうか不勉強で知りませんが、しかし、ほんとうは、大事なことは流行り廃りではなく、古典なのです。古典に帰えることが何より大事だと思うのです。

世間の流行り廃りから距離を置くと、大事なことが見えてくるような気がするのですが、しかし、目を見開いても見えないことがあります。
歴史の時間に身を置くと人はなぜか落ち着くものです。心の拠り所が時間の中に隠されている。どんな分厚い雑誌にもかなわない膨大な時間の流れに身をまかせると、住まいは魅力的になるのではなかろうか?

ではどうやってそれを実現するのか?しかし、これがむずかしい。住まいの中に古いものを共存させる、というテーマを掲げてもう早二十年たちます。
「旧築提案」を看板に掲げて、古いものを呼び込んで、時間軸を二重に拵えて、新築だけでは心落ち着く空間を得られないのではないかと試行錯誤、塗装や古材や、微妙に荒々しい手触りを新築住宅に持ち込むことで、しかし、その手加減はまことに難しい。

ある時、私が苦労してこしらえた「古びた風」のドアを指差して、こんな汚らしいドアを作られて、とお叱りを受けたことがありました。施主様ではなく、そのお母様だったのですが、意図するものがまったく伝わらなかったのか、それとも本当に汚らしかったのか?(苦笑)

その昔、バブル華やかなりし頃、「住宅は25年だっ!」と言って顰蹙を買ったとある大手の住宅メーカーの社長がいましたね。25年持てば御の字じゃないか!それで建て替えればいいんだよ。
あながちそれを笑ってもいられない。つまりは、住み継ぐだけの魅力に欠ける建物が日本中にあふれている。それはなぜなのか?
愛がないからなのです。住まいに対する愛がないということは、自分に対する愛がないのと同義であることに気がついた方が良い。
住まいを愛するということは、自分を振り返る時間をその住まいの中に持つということなのだと思います。
あなたはご自分の住まいの中で、心落ち着く空間を見出していますか?

stranger










comohouse at 20:52│ 建築雑感 
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