突然の吹雪(階段についての増補)人生のピーク

2022年02月11日

梅は咲いたか 桜はまだか

人に人相があるように、街には街相が、市には死相が、?、あ、いえいえ、市相があるのかもしれません。笑

なんてふざけたことを思うのも、何気無しに市議会だよりってやつをつらつら眺めていましたら、K 議員がS 委員長に要望書を手渡すの写真、が掲載されていました。とある議題の審査経過の報告書だそうですが、この報告書を手渡す写真が驚くなかれ、街のチンピラか、やっちゃんか?はたまた遊び人かと言った様相で、とても市議会議員とは思われない。
いい年をしたおっさんですから、腹が出て、髪が薄くて、生気がない(失礼)のは避けられないでしょうが、にしてもこの責任感のなさげな姿はどうしたものか?
いい年をしたおっさんだからこそ服装には気を使うべきなのです。若さで押し切れる矜持というものがあります。しかし、歳をとると全てがややもすればだらけてしまう。締まりがないのは体型だけではないのです。
写真をお見せできないのが残念ですが、もしかすると却って幸かもしれませんが。
で、一体何が私には気に入らないかと申しますと、彼らがノーネクタイで、一人は白マスク、一人は黒のマスクでどう見ても銀行強盗か?(さらに失礼)
スーツをノーネクタイで着こなすことは並大抵じゃない。いっそ着流しで通す、それならまだ様になりそうですが、、、。

おなじ「議会だより」にこのような記述があります。
「三浦市では地球温暖化対策や感染症対策の一環で年間を通じて軽装での勤務(シンプルスタイル)を実施しています。」しかもわざわざ、一年を通じてネクタイの着用を不要とします、だと。
感染症対策の一環でなぜ軽装なのか? だらしのない服装が感染を予防するのか?
ボーダーラインが無くなっていく。まるでそれが気が利いているとばかりに人は皆底辺を歩きたがる。
背筋を伸ばし、顔をあげて、ほんの少しで構わないから、志しをもう少し上げてみようぜ。 

わたしたちは仕事にどう向き合うのか。どう向き合うべきなのか。
私たちは仕事のプロとして、大工には大工の、土方には土方の、エンジニアにはエンジニアの、医者には医者の営業マンには営業マンの制服というものがあって良いと思うのです。
それは責任感のひとつの発露なのです。

地球温暖化?
クーラーがなかった頃の日本の夏はうだるように暑かった。それでも必要な仕事の現場では大人はネクタイを締めていた。スーツにネクタイはセットだろう!と思うのは私が古いのでしょうか?古くてもいい、たくましく育ってほしい。

ひところ野球選手でズボンの裾をひらひらさせるのが流行ったことがありました。特にピッチャーに多かったのは投げる以外の動きが少なかったからでしょうか?
その頃でも、イチロー選手はソックスをひざ下まで上げてズボンの裾を締めていましたね。

野球選手は野球選手らしく。政治家は政治家らしく、町のチンピラと一線を画すのは、その政治家としての矜持です。
それがないのなら政治家なんて辞めちまえ!

うちの大工があるとき、ある現場で、若い大工を叱り付けていました。

「真ん中なんて言わない!芯だろう!大工なんだから!」

叱られれて初めて気がつくことがあります。今は叱る人がいなくなった。
叱られる人は幸いかな。
こうして人は育っていく。
叱られることがなくなった皆さんは、その不幸を噛み締めたほうがいい。

c322.0211



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comohouse at 10:11│ 勝手にしやがれ 
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