人生のピーク春一番は核の熱風?笑

2022年02月27日

静謐な家

住まいをどう拵えるのかは永遠のテーマですが、不要なものは何なのかと自問して見ると少しもつれた糸がほぐれてくる気がします。

不要なもの。

人生は足し算なのか、引き算なのか?
住まいもまた、足し算で考えるのか引き算で考えるのか?

住宅会社とそれにまつわる住宅産業はさまざまなツールを用意して「これがあると便利ですよ、あれは使い勝手が最高です」と売り込みに躍起。
便利なもの。
それはとても厄介なもの。便利と厄介は紙一重。

わたしたちは便利なものに背を向けているわけではありません。
ただ、便利なものに積極的でないだけなのです。
わたしたちは住まいに何を求めているのでしょうか?
新しくなれば良い?
それだけ?
それだけという思い切りも大胆なもの。
しかし、実は、それだけという決断が住まいを逆に引き締めるのかもしれません。

生活のなかで不要な物はたくさんあります。もしかするとわたしたちは不要な物の洪水の中で暮らしているのかもしれません。
便利なものに囲まれていると安心していたら、いつのまにか不便な生活を強いられている、かもしれない。

不要な物。
不要な物とは実におそろしい定義と言えば言えなくもありません。

たとえば片づけ上手。三ヶ月使わないものは一年使わない。一年使わないものは三年使わない。 三年使わない物は一生使わない。
そう決断して 、三ヶ月でどんどん物を捨てるように心がけたことがありました。それはそんなに間違ってはいなかったけれど、家族には不評でした。(苦笑)

住まいについて考えてみると、そこは実に深い水を満々とたたえて、その深さに思わずたじろいでしまいます。
住まいについて考える人は幸かな。
わたしたちはそんな幸なる人の澪つくし。

幸せが平和と同義語なら、オイラは平和を売る建築会社なのさ!

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comohouse at 13:16│ 日々これ精進 
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