バラガン邸家づくりの季節

2022年04月11日

夢をもとう


つい先日の G7 の会合では各国の首脳は全員ノーマスク。我が岸田さんも当然のようにノーマスク。パンデミックは終了したのでしょうか?(えっ?最初からなかっ、、、?笑)

その岸田さんも帰国すると何を考えているのかしっかりとマスクマスクマスク。
それって、ダブル・スタンダード?
コロナって何なんでしょうか?
わからない?

それにしても日本人のこの従順な羊の有様はなんなのでしょうか?そのうち赤ちゃんもマスクをつけて産まれてくるのではなかろうかと心配にもなろうかというもの。。ワクチンで死ぬ人がいて、コロナで死んでしまう人もいるでしょう。ただ、マスクに有効性が無いことは世界が認めているのかな?
だって、ねえ、世界最高の人材が集ってマスクを必要としないということは、パンデミックが終息したのか、そうでなければマスクに効果が認められないかどちらかでしょう。 

いやはやこんなことを書くと睨まれるのでしょうが、このままいくと人と人の関係が徐々に蝕まれていく。お客様とお会いしてもお顔がわからない。これはこれは。

いつでも夢を
夢は夜ひらく
夢のなかへ

古い話、もう半世紀に近い古い話ですが、「疫病流行記」という芝居がありました。

 疫病患者の出た家の扉は、
 すべて釘付けにされた。
 そして、釘付けにされた扉の中では、
 新しい世界がはじまっていたのだ。
 (デフォー)

わたしたちはいつも何かに囚われている。自分を解き放つ自由の鐘を求めて、その自由の前でうなだれ、決してその鐘を打ち鳴らしたりはしない。

 演劇というものは伝達するんじゃなくて、
 伝染させていくということは可能だろうか?
 アントナ
ン・アルトーという人が「ペストと演劇」という論文の中でね。
 ようするにあのね、非常に大量
な人間がペストで死んだという歴史的な事件を、
 こう例に引きながら、その死体をその調べてみ
たら、
 誰一人ペスト菌というものをもっていなかったと。
 彼らはペストに罹ったという幻想にとり
つかれて集団で死んでしまったという。
 寺山修司「疫病流行記」

しかし、その夢の正体がマスクをしていてよくわからない。目をこすり、首を振り、もういちど眺め回してもその本質がよくわからない。なんとなく息苦しい。口の周りがふわふわしている。むせるような、生暖かい空気が顔のまわりで淀んでいる。
人生はこんなふうにムカつくような不快な表情をしていたのかしら?
もうずっと前から私たちの人生は死んだ魚のような目をしているのかしら?
これが人生?

そんなバカな!と、私は叫びながらマスクを放り捨てる。
そう、自分を取り戻すために。
夢をもとう!
人間は捨てたもんじゃない。
今からでも遅くはない。

疫病流行記にこんな台詞がある。
「あたしはあなたの病気です。」 

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comohouse at 06:22│ 思いは遥か 
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