転勤の季節だッ(恋の季節)?日本の住まいは変わるのか?

2024年04月06日

4月になれば。

サイモンとガーファンクルに April  Come She Will「4月になれば彼女は」があります。
ガーファンクルがひとりで歌い上げる美しい歌です。
明日に架ける橋もガーファンクルがソロで歌いますが、こちらのほうが小品であるだけ更に美しく余韻がたもたれます。
さて、4月になれば彼女はどうするのか?
むろん英詩のなかでその後の足取りが歌われ、ふたりの恋の行方が暗示されるのですが、4月になれば彼女は、と歌われればそれはとてももの悲しく聞こえる。

昨日は寒かったですね。お昼時、昼食の用意もととのった時間に玄関をたたく声。若い女性が「あのう、、、」おはなしを伺ってもよろしいですか?
ショールームですからお断りする謂われもなし。どうぞと招じ入れると彼女、建築の勉強をしているとの由。

最近なぜかこういう方が多い。笑
別に困る訳ではないが、建築会社もにわかに人生相談の説法会社の趣、建築とは家を建てると同時に世相の万端を語り、住まいのひだに分け入り、それらを束ねて方向を示し、構想を語り、構造を築き上げるものなのかもしれません。
話を聞きながら、わたしはわたしで今計画している建築、平屋、土間があり、三和土を拵えるとなるとふさわしい玄関はどうなるのかと悩ましい。

さて、彼女、失恋したんですと、いきなりの告白。そうか?失恋か?
初めて訪ねてきた建築会社で第一声が失恋の告白というのも珍しい。
彼が建築の勉強をしているらしく、自分も建築が好きで勉強してきたけど彼を失って建築も失うのは嫌だと思った、それで川崎の自宅から自転車で海を見たくて三浦の地へひたすら走ってきましたと。

見れば素足でスリッパでペダルを漕いで、そぼ降る雨の中を。
若さはなんて素晴らしいんだ。
それでも建築を忘れずにiPadのなかにおのがスケッチ図を隠し持ってひたすらペダルを漕ぐ。
こうして出来上がる建築の素晴らしさ。
住まいはこうした心の襞の集積、心の壁の巣窟、幸せだけを思い描いて間取りを考えるのではなく、失恋の寂しさを膝を抱えるようにして図面に落とし込むことも大事ではないか。
すでに失恋の痛手を忘れてしまった当方にはたして美しい建築が作れるのか?
ハッピーエンドの幸せな家族の自画像だけが家造りではあるまい。


そうだ、玄関には引違いがふさわしいとしても、古い蔵の引き戸を据えたい。
その古い壊れかかった重い引き戸を滑らせるとき、わたしたちは幸福だけでなく、その古い蔵のなかで聞いた女たちの嘆きの声に耳を澄ますことも大事ではないか。
扉をあければ光は差すだろうか?
光は一条だろうか?
その光の影はなにを写すだろうか?

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comohouse at 06:51│ 建築雑感 
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