日出ずる国日本 ー 木について無垢にすべきか、集成材にすべきか、それが問題だぁ

2025年01月18日

なぜ家を建てるのか?

建築は創造的でありたい。寒さに震えながらもあたたかい気持ちを胸のなかに灯したい。
近代建築の巨匠ル・コルビュジエは著書「建築をめざして」1923 のなかで、「家は住むための機械」と喝破したのはあまりに有名ですが、住むための機械とは身も蓋もない物言いです。
が、無論それは比喩に過ぎません。では彼は、なぜわざわざ住まいを機械に喩えたのでしょうか?
彼の時代にあっては当時の最先端の技術はヒコーキでした。空を飛びたいという夢を実現することが究極の技術の目標でした。しかし、空を飛ぶのは鳥のように空を飛びたいという欲求ではなく、現実に叶える技術目標の設定でした。より強力な戦闘機を作り出すには到達すべき目標があったのです。では、建築には明確な目的があるだろうか?と考えたとき。
コルビュジエが「住むための機械」と言い切ったのは、それは同時代に住まいの定義があまりにも曖昧にあり過ぎたことへのアンチテーゼでもあったのでしょう。

現代の我々のまわりを見渡してもそれはズシリとした重い感慨を醸しだします。三千万円の買い物には、それに見合う動機があっていい。しかし、住まい造りの相談をうけるとき、わたしたちはなんと曖昧に家を夢想していることでしょうか?わたしはよく言うのですが、新しくなった住まいのそのお気にいりの一角で椅子に腰掛け、住まいの全体を見渡したとき、あなたは深い感慨とともに何を思うのでしょうか?
その空間になにを見出すか?それはわたしたちの永遠の課題なのです。その課題をご一緒に追い求めることで美しい住まいを手に入れることができるのではないでしょうか、と。

ル・コルビュジエは「建築をめざして」のなかでこうも言います。
「情熱は生命なき木や石で劇をつくりあげる」と。
「石材を、木材を、セメントを工事に移して家屋や宮殿をつくる。これは建設である。知性の働きだ。
しかし、突然わたしの心を捉え、わたしに良いことをしてくれ、わたしは幸福となり、これは美しいと言ったとしたら、それは建築である。芸術がここにある。」

住まいづくりは対話です。施主と、造り手であるわたしたちとの対話であり、物言わぬ語らいは材料を通して形となり、職人を架け橋にして虹をつくる。
わたしたちの住まいづくりは唯一無二の経験と言っても良い。
さあ、素晴らしい経験をご一緒に。

Dancing Queen202108






comohouse at 17:58│ 思いは遥か 
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