家づくりの原点家が建たない

2025年05月21日

建築のすすめ(学問のすゝめ、風に)

家を見て歩くのが好きです。

家を見る、建築をみる、それはまるで福沢諭吉の「学問のすゝめ」のように人は生まれながらにして平等であり、学問を通じて己を研鑽し、社会における自己の存在意義を高めることに似て、建築を知ることで心が豊かになるかもしれないし、世界をよりよく知る手立てになるかもしれないという希望でもあります。
普段から様々な家を見ていると「住まい」の良し悪し、足りないもの、過剰なもの、愛情深い家、冷たい家、寂しい家、暖かい家の必要条件が朧げにもわかってくるものなのです。
家は、建てたいと思ったその日にさて、どんな家を、と考えて思いつくものではないのですが、欲しいと思うと後先を忘れてしまうのも人間の悲しいサガです。

先日、Xで「ナチュラルハウス」についてちょっと触れたら一気に「ナチュラルハウス・ブック」のことが思い出されて久しぶりにページを繰ってみましたら、1990年代のことがあれこれ思いなされて懐かしかったですね。 出版されたのが1996年。バブルが弾け、いよいよ不況の長期化が顕になった頃、山一證券が倒産し、社長が涙の記者会見を開いたのが1997年でした。
コモハウスの方向性を系統立てて明らかにしたいと勉強に余念がなかった頃のことです。住まいを美しく彩るのは何が大事なことなのかと考え続け、それは素材を正しく調理することだ、しかし正しく調理するとは どいうことだろうかと分からないことだらけ。その時に出会った一冊の本、それが「ナチュラルハウス・ブック」だったのです。
まだオーガニックという言葉もなく、「自然素材の家」などという謳い文句もなかった頃、 私たちが目指した方向はまさにナチュラルハウスだったのです。

DABB8218-F0D3-4A4A-812A-73F2B3EE983C

土、鉄、漆喰、材木、石、陶器。
ゲル、法隆寺、桂離宮、パルテノン神殿、銀閣寺の荒びた風景。
わたしたちは小さな家づくりに臨むしがない建築会社に過ぎないけれど 、わたしたちが目指す建築は摩周湖のように深く、透きとおった永遠を顧みることができる木造の家。
きっとどこよりも美しく、どこよりも深い感動をおぼえる、そんな家づくりの遥かな道が銀色に輝いているに違いない。 
それまで材木問屋から仕入れていた構造材を、山から直接仕入れることはできないだろうかと考え東濃檜と巡り合ったのですが、バブル後の不況の時代に山の産地もまた販路を問屋を通さずに広げたいという思惑と合致したのでしょう。
サッシも建具も断熱材も問屋を通さないことでより自由な選択が可能になったのも時代なのでしょうか。それまでのガッチリと組み込まれた流通の中では見えない世界があまりに多かったのです。 

東濃檜だけではなく、断熱材をニュージーランドに求め、木製サッシの情報を遠くアルバニアやイタリア、アメリカにまで広げることができたのは インターネットのおかげでした。Windows95やiMacの爆発的な普及が後押ししてくれたのです。
 
ナチュラルハウスからの長い道のり。それらの素材を調理する職人たちとの出会い。組み込まれた流通は素材だけではなく、職人もまたそうした流通に組み込まれ、自由な出会いが阻まれていたのかもしれません。そしてそれは、家を建てたいと望むたくさんの人たちにも新しい世界を提供することになったのです。
では、わたしたちは、ナチュラルハウスの門口に立てたのであろうかと今は静かに自問して、そっと唇を噛み締めているのです。


 




comohouse at 13:03│ 日々これ精進 
家づくりの原点家が建たない