2026年05月05日
苦い独り言
GWも後半戦。そして今日はこどもの日。小さいお子さんをお持ちの親御さんは今日は大忙し。年にいちどのけっぱれオヤジ、けっぱれカアちゃん!笑
そんなGWにふさわしくないブログをひと言。
しかし昨今の世相を見るにつけ君子危うきに近寄らず。他人との距離を見極め、なにごとも家族の範囲の中で解決したいと小さく纏まりたいのかもしれません。
おもえば家族も内向きで、もしかすると世界は家族四人で成り立っているのかしら?
他になにがある?
そう、何もないよね?
世界とつながる必要もなく、小さな幸せで何が悪い?
悪くないよね。
驚くほどの無関心。それがこの時代を生き抜く唯一の鍵。しかしそれがどうやら若い人の共通の世界観ではなく、年老いた旧世代にも言える共通認識だと思うとちょっと背筋に冷たいものが走ります。
他人に関心がない。自分と自分の周りのごくわずかな世界に甘んじることで世界を閉ざしてしまう。わたしの若い頃はフラワーパワーの全盛期。世界に繋がりたいと思うどころか、世界地図を塗り替えるのは俺だっ、俺たちだっ!そんな勢いで突っ走ってきたのがいつしか時代は変わり、ギアはLOWに、サイドブレーキは引きっぱなし、アクセルなんて恐ろしくて踏めるものか?
なぜだ、なぜなんだっ?
しかしその中にもわずかながら元気一杯のアクセル全開、俺が世界を変えてやるとばかりにけっぱる二人の若者たち。いえ、二人の老人か?笑
そう、トランプさんとプーチンさんのお二人です。世界中から誤解しまくられるこのお二人のパワーには唖然暗澹拍手喝采!
しかし、このお二人は正しい。そしてわたしはこのお二人に希望を見出している。
古い友人からたまに連絡があります。互いに近況を聞き合い?、近頃の自分の立ち位置を延々と述べ立て、だから自分はこうしているああしている、自分の体調のことから明日の予定まで、昔の絆で理解を求めてくるのですがその間相手の(私の)近況やら最近何をやっているのか?なぜそのようなことをやるのかなど尋ねることもなく、すべて無関心。
彼の目にはわたしは映っていない。
わたしは昔からひとのことを根掘り葉掘り聞くのが大好きで、えっ、なぜそんなことをやるの?どうやってやるの?いつからやってるの?へえ、それで?
尋ねたいことは山ほどある。しかし、彼、彼女からは聞かれることはほとんど皆無なのです。
こういう人間関係がとても増えました。そして、やがて、静かに私たちの関係は幕を閉じる。
もしかすると最初から関係は途切れていたのかもしれない。
人に希望を見出したい。人の美しい仕草に惚れ直したい。人は互いにつながることで明日を予感させる。
明日のジョーは明日になると死んでいるかもしれない。それでも明日のジョーは遠くを見つめてわたしに微笑みかける。わたしもまた微笑み返す。
わたしたちには絆がある。その絆が明日を手繰り寄せるに違いない。
comohouse at 09:37│
│勝手にしやがれ









