建築雑感

2022年06月14日

時代は変わる。ホントにかわる?

三、四日前になりますが、日経新聞におどった「Dハウス、住宅展示場を3割削減 デジタル営業に移行」。
Dハウスは全国に197ヶ所の住宅展示場があるそうですがその来場者数はコロナ前の19年に比べて50%減、来場をきっかけに成約した割合も従来は5割あったものが3割へと低下。人口減少で国内の注文住宅市場は20年で25%縮小しました。もう住宅展示場では家を建てない。

それは何かというと、家を建てると言う営業が、戦後七十数年間の移り変わりのなかで遂に住宅展示場営業の時代が終わった、という感慨が重く感じられる、と、そういう事実なのです。 

戦後長く、親戚や知人からの紹介で家を建てるという行動形式からお金を積み立て、頭金相当の預金を元手にローンを組むという相互保険形式の家造りから、銀行の住宅ローンの拡充に伴って、ついには複数の建築会社のモデルハウスを集めて集客し、ま、デパートの釣り着に袖を通して背広を買う感覚で家を建てる。 そういう時代が幕を開け、70年代からバブルを挟んで今日まで人は住まいを見つける前に展示場を見つけるという悪しき慣習にどっぷりと浸かって今日までやってきたわけです。
家を建てるという動機は少しづつ変わってきます。
家を持てれば満足から、持つ家に好みを求める時代へ。そして好みのうるささから事は住まいの本質へ進みます。本質を突き詰めればそこにはそれぞれの哲学がある。そのためにはほんの少しの背伸びが必要です。
深夜、一人椅子に腰掛けて、オレは(私は)どんな家に住みたいのだろう?ほんとうはどんな暮らしを望んでいるのだろう?それにはいったい何が必要なのか?いや、それ以上に何が不要なのか?
欠けているのは何だろう?過剰なものはなんなのだろうか?
心の満足とモノに囲まれる満足と。

住まいは衣食住を丸抱えにしてなを不足するものなのです。そして、そこにこそ安らぎがある。
その安らぎを求めて家を建てたいと思うかどうか?
家を使い捨てにすると、家から捨てられる。

家を建てる前に百か条のQ&A。

どんな外観?
どんな玄関ドア?
どんな屋根?どんな窓?どんな玄関ポーチのタイル?どんなフローリング?
下駄箱はいる?靴は何足?部屋数は?その広さは?

こうして百の疑問を並べ立てると、50個を過ぎたあたりからだんだんと本質的な問題が顔を出し始めます。
80個を過ぎるとそれは自分への疑問へと変化して、家とは何だろう?なんのために家を建てるのかの答えが見つかるかも知れない。
それで何かが変わるかも知れないし、変わらないかも知れない。
変わるものがあれば幸いかな。変わらないものを大事にしたい。

住まいは結局自分自身なのだから。

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2022年05月23日

住まいづくりの楽しさ

いくつになっても住まいは希望。少しずつでも住まいに手を入れ、花瓶に花を活けるように小さな変化を楽しむことは大事なことです。
人間はだれも好みが変わります。変わらないものを追い求めるよりも、変わる自分を楽しむことが肝要です。
いくつになっても楽しめる住まい。それはやはり、つまるところ「素材」 と「調理」。ここに尽きます。
素材は高価である必要はありません。フランク・フロイド・ライトが言うように、材料に貴賤なし。
そう、まさに。 ものごとは眺める方向で善悪でさえ変わってしまう。美しさを引きだすのはわたしたちの仕事。美しい佇まいを追いかけることがとても大事なのです。
追いかける過程でこころに変化が芽生えます。
その変化を捉えること。
そう言えば、当社の家づくりでは改まった完了検査 と言うものがありません。もちろん厳密に無い、というわけではありません。住まいづくりを重箱の隅をつついて確認することほど惨めなことはありません。
当社の建築は現場での製作が圧倒的に多いので、大工仕事がハウスメーカーに較べて二か月は余分にかかります。いえいえ、わたしたちに言わせれば、ハウスメーカーがあっという間に終わるからコモハウスの建築は時間がかかるように思えるのですが、 大きなプラモデルとはわけが違います。
手間を掛ける。間をはかり、手を加え、そうして辿り着く世界がある。
大工仕事とはそういう仕事なのです。
先日も大工と話していたらいいことを言いました。
「今はみんな大工屋さんなんだよね。大工じゃないんだよ」

その手間を掛ける過程を共有するお施主様が、完了検査で重箱の隅をつつくはずかない。
つまり、工事の過程を共有することで知らず識らずに完了検査に立ち会っている、ということなのだと思うのです。
ひとつひとつの仕上がりに手間をかけたら、わたしたちにはもう確信がある。

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2022年04月29日

楽しさも、中くらいかな オラが春

今年の春は寒の戻りがしっかりもので、寒い、しかもネコの目のようにお天気が変わりやすく、明日は晴れかな?そんな予報もしばらくすると雨マーク?明日こそは晴れそうだ、と安心していると夕方には雨マーク?
ふざけんな!笑
いやあ、この調子では予定が立たない。
その日の予報ならオラだってアタライ。な〜んて憎まれ口もたまには言ってみたいもの。
さて、そこでGWです。お天気予報は当たりますことやら?

ウッドショックのせいで材料が揃わないというこの究極の選択肢のなか、コモハウスはおかげさまで永いあいだ国産材を使い続けた実績で?外材が手に入りにくい状況下でもどうやらしのげる体制が整っていて、ウッドショックもどこ吹く風。(って、言いたいところですがもちろん影響は皆無ではありません)なんとか外圧をくぐり抜けて仕事に精を出しています。

しかし、確実に時代は不安定の中での安定をどう図るかというタイトロープの時代にはいってきました。
そんな時代に家を建てるということの意味をもういちど考えてみたいと思います。

必要なものは何なのか?ほんとうに必要な住まいの骨格とは何なのか?

時代に流されず、自分たちの寄って立つ価値観をもういちど見つめ直し、心の拠り所となる住まいづくりを目指す。
わたしたちもさらに住まいづくりの奥義をもとめてさらなる研鑽を積むことになります。

GW にもういちど。住まいづくりは読書から。

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2022年04月17日

家づくりの季節

暖かくなった今日この頃。
この二、三日、寒の戻りて冷え込みが厳しかったですね。そうこういう間に待ちに待ったGW。時の経つのは早いもの。 一年の中で、やはり此処が肝かもしれません。日本人はGWを基準にして生きている。笑

ウグイスの鳴き声を聞かぬ日はなく、ついでに台湾リスまで喧(かまびす)しい。
そんな日中にあの空をかけぬける疾風のような鳥。右に左に一直線。ああ、あの鳥は、そう、ツバメ。
帰ってきた渡り鳥。
あちこちの軒先に飛んできてはまた戻り、戻ってはまた飛んで来る。面白いですね。 彼らがGWの時期に長い旅から戻ってくるのはなにか意味でもあるのでしょうか?(もちろんありませんよね、ふふ、、)

不屈の精神で巣作りする彼らを見倣って、私たち人間様もこの時期、なぜか、家づくりに励むのですから世の中は面白い。
一年間で住宅展示場を訪れる人の数、成約者の絶対多数がこの時期に集中しているのは統計的に事実です。広い展示場のなかをあっちのA工務店からこっちのBハウスへ。はたまた大向こうのCホームか老舗のD建設か?しかし、私たち町場の工務店からすると、今でも住宅展示場に足を運ぶ人がいるという現実がなんだか不思議でならないのです。それは手垢のついた行動様式と言ってもいい。(ごめんなさ〜い)

住まいの質はなんで確かめるのでしょうか?(えっ?住宅展示場で、、、?)
その質とは何でしょうか?
構造?金額?見た目の良さ?

では、ツバメの巣づくりの最大のポイントは何でしょうか?
快適さ?広さ?断熱性?
いいえ。それは安全なのです。そこで、昨今の住宅メーカーの最大の売りは「安全性」です。
ツバメは私たちに様々な知恵を与えてくれます。

しかし、と、コモハウスは考えるのです。
あなたにとっていちばん大切なものはなんですか?
わたしたちはそれをこそご一緒に考えたいと思います。
住まいづくりは自分探しの旅。エンドレスストーリーの旅の始まり。
そこにコモハウスは居つづけたい、と思います。

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2022年03月29日

バラガン邸

初めてルイス・バラガンの自邸を見たのはテレビのなにかの特集でした。
テレヴィという存在も充分に衝撃的でしたが、バラガン邸の虚飾を排したその住まいのあり方がまさに衝撃的でしたね。
不思議な赤い壁、いえ、赤というよりもピンクに近い、赤とは呼べない赤。

そんな色を壁に使うその悪趣味が信じられなかったのですが、その紅色がまた摩訶不思議で、永遠に心に残る色彩というものがあるということに胸を打たれました。
思えば色で遊ぶということを教えられたのはバルガン邸が最初でした。色彩を建物に溶け込まさせる建築の奥深い企み。

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色彩は、ただ色を配置すればよいのではなく、その色が与える効果、色が多色と交わることで醸し出される効果。赤は赤ではなく、黒は黒ではなく、その色彩が他の色彩によって変化することを知ることがいちばん難しい。
バラガン邸はそうした色彩の持つ魔術をわたしに教えてくれました。

いつも、いかなる時も、住まいの色彩を考えるときは楽しい至福の時間ですが、難しいのはそのことを施主さんに伝えられないもどかしさでもあります。
「色はどうしましょうか?」
もうすでにその質問が間違っている。
「色はお任せください」
その姿勢の傲慢さがすでに間違っている。
「ご一緒に色彩について考えましょう」

さて、そこからの長い時間をわたしたちはどう過ごせばよいのか?
色彩の難しさはそれが人生の反映だからでもあります。家を建てたいというお客様と人生について語り合うのは大きなお世話かもしれない。

しかし、家はすでに色彩を持ち始めている。真っ白い設計図に一本の線を引いたその時から家は色彩を帯び始めている。
建物のテーマが絞り込まれ、一階と二階の関係性が見え始めた時、使う木材をして指定し始めた時、そこには目に見えない色彩が溢れ始めている。設備機器やドアやフロアーを決めている時、すでに色彩は住まいを覆い始めている。
しかし、それでもなをコモハウスの住まいは材料を塗装していくところから新しい段階に突入していく。それはさいごの二割。
人生はさいごの二割で決定づけられる。
それはまるで私たちのように。

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2022年02月06日

突然の吹雪(階段についての増補)

今朝は穏やかなお天気。風もなく、家内は早速和服に着替えてその辺りをお散歩。
このところ和服がたいそうお気に入りで、YouTubeで着付けを独学で学び、せっせと一人着付けして悦に入っています。
確かに上手になりました。そして何より早くなり、様になってきましたね。
そんなのどかな日曜日、午後の昼下がり、なにを思ったか突然の吹雪にうわー、うっそ!
これはすごい、すごいことになってきました。
(この写真でわかるかしら?)

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さて、そこで(笑)最近なにを思ったか、たてつづけに階段に関する本を読む機会があり、ああそうか、と目からウロコ。
こちとらがまったく気がつかないことがあるもんですね。
なかでもアッと思ったのが、日本には階段と言う考えかたが長く不在であった。つまり、階段はひとつの機能であって、そこに積極的な意味を見出すことがなかった。階段が権力の象徴でもなく、下から上へ、上から下へ、それはただの機能にすぎない。
なるほど。日本人は階段を梯子の延長として捉え、それ以上に積極的な意味を求めなかった。

そういえば、もうずいぶん昔ですが、姫路のあの白鷺城を見学した折、その桁や梁の大きく太いのにびっくりしたのですが、なぜか階段は貧弱で、やっと一人が上れる幅で、しかも急傾斜、確かにハシゴと見紛うばかりで何故なんだ?不思議だなあ、と思った覚えがあります。階段はあくまで高い所に上る手段でしかなかった。
これは驚きでしたが、なるほど。
そこには日本人の控え目な奥ゆかしさが影を落としているのかもしれない。

映画でも、階段が重要な舞台となることがない。芝居でも階段が印象的な大道具として登場したことがあまりない。
そういえば、「蒲田行進曲」で銀ちゃんの 階段落ちがありましたが、それくらい?
「風と共に去りぬ」でスカーレットが階段から落っこちるシーン。「ロミオとジュリエット」でラスト、領主が広場の階段で無理解な両家の大人たちを叱りつけるシーン。
「オール・アー・パニッシュト、オールアーパニッシュト!」 

いやいや、映画って、ほんっとにいいですね。 😁

なんだか話があっちいったりこっちいったり。明治時代の洋館建築までまたなければ階段は無用の長物だった?さて、階段。

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2022年01月24日

悲しみよこんにちは

今年の冬はきびしい寒さですね。久方ぶりのあの冬が帰ってきた。

「帰ってきた用心棒」「帰ってきたヨッパライ」「帰ってきた黄金バット」

待ち望んでいた冬。冬はやっぱり厳しいくらいがいい。ま、適度に、ではありますが。
気候温暖化が叫ばれたのは二千年代に入ってからでした。
地球は温暖化している?とばかり思っていましたが、いや、実は、温暖化はしていない?

それぞれにビジネスが絡んで世界は嘘で塗り固められている?ほんと?(笑)

しかし、寒い。この寒さよ😄こんにちは。

などと言ってられないのは、深刻なのは、日本の住宅の断熱性能の欠如なのです。
日本の住宅の一枚ガラスのアルミサッシではほぼ無断熱といって間違いではありません。
夏場、住まいに外部から侵入する熱の70%が窓からです。冬場、住まいから逃げていく熱の50%が窓からなのです。ガラスだけでなく、アルミの熱の伝導率の高さも問題です。しかもその上で玄関ドアもアルミです。
わたしたちは何も考えてこなかったのだろうか?笑い事ではなく、ことは深刻です。

さて、それでは建て替えで快適さを手に入れられる人は救いですが、建て替えもままならない人にとってはそれは重大です。緊結の課題です。そこでわたしたちに出来ること。

もっとも簡単な断熱化住宅のハウツーです。
先ずは窓から。いくら住まいを暖房してもその熱の50%は窓から逃げていきます。そこで大切なこと、それは カーテンです。それはもちろん2枚のカーテンなのです。
このカーテンで貧弱な窓を覆って熱の逃亡を防ぐのです。

みなさんのお住まいは、先ずレースのカーテンが一枚あり、つぎに厚手の生地の布が一枚。
このレースのカーテンを少し厚めの白いカーテンにする。これなら夏場もレースの代わりくらい果たしてくれます。 レースの生地では冬場は無きに等しいですから。
そして大事なことは床を這うくらい長くして、できれば窓の上も10cnくらい上から吊り下げる。大事なことは窓をスッポリ覆うことです。2枚目の厚手のカーテンも然り。
これを家中のすべての窓に施します。
普通の家は窓の数はだいたい18個くらいです。一箇所1万円で約20万円。気をつけたいのは腰窓も床まで垂らすことです。

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あとは玄関ドアです。玄関ドアの四周🚪をグルリとモケットの隙間ふさぎテープを張り巡らす。

これだけで室内の最低気温は 5℃か、いやそれ以上あがります。
その他には換気扇も大事です。お風呂場やトイレに換気扇があればどこか一箇所でもドアを開けて一日中回しましょう。

さて、如何でしょうか?
悲しみよさようなら。快適さよこんにちは。

あとは思い切って給気孔も塞ぎましょう。ホームセンターに行けばスプレー式の断熱材が売っています。ぜーんぶ塞いだって大丈夫。そんな寒い家なら黙ってたって隙間風は入ってきます。
換気は自然換気が作動しているというわけ。

さて、それにしても先ずは実行あるのみ。快適になること、請負います。
 
ホント❓ 笑

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2021年12月12日

外構工事が完成です。

懸案だった住まいの外回り。
ちょっとご報告が遅くなりましたが。

色々と考えるところもあり、予算とにらめっこして思いっきりシンプルに拵えました。

外構屋さんが素晴らしかったですね。
お客様に寄り添って、丁寧に、むずかしいことをやるのではなく、やさしいことをきちんとこなす。

画竜点睛。

その事がわかっているのでしょうね。こういう仕事が好きです。
私たちの仕事をさり気なくサポートしてくれる。
以前からお客様のお知り合いの外構屋さんだったので、そのお客様のお人柄が引き寄せたご縁だったのでしょう。
ありがたい。

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玄関ポーチのすぐ脇の寄植えのスペースが可愛らしいですね。

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散歩道が玄関へと誘います。駐車スペースとの兼ね合いで微妙にゆれています。

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この一本の低木が建物としっかり向かい合います。そこがいい。

砂利敷きの駐車スペースですが、最初はおがくずで作る案をお出ししたのですが、さすがちょっと引かれたのも理解できます。でも、砂利も素敵です。

にんにん。でした。
外構屋さん、ありがとうございました。






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2021年06月30日

ランバーは何処へ

花はどこへ行った

懐かしいフォークソングの名曲です。
Where have all the flowers gone?

フォークギターを小脇に抱えて、「ウェハヴォーザフラワーゴン」男も女も「ウェハヴォー〜」
それで盛り上がった時代は遠くに追いやられてしまいましたが、建築会社をやっていますと、今は切実に、
「ランバーはどこへ行った」
しかし、とてもギターを抱えて歌を歌う気にはなれない。(涙)

それほど深刻な事態がやってきました。
材木が倍々ゲームなんて、しかも金属だって上がっている。釘が三割アップだって?
ウッドショックも最初の頃はアメリカのコロナ後の景気刺激策で住宅重要が旺盛な回復をみせているのでヨーロッパの材木がみんなアメリカに流れて日本にやってこない、なんて真顔の説明でしたが、最近の話ではアメリカのランバー価格だって二倍に跳ね上がっているとか。日本と変わらない状況は、在庫の問題ではないということです。

食料問題も切実な様相を見せはじめていますね。欧州ではスーパーに食材がない、それも生産者の問題ではなく、農家は普通に生産して出荷しているのに流通の過程で蜃気楼のように消えて無くなり、倉庫やトラックの荷台で腐らせている、という情報があります。

前代未聞の世相は何を反映し、何を隠しているのかと、私たちは暗闇の中で戸惑うばかりです。

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夜明け前が一番暗い。関係ないかな? 笑






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2021年06月24日

流木。馬鹿と鋏は使いよう。

階段手摺りは厄介です。
厄介に考えるから厄介なのですが、単純に考えると、、、そう、身も蓋もない。よくある手摺壁なんか考えたくもない。(笑)
さて、では、コモハウスはどう考えるか?ふふふ。

流木を使った階段の壁手すり、これはこれは、しかしこれをどう魅力的に拵えるかというのが大命題。馬鹿と鋏は使いよう、と言いますが、しかし、この言い回しは今のご時世禁句かな?

もう十年以上昔になりますが、あの時、確か津久井浜の海岸で拾ってきた流木。
二本。真水でよく洗い、よく乾かし。さあ。

ジャン!

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形が難しいのをああでもないこうでもない。でも、こうしかならない。これがイチバン。

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ボードの部分は漆喰仕上げです。塗装は古色塗料、久米蔵です。
奇をてらっただけ、と捉えられると忸怩たるものがありますが、しかしこのアイディアを一回だけで眠らせるのはチトもったいない。

そこで今回十年ぶりに「シェーン、カンバック!」です。
さてさて、昔取った杵柄と参りますでしょうか?

乞うご期待!



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2021年05月30日

日本の建築会社

さて、ツイッターをうろうろしていたら、とあるハウスメーカーのこんなCMに出くわしました。鐘と太鼓でお通りだい!

 「with コロナ時代の『くらし』はどう変わるのか?」
 リモートワークが浸透したことで、家への意識に変化が起きている。
 我々の暮らしの価値観はどう変わったのか?
 新時代の「家」のあり方について再定義していく。

なるほど。なんとも頼もしい、大上段に振りかぶった冠りの見栄に大向こうから声がかかりそうです。
「よっ!成駒屋!」
もっともらしいこのうたい文句。これがTVやツイッターで流されて、それらしい専門家がご託宣を交えて、「私たちの暮らしの価値観は、、、」。

ふむ。しかし、こんなコロナごときでコロコロ変わってしまう私たちの生活って一体なんなんだろう?
それなら左遷されて、窓際族に追いやられて、出世街道から取り残されたら私たちの暮らしの価値観はどう変わるのだろう?
変わったからって、それで住まいがどうなるわけでもない。
家への意識?はて、面妖な?
それで変わってしまう意識ってそもそも意識が希薄だから変わるもなにも、結局は堂々巡り。変わるのは上澄みだけ。変えなければならないのは本質なのです。

住まいづくりを考えるとき、大事にしなければならないのは、私は「美しさ」だと思います。
美しさには人それぞれの基準があります。しかし、変わらないのは、心を打つ美しさです。
どのような価値判断であれ、人の心を打つ美しさは変わらない。

それは求めることで与えられます。求めなければ「美しい住まい」を手に入れることはできません。
ああ、ほんとうに、「美しい住まい」。どこかに落ちてないかしら?

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2021年05月12日

大混乱はやってくるのか?

この商売も長くやっていると、時々なんの前触れもなく、わけのわからない流通の爆発があるものです。誰かが仕掛けたのか?景気の流れが一気に洪水のように溢れかえって、どこかにしわ寄せがやってくる。
去年は武漢コロナのおかげで中国から設備機器が入ってこなくって大慌て。もう何年前かしら、ボードが突然入荷待ちでどうやっても手に入らない、なんて混乱もありました。神奈川県下のバッタ屋をあたってかき集めたのも今は昔。
思えばバブル景気も異次元の爆発ではありました。

さて、ここに来て、アメリカではコロナ対策で景気刺激策に大金を注ぎ込んだ煽りで住宅景気が加熱して世界中の木材はアメリカを目指す。高く買ってくれるところに資材は集まるもので日本は見向きもしてくれない。さあ、困った。外材がはいってこないからと国産のヒノキだ杉だに買いが入って流通は大混乱。上棟ができない。プレカットができない。
こういう混乱は相手が悪い。
まあね。

しかし良いこともあるもんで、風向きはじわりと変わってきたのかどうか、最近お会いするお客様がみなさん「マスクはいいですよ」という方ばかりで、誰もコロナなんて信じちゃいない。これは良い兆候です。もういいかげんこのプランデミックのウソに気がついたほうが良い。わたしたちはなにをやっているんだ。
コンナことを書くと腹を立てられる方もいらっしゃるかもしれませんが、しかし、もう一年以上騙されてきたわたしたちです。
コロナ?ふざけるな!

あゝ、ほんとうに、マスク無しでお互いを見つめ合いたいものですね。

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ちょっと過激なわたくしです。




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2021年03月25日

ほんとうに大事なこと。

住まいづくりを単なる住むための機械と考えるととても寂しくなります。
「住むための機械」とは、必要な間取りがあって、必要な設備機器があって、必要と思える機能を満たす動線が欲しい。それらが満たされた「住まい」が欲しい。
なるほど。どれも枝葉末節としては大事な要素なのかもしれません。
しかし、そのような欲望を満たしたとしても、その「家」はすぐに陳腐となって、中古住宅の坂道を転げ落ちていくのが関の山。
家を持つのは難しい選択です。どのような住まいを望むのか?住まいってなんだろうか?
住まいは人生の器。あなたの人生を包むハコ。そのハコを必要な間取りだけで仮借できると考えるととても寂しい選択になってしまうのです。
大上段に「人生とは?」なんて問いかけているわけではありません。
ただ、永い人生の伴奏者としての住まいを間取りや機械設備に預けて良いわけがない。
住まいは生き方。望むものを手に入れるのではなく、手には入らない喜びを表現すること。わたしたちはその人生の大半を手には入らなかった忸怩たる思いのなかで生き、そこから立ち上がる勇気を学びながら生きていく。
住まいはそんなあなたがたどり着く小さな港。そんなあなたがそっと錨を下ろす、ただひとつの港。住まいづくりはそんなあなたとの会話から始まる。
魂のキャッチボール。誰かがそんなフレーズを掲げたような気がします。
そんなふうにして、私たちは住まい作りのお手伝いをしたい。

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2021年03月19日

大事なこと

暖かくなりましたね。一昨日は彼岸の入り。明日は彼岸の中日。ぼやぼやしているともうすぐGW。青年老いやすく、学成り難し。デタッ!😁

さてこの季節は受験の結果も出て悲喜こもごも。「喜」はもちろんのこと、「非」もまたそれはそれで涼し、です。叶わなかった想いの果に人生の蹉跌がある。鉄は打たれるもの。打たれて強くなるものと覚悟を付けて、そこからが人生の出発点です。

これはいくつになっても変わらない真実ですが、そのことに気がつくには長い歳月が必要です。
なにごとも思い通りにはならない。建築もまた、思った通りには出来ないし、そこには携わる職人のそれぞれの思いもあります。そうした思いをすくい上げて一つの建築に昇華する。

その大きな流れを作ること。建築会社はその大きな流れを差配し、大きな渦を作ることが大切です。しかし、それはとてつもなくGIANTなのです。

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大分県立図書館 「磯崎新」





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2021年02月17日

花も嵐も踏み越えて

行くが男の生きる道。
そんな男子の心意気。明治どころか昭和も遙かな彼方に朧(おぼろ)に霞む今日この頃。男性の生きる道は狭くなりました。男であることの恍惚と不安とふたつ、我にあり。ん?
しかし、それは、同時に女性であることの恍惚と不安も朧になるということなんですね。

海の向こうのアメリカでは、ジェンダーレスが叫ばれて、女性だと思えば誰でも女性である。それを認めないのは差別だといきり立つ民主党政権は充分すぎるほど腐っています。
コロナワクチンも打たない自由があるのかと思うと、否、じわりと、打たない人間は人間にあらず。そう、非人なんですと。
コロナの死者数が例年のインフルエンザより少なくて、危機感なんてまるでない私も、(もしかしてほんとは)私たち日本人も、いやはやこれは困った。(ほんと?ほんとに困ってる?)
本音を言えばマスクですら不要だと思うのですが、近頃はスーパーでマスクをしていても向こうから来る若い子がわざわざこちとらの前でいきなり避けるように大回りしていく奴がいて、失礼な!まるで他人をバイ菌のように見下している、わけではないのでしょうが、、、、、
う〜ん?
そこに持ってきてワクチンです。
だって、インフルエンザ・ワクチンだって今まで一度も打ったこともないのに昨日今日のコロナでワクチン?それって、十分安全なの?
そりゃねえ、周囲でバッタバッタと人が死ぬ状況になれば考えます。見渡せば、周りに誰もコロナ患者はおりません。ただ不安を煽るマスゴミのスピーカーがまるで空襲警報のようにがなり立てるだけ。
すわ爆撃機かと表に飛び出しても空にはただ青い空がはたはたとひるがえるだけ。
思わず笑っちゃうのは私だけ?
ま、それまではミカンでも食べながら炬燵にはいって、コロナストーブの炎を見つめて芯を上げたり下げたりして、 ふむ、コロナかと、恍惚と不安とふたつを手玉にとって、ボクはワクちんちん。(笑)

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2020年09月26日

秋刀魚の歌

  • 「目黒のさんま」落語の演目のなかでも出色の噺。
毎年秋になると「さんま祭」が開かれるくらい有名な「目黒のさんま」ですが、もちろんこの古典落語にならって催されるようになったのですがそれは四十年ほど前からだとか。そうか、そういえばその頃目黒に住んでいたな?目黒のサンマ祭りなんてあったっけ?笑

例年なら9月の二十日頃に開かれる習わしですが、今年はあえなく中止。そりゃそうでしょう、このコロナ禍での開催はさすがに難しいでしょうということで。いえいえ、それもあるでしょうが、それ以上に今年はサンマが大不漁。提供する主催者は渡りに船?どうでしょう、わかりませんが。???

先日スーパーでサンマが食べたいなと覗いたら、一枚二百円。二枚で四百円。
サンマって、庶民の食べ物じゃないんだっ。
「目黒のさんま」ではやんごとなきお殿様が、遠乗りで馬を走らせ、出先の目黒で食したサンマの味が忘れられず、サンマさんま、サンマが食べたい、秋刀魚が食べたい。

しかし、秋刀魚といえばなんて言ったって「秋刀魚の歌」。
あの佐藤春夫の有名な歌。道ならぬ女性と結ばれて一緒になり、世間から指弾を受けて女性の幼い連れ子と三人で食卓に向かい、すだちの酢をかけて秋刀魚を食らうと、その侘しさに「さんまさんま、さんま苦いかしょっぱいか」。何だかさんまの庶民的な味が、その安魚との掛け合わせがなんとも滑稽で、哀愁とユーモアが食卓に吹き荒れる。
しかし、佐藤春夫はまぎれもない日本の大作家。その詩の格調の高さは何人も足元にも及ばない。「秋刀魚の歌」もその例外ではありません。

こんな歌があります。

 「海の若者」

 若者は海で生まれた。
 風を孕んだ帆の乳房で育った。
 すばらしくおおきくなった。
 或る日 海へ出て
 彼は もう 帰らない。
 もしかするとあのどっしりした足取りで
 海へ大股に歩み込んだのだ。
 とり残された者どもは
 泣いて小さな墓をたてた。

今日、九州から「かぼす」が送られてきました。ありがたいな。
そうか、明日はサンマだ。一枚二百円の、サンマだな!


米杉
秋刀魚の煙が上っていく。米杉です。





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2020年08月30日

家づくりはヴァーチャルたり得るのか?

コロナ前、コロナ後。
もう私たちは「コロナ前」には戻れない。ネットをサーフィンしていると、そんなネット識者の声が声高に聞こえてきます。さて、その心は?

昨今のかまびすしい世間では盛んに「コロナ後」を定義しようという試みがなされて「コロナ後」を新たにやって来るニュー・モーニングとしてそれへの備えを呼びかける論調が増えてきました。
コロナ前でもアタフタと自分の足元が覚束なかったのに、コロナ後など論外でもう生きてはいけない。?お先真っ暗?
ソーシャル・ディスタンスもテレワークも、人と人の結びつきが敬遠されて社会が小さな枝葉に分かれていくのを押し進めているように思えてなりません。
幸せの定義を考えてみると、手を携えることがどんなに大事なことかが実感されます。
昔から言うではないですか、 I wanna hold your hand  
クィーンの歌には「手をとりあって」なんてのもありましたね。

幸せは歩いてこない、だから歩いて行くんだよ

建築の世界も御多分に洩れず、ヴァーチャル全盛の昨今ですが、それは家づくりの現場でも言えること。それがまた悲しいことに、等身大のキットで出来上がる家づくりですから「あっ」と驚いてしまいます。

家づくりはキットカット。笑
家づくりに限らないのですが、夫婦の関係も然り。丁寧に語り合うことで互いの理解が深まるように、家づくりこそは丁寧に語り合いたいものです。
わたしたちの建築は「旧築提案」を標榜して住まいをご提案してきましたが、その心は「旧(ふる)きを訪ね、あたらしきを知る」。
家づくりはおそらくは人類誕生の昔から、寝ぐらを求めて穴を掘り、屋根を拵えるところから始まって、人類の英知を傾けて少しでも快適に暮らしたいという文明の発展と軌をおなじくして進められてきた営為の努力でした。
そして、実は、家づくりは法隆寺の昔にすでに完成されている。現代の私たちは法隆寺の昔に敵わない。古(いにしえ)を知ることで心が豊かになれるのだとしたら、私たちはそのための方法を貪欲に取り入れていきたい。古材を使うのは一つの小さな試みにすぎません。そのことで、先人の人生を積み重ねるように住まいを重層的に捉えることができるかもしれない。
人は、古い息吹を感じることで心が満たされます。子供の名前におじいさんの名前の1文字を入れてみるのもわたしたちは過去に繋がりたいという欲求を抱えているからとも言えなくはない。
過去につながることで心の平安を得られるのなら、建築は、これほど素晴らしい営みはない。

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お客様を迎え入れる玄関の洗い出しと古材を使った式台の妙。



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2020年08月21日

真夏の夜の夢(真夏の家を考える。)

厳しい暑さがつづきます。こんな日々は寝転んで、カキ氷でもひき寄せてニタっーと微笑うしかありません。しかし、私たちは建築会社ですから、この想像以上の猛暑に住まいはよく耐えているだろうかと考えざるを得ません。
昔からスペインでは夏の暑さをやり過ごすためにシェスタの習慣がありました。今でもあるのかしら?
日中の酷暑を避けて仕事はせず、店は閉じて屋内でジッと昼寝。あまりの暑さにまぶたの水分が蒸発して目を開けていると痛い。(本当のところは知りませんが。)空を飛んでいるスズメがあまりの暑さに落っこちてくる、なんで話も聞きました。(本当のところは知りませんが。)一説では焼き鳥になっておっこちてくるとか?😂(笑)

スペインの建物は外壁はぶ厚い塗り壁ですから断熱性はあるでしょうがでは屋根は如何かしら?住居は回廊式で中庭を囲うように部屋が配置されているのは通風が大事にされているのか 、陽射しを遮るための工夫なのか?
昔の日本の住まいは夏の暑さは耐え難く、二階屋など暑くて上にはあがれない。昨今の住宅は断熱材の性能も良くなりましたから期待して良いのかどうか、分かりませんが、、、❣️ 
たとえば打ち水や簾や風鈴や其れこそ陰翳などまでを総動員して 全力で涼を獲得するその日本人の想像力には頭が下がりますが、しかし、時代は変わる。

コモハウスの住まいは断熱、通気、気密、換気、そして窓、それらを総動員してさらに図面から夏は涼しく、冬は暖かい 快適性を獲得する。それらはどれが欠けても実現されない。
断熱材だけでもダメ、窓サッシだけでもダメ、全力で立ち向かってはじめて実現されるものなのです。 
エアコンは一台あればいい。 そういう住まいを実現したいと思われる方はご相談ください。わたしたちがお手伝いできることはたくさんあります。

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勾配天井の二階の杉板が美しい。
塗装を施しているのですが、ちょっと不思議な塗装法です。
壁はコモハウス定番のスペイン漆喰です。



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2020年07月25日

家をたてるなら

家を建てるなら
 
       

家は小さく建てて、おおきく住みたいものです。
そのためには余計なものは置かないことです。余計なものをためこむと、余計なものに足下をすくわれて大事なものを見失います。 
しかし、またこうも言えます。人生は大事なものを探すながいながい旅。
家づくりもまた自分さがしの永い旅。家づくりは始まりにすぎません。
真っ白なスタートラインを前にして、建築会社はゴールテープを遥かに見やり、この家が長距離走者の優れた伴走者たり得るのかと心の中で自問します。 

建築会社にできることは小さいけれど、心のドアを開け放つ不断の努力の手助けになれればいい。
疲れはててたどり着いたとき、あたたかい心の棲み家になれればいい。




 


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2020年06月30日

天国への階段 〜 Part 2

今週なだれ込むように完成したT邸。
最後は相変わらずの怒涛の瞬間の連続技、あわせ技。笑
これがとっても too much. しかし、建築の醍醐味はこの最後の瞬間の怒涛のつじつま合わせにあるのかもしれません。(叱られそうですが、、、ニンニン)

さて、しかし、つじつま合わせと言ってもそんじょそこらのつじつま合わせではもちろんありません。ただ、計算外のひねり技を繰り出すという、それは「経験」の2文字以外では語れない建築の奥深い必殺技といえば言えなくもない。そう。わたしたちは必殺仕事人なのです。

家の大小に関わらず、建築工期はかかるものです。むしろ今回改めてわかったことは、家は小さいほど、予算が厳しいほど時間がかかるという事実でした。予算が厳しいからこんなものでいいや、と思えればこんな生易しいものはないのかもしれませんが、そこはやはりコモハウス。腐っても鯛。(この表現がふさわしいかどうか?ふさわしくなかったら、平に、平にご容赦を!)
その生きのいいタイの片鱗をご覧あれ。先ずは、階段編。わたしたちの世代はどうしたって階段といえば「天国への階段」。
Stairway to Heaven


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stairs out

まずはここからスタートです。ここから玄関をおもむろに開けます。

Stairs1

階段と下駄箱の連続したこのアイディアは早い段階から決まっていました。むしろこの建物は、この階段の構想から導きだされたと言っても良いかもしれませんが、しかし、無論それほど単純ではありません。

Stairs2

踊り場に向かう動線と、踊り場から二階へ向かう切り返し。このあたりが玄関からどう見えるかがポイントです。

Stairs3

Stairway 2

Stairway in&out

この中央の六寸の柱。当初は二本連続して使う予定でしたが、そこはそれ、予算もあります。しかし、一本で良かったのかもしれません。

Stairs5

踊り場から二階へ。

Stairway in&out 2

Stairs6

この階段の醍醐味は、二階から下を眺め渡すとさらによく分かります。

Stairway Over

日田杉の42mm厚の階段板と腰壁板。そしてラワン合板、有孔板、紅一点(ン?)の白い漆喰壁。
はたして天国へはたどり着いたでしょうか?はたまた、、、?

  



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2020年05月17日

初めての家づくり

ドキドキ💓
永いあいだ家づくりに従事していると、当然トキメキとは縁遠くなるのは世の常、家づくりもルーティンワーク、これはいかん。しかし、住まいって何だろう?と立ち止まって空を仰ぐと様々な想いが押し寄せて、慣れ親しんだ青い空に雲を引き寄せるように妖しい暗黒の世界が空を覆う。
玄関はほんとうに必要なの?廊下は?ホールは?階段は?
住まいの中に居間を二つ拵える。三つ拵える。個室なのか、居間なのか、ホールなのかわからない。
家が全体でファジーになる。
最近は勝手口がなくなりましたね。しかし考えてみると、ほんとうの意味で使いやすい勝手口ってなかなかないものですね。いかにもそこから出たら便利だろうという安易に壁を開けただけの勝手口が多いです。生活の必然性から住まいは導かれて行くのだとしたら、その生活のスタイルを定義するところから建築はスタートしなければなりません。

初めての家づくりではもちろんそこまでの余裕はない。そこで皆さんが希望されるものは、使い勝手を良くしたい。広くしたい、明るくしたい。しかし、それは家づくりの希望にはなり得ない。
和室がなくなりましたね。畳が住まいから駆逐されていく。和室が飾り物になってしまったから何かのきっかけで追い出されてしまった。一千年以上つづいた私たちの生活様式が追いやられていく。
日本人が日本人であるために死守しなければならないものは何なのか?
 生活様式が変わっても精神は変わらない。それを住まいのなかに落とし込むとはどういう営為が必要なのか?
住まいはルーティンワークでは作れない。
美しい住まいづくりは一朝一夕には手に入らない。

ventilating fan


 

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2020年02月25日

受難の時代

新型肺炎が燎原を焼きつくす勢いで流行の兆しを見せていますが、人類の長い歴史の中でなぜこの二、三十年の間にエイズやサーズやコロナだと未知数の病原菌が出現するのか誰にもわからない。

時代は変わるのか?変わらないのか?
建築業界では確実に有能な職人が不足してくるでしょう?職人の経験を必要としない建築が求められてくるのでしょう。すでにあらゆる素材が施工性の安易さを売り物にして需要を伸ばしています。修行という言葉が死語になる。

コモハウスの家造りも変わらざるを得ないのでしょうか?ではどう変えていくのか、と考えると道は険しい。
すでに皆様が美しい建築から遠いところに誘われているというのに、誰もそれに気がつかない。
安価な材料が使われて、その素材の良し悪しを見極める目がすでに工務店から失われようとしている。
私たちは自然素材の家をご提供する以上その素材の良悪しを判断しなければなりません。素材の欠点を逆手にとってその欠点を美しく見せるのも工務店の仕事です。なんでも最上の素材を使えば美しいかもしれませんが、B級品にはB級品の美しさがある。B級品を愛でる優しさを持ちたいと思うのです。

コモハウスは「旧築提案」を標榜して家づくりを目指してきましたが、実は、「旧築」を目指す側からB級品を取り込む意図的な戦略が当初から課されていました。
それは適材適所の真髄を極めることでもありました。人には皆、持って生まれた役割がある。

さても家づくりは難しい。

beautifulmorning





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2020年01月23日

魅力的な家の、その魅力とは?な〜に。

住まいにはどうしても流行があり、流行り廃りのなかでその時代の流れをつかむことが大事なのでしょうが、ではその流れに乗り遅れるとどうなるのか?

時代の流れを掴むには発売されている最新の建築雑誌や「住む」や「チルちんびと」のような住宅雑誌に目を光らせると自ずと時代の潮流がわかるものです。今でもこういった雑誌が健在なのかどうか不勉強で知りませんが、しかし、ほんとうは、大事なことは流行り廃りではなく、古典なのです。古典に帰えることが何より大事だと思うのです。

世間の流行り廃りから距離を置くと、大事なことが見えてくるような気がするのですが、しかし、目を見開いても見えないことがあります。
歴史の時間に身を置くと人はなぜか落ち着くものです。心の拠り所が時間の中に隠されている。どんな分厚い雑誌にもかなわない膨大な時間の流れに身をまかせると、住まいは魅力的になるのではなかろうか?

ではどうやってそれを実現するのか?しかし、これがむずかしい。住まいの中に古いものを共存させる、というテーマを掲げてもう早二十年たちます。
「旧築提案」を看板に掲げて、古いものを呼び込んで、時間軸を二重に拵えて、新築だけでは心落ち着く空間を得られないのではないかと試行錯誤、塗装や古材や、微妙に荒々しい手触りを新築住宅に持ち込むことで、しかし、その手加減はまことに難しい。

ある時、私が苦労してこしらえた「古びた風」のドアを指差して、こんな汚らしいドアを作られて、とお叱りを受けたことがありました。施主様ではなく、そのお母様だったのですが、意図するものがまったく伝わらなかったのか、それとも本当に汚らしかったのか?(苦笑)

その昔、バブル華やかなりし頃、「住宅は25年だっ!」と言って顰蹙を買ったとある大手の住宅メーカーの社長がいましたね。25年持てば御の字じゃないか!それで建て替えればいいんだよ。
あながちそれを笑ってもいられない。つまりは、住み継ぐだけの魅力に欠ける建物が日本中にあふれている。それはなぜなのか?
愛がないからなのです。住まいに対する愛がないということは、自分に対する愛がないのと同義であることに気がついた方が良い。
住まいを愛するということは、自分を振り返る時間をその住まいの中に持つということなのだと思います。
あなたはご自分の住まいの中で、心落ち着く空間を見出していますか?

stranger










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2019年12月29日

楽しいなッ。

なんでもそうなんでしょうが、人は自分で楽しめないことに努力を傾けない。
楽しむためにはまずそれを好きになること。好きになるためにはその対象について深く知ること。深く知るためには勉強すること。勉強してその奥行きを学ぶこと。そうすれば、あとは努力しなくても自然に任せるママにgoing my way.

東京のある左官屋さんに女性の職人が結構多いと聞きます。体力も使うし、冬は水を使う仕事ですからつらい仕事でしょうに、臆することなく女性が進出して頑張っている。もともと女性は家事仕事でもおしんではありませんが水を使う仕事が多いのですから、そう考えると、これからの時代、女性が腕をふるう職場は結構あるのではなかろうか。
何を隠そうコモハウスこそはそんな女性が腕を存分に振るう女の館。女性あってのコモハウス。左官も塗装もタイル屋ちゃんも、み〜んな「コモ女」が腕を振るう。カラーコーディネイトだってお手の物さ。
実は、女性の感性はあらゆる意味で男性を凌駕しています。成功する家づくりは大抵が女性が頑張って家づくりを主導したケースが多いのは、そう言うと男性には申し訳ありませんが、これは事実です。

御多分に洩れず、と言うべきか、当社でも、いえ、当社こそ女性あってのコモハウス。女性には頭が上がらないのです。(トホホ)
このブログをお読みの方にはなんとなく分かってもらえるのではあるまいか?
家づくりはご夫婦の協力があって初めて成功します。おふたりで力を合わせて、まさに「手を取り合っての」家づくり。
そんなことを考えながら、今年も一年が過ぎ去っていきます。年のたつのは早いもの。青年老い易く、学成り難し。
来年こそは、と、この繰り返し。人生は永遠のリフレイン。

令和元年もおごそかに過ぎていきます。
今年もお世話になりました。最終コーナーを曲がる前に思わぬ落馬で気も動転、今年の後半の「作法無作法」はそんな表現があたっているかどうか、なかなか思うようにブログが書けず腰砕けになって、充分な内容をお伝えすることが叶いませんでした。(疲れ果てたのでしょうか?想像力の限界でしょうか?はたまたネタ切れのせいでしょうか?笑)来年は心機一転、頑張ります。(適度に、ですが、、、)

年内完工は叶いませんでしたが、 A 邸もいよいよ最後の峠にさしかかりました。

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今年もありがとうございました。皆さま、よいお年をお迎えください。






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2019年11月11日

失礼な言い草

陛下の即位のパレードは、なぜか不思議に心に迫るものがあります。
理屈ではないのですね。あの「ナルちゃん」が、という感慨もあります。誠に失礼な言いぐさで畏れ多いのですが、私たちの時代は「ナルちゃん」の愛らしい仕草が脳裏に焼き付いて離れないのです。
時代はかわる。良い方にかわる。信じること。自分を信じること。信じきれない自分をなんとしてでも信じること。
さて、令和に私もまた一花咲かせたいものです。そう。信じること。

今日は何の脈絡もなく何枚かの写真をどうぞ。これが令和だ。(笑)
いよいよ佳境です。外装のモルタル塗り。この後漆喰を塗り込めていきます。
大工はいよいよラストスパートです。

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2019年10月12日

ハリケーン

 またまた台風ですが、先の15号の被害が未だ回復せぬまにやってくる台風。無事通り過ぎてくれるのを祈るほかありません。

今回は早々と一昨日にシートはたたみ、ゴミ袋は片付け、現場はすでに昨日、大工が隅々まで片付けてくれているので今回は一安心。とはいえ過ぎてみないことにはなんとも言えません。やれることはやったんだから、と行っても考えられないことが起こるのが自然の猛威です。

被害が最小でありますように。

hardrain

 




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2019年09月20日

ヒノキと僕とコモハウス

 建築会社はどこでも頑健な建物を建てたいと思うものです。日本に生まれ育って、あたりの山々を眺めて過ごす日々はおそらくどこの生まれでも、見渡せばそこに山がある。
子供の頃、小学校の教室の窓から見える遠くに連なる山の姿になぜかホッとしたものでした。私が子供の頃は大きな建物もなかったので、すぐに山が飛び込んできたのです。私が育った街は海のすぐそば、山の気配などどこにもなく、見わたす平野の遠い向こうに山の稜線がくっきり見える。
校歌にも、「由布の高嶺に、白い雲」 とありました。そうです。その由布岳が遠くに見えたのです。今では大人気のあの湯布院を見下ろす由布岳です。そう言えば同級生に由布という悪ガキがいましたが今ごろどうしているんだろうな?
そんなことを思うのも、わたしたちの身直に山があり、山のあなたの空遠くには幸いが住んでいるから山へのあこがれは尽きぬものがあるのかもしれません。
日本の山には数え切れない種類の樹木があります。その数え切れない種類の木々の中からヒノキを選ぶのは、わたしたちのご先祖様がこの木の持つ特性を見事にとらえて、建築用材として大事に育ててきた歴史があるから、だから私たちはヒノキを選ぶのです。

「木曾五木」と言えば、ヒノキ、コウヤマキ、ネズコ、アスナロ、サワラ。
さて、ではこの中でヒノキ科とは無縁の樹木が一つあります。それはなんでしょうか?
ピンポン!はい正解は「コウヤマキ」でした。コウヤマキはなんと「コウヤマキ科」のこれだけで科を営む単独の樹木なんですね。
しかし、他は全てヒノキ科に属します。木曽で大事にされたのはヒノキだけと言って過言ではありません。
 現代の建築では構造材はどこも集成材です。呼び名はいろいろありますが、ことに「エンジニアリングウッド」なんて聞くとカタカナに弱い御仁はもうダメです。なんだかウットリ。涙目でああ「エンジニアリングウッド」。( 薄い単板を糊で貼り合わせただけですが。)
法隆寺の時代にして既に木造建築は完成されていました。情けないことに、わたしたちは飛鳥の工人に技術で勝てない。プレーナーはカンナに勝てない。丸ノコはノコギリに勝てない。インパクトは玄翁に勝てない。 

当社の家づくりは今だに愚直に構造材はヒノキです。横架材は松です。どれも「非エンジニアリングウッド」です。(笑)もちろん乾燥材ですが。しかし、わたしたちには夢がある。
東濃ヒノキは岐阜県の東濃地方、俗に裏木曽と呼ばれる一帯で産出されるヒノキです
技術の進歩は目覚ましいものがあります。快適な住まいづくりを支えるもの。
それはアナログかデジタルか?千年変わらぬ構造材か?カタカナ混じりの構造材か?
接着剤か?鑿か鉋か?
大工の腕か?大工に頼らぬ家づくりか?






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2019年08月03日

足場

足場(あしば)は、そこにいるための足を置ける場所のこと。

なるほど。単純明快。それ以上に説明のしようがない。
今日は内部の足場をバラして撤去。吹き抜けの二階の梁までかけた足場を職人が二人でわずかに十分もかけずに撤去しました。

scaffold1

いつも頼んでいる足場屋さんですが、彼らもまた性格が素晴らしい。この表情。今日はウだるような暑さの中、この重装備でしっかりと長袖を着て、さぞや暑かったことでしょうに。この真剣な表情は、狭い中で足場を外しながら仕上がった壁に傷を入れないようにと真剣そのものなのです。
頭が下がります。ありがとうございます。
足場屋さんの仕事も目立たないけれどもこんな重要な仕事は他にない。足場があればこそ家が建つ。
おそらくは、建築の歴史の中でも足場こそが物事の始まりと言って過言ではない。
法隆寺も、薬師寺東塔も西塔も、パルテノン神殿もノートルダム寺院も足場がなければ建物は建たなかった。
大工も足場がなければただの人かもしれない。
で、この足場屋さん。足場って英語でなんて言うんだろうと調べてみたら、これが、scaffold って言うんですね。scaffold か?実はこのスキャッフォード。その昔スキャッフォードと言うコミカルバンドがありまして、このバンドが一発屋さんで「リリー・ザ・ピンク」なんてコミカルなヒット曲がありました。んで、このバンドの中心人物が、あのポールの弟、マイクだったんです。
あのポールって?そう。私たちの時代のあのポールは、あのポールなのです。

おっと、話があちこち飛んでしまいました。

scaffold2

footstep1

この足場のおかげで漆喰工事も無事終了。事件の陰に女あり。建築の陰に足場あり。ん???
で、いよいよ本番、今日の一枚。実はこの写真をご紹介したくて長々とした前振りがあったのです。ジャン!

黄金比

天井の杉板の塗装は当初は無塗装で考えていました。天井の塗装ほど大変な仕事はありません。ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂の天井画で腰を痛めたと聞きます。(おいおい)
しかし、どうしてもここをワイルドに仕上げたくて古色塗料の久米蔵でいくか、それとも?何を塗ったのかは、な・い・し・ヨ。(笑)この質感はほかの塗料では絶対に出せない。
一か八かの塗装でしたが、結果はニンニン。けっこう大変な仕事でしたが、終わり良ければすべて良し。
お後がよろしいようで。







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2019年07月15日

endless-summer

終わらない夏。
終わらない佳境。

「S」邸の塗装工事が始まりました。
今や住宅建築では死語になりそうな「塗装工事」。塗装なんかする箇所がない。そう。ほんとうに。ところがコモハウスでは塗装工事は大事な工程です。塗らないと言う選択肢も含めて塗装こそが家づくりの表現という意味では大事な大事な工程なのです。
塗料は全て自然塗料です。石油系の溶剤は一切使いません。
塗装は一にも二にも下地作り。一にも二にも養生養生。
吹き抜けの大きな窓に足場を組んでサンド・ペーパーをかけます。ただひたすらペーパー、ペーパー、ペーパー。ペーパーバックライター。
ここが肝心で、ここが目立たない肝になります。
不思議なことに、表面はすでに仕上がっている木材ですがそれでもペーパーをかけるとあら不思議!こうすることで塗料のノリが滑らかに、美しく仕上がるんですね。さらに大事なことは、塗装をした後もペーパーペーパーペーパー、ペーパーバックライター。なんでも表に出るのはほんの上澄み。見えないところにホンモノは宿る。

endless-summer1

危険な吹き抜けはしっかり足場を組んでから。ペーパーペーパーぺーパー。
なんだか頭の中で鳴り響く、「下地良ければ全て良し」。
こうしてペーパーを掛けることで気がつかなかったちょっとした傷や逆毛たった木の毛ばたちなどが事前にわかって、これもまた大事な工程なんです。

endless-summer2

ああ、佳境!
塗り始めるまでが長いんです。ここが辛抱です。






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2019年06月16日

Tabaco Road

アメリカ映画にタバコ・ロードという映画があります。
アメリカ南部の農村地帯を描いた映画で、監督は「駅馬車」のあのジョン・フォードです。
アースキン・コールドウェルの小説を原作に作られた映画らしい映画。まさに名作です。


Tobacco Road という歌もあります。

実は、私たちの建築ではよくこの Tabaco 色の漆喰を使います。スペインの漆喰です。tobacco ではなく、tabaco 。スペイン語で tabaco。荒涼としたイベリア半島の乾いた土の色もかくやと思わせる Tabaco 。
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櫛引の校倉に塗った漆喰ですが、この写真ではまだ塗ったばかりで乾いていないのですが、こうしてみるとなんだか大地に根を張ったような、すくっと大地から伸び上がったような、そんな建物の雰囲気がよく出ています。

校倉

足場をはずすととまた違った印象が現れることでしょう。

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背景の空がちょっと荒れた天気を思わせます。まだ玄関前と正面の一階部は塗り終わってはいないのですが、左官工事は家づくりのもう一つの佳境。
このパラペットの庇部を同じタバコにブランコを混ぜて薄くします。
さて、どうなることやら。
建築もバクチです。(笑)
秘かに勝算はあるのですが。つまり、濡れ手で粟、を目論んでいるというわけです。







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