思いは遥か

2026年07月14日

この時代に家を建てる意味

世の中のこの落ち着きのなさは一体どうしたことだろう?
街を歩くと外国人が多い。それも一昔前のように西洋系の外国人ツーリストではなく、いえそれもあるけど、見るからに貧相な外国人が多い。
中東系はゆうに及ばず、アジアアフリカ中南米。昔は来れなかったような貧しい国からわんさかやってくる。こんにちは、今日は、世界の国からこんにちは。そんな歌が流行ったのはいったいいつのことであったでしょう?

時代は変わる。あまりありがたくない方向へと回転するけれど、それを受け入れることがなかなかに難しい。べつに人種差別でもなければ貧しい国の人々を差別するわけでもない。
貧しさに負けた?いいえ、世間に負けた。日本人は世間に負けてそこから密かに這い上がり、やがては掴むかもしれない成功の二文字。その青春の蹉跌の途上で何かを見つけ、人は大切な場所に自分自身を刻む。外国人はどうだろうか?彼らは世間に負けない。世間に対峙し、世間に復讐の刃を研ぐ。他人を殺さなければ自分が殺される。彼らの貧しさは民族の悲哀。信じるものは民族の絆。そして民族は地べたに従属する。地べたは限られている。限られた地べたの分捕り合戦。
わたしたちのこの国は瑞穂の国。万葉の昔からわたしたちはこの国を大事に守り育ててきた。それなのに分別のない外国人に切り刻まれて良い訳がない。安倍さん暗殺事件以来わたしたちの国は暗殺者の勢力に押し込められ、もう後がない。
わたしたちはこの国を護りたい。護るんだという強い意志を表明したい。

待てよ?この時代に、、、、?い、家?
ほんとうは、家。
コモハウス 幻想



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2026年04月22日

遥かなる西班牙

以前にもたびたびこのブログでスペインのことは取り上げてきました。
日本も大きく変わりましたが彼の国もまた激しい変化があったことでしょう。初めてスペインに入った時、あれは地中海の海岸沿いにレ・ボーからペルピニャンそして沿岸沿いの沼地が広がるジプシーの多く住む湿地帯、カマルグ地方を抜けてバルセロナを目指したのですが、列車がフランス領からスペインに入った途端(列車内が税関に早変わり)車両の扉がグワアラリ!と乱暴に叩き開げ、国境警備兵が2名、大声で鋭く、巻き舌で「パスポルテ‼️」。1人は自動小銃を構え眼光鋭く乗客を睨みつける。な、な、何事だ?!
もちろん事情に疎いわけではなく、パリにいる時からスペインの民主化運動の話は知っていましたから驚きではなかったのです。ファシズム政権打倒を目指す若者たちの人民戦線がパリを中心に反フランコの闘いを繰り広げていました。
ちょうどフランコ総統が亡くなって直2年後でしたからスペインも激動期に入ったのか街はピリピリしていました。そうした事情の片鱗がこの列車での国境の厳しい取り締まりにも見てとれたのです。
無事バルセロナに着いたのはもう暗くなった頃でした。
古い下町を歩きながら宿を探すのですが直ぐには見つからない。角を曲がり、うねうねした道を歩いて、しかしふと振り返ると必ずどこかから現れる不審な男。彼から見れば不審な人間は私たちの方だったのでしょうが、そこまで監視の目が光っているとは思いませんでした。

スペインは人間味にあふれるヨーロッパの片田舎。ピレネーの向こうはアフリカと言われて蔑まれた時代の最後の時代でした。
バルセロナもまだ小さな地方都市で、朝、バルでオレンジを頼むと丸ごと一つ機械で絞り上げ、はいヨットばかりにテーブルに置く。その濃縮のオレンジの美味しかったこと。パリで飲むカフェオレはスペインではカフェコンレチェ。どこに行ってもカフェコンレチェ。
そう、ピカソ美術館に行った思い出は忘れられないが、人っ子一人いなかった。観光客がそそも皆無。入口前のだだっ広い広場で子どもたちが数人自転車で遊びまわっているだけ。さすがのピカソもここではただの絵描きに過ぎず、広い館内をほとんど貸し切りで見て回ったのは今となっては不思議な体験です。

列車を乗り継いでバレンシア、マドリー、トレド、そこから南下してカンポ・デ・クリプターナ(ドン・キホーテの故郷です)さらに南下して一路グラナダへ。
ここまでまだまだ行程の半分もいかない。おっとしかし、何を書きたいのか主題が見つからない。笑
コレはコレは、書き始めた以上どうにか締めなければカッコがつかない。
スペインにしても中東にしても、もちろん日本も、グローバル化する以前の世界はこんなにも自由で人間味に溢れていた。違いを認め合い、不自由をかこち、思いやりが孤独と一線を引いていた。
嗚呼!孤独。この言葉もすっかり死語になりましたね。孤独を嘆くこともなくなった代わりに、しかし人は逆に孤独に陥っていく。
わたしたちは病気なのかもしれない。私たちのこの時代が病気なのです。グローバルな世界は国境がなく、国境がないから違いを認めず、すべてかボーダーレスに水増しされて個性は認められない。自由であることは不自由を超えて、自由さへも不自由と何ら変わらない。つまり、自由の価値が貶められ、手に入れたと思った自由は不自由そのものであった。
ありとあらゆる病気が蔓延して、すると信じ難いことに希望ですら病気のもうひとつの顕現かもしれないと思えてくるこの異常な時代。
そんな時代をわたしたちは生き抜いていけるのだろうか?
そんな時代に水を差すのは一体どういった個性なんだろうか?




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2026年02月02日

散歩でひぐらし

その日暮らし?
ではありません。笑
日々の日常に思うことは様々あれど、いちいちブログに書くのも憚られ、世の中のものの哀れになにを思う?と、それほど悩み患うわけではありませんが、昨今の風潮や世相の移り変わりに思うことが無いわけではない。ですが、それもまた詮無いこと。
まだまだ半生をふりかえるには半人前、いく手を遮るものもなく、未来が素晴らしくひらけているとも思えない。しかしそれもまた人生、と思えるくらいの達観に達したのかしらと思わぬわけでもない。
ええい、鹿詰めな。なにを言いたいのか自分でもおぼつかないこの不安定な自分。
仕事柄、それにも関わらず最近の建築の流行り廃りにはそれほど心が動くわけではなく、皆さんの家づくりを傍観して、そうか、とへんに気合が入るわけでもなく、家づくりには実に様々な想いが溢れているものだと感心することしきり。良い家に巡り逢いたいけれど良い家は容易に姿を現してはくれません。

ブログの世界も変わりました。ライブドア・ブログを始めて二十何年?投稿数も600件を超え、書くことも無いと言えばないしあると言えばある。笑
同じことの繰り返しはわたしが最も嫌うところ、なのにブログの内容は、、、、?
同じことを二十年言い続けてきたような、、、、、
それでも住まいづくりに終点はない。しかも歳を重ねる程に家づくりは深く巧妙に、確かに確信へ近づいているという実感がある。これは奇妙なことで、普通は音楽でも絵画でも文学でも若い感性が作品に圧倒的な存在感と未来を本能的に捉えて有無を言わさぬ力技をふるって周囲を平伏させるものです。若者こそが芸術の未来を切り拓く試練を与えられ、歳を取るほどにその感性は衰えていく。残念なことにこれは歴史が証明する事実なのです。
それにもかかわらず、建築は歳を経ることが欠点にならない稀有の表現形態と言っても良い。建築は年寄りにこそ相応しいのかもしれない、と考えると、それは有り難いようで多少むず痒い恍惚と不安のふたつ我に有り。笑
さて、私も去年より確実にひとつ馬齢を重ねて去年より今年のコモハウスに乞うご期待。そんなふうに考えると人生まんざら捨てたもんじゃない。
いやあ、建築って、ホン〜トにおもしろいですね。それではご一緒に楽しみましょう、サヨナラ、サヨナラ、さよなら。

abc202311





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2025年04月22日

散る日本

我と来て 遊べや親のない雀

大工になり手がない。
大工のイメージをあなたはお持ちですか?
つらつら考えるに、実はわたしには確たるイメージがないのです。曖昧である以上に大工のイメージが消えてなくなってしまった。
元々一般の人にとって大工は遠い存在で、まるで身近なパン屋さんや八百屋さんのようなイメージを持ちづらい職業なのは間違いありません。
大工と聞いて、ベートーベンの「第九」を思い浮かべる人も今は少ないでしょうが、それは単純にベートーベンが遠くなったからに過ぎず、けっして大工が身近になったからではありません。(なんのこっちゃ?)

しかし大工が身近にいなくても大工の仕事はなくならない。それどころか益々その仕事は貴重でかけがえのないものとなってきます。そんな時代に反比例して建築のニーズは高まり益々大工は珍重され、手間賃は上がりそれにつれて建築費も高騰の一途を辿るのでしょうか?

さて、職人の復権は日本人のモノづくりへの情熱を取り戻す以外にありません。モノづくりへの情熱を掻き立たせるには子どもたちの遊び心に火をつける以外にあり得ません。お母さんたちに大事なことは、子どもをほっておきなさい。ありったけの愛情を注げばあとは野となれ山となれ。
それでいい。愛情さへ注げば子どもは道を踏み外さない。信じること。大きな愛情でつつんであげれば子どもはなにごとかを始めるでしょう。
子どものやる気を育てるのは親の愛情です。他には何も要らない。

今のご時世大人のチマチマした干渉が子どもをいびつに歪めてしまっている。私たち大人がもっともっと大らかに、山のようにドッシリと構えることが求められている。
それ以外に日本の復活はない。


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2025年04月05日

旭に匂う山桜花

ほんとうに久しぶりの快晴、晴れた日には永遠が見えると謳ったのは誰でしたっけ?^_^

永遠♾️は見えなくともせめて日本の先行きくらいは覗いてみたいもの。それというのも我々の仕事にしても職人不足が叫ばれてなんとはなし重苦しい気分がジワーッと背中にのしかかってきます。
職人は足りないのでしょうか?
足りているとはとても言えませんが、要は大工がいない、コレに尽きるのでしょう。長い間大工の偉大さを軽視してきた付けが回ってきた、と言って良いのでしょう。それは複合的な要因が重なり合って今日の事態をまねいたわけですから一朝一夕には解決しない。
先ず学校制度の改革が急務です。それは価値観の見直しです。汗水流して働くことの意味を子どもたちが考えて欲しい。いえ、考えるのは後からでいい、体を使ってなにごとかを成す、その喜び、その達成感を体で感じること、そこから始まります。小さなことをコツコツコツコツ、そう、小さなことから始めましょう。
わたしたちの周りの生活を見直すことも急務です。食事の時のいただきます。ご馳走様。食べ歩きはしない、買い食いはしない。こうした昔は当たり前に家庭で躾けられた行いが蔑ろにされてしまう。
勤勉とは何か、勇気とは何か?

「勤勉にとって固すぎる壁はなく、勇気にとって近寄り難い深淵はない」ノーバリス

こども心に父に教えられたこの言葉が今でも頭のどこかで鳴り響いています。たったひとつの教えを子どもに残す。それさへも私は成し得ただろうかと今更ながらに忸怩たるものがあります。
だからこそ、教育なのでしょう。

そのためには、まず親が人間の幸福と不幸について考う直す必要があります。
男は男らしく、女は女らしく。男子校や女子校の復活はもっと真剣に考えた方良い。昔は工業高校や商業高校が普通高校がありました。みんなが大学に行く必要はありません。その大学からして今ではただの遊学大学ではありませんか。大学の荒廃と教育の衰退。

かつて女子教育の重要性を訴えられた津田梅子女子。子育ての最前線で頑張るお母さんを正しく導く教えを女子教育が担っていた日本の教育制度。
女子を女子たらしめる教育。男子を男子たらしめる教育。
この教育の根幹が無惨に打ち捨てられたのはいったいどこに問題があったのでしょうか。
男女平等という悪き理想。男女不平等が許されるわけはありません。しかし、男女不平等の反対が男女平等ではありません。そこを履き違えた教育が今の教育の荒廃を生んでいる、と私には思えてなりません。

大工不足の原因は奥の深いものがありますが、まず大工は徹底した個人主義という点にその難しさがあります。大工職を極めるにはまるで求道精神の如く道を極める、そこに極意があっては誰も成り手は集まらない。ではもっと緩い精神で良いのかと問い詰められればこれもまた言葉がありません。
その中間でというほど世の中は甘くない。

しかし、そこに横たわる日本のものづくりの精神は、なるほど今風前の灯と言って言えなくもない。
いや、これはこれは今日のテーマが重すぎました。しかし、もっともっと考えなくては日本の明日は、日本の建築の明日は、住まいづくりの明日はない。

大工不足を嘆いていたら話はあらぬ方向へ。 
ふふふ

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2025年02月09日

薄れゆく伝統

コモハウスを創設して25年、前身のワザリングハイツを含めると30年近く。
建築の世界も随分と変わりました。機械の進歩はすさまじく、技術の継承が機械の取り回しの技能に押されて、そうなると大工仕事の真髄が雲散霧消していくことは避けられません。人と人の関係も、進歩ではなく大きく横にスライドしていくのが技術の本質を見えにくくしてしまう。それは良いことなのか悪いことなのか?

技術の劣化はあるでしょう。かっての伝統的な上下関係が希薄になり、師匠と弟子の関係が霧消して横一線の平等化は良い点も在れば悪い点もある。
わたしたちの仕事はハウスメーカーとは違います。トコロテンのように押し出されてくる家が悪いわけではありません。しかし、それは、あえて云えば住まいづくりではない。無機質な家はわたしたちの家づくりではありえない。
住まいはすぐれて伝統的です。伝統的とは、立ち止まることと言ってもいい。立ち止まり、住まいの着心地をたしかめ、美しく、感動的であるかを問いかける行為が建築なのです。

今の若い人は「夕焼け小焼け」を知らないかもしれません。「荒城の月」を知らないかもしれません。いえ、もしかすると、「君が代」さへ知らないのかもしれません。
わたしたちはどこから来てどこへ行くのか?
どこでもいい、と答えたあなたはわたしたちの大いなる遺産を食いつぶして、日本人であることの幸福に無頓着なのです。縄文の昔から紡いできた日本の伝統をわたしたちの世代で捻り潰していいとは思わない。

先日You Tubeで「サボテンの花」を聴きました。ああ、人はだれでもこんな情景に心を揺すぶられた経験をお持ちでしょう。こんなふうに男女が愛し合い、心の葛藤に身悶えする、その幸福と息ぐるしいまでのやるせなさ。人を愛することを知らずに育つとわたしたちは当然国を愛することも知らずに育つ。
中国人や朝鮮人やクルド人は自分の損得を考えることはできても祖国への愛を考えることはできない。それはそうです。彼らには延々と築いてきた祖国の歴史など無きに等しいのです。
中国三千年の歴史?(それは断絶につぐ断絶の歴史?)
朝鮮は?
ではクルド人は?

わたしたちは営々と祖国を次の世代へと、まるで灯火を手渡すように次々と、消さないように細心の努力を傾けて手渡してきたのです。
それを移民なんぞという不埒な輩にぶち壊されてよい訳がない。

はなしが横道にそれてしまいましたが、さて、国を愛するようにわたしたちはおのが仕事を愛してきたのです。日本人は働きすぎなのではなく、仕事をつづける中で希望を紡いできたと言っても過言ではないのです。
少しづつ、少しづつ良いものを作りたい。その一念が職人を鍛え上げてきた。今でもその志はかわらない、と私は思います。

伝統は絶えるのでしょうか?日本がつづくかぎり、起伏はあるでしょうが伝統の火は消えない。それは男が女を愛するように、女が男を愛するように、ただ人として素直であればいい。
自分に正直であればいい。家づくりは正直であることがいちばん大事なのです。
そこさへ踏み外さなければわたしたちは大丈夫だ。






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2025年01月18日

なぜ家を建てるのか?

建築は創造的でありたい。寒さに震えながらもあたたかい気持ちを胸のなかに灯したい。
近代建築の巨匠ル・コルビュジエは著書「建築をめざして」1923 のなかで、「家は住むための機械」と喝破したのはあまりに有名ですが、住むための機械とは身も蓋もない物言いです。
が、無論それは比喩に過ぎません。では彼は、なぜわざわざ住まいを機械に喩えたのでしょうか?
彼の時代にあっては当時の最先端の技術はヒコーキでした。空を飛びたいという夢を実現することが究極の技術の目標でした。しかし、空を飛ぶのは鳥のように空を飛びたいという欲求ではなく、現実に叶える技術目標の設定でした。より強力な戦闘機を作り出すには到達すべき目標があったのです。では、建築には明確な目的があるだろうか?と考えたとき。
コルビュジエが「住むための機械」と言い切ったのは、それは同時代に住まいの定義があまりにも曖昧にあり過ぎたことへのアンチテーゼでもあったのでしょう。

現代の我々のまわりを見渡してもそれはズシリとした重い感慨を醸しだします。三千万円の買い物には、それに見合う動機があっていい。しかし、住まい造りの相談をうけるとき、わたしたちはなんと曖昧に家を夢想していることでしょうか?わたしはよく言うのですが、新しくなった住まいのそのお気にいりの一角で椅子に腰掛け、住まいの全体を見渡したとき、あなたは深い感慨とともに何を思うのでしょうか?
その空間になにを見出すか?それはわたしたちの永遠の課題なのです。その課題をご一緒に追い求めることで美しい住まいを手に入れることができるのではないでしょうか、と。

ル・コルビュジエは「建築をめざして」のなかでこうも言います。
「情熱は生命なき木や石で劇をつくりあげる」と。
「石材を、木材を、セメントを工事に移して家屋や宮殿をつくる。これは建設である。知性の働きだ。
しかし、突然わたしの心を捉え、わたしに良いことをしてくれ、わたしは幸福となり、これは美しいと言ったとしたら、それは建築である。芸術がここにある。」

住まいづくりは対話です。施主と、造り手であるわたしたちとの対話であり、物言わぬ語らいは材料を通して形となり、職人を架け橋にして虹をつくる。
わたしたちの住まいづくりは唯一無二の経験と言っても良い。
さあ、素晴らしい経験をご一緒に。

Dancing Queen202108






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2024年05月01日

日本の住まいは変わるのか?

戦争に負けて八十年。長い年月です。今や、若い人には日本が戦争に負けた、という事実すら知らない人がいるのかもしれない。いや、少なくとも、なぜ日本があの無謀な戦争に引き込まれたのか正確に知る人は少ないかもしれません。

「建築の作法、不作法」は建築会社の日々の記録ですからここで先の大戦に口を挟むのはそれこそ無作法というもの。今でも世界のあちこちで戦争が続いているのは人間様はあまり利口ではない証拠かしら。
残念ながら戦争ははしたなくも起きてしまうもの、起こしてしまうものなのでしょう。

戦争とは比べるべくもありませんが、日本の住まいの変遷にも残念な動機があるものです。
住まいづくりが文化であるなら、わたしたちはどのような文化を育んできたのでしょうか?

さて、街へ出てみましょう。住宅街で足を止めて、わたしたちが目にする住まいの連なりを眺めて美しいと感じますか、それともなにも感じないでしょうか?
こんなものだから、という諦めはご法度です。
「美しい日本の私」と謳ったのは川端康成さんでした。これも先の戦争とおなじ、もうご存知ない方がほとんどでしょうが、「雪国」や「伊豆の踊子」で有名な作家です。日本で初めてノーベル文学賞を受賞した作家がストックホルムでの授賞式のスピーチで語った「美しい日本の私」。

個々に、私が美しくあるのは個人の節制と不断の努力で可能ですが、日本の街並みを美しく仕上げるのは建築会社のすぐれた審美眼以外にないでしょう。
私たちはたいへんな重責を担っている。その自覚。その責任。その使命。
そしてそれはお客様によって鍛えられると云って過言ではありません。建築会社にすぐれた審美眼が備わっていても、お客様がそれを求めていなければ宝の持ち腐れに終わります。

美しい街並みを作るのはわたしたちの努め。

さて、その美しいと感じる心に訴えかけるもの、それはまず素材です。美味しい料理がまず素材にあり、その素材を調理するシェフの腕に委ねられている。
ですからまず素材の正しい使用による建築を心がけることが一等大切です。

素材が本物であること。そこからスタートすればまず大きく踏み外すことはありません。
正しい素材を扱う建築会社は正しいものを積み上げて住まいを作ります。
その結果が美しい住まいなのです。

さて、では本物の素材とは何でしょうか?

ここからが本番ですが、ここまで読まれて「そうだ、本物だっ!」と感じ入られた方はもうすでに本物を探し始めているかもしれません。そう。「ほんもの」はご自分で探しあてるものでもあるのです。





今日はこんなアラブ歌謡をご紹介します。
ローレはスペインのジプシーです。フラメンコの歌手ですが、ここでは堂々たるアラブ歌謡に挑戦してアラビア語で見事に歌い上げています。





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2024年03月01日

明治村へ行って来た。

先日九州に帰省するおり、途中名古屋で下車して名鉄線とバスを乗り継ぎ念願の明治村へ行ってきました。目的はただひとつ。あのフランク・ロイド・ライトの設計になる「旧帝国ホテル」を見たい、というその一念。

ついに念願叶う日がやってきたのです。

じつは名古屋は初めて。あの河村市長を生んだ名古屋です。さぞ個性的なんだろうな、と覚悟を決めていざ見参。名鉄線の電車の中で🚃興味津々、まるでオノボリさん。良い意味で名古屋という地方色豊かな土地柄がひと目でわかるようです。そうやって電車の中でもキョロキョロキョロキョロ。すると、あっ、いた、なんとも言えず個性が破れたような奴が。🤪

平日の午前9時台。まばらな乗客。四十前のちょっと摩訶不思議なサラリーマン風情のお兄さん🧑‍💼。下車するときの立ち居振る舞いがなんと言いましょうか?

いえいえ、とても私ごときの筆力であの破れかぶれの信長みたいな男性を描写することは叶わない。やすしきよしのやすしみたいな奴、と言ってもあたらない。う〜ん!兎に角可笑しい。ちょっとした仕草が笑っちゃう。愛らしいとも言えますが、いや、ここは、、、止めておこう!🤪

このままいくと明治村に辿り着かないかもしれません。


さて、気を取り直して明治村、その全体が見応えのある博物館?と呼べるでしょうが、いくつかのエリアに分かれていて、一日で回りきるのはちょっと難儀です。

幸いなことにこの日は快晴、風もなくまるで小春日和。真冬の寒い日はちょっと辛いな、なんてほくそ笑みながらニタリ。(笑)

山を切り開いてできた場内ですから自然の坂や階段もあり、東京ディズニーランドのようなわけにはまいりません。TDLが海っペリにできたのはそういう訳もあるかもね?ユニバーサルジャパンも海岸っペリ?

子どもたちには坂は向かない、では年寄りには坂は向いてるの?と、これは憎まれ口。🤪


さてさて、そのアップダウンをハチマキ捻ってテキトーに端折りながらも匍匐前進、とても制覇とまでは口が裂けても言えませんが、そこそこ堪能しながらも、いい按配でお昼です。するとまた、そんな時間にそんな場所に都合よく昭和のレストランがあるんです。明治村とはいえさすがに明治のレストランはありえない。それでも昭和の味を楽しみながら、制覇した古い建物にチェックをいれ、ああだこうだとウンチクを傾けて、さあ、お腹も満腹、さて、いよいよ佳境、汽笛一声新橋を。いざ、旧帝国ホテルは目と鼻の先、レッツゴー!


明治村を俯瞰してみれば、その配置の白眉が帝国ホテルであることは一目瞭然、その圧倒的な佇まい。わたしたち建築に携わる者にとって永遠の見果てぬ夢、尽きぬ泉、嗚呼、これが帝国ホテルなのか。
さすがに天井は低い。地を這うようにベターっと低空飛行を強いられて、そしてまた一転してダイナミックな吹き抜けの空間が、その対比が素晴らしい。そしてまた、石積みの壁に施された鮮やかなデザインとその意匠。よくぞここまで、とため息の出るその人間技に、根気良く伴走したライトの執念に脱帽です。デザインを考えるのは仕事ですから、しかし、それを実現させるのは人と人のぶつかり合いです。
建築会社をやっていると人を動かすことの困難さにイヤでもぶつかります。ライトはまなじりを決して百万人といえども我行かん!
嗚呼、その覚悟や如何に。

明治村の旧帝国ホテルはライトが実現した帝国ホテルの全貌のわずかに玄関ロビー部だけなのです。
かけがえのない宝物は夢のまた夢。
また行きたいな。

建築は偉大だなぁ.


teikokufranklloyd



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2023年11月05日

Now And Then

さてもさても。
わたしたちの時代は遥かな昔、ヒッピーや地下演劇、アングラ、サイケ。極彩色の時代は価値観の転倒、何が善で何が悪か 、情報が初めて表に飛び出して、疑いを知らなかった子どもたちもふと立ち止まる。真実は他にあるかもしれない?
できないと思っていたこともやってみろよ!やってみる?
もしかしたらやれるかもしれない。こんなひ弱な自分でも、大切なことは自分を信じること。地平線を切り開くのはどこかの誰かさんじゃない、自分自身なんだ。 

そのことを教えてくれたのがビートルズでした。価値観がガラガラと音をたてて崩れ落ち、瓦礫な中で新しい価値を打ち建てる。大袈裟なことでもなんでもなく、ただ自分の足で立つこと。そうして外の世界へ背伸びして乗りだすと何かしら心がときめき、昨日までの自分と何かが違ってくる。
すべてを疑う必要はないかもしれないけれど、信じるに足る自分を見つけることはこんなエキサイティングなことはない。そしてそれは、結局はジョン・レノンに尽きるのです。それらのすべてはジョンが教えてくれた。

ビートルズ最後のレコードが発売されました。カセットテープに残されたジョンの未発表のデモテープからジョンの声だけを取り出し、三十年前にポール、ジョージ、リンゴが取り組んだ試みもテープの音が悪すぎて 断念したものを最新の録音技術で完成にこぎつけた正真正銘のビートルズ最後の新曲です。
正直なところそれほど期待したわけではありませんでした。
11月3日、全世界同時発表。 半分やれやれ、といった重い気持ちでYouTubeでビデオを見ました。つまらなかったらどうしよう?
おそるおそる聴いた初めてのビートルズの新曲。そんなバカな!素晴らしいじゃないか!👍
なんてことだ。メロディーが格別素晴らしいわけでもなく、ジョンの声もなんだかジョンらしくないけれど、これほど完成度 の高い作品はビートルズでなければ作れない。必要でないものは極限まで削ぎ落とし、必要と思えるものは惜しげもなく注ぎ込む。
なんてことだ!
そうなんだ、そんな半端な作品ならポールもリンゴも発表はしなかっただろう。
全世界が固唾を飲んで見守る中、期待に違わぬ作品を創り出す。これはこれは。

ああ、これですべてが終わったのだろうか?有終の美というものがあるのだとビートルズが教えてくれた。
そう、これが最後のわたしたちのテーマ。これからはこの「有終の美」 を自分なりに考え、見つめ、人生を全うしたいと、今あらためて思う。
ありがとう。 


 




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2023年11月04日

改修奇譚

住まいの改修は「必要に迫られて」「あらたな雰囲気を求めて」「我慢も限界だっ」と人それぞれ、住まいもいろいろ、家族もいろいろ。

昔は住まいの改修は営繕と言いました。つまりは繕うということ。破れたズボンの膝を膝当てを裏地に貼って針で縫う。住まいもそれと一緒、そういった時代は今の若い人にはまったくと言っていいほど理解しがたいことでしょうね。
思えば服装もそうですね。昔は普段着と余所行きが厳然と別れており、余所行きの着物といえばめかしこんで何やら嬉しくなるような、そんなきれいな着物姿。(たとえ洋服でも。おやおや、この洋服という言葉もすでに死語?)

建物も立っていればそれで満足の時代から、悲願の新築の時代を経て、今や如何に己が人生を映す鏡足り得るか?
つまりは満足の度合いが違うのに、今だに住宅展示場で住まいを求める人がいる?
いや、いないのかもしれない?(笑)

家づくりは難しくはないけれど、つまるところ自分探しの旅。自分を見失っては良い家は建たない。では自分らしさとは何なのか?
家づくりでそれが見えてくるのなら住まいは百薬の長。
「我おもう、故に我あり」
「我おもう、故に家あり」

方丈記はそんな家を求めた日本人の最初の自分探しの旅人。

あれから幾歳月。長い時間を紡いで人は自分らしい住まいを手に入れることができる。
住まいは勢いで買うものでもなく、スーパーで買物をするほど手軽なものでもない。

嗚呼、良い家。それは良き自分の結晶。さて、その自分とは?

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2023年09月26日

秋でもないのに、、、

すっかりご無沙汰してしまいました。
な、なんと、二ヶ月ぶりの更新とはあな恐ろしや。(笑)こんなこともあるんです。

いやあ、忙しかった。とんでもなく忙しかった。こんな忙しい思いはもうたくさん、ってくらい忙しかった。
盆休みもなく、青春を返してくれッ!ってちょっと厚かましい話ですな。てへへ。
しかし、人間忙しいのが幸せか?暇を持て余してごろっと横になり、手のやり場に困ってハナクソをいじくるのが幸せか?
もう若くはないのだから。充分にシニアな私は幸いなことに好きな仕事がある。
わたしたちの会社はチョット変。いや、かなり変。😆
建築会社は家を建てたいと思うお客さんの忠実な僕しもべ。客が右向きゃ建築屋も右を向く。嗚呼、それなのに、わたしたちコモハウスは左を向いて天として恥じない。わたしたちにはわたしたちの建築がある。
住まいはもっと美しくなる。信じてもらえるだけの執念をうちに秘めて。わたしたちはわたしたちの執念を研ぎ澄ますしか道はない。
しかし、美しい住まいを求めるのなら、コモハウスは決っしてお客さまを裏切らない。

風の塔


sns161022-in




 

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2023年04月30日

ボブ・ディランと伝説

人の凄み、そうした存在に遭遇した時に感じるであろう驚き、感動、戦慄。それはとても言葉にできない。実は想像さえできない。言葉にできないことを今無理にも書こうとしてはたと手がとまる。
書くほどのことがあるだろうか?

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四月十六日、日曜日。東京公演の最終日。物々しい警戒があるわけでもなく、大聴衆が集まったわけでもなく、会場の外の電光掲示板と云おうか、このご時世では大きなデジタル・スクリーンに映し出されたツアーの広告が他の広告と入れ替わりながら映し出されていく。
大音量でもなく、程よい音量でミスター・タンブリンマンが会場のビルの内外で流れているので、そうか、これからボブ・ディランのコンサートが始まるんだと改めて気づかされ、人ごとのようにも思われたりする。
だがしかし、ボブ・ディラン。
私にとっては二度目のボブ・ディラン。もう二十年も前に見たディランもやはり三月だったか四月だったか? 時代は変わる。ディランが歌ったように、シニカルに時代は変わってしまった。変わり果てた時代は、ではわたしたちが望んだように変わったのかと言えば答えはNOだ。60年代の夢は見窄らしく風に吹かれているのだろうか?
いや、それも違う。わたしたちは少しくたびれ果てたが、今でも夢がある。今でも変わらぬ夢がある。
それを、風に逆らっても高く掲げて運びつづけ、前を向いて歩いていく。

bobdylan2023_1978
 

追記:
今回のツアーは2021年から続くワールド・ツアーの一貫で、その名も「Rough and Rowdy Ways」ツアー。コロナ・パンデミックとともに始まった今回の世界ツアー。ポスターにはドクロの男が手に注射器を持ち、背景には黒い影が、首をくくった男のうなだれ、ぶらさがる様子が描かれています。
ディランは何事かを語っているようです。





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2023年04月09日

伝統は電灯の如く(笑)

電信柱の赤マント。
電信柱は電線をつないで家々に灯りを点し、家庭に幸福を運ぶ黄色いハンカチ。
昔は電信柱はとても意義深い、文明の利器、電線を辿れば山のアナタの空遠く、幸住むと人の言う伝説の愛の調べ。 

ところで皆さんはテフロン加工のフライパンを御存知ですよね。だれしもお聞きになったことがあると思います、例のフッ素加工された焦げ付きにくいフライパンとして絶大の人気がありますが、フッ素加工の危険性にはあまり関心が向けられません。同じように、フッ素樹脂入りの歯磨きチューブも危険極まりないものがあります。
このフッ素樹脂加工品で多くの特許を持つのがスイスのデュポン社です。デュポン社は様々な分野に進出して私たちの日常に深く関わっています。つまり、穿った見方をすると、とても危険な香りがする誘惑的な企業、とも言えるかもしれません。
建築の分野にもデュポンの製品がさまざまあります。外壁の防水紙「タイベック・ハウスプラス」や屋根の熱気を緩和する「タイベック・シルバー」があります。昨今では外壁の下地にデュポンの防水シートを貼るのは一種のステータスとも言える位置を占めています。
コモハウスも御多分に洩れず、デュポン社のステータスに惑わされた建築会社のひとつでした。 この防水紙に何が使われているのかは誰も知らない。原料はポリエチレンです。透湿性があり、防水性に優れているとされていますが火災時に何が放出されるかは不明。
ケミカル製品の分野で大きな一角を占めるデュポン社の闇は決っして小さくはありません。 

映画「ダークウォーターズ」はアメリカ・ウエストバージニア州のデュポン社の工場から長年たれ流されてきた工場廃液から広大な牧場でおこる牛の異変、癌の多発、まるで水俣病やチッ素の大規模訴訟を思い起こさせる現代アメリカの病理の一側面なのです。

こうした事実をデュポンは知らなかったわけではなく、知っていた。テフロン加工の技術が負の技術であったにもかかわらず、今でも私たちはテフロン加工のフライパンをありがたがって使っている。高温で熱したフライパンの表面から有毒物質が私たちを襲う。

便利なものは諸刃の剣。それからというもの、コモハウスの建築現場からデュポンの透湿防水シートが姿を消しました。建築は生活そのものです。わたしたちの生活は不便なくらいがちょうどいい。




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2023年03月06日

家づくりの動機、動悸、同期。

みなさん、家を建てたいと思う時、最初に思い描く夢はなんですか?
夢なんてない、という現実一辺倒の方はお引き取りください。😙
夢見がちなコモハウスは、窓のレースをすこし開け、春の風に耳を澄ます。 そう。これくらいのイントロダクションで家造りに臨んでほしいもの。笑

そうすると、たぶん、そこからの発展が大きく異なってくるでしょう。小さな道から大きな開けた道に出て、希望が空いっぱいに広がるでしょう。
住まいづくりはこの希望と愛にみちた冒険への船出。
大げさ?
いいえ!大げさなものですか!
部屋が何室ほしい。玄関にシューズクロークがほしい。家事動線を大事にしたい。

いいえ!そんなものは枝葉末節。もっともっと大事なものを見つける旅に出ようではありませんか。それはな〜に?笑

さて、そこで立ち止まるのはわたしの仕事。枝葉末節の希望を頭に入れていざ出陣!
この一瞬がたまらない。
テーマは何?
家族の希望は何?
家族構成をおさらいして、彼らと一緒に大海原へ旅立つ一瞬、さあ、わたしたちは何を大事にすればよいのだろう?

家づくりはこの瞬間に立ち上がる。

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2023年01月01日

あけましておめでとうございます

あたたかな日和に恵まれた今年のお正月

みなさまあけましておめでとうございます
旧年中のご厚情に深謝し、あらためて気持ちも新たに、精進してまいりたいと存じます

ありがとうございます

令和五年正月

コモハウス
三井雅敬

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2022年09月27日

国葬儀 感謝を込めて

今日は安倍元総理の国葬儀です。
安倍元総理の奮闘にあらためて敬意を表し、心より哀悼の意を捧げたいと思います。

ありがとうございました。

japan日本1


 



















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2022年07月10日

不可解な暗殺事件

金曜日のお昼にネットで一報を聞いてから、辛い5時間でした。
安倍首相の暗殺事件は大変つらいものがありました。
おそらく多くの皆さまが同じ思いで固唾を飲んで見守ったのではないかと思います。

この警備の甘さは信じられないけれども、銃声と煙が上がってからの警護要員の信じられない体たらくと緊張感のなさが悔しさを通り越して腹立たしささへ覚えます。
これが例外ではなく、普段からこの程度なのでしょう。
 
多くの不自然な経緯を見ると、それはさらに疑問がわきます。
最大の疑問は反対側から道路を渡って近づいてきた不審な鞄を提げた犯人をなぜ誰も止めないのか?
道路を半分渡り終えて銃を撃ったとすると、道路が6m道路だとすると半分で3m。さらににそこから1m以上は離れている演説台の上の安倍首相。その距離4m強か?
4m以上の距離から精度のあやふやな手製の銃で、しかも歩きながら、または立ち止まったとしてもコンバット・スタイルで射撃する余裕はなく、そんな普通なら興奮した状態で発泡したとしてシロートが当てることができるのか?
確実に狙撃して目標を撃ち殺すことができるのか?(それができたのです?)

2回発砲して、1回で弾が2発出るとも6発出るとも錯綜した情報があります。いずれにしても1回目の銃弾はどこに飛んだのか?1回目はなにも当たらなかったのか?そうした大事な情報がなぜ出てこないのか?

1時間も経たずに犯人の名前が知れ、20年も前の古い経歴(海上自衛官)だけが明らかになり、住所が特定され、警察が急行し、マスコミまでが駆けつける。そこにはご苦労にも爆弾まである。
救急搬送された安倍総理のヘリコプターが病院に着き、そのヘリの様子をマスコミのヘリコプターが待ち構えたようにさらに上から捉えている。
警備はザルでもその後の経緯は完璧にこなされている。水も漏らさぬ事後処理の手際よさ。
さっそく動機が明かされて、政治的な動機ではなく、安倍首相の言動に腹が立った?
宗教がらみの怨念があった?

普通は動機など、これだけの大事件であれば慎重に捜査を進めるだろうに、なぜか奈良県警は事件から二時間三時間で犯人の自供を疑うこともなくべらべらとマスコミに開示する。
まだ安倍首相の安否もわからないというのに、まるで事件は一件落着?

私たちはこの不可解な暗殺事件をどう捉えるべきなのか?
事件後のこの後処理の不自然すぎる手際の良さはなにかを思い出させないだろうか?
犯人はほんとうに単独犯なのか?
他の可能性を排除してはならない。
ご遺体から凶器の銃弾は発見されなかった?銃弾が見つからないと犯人の手製の銃から放たれたのかどうかが確定できない。もしかすると他の銃からではなかったのか?それすらわからない?

少なくとも銃弾は安倍首相の下から撃ち込まれていて、懸命の回復処置にあたった担当医は首に二箇所の銃弾の跡があった。それは5センチくらい離れていた。傷は心臓にまで達していた、と、その日の会見で述べています。首から撃ち込まれた二発の弾丸は、おそらくはやや下から撃ち込まれたはずで、それがどこでどう曲がって首より下の心臓を傷つけたのか?
しかも、翌日の正式な死因の発表では首に一箇所と左の上腕部に一箇所の計二発であった。左腕の上腕部の損傷が決定的な死因であった。と。
緊急手術にあたった医師の首に2箇所に銃槍があったと、さらに記者に聞かれてその傷は5センチほどのずれがあったと明確に答えているのです。その時、のちほど致命傷の銃槍と発表された左上腕部の銃槍の件は全く触れられていなかった。

わたしたちは騙されてはいけない。

guuzenn?iie!

寸分たがわぬ新聞の見出し。
偶然?
いいえ、偶然なんかではありえない!

「重大な事件や事故に偶然はありえない」フランクリン・ルーズベルト
つまり、すべては仕組まれている。

 非業の死を遂げられた安倍総理大臣のご冥福をお祈り申し上げます

楊海英:
安倍晋三元首相という世界的なリーダーが暗殺された。官邸は速やかに国民に追悼などを指示し、半旗を掲げるべきではないか?外務省は在外公館に世界各国要人の弔問と追悼に対応するよう指示したか?こんな冷淡な扱い方でいいのか?

インドではモディ首相が7月9日を喪に服す日と定めました。
ブラジルではボルソナロ大統領が7月9日から三日間を国をあげて喪に服すと決定しました。
アメリカだってホワイトハウスを始め、すべての公館で半旗を掲げるとしました。
国連では15カ国の常任理事国の会合で全員が立ち上がって黙祷を捧げました。

で、わたしたちの国は?








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2022年05月15日

五月の風、五月の風邪?

五月の風はトパーズ色。
ところが昨日から今日にかけて、いやあよく降りました。
あめあめ降れふれもっと降れ、あちこち水浸しで駐車場がプール状態。
わたしの良い人連れてこい。

「雨の慕情」

いやあ、この飛躍が見事ですね。雨が降れば雨に願かける。その不屈の精神がお見事!
そんな流行り歌も今は昔。
GWは長かったけれど、衝撃的だったのは例のイーロン・マスクの、「このままでは日本はいつか消滅してしまうだろう。それは世界にとって大きな損失だ。」
 去年は一年間で六十万人の人口減だったそうです。えっ?コロナ禍で?いいえ、少子高齢化。
明るい未来が描けないわたしたちのこの閉塞感。
それは愛の喪失が問題なのです。街を歩いていてもマスクマスク、マスクなんかしてるとコロナなんかよりももっと大事な愛が雲散霧消してしまう。

男も女も、剥き出しの裸顔て愛を唄え。大切なことは人と人の出会い。いえ、出逢い。
男は女を、女は男を。見つめあう恋。嗚呼、そんなときめきをマスクなんかしていちゃ永遠にときめかないだろう。 わたしたちはなんて不幸なんだ。
移民なんてクソ喰らえだッ!(いえいえ、わたし、けっして人種差別主義者ではありません)
愛しかない時。人を愛する心。この国を愛する心。
大事なことは愛しかない。

「恋をしようよ」
「抱きしめたい」
「恋の終列車」
「あなたに夢中」
「恋する二人」
「骨まで愛して」

昭和の時代の流行歌は愛だ恋だ失恋だ。朝から晩までめくるめく愛欲の狭間でのたうち回り、愛のために死のうと本気で思い詰めたものでした。その情熱が一億三千万人の日本を作り上げた原動力だったのです。 
boys be ambitious   青年よ 大志を抱け!
しかし、これからは、
boys be love LOVE   若者よ 愛にどん欲たれ!

産めよ増やせよ!殖産興業?ん?ちょっと違う?
ま、しかし、結論は同じ。笑
愛することに希望が持てないのなら、わたしたちは何処かで道を踏み間違えたのかもしれない。
書を捨て、街へ出て、好きなあの子を見つけたらあとは行けいけドンドン、です。
男と女のラブゲーム❤️ 日本の未来は愛こそがすべて。

さて、これからの建築会社の住まいづくりは「愛の棲家」 の家づくり。そう愛の逃避行。
あっ、いえいえ。トホホの五月はトパーズ色。
そう。わたしたちには愛しかないのです。


 
阿久悠さんの才能に乾杯!あなたの不在のせいで、わたしたちから歌が(愛が)こぼれ落ちていく。
いやあ、しかし、この映像は素晴らしいですね。むかしのテレビ・マンは気合いが入っています。
 




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2022年04月11日

夢をもとう


つい先日の G7 の会合では各国の首脳は全員ノーマスク。我が岸田さんも当然のようにノーマスク。パンデミックは終了したのでしょうか?(えっ?最初からなかっ、、、?笑)

その岸田さんも帰国すると何を考えているのかしっかりとマスクマスクマスク。
それって、ダブル・スタンダード?
コロナって何なんでしょうか?
わからない?

それにしても日本人のこの従順な羊の有様はなんなのでしょうか?そのうち赤ちゃんもマスクをつけて産まれてくるのではなかろうかと心配にもなろうかというもの。。ワクチンで死ぬ人がいて、コロナで死んでしまう人もいるでしょう。ただ、マスクに有効性が無いことは世界が認めているのかな?
だって、ねえ、世界最高の人材が集ってマスクを必要としないということは、パンデミックが終息したのか、そうでなければマスクに効果が認められないかどちらかでしょう。 

いやはやこんなことを書くと睨まれるのでしょうが、このままいくと人と人の関係が徐々に蝕まれていく。お客様とお会いしてもお顔がわからない。これはこれは。

いつでも夢を
夢は夜ひらく
夢のなかへ

古い話、もう半世紀に近い古い話ですが、「疫病流行記」という芝居がありました。

 疫病患者の出た家の扉は、
 すべて釘付けにされた。
 そして、釘付けにされた扉の中では、
 新しい世界がはじまっていたのだ。
 (デフォー)

わたしたちはいつも何かに囚われている。自分を解き放つ自由の鐘を求めて、その自由の前でうなだれ、決してその鐘を打ち鳴らしたりはしない。

 演劇というものは伝達するんじゃなくて、
 伝染させていくということは可能だろうか?
 アントナ
ン・アルトーという人が「ペストと演劇」という論文の中でね。
 ようするにあのね、非常に大量
な人間がペストで死んだという歴史的な事件を、
 こう例に引きながら、その死体をその調べてみ
たら、
 誰一人ペスト菌というものをもっていなかったと。
 彼らはペストに罹ったという幻想にとり
つかれて集団で死んでしまったという。
 寺山修司「疫病流行記」

しかし、その夢の正体がマスクをしていてよくわからない。目をこすり、首を振り、もういちど眺め回してもその本質がよくわからない。なんとなく息苦しい。口の周りがふわふわしている。むせるような、生暖かい空気が顔のまわりで淀んでいる。
人生はこんなふうにムカつくような不快な表情をしていたのかしら?
もうずっと前から私たちの人生は死んだ魚のような目をしているのかしら?
これが人生?

そんなバカな!と、私は叫びながらマスクを放り捨てる。
そう、自分を取り戻すために。
夢をもとう!
人間は捨てたもんじゃない。
今からでも遅くはない。

疫病流行記にこんな台詞がある。
「あたしはあなたの病気です。」 

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2022年01月01日

謹賀新年

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あけましておめでとうございます

旧年中はたいへんお世話になりました
本年も変わらぬご支援ご鞭撻のほど よろしくお願い申し上げます

今年は良い年になりますように。
年のはじめにこんな動画をシェアしたいと思います。

建設途中のサグラダ・ファミリア教会です。
すごいですね。
いやしかし、建築途中で足場もなく、大変ですね、なんて思ったら、高層建築で足場なんかありますか?
そうですよね。
とはいえ、外部も手の込んだ作りでしょうから職人はどうやって作業するのか気になるところ。
あの曲面は、左官屋さんも命がけ?
だって、ぜ〜んぶ手作りでしょう?

しかし、見てみたいっ!

サグラダ・ファミリアから見る初日の出も!





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2021年12月24日

聖夜

今年も時は流れて行き、今宵はクリスマス・イブ。
過ぎかた一年を偲ぶにはクリスマスこそふさわしい。

楽しかったことも苦しかったことも、悲しかったことも寂しかったことも、その一瞬までも思い出してみましょう。一年をふりかえるのは至難の業。今年は何があったかな?おや、待てよ。そういえば、、、
楽しかったことは、苦しかったことは?すると、意外とそれは少ないもの。いえいえ、それは私だけかしら?
生活にドラマがない。、、、(苦笑)
でも、それはとっても寂しいこと。
そうか、寂しいのは人生か、なんて思い出すとそれはとっても苦しいもの。

波乱万丈の人生よりも、ランマーで均された薄っぺらい人生のほうが心も気持ちもとっても楽。?
ドラマチックな人生が素晴らしいわけじゃなし。(ヤケのヤンぱち、だァ)
そうさ。たったひとつのかけがいのないもの。

それは私の生活。私の孤独。私の愛。
今宵はたった一人の愛する人と、見つめあってみるのもきよしこの夜。
それって、とってもドラマチックじゃない? 
ドラマチックは漫画じゃないのさ。 

メリー・クリスマス。



「きよしこの夜」誰でも知っているこの歌に「7時のニュース」をかぶせるだけで世界は違って見えるもの。この豊かな想像力に脱帽です。
 


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2021年12月16日

今年のブルーフレームは合格かな。

毎年冬が来ると思い出す。
魔法のランプを思い出す。ランプをこすると思い出す。
しかし、今年はどうだろう?
え?何の話かって?
そう、じつは、例のアラジンの魔法のランプならぬ、魔法の石油ストーブ、「アラジン」のことでした。
これが実に手強い。 蒼い炎がとても綺麗、ですが、お手入れには細心の注意が必要です。
このストーブは1975年製です。手に入れてもう二十年以上になります。
どこかの町工場で使われていたのか、油汚れで真っ黒、それをホースで水をかけながらタワシでゴシゴシ洗い、それこそ灯油タンクの中まで洗って天日干し。さすがに芯は変えました。
独特の構造なので煤が溜まるととたんに匂いがします。
しかし、手をかけてあげるとしっかり応えてくれます♪ 。
去年はうっかりしまう時に前年の灯油が残っていたのが災いして、部屋中煤が舞い、匂いがこもって大変な思いをしました。
さて、そこで今年はしまう時に念入りに灯油を抜き、乾燥させたのが功を奏し、炎が真っ青なブルー。そう、これがブルーフレームです。アラジンはこの炎に赤い火が混ざるバツです。匂いがします。
そんな不自由な石油ストーブですが、ブルーフレームを眺めているてとなんとも言えず癒されます。
そこには不思議な魔法が働くのでしょう。
便利なストーブではありませんが、精神安定剤としてこれほど癒されるストーブはほかにしりません。

さて、今宵も、炎の向こう夢があるかもしれないと、ん?ちょっと眠くなってきたかな。

arajin


 

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2021年09月26日

大事にしたい

なんだか世の中が水増しされたように、情報の洪水のなかでアップアップしていると、あれ、ここは何処?ワタシはだーれ?
情報化社会というけれど、情報は瞬時に消えて残されたものは常に曖昧な記憶。情報を詰め込めば詰め込むほど、情報は希薄になり、手触りが消え、アタマの中は白いモヤで霞んでしまう。
そんな状態に陥いるわたしはとっても危険な状態の一歩手前。
つまり、何を言いたいかというと、ネットの社会は情報が溢れてはいるけれど、それはとても便利ではあるけれど、便利である分わたしたちの皮膚感覚は衰え、人間の持つ本能が薄れていく。いえ、それだけではないような気がします。わたしたちの接点はマウス。人と人のつながりが失せて、マウスとタッチスクリーンが関係を繋ぐキーパーソンだって?
欲しい物がすぐ手に入る、スマホがあれば何でも検索して何でも頼めて、そして何でもすぐに居乍らにして手にすることができる。(しかし、幸せは注文できない。笑)
それは果たして幸福なことなのでしょうか?

そういえば、わたしたちが子供の頃、欲しいものは何も手に入らなかった。欲しい物を夢に描いて、空想の中で手に入れる自分を思い描いて身悶えした。え?大げさ?
かもしれません。大げさかもしれませんが、それほどわたしたちが手にするものは少なかった。
夢を持つということは、ほんとうに小さなことから始まって、そうして少しづつ大きくなって、やがては大きな夢に近づいていける、かもしれない。そう。わかりません。わからなくてよいのです。手に入らないことが重要だとさえ言えるのです。人間はアンビヴァレンツな存在です。矛盾した存在です。
思えばアップルのiTunesが出てきた頃から一気に音楽が陳腐なものなってしまいました。簡単に手に入ることが音楽の持つ存在意義を減じさせてしまった、とも言えます。しかもこれがタダでダウンロードできてしまう。

わたしたちは幸せな時代を生きているのでしょうか?
住まい造りにも同じことが言えます。
便利な器具が増えてきました。お風呂も洗面所もトイレも台所も。便利な機能が増えてきましたが、今日のシステムは明日の陳腐。どんなに便利になっても食事の支度は代わりがいない。
顔を洗うのは自分の仕事。代わりに洗ってくれる機械はない。お風呂だって入るのは自分。洗うのも自分。
お風呂場の汚れを落とすのも結局は自分。キッチンの汚れを落とすのも結局は自分。

設備機器は便利なものよりも単純なものがいい。機能は最低限でもシンプルで美しいものが良い。
手には入らなかったたくさんのものを補う想像力がその住まいの中に息づいている。
そんな住まい造りを応援したい。

洗い出しの玄関







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2021年09月17日

不思議なフーマ

10年来お付き合いをさせていただいているA様です。 
最初の出会いはまだ当社が津久井浜に事務所を構えていた頃のこと、通りかかって以前から気になっていたとの事で、住まいのあちこちを直したいというご相談から始まりました。気になっていたコモハウスさんにまずはともあれということでお越しいただいたのですが。

その、先ずはが、既成のシステム・キッチンから作り替えていくというのがわたしたちの共同作業の始まりでした。既成のよくあるキッチンをそのままに 、あえて壊さずに扉と引き出しを外してそこからまるで無垢の木を使ってまるで最初から自然素材のキッチンでした、というリモデリングなわけなのでした。

その最初の手始めは。はいこれです。

AR2

こんなふうに変わりました。

AR3

それから半年後。

AR1
これがこんな風に。

AR4
それから三年後。

実は先は長いのですが、端折ってそれからさらに四年後が今。
で、今回は 、お風呂と洗面所とトイレのリフォームとなりました。
で、実は、A様宅には愛犬がいるのですが、その愛犬がなんと「もん」 ちゃんです。
ン?「もん」 くん、かな。
そう、その名も 「もんじろう」くんの「もん」ちゃん。
えー!先日このブログにご登場願った「レモン」 ちゃんとは従兄弟になります。
なんて、そんなことはないか?笑

不思議のフーマはそんな勝手なつながりから。え?やれやれ? 

 


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2021年04月17日

「再録」古きを訪ねて

古傷を思いだすと、胸がチクタク痛む。古きを訪ねても、心の傷は癒えない。人間は悩ましい。
千年家。そう呼ばれる古い家がわずかに一軒、二軒。その家はいつからあるのか誰も知らない。遥かな時間を紡ぎながら、千年家はそこにある。

私たちの家づくりは千年の時に耐えきれない。千年の時間に佇む家が織りなす骨格はどういうものだろう、と考えてみる。設計図面は驚くほど単純であるべきだ。玄関、食堂、寝室。他はいらない。しかし、それは機能としての側面で、空間は驚くほど豊かであるべきだ。千年の時はあらゆる体験に耐えねばならない。自然災害、戦争、略奪、ねたみ、そねみ、愛と憎しみ。もしかすると、セシウムにも耐えなければならないかもしれない。
途方もない千年の時間。
わたしたちは、一年刻みで家を考えてしまう。せいぜいが想像力を逞しくしても10年保証だ20年保証だとなんともみみっちい世界で家づくりを捉えることしかできない。しかし、しかし、家づくりはまた、心の新築工事でもあります。まっさらな計画を前にして、図面に線を引くのは心に爪をたて、家族への想いを疑似体験し、彼らの心のひだに分け入って新しい生活を立て直す。そんな小さなおどろき、愉快な発見。喧嘩もするかもしれない。でも仲直り、子供の寝顔を見ながら「幸せについて考える」そんな一瞬を組み立てて、そこで彼らがどう動くのか?心の琴線はどこで触れ合うのか?廊下?居間?
そんな風にして、まず玄関をどこに置こうか?と考える。車が一台。どんな車?もしも彼らが古いビートルを持っているとしたら、車と玄関の関係に一石を投じることになるかもしれない。玄関ホールは要るのだろうか?天井を見上げると吹き抜けている?吹き抜けた二階の先に満天の星空が見えたなら。星々の煌めきに、誰かさんの笑顔が見えるかもしれない。そう。家づくりは心のつながり。
家族の心のつながり。心をつなげる桁が松でできている。桁と母屋をつなぐ心の柱は東濃檜。
さあ、このあたりから思いは具体的な構造へと飛躍していく。
構造が家族を繋ぎ、愛情が空間をつつむ。嗚呼、千年家。

  夢を見たら譫言(うわごと)を言いませう、
  退屈したら欠伸をしませう、
  腹が立ったら怒鳴りませう、
  しかしだ、萩原朔太郎君、
  古心を得たら古語を語りませう。
  そうではないか、萩原朔太郎君。

  「佐藤春夫詩集」より

古心を得たら古語を語る。そんな家づくりができたらなあと、私はいつでも考えているのです。


 2017年2月5日のブログから
 昔のブログを読んでいたら、なんだかあらためてしみじみと、、、。

japaneseroom1

凛とした和室。
和室二間のつづき部屋をリフォーム。正しくは、お色直しが正解かな。
柱や鴨居に古色塗料「久米蔵」を塗布。
仕上げに柿渋でツヤを出します。壁は古い漆喰を剥がしてあらたに塗り直しました。
畳と亭主はあたらしい方が良い。笑
思わず背筋が伸びます。ニンニン。











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2021年03月06日

春雨じゃ、濡れていこう

今朝は昨夜からしとしとしとしと、降るアメリカに袖は濡らさじ。
一雨ごとに春が来る。
三浦市では恒例の河津桜まつりが(今年はひっそりと、)開かれていますが、もうそろそろピークは過ぎて葉桜がちらほら見受けられます。今年はこの季節、無情にも春の嵐に見舞われて花が散るのが早いですね。
なんだか可愛そうですが、人生、思うようにはならない。

コロナコロナで緊急事態宣言はいつ解除されるのか?
はあ?
緊急事態なの?

私のまわりでは誰もコロナにかかったという話を聞きません。風邪ひきさんはちらほらいても、コロナは皆無。死者なんてそれこそ一人だにおりません。ああ、それなのに緊急事態とはこれ如何に。
パンデミック?
わっはっは!
パンデミックではないっ!
それなのに街を歩けばマスクマスク。車に乗ってもマスクマスク?
はあ?
車の中は一人っきり。それでもご丁寧にマスクマスク。
三浦市なんか人口密度も少ないのに、それでも歩くとマスクマスク。農道を歩いてもマスクマスク。すれ違う輩なんて一人もいなくてもマスクマスク。
遠慮なく、本音を言わせてもらえば、馬鹿じゃないの!
でもこんな事を言うと国賊扱い。???

一年も経つのにもうそろそろ気がついてもいい頃じゃないのかしら?
これはプランデミックなんだと。

なあ〜んてブツブツ言いながらも、人前に出るとこの私もマスクマスク?
頭の中を疑問がぐるぐるまわりながらも、ふるアメリカに袖は濡らさじ。

嗚呼!

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十年ぶりに訪れたN邸。なんだか新築みたい、です。







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2020年11月01日

ダブル・ファンタジー

六本木ソニーミュージアム 「ダブル・ファンタジー」展 2020.10.9~21.1.10

すでに遠い日の思い出。
初めての子供がまだお腹の中で命の誕生を迎えたばかりの頃、家内は切迫流産で絶対安静、年若いわたしたち夫婦は気が動転、辛い辛い毎日でした。寒い季節でした。
その3ヶ月くらい前の夏頃から、日本のマスコミでも彼のカンバックの噂やら、新曲の発表やらがつづいて、いよいよ噂はホンモノらしいという期待と興奮で東京の街がにわかに騒がしくなったものでした。賑々しさを通り越して、井の頭線の渋谷駅では駅のホームに右に左にズラッーっと二人のポスターがこれでもかこれでもかというくらい張り出されて満艦飾。
そうなんだ、ついに彼が帰ってくるんだ。でも、ちょっと早いな。十年くらい帰らないのかと勝手に思い込んでいた私には、この思わぬ帰還におお喜びして、毎朝早朝、電車に乗って仕事に向かうのもなんだかウキウキ。
そう。だって、彼が帰ってくるんだぞ。それはなんとも言えない興奮と期待と、ちょっぴりの不安も抱えて、でもこんな嬉しいことはない。 
そんな季節の12月。私たち夫婦には初めての子供が切迫流産でうろたえておろおろ、しかも仕事は忙しくてその何日か前に出たばかりの新譜のLPレコードも聞く暇がなく、それこそ2、3回聞いたくらいの慌ただしい毎日。
いつものように早出の出勤で品川駅に着き、バスに乗って一番うしろの席にどっかと座り、発車を待つあいだ、ほっと一息何の気なしに前席の人が広げた新聞の見出しをひょいと見るともなしに見ると、紙面に踊る「、、、射殺さる」のでっかい文字。
慌ててバスを飛び降りて、駅の売店で買い求めた新聞の無情なニュース。
ヘナヘナと崩れ落ちて、えっ?なんだって?射殺ってなんなんだ?それで、まさか、死んだのか?死んでないよな?死ぬわけないよな?そんな馬鹿な話を信じられるか?ふざけるな、冗談じゃない。
その日の長いながい一日を、私は今でも忘れない。
あれから四十年。あの一日に比べると、この四十年は永かったのか短かったのか?

良い仕事をしたいと思うのは、彼の仕事を見てきたから。彼に笑われない仕事がしたい。
できるなら、彼のように、人々に喜んでもらえるような仕事がしたい。
それは一瞬の瞬きにも似て、永遠というものが信じられる瞬間を私にあたえてくれたから。

仕事に行き詰まったとき、アイディアが枯渇して情けなくて自棄になったとき、ふと振り返ると、彼がいるような気がする。
「がんばれよっ」
透きとおるような青い空。
そう、頑張ろう!


ダブル・ファンタジー








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2020年06月25日

beautiful obsession

住まいづくりの難しい点は、そのテーマをなにに絞るか、にあります。
この一点にこそある、と言って過言ではないのかもしれません。
お客様のご要望はたくさんあります。初めての家造りであればなをのこと、ひとつひとつ確認して、それらを集約して、そしてなにを残し、なにを捨て去るか。ご要望をすべて実現すれば良い家になるとは限らない。この家にはなにが大切か?
なにをこそ残すべきか?
そしてさらに、それをお互いの立場から眺めやり、実生活に即してアレンジを施していく。その過程でこの建物をどう理解してもらうか?

beatifulone

ご夫婦おふたりで住まわれる住宅です。思い切った選択と集中。下駄箱はこれでいい、というその選択。
ご夫婦で二十二足の靴がはいります。それ以上は持たない。それもまた勇気のいる決断です。
けっして大きいとは言えない住まいですが、大きすぎる吹き抜けが玄関を入るとすぐにあります。
その中央に天までとどけとばかりに母屋にまで刺さる六寸の大黒柱。

Take It Where You Find It

居室の天井高を抑え、吹き抜けの開放感とのアンサンブルをその対比で表現します。
 
玄関に向かうとき、帰宅したその瞬間、大きすぎる石英岩の黒とざっくりと埋めた白い目地とのコントラスト。

beatifulone1

わたしたちはなにを選び、なにを捨て、なにを残したのか。これで良かった、と思っていただけたのならありがたいのですが。

beautiful obsession 











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2020年05月14日

沈黙は金?銀?メッキ?

寡黙な大工と雄弁な大工。
喩えて云えば、寡黙な工務店と雄弁な工務店。どっちが良いのかは別にして、では当社はどっちかと考えると、ま、とても雄弁とは呼べない。(泣)時代の寵児は雄弁でなくてはならない。現代の雄弁は必ずしも喋り倒すのではなく、ネットに乗ってサーフィンよろしくドンブラコ、どんぶらこ。多くを語る必要はなく、ツィーターかインスタ映えの、超短編かショートショート。語るほどに馬脚を現す、だから、なるべく語らない。
しかし、語ってる風に見せつける。
ホリエモンや橋本さんを思い浮かべるとなんとなくわかるかしら?聞いてる方は何にもわかっちゃいないんだから、口数が多いと疲れて寝てしまいます。 だから、ツィート、疲れさせない程度にね。ただ、このツィートを機関銃のように繰り出さなければなりません。忘れられないように。

さて、建築会社はこの時代、どのように在るべきなのか?家を建てるのが私たちの仕事。それ以上でも以下でもない。しかし、ある時、ジョナサンは考えました。ほかのカモメたちと空を飛びながら、ふと考えたのです。
飛ぶだけがボクたちの仕事じゃない。
心温まる家づくりは 、技術の問題だけじゃない。そう。素材の選択から始まって、その素材をどう見せるか?素材はひとつだけじゃない。その素材に何をぶつけて、何を引き出すのか?
心温まる家づくりのために、私たちは選択と集中を繰り返す。
完成するまでわたしたちは考えます。ここはああしよう、こうしよう。しかし予算もあるからあれは出来ないこれも出来ない。ちょっとこうすれば格段に良くなるけど、どうしよう?どうしよう?
建築は無慈悲です。しかし、この無慈悲を深く噛みしめる工務店と、まったく噛み締めない工務店と、その違いこそが雄弁な工務店と寡黙な工務店を分ける分水嶺なのです。


松の太い桁材をくり抜いて陶製の手水鉢を埋め込んでいます。給水と排水を通すのも実はけっこう大変でした。しかも、その器具を締め付けるのも水道屋泣かせでしたね。(ゴメンナサイ)

inthenight







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