日々これ精進
2026年07月15日
真夏の予感
帰ってきたあの夏の日、、、、
もうたくさん、と思うあの夏の日ですが、若さは真夏に全開となるのなら、私たちの夏は不似合いの夏?と言わなくてはならないのは忸怩たるものがありますが。
ま、要するに、もう若くはないという悲しい自覚、かしら。笑
さて、今年になって石油危機からナフサ問題に端を発し、断熱材の値上げと商品の受注停止と大混乱。イラン紛争の勃発は2月の末、ナフサが足りないと騒動勃発がまた間髪入れず、そして値上げと続くとこれは仕組まれた罠ではないかと疑いたくもなるもの。去年の米騒動を彷彿させる品薄の演出が業界にとっても果たして吉と出るのか凶と出るのか?ここに来てお米の大暴落が噂され、
「お主も悪よのう!」
笑えない悲喜劇に振り回される私たち消費者。建築不況はさらに喜劇の様相を濃くにじませてもう誰も信じられない。そもそも、お上が建築に口を挟みすぎるのが大問題なのです。高断熱?高気密?高建築費?のトリプルパンチがいったい誰のためなのか?
住まいの不合理は今に始まったことではありません。階段に手摺をつけろ!付けるなとは申しません。しかしお上が口を挟む問題か?と思うのです。バリアフリーもそうです。日本の住まいは元々段差があるのが自然なのです。先ず玄関からして段差がある。それは靴を脱ぐ習慣から自然に導き出された生活習慣なのです。靴を脱ぐ、だから日本人の生活は類まれな清潔感を保っている。
和室があたりまえだった時代には敷居が30mm、35mm上がって当然でした。
それが責められるべき悪弊でしょうか?日本には日本の生活がある、たとえそれが不合理であったとしても美しい日本の所作というものを疎んじてはいけない。
住まいは危険と紙一重、それもまた必然、人は不合理な社会を受け入れてこそたどり着く世界がある。世界は必ずしも秩序だってはいないけれども私たちは生活の知恵でそれを乗り越えていく。
美しさはあやういほどに危険である。手を切らないように最新の注意をはらいながら私たちは美しいものに憧れ、いずれは手に入れて心の平安を見つけ出すでしょう。
住まいはもっと美しくなる。それは危険なほどあやういバランスシートに載っている。
comohouse at 22:16|Permalink│
2026年03月01日
建築会社の力量
何だか究極のテーマに切り込む宮本武蔵の心境でパソコンに向かうのは怖しい。笑
ことほど左様にこれは禁断のテーマと言っても良いような、悪いような、勝手にしやがれ状態ですが、その判断の基準が難しい。
建築をどう捉えるか、という問題が先ずあります。技術としての側面と美の基準としての側面と。技術は分かりやすいけれど美の基準となると曖昧模糊、しかし決してそれは人によりけりという判断に寄りかかってはなりません。人によりけりでは如何様にも逃げが効く。
ではお客様が家を建てたいと思う時、その基準となる良し悪しはなにをもって判断とするのか?ここが問題です。
また、お客様の移ろいやすい基準を基にしてそれは正解だろうか?とも思うのです。
技術は当然深いのですが、技術は職人の個々の力量という側面が大きい。が、それでも個人を超えた建築会社が求める技術の範囲が当然ある。
おかげさまで当社の仕事に携わってくれる職人は皆優秀です。それは優秀な仕事を提示することで成り立ちます。つまり、腕をふるえる仕事がまず必要なのです。それはお客様の思いを建築会社が受け止めてその思いに応える図面を導き出し、さらにその思いを凌駕する建築会社の創造力がこそ職人一人一人の力量をさらに高いところへと導くのです。
職人はみんな命懸けです。命懸けというのは家族を抱え、生活を支えるという意味で命懸けなのです。その命懸けの、それでもよい仕事をしたいという職人魂が職人という個人職を支えている、と思うのです。
簡単な仕事がいい、それでお金になるならそれだけで良い。しかし、と、職人は考えます。このタイルの貼り方で良いのだろうか?この鑿の掛け方で満足だろうか?これで美しいだろうか?これでお客様は喜んでくれるだろうか?
それはとても大事なモチベーションなのです。私たちはその一点に掛けている、と言って過言ではない。その集積が、その相対が、その溢れる思いが仕事に求められる技量の壁といってもよい。その壁を突き崩したいと職人は常に思うのです。
よい仕事への渇望。そこにはお客様の鋭い審美眼も必要とされるでしょう。何でも良いから建てばよい、では職人も建築会社も育ちません。しかし、そこにはまずもって建築会社の不断の努力でもってしてお客様に建築の醍醐味を味わっていただかなければなりません。私たちは「澪つくし」なのです。ほんとうにそう思います。
私どものブログ、「コモハウスの建築の作法、不作法」は一貫してそのことを訴えてきましたが、読んでくださる方が少ない現状では絵に描いた餅、しかしそれでも餅は餅屋。
ではこの餅屋はどれほどの力量があるのでしょうか?
笑
これは難しいけれど、少なくとも目指す頂の高さは遥かに高い。私たちはそれほど意識したことがなかったのですが、ある時、他社の仕事の出来を見て初めて己が会社の力量の高さを思い知らされたことがあります。その会社も自然素材の家づくりが売りの建築会社だったのですが、えっ!こんな納まりでいいの?こんな材料を使って平気なの?それはある意味で衝撃的でありました。
実は、私どもコモハウスが標榜する「住まいはもっと美しくなる」また同時に「旧築提案の家づくり」の二本柱は、それは古材をあしらい、古いものと手を携えての家づくりとは微妙に汚れた、小さな傷があってもそれをあえて残す、その判断はとても難しいのですが、それでもそのことで心温まる家づくりを目指すというとんでもない力技なのです。
建築工事はクレーム産業だそうです。クレームが怖くて無垢材なんか使えない、という会社もあるやと聞きます。私たちは逆に、クレームが怖くて家が建てられるか!と思うのです。美しさは失敗や傷を肥やしにして花開きます。その事をお客様に理解してもらう事は私たちの大事な仕事でもあります。
遥かな冒険の旅路はそこを越えると喜びの歌が聴こえる。
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2025年12月31日
一年の計は元旦にあり
暮れになると思い出すことがたくさんありますが、後悔は決して先には立ってくれません。一年を振り返り、ああすれば良かったこうすれば良かった、しかし、それはすべて後の祭り。祭りの後、、、。
思い出は通り過ぎるけれど、仕損なった後悔は、過ぎたるは及ばざるが如し、と達観するには軽薄な輩にはなかなかそれは難しいもの。
一年の計は元旦にあり。今年の初めに元旦になにを思ったかはすでに遠い過去の話。年の初めに「決意の重い覚悟」が一年を決定する。しかし往々にして凡人は年の初めを無為にやり過ごしてしまう。そうして十二ヶ月を過ぎた頃、おもむろに年の初めの覚悟を思いだし、過ぎたるは及ばざるが如し。後悔は残るが、覚悟の程はおぼつかない。
住まいづくりは難しいですね。歳を重ねるごとに年々難しくなりますが、しかしそれ以上に日々新たに楽しくてしょうがなくなる。この楽しみを手放してなるものか。
住まいづくりに終着点はありません。途中下車もまた楽し。そんな気楽な気持ちも大切です。
積み重ねた自分の人生を大切にすることが住まいの骨格。
そんなことを思いながら「日も暮れよ、鐘も鳴れ、月日は流れ、わたしは残る」
いよいよ今日は大晦日。
今年も一年ありがとうございました。よい年をお迎え下さい。
comohouse at 05:36|Permalink│
2025年11月01日
そして誰もいなくなった
空がこんなにも青いから僕は泣けてくる、と歌ったのは誰でしたか?
時代は変わる、それも劇的に。劇的であることすら悟られないように、世界は巧妙に、音も立てずにわたしたちの背後ですり替わって行く。
思えばダイヤモンド・プリンセス号が横浜に入港してから時計の針がコトリと音を立ててあらぬ方向へ転がり始めたのかもしれません。パンデミックの嵐はあっという間に建築の世界にも暗い影を投げかけています。
デフォーの「疫病流行記」をご存知ですか?
ある日、一通の至急伝がマルセイユの港に飛び込んできます。客船の船内で原因不明の疫病患者が出た、と。
時代は変わる、それも劇的に。劇的であることすら悟られないように、世界は巧妙に、音も立てずにわたしたちの背後ですり替わって行く。
思えばダイヤモンド・プリンセス号が横浜に入港してから時計の針がコトリと音を立ててあらぬ方向へ転がり始めたのかもしれません。パンデミックの嵐はあっという間に建築の世界にも暗い影を投げかけています。
デフォーの「疫病流行記」をご存知ですか?
ある日、一通の至急伝がマルセイユの港に飛び込んできます。客船の船内で原因不明の疫病患者が出た、と。
それはまるで世界の終わりを告げるような恐怖の幕開けだったのです。やがて船はマルセイユへと近ずいてきます。死の影が疫病の名を借りて忍び寄ってくる。船を迎えるマルセイユ港ではパニックの輪が徐々に広がり、、、ここまでお話しするとまるでダイヤモンド・プリンセス号のコロナパンデミックを彷彿とさせるような出来過ぎた話ではありませんか?
コロナは(ワクチンは)日本をどう変えたのか?
経済だけではなく、長引くマスクへの執着は日本人の生活を劇的に変えてしまった。
友人の息子さんが高校生活でのマスク生活から恋人ができない、あの子いいな、と思ってもマスクを外した時の顔が想像できない。そんなあやふやな対面で恋は成就できない。マスクを外した時の落差を受け入れられない時はどうすればいい?そんなの嫌だ!
これは逆も正なりで、女子だって自分の想いを受け止めてくれるこの人こそと信じたくとも素顔が見えない相手にマスクを外すと出っ歯じゃないの?そんなの嫌っ!
少子化がとまらない。そもそもこのような状況下で結婚する男女が劇的に減ってしまった。これでは子どもができる筈がない。私たちの若い頃は目の色を変えてオンナ女オンナ。女子だって男オトコ男。それは自然な恋の駆け引き、人が人の絆を確かめ合う壮大な儀式。人と人の思いが入り乱れてこその人生ではありませんか。
住まいはその絆を確かめ合うためのパズルのピース。大事なピース。結婚という絆の終着駅と言ってもいい。男女が互いを確かめ合えない世界に愛の巣をかける理由もなく、ひとは散り散りとなって世界は崩壊の一途を辿るだけ。わたしたちはそのような世界の淵に立たされている。そうとは気づかぬ内に、静かに、劇的に、寂しさを抱きしめるように。
そのような世界をわたしたちは受け入れるのだろうか?それが人間の運命である筈がない。
空があんまり青いから、ぼくは泣けてくる。
住まいはその絆を確かめ合うためのパズルのピース。大事なピース。結婚という絆の終着駅と言ってもいい。男女が互いを確かめ合えない世界に愛の巣をかける理由もなく、ひとは散り散りとなって世界は崩壊の一途を辿るだけ。わたしたちはそのような世界の淵に立たされている。そうとは気づかぬ内に、静かに、劇的に、寂しさを抱きしめるように。
そのような世界をわたしたちは受け入れるのだろうか?それが人間の運命である筈がない。
空があんまり青いから、ぼくは泣けてくる。
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2025年07月07日
七月七日の七夕もすぎて、
最近読んだ本で感激したのは「知られざる前島密 日本文明の一大恩人」。
横須賀に住んでいれば芦名の浄楽寺側の「前島密翁終焉の地」の碑が海岸線の道路の脇にひっそりと建ってあることはご存じでしょう。前島密が郵便制度の父と呼ばれているのもご存知の方が多いことと思います。
では、前島密が生涯をかけて築き上げた郵便制度についてあなたはご存知でしょうか?いや、あなた以上に私こそが実はあまり詳しくは知らない、というのが実情でした。
前島翁の郵便制度の創設にかけた想いと実現への苦難の道、そして郵便制度が実現することで我々が蒙った多くの恩恵を詳らかにすると、小泉純一郎の郵政改革がいかにデタラメで百害あって一利もなかった改悪であったことかが身に染みて分かります。
開国時に雪崩を打ってやってきた欧米人がすでに我が国で郵便事業を始めていたという事実。それも治外法権で日本国の行政の蚊帳の外、郵便や貨物が送られてきて、それを日本の代官所がチェックできない。何が運ばれてこようが欧米はいっさい日本の官憲の手配を受け付けなかったのです。それが麻薬であろうが武器であろうが日本の国内を堂々と流通して行く。さらに国宝であれなんであれ郵便の名目でなんであれ国外に持ち出すことが可能であるというこの事実。
これは不味い、と前島密は考えました。ここは日本である以上検閲はあってしかるべきでしょう。しかし、当時郵便制度もなく、飛脚に頼っている現状では大事な郵便も満足に届かない、江戸大阪ならまだしもそこから少し離れて兵庫だ姫路だというともう手紙はどこに行くのか当てもなく、行き先は飛脚に聞いてくれ状態では国の根幹も危ういではないか、と前島密翁は考えたのです。
そこから始まる郵便制度は物流の一大改革を伴って、やがて日本通運、日本郵船といった国策企業の誕生へと大きく発展してついには今につながるヤマト運輸や福山通運といった一大流通網の発展が日本を大きく変えていきました。
しかも前島翁は当時から現金の運搬も考えていたのですから驚かされます。
そうした長い歴史を断ち切って郵政民営化などと私たちを騙した小泉純一郎の悪行を改めて深く考えさせられてしまいました。民でできることは民で?民営化で郵便局は便利になりましたか?
国が自腹を切ってもやらなければならない事業はあるのです。警察を民間に移行して世の中が安定しますか?民間の軍事会社が国家を守りますか?利益の出ない国土防衛など民間の軍事会社がやる訳はありません。
今また農協の解体が小泉氏の息子さんの進次郎によって弄ばされていますが、私たちは小泉親子に騙されてはいけません。
前島密男爵は隠居後芦名に住まいを移して晩年を横須賀で終えたのですが、日本の郵便制度というものがこれほど素晴らしいものだとはこの本を読むまで知らなかったし、興味すらなかったのですから私もほんとうにバカでした。
comohouse at 20:51|Permalink│
2025年05月21日
建築のすすめ(学問のすゝめ、風に)
家を見て歩くのが好きです。
家を見る、建築をみる、それはまるで福沢諭吉の「学問のすゝめ」のように人は生まれながらにして平等であり、学問を通じて己を研鑽し、社会における自己の存在意義を高めることに似て、建築を知ることで心が豊かになるかもしれないし、世界をよりよく知る手立てになるかもしれないという希望でもあります。
普段から様々な家を見ていると「住まい」の良し悪し、足りないもの、過剰なもの、愛情深い家、冷たい家、寂しい家、暖かい家の必要条件が朧げにもわかってくるものなのです。
家は、建てたいと思ったその日にさて、どんな家を、と考えて思いつくものではないのですが、欲しいと思うと後先を忘れてしまうのも人間の悲しいサガです。
先日、Xで「ナチュラルハウス」についてちょっと触れたら一気に「ナチュラルハウス・ブック」のことが思い出されて久しぶりにページを繰ってみましたら、1990年代のことがあれこれ思いなされて懐かしかったですね。 出版されたのが1996年。バブルが弾け、いよいよ不況の長期化が顕になった頃、山一證券が倒産し、社長が涙の記者会見を開いたのが1997年でした。
コモハウスの方向性を系統立てて明らかにしたいと勉強に余念がなかった頃のことです。住まいを美しく彩るのは何が大事なことなのかと考え続け、それは素材を正しく調理することだ、しかし正しく調理するとは どいうことだろうかと分からないことだらけ。その時に出会った一冊の本、それが「ナチュラルハウス・ブック」だったのです。
まだオーガニックという言葉もなく、「自然素材の家」などという謳い文句もなかった頃、 私たちが目指した方向はまさにナチュラルハウスだったのです。
普段から様々な家を見ていると「住まい」の良し悪し、足りないもの、過剰なもの、愛情深い家、冷たい家、寂しい家、暖かい家の必要条件が朧げにもわかってくるものなのです。
家は、建てたいと思ったその日にさて、どんな家を、と考えて思いつくものではないのですが、欲しいと思うと後先を忘れてしまうのも人間の悲しいサガです。
先日、Xで「ナチュラルハウス」についてちょっと触れたら一気に「ナチュラルハウス・ブック」のことが思い出されて久しぶりにページを繰ってみましたら、1990年代のことがあれこれ思いなされて懐かしかったですね。 出版されたのが1996年。バブルが弾け、いよいよ不況の長期化が顕になった頃、山一證券が倒産し、社長が涙の記者会見を開いたのが1997年でした。
コモハウスの方向性を系統立てて明らかにしたいと勉強に余念がなかった頃のことです。住まいを美しく彩るのは何が大事なことなのかと考え続け、それは素材を正しく調理することだ、しかし正しく調理するとは どいうことだろうかと分からないことだらけ。その時に出会った一冊の本、それが「ナチュラルハウス・ブック」だったのです。
まだオーガニックという言葉もなく、「自然素材の家」などという謳い文句もなかった頃、 私たちが目指した方向はまさにナチュラルハウスだったのです。
土、鉄、漆喰、材木、石、陶器。
ゲル、法隆寺、桂離宮、パルテノン神殿、銀閣寺の荒びた風景。
わたしたちは小さな家づくりに臨むしがない建築会社に過ぎないけれど 、わたしたちが目指す建築は摩周湖のように深く、透きとおった永遠を顧みることができる木造の家。
きっとどこよりも美しく、どこよりも深い感動をおぼえる、そんな家づくりの遥かな道が銀色に輝いているに違いない。
それまで材木問屋から仕入れていた構造材を、山から直接仕入れることはできないだろうかと考え東濃檜と巡り合ったのですが、バブル後の不況の時代に山の産地もまた販路を問屋を通さずに広げたいという思惑と合致したのでしょう。
サッシも建具も断熱材も問屋を通さないことでより自由な選択が可能になったのも時代なのでしょうか。それまでのガッチリと組み込まれた流通の中では見えない世界があまりに多かったのです。
東濃檜だけではなく、断熱材をニュージーランドに求め、木製サッシの情報を遠くアルバニアやイタリア、アメリカにまで広げることができたのは インターネットのおかげでした。Windows95やiMacの爆発的な普及が後押ししてくれたのです。
ナチュラルハウスからの長い道のり。それらの素材を調理する職人たちとの出会い。組み込まれた流通は素材だけではなく、職人もまたそうした流通に組み込まれ、自由な出会いが阻まれていたのかもしれません。そしてそれは、家を建てたいと望むたくさんの人たちにも新しい世界を提供することになったのです。
では、わたしたちは、ナチュラルハウスの門口に立てたのであろうかと今は静かに自問して、そっと唇を噛み締めているのです。
comohouse at 13:03|Permalink│
2025年02月26日
生きのこる職人
大工の平均年齢をご存知ですか?
かなり高いだろうことは想像に難くありませんが、実は、大工に限らずはたらく現場はすべからくこの高齢化の危機に瀕しているわけですから大工だけをことさらあげつらっても仕方がありません。
かなり高いだろうことは想像に難くありませんが、実は、大工に限らずはたらく現場はすべからくこの高齢化の危機に瀕しているわけですから大工だけをことさらあげつらっても仕方がありません。
そう、大工に限りません。工務店だって、魚屋だって八百屋だって床屋だってパチンコ屋だってすべてか風前の灯なのです。まるで百年の孤独みたく、街はすべて一陣の風に呑み込まれて跡形もなく、あとにはただヒューヒューと冷たい風の音が渦を巻いて吹き荒ぶのみ。
この二十年三十年で消えてしまった職業。
肉屋、魚屋、レコード店、洋品店、八百屋、ケーキ屋さん。
風前の灯の職業。
パチンコ屋、本屋、文房屋さんに工務店にロックバンド。(笑)
さて、工務店はまだ生き残っているけれど、工務店であるだけでは生き残れない。住宅展示場という集客形態ももう直き滅びるかと思ったら意外としぶとく、30~40年前の行動形態が今も根強く、またわたしたち建築会社が住まいの魅力と家づくりの深淵について語ってこなかったことのツケが回ってきたのかもしれません。
住宅展示場は便利です。吊るしのスーツも良くなってオーダースーツなんていらない、というのと似ているのかしら。
二十年近く前、景気後退の原因が人口問題だと喝破した評論家がいましたが、当時は誰もその事に気が付かなかった。景気回復のための施策も人口問題に目を向けなければ解決はしない、と冷静に分析していましたがお名前は忘れてしまいました。
お説ごもっとも、しかし、景気回腹のための手はついに打たれなかった。
さて、レコードが売れなくなった(CDですが)。 CDなんて買いたいと思えるアーティストがいない。それも然り。家づくりも同じように建てたいと思うような建築会社がない。建てたい家のイメージがわかない。
大工の高齢化は後戻りはできません。これからはひとりの大工にすべて任せるのでなく、建て方大工、内装大工、仕上げ大工と分けて考えながら一棟の家を完成に導いていく、そうしたフレキシビルな考え方がこの時代には相応しいのかもしれません。
そして、それを可能にする工務店の差配。
大工の平均年齢は五十代?六十代?つまりは引退の世代。引退の世代が建築業界を引っ張っていく?
しかしまわりを見渡せば、ロック界の平均年齢だって決して若くはない。ポールもミックもボブ・ディランも八十代。ブルース・スプリングスティーンだって七十代後半。
ヨイヨイの爺さんがロックを奏でているんだから、大工だって高齢化なんて言ってられない。
そんなことを思っていたら、いやあ魂消(たまげ)ました。
「緑黄色社会」
そんなふざけたバンドが名前を上げて、これがまた素晴らしい。オリジナルな魂がある。
世の中捨てたもんじゃない。
ちょっとクランベリーズのドロレス・オリオーダンを思い出させるような、いやあ、楽しみですね。若い人がうらやましい。。
そう、やっぱり若い人が引っ張っていかなくちゃね。
comohouse at 17:38|Permalink│
2025年02月19日
あらためて断熱材についておさらいする
暑さ寒さも彼岸まで
さて、その春のお彼岸まであと一ㇳ月余り。今年の寒さは身に応えます。この時期になると考えてしまうこと、日本の住宅はなぜ断熱にこうも無頓着なのか?なぜ我慢してしまうのか?
日本人の特性?辛抱強いのはながいながい日本人の歴史と DNA の賜物?
そうかもしれません。しかしそこでもう少し掘り下げてみると、答えは意外と単純で、冬の寒さよりも夏の暑さのほうが堪えるから、兼好法師の昔から「住まいは夏をもって旨とすべし」。わたしたちの体にはこの「DNA」が骨身にしみて抜けないのです。そして、夏の暑さは建具を全開して風を入れたらいいじゃないか!そこで個室という発想は雲散霧消し、襖と雨戸で場を仕切るというこの生活習慣がわたしたちの国を覆ってしまった。耐え難き夏の酷暑の前では冬の寒さはドテラを着込むことで満足させられてしまった。実にこれが二千年以上はつづいたわたしたちの生活習慣病と言っても良い伝統だったのです。
しかし流石にここにきて夏の暑さは「団扇、風鈴、打ち水」だけでは如何ともし難い。耐えがたい暑さはエアコンで凌ぐ他には手がないとなると今度はエアコンの室外機の熱に覆われさらに街は熱帯化して、頭はぼーとして気合いでやり過ごすような次元を超えている。
しかし流石にここにきて夏の暑さは「団扇、風鈴、打ち水」だけでは如何ともし難い。耐えがたい暑さはエアコンで凌ぐ他には手がないとなると今度はエアコンの室外機の熱に覆われさらに街は熱帯化して、頭はぼーとして気合いでやり過ごすような次元を超えている。
さて、そこでわたしたちは考えなければなりません。そもそも住まいの質が、性能が悪いのではなかろうか?家ごと断熱することは出来ないのだろうか?いや、きっと出来るはずだ。
ピンポン!
ピンポン!
実は、日本最古の住宅、姫路市の近郊にあるその名も「千年家」はまさにこの発想で分厚い土壁と厚い藁葺の屋根でできた断熱住宅と言って過言ではありません。ただ、夏の暑さはしのげても冬の寒さはどうなのか?暮らしてみないことには何とも云えませんが、暖房すれば(囲炉裏や火鉢の事ですが)すぐれた能力を発揮しそうな気がしないでもありません。
さてしかし、そこに思いがいたるまでのなが〜いなが〜いわたしたちの道のり。冬暖かく夏涼しい家。それは決して無理な注文ではありませんでした。
優れた断熱材で家を建てればきっと冬暖かく、夏涼しい家が出来上がるに違いない。と、誰しも考えるようになりましたが、果たしてそうでしょうか?
断熱をその性能値だけで考えるのなら熱抵抗値のサイコーな商品を並べてくれば事足ります。気になる方はこちらをどうぞ。➡「コモハウスの標準仕様2025」
快適な住まいを考えるとき、その住まいの快適さを充分掘り下げなければ快適であることの方向性を間違えてしまいます。快適な住まいは断熱材だけでは解決しません。気密と換気、断熱と開放。
しかし、その前に、わたしたちはどのように暮らしを立てるのか?向き合うのは家族です。向き合うのは自分自身なのです。
しかし、その前に、わたしたちはどのように暮らしを立てるのか?向き合うのは家族です。向き合うのは自分自身なのです。
そうすると私は考えます。3LDK?それは何なのか?
玄関があり、ホールがあり、居間があり、食堂があり、トイレ洗面浴室があり、それからおもむろに個室が三室。これが私の望む家?そんじょそこらのどこにでもある伝説の3LDK 。これが家づくりの肝なのか?と。
家はそれでも良いけれど、住まいはそれではすまされない。「住まい」はすぐれて人間的です。住まいは家という箱に魂を注ぎ込むものなのです。だからこそ住まいをもっと美しく拵えなければなりません。
断熱性能はその結果もたらされるもので、断熱性能を上げるために住まいを創造するわけではないというこのあたりまえのことに気が付かないと家は一瞬にして朽ち果ててしまいます。
さて、古い、寒い我が家もあまりお金をかけずに暖かくすることが できるのをご存知ですか?
先日我が家の居間のレースのカーテンが紫外線でいよいよダメになり新調しようということでカーテン屋さんを訪れました。
接客してくれた女性がカーテン生地の長さのことで確認しますということで説明をしてくれたのですが、丈はいかがしますか?通常は床から1cmか2cm短くして裾の汚れを回避するのですがどちらがよろしいですか?1cm、2cm?
丈と幅は私が測ってきて指定したのですが、「いえ、このままでお願いします。この寸法は実際より3cmくらい長いんですけどカーテンは隙間なく窓を塞がないと冷気が入って役に立ちませんからこのままで」と説明すると、彼女、よくご存知ですね、そうですね、その通りですね、と。
うん、彼女はわかっている、しかし、それを説明しても なかなか理解されないのでしょうね。それよりも日本人は裾の汚れを気にするのだと。
断熱は今時の建築屋さんなら一通りの説明はどこでもしてくれます。R値を勉強すれば誰でも断熱材のエキスパートになれます。
しかし、住まいづくりは断熱のために作るのではありません。
温めるのは体だけではなく、なにより心なのだとわたしたちは思うのです。
断熱性能はその結果もたらされるもので、断熱性能を上げるために住まいを創造するわけではないというこのあたりまえのことに気が付かないと家は一瞬にして朽ち果ててしまいます。
さて、古い、寒い我が家もあまりお金をかけずに暖かくすることが できるのをご存知ですか?
先日我が家の居間のレースのカーテンが紫外線でいよいよダメになり新調しようということでカーテン屋さんを訪れました。
接客してくれた女性がカーテン生地の長さのことで確認しますということで説明をしてくれたのですが、丈はいかがしますか?通常は床から1cmか2cm短くして裾の汚れを回避するのですがどちらがよろしいですか?1cm、2cm?
丈と幅は私が測ってきて指定したのですが、「いえ、このままでお願いします。この寸法は実際より3cmくらい長いんですけどカーテンは隙間なく窓を塞がないと冷気が入って役に立ちませんからこのままで」と説明すると、彼女、よくご存知ですね、そうですね、その通りですね、と。
うん、彼女はわかっている、しかし、それを説明しても なかなか理解されないのでしょうね。それよりも日本人は裾の汚れを気にするのだと。
断熱は今時の建築屋さんなら一通りの説明はどこでもしてくれます。R値を勉強すれば誰でも断熱材のエキスパートになれます。
しかし、住まいづくりは断熱のために作るのではありません。
温めるのは体だけではなく、なにより心なのだとわたしたちは思うのです。
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2024年11月23日
近頃のトレンド
建築工事もすっかりその様相が変わってしまいましたが、それはジワリと、しかし確実に。
あの山に登るんだ。 あの山の頂に国旗を立てるんだ。その情熱。ある時は損得抜きで一心不乱に技量の限りを尽くす。建築会社もお客様の言うなりにはならず、住まいの本質を目指す。
もう後戻りはできない。
やはり経済の失速がこの業界の仕事のあり方を変えたと言って良いのでしょうか?まず若い人が建築業を敬遠する。ものづくりの楽しさの前に効率という足枷が邪魔をして良いものを作りたいという職人の情熱を冷やしてしまった。
昔から職人になる人間は職人にでもなるか、という安易な気持ちからこの世界に足を踏み入れる人が多かったものです。先生にでもなるか、という戦後の一時期の流行とそれほどの違いはないのですが、違っていたのはやはり置かれる環境の厳しさでした。
教えてくれない。自分で覚えろ、があたりまえの世界。しかもその中身は深く、深淵と言ってもいい。職人は思考の世界です、考える世界です。手に職を持つ、とよく言いますが、それは手が考えるようになるまで自分を追い込むという理不尽な世界とも紙一重なのです。
そこまで自分を追い込むその動機はなんだろう?と考えてみると、、、
それはやはり良いものを作りたいという向上心の現れ?いいえ、それだけではなく、これまで連綿と作りつづけられてきたこの世界の永い歴史が指し示す頂き、というものがあるのでしょう。
それは例えば法隆寺、例えば関の孫六、例えば名もなき漆塗りの一品であったりもする。目を開けばそこここに転がっている珠玉の名品が職人を奮い立たせる。しかし、それはあくなき苦闘の世界。そこを耐えて耐えてその先にある栄光、しかし、それは誰も褒めてはくれない。一人己が納得し、密かに自分を褒めてやり、そしてそのささやかな喜びが明日の自分につながる。
そんな職人の世界に憧れる人は少ない。
今や職人は速さを競うアスリートの世界に近くなってきました。早く終わらせ、次の仕事が俺を待っている。稼ぐということはとても大事なこと。家族を養うためには犠牲にしなければならないことがある。
永い歴史が示す頂をそっと脇に押しやって、これも建築と納得すること。そんな職人の世界に憧れる人は少ない。
今や職人は速さを競うアスリートの世界に近くなってきました。早く終わらせ、次の仕事が俺を待っている。稼ぐということはとても大事なこと。家族を養うためには犠牲にしなければならないことがある。
とはいえ、私たちの周りで働く若い衆はそれでもまじめにコツコツと仕事に励んでいる。目指す頂がないのはオレのせいじゃない。そう、それは職人のせいではなく、違うのは、全体の目指す方向がはっきりと指し示されない、という不幸のせいなのでしょう。
あの山に登るんだ。 あの山の頂に国旗を立てるんだ。その情熱。ある時は損得抜きで一心不乱に技量の限りを尽くす。建築会社もお客様の言うなりにはならず、住まいの本質を目指す。
嗚呼、しかし、そんなうるさい建築会社は誰も求めない。 いや、しかし、、、
comohouse at 11:26|Permalink│
2024年09月29日
秋でもないのに(秋かしら?)
秋が待ちどうしい、、、
昨日今日と少しづつ秋の気配。彼岸の秋はやっぱり彼岸。先日の彼岸の中日には津久井の東漸寺に行ってきました。知人が眠っているわけでもなく、段々のお墓を登ったり降りたりして、心知らずに厳粛な気持ちになるのも不思議な気がします。人は、古の心に思いを馳せるとき、心が安らぐものかもしれません。
心やすらぐ家づくり。これはコモハウスの永遠のテーマです。いにしえの心に通じる思いがわたしたちに安らぎを与えてくれるのかもしれません。
「旧築提案」
私どもの建築会社としてのキャッチフレーズ「旧築提案」とは、旧いいにしえの建築、古びた材料をとうしてお父さんやお母さん、おじいさんやおばあさんに繋がりたいというテーマでした。
「住まいはもっと美しくなる」
それもまた、美しい住まいは一人屹立してあるのではなく、人と人の思いがつながることで更に美しくなるのではないか、と考えるのです。
さて、住まいづくりについて近頃つらつら思うこと。
住まいに手をかけるということがむずかしい時代になってきました。熟練の大工がいない。職人がいない。納得するまで自分を追い込む職人がいない。しかし、ああ、それも宜なるかな。
すでに今の若い人は住まいに対して高い理想を追い求めていないのかもしれません。
家ってこんなもの?
これくらいでいいんじゃない?
ありがたいことに当社で住まいづくりに勤しむお方は総じてこだわりが強い。それは突き詰めて言えば自分の人生に妥協したくない、という心の現れなのでしょう。
わたしたちが追い求めるものは一貫して美しい住まいづくりなのですが、その美しさは千差万別、百人いれば百通りに美しさがある。美しさに優劣はあるのだろうか?
あると思います。しかも百通りの美しさもそこに通底する美しさの基準は実は寸分違わない。
その美しさを追い求めること。美しさとは実は千差万別ではなく、たった一つの基準があるのみなのです。
その基準を力づくで追い求めること。生半可な理想では到達しない美しい住まいづくり。
コモハウスはお約束します。
美しい住まいの実現を。
comohouse at 16:28|Permalink│
2024年08月31日
結婚にまつわるたったひとつの条件
「ああ結婚」
ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ。
わたしたちの時代では平成天皇と美智子様のご結婚がおさな心にも鮮烈な印象がありますが、ダイアナ妃とチャールズ皇太子のご結婚も印象的です。
が、しかししかし、そんなことよりも自分の結婚のほうが鮮烈だろう、とはあたりまえの話ですがまずそれが一等最初でなければ人生なにかが狂っていると揚げ足を取られてしまいますね。😁
そう、結婚。
人生はひとりでは生きられない。生きられるかもしれないが、あまりにもやるせない。共に人生を歩むには何か決定的な瞬間がなければならない。しかし、そうは言っても人生は往々にして単純なもの。
人生はひとりでは生きられない。生きられるかもしれないが、あまりにもやるせない。共に人生を歩むには何か決定的な瞬間がなければならない。しかし、そうは言っても人生は往々にして単純なもの。
いつも花ばかり送ってつまらないのですが、人生もまた、単純なものなんですね。
これはハイネの言葉だったか?
単純な人生。
しかし私たちは単純であることを笑えない。波乱万丈の人生は傍目には面白そうでも当人にとっては波間で翻弄される小型船のようにぐうらぐうらと船酔いののような人生であることはなかなかに骨が折れるもの。
さて、シンプルであること。シンプルと味気無いはまた違う。
味気ない結婚生活というものも一方にはある。噛んでも噛んでも味が染み渡る。そんな結婚を夢見るにはお互いの相性が決定的である。
この相性というものを深く考えて見るにつけ、なかなかに一筋縄ではいかない。
男と女の相性は、突き詰めて言えば謝ることだとわたしは思うのです。結婚生活は二つの異なる個性のぶつかり合い。ついつい腹をたてること、行き違い、娯解、思い過ごし、疑念。
わたしたちは小さな個性。ちいさな人格。ちいさき人。
相手を思いやれば何事につけまずは自分から謝ること。結婚生活は勝ち負けではない。相手の嫌がることをしてしまうのが自分。相手だって心ならずも嫌なことをしてしまう。だから、最初に謝ったほうが勝負は引き分け、引き分けに持ち込むことが結婚生活の大事な要諦。
さて、そんなわたしもまた、一度とならずつまらないことで腹を立て、家内を悲しませたことがあります。その深い反省の上に立ってこんな事も言えるのですが、いつも花ばかり送ってつまらないのですが、All my loving そう、花すら送らない人生はさらに単調でつまらない。
comohouse at 22:58|Permalink│
2024年06月16日
リフォーム工事は今が佳境
数年前に新築工事を請け負わせていただいたお客様のご実家のリノベーションです。
さて、すべての道はローマに通ず。
お客様が子どもの頃に暮らした二階二部屋プラスに台所、トイレ、洗面台をまとめて2Kプラスユニットバスを付けて賃貸住宅に貸し出そうという計画です。
一階はこれまで通りお客様のご家族が利用するとして、さいわい二階が外階段で別になっています。
築四十年以上の住宅ですが平屋として建てられたその後に下駄を履かせて二階を載っけた住まいですから水道ガスが結構複雑です。
さて、すべての道はローマに通ず。
昔の建築は手が込んでいます。毀すのもなかなか容易じゃない。壁はすべてが真壁、そうして内壁はことごとく左官仕上げ。間柱はなく、貫で拵えた壁はなかなか頑丈で、左官の下塗りも厚くしっかりと拵えてあります。
つくづく昔の建築の頑健さに頭が下がります。
下地材も太く、しみじみ現在の木造工法とは違ってしまったものだと思いますが、現在の建築にはまた違った意味で頑健さが備わっているので一概にはどうこう云えません。ただ、昔の大工さんはテニヲハに忠実であったとは言えそうです。
今では大工も修行の機会が少なく、なにより建築基準法の厳格化で増築がほとんど不可能、増築がないと大工も勉強する機会がありません。腕を磨こうにもいきおい機械に頼った「ゲンゾウ大工」に向かうのも宜なるかな。
ああ、そうか。何事も、千里の道も一歩から。
さあリフォーム工事、今週が佳境です。
comohouse at 17:29|Permalink│
2024年05月11日
底をつく大工
日々これ精進とは云えども精進する建築工事がすでに人の手を離れようとしている。
建築工事はこれからますますプレファブ化していくのではないか。
建築工事はこれからますますプレファブ化していくのではないか。
職人不足はわたしたちの住まいを画一化し、人の手を離れて中性化するのではなかろうか?
今更職人気質と言ってもすでに手遅れ。
いつでしたか、あのホリエモンが寿司職人をして、寿司を握るのに十年修行するのは馬鹿と言って憚らず、職人の修行の価値を貶めたときは心底驚き以外の何物でもありませんでした。
彼にとって、職人はすでに無用の長物だったのでしょう。
それは職人の本質を見誤っているからで、職人の対価を金銭でしか測れないから技術の深淵について思いが及ばないのです。
職人はお米を握るときにすでに何物かを感知している。この握り方で良いのだろうか?手に水を浸したとき、少し水分が多いのでないか?それがなにか寿司の旨さに影響するだろうか?
職人は考えるのです。そんなつまらないことにも技術の進歩はあるかもしれない。ないかもしれない。今日より明日のほうがうまく握れるかもしれない。
大工もまた考えます。
ノコギリの使い方は切って切ってまた切って、木に触れ、木に向かい合い、そうして少しわかる時がある。わからないときもある。
しかし、職人仕事もまた株価のチャートを見るように、日々その素材は違っている。
職人仕事を偉大です。昨日と今日の間に違いはないけれども、いえ、違いは微差であるけれども、その違いに思いを馳せる人間はすでに昨日と違っているのです。
そうして極める世界がある。
お金の問題ではなく、お金を超越した技術の深淵がある、信念がある。
美しさはすでにその深淵の縁に宿っている。それを職人は手にしたいと念じているのです。
建築行為はそうした人々の孤独な戦いのはてに薄っすらと見えてくるものなのです。
機械も道具も携えて、たわからこそ勤勉にとって硬すぎる壁はないのです。
そう、わたしたちは信じている。
さて、今日もフラメンコです。
先日ご紹介したローレ・モントーヤの若かりし日々。
あのアラブ歌謡を熱唱したローレのフラメンコです。
comohouse at 17:38|Permalink│
2024年03月18日
転勤の季節だッ(恋の季節)?
三浦海岸では河津桜もすでに葉桜、一時の活気もとおに去り、京急沿線沿いの桜通りも静かな様子を見せはじめると、さて卒業シーズンがやって来ます。かと思うと転勤の報せも届いてお世話になった営業マンが去り、また新しい若い人が赴任してあらたな出会いがあります。
人の移動は新鮮な刺激をもたらしてくれますが、近頃あれこれと商品選びにあちこちからカタログを取り寄せ、ふむふむ🤨えっ?こんな商品があるんだと、これもまたびっくり仰天、アンテナを錆びつかせてはなりませんな、と、暫し反省。
商品開発も生き馬の目を抜く激しい闘いがあるもんです。
設備機器と云えばTOTO、INAXの時代が当たり前に永くつづき、ほかを探してみるかという情熱もなく、せいぜいが輸入品を当たるくらい、しかしまてよっと、改めて足元を探ってみると新たな視点で商品開発に取り組む弱小メーカーがいろいろあるもので(失礼な物言いでごめんなさい)、そのコンセプトをみると目から鱗。なるほどと思ったり、目は付け所なんですね。
そうかと思えば昔からある輸入サッシと云えばアメリカ製のアンダーセン。
以前は大手商社が手掛けていたのが次々と撤退、あらたに参入した地方の商事会社がチョット目線を変えて売り込みをかけます。その視点もまた同じものを売るにしても付加価値の付け所が違うものです。
建築の世界もいつまでも自然素材だ、無垢だ、手作りだでアピールしても時代はすでに先を行っている。
そんなことは当たり前、その先のストーリーを切り開かないことには誰も関心を持たない。
時代に迎合するのではなく、時代を先取りしつつ新たな価値観を提示する。生やさしいことではないけれど、この新たなストーリーが建築の地平線を切り開くことになります。
さて、それは奈辺にあるのだろうか?
それは家族にこそあります。
家族の構成の変化。家族の価値観の変化。もしかすると夫婦のあり方の変化にこそあるのかもしれません。
一世を風靡したあの「二世帯住宅」も家族の構成に目をつけた商品開発であったのかもしれません。
comohouse at 05:49|Permalink│
2024年02月02日
What'd I Say
三浦市内に最近できた古本屋さん。メインストリートにあるわけでもなく、山のように本が積まれてあるわけでもなく、自分の好きな本だけをならべてこじんまりと、控えめに。その潔い覚悟がこの空間に満ちている。まだ若い、三十代? 本好きにはたまらない背表紙の色褪せた佇まい。こういうお店を開きたい、というその願望を叶えてしまう。古家を借り、シンプルに徹した内装から彼、彼ら(ご夫婦)の生活が垣間見える。その古本屋さんの名前は「汀線」さん。ご興味がおありでしたら覗いてあげてくださいな。→ 三浦市南下浦町菊名493
当社も負けず劣らず本好きが昂じてショールームを「三浦文庫」と名付けてジャンルに構わず好きな本だけ並べています。一に建築二に読書。しかし、良い家を建てるのなら、「一に読書、二に建築」かな。そう、住まいは無造作に建ててはなりません。自分と家族を見つめるなかでほんとうに建てたい家が見つかるでしょう。そのためにも読書に励み、己を磨き、自分を見つめてふさわしい住まいの佇まいを手に入れることです。
さて、そんな年初の新しい人々の発見も素敵でしたが、一昨日は市内に住むという若者がお昼時、ひょっこり訪ねてきました。ちょうど昼食時だったのですが、「本をみせてもらってよろしいでしょうか」と聞かれてノーとは言えない。笑
若いご夫婦で、たまたま書棚の小野洋子さんの本を見つけたことからビートルズの話になり、そこから会話があっちいったりこっちいったり。若い奥さんの実家が高知県で、父親が大工さんだったり、実はその彼も大工になりたいと仕事を探しているという話し。
あいにくウチでは未経験の大工志望者を抱える余裕がなく、話しを聞くほどに応援してあげたい気持ちが募るですが、勢いだけで人を抱えるわけにもいかず。
ただ、その、なんと言うか、What'd I say . そう、レイ・チャールズの心境と言えば言えなくもない。
思わず熱を帯びた建築談義に発展したのもこの若いふたりの真摯な姿勢の為せる技。
帰りしな、若い奥さんのお腹が心なしかふっくらして、そうか、おめでた?
自分の息子より若い二人を、なんだか愛おしく、思わず抱きしめたい心境にかられたのも不思議とありがたいものだなあ、と、うん、うん、ありがとう。
当社も負けず劣らず本好きが昂じてショールームを「三浦文庫」と名付けてジャンルに構わず好きな本だけ並べています。一に建築二に読書。しかし、良い家を建てるのなら、「一に読書、二に建築」かな。そう、住まいは無造作に建ててはなりません。自分と家族を見つめるなかでほんとうに建てたい家が見つかるでしょう。そのためにも読書に励み、己を磨き、自分を見つめてふさわしい住まいの佇まいを手に入れることです。
さて、そんな年初の新しい人々の発見も素敵でしたが、一昨日は市内に住むという若者がお昼時、ひょっこり訪ねてきました。ちょうど昼食時だったのですが、「本をみせてもらってよろしいでしょうか」と聞かれてノーとは言えない。笑
若いご夫婦で、たまたま書棚の小野洋子さんの本を見つけたことからビートルズの話になり、そこから会話があっちいったりこっちいったり。若い奥さんの実家が高知県で、父親が大工さんだったり、実はその彼も大工になりたいと仕事を探しているという話し。
あいにくウチでは未経験の大工志望者を抱える余裕がなく、話しを聞くほどに応援してあげたい気持ちが募るですが、勢いだけで人を抱えるわけにもいかず。
ただ、その、なんと言うか、What'd I say . そう、レイ・チャールズの心境と言えば言えなくもない。
思わず熱を帯びた建築談義に発展したのもこの若いふたりの真摯な姿勢の為せる技。
帰りしな、若い奥さんのお腹が心なしかふっくらして、そうか、おめでた?
自分の息子より若い二人を、なんだか愛おしく、思わず抱きしめたい心境にかられたのも不思議とありがたいものだなあ、と、うん、うん、ありがとう。
こんな気持ちになることは滅多にない。
comohouse at 14:16|Permalink│
2024年01月07日
あたらしい人
早いもので新年も今日で七日。七草粥をいただくまでに進んでくると春はもうすぐそこまで。
えっ?ちと早すぎますか?😁
秋の七草は山上憶良。憶良の歌にあるように、なくて七癖、転んで八島。(ナンノコッチャ?)
秋の野に咲きたる花をおよびおり かき数ふれば七種の花(ななくさのはな)
万葉集の歌はそのリズムが素晴らしいですね。古今かぎらず詩歌は声に出して口ずさむところにその醍醐味があります。現代は不幸なことに流行り歌から見捨てられた時代。昭和の歌謡曲や50年代のロックンロール、60年代のポップス、70年代のロック。歌は世につれ世は歌につれ。デジタルの時代はAIの時代を経てわたしたちは何に自分を映せば良いのか?分からない。
万葉集の歌はそのリズムが素晴らしいですね。古今かぎらず詩歌は声に出して口ずさむところにその醍醐味があります。現代は不幸なことに流行り歌から見捨てられた時代。昭和の歌謡曲や50年代のロックンロール、60年代のポップス、70年代のロック。歌は世につれ世は歌につれ。デジタルの時代はAIの時代を経てわたしたちは何に自分を映せば良いのか?分からない。
分からないのは信じるものが無いからなのか?
若かりし頃、よく詩歌を声に出して読んだものです。アルチュール・ランボー、中原中也、寺山修司、アポリネール。
さて、今日は春の七草、秋の七草の副産物ではあるまいに春の七草は七草粥。
セリ、なづな、ハハコグサ、コハコベ、シソ科のホトケノザ 、キク科のコオニタビラコ、「すずな」はカブ、「すずしろ」はダイコン。
これらをお粥にして、そうね、梅干しを添えてしずしずといただく。ああ、日本に生まれてよかった。
七草粥に無病息災を願う。
しかし日本人はいつでもどこでも何にでも願いをかける。路傍の石にも手をあわせ、何を叶えたいのかわからないが、手を合わせることが大事なような気がする。
では、コモハウスは今年は何を願うのか?
美しい住まいづくりに終着駅はない。どこまでも、どこまでも、見上げるだけでは美しい住まいには手が届かない。
いつまでも、いつまでも。見上げなければ美しい住まいには近づけない。
コモハウス・モバイルサイトへ
いつまでも、いつまでも。見上げなければ美しい住まいには近づけない。
コモハウス・モバイルサイトへ
comohouse at 18:25|Permalink│
2023年12月30日
師走の風、人生の風
師走の風が身体に響く。冷たい。
冷たくしないで。これはエルビス・プレスリー。
今の人はもちろんエルビスなんて知らない。
エルビスが歌手で、まさに元祖スーパースター。わたしたちはそんなでっかい存在に常に癒されてきた。こんなことを思うのも、世の中に大きなコアがなくなってしままったなあ、という感慨、いや、慨嘆か?
エルビスしかり、長嶋茂雄しかり、王貞治、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木しかり。サルトル、カミュ、三島由紀夫。大鵬、柏戸、アラン・ドロン、畑は違えど田中角栄、そして極め付けはビートルズ。
エルビスしかり、長嶋茂雄しかり、王貞治、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木しかり。サルトル、カミュ、三島由紀夫。大鵬、柏戸、アラン・ドロン、畑は違えど田中角栄、そして極め付けはビートルズ。
数えあげれぼ綺羅星のごとくならぶその道のスーパースターたち。それはわたしたちの人生のお手本と言ってもいい。
お手本を横において、真っ白い和紙に文鎮を置き、筆をかまえ、筆先に墨をはしらせる。お手本通りにはいかない。字をまっすぐに引けない。そこから駄目。
線をまっすぐに引けない。しかし、線をまっすぐに引くには思いの外技術が必要なことにわたしたちは気がつかない。
「線をまっすぐに引くには十年かかる」といったのはパブロ・ピカソ。
さらに彼は、
さらに彼は、
「子どものように自由に線をはしらせるにはさらに十年かかる」と言ったような?
わたしたちの仕事に即して言えば、ノコギリを真っ直ぐ挽くには十年かかる。
のこぎりで自在に切り刻むには二十年かかる、かしら? ほんとうに。
なにごともプロの世界は極北の氷の壁のように高く、厳しく、近寄りがたい。しかし、
なにごともプロの世界は極北の氷の壁のように高く、厳しく、近寄りがたい。しかし、
「勤勉にとって硬すぎる壁はなく、勇気にとって近寄りがたい深淵はない」ノーヴァリス
今年は今更ながらにこの仕事のむずかしさを胸に刻んだ日々はなかった。圧倒的なお手本はもうわたしたちの周りには無いのだろうか?
今年は今更ながらにこの仕事のむずかしさを胸に刻んだ日々はなかった。圧倒的なお手本はもうわたしたちの周りには無いのだろうか?
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
今からでも遅くはない。古の歴史に学び、古建築の優美さに近づきたい。
今年もお世話になりました。
一年はあっという間。一年の計は元旦にあり。明日は総決算のお正月。さて、おつりはくるでしょうか?来る年が皆様にとって良い年でありますように。
新年九日からの仕事始めです。
comohouse at 23:03|Permalink│
2023年09月30日
再録:思案投首
実はこのブログ、四年前の10月に投稿した記事の焼き直しです。いえ、焼き直しどころかそっくりそのまま再録です。なんでそんなことをするかというと、前回の「秋でもないのに、、、」を投稿したあと偶然この昔の投稿が目に入り、「な〜んだ、おれってちっともかわっていないんだな〜」笑
いやはや三つ子の魂百までも。人は変わらない、変われない!そんな実例を一つ笑ってやってくださいな。
いつでもそうなのですが、最初にお客様とお会いしていろいろなご要望をお聞きして、住まいにかける思いを聞くにつけ、「さて」と、思い悩むことになります。
残念なことに、コモハウスはなんでもできる建築会社ではないのです。
何にもできない建築会社、という方が当たっているかも??? そう。とても器用な建築会社とは呼べない、だからと言ってけっして不器用ではないのです。やろうと思えばなんでもできる。およそコモハウスの辞書に不可能の文字はない。笑
それなのに、それなのに、私たちは会社の間口を広げたくないのです。むしろ間口を狭めて深い地点にたどり着きたい、と思うのです。あぁ、な〜んて一人悩ましく身悶えしても、所詮会社の本質は変わらない?(笑)。。。。。
それなのに、それなのに、私たちは会社の間口を広げたくないのです。むしろ間口を狭めて深い地点にたどり着きたい、と思うのです。あぁ、な〜んて一人悩ましく身悶えしても、所詮会社の本質は変わらない?(笑)。。。。。
あれもダメ、これもダメ。あれはやりたくない、これは嫌。会社の「ポリシー」と言えば聞こえは良いのですが、やりたくないことが多すぎる昨今の住まいづくりの「常識」が気に入らないのですね。
そう、例えば、庇のない家づくり。これはまあ、どうしたことでしょう。すっきりしたデザイン?小洒落た洋風の住まい?まるでスペインか地中海の青い海、青い空に真っ白い外壁?
もうダメです。これはいちばん避けたい住まいづくりですね。(ご免なさい、私も昔そのような家を作ったので大きな顔はできませんが、)
もうダメです。これはいちばん避けたい住まいづくりですね。(ご免なさい、私も昔そのような家を作ったので大きな顔はできませんが、)
スペインが大好きな私としては、まずその、彼我の風土の違いをよくよく考えて欲しいと思うのです。ドン・キホーテは傘を持たない。サンチョ・パンザは長靴を履かない。そう、ラ・マンチャに雨は降らない。軒がなくとも、庇がなくとも、雨で外壁が汚れる心配はないのです。外壁に雨が当たると当然汚れます。私たちのお国では、家にとっては雨は天敵。軒はできるかぎり延ばした方が良い。ひさしはできる限りあった方が良い。
その外壁でどうしても避けたいのは窯業系サイディングと呼ばれる外壁材です。建築は素材です。何を、どこに、どう使うか?頭を捻るのは、その素材の生かし方ひとつにかかっています。そして、その素材はできる限り自然の素材が望ましい。劣化に耐えうるのは自然の素材に限るのです。もちろん自然の素材も退化します。後退します。人が歳を重ねて髪の色が白くなり、シワが目立ち、シミができる。それでも人は歳を重ねることで増す魅力があるはずです。人生に重ねたシワの一本一本に経験のふかい刻印が刻まれる。
だからこそ自然の素材は人にいちばん近い素材と言えるかもしれません。劣化した工業製品は、残念ながら見るに耐えない。
もう一つやりたくない素材に「キッチン・パネル」があります。タイルでは目地が汚れて嫌だ、と言われる方がいらっしゃいます。そう?目地は汚れるものです。目地に限らず、住まいは汚れやすいものです。キッチン前だから、タイルだから、そうでしょうか?そうかもしれません。しかし、だからこそ、住まいをいつまでも美しく手を入れたくなる、そんな愛される住まいづくりこそが私たちの最大の課題なのです。
磁器タイルの美しさは台所を彩るもう一つのアイテムです。スペインや北アフリカのモロッコなど、まさにタイルの故郷と呼んでもいい。色鮮やかなタイル、滋味豊かなタイル、何を選んでも絵になるその素材。ま、そういったお話をして、それでもキッチン・パネルを選ばれるのならそれはそれで必然なのでしょう。
様々な素材を駆使して住まいはその骨格を表します。
彼ら、彼女らが新築されたその真新しい住まいに落ち着いた時、そんな彼らに深い感動を与えることができるだろうか?彼らの要望を聞き入れて住まいを拵えてみても、それは「良い住まい」にはならない。
もちろん、彼らが満足するならそれで良い。と、そう単純に思えるのなら、建築会社はやらない。
そう。私たちには「抽斗」が限られている。限られた「抽斗」を最大限に生かす術を私たちは心得ている。
comohouse at 16:22|Permalink│
2023年07月15日
夏の建築、あれやこれや
一気に暑さが増したこの一週間でした。
お天気に右往左往されずに仕事が進められるのはありがたいことですが、突然の夏は迷惑でしょうか?笑
さても仕事はコツコツコツコツ。コッツウォルズに負けるなまけるな。
外壁は細かい部位を除いておおむね終了です。
左官壁は西洋漆喰パヴィスタンプの「ローブル」色と「グラファイト」。
実はもう一色、西側のロフトの窓の周りに「タバコ」も使っています。
これがなんだか「深窓の令嬢」か?
細かい内部の造作が進みます。
これはこれはの連続ですが、千里の道も一歩から。
大工が頑張る。
comohouse at 09:33|Permalink│
2023年02月10日
人生の不意打ち
なにごとも思い通りにはならない。
朝起きるとすべてが薔薇色で、マベビベビバラバラ!
朝目が覚めて、幸せを噛みしめる。そんな人生にいちどでいいから お目にかかりたい。噛みしめる程に惨めな自分もいやですが、薔薇色の人生も楽しいのかしら?
バラ色でもなんでもないけれど、昨日発売された週刊文春。
ついに出た。安倍首相暗殺事件の闇。
題して「疑惑の銃弾」。
このでたらめな暗殺事件の報道が覆され、真実が白日のもとにさらけ出せればと願うばかり。
しかし、往々にして真実は恥ずかしり屋さん。
はたしてわたしたちの国は独立国たり得るのか?
これは正念場。
もしかすると、これは最後の正念場。
朝起きるとすべてが薔薇色で、マベビベビバラバラ!
朝目が覚めて、幸せを噛みしめる。そんな人生にいちどでいいから お目にかかりたい。噛みしめる程に惨めな自分もいやですが、薔薇色の人生も楽しいのかしら?
バラ色でもなんでもないけれど、昨日発売された週刊文春。
ついに出た。安倍首相暗殺事件の闇。
題して「疑惑の銃弾」。
このでたらめな暗殺事件の報道が覆され、真実が白日のもとにさらけ出せればと願うばかり。
しかし、往々にして真実は恥ずかしり屋さん。
はたしてわたしたちの国は独立国たり得るのか?
これは正念場。
もしかすると、これは最後の正念場。
comohouse at 09:55|Permalink│
2023年01月30日
愛情一本、ヴェテラン・ロッカー
時代はまるでメリーゴ〜ラウンド。
わたしたちが古臭いと思っていた古(いにしえ)の流行が若い人には新鮮な美しい仕上げに見えてくる。
なんでも巡り巡ってあたらしい感性が違った魅力を引きずり出してくるものです。
私もいつの間にか、この世界ではベテランと呼ばれる立場に立つ世代。ベテランというキャラクターを演じる立ち位置にいますが、居心地はすこぶる悪い。笑
どの世界でも新しい感性が足元に忍び寄って、うかうかすると弾き出されてしまう。若い感性は古い屍を乗り越えていきます。いえ、け散らかされていく、と言った方が適切か?どうか?
新しい視線が古い地平線を押し広げ、新しい世界を指し示すのです。
さて、そこで、ベテランは自分の役目を終え、静かに消え去るのが正解でしょうか?
否。建築は古い感性が経験に裏打ちされて、まるでカンナをかけるように瑞々しい若さを取り戻すことができる稀有な世界でもあります。
住まいは人間に似ています。皺ができ、白髪が生え、人生を語るように静かに手を取ることができる、そういう大事な 役割が建築にはあるのです。
優れた建築家は晩年にこそ傑作を残します。住まいには、その建築にたずさわる者たちの人生が投影されます。オーナーと建築会社のコラボレートが住まいをかけがえのない唯一無二の立ち位置に押し上げます。
住まいはもっと、もっと美しくなる。コモハウスはいつだってそう考えているのです。
私もいつの間にか、この世界ではベテランと呼ばれる立場に立つ世代。ベテランというキャラクターを演じる立ち位置にいますが、居心地はすこぶる悪い。笑
どの世界でも新しい感性が足元に忍び寄って、うかうかすると弾き出されてしまう。若い感性は古い屍を乗り越えていきます。いえ、け散らかされていく、と言った方が適切か?どうか?
新しい視線が古い地平線を押し広げ、新しい世界を指し示すのです。
さて、そこで、ベテランは自分の役目を終え、静かに消え去るのが正解でしょうか?
否。建築は古い感性が経験に裏打ちされて、まるでカンナをかけるように瑞々しい若さを取り戻すことができる稀有な世界でもあります。
住まいは人間に似ています。皺ができ、白髪が生え、人生を語るように静かに手を取ることができる、そういう大事な 役割が建築にはあるのです。
優れた建築家は晩年にこそ傑作を残します。住まいには、その建築にたずさわる者たちの人生が投影されます。オーナーと建築会社のコラボレートが住まいをかけがえのない唯一無二の立ち位置に押し上げます。
住まいはもっと、もっと美しくなる。コモハウスはいつだってそう考えているのです。
comohouse at 11:39|Permalink│
2023年01月16日
地盤は大事 地球も大事
思えば昔は地盤調査なんぞあらためてなかった。ズブズブの田んぼに家を建てないかぎり、地盤は良いものと相場が決まっていた。根拠もなく、家を建てる人の絶対数が少なかったことも在るのでしょう、それに昔はそもそも平屋が多かった。ウワモノが軽いから心配するほどのこともなかった。
あのバブルの真っ盛りの最中でも、設計士が地べたに棒を突き刺して、「大丈夫!」。なんて言ってたものですからお里が知れる。しかし、あのバブル期の狂乱の中でついに家が傾いた、床のゴルフボールが勝手に転がっていく、引き戸が閉まらない、滑りが硬い、要は、不同沈下の問題がにょきにょきと頭をもたげてきたというわけです。
そりゃあそうです。日本人は時々くるったように血眼になって、ハメルンの笛に導かれて見境がなく狂奔する性格がある。このときは猫も杓子も家々家。理由はない。隣が建て替えるから建てるんだ。金利だってこれだけ低いんだ、今が旬だろう。?
それだって立派な家づくりの動機。はて、面妖な?
土地がなければあの沼を、あの池を、あの田んぼを、あの海岸を埋め立てろ!あの山を削れ!
あれから三十年。動機が曖昧な家は建て替えの対象になりやすい。愛情がないからすぐに別れる。別れなくても心の隙間に風が吹き抜け、荒れ果てた我が家はみすぼらしさを超えて、、、、
思えばあの時代、家は建てばそれでありがたかった。にわか大家の出現でバラ色の未来はバラ色の雲のように輝いていた。(しかし、バラ色の雲ってあるの?)
さてその後、何にでも後日譚はあるもの。バブルもすぎると不況風と共に阪神大震災がやってきた。日本中で活断層なんて言葉がとびかい、さあ、あなたの地盤は大丈夫?大丈夫じゃな〰い?そこでスエーデン式サウンディング試験なんてものが導入され、地層を調べ、あくまで簡易式ですがこれが世を席巻してSS調査は建築の必須となりました。
あれからもうすぐ三十年、思えばあの時代、家ってなんだろうっていうちっちゃな疑問が芽生えてきて、胸のなかを焦がすのです。嗚呼、青春の光と影。
いえいえ、そこで立ち止まるのも大事なステップ。
家は人生そのもの。
家ってなんだろう?わからないですよね、考えたこともないし、雨風しのげればそれでたくさん?
間違いではありません、それで家は建っちゃうから。地盤も大丈夫だったから俺の一生これで安泰。
かもね?
永く地盤調査といえばSS式サウンディング試験があたりまえのように通用していた世間の常識。しかし、二年前に立て続けにその調査の結果が思わしくなく、結果地盤改良を施したのですが、お施主さんが永くこの地に住みつづけて「うちの地盤は絶対大丈夫」と自信を持っていたいらしてその結果にとても驚かれていたのです。たまたまですがそういう事例が三件つづき、しかもつづけて四例目が「要改良」と出たとき、ちょっと待てよ、と考えたのです。地盤改良や杭打ち工事はけっして安くはありません。SS式の調査は優れているけれど、5ポイントのうちたまたま一箇所が思わしくなく、不同沈下のおそれありとなるとそうかも知れない。しかし、5箇所のポイントだけでよいのかと考えてしまったのです。
そこで出会ったのが表面波探査法という調査方法でした。
さあ、ここまでお読みになった方で家造りにこれまでと違う興味を抱かれた方。ご相談ください。考えるきっかけがわたしたちの大事な仕事。
もちろん地盤は大事です。と同時に、地盤よりもなによりも、なぜ家を建てるのか?
それはさらに大事かもしれない。そしてその答えがここにある、とは申しませんが、少なくともその答えを求める方程式はご用意できるかもしれない。
永遠のコードを求めて旅立ったわたしたちだから、住まいはもっと美しくなる。
丸い円柱状の「R2D2」?がゆるい地震を起こします。すぐ側に立つと地面が震えているのがわかります。その振動が近くに立てた二本の感知器に到着する時間の誤差で地盤の強度を図るわけです。
思いっきりかんたんに説明すると、ですが。
「震度1」程度の揺れは起こせるということでした。嗚呼、人工地震!
さて、その結果が数値化されて車の中のパソコンに落とし込まれて行きます。
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2022年12月26日
お正月休みのお知らせ
クリスマスも終わると街はいっきに年の瀬モード。なんとなく、なんとなく。
というわけで、?、コモハウスの年末年始は12月30日(金)から1月9日(月)までお休みをいただきます。
来年の仕事始めは1月10日(火)から。今年も一年お世話になりました。
きたる新年が幸多い歳でありますように。
師走の今日も救急車が走り回る、まるでメリーゴーラウンドのように、夢は乗せず、ワクチン患者を乗せて地獄めぐり。みなさん、チカラを合わせてこの茶番を終わらせましょう。未来はわたしたちのもの、わたしたちの希望。わたしたちののぞみ、わたしたちの夢。さあ、ご一緒に。
コモハウス・サイトへ
師匠も走り廻る年の瀬の喧騒。なんたったって三崎は魚の街。もしかして、お正月料理には魚が似合う?おかげさまで今日辺り、じわりと車が増えてまいりました。儲かりまっか?
しかし、この時期はまた、こまわり君の歳末取締り月間にご注意ください。
というわけで、?、コモハウスの年末年始は12月30日(金)から1月9日(月)までお休みをいただきます。
来年の仕事始めは1月10日(火)から。今年も一年お世話になりました。
きたる新年が幸多い歳でありますように。
師走の今日も救急車が走り回る、まるでメリーゴーラウンドのように、夢は乗せず、ワクチン患者を乗せて地獄めぐり。みなさん、チカラを合わせてこの茶番を終わらせましょう。未来はわたしたちのもの、わたしたちの希望。わたしたちののぞみ、わたしたちの夢。さあ、ご一緒に。
コモハウス・サイトへ
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2022年12月24日
メリークリスマス!
今日はクリスマス・イブ。
サンタは町へやってくるのでしょうか?マスクして?笑
たいへんな一年でした。コロナがたいへんなのではなく、(そういえばコロナはどこへ行ったの?近ごろ聞かないし、そのうえ気にもならないし、)そんなことよりワクチンが大変なのですが、ワクチンの副反応が大変で、巷を走り回る救急車の喧しいこと。そこのけそこのけ救急車様だーい!
この時期、喪中葉書が例年の倍は舞い込んできます。驚いたのは、七月に義母が亡くなり、八月に母が、同じ月に奥様が。身内が三人も亡くなられたとの知らせに絶句。高齢者がバタバタと亡くなられていく。
そして安倍総理の不可解な暗殺事件。一年を振り返るのも嫌になる。そして誰もいなくなる、のか?
景気は?陽はまたのぼるのか?なんて言い出すとほんとうに寂しい。
今宵はクリスマス・イブ。サンタが町にやってこなくても心のなかにひとつのともし火。
今日は家内がとっておきのクリスマス・ケーキを作ってくれました。
日本人にとって、クリスマスはクリスマス・ケーキのこと。ほんの少し前まではこの時期は町はケーキ屋さんの売り娘が路上で大声でケーキを売り、そこに押すな押すなの人だかりができて、二重三重の輪のなかで飛び交う千円札がまるで黄金の紙吹雪、ああ日本の「Xmas!」。
儲かりまっか!
新しい時代のXmasはどんな顔をしているのでしょうか?えっ?マスクでよくわからない?笑
Smile Away!笑い飛ばせ!
笑う門には福が来る。もういくつ寝るとお正月?今年もお世話になりました。
新しい年が良い年でありますように。
メリー・クリスマス!
comohouse at 07:13|Permalink│
2022年12月01日
十二月、師走
同業者の皆さんと話していると、皆さん異口同音に、この業界の悲観的な将来についてため息を漏らします。それはべつに、わたしたちの業界に限らないのかもしれませんが、明るい展望が開けないのは住まいづくりに確固たる芯がないからなのか?それとも単なる不景気のせいか?
建築会社に芯が要るのか、という声も聞こえてきますが、建築会社は家を建てるロボットではありえない。職人の叡智を結集するには建築会社の軸がこそ大事になる。
先日のニュースで、大阪府が子育て支援で一律お米十キロを配るというのです。
十キロか!
安いお米なら二千円なにがしで買えます。家族四人で何日分?わたしたちのお国はそれほどまでに落ちぶれたのか?わずか二千数百円。焼け石に水。仕事がない。パートの時給が千円。アメリカでは犬の散歩に一時間四千円。
産業がすべて中国に吸い取られて、企業がこぞって中国に取り込まれ、工場がなし崩しに安い労働力のアジア地域に持っていかれ、やがて国内は空洞化。業績の上がらない会社は中国やアメリカのハゲタカに買い叩かれ、小突き回され、労働者は技術者ではなく、単純労働の派遣社員と化してやがて捨てられていく。
何が間違っていたのか?
何が足りなかったのか?
小泉や竹中の派遣法が諸悪の根幹なのか?
自民党をぶっ壊す!
あのとき、小泉に騙されたわたしたちが馬鹿だったのか?
ぶっ壊されたのは日本だったのか?
郵政が民営化されて、なにが変わったのか?改革の名のもとに美しい伝統が破壊されていく。
オバマの「チェンジ!」といっしょ。
仕組まれたバブルがその後のツケを傷口に塩を揉み込むように蹂躙していく。プラザ合意という巧妙に仕組まれたワナ。宮沢さんは見事に嵌められたわけです。
1986年。その頃勤めていた建築会社の次長が、来年は忙しくなるぞ!この低金利では目の回るような忙しさでぼやぼやしてられないぞ。
そのとおり、バブルの狂乱物価と日本中が飲めや歌えの大騒ぎ。エライコッチャエライコッチャよいヨイヨイヨイ!
やがて目が冷めたときの酔い醒ましの強烈な頭痛。
私たちは何を間違えたのだろうか?
ちょうどその頃、新潟からアエロフロートのヒコーキでハバロフスクへ飛び、そこからシベリア鉄道でイルクーツクへ。途中あちこち寄り道しながらシベリアの大地でソビエト崩壊直後のロシアの悲惨な現状を目のあたりにして、国家の崩壊とはこのようにむごたらしいものなのかと唖然としたものでした。食べるものがなにもなかった。ホテルの食事が黒パン一切れとまずいチーズ。
その頃わたしたちのお国は浮かれに浮かれ、平家にあらずんば人にあらず。
日本の春。バブルの春は永遠につづくかと思われた1992年。
ところが、ソビエト崩壊直後に政権の座についたクリントン政権が、次は日本だッ、と目標を定めたと聞いたとき。
えっ?
すべてはレールが敷かれている。
バブル崩壊から三十年。次は日本だ、った。
これが世界のハゲタカの現実?
日本をぶっ壊す!それはわたしたちの精神の破壊から始まった。
日本再興はまず自分たちの国を愛することから。
「日本を取り戻す」
暗殺された安倍さんの「美しい国、日本」とはそいうことだったのか。
comohouse at 07:09|Permalink│
2022年10月08日
巨匠とマルガリータ
フラメンコが好きで、ひと頃かなり入れ込んだ時期があります。
この民俗。民俗学といえば柳田國男。遠野物語と言えばみなさんも、ああと得心がいかれるのではあるまいか。もう少し平たく考えると、民芸の世界が、日本で言えば柳宗悦の陶芸の世界に通ずるものがありますが、建築を民俗の視点から眺めるとそこにデザインの新たな地平が垣間見えてくるではないですか。
焼き物を焼くように家を建てる?
フラメンコだけでなく、いわゆるフォークロア、民族音楽というやつにドップリハマってさあ大変、その頃は音楽に限らずガルシア・マルケスの「百年の孤独」やホセ・ドノソの「夜の淫らな鳥」 にハマってラテン・アメリカ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、アラビア。
「巨匠とマルガリータ」もまた、ロシアのフォークロア。
毎日が兼高かおる、世界の旅。笑 (もう知らないかな?)
フラメンコには独特のコンパスがあります。言葉で説明するのはとても難しいのですが、大好きなパコ・デ・ルシアの演奏をご紹介します。これは1970年頃の映像と思われます。ルンバはフラメンコじゃない、と言われていた頃に果敢に取り上げる若きパコ。圧巻です!
実はフォークロアがコモハウスに与えた影響は計り知れないものがあります。
フォークロアはありていに言えば「民俗」の意で、おもにラテン・アメリカ地方を指す場合が多いですね。この民俗。民俗学といえば柳田國男。遠野物語と言えばみなさんも、ああと得心がいかれるのではあるまいか。もう少し平たく考えると、民芸の世界が、日本で言えば柳宗悦の陶芸の世界に通ずるものがありますが、建築を民俗の視点から眺めるとそこにデザインの新たな地平が垣間見えてくるではないですか。
焼き物を焼くように家を建てる?
手触りだとか、視覚を意識して住まいを考えることは大事なことだと思うのです。
思えば昨今の建築は手触りが感じられない。
スペインを旅して感じたことはその圧倒的な手触り感でした。スペインは音楽の国ですからフラメンコがその手触りを代表しているのですが、食べ物にしても、ワインにしても、まさに話す言葉の喧(かまびす)しさもこれでもかこれでもかという人間の手触りがビシビシと感じられる。
美しすぎるものにはご用心。住まいもまた、美しすぎてはならない。
その手加減は、まず素材選びから。
そこから古きを訪ねて新しきを知る。自然素材も手づくりの家造りも、その手触りをもとめて遥かな旅に出ることになったのです。家づくりの羅針盤はいちまいの古地図。わたしたちは渾沌の渦のなかにいますが、住まいづくりは自分さがしの旅。かけがえのない自分を発見するとき、ふるえるような感動が在るはず。
その感動こそが家造りなのだ、と自戒して。
嗚呼。
comohouse at 11:46|Permalink│
2022年09月11日
昨日は中秋の名月
日中はまだまだ暑い日々がつづきますが、朝晩はようやく涼しくなりましたね。
暑さ寒さも彼岸まで。
昔の人はうまいことを言います。
秋の彼岸を前にすると必ず目にするもの、それは、彼岸花。
なぜか必ず時期を間違えずにあっと気がつくと咲いています。路傍の片隅で、ひっそりと咲いています。その毒々しい真っ赤な花弁が思わずあっと息を呑むほどに美しい。
美しいものは毒がある?のか、ないのか?
(あっと、路傍の片隅と書いて、しかし路傍がすでに道のハズレですからさらに片隅、と書くのは間違いかしら?笑)
昨日は早く仕事が上がったので家内と月見団子を買ってからソレイユの丘の周辺を走らせてあるものを仕入れに行きます。あるもの?そう。それは「すすき」です。十五夜のお月見といえば「団子」と「すすき」。そのすすきがないことにはセレモニーは実現しません。
さて、走らせること15分。えっ?これが、ない。見あたらない。家内にはこういう情報が頭のなかにインプットされていて、あそこの道の脇には絶対生えているから。そこになければあの丘の上に、、、しかし、ない。とっておきの秘伝コースを走らせてもみあたらないのです。
少ししょげた表情で一箇所だけ見つけた最初の場所に戻って、それは見るからに貧相な、去年咲いた穂が散り散りになった枯れすすきよりももっと無残な忘れな草の「すすき」をもいでトボトボとご帰還です。長浜海岸を回ってようやく自宅そばに来たときに、「あった!」と叫ぶ家内の喜びよう。
あったのです。ほんの僅かに数本の「すすき」が。
いやしかし、今年はなぜすすきが目につかないのか?
しかし、その貴重なすすきを飾ってみると、ああ、十五夜に「すすき」はなんてお似合いなんだろう、と、しみじみと日本人の感性の豊かなことに驚かされます。
「すすき」のいさぎよい姿かたちは満月のお月さまと対峙してこれほど調和するとは。
ふふ。しかも、団子まであるとは。嗚呼、至福の団子、至福のお月見。生きていてよかった。
comohouse at 10:29|Permalink│
2022年08月01日
夏草だって、
暑い!
熱い!
強者(ツワモノ)でなくても、この暑さはたまりません。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、、、。
陛下のお言葉、あれから幾犀星。すでに七十有余年。そうか、まだ耐えねばならんのか。
安倍さん暗殺事件を見ていると、あの敗戦の結果がここまで及んでいる。
いつか私たちは真の独立を手にすることが出来るだろうか?
事務所の裏の郵便箱の上に置いた温度計。
日陰で43°cをさしています。
日差しの下では47°cでした。うわああ〜!
熱い!
強者(ツワモノ)でなくても、この暑さはたまりません。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、、、。
陛下のお言葉、あれから幾犀星。すでに七十有余年。そうか、まだ耐えねばならんのか。
安倍さん暗殺事件を見ていると、あの敗戦の結果がここまで及んでいる。
いつか私たちは真の独立を手にすることが出来るだろうか?
事務所の裏の郵便箱の上に置いた温度計。
日陰で43°cをさしています。
日差しの下では47°cでした。うわああ〜!
comohouse at 12:36|Permalink│
2022年07月28日
夏休みのお知らせです。
さて今年も早いものでもうすぐ夏休み。
今年の酷暑に負けないで、コモハウスも夏休みをいただきます。
今年の夏は8月6日(土)から8月14日(日)までの10日間をお休みとさせていただきます。
仕事の都合が重なってチョッピリ早い夏休みをいただくことになりました。
暑さ厳しき折 、みなさまお身体に十分お気をつけてお過ごしください。
2022年盛夏
今年の酷暑に負けないで、コモハウスも夏休みをいただきます。
今年の夏は8月6日(土)から8月14日(日)までの10日間をお休みとさせていただきます。
仕事の都合が重なってチョッピリ早い夏休みをいただくことになりました。
暑さ厳しき折 、みなさまお身体に十分お気をつけてお過ごしください。
2022年盛夏
comohouse at 16:36|Permalink│
2022年07月03日
好きこそものの上手なれ
人生なかなか思うようにならない。
思い通りの人生をおくれたら、と、誰しも思うものですが、 そうは問屋が卸さない。
我ことにおいて後悔せず
宮本武蔵、晩年の有名な言葉ですが、つまりは、武蔵の人生は後悔の連続であった。
あの時ああすれば、こうすれば。小次郎が剣を上段に構えた時、あのときオレが、、、
幸せな人生は思い通りの人生ではなく、好きなことになりふり構わず取り組んでいるその瞬間、その刹那にこそあります。
何年か前、ある雑誌社の編集者の女性と住まいづくりについて話していたら、突然なにを思われたか、
「三井さんは建築がお好きなんですね」
と言われて、? 。
つい先だって、大工と手を留めて話していたら、
「だけど、三井さん、楽しそうですよね」
そう。大工と話していると、なんだか嬉しい。
ここをこうやってくれ、もうチョット、ほら、あと一寸伸ばしてくれる、。
そう、そこ。
痒いところに手が届くように、大工はすぐにその意図するところを察して手を入れてくれる。
思い通りの人生をおくれたら、と、誰しも思うものですが、 そうは問屋が卸さない。
我ことにおいて後悔せず
宮本武蔵、晩年の有名な言葉ですが、つまりは、武蔵の人生は後悔の連続であった。
あの時ああすれば、こうすれば。小次郎が剣を上段に構えた時、あのときオレが、、、
幸せな人生は思い通りの人生ではなく、好きなことになりふり構わず取り組んでいるその瞬間、その刹那にこそあります。
何年か前、ある雑誌社の編集者の女性と住まいづくりについて話していたら、突然なにを思われたか、
「三井さんは建築がお好きなんですね」
と言われて、? 。
「話しのはしばしから分かりますよぉ。うれしそうにお話されるんですもの」
思い通りの建築はとても出来ない。できない守備範囲を少しづつ広げて、いつか広々とした草原に出くわすことが出来たらボクは幸せだろう。
つい先だって、大工と手を留めて話していたら、
「だけど、三井さん、楽しそうですよね」
そう。大工と話していると、なんだか嬉しい。
ここをこうやってくれ、もうチョット、ほら、あと一寸伸ばしてくれる、。
そう、そこ。
痒いところに手が届くように、大工はすぐにその意図するところを察して手を入れてくれる。
彼とはもう二十年近い付き合いで、その若い頃からもう充分棟梁気取りで、つまりは人は気構えで自分の道を切り拓いていく、ということなのでしょう。
それは、好きということ。
むずかしく考えることはありません。
好きになること。ひとは好きなことにしか夢中になれない。
好きになること。そのためにこそ勉強しなさい。
勉強して、その奥深さがわかるほどに好きになるでしょう。
勤勉にとって硬すぎる壁はなく
勇気にとって近寄りがたい深淵はない
ノーヴァリス
comohouse at 18:26|Permalink│































