2007年04月05日

工場増産中

最近それしかやってない(挨拶

工場はようやく災害前の規模まで復興したものの、失業率が依然プラス。うーん。
そして、市場のほうが工場より多いという腸捻転状況なので、バンバン作ってます。工場。

しかし、最近水夏が凍結中で銀の仕入れ元がないのでちょっと困窮してたり。
金がまず足りないし(民衆が奪っていくから)、その民衆を静めようと議事堂を作ろうと思っても建材がないし、建材を自動生産させるために木材を作ったら銀がないから工場が食ってしまうし・・・ということで、銀がないのが諸悪の根源です(何
そもそも、商品がなかなか売りさばけないから困ってるんだけどねー。買い手いないものだろうか。

ウラン鉱山2つにしてるけど、1個潰して以前のように銀鉱山作ってもいいかもしれぬ。
でも、下手に自給体制を整えたらそれはそれで面白くないし・・・。微妙なところ。

とりあえず今後の方針としては、失業率を何とかマイナスに押さえ込んで、市場規模を工場規模が上回るようにして、衛星飛ばすためにも軍事技術上げて・・・。
何はともあれ、まず工場だ。単調だけど大事な仕事。



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2007年03月26日

プチ列車旅

能生まで(挨拶

frが北陸線経由で関西へ向かうというので、どうせなら乗っかってやろう、ということで、向こうの電車に合わせて迎え(?)に行くことに。
ちょうどいい電車がなかなかなかったので、糸魚川と直江津の間にある能生で落ち合い。私の乗った直江津方面の電車が着いてから、5分ほどでfrの乗った富山方面の電車がやってきました。
つまり能生駅を中継点に往復。

しかし、能生駅で降りるわけでもなし、バカ正直に運賃を払うのはアホというもの。
frが富山で降りる用事があったので、高岡〜富山の切符を購入(福岡〜高岡は定期がある)。どうせ高岡で、特急の追い抜き待ちで12分ほど停車するしね。
そういうわけで、高岡駅で切符やら物資を購入して能生駅まで本を読みつつ音楽を聴きつつ乗車。車掌は車内巡回には来たけど検札はなし。
能生で乗り換えてfrと合流して、frの現代文の宿題を軽くやってたら、向こうから車掌が検札中。
えーマジかよー、キセル乗車してるしどうしようもねーよー、ということで、車内で能生〜富山までの切符買いましたさ。片道1620円ですよ。たっか。
まあ往復料金支払わなかったからある意味キセルなんだけど、予想外の大出費でした。およよ。

で、富山で降りて、みずほ銀行に用事があるというので案内して(案内するほどでもなかったけど)、また後の電車に乗って福岡で別れました。
金沢まで行ってあげても良かったんだけど、そうしたらこっちの帰りが危うくなるので。

しかし1620円・・・・。
下手にキセルなんかするもんじゃないですね(当たり前



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2007年03月19日

ここ見てる人

いんのかね(挨拶

ということで、数少ない読者のためにそれなりに更新しときますよ。

貿易のほうは、凍結解除以降なんというか調子が悪うございまして。
幸福度とか言う新コマンドが入ったせいなんですけれども、そっちに気をとられてたらいつの間にか失業率プラス、これはヤバいと工場建設に全精力を傾けてたら幸福度がドンドン低下、怒れる民衆さんたちが食糧をかなりかっぱらっていってついに底をつき、暴動で工場破壊、失業率最悪・・・という、まースパイラル状態に陥っております。

とりあえずシュトゥルムのほうから今の2倍食糧を仕入れることにして、とにかく工場規模を原状回復させないことにはどうにもならない。気づけば資金も少ないし。

燃料は今まで殆どブリュノールに頼っていたけれど、銀を水夏に全て頼ることにして銀山を廃止し2つともウランに。
銀がなくても工場は回るけど、燃料がないと工場は回らんのでね。

まーそんなとこだろうか。
他方面では外交が活発化しているようだが、アルデバランは引きこもり国家、というより、とりあえず国内を何とかせねば国外にも手を出せないので、引きこもらざるを得なかったり。

いじょ。



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2007年03月12日

オフレポ

と、いうわけで、別所による関係者のためだけのオフレポ(挨拶

土曜日なんてそりゃウキウキワクワクで、勉強も手につかなかったんですが、とりあえず月曜の予習は軽く済ませてグダグダ。
21時ごろ、腐女子とちょっとした電話をした後、ノロノロと準備開始。準備つったって、もって行くものもあんまりないんだけども。
21時半ごろに着替え済ませて、22時に家を出発。途中コンビニで、電車の中での物資を購入した後石動駅。ちょっと早すぎたみたいで、寒風吹きすさぶ改札で最終のサンダーバードが行くのを見送ってました。

でもって22時33分に乗車。前情報によれば、9号車は他の車に比べてシートも良質なもの(国鉄485系標準のもの)ということだったので、9号車に乗車。
ガラガラで席はより取り見取りだったのですが、とりあえず真ん中に陣取ってシートを回してボックス席にし、高岡を過ぎるまでボーっとしてました。
高岡を過ぎた後は音楽聴きながら本を読んで、1つのアルバムを聞きとおしたところでちょうど消灯時刻だったので就寝準備。携帯枕を膨らませてジャケットをかけ毛布代わりにして、いったんはシートを跨ぐように逆L字に寝たのですが、いかんせんシート間の隙間がやや広いもんで足がつらい。結局上野に着くまで、「ベスト」な体勢は見つけられませんでした。

で、寝れたのか、と聞かれれば、もちろん寝れるはずなんてなく。土曜日起きたのが14時ですからね。寝ろというのが厳しいもんです。寝すぎによる眠気はあったんですけど。
長岡に着く間に、1時間ほど寝たあとボーっと車窓を眺める。「もうすぐ宮内かな」なんてことをひたすら思いつつ窓にかじりついてたらいつの間にか長岡でした。
方向転換も済んだのでいよいよ寝る体勢に。長岡を出た後また1時間ほど寝て、今度起きたら新幹線駅で運転停車。越後湯沢みたいな雰囲気ではなかったので浦佐だとは思うのですが。(確認したら湯沢のようです)
それを見送った後また寝て、今度目が覚めたら水上。いつの間にか谷川岳は越えていたようです。
その後は、普通にシートに座って足を伸ばしつつ夢うつつの状態で高崎、熊谷を見送る。つか、高崎で乗ってきた親子4人は熊谷ですぐ降りていったんですが、何しにいったんでしょう。
寝れないことは分かりつつも「寝よう」としている間に電気がついて大宮到着。仕方ないので、「朝に聞く」と決めている松任谷由実のアルバム、「天国のドア」を聞いて昂揚感を高めつつ車窓を眺めておりました。赤羽、王子、日暮里と見送って終点上野。どうでもいいんですけど、上越新幹線から車窓を眺めてると、日暮里のホームを見送りつつ地下にもぐるので、日暮里駅を見ると「そろそろか」と思えてしまいます。

さて、上野駅を下車したあたりで、成瀬とPから連絡が入る。Pはどうやら寝れなかったらしく、今から落ち合おうと思えば落ち合えるらしい。成瀬はまだ川崎あたりだというので、神田駅でしばし待つことに。
当初の予定では、神田駅を降りて成瀬とネカフェに入る予定だったのですが、あまりの雨の酷さに萎える。外は出歩きたくねー。
成瀬が来て事情を話した後、Pが待つ新宿へ。というか最初、成瀬が私と視線を合わせようとしなかったのはなぜでしょう。
神田から中央線で新宿へ向かうにしても、朝だから総武線の線路を使った各駅停車。飯田橋やら信濃町やら各駅に停車していくので時間が結構かかりました。横のおっさんが私によしかかってきて結構重かったのもつらかった。
中央線を降りて南口改札を出たところでPと合流。改札内から見て一番右端にいるということだったので、それっぽい人を探すと一発で分かりました。頭1個ぬきんでてるしね。
「髪の毛がウザい」と軽くダメだししたところで、京王線乗換え口のほうへ。
何だか田舎者の自分にはさっぱり分からないところを歩いて地上に出る。どうやらすぐ角にファーストキッチンがあるらしいのですが、しばし地上を歩かねばならないようです。
仕方ないので短距離にもかかわらず折り畳み傘を出してファーストキッチンへ入る。傘を片付けてる間に成瀬に先に注文させて、その後から自分はホットドッグを注文。
3Fに陣取ってるらしいので、荷物置いて、トイレ行ってようやく朝食。ホットドッグを食べると、何か自分がかけた以上のマスタードがかかってるような気がするけど気にしないことにする(ぁ
成瀬とPが近鉄トークで盛り上がってる間、ボケーッと目をつぶって仮眠をとろうとするけど無理。「亀山は田舎」「紀伊半島の南部は陸の孤島」なんて話を聞きつつ、意識は半分飛んでました。
Pから「トガノ氏ってどんな人」とか「ふえけんってどんな喋り方」とか聞かれたので、もうそのまんま生々しくお伝えしました。多少ふえけんに関してはバイアスかけましたけど(ぁ

適当な時間になったのでファーストキッチンを後にして山手線で目黒まで少佐を迎えに行く。車内では、「ふえけんが遅れたら押しかけね」とか言うトークで盛り上がってたような気がします。
目黒の東急との改札口で少佐を待つ。Pはトイレ。私と成瀬で待っている間、何か見ず知らずの人が「フルキャストの方ですか」とか聞いてきたのは何だったのでしょう。
Pが帰ってきて少佐と落ち合う。少佐の第一印象は「R'氏みたい」。帽子が印象的でした。
その後品川に着いて改札を出ようとすると、待ち合わせ場所となっていた時計の近くでそれっぽい2人をPが見つける。「あれじゃね?」とか話してたらまさにその人たちでした。改札内からこっちへ来るよう手招きしたのですが逆に手招きされました。一度改札を出ろというのか。
乗り越し精算をして無事時計前で全員集合。ふえけん遅刻フラグは消失してしまいました。
品川駅ではオレンジカードが切れたので購入したり、ひたすら「喜びの歌」を笑顔で歌ってるおばはんなどを目撃したりしました。途中目が合ったらこっちに近づいてきたような気がする。

しかし天気はあいにく雨。ヒルズ案はその場でボツとなりました(ファーストキッチンの時点で「ボツだろ」とか話してたけど)。
そこで、私が以前提案していた「ボウリング」案を実行に。テレビでよく出る田町ハイレーンに行きたかったので、ちょうどよい機会でした。
田町駅に着いたときには雨も小降りになっていてとりあえず一安心。タクシーに乗ろうと考えながら地図を見ていたのですが、同じく地図を見ていた後ろのおばちゃんから「んなもん歩いていきなさい」といわれ歩いていくことにしました。
が、歩いて着いてみてもまだ休業前。しゃーないので、グルッと散歩がてら、来るときに通ったローソンで物資購入。ガヤガヤと6人入っていったくせにジュースしか買わないという迷惑な客を演じました(演じる?
買い物も済ませて帰ってみると、もうあいていて客も入っていました。内装は、なんつーかいかにもバブリーでした。観音開きになる自動ドアも初めて見た。
狭い狭い6人乗りのエレベーターに乗り受付を済ます。最初、住所のところを本名にあやかって「東京都港区」としたのですが、生徒手帳を見せなければいけないことに気づいて、正直に書き直したのは秘密。

にしても、このボウリング場、年齢層が凄い。なんてったって、周りはみな老人会の会員みたいな人たちばかり(と言っても6人ぐらいしかいなかったけど)。明らかに浮いている自分たち。
とりあえず思い思いにボールを投げるも、どうもこうも私は運動神経がないのだろう。トコトンガーターガーターガーターである。ま、その記念すべきショットはふるーるかPあたりからもらってください(逃
結果としては、少佐とふるーるが健闘。TRTは最初私と同じぐらいだったのにいつの間にか引き離していってしまいました。うーん。
Pに「置くように投げろ」とアドバイスをもらったんですけど、どうもカーブするんだなあアレが。
しかもこれのせいで親指のツメがはがれるし。手首痛いし(多分筋肉痛)。提案者の割に散々でございました。

さて2ゲームしたところで結構いい時間。ということで、また帰りも歩きつつ田町から代々木まで。途中、不思議なお座敷列車を目にし、「何だアレは」と車内で話していたら、次の駅のホームの先端でカメラを構えている豚が数人おりまして。ふるーるは「何だアレきめえ」みたいなことを言ってたのですが、あいにく見逃したのでわざわざドアから頭を出してまで見るミーハーな三条さん。ちょうどそうしている間に不思議なお座敷列車がホームに入線してきて、豚どもは必死にそっちにカメラを向けてました。
代々木に着いてから、駅から程近いサイゼに入ろうとしたところで、トランプを仕入れるのを忘れたことに気づく。
これまた提案者であるふえけんとワタクシが捜し歩くことになりました。以前朝鮮人はサッサとコンビニで仕入れてきたのですが、2軒ほど梯子しても見当たらない。何という。
結果的に、「朝鮮人は実はこっそり持ってきていて、コンビニへ買いに行くフリをして戻ってきた」という結論に至りました。
サイゼは思いのほか狭く、ちょっと窮屈に感じました。まあ田舎のファミレスに慣れすぎてるということにしときましょう。
で、トランプもないので、至って普通に食事して駄弁って終わりました。
皆さんはピザだのハンバーグだの食べておられましたが、朝っぱらからファーストキッチンの脂っこいものを食べて胃がもたれていた私は、何か軽いリゾットとサラダを食べました。が、「軽い」とか言いながら値段は2番目に高かったです。
ふえけんが「三条は身体(の臓器)を売ってサウンドカードを買う金にしなさい」とか言う話をしていて、私がふとPに振った「Pは身体売ったんだよね」という無茶振りがP的にえらいハマったようでございます。

あっさり終わったファミレスの後はカラオケ。ちなみにこのとき時間はまだ1時。
とりあえず部屋を確保した後、私とふえけんはまたトランプ探しの行脚に。さっきは行かなかったコンビニ2軒覗いたのですがやはりありませんでした。ってーかコンビニ多いなー。羨ましいわー(田舎者
で、そこで普通に諦めてもよかったのですが、わざわざハンズまで行くことにしました。新宿の。歩いて500m。駅間(新宿と代々木)が歩いていける距離ってどうよ。
そういうわけで、ハンズまでわざわざ行ってトランプだけ買って帰ってきました。正味1時間。実に無駄だ。
帰ってくると皆さん思い思いにカラオケってまして、その横でトランプご開帳してました。てか、オレンジジュースの味がまた不思議だったりしたんですけど、怒らないから誰が(何かを)入れたのか(ホットドッグの件も含めて)自首しなさい。
家で歌っているときは高音が出たので、無茶して荒井由実の「卒業写真」なんて歌ったら全然声が出ませんでした。どうやら私の高音はボリュームが足りないようでございます。カラオケで歌える範囲はかなり低いことが判明。
Pは徹夜明けということもあって途中で死んでました。カラオケはちょっとノリが悪く、少佐がモゴモゴの歌を歌ったり、私が硝子の少年とか陽水とかサザンとか歌った以外は、何だかネタ曲が多かったような気がします。

そんなこんなで疲れた身体を引きずり5時に外へ。意外とまだ明るいもんね。
さて、ここで少佐が離脱。離脱前に、と記念写真をうらぶれた路地で撮りましたが、時々通りかかる人々の視線が非常に痛かったです。ふるーるがモタモタしてるから悪いんです(責任転嫁
写真撮影後はいったんPが自宅へ帰り、少佐は帰路へ。おのぼりさんの私たち一行は新宿駅でお土産を買うことに(私のわがまま)
いったん改札を出て、東口のコンコースでとりあえずばななとチョコは確保。学校用のお土産としてパイを買おうとしたら「南口のキオスクです」ということで南口のキオスクまでわざわざ歩く。
南口のキオスクで「パイください」と聞いたら「いやー分からない。そこのばななの店で聞いて」といわれてばななの店で聞くと「あちらのニューデイズにあります」。・・・散々たらいまわしにされた挙句、ようやく購入することが出来ました。全く。学校にお土産なんて買っていくんじゃなかった(今更後悔

ばなな一式購入後、親からの「ヨックモックのお菓子買ってきて」という伝令を遂行するためデパ地下へ。いったん家に帰って戻ってきたPと新宿駅南口で合流し、甲州街道を渡って新南口から高島屋に入る。しかしああいう地上を歩くと自然に頭が上を向くのはやっぱり地方人の性ですね。
高島屋の地下でお菓子を買うとずっしりと手荷物が重くなり嵩張ってしまった。やー、手が痛い。結局Pに荷物を持たせてしまいました。悪いことをした。
購入後、再び改札内に戻って池袋まで埼京線で一本。山手線より早いらしいですが、混んでいて座れませんでした。いや、混んでいるのはいつものことだけど。
池袋到着後、やや迷いながらとりあえずは東口に出る。いやーここは懐かしいねえ。腐女子と落ち合ったり行動したりするときはいつも池袋だから、サンシャイン通りとかは妙に懐かしく感じたりします。ほら、あの人のある意味本拠地でもあるし(ぁ
そして地上に出てからまた迷う。地図に従って来たもののどこにあるやら。掲げられている看板を見つつ歩くと人にぶつかるし(おのぼりさん
それっぽい交差点に来たところでPが店に電話をかけたのですが、そのとたんに店のありかが分かってしまいました。微妙なタイミング。
ホント、ああいう都会で店を探すのはラクじゃない。看板も小さいから見えづらいし。

焼肉屋は、前回ふえけんとふるーるとで入った五反田の店に比べればかなりいい店でした。バイキングだし、メニューもそれなりだし。
けど、肉にタンがなかったり、ユッケがなかったりするのはちょっと不満。やっぱりタン見たいな軽めのやつもほしい。
肉はやっぱり脂っこいものが多い。仕方ないけど。お陰で網が幾度となくファイアーしました。Pがえらい怖がってたけど。
途中、南瓜が焼かれている画像をふるーるが南瓜に送ってたり(複雑)、ウィンディアに電話しようとしたりしました。
精算のとき、領収書を出してもらって、それを南瓜に送りつけることに。この領収書送付作戦は朝から考えていたんだけれども(領収書まとめて郵送)。
ここでもやはりまた胃がもたれて、ついに食後胃薬を投入しました。その後少しは楽になったかも。

さてご飯も終わり再び新宿へ戻る。
新宿駅の南口で成瀬とふるーるが離脱。成瀬は東京から新幹線、ふるーるは東京から東海道線。とりあえずエスカレーターの前で成瀬と握手してふるーるに首絞められて別れました。
その後残された私たちは、そばにあったロッカーに荷物を預けて東南口から外へ。Pは自転車を西口に置いてあるとのことで、ふえけんに私を伊勢丹の角まで連れて行くように指示してまたドロンしました。
東南口から外へ出ると、電光掲示板でSuicaの宣伝をやってました。18日から地下鉄でもSuicaを使えます、というやつ。BGMがユーミンでした(それだけ
新宿区在住の癖に、ふえけんがここで道に迷う体たらく。普通にそのまま甲州街道の橋沿いにまっすぐ進んで交差点で折れればよかったのに、何を思ったかまた南口方面(高島屋)へ歩き出し、グルッと遠回り。跨ぐはずのない甲州街道を跨いでようやく伊勢丹にたどり着きました。
Pが程なくしてチャリにまたがって颯爽と現れたところでふえけんと別れる。歩いたって大して時間も変わらないし、バスがなければ地下鉄に乗っていく、と、Pを待っている間話してましたが、どうやって帰ったのかは知りません(無責任

伊勢丹のはす向かいにあるビルの中のネカフェで、とりあえず能登の時間まで時間つぶし。シャワーがてら。
別に部屋は同じだろうと別だろうと良かったのですが、後々のことも考えて(怪しい意味じゃないです)同じ部屋。
部屋に入って荷物とPを置いてひとまずシャワー。ネカフェでシャワーが浴びられるって言うのはいいね。
時間制限が30分というので、ちょっと急ぎ目にシャワー。いや、いつもシャワーなんて10〜20分で終わるんですが、着替えの時間とかドライヤーの時間とか色々あるし。
髪は適当に乾かして(寝癖がつかない程度)部屋に戻ると、何か死体が1つ転がってました。窮屈そうに。死後硬直でも起こしたんだろうか(何
PCはつけてあったので、早速JR西日本&東日本の運行情報チェック。信越線で強風のため遅れが出ているらしい。ちょっとラッキー。
かといってPCですることもなく、一応メッセには入って、あとはPがちょくちょく携帯からブログ更新していたので確認してみて、携帯充電しながらふるーるとメールしつつグダグダ。死体は放置。
一応条例によれば18歳未満は22時までらしいのですが、背の高い保護者(?)もいることですし、22時半ぐらいまで籠る。
Pが途中のっそりと起きて、山手の時刻を確認してネカフェ退出。Pに新宿駅の東南口まで送ってもらい別れる。何だかんだで一番同伴時間が長かったのはPかもしれない。

さて、ここでちょっとした失態。もう石動まで改札を出ることもないし普通に乗車券入れればよかったのに、わざわざ上野までの切符を購入。実に無駄な出費。
新宿から山手の外回りでタラタラ上野。深夜の上野駅は一昔前とは異なりえらい静まり返ってました。
広い上野駅構内を歩き、長いエスカレーターをくだりようやく16番のりば。中間改札を通り抜け能登号乗車。改札に一番近い自由席に乗り、席を陣取る。
しかし、座席を回して一息ついたところでなんかくさい。見ると斜め前の親父がタバコを吸ってる。おいおいここは禁煙だろー何吸ってんだよと思って表示を見ると実は喫煙車。しまった。
そっからせっかく置いた荷物をまた抱えて8、9号車へ行くことに。シートピッチが狭い8号車はあいにく全てボックスになっていて座れる余地もなく、結局朝来た9号車で寝ることになりました。
最初9号車もボックスに出来るような席がなく、喫煙で我慢するか指定券を買うか・・・と思ってたのですが、運よく1つゲット。早速ひっくり返して荷物を再び置きました。
行きと違って出発時刻自体早いので、のんびりすることなく早々に寝る。相変わらずベストポジションが見当たらなかったけど、疲れのせいか、行きより寝れました。

途中目が覚めるとえらいトロトロ走っている。どこだろうと思いつつ偶然通過した駅名を見ると柿崎。あれ、時間的には直江津に着いてるはずなのに・・・。
どうやら、信越線で制限を食らったようです。内心喜ぶ私。結局その後も徐行運転をして直江津到着。ガヤガヤとやかましい団体が朝っぱらから入ってきて睡眠を多少邪魔してイライラしつつ寝なおそうとすると、飛ばす飛ばす。糸魚川あたりでも遅れることを期待したのですが、そんな期待を裏切るかのように飛ばしました。
泊の手前で「おはよう」放送が入り、アナウンスによれば35分遅れ。中途半端な。富山県内で遅れることをまだ期待してたのですが、順調に西へと滑っていきました。
途中高岡で降りて普通電車に接続し、福岡まで親に迎えに来てもらおうと思って、6時ごろに遅れている旨の電話をしたら、「本線も遅れてるかもしれないから直で石動に来い」ということで、結局石動下車。良かった、乗車券石動まで買っといて。高岡までと値段が違ったからちょっと後悔したりしたんだけれど。
親の迎えで家に帰ると7時。いつもの起床時刻と変わりませんでした。昨日の焼肉のせいで胃がまだもたれていたので朝食を食べる気もせず、味噌汁だけ飲んで着替えて再び高岡方面へ。キューピーコーワゴールドを飲むのを忘れて後悔しつつ、学校にたどり着きました。

国語は最後の30分間本当に意識がないし、数学も何とか起きていたのですが、生徒が板書した問題演習を解説しているだけの暇授業だったので長くも続かず。「はい、じゃあ後ろの黒板見てー」といわれてみんな振り返ったあたりから完璧意識がありません。英語はピープル先生だったのにおきてました。珍しい。
その後友人と付き合って外食(またか)したりして家に帰ってきたら16時。夕飯までの約2時間半は泥のように眠りました。それでもまだ身体的疲労が残っている23時半。

以上。節操もなくダラダラ書きましたが、オフレポとさせていただきます。



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2006年12月14日

東京旅行

してきた(挨拶

まあ、親がどうしても「東京へ行きたい」というのでそれに附随していく形で行ってきました。
で、どうせ東京へ行くんだから、とほんの数時間でもオフろうと思ったのですが、結局TRTは無理ということでふるーるのみということに落ち着きました。

朝6時半高岡発の「はくたか1号」で越後湯沢へ。学校ではちょうど授業が始まった頃に越後湯沢に着き、新幹線乗り継ぎ。大体9時半ごろに東京に着きました。
降りた後、しんどい身体と少ない時間で土産を買うのは・・・ということで、東京バナナを買いあさる。
ロッカーに預けて山手線で有楽町へ。父親が「PCのディスプレイが欲しい」と注文してきたので有楽町のビックカメラに。
ディスプレイ(モニタ)は確かにお手ごろな値段のものがあったのですが、いかんせん、5年前のVAIOに適合するかどうか怪しかったので、型番だけ記録して帰ってきました。

その後は新橋へ移動し、国道15号を北上してファロ資生堂のレストランで昼食。5000円のランチ。
おいしかったことにはおいしかったのですが、食後のコーヒーブレイクのときに「食事はお気に召されましたか」と嫌味を言われたのが気にかかった。やはり場違いだったのだろうか。

昼食が終わった時間が1時半。ヤバい、腐女子との約束時間が1時半。
とりあえず資生堂パーラーの前で親と別れて、新橋駅から山手線で秋葉原。大体秋葉原に着いたのが2時少し前だろうか。
アキハバラデパートのマックでポテトを食っていた腐女子と合流して(寂しいな)、万世橋のデニーズで1時間半ほど歓談。本当に取り止めがなかった。

腐女子と別れて再び有楽町へ舞い戻る。ふるーるとは有楽町の銀座口改札で待ち合わせていたのですが、電話すると、晴海通りを有楽町駅に向かって歩いているということだったので、まあ数寄屋橋方面に歩けばすれ違うだろう、ということで逆行。
Pとともに行動しているということだったので、長身のPを目当てに道行く人を見ていると、ひょろっと背の高い人が目に入ったので横を見ると眉毛がない人一名。
あああれか、と、人を掻き分けて肩を叩くと、「まさか後ろから来るとは思わなかった」といわれました。
その後は銀座4丁目のドトールでPとふるーるとプチオフ。Pが途中バイトに行くというので脱落。
3人で1Fの階段近くで話していたのですが、母親がドトールの2Fにあがっていくのが目に見えて少しびびった。1Fのこっち方向に目を走らせていたので「目があったかなー」と思ったのですが、後から聞いてみると、いたことすら分からなかったようです。よかった。

5時10分にふるーると別れて2Fで親と合流。本来は和光で待ち合わせるつもりだったのですが、雨が酷いので入ってきたとか。
後は三越のデパ地下で誕生日プレゼントのスイーツ(一応12/13は私の誕生日でした)と電車の中で食べる夕食を買わねばならない、ということで、地下鉄のコンコースを通って三越のデパ地下へ。
ササッと買って東京駅へ舞い戻らねばならないのですが、ふるーるいわく「有楽町までは濡れずにいけなかった」とのことなので素直に丸の内線で帰る。
しかし、分かっていたことですが、あの銀座4丁目の交差点(日比谷線と銀座線の駅)から丸の内線のホームまで遠い遠い。200mほど歩かされる。

というわけで東京駅へ戻って、ロッカーで荷物を取って、私がSuicaのストラップを買って(ぁ)無事新幹線に乗車。
しかし3列シートで窓際におっさんが座っていたのはいいのですが、そのおっさんが少ない荷物にも関わらず網棚を占領。こっちは荷物が多いというのに載せられないじゃないか。
結局足元に置かざるを得ず、越後湯沢までの約1時間足が伸ばせなくて非常につらかった。親父死ね。
(とか言いながら、越後湯沢まで殆ど寝てた。上野まで起きていたけど、そっから寝て大宮で目が覚めて、また寝て高崎で目が覚めてry)

はくたかに乗り換えたのはいいものの、越後湯沢を出てから、十日町、直江津、糸魚川、黒部、魚津、滑川・・・とほぼ各駅停車。
行くときは2時間で着いたのに、帰りは2時間半もかかりました。死ねばいいのに

まさに怒涛の1日でした。ホント。クタクタに疲れたので、今日は眠くて眠くて仕方がなかった。

(以上取り留めない東京旅行記)



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2006年12月10日

吹っ飛び

もう何か、何度も言うけど「また朝鮮人か!」といわざるを得ない(挨拶

昨日けろきち氏がメッセのほうに来られまして、色々と事情を話していかれましたが。
「管理人」氏の陰謀説も拭い去れないということで、ご本人と直接対話(?)してから復興させる云々らしいです。
やってないと信じたいのですが、あの人は前から様々な陰謀説が囁かれてたので(復興が異常なスピード等)、疑念も捨てがたいところです。

しかし、親戚が学会員だったのは知ってるけど、いよいよ強烈な布教が始まった。
今日の朝も、人んちの仏壇で題目あげてるし。まあ別にいいけどさあ、声大きいんだよね(ぁ

そういうわけで、現箱関係者向けのネタ等はこちらへ一本化するつもりなのでよろしゅう。

話変わりますが、12/13は東京へ行く予定です。フリーになるのは午後からの予定。
腐女子と会う約束もしてたのですが、音沙汰がないので、どうすればいいのか迷ってたり。
もし会わない(会えない?)となったら、ふるーるあたりと予定調節しないといけないし。
しかし、ふるーるあたりと会うといっても、ふるーるとPぐらいか?TRTとかがあいてるわけじゃないしねえ。微妙だ。



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2006年11月30日

とりあえず

こっちも久々に書く(挨拶

【現箱】
何らかのアクションがあっても、反応がほぼ皆無となっている現箱。
マンネリ化してるというか、貿易の面白さを知ったらイマイチ面白みがよく分からない(本音

【貿箱】
そういうわけで最近はこちらに傾倒。
工業国として、ブリュノールと燃料に長期契約をして定期的に輸入。ついでに銀も輸入。
商品を自国で捌けないことは目に見えているので、商業国であるノイエクルスや、時々購入要望のあるチバラギなどに売り払い。
食糧はシュトゥルムからすべて輸入。自給?何それ。
最近ではそれもマンネリ化してきたので、石やら建材やらに手を出してみる。商品を売るだけじゃ面白くないから、石を掘りまくって建材作りまくって、「建材生産国」として名をはせるのもいいかもねえ。

とりあえずそんなとこ。



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2006年10月22日

バトン

を渡されたので書いてみる(挨拶

まあその前に、このブログをチェックしている人なんているのかどうか非常に怪しいのですが、
とりあえず書いときますね。

んじゃ以下どうぞ。

続きを読む

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2006年10月10日

現箱小説

ある人に感化されてかいてみた(挨拶

大雑把なストーリーとしては、TRTが大学合格したのにあわせて、今までは散々遠いところでオフしてたから三条の近場である和倉温泉で1泊2日オフしよう、というお話。
登場人物はTRT、三条、ふるーる、水夏、南瓜、モアナ、ゆぎ(途中参加)です。
一応各人の特徴は反映させたつもりですが、なんと言ってもモアナは難しい。

今のところ、まだ晩飯すら食ってないという超スローペース。
筆は進むんだけど、ワンシーンワンシーンが結構長い。
TRTいわく、「文章力はあるけど構成力がないから長編は無理。短編なら秀逸」らしいのですが、もう超長編になりそうな勢いです。
しかも、最終的な結末も、普通に別れて終わり、という、まさに「やまなしおちなしいみなし」、通称801の小説です。世間での意味とは違うけどさあ。

そういうわけで、完成を待たれたし。
今週中には完成させたいところ。

でもぶっちゃけた話、中盤を過ぎるとマンネリ化するんだよなあ・・・・。やっぱり、私に長編小説は向いてないみたいだ



contis_3 at 21:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!現箱 

2006年09月30日

引継ぎ

03rwaax8改めて(挨拶)

向こうのブログは、ちょっと高校ネタを軽く触れたら高校の級友などが読むようになり、おちおち現箱ネタもかけなくなったので分離。
リンクのご変更をお願いいたします。

画像は全盛期



contis_3 at 20:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!中の人