週刊少年ジャンプに’95〜’96年に連載されていたコミックです。
赤松健先生が運営されているJコミというサイトで見付けて
読ませていただきました。素晴らしい作品でした。
涙が溢れて止まらなくなるシーンがいくつもあり、私はコミックスは
持っていないのですが、記事を書かずにいられなくなりました。
作/八神健。

高校教師の端島密は元教え子で同僚の星崎理都にプロポーズし、
婚約したその夜、自殺しようとして川に飛び込んだ高校生を
助けようと続けて川に飛び込んで、死亡しました。

その一部始終を見ていた通りすがりのお坊さんは、
チベットで身に付けた秘術を用いて密を転生させました。
但し、密が救おうとした高校生・鳴神源五郎の肉体に。
密は鳴神源五郎として生き、源五郎として理都と出会い直し、
もう一度自分に恋をさせて恋人同士になろうと決意しました。

これは作者のデビュー作のふわふらという読み切りが
下敷きになっています。密が首から下げた御守りを外すと密の魂が
源五郎の肉体から幽体離脱してしまうという設定です。

しかし、継承しているのはその点だけで、それ以外は別物です。
少年誌にありがちな、ちょっとHなドタバタラブコメディではなく、
今のジャンプじゃ絶対に有り得ないだろう、切なく、悲しく、純粋な、
大人の男女のラブストーリーです。まったく、当時であっても、
良くこんな作品をジャンプで連載させて貰えたなと思います。

当時も自分の年齢はそれなりに大人で、当時も好きだったんですが、
今読むと当時より登場人物達の心の機微をより深く理解できて、
こんなにも素晴らしい作品だったのかと改めて気付かされました。
当時の印象以上です。読み返す場を与えてくれた赤松先生と、
Jコミに作品を提供してくれた八神先生に感謝したいと思います。

中身が密の源五郎は、理都の傍にいる為に転校します。
源五郎の姿の密は変わらぬ想いで真っ直ぐに理都に接しますが、
「理都!」と呼び捨てで呼んで理都に冷たく窘められます。
年上の同僚ではなく、今はもう年下の、教師と生徒という間柄なのです。

それだけではなく、理都にとっては“鳴神源五郎”とは、
彼を助ける為に密が死んだ、密を死なせたも同然の人間です。
“教科書女”と言われるほど頭が固く真面目な理都も、源五郎の顔を
見ると、醜い感情が湧き起こるのを抑えようもありません。

第一印象は最悪でした。しかし、源五郎の中に密の面影を見出し、
源五郎に惹かれていく自分を見付けて理都は激しく狼狽します。
源五郎に恋をした同級生が現れれば苛々し、客観的には立場も歳も
自分と釣り合う、金持ちのイケメンに求愛されても迷います。

密のイメージを重ねているだけだと自分自身に言い聞かせ、
理都は自分の感情に蓋をします。源五郎の幸せ、自分の幸せの為に
どうすべきかを考えて、自分を納得させようと懸命に努力します。
言葉で説明しなくても、些細なエピソードの積み重ねと理都の表情で、
そういう複雑な心の動きがひしひしと胸に迫るように
伝わってきました。作者の心理描写の上手さは、特筆に値します。

源五郎の肉体の奥深くに眠っていた、源五郎本人の心象風景である
暗く静かな“氷の世界”は、息を呑むほど注視させてくれました。
自殺しようとしたくらいですから、源五郎は人生に絶望し、
固く心を閉ざしています。広大な世界にポツンと立つ氷漬けの姿の
イメージ通り、源五郎の心は圧倒的に冷ややかで、孤独です。

密の過去の回想と、源五郎の両親の事まで思い遣り、
“端島密”を犠牲にしてでも源五郎の魂を救いたいという密の想い、
それに接して迷いを見せ始める源五郎。どれも心の深いところまで
揺り動かされるエピソードでした。この作者は、きっと
人の心の痛みを知っている、凄く優しい人なんだろうと思います。

この作品は、中盤以降に大幅な路線変更を強いられます。
強いられたとしか思えません。コミックスには、作者がバトル化を
打診され断固拒否したと臭わせるおまけマンガも載っています。
ジャンプで大人の男女が主人公のラブストーリーはさすがに
支持されなかったのか、明らかにテコ入れだと判りました。

そういう時のジャンプ編集部が面白い方向に作品を変える訳が無く、
リアルタイムで読んでいた頃は、どんどんつまんなくなっていって
がっかりしました。二人の前世が出てきたり、チベットへ
行っちゃったのに至っては、作品がぶっ壊されたと思いました。

それでもコミックスで一気に読むと、それなりに話が纏まっていて
驚きました。このメチャクチャな路線変更に、キャラの気持ちを
きちんと織り込んで対応するのだから、本当に構成力のある作家です。

絵柄は可愛いくて素朴で温かみがあるし、キャラも温かいし、
演出の上手さも随所に感じられました。二人の思い出のアンモナイト、
密にしか懐かない臆病なネコのるりるりなど小道具の使い方も
上手いし、京都の満開の桜の下で二人が偶然出会う
見開きのシーンは、映画のようにロマンチックでした。

作者はジャンプを去った後、チャンピオンでアニメ化もされた作品を
描いていたのは知っていました。Jコミに表示されるリンクを見ると、
近年は、マイナーな雑誌で活動しているみたいです。

リンクにあった作者のブログを見に行ったら、自画像が
女性だったので、『え、八神先生って女性だったんだ!』と
一旦びっくりしてしまいました。しかし良く見ると性別♂って
しっかり書いてあるし、自画像どころか、間違いなく
男性であるような(しかもサングラス姿でしたがイケメンと思われる)
顔写真を自分が知っている事を思い出しました。

そうなんだよねー。この人、ジャンプ放送局の王者になった事
あるんだよねー。邦宅杉太というペンネームまで思い出しました。
よく覚えてるな、自分。デビュー作はそのペンネームで投稿していて、
マンガ賞の入賞のページで名前を見た時は、びっくりしました。