週刊少年マガジンの読み切りが大反響を巻き起こし、それを
受けた連載も大ヒットした、大今良時先生のコミックが原作です。
TVアニメ化でも実写映画化でもなく、劇場版アニメとして
公開された、’17年の日本アニメNo.1ヒット作です。

小学六年生の石田将也は、聴覚障害の転校生西宮硝子
いじめていました。クラスメートもそれに同調していたにも
拘らず、親や教師が介入して問題になると、石田だけが槍玉に
挙げられ、一転していじめの標的が石田に向けられてきました。

犯した罪のその罰は、中学、高校と進学しても続きました。
石田はヤバい奴、付き合わない方がいいと囁かれ、孤立し続け、
石田は死ぬ決心をしました。バイトを辞め、銀行口座を解約して
全ての貯金を下ろし、かつて迷惑を掛けた母にそのお金を返し、
最期に一目、西宮に会いに行こうと手話の教室を訪れると──。

保存版にするつもりで録画したのですが、ラッキーだった事が
2つありました。一つはEテレでやってくれたので、CMが
無くて編集不要だった事。二つ目は、最初の放映時に大雨の
気象情報が入ってしまってがっかりしたのですが、その少し後に
再放送をしてくれて、完璧な形で録り直せた事でした。

原作は全7巻とほどほどの長さに纏まっているとは言え、
2時間の短い時間で完結している物語のどこまでを収めるのか
気になっていましたが、自主映画製作の要素だけを抜いて、
大事なエピソードを上手く拾い上げて組み込みながら、
物語の結末までを、綺麗に纏めた構成になっていました。

美しい作画と全体に漂う柔らかい雰囲気は、原作のイメージを
そのままに映し出すものでした。キャラの動きも小学生の石田の
いかにも悪ガキが歩いているような歩き方、永束くんのぐらぐら
揺れる感じ、正にマンガの絵が動き出したように思えました。

最初は西宮の事を気に掛けて親切にしていた女子達に、段々と
面倒がる空気が広がっていき、手話を覚えたいと手を挙げた
佐原に対して『いい子ぶってる』『点数稼ぎ』と陰口を
叩く様子には、小学5,6年生の女子の生々しさが出ていました。

この年代はプレ思春期と言える年代で、自分が周りから
どう見られているか、自分と周りの人間関係が気になり出し、
周りから突出し過ぎないように、微妙な均衡を保つ事に神経を
擦り減らす年頃です。うっかり目立つといじめの標的になる──
佐原のように。これは、この年代の女子がどういうものかを
知っている、女性の作者ならではの描写ではないでしょうか。

西宮は何を考えているか判らない娘でした。自分をいじめ始めた
石田に『友達になりたい』と──声は出ないけれど──ずっと
言い続け、酷い事をされても石田に近付こうとしていました。

石田が自分の代わりにいじめられ始めた時も、机に書かれた
石田の悪口をこっそり消してあげたりしていました。
週刊少年マガジンを読んでいた時から不思議だったのですが、
西宮がそこまで石田を気に入っていたのは、何故なのでしょう。

西宮と石田は、──男子と女子にも拘らず──一度取っ組み合いの
喧嘩をした事がありました。腫れ物に触るように義務的に
優しく接しようとする同級生の中にあって、石田が唯一、対等に、
本音でぶつかってくれた人と感じたからなのでしょうか。
それくらいしか、西宮が石田を特別視する理由を想像できません。

高校生になって石田と再会した西宮は、はっきり「好き」という
言葉を、──上手く発音できないのに勇気を出して声に出して──
伝えようとさえしていました。ところがそれは石田に「月?」と
勘違いされ、「月が綺麗だね」と返されてしまいました。

ただ、原作のマンガを読んでいた時は気付かなかったけれど、
良く考えてみるとこの返事はこれはこれで文学的に立派な
返事になっているんですよね。作者がこのネタを知っていて、
そこまで狙ってやっていたのかは、知る由もありませんが。

変わり者の西宮の妹結弦も面白い存在でした。姉をいじめていた
張本人として最初は石田を遠ざけたけれど、石田を観察した末、
石田が充分反省し、充分罰を受けていると知り、結局石田を
慕うようになりました。石田家に入り浸り、変な関係です。

高校生になっていじめの当事者が奇しくも勢揃いしますが、
単純に和解などできるものではありませんでした。再び
傷付け合って、その末に、西宮は衝撃的な選択をしようとします。
それが更に皆を巻き込み傷つける、悲劇を生む事になります。

思春期の長い間、周囲から孤立していた石田は、他人の顔に
×印が張り付いているように見えるようになっていました。
ところが永束というクラスメートと友達になると、
彼の顔からは×印がはらりと剥がれて落ちたように見えました。

石田も随分病んだものだと思いますが、他人を自分と無関係な
モブではなく、人格を持った個人であると認識すると、
その人の×印は、顔からはらりと剥がれ落ちます。

入院し、退院して西宮と回っている文化祭で、名も知らない
生徒の分も含めて、石田の視界にあるそれがババッと
一気に落ちた様子は感動的でした。もしかしたら、この作品で
作者が一番書きたかったシーンは、これなのかも知れません。